スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告

居心地良い部屋へ 2

こんにちは。アクセスありがとうございます。

4月30日、今朝のバンコク(の端っこ)は晴れのよう~ 今日はちょっと早起きなのでよく分かりません。これからイミグレに行きたいのでジンクス的には雨なのですが・・・まぁ雨が降ったら止めちゃいますけど(笑)

さて、前回の前置きの続きです(苦笑)

走り去る180番を見送り、さぁ、どうしようか・・・迷っていると47番無料赤バスが出発しそうです。飛び乗ってしまいました。今度は無料なので行き先を告げる必要もありません。さぁ、どこへ行くのでしょうか・・・

しかし行き先が分からないバスに二回続けて乗る自分・・・まぁ暇人としか言えません。

47番のバスはクロントゥーイ市場の横を通りラマ4世通りを西に向かっています。パヤタイ通りとの交差点で右折、MBKの交差点で左折し、バンコクの旧市街に向かって行くようです・・・行き先の分からないバスに乗るって、本当にわくわくします。スマホなんか持ってないし、頭の中でバンコクの地図を総動員です。

やがてワット・サケットを迂回するようにしてラチャダムヌンクラン通りに入り、民主記念塔の方に向かいます。こうなると(たぶん)チャオプラヤーは渡らないでしょうから、ワットプラケオかワットポー、その周辺が行き先かと想像しました。

そこまで行くと戻りが厄介なので民主記念塔の手前で降りて一息入れました。さて、次はどうしようか・・・ もう午後に入りノンエアコンの赤バスに2時間以上乗った後なので、ちょっともうノンエアコンバスは・・・(汗)

その時思い出したのです。センセーブ運河ボート。
15年前からセンセーブ運河ボートが通るバーンカピは旅の拠点としていた所で、プラトゥーナムまでの行き来によく利用していました。今のアパートに住むようになってからもシーナカリン通りの北端がバーンカピなので、センセーブ運河ボートをよく利用しています。

同じセンセーブ運河ボートですが、プラトゥーナムから西は別なボートになって、その西端がワット・サケットに近いパーンファーリーラート船着場。10分も歩かず船着場に着きました。

プラトゥーナム船着場で違うボートに乗り換えしますが、バーンカピまでチケットは通しで買えてたった20バーツ。渋滞なしの運河ボートは涼しい風に心地よい揺れで、まさに東洋のベニス「バンコク」を楽しみながらの移動手段!(って事はなく・・・どぶ臭い匂い、けたたましいエンジン音、それに運河からの水しぶき付きです)

この運河ボートは稀に物好きな観光客も乗りますが(<--以前の自分)、ほぼタイローカルの通勤生活路線。乗り降りも慣れが必要ですが、何よりも怖いのがあの香り高い運河の水しぶきです。一応船べりに上げ下げ出来るビニールシートはあるのですが、少し水しぶきを浴びるのは日常的にあります。

まぁ普通に走っても水しぶきがかかることがよくあるのですが、その日は何かの拍子でバケツを引っくり返したような水(もう水しぶきとは言えない)がボートに入って来ました。乗っていた全員が声を上げたように思えます!
Canal Boat

前々列左端にいた女性は髪から服まで全身びしょ濡れです。私の左も前列も水浸しでみんな右へ移動しています。バンコクの運河の水、絶対に浴びたくないです。可愛そうに女の子、ちょっと泣きそうな雰囲気・・・これからどこへ行くのか、しばらく匂うでしょうねぇ~ 

もし私があれほど運河の水をかぶったら、間違いなくショックで気を失うでしょう。あの匂いを全身浴びたらと思うだけでも意識が遠のきます。センセーブ運河ボートで気を失った日本人・・・どなたかのブログ内タイトルが目に浮かび、必死に耐えました。

バーンカピモールで降りてお買い物、その後エアコンバス207番で帰りました。
・・・って、何か言いたかったわけで無く(もちろん前置きですから)、こんな無計画な公共交通利用の半日旅行をよくしています(ほぼ毎日)。リタイアしたおっさんの暇な日々ですね。


さぁ! 本題に入りましょう(笑) イミグレに行かないとなりません。


部屋の改造の続きですが、お金をかけずに少しでも居心地良くしたかったのですが、メガバンナーが近いのでIKEAにはずいぶん行きました。もっとも価格票が黄色い下地のセール品だけで、車がないので重たいものは避けました。

まず照明です。
最初部屋の照明は天井からの直接照明だけでした。直接照明が苦手なもので、1月の入居後に徹底掃除する中で真っ先に買いました。LED電球もIKEAです。組み立て式ですがランプシェードって小さくならないのですね・・・バスに乗る時、かなり恥ずかしかったです。
Room

次に壁掛けの絵です。
オーナーなのか、前に住んでいた方の趣味なのか、どこにでもるようなデザイン画が掛かっていました。気に入らないなぁ~と思いながら放置したままだったのですが、毎日嫌いな物を見なくてはなりません。一ヶ月ぐらいしてからでしょうか、とうとう変えてしまいました。

デザイン画は安いものでも(私には)結構値が張ります。そこで自前の画像から気に入ったものを選び、シーコンスクエアでFUJI FILMの看板を出している写真屋さんに、USBでデーターを持って行き印刷してもらいました。A4ぐらいの大きさで30バーツぐらいだったか・・・忘れましたが、高くなかったです。フレームはIKEAで129バーツの安物をふたつ。

最後がアームチェア
部屋には最初からソファーがあったのですが、すわり心地などからほとんど使ったことがありません。きっと座ったらすぐ横になると思いますが、それも・・・
私は頚骨に持病があるので、楽な姿勢で長く過ごせるアームチェアをIKEAで買いました。
この時だけはタクシーで持ち帰りましたが、部屋に運んでいざ組み立ての時、ドライバーなど組み立て道具を持っていない事に気づきました。本当に思い立ったらあまり考えずすぐ実行なのです。
Chair

不思議な事にIKEAでアームチェアを買った時、なぜか子犬が一緒に部屋に来ました・・・
迷子なのでしょう。家賃を取らずに置いてあげることにしました。大人しいし・・・

さぁ、これで部屋がずいぶん居心地良くなりました。次はキッチンでいよいよ自炊の準備です。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

スポンサーサイト

2015.04.30 | コメント(1) | アパート

居心地良い部屋へ 1

こんにちは。アクセスありがとうございます。

4月29日、今朝のバンコク(の端っこ)は青空も見えるので、昨日より晴れそうにも思えます。最高気温は38℃とか数字で現れる以上に暑く思えるのは、お腹のたるみが原因かも知れません。

さて先日、そんなメタボ腹を揺らしながら、いつものように昼食と散歩を兼ねてバンナートラート通り向かい歩いていました。その時はメガバンナーにバスで行くか、セントラルバンナーに歩いて行くか迷っていたのですが、なんとなくもっと遠出したくなってしまいました。

バンナートラート通りの反対に渡りバス停で待つと真っ先に来たのが180番の赤バス。このバスは路線が分からずいつも気になっていました。私はTransit Bangkokと言うバンコク公共交通のサイトが頼りなのですが、それに180番がないのです。グーグルマップのバス停にもありません。

行き先も分からないバスに乗る・・・それって時間をもてあそぶ年寄りが出来る、気を失うまいと暑さと戦う体力勝負、それに脳内を刺激する知的好奇心を満たす・・・そんなゲームのようではありませせんか?

早々180番の赤バスに乗り込むと車掌さんがガチャガチャ(うーん、なんて言うのか・・・切符と料金が入っているブリキ缶)持って私の所に来ました。私は黙って10バーツ出しました。それで十分足りるし、一律料金だと思ったから行き先を言わなかったのです(本当はどこへ行くのか分からないから言えない)が・・・

車掌さんが「どこへ行くの?」(もちろんタイ語)って聞くじゃないですか。私は困った顔して「知らない」(一応タイ語です)すっごく情けない返事です(汗)

車掌さんが呆れ顔でスクムビット?クロントゥーイ?・・・と順々に主だった行き先を言ってくれます。車掌さんに全部のルートを言わせるわけにはいきません。頭に入って来た分かる場所「クロントゥーイ!」とつい言ってしまいました。8バーツ、本当は終点まで行きたかったのですが・・・

そう言えばアパート前を通る赤バス145番も、シーコンみたいな短い行き先を告げると6.5バーツになります。赤バスは必ずしも一律料金じゃないのかも?(って毎日乗っているのに知らないのです)

さて、行き先を知らないまま180番はバンナートラート通りとスクムビット通りの交差点で右折。ウドムスックを通り過ぎバンチャック駅手前で突然左折し高速道路に入りました。赤バスの高速道路は嫌な経験しかないのですが、しばらくしてPortで高速を降りてクロントゥーイ港に向かいじゃないですか。

丸っこい顔になっていますが、並走してた車のガラスが曲面だからです!(かな?)
ALSTER Bus

バスはクロントゥーイ港ゲート前でUターン。ここってチャオプラヤー川を渡る小舟の桟橋近くですねぇ・・・懐かしいです。対岸へ遊びに行くのに使っていました。思わずボタンを押して降りてしまいました。

走り去る180番を見送り、さぁ、どうしようか・・・チャオプラヤー川を渡し舟で対岸に行っても良いし、このバス停が始発なのか違う路線バスが待機しています。うーーん、どうしよう・・・

前置きが長くなりました。すいません。

前置きの続きなんて許されるのか分かりませんが、続きは次回にして本題に入りましょう(笑)


日本から持ち込む事に失敗した物もありますが(汗)スーツケース3個でかなりの物を運べました。日用品で持ってきて良かったものは「運んでいい物、だめな物」 に書いていますが、それ以外に部屋の改造グッズも持って来ました。

改造とは大げさなのですが、壁に穴を開けたり削ったりせず、大きな家具も買わずに、日本で不要になった物を中心に部屋を少しでも居心地良くしたかったのです。

まず靴置きです。
玄関なんて当然無いのでひとつしかない部屋のドアー近くに靴(正確にはサンダル)を置いていました。靴置き自体はIKEAで安い物を買っていましたが、部屋のどこに居ても靴置きが目に入ります。

そこで靴置き自体を目隠しする布、そしてその上にIKEAで99バーツの造花二つ、それに娘の部屋からやって来た古いシュタイフのテディベアを置きました。
Shoes

次はバスルーム。
スタジオタイプの部屋で外に面しているのが一面だけ。そこにキッチンとバスルームがあるので、日中明かりを部屋に入れるのにバスルームのドアーはいつも開けっ放しです。まぁ一人暮らしなのでそれで構わないのですが、部屋のどこからでもバスルームの中が見えるのはちょっと・・・

そこで使わなくなったレースのカーテンとカーテンクリップなど持ち帰り、ドアーの前に取り付けました。これで明かりが取れて少しは目隠しも (なるかな・・・)
Room

まだまだ続く部屋改造ですが、いつこのアパートを出るのか分からないのでお金をかけずが基本です。そんな気持ちが少しでもあると・・・ちょっと気合が入らないですねぇ~ どこまでも中途半端な男です(汗)


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.29 | コメント(6) | アパート

移住ではないのです。ロングステイ


こんにちは。アクセスありがとうございます。

4月28日、今朝のバンコク(の端っこ)は毎日飽きるほど同じで白いもやに包まれた夜明けでした。昨日より晴れそうな雰囲気ですが・・・さっぱり分かりせん。

さて、唐突ですが、エントリー済みの「クロワッサンたい焼き」のように先週は灼熱のバンコク中、たい焼きを探し求めサウナバス(無料赤バス・お世話になっています)を乗り継いで何日も都心部へ出ていました。

どんだけ暇なんだ!と思われた方が多いでしょう。その通り暇です、ハイ・・・)

サイアムのデジタルゲートウェイやサイアム・パラゴンにも行ったのですが、ありませんでした。2時間(本当はかなり好きな)サウナバスに耐えて都心に行ったのですから、手ぶらで帰りたくありません。

どんだけ食いしん坊なんだ!と思われた方が多いでしょう。その通り食いしん坊です、ハイ・・・)

そんな時、目に飛び込んできたのが「ギャレット ポップコーン ショップス」。
2年前に日本に上陸し3時間待ちの行列ができた事はアメリカでも報じられていました。日本でもアメリカでも食べた事はありませんが、住んでいたジョージア州でも別なポップコーン専門店があって、色々なフレーバーを楽しんでいました。

どんだけアメリカの話しをするんだ!と思われた方が多いでしょう。うーーん、勘弁してください)

サイアム・パラゴンのフードコートがある辺りはいつも激混みですが、その近くです。そして混雑している中で異彩を放つ空虚感(汗)バンコクでも行列が出来ていたかは知りませんが、すでに「終わっている感」が漂っていました。日本でも同じでしょうか?
Garrett1

行列がない所で買うのは気が引けますが、手ぶらで帰るより・・・と思い買いました。定番と思われた「シカゴミックス」確かSサイズで140バーツだったか・・・
Garrett 2

キャラメルクリスプとチーズコーンのミックスです。キャラメルはかりっとした食感も作り出し甘さもちょうど良いのですが、チーズは私には少し濃厚過ぎる感じでした。
まぁ悪くはないけど、行列を作ってまで買うものでもないのが正直な感想・・・と思いながらも手が止まらずあっと言う間に食べてしまいました(笑)これがポップコーンの怖さです。ハイ・・・

どんだけ甘党なんだ!と思われた方が多いでしょう。その通り甘党でもあるのです、しかも酒好きな甘党。ハイ・・・)


さぁ、今日も甘いものを食べて元気出して、そろそろ本題に入りましょう。


このブログを再スタートしてそろそろ一ヶ月が経とうとしています。
何度か書いていますが(老人は同じことを繰り返すので、ご勘弁を)前身は「ワインな日々fromアメリカ」で、自炊料理とワインにアメリカ南部の田舎暮らしが内容でした。

当時もブログランキングには参加していましたが、反応は薄く一年ぐらい経ってやっと20位以内に入ったことがあるかないかだと記憶しています。

一ヶ月前新しく参加したタイ関係のブログランキングですが、反応の速さ、アクセス数の多さに驚いています。自分のブログがランキング上位になるとは思ってもおらず、正直かなり驚きでもあるのです。

10位以内で自分のブログタイトルを見たときは、マジかっ!と驚き、気を失うかと思いました。ブログランキングで気を失うと、今後は60歳以上参加不可!の規制になるかも知れません。他の方への迷惑は絶対かけたくなく、必死に耐えました。

もちろんこれは一過性のことで、自分には似合った位置にしばらく経ったら落ち着くと思います。タイに来てもうすぐ4ヶ月。ブログは1ヵ月。こんな時期だから全てが新鮮で毎日(長々)書くことがあるだけです。

それにリタイアしたての62歳で暇だけは有り余っているのですから・・・すぐに書くことがなくなり、毎日の昼食と夕食の画像に酒の話しになるはず・・・ あれ?それって、このブログ前身の「ワインな日々fromアメリカ」と同じじゃないですか! 
結局元に戻るですねぇ~ 「タイご飯とビールな日々fromバンコク(の隅っこ)」そんなタイトルが見えるようです。その頃はランキングにも1ページ目には間違いなく出ていないことでしょう。

前タイ勤務時から遊びは全てレストラン巡りに注いだぐらいの食いしん坊です(笑)バンコクにオープンした後のBlue Elephantですから2003年頃。
ALSTER at BE

さて、コメントもたくさん頂きました。多くは励ましかアドバイスで、本当に励みになります。一方的に書くだけのブログに読者の反応があると気持ちにハリが出ます。ありがとうございます。
そう言えば同じIPアドレス(在タイですね)から5回もハンドル名を変えてコメントされた方もおられました。全て批判的内容だったので、わざわざハンドル名を変えられたのでしょう。昔のパソコン通信をちょっと思い出させてくれました。

ところで、ランキング自体は多くの方に自分のブログを知っていただく手段としてだけ考えているので、ランキングそのものは気にせず、自分のスタイルで続けられればとだけ思っています。アフィリエイト・広告など一切排除しているのも、訪れていただいた方が見やすければと思ってのことだけです。

そのブログランキングの特徴を地域別で見てみると、アメリカだと多くのブログがペットとランチ紹介みたいな内容で、おっさん一人暮らしの私は馴染めないものでした。最終的には地域別ではなく、お酒のブログランキングに移ってしまいましたが・・・(笑)

タイはこの地に根を下ろした方の日々、ニュースを扱ったもの、タイトルでも紹介文でも「移住」と言う言葉が多いですね。当たり前かも知れませんが地域の特徴が現れて面白く思いました。

参考になるブログは山ほどあります。全てのブログが何らかの形でためになると言っても過言ではありません。数え切れないぐらいたくさんの情報やご経験を私自身がどう受け取るかだけが問題ですが、良しも悪しも全て自らの責任! 

いずれにしてもブログランキング参加の全ての皆様に、この場を借りてお礼申しあげます。惜しみない情報提供はそう簡単に出来るものではありません。

ところでタイ関係ブログでよく見かける「移住」ですが、そう言い切れるのはすごいと思います。弱虫な私はそのような勇気はなく、片足を日本に残したような潔くない男です。最初から移住なんてつもりは全くありませんでした。表現するならタイに長く居させていただく・・・それが私のロングステイでしょうか。

だから私はこのブログを始めてから一度も「移住」と言う言葉を使っていません(たぶん)。移住じゃなくてロングステイでなのです。

タイに来た事情など「ロングステイを決めて最初の訪タイ」 ですでに書いているのですが・・・

アメリカでリタイアを決めとりあえず日本に戻ったものの、長い間日本に住んだり働いた事も、家族と一緒に住んだこともありませんから、どうして良いのか分からなかったのです。それで家族と話し合って、また少しの間海外で暮らすことにしたのです。それがタイで、少しの間です。

子供達はまだ学び舎に居たいようです。家内は子供達の巣立ちを見届けるまでは離れられないでしょう。家族にとっては私はずっと海外に居て、遊びに行くべき所だったのですから、まだしばらくはそうあり続けようと思います。

25年以上海外で働いた後の、ちょっとした長い夏休みだとも思ってもいます。

「少しの間」が何年かは正直分かりません。健康上の問題もあるし、家族にいつまでも自分の我侭を通すわけにはいかないでしょう。

今はもう少し一人で、この地で、無理無茶ではない程度に、ゆっくりと少しだけ頑張りたいと思っているだけです。色々、慣れない地で初めてのことで苦労もありますが、まぁそれは私の半生そのものですから、結構楽しんでいる自分がいます(笑) 

楽しくなくなったら・・・それが私のロングステイが終わる時でしょう。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.28 | コメント(5) | タイ生活

日タイ以外で取るリタイアメントビザ

こんにちは。アクセスありがとうございます。

4月27日、今朝のバンコク(の端っこ)はうす曇。いつものように昼ぐらいから晴れるのでしょうか・・・ 昨夜は深夜に雷が落ちていたので、そろそろ季節も移るのかも知れませんね。

さて、日本では今週あたりからゴールデンウィークに入る方もおられるのではないでしょうか。確かアジアの某大国も連休だったと思います。春節や国慶節ほどじゃなくても、大陸から多くの人が日本へ、そしてタイにも来られるのだと思います。

どの国の方もタイをたっぷり楽しんで欲しいものです。

私は特に観光地に行くことはないと思うのですが、行列が出来るうまいものを求めて都心部を放浪することは考えられます。そうなると、サイアム、シーロム、伊勢丹前あたりで観光客に遭遇するかも知れません。

どうか観光客の皆さんはガイドブックに載っている、プラトゥーナムのピンクのカオマンガイで有名なガイトーンにお並びください。並ぶほど特別に美味しいかは疑問ですが、まずくもないし、なんて言ってもガイドブックに載っているのですから。私も並んでいるかも(笑)
画像は今年1月に通りかかった時、行列に驚き思わず撮ったものです。
Kaiton BKK

・・・と言いながら、昨年末、アメリカから日本に帰国してすぐ、渋谷のガイトーンに行ったのは私です。ハイ・・・
Kaiton Tokyo

この画像を見ると、渋谷じゃ200バーツぐらいですねぇ~ 高っ! こっちじゃ私の昼食は普通50バーツぐらいなのに! 思わず椅子から転げ落ちて気を失うところでした。5ヶ月前に食べたカオマンガイの値段を思い出して気を失うわけにはいきません。必死に耐えました。

さぁ、今日もこの後が長くなるなりそうだし、久しぶりの英文なので集中して本題に入りましょう。

現在、私はタイでリタイアメントビザを自力で取ろうとして、最初の難関である90日のリタイアメントビザを取得した所です。この後は基本的には同じ申請で1年が取得できると考えています。

そんな中で、もし日本でリタイアメントビザを自力で取得したならどうだったのか?そんな疑問で調べたのが三日前のエントリー「日本でリタイアメントビザ」 です。

本音と建前、実際にどうだったかではなく、あくまでも大使館WEBの案内だけを比較したものでした。結論は厄介だけど出来ないことはない。しかし国立病院での健康診断が必要でその費用まで考えると、日本ですべきでなく、また地方の人は日程と費用で特に要注意でした。

それではタイや日本以外の国で取得できないか? その内容は? 費用は? と気になりました。それは私自身が昨年10月まで10年もアメリカに住んでいて、日本に2ヶ月居ただけでタイに来てしまったからです。そのままアメリカ在住時にタイのリタイアメントビザを取得することは出来なかったのか? 

気になったら調べないと気がすまない性質です。
ところで、なんで「たち」と入力すると「性質」と変換されるのでしょう? 意味は分かるのですが・・・。
ブログを書きながら、この前も「祝日」と「祭日」の違いを調べたり、「主旨」と「趣旨」、「法事」と「法要」の差を調べたり・・・調べないと先に進めない性質なのです。


先に進めましょう・・・(汗)


実際的に考えてアメリカで私がタイのリタイアメントビザを取得することを想定して調べました。くどいのですが前回在京タイ大使館の時も記しましたように、全て在米タイ王国大使館公式ホームページ記載事項のみが対象で、実際は違うよ!はあるかも知れませんが、比較の意味で考慮していません。

また私がこのように理解したと言う話しです。当然文面を読んでの個々の理解は色々あると思います。それらのご理解はお任せします。

さて、在W.D.C.タイ大使館 の「Consular Services」から「VISA」そして「Non Immigrant Visa Long-stay」と進んでください。

肝心な部分以外の原文記載は止めておきますね。概要だけ記します。

「Purpose of Visit」「Eligibility」でこのビザの目的や適応者が記載されているのですが、記載内容の詳細は異なりますが、50歳以上など当然日本と基本は変わりはありません。

続いてビザの有効期間、そして1年間の滞在許可が書かれていますが、続く「Recommendations for foreigners with Non-Immigrant Visa “O-A” (Long Stay) while staying in the Kingdom」でタイでの90日の申請事項が必要な事とレポートなどの記載があり、以下のように80万バーツ以上の送金証明書かタイにおける銀行口座残高が必要と書いてあります。
documented evidence of money transfer or a deposit account in Thailand

従ってアメリカにおいてリタイアメントビザを得ても、タイ滞在中90日までにお金をタイに移し再申請してねと(在京タイ大使館より親切に書いてあり)受け取れます。

それではアメリカで申請に必要な書類等です。これは原文の主だった部分を掲載します

1, Your actual Passport or Travel Document. (Passport or Travel Document must not expire within 6 months and contain at least ONE completely empty visa page).

 在京タイ大使館要求は1年6ヶ月以上でしたが、在米では6ヶ月以上ですね。

2, Visa application form completely filled out (download)

 実際にダウンロードしてみると、在京タイ大使館の申請書とほぼ同じでした。

3, Addition Application form (download)

 実際にダウンロードしてみると、在京タイ大使館の経歴書とほぼ同じでした。

4, A medical certificate showing no prohibitive diseases as indicated in the Ministerial Regulation No.14 (B.E. 2535) certificate shall be valid for not more than three months (download)

 日本とは異なり国立病院うんぬんの記載はなく、大臣指定病(ハンセン病、象皮病、梅毒など)は大丈夫とダウンロードした表明書に医師がサインすれば良いようです。

5, Three photo’s passport-size photographs (2″x2″) ...(省略)

 在京タイ大使館は4枚でしたが、在米は3枚(笑)。ただ背景とか色々書いてあります。

6, A copy of bank statement or evidence of adequate finance showing a deposit of the amount equal to and not less than 800,000 Baht or an income certificate (an original copy) with a monthly income of not less than 65,000 Baht....(中略)In the case of submitting a bank statement, a letter of guarantee from the bank (an original copy) is required

 銀行残高証明書ですね。条件は在京と同じですが、在京にある「公証人役場と外務省の認証」なんて疑問な要求はありません。銀行のサインでOK。

7, A letter of verification stating that the applicant has no criminal record (verification shall be valid for not more than three months)....

 無犯罪証明です。在京とは違い警察発行とは要求していなく、理解しようによっては自分で無犯罪だよ!とレターに書けば良いように思えますが、実際は大使館に聞くべきでしょう。いずれにしても在京と比べて厳しくないですねぇ~

8, Visa Processing Fees:-
$200USD for multiple entries per application. Payable in money order made payable to Royal Thai Embassy.


申請料は200ドル(24,000円、6,500バーツぐらいかな)在京は22,000円でしたね。

結論から言えば、非常にシンプル、合理的とも言えます。
指定疾病は主治医にダウンロードした書類にサインをもらい、銀行で残高証明書を発行してもらい、犯罪していないとレターを書けば(これは要確認)、申請できそうに思えます。

費用はやはりタイで取得するより高いのですが、在京タイ大使館のように「公証人役場と外務省の認証」「警察署での証明」「国立病院での健康診断書」なんて疑問に思う要求がありません。

在米のタイ領事館は私が住んでいたジョージア州ではアトランタにありました。車で1時間半ぐらいの距離です。これなら日本に戻る前にアメリカでの取得を挑戦しても良かったかも・・・と思わせてくれます。アトランタのタイ領事館なら色々相談にも乗ってくれそうな気がします(笑)

まぁ、後から思えば・・・の話ですけどね。

最後に、、、私はビザの専門家でもなく、ただの退職老人。そんな私が自力でビザ取得を目指す中で、自分の為にタイのイミグレ・在京大使館・在米大使館の要求事項に差がある事を理解したかっただけです。
裏道・抜け道もあることでしょうし、時の事情差、理解の差も当然。あくまでも個々の責任でご判断下さい。またそうした事のコメントはお止め下さい。

どんなビザにしても、人それぞれですので、ご自分の状況に合わせて、ご自分なりに判断した上で一番良いと思われる方法を取られれば良いかと思います。アパート選びと同じかも(笑)


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.27 | コメント(0) | ビザ

運んでいい物、だめな物(空港トラブル)

こんにちは。アクセスありがとうございます。

4月26日、今日のバンコク(の端っこ)は白いもやに包まれた朝ですが、青空が望めそうな気がします。気がするだけで、確かなことはまったく分からないのですけどね。

昨日はいつ雨が降ってもおかしくない天気でしたので、メガバンナーに行って散歩兼買物をしました。アパートからMEGAに行くバスは133番と207番、少し離れた所から38番、48番、365番(たぶん他にも)と複数あるのですが、行く時は乗り換えるか一駅分歩きます。帰りは207番がMEGA内から乗りアパート近くで降りられるので、雨が降ってもほとんど濡れずに済みます。

さて唐突ですが、私は父親をドイツ勤務時に亡くしました。母親はアメリカ勤務の時。私は両親とも葬式の真っ最中に空港から駆けつけた親不孝者です。

今エントリーしている2月の帰国中の事ですが、お袋の七回忌を済ませました。
急に思い立ってするものではなく、本来なら5月にすべきなのですが、その時に日本に戻れるか分からず、話も話なので帰国中に親戚に相談した上で急に決めたことです。

親戚には話した上でお寺さんとも相談し、当日はお坊さん以外は家内と私だけの小さな法要でした。本当に私は親不孝者です。

時は変わってタイに戻って数日経った3月のある日、これも急に思い立ってアパート近くのバーンプリーにあるワット・バンプリー・ヤイ・クランへ行ったのです。タイ最大級の涅槃仏があることで(一部の人には)知られているお寺だそうです。また近くにはバーンプリー古市場があることも(一部の人には)知られていて、そこには数度行ったことがありました。

アパート前のバス停から133番でMEGAの先、キンケーオまで30分かかりません。バンナートラート通りの反対側に何台か行き先(正確にはタイ語表記)が違うソンテウが停まっていたので、近くで商売されている方に聞きます。二人目の人が知っていてわざわざソンテウまで連れて行ってくれた上、すでに乗っているお客に「お寺に着いたら教えてあげて!」と頼んでくれました。

その先客の女性、死んだお袋に似ていました。「写真を撮ってもよいですか?」と聞いたので、ちょっとおすましされていますが・・・
Sonbthew

成り行きからステップ立ち乗りせずに、隣に座り話をしました。他愛のない話です。たぶんお互いの話したい2割ぐらいしか通じてなかったでしょう。いつもなら話が途切れるのですが、不思議な事に私が降りるまで話が尽きませんでした。ソンテウの中もいつもと違って振動も気にならず、ゆったりとした時間と風が流れていました。
私の誕生日の出来事でした。


さぁ、気持ち的にはこれで今日のブログを閉じたいのですが、予告もしてしまったので本題に入りましょう。


遡ること2月21日深夜過ぎ。正確には2月22日午前1時に無事スワンナプームに戻りました。1ヶ月前は入国日を一日遅らせたく、牛歩作戦の空港でしたが(「24時に入国すると入国日は?」で書いています)、今度は急ぎます。 預けた荷物も多いし心配です。

一ヶ月前はほぼ手ぶらタイに来たのに、今度はタイでの生活を築くための荷物がいっぱいです。何回もスーツケースを閉めては、まだ入ると出発前夜までパッキングしていました。

何度も使い手に馴染んだ調理道具、舌に馴染んだ色々な調味料、足に馴染んだサンダル、着心地良い夏服も入るだけ、使い慣れた薬、本も入るだけ・・・

そんな物の中に今でも持ち帰って良かったと思うものがあります。布製品に使う除菌のスプレー(ガス式じゃないです)はマットレスに週二回かけています。蒸し暑いタイで外に干せない寝具なので、やはり気になるのです。寝汗も日本やアメリカ以上にかいていると思います。

シーツを変える度に、まず掃除機で入念にマットレスの表面を吸い込み、それからシュッシュッと、なんだか気持ちよいですよ。

そう言えばアメリカでは一度もそんなマットレスのケアをしなかったですねぇ~ 働いていたので日中は締め切った部屋だったのですが・・・自分で買った新品だったから気にならなかったのかも。こちらは以前誰が使ったか分からないマットですから。

まぁ日本でも布団は干してもマットレスをベランダで干している人は見たことがないですねぇ~ 誰も気にしないのが当たり前なのかも(汗)

それからキッチン用のアルコール除菌もふきんやまな板などに活躍中。なんだか生活臭い物ばかりですが、タイですっかり除菌男になったのかも(笑)

調理道具は本当に馴染んだものじゃないと料理が楽しくないです。そうですよね!?って完全にスルーされそうな気がしています。ハイ・・・
出発前に日本で家にある包丁は全部を研いで来ましたが、肝心の砥石は持って来ていないので、タイではどうするか? 切れ味が悪くなったら考えましょう。

タオルケットも持ってきて良かったです。寝る時はどんなに暑くてもお腹の上だけはかけたいのです。

何でもあるようなバンコク。確かに日本以外の世界では一番日本の物が手に入りやすい所だと思います。当然日本より高くなりますが、それでも他の国に比べたらずっとマシです。そんなバンコクでも慣れ親しんだ物を持って帰りたいのです。

さて、搭乗ゲートで係員から言われたのは「お客様がお預けした荷物に問題がありまして・・・」のことです。本当は忘れたいのですが・・・時を日本出国の2月21日に戻しましょう。

係員が指差す搭乗口と違うドアーの向こうには・・・私のスーツケースと警備員。警備員が私に説明します。「バルサン(ハッキリと商品名を言われました)入れていませんか?」「はっ、はい・・・いけませんか?」と私。「駄目です」と冷たい係員。

成田セキュリティーガイドに「バルサンなどの殺虫剤は毒物を含むため、どのようなタイプでもスーツケース等に入れてのの預け入れ、および機内への持ち込みは禁止されている」とあるそうです(後で確認しました。商品名までありました)。 

私の後ろで皆さんが搭乗していく中、その場で立会いの下、スーツケースを開けました。前夜何度も詰め替えたスーツケースです(涙) しかも、1個じゃないのです。2個も・・・ 係員は保安検査でスーツケースを開けたわけではなく、X線で分かったのでしょうか? しかもバルサンと商品名まで・・・

恥ずかしいやら、折角買った物を取り上げられ悲しいやら、知らなかったとは言え100%私の責任です。バルサンを部屋で使った経験をネットで読んで、「それは良いや!」「虫が発生する前に手を打とう」と思ったのですよねぇ~ 強いものでなく初心者用の物です。自分が浅はかでした。航空会社にも保安員にも平謝りです。ご迷惑をかけました。全て完全に私の責任です。

保安検査で恥ずかしさと叱られた子供の気持ちを味わい、気を失うかと思ったほどの動揺を隠せないまま席に着き、照れ隠しで気を失ったふりをしながらの日本出立となったのです。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.26 | コメント(12) | タイ生活

再びタイへ

こんにちは。アクセスありがとうございます。

4月25日、夜明け前の雨は上がったようです。今朝のバンコク(の端っこ)は白いもやが立ち込めています。

週末ですね。お休みの方はゆっくり起きられたことでしょう。今日もお仕事の方はご苦労様です。頑張って下さい。

唐突ですが昨日、スクムビットSoi14に野暮用で行きました。バンナートラート通りからエアコンバス48番で1時間、17バーツです。

バンコク中心部に行く度に思うのですが、ソイを間違えたのじゃないかと思うほど様変わりしていますね。用事を終えて今日はアソークのターミナル21を散歩しました。今回で3回目ぐらいだと思います。

最上階から一階ずつ降りていきましたが、フードコートだけが大変な混雑でした。ショッピングセンターのコンセプトはよく出来ていますし、造りもなかなか・・・ ただ残念なことにテナント店のほとんどがコンセプトとは無関係ですね(笑) まぁ楽しければ良いのですけどね。

帰る前に何か買って帰りたいと地下フロアーを見ていた時、モスバーガーが目に入りました。アメリカが長かったのでハンバーガーには拘りがあるのですが、モスバーガーはハンバーガーとは別物です(笑) 

お腹も空いていたので吸い込まれるように入ってしまいました。コロッケバーガー(日本よりサイズが小さい?)のセットで99バーツ。私の外食上限にギリギリセーフの価格です。
MOS burger

ハイ、美味しくいただきました。

ところで・・・ちょうど食べ始めようと思ったその時、若い女性が席がなくて相席をして来ました。回りを見ると確かに全部、席が埋まっています。

女性にしたらTシャツ、ぼろぼろの半ズボン、サンダル履きでサングラスのおっさんには相席したくなかったでしょう・・・分かります。男の私だって、私の席を選ばないでしょう(汗)

出来るだけ見ないようには努力したのですが・・・お綺麗なワーキングウーマンそのもののお姿。食事を待つ間にも仕事?のファイルを取り出してはチェックしておられました。この辺りのビジネス街でお勤めなのでしょう。

もちろん声なんかかけていませんし、私は出来るだけ視線を下げて食事に集中していました(少なくてもそう努力しました)。そして私が食べ終わった頃、同僚の女性でしょうか、席に来られて「あっ、ここに居たんだ・・・」と言いながら、怪しげなヤツを見るように私を見ます。

えっ、日本語! 頭が混乱する中、思わず「どうぞ」と言ってしまいました。お二人同時に「日本の方でしたか・・・」と私に、「ハイ、びっくりしました。気を失うかと思いました」とだけ言うのが精一杯。

ドラマならこれがプロローグなのですが・・・そのまま私は席を立ってエピローグです。
きっとお二人はその後、「なんだか変なオジサンだったねぇ~」なんて話されていたことでしょう。まぁその通りなんですけどね。

そのオジサンは田舎から都会に出てきたもので、バリバリに海外で働いておられるお嬢さん方を見て、お二人が少しまぶしく思えたのです。それで席を立った後、「どうか体に気をつけて、頑張って下さいね」と心の中でエールを送っていたのです。

偶然、、、小さなテーブルを挟んで斜め向かいに座られた同国の女性。都会ではたまにある偶然なのか知れませんね。
一瞬、自分もアメリカは大都会のカフェで仕事中に一息入れていたかのような感覚を覚えました。その思い出した私はネクタイをしめ、革靴を履いていたのですが・・・・

「ありがとう」そんな時のことを思い出させてくれて・・・そんな想いでバスに揺られていたら、あっと言う間に「せんたんばんな」でした。

往復34バーツの記憶に残る、オジサンのお出かけだったなぁ~


このまま昨日の事を思い出していたいのですが・・・さぁ、前置きを終えて本題に入りましょう。


日本での二週間はあっと言う間でした。
在京タイ王国大使館で観光ビザ取得、日本の運転免許証切り替え、そして墓参りなどしていたら、もう日本に居られる日は数日だけです。

海外在住の方はどなたも経験があるのでは? 日本に着いたその瞬間から時の流れが変わるのです。行きたい所、食べたい物、会いたい人、買いたい物・・・そんな日本に行く前に考えていたリストが完全に埋まることはありません。時間に追われ、やり残したことを思いながらも、もうその時は戻る国での生活や仕事を考えてしまう・・・

2月21日土曜日だったので、また息子が家内と一緒に車で成田まで送ってくれました。今度は機内預けする大きなスーツケースが2個に機内持ち込みする小さなスーツケース、合計3個のスーツケースに鞄の大荷物です。

もう25年以上海外と日本を行ったり来たり、車で家族が空港まで送ってくれたのは前回の1月の時が初めてで、この2月が二回目です。
やはり仕事を止めた後、年取った私が一人で海外に行くのが心配なのか・・・

その日、空港に行く前、家族と成田山新勝寺に寄りました。成田空港は数え切れないぐらい行っているのに・・・初めてです。

時間がたっぷりあったこともあるのですが、私は残す家族の無事を、家族は旅立つ私の無事を祈りたかったのかも知れません。

偶然この日は新勝寺の梅祭りが始まった日。お参りを済ませ寒さが残る境内を少し散策しました。白く咲き始めた梅からは「忍耐」「忠実」「厳しい美しさ」などの言葉が浮かびます。一気に咲き誇る桜とは対照的な梅を見ることになったのは、なにかこれから待つ人生の示唆なのかも知れません。
Shinshouji

新勝寺から空港までは20分ぐらいでしょうか、大きな荷物も無事チェックインし、別れの時です・・・

なんだか言葉が出てきません。「タイなんか近いから・・・」とわけの分からないことが口に出るだけ。じっとしていると涙が出てきそうでセキュリティーに向かってしまいました。

セキュリティーを通り出国手続きに降りるエスカレーター、見上げると、また家内と息子がガラスの向こうで見送ってくれています。どうしてでしょう・・・涙をこらえられません。歳とって涙腺がゆるんだのでしょう。

搭乗時間が迫る中をゲートに向かいます。すると出発が一時間遅れ。使うつもりが無かったデルタのラウンジに行き時間つぶしをしましたが、4月からはステータスが下がるので、ラウンジを使うのもこれが最後です。それも寂しいですが、リタイアの身です。

なんか元気が出ないまま、時間が来て搭乗です。私の番が来てゲートを通ろうとすると、搭乗券にゲートマシンが反応します。「ヤッター、アップグレードだ!!」と思った直後、係員から言われたのは「お客様がお預けした荷物に問題がありまして・・・」の言葉。
ぬか喜びとはこんな時の言葉です。
搭乗直前に呼び出された問題・・・長くなるので、また明日。


家族との別れと涙、気持ちの落ち込み、アップグレードかとぬか喜び、搭乗直前の動揺・・・疲れ切って機内の席に着きました。
出発が1時間遅れで日が暮れ、飛行機の窓からは空港の灯りだけが見えています。何百回も経験した出発なのに、気持ちがざわつき、その日あったことが次から次へと思い出されます。

そんなうちに飛行機は離陸、心を日本に残したままタイに向かうようでした。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.25 | コメント(12) | トラックバック(0) | タイ生活

日本でリタイアメントビザ

こんにちは。アクセスありがとうございます。

4月24日、今朝のバンコク(の端っこ)は白いもやが濃いのですが、晴れになるように思えます。どうぞ在タイの方は暑さに気をつけて下さい。日本の方はゴールデンウィークまであと少し、頑張ってください。

毎日暑い暑いと書くのは気が引けるのですが、本当に暑いのですから仕方ない。
15年前はそんなに毎日が暑いとは思わなかったし、それどころか寒いとも思っていました。

まぁ寒いと思うのは室内のことで冷房がきついのです。会社では寒いときにすぐ着られる長袖まで用意していました。コンドから会社は運転手付き車でしたし(当時ですよ)、平日は外を歩く機会は極端に少なかったこともあります。

当時のBTSは利用者が少なくいつも寒く感じていました。特に映画館の寒さは異常で、長袖の上着持参は絶対条件でした。そうそう私は映画が大好きで、当時のコンドがSoi33でしたから、エンポリアムに映画をよく観に行きました。

金曜や土曜の夜9時半開始とか・・・それで24時ごろ終わり、営業を終えて静まりかえったデパートを横目に見て一階に降り、そこから歩いてコンドまで帰るのです。
日本より早くアメリカとほぼ同時の封切り。チケットも安く映画館は設備は立派なのにいつもガラガラ。凍えないようにしてよく映画を観たものです。

話を戻しましょう・・・

今は毎日昼前から外に出て買い物と昼食。どんなに暑くても1時間は歩くようにしています。暑さには昔から強くて、今まで体調を崩したことはなく、あまり日陰を意識して歩くことも無かったのですが・・・

Shadow at bus stop

タイではお馴染みの光景ですね。バス停などで待つ人たちが少しでも日陰を求め、電柱の影に沿って並ぶ・・・それを見ては心の中で笑っていた自分ですが、今は自然とその人の列の中に自分が居ます(笑)


今日も本題がかなり長そうなので、前置きはこのぐらいにします。


はじめにお断りしますが以下は実体験ではなく、在京タイ大使館のホームページで案内されている内容の考察です。その目的はリタイアメントビザ(NON-O)を取得するのを日本でとタイでの比較をしたいからです。

タイのリタイアメントビザについてWEB検索を行いますと、「日本で取得するのは非常に難しい」旨の記載が多く見られます。それが本当か調べたかったのです。ビザ取得条件とは言え、タイの場合は取得国やその時の状況でルールが変わりますので、私が調べたのはあくまでも在京タイ大使館がホームページで公開している内容だけです。

まず厄介なのはビザの種類ですが、在京タイ大使館ではノン・イミグラントビザのみで以下のように分類しています。
- ビジネスビザ(Bビザ)
- 留学ビザ(EDビザ)
- ボランティアビザ(Oビザ)
- タイ国籍者の配偶者、
 またその子供のためのビザ(Oビザ)
- 就労者家族ビザ(Oビザ)
- 年金ビザ(Oビザ)    
- ロングステイビザ(O-Aビザ) 
- メディアビザ (M ビザ)
- 外交ビザ
- 公用ビザ

タイで言うリタイアメントビザ(NON-O)がありません。内容的には上記の中で年金ビザ(Oビザ)かロングステイビザ(O-Aビザ)だろうと言う事で、それぞれの中身を見ますと、年金ビザは50歳以上の年齢制限がなく、ロングステイビザが50歳以上など条件がタイで言うリタイアメントビザ(NON-O)に合致します。と言う事でロングステイビザを比較対象にしました。

それからノン・イミグラントビザ(ロングステイビザも含む)の場合の滞在日数をシングル・マルチとも90日としています。と言う事は、在京タイ大使館ではロングステイビザを取得しても、最初の90日までの滞在可能であって、(ここからは私の推測)その後はタイ国内でビザ延長をしなければならないと理解しました。

これってタイでリタイアメントビザを申請しても最初は90日の滞在許可で、その後に1年の滞在許可が得られることと合致するのですが、それじゃぁあまり意味ないかもと挫折しそうな気分です。実際はどうなのか? 私は知りませんが経験がある方は是非教えて欲しいものです。

いずれにしても在京タイ大使館の言うロングステイビザ(O-A)の中身を見てみましょう。必要書類を全部転載すると長くなるので、ここでは前回エントリーした在京タイ大使館での観光ビザ要求事項(日本国籍者への)との違いで説明します。

1、旅券条件で有効期限が6ヶ月から1年6ヶ月になっています。
2、申請書同じ。ダウンロードできます。
3、写真は2枚から4枚に増えています
4、経歴書は同じ。ダウンロードできます。
5、航空券予約確認書コピーは同じです。

----以上までが基本的に観光ビザと同じ内容と言えます-----

6、金融証明書(下記の3項より1項) 原本とコピー2部
a.英文銀行預金残高証明書原本 800,000バーツ以上
b.年金証書原本 月65,000バーツ以上
c.銀行普通預金通帳と年金証書原本 合算で800,000バーツ以上

銀行貯金の場合は保持期間は指定なく、観光ビザでも要求事項(20,000バーツ以上)にあるので違いは金額だけになります。注意事項は銀行所在国の指定がないことです。読んだままなら日本の銀行で可能になります。後日エントリーしますが、これは在アメリカのタイ大使館でも同じでした。最初の申請時は保持期間と銀行所在地がお構いなしで、これは確かに矛盾しない要求事項です。

ただ、ここで厄介なのは以下の注意事項で、思いっきり面倒なことを要求しています。
*普通預金通帳コピーを提出する場合、それぞれの銀行発行の保証状(L/G)原本をビザ申請時に提出すること
**a,b,cの書類は発行から3カ月以内で公証人役場と外務省の認証を受けること

まず普通預金通帳コピーを提出する必要があるのでしょうか? 文面からは無いように思えます。ここでは銀行の預金残高証明が得られない場合と考え無視しました。

問題は公証人役場の費用でしょうか・・・外務省の認証は手数料無料ですし、よく在外公館で同様なサービスを受けた経験がある方も多いのでは。なぜ公証人役場と外務省の認証の両方を要求しているのか謎です。実際にはタイ大使館に尋ねるべき内容だと思います。

7. 英文無犯罪証明書原本 日本または申請者の国籍国の所轄省庁発行

無犯罪者(笑)なら問題ないはす。お住まいの警察に問い合わせると部署と必要書類を教えてくれます。手数料は無料。
これも外務省の認証が必要ですが、公証人役場なんて言葉は出てきていません。


8. 国公立病院発行英文健康診断書 発行から3カ月以内 禁止疾患、すなわち、ハンセン病、結核、麻薬中毒、象皮病、第三期梅毒ではないことを示す内容。

これは厄介です。いやいや病気だと言う意味ではなく(笑)、国公立病院で健康診断を受ける行為とその費用です。そもそも国立病院で健康診断を気軽に受けられるとは思いません。もちろん可能でしょうが、事前に十分調査し問い合わせすべきです。

参考程度ですが、たまたま調べた国立病院機構相模原病院が健康診断を受け付けており、その中に中国渡航者向け健康診断なんて項目もあったので、相談されると良いでしょう。もちろんお近くの国立病院でです。費用はこの相模原病院の中国渡航者向けが3万円です。
これも外務省の認証が要求されていますが、公証人役場なんて言葉は出てきていません。

以上なのですが、まとめると厄介そうに見えても、観光ビザを自力で準備した事との大きな差は、無犯罪証明書と国公立病院での健康診断書です。ただ無犯罪証明書は警察でもらうだけなので、実質の問題は国公立病院での健康診断書になりますね。

金融証明書で要求されている公証人役場と外務省の認証の両方(まったく意味不明)を外務省の認証だけでよいと仮定したなら、大きな費用差は国公立病院での健康診断料になります。これを3万円と仮定しても、ロングステイビザ(O-A)の申請料はマルチプルエントリーのみで2万2千円ですから、合計5万2千円。

これは私の実体験ですが、タイでリタイアメントビザ(NON-O)を自力で取得(今現在は最初の90日のみ)した費用は2千バーツ(約7,600円)なので、その差は歴然です。

結論は・・・
時間が有り余っていて、面倒なことでも挑戦したい人なら日本でも自力でロングステイビザ(O-A)を取得することは可能。「非常に難しい」ではなく厄介ぐらい。
しかし費用差は歴然で5万円以上かけて日本でわざわざする事じゃない(キッパリ)
タイで自力で取得して・・・良かった(笑)

以上が在京タイ大使館ホームページだけを読んでの結論。是非実体験を教えていただきたいものです。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.24 | コメント(9) | トラックバック(0) | ビザ

ビザなし延長よりお得な観光ビザ

こんにちは。
4月23日、今朝のバンコク(の端っこ)は雨でした。先ほど止みましたが、晴れ間がないのでまたいつ降るか・・・昨日は朝の思いとは裏腹に結局雨が降らず、昼頃からいつもの良い天気でした。そろそろ一雨が欲しいと思ったからの朝の雨でしょうか。

突然ですが、私はどんなに暑くても一日1時間は歩こうと思っています(思うのは自由です)。
道はガタガタ、前後から歩道を走るバイク、排気ガスを交えた熱気・・・過酷な条件下ですが、お酒を飲み続けられる体でいたいのです(動機は自由です)。
まぁバンコクで外を歩くのは本当に健康に良いのか疑問にも思うのですが・・・

バンコクの片隅に住み始めて3ヶ月以上。間違いなく痩せていると思っていました。信じていました。信じたかったです・・・

昨日スーパーでの買い物後、Tops店内に体重計があったので乗ってみました。
Measure

結果に納得できません! 絶対に壊れています! 1バーツを返せ!! 怒りで気を失いそうになりました。「体重計の上で気を失った日本人・・・」人権など無関係に写真を撮られてニュースに流さます。必死に耐えました。

スーパーからの帰り、片道25分を歩いてアパートに帰りました。汗をかいた後のビール、うまいです。2缶飲みました。明日は違う所で計ってみよう・・・


今日も本題がかなり長そうなので、こんな短い前置きでお許しください。
なおタイトルをキャッチーに書いてしまいました。中身は大したことないのです。嫌いなアクセス稼ぎのブログによくある手口と一緒です。ごめんなさい。


日本でタイの観光ビザ取得を自力で行う時に用意する内容を前回書いています。
パソコンに慣れていない、英語にすごく抵抗感がある(だったら日本に居た方が良いのですが)方は少し苦労すると思いますが、内容は実に簡単なものです。

一番気をつけなくてはならないのは・・・実は申請から取得までの日程です。

まず銀行残高証明書が必要ですが、私の場合は営業日三日後に入手でした。銀行によって異なるかと思いますが、申請日が決まったらその四日ぐらい前には銀行に連絡しましょう。

それから在京タイ大使館では「タイビザオンライン事前予約」を実施しており、予約のない直接の来館は受け付けしていません。
大使館WEBから最低でも一日前には申し込み、その結果を印刷して持っていかないと受け付けられません(スマホ画面でOKなのかは知りません)。

そして申請に問題なく受理されても、ビザ取得は翌日です。これって地方の方は大変ですね。

それでは私の実体験です。

日本に2月7日(土)に戻り、8日(日)にタイ大使館でビザ申請についてチェック。9日には銀行に電話し残高証明書を依頼。10日は別件の運転免許証の切り替えを行いました。
11日はパソコン作業で申請書など作成し印刷、12日には銀行支店で残高証明書を受領しまし、証明写真(スーパー横にあるインスタントです)も準備しました。

前もってタイビザオンライン事前予約で予約した13日(金)に東京・目黒のタイ大使館に向かいました。持っていた書類は以下の通りです。

パスポート
申請書(英文)
カラー写真2枚
デルタ航空の予約票(英文)
経歴書(英文)
銀行残高証明書(和英併記)
行程表(英文)
年金受給票のコピー


それと観光ビザ申請料(シングルエントリー)の4,500円です。ちなみにダブルエントリーが9,000円、トリプルエントリーが13,500円ですが、私はタイでリタイアメントビザに切り替えるので、シングルエントリーです。

念のため用意したのがアパート契約書(英文)と日本での保証人(家内の名前で英文で)は使いませんでした。

大使館はJR山手線、東京メトロ南北線、東急目黒線からゆっくり歩いて15分ぐらいでしょうか。住宅街の細い道を行くので、事前に地図を確認しないと迷いかねません。

在京タイ王国大使館は静かな住宅街の中にある洋館(大使公館かな)、そしてその横にビザなどの業務を行う建物がありました。民間警備会社の方が大使館前の公道から写真を撮ろうとする輩(<--自分)に注意したり、ビザ申請の入り口を示してくれます。
Embassy at Tokyo


大使館内に入り、セキュリティーで事前予約票を見せて整理券をもらいます。受付窓口が示されるのでその前で順番を待ちますが、ビザ関係はちょっと狭い場所。待ったのは20分ぐらいでしょうか、その間にも旅行会社かビザ代行業者の方なのか、山ほど抱えたファイルを置いて行かれます。

日本人の個人申請者は少ないよう。私の前はオーストラリアの中年女性で「歯の治療に行く」と話されていました。アメリカでも医療費と保険も高額なので、メキシコまで国境を越えて治療に行く人が多いのを知っています。彼女の申請準備資料を見させていただきましたが、私でも分かる不備が見られます。「順番が私の前だから、スタックしないでね」とお願いしたのですが、見事に窓口でスタック。最終的に受理されませんでした。もっと助けてあげれば良かったかなぁ・・・

窓口は日本人の女性でてきぱきと処理されています。私の番が来ましたが、写真を二枚とも申請書に貼って下さいと言われただけで無事受理されました。それでパスポートを預けたまま帰宅です。

ビザ発行とパスポート返却は翌日。私の場合は土日をはさみ2月16日(月)です。再度タイ大使館に出向き無事ビザ取得しましたが、午後一番の開館前に行ったら多くの方が並んで待たれていました。
Thai Embassy

取得した観光ビザです。
VISA-J


ところで私の場合ですが、日本で観光ビザ(60日。さらにタイで30日延長可能)を取得すべきだったのか? タイへビザなしで行ってから30日の延長(合計60日)をした方が良かったのか? 金銭的にどっちがお得でしょうか?

日本での観光ビザ取得はシングルで4500円で、いざとなったら(要費用)さらに30日延長可能です。申請費用以外にかかったのは銀行残高証明書で私は銀行は1080円でした。
タイへビザなしで行ってから30日の延長は一回だけ可能で1900バーツ(今は7300円ぐらい)です。写真は日本もタイでも必要なので、比較費用としては無視しました。

結論は費用的だけを考えるなら東京で観光ビザを取得するのが安く正解でした。しかも正式手続きを踏んだ観光ビザで入国し、必要ならさらに30日延長可能なので安心感があります。加ええて慣れない海外で短い間に延長手続きをしないで済みます。
ただ、二日間大使館に行くことにもなるので、費用面で地方の方は考えるべきですね。

もっとも私はリタイアメントビザに切り替えるのが前提ですから、ビザなしでタイに行き、30日以内に切り替えできれば何も日本で観光ビザを取る必要もないのです。ただこの場合は滞在限度の15日前までに申請が必要で、そんな自信がなかったのです(汗)

また日程的に最短を考えると、全ての準備を整えて予約日午前中に東京タイ大使館に行き申請し、翌日午前中にビザ取得が出来ると午後遅いフライトで成田か羽田から出発できますね。地方の方は東京へ行くだけで大変ですから考える日程かとは思いますが、私にはそんな勇気はありません。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.23 | コメント(0) | トラックバック(0) | ビザ

日本でタイ観光ビザ取得

こんにちは。
4月22日、バンコク(の端っこ)の今朝はうす曇と晴れの中間。いつもより雲が多く、低いようにも思えますので、この後の外出には雨が降るか悩みそうです。

さて、先週のことですが、ソンクラン中に日本を訪れたタイ人観光客についての日本のニュースを数本観ました。私はテレビ受信契約や、なんちゃら配信契約も一切していないのですが、少し遅れ気味になりますが何とか日本のニュースを観る様にアメリカ在住時からしています。

午後の民放情報番組で、どの局も似たような内容でした。ソンクランの水掛馬鹿騒ぎ、そしてタイ人観光客の日本での爆買い内容と予算など。報道主旨としては中国人観光客と対比してのタイ人観光客なのでしょうが、ステレオタイプな内容で深掘りがなく「ちょっとなぁ・・・」と思ったは、この身をタイに置くからかも知れません。

まぁ、このブログはニュースを取り上げてとやかく書くのは趣旨でないのですが、その報道で興味を持ったのが「食べ物への行列」。そうなのです、あの「クロワッサンたい焼き」 以来、私は行列に激しく反応してしまうのです(笑)

報道では浅草・花月堂の「ジャンボめろんぱん」を求めて並ぶタイ人観光客が紹介されていました。以前、漫才コンビのU字工事が並んで買っていた番組を観た事がありますが、なぜかタイでこの店が有名なようです。

自前画像がなく、花月堂ホームページより画像を拝借しました。
Melonpan

そうなんです!「クロワッサンたい焼き」の次は「めろんぱん」に違いない!!と思ったのは私だけじゃないですよねぇ~ いつの日か、バンコクの高級デパートにめろんぱんを求める行列が見えるようです。

このブログの前身は「ワインな日々fromアメリカ」ですが、以前
ハムカツパン VS カツサンド」 「焼きそばパン vs コロッケパン」 「アンパン vs カレーパン」 など日本独特のパン文化について書いているほど、私はパン好きなのです。

そうです。パン好き親父がニュースで「めろんぱん」を観たので、もう食べたくて・・・食べたくて・・・もうめろんぱんのことを考えただけで気を失いそうです。


今日もだらだらと何を書くやら・・・今日は本題が長くなりそうなので、そろそろ止めておきましょう。


さて、日本に戻ってからなんの行列にも並ばず、在京タイ大使館で観光ビザを取得する方法を調べました。
私はいつもそうなのです・・・動きながら調べる。とにかく思い立ったら動いちゃう。後で動きながら調べる。失敗も多いです。すごいせっかちです(キッパリ)

仕事でもプライベートでも、何かをしながら次のことをいつも考えてしまいます。そうすると今していることを途中で何をしていたのか忘れてしまうのもたびたび。

お茶を飲もうかと居間からキッチンに向かいます。キッチンに行く間についでに冷蔵庫にビールを入れておこう、ビールの肴は・・・と考えます。それでキッチンに着くと何しに来たのか忘れます。これって、せっかちじゃなくてただの物忘れ?

本題が長いので先を急ぎましょう。いつ気を失うかも知れないので・・・

在京タイ大使館のWEB で、「ビザ」-->「ビザを申請する前」-->「観光ビザ」で留意事項を読み「承認」をクリックすると、観光ビザ申請に必要な項目が現れます。申請者の状況により必要な書類が異なります。
画像は今年2月の在京タイ王国大使館です。
Embassy at Tokyo

以下の太字部分が大使館WEBに書かれた内容。公的内容なのでそのままを引用します。

1. 有効な旅券 (有効期限が6ヶ月以上有効なもの、査証欄の余白部分が1ページ以上あるもの)

これって私は結構危なかったりします。パスポートは毎回増刷をするのですが、それでも余白ページがなくなり、自動化ゲートに登録して入出国スタンプを省いても、結局10年持たずに新しくするのが続いています。今回はたまたま去年アメリカで更新したばかり。助かりました。

2. 申請書 全ての欄を記入し、申請者が署名したもの

申請書(英文)をダウンロードして、PC上で英語で入力し印刷します。手書きもいいのですが、こうした方法は後にタイでの申請に役立ちました。
内容は氏名住所やパスポート情報など当たり前のもの。タイへのフライト情報とタイでの住所(ホテル可)が必要ですが、誰でも問題ないはず

3. 申請者カラー写真2枚(3.5×4.5cmサイズ)

国籍(記載は省略)によっては例外があり、写真枚数が増えます。

4. 日本国籍以外の申請者は在留カードコピーまたは外国人登録証明書コピーまた申請時に原本を提示

私は関係なし

5. 航空券または予約確認書コピー 申請者名、便名、タイ入国日、出国日の記載必要

ビザ申請条件を調べる直前にタイへのフライト予約をしたばかりでした。DELTAの予約票を印刷しました。

6. 経歴書全ての欄を記入し、申請者が署名したもの

経歴書(英文)をダウンロードして、PC上で英語で入力し印刷します。経歴書とは大げさですが内容は特に難しいものはありません。

7. 日本国籍以外の旅券所有者は身元保証書原本と保証人の署名入りの旅券または運転免許書のコピーを提出すること

私は関係なし

8. 銀行残高証明書原本 少なくとも一人20,000バーツ、家族で40,000バーツ以上を証明

私の日本での銀行に電話したところ、営業日三日後の発行でした。銀行にも寄りますが、日程がきついと要注意。支店を指定して受け取りました。そう言えば和英併記でしたねぇ~

9. 詳細な行程表もしくはタイへの渡航の目的を説明した文章

フォーマットがないので自分でA4一枚英文で作りました。適当に一週間単位でどのあたりで、簡単な移動方法とホテル(現地で探すとしました)など。ツアーをよく利用される方は、あんなイメージです。

10. その他の必要書類書類

A. 職業を証明する書類
a. 会社員 ① 在職証明書原本、② 休職(休暇)証明書原本、③ 会社登記簿謄本原本
b. 会社経営者、自営業 会社登記簿謄本原本
c. 学生 学校発行の在学証明書原本
d. 年金受給者 年金証書原本及びコピー、受給年金額がわかる書類
e. 主婦 婚姻証明書(戸籍謄本)及び 配偶者の旅券コピー、在留カードまたは外国人登録証書、
f. 20歳以下の子供 戸籍謄本または親と子の関係がわかる書類、保護者の英文身元保証書原本と正式な署名をした保護者の旅券のコピーまたは免許証のコピー

ここで私が関係したのは年金受給票です。

B. その他
g. ホテルの予約確認書
h. タイの保証人からの手紙 (該当する場合)
i. タイの保証人の身分証明書写し (該当する場合)
j. タイの保証人の労働許可証写し (該当する場合)

これらは私に関係ないことですが、一応アパート契約書のコピーを持って行きました。

11. 大使館は外国語の書類をタイ語または英語に翻訳を要求することがある。それらの書類は日本または書類発行国の所轄省庁で認証を受けること。

---結論---
と言う事で私が用意したのは
パスポート
申請書(英文)
カラー写真2枚
デルタ航空の予約票(英文)
経歴書(英文)
銀行残高証明書(和英併記)
行程表(英文)
年金受給票のコピー
観光ビザ申請料 シングルエントリー 4,500円

そして念のため用意したのがアパート契約書(英文)と日本での保証人(家内の名前で)でしたが使いませんでした。

一番注意すべきは申請から取得までの日程です!
タイのように「とにかくイミグレに行けば何とかなる」はありません!
このあたりの事情は次回、具体的に私の経験で説明します。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.22 | コメント(4) | トラックバック(0) | ビザ

日本に戻るわけ

こんにちは
4月21日の朝、バンコク(の端っこ)は・・・いつものように良い天気です。
いやぁ~昨日は暑かったですねぇ 「うおとれせんたん」にサウナバス(無料赤バス)を乗り継いで行ったのは良かったのですが、帰宅途中に寄った「せんたんばんな」で午後2時。そこから買い物のビニール袋を指に食い込ませて歩くこと30分。ニュースがなんと言おうが、天気図がどうであれ、絶対に40℃超です!

さて今住んでいるアパートの住民ですが、タイ人の方が8割ぐらいでしょうか。それ以外に実は外国人も多く住まわれていることに日付を重ねるに従い気づきました。

私はヨーロッパ、アメリカ、アジアでの複数国に在住経験があり、かなり頻繁に在住国以外の多くの国に行っていました。それでエレベーターや通路で耳にした言葉だったり、外見からの判断です。

その人種とお国は15年も前の事ですが、スクムビットSoi33に住んでいた時とは全く異なっています。西欧やアメリカで見られる一般的に言う白人のラテン民族やゲルマン民族と異なった人たちです。

ロシアや東欧に多いスラブの人たち。そしてエジプトやサウジアラビアなどのアラブの人たち。トルコやアゼルバイジャン人やトルクメン人の人たちは民族的にどうなのか知りませんが、そのあたりの方たち。タイに長いインド系の方もおられるようです。

英語のアクセントからシンガポールの人たちも・・・そして中国語(北京語)に韓国語も多く耳にしています。日本の隣国の方々はやはりどの国でも存在感はあります。大きな声で話されるからでしょうか・・まぁ、私の部屋の隣人より大人しい方ばかりですけどね。

そして日本語も二度ほど耳にして驚きました。一回は通路で大きな声で電話されていました。もう一回は私の後方から「こんにちは!」と・・・そうしたら私の前の人が振り向いて「久しぶり・・・」と。

驚きました、気を失うかと思いました。私を知っている人がタイにいるはずないので(笑)いきなり日本人と思われる方々の間で倒れるわけにはいきません。必死に頑張りました。

さて私は今住んでいるアパートのことを詳しく書いていますし、部屋の中も外も画像を多くエントリーしているので、このアパートにお住まいの方がブログを見ていたらきっとお分かりのはず。現に過去このアパートにお住まいだった方や知っている方からもコメントを頂きました(非表示扱いとお気遣いいただきました)。

別に住まいを隠す必要もないし、やましい生活ではありませんので・・・

「あーー、あいつだ」と思われたら、どうそお気軽に声をかけてください。影でこそこそ指差されるのは絶対に嫌です!

どうせ毎日暇ですし、話し相手もいないので、お茶でも飲みましょう。私が日本語を忘れてしまう前に・・・

IT的には石器時代のような昔から同じハンドル名でネット上にいますので、17年近く運営している個人のWEBサイトも、出版本や取材された雑誌(老人の自慢話です)にも、そして本ブログの前身「ワインな日々fromアメリカ」にも、もうあまり気にせず多くの素顔と本名をさらしています(笑)このブログの上、タイトル画像にも小さいけど顔出しです。

別に顔も本名も隠す必要もないので・・・

今日は画像が特に無いので、私のFacebookのタイトル画像を下に貼ります。キャプチャーなので荒い画像で申し訳ないのです。ラオスの古都ルアン・パバンでの画像です。

ALSTER



誤解をしないで下さい。個人情報等プライバシーへの配慮から顔や本名を出すのを避けるのは理解できます。それどころか、今は誰もがブログを簡単に自由に書けるので、自分を守る配慮をもっとすべきでしょう。ネットの世界に詳しくない方、女性や若い方たちは特にです。

同時にブログの中身にもっと責任を持つべきかと思います。ブログの内容の良し悪しではなく、その以前のネットマナーのことです。自分の顔だけ隠して他の方の顔をさらけ出すようなブログ画像は話しになりません。引用ばかりのブログも好きではありません。まして引用先を明らかにしないで、勝手に他の文章や画像を使うブログは私の中ではあり得ません。


さて、前置きはこれぐらで、今日の本題「日本へ戻るわけ」ですが、前置きより短くなりそうです(笑)


ビザなし滞在30日ギリギリで日本に戻りましたが、本来はそのまま滞在しタイで30日延長をすべきなのでしょう。少し迷いましたが戻ることにしたのは日本の運転免許に切り替え更新することと、アメリカでの確定申告の準備(前回エントリーで書いています)、それに在京タイ大使館で観光ビザを取得しながらも、ロングステイビザの条件を探りたかったのです。あわよくば日本で正式にロングステイビザが取得できないかとも思っていました。

バンコク到着日に銀行口座開設 ちょっとトラブル」 で書いていますが、私はアメリカの運転免許証しか持っていませんでした。当然日本の国際免許証(と呼ぶ翻訳書)もなく、バンコク銀行での口座開設でもめてしまいました。

アメリカから昨年10月に日本に戻り、少し居ただけでタイに来てしまったので、そう言った手続きはまったくしていなかったのです。

それから、いったん日本へ戻り再度タイに入国するのに、またビザなしでも良いかと考えたのですが、もうアパートでの生活もスタートしていたので、今度は落ち着いて時間をかけてタイでの生活設営をすべきと思いました。

それで60日、延長して90日も可能な観光ビザを取ってからタイに戻ることにしたのです。もちろんこれも旅行業者、ビザ代行業者など使わず、一人でビザ取得を行いました。

結果的にはタイにビザなしで行き一回延長(合計60日)より日本で観光ビザを取得(60日、30日延長可能)した方が私の場合では安く済み、またタイで自力のロングステイビザ取得のよい勉強になりました。
(このあたりの詳細は次回からエントリー予定です)

そんなことを決めてすぐ、タイへ戻るフライトをネットで買いました。

日本には2週間の滞在です。もっと短くても良かったのですが、今度タイに行ったら次回日本へ戻れるのはいつになるのか・・・当分戻れないと思う心が中途半端な日本滞在期間にさせました。

いさぎよくない、中途半端な男なのです。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.21 | コメント(5) | トラックバック(0) | タイ生活

そして帰国 (在住者の納税)

こんにちは。
4月20日のバンコク(の端っこ)の今朝もうす曇ですが、さきの土日がそうだったように昼ぐらいからは青空が広がるのでしょうか。少し湿気が多そうですっごく暑くなりそうです。

さて、先日の4月15日はアメリカの確定申告の締切日でした。
私は昨年9月末までアメリカで働いていたので申告義務が生じます。ぎりぎりになってやっと申告を終え、ほっとした所です。
Tax

アメリカは日本とは異なりサラリーマンであっても、個人が確定申告をします。家を買った、医療、子供たちの教育、車の購入、寄付金、結婚・離婚・・・それはありとあらゆることを考慮して申告します。しかも連邦政府と州に対して別々にです。

日本企業の駐在者・出向者の方は慣れていないので、会社のサポートで専門税理会社を通し作成・代理申請されているはず。私もそうだったのですが、アメリカ勤務の途中から現地採用になり、会社の庇護から離れて全て自分で行うことになりました。プライベートでは一年で一番厄介な作業です。

TAXソフトを使い、連邦政府と州に対してe-fileするのが一般的ですが、今年は昨年途中で退職とアメリカ出国をしていたので、TAXソフトでも適応できなく困っていました。仕方なくコツコツとすべての作業をタイで行い、連邦政府とジョージア州に提出、受理が確認できました。それはもう大変な作業です!

隠居生活の老人に慣れないデスクワークが続き、もう気を失う寸前でした。アメリカの確定申告のために日本人がタイで倒れても、オバマ大統領が知ることはないでしょう。もう必死に耐えて申告作業を行いました。

結果的に少しはTAXリターンがありそう。米国の銀行口座を残したままなので入金は大丈夫ですが、そろそろ米国の銀行やクレジットなど閉じて、それらを日本かタイに移動しなくてはなりません。まだ厄介ごとは続きます。

それらだけでブログを新しいテーマで起こせそうですが、誰のお役にも立たないだろうし、自分もこの一回だけ。きっとすぐこの苦労は忘れて思い起こすことはないでしょう。

なおアメリカでの確定申告をタイで行ったついでにタイでの申告義務についても調べてみました。

タイでは滞在日数の合計が180日を超える場合は、居住者としてみなされ源泉がどの国にあっても個人所得税の対象ですね。課税対象額15万バーツ以上の所得がある方は大変ですね。滞在180日以内でも源泉がタイにある場合は個人所得税の対象になります。

私がアメリカへの確定申告を行ったのと同じですね。アメリカでもResidenceとNon Residenceで別けられるので、感覚的には理解しやすいです。

ちょっと気になったので更にロングステイに関係しそうなことを調べました。もっとも私は素人ですし、タイの法律・法的解釈もよく変わる様ですから、気になる方は専門家に相談するのが一番でしょう。

上記のよう滞在日数180日超だと源泉がタイ国外でも、タイに持ち込む所得に関しては納税の対象です。その「所得」ですが「日本の年金」がどう扱われるかが問題ですね。年金は日泰租税条約内に規定がないそうなので、厳密には日本とタイの二カ国で課税される可能性ありと考えます。いずれにしても課税対象額15万バーツ以上に年金をタイに送金させている方など要注意では? 

なお日本の貯金を持ち込んだ場合は所得とみなされないようですが、将来何が起きても不思議じゃないタイですからねぇ~
そう考えていくと、リタイアメントビザ(NON-O)申請時の年金や貯金額の証明がなかなか興味深く思えます。

税収入に苦慮している現軍政、軍政だからこそある日突然何を起こすか分からないので、このタイ王国に住む限りは税制も注目したいものです。

いずれにしてもビザの種類に関係なく、タイに年間180日以上滞在されている方でタイ国外でも15万バーツ以上所得がある羨ましい方は、きちんとタイ王国に申告しておられると思います。180日以内でも15万バーツ以上でタイに源泉があればそれも申告ですね。
タイに住み個人で稼がれている方もおられるでしょう。私のような無所得者からすると、この国に住み、きちんと納税義務を果たされている方は本当に羨ましい限りです。


世界の多くの国で在住経験があるからか、税に関してもなかなか興味が尽きません。ここタイでもアパート探しからビザ取得など一人で生活基盤を築きたいのも、そんな知りたがり屋だからかも知れませんね・・・まぁ失敗ばかりですけどね。

でも、今現在は世界のどこでも所得収入ゼロ!完璧なゼロの自分、それって悲しいことかなぁ・・・


さて、今日の本題で1月8日から2月7日までの1stステップがやっと終了しますので、前置きはこれぐらいにします。ここまで大した画像がないのが寂しいですねぇ・・・


2月7日午前7時発のデルタ便で成田に向かいます。
朝が早いのですが、このアパートは空港へのアクセスがダントツで良いので、午前4時に起きて5時にはアパートを出ました。

深夜。早朝・雨でもこのアパートはタクシーがいくらでも捕まります。シーナカリン通りとバンナー・トラート通りのジャンクションを通る車がアパート目の前を通るからです。エレベータを降りて守衛さんに一言お願いすれば、40分後には空港ターミナルに立てます。

すぐタイに戻りますし、日本から持ってくる物も今回は多くなりそうなので、スーツケースの中身は見事に空っぽ。かえって疑われるかと思うぐらいです。

そうそう・・・この出発の朝、ある物を用意していました。
ローカルのアパートに住んでおられる方は見たことがあるのではないでしょうか?
Key cover


アパートの部屋、ドアーノッブを丸ごと覆ってしまう優れ?もの。 だって、このアパートのドアーの鍵は昔のタイプ。本来ならシリンダーを入居時に交換したいぐらいの代物でした。ドアーノッブを覆ってシリンダー錠に触れなくするものです。
南京錠にはKINZO(金蔵?)の刻印、大丈夫かなぁ~

無事スワンナプーム空港を飛び立ったのは、無計画にビザなしでタイに飛び込んだ日から(内緒ですが本当は)31日目の朝のことでした。

留守中にもし泥棒が入っても、どうか部屋を汚さないで欲しい・・・そんな事を思いながら、夜が明け始めたスワンナプーム上空からアパートの方角を見ていました。体は日本へ向かうのに、たった30日過ごした地に心が残るようです。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.20 | コメント(6) | トラックバック(0) | タイ生活

ロングステイ第一段階終了

こんにちは。
4月19日のバンコク(の端っこ)、今朝も晴れて暑くなりそうですは。
しかし昨日は良く晴れましたねぇ~。正午過ぎ、買い物でバンナートラート通りを歩いていたのですが、気温35℃ぐらいでしょうが体感的には40℃超でした。

毎日暑い日が続きますが、皆さんのエアコンの調子はどうでしょうか?
この時期のエアコン故障はあってはならない大問題です。暑さで眠れず健康を害します。仕事に支障をきたします。いらいらして家族ともめます・・・病気になり、会社をくびになり、家族から見放されます。それは全てエアコンのせいです。

まずはこの時期になる前のメンテナンスが大切ですが、今からでも遅くないです。すぐエアコンのメンテナンスをして下さい。どうせメンテナンスしても故障するときはするのですから・・・あれ??

アパートに入り部屋の掃除の日々、エアコン内部の掃除も入居前から頼んでいたのですが・・・タイでは「予定した日に行ってはいけない」の決まりごとがあるのか、なかなか来てくれませんでした。まぁ仕方ないので部屋の掃除を続けていたのですが・・・

それで・・・床だけでなく壁も天井も拭き掃除した後に作業者に踏み込まれました。
「どうか汚さないで」で見守る中、見事に黒く汚れた水を至る所にまき散らかして行きました(涙)確かにエアコンはきれいになったようだけど・・・
Aircon cleaning

分かっていたけど、なかなか手ごわいタイを実感した日です。


さて、今日の本題で1月8日から2月7日までの1stステップがやっと終了しますので、前置きはこれぐらいにします。


アパート入居後は本当に毎日必死に掃除です。もちろんエアコン内部の掃除の後も、また一からやり直しでしたけど。

掃除のために、こんな掃除機まで買ってしまいました。機能が吸い込むだけのシンプルさが潔いです。色が・・・(汗) まぁこれしかなかったので我慢しました。日本円で6千円しないシンプルな掃除機が毎日大活躍です。しかも安心の日本メーカー(日本製じゃないけど)です。
Cleaner

全ての家具を移動して掃除した時に髪の毛がたくさん・・・前の住人は女性だったようです。あるいは髪が長い男性だったかも・・・

まぁタイの方の掃除はたいてい四角いところを丸く掃くだけ。舞い上がった埃はただ散らばるだけです。

キッチンは壁天井も磨き上げるように拭き掃除ですが、窓のひとつがはめ殺しなので、どうしてもガラスの外側が拭ききれません。

そこでキッチン側に椅子とテーブルで階段状にし、窓の外に出られるようにしました。
Kitchen 1

窓の外はエアコンの室外機置き場があるだけ。そこに椅子と洗剤が入ったバケツを置いて外から窓を拭きました。20階です・・・ハイ。
Kitchen 2

下を見ると気を失いそうになります。「タイのアパートから飛び降りた老日本人・・・」そんなニュースが浮かびます。もうこの時だけは本気で気を失わないように頑張りました。


路線バス頼りのロケーション、コンビニも屋台すら近くになく、隣人も含めての周囲環境は自分に変えられません
一人で歩き回り多くのアパートを見ては疲れ果て、誰でもない自分でこのアパートに決めたのです。せめて自分に変えられる部屋の中だけは居心地よくしたかったのです。


ALSTER家が抱えた悩みを知り尽くしたタイアパートの空間アナリスト、匠(たくみ)ALSTERが老体に鞭打ち、仲良し家族がいなくて一人でも、心落ち着く部屋を演出しました・・・『なんということでしょう』 画像は今の部屋、アフターです(笑)
Room After


毎日の掃除、それに毎日の徒歩とバスでの日用品買出し・・・
やっと、少しは落ち着く部屋に思えたのは、ビザなし滞在が許された30日直前でした。
ロングステイに向けての第一段階を終え、予定通り帰国することにします。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.19 | コメント(9) | トラックバック(0) | タイ生活

アパート奮闘記

こんにちは。
4月18日のバンコク(の端っこ)はいつものようにうす曇の朝ですが、晴れ間が多いかも。午後にはもっと晴れて暑くなるでしょう。

昨日は一日に二回もエントリーしてしまい、年寄りは疲れました。
元々私のブログはアメリカでスタートした時から長いのです。それを一日二回は、もうアクセスされた方への迷惑でしかないです。本当にすいません。
疲れた時は甘いもの!クロワッサンたい焼きがまた食べたくなりました・・・

さて、ソンクランの前の週、15年前の住み慣れたスクムビットSoi33パクソイにあるカシコン銀行へ口座開設する為に行って来ました。来タイ当日に開設したバンコク銀行が何かと融通が利かないもので・・・
無事、口座開設出来たのですが、その事はまた別においおいエントリーするとして・・・

銀行と同じビルの地下には昔ボーリング場があったのですが・・・それも含めてSoi33もすごく変わりましたね。それもおいおい書くとして・・・

「おいおい書く」のがいつになるやら見当もつかないのですが、そろそろ前置きの本題に入りましょう(笑)

銀行内で書類作成など手続きをするのに係員のデスク前に座っていた時、行内が一時騒がしくなって私の後方にいた女性行員たち立ち上がり逃げ出しました。
K-bank

「これは事件か!」と思ったのですが、聞くとネズミが出たそうです。デスク下足元を動き回っていたそうです。それから15分ぐらい仕事にならずに捕物騒動です。

うーーん、さすがタイですが、日本も同じかも。
行員に「日本もネズミが出る?」と聞かれたので、もっと大きいのが街中にたくさんいて、私なんか見たら気を失うと返事しておきました。これで日本好きのタイ人が数人減ったかも・・・


さて、今日は前置きはこれぐらいにして、長くなりそうな1月のアパート探しから入居後の出来事、本題に入ります。


アパートに移って最初の夜からずっと隣の生活音に悩まされています。

ただ、そんな人ばかりではなく、バンコクのタイ人中流ぐらいの普通の人たちでしょうか・・・通勤されている人たちを見ると、皆さんシャツとズボンに靴を履かれています・・・そんな他の方たちは全く静かな人たちです。

それからこのアパートのスタジオタイプはベランダがなく、エアコンの室外機を置く小さなスペースがあるだけなのです。それもあって洗濯物を外に張り出すように干すのは禁止事項になっているのですが、隣人はアジアの某大国の人のように思いっきり(自前の物干しを使い)外に張り出されています。
Notice of apartment

多かれ少なかれアパートのルールを守らない人は多いのですが、ここで思いっきり守られていないのが隣人です。アパート中に響くドアーの開け閉めも他の部屋からは聞いたことはないです。隣人の生活音も上下ともう一方の隣人は全く問題なし。深夜の騒音についても是非規制して欲しいものです(守られないでしょうけど)。

結局、運が悪かったのだと思います。それらのトラブルを含め、タイでタイ人の中に入り暮らすと言う事だと思います。
アパート選びって、場所や施設に周辺環境だけでなく、それなりのアパートにはそれなりの人たちが住むものです。

その中であがいても仕方なく、うまく折り合いをつけるしかないと思っています。
今は隣人が引越ししない限り、このアパートで契約を継続することはないと確信しています。

隣人の生活音以外は、当初色々気になったのですが、今は自分で対処したり、慣れました。入居直後のキッチンです。またビフォー画像ですね(笑)
Kitchen before

そのひとつが部屋のにおい。排水溝からのにおいがきつく最初は頭が痛くなるほどでした。管理者いわく長い間居住者が居なかったからで、しばらくしたら自然に良くなるとの事でした。

自分でもパイプ内の洗浄剤を使ったり、消臭剤を使ったり、排水溝をふさいだりしていましたが、確かに一ヶ月ぐらいから気にならなくなりました。それまでは、♪LaLaLa~LaLaLa~消臭りき~♪と、なぜか毎日一人つぶやいていました(汗)

虫は三ヶ月経った今も幸い出ていません。どこから出てくるのかコバエが数匹飛んでいるぐらいでしょうか、20階のためか、いつも窓を閉め切っているからか、蚊は部屋で見たことがないです。ゴキちゃんも蟻も見たことがないです。
まぁこれも時間の問題でしょう。自炊もするのでゴミは料理後すぐ捨てに行ったり色々気をつけているのですけど。敵はタイの虫たちですから・・・

ただ、当初排水溝のにおいが気になった事もあって、部屋は徹底的に掃除しました。入居して一週間毎日床や壁、天井まで拭き掃除しました。クローゼットやキッチンの棚もばらして掃除。冷蔵庫は中はもちろん裏側のモーター周りも掃除しました。

人生で最高に掃除した一週間でした。別に潔癖症でないのですが、入居した時の汚れやにおい、それに隣人の生活音・・・それらから少しでも逃れ、住みやすくする為に頑張ったのです。まぁ時間がたっぷりあったから出来たことですけどね。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.18 | コメント(13) | トラックバック(0) | アパート

クロワッサンたい焼き

こんにちは。
4月17日、バンコク(の都心部)の午後は晴れで、気を失うほどの暑さです。

タイでのロングステイに挑戦中のブログではありますが、BREAKING NEWS! 速報です。
アパートに入ってまだ問題が続くのか!?と気になるでしょうが、ちょっと一息、本筋から離れた内容のエントリーです。って・・・毎回本筋から長々ずれる話ばかりのブログですね(汗)

すでに四回も買う気満々ながらこの手に持つことが叶わなかった「Croissant Taiyaki・クロワッサンたい焼き」やっと先ほど五回目の挑戦で買うことが出来ました。

思い起こせば3月28日、ラチャダーのナイトマーケットに行った時に通り過ぎたエスプラネード。そこで異彩を放つ行列が目にとまりました。私とクロワッサンたい焼きの最初の出会いでした。

その時のエスプラネードの行列です。
Taiyaki

行列好きとは思えないタイ人がきちんと並んでいます。いったい何だろう? 美味しいのか? 話題なのか? なんちゃってたい焼きなのか??? 

食べたいと思いながらも、あの行列におっさん一人が並ぶのに気後れしてしまい、それ以来ずっと気になっていました。

二回目は4月9日です。プロンポンに用事があって1時間以上かけてバスで行きました。その時、新しく出来たエンポリアム2がオープンしてたはずと思い、行ってみたのです。

工事中はずっとエンポリアム2って言っていたと思うのですが、EMQUARTIERでエムクオーティエだそうです。そのEMQUARTIERですごいひときわ目立つ行列を作っていたのが「クロワッサンたい焼き」。行列の最後尾が見えません。
Taiyaki line

この時もものすごい行列に恐れをなし、都会は怖いと思いながらすごすごと田舎に戻ってしまいました。

それからです。毎日気になって気になって・・・

三回目はソンクラン二日目。ソンクランなので都心部は空いているかと思い、エムクオーティエことエンポリアム2に行ったのです。ついでなんかありません! 気になって毎晩眠れないので、絶対に食べてやる!と意気込んで行ったのです。

それがなんと最高に人が多く前回より長い行列。諦めました(涙)

そして四回目が昨日。ラチャダムリのペニンシュラ・プラザへ行ったついでにサイアムで探したのです。英語のサイトでデジタルゲートウェイにあったような書き込みを読んだからです。結果見つからず、サイアム・パラゴンも念のため見たのですが、駄目でした。

こうなると男の意地です。
ただ間違いなくエムクオーティエは最後尾が分からない行列でしょう。今日は初心に戻ってラチャダーのエスプラネードです。

ラチャダーへはウドムスック(BTSではなく、シーナカリン通りとウドムスック通りの交差点)から206番のバスで行けます。バス停まで徒歩15分。「今日こそ!」と気持ちが高ぶります。

バス停で待つこと20分。しかも正午過ぎ。「なんて馬鹿なことをしているんだ」と思い始めた頃、やっとバスの姿が見えました。なんと無料赤バス。今日最初の幸運が舞い降りました・・・

206番は始発ウドムスックからシーナカリン通り、パタナカン通り、 ペッブリー通りからラチャダー通りを走りエスプラネード前を通ります。渋滞が多い通りが多く、ノンエアコンの赤バスに正午過ぎに1時間20分の乗車。

バスで頭の中が煮えるように思え始め、気を失いかけた時にやっと到着です。良かったですバスで気を失い乗り越す寸前でした。

早々エスプラネードに入ると・・・・
ヤッターーっとマシ・オカ的に喜んだ時、ふとHEROES/ヒーローズの新シリーズがアメリカで撮影開始とのニュースを思い出しました・・・まぁ、それはさて置き(汗)

行列は10人ぐらいでしょうか、そうそう並び買い求めました。
あん入りが60バーツ、カスタードが65バーツ、抹茶クリームが70バーツです。三種類それぞれ一個買いました。
Taiyaki

帰りはエスプラネードの反対側で206番を待ったのですが、136番の無料バスが目の前に、まぁいいか・・・と乗り込みます。アソックでスクムビット通りのバスに乗り換える作戦に変更です。

それでアソックで38番か48番のエアコンバスを待っていると、2番の無料バスが来ました。一日3回無料バスに乗ることもめったにないでしょう。無料、フリー、ただ・・・にすごく弱い人間です。行き先が違うのに乗っちゃうのです。
混んでいましたがクロワッサンたい焼きの箱を持ち乗り込みます。可愛い箱なので皆さんの視線が気になるのですが・・・

2番のバスはバンナー交差点で左折すると思ったらベーリング方面へ直進。慌てておりて道路の反対側に渡りおなじみの365番を待ちます。365番は本当に本数が多く、いつでも5分以上待たずに乗れます。「せんたんばんな」の先まで8バーツ。
結局、今日往復4時間乗ったバス代は8バーツでした(嬉)

そうそう、そのクロワッサンたい焼き! ザラメ糖がまぶしてあるのが特徴的。オーブントースターで2分熱し、その後3分冷ましていただきました。
Taiyaki


なんちゃって日本じゃなく、日本の「銀のあん」のオリジナル商品。24層の生地を高温で焼き上げた食感がウリのようですが、私は焼き上げをビニール袋に入れられ、それが箱の中で2時間以上バスに揺られたので、オーブントースターに入れた後でもカスタードと抹茶クリームの食感は半減でしょうか、あんはそれなりに美味しくいただきました。

生地に塗ったバターがたい焼きとクロワッサンの仲を取り持つようなイメージ。
それなりに美味しいのですが、少し甘過ぎると感じたのはいっぺんで3枚食べたからか? いずれにしても私のように大騒ぎして食べることもないかと・・・(笑) 

それに何もBREAKING NEWSでエントリーする内容でもないですね。スイマセン(汗)
でも、これでスッキリです!


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.17 | コメント(1) | トラックバック(0) | タイ生活

問題だらけのアパート

こんにちは。
今朝、4月17日のバンコク(の端っこ)は判で押したような天気、晴れです。最高気温は36~37℃になるのでしょうか、暑いです。

さて、ソンクラン連休を終えたバンコクはまた日常を取り戻したようです。
アパートで決まった時間に出勤する人たちのドアーを開け閉めする音。アロハシャツを着るのを止めた店員たち。渋滞も埃っぽい空気も半分は戻ったようです。

昨日は都心部ラチャダムリはエラワン近くに48番ノンエアコンバスTHB9で行って来ました。バンナー・トラート通りからスクムビット通りのルートですが、バンナーからチットロムまでほとんど渋滞なし。まだ少しはソンクランの影響が残っているようでした。

お金持ち以外は立ち入り禁止オーラいっぱいのペニンシュラ・プラザ。中にあるデルタ航空に用事があっての事でしたが、普段着のTシャツ+半ズボンから正装のポロシャツ+ジーンズ(サンダル履きは同じですが)姿でノンエアコンバス1時間ですから、着いた時はボロボロでした。
DELTA office at Bangkok

私はデルタ航空のお膝元、アメリカ・アトランタ近くに10年住んでいたので、もうデルタ航空一筋なのです(笑)

デルタでの用事を済ませ、歩いてサイアムへ。
実は「クロワッサンたい焼き」がデジタルゲートウェイにあるとのネット情報で行ったのですが、分かりませんでした。って言うか、デジタルゲートウェイはもう終わっているのか、多くの店が閉まっているか改装中でした。

昼食はデジタルゲートウェイ4FのKatsu Kingとか言う怪しげなとんかつ屋さん。プロモーションで下の画像のかに玉丼がセットで85バーツ(画像以外にアイスも出てきました)。味を気にしなければ9バーツかけて都心に出てきた甲斐がありました(笑)
Kanitama Don

帰りにサイアム・パラゴンも見ましたが、ありませんねぇ~「クロワッサンたい焼き」 ラチャダーのエスプラネードで一回、プロンポンのエムクオーティエで二回、全部行列のすごさに気後れし、興味あるものの食べられないでいるのです。

気になって気になって・・・毎晩眠れないのです。このままでは睡眠不足で気を失いそうです。おっさんがたい焼きで気を失うわけには行きません。なんとかしなくては・・・

サイアムから帰りのバスはエアコン48番THB19。スクムビットのほとんどを気を失っていたので、気づいたら「せんたんばんな」過ぎでした(汗)

さて、今日の前置きはこれぐらいにして、本題に移りましょう! 1月のアパート入居後のことです。たい焼きが原因でなく、本当の睡眠不足の原因です。


アパートに移り最初の夜、隣の部屋から大きな声が聞こえて来て起こされました。時計を見たら午前3時。たぶん電話で話しているのでしょう、女性の声でかん高く耳に障ります。

実はその最初の夜からほぼ毎日、今もずっとそんな隣人の生活音に悩まされています。40代後半と思われる派手目な女性、それにもう少し若そうな女性の二人が住んでいるようです。毎日夕方4時ごろ出かけて午前1時から3時の間に戻られます。

そして戻ると必ず大きな甲高い声で話をされています。お酒も入っているのか?? たまに小さな子供も泊まられているよう。あまりタイ語は分からない私ですが、兄弟がトラブルを抱えているので、自分のアパートに来ないかと話している内容まで分かることがあります。

聞き耳なんか立ててないですよ! それどころか耳をふさいでいるのです。

うまく表現出来ませんが、気の強そうな声で、女性のタイ語を話すやわらかさがなく下品です。アジアの某大国の方々が大声で話されているのと一緒です。ドアーはアパート中に響くような開け閉めをなされます。

私の部屋の上下、そして反対側の隣人の生活音は全く気になりません。ビルの造りが異なるのか、この隣人からの生活音だけが伝わるのです。それは深夜過ぎだからかも知れないです。
画像は入居直後のアパートの部屋です。BEFOREですね(笑)
Room before

後日なんとかなりませんか?!と管理人経由で優しくクレームしたら、後から言われたのは「煩いのは私」だそうです(笑) と言うのもお隣はお休みになるのが毎日早朝から午前中いっぱい。その間に私は毎日掃除や片付けをするからでしょう。

あんただけには言われたくない!」と本気で思いました。でも、こん時にタイでタイの方とタイ人を間に入れて言い争いになっても何もなりません。ほぼ確実にこちらが悪者にされるし、それどころか危ないことすらあります。
今は我慢。ほぼ毎日起こされるのは同じですが、かっかしないで寝るのを諦めて音楽を聴いたりしています。

私がタイに最初に来た80年代、それからタイに住んだ15年前、タイの人は誰もが恥ずかしそうに小さな声で話していました。大声を出すのは良くないと誰もが言っていました。そんなタイ語はフランス語のように耳に心地よく響いたものです。

それが今は・・・大きな声で怒鳴りあうように話されている方も多く見かけます。バスの中、電車の中、レストラン・・・どこも音で溢れ、その中で大声で話されています。一人でも私の大嫌いな携帯電話で。横で一人で話されていると気持ち悪いです。

学校、親の時代、テレビ、携帯電話とか・・・色々な影響があるのでしょうが、なんだか昔が懐かしいです。そうそう、今はラオスに行くと、そんな昔のタイ人の、か細い話し方を思い出します。きっとラオスの人々も時代とともに変わる事でしょうが・・・

しかし・・・アパートに入っての問題はこれだけではありませんでした。


広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.17 | コメント(7) | トラックバック(0) | アパート

入居当日のトラブル

こんにちは。
4月16日のバンコク(の端っこ)は今日も良い天気のようです。
昨日も青空と湿度が少なかったので、カリフォルニアとは言えないけど、アメリカ南部の気候を思い出しました。やはりソンクラン休暇の影響で空気も澄んでいたのでしょうか・・・

バンコクでのソンクランは昨日で終えましたが、地方ではまだお祭りとして続いている所がありますね。バンコクに近い所では毎年プラプラデーンがバンコクより遅れて開催されるので、お楽しみください。
昨日、アパート下の子供たち、通る車に可愛い水掛です。
Songkran Child

さて、四日前の日曜日(ソンクラン前日)ですが、チャオプラヤー川を渡りそのプラプラデーンに行こうと思ったのです。特に何か目的があったわけではないのですが、日頃の喧騒から離れレトロな田舎、ジャングルのような緑の中に身を置きたかっただけです。

プラプラデーン・・・何か良い響きでしょう、目的なしにプラプラするには(笑)
チャオプラヤー川が大きく蛇行し円を描くように流れていますが、その円の中です。開発制限地区なのかバンコクに一番近い田舎と自然が残っています。

15年前の在住時から時々行っていたので、少し古いのですがその様子と行き方を私のホームページで紹介しています。「バーンナムプン水上マーケット」と「シーナコンクエンカン公園

今まではクロントゥーイから小舟でチャオプラヤー川を渡っていました(スリル満点)。それが今のアパートはバンコク南端でサムットプラーカーン県と接しているので、クロントゥーイより下流、アパート近くからプラプラデーンに行けないかと思ったのです。
Boat

バンナーかサムロンの西側からチャオプラヤー川を渡る方法があるに違いないと思っただけ。なんの根拠もありません。それでまずバンナーとスクムビットの交差点に行って、そこから西に向かうソンテウがあるだろうと漠然と考えたのです。

私はタイ語が読めませんからソンテウに書かれた行き先が分かりません、でもソンテウの良さは行き先も言わずに乗れること。乗りながら適当な所で降りれば良いし、間違えたなら反対側で戻れば良いだけです。今までそうやって身体で行き先を覚えてきました(笑)まぁ急いでいたり目的がある場合は運転手かお客さんに聞きますけどね。

でも今日バンナー交差点で見たソンテウ、立ち乗りするべきステップがありません! これだと私は振動が怖くてソンテウに乗れないのです(涙) どなたかご存知でしょうか? バンナーかサムロンあたりからチャオプラヤーを渡る方法を。 あっ、タクシーやモタサイではなく公共路線が基本です。そしてソンテウなら立ち乗り可能(汗)
Songthow Nang Na

さてどうしようか・・・考えていたら目の前に赤バスの無料バス129番がやって来ました。行き先もルートも分からないまま飛び乗りました。走る方向からスクムビット通りを走るだろうと思っていたのです。それだったらクロントゥーイから行っても良いかと・・・

それがバンナー交差点でいきなり高速道路に入るじゃないですか。あのオンボロ赤バスがですよ! いやぁ~どこへ行くのかと不安と楽しみが入り混じります。

それにしてもこの赤バス、ものすごく飛ばします。時はソンクラン前日でガラガラのバンコク都心部の高速道路。まるで運転手が「なんでこんな日に俺は働くんだ!しかも無料バスなんて!」そんな怒りを運転にぶつけているようです。

クラクションを鳴らし車線を変えて、乗用車をどんどん追い抜いて行きます。高速道路を強引に疾走するオンボロバス・・・そんな映画を見たような記憶があるのですが、お願いですから少しは速度を落として下さいと私は心の中で祈っていました。もう気を失う余裕はありません。目を見開いて必死に席にしがみついていました。

バスはどんどん北上して一般道路に降りたのはディンデーンを過ぎたあたり。すっかり予定が狂いましたし、背中が汗でびっしょりです(苦笑) 

バスはまだ一般道路を北上します。うーん、バンコクの南端に居たのですが・・・
やがてモーチット過ぎのセントラル・ラップラオが見えたので、そこで降りました。降りた時にどんなにほっとしたことか・・・間違いなく人生最速の赤バスでした。

ところで、このショッピングセンターは好きです(笑) 
アパート近く?のショッピングセンター、シーコン・スクエア、セントラル・バンナー、メガ・バンナーなどには改善して欲しい共通点があります。それは上下の移動がスムースじゃないこと。階を上がるにも下るにも遠回りしてエスカレータを繋いだりする必要がありますが、このセントラル・ラップラオは実によく出来ているのです。

セントラル・ラップラオで「築地銀だこ」を食べて休憩(ビールはTopsで買いました)。その後今日の冒険は終えておとなしく145番のバスで帰りました。
Takoyaki

築地銀だこ・・・あの熱さで口の中をやけどしないタイ人がいるのでしょうか? それと日本と同じスタンプカードをもらいましたが、日本でもスタンプ押してくれるでしょうか?
あーーーあ、本当に疑問が尽きません。


さて、今日の前置きは何ししようかと思いながらも、だらだらと、あれこれ書いてしまっていますね。気が進みませんが、そろそろ本題に入り話を1月に戻します。です。四方山話が好きなのですよねぇ~ 年寄りだから(笑)


アパート入居日です。1月9日にタイ入国してすでに1月も中旬過ぎになってしまいました。ホテルでかなりゆっくりして昼前にチェックアウト。タクシーでスクムビットSoi64からシーナカリン通りに向かいます。荷物は大きなスーツケースひとつに機内持ち込みできる小さなスーツケースだけ。

件のよろずやさんで声をかけオーナーとの仲介者と会います。鍵を渡され一緒に部屋に向かいました。

「掃除しておいてね」「英文契約書を作成しておいてね」と言っていたのですが、両方とも全く忘れられたようです。まぁ想定内と言うか、驚きもしないのですが、埃だらけの部屋に荷物を持って入りたくはありません。

「約束と違ううよねぇ~」「これじゃ入れないよねぇ~」とあくまでも優しくクレームし、「3時間後にまた来るから掃除だけはしてね!」と言う事にしました。 何しろ埃が積もっているが見て分かるのですから・・・

この時ゆっくり近所を散策したのですが、見事に何もありません。4車線の幹線道路がアパート前にあるだけ。車ががんがんに飛ばしています。
Srinakarin

周囲に何もないので時間をそうつぶせる環境じゃないです(笑)
2時間過ぎて部屋に戻ってみると、気の良い兄ちゃんに、件のよろずやさんのお孫さん(10代かなぁ?)、気の良い兄ちゃんのボスの奥さん(笑)の三人が掃除して楽しそうです(笑)

まぁタイの方の掃除ですから・・・それに掃除のプロじゃなくて、ただの素人三人。いつもと違うイベントをいつもと違うメンバーで楽しいのでしょう。これじゃぁ怒れないけど、部屋に住めません。

長い間空き部屋だったのか埃がすごいのをほうきでかき混ぜていりるだけ。バスルームもこのままでは使う気がしません。

このままでは何時になっても部屋に入る事すら出来ないと思い、あとは自分でするからと掃除三人衆にはお引取り願いました。そうそう、ベッドカバーと枕カバーだけは夕方までに取り替えて欲しいと(これは強めに)お願いしました。

さて自分で掃除ですが、こんな事かと60バーツショップ「ダイソー」で買ったばかり雑巾程度。明日にはもっと掃除道具を買うとして、とにかくこの日は寝られるような環境だけはさくっと整え。クローゼットなど掃除したいので、荷を解かないまま夜を迎えました。

そう言えば英文契約書も出来ていなかったけど、どうしよか・・・まっ、いいか・・・
そんなタイ的思考で眠りについたその夜に・・・また問題発生です。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.16 | コメント(4) | トラックバック(0) | アパート

決めたものの・・・

こんにちは。
4月15日のバンコク(の端っこ)は今朝も晴れとうす曇の中間。
昨日は朝のブログで青空を願ったためか、いつになく青空の広がり、湿度も少なく思いました。水鉄砲を抱え戦場に行かれた方たちは、さぞ日焼けしたことでしょう。

さて、タイでお勤めの多くの方は今日がソンクラン休暇の最後でしょうか。しっかり充電された事と思います。あとは年末年始の休暇まで指折り数えてお過ごしください。

このソンクラン5連休中、バンコク都心部の水掛激戦区を除くと、アパートがある郊外はゆるーい空気に包まれていました。

私はソンクラン初日の月曜にお寺に行って、その足でバンナー・トラート通りに出て365番のバスでメガバンナーに行ってました。ご家族連れでかなり混雑していました。散歩感覚でMEGAの中を歩くのですが、IKEAの中も人がいっぱい。

MEGAのフードコートは高いので、IKEAで60バーツのホットドックセットと7バーツのアイスを食べるのが多いです。
Hotdog

その後TopsやBigCで買い物して、BigC横に着く207番のバスでアパート前まで帰ります。行きは207番がMEGAまで入らないのですが、帰りはMEGAの中までバスが入るのです。このバスがあるからMEGAはアパートとドアー・ツー・ドアーで結ばれているように思えます。画像はフリーシャトルバスと同じ場所に停まる207番。
Bus 207 at MEGA

昨日はバンナー・トラート通りに出て38番エアコンバスでプロンポンへ。新しく出来たエンポリアム2だったEMQUARTIERの「クロワッサンたい焼き」が気になって、気になって・・・(笑) 

ソンクランなので都心部は空いているかと思ったら、最高に人が多かったです。結果、前回より長い行列。諦めました(涙) それにしてもフードコートはどこも行列です。結果、行列を見ただけで48番エアコンバスで帰りました。何もしないで往復36バーツも使ってしまった・・・

今日はシーコンスクエアに行く予定。シーコンにはアパート前から複数の路線バスがあるのですが、パラダイスや55に寄りながら歩いて行く事が多いです。帰りは買い物のビニール袋を提げてバスで帰ります。

こんな感じで私にとってはバスが生命線(笑) アパート前はソンテウ路線がないのです。

ところでこのソンクラン中に乗った207番の黄色エアコンバス(メガバンナーには行きません)、アロハシャツ姿の運転手と車掌さんですが、前のドアーを閉め切りお二人のお子様の居間にしています。それ自体は珍しい事でもないのですが・・・

お子様が寝そべってご覧の小型TVはドラえもん。音声を外部入力から車内放送に繋いでいるので、「Doraemon~」とのび太の声がバス中に響きます。
Bus 207

あまりにもゆる~いバス、気を失いそうになりました。こんなバスの中で気を失っても運転手も車掌さんも気がつかないでしょう。もう必死に耐えました。


さて突然ですが・・・今日の前置きはこれだけ(キッパリ)! 本題に入り話を1月に戻します。


アパートを決めてホテルに戻ると、携帯電話に着信がありました。初のタイ内着信です。
オーナーとの仲介人でアパートに事務所を持ち、複数のオーナーに代わり部屋を見たり私のような者の対応をしてくれる人からでした(コンドの管理事務所とは違います)。名刺をもらっていたので、すぐ分かり電話します。すると、決めた部屋が別な人が契約済みだったと言うではないですか・・・

まぁ怒るわけにもいかないので、とにかく明日はお金を持って行くので、今日見た中で別な部屋を選ぶとだけ伝えて切りました。

翌日、昨日見た中で気になった別な部屋を再度見ました。月8500バーツはかなり予算以上ですが、一からまたアパート探しする気持ちはなく、そこで決めてしまいました。

この時の対応は昨日のお兄ちゃんのボス。かなり立派な英語を話すので、彼とのやり取りが全くストレス無かったのも私の気持ちを和らげました。

家賃×3の現金を渡し、二日後(それまでホテルを予約していた)を入居日として英文契約書を用意すること、それと部屋を掃除することを伝えてホテルに戻りました。

その時まだ次のホテル(BTSベーリング駅の先です)を予約していたのですが、すぐにキャンセル。これでやっとアパートに入れます。


しかし・・・その日から猛烈に落ち込んでしまうのです。そんな時って、いい歳したおっさんでも、ずっと一人はかなり辛いものです。

もっと良いアパートがあるはずだ・・・予算オーバーなのになぜ決めてしまった・・・自分のことを根性なし!とさげすみました。

確かにアパートの目の前にバス停がありますが、でも車を持っていない人はかなり苦労する郊外の幹線道路沿いです。近くに市場も、スーパーも、コンビニも、屋台すら全くありません。
アパート前の幹線道路
Srinakarin rd.

そんな所で車の無い年寄りがどう暮らしていくのか・・・不安いっぱいにもなります。契約したことへも後悔いっぱいです。

決してもっと見栄えのするアパートに入りたかったからでの後悔ではないのです。
それどころかアパート探しの最初は、タイ人の中に入り込んだ生活をしたいとも思っていたのです。

それがいざそんな生活を垣間見てしまうと、自分に出来るだろうかと弱気になり・・・結局思いっきり中途半端な場所で中途半端なアパートにしてしまった・・・そう思えてならかなったのです。

そんな後悔の中で、いよいよアパートに移る日が来ました。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.15 | コメント(5) | トラックバック(0) | アパート

アパートを決めました

こんにちは。
4月14日のバンコク(の端っこ)は相変わらずの晴れ。でも今ひとつ澄んだ青空は期待できません。

昨日、ソンクラン初日ですが、朝のブログエントリーを終えてアパート近くのお寺に新年のお参りに行って来ました。

皆さん本堂で神妙?にお坊さんの話を聞いています。やはり家族そろってタンブンに来ているのですね。その話がそろそろ終わる頃、皆さんそわそわと大きな皿にタンブンの料理を並べていました。

普段お寺で見るタンブンセットではなく、托鉢僧への袋に小分けしたご飯でもなく、皿に盛り付けた手作り(あるいは買った物をそろえて)料理を大きなお盆に乗せて、お坊さんの前まで持っていかれています。やはり新年で特別なのでしょう。
Songkran Wat

しかし、その料理って私が見た限りではかなりボリュームがあるものでした。お肉料理も多いし、普段私が食べている料理の何倍も豪華で美味しそうです。

お寺の中で思わぬ豪華料理を山ほど見てしまい、気を失いそうになりました。ソンクラン初日にお寺の中で倒れるわけにはいきません。必死に頑張り寺を後にしました。


ところでタイにお住まいの方は明日までがソンクラン休暇でしょうか、そろそろ休暇明けを思いブルーになる頃では? ハイ・・・私も海外勤務が20年以上ですから、そのお気持ちは分かります。

そうなのでよねぇ~ タイを含めて海外って、あまりにも祝祭日が少ないと思いませんか!? 海外で勤めていると、日本の祝祭日の多さに驚きと言うか、正直あきれます。

特にタイではまとまった休みが取れるのはソンクランぐらいでは? それに比べて日本ではすぐゴールデンウイークでしょう、そしてお盆休みにシルバーウイーク、10月、11月も祝祭日があって12月の年末から正月休み・・・ったくぅ!!

さて突然ですが・・・今日の前置きはこれだけ(キッパリ)! 本題に入り話をアパート探しの1月に戻します。

ウドムスック通り(スクムビット103)も東端まで行き着き、仕方無しにシーナカリン通りをさまよっていた私の目の前にちょっと高い(26階建かな)コンドミニアムが見えてきました。

ただスクムビット沿いのように洗練されたビルではなく、スクムビットソイ奥で散々見た低層の建物がそのまま高層になった感じ。そう古くはないけど新しくもない感じです。
Apartment outside

入り口の警備も厳しくなく、何のチェックもなく建物内に入れました。そして一階に商店や美容室、カフェなどが入っていますが、半分ぐらいは空いて廃墟のようなスペースもあります。

日本の不動産屋のように店のガラスにこのコンド内の物件を貼り出している事務所。そしてその隣のよろずや(まぁコンビニのような店)にはまるでレストランの入り口にあるメニューのように物件が、アルバム状で誰もが見られるようになっていました。

あまりのハードルの低さ、この容易さに気軽に目の前のよろずやに入り、「部屋を探しているのですが」と声をかけたら、すぐに奥の方に「お客さんだよ~」みたいな感じで人を呼んでくれました。

気の良さそうなお兄ちゃんが出てきて、早速部屋を次々見せてくれます。Studioタイプだけで6部屋は見たでしょうか、階と方角が違うだけで中の造りは一緒。ただ家具や電気製品が全く異なっています。空き部屋が多いのかなぁ・・・まぁ部屋数も相当多いですからね。

そうそう、ここはStudioタイプでも小さなキッチンがあります。もちろんシャワーだけ。そして部屋は今までも見た中でも広い方で37m2です。部屋ごとに価格差はあるのですが、8000~9000バーツでした。

ベッドやクロゼット、ソファー以外にテレビと冷蔵庫・電子レンジはどの部屋もあって、中には洗濯機まである部屋がありました。

色々見すぎてよく分からなくなりました。建物内を上ったり降りたりで疲れもあったし・・・予算以上だったのが気になるのですが、アパート探しを一週間以上続けていて、もうどうにでもなれ・・・みたいな気持ちもありました。

そして見せてもらった部屋のひとつに決めたのです。家賃二か月分と前家賃で合計三ヶ月分を明日持ってくることで、この日を終えました。

アパートを決めた安堵感より、疲れきった中で明日からアパート探しをしないで済むのにほっとしていました。ただ翌日にはまた最初からやり直しだったのですが・・・

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.14 | コメント(6) | トラックバック(0) | アパート

アパート探し 4

明けましておめでとうございます。サワディー・ピーマイ・クラップ
タイ在住の方々にはすがすがしい新年を迎えたことかと思います。在京の方々は特に今日は遠いタイに思いを寄せる日かと思います。皆さんにとって新年が良い年になることを心から願っています。

ってことでソンクラン一日目、4月13日のバンコク(の端っこ)は相変わらずのうす曇の朝です。でも昨日より雲は低くないようです。

昨日の日曜、セントラル・ラップラオでバスを待っていたのですが・・・ソンクランの白パウダー攻撃を受けたバスを見かけました。8番ですからヤワラーやワットポー裏あたりにも走るバスです。フライングなのかすでに昨日にはソンクランがスタートしたエリアもバンコクにあったようです。
Songkran Bus

ところで、ソンクランは無礼講の水掛ばかりに思えますが、日本の元旦と同じように家族そろって新年を迎え、朝にはお寺にお参りに行く人がバンコクでも多く見られます。

画像は2005年のものですが、エカマイのワット・タートンで新年の朝に家族そろってお参りされ、仏像に水をかけてほこりを落とし清めをされている方々です。本堂には信者の方々のお供え物も並べられ、タンブン(タイ語で徳を積むという意味)をされに多くの方がお寺にお参りされています。
Songkran Wat

私もこのエントリーを終えたら、近くのお寺に行きたいと思います。清めめたいことは山ほどあります。考えたらあれも・・・これも・・・煩悩の数百八では足りないのは間違いないです(キッパリ)。

そして今日は早めにアパートに引き上げましょう。子供たちの水鉄砲ぐらいは笑って勘弁してあげます。
私は東京・深川の出身。江戸三大祭りのひとつ、深川八幡祭り(富岡八幡宮例祭) で水掛はガキの頃から鍛え上げています。黙って子供たちの攻撃は許しましょう・・・

自分の画像が無かったので、東京の観光公式サイトから拝借しました。
Fukagawa

しかし通りすがりのピックアップトラックから攻撃は断じて許しません。近寄りません。そんな攻撃をまともに受けたら、この歳ですからショックで気を失ってしまいます。ソンクラン初日に気を失うことだけは避けましょう。


さて今日の前置きはお正月なのでこれぐらいで、早々(ってどこがだ!とお思いでしょうが)本題に入りましょう。


一週間以上自分の足で歩いて(手では歩けません)分かったことは、スクムビット通りに面するかパクソイに近いアパート(コンド)は住みたい所が多いのですが、ウドムスック以南でも価格的に難しい。

スクムビット通りでもソイの奥深く、プラカノン通り、オンヌット通り偶数側などBTSから離れた枝ソイ・・・などだと5~7階建てアパートがゴロゴロ出てき、価格的にも目標内です。しかし自分自身の絶対的条件(前回エントリーで書いています)をクリアーできません。

プラカノンだとソイ奥でもこんな日本語まであるアパートがあります
Apartment at Prakanong

そもそも、大きなコンド・アパートは行った当日か後日でも管理者にコンタクト出来ますが、上記のようなソイ奥の低層アパートはどう誰にコンタクトするのか分からないケースが30%。コンタクト出来ても私のタイ語では話が進まなかったケースが30%。空き部屋がないのが30%で、実際に中に入れるのは10%ぐらいだったのです。

やはり飛び込みはキツイです。仲介業者を通さなくても、色々あらかじめ調べ電話かメールでコンタクトすべきでしょう。

そしてこの頃、なかなか決まらない事より、自分自身の適応性の無さにがっかりして落ち込んでもいました。当初はタイの人々の生活の中に紛れ込み、多少不便なエリアで狭い部屋でも自分は大丈夫と思っていたのです。

それが実際にアパートの中を多く見ると・・・廊下に靴がたくさん置いてあり、風を通すのでドアーを開けっ放しの部屋ばかり、洗濯物が目いっぱいベランダに張り出し、窓の下を見ると空き地にゴミの山・・・そこに自分が暮らすと思うと、どこも決められませんでした。

多少は通じると思っていた自分の幼稚なタイ語も庶民の生活の中に入ると全く通じません。そんな自分に嫌気がして、アパート探しも疲れていました。

そしてその頃はスクムビット103(ウドムスック通り)はBTSから遠く離れたエリアを歩いていました。アパートがたくさんありそうなのですが、なぜか空き地も多いエリアです。それにこの通りは路線バスがありません。

スクムビット103がウドムスック通りからチャルームプラキアット・ラマ9世通りと名を変えるのがシーナカリン通りとの交差点。とうとう私はスクムビットを離れそのシーナカリン通りを歩いていました。

シーナカリン通りはスクムビット通りの東を南北に走る片側4車線の幹線道路です。バンコクにお住まいの方はシーコンスクエアというショッピングセンターに行くのにご存知かも知れないです。高架鉄道BTS(予定はあるのですが)、地下鉄MRTは全く関係ないです。
エアポートレールリンクARLのフワマーク駅がかろうじてシーナカリン通りの北端近くに存しますが、今のアパートからはバスに乗っても30分ぐらい離れているでしょうか・・・

そう、その路線バスしかないシーナカリン通り沿いのアパートに住んでいるのです。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.13 | コメント(2) | トラックバック(0) | アパート

アパート探し 3

こんにちは。
4月12日のバンコク(の端っこ)はうす曇。朝が明けて来るにつれ晴れになるような・・・毎日同じような天気ですね。

ソンクラン休暇ですでにバンコクを離れた在住者も多いのではないでしょうか。どうか、たっぷりと休むか、楽しむか・・・それぞれの休暇をお過ごしください。
お仕事でお休みが取れない方も、タイで特別なこの時が皆さんに特別な思い出になることを願っています。

そう願っているのが毎日休みの年寄りで申し訳ないですが・・・ソンクランでももしお暇があったならば、しばらくは年寄りのブログにお付き合いください。

さて、毎日暑くなるばかりタイですが、暑さと歩行者に優しい街ではないので、バンコクにお住まいの方は歩く機会が少ないのではないでしょうか。

もし地方で休暇をお過ごしの方は、この機会に少しでも良い空気を吸いながら、自然の中でのウォーキングをお楽しみください。

ところで私は暑さがそう気にならないのですが、歩道がまるで障害物競走のコースのようだし、歩道がない道路もたくさんあります。もっとも歩道があれば前からも後ろからもバイクが歩道を走るので要注意です。
Walking way

この国には「歩行者優先」なんて言葉は無く、輸入車など高い車ほど優先度が上がり、その最下位に歩行者があるように思います。バイクは歩道を当たり前のように逆走もします。
Walking-bike

私より先住の野良犬様にも気を使います。
(路線バス好きですが)歩行者からするとあの排気ガスは最悪。暑くなければガスマスクを装着したいと本気で思ってしまいます。

歩道を歩いてバイクや車に接触され、むさ苦しいおっさんが気を失い倒れていても、相手は逃げるでしょうし、下手すると歩く側の責任も問われそう。先住の野良犬様にもご迷惑をかけるので、外を歩く時はもう必死に前後左右に足元頭上への注意が必要です。


そんな苦労をしながらソイの奥を歩くこと一週間近く、アパート探しが続いていました・・・とさりげなく前置きから本題に入りましょう。


さて、ホテルを変えてアパート探しが続きます。
ホテルのあるSoi64の奥は新しそうなアパート・コンドがあります。スクムビット通り沿いは高層の建物が多いのですが、ソイの奥に入ると5~6階建てが目立ちます。価格も下がってきたので期待が持てます。

このあたりになると実質的にはBTSウドムスック駅、そしてウドムスック通りを中心としたエリアがターゲットなるようです。駅前には高層の立派なコンドが立ち並んでいますが、予算THB7Kではそんな立派な所は無理。

プンナウィティ駅から南でスクムビット通りのソイ奥をほとんど見て、次はウドムスック通り(スクムビット103)を東に向かいました。

実は、以前のホテルを基点に探したオンヌットあたりのソイ奥も含め、価格的には予算(7000バーツ以下)にあうアパートもあったのです。それでも決め切れなかったのはわけがありました。

ひとつは、私は頚骨に持病があってシーロー、トゥクトゥク、ソンテウ、モタサイ、ロットゥー最後部席が苦手(苦手順)なのです。
ソイの中のダンプで飛び跳ねたらもうしばらく立ち直れません。シーローなんて腰をかがめて座りあの振動ですから最悪。ソンテウはこの2ヶ月でステップ立ち乗りを覚えたので、今ではどんなに空いていても立ち乗りで膝を使ってダメージを避けています。だから歩ける距離かバス路線が最低条件なのです。

ふたつめは、どんなに小さくてもキッチンが欲しいのです。
タイの一般的なアパートはキッチンがなく、あってもベランダに小さなシンクがあるぐらいなのは昔の赴任経験で分かっています。タイの外食文化もよく承知しています。現に昔の赴任時は高級マンションですばらしいキッチンがあったのに、一度も料理をしなかったのですから・・・

「自炊してそれにあった酒を飲む」それがアメリカに住んだ10年で身についた趣味なのです。このブログの前身は「ワインな日々fromアメリカ」です。月間アーカイブを見ると以下のような自炊画像と料理にワインの話がほとんどです。タイでワインを楽しむつもりはないのですが、料理はしたいのです・・・
Terapia


上記の絶対条件で月7千バーツがかなり難しいことも分かりました。
ウドムスック通りも東に行くと7千バーツで何とか住めそうなアパートが出てきますが、残念なことにウドムスック通りは路線バスがなくソンテウになります。この時は立ち乗りの技を知りませんでした。

困りました・・・もう無理かも知れないと弱気にもなりました。アパート探しにも疲れました。もうどこでもいいから早く決めたいと投げやりな気持ちにもなってきました・・・
長くなった(って毎回どんだけ長いんだ!<--自分)ので、次回にしましょう。次回はいよいよアパートを決めます。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.12 | コメント(2) | トラックバック(0) | アパート

アパート探しの基点としたホテル その2

こんにちは。
4月11日、バンコク(の端っこ)の朝はうす曇。ただ空気が澄んできたのか日差しは強そうです。部屋から見える幹線道路も明らかに交通量が少ないです。。

そう、ソンクラン(タイ正月)が始まりますね。バンコクでは13日から15日が祭日だそうですから、週末の今日から休暇入りの人が多いのではないでしょうか。

もう数週間前からソンクラン商戦なのでしょうか、スーパーなどでは水鉄砲が山と積まれ、店員さんたちもアロハシャツで盛り上がっています。
いつからアロハシャツをこの時期に着るようになったのか? 以前は見なかったのですけど・・・
Songkran 1

バンコクでは無礼講の馬鹿騒ぎの祭りのようにもなってしまい、正直ちょっと残念でもあります。一部の街は水鉄砲で武装した戦士で溢れ、ピックアップトラックに大きなバケツと戦士を乗せた戦闘車両も現れます(画像は2005年に撮ったものです)
Songkran 2

この地で昔働いていた時、毎年ソンクランは休みを利用してバンコクを脱出する時期でした。今はどこかへ旅行する余裕がないのでバンコクにずっと居ますが、戦闘地区には近寄らないようにしたいと思います。

非常食の備蓄はあるものの、ずっと部屋に閉じこもるわけには行かないでしょう。市街戦に巻き込まれることを思うと、今から外に出るのが怖くて気を失いそうです。この時期に年寄りが街で倒れていても水を掛けられるだけでしょうから、心して外出したいものです。


さて今日の前置きはこれぐらいで、さりげなく本題に入りましょう。


ソイの中を毎日苦労しながら歩いても全く成果が出ないまま、バンコク入りして6日目にホテルを変えました。スクムビットSoi64にあるOlive Residenceです。

スクムビットなど多くの通りはソイ番号が偶数側と奇数側で相対しないので、この前のホテルがソイ85で変わったホテルがソイ64ですが、かなり南に下った(都心部から離れる)ことになります。
Olive Hotel

このOlive Residence、なかなか良いホテルでした。ネットで予約し朝食なしですが一泊2,850円とはとても思えません(プロモーションだったのか?)。高架鉄道BTSプンナウィティ駅から徒歩10分。周りは学校が多く夜はかなり静かです。ソイ64は一方通行でなくスクムビットから入るにも出るにも便利。

ソイを奥に入って行くとBTSウドムスック駅のあるソイ66/1にも通じています。あのHONDAのアクセサリー部門があるソイで、真っ白なつなぎを着た社員の方が多くおられます。また、ここは屋台通りにもなっています。15年前になりますが、私がバンコクで最初に美味しいと思ったカオパットを出す食堂もあります。今でも営業されているのに驚きました(カオパットは普通でしたけど)。

ホテルの周りには屋台はありませんが目の前にも裏にも食堂があり、なんとコンビニのセブンイレブンが隣です。

低層な建物で比較的新しいホテルだと思います。部屋は広くシャワールームも広々していました。難点は食べ物をこぼすとすぐ蟻がすぐ出てしまいます。それ自体は珍しいことではないのですが、蟻君たちの出足はかなり早かったので蟻偵察隊が優れているのでしょう。相当気をつけないと駄目だと思います。
Olive Hotel Outside

私はタイで多くのホテルに泊まっていますが、蟻はちょっと気になるレベルでした。それさえ気をつければ、部屋もロケーションもコストも他人に薦められるホテルでした。
実はここもアパートのように使えます。実際ここなら良いと思いましたが、THB25K/月なので最初から予算で候補になりませんでした。

さぁ、このホテルを基点にアパート探しが続きます。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.11 | コメント(0) | トラックバック(0) | アパート

アパート探し 2

こんにちは。
4月10日のバンコク(の端っこ)は晴れ。昨日より空気が澄んでいる様な気がしますが、ソンクラン中はもっと澄むのでしょうか・・・


昨日は用事が重なり午前中にプロンポンまで出かけました。都心部に行くので短パン&Tシャツは止めてジーパン&ポロシャツで行くことにします。サンダルは変わらずです(汗)

アパートから20分歩きバンナートラッド通りに出ます(どこだ?!と思われた方はバンコクの南端ぐらいに考えてください)。バス停に着いた時は汗びっしょりだったので、無料の2番を涙で迷いながら見送りエアコバス38番か48番を待ちます。

無事38番に乗り、バスはバンナートラッド通りからスクムビット通りに入り、時々動かなくなるものの頑固な渋滞にはならずにプロンポンへ。まず最初のミッションを片付け、昼時なので新しく出来たエンポリアム2に行きました。工事中はずっとエンポリアム2って言っていたと思うのですが、EMQUARTIERですって、何でしょう? アメリカでは見たこともない単語で、どう発音するのかも自分には??

ここの地下Food Hallで昼を食べましたが、どこも高くて気を失いそう。都心部に出来たばかりの高級デパートで汚いおっさんが倒れても、ゴミと一緒に捨てられるだけですから必死に平静を装いました。

このEMQUARTIERですごい行列を作っていたのが「クロワッサンたい焼き」。行列の最後尾が見えません。2週間ぐらい前にラチャダーのナイトマーケットに行った時、エスプラネードでも行列が出来ていました。なぜでしょう? 食べたいです!!
Taiyaki line

この行列のわけ、ご存知の方がいたら教えていただきたいものです。すっごい美味しい? 珍しい?

Taiyaki

このデパート出口でふと見上げると昔住んでいたソイ33のコンドミニアムが・・・こんなバンコクの中心部に住んでいたのですねぇ・・・遠い昔の記憶が蘇るのを止めるように次の用事に歩き出しました。
Phrom Phong


さて今日の前置きはこれぐらいで、昔住んでいた高級コンドミニアムなど忘れて本題に入りましょう。


えっと・・・アパート探しですね、話を1月に戻して・・・
実は最初の5日間は全く成果無く、毎日落ち込んでいました。

スクムビットのソイ番号を徐々に増やしながら、そのソイに入っては周辺の環境と外見上気になったコンドミニアムやアパートに片っ端から飛び込みです。

ところで(また話は長くなるのですが)私はバンコクでの住まいを「アパート」と言っていますが、「コンドミニアム」(当地ではコンドとだけ言います)との違いについて日本の一般的な理解とは少し異なりますので、ちょこっとだけ私の使い分けを記しておきます。

コンドミニアム、日本だと高級マンションを思い浮かべるでしょう。タイでも外見上は同じですが、部屋ごとにオーナーが異なり、その個人オーナーとの契約で家賃を払い住みます。

アパートとはソイも奥深く入ると3~4階建ての比較的小さめの集合住宅があります。これらの多くが建物ひとつにオーナーがいて、そのオーナーと契約します。日本のアパートの感覚に近いです。大きなものもあるので、実際の区別は難しいです。

ですから住む側からすれば、あまりコンドもアパートも気にする必要はなく、私は日本的にどちらもアパートと称しています。実際今住んでいるアパートはバンコクの端っこでタイ人の方が多く住んでいますが、コンドミニアムで部屋のオーナーはこの建物に二部屋を所持しているそうです。自分が住むのではなく投機目的で買われ、貸し出しするのですね。

こうしたアパートに掃除などのサービスを付加したものを「サービスアパートメント」と言います。契約内容次第ですが感覚的にはホテルに住むのと同じになります。私の15年前の在住時はそれこそ高層ビルが立ち並ぶプロンポン駅近い建設されたばかりのコンドミニアム。毎日清掃のメイドさんが入っていたので、全くホテルのサービスと同じでしたが、サービスアパートメントと言っていました。
まぁこの時の経験があったから、一人で飛び込みしながらアパート探しが出来た理由かも知れません。

説明が長いのが私の悪い癖。
とにかくオンヌットから二駅先のプンナウィティ駅までのソイを全部歩きました。偶数側は奥深くないのですが、奇数側は奥深いソイも多く、パクソイ(ソイの入り口)から徒歩25分ぐらいを限度としました。

結果は全滅でした(涙) 

アパートの一階にはたいてい事務所か管理人部屋があるので、そこで「部屋を探しているけど、空き部屋はありますか」と聞きます。そう珍しいことではないようです。大きなコンドミニアムではセキュリティーが厳重ですぐ中まで入れませんが、管理事務所にすぐコンタクトしてくれます。

すぐに話が出来なかったり、部屋を見られずアポを取って後日行ったケースもあります。
空いていれば価格を聞き、価格が希望にあえば部屋を見せてもらいます。小さなアパートほど管理人がすぐ鍵をじゃらじゃら鳴らしながら部屋を見せてくれましたが、私のタイ語ではなかなか思うようにコミュニケーションできませんでした。

大きなコンドミニアムは管理事務所などで英語が通じましたが、ほぼ全部が希望価格で駄目でした。かなりオンヌットから離れてもパクソイに近くて新しそうだと最低でもTHB15Kはします。20K以上も当たり前でした。ソイの奥で4階程度の中規模アパートだとやっとTHB8Kが出てきますが、古くて狭く・・・気に入らない所ばかり目に入ります。

こうしてタイ到着から5日が過ぎ、次のホテル、スクムビットSoi64にあるOLIVEに移りました。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.10 | コメント(5) | トラックバック(0) | アパート

アパート探し 1 (速報 NON-Oビザ 90日受領)

こんにちは。
4月9日のバンコク(の端っこ)は白いもやに包まれた朝でした。この時間になって日が差し始めたので、昨夜のような朝からの雷雨はないようです。。

その雷雨の中、昨日チェーンワッタナのタイ政府合同庁舎イミグレーションにリタイアメントビザ(NON-O)審査結果を受けに行きました。

出頭日の朝は不安いっぱい。それを忘れようと朝からブログ書きに一生懸命になってしまい、朝からの雷雨に気がつきませんでした。起きた時に今朝は雲が多いなぁ~とは思ってブログを書き始めたのですけど・・・あっと言う間に激しい雷雨でした。

予定より早い朝8時過ぎ、とてもソンテウが走る道まで歩けないし、ソンテウに雷雨の中で乗るほどの河童ではありません。アパートからタクシーで最寄のBTS駅ウドムスックまで向かいました。今年3回目ぐらいのタクシーでしょうか・・・ウドムスック駅近くで渋滞し85バーツもしましたが、BTS駅下まで濡れずに行けたのでヨシとしましょう。
Taxi on rain

BTS駅への階段は雨でびっしょり。急ぎながらも、不安と緊張、思わずすべって転びそうになりました。BTSの階段で転んで気を失うのは危険です。出頭日ですからもう必死に耐えました。

BTSに乗った時は激しい雷雨の真っ最中。BTSに乗ったら拍子抜けするほど空いていました。乗ったのは朝8時半ぐらいだったのですが・・・雷雨の影響でしょうか?
BTSはナナ駅ぐらいまで止まったり走ったり。BTSの窓には滝のように流れ落ちる雨が見えていました。

私はイミグレーションにバスで行く方法を二つ知っているのですが、雨なのでイミグレーションのビルまで直行する166番にアヌサワリーチャイ駅で降りて乗りました。166番は本数が少なく同じ番号でもイミグレに行かないバスもあって少しトリッキーです。昨日は無料バスだったのでこの日最初のラッキーでした。画像はイミグレに着いた166番です。
Bus #166 at immigration

無事イミグレーションに入り整理券をもらいながらも、順番を待たずに係員に申請受領書を渡します。だって「順番を待たないで声をかけてね!」と英語で小さく書いてあるのですから。

5分と待たずに係員が私のパスポートをかざしているので、手をあげたらその場でパスポートを渡してくれました。

結果は・・・タイトルに書いてしまっていますが、無事観光ビザからリタイアメントビザへの切り替えが認められ、最初のステップである90日の滞在が許されました。
Non-O VISA 90days

事前準備や調査不足のままタイに飛びこみ、分からないことだらけの中で一人自力で申請したので、嬉しさ倍増です。

と言う事で、今日の前置きは今回タイに住み始めて一番嬉しい日の報告でした。
浮かれてばかりいないで、とっとと本題に入りましょう。


さて、時を1月10日に戻してアパート探しの初日です。
タイ到着日に銀行口座開設と携帯電話を入手出来たので好スタートでしたが、アパート探しは大変苦労しました。すべて歩きながら気になったアパートへ一人で飛び込みです。

BTSオンヌットより南側(都心部から離れる)とは言え、スクムビットエリアでアパート探しをスタートした理由ですが、前回15年前のタイ勤務時のアパートがスクムビットSoi33だったので、やはりスクムビットエリアに馴染みがあったからです。

私は働いていないので通勤を全く考えないでいいのです。だからとりあえずバンコクとしても、チャオプラヤーを渡ったトンブリー地区でも良いし、どこでも良いはずなのですが、やはり馴染みがあるエリアからのスタートになりました。

15年前はBTSの終点がオンヌットだったと記憶しています。ただ当時はトンローより南に住む日本人は多くなく、私的にはエカマイのメジャーがギリギリの生活エリアでした。
今はBTSもオンヌットより5駅先のベーリングまで伸びていますので、スクムビットならオンヌットより南でベーリングまで、土地勘があるのと予算から真っ先に考えたのです。

予算は・・・恥ずかしながら家賃だけで月に7千バーツ以下で見つからないかと期待していました。
部屋は狭くても良いのです。Studioタイプで十分。シャワーだけの生活はアメリカで10年していますから全く問題なし。ただ今となっては料理が趣味のひとつになってしまったので、小さくてもシンクがあって料理が出来れば最高。BTSから遠く離れるのは大丈夫。ただバス路線はあって欲しいです。当然汚くて煩いのは勘弁ですけどね。

予算の根拠は特に無く、なんとなくです。15年前のタイ勤務時は工場の若い子達が4千バーツ以下で3人ぐらいでシェアしていたのを知っています。バンコクでもスクムビットから外れたなら5~6千バーツで一般的なタイ人が住むアパートが多いのを知っていました。それらは水シャワーだし、キッチンなどない環境ですけどね。

ちなみにこの時泊まっていたホテル、Soi85の@Mind Executive Suitesですが、サービスアパートで入っている人も居るようです。StudioタイプでTHB26K/月~ですって。狭いです。高いです。予算の4倍ですねぇ~ 暗雲が立ち込めて来ました(笑)

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.09 | コメント(0) | トラックバック(0) | ビザ

タイで携帯電話購入

こんにちは。
4月8日のバンコク(の端っこ)は曇り空の朝を迎えました。って言ってもまだ夜が明け始めたばかり、またいつものように晴れるのでしょうか・・・。


さて、今日はこれからチェーンワッタナのタイ政府合同庁舎イミグレーションへ行きますので、前置きなし本題に早々入りましょうか・・・

でも、ちょっとブログが寂しくなるし、自分のスタイルではなくなるので、お題の前に少しだけ今日の状況を・・・

ブログの本題内容はまだタイ到着日の1月9日ですが(なんてこった!全く進んでないですねぇ~)、書いている今は4月8日の朝7時過ぎ。この後9時ぐらいにはアパートを出たいと思っています。

バンコクの端っこ在なのでバス・ソンテウばかりの日々、BTSに乗るには緊張します。前回イミグレーションに申請で行くため、朝早めにBTSに乗ったらすごい混雑で驚きました。今日はそのBTSが混むだろう時間を避けてアヌサワリーチャイ駅かモーチット駅まで行って、そこからバスで向かいます。遅めの出発ですが、昼前ぐらいに済ませれば良いのです。

リタイアメントビザ(NON-O)を15日前に申請し受理されていますので、画像の通り今日はその審査結果が出る日なのです。全て一人で準備・作成・申請しているので、今日の結果が大変心配です。
Application Receipt Date

問題なければ、とりあえず90日間の滞在許可が出て、その後1年の滞在許可になるはず。さて・・・どうなるでしょうか。

と言う事で、今日の前置きは不安いっぱいな今朝の心境でした。本題に入りましょう。ハイ・・・。


さて・・・十分な準備もしていなかった私に最後まで対応してくれたバンコク銀行係員に感謝しながら、BTSに乗りました。スワンナプーム空港についてから12時間経過でしょうか、少し疲れもあったのでホテルに戻りたくオンヌット駅に向かいます。

BTSの中で次の作戦を考えていました。
まずアパート探しは明日からです。間違いなくなかなか決まらないはず。訪問後にアパート側とコンタクトする事もあるでしょう。連絡手段として携帯電話を入手する必要があり、急がないといけません。

以前のタイ在住経験、訪タイ経験、他のブログを参考にするまでもなく、バンコクで携帯電話を入手するのに苦労はないと分かっています。特に今のバンコクでは街を歩けば携帯電話屋さんにぶつかります。

問題は私が携帯電話を嫌いなこと。それは異常なぐらい敵視しています(笑)

まず、自分の人生で携帯電話を買ったことがありません。会社勤務時に会社から貸与された携帯電話はありましたが、出張時ぐらいしか携帯しない人でした。
だから今回タイで携帯電話を買ったのが人生初!です。

80年代後半から(どんなに重たくても)パソコンを持ち歩くのが習慣でしたし、当時からどんな場所からでも繋げるのが趣味でもあったので、心のどこかで携帯電話を馬鹿にしていたのかも知れないです。全てメールで済むとも考えていました。

本音で言えば、長い海外勤務中は会社貸与のケータイで全く不自由しなかったし、海外でプライベートで電話する必要性は非常に少なかったのです。要は付き合いの悪い男だったのです。

会社貸与のケータイですから・・・かかってくる電話はほとんどが仕事の電話。しかもアメリカ勤務時は昼夜逆の時差なのに平気で真夜中に電話で起こされる事が頻発していました。内容的には緊急性が薄くても、かける側の都合で電話してくるのです。メールを書くのが面倒なのでしょう、相手の都合も考えない身勝手な輩が多かったのです。「そんな事メールで送ればいいじゃないか!朝にはすぐ返事するのに・・・」と何十回も思っていました。

そんな事が何年も続き・・・鳴ってもいないのにケータイの呼び出し音が聞こえるようになってしまったのです。夜もぐっすり眠れない日が続き、病気寸前です。
そんな時に55歳早期定年退職を選び、日本からの出向から現地採用になりました。仕事は全く変わってないのですけどね。その日以来、夜と休日はケータイ電話を切るようにしました。

そんな私が携帯電話と闘っている間に世の中はスマートフォンに移って行きましたが、全く興味がありません。

うーーん、携帯電話を事を書いていると、なぜか興奮して止まらなくなりました(笑) もう時間がないので、残りを簡単に書きましょう。


BTSをオンヌットで降りてホテルとは反対側に向かい、最初に見つけた画像の路上店でケータイを買いました。世間ではガラケーと呼ぶのでしょうか? SAMSUNGの新品箱入りでTHB590ぐらいからありました。一応カメラの予備としてNOKIAカメラ付きでTHB1000ちょっとだったかな・・・中古なのか(盗難品?)怪しい雰囲気がありましたが、今まで全く問題ないし充電無しで4日は持ちます。
Cell Phone

その後Big Cの中でCIMカードを買いましたが、タイ人の方には興味ない番号でも私には覚えやすい番号があったので助かります。すぐセブンでチャージしてもらい、無事タイでの携帯電話をゲットです。

多くの方がMBKなどケータイ(スマホ)ショップがたくさんある所まで行くようですが、携帯電話にこだわりの無い私はその意味が分かりません。価格も高いどころかこだわり無い分安く済んだように思えます。

興味のある方は、タイでの携帯電話購入やSIMカードに関して詳しく書いてあるブログがると思うので、そちらを参考にして下さい。とにかく日本やアメリカに比べたら桁違いに簡単なことでした。

でも、そのケータイ、買って以来ずっとアパートの部屋に置きっぱなしです。
そうそう、ビザ申請時に電話番号を聞かれ、申請書の欄外に書かされましたので、活躍したのは間違いないですね。

さぁイミグレに出発です。不安いっぱいなのに朝からバタバタ。BTSで一番近い駅ウドムスックまでソンテウですが、焦って落ちて気を失わないように気をつけましょう。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.08 | コメント(2) | トラックバック(0) | タイ生活

バンコク到着日に銀行口座開設 ちょっとトラブル

こんにちは。
4月7日のバンコク(の端っこ)は晴れながら白っぽい青空。毎朝同じなのですが、空気が悪いのか埃っぽいのか?昼ぐらいからは青空が広がる事が多いです。午後に雨が降ることも今はなく出かけるのも安心です。もうこのお天気挨拶は定文みたいになりましたね。

昨日は祝日「チャクリー王朝記念日」でお休みの方も多かったようです。ラーマ1世がチャクリー王朝を立朝し、バンコクを首都と定めたことを記念した日だとか。まったく知らずに買い物に行ったら、ショッピングセンターはすごい混雑。若者たちも家族連れもこの時期は暑さを避けてのショッピングセンターなのでしょう。

さて、タイに住んでの楽しみのひとつは豊富な果物が安く食べられることではないでしょうか。

マンゴーはまさに旬でかなり安くなってきました。また先々週あたりから目だって来たのが「マヨンチット」。市場で買った時に名前を聞いたら「マヨンチット」と聞こえたのですが、後でネットで調べたら「マプラーン」のようでもあります。
Marina Plum and Mango

実はマヨンチットとマプラーンの違いを自分は分からないのですが、 脱♪サラリーマン流浪記のDamascusさんに、「マプラーンとマヨンチットは見た目そっくりで、甘味が強ければマプラーン、酸味があればマヨンチット」と教えていただきました。

見た目ビワそっくりですが、まったく別物です。
食べたところさっぱりしたマンゴーと柿の中間のよう、べったり甘くないのが好きです。ところで・・・酸味は感じなかったので、結局自分が食べたのはマプラーンかな(謎)

私が買ったときは市場で500円/kg以上とマンゴーの倍する高級品ですが、ライチと同じで旬が短いので無理して買っています(笑)

先日プロンポンへ行ったのでエンポリアムで涼しんだのですが、英語名Marian Plumとなっていて1300円/kg!さすがエンポリ!!市場の二倍以上で気を失いそうになりましたが、あんな高級店でむさ苦しいおっさんが倒れても誰も助けてくれないでしょう、必死にその場から去りました。 
Marina Plum


さて今日の前置きはマプラーンと同じでさっぱりとこれだけ。
早々お題に入りましょう。タイに到着したその日のうちに現地での銀行口座開設です。

銀行が開くだろう時間までホテルの部屋でネットを調べました。どうもバンコク銀行の本店が良いようです。2000年の在住時もバンコク銀行でしたが、本店など行ったことがありません。

またネット情報では国際免許証も必要とありますが、うーーん、困った。持っていないと言うか、必要なかったので持ったことがないです。だってアメリカに10年住んで、日本は二ヶ月ちょっとでタイに来たのですから・・・ それに国際免許証がなぜ必要か意味不明。いずれにしても自分の事前調査不足なのをこの時思い知らされました。

とにかく地図で場所だけ確認してホテルを出ました。

オンヌット駅からBTSで向かいました。駅ではもう短期滞在でないので、BTSのプリペイドカードを買うことにします。「ラビットカード」と言うのですね、数年前はもっとペラペラの薄いプリペイドカードだったのですが、ラビットカードは非接触型のICカードのようです。


途中で乗り換えてBTSサラディーン駅で降りました。お勤めの方々が闊歩する中を地図の通り西に向かいます。本店に着いたらシーロム通りに向いている正面玄関から入り、そのまま真っ直ぐ歩きます。左側に整理券発行マシンがありすぐ横に係員も立たれていました。「Japanese Service」みたいな事を言ったら、黙って整理券をくれましたので、その先のソファーで順番が来るまで15分ぐらいでしょうか、待ちました。
Bangkok Bank outside

順番が来たのでデスクに向かうと、確かに日本語を話す男性でしたが、日本語は上手かなぁ~ 定例文以外になるとちょっと疑問。私の場合はこの後込み入った話になってしまったので、途中英語に切り替えたのですが、相手はあくまでも日本語でした(苦笑)
Bangkok Bank inside

私の込み入った話ですが・・・
その時持っていたのはパスポートとアメリカの免許証だけだったのです。だって日本の免許証に切り替えてなかったし、日本の国際免許証って海外からすれば法的根拠が疑問で、翻訳書に過ぎないのがほとんどの理解なのです。まさかそんな物が必要になるとは(その日の朝までは)思ってもいなかったのです。

ちなみにアメリカの運転免許証はアメリカ内外で実質身分証明書になります。飛行機に乗るにも、お酒を買うにも、ヨーロッパでレンタカーに乗るにも、実はタイでホテルにチェックインするにもパスポートではなく運転免許証でずっとOKでした。

さて銀行でのやり取りです・・・係員は「どこに住んでいる?アメリカ?日本?」「正式居住地はどこ?」「給与所得はアメリカである?」なんて色々聞いてきます。どうやら日泰と米泰では二ヵ国間租税条約が異なるので、アメリカが絡むのを避けたいようです(私の勝手な理解で詳細不明)。

係員も面倒くさそうだし、嫌な雰囲気ですが、私も粘ります。
最終的に係員が「この免許証を無かったことにしましょう」「その代わりこの書類を作成するのでサインしてください」・・・そんな流れで結局国際免許証なしで(日本の免許証もなしで)、なにやら身分を保証するような書類(英語併記があったかなぁ?)にサインして乗り切りました。

住所はホテル住所で大丈夫でした。もう忘れてしまいましたが、手数料と最低預金額を払い、無事銀行カードと通帳を手に入れることが出来ました。

しかもタイ到着日に口座開設です。バンザイ!! なんか不思議なもので気分はもう在住者です(笑)

ほっとして銀行を出たのがお昼直前。なんだか疲れてランチをどこで何を食べたか記憶がありません(笑) とにかくBTSサラディーン駅に戻り、次のミッションに向かいました。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.07 | コメント(4) | トラックバック(0) | タイ生活

訪タイ前に考えていたビザ条件

こんにちは。
4月6日のバンコク(の端っこ)は今日も晴れのようです。
昨日はうす曇だと見えたのは朝だけ。昼前から青空が広がりました。1月からこちらに来ていますが、通算でも雨が降ったのは3~4日でしょうか。先週ぐらいから特に暑くなって来ています。

三日前だったか、サムロンはインペリアル内のBig Cに買い物に行きました。サムロンより近い所に三つもBig Cがあるのですが、同じ物なのに200バーツも安かったからです。他店が990なのにサムロンでは790。この差は大きいですよねぇ~

その買った物はおいおいエントリーするとして・・・帰りのバスでの出来事です。

365番のバスですが、バンコクにお住まいの方は見たこともないだろうサムットプラーカーン県のローカルバスです。それはもうかなりのオンボロバスですが、本数が多くパークナムからバンパコンまでのルートで、MEGAやセントラルバンナー、キンケーオ、BTS(バンナーとベーリン駅)にも使えるので重宝しています。

そのバスにサムロンから乗ったのですが、走行中もずっとドアーは開けっ放し。それ自体は珍しくもない(って言うか当たり前)ので気にしてなかったのですが、降りる時になって気がつきました。ドアーそのものが無い! 慌てて写真を撮って降りてから後方ドアーを見たらそこもドアーなし! 画像で分かるでしょうか? ドアー自体ないのが・・・

bus #365 1

それ以来気になって365番のバスを見ているのですが、ドアーはあるのですよねぇ~

bus #365 2


さていつものように前置きが長くなりましたが、そろそろ今日のお題「訪タイ前に考えていたビザ条件」です。

1月9日午前0時過ぎに入国。ホテルにチェックインしたのが午前1時過ぎ。移動の疲れから荷物を片付けることなくバタンキューで寝てしまいました。
朝7時過ぎ、窓の明るさで目が覚めたようです。シャワーと荷物を片付けて朝食に向かいました。

このホテルはフロントを通りいったん外に出てSoi85に面したレストランで朝食です。期待していませんでしたが、当然豪華でもなく貧弱でもない、まぁホテルの朝食としては普通。って言うかこのホテルならこの朝食は満足出来るものでした。


朝食を終え、いよいよロングステイに向けて行動開始です。まずは銀行口座を開設したいと思います。銀行のビジネスアワーを知りませんが、まだ8時過ぎなのでとりあえず部屋に戻りネットで軽く下調べをしましょう。


でもその前に・・・私自身が「全く事前調査も準備もなくスーツケースひとつで日本を飛び出てしまいました」と書いていますが、実は特に意識して調べた訳ではないものの、「こんなものだろう・・・」程度には思っていました。

それは以前の在住時に見聞きしたこと、他の方のブログで目にした記事、他の国での一般的な条件などから、なんとなく推測してはいました。証明時期は別にしても、それは以下の通りです・・・

1、規則はころころ変わっているはずだし、その規則は煩雑で(未開発国でよくある)係員の理解や裁量によっても変わる。インターネットの情報を信じ込まないで自分で調べる!

2、常識的に年齢制限があるはずだが、自分は61歳なので問題ないはず。

3、リタイアメントなので職業・在職証明などは不要なはず。

4、金銭的に問題ない証明。いわゆる年金の証明か銀行残高証明。当然外貨稼ぎがタイ側の目的のひとつでもあるから外貨を持ち込む何らかの証明も必要になるかも。

5、タイでの住所。何らかの自分の名と住所が入った公的通知か契約書みたいな資料。

6、無犯罪記録や健康状態を示す資料。

7、タイ(あるいは日本での)保証人。

こんな事を常識的な範囲と想定していました。だからこそアパートを探し、タイでの銀行口座開設を真っ先に急いだのです。それ以外の詳しいことはタイでたっぷり時間があるので、調べながら行動すれば良いと判断していたのです。


ちなみにこんな事を考えていたのは・・・ビザなしの場合は31日滞在出来ると誤解し、空港でビビッていた男です <--- 自分!  
(念のために書きますが正しくは30日までがビザなし滞在です)

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.06 | コメント(2) | トラックバック(0) | ビザ

アパート探しの基点としたホテル その1

こんにちは。
4月5日のバンコク(の端っこ)は晴れですが、今朝は昨日より青空が広がっていません。。でも・・・いやぁ~ 暑いです。この数日は気温だけでなく空も青く日差しも強烈でしたから。

昨日はBTSでバンコク都心部へ出かけ、その帰りなんですが、シーコンスクエアのTopsかテスコロータスで買い物を済ませようと思ったのです。

シーコンへBTSからだとウドムスック駅からソンテウ利用が近安。ただそのルートはウドムスック通りの途中から住宅街に入り込むので、頚骨に持病がある私にはハンプ(スピード防止の段差)続きになるのが辛く避けています。それでオンヌットからのソンテウでシーコンに向かいました。

午後1時ごろでしょうか・・・オンヌット通り(スクムビット77)からイアムソンバット市場でシーナカリン通りに入り、シーコンまで40分ぐらい。渋滞や信号待ちだと気が遠くなるような暑さです。ソンテウのステップに立ち乗りで意識を失うのはかなり危険です!頑張りました(笑) 頑張った褒美なのか、買い物後は145番のバスが無料でした。

ところでバンコクは北回帰線より南ですよねぇ~。って事は夏至近くなると太陽は真上よりも北に行きますよねぇ・・・まぁ難しいことは良く分からないのですが、ちょうど今頃はお昼近くの太陽が真上に来るようです。

Man at On nut

画像はオンヌット駅からソンテウに向かい歩いていて、前の人を見たら太陽が真上なので影が本当に小さかった・・・ただ、それだけのことですが。


相変わらず前置きが長くなりましたが、そろそろ今日のお題「アパート探しの基点としたホテル」です。

無事1月9日の入国スタンプを得て、スーツケースも引き受け、タクシーでホテルに向かいます。時刻は深夜0時30分頃です。

もう1年以上スワンナプーム空港には来ていなかったのですが、タクシーの乗り方がまた変わっていました。以前はカウンターがあって、そこで行き先を告げて乗車票を渡されたのですが、今は(2015年2月時点)そのカウンターや乗車票は無くなり、タクシー乗り場が横に広がった感じ。

ホテルはスクムビット Soi85の@Mind Executive Suites。ネットで予約した初めてのホテル。BTSオンヌット駅から徒歩10分ぐらいでしょうか、Soiに入りすぐの所にあった小さめのホテルです。朝食付きで一泊4700円。

@ Mind Hotel

タクシーはスワンナプームからオンヌット通りをかっ飛ばし、深夜午前1時過ぎにはチェックイン。Executive Suitesと名づけるのが恥ずかしくなかったかと思う小さなホテルで部屋も普通。バスタッブなんか無いですが、そう言えば部屋に小さなシンクがあったように記憶しています。

バンコクでちょっと安めのホテルに泊まると、中国人(格安)ツアーの方々と一緒になってしまい、大変な目にあうことがあるのですが、恐れていたことはなく、シンガポール、マレーシア、中国、韓国、ロシアの家族や小さなグループが多かったです。

このホテルにしたのは、ここを基点とし、まずはオンヌット駅より南で片っ端からアパート探しをするつもりだったからです。自分の経験からオンヌット駅より北側(Soiが若くなる)は予算的に無理と分かっていたからです。

このホテルに5泊。その後はプンナウィティ駅近くスクムビットSoi64で5泊、さらにBTSベーリング駅の先、サムロンでもホテルを予約していました。もちろん宿泊費用もホテルを変えるたびに安くなり、最後は一泊2000円台でした。
都落ちして行く自分をイメージして用意周到だったのです(笑)

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.05 | コメント(3) | トラックバック(0) | アパート

24時に入国すると入国日は?

こんにちは。
4月4日のバンコク(の端っこ)は相変わらずの晴れの朝でした。私の経験ではバンコクで真っ青な空を見ることは少ないのですが、白く濁った青空はこの数日続いています。

今週のはじめにIMPACTで開催中のバンコク国際モーターショーに行って来ました。明日4/5までの開催ですねぇ~

退職して半年。もう関係ないのに習性なのか血が騒ぐのか、モーターショーと聞くと見たくなります。まぁ大きな展示即売会のようなものなのに、車など全く買う気がないのですから・・・会場の雰囲気を味わえれば良いのです。
motor show 2015

アパート前から145番の無料バスでモーチットへ。モーチットからはIMPACT LINK 片道THB30 で往復しました。アパートがあるバンコク東南の端っこか都の北にあるノンタブリー県の開催地までですから、バンコクを縦断し片道2時間半かかりました。

「Bangkok International Motor Show」と言いながらもIMPACTってノンタブリー県ですよねぇ~  千葉県幕張メッセにTOKYO・・・SHOWを見に行くようなものでしょうか。
以前のタイ赴任時はBITECで開催されていたのですが、本当に不便な場所です。

途中、バンカピとラップラオで渋滞が避けられず、片道2時間半。外気温37℃、渋滞にはまったノンエアコンバス内は40℃以上でしょう、気が遠くなりながらたどり着き、会場で少し涼しんだら、もう帰らなければなりませんでした。


今日も前置きが長くなりましたが、そろそろ今日のお題です。
スワンナプーム空港で深夜24時前後に入国した場合、入国日がどうなるか? です。

なぜそんな事が気になったかと言うと、皆さんご承知のように、タイは30日以内の観光ならビザは不要で入国できますよねぇ~ 私はそれを勝手に一ヶ月と思い込んでいたのです。正直大して気にもしていませんでした。

それでロングステイを決めて最初にタイに来たとき、デルタのサイトで1月8日成田発DL584便バンコク着11:35PM。そしてとりあえず帰国フライトは2月7日バンコク発7:00AMのDL585便成田着2:50PMのチケットを持っていました。31日間の滞在です。

そんな事に気づいたのは出発の前日。何とかなるさぁと思いながらも、気が弱いもので当日のフライトではずっと気になっていました。到着が遅れれば良いと本気で思いましたが、そんな日に限って定刻通りの到着。駐機して飛行機のドアーが開いたのが午後11時45分。

いつもは他人より一歩でも先に機外に出たいのですが、この日だけはぐずぐずして最後のほうで機外に。これもいつもは早足で入国審査に向かうのですが、この日だけはトイレに寄ったり時間稼ぎ(笑)

やがて入国審査待ちの列に並んだのは日付も変わった0時10分頃だったでしょうか・・・しかしタイの係員がブースの中で時報と同時にスタンプの日付を変えるとは思えません。「大丈夫かな?」とこの時の頭の中は入国スタンプの日付だけ(笑)

そんな自分の頭の中とは全く関係なく無言で入力する係員。何事も無かったようにスタンプをポンと押してパスポートが返されました。「コッ・・・コップン・カップ」とブースを離れ、もちろんすぐ確認しました。ハイ・・・

結果・・・無事翌日の1月9日の入国になっていました。荷物が出てくるターンテーブルに向かいながら、小さなガッツポーズです。

当たり前って言えば当たり前なことですが、もし24時きっかりに入国したらどうなるのでしょうか? うーーん、気になります。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

テーマ:タイ・バンコク - ジャンル:海外情報

2015.04.04 | コメント(2) | タイ生活

ロングステイを決めて最初の訪タイ

こんにちは。
4月3日のバンコク(の端っこ)は今日も晴れのようですが、昨日も暑かったですねぇ~

アパートから20分歩くと幹線道路に出られるので、そこから38番のバスでプラトナームへ。両替後にパラゴンのフードコートでお昼を食べて、サイアムから48番のバスで戻りましたが、行き帰りとも片道1時間半。エアコンバスでなかったら気を失っていたかも知れません。

アパートから歩いて行った幹線道路って・・・日本人に御馴染みのスクムビット通りではありません。だってバンコクの端っこですから(笑) 20分も歩くのに路地でもない抜け道なのでソンテウもモタサイもないのです(涙)


さて、今の私の状況はアパートに入って二ヵ月半。ビザは在京タイ大使館で取得した観光ビザでの入国ですが、すでにリタイアメントビザ(正式にはNON-Oビザ)への切り替えを申請済みで、来週水曜にはNON-Oでの90日滞在許可が出る予定です(そう願っています!!)。

東京での観光ビザはもちろん、タイでの銀行口座開設、アパート探しから入居、タイでのビザ申請など全ての生活設営を自分一人で行っています。

理由は・・・お金はないけど時間はたっぷりあるからです(笑)
もう何十年も海外で一人で生活して来たのですから、ここタイでも出来ないはずはないと信じています。分からない事が多いし間違いなく失敗も多く、この先くじけるかも知れませんが、とにかくやってみようと挑戦中なのです。


えっと・・・昨年9月末の退職後もしばらくアメリカに住んでいました。娘がジョージアまで遊びに来て一緒にニューヨークへ旅行したり。そんな休暇を過ごして10月には帰国。しばらく日本でぶらぶらしていたのですが、何しろ長い間日本で働いた事も家族と一緒に住んだこともありませんから、どうして良いのか分かりません(笑)
daughter_ny

家族と話し合って、また少しの間海外で暮らすことになりました。そして12月にはチケット手配(実際はデルタのマイレージを使ったのですけどね)し、正月明けの1月8日に成田発のデルタ便でバンコクに向かいました。


行き先をバンコクにした理由は在住経験があったからで、それを言うならマニラでも台北でも良かったのですが、まぁ日本以外で一番最近訪れたアジアの国だったから・・・

そんなわけで何も調べず、当面のホテルをネットで予約した以外は全く準備無し、この時はビザなしで、一応一ヶ月後の帰国フライトは予約しておきました。


自宅と成田空港は大げさではなく百回以上行き来していますが、初めて家内と息子が車で空港まで送ってくれました。
62歳直前でのまた新しい船出、家族も心配だったのでしょうか・・・

セキュリティーを通り出国手続きに降りるエスカレーターで、ふと見上げたら家内と息子が最後まで見送ってくれていました。そんなことをされたら目が熱くなるのですが・・・

デルタのBKK行きは成田PM5:55発。夕暮れが迫る中、駐機されたデルタの747はアトランタから着いたばかりなのでしょうか、それともアトランタに向かうのか・・・日本との行き来によく乗った機材です。
もう私がアトランタ便に乗ることは一生ないでしょう。さぁ、行き先はバンコクです。
delta747

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.03 | コメント(0) | トラックバック(0) | タイ生活

自己紹介

こんにちは。
4月2日のバンコク(の端っこ)は晴れのようですが、ここは空気が悪いのかうす曇のようにも見えます。天気予報だと26℃~37℃。今日も暑くなりそうです。


さて、アメリカからタイに来たわけは前回のエントリーで書いていますので、
今日は自己紹介と言うことで、もう少し詳しく書いてみましょう。


普通のサラリーマンでしたが、趣味として長いネットワーカーです。なんて言っても年寄りですからねぇ~

90年代初期にパソコン通信を始め、一時はフォーラムスタッフまでしました。パソコンに触れた最初からずっと海外からのアクセスです。当時はノートパソコンが出始めたばかりで、スペック的には貧弱そのもの。買った当日には改造したものです。もちろんデスクトップ機は自作が何台も(笑)

当時、海外からアクセスする人は少なく、電話機を分解してわに口クリップで電話線に直接モデムを繋げたり、受話器に音響カプラーを付けたり、海外アクセスポイント経由でのスクリプト(簡単なソフト)を自作したり・・・そんな事ばかりしていました。

改造した小型PCと公衆電話に音響カプラーを付けて繋ぐ(98年パリにて)
公衆電話から通信


90年代後半にはパソコン通信も廃れて来たので、自分のホームページを持つようになりました。良い作成ソフトが当時はなくて、テキストにHTMLでコツコツ書いたものです。そのホームページは(メンテナンスをサボっていますが)今でも維持しています。もう17年も書き続けているホームページです。このブログの左にリンクが貼ってあります。

ハンドル名ALSTERはパソコン通信を始めた最初から今までずっと同じです。


それから仕事でアジア、ヨーロッパ、アメリカで勤務していますし、その間の日本勤務時も1年の半分以上が海外出張でしたから、行った国は多くあって実際数えたことはありません。特徴的なのはそのほとんどの国で車で走り回っています。点ではなく面で訪れているように思えます。

20代後半からほとんど海外で過ごしているからか、旅行自体が好きなのと、旅先で美味しいものを食べたり飲んだりするのが趣味と言えます。ワインはかなり好きですし、ビールもドイツ在住したから当然!

でも今回タイに来て3ヶ月、一本もワインは飲んでいないし、ビールは氷を当たり前のように入れています(笑) そうそう、アメリカでの10年で料理好きにもなりました。アメリカ南部の田舎町だったので、自炊するしかなかったのです(涙)

タイには80年代前半が最初でした。BTSもMETER TAXIもエアコンバスもない時代です。2000年から3年間タイ勤務でした。コンドミニアムがスクムビットSoi33ですから、あの飲み屋街のど真ん中に住んでしました(笑)

私は今でもゴルフは全く出来ませんし、カラオケも大嫌い。特に仕事の後、毎晩日本人同士で日本レストランに行き、週末はその日本人同士でゴルフに行く・・・そんなことを毛嫌いしていました。要は付き合いが悪い人間でしたねぇ~ アメリカでもずっと同じでした。まぁ営業職でなく技術職だったので自分のスタイルを貫けましたけどね。


タイでロングステイを目指している現在は・・・
路線バス好きです(笑)知らないバスを見る「どこへ行くのか?乗りたい!」とわくわくします。あとはFM放送のGree Waveが2000年からずっと好きです。アメリカでもネット経由で聞いていました。

最後に嫌いなもの。
携帯電話です。これはタイに来てすぐ買うことになるので、その時にでも書きましょう。
そんなところでしょうか・・・長くなりましたね。
次回からは、今回タイに来てからの日々を書いていきましょう。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2015.04.02 | コメント(4) | トラックバック(0) | タイ生活

«  | ホーム |  »

FC2Ad

プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

FCカウンター

QRコード

QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。