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タイのクメール遺跡を巡る④ ピーマイ遺跡

現チャックリー王朝(1782年 - 現在)からトンブリー王朝(1767年 - 1782年)、そしてアユタヤ王朝(1351年 - 1767年)にスコータイ王朝(1240年頃 - 1438年)へと、チャオプラヤーからピン川へと流れを遡ると共に歴史に思いを馳せる旅をずっと続けています。

現在まで以下のようなタイの王朝に関連したシリーズがあります。

「アユタヤへの道、アユタヤの歩き方(仮称・エントリー予定)」
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(アップ中で最新エントリー)
チャオプラヤー元流を歩く(アップ中で現時点最新エントリー)
トンブリー王朝の面影を探し 全27回
チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

そんな旅の中で13世紀以前になると、現在のカンボジアを中心に栄えたクメール王朝の影響をタイ各地で強く感じていました。画像下はムアンタム遺跡です。

20180602 Muang Tam

クメール遺跡はカンボジアのアンコールワットが有名で昔に苦労して行った事がありますが、タイの各地にも点在しています。特にカンボジア国境に近いイーサンと呼ばれるタイ東北部に多く、大きな寺院だけでなく森林や田畑に埋もれるような遺跡も入れたら、おそらく何百もあると思います。

その中で今回はタイにあるクメール遺跡の中ではベーシックな所を巡りました。いつも「ガイドブックやネットに書かれているような所は避ける」と言いながらも、バンコク周辺を離れたら・・・情けないです(汗)

20180721 Phimai 1

本シリーズの今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「タイのクメール遺跡を巡る① 序章
第2回「タイのクメール遺跡を巡る② バンコク~コラート
第3回「タイのクメール遺跡を巡る③ コラート~ピーマイ

さて、前回はコラートから「ピーマイ遺跡(プラサート・ピーマイ) Prasat Phimai」がある「ピーマイ歴史公園 Phimai Histrical Park」まで路線バスで移動して来ました。バスを降りた時計台から徒歩2~3分で歴史公園入口で、時刻は午後3時を過ぎたばかりです。

20180721 Phimai 2

外国人入場料100バーツを支払って中へ入ります。現地の説明板や頂いた資料には記載がありませんでしたが、南南東を正面に(南北の軸から)少し傾いた(私的推測で)200m×300mの長方形をしています。

20180721 Phimai 3

この方向いた軸を真っすぐ南南東に伸ばすと・・・多少ズレがありますが、アンコールワットがあるカンボジア・シェムリアップに繋がるように思えます。寺院はそこに向けられて建てられた事は想像に容易い事です。

20180721 Map

この後に行くパノムルン遺跡も上の地図のようにこのライン上にありますねぇ~ 意図したものなのか分かりませんが、きっと何らかの意味を持つのでしょう。まぁ、こうした事は旅の後でブログを書くのに地図など整理して気が付いた事ですが・・・

20180721 Phimai 6

20180721 Phimai 4

規模はアンコールワットと比べようもありませんが、その基本的な構造は同じように思えます。他のクメール遺跡と比べての事ですが、タイでは最もアンコールワットに似ているのではないかと思いました。

20180721 Phimai 5

20180721 Phimai 7

現地説明板によると遺跡の大部分が11世紀~12世紀にかけて建てられたそうです。日本だと平安時代から鎌倉時代へと変わる頃で、「いいくにつくろう鎌倉幕府」と覚えた1192年にはピーマイ遺跡の完成形が見られたのではないでしょうか。

20180629 Phimai 1

20180629 Phimai 2

また、アンコールワットが着工したのが12世紀前半で完成が12世紀末と言われていますので、ピーマイで寺院を設計し建てた人々が完成を前にアンコールワットへ移り、そこであの巨大寺院を建てた説にも頷けます。

20180721 Phimai 8

そんな事を思いながら遺跡の中を歩きました。そしてさらに思ったのは「なぜ今までここに来なかったのか」と言う事です。もっと早く何度も来られたはずですが、バンコクからだと遠いような不便なような気がしたし、行っても(すでにアンコールワットを見ているのだから)大した事はないだろう・・・そう思っていたのです。

20180721 Phimai 10

20180721 Phimai 11

この時もバンコクの北バスターミナルを朝8時15分発で出発し、途中コラートでホテルに寄ってから地方路線バスで午後3時着でしたので、そのままコラートの第2バスターミナルで素直に乗り換えれば午後2時着は十分に可能だったはず。地方路線バスはピーマイで降りたらすぐに歴史公園ですから、午後4時か5時まで遺跡を見てもバンコク北バスターミナルには午後10時か11時には帰れるでしょう。

20180721 Phimai 12

20180721 Phimai 13

コラートでの乗り換えは同じバスターミナル内、ピーマイ現地での移動も徒歩数分と簡単で迷いようが無いので、ちょっと朝早く起きて夜遅くの帰りならバンコクからの日帰りで十分に楽しめる所だったのですねぇ~ それも全て快適にバスの公共交通機関利用だけです。

20180721 Phimai 14

そんな風に初めて行った地で今まで来なかった事を後悔するぐらい見応えがありました。少しでも遺跡やタイの歴史に興味があれば行くべき地でしょう。そしてアンコールワットにすでに行ったか行く予定の人にとっても興味深いはずです。

20180721 Phimai 15

有名観光地なので遺跡内を事細かく書くのは本ブログでは避ける事にしますが、1時間半ほどゆっくり中を見て、ずいぶん以前に行ったアンコールワットを思い出しながら十分に楽しみました。

20180721 Phimai 9

次回はコラートに戻り、少しコラート市内を歩きます。

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2018.07.29 | コメント(2) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウで行くパタヤ⑥ノンモン市場~シラチャ

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第6回目です。

前回の第5回目はちょっと寄り道してノンモン市場からバンセンビーチに行きました。そこは首都圏に住むタイの人々にとって、ビーチに行くとなったら誰もが真っ先に考える所です。

20180627 Bangsen 10

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。
  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分

20180426 Map4

「ノンモン市場 Nong Mon Market」にバンセンビーチから戻り、スクムビット通りを歩道橋渡ったすぐ下の所で待機しているソンテウに乗ります。

20180627 Nongmon 4

シラチャ行のソンテウはオレンジ色で1631番系統ですが「1631ด」とタイ文字が付くコーカイ路線のようで、「シラチャศรีราชา」「ノンモン หนองมน 」とあります。

20180718 Map 2

出発待ちしている歩道橋下のソンテウの奥には広場があって多くのソンテウが待機していました。これではあまり待つことなく出発しそうです。乗り込んで待つ事数分でスクムビット通りを南下して行きました。

20180718 Songthew 1

20180718 Songthew 2

ソンテウは快調にスクムビット通りを走っています。左手に国鉄の線路が見え始めた頃、右手は時々海が遠くに見えて来ました。海岸線を走りながらもいつの間にか高度を上げたようです。

20180718 Map 1

ステップ立ち乗りで40分ちょっと、ほとんど知らない地を走ったのでシラチャまであっという間でした。警察署に役所など公的機関の前を走りましたが、日本語表記がある事から日本との関係の強さを感じました。

20180718 Songthew 3

ソンテウはシラチャの中心部に入りスクムビット通りを離れ海に向かいます。中心部で降りようかと思いながらも、終点までのルートを知りたく乗り続けました。

20180718 Map 4

ソンテウは海に近い市場と時計台を通り、「Queen Savang Vadhana 記念病院」前が終点でした。全区間の所要時間が47分で15バーツでした。この後、ソンテウは病院内でUターンして復路へと入ります。

20180718 Songthew 4

海を見たくてソンテウで来た道をしばらく歩きました。海とスクムビット通りの間に広がる中心部は歩くのにちょうど良い広さで、初めての地ですが迷いようもありません。時計台手前の公園前で偶然、ナクルア行きのソンテウを見つけました。

20180718 Siracha 1

白地に青のラインが入ったソンテウで1631番、「シラチャศรีราชา」「ナクルアนาเกลือ」とあります。ナクルアはパタヤのすぐ北側なので、そこまで行けばパタヤへのソンテウはすぐ見つかるでしょう。

20180718 Songthew 5

意図せずに次に乗るソンテウがすぐ分かったのですが、そのままナクルアへ行かずにシラチャの町を見る事にしました。18年前からシラチャに日本人が多い事は知っていましたが、全く無縁の町でした。今回が初めてのシラチャです。

20180718 Siracha 2

時計台近くで海に出てみました。何度か細い路地に入っては引き返し、やっと桟橋に出ました。海側から見る街並みは小高い丘と海外線の間の狭いエリアにビルが立ち並び、町が豊かな感じが強くします。

20180426 Si Racha

海沿いを歩くとここが昔は中規模の漁村だった事が分かります。たぶん漁業が町の主な産業だったのでしょう。それが周辺に工業地帯を整備し、いち早く進出した日系企業によってタイの人々に豊富な労働選択肢を提供し、さらに日本人が多く住む町へと変わっていったのだと思います。

20180718 Siracha 3

20180718 Siracha 4

実は、前在住時(2000年 - 2003年)への私的なイメージはあまり良く無かったです。単身赴任者の日本人が多い事は知っていて、日本人向けのカラオケがずらっと並んでいると聞いていたからです。海外で日本人が集まる所やカラオケが昔から苦手でしたから・・・

20180718 Siracha 5

そんな印象が変わりました。まぁ、カラオケ街はありましたが、夜に私がここを歩く事はないし、町全体が明るく感じたのは好きな海がすぐ近くにあるからかも知れません。

20180718 Siracha 6

さて夕方前には帰りたいので今回もショートトリップをここで中断する事にしました。この町で一番賑やかそうなロビンソン・デパート周辺でエカマイ行きのバスを尋ねました。

20180718 Siracha 7

ロットゥーは近くで見かけましたが、苦手なので大型のバスにしたいのです。何人かに聞いて「ツクコム Tukcom」と言う所?から出ている事を知りました。言われるままにスクムビット通りをパタヤ方面に向かって歩き20分ぐらいでしょうか、中型の商業ビルがツクコムのようです(画像上)。

20180718 Bus 1

ツクコムの中でバス発着所を聞いたらすぐ横の雑居ビル1階を教えてくれました。切符を買ってこの待合所でバスが来るまで待つようです。バスはレムチャバンからシラチャ、ノンモン、(チョンブリー)を経由してエカマイ行きです。

20180718 Bus 2

20180718 Bus 3

私は渋滞の中をエカマイまで行かずにオンヌットで降りて路線バスで戻るように帰りましたが、シラチャ~エカマイが86バーツでした。

次回はシラチャから最終目的地のパタヤに向かいます。

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2018.07.18 | コメント(6) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く⑥バンヤイ・カオ9寺巡り1

タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。

20180101 Wat 2

画像上はバンヤイ・カオ九寺のひとつ「ワット・プラーンルアン Wat Prang Luang」ですが、首都圏では珍しいクメール様式のトウモロコシ型の塔(プラーン)があります。

この「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズは今回が第6回で、今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く①序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く②カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く③ バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く④オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く⑤水上マーケットと運河沿いの時計台

前回は運河沿いに時計台があるワット・ボートボンとその周辺を紹介し、水上マーケットで賑わうワット・タキアンを通り帰りました。

20180609 Om Non 19

そして別な日に出直したわけですが、その出直しを始めたのがワット・プラーンルアンです。アウターリングことカンチャナピセーク通りの「ワット・プラーンルアン通り」(Google MapsだとWatsangwornpimonpaiboonとなっていますが、現地での表示はWat Prang Luang Rd.です)のパクソイから徒歩12分で、バス停がパクソイ近くにあるのでこのシリーズでは交通便利な所と言えます。

20180712Map 2

20180712 PL 1

多くの方にとって一番簡単なアクセス方法は、MRTパープルライン「タラート・バンヤイ駅 Talat Bang Yai」で降りて「セントラルプラザ・ウエストゲート Central Plaza WestGate」前のバス停から路線バス127番177番388番516番に乗る事です。

20180712 PL 2

大幹線道路カンチャナピセーク通りからワット・プラーンルアン通りに入り、真っすぐ東に行った突き当りがワット・プラーンルアンです。

20180712 PL 4

現地説明板によると建立がアユタヤ王朝を興したウートン王の時代だそうです。昔はワット・ルアンと呼ばれていたそうですが、(ここからは私の想像ですが)このエリアでは大変存在感があるトウモロコシ型の塔(プラーン)からワット・プラーンルアンになったのではと・・・

20180712 PL 5

そのプラーンの前にある仏堂の基壇が古そうですが、かなり修復したものと見えます。昔はこの上が本堂だったと思われますが、今はオームノン運河沿いに新しい本堂が建っています。

20180712 PL 3

ウートン王(在位1351年 - 1369年)だと14世紀半ばなので、当時チャオプラヤー川本流沿いに建てられたお寺になります。

20180712 PL 6

そのチャオプラヤー川元流であるオームノン運河を上流に向かって数分歩けば「ワット・アンパワン Wat Ampawan」で、ここもバンヤイ・カオ九寺のひとつです。

20180712 Ampawan 1

現地での説明板が英語だけ藪の中で謂れが分かりません。仏塔や周辺事情からアユタヤ後期の建立と思われ17世紀半ばから18世紀前半の間でしょうか。

20180712 Ampawan 2

そうなると現在の本流でノンタブリー船着場前の捷水路が掘られたのが1636年なので、このお寺が建てられた時代が目の前を流れるチャオプラヤーが本流から元流へと変わった頃となります。

20180712 Ampawan 3

ワット・アンパワンで見られる大きな特徴が高床式書院です。この書院の建物は美しく隣接すると小さな僧房(あるいは倉庫)の下に水路が引かれています。

20180712 Ampawan 4

書院の下はネズミ避けから知れませんが、直接この水路でオームノン運河と行き来出来るようになっています。私が見た時は托鉢用の小舟が舫われていました。

20180712 Ampawan 5

20180101 Wat 4

ところでタイでは一日で9カ所のお寺をお参りする「九寺巡り」の習慣があり、BMTA路線バスの中でもその日帰りツアーの広告をよく見かけています。日本だと七福神巡りのような感覚でご利益と庶民のちょっとしたレジャーを兼ねるようなイメージです。

20180712 Ampawan 6

普通は9カ所のお寺が決まっているわけでないのですが、バンヤイカオでは画像上のように「バンヤイ・カオ9寺巡り」として以下のお寺を決めています(上の画像と同じ順番で記しました)。

ワット・ピクングーン Wat Pikul Ngoen วัดพิกุลเงิน
ワット・コンカー Wat Kongkha วัดคงคา
ワット・プラーンルアン Wat Prang Luang วัดปรางค์หลวง
ワット・アンパワン Wat Ampawan วัดอัมพวัน
ワット・ラットプラコーンタムWat Rat Prakhong Tham วัดราษฎร์ประคองธรรม
ワット・サオトンヒン Wat Sao Thong Hin วัดเสาธงหิน
ワット・イン Wat In วัดอินทร์
ワット・サケー Wat Sakae วัดสะแก
ワット・スワンケーオ Wat Suan Kaew วัดสวนแก้ว

長くなりました。次回に続きます。

20180712Map 1

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2018.07.12 | コメント(0) | タイ・トラベル

初めての一人旅④ 歴史公園(城壁内)

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅です。画像下はワット・プラケオです。

20180526 KPP 1

チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

初めての一人旅① 序章&北バスターミナルへ
初めての一人旅② バンコク~カンペーンペット
「初めての一人旅③ カンペーンペットの町

さて、前回は思いがけずにツーリスト・インフォメーション・センターで翌日のトラム型観光バスを一人で貸し切る事になり、その後に「カンペーンペット歴史公園 Kamphaengphet Historical Park」(南側・城壁内)入口まで歩いた所まで書きました。

20180617 KPP 12

ユネスコ世界遺産のマークが目立つ歴史公園に入ったのが午後5時少し前、誰もいない公園内は緑の芝に西日を受けて木々の長い影が伸びていました。その中をレンガで出来た小道を急ぎます。

20180701 KPP 1

最初に出合った遺跡が「ワット・プラタート Wat Phra That」でした。東側の入口を挟むように仏塔が2基あって、北側は半分崩れていますが南側は形を残しています。そして中央奥の大きな仏塔もしっかりと残っているので、独自の形がよく分かります。

20180701 KPP 2

タイでの遺跡巡りで遠くからでもぱっと見で特徴が分かり易いのが仏塔ですが、ワット・プラタートの中でも主塔と前塔のシェープが異なっているように見えます。正方形の塔基壇の上に四角から八角形などいくつかの段が重ねられ、その上がベル型(あるいは釣鐘型)の塔で最上部に工事現場にあるロードコーンを置いた形、これがスコータイ様式と呼ばれているかと思うのですが・・・(画像下はスコータイのワット・サシーです)

20180701 SaSi

私はスコータイ様式の仏塔を「蓮のつぼみの形」と昔何かで読み、それがさっぱり分からなかった記憶があります。蓮のつぼみって・・・合掌のように手を合わせて中央を少し膨らませた形、分かり易く言えば水の「しずくの形」だと思うのですが、スコータイやシーサッチャナーライで見た仏塔はどれもそう見えなかったのです。(画像下はシーサッチャナーライのワット・チャーンロームです)

20180701 Chang Lom

同様にスコータイ様式の仏塔は「スリランカ様式の影響を受けている」とも読んだことがありますが、私の記憶にあるスリランカの仏塔は丸いお椀を伏せて頂上にロードコーンを置いたように見えるのです。例えは良くないでしょうが、雪見だいふくの上に小さな楊枝を差したような(笑) 画像下は石窟寺院なので少し異なりますが、スリランカのダンブッラ黄金寺院です。

20180701 Dambulla

この後で城壁外(北側)の遺跡公園にも行きましたが、カンペーンペットの遺跡で見られる一つの特徴が仏塔にあると思います。それは仏塔で原形をとどめているのがワット・プラタートぐらいなのと、その独自なスコータイ様式。そしてカンペーンペットではクメール様式の影響を受けた仏塔が全くない事です。(画像下はカンペーンペットのワット・プラタートです)

20180701 KPP 3

もっともクメール寺院(神殿)でのトウモロコシ型の塔(プラーン)をクメール様式の『仏塔』とするのも論議があるのかも知れません。もっと言えば『仏塔 チェディ Chedi』自体も仏舎利を収めてあるかないかで本来は異なる言い方があるのかとも思っています。

画像下はアユタヤのワット・チャイワッタナーラームで、中央がクメール様式のプラーンで周囲はスコータイ様式(スリランカ様式?)の仏塔が囲んでいます。まぁ、今のワット・チャイワッタナーラームはそんな仏塔を気にする人はいなくて、テレビ・ドラマの影響で自撮りの聖地と化していますが(笑)

20180701 ChaiW

仏塔を見ながらそんな事を考えていたのですが、まぁ、専門家にすれば何かしっかりした理由があるのでしょうし、私自身も全ての仏塔を見ているわけでないので、この話はこの辺で止めておきましょう(汗)

いずれにしても何が本当のスコータイ様式なのか? 何がスリランカ様式なのか? あるいはクメール様式って何? どうした経過で影響を受けたのか・・・何も分かっていない自分に気付き(ネットに書いてある事を鵜呑みにせずに距離を置き)そんな事をこの旅をきっかけとして学んでいる最中です。 

仏塔だけでも、本当に面白いものですねぇ~

遺跡の最初で思わず長話しをしてしまいました。悪い癖です。「ワット・○○へ行った。スコータイ様式の仏塔です」なんて知りもしない事をちゃちゃっと書けないのですよねぇ~ でも、先を急ぎましょう(汗)

20180701 KPP 4

最初に出合った遺跡ワット・プラタートですが、ここで困った事に気付きました。いつもは現地にある説明板(の英語)をよく読むのですが・・・カンペーンペットの遺跡全てについて言えるのですが、その説明板がほとんどありません。正確に言えばQRコードがあるだけなのです。私のようにスマホを持たない人はその時その場での説明は得られないのです(涙)唯一、非常に簡単な復元予想図だけが現地で見られました。

20180701 KPP 5

次の日にツーリスト・インフォメーション・センターで出来る限り説明が書いてあるパンフレットを集めましたが、ネットに頼らない街歩きのいつものスタイルが崩されたようで、がっかりでした。

と言う事で謂れが分からないまま、この時はワット・プラタートを後にしました。すぐ西側が「ワット・プラケオ Wat Phra Kaeo」です。ここはカンペーンペットを象徴する遺跡だと思います。

20180701 KPP 7

ところで、現在のバンコクに最も重要な王宮寺院ワット・プラケオがあってエメラルド仏が安置されていますが、エメラルド仏がたどった数奇な過去も本ブログの主題であるチャオプラヤー川と同様にタイの歴史そのもののように思えます。

20180701 Emerald

どこまでが真実で何が伝承なのかは別にしても、はっきりしている現在から遡ると・・・現チャクリー王朝始祖ラマ1世がまだトンブリー王朝のタークシン王に仕えていた時の1779年にヴィエンチャンからトンブリーに持ち帰り(略奪とも言いますが)、トンブリー王朝の王宮寺院ワット・アルンを経由して1784年から現在のワット・プラケオに安置されています。

ヴィエンチャンの前はラオスの古都ルアンパバーンに16世紀から18世紀にかけて置かれていて、その前になるとチェンマイ、ラムパーン、そしてチェンライのワット・プラケーオで1434年に落雷に寄って発見される・・・(画像下はバンコクのワット・プラケーオです)

20180701 BKK

この辺りから『物語』っぽくなるのですが、戦火を避けるためにチェンライでエメラルド仏を密かに隠したのはラーンナー王朝で、カムペーンペットからエメラルド仏を持ち去ったとの説があるそうです。その前になるとアユタヤ、スリランカ、古代インド・・・とほとんど伝承の世界ですが、いずれにしても折角カムペーンペットに行ったのでこのワット・プラケオにエメラルド仏があったと信じる事にしましょう(笑)

・・・と言う事で話しをカムペーンペットのワット・プラケーオに話を戻して(汗)

20180701 KPP 8

エメラルド仏がここに安置された過去があるかないかは別に、いずれにしてもここが王宮寺院として最も需要な寺院であったのは間違いないはずです。

現在のバンコクのワット・プラケオのように僧がいなかったかどうかは分かりませんが、東西(実際は東南東・西北西に傾いている)に長い敷地で出入口は東西にあるように思えます。仏像がお顔を向けている東側から、主仏堂(本堂)の基壇、主仏塔、(涅槃仏と二体の坐仏像がある)仏堂と並び、北側に蔵庫らしい跡、そして西側にも出入口が見られます。

20180701 KPP 6

エメラルド仏が安置されていたとするなら、主仏堂かと想像できます。時代的にもチェンライのワット・プラケーオで発見された15世紀以前なので、スコータイ王朝の13世紀から14世紀に合致します。

そんな事を考えながら主仏堂で残った基壇周囲を歩きました。その間にもどんどん日が傾いて行きます。

20180701 KPP 9

主仏堂の基壇上には一体の坐仏像が西日を背に輝いていました。仏像自体は本物かレプリカか分かりませんが、すっかり傷んでいるのでお顔が分かりません。

20180617 KPP 15

スコータイ、シーサッチャナーライ、そしてカムペーンペットには仏塔と同じで「スコータイ様式 Sukhothai Art」と呼ばれる独特の仏像が見られるのですが、その特徴は・・・長くなったので次回に続きます。

20180701 Map 1

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2018.07.09 | コメント(2) | タイ・トラベル

タイのクメール遺跡を巡る③ コラート~ピーマイ

現チャックリー王朝(1782年 - 現在)からトンブリー王朝(1767年 - 1782年)、そしてアユタヤ王朝(1351年 - 1767年)にスコータイ王朝(1240年頃 - 1438年)へと、チャオプラヤーからピン川へと流れを遡ると共に歴史に思いを馳せる旅をずっと続けています。

現在まで以下のようなタイの王朝に関連したシリーズがあります。

「アユタヤへの道、アユタヤの歩き方(仮称・エントリー予定)」
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(アップ中で最新エントリー)
チャオプラヤー元流を歩く(アップ中で現時点最新エントリー)
トンブリー王朝の面影を探し 全27回
チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

そんな旅の中で13世紀以前になると、現在のカンボジアを中心に栄えたクメール王朝の影響をタイ各地で強く感じていました。画像下はピーマイ遺跡です。

20180629 Phimai 1

クメール遺跡はカンボジアのアンコールワットが有名で昔に苦労して行った事がありますが、タイの各地にも点在しています。特にカンボジア国境に近いイーサンと呼ばれるタイ東北部に多く、大きな寺院だけでなく森林や田畑に埋もれるような遺跡も入れたら、おそらく何百もあると思います。

その中で今回はタイにあるクメール遺跡の中ではベーシックな所を巡りました。いつも「ガイドブックやネットに書かれているような所は避ける」と言いながらも、バンコク周辺を離れたら・・・情けないです(汗)

20180629 Phimai 2

本シリーズの今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「タイのクメール遺跡を巡る① 序章
第2回「タイのクメール遺跡を巡る② バンコク~コラート

さて、前回は朝8時15分発のバスでナコーン・ラチャシマ(コラート)の第1バスターミナルに着き、徒歩10分程離れたホテルに正午過ぎにチェックインしました。午前中の移動が全くストレスなく早く着いたので、その日のうちにピーマイ遺跡に行く事にしました。

部屋に荷物を置いてすぐにフロントでピーマイへの行き方を聞きました。よく聞かれるのか「第2ターミナルからバスが出ているが、番号は知らない」との返事がすぐありました。第2ターミナルへはターオ スラナーリー像(ヤーモー)前から7番が行くそうです。

20180615 Map

バンコクを離れても相変わらずネットは公式サイト以外は見ない(今回はそれを少し後悔しました)のでタイ観光庁サイト(英語版)だけですが、そこにも「From Nakhon Ratchasima, visitors can take a bus from Bus Terminal 2 in the city.」とあったので間違いないでしょう(苦笑)

ホテルからはヤーモー像へも徒歩10分以内で行けます。ホテル前の道を真っすぐ西へ向かったら、偶然7番のソンテウがヤーモー像前へ向かうのを見ました。慌てて追いかけたのですが、幸いヤーモー像手前で待機していました。

20180629 Korat 1

ソンテウはヤーモー像とメー・キム・ヘーン市場の間で少し客待ちし、その後は2号線に入りターミナル21を通って第2ターミナル前を通りました。バスターミナルの中に入るかと思っていたので慌ててブザーを押し、2号線沿いで降りました。待った時間を除けば20分強で10バーツでした。

20180629 Songthew7

ソンテウ7番はこの後も乗ったので分る範囲だけですが、画像上のルート図を作成しました。第2バースターミナルから北は乗ってないのでバスから見た範囲だけで、南東側も市街地を囲う堀で降りたのでその先は街歩きで見て想像したルートです。いずれにしても(私が泊まったホテルから)第2バスターミナルへ行くにはベストな選択ではありませんが、本数はそこそこ多く10~15分待てば乗れるイメージでした。

20180615 Korat 2

第2バスターミナルの規模は大きく敷地内にいくつかの建物があります。県外も含めて都市間を結ぶ長距離バスに路線バス、ロットゥー、一部のソンテウ、そしてバンコクとナコーン・ラチャシマ間の長距離バスも使っています。

この中をじっくり見たいのですが、まずはピーマイへ行くバスを見つけなくてなりません。バスターミナルでは暇そうにしているソンテウやバスの運転手か車掌さん、あるいはモタサイに聞くのが一番早いです。すぐに「41番だ」(画像上)と教えて頂きました。広いのでバス乗り場の番号で言われたようですねぇ~

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いやぁ~広いバスターミナルですが、すぐに分かりました。しかもバスが停まっていました。バスは1305番で行先は予め調べてパターン認識した「ピーマイ พิมาย」に(後で調べて分かった)「チュムプアン ชุมพวง」とあります。チュムプアンはピーマイより40㎞ほどさらに北東に行った町です。いずれにしてもピーマイが終点ではないのですねぇ~

念の為にバスの中にいた運転手さんと車掌さんに確認しました。ピーマイ行きを確認し発車時刻も午後1時半と教えてくれました。なかなか愉快な二人で写真を撮らせてもらったら「運転席に座らないか?」と誘ってくれましたが、丁寧に辞退させていただきました(笑)

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出発まで20分以上時間があるので、バスターミナル内を見る事にしました。第2バスターミナル内へアクセスするソンテウは10番、17番を見ました(画像下で左)。たぶん他にもあるかと思いますが、時間させあればこの町のソンテウは番号化、色別化、行先表示など明確なのでルートを調べるのはそう難しくないように思えます。

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ソンテウが集まる所もありました。この町に数か月滞在して全てのソンテウと地方バスにロットゥーのルートを調べたら、さぞ楽しい滞在になるでしょう(苦笑)

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第2ターミナルからバンコクへ行くバスが多くて数社あるように見えます。便利そうですねぇ~ ここから地方各都市へ行くバスも多く、行先を見ているだけでワクワクします。そのほとんどが(パターン認識していないタイ語なので)分からないのですが、チョンブリーなんて見つけると・・・どんなルートを通るのか思わず考えてしまいます(笑)

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さて、時間が来たのでピーマイ行きの1305番のバスに戻りました。バスは大型で無用に背が高いように思えます。(あまり効かない)エアコンに埃だらけの扇風機もあります。乗客が6~7人で出発したのはほぼ定刻の13時33分でした。

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バスはターミナルを出て2号線を北上するかと思ったら・・・反対のコラート市内に向かい、四角く堀で囲まれた旧市街の北西角(ヤーモー像の真北)の224号線で歩道橋手前で停まりました。画像下はそこでバスから城門と堀の方を撮ったものですが、ちょうど復路の1305番のバスも写っています。

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ここでどっとお客さんが乗って来て、私の横にもオバサンが座られました。そして何人かの物売りも乗られてバス内で商売を始めています。懐かしいですねぇ・・・昔、タイ南部で海岸沿いを地方路線バスで移動していた時によく遭遇したのを思い出しました。

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ここでバスは一気に満席になりました。バスは物売りの商売が終わるまで数分待ってからの発車です。列車では動きながら駅と駅の間で物売りが良く来ますが、このバスでは停車中だけの商売でした。

地元の方々は第2ターミナルまでわざわざ行かないでここで乗られるのですねぇ~ 私もここならホテルから歩いても20分以内でした。その後224号線から205号線に北上を始め数カ所停まった後に2号線に入りました。画像下は路線バス1305番のコラート市内ルート図です。

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バスが上記の城門近くを出てから車掌さんが回って来ました。ピーマイまで50バーツ。周囲の乗客を見るとコラート近郊までの方が多く20バーツ台の方が多かったです。ピーマイまでは60㎞ほどなのとエアコン地方路線バスなので少し安く感じます。

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コラート近郊を出ると田園風景が続く中をバスは北東に向かいます。2号線を外れ206号線に入ればピーマイ近くです。コラートの第2バスターミナルからピーマイまでは途中停車などあったので1時間半かかりました。

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2号線に入ってからは速度を上げたので、かなり遠くまで来たような乗りでありました。画像下はバス1305番のコラート~ピーマイ間だけですが往復乗ったルートです。

20180629 Bus1305 Map 2

バスはピーマイが終点でないので寝ている間に通り過ぎないように注意です(笑)「車掌さんに着いたら教えてもらうように頼む」なんてネットに書いてありがちかと思いますが、絶対に信用して任せっきりはいけません(キッパリ)バンコク周辺の路線バスでタイ人同士でも車掌さんが忘れて通り過ぎた客を何度も見ています。

親切に前もって教えてくれる車掌さんもいれば、すっかり忘れる車掌さんも多いし、それもタイ人気質にこうした中距離バスだと無理ないです。ちなみに私は旅をするのに地図もスマホも持たないし(最初から持っていない)、下車する所を他人任せにした事もありません。ちなみにどうしても人に道を聞く必要がある時は何度か別な人にも聞きます(笑)

20180629 Bus1305 Map 3

ピーマイの町中に入り川を渡り(進行方向)左で国立博物館を過ぎたら、右に遺跡が見えたら降車する時計台がある信号十字路で間違えようがありません。この時計台前で多くの乗客も降りるはずです。そう言えばこのバスの中で降車ボタンを見た記憶もないですねぇ~

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降りた時に車掌さんにコラートに戻るバス停を確認しました。こうした道が狭い町中は往路と復路が異なる事が多いからです。答えは「反対側」でしたので、ここでは変則ではないようです。時計台前で道路の反対側で待てば良いわけです。

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ちなみにバンコク都周辺県も同じですが、バス停と呼ばれるような目印がないのもよくある事です。地方の通り沿いは日陰を作る東屋がバス停代わりですし、こうした町中では時計台があればまず中心部なのでその周辺で人に聞くかバスやソンテウの動きを観察します。まぁ、バス停に関係なく合図すれば停まってくれる事が多いのですが、何もない所でフルスピードのバスに急に合図しても停まらないでしょうが・・・

えっと・・・まるで本ブログ別シリーズの「路線バス不完全ガイド」か「ソンテウの旅」のようになってしまいました(苦笑)私の旅は移動の過程がすごく楽しいですし、どうしてもルートも気になってしまいます(汗)

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さて、時刻は午後3時を過ぎたばかりです。遺跡がある歴史公園はバスを降りた時計台から徒歩2~3分の近さです。時間はたっぷりで目の前の古い仏塔が気になったので登ってみました。

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「メル・プロマタット Meru Brahmathat」は現地説明板を読むとアユタヤ時代後期の18世紀に建てられたそうなので、クメール遺跡とは関係なさそうです。造りも異なっていますねぇ~

さぁ、ピーマイ遺跡こと「プラサート・ピーマイ Prasat Phimai」に行きましょう。次回に続きます。

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2018.07.03 | コメント(1) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウで行くパタヤ⑤ ノンモン市場とバンセンビーチ

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第5回目です。

前回の第4回目はチョンブリー県の県庁所在地「チョンブリー Chon Buri」の町を歩き、行先表示板の種類が多くて厄介そうなソンテウに乗りスクムビット通り沿いのノンモン市場まで来ました。

20180611 Chonburi 14

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。
  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分

20180426 Map4

「ノンモン市場 Nong Mon Market」はスクムビット通りの主に西側(海側)に面し、チョンブリー市とシラチャ市の中間にある賑わいある所です。大きな中華門がある中に市場のスペースがありますが、賑わいの中心はスクムビット通り沿いにあります。

20180627 Nongmon 1

その特徴は市井の生鮮市場のような魚、野菜、肉などを扱う店よりも圧倒的に乾物など加工海産物、それもスナック化した海産物が多いように思えます。乾燥エビにイカ、魚醤、発酵調味料であるカピ、それにスィーツなどです。

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それらはスクムビット通りを南北あるいは東西に移動する人々にとってちょうど良い土産物なのか、多くの車が立ち寄っています。日本でもありますよねぇ~ 街道沿いの市場で名産を売る露天商が道沿いに並んでいる・・・そんなイメージです。

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そんなノンモン市場でチョンブリーから乗って来た赤色ソンテウ6088番系統は、市場北端の裏道で終点。画像上のようにその終点直後にスクムビット通りへ出て北へ向きを変えて、チョンブリーに戻るか、途中で向きを東に変えてバンセン・ビーチへ向かうようです。

20180611 Map 4

チョンブリーで聞いた限りではこのノンモン市場にシラチャへ行くソンテウがあるようです。市場を見ながら気にしていたのですがスクムビット通り西側には無さそうなので、一番可能性が高い東側を見てみました。通りの東側は南に下る車線側なので、パクソイのどこかにソンテウが待機しているはずです。

20180627 Nongmon 4

見つけました!パクソイではなくちょっとした広場の中で待機しているみたいで、その出口で出発待ちしていました。オレンジ色で1631番系統ですが「1631」とタイ文字が付くコーカイ路線のようで(BMTA路線バスでもあります)、「シラチャศรีราชา」「ノンモン หนองมน 」とあります。

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このソンテウも運転席の上に大きく行先が書いていなくて、横に簡略フォントで小さく書いてあるだけ。走って来るソンテウを正面から見ても絶対に分からないのですねぇ~ まぁ、ソンテウはその地域に住む人達が利用するのが基本なので、そんなものかも(汗)

しかしこのシラチャ行きオレンジ色ソンテウが出発待機している所ですが、スクムビット通り反対側を見たら乗って来た赤色ソンテウがチョンブリーへ出発する所でした。ただ通りの反対側だったのです。しかも立派な歩道橋で結ばれています。市場が気になって全く気が付きませんでした(汗)

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まだ時間が早かったのでそのままシラチャに向かわず、「バンセンビーチ Bangsan Beach หาดบางแสน」に行ってみたいと思います。

バンセンビーチは首都圏に住むタイの人々にとって、ビーチに行くとなったら誰もが真っ先に考える所でしょう。外国人ばかりで何もかも高くギラギラしたイメージのパタヤは一般的なタイの人々にとって候補にも挙がらないはずです。

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歩道橋を渡ってスクムビット通り東側で赤色ソンテウが出発する所でしばらく観察しました。やはり分かりません(汗)そのままスクムビット通りを北へ向かいチョンブリーに戻るのか、途中から西へ向かいビーチに行くのか・・・全て同じ6088番系統ですが、色は違うものの書いてある行き先が違うとは思えません(苦笑)

いかにも海へ行くようにバッグを持った若者が乗り込んだソンテウがあったので運転手に聞きました。「バンセンビーチに行きますか?」また黙って頷かれてしまいました。行先表示板は青色でした(笑)

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ソンテウはすぐに出発してスクムビット通りを北上し、すぐに3137号線へ左折し西へ向かいます。すれ違うソンテウを見ていましたが、やはり行先表示板の色が色々です(笑)

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ソンテウがビーチに出た所の小さなロータリーで降りました。30分も乗らなかったと思います、10バーツでした。

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記憶に無いのでここに来たの初めてかと思います。もしかしたらソンテウを降りた所から遠い所を通った事ぐらいあるかも知れません。私的にはそれほど関心がなかった所ですが、ビーチの雰囲気が確かにしますねぇ~

ビーチ前のソンテウも通る通りです。

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ビーチ前で椰子の木々の中にある歩行者通りで、露天商が並んでいます。

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ビーチを前にして見渡す限りデッキチェアが並んでいます。

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よく知られた話かと思いますが、タイ南部の島々とは異なり白浜に透明度が高い海ではありません。荒めの砂に波も荒く浜にはゴミも目立ちますが、水辺で遊ぶには十分でしょう。

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この日は3月中旬の平日でしたが、混雑ほどではないものの多くの人が楽しまれていました。一般的にタイの人々のビーチでの楽しみ方は、友人同士、家族などグループで来て、海風にあたりながら日陰のデッキチェアで飲み食べ話す・・・その間に子供や若者が水遊びでしょうか。

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いやぁ~海に入って泳がなければなかなか良い所ではないでしょうか。実際にデッキチェアやすぐ後ろに並ぶ屋台の料理を食べたわけではないので、価格など分かりませんが間違いなく手軽に家族などで楽しめる所です。

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一人のオッサンが長居する所でもないので、ソンテウを降りたロータリーまで戻りました。待つことなくビーチ沿いを走って来たソンテウに乗りましたが、例の赤い6088番系統で今度は行先表示板は黄地で赤文字、そして書いてあるのは全く同じ「ノンモン หนองมน 」「バンセン บางแสน 」です。

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もうこのソンテウは笑うしかないのですが、今度は運転手に何も聞かずに乗りました。ノンモン市場に行かなくても構わないと思いながら・・・そうしたら、ちゃんとノンモン市場の横に戻りました(画像下)。10バーツでした。全て結果オーライですが、さっぱり分からないままです(笑)

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さぁ、寄り道しましたが目的のソンテウの旅を続けましょう。バンセンビーチに行く前にチェックしていたシラチャ行きのソンテウに乗り換えるので、歩道橋を渡りました。ノンモン市場とバンセンビーチ間の赤色6088番系統ソンテウの動きは、以下ルート図の通りです。

20180627 Map

そうそう、バンコクから直接バンセンビーチに行きたい方は、エカマイの東バスターミナルからシラチャやレムチャバン行きのバスに乗ってノンモン市場で降りて、私のようにソンテウで行くのが一般的かと思います。このバスに関しては後日使いましたので別エントリーで詳しく書きます。

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次回に続きます。

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2018.06.27 | コメント(4) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く⑤水上マーケットと運河沿いの時計台

前回エントリーでご報告したように日本へ帰国しており、そのご報告を除けば最初の日本からのエントリーです。

ところで、私はスマホも携帯電話も大嫌いで、リタイア後は緊急時と各種手続きで(電話が)必要なのでやむを得ず携帯電話を入手しましたが全く携帯した事はありません。もちろんスマホは持った事も触った事もありません(笑)

今回、日本の自宅で更新作業を終えてブログを時に家内に見せたら、家内が「スマホの画面と違う!」と言うじゃないですか。驚いて初めて私のブログをスマホで見せてもらったら、全く関知しない広告があるじゃないですか!驚きました。

スマホは画面が小さいのでその広告がかなり目立ちます。正直醜いし見難くもあるブログで大変がっかりしました。こんなブログを作っているつもりはありませんでした。パソコンで表示すると画像下のように上から下まで全く広告がないのですが・・・

20180623 PC

調べると無料から有料にすると広告表示は消せるようですが、安くてもそこまでお金をかけるつもりはありません。

もう少し調べてみますが、スマホでご覧になっている方々に申し訳なく思っています。一度機会があったらパソコンで本来の表示をご確認下さい。またその時にまだ広告が表示される場合は別なサイトでクッキーを拾った事が原因と考えられます。対処方法はお使いのブラウザの設定で「クッキーや閲覧履歴を削除」ですが、PCが(勝手に)記憶したパスワードなども消えます(私は消したいので定期的に削除していますが)。

いずれにしても、表示等で不具合がある場合は非表示設定でも構いませんので、コメントでお知らせください。スマホは分かりませんがパソコンなら対処方法をご連絡させて頂きます。

さて・・・タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。(画像下は運河沿いに時計台を持つワット・ボートボンです)

20180609 Om Non 22

そんな「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズの第5回です。今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く①序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く②カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く③ バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く④オームノン運河

前回はオームノン運河東端(下流)付近を歩き、狭い路地をウロウロしながらも周辺のお寺を楽しみました。そして船の形のお寺ワット・チャローまで戻り、バンクルアイ・サイ・ノイ通りからソンテウに乗ってナコーンイン通りまで移動して来ました。画像下は小さいながらも気品ある姿が印象的だったワット・ポーバンオーです。

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さて、ナコーンイン通りでかなり待ったソンテウはオレンジ色に白いライン(番号が書いてなく分かりません)の「ワット・ボートボン Wat Botbon」行きです。ノンタブリー船着場(東側)からラマ5世橋を渡り、水上マーケットで賑やかな「ワット・タキアン Wat Ta Khian」を経由してオームノン運河沿いのワット・ボートボンまで行くソンテウです。

行先表示は上段に「ワット・タキアン วัดตะเคียน」「ワット・ボートボン วัดโบสถ์」とあり、中段の「サーイ4 สาย4」は分かりませんが下段が「ターノムノン(ノンタブリー船着場) ท่าน้ำนนท์ 」です。

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ワット・タキアン水上マーケットに行く時使った事がありますが、本数はあまり多くなく30~40分待っても仕方ないかと・・・この区間はバスが無いので、このルートだとバックアップ案はタクシーなどになります。

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目的であり終点のワット・ボートボンとワット・タキアンは徒歩12分程度と近いので、ワット・タキアンでソンテウを降りて水上マーケットを見てみました。もう何度目なのか・・・「バーン・クー・ウィエン運河 Bang Khu Wiang」周辺が水辺の原風景が残っているようで街歩きで何度か来ています。「バンコクの原風景に出会う」で詳しく書いています。

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ワット・タキアン水上マーケットは外国人観光客が行くような所ではないものの、本当にいつも賑わっています。上記のようにチャオプラヤー川元流であるオームノイ運河に繋がるバーン・クー・ウィエン運河沿いにあります。

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ソンテウでそのまま乗ってもワット・タキアンを過ぎて数分でワット・ボートボンです。ソンテウは境内まで入ります。お寺境内への入口の門に三体の仏立像があるのはこのお寺の特徴です。また、このお寺はオームノイ運河に面していますが、運河沿いに時計台があるのも珍しいですねぇ~

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時計台は町の中央にはよくあるのですが、ここはお寺境内の広場で運河に面した所にあります。運河以外に人が乗り物が行き交う所ではりません・・・考えてみれば陸上交通よりも水運の方が盛んで、生活に密着していたでしょうから、時計台も行き交い人々にさぞ役立った事でしょう。

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建立はアユタヤ時代の1757年で、タークシン王がトンブリー王朝を興す(1767年)10年前です。この部分の捷水路となるノンタブリー船着場前が1636年には掘られていますので、建立時からすでにチャオプラヤー川本流ではなかった事になります。

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現在の本堂は大変大きく(背が高い)オームノン運河の離れている所からもよく見えます。

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階上の高い位置にある本堂は風の通りも良くて、壁画を拝見しながら少し休ませて頂きました。

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そして、ここにも水上マーケットがあります。「ワット・ボートボン水上マーケット Wat Wat Botbon Floating Market」ですが・・・すぐ近くに賑わうワット・タキアン水上マーケットがあるので、お店も来ないし当然お客もまばらです。

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ただ、この辺りのオームノン運河は観光客集めで強引に作った水上マーケットなんか無くてもかなり良い雰囲気です。車の通りが無く静かな中、物売りの舟がラッパの合図を鳴らしながら通って行きます。

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他にも定番のクイッティアオ舟、アイスクリーム舟、おかず売りなどが次々と現れては静かに広がる波を残して去って行きます。

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人でいっぱいの水上マーケットより、私的にはこちらの方がよほど良いです。この辺りは顔を背けたくなるような汚れもなく、ゴミが流れて来るのも(幸い)なくて、川面を眺めているだけでも癒されるような気がします。

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東から西へとオームノン運河を遡って来ましたが、この辺りで流れは北へと大きく弧を描くように変わります。午後もだいぶ時間が経って来たので、アパートに戻る事にしました。

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ワット・ボートボンからまたワット・タキアン経由でバーン・クー・ウィエン運河沿いを歩いて40分。カンチャナピセーク通りに出てバスでMRTピンクラインの「タラートバンヤイ駅」まで行き、そこからMRTとバスで帰りました。

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次回はバンヤイ・カオでの『九寺巡り』です。

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2018.06.23 | コメント(3) | タイ・トラベル

初めての一人旅③ カンペーンペットの町

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅です。画像下はカンペーンペットのナイトマーケットです。

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チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

初めての一人旅① 序章&北バスターミナルへ
初めての一人旅② バンコク~カンペーンペット

さて、前回は初めての地でバスターミナルからホテルがある市街地までの移動に少しだけ苦労しましたが、無事ホテルに着いた所まで書きました。

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若い時の旅は家族と一緒でない限り無計画で泊まるのもゲストハウスで十分でした。リタイア後で持病を抱えながらの初めての泊まる旅なのと、触った事もないスマホはもちろん携帯電話も持たないので、家族に大よその予定と宿泊先だけでも伝えておく必要があったのでホテルだけは予約していました。Phet Hotelです。

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画像で見ると立派に見えますが、中身は古いと言うか一時代前のホテルがそのまま今になっている感じがします。それが安かった理由かと思いますが、朝食付きで一泊650バーツぽっきりでした。バスタッブはありますが、熱くならずにぬるいままのお湯を溜めたら茶色でした。ただ、昔によく経験した濃い茶色より薄くてあまり気になりませんでした(笑)

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市街地のほぼ中央で市場やピン川へのアクセスも問題なく、街歩きや遺跡歩きで疲れては戻りシャワーを浴びて疲れを取ってまた出動が出来ました。またホテル前がコンビニのセブンで、その2軒隣がスーパーのTESCO Lotusでした。ビールや菓子などを買うのに便利過ぎるほどで、ついつい通ってしまいました(笑)

20180617 Map 1

カンペーンペットの町は私的に中途半端に感じる大きさでした。全てを歩くには辛い広さ(でも歩いたけど)ですが、市街地を路線バスやソンテウが縦横に走る広さはありません。

画像下の地図にある範囲内に多くのホテルやゲストハウスがあると思われます。市街中心部と市外を結ぶ交通の中心は画像下の地図で言えば左上の時計台があるロータリーで、遺跡公園はその更に上の地図外になります。遺跡公園に近い所の宿泊施設は少ないながらもあるかと思いますが、そこだと今度は市中心部から遠くなります。

20180617 Map 2

ホテルにチェックインして荷物を部屋に置き夕暮れ前の市内を散策しました。午後4時頃ですが、本当に暑い日でした。ホテルから北へ向かいながらソンテウの動きを観察していたのですが、この時間は学生さん達ばかり乗せた色々なソンテウが市内を動きまわっています。

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それが・・・滞在中ずっとソンテウの動きを気にしていたのですが、赤、青、茶、黄、緑色別のソンテウを見たのですが、日中はぴたっと動きが止まりルート解析が出来ませんでした。朝晩だけルート上を走り、後は自由なのか・・・分かりません。

情けないけどさっぱり分からず、結局滞在中の市内中心部と遺跡公園(南側)は徒歩で移動し、後日にホテルからバスターミナルまで行ったのはサムロー(エンジン付き)を頼みました。

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ホテルから市街地と遺跡公園の南北を別け、そしてピン川に架かる橋でバスターミナルや国道1号線がある西側と市街地がある東側を結ぶカンペーンペットの交通の要所が・・・画像上の時計台があるロータリーです。ホテルからここまで真っすぐ向かえば徒歩25分ぐらいだと思います。

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ここはソンテウや地方バスが多く通るので立ち止まってしばらく見ていました。結果、後で分かったのですが、紺色で2531番のソンテウがバスターミナル(画像下)とこのロータリー(画像上)間を走っていました。ただ、その前後のルートも本数も分からないので意味ないですが(汗)

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ここで完全にこの町でのソンテウ利用を諦めて遺跡公園(南側)に向かって歩き出したのですが、ロータリーのすぐ北東側に「ツーリスト・インフォメーション・センター Tourist Information Center」がありました。道路上のプレハブ造りなのですが、前に停めてあった観光用のバスも気になりました。

20180617 KPP 9

午後4時半までの営業なのでもう戸締りを始めた所でしたが、中に入ってまず地図を入手。ソンテウの事も聞きましたが要領を得ませんでした。ちなみに英語はほとんど通じなく、私の幼稚なタイ語での会話です。

小さな事務所で気が付いたのが画像下の観光バスの説明です。概略は・・・『午前は9時から2時間コースでご利益あるお寺などを回る。午後は4時から45分で市街地を回る。そして条件は4人以上のグループである事ですが、(この掲示物を作った時は)FREE!』だそうです。

20180617 KPP 10

FREE!に引かれて「これって明日もありますか?一人でも参加出来ますか?」と聞きました。FREEはもう終了したそうで、明日私一人のようです。どこかに電話して相談していましたが・・・結論は「350バーツならいいですよ」でした。

350バーツは迷いましたが、それまでこの町でソンテウなど公共交通機関が理解できなかった事が決めてとなって、お願いしました。条件は遺跡の北側を回り、私が望む所で降ろしてくれて待ってくれる事、そして町も一周する事です。

20180617 KPP 11

要は大きなピンクのトラム型観光バスを一人で貸し切った事になりますねぇ~ もう午後4時半を過ぎて帰りたかったでしょうが、オッサンの厄介な要求に応えてこれました。明日の朝8時半にこの事務所前の約束をしてお別れました。

さて・・・もう時刻は午後4時45分ですが、もしかしたら遺跡公園(南側)に入れるかも知れません。徒歩で10分もかからないはずです、行ってみる事にしました。

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午後5時少し前に公園入口に着きました。ユネスコ世界遺産のマークが目立っていますねぇ~ 実はタイ観光庁のサイトだとAM8:00(あるいはAM9:00)~PM5:00になっているのですが、何だかよく分からないのですよねぇ~ とにかく中に無事入れるようです。

入口の横に貸自転車があったので、明日来るかも知れないけどこの自転車で北側の遺跡公園に行っても良いかと聞きました。南と北は繋がってなくて、途中一般道を通る必要があるからです。それに城壁も一周したかったし。答えは大丈夫との事です。

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外国人入場料100バーツを払いながら「後1時間ぐらい見られますか?」と聞いたら、これも「大丈夫、門が閉まっていても鍵はかけないから」そんな事を言っているように思えました。最悪は公園内に閉じ込められるかもと考えましたが、柵を越えれば脱出可能でしょう。

管理人のお一人が息子さんが迎えに来ていて、ご帰宅のようです。きっともうお一人も私が中に入ったらご帰宅されるのでしょう。

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明日、午前中にバスでざくっと見たら、午後は自転車で細かな所を見て回ろう・・・そんな事を考えながら、ちょうど西に傾いた太陽に向かうように公園内の遺跡に急ぎました。次回に続きます。

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2018.06.17 | コメント(2) | タイ・トラベル

タイのクメール遺跡を巡る② バンコク~コラート

雨季に入り、街歩きに出かけるのに躊躇する日が多くなりました。この時期のバンコク周辺の天気予報は「曇り、所によっては雷雨、時々晴れ間も・・・」が判で押したように毎日続きます。確かにそうなのですが、果たして予報として役立つのか・・・

20180615 Rainbow

毎日、予報ではなく空を見て街歩きや買い物に出るのかを決めますが、数日前に部屋から外を見たら虹が出ていました。アパートがある所は雨の気配が全く無かったのですが、きっと少し離れた所では雨が降ったのでしょう。見る機会が多そうで意外と少ない虹でした。

そんな雨季の中で出かけたイーサン(タイ東北地方)でのクメール遺跡巡りでしたが、毎日雨に降られたものの移動中やホテルに居た時だけで、遺跡では青空すら広がっていました。きっと日頃の行いが・・・(笑)(画像下はピーマイ遺跡です)

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さて、今日は前回の「タイのクメール遺跡を巡る①序章」に続く第2回目ですが、バンコクからクメール遺跡巡りの基地としたコラートこと「ナコーン・ラチャシマ Nakhon Ratchasima」までの移動を中心に書きます。(画像下はコラートのシンボルであるターオ スラナーリー像(ヤーモー)です)

20180615 Yamo

ちなみによく知られている事ですが、イーサン地方への玄関口となるナコーン・ラチャシマは通常「コラート Korat โคราช」と呼ばれます。私自身、コラートとは異なる地名があるとは長く知りませんでした(汗) 

地図など公的には「ナコーン・ラチャシマ นครราชสีมา 」ですが、厄介なのはバスなど(特に地方路線バス)では「ラチャシマ ราชสีมา」の表記が多くある事です。(画像下はコラート~ピーマイ間の地方バス1305番です)

20180615 Bus1305

さて、タイの歴史を遡る旅を続ける中で、タイ族最初の王朝と言われるスコータイ王朝(1240年頃 - 1438年)以前になるとクメール王朝の影響を強く感じる事になります。スコータイ王朝の城壁都市であったカンペーンペットへの旅から戻って、クメール遺跡に行きたい気持ちが満ちていました(笑)

カンペーンペットの旅から戻った翌週に今年10回以上行っているアユタヤで調べものをして、その翌週にはコラートに向かいました。出かける3日前に決めてホテルだけ予約し、後は全て現地で考えるいつもと同じスタイルの旅です。

20180526 Mochit 1

5月最後の月曜早朝にアパートを出ました。いつものようにBMTA路線バス145番(パークナム~北バスターミナル)の1本で「北バスターミナル(モーチット2とかモーチット・マイとも言います)」へ行けるので、都内の移動は時間がかかるものの全く楽で(6.5バーツと安く)助かります。

北バスターミナルへのアクセスに関しては本ブログでも多くのエントリーがありますが、一番新しいのは「初めての一人旅① 序章&北バスターミナルへ」で詳しく書いています。

20180615 Mochit 1

その北バスターミナルでコラートがあるタイ東北部へのチケットカウンターは3階にあります。いつからか思い出せないぐらい以前から動かないエスカレーターを見ながら階段を上がります。

20180615 Mochit 2

3階に着いたと同時に朝8時でした。最近ではバンコクの町中では緩くなったように思うのですが、ここでは皆さん直立不動で国歌斉唱をされていました。ちょっと気付かず私はカウンターの方へ歩こうとしてしまいましたが、慌てて立ち止まりました。

タイのバスターミナルはどこも同じですが、特にバンコクの各バスターミナルはチケットカウンターが多すぎて慣れない旅行者は大変かと思います。私もですが(汗)

20180615 Mochit 3

ナコーン・ラチャシマへ長距離バスで行くのは、初めてタイに来た方がパタヤへバスで行くのと同じで簡単です。そして、おそらくバスの本数や運行時間帯は最多最長ではないでしょうか。私のイメージは少なくても30分に1本はあるし、間隔は空くものの24時間通して乗れる気がします。

また、ナコーン・ラチャシマはタイ東北地方の玄関となる都市でもあるので、経由地とするバスも多くあります。

20180615 Mochit 4

何でも良かったのですが、ずらっと並ぶカウンターをざくっと見ながらナコーン・ラチャシマだけが目的地として書いてあったカウンター(画像上)で聞きました。「コラートではバスターミナル1ですか?2ですか?」答えは「両方行きますよ」だったので、このバスにしました。ボーコーソー・ガオ(旧バスターミナル・第1バスターミナル)へ行きたかったのです。

ナコーン・ラチャシマは大きな都市なので二つのバスターミナルがあります。第1バスターミナル(旧バスターミナルとも言います)は市内中心部にあって、第2バスターミナル(新バスターミナル)は国道2号線沿いで少し中心部から離れた所にあります。

20180615 Map

第1バスターミナルは市内と近郊への路線バス、ソンテウ、そしてバンコクとナコーン・ラチャシマ間の長距離バスの一部が使っています。大きさは地方都市によくあるバスターミナルで大きくはありません(建物に囲まれた小さなターミナルです)。

20180615 Korat 1

第2バスターミナルは大変大きなバスターミナルで、県外も含めて都市間を結ぶ長距離バスに路線バス、ロットゥー、一部のソンテウ、そしてバンコクとナコーン・ラチャシマ間の長距離バスの一部が使っています。バンコク発で東北各都市へ向かう長距離バスはここを経由する場合が多いです。

20180615 Korat 2

私は街歩きも前提にあったので、市街地中心部にあるホテルを予約していました。第1バスターミナルからは徒歩10分程度で、ソンテウが集中する「メー・キム・ヘーン新市場 Mae Kim Heng New Market」と「ターオ スラナーリー像(ヤー モー)」へも徒歩10分以内で行ける所です。

第1バスターミナルと第2バスターミナルをソンテウで移動する事は可能ですが、実際はターミナル内アクセスではなく近くを通るソンテウでの移動になるので荷物がある時などは少し不便です。これはこの後のエントリーで詳しく書きます。

さてバンコクの北バスターミナルに戻って・・・(汗)

チケットカウンターでは「クラス1 Class Ⅰ」となっています。初めての2等以上のバスです(笑)価格は191バーツで8時15分発です。後7分とあまり時間がないですねぇ~

20180615 Mochit 5

20180615 Mochit 6

コンビニにも寄らず連絡通路(画像上)を使って最短でバスが出る所まで行きました。バスに着いて切符を見せると荷物を受け取って、飛行機のCAさんのような姿の方が席まで案内してくれました。

20180615 Bus 1

いつものように窓際で車窓を楽しむのですが(まるで子供)幸いお隣はいなくて、どの席も同じような状態でガラガラでした。でも最後尾から3番目。いつもチケットを買ってギリギリでバスに乗るからですかねぇ~ 

20180615 Bus 2

ブランケットもあるし、つい最近混雑する2等バスでの旅を終えたばかりなので、何だかお金持ちになった気分です。座席横のボタンを押したらなんだか座席がブルブルするし(笑)

20180615 Bus 3

バス会社は「ナコンチャイ・トゥエンティーワン(21)Nakhonchai Twentu-one」でした。ナコンチャイエアーを意識しているのでしょうか・・・バスは定刻の8時15分に出発です。そんなに頑張って大丈夫でしょうか(笑)

20180615 Bus 4

出発してすぐにスナック箱(お菓子2種類)とペットボトルの水が配られました。コンビニに寄れなかったので助かります。

20180615 Bus 6

(たまたまこの時だけなのか分かりませんが)バスはソンストップで1号線を北上し、「サラブリー Saraburi」から2号線に入り方角を東北東に変えます。同時に峠越えをして高度も上げたように思えます。

20180615 Bus 5

コラートでは最初に第2ターミナルに着いて乗客を降ろし、その後に第1ターミナルへ入りました。数人間違って第2で降りて慌てて戻られましたが、初めての方はなかなか分からないですよねぇ~ 終点の第1ターミナルには3時間50分かかって12時過ぎの到着でした。

20180615 Bus 7

画像下はバスのルートです。

20180615 Map 5

さて、第1バスターミナルからホテルに向かいました。前日にアパートでGoogle Mapsで地図を頭にインプットしていたので、細い路地を歩きながら10分で迷わずホテルに着きました。サービスアパートメントの要素を持った「Romyen Garden Place」と言うホテルです。

ネット予約した時に今までしていたように現地でキャッシュで払いたかったのですが、それが受け付けられないで日本のクレジットカード(タイでは持っていません)を使っていました。それで金額を覚えていませんが、800バーツ前後だったような気がします。

20180615 Hotel 1

部屋はきれいでバスタッブはないものの(アパートにももちろん無いけど)、ヘアードライヤーにスリッパやアメニティーまであって、ホテルっぽいです(笑)バスもホテルも私には贅沢過ぎます。

20180615 Hotel 2

さてコラート・・・現在の事情は変わっているかと思いますが、タイではバンコク都を離れるほど労働コスト以外にも有利になるように設定されているので、ゾーン3だったか?ナコーン・ラチャシマ周辺は私の前在住時から多くの労働集約型日系企業が多く進出していました。それで旅行者以外にも多くの日本人がこの長距離バスやホテルを利用されているかと思います。

地方都市の中でも大きく便利な町かと思います。バンコク都でも端っこに住んでいる私にとってはここの方が都会のように思えます(苦笑) バンコクでは行く事もないアソークの観光客がいっぱいで何もかも高いターミナル21もバスの中から目にしましたし、ホテルの部屋からもタワーの上の部分が輝いていました。

20180615 Korat 3

もっともそうした所に行くためにコラートに来たのではないので、滞在中は「へぇ~すごいなぁ・・・」と何度も見ながら前を通り過ぎただけですが・・・

正午過ぎにホテルにチェックインして荷物を置けたので、午後は早々に出かける事にしました。次回に続きます。

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2018.06.15 | コメント(3) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウで行くパタヤ④ チョンブリー~ノンモン市場

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第4回目です。

前回の第3回目はソンテウに限らず、チョンブリー県の県庁所在地「チョンブリー Chon Buri」とバンコクを行き来する方法を記しました。

20180530 Bus 1

まず、このシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。
  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分

20180426 Map4

さぁ、今日は前置き話は止めて、どんどん先へ進めましょう。

1日目はバンコク都からチョンブリー市内までソンテウを乗り継いで行きましたが、時間切れで夕暮れを前にソンテウと地方路線バスでいったんアパートに戻りました。いやぁ~戻る時が簡単な事って言ったら・・・(笑)

別な日にチョンブリー市まで行って、目的の『ソンテウだけでパタヤまで行く』旅への挑戦を続けなくてはなりませんが、行きだけはこれも一番簡単で早い方法を選択し、アパートそばのバンナートラート通りを走るチョンブリー行ロットゥー38番を使いました。

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このロットゥーの行先表示は「クルンテープ(バンコク)กรุงเทพฯ - バンナー บางนา -チョンブリー ชลบุรี 」となっています。バンコク側はエカマイの東バスターミナルですが、バンナー交差点発もあるように思えます。

本数も多く、バンナートラート通りのバス停でバス待ちしていると軽くクラクションを鳴らし「乗らないかい?」と言わんばかりにバス停に寄って来ます。乗る側もキンケーオやその先の工場に学校と短距離利用の人が乗り降りを繰り返します。

ロットゥーは比較的長距離で2点間を結ぶ場合は乗客が集まらないと出発しないタイプもありますが、それだけのように書いているネット情報は間違いです。

20180611 Van 2

バンコク近郊ではこうした途中乗り降りが多い路線バスの補完的ロットゥーが多くあります。私の生活圏で多く利用してのは38番以外に95番(ラムカムヘン大学~ランシット)、1145番(サムロン~テーパーラック通り~バンボー)、53番(バンナー~バンナートラート通り~バンボー)、916番(パークナム~シーナカリン通り~シーコンスクエア)、1140番(サムロン~スクムビット~クローンダン)、17番(ミンブリー~ノンヂョーク)・・・と枚挙にいとまがありません。

路線バス以外に本シリーズの主役であるソンテウ、そしてロットゥーと路線や運行状況を知ると・・・それは自由自在に首都圏から周辺県を移動できます。

話をチョンブリーに戻しましょう。結局は前置き話をしてしまったような・・・(汗)

バンナートラート通りで5分と待たずに38番のロットゥーに乗れました。途中乗り降りが多いのでチョンブリーまでは1時間ちょっとかかり、60バーツでした。チョンブリーではスクムビット通りとポトン通りの交差点(画像下)で降りました。

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「ポトン通りPo Thong」へ渡る為に歩道橋でスクムビット通りの反対側に行きましたが、この先もずっと南へソンテウで向かわなくてはなりません。画像下はその歩道橋上から撮ったスクムビット通り南行きです。

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しばらくソンテウの動きを観察していましたが、南から歩道橋がある交差点まで来てポトン通りへ入るソンテウばかりで、反対にポトン通りからスクムビット通りを南に向かうソンテウは見られません。きっと町中を通ってずっと南でスクムビット通りへ入るのでしょう。ポトン通りでまだ観察が必要です(笑)

ポトン通りに入ってすぐ(デパート横)に赤い色のソンテウが3~4台路駐で出発待機をしています。赤色は全て6088番みたいですが、普通行き先が大きく書いてあるフロント運転席上には表示がないソンテウが多いし、ウインドシールド内側(運転席)に置く小さな行先表示板で区別しているみたいです。

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その行先表示板は分かっただけで黄地、白地、赤地、青地とあります。字は小さいしフォントが簡略してあるもので、私には理解不能。ジロジロと見てカメラでそれぞれを撮っていると運転手さんが怪訝そうに私を見ています。居づらくなったので、その場を去って考える事にしました(笑)

しかし、ポトン通りはデパート前から「ワット・ノックWat Nok」前あたりがソンテウと地方バスが集中しています。お寺の中がソンテウの起点になっていたり、この通りで多くの見慣れないソンテウと地方バスを見ていると、この先の目的を忘れるぐらい楽しいです。

20180611 Po Thong 3

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赤色以外のソンテウで暇そうにしている運転手さんがいたので、スクムビット通りでシラチャ方面に行けないか?と聞いてみました。答えは「シーデン(赤色)でノンモン市場まで行って乗り換え」との事です。やはり難関の赤色ソンテウのようです(苦笑)

事前にGoogle MapsとStreet Viewで見ていたスクムビット通りもチョンブリーの南へ向かうのは赤色ソンテウでした。ただ、行先表示までは見えなかったのですよねぇ~ 「まぁ、いいか。しばらくしたら赤色ソンテウの所に戻ってノンモン市場へ行くか?」聞いてみよう、それまで少しの間、街歩きです(苦笑)

20180516 Songthew 2

ポトン通りを海に向かって歩き、ワット・ノック入口前で二股に別れる所(画像上)で右の道を選ぶと、周囲は服の生地を扱っている店が増えて来ます。大昔ですが、何かで読んだか聞いた事があるチョンブリーの「布タラート Fabric Market」のようです。

20180611 Chonburi 1

「布タラート」は正式名ではなくて通称でしょうが、18年前の前在住時からここは生地や手芸用品の種類が多いと聞いていました。まぁ、私には関係ないのですが、コスプレイヤーには嬉しい地でしょう(笑)

20180611 Chonburi 2

この布タラートは市井の市場のように大きな屋根の下に店が集まっているのではなく、狭く入り組んだ路地の中に店が並んでいるイメージで、その奥は広場となって生鮮品を扱う普通の市場があります。恐らくこの市井の市場周辺に布関係を扱う店が増えて行ったのでしょう。

20180611 Chonburi 3

バンコク都だとウォンウィエンヤイに布など服飾関係の店が集中している所があり、そこは一見してプロ相手の問屋のような店に見えます。バンコク都でこのような服飾関係の店が多いエリアは他に出合った事がありませんが、私が知る限りですがウォンウィエンヤイに次ぐのがチョンブリーのように思えます。なぜでしょうねぇ・・・

布関係の店を見ていても面白く無いので、海に向かいました。チョンブリー中心街はGoogle Mapsで見るとスクムビット通りの海側(西側)で縦に南北で走る道が二本だけで、海に向かって東西に走る路地はたくさんあります。どの路地を歩いても海に出るような感じです。

20180611 Chonburi 4

そしてGoogle Maps上で「土曜夜シーフードマーケット Saturday Evening Seafood Market」とあったのが気になっていました。土曜日でも夜でもありませんが、海を見るついでにどんな所かを見たかったのです。

20180611 Map 1

歩く事15分ぐらいで海に出ましたが、海沿いを走る交通量が多い道の手前が地図上ではシーフードマーケットが開かれる所のようです。朝早い漁から帰ったのだろう漁船、そして網の手入れをされている方達だけがいましたが、土曜の夜はかなり賑わうだろう事が想像できます。

20180611 Chonburi 5

20180611 Chonburi 6

道路を渡り海を見ますが、まったく波がなくかなり遠浅のようです。何なのか分かりませんが、見渡す限り柵のように竹の棒が刺さっています。

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海沿いから町の方を振り返ると、漁師たちの仕事と生活の場の向こうに小高い丘が見えています。こうした海沿いに広がる町とそのすぐ近くにある丘や山の風景は、バンコク都やサムットプラカーン県ではなく、このチョンブリーから始まります。

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さて、ポトン通りへ戻りソンテウの旅を続けましょう。今度は待機している数台の赤色ソンテウをジロジロと見たり写真を撮らずに、「ノンモンへ行きますか?」と一番手前の待機中の運転手に聞きました。黙って頷かれただけですが、それがたまたま行先表示板白地で赤と青文字で「ノンモン หนองมน 」「バンセン บางแสน 」とありました。

20180611 Chonburi 10

後で別な色の行先表示板の画像をチェックしましたが、どれも同じようにノンモンやバンセンと書いてある気がします。いったい何か違うのか? ルートが異なるのでしょうが、時間さえあれば全て乗って確かめたかったです(笑)

チョンブリー発ノンモン市場行き赤色ソンテウ6088番の行先表示白板のルートは以下の通りでした(ノンモン行きの往路だけで復路は分かりません)。結果的に余計な所へ寄らない最短ルートかと思います。

20180611 Map 2

ソンテウは起点となるポトン通りを出てしばらくチョンブリー市の中心地を走り、市の南側でスクムビット通りへ入ります。

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スクムビット通りでは何カ所かで同じ赤色ソンテウ6088番が待機している所を見ました。数台待機しているとそれぞれ行先表示板の色が異なっています。短区間運転のソンテウでしょうか?今回のシリーズで最後まで全容が分からなかったソンテウです(笑)

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ノンモン市場の手前で右折して「バンセンビーチ Bang Saen Beach」へ通じる3137号線に入ります。一瞬、バンセンビーチに寄ってからノンモン市場へ行くのかと思ったら、すぐ左折してノンモン市場の横で終点(画像下)でした。

20180611 Chonburi 14

結局大きくUターンした事になり、ここでスクムビット通りに出れば復路の起点となります。チョンブリーからノンモン市場まで約1時間かかり15バーツでした。

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さて・・・この赤色ソンテウは行先表示板の使い方が分からずストレスが溜まりましたが、折角ですからノンモン市場から首都圏や周辺県にお住まいのタイの人々に大人気のバンセンビーチに行く事にしました。それも同じ赤色ソンテウを使うのですが(笑)

20180426 Bang Sen

次回に続きます。

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2018.06.11 | コメント(1) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く④オームノン運河

タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。(画像下はオームノン運河です)

20180609 Om Non 1

そんな「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズの第4回です。今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く①序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く②カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く③ バンクルアイと船形の寺

前回はバンクルアイ運河が一番古い捷水路であるバンコクノイ運河、そして元流であるオームノン運河と丁字状に交わる所まで来ました。そこには船の形をしたお寺ワット・チャローがありました。

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ワット・チャローが面しているバンコクノイ運河の対岸には風情ある家々が並んでいます。運河沿いによくある乱雑に建てられたバラックとは異なります。人とバイクが渡れる橋があったので向かいました。

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狭い路地を方向感覚だけで進みます。家々は水辺の中に柱を立ててその上に家を建て、その間に道を造っているのですねぇ~ それは路地の奥に進んでも湿地帯で路地からそれる事は出来ません。

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細い路地が続きますが車が通らないので静かですし、時たまバイクが来ても遠くから音で分かります。湿地の上に渡したコンクリート板すら外さなければ安心です。

都市部では歩道を歩いていても道はデコボコで穴があったり、下ばかり見ていると至る所で上から垂れ下がる電線で首を吊る事になります。しかも人が歩く事を完全に無視するように段差や歩行を防ぐ看板もあります。絶え間ない騒音の中で歩道上を前からも後ろからもバイクが真横を通るので気が抜けません。

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ここでの路地歩きの大敵は・・・アレです。日本語も英語も私のタイ語もまったく通じないし、年寄りに敬意を払わないお犬様です。バンコク都心部はもちろん住宅密集地の野良犬はそう怖くはないのですが、周辺部で野原が多い所の野良犬は縄張り意識が強く本当に怖いです。どんなに可愛く見える犬も同じで、画像下のような場合は引き返して別な道を探すしかありません。

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ウロウロしていたら湿地帯を抜けてオームノン運河沿いのお寺「ワット・タノー Wat Tanod」に出ました。小さなベル型の仏塔が並んでいるお寺の裏のような所です。都心部を離れたお寺ではよく目にしますが、故人の写真や名を記したものもあってお墓のように見えますが、タイの人々は墓を持たないし中華系の墓とも異なっています。お寺への寄贈なのか?分かりません。

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この辺りは民家が少なく荒れた林が多いのですが、この寺のものなのか、お隣のお寺なのか・・・かなり古そうな仏塔もありました。気になりますが、謂れを知る術がなく残念です。

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隣にもお寺があるのでそちらへ向かう途中、まるで発掘されたような木をくり抜いて作った舟が祀られていました。謂れがあったのですが、全てタイ語なのでこれも理解できないのが残念です。目の前がチャオプラヤー川元流ですし、近くには一番古い捷水路なので何か関係ありそうですが・・・

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20180609 Om Non 9

オームノン運河沿いを上流に向かうように林の中の小道を歩くと、ワット・タノーのお隣の「ワット・ポー・バンオー Wat Pho Bang O」に出ました。小さなお寺ですが何か気品があって、(後で分かりましたが)タイ観光庁のサイト(英語版)にも書いてありました。

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そのタイ観光庁によるとアユタヤ時代に建立されたお寺だそうで、(専門用語を知りませんが日本だと)切妻屋根の「人」形の間に施された彫刻、本堂入口のフレームの彫刻にも見るべきものがあるそうです。残念ながら訪問後に知りましたし、本堂は扉が閉まったままで入れませんでした。

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地図で見るとオームノン運河沿いにまだお寺があるようですが、運河に近づける道が無いように思えます。チャオプラヤー川元流であるオームノン運河は川幅も広く、この辺りから運河沿いに続く風景も魅力的なのですが、いったん戻ってソンテウに乗る事にしました。

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20180609 Map 2

ワット・チャロー前からソンテウでバンクルアイ・サイ・ノイ通りを北上し、終点のナコーンイン通りでソンテウを乗り換えて西に向かう事で、再度オームノン運河に近づく作戦です。

20180609 Map

ワット・チャロー前からバンクルアイ・サイ・ノイ通りを北へ向かうには何番のソンテウでも良いのですが、幸いすぐに1010番(前回のエントリーでルート図を書いています)が来ました。このソンテウはちょうどナコーンイン通りとの交差点が終点です。

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次はバンクルアイ・サイ・ノイ通りとナコーンイン通りの交差点でソンテウを待ちますが、これがなかなか来ません。画像下がその交差点ですが、画像奥がラマ5世橋で来るソンテウは右折したり左折してしまいます。

20180609 Om Non 20

待ったソンテウはオレンジ色に白いライン(番号が書いてなく分かりません)の「ワット・ボートボン Wat Botbon」行きです。ノンタブリー船着場(東側)からラマ5世橋を渡り、水上マーケットで賑やかな「ワット・タキアン Wat Ta Khian」を経由してオームノン運河沿いのワット・ボートボンまで行くソンテウで、ワット・タキアン(画像下)やノンタブリーから何度か乗った事があるのですが・・・

20180609 Om Non 15

まぁ、路線バスやソンテウを使う限り、なかなか来ないのはよくある事で仕方ないです(汗) 次回に続きます。

20180428 Map 1

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2018.06.09 | コメント(0) | タイ・トラベル

初めての一人旅② バンコク~カンペーンペット

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く一人旅です。画像下はカンペーンペットのピン川です。

20180601 Pin

チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅の一つで、それはこのブログがずっと続けている大きな流れの一つでもあります。現在まで以下のような関連したシリーズがあります。

「アユタヤへの道、アユタヤの歩き方(仮称・エントリー予定)」
チャオプラヤー元流を歩く(アップ中で現時点最新エントリー)
トンブリー王朝の面影を探し 全27回
首都防衛城壁を歩く 全8回
首都防衛要塞を行く 全5回

さて、前回の「初めての一人旅① 序章&北バスターミナルへ」では良い機会なのでバンコクの長距離バスターミナル全体像、そして「北バスターミナル North Bus terminal」(モーチット・ソン Mochit 2、モーチット・マイ New Mochit、チャットチャック Chatu Chakバスターミナルとも呼ばれます)へのアクセス方法詳細とターミナル内での行先方面別のチケットカウンターをざくっと書きました。

20180526 Mochit 1

前回も書きましたが世界の多くの国でバスターミナルは混沌としています。この混沌とした感じが「これから日常を離れて旅に出る・・・」そんな旅情感を増して来るのです。

世界の多くの国に住み、数える事をとっくに諦めたほど多くの国を旅をし、タイは通算6年半も住んで、このバスターミナルは年間何十回も来ているので慣れているはずなのに、旅のスタートはいつも「これから何が待っているのか・・・」とワクワクしながらもちょっぴりの不安も感じます。

20180601 Mochit 1

チッケトカウンターはどこか、バスはどんなのか、乗り合わせる乗客たちは、乗車まで時間はあるか、トイレを済ませて小腹が空いた時用にコンビニにも行って・・・色々な事を頭の中でフル回転しています(苦笑)何か忘れ物をしていないか?がいつになってもどこでも一番の心配事項なのですが(笑)

さて、そんな北バスターミナルで北方行きのカウンターをざっと見て・・・一番ありがちなのですが(汗)真ん中で「Northern 99&999 Bus Ticket Cnter Goverment Bus」のオレンジラインで目立つカウンターでチケットを買いました。

この999バスは「ガバメント・バスGoverment Bus」なんて書いてあるので『国営バス』とネットに書く方がいるかも知れませんが、「それは違うよなぁ~」と私は思い、国営ではなく『交通省管轄下のバス会社群』のイメージが強いです。

20180601 Mochit 2

ちなみにバスターミナルの事をタイ語で「ボーコーソー บขส」と書くネットも非常に多いかと思います。間違っていますが確かにそれで通じます(笑) 本来は交通省下部組織にある「トランスポートカンパニーリミテッド Transport Co.,Ltd บริษัท ขนส่ง จำกัด (บขส)」の略文字かと私は思っています。

20180601 Mark 3

同じ交通省下部組織にバンコク首都圏路線バスで本ブログに何度も登場するBMTA(バンコク大量輸送局)があって、そのBMTA管轄で多くの委託バス会社がBMTAの名の下に運行していますが、そんなイメージがボーコーソーにも私はあります。

すなわち、ボーコーソーのバスが起点とする各地のバスターミナルがボーコーソーと呼ばれるようになった・・・バンコク首都圏路線バスのBMTA車庫を「ボーソーモーゴー ขสมก」と呼ぶようになるのと一緒ではないかと(実際はBMTAの場合はそう呼ばれてはいませんし、画像下のマークも今は英語が使われています)。いずれにしてもバンコク首都圏を走るBMTA管轄バスは『都バス』でもなく、断じて『市バス』ではないのです。

20180601 Mark 4

それではなぜ(私はそう思いませんが)国営バスと呼ばれるこの会社が「99」「999」と呼ばれるかと言うと・・・この会社の登記上住所が「999 Kamphaengphet 2 Road、Chatuchak」だからじゃないかと想像しているのですが・・・ちなみに「99」でも同じ所をGoogl Mapsは表示するし、別な通りなのかもしれません。私的「謎」に満ちたバスであるのは間違いないのですが(笑)

多くの謎に満ちた国ですし、私的な誤解も多く間違っている事も多いでしょう。その際はご勘弁を。言いたかった事は、海外の交通インフラに興味ある私が政府公式サイトを見ているだけでもこうした「謎の旅」が出来る・・・そんな事です(笑)

話を本題に戻しましょう・・・(汗)

この時の時刻は朝7時40分ぐらいでカウンターで「カンペーンペット、一人」と告げると、「はい、200バーツね」と即答でした(笑) 「何時発ですか?」と聞くと「8時」とこれも簡単な答えがすぐに返って来ました。「窓際でお願いします」と言いながら200バーツを払うと、チケットに乗り場番号の117とカラーペンで大きく書いて渡してくれました。

バンコクからカンペーンペットまで360㎞で7時間ぐらいでしょうか。それが200バーツ(680円ぐらい)で助かります。高いので1年以上乗っていない高架電車BTSならウドムスックからプルンチットまで3回しか乗れず、2往復出来ないです(笑)

20180601 Mochit 3

さて、乗り場117番はチケット売り場が並ぶターミナル1階を抜けたらすぐですので、ターミナル内で近くのトイレに寄ってからコンビニで水とお菓子を買って向かいました。バスはチェンマイ行きなのですねぇ~ 

外国人旅行者、特に日本人がお好きなファーストクラスでもVIPバスでもありませんが、年間千回はオンボロの路線バスに乗っている私にとっては天国のようなバスです(笑)

タイで旅行中にバスと言えば・・・15年前ですが、日本から遊びに来た家族と一緒に列車でスラタニまで行って、バスとフェリーでサムイ島まで行った時のトラブルを思い出します。

20180601 Bus 1

フェリー乗り場までのバスが突然の変更で、大きな荷物を入れてたり写真を撮っている間に家族の乗ったバスは発車し私は取り残される・・・家族離散危機でした(汗) フェリー乗り場で再会出来ましたが、画像上がその時のものです。写真など撮っている場合じゃなかったですねぇ(苦笑)

話を現在に戻しましょう・・・(汗)

20180601 Bus 2

バスに乗る前にキャリーバックを預けました。バンコク路線バスでも座って足の間に置けるし、厳しいエアーアジアでも十分に機内持ち込み出来る小さなバックですが(笑)車内には置き場所がまずありません。

車内に持ち込むのはカメラと本が入った小さな肩がけバックに、10年以上前に買ったi-Podとイヤホン。それに長袖の上着とコンビニで買った飲み物とお菓子です。BOSEのヘッドフォンがあれば良かったのですが・・・いずれにしても、耳を塞ぐ機器と寒さを防ぐ服はタイで長距離バス移動には必需品です(笑)

20180601 Bus 3

バスの席は後ろから2番目でした。脛骨が弱点の自分には結構揺れがキツイ所ですねぇ~ 問題はお隣さんですが・・・おばあさん(って言っても私より若いかも)が来て、最初の2時間は電話しっ放しでした。一人に30分ぐらい話しては次から次へと相手を変えて、しかも声が大きくて・・・まぁ、小さな方だったし、使わないと言うのでシートベルトをお借りして(私のが壊れていた)結んで使っていました(笑)

20180601 Bus 4

スウェットで旅をしているのが大バレですが、アメリカ~日本の飛行機移動なども全てこれが私の旅のスタイルです(汗)街歩きになったら半ズボンに古いTシャツですが・・・ いずれにしても、一般的な2等バスの席はこんな感じです。

20180601 Bus 5

バスは(タイでは)定刻の8時10分にスタートして、1号線を北上し途中ナワナコン(パトゥムターニ県)とアユタヤ(32号線沿い)で乗客を増やして行きました。アユタヤで北へ行く長距離用バスがどこに停まるのか、気になっていたのでターミナル(って言うほどではない)の場所が分かって良かったです。近くまでソンテウで行った事もあるし(笑)

20180601 Bus 6

途中一度5分間のトイレ休憩があって、次に停まったのはチャオプラヤー川を西に初めて渡った直後のナコーンサワンのバスターミナルでした。ここはカンペーンペットの後に来るので、そのエントリーで詳しく書きます。

20180601 Bus 7

ナコーンサワンで10人ぐらいは降りられ、お隣のおばあさんともお別れです。隣の席も空いてゆったり車窓を楽しみながら、後少しでカンペーンペットだと思い始めた時、急にバスは国道上でUターンです。

わざわざ戻って道路反対側のドライブインで午後1時半からの30分休憩ですって。皆さん何か食べに行かれましたが、私はバスの中でお菓子など食べていたのでバスに残って本を読んでいました。するとバスの隣に別な立派なバスが来て停まるじゃないですか。

20180601 Bus 8

乗っていたバスと同じバンコク~チェンマイ間のバスですが、少し空いたカーテンから見えた車内はシェルタイプの座席でモニターに電源も見えますねぇ~ これが私は未経験のファーストクラスかVIPクラスでしょうか・・・

画像上のバスは違いますが、そう言えば数年前にワンランク上のバス会社としてタクシー会社だったか?が「ナコーン・チャイ・エアー Nakhonchai Air(NCA)」を立ち上げて運行を開始しましたね(カンペーンペットは行かないけど)。Airと言っても航空会社ではなく、そうしたサービスを目指すって事でしょうか・・・

その起点が北バスターミナルの北約2㎞にあるのですが、その前後なのか北バスターミナルにも寄るので(画像下)よく見かけます。予約して支払い済みの上での乗車なので皆さんかなり早く行くでしょうし、場所も不便なのに起点から乗られる方も多そうです。

20180601 Bus 9

路線バスだと3番(BTSクルントンブリー駅~北バスターミナル)16番(シープラヤ~北バスターミナル)49番(ファランポーン駅~北バスターミナル)77番(セントラル・ラマ3~北バスターミナル)170番(オームヤイ~北バスターミナル)がナコーン・チャイ・エアー発着所前を通ります。

モーチット駅(はあまり良く無くてサパーンクワイ駅の方が無難)では3番と77番ですが、まさか高いBTSでモーチット駅まで行かれてから、危険なモタサイ(高い料金を吹っ掛けられ)にバックを抱えて乗ってまでしてナコーン・チャイ・エアーに行ってVIPバスに乗られる方はいないかと思いますが・・・一度は乗ってみたいものです。でも、事前に日時まで決めて支払済みのバスに乗るのは、私にはハードルが高いかも(笑)

話を戻しましょう・・・(汗)

(30分と告げられて)40分休憩後にバスは出発してまた国道上でUターン、その後50分で無事カンペーンペットのバスターミナルに着きました。時刻は午後3時少し前。モーチットを出てから7時間弱のバスの旅でした。

20180601 Bus 10

さて・・・カンペーンペットの町を歩くのは初めてですが、バスターミナル、ホテル、市場に遺跡公園だけはGoogle Mapsを何度も見て完全に頭に入れています。世界中どこへ行っても同じ街歩きの方法で、スマホは持った事すらないし、地図も頭に入れるあるだけで紙の地図すら見ません。GPSは脳内にありますし、道々で聞いて確認しながら歩いたり公共交通機関を使うスタイルです。

カーナビもない時代に世界中を車で移動していたので、地図を見ながら運転するわけには行きません。地図は頭に中に入れて、運転中は『66号線から77号線でNW(北東)へ』のようなメモを手元に置く習慣が身に付きました。

また、ホテルだけはネットで予約をしました。何しろガラケーと呼ばれる携帯電話すら持ち歩かないので、家内には事前に大よその予定とホテル連絡先だけは伝えておく必要があります。

20180526 Map

そのカンペーンペットのバスターミナルはピン川の西側にあって、市街地と遺跡公園は東側にあります。ホテルまでは4㎞程度で歩いたら50~60分でしょうか。いつものように手ぶらなら考えますが、小さくても荷物があるので歩きたくありません。

しばらくバスターミナルでソンテウの動きを観察する事にしました。地方都市にある普通のバスターミナルですが、活気なく強い日差しを避けただけで気だるさに包まれて(親切に声をかけてくれる)客引きもいません。

そしてとにかく暑いです・・・バンコク都で最高気温34℃の日でカンペーンペットは38℃で晴天でした。

20180601 KPP 1

早くホテルに行きたかったのですが、その方法は行けばなんとかなるだろうと思っていました。荷物もあったし屋根の下で扇風機の風があたる所から動かずに、バスが停まった反対側に何台か停まっていたソンテウの動きを観察していました。

しかし30分以上全く動きがありません。後で分かった事ですが、ここで待機しているソンテウはターク市などかなり離れている所へ行く長距離ソンテウで、この時間帯は1時間に1本あるかないかの運行でした。

そして市街地へ出るソンテウは違う所でした。上の画像で言えば奥の売店とチケットカウンターの向こう側(国道側)でした。ターミナルを一回りしたら分かったはずですが(汗)画像下は後日撮ったもので、バスタ―ミナルには寄るだけのソンテウです。これも後で知ったのですが、市街地とバスターミナルを結ぶのはシーデン(赤色)だそうです。

20180601 KPP 2

全く動きが見られないので、画像上で見えているターミナルで待機しているソンテウに行って、ブラブラしていた運転手らしい人に町中まで行けるか聞きました。「どこだ?」と言うのでホテル名で分からず近くの市場名を告げて「いくら?」と聞きました。「100バーツ」とすぐの返答。

「要らない!俺はクルンテープから200バーツと7時間かけてバスで来たばかりだよ」と言って去ろうとしたらすぐに「80バーツ」、バンコクでのタクシーなら60バーツ前後の距離でしょう。「50バーツ」と言ったら「乗れ」との事でした。まぁ、お金じゃなくて吹っ掛けられた言いなりになりたくないだけですが(笑)

このソンテウ・・・小型のピックアップトラックを改造した一番よくあるタイプですが、荷台の長椅子が真ん中にもあって3列です。ソンテウ(2列)ではなくてサムテウ(3列)ですねぇ~ しかも、荷物を持った若い子もお一人乗っていました。本来のこのソンテウのルートに乗る人でしょうが、私が貸し切った形のソンテウに乗ったまま市街地まで行ってから、バスターミナルに戻るかそのまま目的地に向かうのでしょう。

20180601 Map

バスターミナルで思わぬ時間を費やしてしまいましたが、無事ホテルに入りました。カンペーンペットの全体のイメージは上図の通りで、ホテルは市街地中心部にあって詳しくは次回に続きます。

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2018.06.05 | コメント(0) | タイ・トラベル

タイのクメール遺跡を巡る① 序章

リタイアして一人で暮らす海外、思い立ったら(体調さえ許せば)すぐに迷うことなく旅に出られるのですが・・・今週も旅に出て、昨日バンコクのアパートに戻りました。

毎日が旅のようなものだし、見方に寄ってはもう30年近く日本を離れて旅を続けているのかも知れません。それでも、この頃は毎週のように旅に出ていますねぇ~ 

画像下は今週のパノムルン遺跡です
20180602 Phanom Rung

また事前予告に無かった新シリーズです(汗) 毎回饒舌で押しつけがましい長話しばかり。しかも話が飛び飛びになってしまい、読む側からすれば厄介なブログだと思うのですが・・・本当に申し訳ないです。

今回の旅も私が使った交通機関や地図など後日詳しくエントリーするのですが、例によって序章的な前触れです。また、この前触れを書く事で、旅の記録と画像を整理してブログにする厄介な作業に自分を追い込む目的もあります(汗) 

公式サイト以外は見ないので、ネットで調べながらコピペしてちゃちゃっとブログに書くような作業は出来ないのですよねぇ~(苦笑)街歩きや以前の旅で気になった事を現地や図書館に博物館で調べ、それを積み重ねる過程が面白いのです。まぁ、時間だけはたっぷりある年寄りの趣味です。

画像下は今週のムアンタム遺跡です
20180602 Muang Tam

ところで、過去世界各国を旅して来ましたが、大自然は興味が無くてアフリカとか南米のジャングルをさ迷った事はありません(笑)人が作り出した歴史の痕跡や世界各国の人々の文化・暮らし(特に酒や食生活)などに興味があります。だから昔の遺跡遺産などから現在のインフラ施設(橋とか交通機関)からシステムも好奇心の対象になります。

そんな興味や好奇心からの旅は常に人が関わっているので、過酷な旅にはならないし、肉体的にきつい旅もあまり経験していないのですが、その中でもワースト3に入る旅が16年前(2002年)にバンコクから陸路で行ったアンコールワット遺跡群でした。

20180602 Angkor 1

わざわざ『遺跡群』としたのは、あまりにも有名過ぎて多過ぎるほど事前知識があったアンコールワットよりも、周辺遺跡の素晴らしに目を奪われたからです。アンコールワット遺跡群自体は誰にも強くお勧め出来る地だと確信しています。

それがなぜ最悪の旅の一つだったのか・・・国境タイ側アランヤプラテートまでは順調でしたが、国境の混沌とした中で歩いてカンボジア側に行き乗ったバスが幼稚園バスのようで、しかもかなり昔の韓国製バスでした。今もあるのですかねぇ?あの国境越えのリヤカー(笑)

20180602 Angkor 2

国境カンボジア側ポイペトの町を出たら舗装道路は未舗装の悪路になって、こぶし大の砕いた岩をばらまき、その上に赤茶けた土を固めた状態の道路がそのままシェムリアップ直前まで続く事になったのです。そこを幼稚園バスは絶え間ない振動に左右前後に嵐の中の船のように揺れて進みます。

途中でパンクする事2回。しかも予備のタイヤを積んでいないので、修理に毎回1時間以上かけて・・・その間にバスの外に出たら「絶対に道路から出ないように!地雷がありますから!」と強く真顔で注意されたのを覚えています。

20180602 Angkor 3

それが6時間以上続いた後に美しく整備された別世界のようなシェムリアップに着いた時は疲れ果てたと同時に、シェムリアップだけが別な国のように思えた事に驚きました。まさに観光の為に日本を含めた海外からの支援金が大量投入されているのを実感した時です。空路でこの地に入った人は、本当のカンボジアを知らずに帰る事になるわけです。

まぁ、この道を数日後に戻ったのですが(笑)これが最悪の旅の理由の一つです。今はきっと舗装されていますよねぇ~ あのポイペトからシェムリアップへの道。それに国境越えの混乱とか混沌は以前旅人には『ぼったくる』と悪名高い所だったのですが、ここに限らず先進国でも開発途上国でも世界の中どこでもお上品な日本人が目立って歩いたら、『ネギを背負ったカモ』と思われるのは当然な事。それらを受け入れられないか対処できない人、本当の貧しさを知らない人が今でもきっとネットに(自分の間抜けさを置いて)そう書くのでしょう。

20180602 Angkor 4

残念ですが、私は四捨五入したら70歳になる歳(まだ60歳代と言いたい!)で、もうこうした旅が出来る体力はなくなりました。またカンボジアとアンコールワットを再訪する事はないかと思いますが、『最悪の旅の一つ』と言いながらも、今から思えば良い?思い出ですし、それでもカンボジアもアンコールワットも嫌いではないのです。その逆ですねぇ~ 

そんな16年前に旅で接したクメール遺跡ですが、また気になりだしたのは最近の事です。(画像下はアユタヤのワット・チャイワッタナーラームです)

20180428 Ayutthaya

それは現チャックリー王朝(1782年 - 現在、ラッターナコシン王朝や外国人にはバンコク王朝とも言われます)からトンブリー王朝(1767年 - 1782年)、そしてアユタヤ王朝(1351年 - 1767年)へとチャオプラヤー川を遡りながらも歴史をも遡ると旅を続けている中での事です。

タイでは現王朝からアユタヤ王朝まではその変遷がバトンタッチのように明確なのですが、アユタヤ王朝以前のタイ族最初の王朝と言われるスコータイ王朝(1240年頃 - 1438年)の時代とその前になると、私的には何だかモヤモヤとハッキリ見えなくなります。(画像下は最近行ったばかりのカンペーンペットのワット・プラケーオです)

20180526 KPP 1

スコータイ王朝自体の領地はスコータイ、ピサヌローク、カンペーンペット、ナコーンサワンなどタイ北部の南側から、最盛期のラムカムヘン大王在位(1279年 - 1299年 頃)でも中部の一部を含む程度の規模だったとされます。

この時代、北にはチェンマイを中心としたラーンナー王朝(1292年 - 1775年)が存在し、しばらくして南にはアユタヤ王朝(1351年 - 1767年)が興ています。その後スコータイ王朝は徐々に衰退しアユタヤ王朝に吸収され、ラーンナー王朝はビルマに占領されたりしながら衰退し復興ラーンナー王朝を興したもののチャックリー王朝が中央集権を強め20世紀になって姿を消した・・・これがタイの大雑把な歴史でしょうか。(画像下は2003年チェンマイのワット・チェディ・ルアンです)

20180602 Changmai

それではその前はどうなのか? ざくっとした概要で言えば、現在のカンボジアのクメール王朝がタイ東北部からさらに勢力を拡大しており、その支配が13世紀まで続いていたとされます。私的にはスコータイ王朝やラーンナー王朝が興されたのはクメール王朝が弱体した結果だと思っています。

歴史の中で常にタイは西のビルマ、そして東のクメールとの戦いですねぇ~ 

そして、その両者の影響を現在でも遺跡で強烈に目にする事が出来るのは、アユタヤやロッブリーにイーサンと呼ばれるタイ東北部を訪れた方なら誰もが経験しているのではないでしょうか。(画像下はロッブリーのプラーン・サームヨートです)

20180602 Lopburi

そう言えば本ブログではかなり詳しく書いたトンブリー王朝とタークシン王ですが、タークシン王がビルマ軍を追い出したのは、ビルマが清に攻め込まれての戦い(1765年-1769年)でタイまで手が回らずその間にトンブリー王朝を興した(1767年)わけですねぇ~

そのタークシン王がアユタヤからトンブリーに遷都し、タークシン王に仕えた将軍が後にチャオプラヤー川対岸のラッターナコシン島へ遷都したラマ1世で、それが現在のラマ10世とバンコクに繋がるわけですが・・・歴史ですねぇ~

話をタイでのクメール遺跡に戻しましょう(汗)

画像下は今週のピーマイ遺跡です
20180602 Phimai

今回行った所は以下の4カ所です。

ピーマイ遺跡 Phimai (画像上)ナコーンラチャシマ県
パノムワン遺跡 Phanom Wan (画像下)ナコーンラチャシマ県
パノムルン遺跡 Phnom Rung (画像一番番上) ブリーラム県
ムアンタム遺跡 Prasat Muang Tam (画像上から二番目) ブリーラム県

タイにあるクメール遺跡は私には数えられないぐらい多くあります。寺院だけでなく治水に優れたクメール王朝なので森林や田畑に埋もれるような灌漑遺跡も入れたら、おそらく何百もあると思います。

画像下は今週のパノムワン遺跡です
20180602 Phanom Wan

今回、クメール遺跡初心者の私は比較的大きな寺院遺跡のみを巡りました。タイ観光庁の公式サイトに寄ると他にも大きな寺院遺跡あるそうです。「プラサート・サドック・コック・トムPrasat Sadok Kok Thom」はサケーオ県Sa Kaeoで冒頭に書いた国境の町アランヤプラテートの北東近くです。また国境上の山の上にもあってタイとカンボジアでその所有を争っているニュースも見た事があります。

いずれにしても、多くの遺跡へのアクセスが難しいのが共通しています。

今の時代はカーナビ、GPSにスマホがあるので、車やバイクなど自力で動かれる方は苦労なく行けるでしょう。私のようにタイ語の読み書きが出来ずに話すのも幼稚で四捨五入したら70歳(くどい?)、しかも持病持ちがスマホも地図も持たず交通機関を利用してのアクセス出来る所は・・・本当に限られています。

20180602 Map

公式サイト(今回はタイ観光庁)以外は見ないで行く過程をも楽しむ旅ですが、バンコク首都圏や地方都市部を離れたら・・・それを何度も後悔しかけた情けない旅人になってしまいました(苦笑)

しかも、普段知らない地に行く時はGoogle Mapsを出発前にパソコンで見てメモを取るのですが、今回は思い立って出発したのと範囲が広すぎてメモすら取らずに記憶した方角と距離感だけで出てしまいました。旅の中で現在位置を知りたくてスマホなる武器を持っていない事を何度も悔いました。もっとも持っていても使った事がないので、機能を使いこなせない悲しい年寄りです。

さぁ、どうなるでしょうか・・・次回に続きます。

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2018.06.01 | コメント(8) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウで行くパタヤ③ チョンブリー行き方戻り方

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第3回目です。

前回の第2回目はサムットプラカーン県の県庁所在地パークナムからチャチュンサオ県を経由し、チョンブリー県の県庁所在地「チョンブリー Chon Buri」まで来ました。

20180516 Songthew 2

まず、このシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。
  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー     343番系統   25バーツ 70分

20180426 Map4

ところで、私はタイ語を学んだ事は全くなく読み書きは一文字も出来ません。また話すのもここで暮らす中で耳にして覚えたタイ語を最低限必要な時に話すだけです。間違いなく変なタイ語でしょうし、タイでの友人は全くいないので(日本人もですが)どれほど間違っているか、幼稚なのかも知りません。間違いなく両方でしょう(笑)

それでも一人で毎日毎日街歩きしていると、バスやソンテウに乗るためにどうしても必要なので真剣に見るので自然と地名だけはパターン認識して(絵として)分かるようになっています。それも乗り物の行先や地名表示など見る前から地名だと分かる場合だけで、文になったらさっぱり分かりませんが・・・

20180530 Songthew 5

そんな地名で真っ先に覚えたのがタイ語だと「水辺の村のバンบาง」でバンナー、バンカピ、バンプリーと私が住む周囲は全てこんな感じです(笑)その次に覚えたのが「ブリーบุรี」でスパンブリー、カンチャナブリー、シンブリー・・・トンブリーもありましたね(苦笑)そしてチョンブリーです。

何となくですが・・・同じ地名でもバンが付くのはやはり「村」のようなイメージで、ブリーが付くともっと大きな都市になっています。この「ブリー」は昔読んだ本でインドから伝わった「都市とか町」を意味する言葉が語源だと書いてありました。

20180530 Road

そう言えば、私が住むアパートすぐ近くに名刹があって部屋の中でも読経がよく聞こえますが、何一つ理解出来ない言葉でパーリー語でお経を唱えているとも聞きました。私自身パーリー語もサンスクリット語も区別がつかないので、すべて伝聞であやふやな事しか書けないので申し訳ないです。

そんな事が書いてあった本を読んだきっかけはドイツに住んでいた時で、ドイツには「ブルグburg」と付く都市が多くあります。ハンブルグ、ローテンブルグ、ヴュルツブルク・・・などで城郭都市を意味するようです。ロマンティック街道で有名なローテンブルグは何度も行きましたが(画像下)まさに城郭都市そのものです。

20180530 Burg 1

実は同じ由来を持つ都市名が世界各国にあります。大きな都市だけを言えばスコットランドのエジンバラEdinburgh、スウェーデンのヨーテボリGothenburg、フランスのストラスブールStrasbourg(画像下)、ロシアのサンクトペテルブルクSt Petersburg、アメリカのピッツバーグPittsburgh・・・などで、小さな町を入れると実際に私が訪れた所だけでも百都市を越えます。

20180530 Burg 2

私が歴史、特に遺跡、城壁跡、要塞跡が好きなのが旅をしている理由の大きな一つであるのは、このブログの読者ならよくご承知でしょう。恐らく大昔に生きていく為に人が集まり集落が出来て、外敵から守る為に柵で囲ったり石を積んだ事が始まりなのでしょうが、そんな古の時代まで想いが飛んでしまう言葉です。

長々と書いてしまいましたが、なぜか私はタイでの地名で「ブリー」が付くと、同じように思ってしまうのです。ただの都市の意味だけではなく、外敵に備えた機能を持つ都市のように思うのです。言語学など学んだ事も詳しく調べた事もないので間違っているでしょうが、世界中を巡って地名で感じる事の一つです。画像下は今月行ったタイのロッブリーです。

20180512 Wall Lopburi

今日の長い前置き話はこの辺で止めておきましょう(汗)

さて・・・チョンブリーに着いたものの、朝から4時間近くソンテウの乗っているで、疲れました(笑) 実際のスタートは(私からすれば)日本人も多い都会のオンヌットまで行ってスタートしたわけでなく、アパート近くからソンテウに乗ったのですが、ずっとステップ立ち乗りで日差しを浴び続けていましたからねぇ~

日が暮れる前までにアパートに戻りたいので、1日目はチョンブリーまでで引き返す事にしました。来た道を戻るのは考えられないので別な方法で帰りましたが、チョンブリー ~ バンコクの公共交通機関での移動方法は次の通り色々な選択肢があります。

20180530 Map

1、長距離バス、 チョンブリー~バンコク東バスターミナル(エカマイ)

チョンブリー発でスクムビット通りの「イースタンホテルEastern Hotel」横から出ています。1時間に一本で毎正時だと思います。67バーツでチケット発売カウンターが画像下のバスの後ろにあります。エカマイまで行かずにウドムスック駅下でも降ろしてくれます。

20180530 Bus 1

ちなみにチョンブリー、パタヤ、シラチャなど東部からバンナートラート通りでバンコクに向う長距離バスに乗った場合、私はセントラル・バンナー前かウドムスックで降りたい事を運転手に伝えます。バンナー交差点からエカマイまでのスクムビット通りの渋滞が激しいので、行くだけで30分は損するし、さらに私の場合は通って来た道を路線バスで戻るからです。

私は使う事がないBTSですが、エカマイまでわざわざ渋滞の中をゆっくり行って、さらにバスターミナルからBTSエカマイ駅まで歩かれる必要はないかと思うのですが・・・大きな荷物を預けてしまうとどうなるのか知りませんが(汗)(画像下はチョンブリー~エカマイ間のバス車内です)

20180530 Bus 2

またレムチャバン発でシラチャ経由のバンコク行き長距離バスにチョンブリーで乗る事も出来ます。チョンブリー市南にタイの人々に人気の「バンセンビーチBangsaen Beach」があるので、行き帰りともスクムビット通りからバンセンビーチへ入る交差点近くの「ノンモン市場Nong Mon Market」には寄るのですが、チョンブリー市内の乗り場が今一つ分かっていません。一度は市内をスルーでバイパスでしたし、一度は市内でソンテウ起点となっているデパート北側で停まりました。

20180530 Bus 3

ちなみに、エカマイ東バスターミナルから乗ってチョンブリーで降りる時は上記デパート前交差点手前で降ります。これもデパート横の「ポトン通りPo Thong」がソンテウや地方バスの起点になっているからでしょう。

2、ロットゥー、 チョンブリー~バンコク各所

私的には苦手なのであまり経験がありませんが(汗)チョンブリー発のロットゥーで知っているのは38番と48番で、38番はバンナーやエカマイ起点でバンナートラート通りを走ります。48番は待機している所で聞いたら「ヤワラー」と言っていましたが、乗ってないので分からないし聞き間違いかもしれません。

20180530 Van 1

38番はスクムビット通りに面しポトン通りに近いショッピングモール「ザ・ステーションTHE STATION」から出ます。チケットカウンターが中にあります。

20180530 Van 2

料金はエカマイまで80バーツのようです。私はこのロットゥーに乗る(降りる)のは途中のバンナートラート通り上からなので60バーツです。ちなみに途中での乗降が非常に多い路線で、バンナートラート通りのバス停でバスを待っているとよく寄って来ます。

ネットには「ロットゥーは満員にならないと発車しない」と書いてある事が多いかと思いますが、それは日本人がよく使うバンコク~アユタヤ間などのように比較的長い路線での事で、バンコク首都圏の近距離路線では2~3人で出発して途中での乗降が多い路線も多くあります。

48番(画像上)は市内の「ジェチャモン通り」と「ラムクンチョン通りLam Kun Chorn」が交差する所から(路駐)出発します。

20180530 Van 3

他にもスクムビット通り上を多くのロットゥーが走っているので行先が読める方は路上で停めて乗れるはずです。私はバンパコンからチョンブリー方面に向かうロットゥーに乗ったら51番でした。幸いチョンブリー市内を通ったので降りれました(20バーツ)が、あれってどこへ行くロットゥーだったのか?? まぁ、ソンテウと同じで行先が分からないのに方向さえ合えば乗る事もよくあります(笑)

3、ソンテウでバンパコンへ行き地方路線バス365番

もちろん今回のテーマ通りでソンテウだけでエントリー内容と逆で帰れますが(笑)一回だけソンテウを使うと簡単にチョンブリーからバンコク都(の隅っこ)に行けます。

チョンブリー~バンパコン間のソンテウは2系統あります。343番はクローンダンから乗って来たソンテウで、同じソンテウで戻るのは面白くありません(本当は本数が少な過ぎる)。地方路線バス365番とルートが重なるアマタナコン北側からバンパコン橋過ぎ間で乗り換えます。チョンブリー側の起点は「クリスチャン教会Church of Christ」前で、小さな表示が立っています。

20180530 Songthew 3

346番はバンパコン行きでバンパコン川を渡る前に裏道(河口近くのゴルフ場前)に入ったりしますが、裏道からバンナートラート通りに出た所か橋を渡った直後でも365番に乗り換えられます。チョンブリー側の起点はポトン通りからデパートを抜けた「スラチャイ通りSurachai」のスクムビット通り側パクソイです。

20180530 Songthew 2

ソンテウ&地方路線バスは通常私が何度も使っているルートで、この時もこのルートでソンテウ346番(15バーツ)から地方路線バス365番(25バーツ)で帰りました。時間はかかりますが一番安く(40バーツ)、バンコクの隅っこに住む私は一番アパート近くで地方バスを降りられるので便利でもあります。画像下はバンパコン橋北側でソンテウからバスに乗り換えられ最後の場所です。

20180530 Bus 365

次回はチョンブリー市内からノンモン市場に向かいます。

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2018.05.30 | コメント(0) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く③ バンクルアイと船形の寺

タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。

20171218 Wat 1

そんな「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズの第3回です。今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く①序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く②カトリック教会歴史地区

前回はタイ国鉄の鉄道専用橋で旧ラマ6世橋とラマ7世橋が隣り合っている所まで来ました。そのラマ7世橋のすぐ上流にバンクルアイ運河Bang Kruai」の閘門(画像下)があって、チャオプラヤーの元流はここから大きく西へと流れを変えます。

20180514 BK 1

バンクルアイ運河は「ここが本当にチャオプラヤー川元流?」と思わずにはいられない細い流れです。

20180514 KBK 1

それはそうかも・・・と思うわけは、今回このシリーズで書くチャオプラヤー元流では本流でなくなってから一番長く経つのです。

20180514 KBK 2

バンクルアイ運河の西端で一番古い捷水路が1538年に掘られて(現在の)オームノン運河からバンコクノイ運河に繋がったので、本流でなくなったのが一番古いのです。しかも東端でも1636年に捷水路が掘られたので、さらに意味のない流れになったように見えます。

20180528 Map 1

それが一気に変わるのがバンクルアイ運河(西端)とオームノン運河(東端)にバンコクノイ運河(北端)が丁字状で交わる合流点です。

バンクルアイ運河の西端(ほとんど小川のようです)
20180514 KBK 3

オームノン運河の東端
20180514 OmNon

バンコクノイ運河から見た北端で丁字状の合流点
20180514 Noi

この部分のバンコクノイ運河が現王宮前の捷水路よりも古い1538年に掘られたのです。もっと上流に行けばさらに古い捷水路があるのかも知れませんが、バンコク都とその周辺ではもっとも古いものです。

20180428 Map 1

一番古い捷水路のバンコクノイに対して、バンクルアイ運河東側の捷水路はほぼ百年後の1636年に掘られています。それが現在ではチャオプラヤー川本流であるノンタブリー船着場前の流れです。

20180528 Nonthaburi 1

アユタヤ王朝後期になってここがチャオプラヤー川となったのですねぇ~ この区間だけでも以下のようなエントリーがありますが、もし捷水路が掘られていなかったら・・・これらを書く事も無かったのですね。

1995年の円借款72億円が使われたラマ5世橋
20180528 Rama5 Br

1910年に建てられたノンタブリー県旧庁舎
20180528 CityH

チャオプラヤー川沿最大級の公園チャルーム・カンチャナピセーク公園
20180528 Nonthaburi Park

2010年の円借款73億円が使われ最新工法のノンタブリー1橋
20180528 Nonthaburi Br

バンクルアイ運河西側で接する一番古い捷水路はバンコクノイ運河の北側半分になります。バンコクノイ運河の南側半分でシリラート病院(旧バンコクノイ駅跡地)横からワット・スワン・キーリー前までで、この区間はチャオプラヤー川の元流でした。

画像下はワット・スワン・キーリーからバンコクノイ運河を撮ったもので、元流は正面のチャックプラ運河(バンコクヤイ運河の北)から画像左へ流れていました。そして画像右へ行くと一番古い捷水路でバンクルアイ運河とオームノイ運河の丁字交錯点に繋がります。

20180528 BY

バンコクノイ運河の北側半分で一番古い捷水路はタリンチャンで大幹線道路「ボロムラチャチョナニー通りBorommaratchachonnai」、タイ国鉄南本線、そして新線のタイ国鉄ライトレッドラインを横切りながら北へ向かいます。

Express-Bangkok Noi

バンコクノイ運河はタリンチャンの北に行くと陸上から近づくのが難しくなります。東側でほぼ平行して北へ向かう「トゥート・プラキアット通り Thoet Phrakiat」にバスが走っていないは十分承知していますが、歩きながらソンテウが来ないかと気にしていたのですが、どうもソンテウは走ってないようです。

20180528 Map 2

画像下の国鉄「バーンバムル駅 Bang Bamru」裏側(北側)からトゥート・プラキアット通りを北へ20分ほど歩き、バンクルアイ運河に近づくと「Y」字交差点から「バンクルアイ・サイ・ノイ通り Bang Kruai Sai Noi」となります。

20180528 Bang Bamru

バンクルアイ・サイ・ノイ通りはチャオプラヤー川西側でクネクネと南北に走る通りで、バンブアトンまで行く通りなので馴染み深くソンテウも多く走っています。画像下はこの辺りを街歩きするのに使えるソンテウ1010番です。

Songthew 1010-1

ソンテウ1010番はバンクルアイ・サイ・ノイ通りとナコーンイン通りの交差点角にあるスーパーTESCO Lotus横が北側起点です。バンクルアイ・サイ・ノイ通りをずっと走り東側起点はよく分かりません(汗) 橋からは離れていますが、ある意味ラマ5世橋とラマ7世橋を結ぶソンテウです。一律料金だったと思いますが、いくらだったか忘れました(10バーツ以下)。

Songthew1010 Map

他にバンブアトンからの1003番のソンテウもバンクルアイ・サイ・ノイ通りを走り、ワット・チャロー前を通りますが、1003番系統は別ルートが非常に多く広範囲を走るのでよく分かっていません(汗)

これらのソンテウが通るバンクルアイ・サイ・ノイ通りがバンクルアイ運河を渡る橋の南側に「ワット・チャロー Wat Chalo」があります。本エントリーの冒頭画像ですが、あまりも大きいので何枚かの画像を合わせたものです。バンクルアイ・サイ・ノイ通りからその印象的な船の形のお堂が見えます。

20180528 Wat Chalo 1

ちょうどバンクルアイ・サイ・ノイ通りとバンコクノイ運河の間にあるお寺ですが、通りとは反対側の運河側からもこの船のお堂がよく見えます。

20180528 Wat Chalo 2

立派なお堂なのに、周囲があまりにも乱雑で、しかも大きいので良い写真が撮れませんが(汗)とにかく私は見た事もない大きな船のお堂です。

20180528 Wat Chalo 3

えっと現地説明板に寄ると・・・ワット・チャローはアユタヤ王朝の「ボロムコート王(タイ語だとボロマコーにも思える) King Boromakot」(在位1733年-1758年)が夢の中で、中国人が現れて王室御座船の形をしたお堂をこの地に建てる事を要求したそうで、それを概念的に現しているそうです。

20180528 Wat Chalo 4

ボロムコート王が崩御された1758年の9年後に四百年以上続いたアユタヤはビルマ軍に徹底的に破壊されて滅亡する事になりますが、ボロムコート王の時代が文化的には最も輝いていたのかも知れません。いずれにしても1767年のアユタヤ滅亡で多くの貴重な文化遺産が失われたのは残念でなりません。

もっとも・・・現在の船形のお堂は近年に造られたものかと思いますが、それ以前の姿など分からず、これも私の知識不足で残念です。

ちなみに船のお堂で有名なお寺は「ワット・ヤンナワーWat Yannawa」がBTSサパーンタクシン駅近くにありますが、大きさも趣も異なります。

20180528 Wat Yannawa

さて・・・ワット・チャローが面しているバンコクノイ運河には「ワット・チャロー・コミュニティー Wat Chalo community」と呼ばれるコミュニティーがあるのですが、その現地説明板が薄れてしまって全く読めません(涙)

20180528 Wat Chalo 5

いずれにしても運河沿いの集落が面白そうなので、その中の細い路地に入ってみますが・・・次回に続きます。

20180528 Wat Chalo 6

今回のエントリーは二つのショートカットがあるエリアなので、多くの地名が出て来て、東だ、西だ、南北だ・・・と文章の中で右往左往したかと思います。分かり難くてすいません。次回からは単純に元流を追うと思いますが・・・

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2018.05.28 | コメント(0) | タイ・トラベル

初めての一人旅① 序章&北バスターミナルへ

昨日、初めての一人旅のタイ北西部からバンコクに戻りました。

「カンペーンペット Kamphaeng Phet」と「ナコーンサワン Nakhon Sawan」ですが、南北に長いタイ全土やバンコク都からの目線でも北部と書くのが正しいのかも知れません。ただ、私的には「北部」と書くとチェンマイやチェンライを思い浮かべてしまい、少し異なります。(画像下はカンペーンペットのワット・プラケオです)

20180526 KPP 1

エントリー予定には無かった新シリーズの始まりですが、ナコーンサワンは「チャオプラヤー川 Chao Phraya River」が始まる所です。そしてカンペーンペットはそのチャオプラヤー川に繋がる「ピン川 Ping River」が流れ、スコータイ王朝の要塞都市でした。

本ブログ読者はご承知でしょうが、チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅の一つです。画像下はナコーンサワンの昭披耶河源(チャオプラヤー源流)です。

20180526 NS 1

結局・・・本ブログの中で現チャックリー王朝(ラッターナコシン王朝や(外国人には)バンコク王朝とも呼ばれる)からトンブリー王朝、そして今はアユタヤ王朝へ遡っていますが・・・現実の旅としてはチャオプラヤー河からピン川へと入り、スコータイ王朝へと繋がる旅をしています。

スコータイ王朝 1238年~1448年 鎌倉時代から室町時代
アユタヤ王朝  1351年~1767年 室町時代から江戸時代中期
トンブリー王朝 1768年~1782年 (1776年アメリカ独立宣言)
チャクリー王朝 1782年~     江戸時代中期から現在

このブログは「○○遺跡。すごかった・・・」などと短文で写真をベタベタと貼って行く旅行記?でもありませんし、ネット情報とは距離を置いて自分がただ街歩きをする中で、人々の暮らし、そして路地や運河に橋などを丁寧に見て感じ思う事を書いているブログです。画像下は夕暮れ後のナコーンサワン市内です。

20180526 NS 2

旅行記的ブログをちゃちゃっと書くのは苦手と言うか出来ませんので、いつものように饒舌で、押しつけがましい、面倒くさい・・・内容になるかと思います。ブログランキングを止め、検索アクセスに繋がるmetaタグすら気を付けているので、情報だけを求めて検索で初めて来る方は少ないかと思いますが、ご承知おき下さい。

また、ブログ上は現在「バンコクからソンテウだけで行くパタヤ」「チャオプラヤー元流を歩く」「バンコク首都圏不完全地方バスガイド」に、「最高のお気に入り、ルアンペーン百年市場」などのただの近所の街歩きの別シリーズがエントリー中です。

複数の別々なシリーズを同時進行でエントリーしていて、進行が遅いし分かり難いと思います。ごめんなさい。(画像下はカンペーンペットの城壁です)

20180526 KPP2

さてタイトルの『一人旅』ですが・・・もう20年以上海外での一人暮らしなので「一人旅」は基本ですし百回以上で数えた事もないのですが、「初めて」の意味は「リタイア後の泊りがけの旅」の意味です。

リタイア後に娘とニューヨークに行きましたし、息子ともドイツやフランスなどヨーロッパ各国を巡りました。タイには娘が遊びに来てプーケットにも行きました。ただ、タイでは毎日が一人旅のようなものですが、バンコクを離れて一人で泊まるような旅は初めてです。

20180526 NY

ロングステイの今までの3年半、持病があるので無理せずに夕暮れ前にはアパートに戻る・・・そんな日々でした。事情を知っている家族が一緒なら遠くへ旅行に出ても安心と言うか、少しは無理してでも家族をどこかに連れて行きたいと常に思っています。今は家内とイタリア旅行を計画中です。

20180526 EU

まぁ、そんな私的過ぎる話は別にして・・・

チェンマイには飛行機以外に鉄道でも何度か行っていますし、スコータイにも長距離バスで行った事があってカンペーンペットとナコーンサワンは何度か通った事はありますが、滞在して街歩きをするのは初めての事です。

20180526 Sukhothai

画像上は17年前に行ったスコータイですが、この時は全くタイ語を話せないのに(今も同じようなものです)地方路線バスで「シーサッチャナーライ Si Satchanalai」まで行って、車掌さんに言われるままに降りたものの周囲は危険な吊り橋しかなく・・・

20180526 SS 2

吊り橋近くの小さな店で四苦八苦して、荷物運び用のサムロー(人力ではありませんが、現地ではこれをサムローと呼びます)に乗せてもらって遺跡公園に向かったものの、いきなりサムローで吊り橋を渡り大変驚きました。って言うか恐怖でした・・・今とあまり変わらない旅のスタイルですねぇ~(笑)

20180526 SS 1

このようにスコータイとシーサッチャナーライは行った事があるのですが、カンペーンペットはただ通り過ぎただけ。それでずっと行きたかったのです。そしてそんな想いが募ったのは、チャオプラヤー川源流からピン川へとブログで関係した事を書いたからでしょう。

20180526 Map

そして・・・バンコクの北西360㎞にあるカンペーンペットに向かう為、バンコクのアパートを出たのは今週火曜日の朝6時半頃でした。幸いアパートすぐのバス停からBMTA路線バス145番で北バスターミナルまで一本で行けますし、すぐに来た145番は枝線のメガバンナー発で空いていました。

20180526 Bus

時間は1時間以上かかりますが、アパートの部屋を出てほとんど歩く事もなく北バスターミナルまで6.5バーツで行けるので助かります。

20180526 Mochit 1

初心者用の説明まですると、大変くどくなるのですが基本だけ書くと・・・バンコクから出る長距離バスは目的地別に3カ所のバスターミナルに基本的(パタヤ、カンチャナブリー、プーケットなど有名観光地は特に例外が多くあります)に別れます。南方と西方が「新南バスターミナル(サイタイ・マイ)」、東方が「東バスターミナル(エカマイ)」で北方と東北が「北バスターミナル(モーチット2とかモーチット・マイ)」です。中距離のロットゥー(ミニバン)も基本は同じですが、上記以外に旧南バスターミナル(サイタイ)が加わり、さらに近距離ロットゥーは無数に発着場所はあると言えます。

残念ながらタイでは何事も変化が激しく例外も多いので、ネット情報には多くの不足があるのが普通かと思います。臨機応変に動けないで心配性な方は事前に十分に調べるか、本ブログでもご質問ください。

20170411 Mochit Map 3

えっと・・・多くの方々は高架電車のBTSか地下鉄のMRTで北バスターミナルへ向かうと思いますが、画像上の通り電車の駅からは歩いて行くには辛い距離があります(当然荷物もあるので私でも歩きません)。

お金持ち日本人が書くネット情報に従って「タクシー」で行かれる方は別にして、一番多いだろうBTSモーチット駅からは多くの路線バスで行けますが、バス停がちょっと異なるので注意です。普通のネット情報だと間違えが多い「○番出口ですぐのバス停」なんて書いてあるのは信用してはなりません。渋滞さえ無ければ所要時間は10~15分です。

詳細マップB
20170411 Mochit Map 4

 96 ミンブリ~バーンカピ~ラップラオ~北バスターミナル
134 バーンブアトーン~ンガムウォンワン通り~北バスターミナル
136 北バスターミナル~ラチャダピセーク通り~クロントゥーイ
138 プラプラデーン(枝線あり)~高速経由~北バスターミナル
145 プレークサ(パークナム)~バーンカピ~北バスターミナル
182 モール・ラムカムヘン~セントラル・ラップラオ~北バスターミナル

他に517番(ラートクラバン~北バスターミナル)も通りますが、本数が激少なので待ってはいけません。ドンムアン空港から北バスターミナルへ行くA1が停まりますが、乗ろうと思ったら出来るかも知れません。ただバス側はそれを意識してないので多少難しくなります。

またバス停に書いてある路線番号は10年以上メンテナンスされていないので、「通るのに書いてない」「通らないのに書いてある」のが普通なので、100%無視すべきです。これもネット情報に間違いが多い例かと思います。

上図の路線バス以外に道路反対側(公園側)のバス停で3番と77番も北バスターミナルまで反時計回りで行けますが、(これもネット情報にあるだろう不十分な事で)バス側がBTSモーチット駅横のバス停が混むので素通りする傾向があるので注意です(私は非推奨です)。

  3 北バスターミナル~王宮広場~BTSクルン・トンブリー駅
 77 北バスターミナル~シーロム~サトーン~セントラル・ラマ3

詳細マップA
20170411 Mochit Map1

画像上の通り、BMTA路線バスで行った場合は終点の北バスターミナルが長距離バスターミナルと徒歩5分ほど離れています。道を知らない方は多くの人が行くだろう露天商が並ぶ暗黒の道に入らず、大通りから行った方が無難です。

と言う事で(私の場合はアパートからほとんど歩く事なく北バスターミナルへ行けますが)、この機会に慣れていない方用に簡単な行き方を記しました。実際は読むより簡単ですが、手順として理解しておくと旅の最初にくじける可能性は低くなるかと思います。また多くあるだろう不十分か誤ったネット情報例も記しておきました。

20180526 Mochit 2

蛇足ですが、2人か3人ならBTSモーチット駅(あるいはMRTカンペーンペット駅)からタクシーに乗るのは十分に考えられますが、(よほど時間と他の手段がない限りは旅行者には危険な)モタサイ(バイクタクシー)に(旅行者と見れば割高な料金を要求する)トゥクトゥクは非推奨です。それらを推奨するネット情報も疑問大です。

と言う事で、バンコクへの旅行者が多く使うだろう北バスターミナルへのアクセス方法を書きました。

さて・・・このバンコクの北バスターミナルに限らず、タイ各地だけでなくアジアや中南米のバスターミナルの多くは多くの運行会社が入っているので、チケットを買うにもその売り場(カウンター)ば別々で分かり難いのが共通点です。その中でも北バスターミナルはタイ国外を含めて行先が多く、運行会社も多いし、長距離バスとロットゥーの両方が行く目的地(ナコーンサワンもそうです)もあって、慣れていない方々には厳しいバスターミナルです(笑)

20180526 Mochit 3

空港のように・・・運行会社関係なしに全部をまとめて発車時刻順に目的地に中継点、そしてバスのクラスにチケットカウンターや発車場所を記した電光掲示板があると良いのですが、なぜか私は見た事がありません。画像下の新宿のバスターミナル「バスタ」みたいに、こんなのがあれば良いのですが・・・

20180526 BUSTA

一応、(ロットゥーを別にして)長距離バスのチケットカウンターは行先別におおよそ別れています。今回の私のタイ北部行きは一階の表側(東向きのターミナル正面一階のターミナル内に入らない外と言うか、庇の下)です。

どうしても分からない方は一階の中央でターミナル内に入ってすぐに「インフォメーションInformation」があるので、そこで行先を言うとカウンター番号を教えてくれます。ただ・・・私的にはその選択基準が分かりません(笑)間違っているわけではないのですが、別な選択肢も多くある中で、なぜそのカウンター(運行会社)を言ったのか理解できないのです。とにかく急ぎたい時、バスのクラスは気にしない時などはこの方法が一番間違えはないかとも思います。

出発をそれほど急がないなら、行先はもちろんですが、価格の差はそれほど大きな差があるわけではありませんから、出発時間とバスのクラス(VIP、1st Class、2nd Classなど)で選べば良いかと思います。

20180526 Mochit 4

その場合はカウンターを順番に見て行っても(地名の英語が読めれば)5分もあればその方面だけは見られるかと思います。

出発時間は書いてある場合と書いていない場合があります。カウンターに人がいなければしばらく出発しない意味で、人がいて行き先が合致すれば、出発時刻とクラスを聞くのを繰り返すしかありません。

20180526 Mochit 5

ちなみに(地方都市のバスターミナルでは特に)「どこへ行く?」と声をかけて来る客引きがいたり、自ら行先を言いながら歩く手段もあります(笑)ソンクランなど長期休暇前などで利用客が増える時にその客引きは増えます。

私的経験で言えば、10年以上前ですが年末の北バスターミナルでチケットカウンターに並んでいたら声をかけられ、それについ答えたら別な場所で数人まとまるまで待たされ、さらにタクシーに押し込まれて10分程度離れた場所に連れて行かれ、バスに乗ったもののそのバスを変えられたり右往左往した経験があります。もぐりの会社だったのかも(汗)まぁ、最終的に目的地には行きましたが・・・

もちろん、地方都市のバスターミナルではインフォメーションはまず無いですし、行先に英語が無い場合も多くなります。これはまた別に書きましょう。

北バスターミナルは多くの旅行者が通過する所なので、1回、あるいは数回利用しただけでもネットに「北バスターミナルへの行き方とかバスの乗り方」を書く人が多いかと思います。それだけに不十分な内容が多いのが実際ではないかと思います。

私がリタイアしてから公式サイト以外はネットで何かを調べたり検索しないのは・・・そんな誰もが自由に(間違えでも、不十分でも)アクセス稼ぎで検証もされない内容をネットに書くのに強い懸念を感じているからです。遠回りし、間違え、迷い、苦労しても、それが異国での旅と思える年齢ですし、そんな事が当たり前だった頃からの旅人だったからでしょう。

くどくなりましたが、このブログ内容も変化が激しくコロコロ変わるタイではすぐに古くなりますし、私の勘違いもあるかと思います。慣れていない方々が多く利用するだろうバスターミナルだけに、私の懸念を例で書いてしまいました(汗)

次回はいよいよバスに乗って出発です。

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2018.05.20 | コメント(0) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウで行くパタヤ② パークナム~チョンブリー

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第2回目です。

前回の第1回目は「都心部オンヌット~パークナム」で、チャオプラヤー河口の町まで来ました。

20180508 Songthew 7

私自身はパークナム中心部に入らず、シーナカリン通りとスクムビット通りの交差点で次のソンテウに乗り換えますが、これは乗り慣れているソンテウで遠くから走ってくるソンテウでも見間違う事がないからです。

20180508 Map Pak Nam

ソンテウ1196番の終点は建設中のパークナム展望タワーのすぐ横でワット・ピチャイ・ソンクラームの横でもあるので、上の地図のように終点まで乗ってそのすぐ近くから出発する次のソンテウに乗った方が分かり易いです。

パークナムからはスクムビット通りをずっと走る事になりますが、前回のソンテウをまとめてみましょう。

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ 50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分

20180426 Map4

次のソンテウは1140番系統の「クローンダン Khlong Dan คลองด่าน」行きです。1140番系統も多くの異なる路線があるので行先表示に注意ですが、画像下のように色などはクローンダン行き全車同じです。

Songthew 1140 PN 181

ソンテウが出発してすぐの県庁前の交差点で右折してスクムビット通りへと入ります。ここからはBTSスクムビット線の延伸工事区間になり延伸区間の最南端と車両基地入口前を走ります。

BTS延伸区間の全てを詳細に見たくてサムロンからこの辺り(ケーハ・プラット・プラカーン)まで歩いた事があります。「全て見せますBTS延長部と新駅4」でその時のエントリーにたどれます。

20180305 BP 18

ソンテウは観光客に人気の小型化した古代都市テーマパークの「ムアン・ボーラーンAncient City (Mueang Boran)」や「バンプー保養所(バンプー・リゾート)Bangpoo Resort」や前を通ります。もっともこの辺りまではパークナムから別なソンテウ路線がたくさん走っています。

Mueang Boran 181

20180305 BP 1

ムアン・ボーラーンもバンプー保養所も私的には有名観光地なので本ブログでは対象外ですが、このソンテウ(同系列のロットゥーも)だけでアクセス出来るのがバンプーの(名もない)桟橋で、「サムットプラカーン東部を行く③バンプーの桟橋」で詳しく書いています。

20180218 SP 2

20180305 BP 17

また、ソンテウはスワンナプーム空港を洪水から守る為に造られたスワンナプーム放水路の高架放水路下を走ります。実際に放流があった時にその放水路下を走るのはなかなか機会がありせん。「サムットプラカーン東部を行く②スワンナプーム高架水路」で詳しく書いています。

20180226 BP 2

このようにソンテウはずっとタイ湾沿いに東に向かい、1時間以上乗った後にやっとクローンダンの町に入り終点です。画像下のよう(にここだけが)賑わいある町で、ダン運河(クローンダン)をスクムビット通りの橋で渡れば終点です。

20180320 KD 1

20180320 Songthew 4

クローンダンはこの周辺では一番大きな漁港ですが、昔は何らかの関所があった地だと思われます。詳しくは「サムットプラカーン東部を行く⑥クローンダン」でエントリー済みです。

20180320 KD 9

ソンテウはダン運河を渡るとスクムビット通り上でUターンして待機になりますが、出来たらUターン前に降りられると、次のソンテウの目の前です。パークナムからクロンダンまで乗った1140番の乗車時間は80分で、料金は記憶が定かでないのですが25バーツだったような(汗)支払い時に乗車した所を言う必要があります。

20180404 Songthew 1

ここまでソンテウ立ち乗りを続けるとかなり疲れます。ちょうど次のソンテウが出発する近くに食堂があったので、ソンテウが見えるテーブルで昼食を食べながら通りを見ていましたが・・・急いで食べた意味がないほど待ってしまいました(汗)

次のソンテウはクローンダンからスクムビット通りをさらに東に向かう343番で、行先表示は「チョンブリー ชลบุรี」「バンパコン บางปะกง」です。またソンテウと全く同じルートを走る地方バス343番もあって、両方合わせての本数が少なく日中なら30~50分に1本程度です。

20180404 Hong Thong 2

クローンダンの町を出るとスクムビット通り沿いはずっと魚を干す作業をされています。そこで売っている所もありますが、量から言えばどこかへ出荷するのでしょう。やがてサムットプラカーン県を出てチャチュンサオ県西部に入ります。県境なのか道路上に両県の看板がかかっています。

20180404 Hong Thong 1

チャチュンサオ県に入ってすぐが、海の上のお寺「ワット・ホントーン Wat Hong Thong」への入口です。「サムットプラカーン東部を行く⑦海の上のお寺」で詳しく書いています。

20180218 SP 3

ソンテウはさらにスクムビット通りを東に向かいますが、周囲は養殖池が続く中で時々集落が現れて乗客が乗り降りします。その方達の多くはお年寄りで町に買い出しに行った帰りかかと思います。

20180412 Sukmvit

あまり幅広くないスクムビット通りでソンテウは次々とトラックに抜かれて行き、やがてバンパコンの町外れをソンテウは通ります(町中には入りません)。町の入口にはバンパコン河口でよく見られると言われるイルカのモニュメントが出迎えてくれます。「サムットプラカーン東部を行く⑧バンパコン」で詳しく書いています。

20180412 BP 2

スクムビット通りはバンパコンの町外れで大幹線道路のバンナートラート通りと合流し、大変な交通量の中でソンテウはバンパコン川を渡り方向を南に変えます。

Bus365 Bang Pakong 1

ソンテウは速度を上げてバンナートラート通りを走りチャチュンサオ県からチョンブリー県へと入ります。今になって気が付きましたが、このソンテウ343番はサムットプラカーン県を入れて3県を走るソンテウになりますねぇ~

チョンブリー県に入ってすぐに「アマタナコン工業団地Amata Nakorn Industrial Estate. 」の西側を走ります。ここは日系企業だけでも何百社もあるように思えますが、スワンナプーム空港と輸出港であるレムチャバンの中間あたりでしょうか。大手自動車メーカーの工場へのアクセスも良くて自動車関連の製造業が多いように思えます。

20180516 Songthew 1

ショッピングモールの「プラスモール Plus Mall」を過ぎてチョンブリー・バイパスとの別れ道です。ソンテウはスクムビット通りを走りますが、トラックなど大型車が減るのでステップ立ち乗りも緊張を少し解く事が出来ます(画像上はワット・ホントーン近くでソンテウのステップからです)

やがてソンテウは「チョンブリー Chon Buri」の町に入りますが、ここへ来てちょっとした山(丘が正しい?)が見えて来るので遠くへ来た事を実感します。そんな中でソンテウはスクムビット通り上の交差点で右折して、海側に向いチョンブリーの中心部へと入ります。

20180516 Songthew 3

画像上で中央で奥に向かう通り(Google Mapsだとポートン通りPo Thong)へとソンテウは入ります。この通りが多くのソンテウと地方バスが集まる起点となります。画像上で横がスクムビット通りで、右のビルが名前が分かりませんが大型複合商業ビルです。

この通りに入って乗客全員が降りたので終点のようです。画像下で三又に別れている右側の先が「布タラート」として知られている市場です。

20180516 Songthew 2

いやぁ~距離も時間もよく乗りました(汗)ただバンナートラート通りを怖いほど速く走ったので、343番のソンテウは70分で25バーツでした。もちろん料金支払い時に乗った所を言いました。

20180516 Map

次回はチョンブリー内の散策とバンコクへの帰り方(笑)そして次のソンテウになります。

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2018.05.18 | コメント(8) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く②カトリック教会歴史地区

タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。

20180428 CPR 9

そんな「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズの第2回です。前回は「チャオプラヤー元流を歩く①序章」で川の全体像と、河口から遡ってチャオプラヤー川に造られた2番目の捷水路まで来ました。

チャオプラヤー川全てで小さな捷水路まで調べられたわけではないので、「2番目」が本当に正しいのかは分かりません(汗) 地図をかなり詳しく上流まで見て行くと、三日月状で旧の流れの名残りと思われる所も複数あるのですが、今回は画像下の範囲での事です。

20180428 Map 1

さて、そのチャオプラヤー川に造られた2番目の捷水路は・・・たぶんバンコクに来られた人のほとんどが見られるだろうワット・プラケオと王宮、そしてワット・ポー前で対岸にはワット・アルンがある部分です。

20180428 SL

今でこそチャオプラヤー川そのもののような部分ですが、476年前の1542年以前は川など無かった地なんですよねぇ~ 

日本だと徳川家康が生まれた頃ですが、タイではアユタヤ王朝前期で最初のビルマとの戦争(第一次緬泰戦争1548年)以前、すでにマラッカを拠点としていたポルトガルが通商と軍事面でアユタヤ王朝に接触してから30年近く経っています。そう言えばマラッカを経由してポルトガルから火縄銃が種子島に伝来したのが1542年の説もあります。

20180514 Ayutthaya

何でこんな事を書くかと言うと・・・アユタヤ王朝がポルトガルと接触した事が、チャオプラヤー川に捷水路を掘ったきっかけの一つだと私的に考えているのです。主に通商面と技術面ですが、それがアユタヤ王朝後期で対外交易が盛んになる事に繋がったと考えるのです。

さて、そんな王宮前やワット・アルン前の捷水路が無かった476年以上前は、現在の「バンコクヤイ運河Bangkok Yai」がチャオプラヤーの本流でした。その(下流側からの)始まりは「ウィチャイプラシット砦 Wichai Prasit Fort」前からで、海軍施設内で立ち入り出来ないのが残念です。

20180428 Thonburi

このバンコクヤイ運河はすでに「トンブリー王朝の面影を探し」で非常に詳しく書いています。何しろ全27回のエントリーでしたから(汗)

バンコクヤイ運河は途中から「バンクンシーBang khung Si」運河、そして「チャックプラChak Phra」運河と名を変えて、最後は「バンコクノイBangkok Noi」運河で現在の本流に繋がります。そこがシリラート病院の北側でピンクラオ橋の下流側になります。

20171207 Thonburi 12

従って、今の本流でピンクラオ橋下流からラマ7世橋上流でバンクルアイ運河Bang Kruai」の閘門(画像下)までの間が昔も本流でした。

20180514 BK 1

ただ・・・この部分の昔から流れが変わっていないわけで、面白くありません。一応、過去で言えば以下のようなエントリーがあります。

首都防衛城壁を歩く プラスメン砦
チャオプラヤー名橋奇覧 ラマ8世橋
チャオプラヤー渡し百景 テウェス
チャオプラヤー名橋奇覧 クルントン橋
チャオプラヤー名橋奇覧 ラマ7世橋

20180514 Rama 8

この部分で興味を抱きながらまだエントリー出来ていない所が一か所あります。このブログでは初登場ですが、クルントン橋の下流で左岸(東側)にある「コンセプション教会 Conception Church」周辺です。場所的にはドゥシット地区の西端になります。

20180514 Dusit

「コンセプションconception」とは日本人がよく使う英語のコンセプト(概念とか構想)に通じる意味以外に「受胎」の意味があるので、カトリック的には世界各地にある聖受胎(告知)教会とも呼べるのではないでしょうか。ちなみにGoogleMaps(英語版)だと「Wat Conception」になっています(笑)

20180514 Church 1

と言う事で聖母マリアを崇めているカトリック教会で、小さな教会ですが内部は見るべきものがあると私的には思えます。バンコクでは間違いなく一番古いカトリック教会のはずです。

画像下で祭壇の上にある「venite adoremus」とはラテン語でカトリック系のヨーロッパの国々を巡るとよく目にしますが、日本語にすると「主を崇拝」でしょうか(専門家でないので怪しいですが)、いずれにしても「O Come All Ye Faithful」としてクリスマスに教会歌われるので、お聞きになると分かる方が多いかと思います。

20180514 Church 2

この教会と周辺が興味深いのはその建てられた時代です。

コンセプション教会はアユタヤ時代にナーラーイ王(1633年-1688年)がカソリック聖職者に与えた地に1674年に建てられました。当初の名は「ワット・ノイWat Noi」でその後何度か建て直されましたがトンブリー王朝以前のアユタヤ王朝時代の事です。教徒の多くはベトナム系かカンボジア系などタイ東部からの移住者と私的には考えています。

20180514 Narai

ナーラーイ王は(ひまわり畑や猿で有名な)ロッブリーをアユタヤに次ぐ第2の首都(副都)とした王で、ロッブリーにはその像(画像上)や博物館があります。そのきっかけとなったが1665年のオランダによるバンコク湾(タイ湾北部の事か?)閉鎖で、オランダを恐れた王はいつでも遷都出来るようにロッブリーを考えたそうです。その後1673年のルイ14世からの親書などナーラーイ王はフランスとの距離を縮めた時代です。画像下はロッブリーの「ナーラーイ王宮殿Phra Narai Ratchaniwet」です。

20180514 RopBuri 2

そんな時代なのでオランダではなくフランス系聖職者に与えた地に思えるのですが、私が調べた資料では分かりませんでした。そう言えば・・・ナーラーイ王はアユタヤのフランス人居住区にも土地や建築材料を与え、チャオプラヤー川に面して「セント・ジョセフ教会Saint Joseph Catholic Church」を建てています(画像下)。

20180514 StJoseph

いずれにしても、この教会はチャオプラヤー川に正面をして、細い路地を通してチャオプラヤーの流れを見つめ続けています。

20180514 Church 3

また、現チャクリー王朝・ラマ3世(1788年-1851年)の時代なので上記からは百年以上経ってからですが、コンセプション教会のすぐ裏に聖フランシス・ザビエル教会が1834年に建設されました。

20180514 Church 4

ラマ3世がベトナムで迫害を受けた1350名のベトナム人カトリック教徒に土地と資金を与えて作られた教会です。ベトナムがフランスの植民地になる50年ぐらい前の事でしょうか。

このタイで最初にフランシス・ザビエルの名を目にした時は自分の目を疑いました。日本だとフランシスコ・ザビエル(1506年-1552年)で知られたインドや日本で宣教活動を行った宣教師で、タイとは直接には関係がありませんが後に聖人となったからでしょう。

20180514 Church 5

トンブリーのサンタクルーズ教会とは異なり観光的には全く注目されてない地区ですが、細い路地を歩くと街角にはカトリック教徒の集落があった痕跡を見る事が出来ます。サムセンSoi11がそんな地区の中心になります。

20180514 Church 6

『チャオプラヤー川を遡るのはタイの各王朝と歴史をも遡る』と何度書きましたが、タイの各王朝がチャオプラヤーを通して交易を行い栄えた事と同時に、西洋列強を恐れた歴史をも川沿いの要塞跡で感じる事が出来ます。そしてチャオプラヤーはその交易に寄り外国人の移動と布教の道ともなり、イスラム教徒やカソリック教徒と言った宗教の広がりにも繋がっていた事に気付きました。

さて、この地区を走る路線バスは書くのをためらうほど非常に多く、サムセン通りとラチャウィティ通りの両方を書いたら約20程度の路線数になるかと思います。実用的なのは戦勝記念塔から以下のバスに乗ると本数が多く乗るのも最短なので、この方が良いかと思います。サムセン通りとの交差点直後で降ります。なお、チャオプラヤー・エクスプレス・ボートの「N16 サパーン・クルントン船着場 Krung Thon Bridge(Sung Hi)」は右岸(西側)になるので、橋を渡る必要があります。

 18 ターイット市場~ラマ7世橋~クルントン橋~戦勝記念塔
 28 新南バスターミナル~クルントン橋~戦勝記念塔
108 タープラ~クルントン橋~戦勝記念塔
515 サーラーヤー~新南バスターミナル~戦勝記念塔
539 オームノイ~新南バスターミナル~クルントン橋~戦勝記念塔

20180514 Map 2

さて、コンセプション教会周辺を離れて上流に向かいます。1927年開通のチャオプラヤー川上流に最初に架かったラマ6世橋(画像下)は当初鉄道専用橋ではありませんでした。

20171207 Rama 6 Br

現在は鉄道専用橋で旧ラマ6世橋となり、すぐ隣にラマ7世橋が架けられています。そのラマ7世橋のすぐ上流にバンクルアイ運河の閘門があって、チャオプラヤーの元流はここから大きく西へと流れを変えます。

20180514 Map

毎回の事ながら話が右往左往して長くなりました。次回はバンクルアイ運河へと入ります。

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2018.05.16 | コメント(0) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ① 都心~パークナム

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の新シリーズの始まりです。

パタヤ・・・有名観光地を扱わないこのブログに書く事はないと思っていました。まして私自身があまり好きでない所なので、現実にタイでのブログを書き始めて3年半、まったくパタヤのパの字も出てないはずです。

最初に行ったのは遠く思い出せない昔です。最後に行ったのは17年ぐらい前だったか・・・ハードロックホテルがパタヤに出来た直後だったと思います。その数年前にラスベガスに出来て話題になっていたので、パタヤに出来た時に早々に行ったのです。

20180508 Pattaya 1

砂を入れたプールが印象的でしたが、部屋自体はハードロックカフェ仕様にしているものの安っぽい感じがした記憶しかありません(苦笑)

連休さえあれば南の秘島と呼ばれるような所に行っていた若い頃ですが(汗)、パタヤは海好きが行く所でもなく、騒がしい街にギラギラした外国人観光客ばかりが目立った所で、いつか嫌な印象だけが残り現在に至っています。当時は私も若く、店のお兄ちゃんに乗せられて一人じゃ食べきれない海老まで買っていたのですねぇ(苦笑)

20180508 Pattaya 2

まぁ「お金を使いたい」「遊びたい」方々や初めてのタイでとにかく超有名観光地に行きたい方々を集め続けている町なので、きっと人に寄っては何か魅力があるのでしょう。残念ながらそれに気付く事がないまま、20年以上が経過してしまいました。

そんなパタヤになぜ行く事にしたのか?

別にパタヤでなくても良かったのですが・・・『バンコク都心部からソンテウだけでどこまで行けるのか?』そんな疑問って言うか、挑戦と言うか、なんとなくやってみたくなってしまい、その一応の目的地にしたのです。

20180502 Songthew 5

実際にはこの旅は乾季の内に終えているのですが、パタヤまでソンテウで行ってみるとその先のサタヒップまで行くソンテウを見てしまったので(笑)、まだまだ先へ行けそうに思っています。

ソンテウ・・・ピックアップトラックや小型トラックに荷台を改造して2列の長椅子を設置し、決まった路線を決まった料金で走るのが基本の乗物で、都市内の近距離が基本ですが都市間の中距離もあります。

20180508 Songthew 1

私が知っているのは路線全長1000mの徒歩15分から、40kmなんて2時間近く乗るのもあります。車両が自体が大きくないので自由度が高く、地方へ行くと路線を持たないなど色々な形態がありますが、今回のソンテウは決まった路線を走る普通のソンテウだけの利用です。

ちなみに、「ソンテウの乗り方① 乗り物の種類と使い分け」「ソンテウの乗り方②」で詳しくエントリー済みです。

取りあえず今回の旅の全ルートを示しましょう。全長約150㎞でソンテウを7回です。途中で寄り道や街歩きもしたので3日間です(夕方前には途中で引き返して、新たに始めると時はロットゥーやバスで中断した場所まで行きました)

20180426 Map4

バンコク都心部からパタヤまで行くとすると、スクムビット通りをずっと行けば良い事になります。日本人にお馴染みのスクムビット通りはナナ駅の少し西側にある高速道路下が西端で、500㎞以上タイ湾沿いに走り東端(南端)はカンボジア国境まで行く国道3号線です。

その中で(特に駐在や出向として)バンコクや周辺で働かれている多くの日本人の方々がお住まいになっているのが、(私とは縁遠い)東の端でBTSオンヌット駅ぐらいまでか、今はBTSベーリング駅ぐらいまで拡大しているのかも知れません。BTSが開業した18年前でもしばらくはエカマイ以東に住む方はかなり少なかったものですが・・・

そのスクムビット通りの起点から旅をスタートすれば良いのですが、なにぶんにもソンテウが走っていません(笑)もっと都心部のサトーンあたりでもソンテウが走っていますが、それでは繋げて乗る事が出来ません。

20180504 Songtew 2

それでスクムビット通りのオンヌットをこの旅の「スタートの都心部」としました(笑)スクムビット通りがプラカノン運河を渡る橋の下にソンテウがたくさん待機しているを見た事がある人もおられるでしょう。

ただ・・・スクムビット通りで営業運転をしているのはバンナー交差点南側までありません。スクムビット通りに繋がるソイにはソンテウが走っているので、オンヌット交差点からオンヌット通り(スクムビットSoi77)を東に向かいます。画像下は実質的起点となるBigC反対側です。

20180508 Songthew 2

系統番号1013番で4と番号が付けられている『プラカノン(実際はオンヌット)~シーコンスクエア』の路線で、行先表示は『シーコン ซีคอน 』とあります。

同じオンヌット発の1013番系統で1番はオンヌット通りを直進しますが、2番と3番はオンヌット通りで住宅街の細い道に入り、2番はシーコンスクエア近くのスーパーmakro横から、3番はウドムスック通りに出てからシーナカリン通りを走りますが、一番単純な4番を使います。

20180508 Songthew 4

このソンテウ1013番(4)が走るオンヌット通りはプラカノン運河と並行していて、プラカノン運河ボートが運航されています。ちょうどソンテウが待機しているプラカノンの橋の下で対岸から出発です。この運河ボートも私的には最も大好きで何度か紹介していますが、「プラカノン運河ボート最新事情」が最新です。

Phra Kanong Boat 2

ソンテウが出発してすぐのオンヌットSoi7に入ると占いの店が軒を連ねています。ソイの奥にあるアユタヤ時代1762年建立の「ワット・マハーブットWat Mahabut」へ参拝する女性が多いのでどの店も賑わっています。

Wat Mahabut 1

ワット・マハーブットは有名な幽霊ナークを祀った廟のあるお寺で、本当に女性の参拝者が絶えません。ナークの話は怪談なので省略するとして(汗)タイでは何度も映画になっているので、最も有名な幽霊でしょう。

Wat Mahabut 2

オンヌット通りがシーナカリン通りと交差する角には「イアムソンバット市場Iam Sombat Market」がああり、普通はここを「タラート・イアム」と言います。この交差点は右折出来ないのでソンテウはいったん逆(西)へ行って、プラカノン運河の陸橋下でUターンします。ここがちょうどプラカノン運河ボートの終点です。

Phra Kanong Boat 1

イアムソンバッド市場は普通の市井の生鮮市場ですが、その特徴はモスリムの方々が売る側にも買う側にも多い事です。市場周辺の食堂もモスリムの方が多いので豚肉など無いのが普通です。

Bus1013 Iam 2

ソンテウがシーナカリン通りで東進すると大型ショッピングモール「シーコンスクエアSeacon Square」「HaHa」を通り、東急も入っている「パラダイスParadise Park」横が一応終点です。

20180508 Songthew 3

そしてシーコンスクエア(終点ではなく、その先のパラダイス裏を通ってウドムスック通りとの交差点でUターン)で降ります。オンヌットからシーコンまで50分前後で料金は一律で8バーツです。

シーコンスクエアの裏にはナイトマーケットの「タラート・ロットファイ・シーナカリン」もあり、週末はかなり混雑します。

Night Market Srinakarin

次のソンテウはシーコンスクエアで降りた所から乗る1196番『シーコンスクエア ซีคอน ~パークナム ปากน้ำ 』で、行先表示も同じです。1196番の本線は「シーイアム~パークナム」でシーコンは延伸路線になり、本数が少ないのがネックです。

20180508 Songthew 5

1196番のソンテウはシーナカリン通りをパークナムまで南下しますが、バンナートラート通りを過ぎてすぐにバンコク都からサムットプラカーン県に入ります。

そして、2016年11月末にオープンした複合商業施設「ジャス・アーバン・シーナカリンJAS URBAN Srinakarin」前を通ります。

Bus1196 Mall 4

ジャス・アーバンを過ぎてサムロン運河を渡るとテーパーラック通りの交差点です。ソンテウは直進しますが、ここから別ソンテウに乗りテーパーラック通りを東に行ったバンプリーBigC裏にはバンプリー古市場があります。「珍景!渡し舟私的ランキング」で2位になった渡し船(橋?)もここにあります。

20171106 Bang Phli

シーナカリン通りが南端でスクムビット通りと合流するとパークナムです。私はその交差点(画像下)で降りて次のソンテウ1140番クローンダン行きに乗りますが、この辺りは色々なソンテウが次々とやって来るので分かり難いと思います。

20180508 Songthew 6

それで慣れていない方は終点のパークナムタワーまで行って、そのすぐ近くで次のソンテウの起点で乗り換えた方が間違えないかと思います。1196番も一律8バーツで、結構距離があって80分前後の乗車時間かと思います。

20180508 Map Pak Nam

パークナムはチャオプラヤー川の河口の町です。サムットプラカーン県の県庁所在地でもあって、サムロンと並んで県下で最も賑わいのある町です。その中でソンテウ1196番の終点は建設中の「パークナム展望タワーPaknam Observation Tower」のすぐ横で、「ワット・ピチャイ・ソンクラームWat Phichai Songkhram」の横でもあります。

20180508 Songthew 7

このパークナム・タワーは179.55メーターだそうですが、後45センチは何とかならなかったのでしょうか(笑)そして展望台とレストランが出来るそうですが、チャオプラヤー川がタイ湾に出合う所なので、さぞ見晴らしは素晴らしい事でしょう。

Pak Nam Tower 1

私がロングステイを始めた2015年末の開業予定でした。昨年クレーンが撤去されたので、今年2018年末ぐらいには・・・BTS延伸部開業待ちかも。

Pak Nam Tower 2

そしてこのタワーは画像の通り刑務所跡地に作られていて、目の前にBTSサムローン駅先延伸部の高架がスクムビット通り上を通っています。BTSやMRTの新線・延伸に関しては全駅全区間を紹介していますが、この区間に関しては「全て見せますBTS延長部と新駅3」でエントリー済みです。

Pak Nam Tower 3

長くなりました(汗) 次回はパークナムからタイ湾沿いを東に向かいます。

20180508 Map1

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2018.05.08 | コメント(0) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く①序章

新シリーズの始まりで、湾曲部にショートカットが作られる以前のチャオプラヤー川の元々の流れを追う旅です。

『元流』と言う言葉は河川の流れで使う事は無いかと思います。源流だと川の流れが始まる源ですし、「流れが変わる以前の元の姿」そんな意味で本ブログで使いますが、ご勘弁ください。

さて、チャオプラヤー川はピン川とナーン川が合流するナコーンサワンから始まり、サムットプラカーン県のパークナムでタイ湾に注ぐ全360㎞のタイ中央部を南北に流れる川です。

20180428 Map3

ピン川は北の古都チェンマイを流れているのをご承知の方は多いでしょう。私はバンコクやサムットプラカーン県でチャオプラヤー川を見ると・・・「この川を遡ればチェンマイにたどり着ける」といつも思うのです。

20180428 Pin

そのピン川はチェンマイを出た後にタイで(貯水量?)最大で最初のダムであるプミポンダム、トンブリー王朝のタークシン王縁のターク、そしてビルマ軍侵攻に備えた要塞都市カムペーンペットを流れてナコーンサワンに至りチャオプラヤー川となります。(画像下はタイ観光庁サイトから拝借です)

20180428 Tak

ナコーンサワンからのチャオプラヤーはシンブリー、アーントーンなど交通そして軍事の要所を通りアユタヤへ流れ着きます。どの都市もビルマとの戦いの中でその名を歴史に刻んでいます。

20180428 Ayutthaya

その歴史の結果はアユタヤ王朝(1351年 - 1767年)からトンブリー王朝(1767年 - 1782年)、そしてチャックリー王朝(1782年 - 現在、ラッターナコシン王朝とも言われます)へと繋がりますが、それがチャオプラヤー川を遡る事が歴史をも遡ると思えてならないのです。その上にピン川も含めると、アユタヤからスコータイ王朝(1240年頃 - 1438年)やラーンナー王朝にも繋がる事にもなります。

20180428 Thonburi

興味深いですねぇ~ ピン川、チャオプラヤー川とひとつの大河は北から南への水の流れだけでなく、時の流れとともに古代から現在までの各王朝の移り変わりを示しているのです。

20180428 SL

さて、そんなチャオプラヤー川の元流へ行く前に・・・チャオプラヤー川を河口から遡り、今まで本ブログで紹介したエントリーを記しましょう。

まず河口には「プラ・チュラチョームクラオ要塞Phra Chulachomklao Fort」があります。西洋列強の脅威を感じ始めたラマ5世(1868~1910年)が海から攻めて来る敵から守る為、チャオプラヤー河口から王宮近くまで川沿いに整備し造った要塞で、1937年に日本で造られた元練習艦メークロン号も保存されています。

Phra Chulachom klao Fort 2

次は河口の町でサムットプラカーン県の県庁所在地のパークナムです。ウィブーンシー市場は魚介類の豊富な事ではバンコク周辺の中でもぴか一でしょう。市場奥にはチャオプラヤー川で一番下流の渡し船があり、2018年3月時点で5.5バーツです。

Pak Nam Market 2

Pak Nam Boat

対岸の対岸の「プラ・サムット・チェーディー船着場Phra Samut Chedi」の仏塔はサムットプラカーン県の県章にもなっています。

Phra Samut Chedi 1

またピースアサムット島へ吊り橋で渡ると「ピースアサムット要塞Phi Seur Samut Fort」があります。「首都防衛要塞を行く②プラサムットチェーディー」で詳しく書いています。

Phra Samut Chedi 2

20180428 CPR 1

パークナムにある県庁はチャオプラヤー川にも面しており、時折大きな船が川を行き来するのが見えます。またこの辺りの川沿いはきれいに整備されており、川面を渡る風が心地よい所です。

Pak Nam City 2

パークナムを過ぎるとチャオプラヤー川最下流の橋である「カンチャナピセーク橋Kanchanaphisek Bridge橋」が現れます。2007年11月の竣工の高速道路専用橋梁で、塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に繋ぎ支える構造の「斜張橋Cable-stayed Bridge」です。

20180428 CPR 2

チャオプラヤー川河口近くでは大きな船が通るので、橋脚の幅を広げると共に橋自体の高さを上げるので、こうした構造の橋が多くなります。また古い橋は跳ね橋(今は使われませんが)もあって興味深いです。「チャオプラヤー名橋奇覧」シリーズで多くの橋を紹介しています。(画像下はメモリアル橋です)

20180428 CPR 3

カンチャナピセーク橋の下流側には、チャオプラヤー川で最下流の水上マーケット(的なもの)「ワット・バン・フアスア・水上マーケットWat Bang Hua Sue」があります。また本ブログでは首都圏だけで20カ所以上の水上マーケットを紹介しています。

やがてチャオプラヤーは「プラプラデーンPhra Pradaeng」の大きく川が湾曲する最初の所を流れます。

20180428 CPR 4

プラプラデーン(現地の方達はパパデーンと呼びます)は渡し船が4カ所、第1と第2プミポン橋、要塞跡に湾曲部中央にある水上マーケットや公園とたっぷり見所がありエントリーも多くありますが、最近ではモン族独特のスタイルを残す「プラプラデーンのソンクラン」をエントリーしたばかりです。

20180424 PPD 7

このプラプラデーンの湾曲した根元にもショートカットのように見える運河が造られています。こうしたショートカットを「捷水路(しょうすいろ)」と呼びますが、その目的は曲がりくねった川の流れを真っ直ぐにして洪水を防ぎ、土地の有効活用をする事です。

20180428 CPR 5

またチャオプラヤー川はその捷水路の多くがアユタヤ時代に掘られています。それはアユタヤがヨーロッパと東アジアを結ぶ国際貿易都市として繁栄した時代で、河口から遡る船の航行を楽に早くする事も目的だったと私的には考えています。(画像下はアユタヤ歴史学習館です)

20180428 CPR 6

そんなチャオプラヤー川の中でプラプラデーンの捷水路はその目的がよく分かりません(汗) 普段は水門が閉じられていますし、運河自体がかなり狭くこの辺りを航行する大型船はとっても通れません。そもそもここが掘られたのは1874年と時代はかなり新しくラマ5世統治下です。

20180428 CPR 7

この辺りは河口に近く感潮河川だと思うので川の流れは上流とは全く異なるので、洪水防止とは異なる目的でもあると思います。また大型船が通るのはクロントゥーイ港(1951年開港でバンコク港とも言われます)まででしょうから、ショートカットの意味はありません(遠回りになる)。いずれにしても掘削した当初の目的とは異なった事情が現在はあるのでしょう。調査中です(汗)

と言う事で、このプラプラデーンのショートカットは元流とは関係ないのですが、この後チャオプラヤー川はバンコク都に入ります。ちなみにクルントン橋が出来る1958年ぐらいまでは、上にある古い写真のようにかなりの軍艦でも現王宮前から王族の宮殿があったドゥシット地区までは遡れた事になります。

また私的な現地での調査(ただの街歩き)では、チャオプラヤー川に架かる橋を古い順番に並べると以下の通りです。

1927年   旧ラマ6世橋(現タイ国鉄南本線鉄道専用橋)
1932年   メモリアル橋(跳ね橋、別名プット橋)
1958年3月 クルントン橋
1959年   ノンタブリー橋
1959年6月 クルンテープ橋(跳ね橋)

チャオプラヤー川に関してはまだまだ話が尽きないのですが(汗) そろそろテーマの元流に話しを戻しましょう。

そしてこうしてチャオプラヤー川を河口から遡れば、バンコクヤイ運河が最初の元流になります。そして先日エントリーを終えた『トンブリー王朝の面影を探し』シリーズで、すでにチャオプラヤー元流だったバンコクヤイ運河に関して詳しく書いています。

20180210 BL 7

跳ね橋のフォルムが美しいメモリアル橋を上流(北側)に向かうと左岸(東側)は花市場こと「パーククロン市場Pak Khlong Market」です。その反対側の右岸(西側)にはバンコクヤイ運河の入口があります。そこからがチャオプラヤー元流で川は大きく西へ向かいます。

20180428 CPR 8

って事は・・・バンコクを訪れた人なら誰もが目にするだろう、ワット・ポーや王宮、そして対岸のワット・アルンがある辺りのチャオプラヤー川は1542年以前は無かったのです。たぶん湿地だったのでしょう。日本なら戦国時代で関ケ原の戦いの58年前の事です。

20180428 CPR 9

さて・・・いよいよ元流を歩く旅ですが、すでに長くなりました。『こよいはここらでよかろうかい・・・』って事で次回に続きますが・・・その前に、バンコク首都圏でのチャオプラヤー川の昔の流れを地図にしてみました。

20180428 Map 1

青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

それでは次回、チェスト!!

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2018.05.06 | コメント(2) | タイ・トラベル

今後のブログ 新シリーズの内容は

本ブログで長く書いていた『トンブリー王朝の面影を探し』シリーズを先日終えました。昨年(2017年11月)からなので約5か月続いた事になります。

20171213 BY 5

また『サムットプラカーン東部を行く』シリーズも終えて、『ソンテウで行くサムットプラカーン」や「公共交通で行くサムットプラカーン県観光見所」と合わせると、サムットプラカーン県全ての見所を書き終えた事になります。

20180319 BB 14

長いシリーズと言えば、全ての首都圏路線バスを一つ一つ起点から終点まで行き帰りを乗って書いた『バンコク路線バス不完全ガイド』は3年かかりました(笑)って言うか、対象を地方路線バスにまで広げてまだ続いています(大笑)

乗車経験があるソンテウやロットゥーにまで対象を広げたら・・・10年はかかるような気がします。まぁ、それらは街歩きのエントリー内で登場した場合のみ書けば良いかと考えていますが(汗)

20171125 Bus 1

他にも長いシリーズがたくさんあって、チャオプラヤー川の架かる橋を一つ一つ見て歩いた『チャオプラヤー名橋奇覧』は5か月。チャオプラヤー川の渡し船を扱った『チャオプラヤー渡し百景』は1年ですねぇ~

20180426 Bridge

情緒ある?タイ国鉄マハーチャイ線の全線を歩いて紹介した『マハーチャイ線を歩く』は4ヵ月かかりました。そして都市型鉄道であるBTSやMRTの延伸工事と新線も全ての工事区間を歩き詳細を書き続けているのは、そろそろ3年になります。

20180426 Mahachai

前国王が崩御された時も直後からずっとタイの人々と王宮周辺をエントリーしています。すでに1年半を過ぎました、まだ見続けるつもりでいます。『前国王崩御後487日』が最新のエントリーです。

20180111 SL 1

まだまだ他にもありますが、こうして長くシリーズ化したエントリーが多いのは本ブログの特徴の一つでしょう。

○○へ行った・・・▽×をどこどこで食べた・・・そんなちゃちゃっと書かれたものから、ニュースネタをコピペしたようなブログが(特にタイ関係では)多いのに嫌気が差し、タイトルを見るのも嫌になってブログ・ランキング参加を辞めた経験がありますから(笑)

一回一回が長くて、押しつけがましい内容も読まれる方々には面倒くさくて仕方ないと思うのですが・・・それでもネットですでに書かれただろう事は極力扱わず、ネットではなく私自身が歩き見て調べた事を書き、見たくもない広告は全く無く、クリックを誘うような媚びもない・・・そうした事でご勘弁をお願いします。

街を歩いては興味や疑問を持った事を調べ、書いては歩くを続けるのですが、それらは誰もが簡単にネットで情報を得る事に対して距離を置き、自分自身が歩き見て図書館や博物館で調べる過程を私自身が楽しんでいるからでしょう。

20180426 PPD

さて、冒頭に書いた『トンブリー王朝の面影を探し』シリーズですが、現チャクリー王朝の町造りを扱った『クルンカセーム運河』、『首都防衛要塞を行く』、『首都防衛城壁を歩く』に続くシリーズでもありました。

それはチャオプラヤー川を河口から遡ると同時に、時の流れを遡る旅・・・旅なんて大げさなものではなく街歩き・・・に繋がり、現チャクリー王朝からトンブリー王朝、そしてアユタヤ時代の各王朝へとチャオプラヤーは繋がるのです。

と言う事で長い前置き話を終え、新シリーズの紹介です(汗)


1、チャオプラヤー川元流を歩く旅

湾曲部にショートカットが作られる以前、チャオプラヤー川の元々の流れを追う旅です。地方バスとソンテウが移動の中心になりますが、バンコク周辺にこんな地がまだ残っていたと驚くばかりです。

20171228 Canal

私が見た中では最大の船の寺院
20171218 Wat 1

坐像や立像ではなく珍しい椅子に坐っている倚像
20180101 Wat 1

アユタヤはともかくバンコク周辺では珍しい仏塔
20180101 Wat 2

首都圏では3番目に大きい涅槃仏(たぶん)
20171218 Wat 2

本堂の外壁が非常に強い印象を与えるお寺
20180101 Wat 3

高床式僧房の下から托鉢用の小舟が直接水路に出られるお寺
20180101 Wat 4

水辺に建てられた家と、印象的なお寺がある運河
20180101 Wat 5

2、アユタヤへの道、アユタヤの歩き方(仮称)

チャオプラヤー川を地方バスやソンテウを乗り継いで上流に向かえばアユタヤです。観光地を扱わない、まして誰もが書くような有名観光地は絶対に登場しないブログですが、『アユタヤへの道』として地方バスにソンテウでアユタヤ、そして周辺をも巡る旅です。

20180402 Ayutthaya 4

有名観光地だけに、ガイドブックなどプロ?が書いたものから、初めて行った方から数度行った方々が多くの「アユタヤへの行き方や巡り方」を書いているかと思います。しかしそれらは判で押したように同じような事が書いてないでしょうか?

20180418 Ayutthaya 10

日本語ツアーはもちろん、ファランポーン駅や北バスターミナルへわざわざ行かせて時間を無駄にさせたり、トゥクトゥク貸し切りで有名遺跡ばかり回ってないでしょうか? 『間違いだらけのアユタヤへの行き方』(仮称)で全ての公共交通機関での行き方を紹介します。

20180426 Ayutthaya 1

アユタヤは有名観光地だけに『アユタヤで絶対に行きたい10選』なんてネットでいくらでも書かれている気がします。判で押したように当たり前の誰でも思い浮かぶ有名な遺跡をたくさん回っても、結局どれも同じ印象が残るのではないでしょうか? 

20180426 Ayutthaya 2

有名どころを全部巡ってもよいし、静かに気に入った所でゆっくり古の風を感じるのも良いでしょう。私的には博物館巡りは欠かせません。自転車なんか暑すぎだし、タイで自転車はリスクも高まります。それで地元の方々が利用されるソンテウを基本に周辺も含めて『アユタヤの歩き方』(仮称)を書く予定です。

20180426 Ayutthaya 13

20180426 Ayutthaya 17

そして、ガイドブックやネットでは紹介されてないだろうアユタヤも書こうかと考えています。この上や下に使ったアユタヤの画像の通り、有名な所ではありませんが、丁寧にアユタヤ島内と島外を歩いて知った私的お気に入りです。『あなたの知らないアユタヤ』(仮称)です。

20180426 Ayutthaya 14

20180426 Ayutthaya 16


3、ラッターナコシン島の最初の堀

書きたいと思って長く経ちますが(汗)チャクリー王朝時に造られたと思っていたラッターナコシン島で最も内側の堀、それはトンブリー王朝時に掘られた運河でした。王宮周辺で最も観光客が多い所ですが、今度こそ書こうかと・・・

20180101 Canal

4、バンコクからソンテウを乗り継いでパタヤへ

いやぁ~ これも超有名観光地ですねぇ・・・でも、こんな内容はネットに書かれた事はないでしょう。バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤへ行く挑戦です。

20180426 Pataya

20180426 Map

パタヤ自体は書くつもりはないのですが、途中のチョンブリー、バンセン、シラチャ、ナクルアなどを書くつもりでいます。日本人在住者でもお馴染みの所が多いかも知れませんね。

20180426 Bang Sen

20180426 Si Racha

私はただタイに少し長く滞在しているロングステイ、たぶん他人より長く海外で暮らした経験があるので、移住なんて思い切った事は最初から考えていません。そんなロングステイもいつかは終わるでしょう。それはそう遠くないと思います。

それまでは・・・好きなタイの街を歩き、ネット情報とは距離を置き、自分自身が実際に見聞きし経験した事だけを、このブログを書き続けるつもりでいます。

それは、私が歴史の中で都市が人々がその暮らしが・・・どう変わって行ったのかに好奇心を覚えているからで、それが唯一このブログを書いている原動力なのかも知れません。

現在の日々のアクセス数から見て、以前のようにランキングに参加し毎日エントリーをしていた時とは異なり限られた方達にご覧いただいているような気がします。大好きなタイなので広く多くの方々にご覧いただき、もっと深くもっと違った見方でもっとタイを知って頂く機会を自ら逸したのは少し残念に思うのですが、こんな面倒なブログにわざわざアクセス頂いた方々に少しでもお役に立てればと思わずにはいられません。

今後のエントリーも、それが観光地のアユタヤでもパタヤでも、一生懸命タイの人々と暮らしを書くので、よろしくお願いします。

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2018.04.28 | コメント(2) | タイ・トラベル

サムットプラカーン東部を行く⑧バンパコン

サムットプラカーン県でもバンコク都に近いサムロンやパークナムなどがある西部ではなく、チャチュンサオ県と接する東部『ディープ・イースト・サムットプラカーン』を紹介するシリーズです。

前回はサムットプラカーン県東の県境を越えてチャチュンサオ県に入り、海の上に建つワット・ホントーンを訪ねましたが、今回はシリーズ最終回でバンパコンから帰路につきます。

20180218 SP 3

20180404 Hong Thong 12

ワット・ホントーンのすぐ外(境内かな)にあった海に面した食堂でビールを飲んで、海を眺め、海の風にあたりすっかり満足しました。

来た時と同じように野犬に注意しながらスクムビット通りまで20分かけて歩きました。スクムビット通りでは来た時のクローンダンまで戻っても面白くないので、そのまま東に向かう事にしました。

20180404 Songthew 1

来た時と同じソンテウ(画像上)に乗ればバンパコンに行くのが分かっているので安心です。しかし、しばらく待ってトラックの列に紛れてやって来たのが・・・ソンテウではない大型のバスじゃないですか! 

20180412 Sukmvit

意表を突かれたのでカメラを向ける事無く、行先を凝視してしまいました。ソンテウと同じクローンダン~チョンブリーと読み取れた気がしたので、路線バスか分からないのに合図して乗ってしまいました(汗)ちょっと古い観光バスのようでBMTA路線バスでは見ないタイプですが、車掌さんが来たので安心です。ガラガラのバスの中でバンパコンと告げて切符を買いました。

Bus343 Bang Pakong

車掌さんが「ここだよ」に言われれるままスクムビット通りで降ろされてしまい、慌ててカメラを向けたのでピンボケですが(汗)このバスってソンテウと同じ343番ですねぇ~ 塗装もソンテウと同じなので、地方バスではよくあるソンテウとバスのハイブリッド路線なのでしょう。

バンパコンで降りたのはほとんど毎日見ているし、バンナートラート通りを走るのでよく乗っている地方バス365番(パークナム~サムロン~バンナー~バンボー~バンパコン)で帰る為です。

Bus365 Bang Pakong 1

それと・・・万が一に間違ってイルカが見れないかと思って・・・(笑) 実は、バンパコン川は河口でイルカが見られるので(一部方々には)有名なのです。画像下はThailand Tourism 公式サイトからの拝借ですが、このサイトでイルカ・ウオッチング船の出る所なども記載があります。出没の季節があるようですし、船も個人的な営業のようなので注意が必要です(汗)

20180412 BP 1

それでか、バスを降りた所からバンパコンの小さな町に向かうとイルカのモニュメントがお出迎えです。何だかイルカの種類が違うように思えるのですが・・・モニュメントは海でよく見るタイプで、上の画像は頭がまるいような・・・よく分かりません(汗)

20180412 BP 2

イルカのモニュメントを見ながら淡い期待が少し膨らみながら町に向かって歩きました。町唯一の目抜き通りにはイルカのモニュメントが続いていますが、それとは裏腹に町中に入っても賑やかさが感じません。

20180412 BP 3

この目抜き通りはスクムビット通り(3号線)の(日本で言えば)旧道のようです。消えかかった75㎞の道標も見る人はいないようです。

20180412 BP 4

バンパコン・・・小さな町です。悪い言い方をすれば寂れかけてもいます。タイ湾に注ぐチャオプラヤー川と河口の町パークナムを中央に見れば、西にターチン川とマハーチャイ、そして東がバンパコン川にバンパコンが河口の町になりますが、比べようもありません。

20180412 BP 5

町の中央が市場でそこにソンテウが集まるのはどこも同じですねぇ~ オレンジと黄色のソンテウ1618番はチャチュンサオに行くようですが乗った事はありません。大型の空色ソンテウ346番はチョンブリーとの行き来ですが、これはチョンブリーからバンパコンの橋まで乗った事があります。町中まで入る公共交通はこのソンテウ2路線だけです。

20180412 BP 7

市場の横から漁港?に向かって路地に入ります。おそらくバンナートラート通りが無かった時代は少しは賑わった道でしょう。

20180412 BP 9

20180412 BP 8

この道の突き当りが漁港と言うか荷揚げ場になっています。写真を撮りたいのでと断って作業の邪魔にならないように、川まで行かせていだたきました。

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20180412 BP 11

魚は小魚ですねぇ・・・沿岸で網を張っているのでしょう。荷揚げ場の左右には小さな船が舫われていました。

20180412 BP 12

20180412 BP 14

10年以上前だと思いますがBangkok PostかNationの記事で、バンパコン川の河口で見られるイルカを保護する為に漁船を観光船にする・・・そんな記事を読んだのがこの町を知ったきっかけでした。

20180412 BP 13

イルカはきっとバンパコン川の淡水とタイ湾の海水が混じるあたりに出るのかと思いますが、環境的にはイルカには厳しくなるばかりに思えます。今も見られるのか??

20180412 BP 15

画像上は河口側で川は左へ曲がって海になります。画像左に見えている岬のような荒地の向こう側が観光船が出る所だったと思います。画像正面は油かガスの貯蔵タンクでしょうか・・・

1年ぐらい前にバンパコン橋の上から1時間ぐらい川を見ていた事がありますが(画像下)、今回も30分ぐらい見ていましたが、見えたのはイルカと間違えた浮遊ゴミぐらいでした。両方とも1月の事ですが、出没場所を知っている船頭さんに頼んで船で行くしかないようですねぇ~ きっと貸し切るのでしょう。1人の自分には費用的にもハードルが高すぎます(涙)

20180412 BP 16

まぁ、きっと昔は少しは川を遡ってこの辺りでも見られたのでしょう・・・そんな想像をしながら川を後にしました。

このバンパコン川は直線距離で26㎞ぐらい遡ると県庁があるチャチュンサオの町です。「バーンマイ百年市場Baan Mai Market 100 years」に行った事があって、そこでのんびり目の前のバンパコン川を眺め、ゆったりした流れを気に入った事を思い出しました(画像下)。

20180412 BP 17

イルカから上流の百年市場まで思い出しながら・・・よく歩きました。バンナートラート通りでバスに乗れる所まで結構距離があって30分はかかったと思います。歩くのが嫌なら上記したソンテウ346番でバンナートラート通りに出られます。

バンナートラート通りに出たらすぐお馴染みの地方バス365番です。これ1本でアパート近くまで帰れます。

20180412 BP 18

20180412 Map

さて・・・本シリーズはこれが最終回で今までのエントリーです。

サムットプラカーン東部を行く①序章
サムットプラカーン東部を行く②スワンナプーム高架水路
サムットプラカーン東部を行く③バンプーの桟橋
サムットプラカーン東部を行く④海抜以下とサムロン運河
サムットプラカーン東部を行く⑤バンボー
サムットプラカーン東部を行く⑥クローンダン
サムットプラカーン東部を行く⑦海の上のお寺

本シリーズに加えて、以下のシリーズを読まれると・・・サムットプラカーン県を徹底的に歩いた事になります。チャチュンサオ県にはみ出てしまいましたが(笑)

ソンテウで行くサムットプラカーン全8回
首都防衛要塞を行く全5回
公共交通で行くサムットプラカーン県観光見所

20170219 Map 1

ネットにもお金にも頼らず(笑)全て公共交通機関だけで移動し自ら歩き調べた内容です。地図もスマホも持たず(持っていないだけ)、頼るのは好奇心と方向感覚に自分の足だけ。いやぁ~街歩きって・・・楽しいですね。

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2018.04.12 | コメント(0) | タイ・トラベル

サムットプラカーン東部を行く⑦海の上のお寺

サムットプラカーン県でもバンコク都に近いサムロンやパークナムなどがある西部ではなく、チャチュンサオ県と接する東部『ディープ・イースト・サムットプラカーン』を紹介するシリーズです。

前回はタイ湾に面する古い漁港のクローンダンを歩きました。

20180320 KD 8

今回はサムットプラカーン県東部からチャチュンサオ県西部に入ります。目指すは海の上のお寺「ワット・ホントーン Wat Hong Thong」へ向かいます。

20180218 SP 3

クローンダンの中央を横切るスクムビット通りで東のバンパコン方面に向かいます。ちょうどバンボーから乗って来たソンテウ1285番の終点(画像下)で降りた時に東に向かうソンテウを見ていました。ワット・ホントーンへは昔、自家用車で行った事がありますが公共交通機関での経験はありません。

20180320 Songthew 3

その目的のソンテウはクローンダンからスクムビット通りを東に向かう343番で、行先表示はタイ語が読めない私に幸いな事にパターン認識している簡単な「チョンブリー ชลบุรี」「バンパコン บางปะกง」でした。私の住む所ではよく目にする地名です。

20180404 Songthew 1

クロンダーン(ソンテウ乗降あたり)からワット・ホントーンへ通じるソイまでは6㎞ほどあります。ちょっと歩けない距離で公共交通機関はこの343番のソンテウ、そして同じ番号で同じルートの地方バスしかありません。あまり本数が多くなく日中なら30~50分に1本でしょうか。

20180404 Hong Thong 1

ソンテウに乗って初めて通る道ですので、道の状態が分からず持病の頸骨を痛めたくないのでステップ立ち乗りで膝を曲げて衝撃に備えていました。通り沿いはずっと魚を干す作業をされています。そこで売っている所もありますが、量から言えばどこかへ出荷するのでしょう。

20180404 Hong Thong 2

やがてスクムビット通りでサムットプラカーン県からチャチュンサオ県に入れば、すぐにワット・ホントーンへ通じるソイの入口です。進行方向右側を注意してそれらしいお寺の看板が現れた所で降車ブザーを押しました。時間にしたら15分ぐらいでしょうか、10バーツでした。

20180404 Songthew 2

画像下のパクソイから海に向かって1.5kmはあるかと思います。歩くしかありませんが20分程度です。ただ道が途中で丁字に突き当りどっちへ行って良いのか分かりませんでした。どの矢印も左ですが・・・ここは見通しが良くてお寺関係の高いビルが見えていますので、近そうな右へ行きました。

20180404 Hong Thong 3

20180404 Hong Thong 4

道を間違えるのは運動だと思って引き返すだけですが、こうした所で怖いのは野犬です。こっちも3年半の街歩きで慣れているので、急がず目を合わせず動きは目の隅で把握しながら犬をやり過ごし無事到着です。

20180404 Hong Thong 5

ここに遠方から来る人は少ないと思いますが、平日でも周辺の人達がお参りを兼ねて海を見ながらの食事を楽しまれています。まぁ、ソンテウと徒歩で来る人は普通はいないかと思いますが(汗)

20180404 Hong Thong 6

20180404 Hong Thong 7

このお寺の謂れや歴史は残念ながら分かりません。チュディーと本堂が完全に海の上に建っていて、周囲の海岸線がマングローブの林とその奥に養殖なのか池が続くだけなので、嫌でも目立つ環境です。

20180404 Hong Thong 8

浸食で海岸線が後退して海の上になったとは思えないし、仏像などが流れ着いたとか言ったストーリーがあるとは思えません。どうしてこんな所に建てたのでしょうねぇ~ ホテルのような建物も建設中ですが、仏教施設なのでしょうねぇ・・・

20180404 Hong Thong 9

2階建ての建物の屋上に輝くチュディー(仏塔)があって、そのレベルまで上がる事が出来ます。そこからの海の眺めと風はここまで歩いて来た疲れを癒すには充分でした。

20180404 Hong Thong 10

さて、ここに来たら寄りたいのが海に面した食堂です。ちょうどお参りに来た人達の駐車場とお寺の間にあります。平日のお昼過ぎだったので空いていました。

20180404 Hong Thong 11

メニューは全てタイ語で私には読む事が出来ませんが、ビールと肴で海老を焼いてもらいました。いやぁ~、月並みな言葉ですが、海を眺めながら飲んで食べるのは格別ですねぇ~

20180404 Hong Thong 12

別に食事に来たわけではないし、特に新鮮さが必要な料理を食べたわけでもないのですが、海を眺め、海の風にあたりながらゆっくり食べた事ですっかり満足してしまい・・・帰りにスクムビットまで歩くのが辛くなってしまいました(汗)

さて、そろそろ帰りますか・・・

20180404 Map

次回はシリーズ最終回でバンパコンを経由してバンコク都(の隅っこ)に戻ります。最後に本シリーズの今までのエントリーです。

サムットプラカーン東部を行く①序章
サムットプラカーン東部を行く②スワンナプーム高架水路
サムットプラカーン東部を行く③バンプーの桟橋
サムットプラカーン東部を行く④海抜以下とサムロン運河
サムットプラカーン東部を行く⑤バンボー
サムットプラカーン東部を行く⑥クローンダン

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2018.04.04 | コメント(0) | タイ・トラベル

さわやかな若者達と出会ったアユタヤ

4月になりましたねぇ~ 新年度と言う事で、学生の皆さん、新社会人の方々と多くの人達が環境が変わる時でもありますが、皆さんが希望を持って前進される事を心から願っています。

今日はそんな日本の若者にも関係した話です。

20180402 NM 1

ビザ、アパート、日々の暮らし、街歩き・・・他人の力もネットすらも頼らずに、28年近い世界各国での海外暮らしの最後を一人気ままに過ごしたい。そこにはお金をかけずに好奇心に導かれるまま、タイの人々と文化、歴史、暮らしに接したいと常に思っている変わり者です(笑)

そんな私がなぜ若者とアユタヤで出会ったのでしょう・・・

20180402 Ayutthaya 3

さて、最近の街歩きで『トンブリー王朝の面影を探し』シリーズがまだ続いています。最新のエントリーが25回目ですから長いですねぇ~

20180210 BL 7

路地と言う路地を歩き、時代を遡るようにチャオプラヤー川の元流をたどっています。そして後数回のエントリーでトンブリー地区を終えると。タイトルを『チャオプラヤー元流をたどる』と変えて、さらにチャオプラヤー川の元の流れを遡ります。

20171228 Canal

チャオプラヤー川に関して言えば、川の流れを遡る事は時代をも遡ります。現チャックリー王朝(1782年~現在)から一代限りで終えたトンブリー王朝(1768年~1782年)、そして400年以上続いたアユタヤ時代(1351年~1767年)の各王朝に繋がります。

20180402 Ayutthaya 1

それで最近やっとたどり着いたのがアユタヤなのです。バンコク都北部のノンタブリー県ぐらいまではチャオプラヤー川元流を追って歩けますが、さらに北のパトゥムターニ県、アユタヤ県はなかなか川に近づく事も難しいのが実態です。

20180402 Bang Pa In

その中を地方バスとソンテウを乗り継ぎ川沿いを行き、たどり着いたのがアユタヤです。観光地を扱わない、まして誰もが書くような有名観光地は絶対に登場しないブログですが、これも別途『地方バスとソンテウで行くアユタヤ』として新シリーズのエントリー予定でいます。

20180402 Ayutthaya 4

画像下はアユタヤで唯一残っている要塞跡の「ペット要塞Pom Phet」です。タイ湾からチャオプラヤー川を遡った交易船がたどり着いただろう地の前に造られました。観光客が立ち寄る事も知る事もないまま、時の流れに朽ちて行く赤茶色のレンガが今も行き交う船を見つめています。

20180402 Ayutthaya 2

要塞前がチャオプラヤー川で南から北に向かって遡ると、ここでアユタヤに突き当たります。画像上で奥に向かってチャオプラヤー川が下流に向かいますが、その左岸にオランダ人村に日本人村、その反対側(右岸)にポルトガル人村、そして画像で右(西)に向きを変えた後にフラン人村があったのです。

シャムの王都であり国際貿易都市でもあったアユタヤ。そんな旧都の要塞跡や外国人村、そして博物館を訪れていました。(画像下は現在改修閉館中のアユタヤ歴史学び館内です)

20180402 Ayutthaya 5

もちろん歴史に遺跡は大好物なので(笑)アユタヤは昔から何度も訪れていますが、わざわざこのブログに書く事はないかと思っています。まぁ、新シリーズの『地方バスとソンテウで行くアユタヤ』を書く時に、アユタヤでのソンテウでの移動方法も書こうかと考えてはいますが・・・

画像下は島外の国道沿い大型ショッピングモール「シティー・パークCity Park」から、国鉄アユタヤ駅を経由して島内を一周するソンテウです。

20180402 Ayutthaya 6

また私自身のアユタヤへの行き方も今後は書いておこうと思っています。私のアパートは都心部にお住まいの方から見れば、アユタヤとは正反対のサムットプラカーン県まで徒歩数分のバンコク南東部の隅っこです。

まぁ、路線バスとソンテウを乗り継いで行くのは別にして(笑)そんな遠くからアユタヤまで、今までの最短はアパートの部屋を出て2時間15分後にアユタヤに居ました。その時にかかった費用は33バーツだけでした。

20180402 Ayutthaya 7

要は出発する所と時間帯によって、アユタヤを通るロットゥーか列車に途中から乗る事を考えれば良いのです。ファランポーン駅も北バスターミナルもそこへ行くのが大変だし、出発しても都心部を出るまではなかなか速度が出せないからです。

私の所からだけでも10通り以上の選択肢があって、その中からベストを選び、しかも必ずバックアップ案も考えておくのが必要なのです。画像下はワット・マハタート前で北バスターミナル~アントン間のロットゥー15番ですが、途中アユタヤ島内を横切るので行き帰りに使えます。

20180402 Ayutthaya 8

初めてのタイで観光の方々はツアー会社の用意したバンでガイド付きで行かれるのではないでしょうか。慣れた方でも北バスターミナルからロットゥーで60バーツかけて1時間半から2時間で行くか、ファランポーン駅から列車でこれも1時間半から2時間かけて行くのでしょう。

それも、モーチットの北バスターミナルやファランポーン駅まで行くのにBTSにMRT、さらにタクシーなどで100バーツ以上のお金と時間をかけての事が多いのでしょう。

もちろん、ご旅行の方々は時間が限られていますし、費用は別に一番安心安全な方法がベストだと思います。それにタイにもバンコクにも慣れていないでしょうから、分かり易い方法で行くのが良いかと思います。(画像下はアユタヤ方面行きが出る北バスタ―ミナル内3番ターミナルです)

20180402 Mochit 1

一方、ネットには『アユタヤへの行き方』を書くブログが多いと思いますが、『アユタヤへ電車で行く』なんて書いてあったら信用してはいけません。タイ国鉄は唯一特殊な東本線副線(エアポート・レール・リンク)を除けば全線電化されていないのですから、電車はなくてディーゼル機関車の列車です(笑) 

非電化線で機関車牽引の客車列車を電車と称するのは大きな誤りで、そんな事も知らない人達が『○○への行き方』なんてネットに書いているのです。バンコクの路線バスを市バスや都バスと書いているのは、仕方ないレベルですが((バンコク都の運営ではなく、タイ運輸省管轄組織でバンコク周辺県を含んでの首都圏を走るので、首都圏バスでしょうか。市バスはないけど・・・)。 呼称なんてささいな事ですが、そうしたサイトは内容も疑問だらけです。

戦勝記念塔発なんて言うのは古い話だし、北バスターミナルへの行き方もきちんと書いて無くて『タクシーで』なんてのも笑っちゃいます。ドンムアン空港から北バスターミナルへ行かせたり(ランシットへ行くべき)、タクシーに交渉して直接アユタヤ行かせるなんてのはまったくの論外です。

ネットの旅情報なんてそんなものです。だから私はネットとは距離を置き自ら経験した事だけをブログに書いているのです。もちろん在住者で時間だけはたっぷりあって、地元の人達に教えてもらいながら、間違えても構わない自由な身だから出来るのでしょう。

私的アユタヤへの行き方は別途詳しく書くとして、話を戻しましょう(汗)

数日前・・・その時はチャオプラヤー川沿いを走るソンテウでアユタヤに着いた後でした。さすがにまたソンテウで帰るのがキツク感じ、個人旅行で行った方の多くが使うだろうアユタヤ発で北バスターミナル(モーチット)行きのロットゥーで帰る事にしました。

画像下は定番の北バスターミナル~アユタヤ間のロットゥー901です。島内「ナレースワンNaresuan」通りで木の根に埋め込まれた仏頭で有名な「ワット・マハタートWat Maha That」の東500m、って言うかソンテウにロットゥーや地方バスが集まるチャオプロム市場の西700mと書いた方が本ブログ読者にはお馴染みでしょう。

20180402 Ayutthaya 9

午後3時ごろでしょうか、ロットゥーに乗り込んでしばらくして満席になりました。その時斜め前から日本語が聞こえて来ましたが、このロットゥーでは日本人と乗り合わせるのはよくある事で、若いお二人でした。そして出発直前に料金徴収をタイ語で始めたので、『お二人で120バーツです』とお節介をしてしまいました。画像下は別なロットゥーです。

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年寄りの悪い癖です。「地球の歩き方」で詳しく書いた事がありますが、西洋人でもアジア系でも何か困っている様子を見ると声掛けしますが、日本人の場合はかなりの確率で怪しいヤツと出会ってしまったと言わんばかりに無視されるか、『大丈夫です』と言われます。まるで『間に合ってます』押し売りを断るかのように(笑)

もっとも私はオッサンだし、いつも必ずサングラスをしています。海外で怪しげな色黒のオッサンが日本語で話しかけて来るのが、何か騙しの定番なのでしょうか? きっとそんな輩に気を付けろ!と地球の歩き方には書いてあるのでしょう。

しかしこの時は・・・若者が『タイにお住まいですか?』と聞かれたので、そこから何となく話し始めました。誰もが好感を持つだろう爽やかなお二人は、どうもモーチットでロットゥーを降りた後の行動で迷われていたようで、色々と尋ねて来ます。

一人暮らしが長い年寄りにはありがたい話です(苦笑)だいたいのご要望をお聞きし、ロットゥーを降りてから詳しく話しをする事にしました。画像下はBTSモーチット駅(MRTチャットチャック公園駅)に着いたソンテウです。

20180402 Van 2

自画自賛、手前味噌、自慢話になりますが(汗)、お二人はバンコクでこうしたご質問に最も適した日本人とロットゥーで乗り合わせたようです(笑)ただお節介で面倒な男ですが・・・

迷っている内容を確認すると・・・ナイトマーケットに行きたいようです。しかも2カ所!そしてその後に高級マッサージ店にも行きたいようです(笑)若いって・・・エネルギーが溢れパワーがあるのですねぇ~ アユタヤを日帰りした後でも疲れを知らないようです。

「タラート・ロットファイ・ラチャダーRot Fai Night Market Ratchada」から「ネオンTALAD Neon Night Market」でその後にスクムビットの高級マッサージ店を予約出来たらとお考えの様です。ただ、少し問題があります。この時午後4時半過ぎでナイトマーケットには少し時間が早いのと、モーチットからタラート・ロットファイへの移動はMRT1本で簡単ですが、その後が旅行者には厄介な事です。

20180402 Mochit 2

そこでネオンを最初にして路線バスで向かう事、そこまでは私も一緒する事(私はネオン前のペッブリー通りを走り高速道路に入るバスで帰れば遠回りにならない)、ネオンがあるプラトゥナームではネオンの後にタラート・ロットファイへの移動方法を現地で教える・・・と少しの変更を提案しました。タラート・ロットファイは目の前がMRT(地下鉄)なので、お二人だけでマッサージ店に行くにもホテルに帰るにも簡単です。

モーチットからネオンがあるプラトゥナームへは、ネオンの後に使うラチャダピセーク通りに向かうのに使う73番と514番のバス停を教えたいので、ネオン前のペッブリー通りを走るバスではなくラチャプラロップ通りを走る77番を選びました。少し歩きますが、お二人だけで次に移動する方法を現地で教えたかったのです。

20180402 NM 2

そんな事を説明している間に77番の路線バスがやって来ました。バンコクでは路線バスに乗った事がないそうです。

「大丈夫ですか?」と一応確認した上で乗り込みましたが・・・この後は次回に続きます。

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2018.04.02 | コメント(0) | タイ・トラベル

サムットプラカーン東部を行く⑥クローンダン

サムットプラカーン県でもバンコク都に近いサムロンやパークナムなどがある西部ではなく、チャチュンサオ県と接する東部『ディープ・イースト・サムットプラカーン』を紹介するシリーズです。

前回はサムロン運河が三叉路になる所、その運河沿いにあるバンボーの古い家並みを書きました。そのバンボーから南に向かいタイ湾に面する古い漁港のクローンダンに向かいます。

20180319 BB 4

「クローンダンKhlong Dan คลองด่าน」はバンボーの真南に8㎞ほど行った所にあります。「クローン คลอง」はタイ語でお馴染みの運河の事ですが、「ダンDan ด่าน」が何かと辞書を引くと「Check Point」と出て来ました。念のためにGoogleでタイ語から日本語にしたらチェックアウトだそうです。これはちょっと・・・笑

私のPCはアメリカで買ってOSもインストールしたソフトも全て英語版のままなので、GoogleMapsからブログサービスまでほとんど全てがデフォルトで英語で表示されます。タイ語で何かを読む必要がある時はまずは英語にする癖があります(汗)

話がこれ以上それない内に戻しましょう(汗)

20180218 SP 5

クローンダンの場合はCheckpointと言う事から検問所とか検査所的な意味ですが、昔風に地名になるとしたら「関」でしょう。運河の関と呼ばれる町ですねぇ~

スクムビット通りは昔サムットプラカーン道路と呼ばれていた事、そしてその古い地図を「サムットプラカーン東部を行く④海抜以下とサムロン運河」で書いています。

20180313 Map 2

関の意味が陸路上なのか水路上なのかは分かりませんが、このクローンダンのすぐ東はチャチェンサオ県、そしてすぐにチョンブリ―県、さらにラヨーン県、チャンタブリー県にトラート県でカンボジアとの国境になります。

これらタイ東部からバンコクに向かうと。このクローンダンを越えると首都圏まですぐ(50~60km)、昔ならおそらく行程上1日を残す程度の所だったのはないでしょうか? それで何らかのチェックがあったのか、ただの宿場町だったかは、史跡や現地での説明等を見たわけでないので分かりませんが(汗)

20180319 Map

そんなクローンダンの町にはバンボーから出るソンテウ1285番で行けます。バンボーを南北に通る3117号線の北端(バンナートラート通り近く・画像下)から南に行くので、バンボーの町でどこでも乗れます。

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このソンテウは珍しく時刻表があるのですが、それを信じられるかは別にしても朝6時から9時までは15分に1本、10時から16時までは各正時と半時の出発(両端)です。料金は一律8バーツです。

20180320 Map 1

バンボーを出ると養殖池が道路沿線に続く中をソンテウは南に向かいます。途中に乗り降りする人も少なく、バンボーとクローンダンを通して乗っても30分程度です。

20180320 Songthew 2

ソンテウが3117号線からスクムビット通りへと右折するとクローンダンの町です。ソンテウはダン運河を渡る橋の手前のスクムビット通り上でUターンして終点(画像下)です。

20180320 Songthew 3

クローンダンへのアクセスは上記のバンボーからのソンテウ1285番以外に3路線あります。都心部からはBTSサムロン駅近くから出るロットゥー1140番と、パークナムからのソンテウ1140番(ロットゥーと同じ番号ですが、同じ番号で多くの行先が異なるソンテウもあります)は「サムットプラカーン東部を行く③バンプーの桟橋」で詳しく乗り場など書いています。

20180320 Songthew 4

残り1路線はこの後のエントリーで登場するチョンブリー行きの地方バスとソンテウのハイブリッド路線で343番があります。小さな町ですが合計4路線がアクセスするのは、なかなか交通便利だと私的には思うのですが(笑)

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スクムビット通りとダン運河が交差する所が町の中央(画像上)です。交通量が多いのもここだけなのですが、通り沿いが市場で路駐の車が多いので余計に混雑しているように見えますねぇ~

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その市場はスクムビット通りで橋の東側で北側だけに広がっています。漁港があるのですが、だからと言って魚介類が多いかと言うと・・・あるにはありますが、量的にも質的にも大した事はないのが素直な実感です。

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それはそうですよねぇ~ 魚介類など特に鮮度を要するものは、漁港など荷揚げされる所ではなくその近くの多く消費される所にすぐ送られるでしょう。クローンダンでの消費がそう多いとは思えなく、この辺りならパークナムあたりになるでしょうか。

20180320 KD 4

さて市場を後にして路地を北に向かうと印象的で力強い門が見えて来ました。「ワット・モンコン・コーターワーWat Mongkol Kothawas」で、かなり大きなお寺です。

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ここって来るたびに毎回同じなのですが、夜になると日本で言う縁日のように屋台がたくさん出るようです。境内も小さな移動遊園地のようになっているし・・・一度ぐらい夜に来たいものです。

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お寺の前がダン運河です。画像下で言えば奥の上流側へ向かうとサムロン運河に繋がります。反対側(下流側)はすぐにタイ湾に繋がります。

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運河沿いに下流の海(タイ湾)に向かって歩くと・・・運河に多くの漁船が舫っていました。漁船の数はサムットプラカーン県では一番多いでしょう。

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しばらく漁船を見ながら歩きましたが、海までは結構距離があるので諦めてスクムビット通りまで引き返しました。お昼でお腹が空いて来たのです。

20180320 Map

クローンダンから6㎞ほど離れていますが、今度こそ海を見ながらビールを飲みたくてチョンブリー行のソンテウ343番に乗り込みます。次回は海の上のお寺ワット・ホントーンに向かいます。

20180218 SP 3

最後に本シリーズの今までのエントリーです。

サムットプラカーン東部を行く①序章
サムットプラカーン東部を行く②スワンナプーム高架水路
サムットプラカーン東部を行く③バンプーの桟橋
サムットプラカーン東部を行く④海抜以下とサムロン運河
サムットプラカーン東部を行く⑤バンボー

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2018.03.25 | コメント(1) | タイ・トラベル

サムットプラカーン東部を行く⑤バンボー

サムットプラカーン県でもバンコク都に近いサムロンやパークナムなどがある西部ではなく、チャチュンサオ県と接する東部『ディープ・イースト・サムットプラカーン』を紹介するシリーズです。

20180313 Samrong 4

前回はサムットプラカーン県の標高図や古地図からサムロン運河の歴史や役割を書きました。いずれにしても水運頼りの時代は県内で東西を貫くこの運河が大切な役割を果たした事でしょう。

そのサムロン運河沿いに栄えた町で県内一番東にあるのが「バンボーBang Bo」です。その町の名の謂れも記しましたが、産業も移動も水とは密接な町だったのです。

20180218 SP 4

ちなみにサムットプラカーン県のバンボー郡は北東の角で少しだけチャチェンサオ県のバーンポー郡に接していたと思います。バーンポーはトヨタTMTがサムロン、ゲートウェイに次いで三番目の工場を建てて一躍脚光を浴びていますが、「水辺の村のバンบาง」と「家のバーンบ้าน」。「池のボーบ่อ」と「菩提のポーโพธิ(超有名なワット・ポーのポーです)」とタイ語だと全く違うのですが、日本語にするとややこしいですねぇ~

バンボーบางบ่อそして、バーンポーบ้านโพธิ์

話を戻しましょう(汗) 本当にこのブログは話が右往左往してなかなか進みませんねぇ~ 

まぁ、言いたかった事は、バンボーでもバーンプーでも、サムットプラカーン県でもチャチェンサオ県でも、そして多くのタイの町が・・・タイに住む多くの日本人にとって工場団地のイメージが強いはずですが、そうした所にも町や人々の記憶に刻まれた歴史があるって事です。

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それを感じ取るのは・・・自家用車や社用車で(そこがバンコクでなくても)高級マンションと工場を行き来し、日本人同士で日本食を食べ、休日には日本人仲間とゴルフをする・・・自らを駐妻と称し「ローカルな○○へタクシーで行ってランチ」なんてブログを書かれているような方々には、まずあり得ない事でしょう。

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さて、バンボーの町ですがバンナートラート通りとテーパーラック通り東端(画像下)を結ぶ3117号線沿いの2㎞程度に町は広がっています。バンナートラート通りもテーパーラック通りも工場が並ぶ産業道路ですので、その間に細長く町があります。

3117号線バンナートラート側
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3117号線テーパーラック通り東端
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20年以上前はサムロン運河を渡る所ぐらいが町だったのですが、今は上の画像の通りで全く面白くない工場団地周辺の町に見えます。夜は真っ暗で裸電球で照らされた屋台が並ぶ通りが、今は車のディーラーすら何店かこの通りにあります。3117号線の通りもこんなに幅広かったか・・・

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くどくなりますが、この町で好奇心を刺激してくれるのはサムロン運河沿いです。百年市場とか古市場と名付けてはなく、普通に現役で営業している運河沿いの商店ですが、間違いなくそこには周囲の町とは別に経過した時間の蓄積を感じます。

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その中心が3117号線がサムロン運河を渡る橋の下になります。通りは大きく変わりましたが、この橋と橋の下から運河沿いは昔のままです。

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ここには昔から続いているのだろう商店が並んでいます。多くの百年市場(タラート・ロイピー)と同じように運河沿いに板張りした通路を確保し、商品を運んだ船や周囲の家々から漕ぎだされた舟が舫われるようになっています。

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そんな店の中で歴史を感じさせる漢方・薬草店がありました。店中に薬の匂いが染み込んでいるかのようで、今で言うなら人気のカレー店の前を通る時のように2~3軒手前から匂いでこの店が分かります。

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Bang Bo 181

もちろん運河に面した食堂もありますし、運河を渡る風が通り抜ける床屋さんも営業されています。

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運河の南側は営業されている店もかなりあるのですが、北側はすでに寂れてしまっています。ここだけでなく、多くの運河沿いの古い町が同じようなのですが、水路中心から陸路へと変わって行った時の流れを感じさせます。

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さてバンボーへの行き方ですが、バンコク都方面からだと路線バス1本とバンボーが終点のロットゥーが3本あります。またチョンブリー行などバンナートラート通りを走るロットゥーでバンボーで降りる方も多いです。

20180319 Map

まず路線バスですが、バンナートラート通りを走る地方バス365番で3117号線の北端に行けます。365番はスクムビット通りでサムロン駅からバンナー駅も通ります。エカマイからチョンブリー行38番のロットゥーもバンボーのバス停で降りればその後は同じです。

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直接バンボー行のロットゥーは3路線ですが、その一つ戦勝記念塔からバンボー行のロットゥー129番もバンナートラート通りと3117号線が合流する近くが終点(画像下)です。このロットゥーの戦勝記念塔側の乗り場は「戦勝記念塔発着ロットゥー調査②全路線紹介」で詳細を書いています。

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この地方バスやロットゥーが発着するバンナートラート通りと3117号線の交差点からサムロン運河まで2kmで歩くと20分以上かかるので、画像下の空色ソンテウを使います。一律8バーツですが、バンボーの町とワット・バンボーの反時計回り循環路線なので、3117号線は北から南にしか行きません。

20180319 BB 17

53番(か53A)のロットゥーはテーパーラック通り東端の交差点近くに待機所(画像下)があって、バンナー・トラート通りを走りバンナー交差点まで25バーツで行きます。バンナー交差点では高速道路下ではなく昔からの北東角から出発です。

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ロットゥー1145番はサムロンからテーパーラック通りを走りバンボーまで行くので、途中のバンプリー古市場に行くにも使えます。サムロンでの乗り場は「インペリアル・ワールドImperial World」の南隣です(画像下)。BTSサムロン駅からだと1番出口からスカイウォークでサムロン運河を渡り左に降りた近くです。

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このロットゥー1145番はソンテウ1145番系統と同じルートを走ります。ソンテウだと一本で行けないでどこかで繋ぎますが、ソンテウだと真っすぐ(途中ケーハー・バンプリーで寄り道しますが)行けます。また以前は同じルートを走る1145番地方バスがあったのですが、最近見なくなりました。ロットゥーに代ったのかも・・・

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このようにアクセスが色々あるのも面白いですねぇ~ まぁ、私はロットゥーが苦手なのとアパート近くで地方バス365番に乗れるので、地方バスとソンテウで行く事が多いですけど(苦笑)

20180313 Map 3

最後に本シリーズの今までのエントリーです。

サムットプラカーン東部を行く①序章
サムットプラカーン東部を行く②スワンナプーム高架水路
サムットプラカーン東部を行く③バンプーの桟橋
サムットプラカーン東部を行く④海抜以下とサムロン運河

次回はバンボーからソンテウでクローンダンへ向かいます。

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2018.03.19 | コメント(0) | タイ・トラベル

サムットプラカーン東部を行く④海抜以下とサムロン運河

サムットプラカーン県でもバンコク都に近いサムロンやパークナムなどがある西部ではなく、チャチュンサオ県と接する東部『ディープ・イースト・サムットプラカーン』を紹介するシリーズです。

20180305 BP 2

前回は海に突き出た桟橋とその根元にある食堂を紹介しました。地元の方々だけが知る、ゆったりした時と海風が気持ち良い所で、このエリアへの公共交通も紹介しました。観光ガイドはもちろんネットでは書かれた事が無いだろう地です。

今回からはサムットプラカーン県の最東端になるバンボー郡のエントリーになります。東隣はチャチュンサオ県です。本ブログで何度も書いていますが、バンコク都を知る前にサムロンやパークナムを80年代から訪れていた私にとって20年以上前から良く知る地でもあります。

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前回までのバンプー同様にタイ語から始めてみましょう。くどいのですが、私はタイ語を話すのは超幼稚で読み書きは全く出来ず、地名など最低限必要なタイ語をパターン認識しているだけです。バスやソンテウに乗るのにいつの間にか覚えたと言うか、記憶しただけですね(汗)

カタカタで『バンボー』、英語だと「Bang Bo」ですが、「バンบาง」は地名によくある「水辺の村」の方のBangで、例によってバンナー、バンプリー、バンカピ・・・とバス乗りは嫌でも真っ先にパターン認識したタイ文字です(笑)

บางบ่อ

「ボーบ่อ」は「池」のボーです。たしかに初めてここを訪れた時から今も、池だらけです。行っても行っても池ばかりだったのが正直な印象です。養殖に使われている池も使われていない池もあるでしょう。昔は大きな工場団地が無かっただけで、その周囲は変わりはありません。塩が関係するのか稲作や畑が広がる地とも異なります。

こんな地域の特徴と、熱心な読者からのご質問もあったので、古い地図や画像が好きなブログですが、今回はいつもと違って標高図を出しましょう。これが面白いのです・・・青色が平均海面 (MSL)以下で水色同じレベルを意味しています。

20180313 Map

面白いのは、バンコク都東端に南北に走る深く広い溝が見られる事と、それがサムットプラカーン県で大きく広がっている事です。この標高図範囲だけで言うなら北はパトゥムターニ県のラーチャモンコン工科大学タンヤブリー校(画像下)から真南に向かっています。この大学と位置は「蓮ミュージアム」で書いています。

20180313 Univ

南北の大きな溝はミンブリーの東にある「ワリィピロム自転車公園Wareepirom Park」(画像下)を通り、スワンナプーム空港の北で大きく三角州(デルタ地帯)のようにサムットプラカーン県を中心に広がります。ワリィピロム自転車公園の位置は「アパート近くにこんな所があれば②自転車に乗るなら」で書いています。

20180313 Park

これはまるで古代のチャオプラヤー川の流れに見えないでしょうか? 専門知識がなくネットはもちろん今回は文献を調べたわけでないので、私的な勝手な古代への妄想で笑われてしまいそうですねぇ~

本シリーズの「②スワンナプーム高架水路」に書いているのですが、スワンナプーム空港の計画が公になった時に私を含めて地元の方々は『なんであんな湿地帯ですぐ水が出る所に・・・』と誰もが思ったわけがここにあるのです。空港周囲を3m程度の堤防を築き、特別な排水路を造っても・・・本当に大丈夫かと誰もが半信半疑だったのです。

そしてそのスワンナプーム高架水路のエントリーでちょっと触れたバンコク首都圏を守る2014年度の「キングスダイクKing Dike建設計画」ですが、これが人口密集度が高く政治経済の中心であるバンコクを守るべき堤防なのです。この海抜ゼロメートルの溝の西側に造られています。

20130313 King Kaeo

堤防と言っても高さ1mぐらい道路を上げるような考え方で歩いても気が付かないぐらいかと思います。画像上の空港西側のキンケーオ通りの中央分離帯もこの堤防の一部とされています。

これが2011年のように北からじわじわと洪水が迫った時にバンコク都を守り、人口非密集地帯へ水の流す考えです。この非密集地帯には空港もサムットプラカーン県の工場団地も含まれています。ただし、実態はズタズタで今のままでは役に立たないとハッキリ言えます。

別な話で、2015年に終えた日本の約55億円の無償資金援助が使わて、かさ上げされた国道9号線かさ上げ工事も洪水対策で、アユタヤ県からバンコク都でこの溝のすぐ西側になりキングスダイクに繋がります。

もっとも都心部ど真ん中でもゲリラ豪雨まで行かなくても、激しい雨ですぐに冠水するエリアが多いのは別な話です。そしてサムットプラカーン県で言えば、地盤沈下に海岸浸食、そして海面上昇と高潮の方が深刻な問題になるように私的には思えます。

話を戻しましょう・・・・(汗)

いずれにしてもこうした地であるのを実感させるのがバンボー(池の水辺の村)の意味です。

20180313 Hia

サムットプラカーン県の資料に寄るとバンボーは1930年に「バンヒアBang Hia」から変えられたそうです。バンは例の通りで「ヒア เหี้ย」はミズオオトカゲ(画像上)の意味です。まぁ、それもこの地を現していたとは思うのですが、タイでは人を罵倒する時にも使われる言葉なのでさすがに具合が悪かったのでしょう。

話を戻しましょう・・・・(汗)

サムットプラカーン県の他の郡同様に、バンボーも誰もが知るだろう日系大企業の工場があるのですが、大幹線道路のバンナートラート通りやスクムビット通りが整っていない時代は水路沿いに町が点々として、周囲は池がずっと続いていた事でしょう。

バンボーの中心部にはそんな昔をしのばせる風景が残っています。サムロン運河が三叉路のように交差する所です。

20180313 Samrong 1

サムロン運河はチャオプラヤー川とバンパコン川を東西に結ぶ運河です。直線距離だと50㎞ぐらいだと思います。サムロン、バンプリー、バンボー、そしてバンパコンを結びます。

サムロン:多くのエントリーがありますが「⑥来月BTSが通るサムロン」がまとまっています。

20180313 Samrong 2

バンプリー:多くのエントリーがありますが「⑧バンプリーで絶対に行くべき寺」がまとまっています。

20180313 Samrong 3

バンボー:今後のエントリーですね(笑)

20180313 Samrong 4

サムロン運河はちょっと離れていますがバンナートラート通り(画像下)の南側、そしてテーパーラック通り(画像下の下)のすぐ北側を流れます。

20180313 Road 1

トヨタ、日産、ホンダ、いすゞ、日野と言った早くからの自動車製造業の進出があり、サプライチェーンも県内至る所で見られ、バンプー、バンプリー、バンボーと言った工業団地を支える幹線道路が走るサムットプラカーンですが、そんな道路がない時代はサムロン運河のみが県の東西を繋いでいたのです。

20180313 Road 2

バンナートラート通りやテーパーラック通りのような産業道路と言える新しい道は別にして、「バンコク・サムットプラカーン道路」がスクムビットと名を変えたのが1936年9月8日です。その翌年1937年の地図が以下です。

20180313 Map 1

この地図はタイ国鉄より早く1893年に開業した外国資本の民間鉄道でパークナム線の一部です。タイで最初の鉄道がパークナムからファランポーン近くまで走っていたのですが、その痕跡を追っての街歩きもしています「⑤タイ初の鉄道跡を通りサムロンへ」が、この時点でも(今のスクムビット通りが)サムットプラカーン道路として工事中(Under Consutruction)になっています。

要はちゃんとした道路など無かったのですが、注目すべきは鉄道のサムロン駅に「Landing Boat to Chachoeng Sao」と記されているのです。もちろん「サムロン運河Khlong Samrong」の事です。ここからチャチュンサオへ運河船で行くのが常だったのでしょう。

20180313 Map 2

画像上が1954年のサムットプラカーン県で、私がよちよち歩きを始めた頃でしょうか(笑)スクムビット通りに上記のパークナム鉄道、それ以外で・・・市街地がパークナムにあるぐらいでしょうか、この地図でもサムロン運河が東西交通の重要な役割だったのが理解できます。

サムロン運河がいつ出来たのか調べた事があるのですが、英語の文献に『アユタヤの記録に15世紀末にサムロン運河の浚渫を行ったとの記録がある』と読んだ事があるのですが、そこまで古いのか疑問でそれ以上調べるを止めしてしまいました(汗)

20180313 Bang Bo 1

いずれにしてもバンプリー古市場も120年ぐらいだったと思うので、バンボーの町も百年以上の歴史があるのでしょう。もっとも運河沿いの古い家並み以外は全くそんな感じがしないで、周囲の工場団地と新興住宅で賑わいある所です。

その古い家並みが残っているのがサムロン運河が三叉路になる所です。サムロンがある西から来た運河はバンボーで南と東に別れます。東に行けばチャチュンサオでバンパコン川に接し、南はダン運河でタイ湾へ接しています。そこがクローンダンの町(画像下)です。

20180218 SP 5

さて・・・次回からはバンボーの古い家並みが残っている運河沿い、そしてバンボーから南下してクローンダン、その後に海沿いのスクムビットを通り海に突き出たワット・ホントーン、その後にバンパコン川河口を見るショートトリップになります。

20180313 Map 3

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2018.03.13 | コメント(2) | タイ・トラベル

サムットプラカーン東部を行く③バンプーの桟橋

サムットプラカーン県でもバンコク都に近いサムロンやパークナムなどがある西部ではなく、チャチュンサオ県と接する東部『ディープ・イースト・サムットプラカーン』を紹介するシリーズです。

20180226 BP 2

前回はスワンナプーム空港を洪水から守る為に造られたスワンナプーム放水路とその高架放水路を紹介しました。まぁ、そんな事を書くブログは他には無いと思いながらも、こうした人が作り出した構造物が好きなのです(笑)

観光地はもちろん大自然なんかも全く興味がないのですが、人々の生活や暮らし、そして人々が作った構造物が好奇心の対象です。

今回も人が作り出した物であるのは間違いないのですが・・・ここも何もブログに書くような所ではないなぁ~って思っています。

20180218 SP 2

ただ海へ突きた桟橋で、船が横付けされる構造ではないので、何のために作ったか?全く分かりません(汗)そして、本当は桟橋とも呼べないのかも知れません。

実は・・・たくさんありそうですが、チャチュンサオ県、サムットプラカーン県、バンコク都、サムットサコーン県、サムットソンクラーム県とタイ湾北側は遠浅で浜辺がなくてマングローブの林が続く塩性湿地帯です。

20180305 Map

海に面している上記の1都4県では、波が打ち寄せる海を見る・・・なんて事はまず出来ないのです。もちろん今回のシリーズで登場する海に突き出た桟橋やお寺に食堂なんかはありますが、それらは特殊な所だと言えます。

そんな特殊な所でサムットソンクラーム県の船で行く干潟の貝狩り(未エントリーです)や、バンコク都でも「最も心細かった路線バス後編 バンコク都の海」で書いた船で行くレストラン(画像下はお店のホームページからです)なんて所もありますが・・・どこもオッサン一人が行くような所ではないのが残念です。

20180305 Bkk Sea

西だとチャアムが有名なペッチャブリー県、東だとバンセンが人気のチョンブリー県あたりからビーチで呼べる所が出て来ます。チャアムの先はホアヒン、バンセンの先はパタヤと世界的な観光地になって来ますね。

さて、そろそろ本題に入りましょう(汗)

サムットプラカーン県で私が知る限りですが、海に突き出た桟橋は3カ所です。全てバンプーにあります。一つは少しはディープな観光ガイドや日本人ブログでも書かれているだろう有名観光地になる「バンプー保養地Bangpoo Resort」で、バンプー・シーサイド・レクリエーション・センターとかカモメ食堂なんても言われているかも知れません。

20180305 BP 1

バンプー・リゾートは有名過ぎるので本ブログの対象外ですが、いかにも日本人ブログやフリーペパーで『ローカルな○○へタクシーで・・・』なんて書かれている気がします(笑) 普通に(私が20年近く前に銀行口座を開き歯医者に通った)パークナムからソンテウで8バーツで行けるのですが・・・

バンプー・リゾートの東に行くと、観光の方々が来ない地元の人々が楽しむ海に突き出た桟橋が2カ所あります(本当は小規模な桟橋がもう1カ所あるのですが)。1カ所は「ワット・ラッブルムングWat Rat Bamrung」裏で、残りの1カ所が今回エントリーするスワンナプーム放水路近くの桟橋です。実はここがもっとも海に突き出ていて、良い雰囲気です(笑)。

20180305 BP 2

さて、前回はスワンナプーム高架水路を過ぎてすぐのソイ(路地)「テーサバーン・バンプー126 Thetsaban Bang Pu」でソンテウを降りました。路地の奥、海に向かって歩きます。

20180305 BP 3

ソイの中に入ってすぐはどこにでもあるような普通の路地なのですが、すぐに右側に小さな川が見えて来ます。そこには沿岸で使われている小さな漁船が舫われています。チャオプラヤー川や周辺運河を行き来するロングテールボートより小さいですねぇ~

20180305 BP 4

冒頭に書いたタイ湾北部で海に接する1都4県は沿岸部に大きな漁港がなくて、バンパコン川、チャオプラヤー川、ターチン川、そしてメークロン川の河口近くに漁港があります。このシリーズで登場予定のクローンダンはそれらの河口漁港に次いで大きな漁港でしょう。それ以外はここのように小さな川に小さな漁船を舫っているのです。

のんびり歩いて10分で海が見えて来ました。

20180305 BP 5

桟橋の根元には海の上に建てられた1軒の食堂があります。その手前にはお客さん用の駐車場にお土産の屋台、それだけの所です。数年ぶりに来ましたが、いやぁ~懐かしいです。

20180305 BP 6

20180226 BP 5

桟橋は近所の子供たちが遊びに来ていただけでした。釣りだと思うのですが、何か桟橋の下にいるのでしょうか・・・ 他の子ども達は枝に糸を付けて釣るようですが、こうして毎日遊ぶのですねぇ・・・いいなぁ~

20180305 BP 7

20180305 BP 8

桟橋の先には東屋があって、ここも子供たちの遊び場のようです。ここから見る海は本当に広くて気持ちよいです。

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桟橋の東西は海岸の侵食を防ぐ防波堤以外は何もないですねぇ~ 

20180305 BP 10

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さて遅めのランチと思って桟橋の根元、海の上の建つ食堂へ行くと・・・満席状態です。以前の記憶だとガラガラなのですが、皆さん車で食事に来ているようです。オッサン一人が相席で入り込むのは気が引けて諦めてしまいました。

20180305 BP 12

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バンプー保養所ほどでもありませんが、ここにもおねだりカモメがたくさんいます。きっと食堂のお客さんが餌を与えるのを覚えているのでしょう。桟橋根元にある一軒だけのお土産さんも人気の様です。

20180305 BP 14

20180305 BP 15

お腹が空いていたまま桟橋を後にしてスクムビット通りへ戻りました。画像下ではちょうど道路反対側のクローンダン行ソンテウが停まっていますねぇ~ パクソイで待つ事10分ぐらいでパークナム行のソンテウが来ました。

20180305 BP 16

20180305 BP 17

ソンテウは観光客に人気のバンプー保養所(バンプー・リゾート)や小型化した古代都市テーマパークの「ムアン・ボーラーンAncient City (Mueang Boran)」前を通ります。もっともこの辺りは別なソンテウ路線がたくさん走っています。

Mueang Boran 181

20180305 Map 1

ムアン・ボーラーンを過ぎたらパークナム近くでBTS延伸区間の最南端と車両基地(画像下)が見えて来ます。BTS延伸区間の全てを詳細に見たくてサムロンからこの辺り(ケーハ・プラット・プラカーン)まで歩いた事があるので、もうこの辺りは地元に思えます(笑)「全て見せますBTS延長部と新駅4」でその時のエントリーにたどれます。

20180305 BP 18

私は料金が高いのでBTSは1年以上乗っていませんが(汗)バンコクではBTSとその沿線周辺が大好きな日本人の方々が多いので、この辺りまで開業するとパークナム以東のスクムビット通り周辺も大きく変わるのかも知れませんね・・・そんな事を考えていたら終点です。ソンテウにしてはかかなり長距離を乗って18バーツでした。

Songthew 1140 PN 181

クローンダン~パークナム間のソンテウ1140番(同じ番号で行先が異なるソンテウが多いです)の起点はサムロン方面行きの路線バスでウィブーンシー市場過ぎのバス停横(画像上)です。って言う事で簡単にバスに乗り換えて帰りました。

20180305 Map 2

このバス停前は一方通行なので路線バスはサムロンなど北行だけです。サムロンなどから来た場合はワット・ピチャイ・ソンクラーム前がバス停になります。パークナムの路線バスは以下の通りです。

 25 プレークサ通り~スクムビット通り~ヤワラー~ター・チャーン
102 パークナム(プレークサ)~ クロントゥーイ~セントラル・ラマ3
142 パークナム~バンナー~高速経由~ラマ2世通り~サメーダム
145 プレークサ通り~バーンカピ~北バスターミナル
365 パークナム~サムロン~バンナー~バンボー~バンパコン
507 パークナム~ファランポーン駅~新南バスターミナル
508 パークナム~スクムビット~サイアム~ワット・ポー
511 ファームチョラケー車庫~スクムビット通り~新南バスターミナル
536 パークナム~高速経由~戦勝記念塔~北バスターミナル
1141 パークナム~バンナー~ララムカムヘン大学2
1196 パークナム~シーイアム

今回はバンコク民営化新路線バスR26E番に乗った帰りで意図せずバンプー地区の桟橋に行きましたが、普通はパークナムからソンテウで向かうのが良いかと思います。近くのムアン・ボーラーンやバンプー保養所へは、上記のソンテウ以外にも同じ1140番でも「36」(スクムビット36㎞の意味)と記したソンテウが行きますが、その種類は非常に多いので行先表示に注意です。

Songthew 1140 PN 182

もっとも私ならクロコダイル・ファーム行き路線バス511番、536番などでBTS新駅サイルアット駅あたりからソンテウに乗りますが・・・その方がソンテウ乗車区間が短くなのからです。

一般的な日本人の方々がこうした桟橋に行くとは思えないのですが(汗)ムアン・ボーラーンやバンプー保養所を含めてこのエリアに行く一番良い簡単で早い方法があります。私的には苦手なロットゥーですが、サムロンからクローンダン行が出ていて、ずっとスクムビット通りを走り、これも1140番です。

20180305 Van 1

このロットゥーは他の路線以上にちょっと乗りの方々が多いように思えます。パークナムやバンプーなどスクムビット通りを移動する時は非常に便利なので覚えておきたいロットゥーです。

サムロン~クローンダン間は35バーツ、サムロン~バンプー保養地なら20か25バーツだと思います。乗り場が分かり難いのですがスクムビットSoi109と111の間の画像の所からです。

20180305 Van 2

さて、次回は二日目と言う事でさらにサムットプラカーン県の東側に行きます。最後に今までのエントリーです。

サムットプラカーン東部を行く②スワンナプーム高架水路
サムットプラカーン東部を行く①序章

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2018.03.05 | コメント(8) | タイ・トラベル

サムットプラカーン東部を行く②スワンナプーム高架水路

乾季でも時々激しい雨が降るのが今季の特徴に思えます。昨日はパトゥムターニ県とノンタブリー県を歩き、アパートまで帰るのに乗り換える戦勝記念塔行の路線バスに乗っていたら・・・

20180226 VM 1

いつも戦勝記念塔でバスを乗り換えて帰るのが高速経由の139番のバスです。高速道路を降りてバンナートラート通りを走る路線で、バス停からアパートまではちょっと歩かなくてはなりません。

地響きを伴うような雷雨を見ながら・・・濡れずに帰るルートをGPSとバス路線図に詳細マップ内蔵の60年以上使っている頭脳をフル回転です(ただスマホを持っていないだけ)。

アパートに近くで急げばあまり濡れないのがシーナカリン通り沿いのバス停なので、139番を諦めてどうしたもんかと考えると・・・今年1月16日にスタートした民営化新路線の「R26E番」を思い出しました。私的には非常に良いルートですが、本数が多くないのであまり使う機会がありません。

20180120 Bus 1

このバス、町で見る度にガラガラでしたし、10日ほど前に乗ったらまだ(当初は1月20日までだった)無料でした。今回乗ったら車内に掲示があって2月16日から12月15日まで一律13バーツですって。何か始めてお客が来なかったらキャンペーンで値下げをするタイではよくあるやり方です。

20180226 VM 2

実は、この新しい路線バスが今回のショートトリップをする機会となりました。このバスがサムットプラカーン県で海辺のスクムビット通りを一部走るのです。

20180120 Map

Bus R26E Sukmvit

この路線バスに最初に乗った時の事を「バンコク新民営化路線バスで突発車上オフ会?」でエントリー済みですが、終点の建設中の大きな病院で帰りのバスを待つのが嫌で、周囲に何もない所を歩きだしました。

20180120 Bus 10

この時のエントリーで最後に次のように書いています。
『スクムビット通りに出れば、ソンテウやロットゥーが走っているし、どこへ行くにも何とかなりますから・・・ 続きがあるかも。』

さて前置き話はこれぐらいで、本題に入りましょう。

サムットプラカーン県でもバンコク都に近いサムロンやパークナムなどがある西部ではなく、チャチュンサオ県と接する東部『ディープ・イースト・サムットプラカーン』を紹介するシリーズです。

元々、20年ぐらい前から私的には何度も行った事があるのですが、当時は自家用車での移動ばかりでした。今回はそんな昔を思い出しながら、地元の人に尋ねながらソンテウ中心の旅です。

実は、今回のショートトリップは2回(二日)に別けて行いました。最初は意図せず行ったのですが、それで昔を思い出して土地勘があった所を回ったのです。前回は序章で簡単な概要だけだったので、実質1回目の今回ですが・・・

20180218 SP 2

今回は『バンプー』です。英語だと「Bang Poo」や「Bang Pu」もあるようですが、「バンบาง」は地名によくある「水辺の村」の方のBangでバンナー、バンプリー、バンカピ・・・とバス乗りは嫌でも真っ先にパターン認識したタイ文字です(笑)

「プーปู」はタイ語を見ると(読んでいるわけではないです)『カニ』のプーです。外食時にも使いますが、私的には苦手で「プー」と「ポー」の中間をなかなか正確には発音できないプーさんです(笑)

บางปู

しかし、なぜ『蟹村』なのか? サムットプラカーン県に六つある郡の中でも県庁所在地がある「ムアン・サムットプラカーン郡」で、その郡内東で海に面している地区ですから・・・やはり蟹の産地なのか? 現在は工業団地と海辺のイメージが半分半分でしょうか。

さて、そんなバンプーへ『意図せず』行ったわけは・・・冒頭に書いた路線バス民営化(BMTA管轄外)最初の路線バスR26E番で終点に行ったからです。

終点からバスが走って来たスクムビット通りへと歩いて向かいました。ソンテウもモタサイもないし、野犬が怖い周囲は野原だけが続く道を徒歩30分。終点には野原の真ん中に建設中の病院だけですから、何も終点まで行かないでスクムビット通りでR26E番を降りたら良いのですけどね。

20180120 Bus 12

スクムビット通りに出るとそこはもうバンプー地区です。どうしたもんか考えながらランチがまだだったので、過去の記憶を頼りにまずは海辺の食堂に行く事にしました。確かここからすぐの所に良い場所があったはずです・・・

スクムビット通りに出た所で通りの反対側でソンテウを待ちました。バスは画像下の小さな橋を渡り、その先が病院です。バスならここで降りれば良いわけです。

20180226 BP 1

大して待つ事もなくソンテウが来ました。クローン・ダンKhlong Dan ~ パークナムPak Nam 間で海辺沿いのスクムビット通りを走るソンテウで1140番です。パークナムで乗るバス停すぐ横で待機しているので、幸い何度も見た事があるソンテウです。

このソンテウに乗ってほんの数分で(通称)「スワンナプーム高架水路」の下をくぐります(画像下)。日本はもちろんタイでも関係者以外はあまり知られていない水路ですが、空港を洪水の水没から守る為に造られた高架放水路です。

20180226 BP 3

空港建設当時(私の前在住時)に建設予定地を聞いて、この地を知る人が誰もが「あんな所は雨が降ったらすぐ洪水だ」と驚いたぐらい土地が低く地盤も悪い所だったのです。そこで空港を囲うように水路が造られ、サムロン運河も経由してここから海へ放出するのです。

確か10m以上ポンプで揚水して一気に海へ放出する大きなポンプ場もここにあります。放水している自前画像がないので(汗)GooglMapsに貼り付いている画像から拝借しました。

20180226 BP 2

路線バスに限らずエントリー済みのBTS・MRT・SRTなどの都市型高速鉄道網の延伸状況やチャオプラヤー川の橋などと同様に、バンコク都と周辺地域の洪水対策も公共事業ファン(笑)には興味深いものがあります。バンコク首都圏を守る2014年度のキングスダイクKing Dike建設計画とその実態もいつかエントリーしたいものです。

話を戻しましょう(汗)

ソンテウを降りたのはこのスワンナプーム高架水路を過ぎてすぐの所です。「テーサバーン・バンプー126 Thetsaban Bang Pu」とソイ名があります。

20180226 BP 4

このソイを海に向かって行くと、海に面した食堂、そして海に突き出た桟橋があるのです。この桟橋から高架水路の海への放出口が見えるかと思ったのですが・・・画像下で食堂の右後ろが放出口になります。

20180226 BP 5

長くなったので、次回に続きますが、最後に今回歩いた地区のバスルート、ソンテウルートの地図が以下の通りです。

20180226 Map

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2018.02.26 | コメント(5) | タイ・トラベル

サムットプラカーン東部を行く①序章

新シリーズの始まりです。

「サムットプラカーン県Samut Prakan」はバンコク都の南と東で接していて、早くからタイに進出した日系企業の工場も多いので、古くからタイを知る日本人にはお馴染みの県かと思います。

私的にもタイで最初に持った銀行口座も最初に行った歯医者も、県庁所在地の「パークナムPak Nam」(画像下)でした。

Pak Nam City 2

もう大昔の事ですが、最初にタイに来た30年以上前からパークナムもサムロンSamrongもバンプリーBang Phliにも行っていました。スワンナプーム空港なんて計画も無かった時代ですねぇ~

ただ、サムットプラカーン県は首都圏周辺の工場地帯のイメージが強く、サムロンなどそれらの工場への労働力供給の町が点在、そしてもっと東に行けば養殖池がずっと続いていたように覚えています。

20170219 Map 1

アクセスも良くないので観光の方はもちろん都心部にお住まいの日本人も、仕事以外では行くような所では無かったかと思います。

それが昨年2017年4月3日にBTSがサムロン駅まで延伸されたので、出かける先どころかお住まいになる方も増えているのではないでしょうか。

そこはBTS高架沿いにマンションが建ってサムットプラカーン県って言うより、スクムビットのオンヌットやウドムスックの延長のような感覚なのでしょう。

20180218 SP 1

7年以上前(2011年以前)はオンヌット止りだったBTSの先ウドムスックやバンナーが、今はさらに先の「プーチャオ・サミング・プライPhuchao Saming Phray」や「プレックサーPhraeksa」あたりまで似た様子になっています。

そんな変わろうとしているサムットプラカーン県、30年以上前から知っている事もあって本ブログでは多く登場しています。単独のエントリーを書いたらキリがないのですが・・・

BTS延伸区間を全て歩き全区間全駅を「全て見せますBTS延長部と新駅4」で2年前に書いています。チャオプラヤーに沿って要塞跡を歩いた「首都防衛要塞を行く⑤プレーン・ファイファー要塞 Season1最終回」、そして「ソンテウで行くサムットプラカーン⑧バンプリーで絶対に行くべき寺」なんてシリーズもあります。

そんな中で開業なったBTSサムロン駅から行きやすい観光地だけをまとめ、「公共交通で行くサムットプラカーン県観光見所」をエントリーし以下の地図にある所を紹介しています。

20170603 Map

これだけ多くの所を書いていますが、有名観光地は書かないこのブログが得意の『ネットで初紹介(たぶん)』は1~2カ所だったと思います。観光地そのものの「サムットプラカーン クロコダイルファーム&ズー」「ムアン・ボーラーン」「バンプー保養地」は公共交通でのアクセスだけ書いて、中身は他のブログにお任せです(汗)

それで今回です(笑)

今までサムットプラカーン県でもバンコク都に近く、BTSとスクムビット通りにも近い西部を書いていましたが、今回のシリーズは『ディープ・イースト・サムットプラカーン』で、県内最東部から一部チャチュンサオ県にかけての原風景が残る所を紹介しましょう。

どこも(たぶん)ネットでは書かれた事がない地でしょう。もっともネット検索をしないしない主義なので分からないのですが(汗)そして、もちろん公共交通のみの利用で行く事が出来ます。

バンボー古市場
日系大企業の大きな工場もある工業団地が周囲にありますが、サムロン運河沿いには水路が運搬手段の主だった時代の面影を見る事が出来ます。

20180218 SP 4

クローン・ダン
サムットプラカーンの古い漁港(魚村)で、チャオプラヤー川河口のパークナムとバンパコン川河口のバンパコンのちょうど中間にある漁村から発展した町です。

20180218 SP 5

バンプー桟橋
海軍施設で観光地バンプー保養地とは違います(笑) 海に突き出た桟橋以外は何もありません。(月並みな言葉過ぎますが、この辺りでは当たり前の)安くて旨いシーフード食堂があるだけの漁村です。

20180218 SP 2

ワット・ホントーン
周辺県のタイの人々には有名なのかも知れません。チャチュンサオ県側かと思いますが、サムットプラカーン県との県境で、海上のお寺です。

20180218 SP 3

バンパコン
チャチュンサオ県バンパコン川河口の古く小さな漁港です。

20180218 SP 6

次回からいよいよサムットプラカーンのディープ・イーストへのショートトリップです。

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2018.02.18 | コメント(6) | タイ・トラベル

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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