空港で行きたい飲食店 8位の実力は?

前回のエントリーで今週はメキシコで仕事と書きました。実際は毎朝テキサスから国境を越えてメキシコ側で仕事をして、夕方にはまた国境を越えてテキサス側のホテルに戻る事を繰り返しています。

もうだいぶ昔のことになるのですが、メキシコ側の町で食事をしたり、メキシコ側の空港を使ったりした事がありました。今は治安が悪くてメキシコ側では会社内で仕事をするだけなのが残念です。

このテキサス側の町に来るのにアトランタからだとヒューストンで乗り継ぎするのが一般的かと思います。

乗り継ぎするジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル・ヒューストン空港ですが、アトランタから来ますと、馬鹿でかい地方空港の感がします。別に悪い意味ではなく、設備はどこもきれいで、移動にストレスは感じないのは通路からトイレでどこも大きく作られているのに、人が少ないためかと毎回思ってしまいます。

それはアトランタのハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港があまりに混雑し過ぎているからでしょう。国際線用のFターミナル以外は通路を歩くのに人を避けて動くことに疲れますし、トイレは男性用でも列が出来るほど狭くて混雑しています。ゲート前のスペースは狭くどこも人だかりが出来ています。

私が田舎者だからもありますが、アトランタ空港内の混雑は本当に疲れるのです。それに比べてヒューストンは全てがゆったりと造られている様に思えるのです。

今回そのジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル・ヒューストン空港で乗り継ぎしたのですが、多少乗り継ぎ時間がありました。

そこで以前本ブログでも紹介した、CNNが発表した「米国、空港で行きたい飲食店ベスト20」で8位になった「アーバンクレイブ」の「ソノラン・ドッグ」に挑戦しました。

私はターミナルAに着いて次のフライトがターミナルBだったのですが、アーバンクレイブはターミナルCのゲート33近くにあります。いったんターミナルBを通り越してターミナルCに向かいました。

Urban Crave

幸い時間が昼の12時前だったので先客がお二人だけでした。奥にテーブル席もありましたがカウンターに陣取り、まずはワインの注文。Cabernet Sauvignonをグラスで頂きました、予想外に美味しいワインでした。まぁグラスで8ドルもしましたけどね。

もちろん注文はソノラン・ドッグSonorang Dogで、待つ事15分で登場。なかなかの迫力です。ドッグですが手で持ち上げて食べるのは難しく、皿に乗ったままナイフで切ってフォークで頂きました。

Urban Crave Dog

ソノラン・ドッグは長さが約25センチもあるビーフ100%のソーセージをベーコンで巻いてパンに挟んだ高級ホットドッグです。
マヨネーズ、マスタード、ケチャップ、トマト、オニオン、ハラペーニョ(青唐辛子の一種)、サルサ・ヴェルデ(パセリで作った緑色のソース)が掛かり、黒いお豆がトッピングされてメキシコ料理らしさが演出されています。

味は(私にとっては)全く辛くなく予想外。とろけているので定かではありませんがたぶんチーズも入っていると思います。香ばしく焼かれたソーセージにカリカリのベーコン、それらに爽快感あるサルサのソースが絡むのが絶妙です。
これはあくまでもドッグで、ドッグとしては美味しいですが、それ以上のものでもありません。また9ドルのお値段は良心的ではないでしょうか。

今回はカジュアルなドッグでしたが、行く先々の空港で楽しみになる食べ物があるのも旅の面白さですね。

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2013.07.31 | コメント(0) | トラックバック(0) | アメリカ生活

死ぬ前に飲むべき1001ワイン

今週はメキシコで仕事なので、テキサスの国境の町に来ています。

さて、いつも通りに突然の話なのですが、私は数年前から身を軽くすることを心がけています。いえいえ!体重じゃなくて、身の回りの物の話し!! 残念ながら体重は重たくなるばかりです(汗)

アメリカでの駐在員とか出向者だったの立場から帰国し退職、その後すぐアメリカに戻り現地採用で雇われた時から覚悟しているのです。いつ解雇されても仕方ないことを。
だから日本へ帰る(一時帰国ではなく)時は、アメリカで使っていた物は処分しスーツケースひとつで帰るつもり。その為に日頃から物を溜め込まない主義を貫いています。

って言っても、8年以上前のアメリカに赴任した当時から溜め込んでしまったものがあり、それらを現地採用になってもそのまま持ているわけですから、かなりの荷物があるのです。それをコツコツともう2年以上捨てているのです。

洋服はなぜか年々肥大化する身体にサイズが追いついて来ないので、着なくななった(正しくは着れなくなった)ものをどんどん捨てています。
撮りためたカレッジフットボールのDVDも観る事無く100枚ぐらい捨てたでしょうか(涙) パソコンを自作していたので改造する度に増えていった部品も毎週悩みながら捨てました。ワインはコレクション級は一時帰国のたびに日本に持ち帰り保管していますので、残ったものは全て飲んでしまう予定です。

本屋や雑誌はかなり前から捨てていました。今ではワインの本が数冊残っているだけ。その中でまるで辞書のように分厚く重たい本が最終的には残りそうです。それが今日のお題の「死ぬ前に飲むべき1001ワイン」なんてキャッチーなタイトルでしょう(笑) 
執筆者はかなりの人数ですが日本人の名は見当たりません。監修がニール・ベケット氏で英語のタイトルが・・・YOU MUST TRY BEFORE YOU DIE ってそのままですね。

1001 Wines

新刊本は読み終えたらすぐ捨てる。以前買って持っている本も整理して捨てている。でも、この本は捨てられないと確信しています。そう頻繁に読み返すわけでもないのですが・・・

先日のエントリーで、本や雑誌をスキャナ等を使ってデジタルデータに変換する「自炊」について書きましたが、この本は画像のように分厚く960ページもあります。この本こそ自炊してデジタルデータとして保存できたら最高なんですけどね。

えっと、本当に厳選された1001のワインが紹介されているか数えたことはないのですが、アメリカのワインは・・・・カリフォルニア州が76、ニューヨーク州が5、オレゴン州が3、ワシントン州が6で、テキサスが1、合計91のワインが紹介されています。

冒頭に書いたように私は今、テキサス州のメキシコ国境近くの町に居るのですが、このテキサスにもワインを産しているのですねぇ! このテキサスの一つはLlano Estacadoと言うシャルドネです。テキサスの高原にあるようですねぇ~ そもそもテキサスに高原があるの?? 興味深いですが、未経験のワインです。
近かったら行きたいなぁ!!
それから・・・日本はゼロ!全く紹介されていません。

91のアメリカのワインで私が飲んだことあるワインですが・・・ざっと見て29だけでした(涙)ブログを書きだした前で記録がないワインも多いので、飲んだつもりになっているワインも多いかも(汗)
これじゃぁ当分死ねそうもないですねぇ~ それって安心?

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2013.07.29 | コメント(0) | トラックバック(0) | ワイン

海外で日本のテレビ番組を観る

前々回のエントリーでテレビ東京の深夜番組「孤独なグルメ」をインターネットで観ていることを書きました。

その時も書いたのですが、私はアメリカで一般的なケーブルテレビを解約して、基本的にテレビの受信が出来ません(集合住宅のアパートなので微妙な部分はあるのですが・・・)。それもアメフトシーズンが始まる9月には考え直さないといけないのですが、今現在はそれでも不自由していません。

忙しくてテレビを観る暇がない・・・なんてカッコイイ話じゃなくて、節約したかったのが一番の理由でした。

何年もなんとなく観ていた日本語放送JSTVも最近でこそ安定していましたが、当初は頻繁に固まった画面になったり、全く映像が出ないのが何時間か続いたりした事がありました。そんな時は日本語放送JSTVにクレームすればケーブル会社Comcast側が問題だと言うし(実際にそうで電話したら観られたこともあったけど)、こんなジョージアの田舎町では観る人も少ないのか、そんな不満がたびたびありました。

日本語放送を観る唯一の理由だったニュースも、「放送権の問題」で映像が出ない(オリンピックのニュースなど最悪)内容が多いのにもストレスを感じていました。番組編成もNHK主体になるのと、短尺の意味が無い映像を多発して時間調整するのは分かりますが、肝心な時間に日本では絶対に観ないだろう番組だったりしたのもストレスでした。

それで・・・節約理由だったのが日本語放送を止めたら、そんなストレスがなくなったのです。
やがて日本語放送の代わりに、インターネットの動画で気になる番組だけを探して観るようになったのですが、NHK以外はかなり古い放送を流していたのですねぇ~ JSTVさん! まぁ、私はアメリカで9年目ですから、古くても気がつかなかったのですけどね(笑)

この画像はオリンピックのストリーミング配信を観ていた時のものです
Olympic

ところで私は一時期、アメリカで日本のテレビを観る方法をかなり調べたことがあります。ロケーションフリーなどと呼ばれた日本に受像機を置いてネットワーク経由でアメリカで視聴する方法や、怪しげな業者まで(笑)

法的にはけっこうグレーな部分が多く、費用もテレビを観るだけにかけるは嫌だったので、結局その時は何もしなかったのです。

じゃぁ今はどうやって観ているかと言うと・・・インターネットを通してパソコンで動画を観ているのです。正確に言うとパソコン経由でテレビに映し出して観ています。

日本でのテレビ番組の動画って、著作権法に反してアップロードされているわけで、メジャーな番組などかなりの確立で削除されたりしていますが、孤独なグルメのように非常にマイナーな番組だと、今でもインターネット上で探すと結構見つかります。

また日本のテレビ番組の動画って著作権法の関係からアップロード先は中国や韓国が多いようで、サーバーがある自国でしか観られないようにされる場合(要は日本でもアメリカでも観られない)も多くあります。まぁ、それはそれで解決方法がいくつかはあるのですが・・・(汗)

それとインターネットの動画って、パソコンの性能や通信回路、それと送り側の能力で満足な画像でなかったり、カクカクと動きが止まったりすることも多いのですが、それはそれでまた何とかする方法を見つけて対処しています(汗)

なんだか歯切れが悪い書き方が多くなり申し訳ないのですが、日本では違法にアップロードされた動画をダウンロードすることは違法。視聴することは今のところ違法ではないようですが、グレーな領域なので、こうした行為をする場合は個人責任でよく注意してください。

法的な問題もありますが、怪しげなサーバーに違法にアップロードされたものに接続するのですから、それなりに覚悟と対処するスキルも必要です。私の経験で言うと、けっこう厄介なものも一緒にパソコンに入って来る場合が多いですから、あまりパソコンに詳しくない方は距離を置いたほうが無難です。

日本のドラマやバラエティーがいくら観られても、私はリアルタイムに近い形で日本の報道番組が観たいのですが、実はインターネット経由だとこれが出来ていません。

せめてNHKのニュースぐらい、ライフラインとしての役割もあるので、海外に住む誰もがどこからでも気軽にインターネットを通じて観られるようになって欲しいものです。(NHKワールドラジオは可能ですが)

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2013.07.27 | コメント(0) | トラックバック(0) | アメリカ生活

久しぶりのオレゴン・ピノ Oregon / Bergstrom Cumberland Reserve Pinot Noir

先日の日本に戻った時、嫁さんと娘から「ダイエットしなさい!」とキツク言い渡されたので、実はアメリカに戻ってからはあまり飲んでいません。

って、言うか・・・先週は休肝日が二日もあって、今週はすでに一日は休肝日済み。これが続くとは自分自身が全く思ってもいないのですが、とにかく一年365日毎日飲んでいたのがストップしました。

元々、アメリカじゃご飯をたくさん食べる事はなかったですし、運動は持病があって当面出来ないので、仕方なくアルコール摂取を少なくすることにしたのです。それにさすがに毎日飲むことが悪いとは考えていたので・・・だったら早く休肝日を作ったらいいのにねぇ~ それが出来ないのが飲兵衛なんです。ハイ・・・

じゃぁ、それでこのままアルコールを控えたら痩せるかと言うと・・・私は酒飲みですが甘党でもあって、先日の休肝日は口寂しいので日本から持ち帰った羊羹を食べ、ウイスキーのつまみ用のアーモンドを食べ、アイスクリームまで食べてしまいました。

これじゃぁ絶対に痩せられないですよねぇ~ 分かっているのです(苦笑)
まぁ、痩せなくても人一倍働きづめの肝臓くんには、時々休日を差し上げましょう。

そんなわけであまりワインを飲まなくなったので、当分ワイン店巡回の予定が無く、当面は今あるストックを一掃しようかと思っています。それもいつまで続くか???ですが・・・

さて、夏休みが終わりアメリカに戻って最初に開けたのが、久しぶりのオレゴン・ピノ・ノワールでした。Bergstrom Cumberland Reserve Pinot Noir 2009 ベルグストロム カンバーランド・リザーブ ピノ・ノワールが本日のエントリーです。

日本から戻ったばかりなので、ただ単純にお肉を焼いて合わせました。
Bergstrom and Steak

本当に久しぶりのオレゴン・ピノのように思えます。一時期はかなり凝ったのですが(それでオレゴンまで行った)、オレゴンの後にS.L.Hを攻めて、今現在はRussian River Valleyがかなりのお気に入りになっています。

そのオレゴンのベルグストロムに関しては一昨年にWillamette Valley に行き、苦労して探した上にテイスティングをしています。それで「ベルグストロムはプレミアム・ワイナリーとしてこれからに期待」と紹介もしています。

ちなみに、その時に買ってジョージアに持ち帰ったのは、今回のCumberland Reserveと違うDe Lancellotti Vineyardaでした。
De Lancellotti Vineyardaは「ブラックベリー系の風味の後にナツメグ、そしてシナモンのようなスパイシー感もします。そんな事からセリーヌやドルーアンが女性的でベルグストロームが男性的と感じたのかも知れません。」と印象を記していますが、Cumberland Reserveもかなりガツンと来る男らしいピノでした。

色もかなり濃いです。最初に印象に残った香りはスパイシーな感じだったので、男性的とかガツンと来ると表現しましたが、続いてチェリー系の香り、それもかなり濃いチェリーです。

ちょうど焼いたばかりの肉厚ステーキによく合いました。厚い肉に負けない力強さがあるピノで、最近の私の好みからは離れています。まぁ、それでも美味いから良いのですけどね。

ウールマートで買ったステーキを焼き、オレゴンのピノを飲む・・・それでも日本で食べた寿司と和酒を忘れることは出来ませんねぇ・・・

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2013.07.25 | コメント(3) | トラックバック(0) | ワイン

孤独のグルメ

今回のタイトル、決して私のことではありません。

そもそもグルメと言う言葉を私は好きではなく、容易に使うのを避けるようにしています。それは私的に「グルメ」イコール「食通」と考える部分が多く、高価な食材や飲み物に惜しげも無くお金を使うイメージを私が持つからです。そんなのは嫌いで(本当はしたくても出来ない)、自分はただの食いしん坊だと思っているからです。

まぁ、私のホームページのひとつに「ALSTERのグルメ館」があって、そこではグルメと言う言葉を使っているのですが、主旨を分かりやすく伝えるためで、自分自身を意味してでは決してありません。

そうそう・・・『孤独のグルメ』って、日本のテレビ番組タイトルです。
かなりはまって観ている好きな番組です。「観ている」って・・・・お金の節約からあまり観ないケーブルテレビの契約を切っている私にはテレビで観ようがないですすが、インターネットの動画で観ています。その方法はまた別途書きましょう。

さて、『孤独のグルメ』は元々漫画だったものをテレビ化したようで、漫画を読まない私は原作を全く知りません。漫画の原作者が毎回放送の最後に登場するのですが、どうも原作と設定は同じですが、テレビの方はオリジナル・ストーリーのようです。

その内容は・・・ゆる~く、だらだらした展開(笑)。しかもストーリー性は少なく(それでも少しはある)ドキュメンタリーのよう(でもドキュメンタリーじゃない)。決して情報番組でもグルメ番組でもない。
料理や店、料理人への説明やうんちくはなく、ただ毎回、主人公の食事シーンと心のつぶやきを淡々と綴る番組なのです。

テレビではSeason1の一回目から物語りの背景、主人公の説明などは一切ないのですが、松重豊さん(大河ドラマ「八重の桜」で八重の父親役ですね)演じる井之頭五郎は個人の輸入雑貨商のようです。

TV Kodoku

それでストーリーは毎回同じなのですが、下戸で甘党、タバコ吸いの井之頭五郎が商談でお客と打ち合わせする為に東京かその周辺の駅からスーツ姿で出るところから始まり、なぜか番組的には意味がないお客との打ち合わせが少し、そして彼の昼食が黙々と写されるのです。

多くは時間つぶしの喫茶店や甘味処も登場しますが、メインは井之頭五郎の仕事の合間にとる昼食。お店はどの町にもありそうな定食屋、居酒屋、ラーメン屋、焼肉屋、食事処で全て実在していますが、有名な店、高級そうな店は出てきません。

現在Season3の途中ですが私が土地勘がある所だけでも、深川・門前仲町の焼き鳥屋さんでやきとりと焼きめし(深川がSeason1の一回目だった!ので番組に興味を持った)、川崎・八丁畷の焼肉(この時はBMWに乗っての登場でした)、中目黒の沖縄料理、川崎・新丸子のラーメン屋(私が唯一知ってる店)、日本橋・人形町の天ぷらと黒天丼、北千住のタイ料理、横浜市日ノ出町の中華と内臓料理・・・のように、庶民的な町の庶民的な食堂ばかり。それがいいのです!

番組の半分ぐらいは井之頭五郎の食べている時の表情。そして彼の心のつぶやきで、料理の説明やアップは無いか短いです。それがまたいいのです!

食べるものはしっかりしたスタミナ食と言うか、がっつり飯ばかりです。しかもたくさん食べます。焼き鳥、ウナギ、ホルモン、定食、焼肉・・・毎回特に変わったものでもなく、間違っても高級な料理じゃない、肉野菜炒め的な感じ。それがとってもいいのです!

主人公を演じる松重豊さんは名わき役だと思うのですが、何気に名わき役がエキストラ役のように毎回登場します。石倉三郎さんが赤羽のうなぎ屋で昼から一人で飲んでいる役にはあまりに地で行っているようで大笑い。しかも台詞はなく画面の片隅に時々写るだけ。不破万作さんの横浜日の出町の中華で常連客として写ったのもはまり役そのもの。

マスター役でうじきつよしさん、漁師役でガッツ石松さん、酔っ払い客役でモト冬樹さん、居酒屋の女将役で美保純さん、中目黒で通りすがりの大阪弁の主婦役を久本雅美さん・・・北千住のタイ料理屋では隣客が今人気の長谷川博己さんでした。こうしたチョイ役が本当にいいのです!!

何よりも私にとって良いのは・・・井之頭五郎に自分を投影しているかのように見てしまうことです。また、下戸でタバコ吸いなのは私と違うのですが、毎回テレビを観ながら私なら何を飲むか・・・と必ず考えてしまいます。

アメリカでは絶対に味わえないシチュエーションですし、お店も料理も絶対に無理なのですが、まるで自分がどこかの下町の食堂で暖簾をくぐり、一人でメニューを見ながら考え、他の客が食べている皿を見て、注文した品が出てくるまで店内を観察し、料理が運ばれたら食べる順番を考え、材料や味に対してあれこれ考える・・・

そうした行為はまさに自分そのものですし、アメリカ、特にジョージア州の田舎町では絶対に味わえない贅沢な時間をテレビを通して体験するかのように観ているのです。

テレビ東京の深夜番組、内容もかなりマニアックな番組だと思いますが、どうか長続きして欲しいものです。

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2013.07.23 | コメント(0) | トラックバック(0) | アメリカ生活

ピノ好きなら、やはり・・・ California / CALERA MILLES Pinot Noir

夏休みにアジアを旅していたので、この数週間あまりアメリカのワインを多く飲む機会はありませんでした。
タイやシンガポールではビールばかりでしたし、日本のレストランでは食事に合わせてイタリアかフランスのワインばかりでした。

それにしても外食ばかりでした。日本以外への旅行中はもちろん100%外食ですし、日本でも私が帰国した時は家族も私も一緒にどこか食べに行くのが楽しみなのです。
まぁ普段は家で家事に追われる家内への配慮もあるのですが、家族全員が食べることが好きなのです。

今回の日本では、イタリアンが二軒、フレンチが一軒、タイ・レストランが一軒、寿司屋さんが二軒、ステーキハウスが一軒でした。もっと時間があればラーメン屋さんや、鰻屋さんから、知り合いのソムリエさん達の店も行きたかったのですが・・・残念です。

それでも数回自宅での夕食があったのですが、その時に開けた唯一のワインがカレラCARERAのピノ・ノワールでした。

と言う事で、今日はあっさりと本題をエントリーして、CALERA MILLES Pinot Noir 2009 カレラ ミルズ ピノ・ノワールです。

Calera Mills PN

カレラと言えば、あのロマネ・コンティでワイン造りを学んだジョシュ・ジェンセンがロマネ・コンティの苗木を隠してアメリカに持ち帰った・・・とか、カレラの「ジェンセン」はロマネ・コンティに例えられることが非常に有名ですが、私にとってはフランスのワインが絡むと、かえって苦手意識が働いてしまうワインでもあります。

上述のようにカレラ「ジェンセン」はロマネ・コンティに例えられていることに対し、こ「ミルズ」はグラン・エシェゾーが引き合いに出されるようです。

いずれにしてもロマネ・コンティなんて飲んだことはないし、エシェゾーなるワインはワイン会で飲んだ記憶があるものの、はたしてグラン・エシェゾーだったのか? 本当に私はボルドーはまだマシですが、ブルゴーニュになると最初から記憶に欠陥が生じてしまい、まぁ私には無意味な引き合いになってしまいます。

それでもヨーロッパ在住時にわざわざわざわざボーヌに泊まり、ブルゴーニュのワイン畑や造り手を訪ねた事はあるのですが、15年以上前のことで、ワインを知るには早すぎたのでしょう。今から思えば惜しいことをしました・・・

ロマネ・コンティの畑の前で(連日朝からの試飲で酔っています)
ALSTER at Romanee Conti

さて、フランスのワインとの比較は出来ませんが、やはり世間の評価通りなかなかのワインでした。アメリカでピノ好きなら、このワインは制覇する必要があるでしょう。幸い(私にとっては高額ですが)目の飛び出るような価格帯ではなく、また生産量が多いのかジョージア州でも入手できるので、カリフォルニアはもちろん東海岸の都会にお住まいの方も簡単に見つけられるでしょう。

私はアトランタの北にあるHinton's Wine Storeで50ドルでした。ちなみに読む方の参考になればと、毎回自分がどこでいくらで買ったかを書くようにしているのですが、ほとんどのワインがエントリー時点で半年以上前に購入したワインになります(エントリーした時点の価格ではない)。またTAX込みの価格で、例えば49.75なら50ドルとするなど、あくまでも参考です。もっと言うと・・・ジョージアはワインの競争が激しくないのか、カリフォルニアに比べて若干高い設定が多いようです。

さて、カレラのミルズ。確かにロマネ・コンティではなくグラン・エシェゾーに例えられるのが分かるような気がします(あくまでも気がするだけですが)。
色は明るい紅色で透明感もあって華やかな印象。もっと熟成すると透明感が薄れるのでしょうか・・・

色から感じられるのとは正反対に重厚さと芳醇な香りがします。軽くなめし革やキノコの香も感じられ、(分からないくせに)このあたりがロマネ・コンティ社のワインと比べられるのかと感心してしまいます。この時はあまりチェリー系は感じませんでした。

一言で現すと「ちょっとクセを感じますが、旨いワインには間違いない」でしょうか。私が本当に好きなピノ・ノワールの方向とは微妙に異なり、ストライクど真ん中ではないのですが、ゆっくりと楽しみたいと思ったワインでもあります。

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2013.07.21 | コメント(0) | トラックバック(0) | ワイン

出入国審査の変化 I-94用紙廃止他

今回夏休みでアジアを回り、7月中旬にアメリカに戻ったのですが、日本とアメリカ両国の出入国審査が自分の今までの経験とは異なったことがありました。

日本における出入国審査の自動化ゲートに関しては、数年前から実施されており、私自身も成田空港で自動化ゲート設置直後に登録していました。
ただ、登録時から指紋読み取りがうまく出来ず、右手薬指と左手中指のように変則で登録したものの、その後何度も自動化ゲートで指紋確認が出来ず、結局自動化ゲートを使うのをあきらめていました。

カメラ禁止エリアなので自前画像がなく、政府広報サイトからの画像です。
Auto Gate

元々日本の出入国審査自動化ゲートを使う目的は時間短縮ではなく、入出国のスタンプを押さないで欲しいからでした。各国のビザや入出国スタンプでパスポートの空きスペースがなく、すでに一回増刷済みなので、いよいよスペースが無くなったら更新時期前なのにパスポート更新の必要が生じていたからです。
そのためにどの国でも毎回入出国時に、出来るだけ詰めてスタンプするようにお願いしていたぐらいでした。それなのに自動化ゲートを使えず、本当に困っていました。

実は、昔から私はキーボードの打ちすぎなのか指紋が読み取り難く、アメリカの入国審査においての指紋採取でかなりトラブルになっていました。それは現在の10本指確認になる以前のことで、片手2指の指紋確認をしていた時なのですが、まず90%ぐらいの確立で指紋が読めず、入国審査の別室に回されて別審査を受けることを繰り返していたのです。

その為にアメリカ入国審査はどこで空港でも時間がかかってしまい、1~2時間かかるのは当たり前状態でした。その影響で乗り継ぎ便に間に合わなかったり、機内預けの荷物をピックアップできなかったり、かなり私的には頭を悩ませていたのです。

それも2年ぐらい前でしょうか・・・入国審査時の指紋採取が10指になってから、以前のことが嘘のように全く問題なく指紋採取が出来るようになったのです。たぶん10指にしたことで読み取り精度を下げたのか、片手で何本か読み取れればOKみたいな変更があったのだと思います。

そうそう、日本の出入国審査の自動化ゲートですね・・・
今年になってパスポートの更新を行いました。それで自動化ゲートの登録が無効になったのは知っていたのですが、たまたま成田からバンコクに向かった時にフライトが1時間遅れとチェックイン時に言われていたので、暇つぶしに新しいパスポートで再度自動化ゲートの登録をしたのです。

そうしたら・・・やはり人差し指では左右とも採取できなかったのですが、中指であっさりと確認できたのです。一週間後にバンコクから成田に戻った時も一回で確認。その後成田から出国する際は一回だけ読み取り出来ませんでしたが、再トライしてOK。

自動化ゲートの指紋確認の精度を下げたとは思えないので、私の指紋が再生して来たのかも知れません(笑) そう言えば、最近は仕事をサボってばかりでキーボードもたいして使ってないのですよねぇ~

そうして無事日本の出国審査を終え、アメリカに戻る機内でのことです。
例によって機内で米国税関審査の用紙が配られ始めたのですが、ビザ所有者に配られるはずのI-94が配られてないのです! 聞くと「I-94用紙は廃止された」との事。何も知りませんでした・・・

私の前回渡航は2013年2月だったのですが、このI-94 のペーパーレス化は2013年4月末から5月末にかけて各空港別に導入されたそうです。だから私にとっては初の経験になります。旅行代理店とか通すと事前にアナウンスされるのかも知れませんが、毎回全て個人手配なので全く知らず、かなり驚きました。

実は半信半疑でおどおどしながらアトランタで入国審査に並んだのですが、確かにI-94は不要でした。
ただ分からなかったのは・・・どうやってI-94、すなわち滞在資格を証明するかです。

私のように非移民ビザでアメリカに入国する外国人は、そのビザの種類によって異なると思うのですが、入国審査時に記載されたI-94を勤め先などに提出することが必要な場合があります。私の場合は入出国の度に勤め先の人事にI-94の半券コピーを出していました。たぶんいつまで米国に滞在するのが許されているのかの帯在資格を管理する為だと思います。

後日調べて分かったことですが、このようにI-94 を必要とする外国人は、入国審査後に各自が税関国境警備局(CBP)のウェブサイト https://i94.cbp.dhs.gov/I94/request.html にアクセスし、氏名、誕生日、パスポート番号、パスポート発行国、入国日、そしてビザの種類を入力することで、自分がいつまで滞在することが許されているのかを記したI-94を印刷することが出来るのです。

下の画像は実際のCBPの入力画面で、記入後Submitすると自分のI-94が表示されます。
I-94 WEB

日本の自動化ゲートも、アメリカの入国審査ペーパーレス化も、私の場合はメリットをあまり感じないのですが、とにかく日本もアメリカも、そしてどの国でも入出国審査のスピードアップと用紙の共通化などに取り組んで欲しいものです。

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2013.07.19 | コメント(0) | トラックバック(0) | アメリカ生活

東京下町今昔物語

日本~タイ~シンガポール~タイ~日本と旅しながら過ごした夏休みも終わり、アメリカに戻っています。夏休み中の出来事を綴ったブログも今回が最後になります。

さて、このブログで何度も書いているのですが、私はお江戸・深川の出身です。ちょっと・・・いや、かんり自慢げに思っている部分があります。誰もがそうでしょうが、郷土愛みたいなものがあるからでしょう。それに私が育った頃の深川はちょうど映画「三丁目の夕日」のような時代でしたから、昭和の下町そのものだった深川を懐かしんでいる部分が多いのです。

私にとっての東京の下町はそんな深川だけなのですが、世間一般には江東区の北側にある墨田区、そしてその北西で浅草がある台東区あたりを示すようです。
私的には神田なんて都会すぎて絶対に下町じゃないし、江戸川区は畑が広がっているイメージしかありません。

深川は今で言う東京都江東区・・・って、私が生まれた時からそうなのですが、江東区全部が深川ではなく、江東区の西側で北も南も入らないエリア。別に地図上で線引きしているわけではなく漠然と別けている程度。でも古くから深川の住む人達はどこが深川で、どこが深川で無いかを頭の中では理解しているのです。

そして、ちょうど深川の真ん中あたりが私の出た深川二中だと思うのですが、私が住んでいたのが西の端で隅田川に面した佐賀町。この町は隅田川と深川に多くあった運河を利用した運送業が盛んで、墨田川や運河に面して倉庫が並ぶ町でした。

佐賀町にあった家(借家)からは両国の花火はよく見えたものですし、勝鬨橋が開いたのを見えた記憶がかすかにあります。佃には佃大橋が出来る前で隅田川の渡し舟もありました。

その佐賀町の家から学校に行くまで何度も運河(堀と言っていたけど)を渡ったものですが、今ではその多くが埋め立てられ、無粋な高速道路が走ったりしています。

深川で有名な門前仲町とか木場なんかは深川の端のように私は思えますが、中学では近くの製材所から木を切る音と木の匂いがいつもしていましたし、学校帰りはいつも門前仲町の深川不動尊と八幡様の境内を通っていたので、案外と深川は狭いエリアだったのかも知れません。

その木場あたりから北に伸びた大横川が北十間川にぶつかる辺りに出来たのがスカイツリーです。スカイツリーは江東区ではなく北隣の墨田区にありますが、なんとなく地元に出来たように思っています。もっともスカイツリーが出来る前までの墨田区は深川の北にある両国のさらに北の遠い所だと思っていたのですが・・・

さて、今回夏休みで日本へ戻った時に行きたい所が二つありました。
一つはもうエントリー済みの渋谷で、もう一つがスカイツリーだったのです。日本へ一時帰国する度に成田エキスプレスの車窓から伸びているのを見ていたのですが、行くのは今回が初めて。珍しく子供が忙しい平日に家内と二人で行きました。

Skytree Outside

行きは横須賀線(総武線乗り入れかな)で横浜から乗換えなしで錦糸町まで行って、錦糸町からは下町の風景を楽しむために都バスでスカイツリーまで行きました。
帰りは押上から京急線の乗り入れで地下をずっと走り、品川で東海道線に乗り換えて横浜に戻りましたが、やはりバスのように地上をのんびり走るほうが好きですねぇ~

えっと、スカイツリー! 2000円プラス1000円で450mの天望回廊まで行ってきましたが、エレベーター待ちが1時間。天気は晴れながら空気が夏の暑さでよどんで、驚くような展望ではなかったものの、たぶん人生初で最後だろうスカイツリーを楽しみました。

450mの天望回廊は高すぎて景色がのっぺりしていたのに比べ、350mの天望デッキは低い分だけ建物など立体感があって見えるのに気づきましたが、この日の天気が晴れのわりには今ひとつかすんでいたからかも知れません。

天望回廊やデッキから私が育った深川を見下ろし、もやと高層ビルに囲まれてしまい本当は見えないのに、家があった場所、学校の場所、遊んだ場所、そして母が通った病院などを探してしまったのは言うまでもありません。

ところで驚いたのは人の多さと、エレベーターの技術のすごさでした。速さだけではなく、ゆれをまったく感じさせず、停止位置も床と寸分狂わずぴたりと停めるなど、これは間違いなく世界一の技術力ですね。地震などへの安全対策も万全でしょうから、日本が世界に誇る技術だと確信しました。

なんだかスカイツリーの高さより、スカイツリーを可能とした色々な技術力に興味を持ったし、天望回廊での人の流れの処理やエレベーターの待ち時間の処理方法とか、ハード以外の技術にも感心しました。

ここでの食事はソラマチ30Fにある「ブラッスリーオザミ」 
このお店の特徴は何と言ってもスカイツリーを展望ですが、フレンチと身構えたものの結構コストパーフォーマンスが良いのに驚きました。もちろん食事もサービスも満足で思わず嬉しくなってしまい、フランスワインを知らない私でも名前だけは知っているMeurault と Gevrey- Chambertin まで飲んでしまいました。

逆さスカイツリーがグラスの中に・・・
Skytree in Glass

フランスワインのことですから、一概にMeuraultやGevrey- Chambertinと言っても色々あるのでしょうが、Meuraultは過去飲んだ中でも妖艶さが足りないように思えました。Gevrey- Chambertinの方はいかにもブルゴーニュのピノのイメージ通り。ただもっと次元が違う美味しさが本来あるはずだとは思いましたが・・・やはりフランスのワインは語れないですね(笑)

Skytree Restaurant

いずれにしても、スカイツリーから見た景色より、スカイツリーを目の前にしてゆったり過ごしたランチの方が印象に残ったのは、ただの食いしん坊だからでしょうか・・・

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2013.07.17 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅先通信

渋谷今昔物語

日本での休暇中の楽しみのひとつに渋谷に行く事がありました。
東京には新宿、池袋、上野など多くの人が集まるターミナル駅と、銀座、赤坂、六本木、浅草などのターミナル駅ではないものの人が多く集まる繁華街がありますが、渋谷には子供の時からの深い思い入れがあるのです。

お江戸・深川でも佐賀町と言う隅田川沿いの町が地元だった私、都電が無くなった時から一番近い駅は深川の中心的な地下鉄・門前仲町駅ではなく、実は中央区の茅場町駅でした。
家から歩いて数歩の永大橋で隅田川を渡れば茅場町は徒歩15分。人形町や日本橋も徒歩圏で日本橋のデパート屋上は遊び場のひとつでした。少し距離はあったけど銀座や有楽町から新橋ぐらいまではそんな地元意識があるエリアです。

そんな地元意識があるエリアからかなり離れた渋谷。そこに思い入れがあるのは、天文少年だったことから、渋谷の東急文化会館内にあった五島プラネタリウムに通っていたからです。

今はない渋谷文化会館
Shibuya

はっきりと記憶があるのは中学一年の頃。都電を乗り継いで深川から渋谷に行っていました。どのくらい時間がかかったのでしょうか?片道一時間以上二時間ぐらいでしょうか・・・どこで乗り換えたか忘れましたが、日本橋か東京駅か新橋あたりから渋谷へ向かう都電がありました。溜池から六本木の坂を上がり青山を通り渋谷に向かう路線で、夢中で外を眺めていたものです。都電に乗るお金が無い時は歩いても行きました。片道3時間ぐらいでしょうか?

天文少年時代の大きな思い出の一つがアポロ11号の月面着陸。その瞬間も五島プラネタリウムで迎えました。当時入会していた上野国立博物館の天文同好会のメンバーが招待されて、五島プラネタリウムで真夜中に中継された映像を観ながら過ごしたのです。NHKのテレビ放送で月面着陸までの合間の中継も入り、人生初めてのテレビに(瞬間ですが)写ったそうです。

やがて天文少年から映画少年になっても渋谷でよく映画を観ました。慣れた東急文化会館内に映画館が複数あったからでしょう。渋谷パンテオン、渋谷東急でのロードショー。そして東急名画座もあって、数々の映画を観ました。スピルバーグの「E.T」は東急文化会館の外まで伸びた列に並んだ記憶があります。

働き出してからは大井町や綱島などが勤め先であったり、学芸大学や新丸子、溝口などにも住んだことがありました。だから自由が丘や渋谷が遊びの中心で、結婚するまで常に東急線を日常的に利用していたのです。

結婚して横浜に移り、仕事で海外に行くようになってからは渋谷を含めて東京は無縁になりました。今では両親とも他界したので、初詣の時に深川へ行くぐらいでしょうか・・・
そんな縁遠くなった渋谷に行きたいと思ったのは、東急文化会館が渋谷ヒカリエになり、東急渋谷駅も地下化されたことをアメリカで知り、大きく変わろうととしている渋谷を見たいと思ったからです。

今の渋谷は若者が集まる所、流行の発信地のイメージがあるのですが、田舎者のオヤジ一人が渋谷を歩くのは眩しすぎて、ショッピングに付き合う口実で娘と一緒に行く事にしました。

超田舎者の私が渋谷に行って最初に見たかったのは「忠犬ハチ公像」(笑)

記憶にあるハチ公像と微妙に場所も向きも変わったように思えます・・・
Shibuya Hachi

JRの改札を出てよく知っているはずのハチ公を探してしまいました。人が多くて見つからなかったのではなく、記憶にある場所から微妙に違う場所にありました。そしてハチ公が見てる方向も記憶ではスクランブル交差点に向かっていたのですが、今では駅の方を見ています。間違いなく場所と向きを変えたように思います。何か理由があるのでしょうか?そんな風に思うのは年寄りだけなのかも知れませんねぇ・・・

Sibuya Scramble

その後有名なスクランブル交差点を渡り、センター街の小さな店からFoever21なるアメリカ発の店を回るまでは娘と一緒出来たのですが、109に入ったらとってもオヤジには一緒できず、遠目で娘を見守るだけになりました。109って売るものは違いますがアメ横と似た雰囲気がありますねぇ~ 小さな店が狭い場所に集中し、売り子さんが台の上でメガホン持って煽っています。

109内で目当てのものが買えて満足な娘です
Shibuya 109

ヒカエリは想像とは違ってスペースが狭く感じられました。元の場所がそう広くなかったから当たり前ですが、その分上に伸びているのでしょう。

渋谷は元々その名の通り谷底にある町で、狭いエリアにごちゃごちゃと詰め込まれた感じが昔からあります。あまり大きなスペースでビルが建つのは難しいでしょうから、ヒカエリのように上に伸びるか、東急渋谷駅のように地下に広がって行くのでしょう。

狭いエリアに詰め込まれた街だからこそのエネルギーも感じます。そして不思議とヨーロッパ、アジア、アメリカでも似た町がないように私には思えます。
これからもどんどん変わって行くのでしょうが、私はきっといつまでも50年近く前の渋谷と重ね合わせてこの町を見ていくことでしょう・・・

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2013.07.15 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅先通信

日本での休日

夏休みの後半を日本で過ごしています。
特に用事も無いので、家族それぞれの希望や都合に合わせ、食事を楽しむのがメインになる休暇です。

最初に行ったのは横浜・馬車道に近いイタリアンの名店「テンダ・ロッサ」。
息子や娘を小学生の頃から連れて行っている、家族揃って一番好きな店です。ケンゾー・シェフの料理も素晴らしいのですが、ソムリエ資格者を4人も持ち、私は毎回アメリカのワインを持ち込んでソムリエさん達と楽しんでいます。

今回は息子と二人。テラスで初夏の日差しを浴びながらのランチでした。
TendaRossa Kent

日本で行きたかった場所のひとつが渋谷でした。天文少年だった私が通った五島プラネタリウムがあった東急渋谷文化会館がヒカエリに変わり、東急東横線の渋谷が地下に移った話題などから、行きたかったのです。

今回は娘が一緒にショッピングをしたいとのことで、恥ずかしながら娘と渋谷デート。
ハチ公前、スクランブル交差点で写真を撮って、センター街、109、ヒカリエでショッピング。前日までタイに居たのに、娘のリクエストでなぜか渋谷でタイ料理でした。
店の名前は忘れましたが、日本人向けにソフトな味付けになってはいるものの、タイ料理として食べられました。ホールスタッフも厨房も全員タイの人たちで、娘の前で全てタイ語で注文ややりとりしていたので、ちょっと自慢げだったかも(笑)

shibuya-nina.jpg

渋谷に次いでもう一箇所行きたかったのが、スカイツリー。
ここは家内と二人で行きました。エレベーター待ちが1時間。天気は晴れながら空気が夏の暑さでよどんで、驚くような展望ではなかったものの、たぶん人生初で最後だろうスカイツリーを楽しみました。

skytree-meursault.jpg

ここでの食事はソラマチ30Fにある「ブラッスリーオザミ」 このお店の特徴は何と言ってもスカイツリーを展望ですが、フレンチと身構えたものの結構コストパーフォーマンスが良く、もちろん食事もサービスも満足で思わず嬉しくなってMeurault と Gevrey- Chambertin まで飲んでしまいました。

skytree-gevrey- chambertine


お出かけでのイタリアンとフレンチ以外は自宅近くのステーキハウスにも行ったのですが、なぜか釣り好きなシェフが自ら釣った魚ばかり食べていました。

魚と言えば寿司ですが、私は子供たちが寿司屋さんのカウンターできちんと食べられるようにするのも親の責任だと思っています。そこで機会があるたびに寿司屋さんに家族を連れて行っていたのですが、最近は回転寿司屋さんばかり繁盛し、家の近くにある町の寿司屋さんが少なくなりました。
今回は戸塚モディの中にある「寿し常」さん。町の寿司屋さんとは違うようですが、回っていないのは確かで、娘が満足してくれたので良しとしましょう。

sushi-totsuka.jpg

最後は冒頭にイタリアンのテンダ・ロッサで10年近く素晴らしいサービスをしていただいた中村さんが店を移られたので、家内と息子を誘いお店を訪ねました。
横浜西口のトラットリア「フランコ」。オフィスがたくさんあるエリアで比較的小さなお店なので、ランチ時は迷惑かと思ったのですが、時間が最後の日の昼しかなくて、お忙しい中を申し訳なかったです。次回は是非夜に行きたいものです。

franco-nakamura-san.jpg

日本で休暇と言っても、このように家族と一緒に食べてばかり(笑) 家族全員が食べる事が好きですし、お互いに離れ離れの時は贅沢していないので、この時だけのことです。それに少しでも家内を家事から解放させたいですしね・・・

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2013.07.12 | コメント(0) | トラックバック(0) | 食いしん坊録

バンコク運河物語

シンガポールが洗練過ぎて居心地が良くなく、お江戸、ドイツに次いで第三の故郷と言えるタイ・バンコクに逃げ帰り、日本へ戻るまでの休みを過ごしました。

タイは2000年からたった3年間しか在住していませんが、1980年代に最初に訪れて以来、海外の中では一番入手国のスタンプが押されている国かと思います。
特に2005年にアメリカ在住になってからも30時間近くかけて毎年必ず訪れています。

在住時はタイはもちろんアジア各国の遺跡を訪ね歩きました。同時に美しいビーチや珊瑚を求め秘島巡りもしていました。
それがアメリカに住むようになってからは路地歩きや市場巡りと言った、庶民の生活感たっぷり感じる街中が好きになりました。

そんな遺跡、秘島、そしてバンコクを中心とした私が本当に納得したレストランを私のホームページに在住時から紹介しています。
最近では上述のように路地歩きや市場巡りを中心に紹介しているのですが、特にこの1~2年はタイ国内でブームといえるバンコク周辺の地方都市にある百年市場に注目しています。

今でもバンコクに隣接したエリアでこんな光景が見られます。
Bangphli Boat bridge

同時にバンコク都に残る運河にも興味が尽きません。
古くから「水の都」と呼ばれるバンコク。道路が整備されていない時代は舟での交通が主で、運河が網の目のように張り巡らされていました。多くの町は交通の要所となるメインの運河や川に面し、家々は運河に沿って建てられました。

そして水上マーケットに代表されるように、運河沿いの家々に対しての日々の商いも舟が利用されました。家の前の運河に来た物売りの舟から今日使う野菜を買う・・・そんな日常が繰り返されていました。

それが車での移動がメインとなると、特にバンコク都では運河が埋め立てられ道路になり、庶民の生活の中の運河の役割も排水に使われるぐらいで、汚れ悪臭すら立つ運河になってしまいました。

昔はバンコク都内でも各地で見られた地域密着型の水上バス(あるいは運河ボート)や渡し舟が消えていこうとしています。

Samrong Boat

お江戸・深川で隅田川まで歩いて1分の所で育ち、今では高層マンションが建ち並ぶ隅田川河口近くに「佃の渡し」があった時代を知っている自分。そんな私には変わることを急ぎ過ぎるバンコクに今も残る運河、運河沿いの生活などに接する事が旅の目的にもなるのです。

2013年時点でバンコクに残っていると言われる運河ボートで、観光客や駐妻と呼ばれる方々には無理としても、ディープなタイ好きには有名なのが「センセーブ運河ボート」。
バンコク郊外の学生さんが多い庶民の町ラムカーヘンから、日本人の多くが住むスクムビット地区(の裏側)を通り、伊勢丹デパートもあり観光客密集度が高いプラトナームへのルート。そしてプラトナームから旧市街とも言える地区で民主記念塔にも近いパンファー船着場までの2系統があります。

このセンセーブ運河ボートはラムカーヘン地区の一泊20ドル台の安ホテルに泊まる事が多い私には非常に便利な存在。バスなら軽く1時間はかかる距離を渋滞なしでラムカーヘンからプラトナームまで30分でTHB20(約60円)。

Senseb Boat

このセンセーブ運河は本数も多いし速度も速く、一隻あたり50人以上乗れそうな大型のボートですが、ただ時に悪臭がするのと、速度が速いので波が立って水しぶき浴びる可能性が高いです。また、それを避けるために舟の両サイドでビニールシートを上げるので、実際には運河沿いの景色を楽しめないのが残念です。

バンコクには前述のセンセーブ運河以外に決まった路線と時間で運用されているのは(私が知る限り)・・・今回私が楽しんだプラカノン運河、そして難易度が非常に高いがバンコクノーイ運河があります。

プラカノン運河ボートはプラカノン市場や運河沿いのお寺を結んだ生活密着型の路線。小舟でゆっくり運河を行く今も残る古いタイプの乗り合いボートで、お坊さんの利用が多いのも特徴的。私的にすごく楽しい路線でした。

Phurakanong Boat Monk

王宮近くのチャオプラヤー川ター・チャーン船着場からバーンヤイと結びますが、私の在住時に通勤時に一方方向のみの運用だったのです現在もあるか不明。
早くバンコクに戻り、この運河ボートに乗りたいものです。

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2013.07.11 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅先通信

私、本好きですが、自炊って?

日本で家族と一緒の夏休み。毎日どこかで外食するか、自宅での家内の手料理を楽しんでいます。どこかへ行くより、そんな美味しい食事が日本での大きな楽しみです。

ところで、最近では世間で使われる「自炊」の意味が私が思う「自炊」とは異なるようです。

私の「自炊」の意味は「自分で食事を作ること」ですが、どうやら日本ではいつの間にか「本や雑誌をスキャナ等を使ってデジタルデータに変換すること」に「自炊」が多く使われているようです。

これってスキャナ等でデータとして自分で吸い上げる意味の「自吸」を「自炊」と言い換えるようになったのではないかと思っています。言葉遊びの結果でしょうか・・・

このブログで私は何回も「自炊している」と書いていますので、それを読まれた方が私はよほど本や雑誌が好きで、デジタル化しているのだと誤解されているのかも知れません。いやいや、私はそんな面倒なことは嫌いです。
確かに本や雑誌を読むのは好きですが、かさばる本や雑誌を持ち歩き、読んだら惜しげも無く捨ててしまいます。

若い頃(大昔です)はそれこそ本が大好きで、小学校高学年の頃でしょうか・・・図書室の本を片っ端らから読んだものです。十五少年漂流記や八十日間世界一周、ロビンソン・クルーソーなんかを当時読んだ記憶があります。

その前は(あまりに大昔のことで恥ずかしながら)貸し本屋さんで漫画を借りては読んでいた記憶があります。当時はどの町にも貸し本屋があった昭和の時代です。覚えていない事のほうが多いのですが、鉄腕アトムなんか読んでいたように思えます。

中学生ぐらいからは町の本屋さんに学校帰りに寄るのが日課になりました。少年雑誌から天文ガイドのような専門誌まで、店頭で手に取るだけで満足していました。当時は(今も!)貧しかったので本をそう買うわけには行かず、立ち読みもずいぶんしたものです。そう言えば、この頃にあっと言う間に貸し本屋さんは町から消えて無くなりましたねぇ~

働き出すようになり本が買える身分になっても、高い本はとっても手が出せず、安い文庫本ばかりですが、色々なジャンルを読み漁りました。
当時は通勤中に一冊を読み終えてしまい、途中で読む本が無くなることが怖く、いつも2冊以上持って出かけていました。今でもその習慣が飛行機に乗る時にあって、必ず数冊の本を手元に持って機内に入ります。

そんな本好きが数年経てば、文庫本と言えど部屋中本だらけ。壁一面本を置いても収まりきれず、ぼろアパートの二階に住んでいた時は、本気で床が抜けるのではないかと心配したものです。

本って、なかなか捨てられないものですよねぇ~ それが海外に住むようになって引越しを繰り返すようになってからは、本が重たい荷物にしかならない事に気づき、読んだらすぐ捨てる事を意識してするようになりました。もったいないので持っていても、結局は読み返すのは非常に稀な事に気づいたからです。

話を自炊に戻しましょう・・・

わざわざ自分が持っている本を「自炊」してデジタル化するのは、かさばる本をいつまでも持っておけない事情があるからでしょうか? 何か違うように思えます。
それとも保存が目的ではなく、スマフォやタブレットの携帯端末に入れて持ち歩きたいからでしょうか? それで持ち歩いて本を読む? これも違うように思えます。

私も昔ですが読み終えた雑誌を捨てる代わりに、せめて興味ある記事だけでもスキャンして保存しようと考えたことがありました。でも結局はスキャンしてもそれを後で見ない、スキャン自体も面倒なので止めてしまいました。まして本の場合は最初から最後まで全ページをスキャンしなければ意味無く、そんな面倒なことは考えもしませんでした。

スキャン後にOCRでテキスト化すれば、ファイル容量も減らせ検索も出来るようになるので便利だとは思うのですが、どうも自炊はJPEGなどイメージ・ファイルで保存されているだけのように思えます。それだと中途半端に私には思えるのですが、この点定かではありません。

いったいどんな目的で、どんな使い方をしているのでしょうか? 今の「自炊」?

さて自分で食事を作る意味の私の自炊の話しですが・・・

実は私、毎日料理しているわけではありません。
外食をせず毎日家で食べているのは事実ですが、毎日料理するわけではないです。普通は土日に料理し、月曜から木曜までは冷凍したものを温めるか、サラダや麺類など非常に単な料理で済ませます。そそれでも自分で食事を作っているから自炊??

自炊の定義すらあやしくなってきましたが、毎週金曜は私にとって「ぐーたら金曜日」なのです。料理をしないで買ってある冷凍ピザをオーブンで温めるだけ。サラダも作りません。

金曜日はほぼ毎週早めに仕事を切り上げて、歩いては行けない(ウオールマート以外の)スーパーで週末用の食材を買って帰ることはあるのですが、とにかくアパートの部屋に帰ったら何もしたくないのです。それで冷凍ピザにワインを飲んでテレビを観る。そんな何もしない贅沢な夜なのです・・・「ぐーたら金曜日」

アメリカの冷凍品にはディナー用と書かれたものも多くあり、その種類も多いのですが、実は「食べることができなくはない」程度のものばかり。

ウオールマートで買った冷凍ピザ、毎週違う種類を買います
Frozen Pizza

そんな冷凍食品の中で唯一ピザが、大きなオーブンで焼くためか、冷凍にしては美味しいと思えるのです。種類も非常に多いですし、5~6ドルで満足できるものも財布に優しく嬉しいです。ただ、子供用なのか小さなサイズもありますが、普通は一回焼く量が私なら二人分と思えるぐらい大きさ。飽きないで食べ切るのに苦労します。

それでも最近は食べきれるようになってしまったなぁ--->成長著しい自分のお腹!

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2013.07.09 | コメント(0) | トラックバック(0) | アメリカ生活

見直したオレゴンの泡 アーガイル Oregon / Argyle Brut Willamette Valley

アメリカ~日本~タイ~シンガポール~タイ、そしてタイから日本に移動して来ました。夏休みも後半に入り今週は日本で休みを過ごします。

さて、私はオレゴン・ピノのファンだとずっと言い続けているのですが、なぜかブログを始めてからはオレゴン・ピノを飲む機会が激減しました。きっと意識して色々なワインを飲もうとしているからでしょう。

以前は好きなワインだけを飲んでいれば幸せだったのですが、まぁブログに書く事もあって知らないワインでも手に取るようになったのです。
そうして好きになったのがピノ・ノワールだとChasseurシャスールやPaul Hobbポール・ホブスで、まったくオレゴンではありません。

気がつくと・・・オレゴンのワインを最近いつ飲んだか?ちょっと思い出せないぐらい離れてしまいました。

私にはそんなところがあるのです。凝りやすく、飽きやすい性格なのです。

最初に凝ったのは、プラ模型でしょうか・・・いやっ!この話は止めましょう!! このまま思い出すまま書くと、数ヶ月は続いてしまいます。

話をオレゴンに戻します・・・

さて、そのオレゴン・ピノでアーガイルArgyleは数年前に何度か飲んだことがあるのですが、あまり良い印象がないまま飲まなくなったワインです。ピノ・ノワールもシャルドネも自分には良くなかったのです。

2年前に息子を日本から呼んで、一緒にワシントン州とオレゴン州のワイナリー巡りをした時も、全くノーマークでした。ノーマークどころかNewberg市近くの99号線沿いで見かけたArgyleのティースティング・オフィスも何か貧弱に見えた記憶があります。

私は素人がワインのことでネガティブなことをわざわざブログに書く必要はなく、ただ書かなければいいだけだと思っているので、このArgyleは全くこのブログに登場していませんでした。
ちなみにワインの能書きを書くのも好みません。そんなことを素人が書く必要はなく、書いてもどうせどこかのサイトから仕入れた知識の二番煎じになるのが落ち。知りたい人は検索すればいいだけの話ですから。

えっと、アーガイルですね(汗)

これが・・・すっごく良いのです!スパークリングが!! 
しかも多くのスパークリングと異なる美味しさがありました。多くのスパークリングが持つ青りんごやナッツ系の香りではなく、オレンジやレモンの皮の香り、そしてライムも感じられるのです。その柑橘系の香りが非常に印象的です。

しかもですよ、コストパーフォーマンスが素晴らしいのです。アトランタのHINTON'S WINE STOREで25ドル。夏で泡の消費が多く、期待せず買ったのに、驚きました。40ドル台でもおかしくない旨い泡です。

argyle Brut

と言う事で今日のエントリーはArgyle Brut Willamette Valley Brut 2008 アーガイル ブリュット ウィラメット・ヴァレーです。

いやぁー今日は珍しく最初から最後までワインの話し。なにか物足りなく感じませんか? だからではないのですが・・・スパークリングを開ける時、栓が飛び出した経験をお持ちではありませんか?

私は大昔に数回、口金を緩めた瞬間に栓が飛び出た経験があるのですが、この数年は十分に注意しているので全くありませんでした。もちろん冷やして、瓶をゆすらないようにして、静かに開けています。それなのに今回、いつものようにシールを外し、口金を緩めた瞬間!栓に全く触れてなかったのですが、飛び出したのです。天井に向かって・・・

どうしてでしょう? 買ったのは数ヶ月前で、冷蔵庫に立てたまま置いてあり、静かに取り出して、立てたままシールを剥がし、口金を緩めただけなのに・・・謎です。
でも味には影響は無かったようで、なによりも美味しかったのでいいのですが・・・

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2013.07.07 | コメント(0) | トラックバック(0) | ワイン

シンガポール今昔物語

最初にシンガポールを訪れたのは1980年代でした。
まだ街には屋外に屋台や簡易食堂のような仮店舗が集まったホーカーセンターが点在し、裸電球もまぶしく多くの人が肩を触れながら食べていたものです。

中華ならあそこ、マレー料理ならどこどこ、インド料理はあっち・・・のように美味い屋台は当時から人の列が絶えなかったものです。

それがいつからか行政指導で屋外のホーカーセンターは消えて、ビルの中や大きな建屋の中に整然と店が並ぶようになりました。クーポンこそ使いませんがタイのフードコートのようです。

昨日までシンガポールを訪れていましたが、いったい何回目でしょう・・・
タイ勤務時はもちろんですが、その前からシンガポールは度々訪れていました。実は全部仕事で出張として訪れていました。

シンガポールは私が勤めていた会社も、関係した多くの企業も、アジアの中で統括組織を置いている企業が多かったのです。工場はアジア各地にあっても、法務・知財・資材などシンガポールに本部を置いてアジアをまとめていたのです。それで度々出張しました。

2002年のALSTER。サマセット・モームが「東洋の神秘」と評したラッフルズ・ホテルでお約束のシンガポールスリングを楽しんでいます。
Singapore ALSTER 2002

出張ですからタイからなら2時間半ぐらいでシンガポールに着きますし、まぁ一泊もあれば十分に仕事が出来たのです。

冒頭に書いた1980年代は中華系。マレー系にインド系の人々が混在し、何かすごいエネルギッシュな街だと感じていました。

今回の旅でもすごいエネルギーを感じましたが、それはかなりコンセプトがしっかりして、街全体と言うか国全部をすごい勢いで開発している感じがしました。


今回2013年のALSTER。街も変わりましたが、私も変わったものです。
Singapore ALSTER 2013

バンコクなんかばらばらに勝手にビルを作ったり、道路を広げたり、都心部の交通機関も新旧入り混じって、行き当たりばったりな感じなのですが、シンガポールはそれが全く見られず、整然としかも街全体をどうすべきかしっかりとした設計図があるようです。

美しく開発されたリバーサイドを闊歩する現在のシンガポーリアン、辮髪の商人は何を見続けているのでしょう・・・
Singapore Riverside

それはアジアの混沌とした路地や市場が好きな私にとって、シンガポールは洗練過ぎて居心地が悪いのです。まるで街路樹の一本一本まで間隔を測り木の大きさまでそろえているように思えます。

これからもシンガポールはますます美しい都市になると思います。ベイフロントは奇抜なデザインのホテルが人気ですし、ラスベガスのようにビル内に川を流し舟を浮かべたショッピングモールにカジノ。リバーサイドも魅力的です。
そんな巧妙に設計された都市にもっと多くの人々が観光で訪れるでしょう。ある意味日本が見習うべき姿も多く見かけました。

ただ私にはこの20数年で屋台が消えたように、これからもどんどんアジアの生活感が肌で感じられるような街ではなくなり、無機質のビルが建ち並ぶだけの魅力ない街になるように思えるのです。
そんな寂しさすら感じながら、シンガポールを後にしました。

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2013.07.05 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅先通信

多民族国家に住み、働く

シンガポールに来ています。
この街の開発はスピード感とコンセプトがしっかりしている統一感があります。それは魅力的な街になる感が強いのですが、私が20年ぐらい前から知っていたマレー、インドと中華系が交じりあい混沌としながらもエネルギーを肌で感じられた街ではなくなりました。
洗練された街すぎて私は居心地が良くないです。長居は不要!ここを早々に離れます。

Singapore Bay

シンガポールは典型的な他民族国家ですが、アメリカも他民族国家でありそれが力になっているように私は思えます・・・・

アメリカに住んで8年ちょっと、町で普通に生活している人々の変化をこの1~2年特に感じる事があります。中国の方とインドの方を多く見かけるようになったのです。

数的には極端に増えているわけではないのでしょうが、中国の方たちは数人で行動されていて(どこでも)大きな声で話されているので目立ちます。またインドの方たちも様相がお国のスタイルを貫いている人も多く目立ちます。両者ともどこへ行くにも大家族みな一緒のようで、それが余計に目立たせているかのようです。

実は、私が住んでいる町はジョージア州の中でも高所得者が多い町だと言われています(私には全く似合わない町です)。
町自体が計画的に造られ、森とゴルフ場に湖を取り巻くように住宅地があります。そして町全体にゴルフカート道が整備され、全ての家々やショッピングモールから医者、学校や公的機関まで全てゴルフカート(歩いても、自転車でも)で移動できます。

そんなことから全米で住みたい町として高い評価もあったと聞いています。また気候と安全なことからリタイアされた方が住む町としても名が知れているそうですし、成功されてこの町に移り住みアトランタに通われている人も多いようです。そんな町なので学校のレベルも良くて、その学校に通わせるために移り住む方も多いと聞きます。
要はジョージアの中ではかなりステータスが高い町で、立派な家々が並んでいます(私はこの町に似合わないアパートでしかも一番狭い部屋です)。

いえいえ決して町自慢をしているのではなく、そんな豪邸とも呼べそうな立派な家に住まわれ始めたのです。特に中国の方たちが・・・
私の1時間ぐらいの散歩コースにある家で4家族がこの一年で移られて来ました。町全体ではかなり多いと思います。

一方、私が住むアパートはいつの間にかインドの方たちが多くなりました。敷地内に二箇所あるプールでは、サリーを着られたご婦人が水遊びされている子供たちを見守っておられますが、それってすごく目立ちます。

両者ともアジアの大国と呼ばれる国ですから、当たり前なのかも知れません。きっとどこぞで成功されてこの町に移られて来たのかも知れません。
数年前はこの町で見かけるアジア系の人は日本人ぐらいだったのですが・・・

一方、働く環境ですが、私が働くオフィスでは以前から移民の方々が非常に多いです。ここで言う移民は法的な意味を含まずその人がアメリカ生まれではないが、アメリカで働いていて、将来母国へ帰る意思がない人達です。

アメリカに赴任した当時はベトナム人の人達が多く驚きました。今は無くなりましたが当時は工場が隣接していたので、皆さんそこで働いていて、英語も分からない人も多く居ました。メキシコ、カリブ諸国、中南米の方々も事務所や工場に多かったです。

考えてみると私もこの8年間でアメリカ人(アメリカで生まれた人)と日本人以外に、インド、中国、ベトナム、チリ、アルゼンチンの人達と一緒に働いたことがありますし、関係部署には中東出身者の人達もいました。

最近はインド人の人達が何十名も急に増えた感じです。ソフトウエアの技術系が多いようです。
アトランタの反対側になりますが、北に行けばハングル文字の看板が目立つコーリアの人達が多く住むエリアもあります。アトランタの空港からタクシーに乗れば10回に7~8回はエチオピア、ソマリアなどアフリカから移られた人が運転手です。

アトランタの北にあるハングルが目立つエリア
Gerogia Korea

いつの間にかそんな多民族の中に住み、働くことが当たり前に感じるようになっていますが、多民族の中にも時代の移り変わりが色濃く反映されているのを知るようになりました。
また、私はアメリカで市民権を得ようとは思ってなく、いずれ日本へ帰るつもりですが、そんな自分を(言葉が適切でないかも知れませんが)生まれた国を捨ててきた人達と比べると、アメリカで生き抜いていこうとする気概の強さを肌で感じてなりません。
実は、それがアメリカが本質的に持っている強さなのかも知れません。

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2013.07.03 | コメント(0) | トラックバック(0) | アメリカ生活

6月のベストワイン

タイ・バンコクに入りました。明日はシンガポールに移動です。

タイでは相変わらず路地歩きと市場巡りをしています。東洋のベニスと呼ばれたバンコクですが、今では高層ビルと渋滞の街になりました。そんな開発の嵐の中に残る庶民の生活を肌で感じられる所を探し回ります。

バンコクで最も開発が進んでいるのがスクムビット地区ですが、ガイドブックにもインターネットにもまず書かれない生活密着型水上バスが現在も活躍している運河があります。プラカノン運河!日本人密集度が一番高いトンローからたった二駅先のプラカノンにある市場から、国際空港に近いシーナカリンを結びます。

Phra Khanong Boat

運河に面した家は自前の桟橋を持ち、子供たちは水浴遊び、運河に面したお寺も多く参拝者も使っています。また画像のように観光用ではない水上の物売りも見られます。ボートに乗ると乗船客全員からずっと話しかけられ、周辺があまり見られないのが難点(笑)

Kloog Phra Khanong

タイの人々は恥ずかしがりやですが、庶民の生活の中に入ると、気さくでお節介で話好きです。それが魅力でこんな旅を続けているのかも知れません。

さて、二週間ほど前でしょうか、インドネシアでの野焼きによる煙で大気汚染が深刻だと報じられたシンガポール。果たして今はどうなのでしょうか? ちょっと心配ですねぇ・・・

煙るシンガポールは全くイメージに合わないです。バンコクなら何となくそれもありかなぁ~とは思うのですが、美しく整備された街が煙に包まれていたら、がっかりですね。

さて夏休みの旅の間に7月に入ってしまいましたので、6月の月間ベストワインをまとめてみましょう。
6月は夏休みが近づくにつれて気分が高揚してしまい、普段より高いワインを開けてしまった感があります。それだけに迷うことなくベストワインが決まりました。

No.1はWALTER HANSEL Cahill Lane Vineyard Pinot Noir 2009 ウォルター・ハンゼル ケイヒル・レーン ピノ・ノワールです。
大好きなピノの中でも、好みのストライクゾーンど真ん中に近いワインでした。コストパーフォーマンスも素晴らしく、見かけたら絶対に買うべきワインです。

Walter Hansel PN CLV

No.2はArgyle Brut Willamette Valley Brut 2008 アーガイル ブリュット ウィラメット・ヴァレーです。泡が月間ベストに入るのは初めてでしょうか? 柑橘系の香りが特徴的なオレゴンのスパークリング。これもコストパーフォーマンスが素晴らしく、見かけたら買うべきワインです。(エントリー記事はまだなので、月間ベストに入れるのは反則かな?)

Argyle Brut

No.3はCrossBarn Sonoma Coast Pinot Noir 2010 クロスバーン ソノマ・コースト ピノ・ノワールです。大好きなPaul Hobbが展開する新ブランド「クロスバーン」、6月だけでシャルドネ2と合わせて4本も飲んでしまいました。

CrossBarn PN Sonoma Cost

惜しくもベスト3には入りませんでしたが、Newton The Puzzle Spring Mountain Estate Napa Valley 2009 ニュートン ザ・パズル スプリング・マウンテン ナパ・ヴァレーはベスト1でも当然なワイン。ピノ・ノワールに特別な思いがある私なので、ベスト3入りを逃しました。
それと、CrossBarnクロスバーンのシャルドネも特筆すべきワインでした。

こう思い返すと、6月はなかなか混戦でしたねぇ~ たまにはこんな幸せな月もあって欲しいものです。

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2013.07.01 | コメント(0) | トラックバック(0) | ワイン

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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