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成田からエアーアジア

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月31日、今朝の成田は晴れのようです。
昨日の横浜は30℃近くまで気温が上がりました。青空も広がり季節が初夏に向かっているのを実感した日でした。

それより地震や火山が気になる日本も実感しました。今回日本に滞在したのは合計8日間ですが、震度4が二回。それ以外に体に感じた地震は3回。火山は鹿児島・口永良部島の爆発的噴火・・・と何かおかしい日本です。

ところで昨日は日本最後の日、たまたま土曜日だったので家内と息子と一緒に食事とお墓参りでした。娘は残念ですがバイト。どんだけ墓参りするんだ思われるかもしれませんが、昨日は家内の実家のお墓です。
Cemetery

そしてお昼はまたお寿司(笑)。私は鯵と貝類の刺身、金目の煮付けなどを日本酒で楽しみましたが、家内と息子はにぎり。息子は一通り食べた後にトロなどもたくさん食べてました(涙)

昨日の行動にあわせて言うのではありませんが、実は私は子供たちが小さい時から二つの事を一緒に行動することで教えて来ました。

まったく大したことじゃないです。笑われるかも・・・ 二人の子供は生まれた時から私と一緒に住んだ経験が非常に少ないので、運動会とか普通の父親が子供と過ごす行事は全く経験ありません。普段の生活で父親として一緒にしてあげられる事もほとんどありませんでした。

そんな中でも、私が日本に行った時には出来る限り一緒に墓参りに連れて行ってました。私が教えるのではなく、子供達が大きくなった時、生活の中でお墓参りすることが自然に感じて欲しかったのです。まぁ私がお墓に入った時に会いに来て欲しいのもありますが・・・

もうひとつは寿司屋でカウンターに座り、きちんと食べられる大人になって欲しかったのです。だから小さな時から寿司屋に連れて行き、子供たちをカウンターに座らせて板前さんに注文させていました。私も職人の父に、そして跡を継いだ兄にもそうされたからです。お寿司の高い安いではなく、作ってくれる板前さんと向かい合って食べる事で、食事を意識させたかったのです。

そんな事が20年以上続くと、私が帰国した時は必ず墓参りにお寿司、時にはフレンチやイタリアンにもなりますが、そんな私自身の都合で押し付けた教育です。自分勝手な親ですねぇ・・・

まぁ、リタイアした身なので私自身は毎日が休日のようなもの。でも日本で家族と過ごす日が本当の休日と思えます。疲れたけど良い休日を過ごせました。


さて、今日はタイへの移動です。横浜から成田空港、そして(日本からは初めて乗る)エアアジアなのでドンムアン空港になります。


今朝は東海道線の始発に乗って東京駅へ。東京駅着午前5時52分で6時10分発の格安バス「THEアクセス成田」で成田空港第2ターミナルに着いたのが7時10分でした。

実は・・・今朝まで私は間違いなくタイエアアジアは新しく出来たLCC(格安航空会社専用ターミナルの)第3ターミナルだと思っていました。人生初の成田第3ターミナルだ!と思っていたのですが・・・ だってエアアジアと言えばLCCとして有名ですから。

危ない、危ない! 本当に間違えて第3ターミナル行く寸前で気がつきました。
実は第2ターミナルもこの10年ぐらい使ったのは数回。私はこの10年間デルタ一筋でしたから(笑) その第2ターミナルでもエアアジアのチェックインカウンターが分からず、とりあえずバスは第2ターミナルの最初のバス停で降りました。

タイエアアジア自体は前回のタイ在住時からタイ国内線、そしてベトナムやシンガポールへタイから行くにも使っていましたが、日本とタイ間で使うのは初めてのことです。
今回は当面日本に戻る予定が無いので片道。チェックインバッグを20kgと席だけ予約しておきました。

チェックインカウンターは「N」なのですが、少し分かりにくい場所。ちょっとターミナルから外側にはみ出た所でありました。
Narita 1

機内に持ち込む手荷物が7kgまでのようで、私は8.5kg。後で調整してくださいと言われましたが・・・どうするか? 後で報告します。

機内食が無いようなので、チェックイン、出国手続き後にうどんかお蕎麦を食べたかったのですが、第2ターミナルってサテライト側に行くのにモノレールが無くなったのですね。歩いて行ったので時間をロスしました。
Narita 2

搭乗ゲート前でサンドイッチだけ購入。機内で食べられるのか?

さぁ、そろそろ搭乗時間です。タイに行くではなく、戻ります。


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2015.05.31 | コメント(4) | 旅先通信

思いがけない別れ

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月30日、今朝の横浜は雨上がりの晴れ。昨夜は寒いとすら思ったのですが、今日はどうも暑くなりそうです。深夜には地震もあったし、やはりどこかおかしい日本です。

さて今回の旅、正直疲れました・・・12日間でタイ~日本~アメリカ~日本、そして明日はタイに戻ります。(よく言われる言葉ですが)若い時は何でもなかったのですが・・・

空を飛んでいた時間だけで34時間以上になります。それでまた明日も飛行機。単純には地球一周に近い移動になるでしょう。

疲れたのは体だけでなく、心も疲れきったように思えます。
言葉の使い方は間違っていますが、今回の日本とアメリカ行きは私の「終活」の一部だと思っています。人生の終活ではなく、男として働いてきた人生の一部への意味です。

昨年9月にアメリカでリタイアを決めて以来、ずっとバタバタしていました。日本と違い定年がないアメリカですから、自分が望めばまだ働けたのですが、自らの意思で長く働き続けた日にピリオドを打ちました。

日本のように退職日が決まっていて、それを指折り数えるのではなく、自分の中では覚悟していたものの、ある日辞めると決め会社に告げたのです。

アメリカの多くの企業が二週間の事前通知で、辞めるにも、辞めさせられるにも、簡単に退社できます。皆さんもテレビなどで観た事があるのでは? ある日会社に行くと、もう退社が決まっていて、段ボールに私物を入れて会社を去る・・・ 

私は退社(リタイア)を自ら決めましたが、最後の日もそれと似たようなものでした。
人事で手続きのサインをしたら職場の誰にも告げず、誰の見送りも受けずに、挨拶もせずに、出来たら誰にも知られないようにと会社を去りました。

私生活もスーツケースに入らない物は全て捨てて、ワインセラーなど譲れる物だけ親しい友人達に渡し、ベッド、洗濯機などはアパートに残したままでした。

私の場合は会社を去ると同時にアメリカも去ることになったのと、そんな急な去り方をした為もあって、アメリカで処理しなければならない野暮用が残ってしまい、今回行くことになったのです。そこには自分の気持ちを整理する意味もあったのです。


アメリカ時間で一昨日の朝、ホテルをチェックアウトし、空港でレンタカーを返し、空港ターミナルのカウンターでチェックインをしよようとすると・・・・

そこに・・・会社で一緒に働いていた友人達が待っていました。平日の勤務中、多くの人でなく数人ですが、混雑していない新しいInternationalターミナルで目だっていました。前夜一緒に食事した親しくしていた日系の友人から連絡が回ったようです。
New Terminal ATL

驚きと戸惑い、言葉にならず、ただ「ありがとう」と握手しようとしたら、誰もが自然とハグしてきました。いかつい男たちと年取った私・・・私は涙が止まらず、「じゃぁ、またな」「元気で」「どこかで会おう」短い言葉にすら返事が出来ませんでした。

私の悪い癖で搭乗時間ギリギリにチェックインしたので、時間がありません。彼らも仕事に戻らないとなりません。別れを惜しむ暇なく搭乗ゲートに向かいましたが、その時だけは空港で時間がないことを後悔しました。

もう働くことはないですし、アメリカにも行くこともないでしょう。
今回はそんな仕事、アメリカとの別れの旅でもあったのですが・・・思いも寄らなかった、人との別れが最後に待っていました。
自分はそんなアメリカにきちんと別れを告げられたのだろうか・・・そんな思いを抱いたまま、長い機上の時を過ごしました。本音では心を整理できないまま、また明日にはタイに向かいます。


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2015.05.30 | コメント(9) | 旅先通信

成田空港FREE-WIFI

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月29日、小雨の成田空港に午後3時半着、気温20℃。東京駅経由で横浜の自宅に戻りました。

帰路は成田への直行便。でもアトランタから成田までの飛行時間だけでも13時間40分。そんなに長い間、狭い椅子に座っていること自体が拷問のように思え、途中何度か気を失いながらも日本に戻りました。
Air Route

成田から横浜までの移動は往路で良かった格安バス(1000円)の「THEアクセス成田」。前回は「東京シャトル」で成田空港第一ターミナルから東京駅まで行きましたが、東京駅での降車場所が遠くて、今回は「THEアクセス成田」をチェックしたかったからです。

成田空港で満席だと乗れないのが心配でしたが、入国、税関を通りバス停に着くと午後4時発が乗車中。50%ぐらいの乗車率でした。渋滞もなく1時間ほどで東京駅。飛行機が着陸して1時間半で東京駅。最速の記録かも知れません。

東京駅の降車場は乗車場と少し違って、東京駅前の通りの反対側。ただ改札までほんの2分です。これで私的には完全に「THEアクセス成田」の方が「東京シャトル」より使いやすい事が分かりました。
Bus Stop at Tokyo

今晩と明日一日横浜の自宅で過ごし、明後日にはタイに戻りますが、また「THEアクセス成田」で東京駅から今度は新しく出来た成田空港第三ターミナルまで行くつもりです。リタイアした身に合わせて、格安バスに格安ターミナルで格安航空会社です(笑)

さて、今日までは成田空港第一ターミナルの利用だったのですが、以前と比べ空港内の至る所でFREE WIFIが整備されアクセスがストレス無くインターネット接続が出来るようになっています。
皆さんはすでにご存知かと思いますが、自分用のメモとして接続方法をエントリーしておきます。

まず電源の確保ですが、デルタ航空だと出発11番ゲート近くに画像のようなデスクが用意されていました。ちかくにドトールコーヒーだったか、Coffee屋さんもあって便利です。
Power at Narita

次にインターネット接続ですが、いたって簡単です。画像のようなガイドもあります。
Narita Guide

1、無線LANで「FreeWIFI-NARITA」に接続。

2、ブラウザを立ち上げます。

3、次の画面で「Connect to the Internet」をクリック(日本語にもなるようですが、デフォルトが英語なのでそのまま使いました)
Narita WIFI

4、次の画面で「I agree」をクリック
Narita WiFi 2

5、次の画面でも「I agree」をクリック、
Narita WiFi 3


以上です。名前などを入力することもありません。

私が使ったのは成田からアメリカに向かう日でしたので、ちょうど地震があったから(アクセスが集中)なのか? 途中から超スローになりました。地震前までは速かったのですが・・・

さぁ、二晩だけですが横浜の自宅でぐっすり眠りましょう・・・・一人暮らしのタイが待っています。


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2015.05.29 | コメント(0) | 旅先通信

旅のスタイル

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月28日米国東部時間午前9時。タイ時間だと同日の午後8時。アトランタ(から50マイル離れた田舎町)は今日も曇り空。最後まで天気には恵まれませんでした。

今日はこれから空港に向かい、アメリカを離れ日本へ向かいます。本当に短いアメリカ滞在でした。

昨夜は昨年まで一緒に働いていた友人と食事でした。
彼は南米生まれの日系三世。日本語は話せますが読み書きは駄目です。しかしスペイン語と英語はネイティブ、それに日本語ですから、会社でも貴重な戦力でしょう。

そんな彼の希望で昨夜はこの町で唯一まっとうな和食でした。他にも3店ほど日本食みたいなレストランがありますが、韓国系か中国系の店です。そう言えばタイ料理のレストランがなぜか2店もこの小さな町にあります。
Sushi

さて、アメリカの企業はそこで働く人々の人種、国籍はばらばらなのが当たり前。私が働いていた時のスタッフだけでも、チリ、ペルー、メキシコ、ドミニカ、インド、中国、ベトナム、韓国、アフリカ系アメリカ、白人・・・とまったくばらばらでした。

彼らの多くは母国で生まれたか、子供の時にアメリカに移民として来て、苦労して大学を卒業した人たちです。私は彼らを知るからこそ簡単に「移住」と言う言葉を使えないのだと思います。まぁタイで「移住」と言っている(日本の)人たちの多くが、その意味はかなり違うのだと思っています。くどいのですが、私は移住ではなく少し長くタイに居させていただいているロングステイです(笑)

さて、そんな人たちと仕事をするので英語が唯一の共通語ですが、ほとんどの人たちが英語と同時に母国語が話せますし、やはり人種により大きく価値観、考え方などが異なります。それら異なる人種、文化、言葉、習慣などを認めあうことがアメリカのひとつの強さのように私は思えます。
もっともアフリカ系と白人のアメリカ人だけが英語だけで、自分達の価値観が唯一と思いがちなのですが・・・

ハロウィンの日、オフィスで朝からこんな格好で仕事をしていたメキシコ系スタッフ
Office

今は海外に住む事は珍しくもなくなりましたが、私はアメリカで働いた10年で得た、多くの異なる人種の中で働いたことが貴重な経験だったと確信しています。反面、単一人種で同じ考え方や価値観の人たちの中に居ることが少し怖いようにも思えます。うまく表現できないのですけどね・・・人はそれぞれ、それらを認め合う自分でありたいと思います。

さて、今日の本題に入りましょうか・・・

私は学校を出て働き始めてから40年以上、ずっと旅を続けているように思えます。リタイアした今ですら一箇所に落ち着くことは出来ません。

その私の旅ですが、バックパッカーと呼ばれるような旅は経験がありません。同時にこの歳までツアー旅行も全く経験がありません。もちろんお大尽旅行もしたことはありません。常に個人旅行、そして旅行業界で言われるサーフェス旅行が多いのです。やはり鉄道、バス、車が好きなのかも・・・(笑)

航空機で目的地に行って数日過ごして飛行機で戻る旅より、(航空機を使っても)鉄道、バス、車など航空機以外で移動する区間を旅と考えている部分が私にはあります。
また、仕事の都合からですが、5カ国に住んだ事がありますし、出張レベルでも数週間は滞在するので、そこから旅が広がりサーフェス移動が多くなります。

ヨーロッパは東西南北ほとんど車で行きました。スペインを旅していた時はモロッコ行きフェリー乗り場で思いとどまりましたし、フェリーでイギリスや北欧を何度も車で行っています。アメリカも車で何度か横断も縦断もしています。

いつも年寄りの昔話や自慢話にならないように注意していますが、まぁ今回は正直そんな部分もあることをご勘弁下さい。

そんな旅ですが、会社の出張でも頑なに個人手配を好みました。それが仕事の出張でも、旅の準備で一番楽しい移動手段や宿泊施設選びを他人任せにはしたくなかったのです! 会社内には旅行手配の専門業者が入っていたり、ある時期からは旅行専門子会社まであったのですが、ほとんど無視して自分で行程を作り手配だけさせていました(汗)

さて、今回のアメリカですが、仕事でもなく観光でもない。ただの野暮用を片付けるだけ。家族も一緒じゃないし、ホテルは全米でどこにでもあるモーテルチェーンです。この町で一番安い所を選んだのですが、税込みで一泊約80ドル。観光地じゃないのですが、町が町だけに少し高めです。アメリカではほとんどがこんなモーテルに泊まります。
画像は泊まったDays Innです。部屋で飲む為にワイン2本を買ってチェックイン(笑)
Room

それから旅の服装は人それぞれですが、アメリカではよほどの重大事でない限り服装に構わないのが助かります。アメリカの空港では冬でも半ズボンにTシャツ姿の人をよく見かけますし、マイ枕を持って旅する人も多いです。

Flight-Inside

私も到着後直接仕事に向かわない限り、機内で楽なジャージー姿にサンダル。アイマスクが嫌いなので濃いサングラスにノイズキャンセラーヘッドフォンは必需品。そして10年以上愛用している安い普通の布鞄を使っています。
鞄は可哀想に足置きにもしてるのですが、これが一番リラックスできるスタイルです。

アメリカ内の空港ならこんな私の姿でも目立たないのですが、日本に着いて通勤時間帯の東京駅では・・・家族はすごく嫌がっています(汗)
そんな日本へこれから向かいます。

機内ではなかなか眠ることが出来ません。バンコクの路線バスのように揺れたら・・・きっと意識を失うことが出来るのでしょうが・・・


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2015.05.28 | コメント(0) | 旅先通信

アメリカ南部の町

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月27日米国東部時間午後4時半。タイ時間だと28日の午前3時半ですね。どうりで眠たいはずです・・・。
アトランタ(から50マイル離れた田舎町)は曇り。滞在中にすっきり晴れなかったのが残念です。

さて、昨夜は同じアパートに住んでいた日本人ご家族と食事でした。
まったく仕事の付き合いもなく、アパートで偶然耳にした日本語から私が話しかけて親しくなったご家族です。アメリカでの夢に向けて、ご夫婦で働かれています。

同じアパートだったので、行ったり来たり月に二回はテーブルを囲みました。
アメリカでは子供を一人にして親が少しでも離れると警察沙汰になりますので、ベビーシッターは絶対に必要なのですが、同じアパートなので私に仕事が無い時はお嬢ちゃんを預かったり、私も色々助けてもらいました。

タイでは全く親しい友人はいませんし、アメリカでも人付き合いが苦手な私でした。そんな私が親しくさせていただいたご家族と会えるのは今回の楽しみのひとつでした。

夕食は私の希望でステーキ。私的には日本の霜降りステーキよりアメリカの赤身部分を美味しいと感じることが多くあります。今日は焼く時に塩を間違ってたくさんかけてしまったのか、とってもしょっぱいステーキでした。ニューヨーク・ストリップ12oz(350g)です。
Steak

さて、昨日のエントリーでも紹介しましたが、アトランタはジョージア州の州都で南部の中心地でもある大都会です。

私が10年間住んだのはそのアトランタ中心部から80kmぐらい離れた町で、ゴルフ場と湖に林、そして全ての家々がゴルフカート道で繋がれている全米でも特殊な町Peachtree Cityピーチツリー・シティーです。ゴルフカート道はゴルフのためだけではなく、ジョギング、散歩、自転車などの生活道なのです。
PTC Path

Golf Cart

この町では珍しいアパートで、現地採用になる前は画像の3階角部屋、3ベッドルームに一人で住んでいました。バスルームが二つで、居間なんか広過ぎて落ち着かなかったです・・・(笑)
Apartment

この町は全米で「住みたい町」のトップ10に入った事があるそうで、本当に美しい町です。南部ですが、フロリダやルイジアナのように暑過ぎることはないし、冬は東京より寒いぐらいでマイナス10℃ぐらいにはなり、雪も降ります。そう言えばアパートの最初の部屋には暖炉もあり、冬はその暖炉で薪を燃やすのが楽しみでもありました。画像はその部屋の暖炉です(暑いタイの方には見たくもないでしょうが)
Winter

海抜300mにあり林や湖に囲まれた町なので、夏でも夜は20℃ぐらいなるので夜にエアコンをつけたことはありません。梅雨がないのでちょうど今頃、5月から8月までは長い夏になります。

日本と同様に四季がはっきりしているのも特徴でした。林の中にある町なので、秋はもう表現できないほど美しく町が紅葉に染まります。画像はハロウィン時期の消防署前。パンプキン売り場になります。
Pumpkin

また、すばらしい気候なのでリタイアした人たちも多く住み、この市の警察が全米でも有名なぐらい厳しくて、安全な町でもあります。

昨日、そして今日と野暮用以外は借りたゴルフカートでそんな美しい町をぶらぶらしながら買い物をしていました。


Free Library

ゴルフカート道沿いに「Free Library」もあります。日本語でなんて言うのか・・・無料図書なんですが、基本的には読みたい本があれば、代わりに不要な本を入れるイメージですが、まったく管理もされていないので、自由に使えます。
湖のベンチで本を読む・・・そんな姿がよく見られます。

Lake

ゴルフカートを置いて散歩していたら、すぐ横の茂みがごそごそと音がします。振り向いたら今年生まれたばかりの小鹿のようです。珍しく親鹿がそばにいないので、鹿も逃げずに興味深々と私を見ています。私は親鹿ではないけどオヤジかも(思わずずっこけて意識を無くしても責任持ちません)
Deer


すべてが懐かしく、うまく表現できませんが、この町に感謝の気持ちがいっぱいでもあるのです。町に感謝・・・っておかしな言い方ですが、一人暮らしの寂しさの中、この町の自然と人々が温かく見も守ってくれたような気がするのです。

明日にはこの町を去らなければなりません。リタイアの身ですから、もう二度と来ることはないでしょう。残り少ない時間、しっかりとこの町を記憶に刻んでおきましょう・・・


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2015.05.28 | コメント(2) | 旅先通信

アトランタの野暮用

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月26日米国東部時間午後5時。タイ時間だと27日の午前4時ですね。
ジョージア州アトランタ(から50マイル離れた田舎町)は曇りで日中は晴れ間がありましたが、先ほどからすごい雷雨です。

ニュースを観ると同じ南部でも西部のテキサス州が雨で被害が出ているようで、その嵐が東に移動してくるので、明日あたり激しい雨かも。

アトランタは名画「風と共に去りぬ」の舞台になったように南部の中心地。コカコーラやニュース局CNNの本社がある事も知られています。またここの空港はデルタ航空の本拠地で世界一発着が多い空港です。

私が住んだのはアトランタ中心部から80kmぐらい離れた町で、ゴルフ場と湖に林、そして全ての家々がゴルフカート道で繋がれている全米でも特殊な町です。

今朝のホテル前です。何もありませんが、これがこの町の普通って言うか中心部
Peachtree

さて、今回アメリカに来たのは野暮用を片付けるためですが、その野暮用は簡単に言ってアメリカでの生活を全てクローズすることです。

以前のエントリー「そして帰国 (在住者の納税)」に書いているのですが、私は昨年9月末までアメリカで働いていたのでアメリカでの納税義務がありました。日本からの駐在者・出向者は会社のサポートがあって税理事務所で申告を行うのですが、生活基盤設営もそのクローズも会社がかなり行うのが実情です。私は現地採用ですので全くそんな事に関係ない一般社員。

アメリカの企業ですから社員の国籍なんか異なるのが当たり前。それぞれが己の理由でアメリカで働き、自分の能力とキャリアだけが頼りの世界で、個人的な生活基盤は会社とは全く関係ありません。

銀行口座とバンキング、クレジットカードとクレジットヒストリーは米国社会での信用状のようなもの、自己責任での健康保険、各種保険、車やアパートなどの処理・・・10年も住めば色々係わり合いが増え、昨年10月にリタイア・帰国を選んだ時にクローズで来た事もあれば、米国での確定申告が終わるまでクローズしないで維持したままのものもありました。

先月米国での確定申告を終え、無事受理され、連邦政府と州政府の両方とも処理を終えたので、今回アメリカに残した色々なこと全てをクローズするのです。例えば銀行口座やクレジットもひとつは米国に維持したままですし、年金関係や運転免許証・・・などたくさんです。

メールや電話のやり取りでも埒が明かないので、別れを交わしたい友人もいるので、思い切って(暇があり過ぎるので)アメリカに来たのです。

今日はアトランタ市内で2箇所、ホテルのある田舎町で1箇所。全て順調に手続きを終えました。メールや電話のやり取りで今日行くことも伝えてあったし、朝一番でアポ確認の電話も入れたからです。手続き処理のために日本から来たと言うと、冗談のように受け取られますが、話はどこも非常にスムーズ。(画像はアトランタ・アップタウン)
Atlanta

本来アメリカは全てが合理的で、この地に慣れたらどんな国の人も住みやすいのだと思います。特に南部はサウザンホスピタリティーと呼ばれるアメリカ南部人の気質が今も色濃く残っています。日本でも田舎で見られるような客人を温かく受け入れ、もてなす心が全米の中でも強いです。南部訛りはキツイですが・・・
(画像はアトランタ・ダウンタウン)
Atlanta

昼はアメリカで急速に増えているハンバーガーチェーン(日本上陸はまだです)「Five Guys Burgers and Fries」でハンバーガーです(笑)
アメリカ在住時からこのハンバーガーは好きで時々食べていました。

基本はハンバーガー・チーズバーガー・ベーコンバーガー・ベーコンチーズバーガーの4種類(他にドッグもあります)で、16種類のトッピングの中から好みを頼みます。トッピングは全てフリー! 当然注文を受けてから焼くので時間がかかりますが、アメリカらしいバーガーが食べられます。そうそう、ここは店の中に殻付ピーナツが箱ごと置いてあり、いくら食べてもフリー! 飲み物もリッターフリーで色々な種類が楽しめます。
Five Guys

正直に言えば、すごくここは心地よいです。
アトランタは大都会ですが、ニューヨークやロサンゼルスのように街に居るだけで忙しさを感じたり、お洒落しないと歩けないような思いは全くありません。
ホテルがある田舎町は緑豊かで静か、知らない人同士でも挨拶をします(この町独特ですが)、寒くもなく暑くもなく、人々はニューヨーカーのように早口で喋らず、南部独特の口調でゆっくり話します。天気の話し、野球の話し、バスケットの話し・・・テレビでは全米ニュースが流れ・・・何かすごく落ち着くのです。

私はアメリカが嫌になったり、この町が嫌でアメリカを出たのではなく、思うように働けなくなった自分自身の体と仕事環境から離れたのです。
やはりこの町は好きだし、10年前は嫌いだったアメリカも好きです。

主な野暮用は今日のうちに片付けたので、明日はかなりリラックスした日になりそうです。残念ですが天気がかなり悪くなる予報。すでにワインを買ってあるので、静かなこの田舎町でワインでも飲みましょう。


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2015.05.27 | コメント(0) | 旅先通信

25時間の移動

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

米国東部時間5月25日夜の10時半。タイ時間だと26日の朝9時半でしょうか。11時間の時差で昼夜が真逆になります。日本時間だと26日の午前11時半ですね。

その5月25日のアトランタ(から50マイル離れた田舎町)は小雨の夜です。空港着陸時は雷雨で1時間ケンタッキー上空で待ち、アトランタでは雷の中を着陸でした。どうも天気はウエルカムじゃないようです。

ここジョージア州は皆さんご存知のマイアミ州のすぐ上(北)、5月末ぐらいから長い夏が始めるのですが、今日は少し肌寒く感じました。

日本時間の25日午前11時に自宅を出てから24時間半後。先ほどホテルにチェックインし、急ぎシャワーを浴びてほっとした所です。眠くなる前にエントリーを済ませましょう・・・

成田では直前に地震があったものの、ほぼ定刻発でした。
Narita

アメリカ北部のミネアポリスで乗り継ぎでしたが、入国審査が1時間半! 少なくても二つのフライト客が並んでいるのに、ビジター用の審査官が3人だけ(その内一人はクルーや車椅子用)。長い間アメリカに住んでいましたが、最悪の入国審査時間でした。

入国審査に1時間は想定内だったので、乗り継ぎには間に合いましたが、ミネアポリスでは食事もアクセスも出来ませんでした。
画像は乗継便の搭乗ゲート前。一杯飲みながらアクセスしたかったのですが・・・
MPLS

その後、南部のアトランタに着いたのは、アトランタ悪天候のため定刻の1時間遅れで午後9時少し過ぎ。10年も住んだ地に一番近い空港なので、大げさでなく百回以上利用した空港ですが、ここでレンタカーを使うのは初めてのことです。それは当然で今までこの空港に来る時は自分の車がありましたから。

レンタカー会社は「AVIS」。メンバーになって長く、予約していたので手続きせずにそのまま車に乗り込む事が出来ます。

住み慣れた地なので、夜にレンタカーに乗ってもすぐ目的のハイウエイに入れ、約1時間の運転で真っ暗な田舎町まで来ました。基本的に照明がないハイウエイですし、空港を出たら都会のアトランタとは逆方向へ向かうので、ハイウエイの周囲は林が続くだけ。暗闇に吸い込まれるような道に向かいます。

カーラジオのDJとポップなミュージックがすーーと気持ちを落ち着かせます。なぜでしょう・・・やはり「戻った」と自然に考えてしまいます。

ハイウエイを出て州道に入るとますます暗くなります。住んでいた時は意識しなかったのですが、こんなにも真っ暗だったのですねぇ・・・バンコクも横浜も明る過ぎる夜ですから。

道を知らなければ心細く思い始める頃、車のヘッドライトだけの視野だったのが、徐々に店が現れ始めました。10年も住んだ田舎町です。最初のリッカーストアーでワインと水を買い、次に現れた24時間営業のファーストフードでサンドイッチを買いました。

もう夜も遅いので田舎町ではレストランも閉まる頃、とりあえずホテルにチェックインし、部屋で夜食をとって寝るつもりです。

ホテルは全米どこでもある安いモーテルチェーンのDays Inn。チェックインしたら車をそのまま部屋の前に移動させ、狭い部屋に入りました。
Days Inn


テレビをつけると中部地区で行われているメジャーリーグの中継中。東部に住むと時差の関係で夜遅くまでスポーツ中継が観られます。

日本からアメリカ東部に入ると、移動時間も長く、到着が午後から夜になるので、ホテルに入ると睡魔がMAXになるのが普通です。ベッドに入るとあっと言う間に眠れますが、必ず午前2時、3時、4時と目が覚めてしまいます。

それでは・・・おやすみなさい。


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2015.05.26 | コメント(0) | 旅先通信

THEアクセス成田で空港へ

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月25日午後2時、昼過ぎの成田空港は曇り空で晴れ間も少し見えます。

今日二度目のエントリーですが、成田空港に着き、先ほどチェックインも終えました。これからアメリカ北部のミネアポリスに向かう長いフライト直前です。

横浜から東海道線に乗り東京駅には昼の12時半前に到着しました。東京駅からは格安バス(1000円)の「THEアクセス成田」で成田空港第一ターミナルに来ました。数日前成田空港から格安バスの「東京シャトル」で東京駅まで行きましたが、今回は違う運営会社です。
Tokyo St.

東京駅八重洲口南口改札を出て1分(以内かな)で長距離バスのJR高速バス乗り場になりますが、「THEアクセス成田」は7番のりば。「東京シャトル」とは違い東京駅ビルと直結していますので、雨でも濡れずにすみます。荷物が多いこともあるでしょうから短い違いですが、「THEアクセス成田」のほうに軍配が上がるでしょう。
Tokyo Bus Stop

私がバス停に着いた時は12時25分。すでに5~6名の方が乗っていましたが、車内はガラガラのイメージ。乗車時に運転手に1000円のバス代を払うつもりだったのですが、目の前にSuicaのカードリーダが、Suicaで乗りました。現金の持ち合わせがなくても便利。
Bus

今回も成田着はほぼ定刻通りの13時45分。第二ターミナルに二ヶ所停まった後に第一ターミナル出発階のバス停15番(南ウイング側)に到着しました。バス自体を含め何か特別に格安バスを意識することは私はありませんでした(車内トイレもあるし)。
Narita Bus Stop

今回両者を実際に使ってみて、私的には「東京シャトル」よりも「THEアクセス成田」の方が使い勝手が良かったですが、これは両者とも一回限りの比較でのこと。それより選択肢がある方が良いと考えます。

----ここで地震がありました。茨城が震度5で成田は4。私の周りの外人は青ざめていましたが、「レベル4なら月に一回はあるし、津波はないよ」と話しておきました。館内放送では「安全確認中」とのことですねぇ・・・地震の10分後の放送です----

搭乗まで20分です。そろそろパソコンを閉じましょう・・・

大昔になりますが、今のようにアクセス環境が整っていない中、貧弱なパソコンを改造し、世界中を旅しながら、その時その場から旅先通信していた頃の血が騒ぐのか、アクセス頻度が上がります(笑)

この後すぐ搭乗です。機内ではアクセスしませんが、アメリカに到着次第エントリーする予定です。


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2015.05.25 | コメント(0) | 旅先通信

これからアメリカへ

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月25日、今日の横浜は晴れ。少し早く起きましたが、涼しく気持ちよい朝でした。

さて、今日この後昼前に横浜の自宅を出て成田空港に向かいます。
今日もデルタですが、これからアメリカに向かいます。成田発午後4時40分でミネアポリス着が同日の午後1時45分。ミネアポリス午後4時26分発でアトランタに向かい到着が午後8時です。

アトランタではレンタカーで去年9月まで住んだ田舎町に向かいます。早くてもホテルに入れるのは午後10時でしょう。ちょうど横浜の自宅を出てから24時間の移動です。

横浜の自宅からは東海道線の駅まで家内に送ってもらい、東京駅へ。東京駅からは先日成田空港から乗った「東京シャトル」ではなく、「THE アクセス成田」を使いたいと思っています。これは実体験で次回にでもエントリーしたいと思っています。

今回の日本帰国は6泊だけですが、横浜からどこにも行かずに墓参り以外は年金事務所、市役所などで手続きを色々していました。それ以外は家族との時間を出来るだけ多く取りました。離れているからこそ、家族の大切さを強く感じています。

日本での家族と過ごせるのは短い日々ですが、それだけに一日一日が濃厚に感じます。それは長く一人海外で勝手していた自分のエゴかも知れませんが・・・
家内とは結婚して数ヶ月後には海外へ連れて行き、子供たちも海外生まれ・・・そんな家族だから言えることなのだと思います。

家内と子供たちを私が海外勤務中に先に帰国させ、我が家を横浜の地に決めてから、私自身は帰る家であって住み慣れた家ではなかったのですが、いつの間にかそんな横浜にも私も住み慣れた地になったようです。

ビルの谷間から見た横浜港周辺もクレーンが立ち並んでいるので、きっと次回見る時は街の様子が変わっていることでしょう。
Yokohama

アメリカでも3泊5日で色々な手続きだけの日々になります。
昨年9月末以来なので8ヶ月ぶりのアメリカになります。たった数ヶ月ですが、きっと以前と違う事ばかりが印象に残るはず。

色々な国で仕事をした自分ですが、実は赴任前はアメリカが一番嫌でした。やはり仕事では世界の中で一番の主戦場ですし、それだけに日本の親会社の注目度も高く、実際に問題も多くあったからです。私の英語が一番通じないのもアメリカですし(汗)

赴任してみれば、やはりアジアやヨーロッパとも違い、主戦場で闘っているローカルメンバーのプライドも高いし、日本から赴任したばかりの者はなかなか受け入れられない雰囲気いっぱいでした。

他の国では会社が職場の環境も、生活環境もある程度整えて迎え入れてくれるのですが、アメリカでは良くも悪くも個人主義。自分が働く環境を整え、住む環境も自分自身で整えるのです。何て言ったら良いか・・・色々な国の出身者が自分の力で仕事をし、周囲に認められるしかないのです。皆そうなのです。日本の親会社から送られた日本人なんて、邪魔者扱いされることはあっても、歓迎されることはないのです。

最初の一年は会社に住んだようなもの。朝7時から夜11時まで、週の中で徹夜するのは当たり前。時には週に5徹なんてこともありました。そうでもしないと仕事が追いつかなかったのです。自分自身が情けないと思う日々でした。

やっとアメリカでの仕事が認められたかと思うようなった時、体を壊して無理できないようになりました。日本とアメリカの間に立つのも正直うんざり。そんな時にちょうど55歳。早期ですが定年退職が認められる歳です。

迷いがあったものの、日本企業を早期定年退職する気にさせたのは、アメリカ側から「日本に戻らずこの会社に残って欲しい」と言われたからです。そして日本との繋がりを絶ち、アメリカで現地採用の道を選びました。

気がついたら、アメリカで10年。昨年9月に退職しましたが、それも自分が納得するような働きが出来なくなって、自ら申し出てのこと。定年退職がないアメリカですから、実力さえあればいくらでも働けます。その実力がないと自分が感じれば、無理して働ける環境ではありません。自ら引き時を悟った時から、あっと言う間にリタイアの道を選びました。こんな私が日本でまた働けるはずが無いと確信もしていたらからです。

長い人生で最後に働いた場がアメリカだったのは、自分らしいかも知れません。
今日は今からそんなアメリカに向かいます。

長いフライトですし、移動時間も24時間。距離も、時間すら異なる世界に向かうには十分に短い時間ですが、今回のアメリカ行きは私の人生で最後だと思っています。


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2015.05.25 | コメント(4) | 旅先通信

寿司とイタリアン

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月24日、今朝の横浜は曇り空。来日して以来晴天が続いたので、一休みでしょうか。曇り空でさえ季節の良い5月を感じます。

海外在住の方にとって、日本へ戻った時の楽しみのひとつが食べることではないでしょうか。何を食べるかは人それぞれですが、日本に行った時ぐらいは本当に美味しいものを食べたい・・・和食に関しては私はそう思ってしまいます。そう思うぐらい海外ではきちんとした和食を食べてないのは、海外なのが原因ではなく私自身に理由があるのですけど・・・

アメリカでは南部の田舎町でしたから、車で1時間半ぐらいかけて大都会アトランタに出ない限り本当の和食は住んでいる町にはありませんでした。アメリカでよく見られるJapanese Steak houseは数軒ありましたが、鉄板を前にした調理人が切った肉をコック帽に放り投げるようなパーフォーマンスを見せる店です。他にも中国系、韓国系の人がやっている和食っぽい店もあり、一軒だけ何とか和食と呼べそうな店もありましたが、高いし味も普通以下だったので10年間で2~3回しか行きませんでした。

バンコクではお金さえ出せばある程度の和食はたくさんあるのですが、そのお金がないのでリタイアした身では食べられません。
しかし和食と言えるかどうかは別に、近くのショッピングセンターに行けば普通に日本に関係したものが食べられるので、そう和食への飢餓感は無いのが本音です。「なんちゃって和食」にいたっては色々あるので楽しいぐらいです。

いつだったか・・・アパートに入った直後、数日続いたの大掃除を終え最低限の必要な家具や小物もそろったので、一人でお祝いをしました。

アパートからショッピングモール「せんたんばんな」への抜け道の途中。周りに何もない所の一軒家の寿司屋「SUSHI HANA」。並ぶのが嫌いなタイ人がいつも並んでいたので気になっていました。チェーン店でなくオーナーはタイ人の独立店のようです(後にラマ9世公園近くにも同じお店があるのを見ました)
Outside of Sushi Hana

お祝いで寿司です! しかし、まぁ・・・なんて言うか(笑)階段状に並べる意味があるのか?? 私は日本で見たことがないのですが、地域によっては同じような寿司下駄があるそうです。寿司ネタも味もまぁまぁ食べられるものでしたが、にぎりの刺身が三倍ぐらい厚いので、噛み切るのに苦労しました(笑)寿司シャリとのバランスなんて考えた事もないのでしょう。
Sushi Hana

ところで、いつも感じるのですが、日本に居るとあっと言う間に時が過ぎてしまいます。きっと日本とタイでは時の速さが異なるのだと思います。
明日は日本を離れアメリカに向かいます。

さて私はタイへ行く前のアメリカ在住時、日本に戻ると家族そろって食事に行くのが楽しみでした。恒例と言うか、普段家事に追われている家内を私が戻った時ぐらい、少しは楽させてあげたい気持ちからです。

その食事に行く店は寿司屋さんなどの和食の店、そしてソムリエの友人達の店からどこかなのでフレンチかイタリアンです。ですから最低でも二回は家族で外に食べに行くので、その出費も結構したものでした。

その恒例行事もリタイアしてからは贅沢は出来ないので、寿司屋が回転寿司になってしまいました。

今回の帰国中に外食したのは三回。家内と娘も一緒に墓参りの帰りに回転寿司。それに家内と息子と一緒に横浜のデパートで寿司屋さん。特別な店でなく初めて入った普通の寿司屋です。平日なので家族4人が揃うのが難しいのに、子供たちは寿司が好きで、こちらは連ちゃんの寿司でした。
Sushi

最後が昨日土曜日に家族そろって横浜・馬車道近くのイタリアンの名店「テンダ・ロッサ」。ソムリエが3人居る店で、ワイン好きにはなかなか楽しいイタリアン。15年以上通っていますが、今は平日での予約がないと入れない店になってしまいました。
Tenda Rossa

プリモ・ソムリエの矢野君はじめ、彼らが喜ぶワインを持ち込むのが常ですが、昨日はアメリカで最も成功したワインメーカーの一人、トニー・ソータのピノ・ノワールを自宅のセラーから持って行きました。

ワインを持ち込む時のマナーが自分にはあります。当然店には絶対無いワインであること。通常入手し難いワインであること。ソムリエが普段経験しないワインであること。お店のワインも飲むこと。そしてワインを全て飲まないでソムリエ達のために残しておくことです。決して値段のことではなく、ソムリエさん達が喜ぶワインを持ち込むのです。
Wine Soter

この店は横浜の自宅に近く、子供たちは小学生の頃から通っている店です。シェフ、ソムリエ、スタッフも「お帰りなさい」「次はいつ日本ですか?」と声をかけてくれます。

移り変わりが激しいバンコク。前回在住時に通い馴染んだ店の多くが変わってしまいました。その為か日本で馴染みの店がある事に、ほっとします。


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2015.05.24 | コメント(2) | 旅先通信

いざ鎌倉

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月23日、今朝の横浜はよく晴れています。少し暑くなりそうですが、午後からは天気が崩れるようです。しかし5月の日本は本当に気持ちよい天気です。こんな日は外で体を動かしたくなりますねぇ・・・

アメリカでの10年間は自転車に乗るのが大きな楽しみでした。それに比べてバンコクでは全く自転車に乗りたい気持ちがわきません。
道は悪いし、バイクも運転手もマナーも悪い、空気も悪い・・・田舎なら乗ってみたい気もしますが、バンコクでは乗りません。

アメリカで住んでいたのは南部のジョージア州、州都はオリンピックも行われたアトランタですが、その大都会から80kmぐらい離れた田舎町です。市の周囲は自然しかなく、実際に市自体が3~4箇所のゴルフ場の中に存在するイメージです。通勤時間は15分ぐらいですが、ゴルフコースの真横や、真ん中を横切って会社に行っていました。ゴルフコースに面している家も少なくなく、街の全ての家にゴルフカート道が通じています。
私はまったくゴルフをしないのですが・・・
PTC 1

アメリカでもかなり特殊な市で(あの)全米で住みたい町のベスト10に入った事があるそうです。住民の多くがリタイアした人々で、屋敷と呼びそうな大きな家と広大な庭を持たれています。
私はそんな市の中で数少ないアパートですが、3階建てのアパート敷地内にプール2箇所、テニスコート、ジムなどが点在していました。

そんな田舎町で一人暮らしの私が楽しんだのが料理とワインに自転車。

料理とワインはさておき、自転車はゴルフカート道が街中に網の目のように張り巡らされているのですから、最高のコンディションです。日本からも自転車を持ち込みましたが、すぐアメリカでも買いました。

PTC 2

林と湖、それにゴルフコースの中をカート道が前兆100km以上続くのですから、有料でもおかしくないと思うぐらい自転車好きには恵まれていました。
毎週末は土日とも天気さえ持てば必ず自転車で街中を走っていました。リスはどこでもいますし、時には鹿が横を走ります。野うさぎ、アルマジロや狐すら見たことがあります。

そんな自転車好きが住宅環境で言えば、真逆のようなバンコクに住み、いつも伸び伸びと自転車に乗りたいものだと思っていました。

日本もアメリカに比べたら交通事情の違いで怖い部分もあるのですが、先日ちょっと体を動かしたくなって、横浜の自宅から湘南へ向かいました。国道一号線を走るのはバンコクと似たような環境になるので、横浜から真西の大和市に向かい、途中「かまくらみち」など「いざ鎌倉」のために整備された古道を何度か通ります。

横浜市と大和市・藤沢市の間を流れる境川まで出て、この境川を下ると江ノ島に出られます。海がキラキラして美しく、相模湾の向こうには富士山も見えます。しばらく砂浜に腰を下ろし海を見ていましたが、気を失い夢の旅に出ることはありませんでした(笑)
Bike at Enoshima

しばらく海沿いを走り、鎌倉手前から江ノ電に沿って走り「極楽寺駅」へ。江ノ電から鎌倉は多くの映画・テレビの舞台となっているので、そんなルートをたどる方も多いように思えました。

Bike at Kamakura

極楽寺からは長谷寺や大仏様へ。このあたりは平日でもすごい観光客で賑わっています。少し長谷寺から離れた所にあるのがたい焼きの「なみへい」で休憩。観光地にありテレビでも紹介され行列も出来る店ですが、現在では6連式で焼く店が多い中で一丁焼きを守っている若い店主にはこだわりがあるのでしょう。パリッと焼き上げた皮も美味しいたい焼きです。
Taiyaki at Kamakura

鎌倉までたい焼きを食べに行ったのかと思いの方もいるでしょう。するどいです・・・ハイ。

たい焼きを食べて元気が出たのでJR鎌倉駅に向かい、そこから山を登り銭洗い弁天へ。ここから山越えで一気に北鎌倉へ下りました。

狭い鎌倉の道を自転車で通るのは簡単ですが、鎌倉は三方が山に囲まれ、一方だけ海に開けた地形なので、海から入ると同じ道を戻らない限り切り通しの坂道が待っています。坂を苦労して上れば、楽な下りが待っている・・・そんな事ばかり考えて乗り切りました。

初夏の陽にキラキラ輝く海と江ノ島や富士山。鎌倉や湘南が自転車圏って、ちょっといい気分。疲れましたが、バンコクで路線バスに数時間乗って疲れるのとは違い、気持ちよい疲れです。これでもうしばらくは自転車に乗ることはないでしょう・・・


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2015.05.23 | コメント(4) | 旅先通信

自由過ぎるタイのバス

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月22日、今日の横浜は朝のうちは曇りですが、だんだん晴れ間が広がっています。昨晩は少し寒いとも思いました。

さて、昨日から横浜で年金事務所や役所に行き野暮用を済ませているのですが、坂が多い横浜なので距離が短くても路線バスを使う事が多くあります。

その横浜の路線バス、タイに行くまで意識してなかったと言うか・・・気がつかなかったのですが、乗降口に全く段差がないノンステップ型で、その上に乗降時にバス自体の車高まで下げて乗客が乗り降りしやすくしています。アイドリングストップだし、バス停に止まるまでバス内で動くと「危ないから待ってください」とまで言われちゃうし、至れり尽くせりですねぇ~
Bus Yokohama

ある意味、新鮮だし、驚きでもあります。日本のバス、すごいです!

それに比べてタイのバスは・・・全てがゆる~いです。言い方を変えると味わい深いとでも言いましょうか、まぁハッキリ言って「何でもあり」だと思います。だからこそ私的には面白いのですが・・・

Bus Step
まず乗降口のステップですが、鬼のようなステップです。若い人には問題ないでしょうが、自分のような年寄りだと手すりにしっかり掴まらないと、乗れません、降りれません。しかもタイでは99%の運転手が完全に止まってくれないで中で乗り降りします。しかもしかも、道路際になんかバスを寄せてくれません。バスを降りたらバイクはもちろん車が走る中を道路際まで行かなくてはなりません。


bus #365 1
乗降口には当然ドアーが着いているはずですが・・・走行中もずっとドアーは開けっ放し。それ自体は珍しくもない(って言うか当たり前)ので気にしてなかったのですが、降りる時になって気がつきました。ドアーそのものが無い! きっとドアーの開け閉めが面倒だったのか、動かないから取っ払ったのでしょう。

Bus Sleep
運転手がお父さん、車掌がお母さん、そして二人が働いている間、子供をバスに乗せている・・・なんて珍しくは無いのですが、エンジンの上でお休み中のお子様。バスがどんなに揺れようが落ちません。しかもエンジンの上に寝られています。温度・騒音・振動どれにも動ぜず眠られています。すごいです。

Bus Sleep 3
家族でバス業務、本当に多いです。きちんと働いてくれれば良いのですが、お母さん車掌さん、お疲れのようでくつろがれています。お子様はこの後お父さん運転手のお膝に乗ってました。ハイ、運転中にです。

Bus Sleep 1
これも家族バスですが(笑)お子様が寝られているのは、お父さんの運転席足元。のびのびとくつろがれています。

Bus 207
くつろぐと言えば、エントリー済みですが、前のドアーを閉め切りお二人のお子様の居間にしていたバス。それ自体は珍しい事でもないのですが・・・お子様が寝そべってご覧の小型TVはドラえもん。しかも音声を外部入力から車内放送に繋いでいるので、「Doraemon~」とのび太の声がバス中に響きます。

Bus Audio
車内放送と言えば民間委託バスはもちろん、バンコク公営バスでも時々、運転手が自分の聴きたい音楽を大音量でバス中に流している事が多いです。たいていはルークトゥンですね。画像の運転手はオーディオが好きなのか、すごいこだわりです。ありとあらゆる音楽ソースが接続できて、アンプやスピーカーも完全装備。自分用のモニターや通信システムまで備えています。


これらの画像はネットで集めたのではなく(って言うか、私がそんなネットに流れている話や画像でブログを書くようになったら、もう終わり。ブログを止めます)私がこの数ヶ月でたまたま見かけ、たまたまカメラを持っていて撮った画像です。珍しいことでもなく普通に見られるがすごいです。

一番すごかったのは(カメラを持っていなかったのですが)、バスに乗っていたお婆ちゃんが降りたいバス停で降りられず、持っていた日傘で運転手を殴りつけたこと。運転中にです(汗)ボタンを押したのか、声をかけたのか分かりませんが、かなりお怒りでした。
これらのじゆ~なバス。最初、私は驚きで気を失うかと思いました。これらのバスで気を失っても誰も気づかないでしょう。必死に耐えました・・・・

こんなに楽しいバスが待っているタイに早く戻りたいものです。


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2015.05.22 | コメント(4) | 旅先通信

母の思い出

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月21日、今朝の横浜は夜明け前の雷雨も止み、晴れのようです。
昨日も日差しの強さを感じる晴れでしたが、バンコクに比べたら湿気も少なく外にいて気持ちよい日でした。

さて、以前のエントリー「運んでいい物、だめな物」 で書いたことなのですが・・・
私は父をドイツ勤務時に亡くし、母はアメリカ勤務の時。私は両親とも葬式の真っ最中に空港から駆けつけた親不孝者なのです。

その母の七回忌が本来なら今の5月なのですが、それも前回帰国した2月に済ませました。その時は5月に日本に戻れるか分からず、思い立って2月の帰国中に親戚に相談した上で急に決めたことです。
親戚には話した上でお寺さんとも相談し、当日はお坊さん以外は家内と私だけの小さな法要でした。本当に私は親不孝者なのです。

その無くなった母は先の大戦中、B29の爆撃により右足の指3本と甲の三分の一を失っていました。その時の事を母は最期まで詳しく話すことは無かったのですが、東京の下町が戦争中どんな運命をたどったか、私達江戸・深川(東京・江東区とも言います)の子供たちは何となく知っています。爆弾の破片なのか飛ばされた何かの破片なのかが母の足に刺さり、運ばれた野戦病院のような所で手術、女子供は縁の下に置かれたそうです。母がまだ小さな子供の時です。

その為に母は靴を履いたことはなく、草履で鼻緒に残った指をかけて不自由そうに歩いていました。遠くに出歩くことはなく、近所での買い物だけが母の外出でした。父も深川の職人で「ちゃぶ台返し」を本当にするような荒い気性。子供だった私も働くようになるとすぐ、そんな家を出てしまいました。本当に私は親不孝者なのです。

私が働くようになると海外に行ったり来たり。日本に居なかったのも25年以上。父を亡くしてからは日本に帰る度に母の元へ行くものの、何か落ち着くことが出来ず、すぐ帰ってしまう・・・そんな事を繰り返していました。

足は不自由していた母ですが、八十代までは気丈な人でした。父が亡くなった後も一人で暮らし、毎日新聞を隅から隅まで読み、興味あることがあればゆっくりとですが、一人で出歩いていました。出歩けないけど好奇心が強い母だったと思います。

私がドイツで7年の勤務を終えた1998年の3月、ソフトバンク社から話があって「旅先通信」を出版すべき仲間達と頑張っていた頃です。

ソフトバンク社にて撮影会が行われました。執筆スタッフも続々集まり、まずはスタジオ内での撮影が行われ、引き続き近くのビジネスホテルへ移動。多くの人間が狭い部屋に入り、撮影機材を設置。ベッドをずらし電話回線を引き出す・・・・しかし、そこで撮影すべきローゼットタイプの電話引き込み口は無くRJ-11タイプになっていたのです!

困った・・・「急ぎどこかでローゼットタイプの家を探さなくてはならない!」 緊張が撮影会のメンバーに走る。 うーん、言いたくは無かったけど・・・実は私の実家はローゼットタイプ。しかもソフトバンク社がある人形町からは隅田川を挟んだ深川である。

急遽私は実家に電話、そのままカメラマン・編集者とタクシーに乗り、深川の実家に行くことになった・・・当時ドイツから日本へ戻って半年、3回目の実家でした。

実家にタクシーで乗り付け、大きな男たちが機材を持ちまるで乱入するかのように家に入ったからであろう、実家で撮影準備を行っていると近所の方たち数人が手に手に洗面器などの武器?を持ち飛び込んできた。
「森田さん大丈夫?」とお袋に呼びかける近所の方・・・最初はきょとんとした我々も、何か暴力団乱入と間違えられたと気が付き、撮影会のことを説明。一同大笑いの後、無事撮影が済んだのだが、まだまだ人情や近所付き合いが残る深川だったのです。

苦労して発刊された「旅先通信98」。巻末の「Special Thanks」にある森田光とは母の名前であり、私に黙っていたソフトバンク編集者の粋な計らいだったのです。
Book

母は最後までぼけることなく、驚いたのは老眼にもならないで、私の子供たちは「最強のばあちゃんだ!」とまで言っていました。

そんな中、2009年の5月。2年ぐらい前からあちこち体が悪くなり入退院を繰り返していたので、実姉と家内が交代で母の面倒を診ていたのですが、その家内から「危ないかも」と連絡があり、そう緊急性が無かったものの日本へ戻りました。

日本で病院に急ぐと、一日前にかなり危なかったようですが、その時は何とか私の話に弱弱しいながら返事する状態でした。一週間ほど病院通いしたものの、その間私が長く病室に私が居ることはなかったです。話すこともなく、弱る母を見たくなかったのもありますが、ベッド横で何をしたらよいのか分からず居づらかったのが本音。

そして明日アメリカに戻るという日。家族や親戚が帰った後も珍しく私だけが病室に残り、夜のギリギリまで母のそばにいました。何となく離れがたかったからです。

その翌日にアメリカに戻りました。そしてその夜、家内から電話がありました。
慌ててすぐ日本へ戻ったものの、それは父と同じで葬儀の最中でした。
私はつくづく親不孝者なのです。

Temple

昨日はそんな母の命日でした。
家内と娘の三人だけですが、墓参りに行って来ました。
そして、仏壇の母の遺影をコピーしました。
足が不自由で遠くまで出歩けなかった母。もちろん海外なんて行ったことはありません。今回タイに戻るとき、母も連れて行くつもりです。好奇心が強かった母はきっと喜んでくれるでしょう。


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2015.05.21 | コメント(2) | 旅先通信

成田空港からの格安バス

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月20日、今朝の横浜は晴れ。今は少し雲が多いです。昨日成田から横浜へ移動した時はずっと曇り。東京駅からの電車には傘を持った人が多かったです。

窓から入る風が気持ちよいと感じるのは久しぶり。うーーん、やはり日本の5月は気持ちよいです。ただ5月に日本に居ると言うだけで・・・

さて、久しぶりの我が家でよく眠りました・・・と普通は書くのでしょうが、私はこの10年で言えばアメリカの次がタイで、その次が日本と長く住んだ順番になります。
去年10月にアメリカでリタイアし、日本へ帰国したものの三ヶ月足らずでタイに出てしまったので、日本の家では居場所が見つかりませんし、家族も慣れたものでお客さん扱いです(汗)

今回日本へ戻った・・・って言うかぁ~(いつもの娘の口調です)日本へはついでに寄りました(笑)来週月曜には野暮用でアメリカへ向かいます。

本当ならとっととアメリカへ行って、用事を片付けてすぐにもタイへ戻りたいのですが、今週末がアメリカではメモリアルデイで3連休なのです。今週タイからそのままアメリカへ向かうと、ちょっと現地でタイミングが悪くて、そのタイミング調整で日本に6泊します。

さて今日のタイトルですが、日本に行ってもまたバスの話か・・・って思われた方も多いことでしょう。今まで意識した事がないのですが、もしかしたら私はバスファンなのかも知れません。いやぁ~きっとそうに違いないです。タイ以外で乗った路線バスは日本の自宅周辺だけでしたが、タイに行ってあまりにも多いオンボロバスに触れ、隠れていたものが芽生えたのです。きっと・・・
ハイ・・・本題に入りましょう(汗)


昨日、日本までのフライトは実際飛んでいるのは5時間と少しでした。短いと言うかちょうど良いです。アメリカだと住んでいたジョージア州アトランタからワシントン州シアトルぐらいまでとほぼ同じです。時差はアメリカのほうが時間で大きいですね。

機材は777でバンコク~成田~ミネアポリスに向かうフライト。隣がミネアポリスに12年住まわれているコラート出身のタイ女性、その隣がバージニアに住まわれている典型的な初老の白人女性。タイ語、英語を混ぜながら久しぶりの会話で、珍しくストレスを感じないフライトでした。

成田から自宅のある横浜まで過去は成田エクスプレスを利用していましたが、今回からリタイアした身にあわせて格安バス会社(笑) LCC専用の成田第3ターミナル開業に合わせて、バスも格安バスが導入されたのではないでしょうか。
(画像はTHE アクセス成田です)
Bus at Narita

「東京シャトル」と「THE アクセス成田」が運行しています。成田空港~東京駅で1000円で、嬉しい価格です。

デルタ航空が発着する成田空港第一ターミナルでは南ターミナルの端、31番乗り場から出ますが、別なターミナルを回りここが成田空港のラストですので、混雑していると乗れないのが難点です。なお席は全席自由席です。
(画像は東京シャトルです)
Bus Narita

昨日は京成が運営している「東京シャトル」を利用しました。
16:30発が満席で16:50に乗り、ちょうど1時間で東京駅八重洲口(の近く)に着きました。

実際に格安バスを利用して、上記2社の微妙な差が気になりました。

「東京シャトル」は空港ターミナル内のバス乗車券発売所(従来のリムジンバスなどと同じカウンター)でチケットを買うのが前提でした。ただ、発車間際に来た人に対して、バスが満席でないことを確認した上で、バス内で発券していました。
それと東京駅の降車場所から駅までは大通りを横断し駅まで5分弱かかります。乗車する場所も同じです。
(画像はターミナル内のバス乗車券発売カウンター)
Bus Ticket Center

「THE アクセス成田」は完全にバス乗車時にバス内でチケットを買います。これだとバスが来ても満席で乗れないかもと心配になりますが、私が昨日見た16:40発は10名ぐらい並ばれていて、全員乗れました。

実際の昨日の私ですが、デルタが着く成田空港第一ターミナル「北」から「南」ターミナルへ移動し、途中見かけたバス乗車券発売所で「1000円バス」の乗り場を聞いたら、そこでチケットを買う指示がありました。この時点で16:20ぐらいだったのですが、16:30発が満席なので16:50発を買うような指示がありました。

実はこれは京成が運営する「東京シャトル」だけの話しだと後で気づきました。

南ターミナルの端、31番バス乗り場に行くと、16:30発の東京シャトルが行った後に、同じバス停に16:40分発のTHE アクセス成田が来て、私の後から来たチケットを買っていない人たちがバスに乗り込みました。東京シャトルの16:50発のチケットを購入済みの私はそれを指をくわえて見ていただけです。

ちょっとこれは・・・バス2社が同じ乗り場なのに、違うチケット発券システムなので、紛らわしです。私の場合は少し不満が残った形になりました。両者の違いを知らない私がいけないのですが・・・

それと「THE アクセス成田」はJRバスが運営会社のひとつなので、東京駅に近い場所での乗降になると思われます(未確認)。大きなスーツケースなどを伴った移動なので、この点も気になります。
(画像は東京シャトルの東京駅(近くの)バス停)
Bus at Tokyo

東京駅からは東海道線で移動しました。バスが着く東京駅八重洲口からスーツケースを引きずりながら・・・あの大きな東京駅で、あの日本人の歩く速度の中を、あの混雑する日本の駅構内で、あの誰も他人のことなんか気にしない人たちの間を歩くのは・・・タイに慣れたリタイア老人にはキツイものがあります(汗)

あやうく東京駅の雑踏の中で気を失いそうになりました。『タイから里帰りの老人、東京駅で意識を失う』そんなニュースが情報番組「とくダネ!」「ひるおび」「情報ライブ ミヤネ屋」その後に「Nスタ」と朝から夕方まで流され続けられるのが目に浮かび、必死に耐えました。

その東海道線の東京駅。いつの間にか始発駅でなくなりました。一本待って始発から座って行く・・・なんて事が出来なくなりました。これはちょっと・・・残念。まぁきっと便利になった方も多いのでしょう。リタイアした身より働く人が少しでも快適になれば良いのです。

東京駅から自宅に電話。なかなか公衆電話が見つからず苦労しました。今時携帯電話を持っていない人は居ないのでしょうか・・・どんどん公衆電話が無くなっています。

東海道線が到着する時刻を家内に告げて、駅まで出迎えを頼みました。
成田空港から横浜の自宅最寄駅まで合計1,720円 成田エキスプレスだと4,620円。そう大きな時間差はないし、この差は大きいです。

これからは成田エクスプレスや空港リムジンバスを使うことはないでしょう。
ただ、格安バスももう少し調べたいと思っています。来週、再来週と成田を行き来するので、よくチェックしたいと思っています。

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2015.05.20 | コメント(2) | 旅先通信

スワンナプーム空港Free WiFi

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月19日の晩、気温24度の成田に無事着き、横浜の自宅にも着いています。
今朝はスワンナプームから搭乗前にアクセスしたので、だいぶ慌ててしまいタイトルが無いままのエントリーでした。

開港以来毎年スワンナプーム空港を利用していますが、今まではアクセスする時間がなかったか、時間があったらラウンジのWiFiを利用していたので、空港内Free WiFiは使った事がありませんでした。

フリー、FREE、ただ・・・本当にそんな言葉に弱い自分です。

フリーなら何でも良いわけでもありません。今朝実際にアクセスしたら、まったく問題ない速度でした(朝の5時頃)。そこで自分への防備録として、その手順を記しておきます。

まず空港インフォメーションにこんな案内がありました。
Airport WIFI procedure

手順としてはこの通りです(って、これで終わったら、怒られますよね)

1、ネットワーク名AirporttruefreeWIFI(のような感じ)を選びます。

2、ブラウザを立ち上げると以下の画面になります。
Airport WIFI 1

3、j上記画像は右下が少し欠けていますが、そこをクリックします。

4、登録画面になるので以下を入力します。
   Username ・・・ ユーザ名
   Password ・・・ パスワード
   Full Name ・・・ 名前
   Email   ・・・メールアドレス
   ID Card/Passport No ・・・ パスポート番号
   Country ・・・ 国籍

Airport WIFI 2

5、上記画像で「I agree.....」の文章冒頭のボックスをチェックし、「Register」をクリック。

これで2時間インターネットアクセスが出来ます。

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2015.05.19 | コメント(4) | タイ・トラベル

ちょっと遠くへ

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月19日、今朝のスワンナプーム空港はまだ夜明け前なのでよく分かりませんが、雨は降っていません。

唐突ですが、やっと我が家にライチ(リンチ)が来ました。一昨日にシーナカリン通りパラダイス内のVilla Marketで見つけ、ここで迷ったらまた買い逃がすと思い、一袋71バーツで買いました。喜びながらシーコンスクエアのTescoLotusへ行ったら、そこにもあるじゃないですか!また買ってしまいました(笑) 両手にライチをぶら下げて帰り早々頂きました。
Lynchee

画像はTescoLotusで買ったもので、この量で52バーツ。まだ果肉が薄く甘さも今ひとつ。種が大きいのでもっと大きめを選んだ方が果肉を楽しめます。うーーん、初物を食べてほっとしました(嬉)

さて、いつもバンコクの街をちまちま出歩くだけの日々なのですが、今回は少し遠くへ行ってみたいと思います。とりあえず野暮用があるので日本へ向かいます。

朝4時半にアパートをタクシーで出発。スワンナプームまで今朝は25分、200バーツです(喜)。今はスワンナプーム空港ターミナル内に居ます。

今年度(2015年4月1日以降)から航空会社マイレージの恩恵が全くなくなり、チェックインカウンター、セキュリティーチェック、ラウンジ使用、優先搭乗などまったく無くなり、搭乗ゲートにたどり着くだけでちょっといつもより時間がかかりました。

30年近く仕事で世界中に行かせてもらっていたので、ほとんどの航空会社マイレージプログラムで高いステータスを持っていました。自分自身ではなく会社と仕事のおかげです。
アメリカに住む様になってから、JAL系とANA系の路線はマイレージパートナーも含めアメリカの南部では使い難く、搭乗実績がない中で1万円近い会費を払ってステイタスを維持するのも馬鹿らしくなったので、日系が絡むマイレージプログラムは数年前に全て止めてしまいました。

その代わりジョージア州アトランタが一番近い大都市(ハブ空港)だったこともあってデルタ航空一本に絞って10年以上です。アトランタから唯一成田への直行便がありましたし、サービスは日系と比較にもならないのですが、慣れればあんなもので気になりません(笑)

アメリカの会社ではどこも日本人駐在者の方は無理して乗継してでも、日系航空会社に拘っておられる方がほとんどです。まぁアメリカで勤務しても3~5年でしょうから、帰国された後を考えるとそれも分かります。私はデルタ航空だけで全く不自由しなかったです。今日もデルタです(笑)

デルタのマイレージでステータスが高いと、非常に良い事がありました。米国国内線でかなりの確立でファーストクラス(国際線のファーストクラスとは違います)にアップグレードされるのです。他の航空会社は知りませんが、デルタ国内線はファーストクラスに空きを残して飛ばさないのです。空きがあるとマイレージでステータスが高い順にアップグレードするのです。だから搭乗ゲートで表示を見て自分が5番以内だとかなりの確立でアップグレードです。国内線と言ってもアメリカです。大陸横断路線だと飛行時間6時間に時差3時間です。途中食事も出ますしね。

そんなデルタ一筋ですが、昨年度は9月に会社をリタイアしましたし、その前から自分の中に覚悟して部分があって、出張など自分が行かずに他の人に代わってもらっていました。それでマイレージは溜まらないし、リタイアした後に持っていても仕方ないマイレージは太平洋路線でどんどん使いましたら、もうほとんど無くなっています。

そうそう・・・全くマイレージプログラムの優先がなくなりましたが、リタイアした私にはちょうど身の丈に合った形になりました。元々空港で過ごす時間は短ければ短いほど良いと考えているので、ラウンジも遅延があった時かトランジット時ぐらいでした。

そんなわけで今日はいつもより早めに空港に入り、ちょっと時間がかかるチェックインを済ませ、出国審査前のセキュリティーチェックもPREMIUM LANEではなく、初めて上に行ってから下に戻る面倒な手続きを済ませました。
Airport

私自身は全く使う気がない出国当日の空港でのリエントリー・パーミットですが、今後の参考までに見てみました。カメラは遠くからで写りが悪いのですが、係員が居なくてお二人がお待ちになっていますね。
それから、別な出国審査(向かって右側)はやはりリエントリー・パーミットは無いそうです。先ほどイミグレ係員に聞いてみました。ここに入った人はどうするのでしょう? まぁ私には関係ないけど・・・
Re Entory

出国審査を終えて、普段は時間に追われながら搭乗ゲートに急ぐのですが、今日は時間たっぷり。画像のように電源がある所で、無料Wi-Fiでアクセスしています。
Free Charge

ちょっと画像が欠けましたが、こんなFree Wi-fiです。
Wi-Fi


デルタの搭乗ゲートはいつもコンコースGの一番奥。遠いし、搭乗ゲート待合室に入る前に再度セキュリティーチェックがあるはず(折角空港内で買った飲み物なども没収です)なので、そろそろ向かいましょう。

この後しばらく旅先からのアップになります。アップのタイミングやコメントへの反応が遅くなると思いますが、ご勘弁下さい。

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2015.05.19 | コメント(4) | タイ・トラベル

懐かしの南バスターミナル

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月18日、今朝のバンコク(の端っこ)は晴れ。三日続けて空気が澄んでいます。遠く山が見えるのは初めてのことです。

さて、今日のタイトルをご覧になって、「またかよぉ~」「くどい!」「もう止めてくれ!」と思われた人も多いのではないでしょうか。ご安心下さい東バスターミナル(エカマイ)には思い出がありませんから、って言うか~エカマイからバスに乗った事がありません(汗)

先日、野暮用でピンクラオへ行きました。以前の在住時を含めてチャオプラヤーの川向こうに行く機会はそう多くないです。 おそらくプラプラデーン(タイの方はパパデーンと言うそうです。確かにそう聞こえた時もありました)が一番多く行った川向こうだと思います。それにウォンウェンヤイ駅と王宮の向かい岸にあるスパトラリバーハウス。この店はまだあるのだろうか・・・いつか懐かしのレストランとして訪ねてみたいものです。

話しを戻しましょう。えっと・・・そうそう、ピンクラオ。
ピンクラオ、アパートから行く事を考えただけで疲れるぐらい遠いです。出発する前に気を失いそうになります。

まずアパート前から207番エアコンバス(207番ノンエアコンは行きません)でバーンカピ市場まで行き、バスを降りてラットプラオSoi150に入ります。このソイの突き当りがセンセーブ運河ボートの「バーンカピ船着場」です。
Bang Kapi

センセーブ運河ボートは以前とは違い、昼近くになってもプラトゥーナム方面は激混みです。ボートの中央後方に立ち乗り出来るスペースがあるのですが、本当にぎゅうぎゅうで、匂い・暑さ・エンジン音で気を失っても倒れないで立ったままプラトゥーナムまで行けるぐらいです。

私はその激混みが嫌で、お客がどっと乗る「バーンカピ・モール船着場」の一つ先の「バーンカピ船着場」で乗って、水しぶきが(少ししか)かからない席に座るのが最近です。プラトゥーナムで乗り換えてパーンファーリーラート船着場まで20バーツのはずですが・・・今日はなぜか19バーツ(私のタイ語が通じなかったのか?)

パーンファーリーラート船着場はラチャダムヌンクラン通りの民主記念塔すぐ近く。ここから511番エアコンバスに乗り、ピンクラオ橋でチャオプラヤーを渡ります。この辺りは大通りに面して賑やかな商業施設が続き、一歩ソイの中に入るとアパートが多そうで、下町の住み良さそうな雰囲気があります。BTSや地下鉄に拘らない私は、次のアパートの候補地にもなりそうな・・・(笑)

さて、ピンクラオでの野暮用を済ませ、バス停で言えば2~3個先の旧南バスターミナル跡地に行ってみました。タリンチャンにあるサーイターイ(新南バスターミナル)よりずっとピンクラオ寄りでバンコクノーイ運河が近くです。

そう!私が以前バンコクに住んでいた時は南バスターミナルはピンクラオのすぐ先にあったのです。今はすっかり遠くなってしまいましたねぇ~

その旧南バスターミナル跡地、まだ敷地や建屋がそのままで、長距離バスの駐車スペースになっているようです。大型バスがたくさん停まっていますが、人影は全くなく、周辺のお店もシャッターを閉めたままです。

所々にあるフェンスが立ち入りを規制しているような、いないような・・・野良犬以外は動いているものがない中を、昔使ったバスターミナルの入り口まで行ってみました。
そこでもう使われなくなった古びたプラスティックの椅子に腰を下し、ここに来る前に買ったばかりで冷えた水で一息入れました。

交通量の多い大通りから一歩入っただけなのに、そこは妙に静まり返り、広い空き地を古びたビルが囲み、時の流れを止めているかのように思えます・・・
Bus Terminal

それは2002年の年末。タイに住み始めて2年、休みがあれば足しげく南の島へ通っていた頃です・・・

私は「自己紹介」 に書いたよう、ゴルフは全く出来ませんし、カラオケも嫌いです。特に仕事の後、日本人同士で日本レストランに行き、週末はその日本人同士でゴルフに行く・・・そんなことを毛嫌いしていました。その代わり週末の度に、連休なら必ず、バスにロットゥー、鉄道で旅をしていました。そんな旅の中で知ったのが、当時欧米人に人気が出始めたばかりのトラン諸島、シミラン諸島、スリン諸島で、当時50歳の私が夢中になっていたのです。

そして2002年の末、やっと来たまとまった休みが取れる年末です。まずはダイバーのメッカ、タオ島へ渡り、そこからゆっくりと南の島をまわる予定でした。その為に大混雑の年末ですので、チュンポンへ向かうバスだけを予約していました。

ただ、出発日12月27日の夜行バスに乗ることが一番心配でした。22時のバンコク南バスターミナル発なのですが、毎年帰省ラッシュで大渋滞の休暇が始まる前夜です。果たしてバンコク隣県の勤め先からバンコクを横断してバスターミナルにたどり着けるか・・・

仕事を17時で切り上げ、19時にはアパートを車で出発して南バスターミナルに向いました。ところが途中のラチャダムヌンクラン通りに入るとまったく動かなくなってしまったのです。焦る気持ちをあざ笑うかのように時間だけがどんどん過ぎて行きます。

私の焦る気持ちが伝わるのか、運転手もいつもの落ち着きがありません。南バスターミナルから出発するのはバスも定刻じゃないでしょうが、そう遅れるとは思えません。
車を捨ててモタサイを使うことにしました。

運転手に告げると「危ない」と止められますが、運転手は普段私がモタサイを使っている事を知りません。(会社では危険なのでモタサイは非推奨でした)
「構わない、車をマンションに戻せ、良い年を!」と言って車から降りました。

それはちょうど先日ピンクラオに行くのに511番のバスに乗ったあたりでした。

パクソイではなく、渋滞する車列の中で空きモタサイを見つけるのは難しく、それを止められても乗せてくれるか? 何台か合図しても無視され続け・・・やっと空きを見つけて止まらせて交渉。かなり足元を見られて(と当時は思った)80バーツで交渉成立。

バイクにまたがってから手提げの大きなバッグを運転手と自分の間にはさみ、さぁ「急げ!」と渋滞の列に突入です。運転手は右へ左と本当に器用に車の間を抜けて行き、30分でバスターミナルに到着。出発の22時には15分ほど前のことでした。モタサイ運転手に100バーツ札を渡し、雑踏のターミナルへ急ぎました。(画像は2002年末の南バスターミナル)
Bus Terminal 2

南バスターミナルは狭い所に停められる所は全てバスを押し込み、その間に人が居るような状態。さて問題は乗るべきバスがどこから出るのか、さっぱり見当もつかない自分。目的地別の表示がある場所に行ったものの、しきりなしに出発するバスは違う行き先ばかり。英語の表示はなく、バスの前にマジックで書れたタイ語だけが行き先を示しているような状態。(画像は2002年末の南バスターミナル)
Bus Terminal 1

誰に聞いても「分からない」かそれぞれが違うことを言う。そこで切符売り場の係員に聞いたら「990-9」の番号のバスを探せとのこと。ターミナルを右往左往してやっと見つけた「990-9」。時刻は22時15分でした。

VIPバス(とは思えない)で、どうやら外国人に見えるのは私の前の西洋人だけ。車内はタイ語が溢れていました。出発は22時25分・・・・そうだ!何か食べるのを忘れていた!
人生の中でもっとも大事なことを忘れるぐらい、はらはらドキドキの長い一日でした。どこか休憩時に何か食べよう・・・と思いながらも、バスの揺れが睡魔を呼び寄せたようです・・・・

・・・バスが休憩場所で停まったのかと目が覚ますと・・・
そこは静まり返った廃墟のような旧南バスターミナルでした。誰もいないのに、ついさっきまで、目の前を大きな荷物を抱えた人々が大声をあげて行き交っていたかのように思えます。

目が覚めなければ、また南の島へ行けたのに・・・そしてあの頃の自分に戻れたのに・・・そう思わずにはいられませんでした。(画像、お目汚しでスイマセン。年寄りの回顧録とご勘弁を。2002年末のタオ島50歳直前です)
Tao

年を重ねるって事は、必ずしも悪いことばかりではないのかも知れません。こうして昔自分が経験した旅に自由に戻れるのですから・・・ その為には若い人はたくさん旅をしないと。思い出と言う財産を作るのです。

さぁ戻ろうと、腰を上げたとき、横の古びたプラスティックの椅子の上、空のペットボトルが置かれていました。

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2015.05.18 | コメント(4) | タイ・トラベル

スワンナプーム空港アクセス自由自在

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月17日、今朝のバンコク(の端っこ)はおおむね晴れです。なぜかいつもより空気が澄んでいます。今までで一番かも。なぜかなぁ・・・
それに昨日、一昨日と二日間も良い天気でした。青空が広がり湿度が低いとアメリカをちょっとだけ思い出します。

さて、このところ、北バスターミナル、ドンムアン空港、スワンナプーム空港とターミナルのお題が続きました。今日もターミナルの話なのですが、もう少しだけ続けさせて下さい。旅が好きなので、やはり特別な思いがターミナルにはあるのです・・・

「ターミナル」と言えばスティーヴン・スピルバーグが監督し、トム・ハンクス主演のニューヨークJ.F.K国際空港を舞台にした映画がありました。主人公がアメリカに到着したものの母国の政変で入国も引き返すことも出来ず、ターミナル内で暮らし始める・・・やがて空港職員との心の交流や恋も芽生えて・・・そんなストーリーでした。

たしか太平洋路線の機上で観たと思います。これから向かうアメリカの空港と映画がだぶり、小さな画面に引き込まれた記憶があります。

そう、私は映画が大好きで、高校生ぐらいから昼食代を浮かしては銀座や日比谷の映画館に通ったものです。そんな映画とワインの趣味から、このブログの前身「ワインな日々fromアメリカ」では映画に登場するワイン・シリーズとして、映画とワインの関係を多く書いています。

ワイン自体が主役のような映画「ボトルショック」や「サイドウェイ」も良いのですが、良く知られている映画では「タイタニック」や「007シリーズ」、「オーシャンズ・シリーズ」などに登場するワインはレアなものが多く興味深いです。
Bottle Shock

マニアックになると例えば・・・「ディスクロージャー」の中でデミ・ムーア扮する上司が、マイケル・ダグラス演じる部下を誘惑するのに、小道具としてPahlmyerパルメイヤーのシャルドが使われ、映画に重要な役割を果たしています。

そんな映画は知らない!と言うお方には、「相棒・劇場版Ⅱ」では映画の冒頭にワインが出てきますね。最近では(ってオジサンには)「謎解きはディナーの後で」で執事・影山がワインを扱うシーンが出てきたのですが、どんなワインなのか、栓の抜き方から注ぎ方、グラスまで気になってしまいます(笑) 
また「HERO劇場版」では検事・久利生公平と法廷で争った蒲生弁護士が料亭でモンラッシュを飲んでいたのを一瞬でしたが見逃さなかったです。
うーーーん、やはり古い話しばかりでした(汗)

さて・・・悪い癖が出てしまいました。もう止めましょう。年寄りの昔話にワインのうんちく・・・・ 先を急ぎ本題です(キッパリ)。


数日前にエントリーしたばかりの空港ネタですが、今回はタイトルが大げさで(アクセス稼ぎタイトルの見本です)すいません。旅行者用のアクセス術なら多くのサイトがあるかと思います。そちらをご覧下さい。ここでの空港アクセス術は、私がアパートとスワンナプームを行き来する、ちまちましたものです(笑)

さてスワンナプーム空港、開港した2006年9月の翌月10月17日に訪れています。この時はアメリカ在住時ですから日本経由で来ました。ずいぶん寒い空港だと思ったのが正直な感想。それからそろそろ9年ですねぇ・・・何回この空港を使ったか数えた事はありませんが、すべてバンコク都内とはタクシーで行き来しました。

アメリカからデルタ航空で繋いで来ると、深夜23時半頃着で朝7時発とタクシー利用しかないような時間帯です。ですのでエアポートリンクも開通してからもまったく経験無しでした。

それで一週間ほど前にドンムアン空港からスワンナプーム空港経由でアパートに帰った翌日、二日続けてスワンナプーム空港へ遊びに行ったのです。

今度はエアポートリンクでスワンナプーム空港へ行ってみたかったのです。アパート前からシーナカリン通りを走る145番、207番のバスが20~30分程度でフアマーク駅近くまで行きます。バス停からエアポートリンクまで10分は歩きますが、フアマーク駅でエアポートリンクに乗ったら空港まで20分ぐらいでしょうか、25バーツでした。
Hua Mrk

これが一番安定した空港への行き方のように思えます。アパートから1時間ぐらいで最高38バーツで空港まで行けます。荷物が大きいとアパートから空港までタクシーの方が良いですが・・・元々アパートが空港にまぁ近いし(汗)

エアポートリンクって空港の真下まで行くのですね、いやぁ~便利便利。でも通勤時間帯に何度かフアマーク~パヤタイ間を使った事がありますが、結構混みますよねぇ~

空港内では各階をじっくり見てみました。今までは旅の途中に通り過ぎるだけの空港でしたから、ほんとど知らないのです。出国審査は通常外から見えないしカメラ禁止なのですが、この空港は外から丸見えですね。タイ人専用みたいですが、自動化ゲートも見えます。
Immigration

空港出国審査直前でのリエントリー・パーミットも見ますが、カウンターがタイ航空と反対側(向かって右側)の出国審査ブースには無いように見えます。中央の出国審査の所しかないのでしょうか? まぁ私は苦労して得たビザをかけてまで出国当日に空港でリエントリー・パーミットを取りませんから関係ないのですが・・・
Reentory

空港からの帰りもエアポートリンクだと面白くないので、Public Transportaion Centerパブリック・トランスポーテーション・センター(公共交通センター?バスターミナルで良いのに)から先日とは別な帰り方をしたいと思います。

到着階2Fのゲート5近くにPublic Transportaion Centerへのフリーシャトルが停まります。EXPRESSのルートがPublic Transportaion Center-->出発階4Fゲート5-->到着階2Fのゲート5-->Public Transportaion Centerで、ここから乗ると次が15分もしないでPublic Transportaion Centerです。
Shuttle Bus

フリー!良いです。好きな響きです。それに(私には関係ないけど)大きなスーツケース置き場があるシャトルバスです。

前回は558番のバスで帰ったので、今回はPublic Transportaion Centerから552番のロットゥーでスクムビットに行ってみることにしました。29バーツです。
Van

この552番ロットゥーは空港を出てバンナートラート通りのキンケーオ、メガバンナー、セントラル・バンナー、バンナー交差点からスクムビット通りに入り、オンヌットのTescoLotus前まで行きます。

運転手に言えば随時停まってくれるので、本来私ならシーナカリン通りとの交差点で降りれば、アパートまで徒歩15分です。またキンケーオやメガバンナーから乗る人も数人いて、スクムビットまで20バーツぐらいで乗っていました。
このVANを使えばキンケーオに新しく出来た(空港に関係ありそうな名前の)ショッピングセンターやメガバンナーに空港トランジットの方も使えますね。

オンヌットから乗る時は画像の通りTescoLotus反対側(BTS下)のバス停です。空港行きの場合ロットゥーが空いていれば、スクムビット通りやバンナートラート通りからでも空港へ直行できますねぇ~ 558番のバスと合わせて利用価値があります。
On Nut Bus Stop

最後に2015年5月9日現在のスワンナプーム空港Public Transportaion Centerで発着するバスとロットゥー(VAN)の主なルートを参考までに記します。(よく変わるので、自己責任で調べてください)
Indicator

549 (VAN)ラートクラバン、ミンブリー
550 (VAN)シーナカリン通り、バーンカピ、ハッピーランド
551 (VAN)戦勝記念塔
552 (VAN)上記の通りBTSオンヌット
552A(VAN)バンナートラート通り、サムローン、パークナム
554 (VAN)ラームイントラ通り、ランシット
555 (VAN)(高速道路)ディンデーン通り、ドンムアン空港
559 (VAN)(高速道路)フューチャーパーク・ランシット
554(バス)ドンムアン空港、ランシット
555(バス)(高速道路)ディンデーン通り、ドンムアン空港、ランシット
558(バス)バンナー、ラマ2世通り、セントラル・ラマ2世通り

全部のルートが面白そうですねぇ~ 暇があったら(毎日あるのですが)全路線を制覇したいものです。また楽しみが増えました(笑)

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2015.05.17 | コメント(10) | タイ・トラベル

両替はどこで?

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月16日、今朝のバンコク(の端っこ)は晴れです。空も青いです。

いやぁ~昨日も良い天気でしたね。青い空はいつ見ても気持ち良いものですし、湿度まで低いように思えました。

ところで一昨日は野暮用で行ったサパンクワイの帰りに「うおとれせんたん」に寄ったのですが、伊勢丹前の広場にテントが張られ催し物が行われていました。中を見たら・・・見つけましたよ!ライチ!! 大きさも色もよく美味しそうですが、まだ高いですねぇ~
Lynchee

高いのは伊勢丹前だからでしょう。ウドムスックの市場にあるだろうと思い、買わずに帰ったのですが、どこを探しても無かったです・・・悲しかったです。
昨日からずっとライチが頭から離れず、ライチを食べ過ぎて気を失う夢まで・・・見てはないのですが、恋する人とのすれ違いが続くドラマのように悲しいです。
 
ウドムスックから帰る時は、いつも市場で何か買ってからソンテウに乗ります。立ち乗りしながらビニール袋を揺らし、アパートに帰って食べるのを楽しみに乗るのです。
それが今日は何もなし!涙を拭きながら手ぶらでソンテウ乗っていました。

しばらくし途中から乗ったおじさん、私に「○×△▼までいくら?」と聞いてきました。チッ、人の悲しい気持ちも知らないで・・・と不機嫌そうに「7バーツ」とだけ返事しました。そうしたら私にその場でお金を渡そうとするじゃないですか! 慌てて運転手を指差す私、慌てて謝るおじさん、もらっても良いよと手を出す私、笑いに包まれるソンテウ。

たまにあるのです。車掌さん?が荷台で運賃を徴収する時も・・・手ぶらでソンテウに立ち乗りするものじゃないです。って言うか~その時、一瞬ですが自然とタイ人になったのかも-->自分(笑)

と言う事で今日も無事、気を失うネタも入れたし、そろそろ本題に入りましょうか・・・

さて、皆さんは両替をする時はどこでされていますか?
観光でタイに来た方や私のように円をタイバーツに換える人、逆にタイバーツで給料が支払われるので円に換える人、どちらも少しでもレートが良い時に、少しでもレートが良い所で換えたいと思っているはずですね。

私の場合、2000年からのタイ勤務時は給料がタイバーツですから、タイで使わない分は少しずつ円にしていました。1997年のアジア通貨危機の3年後ですから、タイバーツの手持ちを出来る限り少なくしたくて、レートは気にせずかなり頻繁に両替した記憶があります。

30年以上前ですが、最初の勤務地がフィリピンで、次が台湾。現地会社からの給料はもちろんペソなど現地通貨。給料日に現金支給。大した額じゃないのに札束が立った記憶があります。当時は外貨持ち出しが厳しく規制されていた国で、両替えも苦労しました。それなのに、いつ札束が紙切れになるのか分からないので、常にドルに換えておきたくて、レートなんか問題でなく、どうドルにするかが大問題の時代です。
そんな時代の記憶が私には刻まれているのかも知れません。

さて、2003年にタイを離れた後、仕事でもプライベートでもタイに来た時は最低限必要なタイバーツだけを円やドルから両替していました。本当にレートを気にするような額で無いのに、それでも少しでも良い所を探したりして・・・今思えば笑っちゃいますけどね。
当時から空港、市中銀行、もちろんホテル内で両替する事はありませんでした。小額でも腹が立つぐらい強気なレートですから、意地でもそんな所で変えたくないと反発していたのかも。

幸いバンコクは都心部であれば両替商を探す手間はそう多くかかりませんね。それだけに競争があるのか微妙にレートが異なりますが、レートが良い所は皆さんもかなりご存知かと思います。

ちょうど小額ですが両替したかったので、一昨日の5月14日に有名どころのレートを実際に調べてみました。時間は11時から15時までの4時間以内で全店回りました。その為高いBTSまで乗ってしまいました(涙)
小額紙幣ではなく1万円札でバーツがいくらかの単純比較です。

まぁ、これはその時の事で、今はどうか分からないし、極端に言えば時間でもレートが変わるでしょう。いつも言いますがネットの事は自己責任でお願いします。

Taniya Spirit 1万円が2,795バーツ
場所柄、日本人観光客には絶大な人気でしょうか。表の看板を見れば酒屋とは思えないのですが、まだしっかり酒屋さんをしています。「パスポートを見せてね」と注意書きはありましたが、まったくチェックなしで面倒がないです。
いつでも、まず間違いないレートです。
Taniya Exchange

Super Rich Thailand 1万円が2,795バーツ
激戦区の伊勢丹前ラチャダムリ通り向かい側。いつも思っているのですが、スーパーリッチが一箇所に多過ぎてなんだかよく分かりません。私的には「緑のスーパーリッチ」よ呼んでいます。この激戦区でいつも一番混雑しています。いつもは面倒でこの地区内でレート比較はしていないのですが、今回混雑の理由が分かりました。
パスポート(コピー可)のコピーを取られ電話番号を書かされます。私はアメリカの運転免許証でOKですので、何らかのIDが必要なのでしょう。

Super Rich 1965 1万円が2,790バーツ
上記Super Rich Thailandの向かい側。私的には「オレンジのスーパーリッチ」。混んでいないので時々使っていましたが、今回お向かいより1万円で5バーツのレート差があるのが分かりました。ここもパスポート等IDと電話番号を書かされます。

Grand Superrich 1万円が2,790バーツ
上記激戦区で一番奥の「青のスーパーリッチ」。

激戦区の画像ですが、緑・オレンジ・青の看板が競争していますね
Super Rich

VASU 1万円が2,790バーツ
BTSナナ駅下でここも観光の方に人気ですが、確かに良いレートです。ここもパスポートをコピーされます。
VASU Exchange

Jag Money Exchange 1万円が2,800バーツ
在住者と観光の方の両方で知名度が低いのは、そのロケーションからでしょうか。私的には今もっとも興味深いエリアなので、面白い結果になりました。サパンクワイにありBTSで言うとモーチットとアーリーの間。庶民的で下町情緒を感じるエリア。お守り「プラクルアン」でご存知の方も居るかも知れません。本当に不思議なのですが、その庶民的な所に突然両替商が何軒を連ねています。下町のスーパーリッチ状態とでも言いましょうか(笑)Jag Moneyも2軒同じ店名であるのですが、奥の店のレートです。
今回のベストレートになりましたが、ここは店内にレート表示がなく、聞いたら2,795で、どうしようか・・・と迷いを見せたら2,800になりました。
JAG Exchange

これ以降は参考ですが、
BTSナナ駅構内Super Rich 1965 1万円が2,780バーツ
やはりBTS駅内は同じ「Super Rich 1965」でもレートが悪いですね。
Exchange at BTS

結論ですが、この時はサパンクワイのJag Money Exchangeが一番良いレートになりました。ここは交渉次第でまとまった額ならもう少しは良いレートになる可能性を感じました。
伊勢丹前の激戦区ですが、少しですが店によりレートが違う事もあるのですね。今までは同じだと思っていました。

便利なBTS構内と(普通はあまり馴染みのないだろう)サパンクワイまで行って交渉しても、その差は1万円で20バーツ。両替えする額の大小と価値観次第と言う事でしょうか。
私は伊勢丹前激戦区で数軒チェックしてからサパンクワイで交渉でしょうか(笑)

いずれの場合も現金を持ち歩くリスクを真っ先に考えるべきかと思います。

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2015.05.16 | コメント(9) | タイ生活

ロングステイ生活費・支出

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月15日、今朝のバンコク(の端っこ)は昨日までとは変わって晴れ間が多いようです。昨日いつ雨が降ってもおかしくない天気でしたが、今日は大丈夫かな・・・

さて今週の月曜、都心部から(私には珍しくエアコン)バス511番でウドムスックに向かっていました。いつものように運転手近くに座っていたのですが、目の前の軽トラックに目が釘付けになりました。

その時、場所はプラカノン市場のすぐ横です。いやぁ~、積んでいますね。マンゴーがゴロゴロと無造作にトランクに・・・ まだ熟れる前の青マンゴーですが、それにしても豪快と言うか無造作と言うか・・・ 私はマンゴーでは初めて見ましたが、スイカやパイナップルはバンナートラート通りでよく見かけています。
Mango

このトラック、一個マンゴーが落ちかかっていますが、この先はプラカノン運河を渡る橋で坂になっていますが・・・
もっと見ていたかったのですが、バスは無情にも追い越してしまいました。

私は「世界で二番目に好きな果物は?」と聞かれたら、迷い無く「熟したマンゴー」と答えます。青いマンゴーではありません。ハイ・・・
タイで初めて丸ごと一個のマンゴーを食べて以来好きになりました。日本でもアメリカでも見たことはありますが、高くてとても手が出ません。

「タイでの幸せ」の一つに安くて美味しいフルーツが豊富なことを挙げる人が多いですが、私もその一人です。画像のようにスイカ、マンゴー、パパイヤ、パイナップルは切らした事がありません。
Fruits

これにライチが入ったら・・・もう嬉しくて嬉しくて気を失うかも知れません。「フルーツを目にし意識失う日本人」そんなタイ・ニュースダイジェストのタイトルが目に浮かぶようです。


さて正気に戻り、昨日の続きでロングステイ生活費・支出編です。
気が重たいのですが、始めますかぁ・・・


昨日も書きましたが、この内容はあまりにも私事過ぎるし、微妙な部分もあるのですが、昨日の書いた理由でそこをあえて書くことにしました。

いつも言いますが、人はそれぞれ、タイでリタイアしてのロングステイ中の人が何人居るのか知りませんが、その人数分の異なったライフスタイルがあるかと思います。金銭的なことを書くと、どうしても高いか安いといった安易な比較をしがちですが、何よりも無理をせずにそれぞれが満足する時を過ごせればと思います。

それでは私の支出です。
ちなみに、アメリカでの一人暮らしの時から、エクセルを使った自分用の家計簿を使っています。恥ずかしいです(苦笑) その家計簿を1月からずっとつけているので、この下の内容はかなり正確だと思います。


--アパート部屋代 8,500バーツ/月
アパートのロケーション、施設、部屋などはすでに何度も書いています。ここは部屋数が多く常時空きがあるようで、同じタイプで部屋代を見ると8,000~9,000バーツのようです。あまり階数には関係ないように私には思えます。

--電気代 1,100バーツ/月
3月が1,041バーツ。4月が1,071バーツでした。それ以前は2週間留守したりで600バーツ以下でした。電気代は直接に電気局?から請求が来ます。電気代を使用量で割ると3.86になります。エアコンは暑い時(当たり前か)、シャワーの後とか、帰宅直後のように、その都度使っています。料理を毎日するので、IHクッキングヒーターを頻繁に使います。煮込みだと3時間ぐらい。扇風機は部屋に空気の流れを常に作りたいので、部屋にいる限り常時ONです。

--水道代 90バーツ/月 ??
よく分かりません。アパート管理事務所からメンテナンス費用と水道代が一緒の請求書で来ますが、一度90バーツを支払いしただけで、それ以降はメンテナンス費用のみの請求書だからです。

--通信代 590バーツ/月
これは「部屋のネット環境改善」 でエントリー済みです。また携帯電話に関してもエントリー済みですが、最初にプリペイドで300バーツだったかをチャージしたままです。携帯電話が嫌いなのとかける相手もいないので、受信以外は使いません。でも使用期間が限られているようで、今後少しは使わないと(笑)

--交通費 900バーツ/月
毎日何らかの用事でバスかソンテウを複数回使っています。4月5月とタクシー代はゼロ。BTS・地下鉄もほとんど使いません。毎日だと一日30バーツですね。そんなものかも(笑)

--食費 8,000バーツ/月
3月、4月、5月と毎月下がっていますので平均です(最初は色々食材を試したり、備蓄もしましたので)。ビールや飲料水、フルーツ、お菓子、それに外食も含みます。朝はパン、ミルク、ヨーグルト、フルーツを部屋で。昼食は外で食べますが今の所レストランは数回です。夜は完全自炊です(ビール付)。

--日用品 2,500バーツ/月
実は食費と日用品の区別があいまいです。スーパーで食品と日用品を買っても詳細まで区別しないからです。1月2月3月とキッチン関係、バスルーム関係で色々買ったのですが、今は落ち着きました。

--洗濯代 400バーツ/月
アパートのコインランドリー。洗濯一回30バーツ、乾燥機20バーツで週に二回です。

--その他 1,000バーツ/月
月二回のマッサージ。映画や本代などです。


合計 23,080バーツ/月
自分の思いより少しオーバーですが、最初の4ヶ月なので毎月買う物が多かったです。これから徐々に減るかと思います。まぁ無理はしないけど、無管理にはしたくないですね。

上記以外の初期費用 37,000バーツ

1, 部屋代 x 2 保障代? 後で戻るはずですが・・・ 17,000バーツ

2, ビザ取得は全て自力ですが、90日(2,000バーツ)、1年(予定)、それにシングルのリエントリー1回(1,000バーツ)で合計3,000バーツ (写真やコピー代を含みません)
*リタイアメントビザ(NON-O)必要条件のタイの銀行に80万バーツ以上保持は除きます。

3, 銀行口座開設(二行)、オーブントースター、電気ポット、掃除機、IHクッキングヒーター、炊飯器、SIMカードと携帯電話、扇風機、ラジオ、電気ランプ、モデム、鍋カマなどの合計が17,000バーツ


うーーん、多いのか少ないのか分かりません(笑)
タイでの生活設営に最初14万円ぐらい必要で、それとは別に月に8万7千円が生活費でしょうか・・・これから月々の生活は落ち着くでことに期待しましょう(苦笑)

贅沢はしていないはずですが、節約も強く意識もしていません。アメリカ南部の田舎町で10年一人暮らしをした後にタイに来たので、その暮らしぶりがそのままタイに移動した感じです。今の自分の状況と性格・・・身の丈にあった生活だと思います。

しかし、こうして支出内容を書き出すと、本当に暮らしぶりが分かってしまいますね。それに性格すら分かるように思えます。まぁ、構わないのですけどね(苦笑)

いずれにしても何かの参考になれば幸いです。恥ずかしい内容をエントリーした甲斐があります。とにかく、しばらくしたら、またアップデートしようかと思っています。

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2015.05.15 | コメント(6) | タイ生活

ロングステイ生活費・収入

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月14日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇り。このところ毎日同じような朝の空です。

昨日は夜明け前の雷雨から始まり、日中も雷鳴とにわか雨の一日でした。こんな日は雨に濡れずに行き来できるメガバンナーに行くのですが、まだ夏休みなのか平日なのにお子様が多く混んでいました。

あっ、そうか・・・官公庁はお休みの農耕祭だったのですね。今思いだしました。

ところで三日前ですが、「しぃこん」のTescoLotusでライチ(リンチ)を見かけました。今年初めて見たライチです。まだ実は小さく色づきも良くないのですが、とうとうライチが食べられる季節が来ました。
Lychee

実は、「世界で一番好きな果物は?」と聞かれたら、迷い無くライチと答えています。タイで初めて生のライチを食べて以来好きになりました。日本でもアメリカでも缶詰でありますが、生を見たことはありません。

でこぼこしたライチの果皮を手でむくと、白色半透明の果肉が現れ、それを口にふくむと、少し濃い目の甘さに程よい酸味合わさった果汁が口の中いっぱいに広がります。口の中で少し大きめの種から果肉をはがし、行儀が悪いのですが、種だけ口から出します。そして残ったライチの果肉を飲み込む時には、もう次のライチを果汁でベトベトしている指でむき始めています・・・

ライチって、一年中あるものでないし、旬も短いですよね。痛みやすいとも聞いたことがあります。楊貴妃の話しは別にしても、痛みやすいことも日本やアメリカで生を見ない理由の一つかも知れません。せめてタイに住む間は毎日たっぷり食べたいものです。

あーーー本当に食べたい! そっ・・そうなのです。見ただけでまだ買っていないのです。今日はBigCに無かったしなぁ~ 生のライチの味を思うだけで、気が遠く・・・なるわけないのですが、クロワッサンたい焼きとは違い、旬が短いだけ早く食べないとなりません。

さて、今日の前置きはこのぐらいで、本題です。


今日のお題はすごくプライベートな内容に加え、直接的に金銭にかかわり微妙なことなので、何も自分の生活や財布の中身をさらけ出してまでエントリーする必要もないと、ずっと迷っていました。

しかし。すでに何度か本ブログで書いていますが、長くネット上で遊ばしていただいているので、今更強いて秘密めいたエントリーはせずに、住まいも、顔も、本名も分かる人にはそれで構わないと思い、あるがままに飾らず、リタイアした年寄りの日々を書いて行きたいと思っています。

それなら、やはり今回のテーマ「ロングステイの生活費」は意識して避けているわけではないものの、触れずにいるのが不自然に思えるようになりました。

ここにアクセスいただいた方の中には、少なからずタイでのロングステイに関心がある方もおられるかと思います。またタイを含めて海外で生活しておられる方が多いと思います。そんな方々何かの参考になれば望外の喜びですし、私の生活や性格を笑われても、たかだか変わった一人のおっさんの話し、価値観、趣味、生活・・・人それぞれですので、笑って通り過ぎてください。

それでは今回リタイアしてタイに来て4ヶ月を過ぎ、そろそろ生活も落ち着いたので、私のロングステイの生活費の中身です・・・って、全然大したことないのですけどね(笑)

--収入--

当然ゼロ! まったくありません。きれいな収入なしです。
だったら書くな!!と言われそうですね。ごめんなさい。

私はもうすぐ62歳2ヶ月。55歳で日本の企業を早期定年退職し、60歳からの年金受給を選択してます。その年金と退職金は全て日本の家族が使っています。子供たちがまだ学び舎に居たいそうで、家族3人だと年金だけだとやっていけないので、退職金を切り崩しています。

タイへはビザ条件をクリアーし、当面生活できるお金を送金しましたが、その原資はアメリカ勤務時に現地で何かあった時用に持っていたお金(ちゃんと月々家族へ送金しながら貯めたもの)。まぁ簡単に言えば貯金の切り崩しです(汗)

これも何度か書いていますが、私は「移住」なんて大げさな事は全く考えたことがなく、少しタイに長く居させていただいているだけの「ロングステイ」。ブログで「移住」を語る人のような覚悟もないし、しばらくしたらまた日本へ戻るか、あるいは別な国に行っても良いと思っているぐらいの根性なしです。

今タイに暮らすのも25年以上の海外勤務の後に家族からもらった「長い夏休み」ぐらいのもの。家族に迷惑をかけないで、自分も贅沢せずに居られたら良いだけですが、それがいつまで続くかですね・・・

入るお金がないのですから、大きな趣味のワインは封印中。一本千ドル以上のワインなんかゴロゴロしている世界ですから、ロングステイ中は完全に距離を置いています。
同様に食いしん坊なレストラン巡りも封印中。ただ以前のタイ在住中に知ったレストランぐらいは今後巡りたいと思っています。

ゴルフやカラオケは好きではなく、一人好きな音楽を聴きながら、本を読み、料理をし、タイの歴史、文化、建物、自然、交通、人々の暮らし・・・に昔から興味があるので、調べたいことがあれば公共交通で出かける・・・そうした事がタイ勤務時は少ししか出来なかったので、今それを出来れば幸せなのです。

そんな変わったおっさんの生活費・支出編ですが、長くなったので明日に続きます。


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2015.05.14 | コメント(4) | タイ生活

ドンムアン空港からスワンナプームへ

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月13日、夜明け前の雨が上がったバンコク(の端っこ)ですが、雲が低くまた雨が降るのかも知れません。昨日、一昨日と昼過ぎに良く晴れましたが、今日は違うかも。

昨日はちょうど暑い盛りの正午頃、センセーブ運河をバーンカピから途中乗り換えでパーンファーリーラートまで1時間。運河ボートの中で汗に運河の水しぶきと匂いをたっぷり浴びたので、アパートに帰ってすぐに入念なシャワーでした。

さて、思い出のドンムアン空港で白昼夢を見ている場合ではありません。用事を済ませて次の目的地スワンナプームへへ向かいます。目的地と言っても、ただアパートに帰る途中に寄るだけですが(汗)

ドンムアン空港からスワンナプーム空港までは無料のシャトルバスが運営されています。無料、フリー、Buy-1-Get-1-Free、タイムセール、行列、残りはコレだけ!・・・などに弱い自分は吸い寄せられるようにバスに近寄りましたが、「スワンナプーム空港での航空券を見せてね」の一言であっけなく退散でした。

仕方が無いので一般の路線バスで向かいましょう。
到着階からターミナルビルを出ますとそのまま上記のフリーシャトルや前回書いたA1のバスに乗れますが、一般の路線バスは少し厄介です。 画像はA1バス乗り場
Departure A1 Bus

下の画像のように到着階の外へのドアー横にある非常口見たいな所から階段を上がります。その入り口横に黄色の案内がありますが、一般路線バスのルートが書いてあり(青色はA1バスの案内)、スワンナプームへは555番か554番が行くことが分かります。
Exit for bus

その狭く暗い非常口みたいな階段を上がると、空港ターミナルビルの前のウィパワディランシット通りを越えて向かい側にある鉄道駅まで行く横断歩道橋に繋がります。この横断歩道橋の途中に道路際に降りられる階段があり、バス停に行けます。
Bridge at Airport

上の画像でも分かるように、バス停前だけロードコーンが置かれ左車線がバス専用になっています。でもそれを守らないタクシーが多く、空港内に入らずここで客待ちするタクシーが多いのです。お客側も空港内だとメーターに50バーツプラスになるので、ここでタクシーに乗る人が少なくありません。

バス停で15分ほどしたら554番のエアコンバスが遠くに見えるのですが、客待ちするタクシーでなかなかバス停に近づけません。業を煮やした運転手がロードコーンの右側を通り、一車線おいてバス停前で停まりお客を乗せてくれました。

このバス、バス停を出て50mぐらいで警察官につかまってしまいました。運転手と車掌さんがタクシーが悪い!みたいな事を言って抗議していますが、警察官は相手せず黙々と違反切符を切っていました。(画像は警察官に不満そうな車掌さん)
Bus #554-1

ちょっとこれは・・・確かにバスは違反したのかも知れませんが、その原因を作ったタクシーはお咎めなしは、乗客の私から見ても納得行きません。バスの運転手が気の毒です。もしタイ語が堪能なら一緒に抗議したい気持ちはたっぷりありました。気持ちだけですが・・・

普通のバス停でもよくあるのです。バス停で客待ちするタクシーが邪魔で、バス停に寄せられず、一車線挟んで乗客を乗り降りさせるバスが・・・バイクが横を通るのですっごく危ないのです。

私の内なる精一杯の応援の声も届かず、違反切符を受けたバスは出発しました。ウィパワディランシット通りをしばらく南下しチェーンワッタナ通りとの交差点で左折(右折するとイミグレーションがある総合庁舎ですね)し、南東に向かいます。ミンブリ手前で高速道路に入り南下。しばらくすればスワンナプーム国際空港が見えて来ました。

ドンムアン空港からスワンナプーム空港まで渋滞なしで1時間15分。エアコンで涼しく座れたのでバス内で意識が薄れ料金を忘れてしまいました。確か35バーツぐらいだったと思います。直通ではないのですがバス停の数も少ないし、地図上では最短を結んでいるように思えるし、一般路線バスながら使えるルートです。って誰も使わないか・・・

実はスワンナプーム国際空港に路線バスで来たのは初めてです。まぁ空港と言ってもバスが停まったのは Public Transportation Center で空港ターミナルビルからバスで5分(EXPRESSで)は離れたバスターミナルなんですけど。

このPublic Transportation Centerは以前から来てみたかったのです。2013年にチャチューンサオのワット・ソートンとバーンマイ百年市場に行った帰り、ロットゥーがここに寄ったのです。いやぁ~長い夢が叶いました(汗)

あまり利用者は多くないようです
Bus Terminal

Public Transportation Centerに着いた554番のバス
Bus #554-2

Public Transportation Centerで待つこと10分で558番のエアコンバスが来ました。このバスはバンナートラート通りで何度も見かけていたのですが、乗るのは初めてです。ルートを表示板で見るとスワンナプームを出てバンナートラート通りを走り、高速道路経由でセントラルRama2の方へ行くようです。
Bus #558

早々バスに乗り込みましたが、私一人で15分ぐらい待たされました。やっと運転手さんと車掌さんが戻り出発です。「せんたんばんな」まで29バーツ、高いです(涙)
出発した時のお客は二人だったのですが、キンケーオ交差点、メガバンナーでもお客が乗って来ました。空港利用者より、やはり地域の生活路線なのですね・・・

ちょっと興味があるので、またワンナプーム空港と周辺の公共路線を調べてみたいと思いました。ただ知らない路線に乗りたいだけですが・・・

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2015.05.13 | コメント(0) | タイ・トラベル

思い出のドンムアン空港

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月12日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇が多いのですが、晴れ間も見えます。

昨日は結局一日良い天気でした。昼から青空が広がり気持ち良い天気ながら、暑さは厳しかったですねぇ~ いつもの買い物で、アパートから歩いて向かった「しぃこん」にたどり着けないかと思いました。

さて、懐かしのモーチット・北バスターミナルで白昼夢を見ている場合ではありません。用事を済ませて次の目的地ドンムアン空港へ向かい、別な野暮用を片付けなければ・・・なぜか前エントリーの続きのようになりましたが(汗)北バスターミナルからドンムアン空港へ向かいます。

北バスターミナルから直接ドンムアン空港へ行く路線バスはないかと思います(私が知らないだけかも)ので、またお馴染みの赤バス145番で一度BTSモーチット駅まで出ることにしました。昔はBTSモーチット駅と北バスターミナル間はタクシーを利用したものですが、今は毎日が路線がある公共交通機関しか使わないのが基本です。

北バスターミナルからはターミナルビルから正面に出て右方向に向かいます。細い路地を囲うように露天商が並ぶエリア内で右へ曲がり、途中で左。まぁ説明より歩けば人の流れで分かるとは思うのですが、北バスターミナルからは5分程度ですが、狭いので人が多かったり荷物があると苦労します。

露天商が並ぶエリアを出たら路線バスのターミナルです。いやぁ~並んでいますねぇ~ ここは親切で英語併記で主なルートが書いてあるので、今度ここへ来てから片っ端から乗ってみようと思います(笑)
Bus Terminal at Mo Chit

5分と待たずに来た145番赤バス乗り、出発したら3~4つ目でモーチットBTS駅です。もーちっと乗りたかったのですが・・・オヤジギャグで気を失われた方がいても、ネットの常識、自己責任でお願いします。

BTSモーチット駅のすぐ下でから路線バスA1を待ちますが、ここはものすごく多くの路線バスが通っています。待っているだけでも楽しいと思ったは私だけでしょうか。そんな時に限って5分と待たずにA1バスが来ました。

路線バスA1に乗るのは初めてでした。モーチット近くで高速に入り、20分ちょっとで空港に着きました。車体も普通のエアコンバスなので、30バーツは高いと思ったのですが、大きなスーツケースがあると、置き場がないし困りますねぇ~
Bus #A1 Inside

A1バスは高速道路から直接空港ターミナルにアクセスし、昔(スワンナプーム空港が出来る前)のインターナショナル用昔のターミナル1をちょっとだけ通り過ぎた所に停まりました。今はこのターミナルだけを使っているようです。
Bus #A1

2000年からのタイ勤務時、もちろんスワンナプーム空港は出来ていなく、自分自身の海外やタイ国内の行き来以外にも、出張者や家族、友人達の送迎にも、もう何十回来たか分からない空港です。いやぁ~本当に懐かしいです。

最初にこの空港に降り立ったのは80年代前半ですから、30年以上前のことです。少し暗い空港で赤色電球のオレンジ色がかった照明が印象的でした。入国・通関を過ぎ出迎えの人で大混雑している所を通ったのを記憶にあります。その時たくさんの人から声をかけられ、びびりながらのタイへの最初の一歩でした。

今の空港内です。
Airport Don Mueang

しかしこの空港は時の政権や航空行政に何度も翻弄されたように私は思えます。
2006年だったかスワンナプーム開港により一時期全く民間利用は(チャーター機を除き)無くなったのですが、2007年には国内線のみの利用が再開。確かこの時はスワンナプームで色々施工不具合がクローズアップされた時でした。

その後も航空会社によりスワンナプームに行ったり、ドンムアンに残ったり、2011年には洪水で使用できなくなったり・・・

私のエアーアジア利用だけでも、2012年9月にホーチミンへ行った時はスワンナプーム発でしたし、2013年7月にシンガポールへ行った時はドンムアン発で、なんだかよく分からないのが正直なところです。その2013年7月が私のドンムアン空港の最後の利用でした。

その時は空港内の多くの所が昔そのままで(当たり前ですね)、でも搭乗ゲートが並ぶ2階レベルにはあらゆる所に免税品店、お土産屋が並んでいたのですが、それらがすごく少なくなっていて、将来がない空港のようで寂しい感じがしました。

この空港に身を置くと、走馬灯のように記憶が蘇ります。それは旅の基点である空港の別れと出会いが記憶を呼ぶのかも知れません。
 (ちょっと長めのイントロを思い出してください。)
  ♪雨の空港 デッキにたたずみ
   手を振るあなた 見えなくなるわ
   どうぞ帰って あの人のもとへ
   私は一人 去ってゆく~♪♪
失礼しました(汗)テレサ・テンさん、好きでした。
椅子からずっこけ気を失われた方がいても、これもネットの常識、自己責任でお願いします。

さて、空港で用事を済ませ、帰りをそのまま戻っても面白くないので、ドンムアン空港からスワンナプーム空港までバスで移動したいと思います。そうそう、私のアパートは大雑把に言えばバンコクでもスワンナプーム空港寄りなのです。

長くなりましたので、続きはまた明日・・・

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2015.05.12 | コメント(4) | タイ・トラベル

懐かしの北バスターミナル

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月11日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇り。しかし昨日のように遠くで雨が降っているのが分かるような雲じゃないです。

さて、先日野暮用でモーチットの北バスターミナルに行った事を書きました。
アパート前から145番の赤バス一本で1時間半かけて行けます。片道6.5バーツと安いので時間だけはうんざりするぐらいある年寄りには便利?です。もっともバス内で熱中症に倒れなければですが(汗)

今の北バスターミナルです。
Bus Terminal 2015

その北バスターミナル、以前のタイ在住時以来で14年ぶりでした・・・

14年前・・・2001年の大晦日を三日後に控えた仕事納めの夜、北部東北部へ帰省する人々で危険なほど混雑するバンコクの北バスターミナルに向ったのは28日の夜のことでした。私が最初に北バスターミナルを訪れた日、そして無計画な旅を経験した最初の日でもありました。

不思議なものです「ターミナル」。鉄道、空港、バスでも、人々が集まり移動し散っていく場所なのに、なぜか誰もがそこに忘れられない思い出が染込むようです・・・
コンビニで買った甘い缶コーヒーを飲み一息入れながら、私は14年の時を越えて記憶の旅に出てしまったようです・・・

その時、行きたかったのはスコータイ。
当時私がタイで暮らして一年を過ぎた頃から、ロイカトーンなどの祭り、アユタヤなどの遺跡を通して「スコータイ」の名が胸に刻まれてしまったようです。

スコータイ、そこはタイの人々にとってノスタルジックで誰もが熱い思いを抱く地であろように思えます。スコータイ王朝、それはタイ人が最初に国家の形態を取った時であり、短命に終わりながらも今なおその影響が多く残ると言わています。
そんな想いが募ったスコータイ、いつか行ってみたいと思っていました。

一人自由になれる休みが二日間続くことは滅多になく、その晩出発して30日には戻らなければならない。そんな気持ちのまま、古びた英語版ロンリープラネット一冊が頼り、鞄ひとつを持って闇雲にバスターミナルに向ったものの、気持ちの中には「どうせ切符が入手出来るわけない、スコータイに間違っても今夜行けるはずはない、引き返せばいい。ただ行きたい気持ちを静めるだけだ・・・」そう自分自身に言い聞かせていました。

年末最後の金曜日の夜、大渋滞を避け当時マンションがあったプロンポン駅からBTSで終点のモーチット駅へ、駅近くにあるはずの北バスターミナルへは流しのタクシーを拾いバスターミナルへ向わせると意外と遠い。そして車と人々の流れの混雑で近づけず、最後は歩く。

北バスターミナルは想像以上に大きな建物、それが建物全体でうごめいているかのように人であふれかえっている。ありとあらゆる場所に大きな荷物を抱えて人々が座り込み、入手できない切符を諦め切れないでいるのか、多くの深夜発の北や東北に向う長距離バスの出発をぼーっと待っているのか・・・その間を縫うように歩き発券所に向う。

2001年の北バスターミナルです。
Bus Terminal 2001

巨大なターミナルでは行き先の発券所にたどり着くだけで一苦労。やっと一階右側の発券所にSukhothaiの地名を見つけて人々の列に並ぶが、その列は意外と短い。一等エアコンバスがスコータイまで256バーツと書いてある。多くの地方出身労働者が望郷を抱き帰省する庶民の足で安いが、片道7時間かかる苦痛を伴うバス移動でもある。列の順番が来て疲れきった係員にスコータイと告げると、いとも簡単に「切符はない」との回答。他の行き方はあるかと聞くが面倒なのか簡単に「駄目、ない」との返事。これ以上の複雑なタイ語を使えない悲しさと後ろの列からの圧力に負けて列を離れる。

列の後方でしばらく何か方法はないかと考えながら立っていると、白いシャツに肩掛けの鞄を下げた男性が「どこへ行く?」と声をかけてきた。スコータイと答えると20時発の切符があると言う、あやしい!と思いながらも値段を聞くと300バーツ。最初はダフ屋かと思ったがいかにも係員のような様子。少し離れた場所で待てと言う、危ないかとも思ったがそのまま待つと他に5人ほど切符を求めている人を集めて来て、タクシーに乗れとの指示。

中央の白シャツが呼込みや?さんです。
Bus man 2001 at Mo Chit

うへぇー!この小さなタクシーに運転手を入れて6人! 迷う間もなく鞄を抱えてタクシーの押し込まれる。そしてタクシーはバスターミナルを離れて渋滞の中をのろのろと移動し、タクシーの中では押し込まれた乗客同士で「どこへ行く」の話が始まったが、私はほとんど分からず「スコータイには朝の5時ごろ着くのじゃないか」程度の内容しか話しに加われなかった。心細いがとにかく仲間?がいるから何とかなるだろうと腹を決めた。
その時乗ったバスです。
Bus 2001

どうやらこのバスは公営ではなく民間業者がバスターミナルで客待ちして引っ張り込んでいるようである。やがて次々に運ばれた乗客で車内がいっぱいになると、おばさんが車内に入りお金を集めて回る。確かに300バーツぽっきりで一安心。21時近くにやっとバスは出発し、年末、喧騒、雑踏のバンコクを去りスコータイに向け出発しました・・・・

その時シー・サッチャナライで案内してくれたおじさん(右の人です。念のため)
Sukhothai


あっれ? どうやらサウナバス145番に1時間半乗っていたためか、北バスターミナルで気を失っていたようです。昔スコータイへ旅した時の夢を見たような・・・
目が覚めたら、ベンチの横にはコンビニで買った甘い缶コーヒーがありました。


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2015.05.11 | コメント(0) | タイ・トラベル

住めば都

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

5月10日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇り空。遠くバンプリーの方で雲が低く雨が降っているように見えます。

昨日は野暮用で行ったスワンナプーム空港で雨に降られてしまいましたが、ロットゥーでオンヌットまで移動したら雨は止み、すごい風でした。その強い風の中、風船売りのおじさんが四苦八苦してましたが、風の強い日はやりたくない仕事ですねぇ~ ご苦労様です。
On Nut Ballon

さて、このブログの前置き話しで一番多いのは路線バスに関してだと思います。
つい一ヶ月ちょっと前にエントリーした「自己紹介」でも『路線バス好きです(笑)知らないバスを見る「どこへ行くのか?乗りたい!」とわくわくします。』と書いています。

エントリー済み「バスが導くメガバンナーとたい焼き」では2番の赤バスを追跡しました。  「居心地良い部屋へ」では180番の赤バスを追いかけて怖い思いをしました。

知らないバスを見るとすぐルートとマップからの両方で調べます。その両方に見かけたバスがないと、もう「知りたい病」で夜も眠れないのです。薬や手術が確立されていない難病です。何日も眠れないので、昼間いつものバスに乗ると意識をなくします(眠るとも言いますが)、今時日中にノンエアコンのバスで意識を失うのは危険です。本当に熱射病で気を失うかも知れません・・・

昨日、いつもの買い物でバンナートラート通りに出たら23番の赤バスを見かけました。スクムビット方向とは反対方向です。本来ならサムロンからエカマイまでスクムビット通りを走り、その後エカマイから魔界に消えるのが23番のルートです。

それがなぜバンナートラート通りを走っているのでしょう? 思わず23番の赤バスに飛び乗り(本当はもつれた足で転げるように)ました。どこへ行くのでしょう!? いつものように運転席に近い所で前を見つめます。

キンケーオ交差点?バンプリー?バンプー?行かないよなぁ~遠過ぎるし・・・なんて毎回同じことを考えていたら・・・なんと!メガバンナーの中に入って行くじゃないですか!! そして停まったのがいつもの207番やフリーシャトルと同じ場所。
Bus #23 at MEGA

どうも赤バスはどうしても私をメガバンナーに誘いたいようです。夕食はテラピアのソテーの予定だったのですが、なぜかクロワッサンたい焼きが帰りのバスのお供でした。


まだバスとたい焼きのことを書きたいのですが、今外を見たら雨!書き始めた頃のバンプリーの雨が移動してきたようです。そろそろ本題へ入りましょう。


今住んでいるアパートを中途半端な気持ちで決めたこと、ロケーションが不便だったこと、その不便な所が便利に思えるようになった事を前回エントリーしました。

それでは住み心地はどうでしょうか? 最初は「部屋は汚れて排水溝の匂いが気になり、隣人の深夜の生活騒音で悩んでいました。」とまで書いています。

アパートに入り2週間ぐらいは、本当に自分の人生でもっとも掃除した日々でした。部屋中、天井、壁、床を水と洗剤で丸洗いしたような感じ。備え付けられた家具や棚などもばらして掃除しました。エアコン掃除業者も入りエアコンを掃除しました(部屋は汚されたけど)。冷蔵庫は中はもちろん裏側も隅々まで掃除しました。
Aircon cleaning

その甲斐があったのか、残っていた前に住んでいた人の生活臭や排水溝の匂いも無くなりました。またお金をかけずに居心地を良くする為に色々工夫しました。「居心地良い部屋へ1」や「居心地良い部屋へ2」でエントリーした通りです。

それからまだエントリーしていませんが、キッチンも整いもう3ヶ月近く毎晩自炊料理を楽しんでいます。食べること自体は最大の趣味なのに、アメリカ南部の田舎町に10年も一人暮らしして仕方なく覚えた料理。それも今は趣味のひとつですから、面倒なんかではなく毎日楽しみでもあるのです。

部屋で料理をするので必要以上に毎日清潔を保つようにしています。各階で日に二回回収があるゴミ置き場も一応掃除がされており、料理が済んだらすぐゴミだし出来る環境も嬉しい誤算です。

隣人の生活騒音は完全にあきらめ(笑) タイでタイ人相手にトラブルを起こしても何も得にはなりません。所詮多くの人が住む集合住宅、音に関するセンシティビティー、隣人に対する配慮などかなり日本人とは違うので、それと折り合いをつけるしかないと思っています。

新しくこのアパートの(部屋の)良い事も分かりました。春分を過ぎた頃から朝早くしか太陽が当たらなくなり、日中の室温がそう上がらなくなりました。それまでは午後3時ごろまで一方向しかない窓に陽が差していて、部屋の中も暑くなっていたのです。

アパートにプールとジムがあるのも知りました。実はアパートを決めた時は、何か疲れや諦めの状態でバタバタと決めたので、共用設備を案内もされず聞いてもいませんでした。それがある日エレベーターが二基とも一時的に動かなくなり階段で降りたのです。その時4階でプールの入り口を見つけて入ろうとしたら、自分のカードを受け付けませんでした。数日後管理事務所で聞いたら専用のカードがあると知りました。「あら、渡してなかったかしら?」ですって!

このプールが大きくて驚きました。昔住んでいたプロンポンの高級マンションのプールの倍の長さはあるでしょう。ジムやサウナも機会があったら使いたいと思っています。でも機械の上を歩くのは嫌いです。ガタガタ道で灼熱下でも街歩きが楽しいです。
Pool at Apartment

「セントラルバンナー」「シーコンスクエア」「メガバンナー」を自由に使いこなす事が出来るアクセス環境は書きましたが、近くにあるバンコク都内で一番大きなラマ9世公園の事はまだエントリーしていませんね。
絶え間ない騒音、いつも埃っぽい空気、車とビルと放置された空き地・・・それらに疲れた時、近くに管理された大きな公園があるのは本当にオアシスのように感じます。

そうそう、都会の人には「遠い!」「不便!」と酷評のシーコンスクエア裏で行われている、ウィークエンド・ナイト・マーケット「タラート・ロットファイ」には歩きで行けますぞ! って、やっぱ・・・アパートが都会からは不便な所なのですなぁ~

「住めば都」・・・それは時の流れと慣れから来るものではなく、気の持ちようなのかも知れません。そう感じ始めたのは、この一ヶ月ぐらいのことです。

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2015.05.10 | コメント(1) | アパート

不便が便利に

こんにちは。アクセスありがとうございます。

5月9日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇りですが、晴れ間もあります。

さて、普段街を歩くときは足元に必要以上に注意しています。歳をとって足が上がらなくなったのか、ちょっとした段差でもよくけつまづくからです。そんな私にバンコクの街は敵意むき出しでガタガタ道で攻めて来ます。
Walking way

歩道に関してはどうしたらここまで無秩序に作れるのかと感心することすらあります。足元ばかりでなく、無秩序に見える電柱、電柱から無数の垂れ下がる電線、街路樹なのかただ大きく育った木なのか歩道をふさぐ樹木、横から上からはみ出る看板・・・

あまり足元ばかり注意していると、前からも後ろからもバイクが来るので危ないです。もしかしたら歩道はバイク専用道なのかも知れないと本気で考えました。
Walking-bike

足元や歩道を走るバイクだけではなく、他にも注意が必要です。

この前、街を歩いていると目の前に一本のロープが下がって来ました。慌てて離れ、見上げると外壁かガラスの掃除中。屋上からロープ一本です。
Building

「落ちないで下さいね」そして「何も落とさないで下さいね」と願いながら急ぎ通りました。

頭上にも注意が必要です。ですが・・・あまり上を見すぎると、足元がけつまづき、気を失うかも知れません。この時期、道路でけつまづき気を失うのは、かなりやばいです。いったいどこに注意したらいいのでしょうか・・・


さて前置きはこのぐらいで、本題です。


今のアパートに決めた時のことを何度かエントリーしています。毎日違ったソイの中を歩き、だんだん都心部から、BTSからも離れて行きながら、それでも決められないで時間だけが過ぎていました。

いざアパートを実際に見ると、タイローカルの中でもやって行けると考えていた自分はどこかに隠れてしまい、住めない理由ばかり探してしまう自分自身にも嫌気がしていました。肉体的な疲れ、情けない自分にも参っていました。

住処を探す過程でアパートの中や部屋の中を見ることは、タイローカルの生活を垣間見る事にもなります。自分に出来るだろうかと弱気になり・・・結局思いっきり中途半端な場所で中途半端なアパートにしてしまったのです。

その時はそう思っていました・・・最初はずっと後悔もしていました。ロケーションは幹線道路沿いのアパートで、近くに市場も、スーパーも、コンビニも、屋台すら全くありません。部屋は汚れて排水溝の匂いが気になり、隣人の深夜の生活騒音で悩んでいました。
いつまで悔やんでも仕方ないです。アパートのロケーションや隣人は変えられませんし、その中であがいても仕方なく、うまく折り合いをつけるしかないと思うようになりました。それがタイでタイ人の中に入り暮らすと言う事だと覚悟しました。

ただ、部屋の中は自分で変えられます。一週間以上徹底掃除し、内装もお金をかけないで変えて少しでも居心地良くなるように工夫しました。
Room After

最後に残ったのはアパートのロケーションです。確かにアパートの目の前にバス停がありますが、車が無いとかなり苦労する郊外の幹線道路沿いです。

正直「不便」だと思いました。しかし良く考えると、私はリタイアした男、働いていないので通勤は全く関係なく、もちろん通学もしていません。
しかも趣味のひとつが料理。その為わざわざローカルのアパートでありながら、小さくてもキッチンがある今の所に決めたのです。コンビニや屋台で食事を調達する機会は実は多くないのです。

唯一残った不便さが、日頃の買い物をするスーパーとの行き来です。
アパート目の前のバス停には4路線。その全てがシーナカリン通りを走り、シーコンスクエアまで5~10分程度。実はシーコンスクエア、隣接するHaHaとパラダイスまで徒歩25分ぐらいで行けます。裏道を歩きバンナートラート通りに出ればセントラルバンナーと隣接のBigCまで徒歩25分。

バンコクで片道25分を歩くとなると、かなりきつく思う人がほんとどでしょうか。元々私は歩くのが好きで、暑さもそう気にならない上に、酒好きな甘党と言う歩かなければならない条件もクリアしています。一日最低でも1時間は歩き続けるのが目標なので、このショッピングセンターとの距離が絶妙なのです。

って言うかぁ~(娘の口調)この距離感でショッピングセンターが無ければ、歩かなかったかも知れません。
こんな路地裏の細い抜け道を通ります。
Bang Na

そんなわけで大型ショッピングセンター「シーコンスクエア」か「セントラルバンナー」にはほぼ毎日歩いて行きます。加ええてドアーtoドアーで雨でも(ほぼ)濡れずに(帰りだけですが)「メガバンナー」にはバスで片道20分です。

市場は別な機会にエントリーしますが、今の所ほぼ毎日シーコンスクエア(TescoLotus/TopsにParadiseのVilla Market)、セントラルバンナー(BigC/Tops)、メガバンナー(BigC/Topsに道路反対側のTescoLotus)の先発3本柱でローテンションを確立しています。毎日買い物するショッピングセンターが一箇所だけだと飽きちゃいますからね。

今のアパートに住む様になり、そろそろ4ヶ月。最初は「不便」に思ったのが「便利」に思うようになってから、数ヶ月が経ちました。

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2015.05.09 | コメント(8) | アパート

自力取得リタイアメントビザ実録版

こんにちは。アクセスありがとうございます。

5月8日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇り空です。ゆっくりですが、日々曇りの日が多くなって行くように思えます。

昨日、野暮用でモーチットの北バスターミナルに行ったのですが、アパート前から145番の赤バス一本で行けます。片道6.5バーツと安いのですが、混んでいるし暑くて時間もかかります。途中で席が空き座ったのは陽が当たる側。全開の窓に肘を乗せたら火傷したかと思ったぐらい窓枠が熱せられていました。サウナバスで1時間半、バスターミナルに着くまで数回意識を失いました。

さて今日は自力取得リタイアメントビザの実録版です。
リタイアメントビザに関係ない人は、もうこのビザ話しに飽きていることでしょう。すいません。私のタイでの生活にかかわることなので、どうして避けられないのです。ただ、このエントリーで終わり、次のビザ話は数週間先になると思います。

まずはくどいのですが、お約束のお断りです。
このビザに関するエントリーですが、私が自力でリタイアメントビザを取得する実経験を記しています。決して他人にお勧めしているわけでなく、私の間違いもあるかと思います。これからビザ取得を目指す方は、どうか参考にせず、ご自分が納得するまで調べるべきかと思います

私はこうしたと言うだけの事ですので、ビザ関係に関してのコメントには特にお答えできない事もあるのをご承知下さい。ここはビザ取得解説ブログでなく、全てを事細かく書いてもいません。

特にビザ関係は申請する側の人それぞれの事情がありますし、申請を受理審査する側の状況も不変ではありません。ネットでは当たり前の事ですが、自己責任でお願いします。

それでは実録(笑)リタイアメントビザ申請ですが、実は3月25日の申請日前に下見に行っています。バックアッププランを用意したり、下見したり、慎重な人間なんです。ハイ・・・

下見に行った理由は行き方の確認、写真撮影とコピーをどうするか、そして一番知りたかったのがイミグレーション記載にある5.3項の注意事項「Documents under 5.1, 5.2 and 5.3 must be issued and updated to be the same date of the Application」をどうするか探りたかったのです。残高証明書など銀行関係書類が申請と同じ日の発行を要求されている内容です。

イミグレーションへの行き方は最初、Government Complexのサイトで案内があった52番のバスをモーチット駅から使ったのですが、バス通りとイミグレーションが遠く、フリーシャトルがないと苦手なモタサイを使うので、その後に一般検索をして別な方法バス166番を知りました。

銀行の事ですが、下見の時にイミグレーションの下の階にバンコク銀行の支店があって、こんな表示があって大丈夫なようです。それまでは本気で申請日の朝一番でバンコク銀行本店に行ってから、イミグレーションに行くつもりでいました(笑)
Bangkok Bank at Immiguration

コピー屋さん、写真屋さんも銀行と同じ階にあり、その時に申請日当日の日付に関係しないコピーや写真を準備してしまいました。
また、私はプリンターを持っていないので、申請書も日付とサインだけ除いたファイルをUSBに入れてコピー屋さんのPCで開き印刷してもらいました。

さていよいよ本番3月25日です。
ビクトリーモミュメントから166番のバスでイミグレーションに着いたのは10時過ぎでした。すぐバンコク銀行に行って通帳をアップデートしてから残高証明書と外貨入金証明をお願いしました。15分ぐらい待ったか、両方の書類で100バーツ。残高証明書だけでも100バーツみたいです。

その後にコピー屋さんで当日日付の入った書類全てをコピーし、準備済みコピーも合わせてコピーに全部サインをしました。

全て用意が整ったところでイミグレーションへ。INFORMATION前で写真を申請書に貼り、奥に入って整理券を受け取り、窓口C1へ。その時点でカウンター表示は4人待ちで思ったより少ないので驚きました。もっともイミグレーション内は多くの人がいます。C1の前もたくさんの人が待っていますが、一人で待っている人は少ないです。
Immiguration 2

待つこと30分ぐらいで順番が来ました。時刻は11時ごろだったか。書類を持って指定されたカウンターへ。女性係員が何も言わずに書類をチェックしています。この時が不安いっぱいでしたが、ダメなら何がダメなのかをハッキリ聞かなくてはならないとだけ覚悟していました。

結局何も聞かれず申請書に携帯電話番号を書くように指示されたのが最初の会話(笑) その時私から日本の銀行の送金票とタイの銀行の外貨入金証明の両方必要ですか?と聞いたのですが、うなずいただけで書類は両方とも受理されました。なんとなくどちらか一方でも良い様に思えますが、私は念のため両方用意しました。

正直あっけなかったです。色々準備して、下見までして、コピーも不要なものまで取り、バックアップ案まで考えていて、不安いっぱいだったのですが、10分かからなかったと思います。

申請料2000バーツを払い領収書を受けましたが、そこには15日後の4月8日に出頭する旨の指示が押されていました。それで滞在有効期限の15日前には申請が必要なのですねぇ~

とにかく受理されたようです。何も問題なしでした。これがたまたまなのかは正直分かりません。ただ、自分自身がイミグレーションの要求事項を何度も読み、在京や在米のタイ大使館の要求事項まで調べたので、何かあっても二度三度と申請して対応する覚悟は出来ていました。

その4月8日の審査結果ですが、すでに「速報 NON-Oビザ 90日受領」 で書いているように、無事観光ビザからリタイアメントビザへの切り替えが認められ、最初のステップである90日の滞在が許されています。
Non-O VISA 90days

しかし実際に経験すると反省すべき点も多いのに気がつきます。
全てがうまく行ったと仮定すると、日程的には観光ビザを取得しないでビザなしでタイ入国しても可能でした。それと私は日本から円で海外送金しましたが、これだと銀行手数料がかかり、また為替レートも市中両替商より不利になります。正式に手続きを踏んだ現金持込の方がこの面では有利です。まぁ私にとっては大金のキャッシュを持ち歩くことは想像すら出来ませんでした。それに道中いつ気を失わなうか分からないので、知っていたとしても怖くで出来なかったかも(笑)

この後は1年滞在許可への延長申請が待っています。その申請手法、結果についてもエントリー出来ることを願っています。

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2015.05.08 | コメント(1) | ビザ

自力取得リタイアメントビザ 2

こんにちは。アクセスありがとうございます。

5月7日、今朝のバンコク(の端っこ)は昨日とは違いうす曇ですねぇ~。
いやぁ~ それにしても昨日の午前中は青空が気持ちよかったです。その代わり日差しが強いです。昨日はメガバンナーに行ったのですが、バスの中は日陰側ばかりに人が座ります。午後から黒い雲が出てきたのですが、雨にはなりませんでした。雨季になると、そうも行かないでしょうねぇ~

さて、前回の続きですが、まずはお約束のお断りです。

このビザに関するエントリーですが、タイ政府イミグレーションのサイトにある手順だけで、私が自力でリタイアメントビザを取得する実経験を記しています。

決して他人にお勧めしているわけでなく、私の間違いもあるかと思います。これからビザ取得を目指す方は、どうか参考にせず、ご自分が納得するまで調べるべきかと思います

特にビザ関係は申請する側の人それぞれの事情がありますし、申請を受理審査する側の状況も不変ではありません。ネットでは当たり前の事ですが、自己責任でお願いします。

私はこうしたと言うだけの事ですので、ビザ関係に関してのコメントには特にお答えできない事もあるのをご承知下さい。ここはビザ取得解説ブログでなく、全てを事細かく書いてもいません。私自身の実経験を書いているだけです。

それでは前回の続きで、実際にイミグレーションが要求している必要書類関係です。

3月25日に行った最初の申請は観光ビザからリタイアメントビザへの「ビザ切り替え」になりますから、イミグレーションのサイトの「Required documents 」から「Change VISA」を選び「FOR RETIREMENT PURPOSES -- 50 YEARS OLD」と進みます。

ここからは英文は原文を、和文は私の要約詳細省略ですので、厳格には英文のみを見てください。

DOCUMENTS TO BE SUBMITTED IN SUPPORT OF THE APPLICATION FOR VISA OR VISA STATUS ALTERATION (NON-O): FOR RETIREMENT PURPOSES.
リタイアメント用NON-Oビザの必要提出書類です。

The application must be submitted at least 15 days before visa expiration and, in case of overstaying in Thailand, application could not be submitted.
滞在有効期限15日前には申請しなければなりません。

1.1.1 Form TM.86 for the foreigner, who has Tourist and Transit Visa and applies for Visa Status Alteration and applies for non-immigrant visa; or
1.2 Form TM.87 for the foreigner, who enters into Thailand without visa, but is allowed to stay in Thailand with a permit of stay for a period of 15 day, 30 days, 90 days and applies for non-immigrant visa.

申請書ですが、観光ビザの人はTM.86、ビザなしの人はTM.87を使用します。

2.A copy of passport pages (for example, personal information page, last entries stamp, visa sticker and extension stamp (if any) and departure card (Form TM.6)
パスポートと出国カードTM.6の必要コピー箇所の説明です。

3.Either one 4x6 cm photograph or one 2 inch size photograph
申請に必要な写真の大きさです。

4.Application fee of Baht 2,000
申請費用は2000バーツです。

5.5.1 A guarantee letter from the bank in Thailand in Thai language (Attention: Immigration Commissioner)*
入国管理宛のタイの銀行のタイ語保証書です。

5.2 A copy of all entries of the applicant’s passbook showing that the applicant has a savings or fixed deposit account of not less than Baht 800,000* (all documents must be in the Applicant’s name).
80万バーツ以上の貯金がある申請者の貯金通帳コピー

5.3 Evidence of foreign currency fund transferred to Thailand*
*(Documents under 5.1, 5.2 and 5.3 must be issued and updated to be the same date of the Application and all documents must be in the Applicant’s name.)or

タイへの外貨送金証明書(5.1, 5.2, 5.3は申請日と同じ日の更新発行が必要)。または、

6.A guarantee letter from the local or overseas Embassy or Consulate, proving the monthly pension of the Applicant not less than Baht 65,000 per month (together with reference documents showing the source of said monthly pension); or
現地大使館か領事館による、申請者が月65000バーツ以上の年金を有する保証書(参考資料ととして年金の元資料)。または、

7.Evidence of deposited money under Clause 5 and evidence of income under Clause 6 (for one year) showing the total amount not less than Baht 800,000
上記5と6を合わせて80万バーツ以上になる証明。

この後Remaksとして、申請都度本人出頭や全ての書類にサインすることなどが書かれています。

イミグレーションに書かれているのは以上です。非常に簡単ですが、簡単だけにこの文の理解や運用に差が出るのかも知れません。

過去「日本で取得するリタイアメントビザ」「アメリカで取得するリタイアメントビザ」とタイ以外の国で要求している内容を考察しましたが、私には日本は条件が煩雑、アメリカは合理的で誰もが分かり易いものと思えました。いずれにしてもタイで実際に申請する前に、違う国でタイのリタイアメントビザを申請する内容を調べたのは私にとって無駄ではありませんでした。

Immigration

さて、上記の記載事項にそって、実際に私が行った書類の準備ですが、

1, 申請書TM.86
イミグレーションのサイトからダウンロード出来ます。私はサイン部分を除きPC上で記入、印刷しました。内容は氏名、生年月日、生誕地、パスポート情報、タイ入国情報、申請理由、タイの住所などで簡単なものです。
2, パスポートと出国カード
両方の原本、それに顔写真、入国スタンプ、観光ビザのページなどコピー
3, 写真
4, 申請料2000バーツ
5, バンコク銀行の残高証明書に貯金通帳コピーと外貨入金票、日本の銀行の外貨送金票。貯金通帳は名前のページと80万バーツ以上の入金日から申請日までのページをコピー。
悩んだのは前回エントリーにも書いたとおり、タイの銀行に於ける80万バーツ以上の保持期間です。上記の通りイミグレーションの要求事項には保持期間は記載がありません。在京タイ大使館、在米タイ大使館でも考察した通り記載がありません。もちろん次のステップのVISA Extensionでは異なり、最初の年は60日間、その次から90日間の保持が記載されています。

もしかしたら最初から60日の保持期間を要求されるかも知れないのでバックアッププランを用意しがらも、44日間(2月10日着金で申請が3月25日)しか保持してない状態で申請しました。

長くなりました。また続くで申し訳ないのですが、次回は実際の申請当日の経験です。

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2015.05.07 | コメント(0) | ビザ

自力取得リタイアメントビザ 1

こんにちは。アクセスありがとうございます。

5月6日、今朝のバンコク(の端っこ)は気持ちよい青空が見える晴れです。

昨日昼過ぎに乗った赤バス、片側だけの座席が全て空いていて、そこに座ろうとしたら、どの席も濡れていました。そう言えば都心の方は真っ黒な雲に覆われていたので、どこかで雨にあったのでしょう。都心に降った雨をバスがこんな片隅まで運んで来ました。

さて、ブログのテーマを変えて一ヶ月が過ぎたばかりなので、まだ書いていない、書きたいと思っているテーマはたくさんあります。ただ、いつか書くことがなくなったら、ブログでは鉄板ネタのランチ、それに自分が好きな甘いものと路線バスネタが続くのでしょうか・・・あまり早くには、そうなりたくないものです。

そのブログネタですが、毎回四方山(よもやま)話しばかりで、肝心のリタイアメントビザ取得に関しては時系列の流れからまだ書いていませんでした。そろそろ話の流れから、私がどう取得したか(まだ過程ですが)を書くタイミングです。
ところで、なぜかビザの話になると、センシティブな方がおられるのか、妙なコメントが多くなります。なにか困る方がいるのでしょうか?

まぁ避けて通れないテーマですので、今回エントリーしますが、「私はこうした」と言うだけのことで、しかもその方法はタイ政府が公式に出している手順に従っているだけです。手順は同じでもアプローチは人それぞれ。同じ方法でもうまく行かない人がいるかも知れませんし、別な方法もあるでしょうし、抜け道・裏道もあるかも知れませんが、それらは私個人がかかわる事ではありません。

私はタイ政府イミグレーションのProceduresだけで、自分が取得できるかを試したかったのです。それで何度か失敗しても構わないし、面白いとさえ思っていました。

毎回ビザの話では書いているのですが・・・

特にビザ関係は申請する側の人それぞれの事情がありますし、申請を受理審査する側の状況も不変ではありません。ネットでは当たり前の事ですが、自己責任でお願いします。

私はこうしたと言うだけの事ですので、ビザ関係に関してのコメントには特にお答えできない事もあるのをご承知下さい。ここはビザ取得解説ブログでなく、全てを事細かく書いてもいません。私自身の実経験を書いているだけです。

今日は変な前置きになりました。申し訳ないです。ごめんなさい。
さて、それでは私が目指したリタイアメントビザ(NON-O)自力取得の実経験です。

くどいのですが、全ての情報はタイ政府イミグレーションのサイトからです。 
Immigration WEB

私はビザ申請にあたり一般的な検索をあえてしませんでした。まぁアパート探しなども同じでその理由を書いています。また、リタイアメントビザ取得前に観光ビザを在京タイ大使館で取得していますが、その時にも同じ手法で行いタイに入国しているからです。どうせなら全部自力で行いたいのです。学びながら、失敗しながら・・・

その中で唯一参考にしたサイトがDamascusさんのブログです。実は書類など準備を整えて、いざイミグレーションに行く2日前に、その行き方を調べて知ったブログです。
もう私は準備済みで、個人事情からアプローチが若干異なるのですが、自分の前に自力取得をされている方を知り、本当に心強く思いました。そのブログをもっと早く知っていたら、私は外貨送金や観光ビザも取らなかったかも知れません。あらためてお礼申し上げます。

さてそれではリタイアメントビザに話しを戻します。

まず申請者の条件ですが、上記イミグレーションのサイトから言えば、いきなり分かり難いのですが、90日得られる初回申請時(Change VISA)ではなく、1年への切り替え(VISA Extension)に「Criteria for Consideration」として記載されています。

リタイアメントビザ(NON-O)へのタイに於けるイミグレーションの手順を自分なりに理解すると、大きく別けて以下の二つの手順になるかと思います(あくまでも私の考え)。

1, ビザなし、あるいは観光ビザ等で入国した申請者がビザ切り替え(Change VISA)の申請で、最初90日の滞在許可を出す。
2, 90日の滞在許可の次にビザ延長(VISA Extension)で1年の滞在許可を出す。

それでは「Criteria for Consideration」にある条件ですが、簡単に言えば、50歳以上であること。それに、タイの銀行に80万バーツ以上保持しているか、月6万5千バーツ以上の収入(年金)(原文では最初Incomeとしていますが、後からPensionと英語が変わるので、年金と理解した方がいいでしょう)があること。あるいは収入(年金)と貯金と合わせて年間80万バーツ以上であることです。

さぁ次は実際の申請ですが、その前に私の申請時の状況です。

1, 1月9日ノービザで入国。タイ銀行口座開設、携帯電話入手、アパート探しと入居を済ませて2月7日出国。

2, 日本帰国後、2月9日に日本の銀行からタイの銀行口座あてに、80万バーツ以上になる円を円建てでバンコク銀行へ送金指示。

3, 在京タイ大使館で観光ビザ取得後、2月21日タイ入国。

上記の状況で3月25日に最初の申請を行いました。2月にタイに戻りすぐ申請をしなかったのは・・・実はこの時、タイの銀行での80万バーツ以上の保持期間が「指定がない」と思えるものの、「60日以上」か分からず、自信が無かったのです。

タイの銀行には2月10日に着金しているのを知っていましたから、60日後で4月10日以降にすると、別な条件の申請時に15日以上のビザ有効日があることに抵触するので、一度観光ビザ(60日)を延長(30日)する必要があります。まぁそれも想定した観光ビザ取得だったのですが・・・

この後に記すイミグレーション要求事項だと初回ビザ切り替え時に80万バーツ以上は要求されていますが、保持期間は何も触れていません。
ただし、90日取得後の次のステップ1年間の申請時(VISA Extension)は最初の年だけ「For the first year only, the applicant must have proof of a deposit account in which said amount of funds has been maintained for no less than 60 days prior to the filing date」の通り60日以上と書いてあります。

と言う事で、ダメ元で80万バーツ以上の保持期間が60日以内で申請してみたのです。ダメなら観光ビザを一度延長し、60日後に申請すれば良いからです。結果オーライだったのでタイで観光ビザの延長をしないで済みました。

長くなりましたので、次回に具体的申請内容などエントリーしたいと思います。

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2015.05.06 | コメント(5) | ビザ

夢見る日本酒

こんにちは。アクセスありがとうございます。

5月5日、今朝のバンコク(の端っこ)はうす曇。夜明けより青空が見えてきています。

今日は日本で子供の日。青空を優雅に泳いでいるこいのぼりが目に浮かびます。もっとも私が生まれ育ったお江戸は昭和の時代も大きなこいのぼりを泳がせる家はなく、今時ならベランダと言われる軒先で小さなこいのぼりを飾るぐらいでした。

私はお江戸・深川の職人の子供で、育ったのはちょうど映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の世界そのものですから、こいのぼりなんて家にはなく、今思えば唯一「柏餅」が子供の日の記憶です。上新粉で作ったお餅に餡を入れ、柏の葉で包んだ柏餅・・・あのクロワッサンたい焼きも敵わない最強の和菓子です。

自前画像が無かったので、「とらや」さんのサイトからの拝借です
Kashiwamochi

柏餅を思い起こすだけで気が遠くなります。どうして柏餅がタイで売られないのでしょうか? 私なら気を失うぐらいの行列でも並ぶのに・・・

さて、話を進めましょう(汗)

阿部首相がアメリカでの一連の行事を終え帰国されたそうです。連邦上下両院合同会議での演説など私的に興味深いものがあるのですが、今日はホワイトハウスで行わた晩餐会での日本酒が私の古びた記憶を呼び起こしたので、今日はそんなエントリーです。

くどいのですが、このブログの前身は「ワインな日々fromアメリカ」だったように私は無類の酒好きです(キッパリ) 同時に甘党でもあるのですが・・・(汗)

ビールはヨーロッパ在住時に「ビール巡礼」と称してチェコ、ドイツ、ベルギーなどビールの起源と歴史にちなんだ地をめぐりました。最も好きなビールはケルンで飲める繊細かつピュアな上面発酵のケルッシュと、名ばかりになったトラピストビールの中でも伝統を守り続けるウエストマールのトリプルです。

ワインは本ブログにも「人生を変えるワインとの出会い」で書いた、当時パリで二つ星だった「ミシェル・ロスタン」で飲んだシャトー・オー・ブリオン1985年と86年のヴィンテージ違いで、完全にノックダウンでした。本当に気が遠くなるぐらい旨かったのです。ワインの概念や人生そのものを変えました。

もちろん世界各地のワイン産地に行きました(ワインは産地に行っても旨いワインに巡りあうものではありませんが)・・・

止めましょう。年寄りの昔話、しかも嫌われるワインのうんちく・・・


件のホワイトハウス晩餐会で、乾杯に安倍首相の地元山口県から「獺祭」の大吟醸が選ばれたそうです。「だっさい」と読みます。地元に伝わるカワウソ(川獺)の伝説にちなんで付けられた名前です。

ところでこのブログ(の前身)では「ホワイトハウス御用達の泡」のように、ワイトハウス晩餐会でのワインについてもエントリーしています。そのほとんどが驚くほど高いワインやスパークリングではなく、アメリカでは入手し易いものが多いです。ハイ・・・止めます(汗)

「獺祭」を選んだのがアメリカ側か日本側(からの提案)かは知りませんが、きっとこれで獺祭は入手困難なお酒になってしまったでしょう。そもそもこの1年ぐらいで人気が高まったお酒ですから。

ところでこの獺祭、私は2年半ぐらい前の日本出張時に偶然知って、「だっさい日本酒は驚きの旨さ! 日本に着き松本へ」 でエントリーしていました。

その時に書いたのは・・・「とにかく旨いです。辛口嫌いな自分の好きな日本酒の要素を全てバランスよく持っています。濃密な香りに程よい酸、芳醇な味、本当にバランスが良いです。しかも後口の切れ味が良いのに、あい反するように思える余韻も長いのです。」と自分でも驚く評価を書いています。(獺祭のどの酒だったかは忘れました)

阿部首相のアメリカ訪問ニュース、思わぬ所で完全に思い出してしまいました。日本酒の旨さを・・・もう居ても立ってもいられません。もう日本に行くしかない!とチケットを手配してしまいました。ちょっと遅くなりますが柏餅も食べられし・・・
あっ、まだ先の話ですけどね。

ところで今日のエントリーはいったい何だったのでしょう(汗)
もう「タイご飯とビールな日々fromバンコク(の隅っこ)」とタイトルを変える時期が近づいているのかも知れませんね。

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2015.05.05 | コメント(9) | タイ生活

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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