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バンコクで一番新しい運河ボート


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月31日、今日もバンコク(の端っこ)は白い靄で包まれた朝です。三日間夕暮れから雨が降ったせいか、湿気が多く身体にまとわりつきます。

昨日は朝からアパート近所のお寺ワット・シーイヤムが賑わっていました。おかしいなぁ~と思っていたのですが、タイの祭日アサラハブーチャ(三宝節)だったのですね。
お釈迦様が初めて弟子に仏法を説いたとされる日だそうです。まったく知りませんでした。

朝から国立図書館に行くつもりだったのですが、休館の可能性もあると思い、急遽予定を変更。私には似合わないトンローへバスで行きました。
いつもはバンナートラート通りからスクムビットを通り1時間弱かかりますが、昨日は30分と渋滞なし。企業もお休みが多いのでしょうか?


さて、過去のエントリーで何度か前触れしているのですが、バンコクのチャオプラヤー川はトンブリ側にあるパーシーチャルーン運河、そこで三回ほど運河ボート(水上バス)を楽しんでいます。今日はそのエントリーです。
Canal

たぶんバンコクで一番新しい運河ボートでしょう。たぶんですよ・・・

実は去年2014年4月24日から11月4日まで試験的に運航されていたのは知っていました。その期間中にタイに来る事が出来なかったので、もうてっきり運航していないものと思い込んでいました。

それが前エントリーにあるように、最近チャオプラヤー川を渡ったトンブリ側に行く機会が多く、その中で偶然運河ボートがまだ運航されている事を知ったのです。
Map

2週間ちょっと前、平日の昼過ぎの事です。初めてBTSシーロム線の終点バーンワー駅まで行きました。そこでパーシーチャルーン運河沿いをバンコク・ヤイ運河に向かって歩いたのですが、その時にどうも運行している気配がしたのです。でも船着場にあった案内図は画像のように昨年の期間だけしか書いてないのです。
Bang Wa

私はタイ語が読めないのですが、地名とか固有名詞で日常必要なものはパターン認識で覚えているのですが、これって2557年4月24日から2557年11月4日って書いてありますよねぇ~ 昨年ですよねぇ・・・
Guide

どうも腑に落ちないのですが、BTS高架下の運河には整備された運河ボートが5~6隻係留されているし、途中で中学生なのか学生さんだけを3人乗せて走っていたのです。学校との契約で貸切かも知れませんが、朝夕か休日なら一般用も運行してると思いました。
Boat School

次にパーシーチャルーン運河を訪れたのは数日後の日曜7月19日、やはり昼過ぎでした。その時はBTSバーンワー駅からエアコンバス84番でバーンケー市場に行っていたのです。この市場は大きくて市場ファンとしては興味深いのですが、その話はまた別な機会にするとして・・・

バーンケー市場の裏、運河沿いのあるワット・ニンマーノーラディーを参拝していた時です。「ボー、ボー」と舟の警笛のような音が聞こえて来ました。慌てて橋の上に上がってみると、運河ボートがやって来てお客さんも船着場に集まってきたじゃないですか!

もちろん乗り込みました。もしかしたら運行されているかも知れないと思いながらも半信半疑。その運河ボートに乗れたのですから、すごく嬉しかったです。しかも無料!!
Wat Nimma Norad

この時はBTSバーンワー駅高架下の「サパーン・タークシン-ペットカセーム船着場」で降りてBTSで戻りました。
Pier under BTS

これで運航しているのか?いないのか? その謎が解けました。運航しているは分かりましたが、この時は途中乗車で途中下車。時間帯などもよく分からず、この数日後、再調査に向かいました。明日に続きます。

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2015.07.31 | コメント(0) | 水上/運河ボート

歴史ある地区の不思議な空間


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月30日、今朝もバンコク(の端っこ)は曇り。一面白い靄のようなもので包まれた夜明けです。

昨日は夏休みに遊びに来る娘の指示「アイス・モンスター」なるものを探してアソーク・ターミナル21内とサイアム周辺をうろうろ。今日は画像のような所まで行ったのですが・・・
Elephant

結局見つかりませんでした。台湾発のカキ氷みたいですが・・・カキ氷には私的関心もあるので、気になっています。クロワッサンたい焼きと同じで流行り物だったのでしょうか? バンコクではすでに終わっているようですね。


さて、こんな感じで時間はたっぷりあるリタイアの身です。働いておられる方々には申し訳ないのですが、博物館巡り、レストラン巡り、市場巡りに寺巡り、知らない路線バスを見れば乗るし、街歩きも気の向くまま楽しんでいます。それらでは疲れないのですが・・・

私にとって、バンコクはそんな興趣が尽きない街なのです。

そのバンコクの交通の要が運河と舟であり、メナム(チャオプラヤー川)を通して多くの交易品がバンコクを中心にして取引された頃・・・多くのヨーロッパ人がバンコクに住み着くようになり、乗馬を楽しみ馬車を利用したヨーロッパ人達の要求を受け入れて、バンコクに初めて舗装した道がラマⅣ世によって作られたそうです。

王宮からまっすぐ東へ伸びて、その後メナム川に沿って南下する「チャルン・クルン通り」です。画像は本「シャムの日本人写真師」よりです。
Road

外国人達はこの道をニューロードと呼び、今でもこの呼び名の方が通じると何かの本で読んだ記憶があります。まぁタイの方々には無縁の呼び名かとは思いますが・・・

そのニューロードの両側は商店が建ち並び、あの有名なオリエンタル・ホテルも営業を始め、貿易商が店を構え、外国人も住み、植民地的雰囲気が漂っていた通りです。その当時の雰囲気が今でも感じられないかと興味を覚えたのは前タイ在住時のことでした。
Street

そして15年前に出会ったのが今回エントリーするお店「Harmonique」です。
本ブログではすでに「極上空間と鉄人シェフ」「癒しの空間を訪ねて」「優しに包まれたレストラン」「ドイツ飯を食べたくなって」「夢見るピザ」などをエントリー済みですが、今日はそんな好きなレストランシリーズ第七弾です。

ニューロードから入った狭い路地の中、外観はニューロードに多いコロニアル風建物。その中に入ると植民地的雰囲気が漂うような洋館の一部が存在するのですが、内装や音楽は中華風なのです。この地区が持つ時代の流れに逆らうような雰囲気のように、昔も今もまったく変わりがありません。

建物の中に建物があるようで、植民地的建屋の中に中華風を入れたような・・・そんな不思議な空間を持つレストランになっている「Harmonique」です。調和なんかしてないのに、不思議と全てが調和をしているような、店名の語源でしょうか・・・
Harmonique

前タイ在住時、その後の旅行で訪れた時、そして今のロングステイ時ともう15年の付き合いのお店ですが、実は15年前から正しい読み方を知りません。私はフランス語風にアルモニクと言っていますが、英語風だとハーモニックか、もしかしたらハーモニカかも知れません(汗)

入口はまるで古い長屋の玄関を入るような雰囲気。そしてその玄関はまるで骨董品屋のようです。たぶん左手奥の部屋には中華系のお婆さん達がいると思います。そこで逃げ出さないで下さい。

その骨董品屋のような入り口を進むと、大きな木が建物の中にあり、その奥が狭い中庭になり、レストランの客席なのですが、とにかく不思議な構造です。。
Enter

このお店が日本のガイドブック、雑誌などで紹介されたことはないか非常に少ないと思います。この店で日本人と遭遇したことはありません。私が知ったのは英語版のロンリープラネットの簡単な紹介記事でした。

場所はちょっと不便かもしれません。強いて言えばオリエンタルホテルより王宮より、中央郵便局、フランス大使館の近くですが、表からはレストランとはとても思えませんので、見過ごす方も多いでしょう。
Front

その中庭に面してレストランの古い洋館があるのです。その洋館内も各部屋で食事が出来ますし、このかなり不思議な空間を私は他で経験した事がありません。画像は夜の中庭です。
Night

さて肝心の食事ですが、その不思議な空間からは想像出来ない小粋な美味しさが楽しめます。店の看板にはシーフードともあるのですが、一般的なタイ料理はすべて楽しめます。また比較的宮廷料理の影響を私は特徴的に感じます。小皿で上品な盛り付け、味もストレートな辛さより甘酸っぱいものを感じます。画像は「前菜の盛り合わせ」
Food

そしてここでの好物が「蟹カレー炒め」。この店のプーパッポンカリーは独特です。殻は外した蟹肉、卵をかなり使っています。辛さよりは甘味を感じるでしょう。おかしな表現ですが、私の地元近く月島のもんじゃをいつも思い出します。
Curry

ちなみに有名店ソンブーン(アパートの近くにもありますが、バンタットンの本店しか知りません)のは油っぽくてべちゃべちゃしているので苦手です。プーパッポンカリーはこれだけでいつかエントリーするつもりですが、お店により色々なものがありますね。

超有名ホテルが建ち並んだすぐそば、古い街並みと車も通れないような路地が入組んだバンコクの歴史ある場所にあるレストラン。その不思議な空間に身を置いて、バンコクの歴史を肌で感じながら食事をするのも楽しいものです。

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2015.07.30 | コメント(1) | 食いしん坊録

BTS MRT 延長部を行く トンブリ側


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月29日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇りです。昨夜の雨が激しかったので、まだ路面が濡れたままですね。

昨日は野暮用でラマⅢ通りチョンノンシーあたりを歩いていました。
クロントゥーイと同様に港湾関係の労働者が多いエリアですが、紛れ込んだ細い路地、立ち並ぶバラックの軒先で小さな女の子との出会いがありました。

Pier
画像は大使館や高層ビルが立ち並ぶサトーン地区から車なら5分でしょうか、チョンノンシー地区のチャオプラヤー川です。
またきっとこの時の事をエントリーする機会があるでしょう。楽しみにお待ち下さい(笑)


さて、昨日はBTSスクムビット線東行き(地図上では南ですが)の延長部分についてエントリーしましたが、今日はシーロム線南行き(緑色・地図上では西ですが)開業部とMRT(ブルーライン)ファランポーン以西の延長部についてエントリーします。
Map

シーロム線、前タイ在住時はサパーンタクシン駅まででした。その為か片側だけしかホームがないのですが、2009年にウォンウェンヤイ駅まで延長された後も同じなので、このサパーンタクシン駅だけ片側一本で交互通行で変則的運用です。将来運行増加に伴いこの駅は廃止されると聞いた事がありますが、どうなるのでしょうか・・・

2013年末に開通したバーンワー駅、この2週間で3回行きましたが、現在すごい事になっています。ファランポーン駅から西に延びたMRTがバーンワー駅で交差するからです。MRTはこの辺りでは地上駅になっており、高架のBTSの更に上を通すので急な登りのなっています。電車が登れるのか心配になります(笑)先に見えているのはバンパイ駅です。
Station 2

画像はBTSバーンワー駅から見たMRTバーンワー駅。急ピッチな工事が進んでいます。
Station

画像は終点バーンワー駅の先、車両整備基地でしょうか。
Station End

この辺り、MRTはずっとペットカセーム通りの上を通るのですが、今はものすごい事になっていて、ちょうど今のスクムビット延長部サムロンと同じような状況です。工事で道路は狭くガタガタで、渋滞も激しく排気ガスと埃があたりを包んでいます。

画像はバーンケー市場前で、MRTはこの先ラックソーン駅まで行く予定です。
Bang Khae

このトンブリ側のMRT、私はちょっと混乱しているのですが・・・ファランポーン以西は上記のようにタープラ、バーンワー、バーンケーとすでに見える形で工事が進んでいます。
その反対側のバーンスー駅の先なのですが、チャオプラヤー川を渡りその後南下、ジャランサニットウォン通りをの上を通り、最後はタープラ駅でMRTに行き着くのです。なんて言うのか・・・完全にループではなく、数字の6や9のような感じ。

私の勘違いかも知れません。いずれにしてもジャランサニットウォン通りもすでに工事が進んでおり、画像(ジャランサニットウォンSoi3)のように、ここも大変な事になっています。
Charan Sanit Wong

こうなると、BTSとMRTが行き交うタープラ駅からバーンワー駅あたりは将来すごい事になるでしょう。BTSやMRTだけでなく、近くのタラートプルーやウォンウェンヤイには国鉄もあるし(笑・でも好きです)、BRTもタラートプルー近くまで来ています。そして何よりもパーシーチャルーン運河ボートもあるし・・・

トンブリ、パーシーチャルーン、そしてタラートプルーあたり、古い町の風景が濃く残るエリアですが、そこを走る道路はどこも高架鉄道で工事が進み、周辺は高層マンションの建設ラッシュです。

それは私にとって少し残念であり、ほんの少し楽しみな、注目のエリアです。

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2015.07.29 | コメント(4) | 国鉄・BTS・MRT

BTS延長&都市計画 バンナーあたり


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月28日、今朝のバンコク(の端っこ)は相変わらずの曇りです。

昨日は昼過ぎから久しぶりの雨でした。私は早めに出かけ、昼過ぎにはアパートに戻ったので濡れずに済みました。

そんな昨日、私は野暮用で旧市街地バンラック地区へ行ってました。超有名ホテルが立ち並んでいますが、その周辺は昔のままで古くからの中華系の店やモスクもあります。そんな路地裏を歩いていたら、バンコクでは珍しいイスラム風お好み焼き「マタバ」を発見。
Mataba

1枚35バーツで熱々を頂きながら、他にお客も居ないので母娘と話しこんでしまいました。バンコクでも古いエリア、なぜムスリムの方々が住み着くようになったのか、歴史が気になる路地裏です。


さて、今回のロングステイを始めた頃ですから、半年以上前の事です。アパートを決めて真っ先にパークナームに行きました。アパートからは145番のバス一本で行けるので、そう遠く感じないのですが、それはそこに土地勘があったからだとも思います。

15年前の話ですが、最初にタイで口座開設した銀行がパークナームにあった支店でした。またタイで初めて歯の治療をしたのもパークナームでした。
チャオプラヤー川がタイ湾に出る河口の町で、確かサムットプラーカーン県の県庁所在地だったはず。画像はパークナームの船着場。
Park Nam

私にとってはバーンカピやミンブリ、サムロンと同じように活気ある市場と繁華街で、買い物などに出かける所です・・・って、それらはどこ?と多くの方が思ったと思います。気にしないで下さい。バンコクの端っこか隣県の賑やかな町です。

現在はBTSスクムビット線の(東端って言うの?でも方角は南端ですが)終点がベーリング駅まで来ているのですが、なんて中途半端な所の駅だ!と以前から思っていました。
それはすぐ先のサムロンがこの辺りでは大きな町だからです。その一歩手前が終点なんて、渋谷から出た東横線が横浜ではなく一歩手前の反町で終点のようなものです。

ただ・・・ベーリングとサムロンの間には大きな違いがあって、それがバンコク都とサムットプラーカーン県の境なのです。BTSってBangkok Mass Transit Systemの略ですから、バンコク都からは出られないかと・・・ずっと思っていました。

今のサムロンは町の真ん中を高架工事ですごい事になっています。画像のインペリアルは300人以上入れる宴会場があって、会社の忘年会を昔やったものです。市場も運河もあって、私的にはサムットプラーカーン県のバーンカピです。うーーん、なんて言うか、サムットプラーカーン県で働く工場の若い人たちが休みに繰り出す町です。いずれ詳しくサムロンだけでエントリーしましょう。
Samrong

そうそう話を戻してパークナームあたり、今はここもすごい勢いでBTSの高架部分を工事中ですね。サムロンあたりから先はサムットプラーカーン県の工場にお勤めの人たちが多く住む町で、都心部へお勤めの人が通勤で使うとは思えないのですが、それも何年もすると変わってしまうのでしょう。

実は、バンナー、サムロン、パークナーム、バンプリ、バンプー・・・は私にとってスクムビットより馴染みがある地名なのです。バンプリ、バンボーはまだ当分何も変わらないかも(汗)

さて、先日ひょんな事から「bangkok rail transit system map」と言う資料を見ました。バンコクの都市計画で公共輸送網を書いたものです。かなり大きな花火を打ち上げた感じで、本気なのかどうか? どこまで信じるのかは別にして、今バンコクで見られるBTSやMRTの延長工事はこの計画図に当てはまっているので、まぁ20年後ぐらいにはこの図に近づくのかも知れません。

ダウンロードしたPDF資料の全容はとてもブログ掲載の画像にならないので、興味ある方は「bangkok rail transit system map」で検索すると、すぐ分かるはずです。日本語だと申し訳ないのですが、私は知りません。

その資料の中から、今日エントリーしたサムットプラーカーン県に関係した所と、私のアパート周辺の所を抜粋しましょう。うーんご覧になれるでしょうか・・・
Map

緑色のスクムビット線東行き(くどいのですが方角上は南下)はベーリングから延びてサムロン、パークナームを通りサイルアットまで行っています。サイルアット通りのどこかは分からないのですが、なんとなくクロコダイルファームあたりのように思えます(バス508番や511番の車庫もありますしね)。

それと緑のスクムビット線がウドムスックを出てバンナートラート通りを東に行く路線が見えます。セントラル・バンナー、メガ・バンナー(駅名はないですが)、バーンケーオ、バンプリーなどを通りスワンナプーム空港に行くような・・・

それと黄色の新しい路線が見えます。シーナカリン通りにも工事予定の看板があるのですが、その看板以外はまったく工事の気配すらしていません(笑)ラットプラオからバーンカピを通り、シーナカリン通り、そしてサムロンでスクムビット線に行き着きます。

これは100%私の生活路線ですね(笑)今は145番や207番のバスで毎日使っているルートです。そしてアパート前をBTSが通り、すぐそばのワット・シーイヤムでBTSが交差ですねぇ~

まぁ計画ですから、信じるか信じないかはあなた次第(笑)もっとも時系列は別にしても、イメージとしては10年から20年後ぐらいにはこんな都市かも知れません。そうなったら今のアパートもBTSに囲まれるのかも知れません。もっともその時、私は絶対にアパートに居ないし、生きているのかも・・・

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2015.07.28 | コメント(2) | 国鉄・BTS・MRT

夢見るピザ


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月27日、今朝のバンコク(の端っこ)は薄曇です。毎日同じような天気の朝ですね。

昨日は野暮用もないのにチャオプラヤー川トンブリ側へ。先週に続いて2週間連続です。先週一部区間だけ乗ったパーシーチャルーン運河ボート、昨日は始発から終点まで往復2時間。たっぷりと楽しみました。
Canal

たぶんバンコクでは一番新しい運河ボートでしょう。一週間以内に詳細をエントリーするのでお楽しみに・・・って、興味ある人は少ないかも(汗)100%地元民の生活路線だし(笑)

さて、タイでの日本食への関心の強さは驚くばかりですが、私が世界各地で仕事をしていた昔は中華料理なら世界のどこにでもあると言われていました。確かにアジアはもちろん、ヨーロッパやアジアの小さな町にもたいてい一軒は中華があったものです。アフリカや中南米でも探せば中華ならあると聞いた事があります。

今はどうでしょうか・・・ピザも大変な勢いで増えているように思えます。アメリカはどんな小さな町にもピザ屋があります。タイとは言わないですが、バンコクも多いですねぇ~ 以前のタイ在住時に比べるとすごく増えているのが実感できます。


物忘れが多くなるばかりの年寄りですが、昔食べた味の記憶は脳の奥に記憶が刻まれるのか、なかなか忘れることがないようです。それでも忘れるのが心配(私は心配性なのです)なので、今のうちにせめて文字として残しましょう。

ピザの旨さにたまげたのは・・・
北イタリアのベネチアに家族と行った時です。ドイツから車で移動し、ベネチア自体が車で入れないので、だいぶ離れた国道沿いのホテルに泊まっていました。
Italy Pizza 01

夜にお腹が空いたので、あても無く車で付近を走りレストランを探していました。真っ暗になり街灯も少ない小さな村に入ると、一軒だけ明るいピザリアがありました。洒落た店ではなく普通の食堂です。当時ピザは好きな食べ物ではなかったのですが、この食堂で注文できそうだったピザを適当に頼みました。
Italy Pizza 02

ピザの名前は何だったのか・・・コスモポリタンとかオリジナルなネーミングで、地球とか大陸の名前だったとしか覚えていませんが、ピザの上に生卵が落とされて出てきたのでまず驚きました。だってドイツでは卵を生で出すことが禁じられているからです。

薄めの生地に何種類かのチーズと生ハム、そこに生卵が落とされ半熟手前の状態・・・いやぁー、それが本当に旨かったのです。生地もとろけたチーズも、生ハムの塩加減にとろーりとした卵。その店の村さえ今は思い出せないのですが、あのピザの旨さは忘れないのです。

それ以来世界各地でピザを食べています。アメリカの事はさておき、日本ではワイン好きな事もあって、一時国する度に横浜や東京のピザを食べ歩きました。

私的には中目黒の「聖林館」が一番です。もう10年以上前でしょうか、前身のSAVOYから知っています。とにかくピザの生地が旨いです。熟成させた生地でもちもち感がするのに窯に表面をパリッと焼き上げ、ほんの少しの塩味。ここのピザは他のピザとは異なる食べ物のように思えます。店構えが鉄骨で組まれたような独特で、店員もそれに影響されたのか愛想なしですが(笑)画像が無かったので聖林館から拝借しました。
Seirinnkan

他にも有名どころでは、「ピッツエリア・エ・トラットリア・ダ・イーサ」は世界ピッツァ選手権優勝山本尚徳さんが焼くピザですが、私にはあいませんでした。注文後のスピードは牛丼屋かと思うぐらい早いのですが(笑) 在住イタリア人に人気の「ナプレ」も美味しいのですが、最高ではありません。

横浜では15年以上家族が大好きで、このブログにも何度も登場している「テンダ・ロッサ」。息子はここのピザで大きくなったようなものです(笑) プリモソムリエの矢野君が特注のハート型に焼いたピザを切っていますねぇ~ 娘と我が家準会員の娘も一緒です。
Tenda Rossa

さてバンコクですが、前在住時はスクムビットSoi31に当時出来たばかりの「ベラナポリ」がなかなかのピザを出していて、まだ小さくて名も通ってなかった開店直後から通いました。当時はピザ窯の前でイタリア人が生地を作り焼いて、私が帰任する頃は行列も出来ていました。

先日懐かしさで行きましたが、当時の勢いはなく、少し残念でした。でもそこそこ美味しいピザですけどね。
Bella

同様に前在住時からの店ですが、サトーン地区の裏街、路地の奥にあるイタリア食堂(笑)「リド」です。冷凍を使ってないだろうな?と思ったぐらいの残念な結果で、ピザの写真も撮り忘れました。ワインだけは忘れずに(笑) まぁここは量と大勢で食べながら楽しむ店ですから(汗)
Lido

Lido Wine

先日スクムビットSoi11を歩いていた時ですが、路地の奥にピッツェリア「リモンチェッロ」を見つけて入ってみました。ちなみにレモンチェロは好物で基本ホームメイドですから、イタリアや日本でも店独自でかなり異なるレモンチェロが出るものです。
limon Cello

ここって昔は「カンニチャ」と言う名のタイ料理レストランでした。昔私のホームページで「洋風の一軒家のレストランで、外見も内装もスタッフのユニフォームもすべて派手な色使い、まるでイタリアンのように思えるタイ料理屋である」と書いているのですが、そうなっちゃいました(笑)

Limon Cello 2
画像の奥にピザ窯が見えるでしょうか・・・ここも石窯で焼いていて、薄い生地をパリッと焼くナポリスタイル。それはそうでしょう。リモンチェッロと南イタリアの酒の名を付けたぐらいですから(笑)
ここは期待より良かったです。今の所バンコクで美味しいと食べられるピザです。

バンコクにピサを出す店は何百軒あるでしょうか? きっともっと美味しいピザがあるはず。まだ始まったばかりですが、美味しそうな店を見かけたらどんどん入るつもりでいます。ただワインが飲みたいだけかも・・・

前タイ在住時にコンドの近くスクムビット39にあった有名イタリアンと言われた「オペラ」に行ったのですが、ワインもパスタも料理も期待値に対して残念だったので、それ以後イタリアンはバンコクで食べなくなりました。もちろんピッツェリアは別です(笑)

ちなみに座右の銘は「イタリアと日本以外でパスタを食べるな」です。

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2015.07.27 | コメント(6) | 食いしん坊録

ビルの谷間にランナー文化


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月26日、今日もバンコク(の端っこ)は薄曇の朝です。

昨日は野暮用で王宮近くに行ってました。行く時はソンテウでスクムビット通りに出てエアコンバス511番で民主記念塔先で降りました。帰りは王宮裏で目の前に47番のバスが止まったので、思わず乗ってしまいました。見覚えがあった番号なんですよねぇ~ でもタイ語が読めない私が行き先が分かりません(汗) 画像はバスから見た王宮あたり。
Grand Palace

私「スクムビットへ行きますか?」
車掌さん「いいえ、行きません」
私「このバスはどこへ行くのですが?」
車掌さん「クロントゥーイです」

そうそう、クロントゥーイ港湾入り口から乗った事があったバスです。分かりました。サイアムで降りてBTSでウドムスックまで行き、ソンテウで帰りました。

しかし・・・王宮付近はアジアの某大国の方々が溢れています。周辺は数え切れないツアーバスが停まり、次々とツアー客を吐き出し、またはツアー客を待っています。その王宮周辺とツアーバスには我々なら絶対に買わないだろうお土産売りが大挙して集まり、大陸の方々も大声でやり取りしてチープな土産を買っています。周辺の歩道はGDP世界2位の国の方々がタバコを吸いポイ捨て放題。なぜかどこでも嫌われる行動を取るのはなぜでしょうか?

この国の方々は日本では爆買いで有名ですが、タイでは少し事情が異なるようです。


さて、昨日が重たい内容のエントリーになってしまったので、今日は少し気軽にタイの文化に触れた事を書きたいと思います。

タイに暮らすか、タイにたびたび来ている方々は、表現は違ってもタイが好きなのは間違いないのではないでしょうか。何がきっかけで何が好きかは別にしてもです。
まぁ望まずに仕方なしでタイで働いている方もおられるかとは思いますが、そのような方は本ブログに訪れないでしょうし(笑)

私は常々、タイの歴史や文化、人々、その暮らしぶりに深い興味を抱き、同時に心から敬意の念を抱いています。
前タイ勤務時に日本人同士での仕事、食事、ゴルフ、カラオケなどと距離を置き、南の島や北の都や遺跡に一人向かったのも、そんな気持ちがあったから出来たように思います。
それがあるからこそ、長い間働き続けた後、今私はここに居るのかも知れません。

外国人の私が一口にタイ文化と言うのは乱暴すぎるのかも知れません。南には南の、北には北の、それぞれの地域で異なる民族や文化があって、それぞれ異なる歴史のページを綴って来たはず・・・それが今のタイに結びついているのだと思います。

私にとってはチェンマイを中心として栄えたランナー文化がそれらの代表のように思えてました。

チェンマイには合計5回しか行っていません。列車で2回、飛行機で3回。すべてガイドブックに載っているような観光地巡りが中心でしたが、好きな市場巡りと街歩きを楽しみました。ただ、チェンマイの街を歩く限りではランナー文化を感じる事はありません。唯一、そこが北の都だった事と、街が持つ気概と言うか誇りを感じ取れるだけでした。

画像は2003年の意図が旧市街、名も分からない朽ちた寺に入ると、供養のタバコを巻いた人が居て、しばらく通じあわない話をしました。この時の印象が強く残っています。
Chiang Mai

さて、そんな北に栄えた文化にバンコクで触れる事が出来ます。
「カムティエン・ハウス博物館」都会の真っ只中、スクムビット地区のアソーク通りに面しているので、多くの方が一度は目にしているか、ご存知だと思います。でも実際に中に入る人は少ないのかも知れません。私は通り過ぎてばかりいましたから(汗)
Museum 1

喧騒のアソーク通りから一歩入っただけで静かな空間が広がるのは、緑豊かでよく整備された庭があるからでしょう。

高床式家屋が二棟ありますが、正面の大きな高床式家屋の下に簡素な受付デスクのような所があって、そこにいた男性から「見学するならドネーション(寄付)100バーツをお願いします」と言われ、竹籠を指差されました。入場料とは言ってなかったけど・・・まぁ保存も大変でしょうから、寄付させていただきました。

ちょっと気づかないと、そのまま入ってしまいそうですね。言われたのはそれだけで、後は自由に一人で見て回れました。後からフランス人家族4人が来ただけで、まったくゆっくりとした時間でした。

まずこの建物はェンマイ県のピン川岸に1848年に建てられ、1966年にバンコクに移転され、その後2001年に現在の姿に改築されたそうです。
受付デスクに説明書が数ヶ国語で用意されていて(日本語あり)、詳しい経過が書いてありますが、ここでは省略します。

私はまず受付デスクそばでビデオを最初に観ました。家を建てる経過をアニメで紹介していますが、何語だったか記憶がありません(汗) たぶん言葉を必要としないような構成だったのだと思います。

個々の展示内容を説明するのは本ブログの主旨ではありません。雰囲気だけでも伝わればと思っています。

私が感じたのはランナーの人々が農耕を中心として、家や木々、花々、使う道具すらにも霊が宿ると信じ、それらを崇拝していたように思えました。それが我々日本人の祖先にも通じているように思えてなりませんでした。

一階にはこの家の持ち主の写真やストーリーが説明されています。
Museum 3

織物機も置かれています。織る時の音が聞こえてきそうです。
Museum 4

母屋の二階に上がる時に靴を脱ぎます。
階段を上がると想像以上に広いベランダ?になります。ここで祭事が行われたのでしょうか・・・
Museum 2

寝具ですが、これらも家で織られたのでしょうね。
Museum 5

台所です。ここの野菜も、別室の果物も本物が置かれていました。
Museum 8

別棟の穀倉です。
Museum 6

穀倉の中です。
Museum 7

私は一人で展示物をゆっくり見ながら、当時の生活を想像するなどして充実の時間を過ごしました。それが出来たのは、ビルに囲まれた一角ながらも、そこだけは静かな風と時間が流れていたからかも知れません。

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2015.07.26 | コメント(2) | 博物館・パーク等

夫婦二人のトラウマ


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月25日、今日もバンコク(の端っこ)は薄曇の朝を迎えました。雨は今の所降りそうもありません。

昨日も一日良い天気で青空も見えていました。部屋に居るのがもったいなくて、朝から夕方まで出歩いていましたが、やはり歳で疲れました。

さて、今まで私は住んでいるアパート、部屋、暮らしぶり、日々の過ごし方から生活費まで、そして家族との接点など、かなりプライベートな部分まで書いているのですが、今回のエントリーが一番センシティブな事だと思います。

多くの方の目に触れるブログですから、本来は避けるべき内容と思いますし、本ブログを訪れていただいた方々には他人の家族話でつまらない話になります。またタイに関係した事でもありません。

海外に暮らすって事は・・・そんな事もあるのかも知れない。そう思われたら結構ですし、特に珍しい事でないです。


家内とは海外勤務前後の間、短い日本勤務時に知り合いました。
ドイツ赴任が決まっていたので、親族皆で軽井沢のホテルに泊まり、教会で式を挙げました。しばらく日本で過ごした後に私だけドイツに向かいました。1990年のドイツ統合やソ連崩壊、東ヨーロッパの大混乱期の事です。

家内が一人後からドイツに来たのは1991年の湾岸戦争真っ只中でした。多くの企業が海外渡航を制限していた時、中立国のエアーラインならばと許可が出て来てくれました。ずいぶん心細かったと思います。

私たちが住んでいたのはデンマーク国境まで1時間の北ドイツ。都会のハンブルグまで車で1時間半のユトランド半島の片田舎。北海にもバルト海にも1時間以内に行けて、人間より牛が多いドイツ最北端のシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州です。
画像は近くの町、バルト海に面したハンザ都市リューベックのホルステン門です。私のブログ・ヘッダーにも使っています。
Gate

小さな町で、しかも私の家は町の中心ではなく町境で家の二階から裏を見ると、見渡す限り畑しかありませんでした。一番近い日本食材屋さんと日本食はアウトバーンを180kmで飛ばして1時間半のハンブルグですから、そう頻繁には行けません。そんな中でも工夫して和食をいつも作ってくれました。画像は住んでいた街の中心部で尖塔は市庁舎です。
NMS

北ドイツでは11月から3月までは暗く厳しい冬で青空を見る事無く過ごします。それだけにある日突然やって来る北ドイツの春が待ち遠しく、短い夏には太陽を求めて南へ大移動です。

家内が来て1年過ぎ、最初の子供が授かりました。
最初の妊娠と出産が海外だったのでさぞ不安だったと思います。本当は日本へ戻りたかったのかも知れませんが、ドイツで生む事を選んでくれました。画像は住んでいた家です。
House

1992年の1月、厳寒の北ドイツの深夜です。たしか予定日より遅れていたと思います。

突然の破水で慌てる二人、とにかく車に家内を乗せて病院へ行きました。しばらくして分娩室に入った家内、そしてナースが私にも入れと指示するじゃないですか。何か白衣など着ると思ったら、普段着のセーターを着たまま。

難産で4~5時間かかったでしょうか。いざ家内が分娩台に上がり、私は見ているだけと思ったら・・・ドクターの指示で私も家内の頭や足を持ったり、家内を励まし通訳したり・・・家内と一緒に汗びっしょりでした。

息子が生まれた時・・・ほっとしたり、嬉しいのに、なぜか涙が止まらずぼろぼろになりました。

元気にこの世に生まれてくれた息子、二日後だったかすぐに家内と一緒に家に戻りました。元気なはずだった息子、一ヶ月ぐらいミルクの飲みが悪くなり、心配した私たちは何度も医者に連れて行ったのですが、なかなか原因が分からず困り果てていました。

二ヶ月ぐらいでしょうか、まったくミルクを飲めなくなってしまいました。
ドイツの田舎なのでなかなか意思疎通も叶わず、私も連日あらゆるルートで解決策を探っていました。その中で日本の本社経由で専門医と電話で相談する事が出来て、その後すぐ医者と会社の危機管理部門が動いてくれて、ドイツの病院とコンタクト、その結果、息子を手術する事になりました。

病気そのものはそんなに珍しいものではなかったようです。手術自体も簡単なものだそうです。ただ生まれたばかりの子供を手術させるのは親にはすごく辛いことでした。
手術は無事成功。退院した息子も信じられないぐらいミルクを飲むようになりました。

ただ・・・色々な検査をした中で、その時の病気とは無関係ながらも気になる事があると医者から告げられました。それでハンブルグの大学病院を紹介されました。医師も良いとも悪いとも言えず、とにかく検査と経過をみて行きましょうとのことでした。
それからです。二ヶ月に一度の頻度で二年ぐらい、息子を連れて大学病院へ通い続けました。画像はハンブルグの市庁舎です。
HH


今から思えば全く問題なかったのですが、その時は家内も私もすごく不安な日々でした。日本ならともかく、言葉の問題以外にも医療システムなど違い、微妙なコミュニケーションが出来ない中でしたから余計です。

やっと息子が心配ないと分かった頃、次の妊娠でした。それは予定日より前に予期せず帝王切開での出産でした。娘の誕生です。

生まれてすぐ娘と家内は離され、娘は小児病棟でしばらく保育器に入っていました。一週間ぐらい家内は娘を見ることは出来ませんでしたが、私が代わりに毎日小児病棟を訪ねていました。

家内も娘も無事退院しましたが、家内の心の中は不安でいっぱいだったと思います。私は仕事でヨーロッパ中を動いていたので不在も多いのに、よく耐えてくれました。苦労ばかりだったと思いますが、無事二人の子供を立派に育ててくれました。

画像は北ドイツの近くの街、木組みの家で有名なツェレで、家内と息子に娘です。三人ともやっと何も心配する事はないと分かった頃です。
Celle

やがて息子が5歳になり、翌年には小学校入学です。私の帰任は決まっていませんでしたが、私たちは話し合った結果、家内と子供たちだけを先に日本へ帰す決心をしました。ドイツで生まれ育った息子が日本の小学校に途中から入ると苦労すると思ったからです。

もう家内にも、子供たちにも、苦労はさせられないと私は強く思っていました。
家内と子供二人と一緒に日本へ戻り、すぐ私だけドイツに戻りました。それがその後に15年以上続いた単身赴任の始まりでした。

家内も私も、家族が一緒に暮らすのが一番良いと解っています。
しかし、私にも、家内にも、子供たちをまた海外に連れて行くことが出来ませんでした。二人で同じトラウマを抱えてしまったのです。

今は前エントリーのように息子も娘も無事育っていますが、今度は私が日本で暮らす事に馴染みませんでした。結局最後まで一番苦労させたのは家内です。申し訳ないことをしました。

二年も経てば子供たちも社会に出るでしょう。もうそろそろ二人の時間をやり直す頃かも知れません。

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2015.07.25 | コメント(3) | その他

ドイツ飯を食べたくなって


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月24日、今朝のバンコク(の端っこ)は薄曇です。

昨日は久しぶりに一日中良い天気でした。野暮用でバーンラック地区へ行っていたのですが、Assumption Collegeの門に大きな電光掲示板があって気温と時刻表示。昼前で35℃でした。気温を見ちゃうと外を歩く元気が急になくなります。

しかし遠いです。バスだと時間がかかりすぎるのでBTSを久しぶりに使って、ウドムスックからサパーンタクシンまで52バーツ。往復100バーツ以上払って冷蔵庫の中のような寒さのBTS。ノンエアコンバスに慣れた身体になったようです。


さて、私がドイツに赴任したは1990年9月でした。前年にベルリンの壁が壊され、私が赴任した翌月に東西ドイツが統一された激動の時でした。

私自身がベルリン以外でも壁や監視塔が立ち並ぶ国境帯も見ています。また東ドイツ側に入ると家々や道路の傷みが激しくインフラの遅れを肌で感じました。旧ソ連の基地もまだ残っていて、ソビエト兵も近くで見ています。当時旧東ドイツ側でレストランに入ればサービスも悪く、崩壊していく共産圏国家を肌で感じていました。

住んでいたのはドイツ最北端の州の小さな町、観光地でもない普通の町です。都会のハンブルグまでアウトバーンを車で1時間半。ヨーロッパ激動の時代を田舎町で過ごしていたのです。もっとも仕事の都合もあってヨーロッパ中を車で移動していました。画像はその小さな町の目抜き通り。
NMS

モスクワ、ワルシャワなどは飛行機でしたが、北はスコットランドやスウェーデン、西はポルトガル、南はイタリアまで隅々車で走りました。行っていないヨーロッパの国はアイスランド、ギリシャ、旧ユーゴスラビアぐらいです。

実は海外在住した長さで言えば、アメリカ、ヨーロッパの次がアジアなのです。アジアも6年半を超えようとしているので、すぐに2番目になりますね・・・

何カ国行った・・・なんて自慢にしか聞こえないでしょうし、訪れた国の数なんて何の意味もなく、そこで何を見て何を感じて何をしたのかが大切ですね。そろそろ本題に入りましょう。


ヨーロッパに住んだ時に出会った人生最大の趣味がワインですが、その話は別な機会にするとして・・・(汗) 旅が多かったので外で食べる事が多く、そんな時はレストランで豪華な食事なんてまず無く、街道沿いの食堂で食べるのが常でした。ドイツ、イタリア、フランス、スペイン・・・どこでもそうでした。そしてやはりドイツ飯が一番多く、今でも時々無性に食べたくなるのです。

特に私がが好きだったのがカレー・ヴルストで、ドイツの屋台料理の定番でもあります。アメリカではよく自分でも作りました。
よく炒めたみじん切りの玉ねぎをトマトピューレ、バルサミコ酢、蜂蜜にカレー粉でソースを作り、大き目のヴルスト(ソーセージ)にかけます。なかなかドイツで食べた味には近づかないものですけどね・・・
Curry-Wurst

北ドイツでは海が近くニシンやサーモン、そしてヒラメもよく食べますが、全国的に春の旬を楽しむのがシュパーゲル(白アスパラガス)でした。
アメリカでこれも自分の作っていました。
ドイツとは違って白アスパラガスが細いので、皮をむくとほんの少しだけしか残りませんが、ホランデーズソースかけてシュパーゲルの完成です。リースリングによく合います。
Spargel

タイに来てからは北の魚の入手が厄介ですし、良いソーセージも見当たらないので自分で作るのはあきらめていました。ただ、時々に食べたくなるのは同じで、昔通ったドイツ料理の店をバンコクで訪ねています。

スクムビット界隈では昔からSoi20の「BEI OTTO」が有名なようです。そこでも良いのですが、日本人に有名過ぎるし、私的には南ドイツからオーストリアやスイスに近い感じが昔からしています。ドイツビールとソーセージぐらいなら、これも昔からあるSoi11の「Old German Beerhouse」でも良いです。西洋人向け料理は何でもあるようになりましたが、やはりソーセージ類は旨いです。まさかタワンデーンじゃないですしね(笑)
Old German

やはりしっかりしたドイツ料理を楽しむなら・・・と、昔の記憶を頼りにサトーンの裏通りを歩き、ドイツ文化センターに行きました。サトーンの高層ビルに囲まれながらも緑多く、カフェやプールがあったりバンコクに住むドイツ人の方々が集う場所ですね。世界各国でドイツ語を習うなら鉄壁のザ・ゲーテ・インスティトゥートがある場所でもありますね。
German Culture Center

そのドイツ文化センター内にのドイツ料理レストラン「RATSSTUBE」があります。
中に入ると案内してくれたのが少し年配の女性だったので、ドイツ語が分かるか? 試しに全てドイツ語で注文してみました。完璧に理解されていました。返事はタイ語でしたが(笑) 「ドイツからですか?」と聞かれ、私が「アメリカからです」(ちょっと嘘っぽい)。「でも日本人です」と何だか分からない話をしながらの注文です。我ながら嫌なお客です。

一番食べたかったアイスバイン(塩漬け豚すね肉の煮込み)が二人前からだったのでギブアップ。基本中の基本(笑)スモークソーセージにサイドでブラートカトフェルンとザワークラウトをお願いしました。まさにど真ん中のドイツ飯ですね(ドイツ料理とは違います。ある意味屋台飯です)。
Restaurant

ヴルスト自体の旨さはさすがですし、カトフェルンもハイデ(ジャガイモの産地)カトフェルンを思い出させるものでした。ビールはドイツでもよく飲んでいたヴァルシュタイナー。今はドイツビールの最大手でしょうか? やはり南国まで輸入しちゃうと劣化が気になってしまいます。
Food

そうそう、ここで食べたパンが今までバンコクで食べたパンで一番美味しかったです。まぁ私にとっては慣れ親しんだものだからかも知れません。
ドイツビールに関しては別なエントリーとしましょう(笑)

息子との約束からドイツ繋がりのエントリーが続きました。明日もそんなドイツ繋がりのエントリーになります(ビールじゃないです)。

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2015.07.24 | コメント(5) | 食いしん坊録

息子と約束の旅


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月23日、今朝のバンコク(の端っこ)は雲は多いのですが、久しぶりに青空も見える朝になりました。

昨日は午前中はいつ雨が降ってもおかしくない天気でしたが、昼から安定した天気になりました。野暮用があってバスでバンカピへ。バンカピから運河ボートを乗り継いでパーンファーリーラート船着場まで行き、同じルートで戻りました。

センセープ運河ボートも端から端まで、片道1時間程度かかりますから、低く狭い板の椅子に長時間座りお尻が痛くなりました。次回は座布団でも持って行こうかと・・・


さて、娘との旅行をエントリーしたばかりですが、大切な息子の事も書いておきましょう。

本来ブログを公開する事は、秘密で多くを覆うか、嘘で固めるかしない限り、ある程度は自身をさらけ出してしまうものです。
大仰しく隠す事もないリタイアした年寄りです。流行った言葉じゃないですが、ありのままにタイへの思い、旅や食への想い、そして家族への想いも綴っておきたいと思うのです。

ところで、私は古いネットワーカーなので、今のネットの有り様やマナーには思うところも多く、特にブログに関しては自分も書くようになって以来気になるようになりました。

どんなにたどたどしい文章や内容だろうが、荒っぽい文と内容だろうが、自分の言葉と自分の画像でブログを書かれている方は好感が持てます。頑張って欲しいものです。
一方、フリーペーパーからニュースまで、他で流れた情報や画像を使うブログ、そして家族ネタとペットネタのブログは苦手です。
今回もその禁断の家族ネタですねぇ(笑)


息子も娘と同じでドイツで生まれました。最初の子です。
小学校へ入る前に家内と娘と一緒に日本へ帰しました。中途半端で戻ると日本に馴染むのに苦労すると考えたからです。どうせ日本へ戻るなら小学校入学からと思ったのです。
それは私の長い海外での単身赴任の始まりでもありました。

息子は日本に戻ってから、いつもドイツの生まれ育った家を訪れてみたいと話しています。その夢を叶えるのが私と息子の約束なのですが、彼が大きくなってからはどちらも口に出して言う事はなくなりました・・・ 画像はそのドイツの家です。
House

今は、勉学が好きなのかまだ大学も院に居るままですが、私が昨年末にリタイアした時、もう自分ひとりで生きる道を選ばないとならない時が来たと話してあります。彼はきちんと受け止めていると思います。(画像は二人で横浜のイタリアンに行った時です)
TendaRossa Kent

そんな話もあるので、年末にでもタイに呼び二人で南の秘島に行きたいと思っています。南の島にしたのは私が行きたいからですが、キツイ旅はもう若くないので息子に助けてもらうつもりでいるのです・・・

彼は生まれてから日本に戻る5歳まで、ヨーロッパ中とアメリカの横断も縦断もしています。ただほとんど覚えてないので、ロンドン、パリ、ニューヨークなどテレビに出るたびに私が息子にここへ連れて行ったと話すのですが、残念そうに複雑な表情をしています。
タイには三回家族と一緒に遊びに来ました。アメリカにも家族と一緒に二回来ました。画像はサムイ島へ列車で行った時のものです。
Samui

そして大学生の時に一人でアメリカに来ました。彼の希望がアメリカ西部のハイウエイを運転してみたいとの事だったので、私も休暇を取りロサンゼルスへ向かいました。
実は、グランドキャニオンはじめ西部劇に出てきそうな所は行った事があったので、私の希望でカリフォルニアの上、オレゴン州とワシントン州の旅にしたのです。
Rental car

息子をロサンゼルスで出迎え、二人でシアトルへ。シアトルからレンタカーでアメリカでも広大な州であるワシントン州、オレゴン州、そして最後にロサンゼルスで過ごす8日間の息子との旅でした。
WA OR Map

ワイン好きな方にはお分かりと思うのですが、ワシントン、オレゴン州はカリフォルニアに次いでワイン造りが盛んな所です。ワイン・ビジネス化されたカリフォルニアと異なり小規模で特異なワイン造りをしているワイナリーも多く、なかなかアメリカですら入手困難なワインもあるのです。

息子は運転、私は徹底的にワイン漬けになる父子の旅でした。
毎日朝から車で移動し、ワイナリーを訪れては移動する・・・ホテルも毎晩違い、カナダにも入りました。大都会のシアトルではイチローを目の前で応援できました。オレゴン州では大好きなピノノワールに溺れるぐらい飲みました。

この旅は一生忘れる事無く記憶に刻み込まれています。ワインではなく、息子との旅だったからです。
Wine


実はまだ息子には話していないのですが・・・
息子が子供の時に話した、彼をドイツの生まれた家に連れて行く約束を果たそうと思っています。彼が一人身を立てるようになった時、父として最後の約束を果たすのです。


私は娘にも、息子にも、きちんと向かいあう事無く、子育てを家内に任せたままで一人海外で働いていました。そこには自分は家族のために働いているのだと常に自分に対して言い訳をしてもいたのだと思います。

子供たちが一人で海外にいる私に会いに来るようになった時、それは私にとって子供たちときちんと向かいあう事が出来た時間でもありました。

子供たちにとっても良い思い出の旅だったでしょうが、私にとってはかけがえのない大切な大切な思い出の旅なのです。

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2015.07.23 | コメント(2) | タイ・トラベル

切手でタイを知る


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月22日、今朝のもバンコク(の端っこ)は薄曇の始まりです。

昨日は日中曇りでしたが、時々青空が見えました。都会に出てアソークあたりを歩いていたのですが、途中でフランス人家族と話し込んでしまいました。休暇でパリから来ているそうですが、湿度に参っていました。お祖父さん、夫婦、子供と三代での旅行、ちょっと羨ましいです。

さて、趣味って人それぞれですが本当にたくさんあるものです。
私なら「料理」「ワイン」「ビール」「日本酒」「焼酎」(このへんで止めておきましょう)、そして「旅行」「街歩き」「食べ歩き」「自転車」「映画鑑賞」「読書」「パソコン(ハード系とソフト系)」でしょうか。

昔の話ですが、趣味の王道でコレクションがありました。絵画なんかはプロや超お金持ち専用でしょうが、身近なコイン、ポスターや映画のパンフレットなんかですが、その王道中の王道が切手収集ではないでしょうか。今は聞かなくなりましたねぇ・・・

私も小学校から中学生ぐらいでしょうか、一時はまってしまい、記念切手が出るとお袋に頼んで郵便局に並んでもらったものでした。そうそう発売日は行列でしたねぇ・・・
「見返り美人」なんかも持っていたのですが、どこへ行ってしまったのか? 間違いなく私が実家を出た後にすぐ捨てられたのだと思います(涙)

今は特に切手に興味があるわけではないのですが、バンコクのサパーンクワイ地区が好きで、よくウロウロしている中で偶然見つけたタイの「切手博物館」です。
バンコクの博物館は今後色々エントリーするつもりでいますが(あの川向こうの特殊な博物館だけは絶対に嫌です)、いきなりのマイナーな博物館からのスタートです。
Post

BTSサパーンクワイ駅、何かと人が集まるモーチット駅とお屋敷とお洒落な店が点在するアリー駅の間で、目立たない駅です。駅周辺はローカル色が強い下町の雰囲気ですが、何かとディープなファンが集まるエリアでもあります。
BTS

タイのお守りプラクルアンの市が立ちますし、ローカルな夜遊びエリアのスティサンも近く、私が通う両替商もここにあります。エントリー済み「両替はどこで?」のように伊勢丹前の緑のスーパーリッチ、タニヤのタニヤ・スピリッツ、ナナのVASUなど並み居る強敵を押さえてのナンバー1の交換レートでした(要交渉ですが)。またカオマンガイやクイッティアオなど普通のタイご飯の有名店も点在しています(わざわざ食べに行くほどのものではないですが)。

これらはおいおいエントリー予定ではあるのですが・・・別にエントリーしたい事が続くので、なかなかたどり着けません(汗)

さて行き方ですが、BTSサパーンクワイ駅のモーチットに向かって前側左に降りてすぐ、ちょっと奥まった所にポストがたくさんあるビルが見えます。その2階です。
Building

Enter

入り口を入ると右手に売店、そして図書室があります。図書室には日本も含めて各国の郵便や切手に関する本が収集され、そこで蔵書を見ていると係員に声をかけられました。
Library

「タイで一番古い切手を見たいのと、その情報がありますか?」と英語で私。すると係りの人がタイで発効された切手のカタログ本(電話帳ぐらい)三冊を持って来てくれて、調べ方を教えてくれました。このカタログで見てから、別な部屋で現物を見ることが出来る仕組みです。
Book

このカタログによるとタイ最初の切手は1883年8月4日。印刷機が英国製なので、たぶん印刷自体は英国で行われたのだと思います。
Stamp 1

その後スイス、オランダ、オーストリアなどで印刷され、1966年に日本の大蔵省(現財務省)での印刷になります。セピア色の写真だったのがカラーになったように、印刷が鮮明になったのが素人目にもはっきり分かります。その後多くの切手が日本で印刷されていますし、タイでも印刷がされるようになっています。
ただ、歴史的な資料を調べたわけでなく、カタログ上から追っただけなので、私が間違っているかも知れません。
Stamp 2

印刷がカラーで鮮明になると、王室に関したデザインから、タイの文化、自然、生き物、暮らしなどがモチーフになって行きます。祭り、スポーツ、家、昆虫、鳥、蝶、蛇、果物、鉄道、舟・・・タイのありとあらゆるものがデザインされています。しかもアジア大会などの大きなイベントごとに発効させています。
Stamp 4

これ気になっていたのです。お寺の窓に飾られているジャスミン?の飾りですが、色々なデザインがあるのだと・・・
Stamp 3

カオサンのワット・ボヴォニベートで見た飾りです。
Temple

飽きずに2時間もカタログを見続けたでしょうか・・・気になった切手を年代などメモしていたので、次は現物を見ることにしました。
年代別に整理されたファイリングシステムで、引き戸?を引いて画像のように現物を見ます。
Stamp 5


無料です。冷房が効いて人は少ないです(笑) お休みは月・火・祭日ですので気をつけて下さい。

考えてみれば、「切手」自体が時代遅れのものなのかも知れません。葉書や手紙自体書くことがなくなりました。唯一残った年賀葉書も海外では関係ないし、あっても切手じゃなくて印刷だし・・・数十年後には切手は過去のものに間違いなくなるでしょう。

そんな役割を終え、時代の流れの中で消えようとしている切手・・・
私自身はもう切手自体に興味があるわけではないのです。タイの人々の暮らし、文化、歴史・・・などに強い好奇心を覚えています。それをまるでサムネイルのように見られたので嬉しい驚きでした。

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2015.07.22 | コメント(6) | 博物館・パーク等

娘と旅する時


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月21日、今朝もバンコク(の端っこ)は雲に覆われた朝を迎えました。

昨日は一日中雲に覆われ、時々小雨がぱらついていましたので、近場の買い物だけが外出でした。目標の1時間以上は歩かなかったなぁ~ その後、夕暮れと同時にまた雨でした。

さて、最近は知らないのですが、私の子供の頃は今日からが夏休みでした。
前日に一学期の通信簿、それに宿題と朝のラジオ体操のカードを持って、開放感いっぱいで家に帰ったものです。

田舎がなくて他の子供のように夏休みに田舎で野山を駆け回った経験こそありませんが、この時だけは足が悪かったお袋が私の手を引いてどこかへ連れて行ってくれました。お袋の兄弟が居た千葉の成田や、父親の兄弟が居た神奈川の小柴など隣県ですが、それでもその時訪れた親戚の家を鮮明に覚えています。小学生、もう50年以上前のことですねぇ・・・

そんな夏休み、日本でもタイでも、子供たちにはいっぱい楽しい思い出を作って欲しいものです。それは間違いなく一生忘れないものになるはずです・・・


この夏、娘がタイに遊びに来る事になりました。
バイトや大学のこともあって、9月に入ってからの一週間だけですが、今から楽しみでどうしようか毎日考えています。

娘はドイツで生まれ、一年ぐらいで日本へ帰りました。私とは一緒に暮らした記憶が二人ともありません。幼稚園から今まで運動会などの学校行事に一度も行けませんでした。娘にとっては悪い父親だったと思います。

私のタイ勤務時は三回ほど家内に連れられて息子と一緒にタイに遊びに来てくれました。最初はバンコクだけ。次にプーケット、そして最後が「思い出の夏休み」でエントリー済みのサムイ島への列車、バス、フェリーとソンテウでの冒険旅行でした。
Island

アメリカ勤務時は合計5回ほど遊びに来てくれました。最初の2回は家族と一緒に来て隣州のフロリダへ行ったりしていました。勤務地がジョージア州だったのでフロリダは隣で車で移動し、オーランドではホテルではなくプール付の家を借りて夏を過ごしました。家族が来た時ぐらい贅沢をしたかったのです(笑)
Disney

娘が中学生になると友達と一緒に遊びに来るようになり、高校生では一人でアメリカに遊びに来ました。私も長い休みを取ってラスベガスとロサンゼルスで初めての二人での旅行でした。観光地よりサンタモニカでジョギングや自転車をしたのが忘れられない思い出です。
Beach

最後は私がアメリカでリタイアを決めてからの事でした。
私が人生最後の会社勤め終えた時、一人でアメリカに来てくれて、一緒にニューヨークへ遊びに行きました。まだ一年も経っていない去年のことです。ここも観光地よりソーホーあたりで小さなカフェやいろいろな店を歩いた時の方が良い思い出になりました。
NY


時々しか会えず、日本では出張の時の横浜の自宅ですから一緒に食事に行くぐらい。娘と一緒に過ごしたのは海外での旅行ぐらいしかありません。
数年に一回ぐらい・・・それも娘の成長の過程のようで、時々しか会えない娘を愛おしく見守っていました。

今度タイに来てくれて一緒に過ごすのは・・・これが二人の旅行では最後かも知れません。あまりにも短いのが残念ですが、本当に忘れられないものにしたいです。

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2015.07.21 | コメント(8) | タイ・トラベル

近場のクワン・リアム水上マーケット


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月20日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇り。湿度がすごく高い朝です。昨夜は夕暮れと同時に激しい雨でしたね。

さて、二日前のエントリー「消えた運河ボート」 で『パーシーチャルーン運河、昨年これも期間限定で運河ボートが運航されていました。今は動いていないはずですが・・・』と語尾を濁していました。
船着場にあった看板では期間終了しているのですが、どうも運行している雰囲気があったからです。

昨日の日曜、野暮用でチャオプラヤー川トンブリ側のバーンケーに行った帰り、パーシーチャルーン運河ボートに乗って来ました。平日は朝夕だけ(未確認)。土日は日中運行しています。いやぁ~楽しかったです。無料だったし(笑)

エントリー済み本文に加筆訂正をしていますが、後日詳細をエントリーしたいと思っています。

・・・と言う事で運河ボートにからんだ水上マーケットが今日のお題です。

タイに観光に来た方の多くが水上マーケットを訪れてみたいと思うのではないでしょうか。私も家族が来た時の観光や、日本から来られた方とのお付き合いでずいぶん多くの水上マーケットに行きました。

ツアーには必ず組み込まれそうな「ダムヌンサドゥアック」、私が好きで泊まって蛍鑑賞までした「アムパワー」、バンコク都心部から近く人気もある「タリンチャン」。
そして本ブログでは観光客には知られていないだろうローカルな水上マーケットをすでに二ヶ所エントリーしています。「都心に一番近い水上マーケット」でバーンナムプン水上マーケット。「一番新しい水上マーケット」でサパーンスーン水上マーケットです。

水上マーケットを含めて有名な観光地はガイドブックや観光のサイト、そして多くの方がブログで書かれているでしょう。一方、このブログは観光や旅行が主旨ではなく、リタイアしたおっさんのタイでの日々を綴っているのですから、ローカル色や生活色が強い水上マーケットをエントリーしたと思っています。

と言う事で私の「三大近場水上マーケット」の最後、「クワン・リアム水上マーケット」です。
Market 1

センセープ運河の水上マーケットでバンカピとミンブリの間、ミンブリ近くです。
特にスクムビット地区エカマイまでにお住まいの方々はセンセープ運河を見た事があると思います。奇数側ソイを奥まで行くと、行き止まりじゃない限りこの運河に行き着きますね。

「汚いし匂う」と嫌われている方も居るかも知れませんね。私は運河ボートを生活の足で使っているし、運河のある風景が大好きなので気になりませんが・・・ そのセンセープ運河の上流に水上マーケットがあるのです。

タイで一番新しいだろうサパーンスーン水上マーケットもセンセープ運河にありますが、その上流です。多少汚れも少なく、匂いも少なくなっています。
Map

実は、センセープ運河ボートが昔に運行していたミンブリまでを、昨年だったか暫定期間無料運行をしました。今はそれがないのですが、あったらセンセープ運河でそのまま直行出来たのですが・・・今はモール・バンカピの二つ先ワット・シー・ブンルアンが終点です。
Boat 4

行き方は大きく別けて二つ。
バンカピへ運河ボートか路線バスで出て、セーリータイ通りを走るバス27番、502番などでセーリータイ通り・ソイ60の反対側で下車、ワット・バンペン・ヌアを通るルート。
あるいはラムカーヘン通りを走る路線バスで、バンカピ経由の8番や514番、オンヌット通り経由の519番などでラムカーヘン通り・ソイ187で下車ワット・バンペン・ターイを通るルートです。

ちょうどセーリータイ通り、センセープ運河、ラムカーヘン通りと3本が平行しているイメージで、どちらの大通りからでも行けるらのです。ちなみにどちらもサイドカー付バイクがゆっくりとパクソイとマーケット近くまで送迎してくれます。歩いてもすぐです。
Bike

私はバスの乗り換えが便利なセーリータイ通りを使いますが、モール・バンカピの前(道路反対側)なら8番と27番が非常に頻繁にやって来ます。これらのノンエアコンバスなら9バーツ払って、窓からソイの番号を追い続けて下車ボタンを押すのですが、セーリータイ通りのソイ60の反対側はソイ89です。
Road

セーリータイ通りのソイ60のパクソイにはワット・バンペン・ヌアの入り口にもなっています。水上マーケットはお寺の境内にあるわけです。境内をどんどん進むと賑やかになってきて人も増えてきます。

やがてセンセープ運河に突き当たり、右手に二階建ての建屋があって、一階はテーブル席もあって家族連れの誰もが何かを食べています。いやぁ賑わっていますねぇ~
マーケット内には何箇所か記念撮影用の場も設けられています。
Market 3

人を掻き分けマーケット内を歩くと、センセープ運河に船の竜骨をモチーフにしたような橋が見えてきました。橋の上に上がると・・・反対側も賑わっています。
Market 4

そして運河にはツアーボートがあって、それも人気があるようです。20バーツでセンセープ運河のちょっと先まで行って戻ってくるだけなのですが、お客さんでいっぱいでした。
Market 5

センセープ運河の対岸はワット・バンペン・ターイ。ここの運河沿いに水牛に乗った男女の像があって、皆さん記念撮影をしています。
センセープ運河沿いが舞台となった恋愛小説の主人公「クワン」と「リアム」で、この水上マーケットの名の由来だそうです。
Market 2

全くツアー客や外国人が見られなく、ここは地元家族連れが目立ちます。なかなかガイドブック等では紹介されない所ですが、その賑わいに正直驚きました。
センセープ運河を挟んで両岸に大きなお寺、そしてマーケットに運河ツアー。家族連れやグループならきっと一日楽しめる事でしょう。

私のアパートからは往復31バーツ。土日だけの開催ですが、久しぶりに観光地で遊ぶ人々の中に入り、私も一人でなんだか楽しい時を過ごしていました。

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2015.07.20 | コメント(5) | マーケット

ロングステイのキッチン


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月19日、今朝もバンコク(の端っこ)は曇り空です。同じような朝が何日続いているでしょうか。

昨日も終日雲に覆われた一日でした。しかしまとまった雨はもう長い間降っていません。タイのニュースを観ることは非常に少ないのですが、水不足が心配になって来ました。

さて、タイにスーツケースひとつでやって来て、一人でソイを歩き回り飛込みでアパートの部屋を探すのを二週間毎日続けたのが半年前です。

同時に生活基盤を築くのに銀行だけでも7~8行は回ったでしょうか、ただ口座を開くだけでなく、定期口座、インターネットバンキング、自動振込みなど利便性を高めるのも一人足で解決して行きました。

ビザも観光ビザからリタイアメントビザへの切り替えも全て自力で一人で行いました。

元々、私は大昔のネットワーカーなので、誰もが検証されない怪しげな情報を流せるネットに頼らない主義なので、溢れんばかりのアパートやビザ情報も接しないようにしていました。そこには多くの間違った情報が平気でアップされ、それが拡散されているからです。

例えば、リタイアメントビザ申請も銀行口座保持期間が3ヶ月必要と書いているサイトが多くあるそうです。タイ政府イミグレーションの公式サイトのProceduresによると、初年度の初回申請時は保持期間は要求しておらず(期間は一日でも80万バーツの貯金は必要)、同様にその後の初年度90日滞在許可から1年への切り替え時のみ60日間以上の口座保持が明示されています。要は3ヶ月以上の口座維持は2年目からの要求事項なのです。

誰でもない自分の事ですから、自分自身が調べた中で自分自身が納得するなら、苦労や間違え、遠回りも構わない・・・って言うか、その過程が楽しいとすら思っていました。

それが・・・全て終わっちゃうと・・・毎日が惰性の日々なんですよねぇ~ まだリタイアして1年も経ってないので、何か新しい事に(かなり大げさですが)挑戦してないと、毎日に張りがないのです。

まぁ、それは分かっていた事で、毎日のブログに書いているように、自分の興味がある事に対して見たり聞いたり調べたりをしているのですが、それも何年も続かないだろうから、まぁタイでのロングステイも1年かと思い始めています。次はどこにしようかと・・・(笑)

さて、気を付けていたのですが今日も前置きが長くなりました。また画像もないし・・・

前置きで書いたようなロングステイの生活基盤設営やビザに関する事は全て詳細をエントリー済みです。おっさんの一人暮らしですので、アパートの場所、部屋の中、本名や顔出しから生活費の詳細まで書いています。

それら全ては、お時間を使いこのブログに訪れたいただいた方に少しでも役立つ事があればと思っての事です。全てロングステイをゼロから一人で始めた男の実録ですね(笑)

そんな実録の中でひとつ忘れていました。私にとっては重要なのに・・・台所、キッチンの設営です。画像は今のキッチンです。
Kitchen

タイ人が住む多くのローカルなアパートでは、普通はキッチンはありません。一部屋で片側にホンナームと一畳ぐらいのベランダ。そのベランダには水道があってそこで強引に煮炊きをするのも可能ですがキッチンではありません。多くは洗濯物と物置でいっぱいです。

今のアパートに決めたのはバンコクの隅っこでタイ人が多く住むアパートながら、小さいけど独立したキッチンがあったのが大きな理由でした。でもコンロは全くないし、シンクは小さなものですが、冷蔵庫だけがありました。

日本から持って来たのは使い慣れた包丁二本だけですから、入居してすぐ鍋カマから全て買いました。最初に買ったのが電気ポットとオーブントースター。BigCで安い物を買い、手にぶら下げて帰りました。

器やフォーク・ナイフ以外でまず炊飯器ですが、タイでも春節セールはあって、その売れ残りなのか10合炊(一升ですね(笑))25%引き1350バーツで炊飯器を買いました。シンプルな機能しかありませんが安心の日本メーカー製!でも日本製じゃないし表示はタイ語だけですが・・・
Rice Cooker

次はIHクッキングヒーター。これも安心の日本メーカーです(これも日本製じゃないけど)。IHで料理した経験がないので心配でしたが、何より料理中の部屋の温度上昇が少なそうなのが決めました。料理はなれないので難しいです。鍋内で包み込むように熱するのではなく、底面だけが急速に熱せられますので、煮物は要注意です。
IH

IHクッキングヒーターを買ったので、鍋カマを買う時に注意が必要でした。多くはタイ語表記なのでIHクッキングヒーター対応か分かりません。そこで磁石を持って行き、いちいち鍋やフライパンに着けて確認したのですが、若干周囲の目が気になりました(汗)
Pan

10年間のアメリカ単身生活ですっかり料理おやじになった自分、料理が出来ないのは精神的によくないので精力的にキッチン環境を整えましたが・・・これで1年のロングステイで終わったら、かなり無駄になりますねぇ(涙)

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2015.07.19 | コメント(13) | アパート

消えた運河ボート


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月18日、今朝もバンコク(の端っこ)は曇り空ですが、今日も雨は降りそうもないです。

昨日はサトーンに野暮用で行ったのですが、バンナートラート通りから路線バス46番に乗りラマⅣを移動中にBigCとTescoLotusがある交差点(スクムビット26のラマⅣ側)で、何を思ったのか運転手が左折し、通常ルートから外れました。左折専用レーンをのろのろと走りながら信号が変わった瞬間に直進しようとしたら、警察官が交差点に居て直進を許さず左折させた感じです。

Bus
(うーん、市場そばの狭い道を通っているのですが、画像じゃよく分からないですね)

まぁそれでもクロントゥーイ止まりの場合はそのルートもあるので、バスを間違えたかと思ったのですが・・・突然運河手前で右折、車一台やっとのクロントゥーイ市場道に入りました。決してバスが通る道じゃないです。最終的にはバス停3個ぐらい飛ばしてラマⅣに入り、何も無かったように通常ルートを走行したのですが、勝手にルートを変える自由なバスでした。運転手も異常に痩せてゾンビ顔、ずっと危ない運転だったし、よくあるんですよねぇ~自由で危ないバス。


さて、皆さんはタイの地名などをカタカナ表記する時に迷う事はありませんか?
例えば「スクムビット」なんか一般的に良く目にするカタカナはそのまま使うのですが、タイ語が読めない私は耳に入ったままだったり、英語表記を読んでカタカナ表記にしたりしています。

今まで何となくセンセーブ運河と最後を「ぶ」にしていましたが、先日ひょんな事からタイ政府の英語表記を見たら「SAEN SAEP」だったので、あれ?自分が間違っていたのかなぁ~って思いました。まぁ英語表記も統一されてない地名などたくさんあるし、同じ英語で発音しても違うように聞こえる事もあるので、結論はあまり気にしないのが一番なのですが・・・今日はタイトルにもかかわるので気にしてセンセープ運河、最後は「ぷ」です(汗)

このセンセープ運河、前タイ在住時から気になっていました。もちろん運河ボートが運航されていたからです。
Boat 1

最初に乗ったのは15年前です。もの珍しさでスクムビットSoi39の「ITAL THAI乗り場」からプラトゥーナムまで乗りました。その時の印象は「速いけど乗り降りの難しさと運河の匂い」でした。その後、当時のコンドがSoi33だったので、伊勢丹やプラトゥーナムあたりから帰るのにITAL THAI船着場はモタサイと合わせて最速のルートでした。

帰任後もプライベートでバンコクを訪れた時はホテルがバンカピあたりの安宿だったので、良く使いましたが・・・今のように生活に密着して自分がこの運河ボートを使うようになるとは思ってもいませんでした。今は週一ぐらいで使っています。

このセンセープ運河ボート、プラトゥーナムを基点に西行き東行きの2系統あるのは皆さんご承知かと思います。画像はプラトゥーナム船着場
Boat 2

西端はパーンファーリーラート船着場でワット・サケット裏?あたり。ラチャダムヌンクラン通りにすぐ出られ、民主記念塔を通りエントリーしたばかりのカオサンや旧市街地にも歩いて行けます。

実はセンセープ運河ボートの西端と書きましたが、この辺りはマハナーク運河です。センセープ運河とマハナーク運河の接点がよく分からないのですが(汗)たぶんボーベー市場近くのパドゥンクルンカセーム運河との十字路?だと思うのです。
Pier

このパドゥンクルンカセーム運河にも以前は運河ボートがあったのですが、いつの間にか無くなりました。それが今年2月ぐらいだったか、期間限定の水上マーケットがバンコクの首相府横で開かれて、ファラポーン駅(バンコク中央駅)横から運河ボートが無料で運航されたようです。私はその期間中一時的に日本に戻っていたのでものすごく残念な思いでした。画像はタイ観光庁サイトから拝借しました。
Phadung Krung Kasem

今は無くなった運河ボートと言えば、ドンムアン空港(裏)からラップラオ(ラートプラオ)運河を通りセンセープ運河、そしてタン運河を航行したルートがあったそうです。私は全く見た事がなく噂に聞いた事があるだけです。読者の方から質問があって以来、がぜん興味がある今は無き運河ボートです。
Boat 3

上の画像はワット・ラップラオ横のラップラオ運河ですが、ワット・ラップラオは私が好きなバンコクのお寺ベスト5に入ります。不便な場所なのですが、他で見られない独特のお寺の構成です。

ところでタン運河って、センセープ運河のスクムビットSoi71あたりから、先日エントリーした「プラカノン運河」のプラカノン船着場を出てすぐ二股になる所で合流する運河ですよねぇ~ 

こう考えると・・・よく言われる事ながら、多くの運河が繋がり舟で人々が行き交っていた時代が見えるようです。

センセープ運河ボートに話を戻して・・・プラトゥーナムから東行きはナナ、アソック、トンローなどスクムビット地区にお住まいの方にはお馴染みの船着場を通り、エカマイ通りを過ぎて北東に向きを変えます。ラムカーヘン通りと平行するように進み、私の出没エリアであるバーンカピ、そして終点がワット・シー・ブンルアンです。
Boat 4

10年以上前になりますが、このセンセープ運河ボートはワット・シー・ブンルアンよりもっと先のミンブリまで運行されていました。私はそれを見てるのですが、古い画像を探したら偶然運河ボートが写っていたものがありました。カオヤイに行く途中に寄ったミンブリ近くのクイッティアオ屋さんでの画像。お店の裏はセンセープ運河なのですが、運河ボートが写っていますね。この時、この辺りは護岸工事はされてなかったですね・・・
Boat 5

運河ボートが立てる波で岸が削られたのも運河ボートが無くなった理由のひとつだそうです。ワット・シー・ブンルアンからミンブリまでは昨年ある時期だけ期間限定で運行されたそうですが、これも残念ながら私は逃してしまいました。画像は今のミンブリ船着場ですが、使われてないので寂しそうです。
Minburi

このルートだけでも運行されると、私には利便性が増します。都心部にお住まいの方もエントリー済みの「サパーンスーン水上マーケット」(新しいのに寂れているけど)や人気がある「クワン・リアム水上マーケット」に運河ボートで行けますし、バンコク東方で最大のミンブリ市場のすぐ裏まで行けます。

チャオプラヤー川トンブリ側にも注目すべき運河と運河ボートがあります。
パーシーチャルーン運河、昨年これも期間限定で運河ボートが運航されていました。今は動いていないはずですが・・・先日、野暮用で近くに行ったので運河を見てみると・・・小学生か中学生の生徒さん3人だけ乗せて動いていました。通学専用で契約でもしているのでしょうか? BTS駅やMRT延長部にも交わるので、ここも運河ボートがあると便利なのですが・・・
Phasi Charoen
2015年7月19日加筆
今日(日曜)パーシーチャルーン運河ボートに乗って来ました。平日は朝夕だけのよう(私は未確認)ですが、土日は日中も運行されていて、まだ無料でした。なかなか楽しい運河ボートでした。後日エントリーします。


今のバンコク内の運河は水も汚く、匂いも強く、運河周辺の家々も(そこで生活している人には申し訳ないのですが)見てはいけない物のように思えます。

どんなに汚れていても運河と密接な繋がりを断てないバンコクですから、今を最悪時としてこの運河を活用する事を考え実現化して欲しいものです。

運河シリーズは始まったばかり。まだまだ続きます。

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2015.07.18 | コメント(0) | 水上/運河ボート

カキ氷はじめました


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月17日、今朝もバンコク(の端っこ)は薄曇。この数日まったく同じような朝の天気です。

結局昨日も雨が降りませんでした。私はタイで4回目の雨季の経験ですが、過去はもっと男性的な雨が降っていたように思えます。深刻な水不足にならないと良いのですが・・

さて、昨日も野暮用でプロンポンへバスで出かけました。バンナートラート通りから38番ですが、これがまたBTSオンヌット駅下でまたストップ。エンジンはかかったままでしたが、運転手の指示で全員降ろされてしまい、後から来た38番へ移されてしまいました。なぜ運行中止になったのか不明ですが、一週間で二回、同じ番号のバスが同じ場所でトラブルです。

ところで、皆さんは何かのきっかけで「食べたいスイッチ」が入ってしまう食べ物がありませんか・・・こんな出だしで「冷やし中華あります」をエントリーしたばかりなのですが(笑) そのエントリーで同時にスイッチが入ってしまった食べ物が「カキ氷」です。
Flag

私の子供の時ですから、すぐにご想像がつくと思うのですが、家庭に冷蔵庫なんてものはなく、近所のお金持ちの家に氷を入れて冷やす冷蔵庫があったぐらいの時代。

下町深川の駄菓子屋ですからもんじゃ焼きなんかを粗末な小上がりでやっていたもんですなぁ~、それが夏になるとそれは商売があがったりになるので、カキ氷をはじめるわけです・・・ってなぜか落語調(汗)

氷屋さんがミゼットの三輪車が路地に入ってきて駄菓子屋の前に停まります。荷台にはごわごわで帆布のようなカバーがかけられた氷の塊。大きな三角歯のノコギリを出して、シャキシャキシャキ・・・と心地よいリズムで氷にノコを入れます。半分切ったあたりでノコを引き出し今度はノコの背を切れ目に入れると・・・氷が見事に切られます。

こんな風景と氷を切る音は下町の夏の風物詩のひとつでした。

駄菓子屋のおばちゃんが重たそうな鉄で出来たカキ氷機に氷をセットし、横にあるハンドルを手で回すと削られた氷がガラスの器に落ちて、着色料たっぷりのシロップをかければ出来上がり。

器に盛り上げた氷がこぼれるのを防ぐのに手のひらで固め、我慢できずに急いで食べれば頭の芯がキーンと痛む。食べ終えた後は真っ赤に染まった舌を出して笑いを取るのが常でした。

風鈴の音、縁台のうちわと蚊取り線香、スイカ・・・などと一緒に「かき氷」は忘れられない夏の思い出です。そしてそんな夏を告げたのが駄菓子屋に張られた「カキ氷はじめました」の紙と、風に揺れる「氷」の旗でした。


下の画像ですが、横浜の自宅から自転車で江ノ島や鎌倉に行った時によく寄った、鵠沼海岸駅の「埜庵」のカキ氷です。天然氷でカキ氷自体がふわふわした感触でした。埜庵のサイトより拝借しました。
Noann

いつ頃からか、「カキ氷」が「フラッペ」と呼ばれ、贅沢にもアイスクリームや果物などが盛られるようになり、いい歳したおっさんが食べるには勇気が要るようになってしまいました。そしておっさん達はカチカチになった「赤城しぐれ」をさじでほじるので満足するようになったのです。

ここタイでは赤城しぐれはあるのでしょうか? 日系スーパーは遠く、近くにコンビニもないので知りませんが、冷蔵庫にいつもあったらいいのになぁ・・・

さて、近くにコンビニもなくバンコクとは思えない所ですが、なぜかタイのカキ氷「ナムケンサイ」の有名店?がアパート近くにあります。
ウドムスック通り(スクムビットSoi103)に面してSoi49と51の間の「Ran Chang Seem See」
Nam Kang Sai 3

BTSか路線バスでウドムスックからアパートに帰ろうとするとソンテウを使うのですが(以前歩いたら40分かかりました)、その途中にあってステップ立ち乗りしか出来ない私の目に入ってしまうのです(笑) それでもう10回以上途中下車してしまいました。
Nam Kang Sai 1

昼時になると行列が絶えず、ここは段ボールのような紙の入れ物に入れてお持ち帰りも出来るので、車やバイクでも次々とお客が来ます。店の前で屋台みたいにしていますが、普通の食堂のようなテーブル席がビルの一階にあり、壁中に有名人やテレビ取材の写真が覇ってあるので、有名店なのでしょう。
Nam Kang Sai 2

タピオカなど3種類のトッピングにシロップかココナツミルクのスタンダードで30バーツ。寡黙なご主人にすでに顔を覚えられてしまいました(笑) 

トッピングに蜂(ハエじゃなくてハチね)が群がり溺れていますが、誰も気にしないぞ!
Nam Kang Sai 4

常夏のタイ、一年を通してナムケンサイはフードコートなどで食べられますが、よりによってカキ氷の専門店がアパート近くにあるなんて・・・それが理由で今のアパートに決めたわけではないのですが・・・(汗)

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2015.07.17 | コメント(1) | 食いしん坊録

カオサンで旅のスタイルを想う


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月16日、今朝もバンコク(の端っこ)は薄曇。雨が降りそうな気がしません。

先日乗ったBTSサイアム駅のことです。降りる人を待つことなく7~8人の方々がどっと乗ってきて、我先に席に座ろうとしました。BTSが動き出すとグループで数人座れた方と立たれた方々の間で大声の会話。身なりはブランド物で固めていますが、全く着こなしもセンスも悪いのでかえって目立っています。

大きな話し声の言語でどこの国の方々かは迷いようがないのですが、この国の人たちのこの旅のスタイルはタイや日本ばかりではなく、世界中の空港で多く見かけるようになりました。

その国の中には一人旅の若者もおられるでしょうが、その方たちは他の旅人の中に溶け込んでいるので、目立たないのですよね・・・でもきっと、旅の思い出は団体旅行の何倍も多く、そして深く記憶に刻まれているはずです。


さて、皆さんは最初にタイに降り立った時の事を覚えているでしょうか?
私は大昔のドンムアン空港だったので、薄暗い空港の中での赤色電球の色、そしてターミナルに出ればどっと客引きに囲まれた記憶が鮮明です。

そして空港と人々の持つ匂いが熱帯のアジアに来た事を強烈に意識させました。
一歩ターミナルの外で出れば、埃と匂いと喧騒、熱気に包まれ、これからどうしたものかと不安になりながらも、バンコクの中心部へ行くバスを必死に求めたものです。
Khaosan

今は近代的で無機質な空港ターミナル、そこに降り立つ人々は溢れるような情報を持ち、わき目もふらずに目的地へ急ぐ・・・そんな旅人が多いようです。

若い頃の事ですが、旅をする時って・・・決まりきった日常を送るようになった時、それと同時にそんな日常に埋没することが怖かった時に、無性に旅に出たいと思ったように思えます。

そんな時は決まって、今もそうなのですが、きままな一人旅がほとんどでした。世界中を旅しているのに、団体旅行をこの歳まで経験していないのです。

そん頃を思い出すように、先日バックパッカーの聖地カオサンへ行ってきました。
もっとも私自身がカオサンをねぐらにした事はありません。しかしカオサンでは一人自由な旅を続けるのに必要な物も情報も・・・何でも手に入ったのです。
Khaosan

私の旅のバイブルだった英語版ロンリープラネットを買ったのもカオサンでした。どんな旅人が使ったのかかなり痛んで中にはメモがいっぱいでした。前タイ在住時まで使っていたのですが、あの本はどこへ行ったのか・・・

最初にカオサンに行った時はびびりました。南の島へ行くバスを手配しに行った時です。人がすれ違うのもやっとの狭い路地に入ると、デスクひとつの旅行会社?がたくさんあって、危ないことをするような感覚がしたのを覚えています。
Khasaon 2

ここで手配した南行きのバスはカオサン地区の外れが集合場所なのですが、毎回乗るべきバスを探すのが大変でした。それにすごい混雑の中で席を確保するのもやっとでした。もうあんな事は出来ないなぁ・・・
Bus

久しぶりに行ったカオサン、実はカオサンロードに用があったわけではなく、バンラムプー市場近くに野暮用で行ったのです。ここは安い洋服屋さんが多いですねぇ~ 今は高級になりました、昔のプラトゥーナム市場のようです。
Market

通りに出るとワット・ボヴォニベートの黄金の仏塔がいきなり目に飛び込んで来ました(冒頭の画像) お寺の多いバンコクですが、こんな風景は見なくなりました。まるでラオスかミャンマーのような感覚を覚えるのですが、このお寺はこんな雑踏の中にあるのですが、中の静粛さと仏像の美しさで私が好きなお寺のベスト5に入るのです。
Temple

Temple 2

Temple 3

ワット・ボヴォニベートの周辺は保全地区なのかコロニアル調建物が目立ちます。ニューロードあたりにも見られる建屋で、また機会があったらエントリーしたいと思います。

ワット・ボヴォニベートからランブトリ通りへ。ここは主張が強いカオサンロードとは異なり(すっごく良く言うと)パリの裏通りのようで、好きな通りです。
Ram Button

街路樹が木陰を作り、カフェが連なっています。カフェで一休みしながら通りを歩く旅行者を眺めると、バックパッカーは半分ぐらいでしょうか。しかもカップルかグループ。一人汗臭そうなバックパッカーなんて見なくなりました。

ランブトリ通りからカオサン・ロードへ。実は昔からあまり好きではありません。主張が強いと言うか、外国人がここでは我が物顔で居ついているような・・・パッポンとかこうした雰囲気が苦手だからでしょう。
Khaosan 3

ただ・・・昼過ぎだった事もあるのですが、現在のカオサン通りは昔と比べて人が少ないような気もしますし、バックパッカーもその姿が変わろうとしているようです。情報もチケットも、仲間と話す事すらインターネットですからね・・・

(私以外の)誰もがスマホを見ながら歩いて何かを探しています。こんな時代では「ここに来れば何とかなる、何でも手に入る」カオサンの意味が薄れているのでしょう。

この街で好きなのはワット・ボヴォニベートとランブトリ通り、そして・・・違う国の人々が気さくに話しが出来る雰囲気があることです。

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2015.07.16 | コメント(2) | タイ・トラベル

冷やし中華あります


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月15日、今朝のバンコク(の端っこ)は薄曇です。昨日と同じように雨が降るようには思えません。

昨日はBTSプロポン駅近くに野暮用があって出かけたのですが、バンナートラート通りから乗った38番のバスがスクムビット通りの真ん中でエンコ。幸いBTSオンヌット駅真下だったのですぐBTSに乗り換えましたが、乗っていたバスがエンコしたはこの半年で4回目。
Bus

バスがオンボロなのもありますが、運転も荒いし、メンテナンスもその場しのぎを重ねているだけのように思えます。ある意味乗客を乗せて動かしているのが不思議なぐらいなのですが・・・

一昨日はシーナカリン通りでバスと自家用車が接触事故で、3車線をふさぐ事故の渋滞に巻き込まれました。事故車とすれ違う時にバスの運転手同士が笑いながら大声で窓越しに話していたけど、乗客の安全とか考えていないのでしょうねぇ・・・


さて、話は変わって・・・皆さんは何かのきっかけで「食べたいスイッチ」が入ってしまう食べ物がありませんか? 
私は毎年、世界のどこにいても、不思議な事にこの7月中旬になると食べたいスイッチが入る食べ物があります。タイトルでネタばれですが「冷やし中華」です。

日本はいいですよねぇ~ 今は季節ものじゃなくて、年中ある店も多いのではないでしょうか。昔は町のラーメン屋さんに「冷やし中華あります」の張り紙が出るのが夏だけで、季節ものだけにすごく楽しみでした。

昔って・・・もちろんエアコンなんか無いし、夏は暑いものでした。って、実は結婚後しばらくしてもエアコンなんかある家に住んではいませんでした。だから家ではソーメン、外に出たら冷やし中華が食欲のない夏の定番でした。

醤油ベースでお酢のさっぱり感にゴマを使い深みを出すなどなかなか味わいあるタレ。冷水でしめたしこしこ感ある麺。そしてハム、薄焼き卵、きゅうりなどを細切りしてトッピング。ちょっと甘めのタレにはからしも合います・・・・
冷たくてさっぱりして美味しいので、いくらでも食べられます・・・うーーんたまらない!

そんな子供の時の記憶が刻まれているからか、7月に入ると世界のどこに居ても冷やし中華が食べたくなるのです。

アメリカでも10年、毎年この時期は苦労しました。
アメリカ最大のスーパーマーケット「ウオールマート」では南部の田舎町でも小麦の乾麺が売られていました。その時の画像を見ると米麺やココナツミルクにパックご飯(カリフォルニア米ですが)までありますね(中華乾麺は真ん中の棚左側)。
Noodle

この乾麺を茹でても、そのままではラーメンとか冷やし中華に使えず、丁寧にぬめりを取らなくては駄目でした。タレはもちろん自家製。簡単です!醤油にお酢が同じ分量ぐらい。濃いので水と砂糖も少しで中華スープの素か鶏がらスープの素を少し、アクセントでレモン汁とゴマをすって入れます。

画像はアメリカで作っていた冷やし中華です。わざわざ青島ビールを合わせていますね。アメリカでは世界中のビールがどこでも安く売られています。もちろんシンハもです。しかしトッピングの細切りが雑ですね(汗)
Chiled Chiness noodle

さて、ここタイでは・・・もちろん一年中夏!冷やし中華にこんなに適した地はありません(笑) しかし、本音で言えば、実は夏だけの季節ものだったからこそ、強く食べたいと思った食べ物なんですけどね。

最近バンコクで多くなったこだわりのラーメン専門店じゃなく、昔からある「らーめん亭」みたいな店に行けば冷やし中華が食べられるでしょうが、残念ですが私には遠過ぎます。そこで思い出したのが「8番ラーメン」。これなら買い物先発3本柱のショッピングセンター全部にあります。

Reimaen

8番ラーメンでは冷やし中華じゃなくて「冷麺」と言っていますね。タレはちょっと疑問符が点灯しかけましたが、まずまずでした。麺は好みだともっとしっかりした方が良いのと卵が・・・仕方ないです。食べていて何か物足りないと思ったのですが・・・マヨネーズ付でからしがありませんでした。税込みで93バーツ。

これはら全て好みの違いで、十分に「食べたいスイッチ」が入った私を満足させる冷やし中華でした。これが近くにあって、100バーツ以下なら苦労して自分で作る必要がありません。さすがバンコク、いつでも冷やし中華あります。

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2015.07.15 | コメント(4) | 食いしん坊録

都心に一番近い水上マーケット


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月14日、今朝のバンコク(の端っこ)は薄曇。白く薄い雲で空が覆われていますが、すぐに雨は降りそうもなく、これから晴れるのかも知れません。

昨日は天気も良かったので少し遠いミンブリで野暮用を片付けました。アパートから路線バス145番でバンカピへ、バンカピからは27番のミニバスで終点「たらっと・みん」です。私のアパートからは都心部から行くより近いとはいえ、乗り心地最悪のミニバス(一時ラビットバスと呼ばれたような・・・)にはもう乗りたくないです。

さて、マイナーな「観光地」って言うか・・・バンコクっ子が家族と一緒に「遊びに行くような所」ばかりをエントリーしていますが、今回は都心部から最も近くにありながら、普通の観光客には不便で行けないので紹介されない不思議な所、バーンナムプン水上マーケットです。
Market 0

ところでここで都心部と言うのは、バンコクでも日本人が多く住むだろうスクムビット地区はBTSプロンポン駅の事で、王宮がある旧市街地ではありません。私が勝手に言っているだけですので、皆さんは適当に言葉を置き換えてください(汗)

そのBTSプロンポン駅から最速30分で行ける近さです!近いだけではなく多少の冒険心がないと行けないのもステキです!

バーンナムプン水上マーケットは前エントリー「バンコク都心に一番近い大自然」で紹介したシーナコンクエンカン公園がある、サムットプラカン県プラプラデーン郡にあります。

ちなみにプラプラデーンはタイの人達はパパデーンと呼んでいます。昔タイ人に理由を聞いたら、「スパンブリーをスパンと呼ぶように、呼びやすいから」と答えになってない回答が返って来ました。シーコンスクエアも誰もが「しぃこん」とだけ言いますしね。これらに慣れないとバスやソンテウで結構困ります(って話がそれないうちに止めておきましょう)
Map

と言う事で、その行き方ですが公共路線では三通りあります。

まず都心部の方はシーナコンクエンカン公園へ行くのと同じ方法でチャオプラヤー川を渡り、モタサイで行けます。以前は30バーツでしたが、今は少し高くなっていると思います。

高層ビルが建ち並ぶスクムビットエリアからすぐ近くのクロントゥーイ港湾入り口に来ただけで、かなりエキサイティングな旅になる事は想像できるかと思いますが、渡し舟でチャオプラヤー川を渡る時は最高にスリリング! でもまだ旅は始まったばかりです。
River

バンコク都心部のモタサイは車の間を抜けていくスリルがあるのですが、ここはジャングルの一本道を飛ばすスリル。道も狭くくねくねとしているので、対向車が心配(汗) 船着場からバーンナムプン水上マーケットの裏側まで15分ぐらいです。
画像はモタサイが着く裏側?見事にVサインを決めてくれた女性モタサイ運転手
Bike

そう・・・この場合は裏側に着くのでモタサイが待機していません。もし帰路も同じ場所から帰るにはモタサイの場合は運転手にケータイ番号を聞いておいて、呼び出す必要があります。後述する別な場所はモタサイが待機しているので、そこから行くことは出来ます。

次の方法はBTS(バンナー駅あるいはウドムスック駅)で降りて歩くか、路線バス(2,23,25,45,46,48,511番など)でバンナートラート通りとスクムビット通りの交差点へ行き、その交差点近くワット・バンナー・ナイへのパクソイに停まっているソンテウで船着場(ワット・バンナー・ノーク)まで行く方法です。
画像ソンテウの後ろがバンナー交差点です。
Songthew

渡し舟はバイク・自転車も乗る大型?なので、クロントゥーイからの渡し舟とは違い安心感があります。人は片道4バーツでパパデーン側で払います。行き来も頻繁で少し上流の対岸ワット・バーンナムプーン・ノークに着くと、そこからモタサイで5分ぐらいでしょうか、私はいつも歩きますが計ったら17分で水上マーケット南東端に着きました。
Ferry

着いたここにはモタサイが待機しているので、ワット・バーンナムプーン・ノークでもクロントゥーイの対岸にも行けます。また船着場横の売店では貸自転車があり、一日(午後5時まで)100バーツ。特にIDなど必要ではありません。自転車で水上マーケットやシーナコンクエンカン公園など回るのも楽しそうですが、道が狭いのでバイクと自動車に注意です。
Bike 2

最後の方法は水上マーケット中ほどにワット・バーンナムプーン・ナイがあり、その境内にソンテウ?(シーローと呼ぶべきか)が待っていて、タラート・パパデーンまで行き来しています。確か5バーツだったと記憶していますが・・・これは陸路なのでかなり遠回りして都心部へ戻る事になります。
Songthew 2

さて、バーンナムプン水上マーケット自体は比較的新しく観光目的のために作られた市場なので、他の水上マーケットとは異なり生活感があまりしません。
水上マーケットと言っても、短く小さな運河にボートを浮かべてクイッティアオを作っていたり、売っているものもお菓子やみやげ物が多い感じです。
Market 1

新しい水上マーケットなので、小さなカフェも多く喉の渇きを癒してくれます。また地域振興用に作られた市場だからでしょうか、いかにも地域振興用に作られたと思われる特産品?が目立ちます。それはそれで楽しいものですが・・・
Market 2

プラプラデーンの開発されていない地区、ジャングルの中に強引に作った水上マーケットなのでしょう。地域振興用の観光地で土日だけの開催ですが、いつ行っても結構な人出・・・って言うか、先日行ったら数年前に比べたらすごい混雑で、歩くのも苦労しました。ほとんどがタイ人の家族連れやグループの人たち。車で来た方が多いようですが、きっとバンコクからはちょうど良い距離なのでしょう。
Market 3

生活感たっぷりな市場か、タイムスリップしたような古い市場が好きな私にとって、この水上マーケット自体の魅力は薄いのですが、大都会のすぐ近くに、こんな都会とはかけ離れた世界がある事自体が魅力なのです。

今回このブログ用に地図を用いたのですが、バンナーのルートだと私のアパートがすごく近いことを実感しました。って当たり前かぁ(笑)

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2015.07.14 | コメント(2) | マーケット

バンコク都心に一番近い大自然


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月13日、今朝のバンコク(の端っこ)は晴れ。気持ちよい天気の朝です。

昨日は曇り時々晴れでした。連日遠出をしていたので、昨日は近所のパラダイスとシーコンスクエアでの買い物だけでした。昼からは部屋でくつろいでいましたが、こうしていると太っちゃうのですよねぇ~ 少しは自然の中で運動しないといけないのですが・・・

さて、秘境、別世界・・・そんな場所がバンコク都心部すぐ近くにあります。
「シーナコンクエンカン公園」たぶん観光ガイドブックには載っていないでしょう。載せても意味が無いような何もない場所だし、すごく都心部に近いのにアクセスがちょっと難しいのです。

「何も無い」と書きましたが、そこには自然と田舎のありふれた光景、そして非常に丁寧に整備された大きな公園、あまりの田舎で車を気にせず自転車に乗れますし、近くには闘魚の水族館?や少し足を伸ばせば水上マーケットまであるのです。まさにバンコクの都会の喧騒とは別世界なのです。
Park 1

実はバンコク都ではなくサムットプラカン県プラプラデーン郡(タイの人はパパデーンと呼びます)になりますが、ちょうどチャオプラヤー川が都心部を過ぎ河口に向かって大きく湾曲する部分があります。その湾曲した部分の内側、相当広いエリアなのですが、チャオプラヤー川にかかる橋がなく、たぶん開発の規制があると思うのですが、まったく手がついてない自然いっぱいの所です。
Map

えっとまず行き方ですが・・・在タイ日本人が最も多く住むだろうスクムビットの中心はBTSプロンポン駅でしょう。そのプロンポンから車なら10分弱だと思います。クロントゥーイの船着場が最初に目指す場所になります。

路線バスは私の場合は非常に簡単で180番でバンナートラート通りから一本で行けます。この180番はバンナーからBTSウドムスック駅下を通り、バンチャック駅手前で高速に入りPortで降りてクロントゥーイ港入り口でUターンしますので、そこで降ります。4番や47番でもラマⅣ世通りのルンピニー辺りやMRTクロントゥーイ駅から市場経由で行けます。
Port

バスやタクシーでも次は港湾入り口横のセブンが目印です。この横の細い道に向かいますがこの路地の入り口がワット・クロントゥーイノークの入り口にもなっていて、船着場に行く前に旅の無事を祈って行きましょう(通りながらの合掌だけでも・・・)。お寺を右手に見ながら庶民的な路地をどんどん進むと突き当たりのビルの中に路地が消えています。
Templae

そこまで行くと英語で「Ferry Boat」と書いてあるゲートが見えます。そして、そこをくぐれば・・・驚くほどの小さなFerry乗り場です(笑) そしてチャオプラヤー川の向岸はビルなど全く、川岸の掘っ立て小屋とその後方に広がる林しか見えません。きっとここで一気に不安になるかと思います。
Pier

船着場手前右側の小さな商店で船賃を払いますが、小さな舟は片道10バーツ(2~3年前まで5バーツでした)。自転車でここまで来た場合にはちょっと大きなロングテールボートで自転車を積んで渡りますが(小舟が怖いときは人だけも乗れる)、価格が忘れちゃったのですが以前はTHB10か20でしたので・・・
Pier 2

小舟とロングテールボートで価格が違うので注意! またタクシー・ボートもここで呼べます(ケータイ番号がダンボールに書いてあり売店に貼ってる)。交渉次第でチャオプラヤーの上流や下流に行くのも面白そうですねぇ~

私はここで渡し舟に乗り降りする時と、チャオプラヤー川を渡っている時が一番怖いです。目の前を見上げるような大きな(そして汚い)貨物船が通る中を、今にも沈みそうな小舟が川を渡るのですから・・・いつだったか船頭さんは昼からビール片手の操船だし(笑) つい先日は水量が少なく流れがきついので、なかなか舟が船着場に横付け出来ませんでした。
River

パパデーン側の船着場には貸し自転車がありますが全てかなり古いです(笑)。小さな売店とモタサイの運転手が昼寝をされています。ちなみに、ここからモタサイでバーンナムプン水上マーケットも行けて、3年ぐらい前は30バーツでした。またそれは別な機会にエントリーしましょう。

シーナコンクエンカン公園にはモタサイでも行けますが、私は毎回周辺の景色を楽しみながら歩くことにしています。

しかし・・・チャオプラヤー川を渡った事で、一気に時代も場所もワープした感じです。ちょうど1980年代に私が最初にタイに来た時のサムットプラカン県はサムロンの町外れの感じ。タイは南部から北部まで色々旅していますが、今では地方でも見かけないような寂れた雰囲気いっぱいです。
Road

「寂れた」を違う言葉で「自然がいっぱい」と言うのかも? パパデーン側の船着場から伸びる一本道をゆっくりと歩くと、本当に自然がいっぱい!(笑)この道沿いには民家がぽつぽつとあるのですが、どの家も木々に埋もれてよく分かりません。

途中左側に「サイアム闘魚博物館(美術館?)」(英語の看板はSiamese Fight Fish Gallery)がありますが、ギャンブル(アジアの多くの国が闘魚を賭け事に使います)に関係したものはあまり興味がないのでパス。

Tree

まっすぐ一本道を歩いていると途中十字路が一箇所あり、そこに売店兼食堂がありますが、いまどきタイの田舎に行ってもなかなかお目にかかれないような雰囲気です。

しばらくしてまた歩き出して、船着場からはのんびり歩いて20分ぐらいでしょうか、左側にシーナコンクエンカン公園の入り口がやっと現れます。その入り口から公園までがまた長いのですが・・・
Gate

ゲートをくぐって橋を渡ればやっと公園の正面。すぐ脇に小さな売店があって、ここで水と魚のえさ用のパン(食パン半斤ぐらいかなぁ)を調達します。
Gate2

公園内に入ってすぐ右に公園事務所の立派な建物があります。周辺の花壇は整備され、建物内ではこの公園を説明した展示とパンフレット(英語あり)もいただけます。ちなみにここのトイレはきれいですので寄っておきましょう(笑)
Office

この公園、とにかく大きくてよく整備されています。そして人はほとんど居ない! 池が大きく3箇所に配置されそれぞれが繋がっています。池の周辺には木橋や池の中にせり出した東屋が置かれています。
Pond

公園マップで見る限り奥にはバードウオッチング塔や自転車公園もあるよう。私は池の東屋でのんびり魚にえさをあげながら、池を渡る心地良い風を楽しむだけで充分なのですが、バンコクからそのまま自転車で来られたのかファラン(西洋人)の方々が公園内をがんがんに乗っています。とても自転車を漕ぐ様な気温じゃないのですが、暑いのが気にならないのでしょうか?
Bike

この公園は自転車が楽しめ、また犬も自由に入れるようです。本当に人は少なく自然いっぱい! それでスクムビットからすぐ近く!!

次から次へと高層ビルの建築が進むバンコク。その足元から喧騒を逃れるようにスリルを味わいながら小舟でチャオプラヤー川を渡ると・・・そこはタイムスリップしたようなレトロな田舎!ジャングルのような緑の中を歩けば、そこは自転車や犬と遊ぶ事も出来る美しく整備された公園・・・知る人ぞ知る別世界なのです。

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2015.07.13 | コメント(0) | 博物館・パーク等

優しに包まれたレストラン


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月12日、今朝のバンコク(の端っこ)は晴れですが、雲も多いようです。

昨日は朝から天気が良かったので、バンコクのパーシーチャルーン地区に行って来ました。パーシーチャルーン・・・どこだ!?って話ですよね。チャオプラヤー川の西側、トンブリ地区のさらに西です。その話はまたいつかエントリーする機会があるのでしょう。

ところで今日は日曜日ですよねぇ~。
よく言われる事なのですが、リタイアすると本当に曜日の感覚がなくなります。毎日が週末、日曜日ですから・・・ もしかしたらそんな日が来るのを楽しみにしておられる方がいるかも知れません。

しかし、決して楽しいものじゃないです。働いていた時の方がよほど毎日充実しているものです。残念ですが、それに気づくのはリタイアした後なのですが・・・

そんな何か満ち足りない、強いてやる事がない、居場所さえ見つからない中、たった2ヶ月でリタイア後の日本を一人飛び出てタイに来たのですが・・・

それもすでに半年が過ぎました。日本をスーツケースひとつで出たのが1月8日。スワンナプームで入国したのが1月9日午前0時15分過ぎ頃でした。

タイで半年も長い夏休みを過ごしていると、また何か大きく動きたくなってしまう今日この頃です。


さて、時間だけはたっぷりあるリタイアの身のはずなのですが、何かと野暮用ばかりで趣味のひとつであるレストラン巡りがなかなか出来ません。まぁ何とか暇を見つけては、とりあえず前タイ在住時に通った懐かしい店を再訪し続けています。

本ブログではすでに「極上空間と鉄人シェフ」「癒しの空間を訪ねて」などでエントリー済みですが、今日はそんな第三弾です。

昔栄えただろう交易の大動脈チャオプラヤー川と、バンコク最初の本格的道路と言われている道ニューロード界隈は、今でも貿易商の古い館などが見られれ植民地的雰囲気が感じ取れるエリアです。

前タイ在住時から私にはアクセスが不便ながら、好奇心を刺激するレストランが点在する所でもありました。そんなエリアのスラサック通りのSoiに面してお店はあります。

『Ban Chiang バンチェン』イーサン料理をベースとしたタイ料理レストラン。昔からありますし、たぶん多くのガイドブックにも載っているかと思いますが、ここの空気感が独特で前タイ在住時から気に入って通っていました。
House

BTSスラサク駅から徒歩10分弱でしょうか、大きな商業ビルに囲まれるようにあるので見過ごしてしまいそうな、樹木に囲まれた一軒家レストランです。

古い二階建ての木造一軒家で、通りからは生い茂る樹木で二階部分しか見えないのですが、大きく開かれた門から入ると雰囲気ある白い建物と玄関が現われます。
Ban Chiang 1

店の中は玄関部、中心部、そしてガラス張りのサンテラスが一階。骨董品が置かれた雰囲気ある階段を上がった二階にグループ用に適した部屋が二つ。古い木造一軒家のレストランなので比較的小さなレストランになります。

私が最初にこの店を訪れたのは15年前は日曜の昼下がりのことでした・・・

お客も少なく常連と思われる在住外国人のカップルとタイの裕福そうな家族連れがランチを楽しんでいる場でした。どことなくのんびりした空気が漂う午後遅いランチを楽しむ人たちには、なぜか裕福そうに見えたものです。

普通はそんな中では落ち着かないものですが、なぜか一人でも気にならず料理やレストラン自体を楽しんでいる内に・・・他のお客さんたち、スタッフたちも含め、この店には独特の空気感があることに気づきました。

それはこのレストランに流れる優しさとゆったりとした時の流れなのです。緑多く木々に囲まれた年代ものの一軒家・・・そこだけが時の流れが異なるようにも思えます。

2000年のBan Chiang一階部分です
Old

15年前の画像です。生意気そうですねぇ~(汗)
ALSTER 1

現在の画像です。レストランは変わらず人は老いました。
ALSTER 2

壁には古い写真などが多く飾られており、切花や古い食器、ちょっとした置物も要所に飾られています。白い木の壁とよく磨かれた木の床。緑がいっぱいの庭がどの席からも見ることが出来ます。

店内と庭のさりげないディスプレイは好感が持て、建物と料理と人が穏やかな優しさで統一されているかのような印象を抱くのは、この店を気に入ってしまった私の個人的な好みからだけでしょうか・・・
Ban Chiang 2

メニューはFIXメニューはなくいつもアラカルトから選びます。スープ、カレー、シーフード、パスタ、玉子料理など分類されている中から選びますが、比較的高いシーフードでも200~300バーツ台とこの手のレストランではリーズナブルな価格です。

そして驚いた事に今でもその価格は概ね守られているのです。また、特筆はベジタリアン用の分類があり、ベジタリアンでない私にも野菜料理が美味しいのが個人的には嬉しいです。

これは一番最近、先週昼食で食べた料理です。
Food

バンチェンはアユタヤやスコータイと同様に世界遺産に登録された遺跡の名です。イーサン地方のウドンタニの東、Ban Chiang村に古墳があり、世界的にも注目されている青銅器時代の遺跡なようです。私は詳しくは知りません。かなり広いエリアがバンチェンと呼ばれていたそうですが、そんな古い地図が15年前のメニューの裏側に描かれていました。

イサーン地方の料理の美味しさ、そして人々の優しさと温かさは間違いなくオーナーの誇りなのでしょう。それらがレストラン全体を包み、木々や花々まで浸透し、窓から壁や階段の木の温もりにもなり、優しさまで感じられる料理をすばらしいものにしています。

スタッフは若い男性ばかりで、接客に慣れてないものの心のこもったサービスを受けられます。ちょっと素人っぽい感じに好感を抱くのは、私自身が好きな店だからかも知れません。
Ban Chiang 3


古い家を改装してレストランにするケースはバンコクに多く見られます。それはまるで骨董品だらけのギャラリーのように感じる店も多く、それなりに楽しめるのですが、ここはまるでそのまま人が暮らしているかのような印象を受けます。そんな温かみのある家で食事をしているかのような錯覚を覚えるのです。ここで食事をする度にこんな家で暮らしたいと思う、そんな大好きなレストランです。

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2015.07.12 | コメント(0) | 食いしん坊録

バンコクで一番大きいナイト・マーケット


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月11日、今朝のバンコク(の端っこ)は晴れ。朝からの青空は久しぶりです。

昨日は私には珍しく友人とエカマイで食事でした。タイに住み始めて3回目の夜間外出です(笑)もっとも暗くなり始めた7時半には切り上げました。

再開を約束し友人と別れた直後、BTSエカマイ駅下で路線バス133番を見かけたので飛び乗りました。少し遠回りにりますが、直接アパート前まで行くバスです。

スクムビット通り、プラカノン通り、パタナカン通り、シーナカリン通りと通りを重ねるごとに寂れて行きます。開け放れた窓に肘を置き、ボーっと街の灯が流れるのを見ていました。なんだか寂しさまで感じてしまったのは、久しぶりに会話のある夕食の後だからでしょうか・・・

Bus #133

少し暗いバスの中、一日の労働を終え疲れ切った顔でバスに乗る人、家路を急ぎバスを降りる人・・・混んでいたバスの中が次第に空き始めた頃、やっとアパート前です。
夜に走る路線バス、考えてみたら初めて乗ったかも知れません。

さて、そろそろ本題に移りましょう。


これは先日の2回目の夜間外出の時です(笑)

まぁ自分へのお祝いと言うか、半年間頑張った褒美で夕方に出かけました。シーナカリン通りでパラダイス反対側に気になるお店があったので、これは半年間で初の一人で夜の外食でした。夜って言ってもまだ明るい午後6時過ぎなのですけど(汗)その話しは別な機会として・・・

歩いて20分ぐらいですが、やはり夕暮れは風も気持ちよいですねぇ~
ただ、パラダイスあたりに来ると、その先のHaHa55やシーコンスクエアまで南行き道路が渋滞です。ここってまだ平日だから良いのですが、大きなショッピングセンターへ入る車と出る車、客待ちのタクシーとソンテウで昼でも渋滞になります。
Traffick

同じ所ですが、今日のような週末は夕暮れからはもっとひどい渋滞になります。シーコンスクエア裏でナイトマーケットがあるからです。ウィークエンド・ナイト・マーケット「タラート・ロットファイ」直訳すると鉄道市場でしょうか。

たぶん・・・ネットで検索すると「面白いけど、遠くて不便!」と酷評ばかりのような気がします。以前チャトチャックで廃車両倉庫前にあったのが移動した骨董市場ですが、なぜか古いアメリカの雰囲気を出そうとしています。古いアメ車を置けば良いってもんじゃないのですが、タイの古いアメリカはそんなイメージなのでしょう。

バンコク都心部の人たちには「遠くて不便」なのでしょうが、私にとっては徒歩圏。アパートを出てからマーケット入り口まで歩いて25分ぐらいでしょうか。いつもシーコンまで歩く私には近く感じもします(笑)

シーナカリンが都心部の方々には遠いからか、最近同じ「タラート・ロットファイ」がラチャダーのエスプラネード裏で行われるようになりました。私も行ってみましたが、規模はシーナカリンより小さく、アメ車を置けば良いってもんじゃないのですが・・・まぁそれはシーナカリンも同じですけどね(笑)

タラート・ロットファイ。シーナカリンですが、シーナカリン通りのシーコンスクエアとHaHa55の間。シーナカリンSoi51を入った所にあります。
Enter

しばらく常設店が並ぶ狭いアーケードを通ると、やがて広場に出て露天商が並んでいます。露天商の数はすごく多いのですが、それはどこにでもあるような店です。
Market 1

arket 2

arket 3

左に曲がり奥に行くと・・・タラート・ロットファイの名物のアメ車が飾られた店や、骨董屋が多くなります。時代感を出そうとしているのかアンティークな床屋でカットも出来ます。
Market 4

Market 5

さらに奥に行くと車を乗り入れてそのまま店を広げている骨董屋が多くなり、その周辺ではCafeにBar、食事が出来る店も多く広がっています。
Market 6

心地よいジャズを流している店に入り、店の外を通る人々を眺めながらビールで一息です。ここはだらだらと飲めるBarも多く私的にはなかなか好きです。唯一夜の帳が下りる頃には眠たくなってしまい、早めに帰る自分なのですが(苦笑)
Market 7

行き方ですが、シーコンスクエアやパラダイスと同じですが、シーコンスクエアか次のバス停(その方が近い)で降りてください。

スクムビット方面からだとエカマイから出てスクムビットSoi71を通り、パタナカン通り、シーナカリン通りと走る133番のバス(冒頭のバスですね)。
ラムカーヘン1からの207番。バーンカピから207番エアコンバス、モーチットからラップラオ通りを走りバーンカピでシーナカリン通りに入る145番。それとラチャダーからパタナカン通りを経由してシーナカリン通りを走る206番です。

ソンテウだとオンヌットのBigC前から4番と他の番号も行くようですが、私は未検証です。それよりBTSウドムスック駅に近くから乗れるシーコン行きのソンテウがお勧めです。


都心部の人たちに「遠くて不便」と言われるナイト・マーケット。私のアパートからは徒歩25分・・・ってことは遠くて不便な所に住んでいるのですねぇ-->自分

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2015.07.11 | コメント(4) | マーケット

割引で映画館に行こう


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月10日、今朝もバンコク(の端っこ)は曇りです。

昨日は終日曇り空。昼過ぎから時折雨がぱらついていました。そんな天気だったのでアパートから一番近いパラダイスへ歩いて買い物へ出かけました。

途中の歩道で・・・いきなり何者かが後頭部を殴って来ました。あまりの驚きで歩道上で気を失うかと思いました。「姉さん、事件です」高嶋政伸が演じた赤川一平なら、そうつぶやいた事でしょう。
Walkway

賢明な読者ならもう犯人をお分かりかと思います。
空気で手をバタバタさせる危険人物?が7~8体も並び、歩道はなぜか真ん中に植えられた木で塞がっているし、気をつけてはいたのですが、屈んでやり過ごした後に後ろからの凶行でした。

きっと何者かが隠れていて、操作しているのに違いないです。

さて、気を取り直して本題へ入りましょう。


映画をかなり好きなのは、すでに本ブログ「映画館に行こう」でエントリー済みですが、今日はその続きです。

その前にまず最初にタイトルのお詫びです。割引とは私の場合のシニア割引のことなので、お若い方にはもしかすると適用外かも知れないです。大げさなタイトルで中身を見ると大した事ない・・・そんな嫌いなアクセス稼ぎのブログと似たようなものです。まぁ私のブログにアクセスしていただいている方の多くはすでにシニアか近くなる方だとは思うのですが・・・ごめんなさい。

そのシニア割引を得る手順は前回エントリー済みですが、外国人でも可能な事と、メンバー登録が必要なのと、その必要情報も書いています。
ですが・・・肝心の年齢を書き忘れました。60歳以上だと思いますが、実は年齢条件を聞き忘れました。私の62歳は問題ないのであまり条件を気にしませんでした。すいません。

さて、初めて映画を観たのは、笑われるでしょうが、日が暮れてから近所の小学校の校舎に白い幕をかけて、映写機で映す星空映写会。校庭にござを敷いてご近所総出で観たのです。何だったか・・・孫悟空のような気もするのですが、何よりも異常に興奮してその時のことが記憶に刻まれてしまいました。

それはそうですよねぇ~ 近所にテレビなんかある家はなく、毎日紙芝居のおじさんが自転車でやって来るのが楽しみぐらいだったのですから。

小学生か中学生になってハッキリ記憶にあるのは都電で錦糸町へ行って観た「若大将シリーズ」や「ゴジラのシリーズ」。
高校生になると洋画に夢中で、昼飯代を浮かして近くの銀座や日比谷に一人で行ってロードショーを観ていました。

その頃観てさらに映画にのめり込んだのは「ローマの休日」。奇しくも私が生まれた歳に作られた映画です。東銀座でリバイバルを観たのですが、最後の場面・・・宮殿に戻ったオードリー・ヘプバーン演じるアン王女とグレゴリー・ペック演じるアメリカ人新聞記者のジョーがローマ最後の日に記者会見で対面し、その後・・・ジョーが謁見の場を去りがたくも振り返る姿が目に焼きついています。
Roma

実はこの映画の影響で・・・数え切れないほどの国を旅し、イタリアだけでも10回以上(全て車で)行っているのに、ローマだけは大切に残し行かないでいます。子供たちが巣立ったら家内と二人で行きたいので・・・夢ですが、そろそろその叶うのもそう遠くないでしょう。

いつもながら話がどんどんずれます。もう本題に入りましょう。


前回のエントリーでシニアである事を登録したM-GENERATIONカードを入手したことまで書きました。どうもこのM-GENERATIONカードはシニアだけではなくメンバーカードで、子供さん、学生さん、一般もあるように思えます。それで年齢が登録してあるのでシニア料金となるわけです。

・・・と言う事で、冒頭に「割引とはシニア料金のこと」と書きましたが、子供さん、学生さん、そして一般(って何だ!?)の人でもM-GENERATIONメンバーになれば、(たぶん)割引が受けられと思います。”たぶん”ですよ! 

私はシニアしか分かりませんから。登録できなくても、クレームしないで下さいね。それから各種カードでの割り引きもあるようですので、チケット購入時は直接お聞きになるのが一番かと思います。

やっと本題です(汗)

先週「ターミネーター・ジェニシス」が封切られたので、週末を避けて月曜日にメガバンナーでの買い物ついでに観てきました。

さて、メガバンナーのMEGA CINEPLEXでチケット購入ですが、前回エムクオーティエと同じで現金を受け付けないチケットマシンなので、エムクオーティエで頂いたCASHカードにチャージする必要があります。カウンターに行ってCASHカードとシニアを証明するM-GENERATIONカード、そして現金を渡しました。
Card

メガでは一般200バーツがシニア料金60バーツでした。ただ、60バーツは初回だけのような説明があったので、次回は価格が上がると思いますが、定かではありません。

ちなみに私の生活圏で違う映画館に聞いたところ、パラダイスは一般200バーツでシニア130バーツ。シーコンスクエアが180バーツでシニア60バーツとの事でした。セントラルバンナーは聞いていません。なんとなくですがM-GENERATIONメンバーになった初回が(たぶん誰でも)60バーツで、次回から130バーツのようなシニア料金になるのだと思われます。

チケットマシンの操作も戸惑いました。もう時代について行けないのでしょうか・・・
最初にMEGA CINEPLEXカードをスリットし、その後に映画や時間、枚数を選んでから支払いの時にCASHカードをスリットします。しかし面倒過ぎます。

Cinema

「ターミネーター」自体は面白かったです。英語ですが、ストーリーが進むうちに言語を気にしなくなると思います。単純な展開ですし、アクションの映像と音響が映画館で観る価値を感じさせてくれます。

映画館自体はエムクオーティエより良いと私は思いました。席の足元が広く、私の短い足では思い切り伸ばしても前の席に届きませんでした。時間も定刻で始まったし(笑)
Inside

古い型のT-800(シュワルツェネッガー)があちこちうまく動かなくなるシーンがあって、「歳だ・・」と嘆くのです・・・・

「うん、そうそう・・・俺もだよ」と映画に話しかける自分がいました。風船ごときに頭を殴られてしまったのですから・・・

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2015.07.10 | コメント(3) | タイ生活

SIMカード&映画シニアメンバー 登録


こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月9日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇り空。今すぐ雨が降るような雲はありません。

昨日は野暮用でスラサックからスリウォンあたりに居たのですが、ラマⅣに出てバスで帰ったら、バンナーあたりから道路が濡れていました。アパートあたりは水溜りが出来ていたので、ここだけかなり降ったのでしょう。出かけている間の雨、ラッキーでした。

私にとってラッキーでも、雨季なのにあまり雨が降らずに困っている方もおられるのではないかと思います。

先日、これも野暮用で隣県のパパデーンに行くのにチャオプラヤー川をクロントゥーイから小舟で渡ったのですが、私は見た事がない低い水位でした。その為か川の流れが速く舟が船着場に横付けするにも苦労するぐらいでした。
River

上流の天気は分かりませんが、雨季なのに雨が少ないからでしょうか・・・

この渡し舟は前タイ在住時から使っていましたが、強い水流と風で船頭さんも苦労していて、小心者の私は川の中央でかなりびびり、恐怖で気を失いそうになりました。チャオプラヤー川の真ん中、小舟の中で意識を失うのは危険です。必死に耐え舟にしがみついていました。

こんな経験は今までありません。舟賃も当時5バーツだったのが今は10バーツだし・・・まぁそれを言ったら全てが値上がりしてますね。

値上がり・・・前回エムクオーティエで映画を観た時に平日の普通の席が220バーツでした。確か2000年はエンポリアムで100か120バーツだったと思います。
プラカノン運河ボートも2年前10バーツだったのが今は15バーツですねぇ~いつ値上がりしたのか・・・

と言う事で家計救済策の第一弾。前回エムクオーティエで映画を観た時にシニア料金があるのを知ったので、どうしたらよいのか気になっていました。映画館のWEBで調べたのですが(英文部分)では記載がなくて、直接映画館で聞くことにしました。

その前に・・・どうせ年齢確認でパスポートが必要でしょうから、ついでに携帯電話のプリペイドSIMカード登録も済ませることにしました。

このSIMカード登録も私は何が必要かよく分からないのです。
Bangkok Postの記事で以下のような記載があって、プリペイド携帯電話は7月31日までに番号を登録しないと使えなくなるのは分かっていたのですが、NBTCの英文サイトを見てもこの件での記載が見当たらないし・・・
『The 90 million users of prepaid mobile phone services must all register their numbers by July 31 or their service will be suspended, according to the National Broadcasting and Telecommunication Commission(NBTC) 』

結局これも行ってみないと分からないでした(汗)
買い物ついでにパスポートを持って、映画館と携帯キャリアであるAISの両方が一箇所にあるメガバンナーに向かいました。

まずAISに向かいました。入ってすぐ整理券を取るべきですが、よく分からないので案内係に聞いたら、英語が話せる係員が対応してくれるみたいで、そのカウンター番号が記された整理券を渡されました。
AIS

まったく待つことなく英語が話せるお兄さんのカウンターへ。「SIMカードの登録をしたいのです」と私。「パスポートをお持ちですか?」と聞かれ、携帯電話とパスポートを渡しました。係員は数秒カウンター裏に消えてからすぐ戻り、私の目の前で携帯電話を操作する事10秒程度。「はい終わりました」と携帯とパスポートを返されました。

「何か書類は必要?」と聞いたら、「ありません」とパスポートのコピーを取ったらしく、そのコピーに何か書き込んでいました。その間1分程度でしょうか・・・まったく書類もサインもなく、あっけなく終わってしまいました。

まぁタイですから、その時、その係員で対応が異なるでしょうが、私の場合はこれで終わりました。ただエビデンスが何も無いので本当に登録されたのかは分かりませんが(汗)

次に映画館「MEGA CINEPLEX」です。AISのすぐそば。
どこで相談するか分からなかったのですが、チケットマシンがある前のカウンターで聞きました。お嬢さん二人ですが英語がたどたどしく、私のたどたどしいタイ語と合わせての会話でした(苦笑)
Cinema

行った日(7月2日)はターミネーターが封切りされたばかりで、お客さんも多かったのですがお嬢さんお二人は辛抱強く対応してくれました。手順は以下の通りです。

1, (このカウンターの)パソコン上で「M-GENERATION」メンバーの登録をする。
2, 入力するのは名前、携帯電話番号、生年月日、性別、ユーザーネーム、e-mailアドレス、パスポート番号、年齢です。
なお、画面には「ID/Passport」と書いてあったので、外国人でも登録可能と分かります。それが一番心配だった・・・
3, 1年間有効の会員費100バーツを支払いM-GENERATIONカードを受領。

左が今回発効のM-GENERATIONカードで、右が前回エムクオーティエで頂いた現金用カードです。
Card

さぁ、これでシニア料金で映画を観られることになりますが、一回シニア料金で観ればカード代100バーツの元は取れそうです。
この日はサングラスだけしか持っていなかったので、映画を観れず登録だけでしたが、次回が楽しみです。

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2015.07.09 | コメント(0) | タイ生活

一日に七回道を聞かれるなんて

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月8日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇りです。夜明け直後はかなり湿気も多く、いつ雨が降ってもおかしくない天気でした。

さて、一週間ぐらい前でしょうか、あるテレビ局のADさんから非表示コメントの形で、番組制作に関して情報収集協力依頼がありました。非表示設定ですのでマナーを守り引用は避けますが、内容はブログを読まずに送信された(ブログとは関係ない)一斉配信のようでした。

たぶんブログランキングあたりから、片っ端から送信したのでしょう。おそらく同一内容でコメントかメール送信機能がある方はメール連絡を受け方が多くおられると思います。

ブログには全く関係ない一斉配信の依頼文をいきなり送る事、そして返信を求めたメールアドレスがYahooのフリーメールアドレスだった事に違和感を私は感じました。そこですぐテレビ局に直接問い合わせをしたのですが、翌日には返信があり、企画書まで添付されて来ました。

真意は確認できましたが、素人じゃなくメディア関係者ですので、もう少し違ったアプローチがあるのではないかと正直思い、なんでしょうか・・・情けないような、残念にも思いました。まぁ、協力する方もおられるのでしょうが、私は依頼内容自体そのままスルーしています・・・

こんな事もあるのですねぇ~ 

こんな事もある・・・と言えば、唐突ですが、皆さんは街を歩いていて道を聞かれたことはありませんか?

日本の都会ではもう少なくなったのではないでしょうか。もう100%と思うぐらいスマホをお持ちですし、私のような年寄りでも携帯電話は持っているでしょうから、無機質で小さな機械に頼るのではありませんか?

もっともそんな理由より、現在(の都会で)は人と人との距離が離れているので、知らない人に声なんかかけられないのかも知れません。

日本人の方でもタイで道を聞かれた経験をお持ちの方は多いかと思います。実はアメリカでも(私に限らず)道を聞かれた経験が多くあります。『わざわざ(外国人丸出しの)東洋人に聞くか!』と最初は思ったのですが(日本で外国人に道を聞きませんよねぇ)、アメリカは多くの人種がアメリカ人として暮らしているので、肌の色、風貌などで外国人と思うことはないのです。って言うか外国人と言う意識もないように思えます。

だからアメリカだと我々日本人に対しても情け容赦ないネーティブな速さで英語を話すのです。聞き取れず聞き返しても、言い方を変えたり話すスピードは変えない。それは意地悪ではなく、相手が英語を話せないとは思い浮かばないのです。アメリカにおいて(外国人との接点がない)一般的な人たちは、アメリカに居る人間は誰もが英語を完璧に話すと思っているのです。

また話がずれて来ました(汗)

タイだと日本人も風貌で大きな差がないので、道を聞かれるのは分かるのですが・・・タイの方には地図が読めない、書けない人が結構多いように思えます。決して馬鹿にして言うのではありません。日本人だってそうした人は珍しくもないのですけどね。

私がタイ勤務時に付き合いがあったタイ人の多くは地図が苦手でした。地図上で示して行かせても、地図を書かせても一本道がぐにゃぐちゃで距離感や方向が滅茶苦茶になるし・・・

それとタイの方は人と人の距離感が近いと思います。物質的な距離ではなく精神的な距離感です。知らない人でも気軽に話しかけたりするのではないでしょうか。
タイで庶民の中に溶け込むように生活するようになってから、それを強く感じるのです。都会の若いタイ人は違うし、日本と同様に将来薄れて行くのでしょうが・・・

また話しを戻しましょう(汗) ここまで画像もないし・・・
いつも思うのですよねぇ~ 今のブログの主流って言うか、ほとんどのブログがそうである画像たくさんで短い文章の方が、書くのも楽だし、読む方も楽だろうと・・・ 皆さんが慣れ親しんでいるSNSがそうですものねぇ~ 

はい!分かりました。話を戻します。


先週ですが天気が良かったので、いつもの買い物は止めて少し遠出しました。行き先を決めなくても出かけられるのがリタイアの身です。バス停に行って最初に来たバスで行き先を考えることにしました。

最初に来たバスが207番エアコンでバーンカピはハッピーランド行き。これに乗るとバーンカピ船着場のあるラップラオ通りSoi150のそば、バーンカピ市場に停まります。13バーツ。この次点でカオサンに野暮用があったので、それを片付けに行くことに決めました。

今のセンセーブ運河ボートはいつ乗ってもものすごい混雑なので、モール・バーンカピ船着場より一駅始発に近いバーンカピから乗るようにしているのですが、船着場で待っていると30代の男性から道(川?)を尋ねられました。
Pier

「プラトゥーナムはどっちの方向ですか?」。おいおい、そんな事も分からないの・・・と心の中で思いながらも、プラトゥーナム方面を指差し、ちょうど逆方向から来たボートを示して「あれは行かないよ」と教えました。

ボートに乗ると案の定次のモール・バーンカピでたくさんの人が乗ってきて、後方立ち席までいっぱいです。この後船着場ごとに人が乗ってきて、もうラッシュアワーの東京の電車なみです。

プラトゥーナムで乗り換えたボートも混雑しています。パーンファーリーラート船着場へ着く二つぐらい手前で、隣の40代ぐらいの女性から「パーンファーはまだですか?」と尋ねられました。「ヤン」とだけ答えましたが、終点だとは知らないで乗ったのでしょうねぇ・・・バーンカピからパーンファーまで19バーツ。
Pier

パーンファーリーラート船着場からカオサンまではバス3駅分ぐらい離れていますが、天気も良かったので歩いちゃいました。

カオサン・・・懐かしいですねぇ~ここをねぐらにした事はありませんが、南の島へ行くのに何度かここの旅行社とバスを使いました。
バンランプー市場近くで野暮用を済ませ戻ろうとしたら、目の前に黄金の仏舎利が飛び込んで来ました。ワット・ボヴォニベートの仏舎利ですが、このお寺、私のバンコク・ベスト5のお寺に入っています。いつか紹介しましょう。
Khaosan

バンモー通りを歩いている時に欧米人バックパッカーカップルから道を聞かれました。「カオサン通りはどこですか?」鼻にかかったその英語は完全にイギリス人です(笑)。「一本違ったねぇ~あっち行って左に曲がって最初の左側の通り」と教えました。
Ban Mo

ラチャダムヌンクラン通りに出てバスを待っていると・・・また男性バックパッカーです(笑)どこの人だろう?英語はかなり強いなまりで東欧のように思えます。「空港?」と聞かれたので、「スワンナプーム?ドンムアン?」と私。相手はよく分からないようなので「エアーライン?」と聞いたら「エアーアジア」。「OK!44番に乗ってモーチットBTS駅下で降りて、A1に乗ったら終点が空港だよ。他にもあるかも知れないけど、知らないんだ」と話している間に、私が乗りたい2番が行ってしまいました(涙)

すぐエアコンバス511番が来たので乗ってしまいましたが、彼に伝わったかなぁ・・・心配で何度も振り返ってバス停を見てしまいました。511番は南バスターミナルからスクムビットを通りパークナムへ行く長い路線です。ウドムスックまで19バーツ。こんな安くて良いのでしょうか・・・
Street

バスがスクムビットにやっと入り、プラカノンを過ぎたあたりで・・・隣の40代タイ人男性から「ウドムスックはまだですか?」と聞かれました。「まだです、私も同じです」と簡単なタイ語で答えましたが、このへんで今日はどうも道を聞かれるなぁ~と思い始めてもいました。

ウドムスックではバス停すぐのおかず横丁(市場とは言えないなぁ)を抜けてソンテウ乗り場へ。いつものようにソンテウのステップに立って出発を待ていると・・・30代女性が「パイ・シーコン・マイ?」と道端から聞いてきました。「マイ・パイ」と答えながら後ろのソンテウを指差しました。その後すぐまた女性が「○×△○?」と聞いて来ました。聞き取れなかったのは知らない地名だと思ったので「マイ・ルー」と答えて運転手を指差しました。
Songthew

よくあるのです。ソンテウのステップに立っていると聞かれる事が。いつかは運賃を聞かれてお金まで差し出されましたから(笑)

しかしよく道を聞かれました。一日に七回! どうしてか・・・と考えてしまいました。まず絶対的原因のひとつがタイ人に見えるのでしょう。それはそれで嬉しい事ですが、よれよれTシャツに半ズボンとサンダルで、肌の色も一般的なタイ人より黒いかも。

次の大きな原因がスマホに夢中になってない(持ってもいない)。今はバス停でもバスの中でも、ソンテウでもほとんどの人がスマホ相手に下を向きっぱなしです。私には異常にすら見えるのですが・・・その点、私はいつも回りをきょろきょろしていて、困っている人とすぐ目が合う(笑)

男性で若くもなく、よろよろの老人でもないのが聞きやすいのでしょう。
どうせ暇なリタイアの身ですから、どこかで道案内のボランティアでもしましょうか(笑)

つまらない話が今日も長くなりました。ごめんなさい。
道を多く聞かれましたが、リタイアしてタイにロングステイしている一人の男、その普通の一日です。こんな日を毎日過ごしています。そして一日一回は道を聞かれているように思えます。

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2015.07.08 | コメント(0) | タイ生活

プラカノン運河を行く

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月7日、今朝のバンコク(の端っこ)は薄曇りかなぁ・・・晴れと曇りの境目が分かりません。

昨日は一日曇っていたので、遠出は避けてメガバンナーだけ行きました。夜になると雨が降りましたが、ずいぶん久しぶりの雨のように思えます。

さて、今日は七夕ですね。たぶんスクムビットSoi33/1のパン屋さんNAKAMURAあたりでは、笹にいっぱい願い事が飾られているのではないでしょうか。

天を流れる天の川をバンコクでは見られませんし、足元の川と言うか運河は近くに行くのも避けたいと思うものばかり。バンコクも運河がきれいになれば、街の魅力が増えるのですが、きっと長い年月を必要とするのでしょう。

ところで、私が住んでいるのはバンコク都心部から離れたシーナカリン通りですが、そのシーナカリン通りと最も日本人密集度が高いスクムビット通りを結ぶ運河ボートがあります。プラカノン運河ボートです。
Boat

ガイドブックにもインターネットにもあまり書かれないだろう生活密着型運河ボートが現在も活躍しているのです。それはシーナカリンのイアムソンバット市場とスクムビットのプラカノン市場、そして周辺のお寺を結んだ生活路線なのです。

現在バンコクに残っている運河ボート(チャオプラヤー・エキスプレスは含まず)で、観光客や駐妻と呼ばれる方々には無理としても、ディープなタイ好きには有名なのが「センセーブ運河ボート」。シーナカリン通りの北端バーンカピを通るために、私も普通に交通手段として使っています(先週は2回も)。

このセンセーブ運河は本数も多いし速度も速く、一隻あたり50人以上乗れる大型のボートです。ただ時に悪臭がするのと、速度が速く波が立って水しぶき浴びる可能性が高いです。実際に水しぶき程度は当たり前で、一度なんか一列だけ離れた女性が頭からバケツを引っくり返したように水をかぶってしまいました。気の毒です・・・
Splash

また、その水しぶきを避けるために舟の両サイドでビニールシートを上げるので、実際には運河沿いの景色を楽しめないのが残念です。それに最近の混みようは本当にすごいので、私のように始発近くから終点まで乗る場合以外はお勧めではありません。
Sen

その点、プラカノン運河ボートは市場と運河沿いのお寺を結んだ生活密着型の路線。10人程度が乗る小舟でゆっくり運河を行くので水しぶきをかぶる事はまずありません。今も残る古いタイプの乗り合いボートで、お坊さんの利用が多いのも特徴的。
Monk

最初に乗ったのは3年前だったと思います。前タイ在住時には知りませんでした。って言うかエカマイから東にはほとんど行きませんでした。当時はエカマイから東に行きますと、お洒落なスクムビットも一気にローカル色を強めたものです。

最近ではBTSが東に延長された影響もあってかプラカノン駅やオンヌット駅も日本人が住むエリアとなりました。今回エントリーの水上バス(運河ボート)も何年か先には無くなるのかも知れません。

さて、プラカノン運河ボート・・・私の場合はシーナカリンのイアムソンバット市場が基点になりますが、読者に分かり易いようにスクムビットのプラカノン運河を基点として話しを進めましょう。
Map

スクムビット通りを都心部(ソイが若い方)から東に向かうと、路線バスの車掌さんが「タラート○×△・カー」と最初に市場名でバス停を呼ぶのがプラカノン市場です。バス停を降りたらそのまま橋梁下を進み突き当たりが船着場です。

BTSだとプラカノン駅とオンヌット駅のちょうど中間ですね。BTSプラカノン駅を降りたら、東(オンヌット方向)に向かってスクムビット通りの左側(北側)を進みます。スクムビット通りはプラカノン運河を渡る橋になりますが、その側道を進んで運河に突き当たった所が船着場です。
PhraKanong

オンヌット側からも行けます。橋梁下のソンテウやバス駐車場を横切り運河を歩道橋?で渡った所が船着場です。

ちなみにこの橋梁下の側道はスクムビット通りをUターンするの使われるので、車をお持ちの日本人在住者も通られた方も多いのではないでしょうか。
特にプラカノン側は橋梁下のスペースを利用した床屋さんがあったり、橋梁南側にはディープなタイ好きが大喜びしそうなモタサイの運転手が着るユニフォーム専門店、そしてお店なのか通りなのか分からない通り抜けできる食堂などが並び、いつも人で賑わっています。(画像はプラカノン市場)
Market

運河ボートは現在15バーツになりました。以前は10バーツだったのですが・・・プラカノン船着場の場合は出発前に徴収される事がありますが、普通は降りた時に船着場から船上の船頭さんに払います。

運行は日中のみで、1時間に1本、シーナカリン側もプラカノン側も毎正時の出発ですが、最近なぜか午後2時の出発が無くなりました。他の時間も抜けているかも知れません。

出発してすぐ高層マンション郡を抜けると、「ワット・タイ」次に女性の霊メー・ナークが祀られている「ワット・マハーブット」、「ワット・ヤーン」・・・次々とお寺が現れますし、モスクや中華寺院も運河沿いにあります。
OnNut

Temple

Mosuk

運河に面した家は自前の桟橋を持ち、子供たちは水浴遊び、運河に面したお寺への参拝者も使っています。また水上の物売りや自前のボートで移動されている方も見られます。
Life

以前は終点ひとつ手前のWat Khachonsiriに船着場があり、お寺を抜けるとイアムソンバット市場への近道だったのですが。最近の護岸工事でここだけ無くなり、終点のシーナカリン道路の橋の下です。

出発から30~40分ぐらいで終点のシーナカリン通りの橋の下です。正確に言うとここではプラウェートブリーロム運河で、そのまま東に真っ直ぐ伸びてスワンナプーム空港の北を通り、バーンパコン川のすぐ近くまで行きます。
Srinakarin

この終点のすぐそばにオンヌット通りとの交差点がありソンテウでオンヌットに行ったり、シーナカリン通りのバス(全路線)でシーコンスクエアや私のアパートに行けます(笑)

時々、この運河ボートに乗っていると、乗り合わせた方に話しかけられます。それと乗り降りが大変なので近くの人には手を差し出すようにしています。

タイの人々は恥ずかしがりやですが、庶民の生活の中に入ると、気さくでお節介で話好きです。そんなタイの人々と出会えるのもこの小さな旅の魅力なのかも知れません。

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2015.07.07 | コメント(4) | 水上/運河ボート

思い出の夏休み 冒険の終わりは

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月6日、今朝のバンコク(の端っこ)は曇り空。晴れ間がまったくありません。

昨日は(私にとって)突然の停電、しかも朝から7時間と対処に困る長さ。ネットに繋がらないのはもちろん、エアコンも扇風機も駄目。部屋に居られないので冷蔵庫の中を心配しながらセントラルバンナーに脱出しましたが、なぜか普段の日曜より子供が多く混んでいたなぁ~

さぁ、家族と冒険旅行したあの夏の日に戻りましょう・・・


ホテルは賑やかなチャウエンビーチでも静かな南側のビーチフロントにある「Seascape Beach Resort」。当時建てられたばかりで中級クラスのバンガロー中心のリゾート。有名リゾートホテルが建ち並ぶチャウエンビーチの中では見劣りしますが、なかなか居心地良さそうなホテルで、目の前がビーチですし、プールもあります。部屋はファミリースイートで二部屋のコネクティングにして2,950B/泊で費用的にも助かりました。
Hotel

午後は家族にビーチでリラックスしてもらい、私は翌日からのツアーを検討しに町に一人で行きました。サムイ島からタオ島までの一日ツアーとサムイ島内でのエレファントトレッキングツアー。それに帰路のサムイ島からスラタニへの移動方法や時間を調べるためです。

3軒ぐらい回ってツアーの内容や価格を調べて、納得した所で申し込みましたが、同じツアーなのにだいぶ価格差があるので、この辺りは根気よく調べると家族4人だと大きな差になります。

夕食はホテルから移動する気力もなく、ホテル内のレストランで済ませましたが、砂浜上にテーブルをセッティングした雰囲気も良く、価格も手頃で美味しかったので誰もが満足。夕食後は9時前にベッドに倒れこむように寝ましたが、翌日は早朝7時半のタオ島へのツアーが迎えに来ます。
Dinner

出発から三日目。タオ島はスピードボートなら片道1時間半程度の距離で十分日帰りは可能。ただし波が荒いと大変なことになるので、それだけが心配でした。
タオ島とナンユアン島自体は私が知り尽くしていたので、家族にも十分楽しんでもらったと思います。真っ白な砂、透明度の高い海、真っ青な空、手に触れることすら出来る熱帯の魚・・・どれも日本では味わえない南国の島でこその楽しみです。
Island

家族は大いに楽しみ私もリラックス出来ました。帰りのボートに乗るまでは・・・

帰りのサムイ島までは天候が崩れてきて波も高く、ボートは終始飛び跳ねながらの帰路になりました。子供達にとっては船酔いよりも恐怖心が大きかったようです。しっかり子供たちを抱きしめての1時間半。実はこの時私自身がかなり恐怖心を感じていました、今までの経験で感じた事がないぐらいの悪天候だったからです。
Boat

何とか持ちこたえて無事サムイ島に戻ったのは夕方4時半。ホテルに戻り塩だらけの体をシャワーで洗い、すっかり元気になりましたが、今度はお腹が空いて夕食の催促。この日もホテルのレストランでの夕食になってしまいました

サムイ島での三日目は終日ホテル前のビーチとプールでリラックスタイムでした。私はホテル近くのランドリーに行ったり、サンドイッチや水を買い込んだりの下働きです(笑)
Beach

サムイ島での四日目は朝から雨の一日になりました。午前中にエレファントトレッキングを申し込んでいて、どうしたものかと何度も空を見上げながらの朝食になりました。結局雨の中を午前9時にホテルに迎えに来た車で向ったのですが、エレファントキャンプに着いたら本降り。30分以上待って雨が小休止になった所で出発。象に乗って林の中や川を進みます。ツアーを30分で切り上げましたが、象を降りたらまた雨。観光客相手の内容のない高いツアーでした。
Elephant

サムイ島五日目はまた列車でバンコクに戻る日です。ここでまた大きな問題。いったい何時の船にどこから乗ったら良いのか??まったく見当もつかず、出発まで町中の旅行会社数軒で聞いて回ったのですが、回答がそれぞれ異なるのです。

スラタニ駅発は17:26。この列車には絶対に遅れるわけにはいきません。家族を抱えてバンコクに戻れなくなる事態だけは避けなければ・・・そんな強い気持ちで聞いた複数のツーリスト事務所が11時半の船に乗ることを言ってました。船着場まで余裕をみて1時間前の10時半発。この日だけはホテル手配の車を事前に頼んで万全を期した帰宅の日でした。

サムイ島最後の朝、迎えの車が定刻に来てすべて予定通り。30分前にはNathonの桟橋まで着いたものの、11時半に出る船は見当たらず、ジョイントチケットを見せながら桟橋事務所で聞けば、13時半発の船だと言う。それでスラタニ近くの港に着くのが2時間半後の16時。そこから鉄道の駅まで40分で、十分に17:26発の列車に間に合うと係員は言うのです。
Pier

そう、全て予定通りなら列車出発の46分前には駅に着ける・・・そんな事信じられるわけない!! かくしてまた、桟橋付近のツーリスト事務所を片っ端から尋ね、どうやったらスラタニに確実に行けるか聞きまくりました。

すでに購入済みのジョイントチケットに拘らなければ、その答えは簡単に得られたのです。このサムイ島からバスに乗ってスラタニまで向う別なジョイントチケットを扱っている会社があり、それが11時半に出発とのこと。エアコンバスは大人140バーツ。ノンエアコンは120バーツ。
Bus

慌ててチケットを買い家族を待たせた場所まで引き返し、そのバスが出発する所まで向いました。バスの出発2分前(^^;やがてバスは定刻の11時半に出発。すぐ目の桟橋のどのフェリーに乗るのかと見ていると・・・やがてバスは桟橋のある町を出て、どんどん島の反対側に向かっていきます。こうなると心配で心配で行き先を注意深く見ていると、20分ほど走ってサムイ島に来た時に着いたフェリー乗り場にやっとたどり着きました。
Ferry

フェリーは12時発でサムイ島対岸のドンサック桟橋まで1時間15分。そこでまたバスに乗り込みスラタニに向いました。スラタニまでは約2時間20分で無事到着。15時半にやっとスラタニ駅に着くことが出来ました。調べれば列車は定刻通りの17:26から変更がない様子。2時間ほど駅で待ちますが、やっとここで一安心です。

もう動きたがらない家族を駅のホームに残し、一人だけで駅前の食堂で早めの食事を取り、家族の夕食と飲み物など駅前のコンビニで買い求め、疲れきっている家族の所に戻りました。もう十分移動の苦労は味わったので、どうか列車が定刻通り到着するように祈っていたら、その願いが届いたのか信じられないことに定刻5分遅れで列車は到着。
Train

やがて夕焼けで真っ赤に西の空が染まる中を列車はバンコクに向って走り出しました。バンコク中央駅には翌日の朝5時20分到着予定。あらかじめ遅れることを想定し運転手には朝の6時半に駅に迎えに来るように頼んでいましたが、その予想通りに1時間ほど遅れてバンコク到着。やっと自宅のアパートに帰ったのは朝の7時過ぎのことです。
Train

この日、家族にはたっぷりバンコクで休んでもらい、翌日日本へ無事戻りました。

この時の旅は、今でも家族の中でよく思い出されます。どんなに豪華な旅行より、家族の誰もが記憶に残った旅のようです。
普段一緒に生活した事がない父親の姿も、少しは見せられたかも知れません。

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2015.07.06 | コメント(4) | タイ・トラベル

7時間の停電

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月5日、今日のバンコク(の端っこ)は朝からずっと曇りです。

昨日はサトーンの裏側?に野暮用で行っていたのですが、帰りのノンエアコン・バスが渋滞中、窓に腕をかけてウトウト。脳がとろけるようでした。暑さもありますが、時折バスを通り抜ける風が心地よく、なんて言うか・・・すごいゆるさがたまらなかったのです。

ところでサッカー女子W杯、明日決勝戦ですね。アメリカは強敵ですが”なでしこ”には頑張って欲しいものです。

Football

私が10年住んだアメリカ南部の田舎町、女子スポーツではサッカーが一番人気だったと思います。土曜や日曜は試合があり家族総出で応援で、それは見ていて微笑ましいものでした。どんなプレイにもグッド・ジョッブ!の声が飛び、親のほうが夢中なのも日本と同じかも。一人暮らしだったので、そんな姿を見ては少し羨ましくも思っていました。


今日は昨日エントリー「思い出の夏休み」の続編予定だったのですが・・・

朝からの停電でネットは繋がらないし、パソコンもバッテリー駆動がいつまで持つか・・・とにかくテキストベースで書くだけ書いておき、後でアップ予定です。
従って、続編は明日の予定です。ごめんなさい。

実は・・・突然の停電ではなく、三日ぐらい前にエレベーターホールで張り紙を見ていたのです。このアパートには珍しくタイ語と英語の表示。内容は、7月5日日曜の朝8時半から午後3時半まで、メンテナンスのために高圧電気が停電するとのことでした。
Note

私は高圧を日本で言えば三相高圧電源だと思ってしまって、エレベーターが止まるのか・・・と考えてしまったのです。
それで、今日一日どうしたものか・・・と考えていたのです。私のフロアーは20階です(涙)

階段で降りることは出来ても、登ることなんか出来ません(キッパリ) まぁ昼前に出かけて午後4時ぐらいに戻ろうかと・・・そんな事を考えていて、意識して今朝はゆっくりめに起きたのですが、それが裏目に出ました。

ちょうど8時に起きて、朝のストレッチをしていた時、部屋の中で電磁スイッチが切れる音がしたと思ったら、全ての電源が落ちました。「えっ!? そうなの、全ての電源が停電!」唖然としました。

とりあえずストレッチを済ませた後のシャワーですが、水シャワー。まぁこれは許せる範囲。水はアパートの場合ポンプで屋上にいったんくみ上げているだろうから、しばらくすると止まるかと思いましたが、とりあえずトイレなどは大丈夫そう。

エアコンはもちろん扇風機が回らないので、折角水シャワーを浴びても汗が吹き出てきます。朝の身支度を整えて朝食ですが、ここで冷蔵庫が心配になりました。

冷凍庫には冷凍海老があるだけ。これは自然解凍だと思って、今晩か明日にも料理すれば大丈夫でしょう。危ないのはミルクとヨーグルトぐらいでしょうか。卵もありますが、これは早めに料理して食べちゃうしかありません。

フルーツはパイナップルとパパイヤをカットしてタッパーに入れたあるので、まぁ問題なし。米や小麦粉など穀類や粉物はこれもタッパーで冷蔵庫に入れています(そうしないと南国では虫がわくので)が、これらも問題ないでしょう。

そんな冷蔵庫の心配をしながら、朝食の準備にかかったのですがトースターが動かない事、コーヒーのお湯を沸かせないことにも気が付きました。
ドーナツがひとつ余っていたのでタッパーで冷蔵庫に入れていたので、それとミルクで朝食です。

とにかく冷蔵庫の開け閉めを最低限にして、出来るだけ中が冷えたままにしました。
こんな事が分かっていたなら、クーラーボックス用のアイスをあらかじめ固めておいて、冷蔵庫に入れていたのですが・・・

うーーん、本当に電気がないのは困るものです。
今はノートPCをバッテリーで動かしていますが、部屋の中で動いているのはこれだけ。モデムも電源がないので動いていないし・・・

そろそろ部屋に居るのが耐えられなくなったので、階段で20階降りて、どこかで暇をつぶすしかないよういです。パソコンも持って脱出します。

って・・・近くのショッピングセンターに来て買い物、昼食後にWiFiがあるカフェまで来ましたが・・・部屋を出たらエレベーターは動いていました(嬉)
一階に降りてよく張り紙を読んだら、エレベーターを除いた電源が止まる内容でした。良かったと言うか・・・何も状況は変わらないのですが(涙)
アパートの外はこんなんで、他に2台の車両がありました。
Electric

しかし7時間ですよ! 今の世の中7時間も停電するなんて、考えられないです。
まぁ事前通知もあったので、自分がしっかり対応していないのが悪いのですけどね。
タイだから停電終了の時間も信用できないし・・・そろそろ午後3時半なので、これから戻るつもりです。

参ったなぁ~

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2015.07.05 | コメント(2) | タイ生活

思い出の夏休み 家族離散危機

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月4日、今朝もバンコク(の端っこ)は晴れ。日中少し雲が出ますが、この数日は同じような天気が続いています。

今日はアメリカの独立記念日です。だだっ広いアメリカ(本土部)ですが、梅雨も雨季もないのでこの時期はどこも夏真っ盛り。全ての学校が長い夏休み中に加えて、どの企業でも多くの人が休むので、最高の夏と休みを過ごされている方も多いと思います。

画像はアメリカの自宅そばの湖です。
Lake

私もこの時期に夏休みを10日間程度取って、タイをベースにベトナムやラオスなど周辺諸国へ旅したものです。行きか帰りに日本にも寄れますしね。

毎日が夏休みとなってしまった今・・・ちょっぴりですが、そんな短い夏休みが凝縮された楽しみがあったように思え、懐かしくもあります。

リタイア新人だからでしょうか・・・

さて、タイで一人暮らしでも日本の夏休みにご家族が訪タイされる方は多いかと思います。私もタイでは単身赴任だったので、機会があるたびに家族を呼び寄せていました。3年間で三回でした。

最初は休みも取れずバンコクだけ。二回目は飛行機でプーケットへ行き高級ホテルに滞在し、期間中運転手付きの車も貸しきった、我が家最大の贅沢旅行でした(汗)

それで三回目。2003年のことです・・・
子供達にアジアの旅を肌で感じて欲しくて、列車とバス、フェリー、ソンテウなどを利用してのサムイ島旅行、家族にとってはちょっと冒険気分の旅にしました。

前日にバンコクに入った家族を連れてファラポーン駅に車で向ったのは夕方のことです。あらかじめ列車内で食べる夕食用のパン、サラダ、ワインなどを持ち込みました。もう慣れたもので、夕暮れの車窓に揺れる列車でワインも楽しいものです。
Family

列車はバンコク中央駅を19:15ほぼ定刻通りに発車。南部のスラタニ駅までは約13時間かけて翌日の朝6時40分着予定です。私達は一等個室寝台を二部屋コネクティングルームにして、家族4人にとっては十分なスペースです。1,119B/大人、860B/子供がチケット代です。

子供達は列車の旅も寝台列車に乗るのも初めて。多少興奮気味ですが夕食を終えると早々寝台を準備してもらい、二段ベッドの上ではしゃぎながら寝てしまいました。列車は南部の交通の要所スラタニに定刻から40分遅れて到着でした。

この時も列車にワインを持ち込んでいますねぇ~ 私は鉄分が少ないと思うので、結局ワインを飲みたいから列車に乗るのかも・・・今風に言えば「飲み鉄」ですな(笑)
Train

さて・・・実はここからサムイ島へ渡る方法がいくら調べてもよく分からず、一番の問題点でした。そしてその心配が現実となりました・・・

あらかじめ列車の切符をバンコク中央駅で買った時、サムイ島へ移動するバスと船のジョイントチケットを買っていたのですが(150B/人)、スラタニ駅から港まで、港からサムイ島までのルートが何通りかあるようで、バスの時間も船の時間もまちまちでした。

自分なりに色々事前に調べた結果は「よく分からん、現地でどうにかなるだろう」でした(笑)

さて,スラタニ駅を一歩出れば色々なバスと客引きが待ち受けています。私が持っていたジョイントチケットはSONGSERM EXPRESS BOATで、それを客引きに見せると乗るべきバスを指示されます。
Bus 1

大慌てで荷物を預けて家族の席を確保すればほぼ満席ですぐ出発。後で知ったのですがこの会社のサムイ島行きは午前8時のスラタニ港からのボートがあるだけで、サムイ島までは2時間半かけて行くようです。

列車が遅れたためにこの会社のスラタニ船着場に着いたのは8時15分。まったく外海のサムイ行きの船着場とは思えない場所でした。しかもどうやら船が出た後らしく、小さな船着場で多くの人が次の指示を待つことになりました。この船着場にはバンコクから直接バスで来た人、他の町からきた人などの集客場になっているようです。
Meeting Point

混沌とした中で待つこと20分。突然「Go Samui」の声がかかり、バスに急ぎ乗るような指示がありました。この時点で集客場は人でごった返していて、バスはどうやら3台になる様子。

家族の手を引きバスに乗る指示をして自分は荷物をバスのキャビネットに仕舞いこむ間に家族は行方不明!!

3台のバスをそれぞれ見て回る内にバスは動き始め、それを大声で「家族がいない!」と止めさせるが、運転手は「他のバスに乗っているはず」と急いで動かし始める・・・・

「うーーん、困った!!」とバスの窓から他のバスを見れば家族の姿を発見! 身振りでそのままバスに乗っていろと指示し、自分は席が無い中を通路に座り込む。もう汗だくの瞬間でした。

すぐに家族が乗ったバスが見えなくなると、いっきに冷や汗が出て来ます。心の中では家族が乗ったバスと、このバスが同じ所へ行くのか半信半疑。不安いっぱいのまま祈るようにじっと耐えていました。

この時、携帯電話を持っていたのは私だけで、もしバスの行き先で家族と会えなかったら・・・小さな息子と娘を連れて家内も不安でいっぱいだろう事を思うと・・・この時ほど居ても立っても居られない気持ちを味わった事はありません。

バスはさきの集客場から1時間以上かけて別な港に到着。バスを飛び降りれば家族が待っていました。映画のように子供たちに駆け寄りハグ。家内はよほど心細かったのか涙目になっていました。

今度は外海に近い大きな船着場ですが、どうやら先に出発してしまった船がここに立ち寄り、乗り遅れた乗客を拾うような雰囲気です。スタッフに聞けば後10分ほどで船が到着するとのことですが、どうも信じられなく家族を固めて今度は別々にならないように待ちました。
Pier

すると・・・スタッフが声をかけて来て、「船は非常に混雑している。小さな子供達がいるので他の大きな船に乗せる。急いで向こうのバスに乗れ」とのこと。この船着場から私達家族を含めて20名ぐらいが離脱。今度はバス1台で別な船着場に向いました。
Bus 2

45分ほどバスに乗って着いたのはサムイ島が遠くに見られる大型フェリー乗り場のドンサックで、どうやら別な船会社に振り替え輸送をするらしい・・・ このドンサックからサムイ島までは一時間に一本フェリーが出ているらしく、初めからこのフェリーを使うようにしたら良かったと反省。これでスラタニからサムイ島までの行き方が色々な情報があったことを初めて理解。

Ferry

フェリーは一時間ちょっとでサムイ島に到着。子供達はその海の美しさに声を上げます。フェリーを降りてソンテウを300バーツで貸しきってチャウエンビーチのホテルまで向かいました。約40分ほどで目的地のホテルに到着。やっと長いバンコクからの移動が終わったのは出発から約20時間ほど経ったお昼過ぎの事でした。
Hotel

しかし、それで終わらないからタイなんですよねぇ・・・続かせてください。

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2015.07.04 | コメント(0) | タイ・トラベル

バンコクで一番広い公園

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月3日、今朝もバンコク(の端っこ)は晴れです。

昨日も良い天気でした。三日間毎日遠出していたので、昨日はメガバンナーで野暮用を片付けていました。3BB、AISと続けて通信会社に寄って最後は映画館でも野暮用。IKEAの7バーツソフトクリームで休憩してから、物産展をやっていたのでビールのつまみを買ってからTopsとBigCで買い物でした。

そうそうクロワッサンたい焼きの常設店(BigC前)にあるのに、仮設店まで8番ラーメンの前に出していました。どの店でも一時の勢いがないのですが、メガ内に2店舗、大丈夫でしょうか?
Taiyaki

そんなことより、天気が良いのに、涼しいビルの中を行ったり来たりで運動になるでしょうか? 青空の下、のびのび運動したいものです。

ところで、バンコクにお住まいの方は気が付かないうちに、騒音や排気ガスなどに慣れてしまっているのではないでしょうか。

私はアメリカでの10年がゴルフ場や林の中に家々が点在するような田舎町に住んだもので、バンコクに来てから緑に飢えるようになりました。まぁアパートの窓から見下ろせば空き地の雑草や雑木がたくさん見えるのですけどね。もっともそうした所はゴミも多く捨てられているのですが・・・

車の騒音もなく、路地にこびりついた匂いと一緒に流れる熱い風ではなく、歩道を歩きながらも前後から来るバイクに気を使うこともなく、熱気を避けて建物の影を伝うことなく、足元と頭上の障害物に気をつけながら歩くこともなく、3D敷物となったお犬様を避けることなく・・・

小鳥のさえずりを聞きながら、池を渡る心地よい風を感じながら、咲き誇る花々の香りを楽しみながら、見渡す限りの緑と木陰で休みながら、車やバイクも走らない所を伸び伸びと歩き、お犬様どころか人も少ない・・・そんな公園で生き抜きしたくはありませんか。

そんな広々して、美しく、完璧に管理された、バンコクで一番広い公園「ラマ9世公園」がアパート近くにあります。私的なイメージですが、ルンピニー公園の3倍はあるかも知れえません。そこで週に一度は喧騒から逃れゆっくり散歩しているのです。
Park 1


今のアパートに入りやっと落ち着いた頃です。Google Mapでアパート周辺を見てはショッピングセンターへの近道を探したり、ソンテウで走ったルートを思い出しながら地図上で確認をしていたのですが、アパートから少し離れているのですが、緑に覆われた大きな敷地が目に付きました。

気になるとじっとしていられない性格。アパートから歩いて向かいました。
シーナカリン通りとウドムスック通り(スクムビット103)の交差点、ここを東に向かうとウドムスック通りがチャルームプラキアット・ラマ9世通りと呼ばれます。

その通りをどんどん東に向かいます。このあたりは・・・うーん何もありません。道路沿いは低層の古いビルが並び、その多くが一階で商売をされていますが、商店より家内工業的な店が多いです。
Street

ちなみにウドムスック通りとチャルームプラキアット・ラマ9世通りには路線バスがなく、公共路線はソンテウだけです。一部バスもある情報があるのですが、ここに住んで6ヶ月、ほぼ毎日この通りを見ていますが、バスを見たことはありません。バス停はあるので、非常に限られた時間なのか、以前あったかのどちらかだとは思っています。

アパートから30分も歩くとチャルームプラキアット・ラマ9世通りはやや北に向かって曲がり、運河の手前がワット・タクラムの門前町でやっと賑やかな商店街が現れます。このワット・タクラムと小さな市場はその後何度も行くことになるのですが、それは別な機会にして・・・

小さな運河を渡って少し歩くとソイ39。ここに公園の看板があります。ソイの中を少し歩いた突き当たりが公園入り口ですが、実はここは公園の主な三つの入り口のひとつ。って言うか裏口のように思えます。
Soi 39

ゲートには1人10バーツ、バイクが5バーツ、車が10バーツ・・・と入園料が書いてあり、ペット禁止の表示があります。そう、この公園は入場料(外国人価格はありません)を必要としているのですが、その為もあってかゴミひとつ落ちていなく、完璧に管理された公園なのです。
Gate

入園料10バーツで20B札を出したら、つりがないからとただ(笑) 園内は見事に手入れされ静けさと花々に包まれ、しばし喧騒の都市を忘れました。それ以来ここで散歩するようになって4ヶ月が経ちます。

アパートから徒歩40分と少し遠いのですが、歩いたのは最初だけ(笑)
いつもシーナカリン通りとチャルームプラキアット・ラマ9世通りの交差点まで歩き、そこからソンテウで向かっています(7バーツ)。

その場合はチャルームプラキアット・ラマ9世通りSoi32前まで行って、正面入り口反対側の(小さな)BigCにこれも小さなモールがあるので、そこで昼食や飲み物を買ってから公園に入ることが多いです。
BigC

帰りはそのままソンテウで戻ることもあれば、シーナカリン通りSoi55に抜けてパラダイスかシーコンスクエアで買い物して帰る事も多いです。
下の地図で左下が最初に入った入り口(南側)。右下が正面入り口(東側)で、上にも入り口(西側)があってシーナカリン通りSoi55の突き当たりになります。シーナカリン通りまでは歩いて10から15分ぐらいです。
Map

この公園は現ラマ9世の60歳を記念して1987年に開園したそうです。中央にはラマ9世ゆかりの品々が展示された九角形の建物が大きな池(スワンボートに乗れます)に面して建てられています。
Park 2

南側にはプールがあり、東側には英国庭園、中国庭園、そして日本庭園もあります。
Pool

日本庭園といわれが書かれた石碑。
Japaniese

ゴールデンシャワーの樹が見事だった5月。
Golden

有料のためか、郊外だからか人が少ないのも特徴です。
Park 3

ラマ9世公園への公共路線での行き方ですが、私が経験しただけでも以下の通りです。
1、BTSウドムスック駅からスクムビットSoi103(ウドムスック通り)の奇数側を歩き、市場と屋台を抜けたあたりから出るソンテウ「プラウェート」行きか「ラムカーヘン2」行き。
2、シーコンスクエア前からソンテウでラマ9世公園経由「ワット・タクラム」行き。
3、メガ・バンナーのバンナートラート通り反対側のTescoLotus駐車場(ここまではスクムビット通りでお馴染みの路線バス38番、46番、48番、132番、そして133番、207番でも行けます)からソンテウでラムカーヘン2経由ラマ9世公園行き。
4、シーナカリン通りパラダイスパークとHaHa55の間、ソイ55を歩く(モタサイでもタクシーでもいいのですが、私にはそんな距離じゃない)。

アパートを決めた後から知ったのですが、こんなバンコク一番の公園が近くにあって、本当に良かったです。

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2015.07.03 | コメント(7) | 博物館・パーク等

バンコク最大の下町繁華街

こんにちは。今日もアクセスありがとうございます。

7月2日、今朝もバンコク(の隅っこ)はよく晴れています。この数日の夜明けの天気は本当によく晴れています。

昨日はシーナカリンからバーンカピへ。バーンカピからはセンセーブ運河ボートでプラトゥーナム経由でパンファー船着場。そこから歩いて久しぶりのカオサンで野暮用を片付けたのですが、いやぁ~本当に気持ちの良い天気でのびのび歩けました。

さて、本ブログには私が買い物するショッピングセンターのシーコン・スクエアとセントラル・バンナー、そしてメガ・バンナーがよく登場します。これを買い物先発3本柱と読んでいるのですが(笑)

この三箇所以外で一番行くのがバーンカピです。冒頭のように週に一度ぐらいでしょうか・・・昨日も一昨日も行きましたが(笑)

シーナカリン通りの北端で、ラップラオ通り、セリタイ通りとちょうど英語の「Y」字のように集まった所。しかもセンセーブ運河が円の略語「\」字の横棒のように流れています。そのセンセーブ運河を渡ればラムカーヘン通りとまさに交通の要所。
Bang Kapi

バンコク都心部やスクムビットからは遠いのですが、活気、喧騒、熱気の下町、活気ある町。繁華街と呼ぶのが正解なのか分かりませんが、私はバンコク都でここほど多くの庶民が集う所を知りません。

タイ国鉄はもちろんBTS、MRT、エアポートリンクなど線路を必要とする路線はありませんが、数え切れないぐらい多くのバス路線が通っています。また、センセーブ運河ボートを使えばスクムビット、プラトゥーナムまで渋滞なしの最速で行けますし、プラトゥーナムでボートを乗り換えてパーンファーリーラート船着場まで行けば、意外と交通不便な王宮周辺にも行けるのです(昨日もこのルートでカオサンに行ったけど)。
Pier

プライベートでタイに来た時のホテルは毎回このバーンカピ周辺でした。一泊20ドル台の安いホテルです。スワンナプーム空港とのアクセスも良く、路線バス好き、運河ボート好きには絶好のロケーションだったのです。

何よりもこの町で感じられた活気、喧騒、熱気に吸い寄せられていました。

アパート前を通る路線バスもエカマイに行く133番を除くと、全てのバスがバーンカピかすぐ近くのラムカーヘンを通ります。

しかもザ・モール・バーンカピの大きなショッピングセンター、TescoLotus、バーンカピ市場、ハッピーランド(へぃぴらん)と言う名のちょっと時代を感じる施設、なんとパンティッププラザまであります。

モールバーンカピ、前が大きなバス停で、裏はセンセーブ運河ボート船着場です。
Mall

TescoLotus、、映画館も隣接しています、
Tesco Lotus

バーンカピ市場、おかず横丁ではなく、下町ではかなり大きい市場です。
Market

ハッピーランド横は多くのとロットゥーとソンテウ乗り場になっていて、ここから550番ロットゥーでスワンナプームへ直通で行けます。もちろん空港からも来れますよ~(笑)
Happy Land

パンティッププラザ内はプラトゥーナムに比べたら人は少なくゆっくり見られますし(お兄さんが変な声をかけてくることもないです)、PCパーツは結構幅広く売られています。値段も相対的に安いです。
Pantip Plaz

Pantip Plaz inside

この町の中心が巨大ショッピングモールのザ・モール・バーンカピです。前タイ在住時にもあったのですが、今でも古びた感じが全くしません。モール内に滝があったり池には鯉やオウム(かな?)いたりで工夫がされており、催しも頻繁に行われています。
Mall Inside 1

Mall inside 2

モール内の日本関係で他のモールと異なるのは、元気寿司とラーメンの幸楽苑でしょうか。幸楽苑は目立つ所ですが、元気寿司の場所が悪くお客さんがいつも少ないのが気になります。元気出して欲しいものです(入った事はないのですが・・・)。
Genki Sushi

モール内のスーパー(Fresh Marketだったかな?)は品揃えが豊富で生鮮物も多いのが特徴。いつも混んでいるのですが何を食べても美味しいフードコートとあわせて両方とも好感が持てます。
Fresh Market

ただ・・・モールだけ行くなんてバーンカピじゃない! 
この町の面白さは以上のような施設の充実度や交通の便利さだけではなく、とにかく人が多く集まるので、ビルの谷間、細い路地・・・あらゆる所に物売りがあり、小さな店から食堂、屋台と数え切れない店が連なっていることでしょう。
Town

ここに書いた施設は全て歩いて5分以内で行ける狭い範囲の集中しています。ただ、人が集まる所には物売りも集中するのがタイ。歩道が異常に狭いのに物売りと人が多いので、なかなか前には進めないのですが(汗)

こんなてんこ盛りの下町があるでしょうか! なぜこんな狭いエリアに集中してしまったのか不思議です。

そして・・・この町を15年前から知っていて、しかもタイに来た時はこの周辺ホテルに泊まっていたのに、私がなぜこのあたりでアパートを探さなかったのか不思議です(笑)

探し始めた時にスクムビットからスタートしたからでしょうか・・・結局スクムビットから遠い所で決めてしまったので、あの時バーンカピから再スタートすれば良かったかも・・・

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2015.07.02 | コメント(0) | タイ生活

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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