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トンブリー王朝の面影を探し②城壁跡を歩く 南側

本題の前置き話に入る前ですが、前国王火葬の儀施設の一般公開が1ヵ月延期がアナウンスされました。本来は明日11月30日までだったのですが、12月31日まで公開されるようです。

20171107 SL 1

そのニュースリリースによると11月2日から28日までの27日間の入場者が228万人とか・・・それじゃぁ一日8万人以上じゃないか!と計算してしまいました。

一日の入場者上限がある?みたいなコメントの時に、勝手な推測をして少ない時で一日2万人程度、多いと5万人ぐらいかと、周辺や施設内の混雑で勝手に見積もっていたのですが・・・これじゃぁ毎日東京ディズニーランドの危険的混雑日の入場者数が毎日続いた事になりますが・・・

このまま一か月間延長だと450万人でしょうか・・・タイ総人口で赤ん坊と私のような老人を除くと10人に1人は来たような計算になるかと・・・私が見た時は学校行事で来ている学生さんの姿が目立っていましたが、延長になるとどうなるのか? また読者コメントで今はタイ人用と外国人用の入口が別れているとか、夜は待ち時間が少ないとか・・・

本ブログでは一般公開開始直後に以下のエントリーで(珍しく)強く行く事をお勧めしています。
今、絶対に行くべき前国王火葬の儀施設①
今、絶対に行くべき火葬の儀施設と特別展②

いずれにしても、また知りたい事が新たに増えたので、再度行きたいものです。

さて、街歩きの楽しさの一つは、その街が持つ歴史に想いを馳せる事ではないでしょうか。

現在のバンコク都とその周辺でそんな歴史を感じ取れるのは・・・現チャクリー王朝の王宮が置かれバンコクの基礎となったラッターナコシン島、そしてその前王朝であるトンブリー王朝が置かれたチャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリーです。

20171130 Thonburi 1

そのトンブリーで、たった一代15年間のトンブリー王朝の面影を探しながら、地図にも載らないような路地を歩き回り、またバンコクの魅力を再認識した・・・そんな小さな小さな旅です。

トンブリー、私自身は17年前の前在住時から知っているつもりだったのですが、結局何も知らなかった・・・いえ、何もまだ分かっていないのです。

さて前回は「トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史」で歴史と王宮があった所を書きました。

タークシン王がトンブリー王朝を興したのが1768年ですが、その前年の地図が画像下です。アユタヤを守る砦がチャオプラヤー川両側にあって、鎖で船がアユタヤに向かうのを阻止する役割があった事は前回書きました。

20171123 Thonburi 12

左岸(東側)の砦が星形要塞になっていますが、当時アユタヤ王朝に入り込んでいたフランスが(たぶん)造ったものだと思われます。「首都防衛城壁を歩く⑦ラッターナコシン島」で世界の星形要塞に触れていますが、日本にも後年五稜郭などに伝わっています。

アユタヤ王朝ナーラーイ王時代に影響力を強めたフランス、王の死後のシャム革命や1688年にこの星形要塞に籠城したフランス軍をシャムの大軍が包囲した戦いなどが有名ですが、この地が戦略・交通の要所であったのは間違いないですね。

話をトンブリー王朝に戻しましょう(汗)

今回使った地図の画像は全てバーン・グディ・ジーン博物館で撮ったものですが、トンブリー王朝が興されたばかりの地図が画像下で、運河を整備し王宮としたワン・ダーン宮殿Wang Derm Palace」を守るような壁を築いています。壁と言っても象の進入を防ぐ柵のようなものだったと私的には考えています。

20171123 Map 2

北の王宮寺院「ワット・チャエンWat Chaeng」(現在のワット・アルン)と南の「ウィチャイイェン砦Wichayen Fort」(現在のウィチャイプラシット砦)を囲むようにしています。

ここが中核となってトンブリー王朝はチャオプラヤー川に沿って大きくなります。しかしトンブリー王朝のワン・ダーン宮殿も含めてこの時代の王宮地区は、現在の壮麗なチャクリー王朝の王宮やワット・プラケオに比ぶべくもない規模であったのは間違いありません。

20171123 Map 4

トンブリー王朝時代の地図が上と下2枚あります。画像下はトンブリー王朝後期ものと思われます。左岸にはすでにワット・ポーがありますが、ラマ1世が現在の姿にする前から古いお寺が上記したバンコク(星形要塞)包囲戦後にあったとされています。

いずれにしても南はバンコクヤイ運河、そして北はバンコクノイ運河、西は現在のアルンマリン通りの西に流れる「バーンカミン運河Ban Khamin」が城壁の外堀のようです。そしてこの時代から左岸にラッターナコシン島が形作られ、その東側に城壁があったのは意外でした。画像下で赤いラインが城壁です。

20171130 Thonburi 12

それではこの城壁跡は現在あるのでしょうか?

結論から言えば・・・徹底的にトンブリー側(チャオプラヤー右岸)とラッターナコシン川(左岸)をローラー作戦で歩きましたが、まったくありません。唯一、バーンカミン運河とイサラパップSoi44が交差する所に碑が置かれていました。

20171130 Thonburi 3

ちょうど城壁があった所かとお思いますが、タイ語だけなのと文字や地図が薄れてしまい内容を読み取れませんでした。いずれにしても上記した地図と同様でバーンカミン運河の内側に城壁があったと思われます。

20171130 Thonburi 4

画像下が現在の地図に書いた(トンブリー王朝の一番広がった時の)城壁があった所で、右岸だけを書きました。この内側が旧王宮地区と言えるかと思います。

20171130 Map 1

王宮の南はウィチャイプラシット砦で、この砦はバンコクヤイ運河とチャオプラヤー川の合流点にあります。城壁はこの砦が南端だと思われます。

20171123 Thonburi 10

画像下はバンコクヤイ運河を撮ったものですが、チャオプラヤー川に合流する前に水門があって(水門奥の)砦や「ワット・カンラヤナミットWat Kanlayanamit」は見えません。水門手前の左側で運河に沿って城壁があったと思われます。

20171130 Thonburi 7

その城壁南端で入れる所は「Wat Moli Lokayaram Ratcha Worawihanワット・モリ・ロカヤラム・ラッチャ・ウォラウィハン」ですが、なかなか見ごたえあるお寺ながら目的の城壁跡を思わせる所はありませんでした。

20171130 Thonburi 8

このワット・モリの西側に小さな運河があってバンコクヤイ運河に繋がっています。元々の形とは異なるのでしょうが、この辺りが城壁の外にあった堀かと思われます。そのすぐ上はアルンアマリン通りArun Amarinで、城壁や堀はほぼこのアルンアマリン通りと並行して南北に流れています。

20171130 Thonburi 9

この運河は「バンモ運河Ban Mo」の表示がありましたが、海軍施設前やワットアルン前を通り東西に流れるワット・アルン運河と交錯した後はバーンカミン運河となって北へ向かいます。

20171130 Thonburi 10

20171130 Thonburi 11

この南北に流れるバンモ運河からバーンカミン運河が古い地図にある通り、トンブリー王朝王宮エリアの西側城壁のすぐ外にあった堀だと思われます。

20171130 Map 2

城壁の外になりますが、バンコクヤイ運河を挟んで反対側にはワット・カンラヤナミットがあり、その南にはタークシン王に付き従ったポルトガル人傭兵、華人、モスリム達それぞれの居住エリアを造ったようです。これは今でも街の記憶に色濃く残っているので、後日詳しく書きます。

20171118 Thonburi 3

20171118 Thonburi 4

さて、このエリアに行く方法ですが、路線バスだと57番710番がアルンアマリン通りでワットアルン裏を走ります。ただ、両路線ともチャオプラヤー川西側だけを走る路線なので、個人的にはこのエリアに行くのに使いません。画像下はアルンアマリン通りの57番です。

20171130 Bus

私ですとアパートそばから高速道路経由の路線バス139番で戦勝記念塔に出て、そこから8番に乗り換えて終点サパーン・プット(メモリアル橋)まで行きます。そこから歩いてすぐのパーククロン(花市場)前のパーククロン(アサダン)船着場から渡し船で対岸のワット・カンラヤナミット船着場まで行きます。船賃は5バーツです。

20171130 Boat 1

あるいは前国王国葬関係での規制や混雑が緩和される12月来年2018年1月からは、ワット・ポー近くのター・ティアン船着場から渡し船でワット・アルン船着場へ行く方法が最も一般的かと思います。現在は4バーツです。船着場前の狭い路地を真っすぐ行けばバンモ運河です。

20171125 Tha Tien 3

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2017.11.29 | コメント(12) | バンコク街歩き

トリビア的バンコク路線バス②

前回の「バンコク路線バスのトリビアの泉①」の後編です。

前回、BMTA(バンコク大量輸送公社)管轄の路線バスがどこまで走っているかを地図で示しています。画像下で、赤い数字が最北、最東、最南、最西を走る路線番号で、青い数字はその周辺外郭を示しています。

20171125 Map 1

試しに、この地図の尺度で東京に当てはめたのですが、南北が横浜市から越谷市、東西が府中市から千葉市ぐらいに相当しました。

最近では地方バスをよく使っていますが、最初の2年はバンコク路線バスを使っての街歩きでしたので、この範囲が私の街歩きの以前の守備範囲でした。よくもまぁ、色々な所を歩いたものです。おかげで点や線でなくて面でバンコク都とその周辺を知る事が出来ました。

ところでバンコクの路線バスを『市バス』と書く方が少なくない事を知っています。恐らくご出身地で路線バスと言えば市バスだったのでしょう。そうした表記に違和感を感じて『都バス』なんだけどなぁ・・・って思ったものですが、それも間違いでしたね(汗)

前回説明しましたが、BMTAはバンコク都の組織ではなくタイ王国運輸省の組織なんですから、上記の路線範囲も考えたら・・・『バンコク首都圏路線バス』です。

そのバンコク首都圏に205の系統番号で300以上のルートがあるのです。

もっと細かな事を言えば、バンコク都に入り込んでいる地方バスは(数えた事はないけど)20以上のあるので・・・これらを路線だけでなく、その本数や、細かなルート、バス停の位置まで覚えたら・・・私のようにタイ語の読み書きが全く駄目でも、バンコク都とその周辺でどこへ行くにも不自由はないのです。

えっと・・・トリビア的バンコク路線バスの後編ですね(汗)本題に入りましょう(笑)

5、一番長い時間の路線は?

177番、ノンタブリー県のバーンブアトーンと都心部の戦勝記念塔間の循環路線ですが、私的経験だと起点から終点まで乗ると3時間以上かかる、最長運行時間路線です

Bus177 Map

もっともこの路線の多くのバスは反時計回りで戦勝記念塔で折り返し運転をしています。それでも起点に戻るには2時間以上かかるでしょう。

20171128 Bus 2


6、一番複雑な路線は?

ミンブリー車庫が起点の26n番です。全く同じ路線番号で行先表示板だけの違いで異なる(たぶん)4方面の行先があります。枝線レベルではないので、なぜこんな事になったのか謎のままです。

Bus26n Map 1a

タイ語が読めない私はパターン認識して分かるエカマイ行き以外はさっぱり行先が分からず、何度乗っても同じ所に行ってしまい、なかなか解析出来ませんでした(笑)

20171128 Bus 3


7、本数が多い少ない路線は?

感覚的な話なので異論があっても受け付けませんが(笑)、やはり直営と委託バスしかもミニバスがある路線は間違いなく本数は多いです。比較的都心部で短い路線、古くからある路線に多いように思えます。

1番を起点で見ていると日中でも次から次へと出発しているので、5分以内かと思います。続いて12番も5分から10分以内の間隔と感じます。71番82番も多くて直営と委託ミニバスの混在です。

20171128 Bus 4

反対に本数が少ない路線は・・・日中は1時間から1時間半に一本程度の路線は数多くあります。私的に一番苦労したのは528番でその存在を知って実際に乗るまで2年近くかかりました。恐らく朝夕のみで路線で稼働できるバスは5台あるかないか程度かと思います。

20171128 Bus 5

こうしたバスはほとんど委託バスで本数が少ないので待つ客も居なくて(期待していない、知らない)、いつ乗ってもガラガラです。従って営業利益は真っ赤なはずで更に本数を減らす結果になります。ただ、BMTA委託路線なので路線維持の為に走っている事を見せるだけで、何らかの補助金が投入されているものと推測できます。

同じような理由で、認可された全線を走らず短区間運転ばかりの路線も数多くあります。認可維持の為に朝夕だけ全線を走るバスを数台用意し、客が少ない昼は全車短区間の様な路線です。また朝夕だけ走らせて、日中は全く見ない路線も多くあります。

この手のバスがかなり多くて全路線・全区間に乗るのに一番の障害でした。28番38番98番108番などです。画像下はアソーク交差点内でUターンする98番です。

20171128 Bus 8

Google Mapsや有料のバス路線本では、そうした事を全く考えていないで(実際に乗ってもいないでしょうし)地図上に路線番号を書くわけですから、そうした物を見てバスを待つと大変な事になります。


8、ユニークな路線

(1) 直営と委託バスが混在する路線は珍しくもありませんが、42番は循環路線で直営バスは反時計回りのみで、委託バスが時計回りだけの変わったすみ分けです。

20171128 Bus 6

今は(直営バスを)見なくなったので委託バスだけになったと思っていますが、64番はチャオプラヤー川両岸にわたる大きな循環路線だったのを直営と委託ですみ分けしていました。右岸(西側)を直営、左岸(東側)を委託バスが同じ路線番号で運行していたのです。

20171128 Bus 10

(2) 往路と復路が同じ方向に10㎞程度走る166番。166番の枝線はイミグレーションがある政府合同庁舎に入るので日本人にもお馴染みかと思いますが、本線は行先表示板だけの違いで同じ方向に往路と復路の両方のバスが長々と走ります(画像下の2台は往路と復路のバスです)。

20171128 Bus 7

(3) 心細い路線も数多くあるのですが、当初は行先も分からず闇雲に乗っていたのでその不安はマックスでした。その中で一番心細かったのは88番131番です。

88番:バンコク都で唯一タイ湾に接するバーンクンティアン区にあるキングモンクット・トンブリ工科大学バーンクンティアン・キャンパスが起点の一つですが、そこへ行くまでが養殖池が長々続きバス停は全くありません。

20171128 Bus 11

131番:バンコク都で一番人口密度が少ないノンヂョーク区でチャチュンサオ県すぐ近くまで行きます。ミンブリーを出てノンヂョークを過ぎたらずっと田んぼが続く細い道路をずっと走ります。

20171128 Bus 12

(4) チャオプラヤー川を3度も渡る路線が18番です。プラナンクラオ橋、ラマ7世橋、そしてクルントン橋とチャオプラヤー川沿いをジグザグに走ります。画像下はラマ7橋の18番です。

20171128 Bus 9


9、例外的路線

(1) ノンエアコンバスでも切符を買うのに行先を聞かれる。
ノンエアコンバスは直営赤バスが一律6.5バーツで白バスが一律7.5バーツ、そして委託バスが一律9バーツなので、普通は切符を買うのに行先を聞かれる事はありません。その例外があります。「ノンエアコンバスなので6.5バーツ」なんて記載があったらバンコクの路線バスを知らない方ですねえぇ~

145番赤バス:バンナートラート通りを越えたら1バーツ上乗せでした。134番赤バスも同じだと聞いた事がありますが、私は未経験です。ただ、これが今年になって廃止された気がしますが、未確認です。

132番133番委託バス:メガバンナーより東に行くと料金がかなり上がり、行先別になります。サムットプラカーン県奥深いので地方バスとの調整でしょうか?

20171128 Bus 14

2番と25番の高速経由の赤バス、および107番、129番、180番の赤バス(全車高速経由です):高速を使う区間かで2バーツの差が生じるからです。

(2) 直営ノンエアコンで赤バス以外、料金も違う。

これは白バスですね。今はほとんど見なくなりました。私が知る限りでは105番と111番でしょうか。一律7.5バーツです。

20171128 Bus 13

(3) 委託エアコン車でも一律料金。

路線自体が比較的短い委託バス路線で車体が比較的短い(胴短)エアコン車で、13バーツ均一です。これは書いたらキリがないぐらい多いです。ただ、同じバス車体でも一律でない路線も多いし、委託エアコン車に胴短車と大型車が混在する場合もあるので、分かり難いですね。

11番14番18番28番75番80番207番などがすぐ思い浮かびます。

20171128 Bus 15

バンコク路線バスの話はキリがありませんね。路線や乗り換えのご質問、何か疑問があったら、ブログの内容に関係なくても遠慮なくコメントにお書きください。

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2017.11.28 | コメント(2) | バンコク路線バス

トリビア的バンコク路線バス①

先日、久しぶりにバンコク路線バスに関する「バンコク路線バス最新事情」をエントリーしましたが、やはり路線バスは楽しいです(笑)

先月、BMTA(バンコク大量輸送公社)管轄の路線バス、その全ての路線のエントリーを終えて、今は新たにアップするのではなく全ての路線の見直しと更新をしています。その作業は時間がすごくかかるのに、コツコツした作業でエントリーもないのでつまらない(笑)

20171125 Bus 1

いっそ、新編成での新番号や新ルートに今すぐ変わったら、また最初からやり直しで2年以上は楽しめるのですが・・・

まぁ、それだけ好きなバンコクの路線バス、なぜでしょう・・・

網の目のように複雑にバンコク都とその周辺県を走る路線、それをただ乗るだけで調べるのは、まるで謎解きをするようで楽しかった事もあります。

そのバスに乗る大方の人はまさに庶民と呼べるバンコクと周辺に住む最も一般的な人達です。

洒落た服を着て高級車に乗り高級デパートや高級レストランに行く人達でないのはもちろん、高いBTSに乗りスターバックスやチェーンレストランで食事し、お洒落に気を遣う・・・そんな、いかにも多くの日本人の方々の周辺にいるタイ人とも異なります。

開け放った家や部屋の床にゴロゴロしテレビやスマホいじりで時間をつぶし、食事は路地中の屋台か食堂、着やすい服にサンダルで一年中を暮らし洗濯だけはこまめにし、親と家族に同郷の人との距離感は非常に近く助け合い、細かな事や将来を気にして悩む事もなく、今を気楽に考えて楽しく過ごす・・・そんな庶民です。

20171125 Bus 2

タイの方々との接点が全くない中でタイに暮らす私にとって、唯一身近に接する事が出来るのがバスの中で、その様子を観察したり、話に耳を傾けるのも・・・バスが好きな理由でした。

好きな理由を書いたらキリがないのですが、何よりも一番安くバンコク都とその周辺のどこへでも自由に行き来出来る事でしょう。

そのバンコク路線バスのトリビアの泉が今日のお題です(笑)なお、特に何かのデーターを持っての数字の裏付けとか全くなく(汗)ただのバスに乗っての実感ですので、間違っていてもご勘弁ください。


1、路線はいくつある?

私が2年半でほぼ毎日乗り続け数えたのは205の系統番号です。幻路線や認可維持路線もあるでしょうから多少違うかも知れませんが、実際に動いている路線数だと信じています。

20171125 Bus 3

バンコク路線バス不完全ガイド 番号別インデックス」の通り、1番から751番、そしてA1、A2、A3、A4にS1番があります。ロットゥーに置き換えられた路線は含んでいません。

20171125 Bus 4

その中にはBMTA直営バスとBMTA委託バスがあって、一つの系統番号に直営と委託の両方のバスが走っているケースは多くあり、一つの系統番号に委託会社が複数あったり、一つの系統番号に直営と委託2社が運行しているケース(例207番)もあります。画像下の207番2台は起点も終点も異なります。

20171125 Bus 8

同じ系統番号で走っていても直営と委託、そして委託会社別で微妙にルートが変わります。また、直営で同じ系統番号でありながらルートが全く異なるケースも複数あります(枝線と勝手に言っている2番や23番。そして26n番は4方面に走っています)

同じ系統番号で一般道走行車と高速道路走行車の両方があるケースも珍しくありません。もちろんこの場合も走行ルートは異なります。

これらを別々に数えると300以上のルートがあります。

上記の数には入れていませんが、往路と復路で走行ルートが異なるのは極めて普通にある事です。


2、どこまで走る?

バンコクの路線バスはバンコク都だけでなく、チャチェンサオ県を除き周辺県5県まで走っています。日本で言えば東京都の都バスが横浜市や千葉市にさいたま市まで走っているイメージです。

最初はなぜバンコク都以外にも走るのか疑問でしたが、BMTA(Bangkok Mass Transit Authority)はバンコク都の組織ではなく、運輸省(Ministry of Transport and Communications)に属しているのを知り解りました。簡単に言えばバンコク首都圏のバスですね。

それではいったい、どこまで走っているのでしょうか?

下の地図で赤い数字が東西南北で最端の路線番号(複数の時は若い番号のみ)を示し、青い番号は東西南北以外の最端の番号です。

20171125 Map 1

すごく遠くまで走っていますねぇ~ これが私の街歩きの原動力なのです。

一番北は:39番(直営)520番、パトゥムターニ県タラートタイ

一番東は:131番、サンカサンティスック通りソイ52(ノンヂョーク東)

一番南は:7番(委託)68番(委託)、サムットサコーン県マハーチャイ

一番西は:84番(委託)、ナコーンパトム県サンプラン、


3、一番長い路線は?

171番 地図上約60㎞ アウターリングことカンチャナピセーク通りの東端から西端までバンコク都を東西に横断するイメージの路線です。

Bus171 Map

ここまで長い路線なのに、ラムカムヘン通り、ラマ9世通り、戦勝記念塔、民主記念塔、ジャラン・サニットウォン通り、ペットカセーム通りと渋滞が多い所を走ります。途中でガスステーションに寄る事もよくあるし、車掌さんが「お昼を食べたいから、この先はソンテウに乗って」とソンテウ代をくれた事もあります(笑)

20171128 Bus 1

直営だけだと511番 地図上約45㎞ サムット・プラーカーン県はチャオプラヤー川の河口の町パークナムから、スクムビット通りとプラトゥナームを通り、ピンクラオ橋を渡り新南バスターミナルへ行く路線です。

Bus511 Map All


4、一番短い路線は?

168n番だと思います。地図上約12㎞のミンブリーからムーバーン・ブワカオまでの路線で、時間にすると15分かからないかも(笑)バス停も10個無いと思います。ラムカムヘン通りから新興住宅街の中に入った所がムーバーン・ブワカオで、なぜバスを通すのか理由が分からない路線です。

20171125 Bus 5


5、一番高い所を走るのは?

195番、第1プミポン橋を走ります。道路がある部分の高さは分らないのですが、橋自体は50mの高さです。

20171125 Bus 6

20171125 Bus 7

他に高速道路専用のラマ9世橋を走るバス(138番、140番141番142番558番)もかなり高い所を走ります。この橋はクリアランス(道路下から水面までで一番低い所)10mのデーターがありますので、15mぐらいはあるかと思います。

トリビア的バンコク路線バス、次回はユニーク路線などをエントリー予定です。

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2017.11.27 | コメント(4) | バンコク路線バス

ワット・ポーがやって来たシーコン・スクエア

このブログの定番ネタの一つに近所のショッピング・モール「シーコン・スクエアSeacon Square」の催しがあります。

本当に毎回頑張っているなぁ~と感心しているのですが、今回はなぜか『アメージング・ターティアン』でワット・ポーもやって来ました。

20171125 Seacon 1

今週末11/23から来週末12/3までの開催で、私がシーコンに行ったのは今日11月24日の金曜です。

その金曜日、日本ではブラック・フライデーでのセールがだいぶ話題になったようですが、「ついに日本でも始まったか・・・」と思いながらも、売る側の商機(イベント)をつくる作戦に感心したりもしていました。

まぁ、本当に必要な物だけを買ってお得になればどんな商機でも良いのですが、なかなかそうは行かず買い物の高揚感で必要じゃない物も買ってしまう人も多いから、売る側も商売になるのでしょう。

ブラック・フライデー・・・このブログではアメリカ在住時にその騒ぎを詳しく書いています。

私がアメリカで現地採用(タイじゃないし、わざわざこんな言葉を使う事はないのですが)になった企業も感謝祭前にターキー券が配られました。スーパーで七面鳥と交換できる商品券のようなものです。

Turkey

この様に感謝祭Thanksgiving Dayは家族が集う日としてクリスマスに次いで重要な日です。また家族の元に行く人達が多いので、休暇を取る人が多く、飛行機も混むホリデーシーズンです。

この感謝祭(11月の第4木曜日)の翌日はBlack Fridayブラック・フライデーと呼ばれ、この日だけは特別に木曜深夜から金曜朝早くにも多くの店が営業します。それで感謝祭の深夜からセールを求める人々が並んだり、店の中での狂乱が毎年の様に報道されます。

Black Friday

日本では感謝祭は切り離してこのブラック・フライデーだけがクローズアップされているかと思いますが、アメリカでのブラック・フライデーは以下のような図式です(笑)

感謝祭で家族が集う

感謝祭が終わり、クリスマス・プレゼントの準備を開始する

感謝祭の翌日の金曜日にショッピングに出かける

店はその日にセールをして客集めをする

店は感謝祭の翌日金曜日一日で黒字になる

だから感謝祭の翌日をブラック・フライデーと呼ぶ

この話は続きがあって、近年ではネット・ショッピングが盛んな為に、感謝祭休み明けの月曜日に注文が殺到するそうでサイバー・マンデーと言います。

これは中国の「独身の日」11月11日のような感じです。その内にサイバー・マンデー(ブラック・フライデー翌週の月曜)や独身の日(11月11日)も日本で商機にされるような気がします。

さて、タイではブラック・フライデーの騒ぎはまだ無いかと思いますが、商機造りで催しを盛んに開催するのがシーコン・スクエアで、今回は『ター・ティアンTha Tien』ですが・・・なぜター・ティアンなのでしょうねぇ~

20171125 Seacon 2

ター・ティアン・・・ワット・ポー前の船着場で、現在ではター・ティアン(船着場)として対岸のワット・アルンへの渡し船の桟橋があります。

20171125 Tha Tien 1

20171125 Tha Tien 3

1年以上前はチャオプラヤー・エクスプレス・ボートが停まっていましたが、2016年11月7日から改修の為にこの船着場には停まりません。画像下の掲示物によると「改修renovationのため」と書いてあるので一時的なものだと考えられますが、未だに工事すら始まっていません。

20161114 Noties

ター・ティアンの由来は諸説あるようで現地での説明板には、「HATIEN」が語源とか、トンブリー王朝時代に住み着いたベトナム人移民がベトナムの地名から名付けた・・・など色々書いてあります。

チャクリー王朝でチャオプラヤー川左岸に遷都され王宮が建てられた後は、外国人居住地になったり、王宮へ入る外国人(使節団?)用の船着場として使われた事も書いてあります。

ター・ティアン前のマハラート通りMaharatはラマ5世から6世治世下で造られ、ター・ティアン市場から船着場にかけてコロニアル風の建物が並ぶのもそんな面影でしょうか・・・

20171125 Tha Tien 2

なんだか街歩きの内容になって来たので、話を戻しましょう(汗)

えっと、シーコンスクエアでしたね・・・タイトルをワット・ポーとしましたが、実際はワット・ポー前のターティアンの再現でしょうか。

20171125 Seacon 3

20171125 Tha Tien 4

ターティアンにあるコロニアル風の家も再現されています。そして周囲はターティアン市場の昔の姿でしょうか・・・

20171125 Tha Tien 5

20171125 Tha Tien 6

さて肝心の出店ですが、タイのお惣菜にお菓子が中心です。ただ・・・あまり目新しいものはないのですが、それは私がこうした店先のタイ語が読めないからかも知れません。

20171125 Tha Tien 7

20171125 Tha Tien 8

惣菜に菓子と食べなれた物を買いましたが、慣れた安心の美味しさでした(笑)しかし平日(金曜)昼なのに人がたくさん集まっています。

20171125 Tha Tien 9

20171125 Tha Tien 10

20171125 Tha Tien 11

さて、シーコンスクエアの催しですが過去に多くエントリーしています。都心部にお住まいの方はちょっと遠いかも知れませんが、遊びに来ると私に遭遇するかも知れません(笑)

イタリア・ブラーノ島が現れたシーコンスクエア
孫悟空とドラゴンが現れたシーコンスクエア
少数民族がやって来たシーコン
江戸とマグロ解体ショーがやって来たシーコン
遷都200年の街角再現「クルンテープ2525」@シーコン(後編)
シーコン・スクエアにコボリ(メナムの残照)現る
近所にJAPANがやって来た シーコン・スクエア

そして行き方は「シーコン・スクエア 活用術」で詳しく説明しています。

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2017.11.25 | コメント(3) | ショッピング

トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史

街歩きの楽しさの一つは、その街が持つ歴史に想いを馳せる事ではないでしょうか。

現在のバンコク都とその周辺でそんな歴史を感じ取れるのは・・・現チャクリー王朝の王宮が置かれバンコクの基礎となったラッターナコシン島、そしてその前王朝であるトンブリー王朝が置かれたチャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリーです。

20171114 Arn

そして、読者のご質問がきっかけでこの一か月ぐらい歩き回っているのがトンブリーです。トンブリー王朝の面影を探しながら、地図にも載らないような路地を歩き回り、またバンコクの魅力を再認識した・・・そんな小さな小さな旅です。

トンブリー、私自身は17年前の前在住時から知っているつもりだったのですが、結局何も知らなかった・・・いえ、何もまだ分かっていないのです。

20171123 Thonburi 1

ここで教科書的で申し訳ないのですが、ごくごく簡単にタイの歴史を整理させて下さい。私自身があやふやなので、本当に一般的な概要です。

チェンマイを中心としたラーンナー王国など古代国家からタイ族最初の王朝となったのがスコータイ王朝で、後期スコータイ王朝は初期アユタヤ王朝と重なっていますが、スコータイ王朝が衰退し最後は実質的にアユタヤ王朝に吸収されたとされるのが一般的のようです。

スコータイ王朝 1238年~1448年 鎌倉時代から室町時代
アユタヤ王朝  1351年~1767年 室町時代から江戸時代中期
トンブリー王朝 1768年~1782年 (1776年アメリカ独立宣言)
チャクリー王朝 1782年~     江戸時代中期から現在

タークシン王一代限りで15年間だけのトンブリー王朝、その前に400年以上続いたアユタヤ王朝と現在のラマ10世に至るチャクリー王朝の繋ぎ、リンクのような王朝です。

20171123 Thonburi 2

タイ華僑で最も多い潮州人の小役人だった父とタイ人母に生まれ名は鄭信(あるいは鄭昭)。幼い時にタイ人官吏の養子となり宝(シン)と名付けられ、その後アユタヤ王朝に仕官しターク国の国主となった事からタークシンとも呼ばれる・・・。

1767年ビルマに攻め込まれアユタヤは完全に破壊されアユタヤ王朝は滅亡、地方から潮州系華僑やポルトガル傭兵と一緒にアユタヤに駆けつけたタークシンはアユタヤを捨てて、チャオプラヤー川の下流右岸トンブリーに王朝を建てた・・・。

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画像下の絵画は破壊されたアユタヤを目にしたタークシン軍で、「バーン・グディ・ジーン博物館Baan Kudichin Museum」で撮ったものです。

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トンブリー王朝を建てたものの、在位15年のほとんどが戦続きで最終的には現在のカンボジアやラオスを含めた広大な領土(画像下)を回復した。この時に活躍した部下の将軍の一人がアユタヤ王家の血を引くと言われているチャオプラヤー・チャックリー(後のラマ1世)です。(画像下はタークシン王廟で撮ったものです)

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1782年に精神錯乱状態と言われていたタークシン王をチャオプラヤー・チャックリーは処刑し、チャオプラヤー川左岸(東側)のラッターナコシン島(後のバンコク)に遷都したラマ1世(後にそう呼ばれる)はチャクリー王朝を興した・・・

これが大雑把なタイの歴史の流れです。

それでは、たった15年のトンブリー王朝はチャオプラヤー川右岸のどこにあったのか?その面影は残っているのか?そんな疑問を解決する為に街歩きを始めました。今まではざくっと言っていたトンブリーの中心地を徹底的にローラー作戦での街歩きです。

まず・・・トンブリー王朝の中心、王宮はどこにあったのか?

これは簡単で現在タイ王国海軍本部内にある「ワン・ダーン宮殿Wang Derm Palace」です。現在の「ワット・アルンWat Arun」の南隣で「ウィチャイプラシット砦Wichai Prasit Fort」の北隣です。

20171123 Map 1

このエリアを「プララチャワンダーンPhra Racha Wang Derm」と呼び、まさにトンブリー王朝の中心地でした。現在はワット・アルンを除き海軍施設内なので一般人は普通立ち入り出来ません。

20171123 Thonburi 5

画像上で海軍施設入口(西側)門の奥に見えるタイ様式の建物がワン・ダーン宮殿です。門番の水兵さんに粘り強く頼んだのですが「絶対に駄目!」との規律正しいお返事でした。やっと門ギリギリまで行って写真だけ許してもらいました。

20171123 Thonburi 6

ワット・アルン船着場横から(北側から)撮った画像が下です。門が閉まっていますが、その上から撮りました。

20171123 Thonburi 7

そして画像下がチャオプラヤー川上から(東側から)撮ったものです。タークシン王はワン・ダーン宮殿の南側(画像上左)に住まいがあったとされています。

20171123 Thonburi 8

そしてワン・ダーン宮殿の南側(下流側)がウィチャイプラシット砦です。バンコクヤイ運河がチャオプラヤー川に出合う所です。ちなみにこの砦は当時「ウィチャイイェン砦Wichayen Fort」と呼ばれていたそうです。

20171123 Thonburi 9

20171123 Thonburi 10

それではトンブリー王朝前のトンブリーはどうだったのか?

これもバーン・グディ・ジーン博物館に古い地図があるのですが、バンコクヤイ運河(チャオプラヤー川源流)とショートカットで造られた今のチャオプラヤー川の角(上記した今のウィチャイプラシット砦)とその対岸の「ラーチニー学校Rajinee School」北側あたりに大きな砦があったようです。

20171123 Thonburi 12

この両岸にあった砦はアユタヤを守る為に大きな鎖を通し、何かあったらチャオプラヤー川を遡る船を通れなくさせたとか・・・左岸(東側)もだいぶ見たのですが、その砦跡はまったく今は見られません。

バンコクヤイ運河の説明板(画像下)によるとこのチャオプラヤー川のショートカット部はアユタヤ時代の1542年に掘削が始まったようです。船の通行を容易くする事と、上流からの水の流れを良く(早く)したかったのだと私的には考えています。

20171123 Thonburi 13

時はヨーロッパの大航海時代で、1543年には種子島に鉄砲が伝わり、1557年にマカオにポルトガルの極東拠点が出来た頃です。

アユタヤにもポルトガルなど諸国の使節団が訪れた事でしょう。そしてチャオプラヤー川のショートカットが掘られ、さらに外敵が遡るのを防ぐ砦も造られたと考えられます。

この新しく掘られたチャオプラヤー川沿いに建つ「ワット・アルンRatchawararam Ratchawaramahawihan」もトンブリー王朝で重要な役割を果たします。創建に関しては定かに分かっていないそうですが、ナーラーイ王(1656~1688年)時代にフランス人によって描かれ地図には存在するそうです。

20171123 Thonburi 14

ワット・アルンラーチャワラーラームと名付けられたのはトンブリー王朝後の事で、タークシン王は「ワット・チャエンWat Chaeng」と名付け王宮寺院としました。

トンブリー王朝末期の1779年にはチャオプラヤー・チャックリー(後のラマ1世)がビエンチャンからエメラルド仏を持ち帰り(諸説あって略奪とも)、ワット・アルンに安置されましたが、その後チャクリー王朝になって現在のワット・プラケオに移されています。

さて・・・ビルマ軍に徹底的に破壊されたアユタヤを捨て、潮州系華人やポルトガル傭兵と一緒にトンブリーに来たタークシン王。そこは何も無かった寂しい漁村ではなく、200年以上前に掘られた新しいチャオプラヤー川両岸には砦があり、その砦の一つとワット・アルンの原形のお寺の間に王宮を置く事を決めたと思われます。

まぁ、アユタヤに比べたら寂しい所で、集落の間は湿地が広がっていた事でしょう。年代不明ですが、その頃の地図が画像下です。

20171123 Map 2

この後のトンブリーの様子を描いた地図がサイアム博物館(画像下)やバーン・グディ・ジーン博物館(画像下の下)にあります。

20171123 Map 3

20171123 Map 4

画像上で分かるようにチャオプラヤー川右岸(西側)だけでなく、東側にも華人のコミュニティーが広がっていたようです。今の王宮やワット・プラケオあたりですねぇ~ 現在のカオサンあたりはラオスやマレーのコミュニティーがあったようです。

左岸でラッターナコシン島を形作る東側の運河(堀)がこの時代にはあったのも知りませんでした。三重の堀で囲まれたラッターナコシン島で一番内側の堀で、現在のクームアンドゥーム運河Khu Muang Doemの原形かと思われます。この運河の事も後日エントリー予定でいるのですが・・・

画像下はバンランプー博物館の映像でラッターナコシンを形作った説明です。すでにチャクリー王朝の王宮にワット・プラケオ、そして2番目の堀と城壁も現れていますが、トンブリー側には城壁が見られません。

20171123 Thonburi 15

たった15年ですが、その後トンブリー王朝は・・・北はバンコクノイ運河、南はバンコクヤイ運河、西は現在のアルンマリン通りの西に流れる「バーンカミンBan Khamin」(画像下)で形作られたようです。その内側がトンブリー王朝の中心と言えるかと思います。

20171123 Thonburi 16

だいぶ長くなってしまいました。次回はこのトンブリー王朝の中心地を更に詳しく街歩きします。

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2017.11.23 | コメント(0) | バンコク街歩き

バンコク路線バス最新事情

最近はネットで書かれた事がないだろうディープな所、しかもその中での路地歩きのエントリーが続いていました(苦笑)そこで今日はお馴染みの、でも久しぶりの路線バスに関するエントリーです(笑)

さて、BMTA(バンコク大量輸送公社)管轄の路線バスがこの1年でかつて無かった大きな動きをしているのは、今まで本ブログで書いている通りです。

GPSやモニター、カメラ、センサーなどの電子機器をオンボロバスに搭載し双方向通信機能すら持っています。ちょうど1年ぐらい前に設置が始まり、今はほぼ全車に搭載されています。

20171122 Bus 2

路線バスの大方の利用者であるバンコクとその周辺に暮らす庶民にとって、現時点までまったくメリットがない電子機器の大量設置になっています。せめて路線・バス停の表示とアナウンスがあれば良いのですが(一部路線と一部車両でこの電子機器導入以前で自動バス停アナウンスが行われいます)。

20171122 Bus 4

それから今年2017年8月に突然の再編成と路線番号変更が発表され、何の為にそんなに急いだのか(きかんしゃトーマス的)リペイントしたバスを用意し、たった一か月間だけ8つの新路線を走らせて混乱させる事までしました。

20171122 Bus 3

車両の色別けとその色のアルファベットを含んだ路線番号は不評でしたが、この後3年後ぐらいに本気で導入するのか?私はさっぱり分かりません。試験8路線全てに乗車検証した結果は路線ルートも大きく変わっているので、何を目指し、何の為の急な試験路線実施だったのか?疑問ばかり残る再編成発表と試験でした。

20171122 Bus 5

今年の最後は共通電子カードの導入で車掌さんを廃止しワンマン化すると言い出しました。共通電子カードもワンマン化も5年以上前から何度も言い出しては頓挫している事は、在タイが長い方はご存知でしょう(ワンマンバスは一部路線一部車両で導入されましたが、あっと言う間に頓挫しました)

それがまた今回に限っては早々とカードリーダーの設置が始まり、一部では暫定運用も始まっています。画像下は乗降口両側に設けられたカードリーダーです。

20171122 Bus 6

現在、BMTA管轄路線バスでも直営バスに乗ると、モニターでこの新支払システムの説明が流れています。ちなみにこの時の撮影は178番で、暫定軍政の暫定首相も見に来て満足そうにお帰りになりましたが、画像上はその178番です。もっとちなみにですが、前述のバス停自動アナウンスが1年半ぐらい前に先行して行われたのも178番でした。

20171122 Bus 7

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この路線(178番)で一部カードリーダーが使えるので実際に見ていますが、カードを持っていない人用の現金料金箱が稼働しているのはどの路線でもまだ見た事がありません。

20171122 Bus 9

そのカードリーダー使用を見た唯一の178番のケースですが、現在は使えるカード自体がタイの特定の方が持つ福祉カード(実態と内容を知りません)のみなので、かなりお年寄りでした。やっとバスに乗り込み(カードリーダーなどは無視し)席を確保されて・・・やって来た車掌さんにカードを渡し、車掌さんがそのカードをリーダーに通していました。その上に車掌さんは何やら青い切符を渡されていました。

20171122 Bus 10

要は現状は全く無意味です。

これからどんどん設置し、2000人と言われる車掌さんを解雇するのか再教育再就職させるのか分かりませんが、かなり強引過ぎる事を立て続けにしている感が強くてなりません。

ところで共通電子カード・・・タイ語は忘れましたが、蜘蛛カード(スパーダー・カード)で路線バスを利用する人達・・・タイ庶民の多くの方々が持つには相当時間がかかると思うのですが、仮に普及したとしても・・・

20171122 Bus 11

降車客を優先する考えもないし、我先に乗り込んで席を確保したがる利用客、乗降中にもバスを完全停止させない運転手、乗り込んだとたんに急発進させるのが普通のバス車内で・・・

バス内でカードリーダーに通したり、ましてキャッシュで料金箱の操作をする事が私にはどうしてもイメージ出来ないのです。乗降口が混乱の中でバスが荒っぽく動き出す・・・それはイメージ出来ますが(笑)

そんな中で、この数週間で「共通電子カード装着車E-Ticket」表示(画像下)のバスが急に増えました。フロントガラスの上と乗降口上の緑の表示です。

20171122 Bus 1

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画像上のように乗降口に上部を赤で塗りつぶした痕が見られるので、無料バスだった車体をペイントを変えてE-Tiketバスに変えているようです。そのほとんどがまだカードリーダーの設置だけで料金箱は未設置で、カードリーダーも動いてはいません。

20171122 Bus 13

要は、今までの無料バスの塗装を変えて緑色がシンボルのE-Tiketバスにしているのです。E-Tiketバスはなぜか今の所(直営ノンエアコン)赤バスばかりで、エアコン車はカードリーダーの設置もまだ私は1台も見ていません。

エアコン車は行先に寄り料金が変わるので、乗車時のみではなく降車時もカードリーダーを通す必要がありますし、キャッシュの場合はどう入力するのか?それはまだアナウンスされていません。

そんなドタバタの中で無料バスが無くなったように思えます。全路線で確認したわけではないのですが、一時10月から廃止すると言われた事がありました。10月は前国王火葬の儀もあって無料運行を増やしてもいたので、順当なのかも知れません。

色々書きましたが・・・BMTAは何を急ぐのか?さっぱり分からないのです。

不思議な事に、こうした改革はニュースリリースされてすぐに物的な変化(装置の設置など)が現れるのですが、その先がなかなか進まないのが今までの実際でした。まるで業者からの購入・設置をしたものの、なかなか使いこなせない、受け入れられない、深堀しないでの実施で頓挫・・・そんな繰り返しでした。

今年2017年は新型バスを購入したものの、港陸揚げ後にアセアン製で無い事が発覚して税務上の負担うんぬんでその新型バスは使われないままでした。

黒煙を吐き出しながらやっと動いているオンボロバス、合図してもバス停に停まらず、乗降時にバス停に寄せる事もなく、完全停止をしないのも普通に多くある事です。飲食やスマホ遊びしながらの運転や車掌勤務も一般的です。

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こう言ったオンボロバスに運転手や車掌さんに・・・大量の電子機器を装着させる事はあっと言う間にしてしまう。

まずは地道に車両整備や運転手と車掌さんに安全教育、せめて車内清掃徹底から始めるべきなのですが・・・お金を投入する事が真っ先ですね。

大きな利権絡みなのは間違いないでしょう。バンコク都のみならず軍政下が来る総選挙を前に何かを急いでいる・・・それが私の実感です。

そして、その利権絡みを強く匂わせる事がもう一つあります。

冒頭からずっと書いた数々の変革、大量の電子機器導入、路線と路線番号再編成、共通電子カード導入・・・・全て直営バスだけの事なのです。BMTA管轄バスの中でも委託バスは全く蚊帳の外で、どうするかにも触れていません。

それは・・・こうした改革について来られないなら「再編成時に認可はしない」と脅かしているように私には思えるのです。

BMTA管轄路線バスで現在運行されているのは、私が数えただけで205系統ありますが、その中で委託バス路線は半分以上あります。そのほとんど小さな会社がたくさんで、これもオンボロバスで荒い運転をしています。はっきり言って好き勝手な運行ですが、バス運行だけで利益が出るとは考え難くかなりの税金が投入されているでしょう。

20171122 Bus 15

委託バス・・・路線バスを使う人でも直営と委託はあまり意識しないでしょうが、料金も違うし混在路線ではルートも異なる事が多いのです。

例えば、日本人の皆さんが多く住むだろうスクムビット通りのウドムスック~からアソーク間だけを見て、全路線で19路線ある中で14路線は委託バスなのです。

2番 直営と委託
23番 直営
25番 直営と委託
38番 委託
40番 委託
45番 直営
46番 委託
48番 委託
71番 直営と委託
98番 委託
109番 委託
115番 委託
132番 委託
133番 委託
149番 委託
501番 直営
507番 委託
508番 直営
511番 直営

これだけ多い委託バスですが、これが今後の動きが全く見えないのです。設備投資面で直営バスの改革について来られない委託会社は合併なのか新規なのか大型化するでしょう。路線廃止もあるでしょう。

直営バスが色々な動きをしていますが、問題なのは委託会社の今後の動向なのです。

何だか・・・結局は中途半端なままになりそうな気がします。今もそうした例は多くあります。

例えば、以前からバンコク路線バスには回数券的な「前売り券Advance Ticket」があります。「路線バスを乗りこなす為の初歩(乗車後)」で詳しく書いていますが、期間限定で乗り放題のチケットが以下の4種類であります。

100バーツ 一週間有効 ノンエアコンバスのみ
200バーツ 一週間有効 エアコン、ノンエアコン
400バーツ 一か月有効 ノンエアコンバスのみ
800バーツ 一か月有効 エアコン、ノンエアコン

20170427 Bus Card

私のように年に千回以上乗るハードな利用者にはお得なように思われるかも知れませんが、実はこれは直営バスだけなのです。従って私でも長い間無視しています。

上記のスクムビットで言えば3分の1以下のバスしか使えないのです。これを買ってメリットが出る人は、直営バスだけをエアコン車は長距離かノンエアコンでも乗り換えで二回以上、しかも毎日往復乗る人ぐらいでしょうか・・・

現在、直営バスが突き進んでいる色々な変革が、こんな使えない中途半端な事にならなければ良いのですが・・・

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2017.11.22 | コメント(10) | バンコク路線バス

トンブリーを歩くと雨に打たれる

トンブリーを歩くと雨に打たれる・・・そんなジンクスが出来てしまったように、昨日もトンブリーの路地で雨に濡れていました。

20171120 Thonburi 1

雨季が明けてだいぶ経つのに、二度も雨に打たれたのはトンブリーの北、バンコクノイ運河沿いを歩いていた時です。

しかし、すっかりトンブリーにハマってしまいました。

20171120 Thonburi 10

何度行っても分からない事が増えるばかり・・・そう、トンブリー王朝を面影を探して歩き回っているのですが、さっぱり分からないのに面白い事が増えるばかりなのです。

トンブリー・・・広義ではチャオプラヤー川西側の旧トンブリー県を思う方もいるでしょうし、狭義でチャオプラヤー川西側でバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河の内側、あるいはその周辺と思われる方もいるでしょう。

20171120 Thonburi 3

広義でも狭義でも、そんなトンブリーは大げさでなく百回以上は通ったり歩いたりしています。それなのに今になってハマっているのは、タークシン王がアユタヤを離れチャオプラヤー川右岸(東側)に新たに造ったトンブリー王朝の中心部です。

20171120 Thonburi 2

本当に狭いエリアで、その中心はワット・アルンが有名です。北はバンコクノイ運河から南のバンコクヤイ運河までで、地図(Google Maps)にも載らないような狭い路地が多いのが特徴です。地図にないからローラー作戦でこのエリアの全ての路地に入り込んでいます。

そんな路地の中で季節外れの雨に打たれました。

逃げ場があるようで無い細い路地、やっと見つけたトタン屋根の下、先を急ぐバイクに気を付けて、大きく響く雨音を聞きながら雨宿りをしていました。

20171120 Thonburi 4

そう言えば・・・この日は最初からツキがない始まりでした。

この日唯一の目的地「バンコクノイ博物館bangkok Noi Museum」に真っ先に行きましたが、管理人不在で入れなかったのです。

20171120 Thonburi 5

前回の街歩きで偶然発見したこの博物館、町中の高校内にある郷土資料館のような小さな博物館です。この地域の歴史などを展示しているようなので、今回の街歩きのテーマでは絶対に外せないのです。

水曜~日曜の開館なので最初に行った時は閉館中。それで昨日の日曜に行ったのですが・・・入口に鍵が架けられたまま。高校の守衛さん(画像下)に聞いたら「昼飯に行ったのでは?」との事で、周囲の路地歩きをして2時間後に戻ってもまだ閉められたままでした。

20171120 Thonburi 6

また行くしかないのですが・・・きっと来館者もいないし、サボってばかりなのでしょう。ガラス戸越に中を見たら・・・古い写真も多く、ちょと城壁や砲も見えたので、早く中を見たいものです。

20171120 Thonburi 7

この(管理人さんが戻るのを待つ間の)2時間の路地歩きの最中に雨が降り始めたのです。

結局、街歩きのテーマに関しては何も得ないままに帰ったのですが・・・それでも、このバンコクノイ運河周辺でまた気になる所と多く出合いました。

人がすれ違うのもやっとの路地奥で面白そうな金属加工の工場を見つけて、工場見学をさせて頂きました。今度は作業をしている時に行きたいものです。

20171120 Thonburi 8

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路地奥で線路に出合い、その線路のすぐ先はタイ国鉄「トンブリー駅Thonburi St.」でした。南本線はラマ6世橋が出来てチャオプラヤー川を渡りファランポーン駅へ行けるまでは、ここがの起点駅でしたので、今でも正式な南本線の起点駅です。

20171120 Thonburi 11

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トンブリー駅まで来れば、是非見たいのは「トンブリー機関車整備場Thonburi Locomotive Garage」です。ロングステイを始めてすぐに来た事があるのですが、野犬の群れに吠えられて逃げ帰った情けない記憶があります。

20171120 Thonburi 13

20171120 Thonburi 14

いつまでも街歩きしていないで、そろそろ『トンブリー王朝の面影を探し』(仮題)をまとめないといけないのですが・・・それとは別に、今回のエリアも大変面白いので別途エントリーする事を考えましょう。

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2017.11.20 | コメント(0) | バンコク街歩き

古いだけでない・フアタケー古市場④

バンコク都とその周辺で原風景を感じさせる運河沿いに並ぶ古い木造家屋、そしてなぜか懐かしくも思える地は私的には内緒にして、このままそっとしておきたい所でもある「フアタケー古市場Hua Ta Khe Old Market」です。

さて、タイ語でワニの事を「チョラケー(ジョーラケー)」と言います。

路線バス142番、508番、511番、536番はサムットプラカーン県のクロコダイル・ファーム(サムットプラカーン クロコダイルファーム&ズーSamutprakarn Crocodile Farm and Zoo)の隣にあるファームチョラケー車庫から出ますが、ここへ行きたい時は「クロコダイル・ファーム」ではまず通じず、「ファーム・チョラケー」と言います。

20171119 Hua Ta Khe 1

そのワニのチョラケーを縮めたのか分かりませんが、「タケー」もワニを指すそうです。そしてタイ語のフアは頭ですから、ワニの頭のと言う土地になります。それでこんな絵(画像上)も描かれているのでしょう。

タイ語で意味を聞いたら昔大きなワニがいて、ここが頭でどこか遠い所が尻尾だったとか・・・私のタイ語レベルでは大きな誤解をしているかも知れませんが(笑)画像下は今年2017年ロイクラトンのフアタケーです。

20171104 Hua Takhe 1

バンコクの地名には「フア」が付く所があります。タイ語2文字なので比較的早くパターン認識したタイ語ですが、ファランポーン、フアマークなどを通る度に何の頭なのかなぁ・・・っていつも考えてしまうのですが、フアの次が長いので全く覚えられずに調べてもいません(汗)

そろそろ、本題に入りましょう(汗)

20171119 Hua Ta Khe 3

以下が今までの本シリーズのエントリーです。

地方バスで行く(でも近い)フアタケー古市場①
時を遡るような小旅行・フアタケー古市場②
内緒にしたいお気に入り・フアタケー古市場③

さて、今までのエントリーで場所や行き方に周辺状況を書いて来ましたが、今回はいよいよ古市場そのものです。それでは細い路地を通り古市場に入ってみましょう・・・

20171119 Hua Ta Khe 4

今までのエントリーで少し触れましたが、この古市場には他にはない特徴があります。

フアタケー古市場は近くに学校が多い事もあって地元の学生さんが多く通り、そんな若者が息抜きする所もあるのです。

20171119 Hua Ta Khe 5

20171119 Hua Ta Khe 6

古いだけでなく、若者が居心地良いカフェや食堂があるのは当然でしょう。そこには都会とは全く異なる居心地の良さがあります。

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食べログ的な紹介をほとんどしないブログですが、私のお気に入りは小さなカフェの2階に隅っこです。

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20171119 Hua Ta Khe 9

「美術大学College of Fine Arts」がある事が関係しているのか、古い店を改造したギャラリーもあります。月初の週末にはそんな展示即売会も開かれるとも聞きました。

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若い力で何かを変えようとしている・・・そんな感じがする古市場なのです。本当に学生さんが多い古市場ですねぇ~ 新体操なのか若い子達がリボンを持っていたので「撮っていい?」と聞いたら・・・ピンボケが悲しいのですが(笑)そんな若者の声が絶えない古市場です。

20171119 Hua Ta Khe 12

そう言えば、貸カヤック屋さんもありました。古い雑貨屋さんみたいな店の息子さんでしょうか、その店先で新たな挑戦に思えました。

20171119 Hua Ta Khe 13

1時間100バーツ、3時間250バーツで借りられる以外に、4~5人でのボート・ツアーもあって1時間500バーツだったと思います。

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もちろん古市場内には昔からあるようなお店も食堂もあります。

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かなり良い雰囲気のお店も多いのですが、どうも現役で商売をしているようにも思えます。そして、そんなお店が並ぶ中に町工場もあるのがかなり良いです(笑)

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フアタケー古市場は東西に流れるプラウェートブリーロム運河(西はプラカノン運河です)が、南北に流れるチョラケー運河(まさにワニ運河ですね)と十字に交差する所にあります。

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のんびり運河を眺めながら・・・いつかワニの尻尾が現れると言う地を訪ねてみたいものだと思うのです。

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2017.11.19 | コメント(15) | マーケット

街歩きで出合う意外な楽しさ

ロングステイを始めてからは、私はへそ曲がりなので観光ガイドから他の方々のブログを含め、ネットは(公式サイト以外)意識して見ないようにしています。

他人が行った後を追いかけるような旅はしたいと思わないし、他の方の影響を受けたくもありません。時間はたっぷりあるし、遠回りしても失敗してもそれを楽しめる歳だし、その方が白紙からの旅で面白い思うのはロングステイだからこそ出来ると思っています。

もっとも他を見ても・・・以前参加していたブログランキングのタイトルを見る限りでは、日本人が多いメジャーな所とその周辺での食べログ的内容、それにニュースやネットで拾った事を書く方々が大半でしたが(笑)

そんな中で、今回書く街歩きは(私の中では)少しメジャーな所でした。観光ガイドでは分かりませんが、ブログでは間違いなく多くの方が書かれているかと思います。それで前在住時やロングステイを始め直後から何度か街歩きしていますが、その内容をエントリーした事はありませんでした。

20171118 Thonburi 1

チャオプラヤー川右岸(西側)でトンブリー王朝の宮殿があった所の周辺です。先日はその中でも南側バンコクヤイ運河沿いを歩いていました。

このエリアでも特に「サンタクルーズ教会Santa Cruz Church」が私にとってのメジャーな観光地なのです。先週日曜日に行ったのですが、前在住時から数えて5~6回目だと思います。ただ、今まで一度も書いた事がありません。

20171118 Thonburi 2

このエリアは「グディ・ジーンKudi chin」と呼ばれ、ビルマと戦ったポルトガル傭兵にタクシン王が与えたポルトガル人コミュニティ・・・そんな風に言われているかと思います。

私もそう思って来ましたが、調べれば調べるほど分からなくなっています。そんな簡単な事じゃないなぁ~と言うのが今の本音です。

20171118 Thonburi 3

グディ・ジーン(チーン)と中国人の存在を現す地域、MEP(Missions Etrangeres de Paris) パリ外国人宣教協会のフランス人宣教師の存在、そして後述するグディ・ジーンと接するモスリムのコミュニティ・・・歴史をオッサンが一人街歩きして紐解くには限界を感じてなりません。

メジャー過ぎると避けていたのが・・・面白くてならないのが現在です。

まぁ、そうした事はおいおい書いて行くのですが、今日のエントリーはそんなトンブリー王朝の面影を探す街歩きで出合った・・・本筋とは異なる意外なものです。

まず最初は・・・「グーグル・ストリート・ビューGoogle Street View」です(笑)

20171118 Google 1

これだけ毎日街歩きしているのですから、遭遇してもおかしくないとは思うのですが初めて見ました。バンコク都だけでも50区全てを歩いて、路線バス205系統全てで行き帰り乗っているのにです。

今までこんなの(画像下)をバスの中から見た事があります。これも全方向のカメラに何でしょうねぇ・・・計測器のような物を付けて走っていました。こう言うのって、すごく気になるのです。バスに乗っていなかったら聞くのですが・・・

20171118 Car

えっと、グーグル・マップにストリート・ビュー、すごくお世話になっています。この二つが無かったら街歩きも全バス路線解析も出来なかったでしょう(Google Mapsのバス表示はかなりおかしいですが)。

バンのような車を想像していたのですが、小型車をお一人で運転されていました。カメラの位置がかなり高いのが印象的です。この車を一周しましたが、私も写ってないかなぁ(笑)

20171118 Google 2

実は、この辺りって狭い路地が有名な所なのです。それだけに私としては車を降りてカメラを担いで路地奥までストリート・ビューして欲しかったです。

20171118 Thonburi 4

次はグディ・ジーンからアルンアマリン通りArun Amarinを渡った反対側で、バンコクヤイ運河沿いに広がる『グディ・カオKudi Khao』エリアです。

この地区はネットでもブログでも少なくとも日本語では書かれた事はないと思います。私も初めて踏み入れるエリアです。狭く暗い路地に入るのに少し勇気が要るような・・・そんなエリアです。

20171118 Thonburi 5

私は30年以上前にマニラ郊外のスモーキー・マウンテン(当時はそんな言い方はありませんでした)に行き、インドはムンバイのスラムに15年前に行ってからは、スラムと言う言葉を容易には使っていません。怖さだけならニューヨーク、デトロイトにアトランタのあるエリアは夜間に迷い込んで車の中でものすごい怖さを感じた事もあります。

よくクロントゥーイをスラム街と呼び人がいますが、かなり私のイメージとは異なります。貧困層の底辺にいる人々が集まる地であるのは間違いありませんが、火事(漏電)や衛生上の問題を抱えながらも人々が暮らす町としての機能を持ち、ここは『スラム』とは違うなぁ~と思うのが正直な感想です。

クロントゥーイには日中ならオッサン一人が入り込むのに全く抵抗はありませんが(それを興味本位でブログネタにする事はありません)、このグディ・カオは外部の人間を拒む雰囲気があるのが入るのにためらった理由です。それはここが古くからのモスリムの方々が住むエリアだからでしょう(危険な意味ではありません)。

20171118 Thonburi 6

このエリアはグディ・ジーン以上に狭い路地だけで家々が結ばれています。路地の突き当りが運河だったり、袋小路で行き止まりだったりが続きます。

20171118 Thonburi 7

そしてそんな狭い路地で見かけたのが、この周辺には似合わない工場のような所でした。複雑な配管がタンクと繋がれているようです。寡黙で渋い感じのオジサンが働かれていました。

20171118 Thonburi 8

その渋いオジサンに話しかけましたが、全く私のタイ語では通じません。指さされた所にタイ語と英語での説明がありましたが、「ソムワン・ドリンキングSomwang Drinking」は30年以上地域の人達に水を供給しているそうです。思わず工場見学です(笑)

ソムワン氏(この渋いオジサンではなさそうですが)は政府浄水部門に勤めた後に、この地域の水問題解決の為にこのシステムを造った旨の説明がありました。浄水前の水をどこから得ているのか聞きましたが、これも全く通じませんでした。まさか運河や地下水ではないと思うのですが・・・

20171118 Thonburi 9

帰り際にオジサンが黙って「持って行け」言わんばかりにペットボトルを差し出してくれました。意外や本物(笑)っぽいドリンキング・ウオーターのペットボトルです。

20171118 Thonburi 10

そのデザインに少し安心して飲んだら・・・全く冷やしていないのに、味はなぜか普段飲んでいる大手の物より美味しく感じました。

さて、このエリアの中心は「バーンルアン・モスクBang Luang Mosque」(画像下)です。バーンルアンとはバンコク・ヤイ運河の別名です。

20171118 Thonburi 11

このモスクも今回初めて行って知ったのですが、世界でここだけのモスク(画像上)でした。その理由は・・・今後エントリー予定の『トンブリー王朝の面影を探し』(仮題)で詳しく書きましょう。まぁ、画像の通りで一目瞭然なのですが(汗)

このモスクにたどり着いた時、礼拝を呼びかける・・・気だるく謡うようなアザーンがスピーカーから流されていました。その旋律と呼びかけは・・・常夏の熱い日差しを浴びた真っ白に輝くモスクから、いくつもある狭く暗い路地に吸い込まれて行くように思えました。

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2017.11.18 | コメント(4) | バンコク街歩き

内緒にしたいお気に入り・フアタケー古市場③

バンコク都とその周辺で原風景を感じさせる運河沿いに並ぶ古い木造家屋、そしてなぜか懐かしくも思える地が「フアタケー古市場Hua Ta Khe Old Market」です。

そこは私的には内緒にして、このままそっとしておきたい所でもあるのです。

20171117 Huatakhe 3

もっとも私がブログで書いてもここが混雑するなんて影響は絶対に無いでしょうが(笑)日本語でネットに書かれた事はないかと思っているのも事実です。

そしてこのブログに書く限りはタイ好きな方には行って頂き、感想をお聞かせ頂けたら嬉しく思っています。もちろん、このブログを読まれ行かれた方がネットに書くのはご自由ですが、情報元に少しは触れて頂けると書く甲斐があるのですが(笑)

今のネットはこうしたマナーと言うか慣習は完全に無視されていますから、必要な情報を得たらそれまでの事がほとんどでしょう。そんなマナー無視が目立つのが今時のブログで、少しでも目にしたくないから辞めたのが・・・

その内にこの身勝手でお節介なブログも止めるのかも(笑)

本題に入りましょう(汗)

想定外のエントリーが続いたので、なかなか進みませんが、以下が前回今までのエントリーです。
地方バスで行く(でも近い)フアタケー古市場①
時を遡るような小旅行・フアタケー古市場②

さてフアタケー古市場ですが、規模は小さいです。目の前を流れるプラウェートブリーロム運河の東には「クローンスアン100年市場Khlong Suan 100 Years Market」がありますし、同じようにアパート近くには「バンプリー古市場BangpleeOld Market」がありますが、規模はそれらの半分ぐらいでしょうか。

20171106 Hua Ta Khe 2

ただ、観光客が来る所ではありません。クローンスアンはほぼ100%観光用になっていますし、バンプリーは30年ぐらい前は何でもない水辺の街でしたが、20年ぐらい前の百年市場が話題になった頃から観光の方が増えました。私もブログ以前のホームページ時代から書いていましたが、今は日本人の方ですらたまに見るようになりました。

こうした点在する運河沿いの古市場を丁寧に見て来ると共通する遍歴が浮かび上がります。

運河沿いは船がそのまま横付けされるデッキが設けられ、建物の横を繋ぐ路地が次にあり、その路地の運河の反対側には商店の店が広がる造りです。画像下はバンプリーです。

20171117 Bangplee

かつて陸上交通が発達する前、水運だけが市場を支える生命線だった時代の造りです。今でもバンコク都とその周辺で見られますが、バンプリーのように観光化が始まると少しは人が集まりますが、パーシーチャルン(画像下)のようにそれが遅れるとまるでシャッター街です。

20171117 PC

そして二階建てのまま運河にせり出している家屋が運河沿いに並ぶ所もあります。その最も原形に近いまま見られるのがファタケーの北に位置するノンヂョーク(画像下)でしょう。通路上に空中回廊が造られています。

20171117 NC 1

ノンヂョークはバンコク都で一番広く人口密度も少ない(ある意味最も田舎)ので、ある意味昔のままで残っているのでしょう。ここを発見した時は一人大袈裟に感激したものです。そして同じ様な空中回廊がフアタケーでも見られます(画像下)。

20171117 Huatakhe 1

もちろんフアタケー古市場も運河に面して船が舫える構造で川の上にせり出したデッキ、そして横の動線となる路地に商店の軒先が連なる構造です。

20171117 Huatakhe 2

こうした運河沿いの市場は水路が中心だった時代はさぞ賑わったでのしょう。今は観光化されていないと寂れるばかりですが、フアタケー古市場にはしっかりと当時を思い起こさせる商店などの建物が残っています。

20171117 Huatakhe 4

さて、前回はラートクラバン通りでバスを降りてソイ→17を通り、プラウェートブリーロム運河を趣ある橋(画像下)で渡る行き方を記しました。(2018年1月6日修正:コメントで記述間違いを指摘されましたので本文と地図上記載を修正しました。なお前回フアタケー古市場②での行き方説明では間違えていません)

20171106 Hua Ta Khe 1

そしてタイ国鉄フアタケー駅から距離は少しありますが歩いて行ける事も記しています。この方法はフアタケー古市場の裏側からアクセスするのですが、この辺りの風情を含めてこのエリアが好きなのです。

まず地図ですが、ラートクラバン通りからの赤線がバスから歩くルートで、タイ国鉄フアタケー駅から歩くルートは紫色です。

20180106 Map 4

フアタケー駅の北側は日本も援助しているキングモンクット工科大学ラートクラバン・キャンパス(KMITL)が広がっていますが、南側も多くの大学?のキャンパスが広がっています。そんな中で「美術大学College of Fine Arts」が古市場の真裏にあって目印となります。

20171117 Art

当然、古市場を含めて細い路地は学生さん達の通り道になっています。そんな若い学生さん達が闊歩しているのも特徴でしょう。そして古市場にも影響しているのですが、それは次回の最終回で詳しく・・・

20171117 Huatakhe 5

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フアタケー古市場自体が運河が十字に交差する所に造られているので、この周辺は湿地帯です。古市場裏はその湿地に杭を打ち込んで家や生活道を作って生活環境を整えた姿が残っています。

20171117 Huatakhe 7

20171106 Hua Ta Khe 4

そこで暮らす人々の生活を(失礼ながらも)ありのままに垣間見る事が出来ます。こうした風景はバンコク都内でも多く残ってはいますが、ここはその密集度が高く、また(貧富とは別に)暮らしやすそうにも思えてなりません。

20171117 Huatakhe 8

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まるで迷路のように道は曲がり先が見えません。私自身は高性能のGPSや地図を内蔵していて60年以上使っている頭脳があるのでためらう事無く歩きますが、ここまで入り込むのは道に迷わない方で、しかも周辺住民に配慮したいものです。

20171117 Huatakhe 10

20171117 Huatakhe 11

さて、次回はやっとフアタケー古市場の中を紹介します。仮題『古いだけでなくアートもある・フアタケー古市場④』の予定です。

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2017.11.16 | コメント(9) | マーケット

映画が安い火曜日に2本連続

昨日の火曜日は映画を観ました。しかも2本続けて・・・2本続けて観るのはこれで2回目です(笑)しかも2本ともちょっと残念な映画でした。

実は火曜日が週の中で一番安いのです。タイ全土では知りませんが、少なくても私が住むバンコクの隅っこアパート近所の話です。

その価格がシニアメンバーなのもあって60バーツ(約180円)! ほぼ私自身の平均的なランチ一食分以下です。スターバックスのコーヒーは間違っても飲めません(買った事は一度もないけど)。

現在のシーコンスクエアの料金表です。

20171116 Fare 1

現在のメガバンナーの料金表です。

20171116 Fare 2

不思議な事に一般料金だと水曜日が週の中で一番安くて週末比で100バーツも安いです。なぜシニアと曜日が違うのか謎です(汗)

画像下で皮のシートは20バーツだか高くなりますが、普通の席で十分にひろくてくつろげます。

20171116 Theater 5

いずれにしてもタイの映画館は施設も素晴らしく、安価でアメリカと同じタイミング(日本より早く観られる事が多い)で観られるので映画好きには非常に嬉しい地です。

20171116 Theater 1

私はアメリカでも映画館によく行っていましたが、設備は全く同じと言えます(画像下)。ちなみにアメリカ(住んでいたジョージア州ですが)では火曜日が安くて一般でも6ドルでした。タイより高いものの、日本と比べたらかなり安く観られます。

20171116 Theater 2

唯一、言語がタイ語吹替かオリジナル言語(英語が多いですが)である事ですが、少なくても海外(タイ)に住む方ならどちらかは全く駄目なんて事はないでしょう。私自身はタイ語は幼稚レベルなので、オリジナル言語(タイ語字幕)を観ますが決して英語が堪能なわけではありません。

難しいスートーリーはついて行けないので、難解な英語は最初から諦めてアクションやSF映画に限って観ています。本当は言葉さえ分かればアクション映画よりもシリアスな映画が好きなのですが(汗)

20171116 Theater 6

それで昨日の話です・・・

特に観たい映画があったわけではありません。いつものようにシーコンスクエアに散歩がてらの買い物に行く間に、シーコン内の映画館に寄ろうと思ったのです。

来月上映される『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』がいつからか知りたくもありました。このシリーズは別格でどんな事があっても世界のどこでも封切りと同時に観たいのです。12月14日の封切りですねぇ~

20171116 SW

シネコンの前に行ったら・・・映画を観たくなってしまい、しかも偶然に火曜日だったのが背中を押してしまいました(笑)いつもの半ズボンだったのが不安だったのですが、寒かったら途中で出ても構わないと・・・

しかし、面白い映画がずらっと並ぶクリスマスから新年の前ですから・・・絶対に観たいと思う映画はありません。たまたま10分後の12時半から上映の『ビヨンド・スカイラインBeyond Skyline』のチケットを買いました。

20171116 Theater 3

エリアンの地球襲撃の内容ですが、続編と言うかスピンオフ的な映画だと思います。そしてこれがファンには申し訳ないのですが、B級映画の王道のようでグロも入っているので途中で出ようかと思いました。後半になって場面がタイやカンボジアのクメール遺跡っぽい所になったので我慢して観てしまいました(笑)

20171116 Beyond Skyline

何だか映画を観たい気持ちが満たされずに、反対に悪い物を観た感が強くて・・・口直し(笑)にもう一本観てしまいました。一度外に出てスケジュールを見たら30分後に開始される『Thor: Ragnarok(邦題マイティ・ソー バトルロイヤル』があったので、遅めのランチ後のまた観てしまいました(大笑)

20171116 Theater 4

それじゃぁ口直しにならない、同じB級映画じゃないかと思われた方が多いでしょう。まぁ、その通りなのですが(汗) 少しはマシな映画で最後まで楽しめました。何しろアクション映画しかついて行けないので・・・

しかし、アメリカンコミックが原作で映画化したのは・・・最近どれもアベンジャーズのように総動員のようで、何が何だか分からなくなりますねぇ~ ちょっとうんざり気味でもあります。

まぁ、楽しみは来月からなので予告編も楽しみだったのですが、なぜかスターウォーズの予告編は流されませんでした。その代わり気になったのは『オリエント急行殺人事件』です。ジョニー・デップも出ますねぇ・・・本も読んでいますし何度か映画化もされていますが、推理小説の映画だと言葉が難し過ぎてついて行けないでしょう(汗)

20171116 Theater 7

私は映画好きなので、過去の映画に関するエントリーはタイ・ロングステイを始めてからだけでも以下の様にたくさんあります。(上が古く、下へ行くほど新しいエントリーです) シリアメンバーへの登録方法なども詳しく書いています。

映画館に行こう
映画シニアメンバー 登録
割引で映画館に行こう
メガ(MEGA)でスターウオーズな一日
セントラル・バンナーで初映画
シーコンで映画を2本連続(前編)

映画の後はいつものようにスーパーやパン屋さんに薬屋(マツモトキヨシ)に寄って買い物を済ませ、もう夕方近くだったので何か買って帰るかとKFCやマックを見たのですが・・・(映画2本で120バーツも使った後なので)どこも高く思えて何も買えませんでした。情けないですねぇ~

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2017.11.15 | コメント(8) | タイ生活

地球の歩き方

この数週間、王宮広場からチャオプラヤー川対岸のトンブリー旧王宮エリアと観光客が多い所で街歩きする事が多いです。

そうなると道を探しているのか、立ち止まりスマホや地図を出してキョロキョロしている旅人と多く出会います。画像下は長い修復を終えたワット・アルンです。

20171114 Arn

今に限らず、ずっと長い間私はそうした時に気軽に声をかけるようにしています。アメリカでもヨーロッパでも同じです。方向感覚と地図、そしてバンコクでは特に公共交通に関して自信を持ち過ぎなのかも知れませんね。

特にもう1年以上王宮エリアは規制があって、それもコロコロ変わっているので余計かも知れません。

西洋人の方々は(ホテルでもらったのか)紙の地図を持たれている方が多いです。中国やアジアの方々はスマホを見ながら道を探している方が多いように思えます。

20171114 Po

スマホを見ている方は、「どちらへ行きますか?」「大丈夫?」と声掛けしても、スマホを私に見せながら何か私に言うので、そうした方々は少し苦手なのが本音です。スマホは私が拡大したり向きを変えたり出来ない上に見難いし、大方の地図(紙であっても)も見難いのが本音です。本当にスマホ嫌いですねぇ~

行先を言ってくれれば良いのですが、行先自体が中国語やお国の言葉で書かれている事もあるでしょう。また中国の方は個人旅行であっても多くは英語が苦手なようです。言葉で話しながらやり取りが出来る・・・やはり英語を話される方の方が安心して、そしてきっちりと助けられます。

20171114 SL

そんな中で日本人の方だと遠目でも分かるのが多くの方が『地球の歩き方』を持たれている事です。本当に多いです。

私はへそ曲がりなのか、観光ガイドから他の方々のブログを含めてネットは何らかの公式サイト以外は見ないようにしています。

今更他人が行った後を追いかけるような旅はしたいと思わないし、他人が美味しいと言ってるのを信じて食べる事もしたくありません。

時間はたっぷりあるし、遠回りしても失敗してもそれを楽しめる歳になったし、世界のたいていの所での多くの経験をして来たので、どこへ行きどこで暮らしても生きる死ぬにはならないと思っています。

それはリタイアした今だから、そして1980年代から知り前タイ在住後も何度か来ていたタイだから言える事で、多くの人にとっては違う事も解っています。

解っているから自分自身の経験を出来るだけ分かり易く、他人に伝わるように書いているのだと思います。そしてその中は出来るだけ私自身の誤解や間違えを少なくしたいとも強く思っています。だからこそ、自分自身が経験した事しか書かない主義なのです。

20171114 Khlong

私も若い時はどこかへ行くにも一生懸命情報を集めて、出来るだけ失敗しない旅を目指したものです。それで時間もお金も限りある中で出来るだけたくさん回るような効率ばかり目指していたように思えます。

それこそ1980年代に買って読んだ記憶がある・・・あの黄色系の表紙で統一されている『地球の歩き方』を行く地域で買った記憶があります。仕事でもプライベートでも世界中に行くので、それこそ多くの地球の歩き方が本棚に並んだような気がします。

20171114 Book

ただ、1990年ぐらいからは『地球の迷い方』と少々小馬鹿にしていた自分もいました。

今は分りませんが、当時の地球の歩き方には読者の体験談が載せられていて、それが結構中核となっていました。今のネットでの口コミと同じ感覚なのか、それを丸々信じる人が多かったと思います。

ある観光地に行って宿を探すと・・・『親切なおじさんおばさんが優しく迎えてくれた』そんな記事の内容が多かったと思います。それをドイツ在住時ですでに世界中を回っていた私は・・・『何か違うよなぁ~ これだけを読んで行く人は大丈夫かなぁ・・・』とよく思ったものです。それで『地球の迷い方』なんて辛辣な言い方をしていました。

この本の良い所はたくさんあるのにねぇ・・・

前タイ在住時は南の海に夢中になっていた事もあって、カオサンで買った(誰かが読み捨てたのか)古いロンリープラネットをよく読んでいました。この本にほとんど知られていない『秘島』などがよく載っていたからです。

でも、今は誰もが簡単に(検証されない)ネットに書く事が出来ますねぇ・・・それこそ初期「地球の歩き方」より悪くなっています(キッパリ)。

バンコク都とその周辺で言えば・・・間違いだらけの情報が何と多い事でしょう。そうした事に多少の憤りを感じていた事がネットとの距離を置くようになった理由のひとつでもあります。

そして、そうした事は・・・つい先日ブログ・ランキングから離れた理由にも通じますね(苦笑)

さて・・・地球の歩き方を持っている方も持ってない方も、日本人の方々にお声をかけて共通する反応があります。特に地球の歩き方を持っている方々は最初から日本人だと分かるから、私が最初から日本語でお声をかけるから余計なのでしょう。

「大丈夫ですか?」「道は分かりますか」と私。
「あっ・・・えっ・・・だ、大丈夫です」とお返事。

そして怖いものと距離を置くように後ずさりして私との距離を置くようにされます。もちろん私もオッサンだし、いつも必ずサングラスをしています。

海外で怪しげな色黒のオッサンが日本語で話しかけて来るのが、何か騙しの定番なのでしょうか? ありそうですねぇ・・・特にバンコクあたりでは(笑)

もちろん、そんな怪しみながらも「○○へ行きたいのですが・・・」とお返事される方もいます。でも多かれ少なかれ皆さんがほとんど同じように怪しまれるのは共通です。

最悪だった時はター・チャン(船着場)です。桟橋がいくつかあって、チャーター船に渡し船、そしてチャオプラヤー・エキスプレスと分かり難い所な上に大変な混雑です。

20171114 Tha Chang

若い4人ぐらいのグループの方々でお困りの日本語が耳に入ったので声掛けしたら・・・その人たちは「いいです!」とだけ言って少し先にいる引率なのか何かのリーダーなのか年配の男性の所へ行って、私を指さしているのです。まるで「あそこに怪しい日本語を話すオッサンが声をかけて来た」と言っているように思えました。まぁ、確かそうなんですけどねぇ~(笑)

そんな時、私は心の中で思うのです。『声をかけた怪しげなオッサンは・・・実はそこらの日本語を話すガイドより、ほどバンコクを知っている優しい人なんだよ』って。

相手が日本人であっても、そうでなくても、道順や交通ルートをアドバイスした方達に対しては・・・実はいつもその後半日は心配してならないのです。『ちゃんと行けただろうか?』『近くまで一緒に行ってあげれば良かったのに』とずっと心配してしまうのです。

そんな私ですが、声をかける事はありませんが、声をかけられて道を聞かれる事はよくあります。タイ人の方々からです。バス停で待っている時などは実に多いです。中には車を寄せて来て、車の中から聞く人も多いです。

行先の地名を聞き取り出来ればタイ語で道順やバスの番号などを説明しますが、聞き取れずに「もう一度言って下さい」とか「どこへ行きたいのですか?」とタイ語で聞き返すと、100%最初に私に聞かれたタイ人の方が困った顔をして逃げるように去る事が多いです。

きっと私のタイ語ですぐに外国人と分かり『外国人=道やバスは分らない』、そして面倒な事を避けるように遠ざかるのでしょう。行先さえ解れば、誰よりも詳しく正しく説明できるのに・・・もっとも私の行き方の説明を聞いたタイの方々の大半は、少し遠ざかってから本当のタイ人と思われる方に聞き直している事でしょう。外国人がバンコクの地理やバスなんか分かるはずないと・・・

毎日が街歩きの日々、きっと明日も明後日も・・・同じような事が続くでしょう。

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2017.11.14 | コメント(16) | バンコク街歩き

時を遡るような小旅行・フアタケー古市場②

想定外のエントリーが続いたので、続編が遅くなってしまいました。前回「地方バスで行く(でも近い)フアタケー古市場①」の続きです。

バンコク都とその周辺での原風景を感じさせる運河沿いに並ぶ古い木造家屋、そしてなぜか懐かしくも思える地を探して出合ったのが「フアタケー古市場Hua Ta Khe Old Market」です。

20171106 Hua Ta Khe 2

観光ガイドに載るような所ではありません。恐らく日本語ではネットでも紹介された事はないでしょう。私のアパートのお隣の区なので何度か行っていますが、最初は私自身、街歩きの中で偶然出合った所です。

20171113 Hua Takhe 1

私が住むアパートと同じで隅っこですが、バンコク都東部のラートクラバン区にあります。徒歩10分程度南に行けばサムットプラカーン県で、東に車で10分あればチャチェンサオ県です。

20171106 Map

何だか不便な所に思えるでしょう(笑)でも多くの日本人がお住まいのオンヌットからバス一本で行けるのです。スクムビット通りがプラカノン運河を渡る橋の下が待機所になっている地方バス1013番です(オンヌット通りがメインのソンテウ1013番系統と同じです)。

20171113 Bus 1

この地方バスはオンヌット~フアタケー間が本線で、オンヌット通りからラートクラバン通りを走ります。そしてフアタケー~シーコンスクエアの枝線があります。って言うことでスクムビットは縁遠い私にとっても便利な路線なのです。

20171113 us 2

地方バス1013番の本線と枝線が合流するのが、オンヌット通りとシーナカリン通りの交差点北西角の「イアムソンバット市場Iam Sombat Market」です。ここ(シーナカリン通り北行のバス停)からだと平日日中でも10~15分に一本はバスがあるので、待つストレスはありません。

20171113 Iam 1

本線・枝線ともフアタケー行は画像上のバス停を通り、シーナカリン通りがプラカノン運河を越える陸橋下でUターンして交差点に戻りオンヌット通りを東に向かいます。要はイアムソンバット市場前に寄る為に交差点上では直進・右折をしないのです(帰りは異なります)。

イアムソンバット市場はこの辺りではモスリム色が強い市場で、市場周辺の食堂や屋台もイスラム食が多いのが特徴です。

20171113 Iam 2

このアイムソンバット市場前のバス停の近くにプラカノン運河ボートの起点船着場があります。前述の1013番バスがシーナカリン通り陸橋下でUターンする所です。

Srinakarin

こんな話を長々したのは・・・これが今日のお題にもした『時を遡るような小旅行』なのです。

Boat

私が最も好きなプラカノン運河ボートにバンコク都でも日本人が多く住むスクムビット・プラカノンから乗って、私も出没するモスリム色が濃い庶民のイアムソンバッド市場を見た後に、地方バス1013番でフアタケー古市場まで行くコースは・・・

難易度が高いように思えますが、時刻表もある運河ボート、本数が多い地方バス(しかもエアコン車がほとんど)を使い、百年市場とも呼ばれるフアタケー古市場に簡単に行けるのです。

以下はプラカノン運河ボートの時刻表(笑)です。ちなみに船賃は15バーツです。

平日 プラカノン市場 → イアムソンバッド市場
   7:00, 7:30 ,8:00, 8:30, 9:00, 10:00, 12:00, 14:00, 16:00, 18:00
   イアムソンバット市場 → プラカノン市場
   6:00, 6:30, 7:00, 7:30, 8:00, 9:00, 11:00, 13:00, 15:00, 17:00
土日祝 上記の時刻で9:00以降のみ

もし、このルートで旅行者をご案内したら、きっとあなたはバンコクを知り尽くしているように思われ、尊敬の目で見られるでしょう。もちろん旅行者も大喜びでしょう。その時は、そっとこのブログの事を思い出して下さい(笑)

Jun09 Night market 5

おまけの話でフアタケー市場の後に、バンコク都と周辺で最も素朴でオリジナルな夜市「スワンナプーム・ナイトマーケット」(画像上)は近くで1㎞ほど西にあります。ソンテウで5~10分と手頃な距離感です。あるいは地方バス1013番枝線でシーコンスクエアまで行けば、シーコンの裏側は人気がある夜市「タラート・ロットファイ・シーナカリン」です。

Market 6

こんなにタイの原風景を感じられるスポットが続くのがこのコースです。こんなに色々な乗り物を使っても往復で交通費は50バーツもしないでしょう。

話をイアムソンバット市場前と地方バス1013番に戻しましょう(汗)

プラカノン運河はこの先東でプラウェートブリーロム運河Prawet Buriromと名を変えてフアタケー古市場の前を流れます。プラカノン運河ボートがそのまま進めば、フアタケーまで行けるのです。

結局、プラカノン運河からプラウェートブリーロム運河とずっと並行して走る道路がオンヌット通り(スクムビットSoi77)ラートクラバン通りで、地方バス1013番はこの通りを走るのです。

20171113 Hua Takhe 2

そして地方バス1013番を降りるのがラートクラバン通りがチョラケー運河を渡る陸橋手前です(画像上)。普通はほとんどのお客がここで下車して、バスはここが事実上の終点です(バスはこの後橋を渡って待機所かUターン場へ行きます)。

ちなみに地方バス1013番は切符を買う時に行先を言う必要があります。「フアタケー」で何度か言うと通じると思います。イアムソンバット市場からフアタケーまで16バーツ。シーコンからだと18バーツ。オンヌットは知りません(笑) また、画像上のミニバスだと車掌さんは乗っておらず、降りる時に運転手さんに乗った所を言います。ロットゥーやソンテウでよくあるパターンです。

20171113 Hua Takhe 3

バスを降りてラートクラバンSoi17(画像上)へ入ります。すると一帯はかなり古い生鮮市場Udomphol Market(タイ語発音がタラート・ウドムポーなのか分かりません)ですが、かまわず直進します。

直進して突き当りを左、そしてすぐ右でプラウェートブリーロム運河を渡る橋があります。ここがフアタケー古市場の入口です。

20171106 Hua Ta Khe 1

そしてタイ国鉄東本線でも行く事が出来ます(本数は少ないですが)。ファランポーン駅からチャチェンサオなどに行く列車です。私はシーナカリン通りのフアマーク駅から行った事があります。画像下が「フアタケー駅」で、線沿いにあるキングモンクット工科大学ラートクラバン・キャンパス(KMITL)へ通われる学生さんが線路を跨いでいます。

Hua Thake 1

20171113 Hua Takhe 4

フアタケー駅(ちゃんと駅舎がある側)を出て目の前の通りを線路に沿って東に向かいます。突き当りが「美術(芸術?)大学College of Fine Arts」でそこで大学に沿って南下するとフアタケー古市場です。画像下は美術大学前からフアタケー駅方面を撮りました(周辺住民の通り道上からです)。

20171113 Hua Takhe 5

20171113 Hua Takhe 6

このフアタケー古市場の裏?(美術大学側)から行くのも・・・かなり面白い道なのです。画像下のような道?を通ります。

20171106 Hua Ta Khe 4

いやぁ~ やっと古市場に近づきましたが・・・次回に続きます。

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2017.11.13 | コメント(1) | マーケット

今日の王宮広場、雨に打たれて

先ほど王宮広場とトンブリー地区街歩きからアパートに戻った所です。
今日は昼から雨期明け後2週間で初めての雨になり、油断していたので完全にびしょ濡れになりました。

雨季の最中の街歩きは空を常に気にしています。空が降りそうになると濡れずに帰るルートをGPSや地図にバスマップのアプリにストリートビューまでインストールされている、60年以上使っている頭脳をフル回転させて全く問題ありません。

それが今日は・・・バスが通る大通りから離れたトンブリーの狭い路地をウロウロしていました。こんな路地中で降り始めました。

20171111 Thonburi 1

降り出してからも、どうせすぐ止むだろうと気にしてなかったのですが、どしゃ降りにならないまでもしっかり降られてしまいました。こんな所を歩いていたので、逃げられなかったです。

20171111 Thonburi 2

ずぶ濡れでバス通りにやっと出て、木の下で耐えながら来たバスの番号も見ずに飛び乗りました。そのバスから濡れずに帰れるルートがなくて、アパートまで3本乗り継いで帰りましたが、バスの中でもびしょ濡れのままで辛かったです。

20171111 Thonburi 3

そんな雨からの逃げ場が無かったトンブリーの路地奥を歩いていたのは、読者コメントで『トンブリー王朝時代の城壁跡』のご質問を受けたのがきっかけで、トンブリー王朝の面影を探していたのです。大変興味深いテーマで後数回は通わないとならないようです。

そして雨に打たれたトンブリーの前は王宮広場に行っていました。火葬の儀施設と特別展示を見たのではなく、これも読者コメントで『王宮広場西側(タマサート大学前)の(火葬の儀施設への)入口はタイ人専用で入れなかった』とあったのがきっかけでした。

私自身はブログ本文の中で『広場内に入って順番待ちの列に入っていたのであまりウロウロ出来ず、実際に見ていませんが西側(タマサート側)にも入口があるようです』と記しています。それで読者コメントに対しては『タイ人専用と言う事ではなく、団体専用の入口に思える』と回答しています。

これを実際に見て確認したかったのです。

結果は・・・画像下の通りで『僧侶、学校教師と生徒の団体、障害をお持ちの方』専用でした。タイの人々もこれに該当しない一般者は入れませんでした。

20171111 SL 1

コメントされた方には失礼な書き方に思えたら大変申し訳ないのですが、コメントがどうこうではなく、私自身が未確認のままブログに書いた事が嫌だっただけです。それで確認しに行っただけです。今までも何十回も同じような事がありました。

結論として・・・団体でもなく一般者(国籍関係なし)が王宮広場内に設けられた火葬の儀施設とその一部パビリオンで行われている特別展示に入場する場合は、ラチャダムヌン・クラン西端(Royal Hotel前)から王宮広場北側(北東)から入るしかありません。画像下の通りです。

20171108 Map

これは予想していた事なのですが、今日現場(笑)に行って驚いたのは・・・ものすごい混雑で、王宮広場に入る前のチェックポイントに並ぶ列がラチャダムヌン・クラン通りに伸びていました。

20171111 SL 2

本日11月11日土曜日の正午ごろです。今日もプラトナームまで高速道路経由路線バス139番で行って、センセープ運河ボート船着場に向かおうとしたら511番(高速経由)が目の前に停まったので乗り込みました。

前回使った60番はローヤルホテル前で降りられますが、511番や79番はピンクラオ橋に向かって右折するので一つ手前のバス停(民主記念塔を過ぎて二つ目)で降りました。そうすると何か普段と違って異常に人が右往左往しています。

20171111 SL 3

どこが列の最後尾なのか分からないのが厄介ですが、ローヤルホテル前には確かな行列になっています。

20171111 SL 4

これだと画像下のクームアンドゥーム運河Khu Muang Doemの仮橋にあるチェックポイントまで1時間は並ぶかも知れません。

20171111 SL 5

王宮広場を回り込んで広場内のテント下を見ましたが、かなりぎゅうぎゅうに列が埋まっています。私が入った時は半分から3分の2程度で席がかなり余っていましたが・・・これだとチェックポイントを過ぎて、広場内でテント下の椅子に座れても2時間以上は待つかも知れません。

20171111 SL 6

実際に並んだわけではありませんが、土日の正午ごろだと2~3時間は覚悟する必要はあるかと思います。最悪はもっとか・・・

ただ、同じく読者コメントで『一日5千人の上限枠』のご質問を頂き、私はかなり否定的な回答をしていますが・・・人数では管理していない印象を感じています。

たぶん私はいつも話半分以下に考えるニュースを見てのご質問かと思いますが、午前7時から午後10時までで合計一日15時間ですよねぇ~ 一日5千人だと単純割り算で1時間あたり333人(笑) そんな事絶対にあり得ません。

私が実際に入った4時間以上の経験で言えば、火葬の儀施設内(王宮広場内待機所ではなく)には常時千人以上の方が見学しています。私はかなり長く2時間以上施設内にいましたが、普通は1~2時間でしょう。そうなると・・・平日でも8千人以上は間違いないでしょう。

要は・・・混み具合で入場を制限するかと思います。午後10時に入場ではなく退場になるかと思いますが、上記のようなラチャダヌンクラン通りまで列が伸びているなら、遅くても午後10時の3時間前、午後7時には列に並んで・・・どうなるかですね。

間違っても、『午後3時まで5千人が入場済みなので閉め切ります』にはならないかと思います。

まぁ、これも経験がないので試したいのですが・・・とにかく夕方以降は絶対に外へ出られないので、未確認で申し訳ないです。

さて、このブログではネットで拾った内容やニュースの記事や画像を一切使いませんが、昨年2016年10月13日以来、ずっと王宮エリアに足を運び、そこに集う人々を見続けて来ました。それが以下のエントリーです。

第20回目「今、絶対に行くべき火葬の儀施設と特別展②
第19回目「今、絶対に行くべき前国王火葬の儀施設①
第18回目「前国王葬儀 直後2日 王宮周辺と王宮広場内火葬施設
第17回目「前国王崩御後374日 リハーサルに近づく事も出来ない
第16回目「前国王崩御後 一年 火葬の儀 内容・日程・注意
第15回目「前国王崩御後360日 一般弔問終了後の王宮周辺
第14回目「前国王崩御後11か月 弔問残り一週間の王宮周辺
第13回目「前国王崩御後9か月 今の王宮周辺は
第12回目「前国王崩御100日以後の王宮周辺
第11回目「崩御後8週間後のバンコク② 王宮周辺エリアの現状
第10回目「崩御後8週間後のバンコク① 今の王宮エリアは
第9回目「崩御後5週間後のバンコク、今の王宮エリアと交通事情
第8回目「崩御後4週間のバンコク、三大衣料品市場を回る
第7回目「崩御後3週間のバンコク、今の王宮エリアは?
第6回目「崩御後2週間のバンコク、観光地の今は?
第5回目「国王崩御後11日間のバンコク、変わる黒服と上京する人々
第4回目「国王崩御後210時間のバンコク、すごい事になった10月22日の王宮前
第3回目「国王崩御後117時間のバンコク②、王宮に集まる人々
第2回目「国王崩御後117時間のバンコク①、王宮エリアは?街は?
第1回目「国王崩御後53時間のバンコク、交通機関、街、市場、夜市は?

ところで、今日は王宮広場からタマサート大学裏のター・プラ・チャンから渡し船でワン・ランに渡り、トンブリーの街歩きをしました。

20171111 Boat

そして雨に打たれてしまったのですが(汗)しばらくはこんな感じでの王宮エリアから対岸のトンブリー地区の街歩きが続くと思います。「トンブリー王朝の面影を探して(仮題)」のエントリーは今月末までにしたいものです。

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2017.11.11 | コメント(15) | バンコク街歩き

イタリア・ブラーノ島が現れたシーコンスクエア

今週は王宮広場での火葬の儀施設一般公開と特別展示を急ぎ書いたので、エントリーが立て続けになりました。

ブログランキング退会し、もっとゆっくりと書いて行くつもりであるのは変わらないので、今週はちょっとそんな思いとは違っています。今朝もブログランキングにまだデータが残っているのに気付いたので、再度完全削除をしたのですが・・・どうなるやら(笑)

いずれにしても、このブログに直接アクセスされる方は更新がなくて空振りの可能性もあるので、どうかお暇な時に時々チェックする程度でご覧ください。

しかし、ブログランキング退会後に初めてコメントを書いて頂いた方が多く、本当にありがたいと思っています。ランキング表示や新着情報でアクセスする方がど~んと減りましたが、それ以上に嬉しく思っています。

さて、書きかけがたくさんあるのですが、今日のお題も期限が今週末までなので急ぎエントリーします。

って言っても・・・お馴染みのショッピングモール「シーコンスクエアSeacon Square」での催しです。

20171110 SS 1

好きですよねぇ~このテーマ(笑)って言うか・・・シーコンスクエア自体が好きなのです。スーパーのTescoLotusとTopsが入っているので日常で通っていますし、フードコートもちょっとお上品な所から、スーパー横などいくつもあります。テナント店、レストランにシネコンなども全て頭の中に入っているので便利なのです。

それに加えて最大の特徴が催しです。これが本当に頑張っているのです。見るだけでも楽しいし、時には美味しいものがあったりで集客に一生懸命なのが好感が持てます。今までエントリーした主な催しは以下の通りです。

孫悟空とドラゴンが現れたシーコンスクエア
20170903 Seacon 6

少数民族がやって来たシーコン
20170730 Seacon 5

江戸とマグロ解体ショーがやって来たシーコン
20170629 Seacon 9

遷都200年の街角再現「クルンテープ2525」@シーコン(後編)
20170611 Seacon 7

シーコン・スクエアにコボリ(メナムの残照)現る
20170519 Seacon 7

近所にJAPANがやって来た シーコン・スクエア
Aug30 Seacon 2

そして今回は『カラフルなブラーノ島』です。イタリアですねぇ~

20171110 SS 2

イタリアのブラーノ島はヴェネツィア・・・ベネチア、ヴェニスとも呼ばれますが、なぜかシェークスピアの戯曲では『ベニスの商人』と書かれますねぇ~ 

実はヨーロッパではよくあるのですが、固有名詞の地名なのに各国で呼び方が全く異なるのです。ヴェネツィアはイタリア語的だと思いますが、ヴェニスは英語かなぁ~ ドイツ語ではヴェネーディヒでフランス語だと・・・(笑)

20171110 Venezia

これが厄介でドイツに住んで英語で会話し欧州中を旅すると失敗談は尽きなく・・・なんて書きだしたらキリがないので(汗)ヴェネツィアに戻りましょう。

実はヴェネツィアはミュンヘンの真南にあたり、ドイツからアルプスを越えてイタリアに行くのに何度も通っています。ただ、車を置いてヴェネツィアに渡ったのは家内と息子を連れて一回だけです。そう・・・車では行けないので、簡単には寄る気にならないのですよねぇ~

20171110 Glass

家内と息子と連れて行った時はベタな観光(もちろん個人旅行ですが)で、ゴンドラに乗った記憶もあります。その時にヴェネツィアから船で行ったのはガラス工芸で有名なムラーノ島で、その時買ったヴェネツィアン・グラスが日本の家にあります(画像上)

思い出話はこのへんで(ごめんなさい)、実は残念がらブラーノ島は行った事がないのです。何で行かなかったのか? 距離的位置的にはムラーノ島とブラーノ島はペアで考えられる気がしますが・・・きっと当時はあまり有名では無かったような気がします(画像下はブラーノ島公式観光協会サイトから拝借です)

20171110 Burano

そのブラーノ島が私アパート近くのシーコンで再現?されたので呼ばれたような気がするのですが、今のロングステイを終えたら家内と旅行する予定のヨーロッパで考えなくてはなりませんねぇ~

20171110 SS 3

シーコンでの催し『カラフルなブラーノ島』は今週末11月12日までの開催です。実は開催開始直後に行ったのですが、王宮広場の件があってそちらのエントリーを優先させてしまいました。

20171110 SS 7

20171110 SS 4

なかなか楽しませてくれるのは感心なのですが、なぜ今ブラーノ島なのか?が分かりません。衣装を着て雰囲気を出してくれている姿からは、カーニバルが行われる早春がイメージ出来ますが・・・(笑)

20171110 SS 5

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そして気になったのはカラフルなだけにチープ感がしてしまい、今までの催しと比べると大道具など安っぽい感じがします。それは私が過去の催しシリーズの中で見てしまうからでしょう。

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いつもは出店の中から珍しい物や、美味しそうな物を必ず買っていたのですが、今回は食指が動くものはありませんでした。それにどう考えてイタリアと関係無さそうだし・・・

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まぁ、ショッピングモールの催しは楽しそうで人が集まれば良いので、こうした催しは続けて欲しいものです。

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いやぁ~ 本当にシーコンは頑張っていますねぇ・・・週末はもちろん平日でも毎日混んでいるのが当然に思えます。

都心部の方々には不便な所なのでしょうけど・・・アクセス方法は「シーコンスクエア活用術」で詳しく書いています(おまけで私の若い時の写真付きです)。

シーコンスクエアの裏は「タラート・ロットファイ・シーナカリン」ですし、近くにはバンコクで一番大きな「ラマ9世公園」もあります。またラマ9世公園前では「朝市」も立ちます。私のアパートもありますしぃ・・・(笑)どうぞお出かけになって下さい。

20170529 Map Seacon

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2017.11.10 | コメント(2) | ショッピング

今、絶対に行くべき火葬の儀施設と特別展②

昨日「今、絶対に行くべき前国王火葬の儀施設①」の続きで、王宮広場の火葬の儀施設に一昨日(11月7日)行った時の話です。

火葬の儀施設も見ごたえあるものですが、特別展示が「火葬の儀そのもの」と「前国王の歩み」のような内容であって、それも時を忘れて見入ってしまいました。

20171107 SL 1

実は、ここまで見れるとは思っていませんでした。パビリオン(元々、仮設の建物の意味です)の一部で展示があって、例の黄金色の火葬施設を遠目に見られるぐらいかと・・・なんと初日には火葬施設にもっと近づけた(上がれた?)そうです(問題があって早々に中止になったようです)。

20171109 SL 1

すでに何度か書いていますが正直な感想は・・・在バンコク、在タイなら無理してでも絶対に行くべき所です。観光の方でもこの時期に来タイならツアーなんか無視しても行くべきでしょう。タイ好きで国葬をテレビかインターネットで観た方なら、今から航空券を手配してもバンコクに来るべきです。

それは一般公開は今月30日までで、ニュースでは延長する可能性も報じていますが新国王の戴冠式(まだ日程が決まっていないような)もあるので、そう延ばせないかと私的には思っているからです。普通なら一生でもう見る機会はないでしょう。

20171109 SL 2

これだけの施設が全て撤去され、また元の緑の王宮広場に戻るのです。それが間違いないと確信したのも特別展示でラマ9世以前の火葬の儀の様子をパネル展示で知ったからもあります。歴代国王崩御後は忠実に受け継がれた儀式を執り行っているのが分かったのです。

20171109 SL 3

なお、私はタイ情報でありながら他国へのヘイトブログが一日に何本も乱発されるブログ・ランキングでタイトルを目にするのも悍ましく、参加を止めたばかりです。

在タイの方々が多く見られているだろうブログ・ランキングでこの情報をお知らせする事が出来ません。もし読者がランキング参加のブログをお持ちでしたら、今回(火葬の儀関係)は本URLとブログ名記載の上でお断りなく画像や記事等お好きなようにお使い、一人でも多くの方が行けるような情報を広めて下さい。ランキング以外にも本URLをお使い下さい。期限があるのでお願いします。

20171109 SL 4

さて、王宮広場に入って待つ事1時間24分で列は動き出しました。入場を待っている間にモニターで火葬の儀の様子が映し出されていましたが、まさにそこに私自身が立つ事になります。

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画像上他は公式サイト「The Royal Cremation Ceremony for His Majesty King Bhumibol Adulyadej(プミポン国王火葬の儀)」からのものです(ネットメディアとは異なりREPUBLISHING POLICYはありません)。

実はアパートに戻ってから火葬の儀のビデオ画像を再度観ました。上記公式サイトTopページ右下にある「Video Galley」から葬儀の主な映像が観られます。これから行かれる方は再度ご覧になる事をお勧めします(今は待ちながらスマホで観られるのかも)。

20171109 SL 7

かなり考え深いものを感じながら、テレビやパソコンで観た火葬の儀の行進が行われた施設内に入りました。上の公式サイト画像でも分かるように、行進が火葬施設内に入って来たように入りました。

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行進は反時計回りでしたが、一般公開は時計回りしか出来ません。一周は出来ずに途中フェンスで遮られますが、パビリオンを抜けて2周じっくりと火葬施設を見ました。時々、あの火葬の儀の行進を思い出しながら・・・

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50メートルあると言われる中央の塔を中心に全てが黄金色で輝いて見えます。その施設全体が彫像など様々な装飾品で彩られていますが、その様式は仏教だけでなく、ヒンドゥーの影響を色濃く感じ取る事が出来ます。これらを一つ一つ丁寧に見ているだけで時間はあっと言う間に過ぎて行きます。

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火葬が行われた26日午後11時過ぎに荼毘の白い煙が中央の棟から上がったのをニュース画像で見ています。この塔の下に荼毘の施設がある事が想像できませんが、間違いなくあるのですねぇ、前国王の為だけの・・・

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火葬の儀施設の周囲を囲うようにパビリオンが何棟か建っています。その中で特別展示が行われていますが、大きく別けて「過去の火葬の儀」「火葬の儀の準備」そして「前国王の歩み」です(タイトルは勝手に私の印象で付けました)。

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私自身が博物館好きなのもありますが、非常に面白かったです。もう一度行きたいと強く思うほどです。パネル説明はタイ・英併記ですが、英語の説明文はタイ語の半分以下なのが気になります。

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日本も同じでしょうが、こうした儀式があって守られている伝統工芸があるのでしょう。以前の儀式で使われた実物も展示されていました。代々の使い回しではなく、全て一代限りなのですねぇ~まぁ、火葬施設全体がそうなのですから・・・

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そして一つだけ大きく冷房が効いているパビリオンがありますが、ここが火葬の儀の際に王族や世界の弔問者が待機していた建物です。ここで「前国王の歩み」の展示が行われています。

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前国王のデスクが愛用品と一緒に展示されていました。キャノンのカメラ、鉛筆削りも使われたのでしょうか、パソコンは日本では「カラクラ」という愛称で親しまれたマッキントッシュのColor Classicですね。いやぁ~私自身も懐かしいです。

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一か所だけ一際大きな窓がありますが、この窓から現国王が火葬の儀施設を見ていましたねぇ・・・

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この建物内はテレビ映像で観た場所が多くあります。現国王が控室から出て来る所は後方の絵画ですぐわかりました。そうなると秋篠宮殿下がおられた席は・・・と考えてしまいます。

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このパビリオンの最後には大きなモニターで前国王崩御を敬愛し悲しむ人々、庶民を写した画像を次々と流していました。それはここだけは前国王が主役ではなく、庶民が主役のように私には思え、なぜか過去の1年で私自身が見て来た光景とだぶり、目頭が熱くなってしまいました。QRコードをスマホで取り込んでいる人達が羨ましかったです。

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いやぁ~ 本当に時を忘れます。帰りの時間が気になったので仕方なしに帰りましたが、時間さえ許せばもっと見ていたかったです。出口は王宮広場の南側です(たぶん西側にもありそうですが)。バッジを返すと記念の前国王のお写真カードを頂きました。

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帰りはター・チャン(船着場)からチャオプラヤー・エクスプレスに乗りましたが、途中に通った観光客の出入口は中国人団体ツアーの人達がものすごく並んでいました。彼らの多くは下を向きスマホを見ながら、ツアーの中で大勢の人達の中で何も考えずに大声で話しながら次々と行程をこなしているかのように見えます。

数分前まで前国王の偉大さを思い起こし、その前国王を親しみ心からの敬愛したタイの人々に共感し、目頭を熱くしていたのですが・・・ここの喧騒が私を一気に現実に引き戻したようです。

20171109 SL 25

20171109 Map

さて、このブログではネットで拾った内容やニュースの記事や画像を一切使いませんが、昨年2016年10月13日以来、ずっと王宮エリアに足を運び、そこに集う人々を見続けて来ました。それが以下のエントリーです。

第19回目「今、絶対に行くべき前国王火葬の儀施設①
第18回目「前国王葬儀 直後2日 王宮周辺と王宮広場内火葬施設
第17回目「前国王崩御後374日 リハーサルに近づく事も出来ない
第16回目「前国王崩御後 一年 火葬の儀 内容・日程・注意
第15回目「前国王崩御後360日 一般弔問終了後の王宮周辺
第14回目「前国王崩御後11か月 弔問残り一週間の王宮周辺
第13回目「前国王崩御後9か月 今の王宮周辺は
第12回目「前国王崩御100日以後の王宮周辺
第11回目「崩御後8週間後のバンコク② 王宮周辺エリアの現状
第10回目「崩御後8週間後のバンコク① 今の王宮エリアは
第9回目「崩御後5週間後のバンコク、今の王宮エリアと交通事情
第8回目「崩御後4週間のバンコク、三大衣料品市場を回る
第7回目「崩御後3週間のバンコク、今の王宮エリアは?
第6回目「崩御後2週間のバンコク、観光地の今は?
第5回目「国王崩御後11日間のバンコク、変わる黒服と上京する人々
第4回目「国王崩御後210時間のバンコク、すごい事になった10月22日の王宮前
第3回目「国王崩御後117時間のバンコク②、王宮に集まる人々
第2回目「国王崩御後117時間のバンコク①、王宮エリアは?街は?
第1回目「国王崩御後53時間のバンコク、交通機関、街、市場、夜市は?

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2017.11.09 | コメント(12) | タイ生活

今、絶対に行くべき前国王火葬の儀施設①

昨日(11月7日)のエントリーで予告をかなり書きましたが、王宮広場の火葬の儀施設に昨日行って来ました。

前国王が崩御されたのが2016年10月13日、そして1年後の2017年10月25日から29日にかけての国葬で火葬の儀が執り行われました。その火葬の儀の施設は何も無かった王宮広場に一年かけて建てられ、そして一般公開後に完全に撤去される予定です。

崩御前2015年10月に王宮広場からワットプラケオを撮ったものです。
20171108 SL 1

その火葬の儀の施設が一般公開されているのは11月2日から30日までです。ニュースでは延長する可能性も報じていますが、新国王の戴冠式(まだ日程が決まっていないような)もあるので、そう延ばせないかと私的には思っています。

崩御5日後2016年10月18日に同じように撮ったものです。
20171108 SL 3

昨日も書きましたが正直な感想は・・・在バンコク、在タイなら無理してでも絶対に行くべき所です。観光の方でもこの時期に来タイならツアーなんか無視しても行くべきでしょう。タイ好きで国葬をテレビかインターネットで観た方なら、今から航空券を手配してもバンコクに来るべきです。

前国王賛歌の日2016年10月22日の大騒動の王宮広場です。
20171108 SL 4

大袈裟なタイトルや言い方が嫌いなブログですので、ここまで書くのは初めての事です。それはこのブログをエントリーした後22日間しか見る事が出来ません。一般公開後に撤去されて元の緑の広場に戻るのです。普通は一生でもう見る機会はないでしょう。

崩御後2016年11月1日に同じように撮ったものです。
20171108 SL 5

なお、在タイの方々が多く見られているだろうブログ・ランキングは、タイ・カテゴリーでありながらタイに関係ない国と人々へのヘイトブログが一日に何本も乱発されるタイトルを見るのも悍ましく、参加を止めたばかりです。

それでこの情報をお知らせする事が出来ません。もし読者がランキング参加のブログをお持ちでしたら、今回(火葬の儀関係)は本URLとブログ名記載の上でお断りなく画像や記事等お好きなようにお使い、一人でも多くの方が行けるような情報を広めて下さい。

崩御後2016年12月8日にはまだ王宮広場に私でも入れました。
20171108 SL 6

さて、昨日の朝アパートを出たのは朝9時過ぎでした。バンナートラート通りから139番高速経由でプラトゥナームに出て、そこからはセンセープ運河ボートに乗ろうと思ったら・・・139番の後ろが60番だったのでそのままバスを乗り継いでしまいました。

ちなみに路線バスでプラトゥナームからなら、伊勢丹前かパンティップ前のバス停から79番か511番でも行けます。両方ともエアコン車で行先は「サナームルアン」で通じます。(たぶん)13バーツで民主記念塔を過ぎて3つ目のバス停で降ります。

路線バスに関しては、このブログの左欄にある「番号別インデックス」からそれぞれの詳細ルートなどが分かります。

崩御後2017年7月15日には火葬の儀施設が見えて来ました。
20171108 SL 7

崩御後2017年9月18日には間に合うかと心配に・・・
20171108 SL 8

そして昨日2017年11月7日に見た施設内です。右奥がワットプラケオです。
20171108 SL 2

路線バス60番を降りたのはラチャダムヌン・クラン通りの西端で、ここは観光バスの乗降場でもあって大変混雑しています。ここから歩いて5分もかからず王宮広場北端のチェックポイントです。ここに向かう人々の半分以上がものすごい数の中国人団体ツアーですが、その先(たぶん防衛省裏のチェックポイント)へ向かいます。

20171108 Map

クームアンドゥーム運河Khu Muang Doemの仮橋の先がチェックポイントです。ここではチェックゲート上に設置されているカメラに向かってIDかパスポート(顔写真ページ)を向けます。

なお、タマサート大学(国立博物館)側にもチェックポイントや王宮広場への入口があるかも知れません。列を待つ順番があるので広場内をウロウロ出来ずに調べていません。

20171108 SL 9

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2017年11月11日追記:再度王宮広場タマサート側へ行って確認して来ました。西側(タマサート側)は画像下の通りで『僧侶、学校教師と生徒の団体、障害をお持ちの方』専用でした。タイの人々もこれに該当しない一般者は入れませんでした。

20171111 SL 1

従って、団体でもなく一般者(国籍関係なし)が王宮広場内に設けられた火葬の儀施設とその一部パビリオンで行われている特別展示に入場する場合は、ラチャダムヌン・クラン西端(Royal Hotel前)から王宮広場北側(北東)から入るしかありません。画像上の地図の通りです。
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服装は黒服は関係ありませんが、半ズボン、タンクトップ、サンダルなど軽装はここから先に入れないかと思います。手荷物検査が特に厳しいなどは感じませんでした。

20171108 SL 10

セキュリティーチェックを通過した時点で11時2分前でした。この後ラチャダムヌン・ナイ通りを渡れば王宮広場への入口です。またセキュリティーゲートがありますが、特に何かチェックしているように見えませんでした。

20171108 SL 11

20171108 SL 12

なかなか前に進まず立ち止まる事が多いのですが、警備の係員やボランティアが一生懸命説明をしてくれます。中には民謡を歌い出す警察官も(笑)とにかく全てがタイ語ですが(私は全く解りませんでした)、周りの人を見ながら行動すれば間違いありません。

20171108 SL 13

王宮広場内に入り、ペットボトルの水、ぶどうパン、パンフレットの順番で受け取ります。この中でパンフレットは胸に付ける名刺ホルダーもあって、それを胸に付けます。

20171108 SL 14

20171108 SL 15

係の人に誘導されるままテント下を歩き、指定されたエリアで座ります(画像下で先頭でカメラを置いてあるのが私の席)。お隣のオバサン達(失礼)と話しましたが、スパンブリーから7人で来たそうです。途中、トイレに行った時など荷物を見てもらいました。

20171108 SL 16

20171108 SL 17

この席で頂いたパンと水で簡単なランチを済ませました。火葬の儀施設内に入るとトイレが見当たらなかったので(ありましたが式典参加者用なのか使用不可でした)、この時に済ませると良いかと思います。待っている間もボランティアや医務班の方々が気を使って下さります。本当にありがたいです。

20171108 SL 18

王宮広場に入って待つ事1時間24分で列は動き出しました。入場をこうして制限しているので、施設内が大混雑しないで助かります。

20171108 SL 19

やっと施設内に入りますが・・・火葬の儀施設も見ごたえあるものですが、特別展示が「火葬の儀」と「前国王の歩み」のような内容であって、それも時を忘れて見入ってしまいました。

相当長くなりそうなので、続きは(たぶん)明日にさせて下さい。期限があるので出来るだけ急ぎます。

さて、このブログではネットで拾った内容やニュースの記事や画像を一切使いませんが、昨年2016年10月13日以来、ずっと王宮エリアに足を運び、そこに集う人々を見続けて来ました。それが以下のエントリーです。

第18回目「前国王葬儀 直後2日 王宮周辺と王宮広場内火葬施設
第17回目「前国王崩御後374日 リハーサルに近づく事も出来ない
第16回目「前国王崩御後 一年 火葬の儀 内容・日程・注意
第15回目「前国王崩御後360日 一般弔問終了後の王宮周辺
第14回目「前国王崩御後11か月 弔問残り一週間の王宮周辺
第13回目「前国王崩御後9か月 今の王宮周辺は
第12回目「前国王崩御100日以後の王宮周辺
第11回目「崩御後8週間後のバンコク② 王宮周辺エリアの現状
第10回目「崩御後8週間後のバンコク① 今の王宮エリアは
第9回目「崩御後5週間後のバンコク、今の王宮エリアと交通事情
第8回目「崩御後4週間のバンコク、三大衣料品市場を回る
第7回目「崩御後3週間のバンコク、今の王宮エリアは?
第6回目「崩御後2週間のバンコク、観光地の今は?
第5回目「国王崩御後11日間のバンコク、変わる黒服と上京する人々
第4回目「国王崩御後210時間のバンコク、すごい事になった10月22日の王宮前
第3回目「国王崩御後117時間のバンコク②、王宮に集まる人々
第2回目「国王崩御後117時間のバンコク①、王宮エリアは?街は?
第1回目「国王崩御後53時間のバンコク、交通機関、街、市場、夜市は?

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2017.11.08 | コメント(12) | タイ生活

地方バスで行く(でも近い)フアタケー古市場①

今日(11月7日)は王宮広場の火葬の儀施設に行って来ました。早く行きたかったのですが、この数日は曇天が続いていました。どんよりした曇り空は暑くない分楽ですが、黄金色のこの施設には似合わないように思えて天気の回復を待っていたのです。

20171107 SL 1

正直な感想は・・・在バンコク、在タイなら無理してでも絶対に行くべき所です。観光の方でもこの時期に来タイならツアーなんか無視しても行くべきでしょう。タイ好きで国葬をテレビかインターネットで観た方なら、今から航空券を手配してもバンコクに来るべきです。

20171107 SL 2

ただ火葬の儀施設を見るだけでなく(それも見ごたえ十分ですが)、過去の火葬の儀の模様などパネル説明が多くあります。そして今回の火葬の儀がどのように準備されていたのかの説明もあります。

普通に考えると、一生に一度しか見られない施設でしょう。しかも一般公開されるのは今だけで、数週間後には全て撤去されるのです。

混雑していますが、入場を制限しているので施設内に入るとゆっくり気が済むまで見られます。アジアの大国の団体ツアーはここには来ません。外国人もちらほらおられますが、90%以上タイの人々です。低学年の生徒さんが団体で入るのが少し気になりますが・・・。また、約1時間半の待ち時間もテント内で座れます。そこに行くまで水とパンが配られます。

20171107 SL 4

この後に行き方・入り方・見所などの詳細を書き始めますが、何しろ時期が限られているので予告編と言う事で前置き話の前に書いておきます。

日本人でも、出来るだけ多くの方が行かれると良いと本当に思いました。

なお、在タイの方々が多く見られているだろうブログランキングは参加を止めたばかりなので、この情報をお知らせする事が出来ません。もし読者がランキング参加のブログをお持ちでしたら、今回(火葬の儀関係)は本URLと本ブログ名記載の上でお断りなく画像や記事等お好きなようにお使い、一人でも多くの方が行けるような情報を広めて下さい。

20171107 SL 3

さて、今日の本題の前置き話に入りましょう(笑)

世界の多くの所で暮らした事があります。欧米では都市部を離れた自然環境が豊かな所に住み、アジアでは都市の中に住む事が多いです。そして今のタイでは(隅っこですが一応)バンコクなので、あまりタイっぽい環境ではありません。

じゃぁ、私が思うタイっぽい・・・って何か?と言えば、地方によって変わりますしベタなイメージなのが恥ずかしいのですが、バンコク都など首都圏で言えば・・・運河沿いの家々や市場などが浮かびます。

私が博物館や図書館で昔のバンコクの写真をよく探している為に、そんなイメージがどんどん濃くなったのかも知れません。

20171106 Old Bangkok

こんな原風景をほんの少しですが感じさせる所がバンコク都と周辺にあります。何かを調べてではなく全て街歩きの中で偶然出合った所なので、きっともっと知らない所があると思います。

今までエントリーした中で原風景を感じさせる主な所は以下の通りです。

サムットプラカーン県バンプリー 
20171106 Bang Phli

ノンタブリー県バーン・クー・ウィエン運河周辺 
20171106 Nonthaburi

バンコク都トンブリー地区 
20171106 Thonburi

バンコク都ノンヂョーク 
20171106 Nong Chok

エントリーはまだですが他にも気になっている所があるので、ぼちぼちと書いて行く予定です。ただ、バンコクに残る普通の古い街並みなだけで、何かが特にあるわけではありません。画像下はバンコクヤイ区です。

20171106 BKK Yai

こうした所は観光地ではありませんが、街が持つ空気感と雰囲気そしてそこに暮らす人々の生活感が好きなのです。なぜでしょう・・・きっと昭和のど真ん中に東京の下町で育った自分にとっても原風景を感じるからでしょう。

そして、今回エントリーするのがバンコク都東部のラートクラバン区の「フアタケーHua Ta Khe」です。私のアパートがある区のお隣ですから、何度も行っていますが『大好きでネットには秘密にしたかったとっておきの』所なのです。

20171106 Hua Ta Khe 1

場所はスワンナプーム空港の北になります。行き方は後で詳しく書きますが、オンヌット通りやシーナカリン通りから地方バス(1013番)、タイ国鉄フアタケー駅から徒歩15分、エアポートリンク「ラートクラバン駅」からソンテウ(使った事はないけど)と便利?な所です。

20171106 Map

BMTA路線バス(517番か143番)もありますが本数が少な過ぎるので、地方バスを使うのですが、それにも関わらず非常に簡単で使いやすい路線です。バンコク都ですが、地方を旅するような旅情感がします(笑)

20171106 Hua Ta Khe 3

そしてフアタケーの中で原風景を感じるのが「フアタケー古市場Hua Ta Khe Old Market」とその周辺です。

20171106 Hua Ta Khe 2

タイで人気の「百年市場」とは言われていませんが、全く同じ雰囲気である事に加え、この周辺がまた良いのです。

20171106 Hua Ta Khe 4

さて・・・今日は特別予告編も入れてしまったので長くなりました。特に火葬の儀に関しては時が限られているので、本題はこの辺で次(の次?)に続くとして早くアップしましょう。

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2017.11.07 | コメント(2) | バンコク街歩き

デジカメ用バッテリーを探して都心部へ

今日は予定を変更して大好きでネットには秘密にしたかったとっておきの(書かないのに派手な形容詞ですねぇ)「フアタケー古市場」ではなくて、タイトル通りでデジタルカメラ用のバッテリーを探して町をウロウロして来たので、そのお話です。(画像下はセントラル・ワールド前です)

20171105 Xmas 1

ところで、ブログ・ランキング参加を止めて数日経ちました。ランキングにはしばらくデーターを残したままにするつもりだったのですが、エントリーもしないのに古いエントリーで本ブログがいつまでも表示されるのもおかしく思え、脱会してきれいさっぱりと削除してしまいました。ランキングを見ている方からすると突然姿を消した形だと思います。

ちょうどTV番組の「芸能人格付けチェック」で「映す価値なし」にランクされ、煙とともに画面から消えてしまったのとそっくりです(笑) TVを観ない方には「なんのこっちゃ?!」でしょうから申し訳ないのですが、自分でそんな事を思い出し笑っていました。

20171105 Weather

さて・・・雨季が明けた(と思う)バンコクですが、今日はずいぶん久しぶりの曇り空に加えて、気温が上がらず風も強くて埃っぽい一日でした。

そんな天気の中をデジカメ用のバッテリーを探して、滅多に行かない都心部へ行って来ました。バンナートラート通りで48番エアコン車に乗ってサイアムまで19バーツ、日曜日で道路が空いていて1時間で行けました。サイアムスクエアやMBKは2015年に娘が遊びに来た時以来なので2年振りです(笑)

20171105 Siam

実は、数か月前から愛用のポケット型デジカメのズームが機能しなくなっていました。どこへ行くにもポケットに入れて街歩きした相棒です。

20161225 Camera

買ったのはアメリカで10年前ぐらいでしょうか、このブログの画像もほとんどがこのカメラで撮ったものです。使えないのはズーム機能だけなので、今でも毎日ポケットの中で一緒に街歩きしています。

しかし、ズームが効かないのはいかにも不便。そこでその前に使っていて今は予備機にしているLUMIXを使い始めました。これも10年以上前に買ったカメラですが、持病で重たいカメラを持てなくなったので、仕舞い込んだままだったカメラです。

20171105 LUMIX

しかし、重たいLUMIXをぶら下げて街歩きに出ても・・・バッテリーも古いので10枚も撮ればバッテリー・ダウンしてしまうのです。サードパーティーの予備バッテリーも持ち歩くのですが、それも数枚撮ったらダウン(涙)

そこでこの数週間は街歩きする度にカメラ屋さんに行ってはこのバッテリーを探していました。近所で買い物3本柱のシーコンスクエア、セントラルバンナー、メガバンナーはカメラ屋さんからIT屋さんで聞きましたが、見た瞬間に「無いよ!」の冷たい返事ばかり(涙)

それで今日は満を持しての登場で「MBKセンターMahboonkruong Center」です。その前にサイアムスクエアのカメラ店にも寄りましたが、そこも全滅。正直、諦めかけてのMBKでした。

20171105 MBK 1

MBKの4階で2軒連続空振りの後でした。画像下のお店のお兄ちゃんはすぐに断らず、何やらスマホで調べてから「あるよ」の軽い返事(笑)「買いたいので、見せて下さい」と頼むと、ちょっと待てて・・・とどこかへ消えました。まるで違法のDVDコピー版をどこかで買うような様子とそっくりです。いえいえ、聞いた話ですが・・・(汗)

20171105 MBK 3

待つ事10分ぐらいでお兄ちゃんが戻って来ました。確かに欲しかったバッテリーですが、なっ、なっ、なんと・・・1990バーツです。気を失いかけました。サードパーティーではなくPanasonicの純正品ですが、いかにも古そうな在庫品だったのか? 

私のアパート代から食費など全ての生活費10%です。何か嬉しい事があった時に飲む安ワインなら10本分!ランチなら40日分!! 思わず「見なかった事にして」帰ろうかと思いました。それでも重たいカメラに死にかかったバッテリー2個を抱えての街歩きを考えると・・・買うしかありません。

めでたくお兄ちゃんの言う通りで買ってしまいました(後で考えたらここは値切れるのが普通??)お兄ちゃんは嬉しそうですねぇ(笑)

20171105 MBK 2

今の心配は買ったバッテリーが新鮮な物だったかです。6か月の保証を意味するお店のカードが少しの安心材料です。それに上の証拠写真(笑)

サイアムやMBKへ行ったのは2年振りぐらいですが、1990バーツと高額な買い物をした記憶も2年以上ありません。ロングステイを始めた直後の鍋釜の買い物ぐらいでしょう(悲)

高額な買い物をした罪悪感とバッテリーがちゃんと使えるかの心配の中で・・・折角都会に出て来たのでバンコク見物をして帰る事にします。

最初は入った事も無かったMBK前の「バンコク・アート・アンド・カルチャー・センターBangkok Art and Culture Center」です。

20171105 Art 1

正直に言いましょう・・・面白くなかったです。って言うか、私は芸術とかに向いていないのか、右脳が全く機能していない気がします。芸術作品でも、歴史などロマンを感じると論理的に左脳が働き出して面白く楽しめるのですが・・・

20171105 Art 2

たぶん高額な買い物で落ち込んでいたのでしょう・・・どこをどう歩いたのか思い出せませんが、やけに人がうじゃうじゃ歩いている建物を通り、気付いた時はセントラル・ワールド前のクリスマス・ツリーを撮っていました(笑)

そうそう、来る時にバスの中から見て、帰りに寄ろうと思っていたのです。まさに飾り付けの真っ最中でした。早いですねぇ~今年も残す所2ヵ月ないのですから・・・

20171105 Xmas 2

この後にバス停に行く途中でエラワン廟に(上から失礼ながら)願い事です。「どうかバッテリーがちゃんと機能して、これから良い写真がブログに載せられますように」と・・・

20171105 Erawan

帰りも48番エアコン車でプルンチットからバンナートラートのアパート近くまで、19バーツで45分で着いてしまいました。バスの中ではウトウト居眠りをしてしまいましたが、その手にはしっかりと買ったばかりのバッテリーが入った袋が握られていました。

ノートパソコンでも、デジタルカメラでもバッテリーが真っ先にへたって来ますよねぇ~スマホは持っていないので知りませんが、同じではないでしょうか。それで交換用のバッテリーを買うと、すごく高い! バッテリーもメーカー独自ではなく、規格品で年月が経っても安価で購入できるようにして欲しいものです。

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2017.11.05 | コメント(2) | ショッピング

よろしくお願いします

ALSTERです・・・って違ったら大変ですが(笑)今日はわざわざアクセス頂き、本当にありがとうございます。

今回からブログ・ランキング参加を止めたので、新着情報(更新情報)がない中でアクセス頂いた方がほとんどだと思います。

きっと今まで何度かご覧いただいていると思うのですが、折角アクセス頂いても空振りになるかも知れません。週に一度ぐらいでお暇な時に「どうなっているかのか?」と思い出された時にでもアクセス頂いたら幸いです。

私自身ものんびりと更新するつもりでいます。

時間だけはたっぷりある暇な年寄りなので、書き出したらキリがないのが今までの率直な自分でした。ネットはもちろんキーボードもパソコンも30年以上ですから、生活の一部なっているのですよねぇ~ 

それが急に変わるとは思っていませんが(苦笑)今は意識して更新間隔を空けるつもりでいます。今まで通りだとストレスが無くなった分だけ書いてしまいそうですから(笑)

リラックスしてロングステイの日々、そして街歩きや好奇心の対象をゆっくりと書いて行こうと思います。

さて、今日(11月3日)はタイの灯篭流しことロイクラトンでした。タイ正月ことソンクランに次いで有名なタイ全土でのお祭りかと思います。日が暮れてからがメインの祭りなので、残念ながら今は見る事が出来ないのですが、今年はどうだったのでしょう・・・

数年前ですがラムカムヘンはサマコーンでコムローイを上げた事があります。一個数百バーツで買って願い事を書きましたが・・・家内安全、身体健全、病気平癒、交通安全、旅行安全と書いたので、欲張り過ぎたかもしれません(汗) バンコク都では禁止との噂を聞いた事がありますが、今はどうなんでしょうねぇ~

20171104 Khom Loi

そんなロイクラトンの今日は好きな市場へ行ったら、お店の軒先では灯篭作りで皆さん忙しそうにしていました。可愛いでしょう(笑) これはフアタケー市場で撮ったのですが、フアタケーとはワニの頭の意味です。私のアパートに近いのですが、スワンナプーム空港の北側にあります。

20171104 Hua Takhe 1

実は・・・このフアタケーが次回のエントリー予定です。ブログ・ランキング脱会記念で特別公開(大袈裟!)になります。観光ガイドブックでは絶対に載ってないだろうし、個人のブログでも書かれた事はないでしょう。私のブログでは「触り」をだいぶ前から書いていましたが、この2年半で知った大好きな所で初公開です。

路地奥・運河沿い・百年市場・古い家並み、内緒にしたい秘密の場所・・・などがお好きな方は絶対的なお勧めの所です。このブログに直接アクセス頂いた方だけに、とっておきの所を紹介します。

20171104 Hua Takhe 2

そして今回ですが、今日はあらためて・・・少し踏み込んだ自己紹介をさせて頂きます。

ハンドル名(こうした言い方は古い?)はALSTER(半角で全て大文字英字です)と書いてアルスターと読みます。

1990年(もう27年前ですね)日本のネット(パソコン通信)にドイツからデビューして以来、一貫してこのハンドル名です。パソコン通信でお世話役をしたり、ソフトバンク社からの出版や大手雑誌に載った事もあるので、古いネットワーカーにはご存知の方がいるかも知れません。

20171104 HH

ネット自体はその前にアメリカのCompuServe(コンピュサーブ、後のアメリカオンラインAOL)に入っており、CompuServeと提携したNifty(ニフティー)が日本でパソコン通信の大手になったり、AOLは後に世界的インターネット接続の大手になりました。

ネットの歴史のような時代を歩いていましたが、携帯電話が嫌いでスマホは触った事もありません。(正直、女子供がやるものと馬鹿にしていた)ブログを始めたのが5年前で、他のSNSは無縁で化石のようなネットワーカーだと思います。

そんな昔から同じハンドル名ですが、由来は北ドイツ・ハンブルグにある湖の名です。ハンブルグからアウトバーンで1時間半も離れた田舎に住んでいましたが、名前のイニシャルと同じなのと、北ドイツだけにある「Alsterwasser(アルスターヴァッサー)」直訳すると「アルスター湖の水」と言うビールとレモネードを混ぜた飲み物にも由来しています。

20171104 ALSTER 1

外国に籍を移して現地でサラリーを得たのはフィリッピン、台湾、ドイツ、タイ、アメリカですが、日本勤務時も年の半分は海外出張の連続でした。またアメリカは途中で日本企業を早期定年退職して数日後にはアメリカで現地採用になっていますし、タイはリタイア後に二度目の在住になったのはご存知の通りかと思います。

一番長く住んだのはアメリカで10年、続いてドイツが7年で次がタイで通算6年になります。考えてみると、働くようになってからずっと海外関係の仕事をしています。国と仕事は違えど、全て海外に関係していました。40年以上ですねぇ・・・訪れた国と都市は数えた事はありません。

ドイツ赴任直前に結婚し、軽井沢で式を挙げてそのまま近くの万座温泉に新婚旅行、先に私はドイツに渡り家内を湾岸戦争の真っ最中にガラガラの飛行機で一人で来させたひどい男です。家内はさぞ心細かったでしょう・・・

20171104 Cell

北ドイツの片田舎で二人の子に恵まれましたが、出産直後に長男は手術、長女は帝王切開と海外での出産・子育てでものすごい苦労を家内にかけてしまった事は何度かブログで書いています。それがトラウマでその後私は単身赴任で家族と離れ、一人海外に暮らすようになって現在まで続いています。

家族4人で撮った一番新しい画像が3年前に築地で寿司屋に行った時でした。もう子供たちも親と一緒に出掛けなくなっていますしねぇ~ 一昨年に娘がタイに来て、昨年は息子とヨーロッパでしたが、家内はいつもお留守番役で申し訳ないです。

20171104 Family

子供たちから見れば父親はずっと海外で働き、時々日本に戻った時にレストランなど連れて行ってくれる存在だったと思います。あるいは父親は海外に遊びに行く理由でもあったと思います。

あまりに長く別々に暮らした事は私自身のトラウマになり、アメリカでリタイアして日本へ戻ったものの「稼ぎがない口うるさい父親」である自分の居場所が見つからないと一人勝手に思い込んでしまい、そんな自分に嫌気がしてまたしばらく離れる事を選んでしまいました。

皮肉なものです。家族の為だと思い一人海外で暮らし働く事を選択した結果が・・・一人自分だけが家族の外にあって、戻る所が無い様な・・・家族の想いとは別に働けなくなった自分自身が情けなくて仕方ありませんでした。10年以上のあまりにも長すぎた別々な暮らし、そんな後に働けなくなって戻った自分・・・そんな自分が嫌でした。

家族に全く問題は無く、完全に私自身の心の問題です。

今もそれが一番の大きな悩みですが・・・同時に、もし子供たちが無事巣立ってくれれば、また家内と二人で旅行したり食事に行ったりするのが楽しみでもあるのです。少しは家事も手伝えると言うか、分担出来るでしょうし・・・

自分自身の問題は身体にもあります。長く持病で苦しんで、それが定年の無いアメリカでリタイアした最大唯一の理由です。世界やアメリカ中を飛び回るような仕事で無理が効かない自分に嫌気がしてしまい・・・

この持病が根治する事はこのままではないですが、リタイアしてからは痛みで全く動けなくなるような事はありません。タイに来たばかりの頃はバスに乗っても急な衝撃が怖くて座っていてもいつでも中腰になれる姿勢で緊張していましたが、今では居眠りもしています。

自分の事ばかりで、しかも今まで何度か断片的にブログの中で書いて来たばかりの事です。まぁ、一人気ままにタイで過ごしているのも事実だし、一人で苦しんだり悩みながらの日々であるのも事実です。

20171104 ALSTER 2

今日はちょっとネガティブっぽい事も書きましたが、普段はブログ通りで好奇心のままに街歩きしています。大自然とかには興味が薄く、人間が関わった全てに好奇心があります。遺跡でも現在の街並みも同じです。路地裏から古い家並み、交通機関、市場、運河に道に橋、建物や工事・・・そしてそこに暮らす人々です。

それらがブログの対象になりますが、同時にありのままの自分を書くブログでありたいとも思っています。自分自身が何を見て聞いて思ったのかをブログに書けたら良いと・・・

ただ、それらは今までも同じなのですが、すでにだいぶ書いているので、もうタイであまりお役立ちのブログにはならないのかも知れません。まぁ、のんびりと書いて行きます。

と言う事で、今後もゆっくりとよろしくお願いします。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2017.11.04 | コメント(17) | その他

ありがとうございます 2年半のまとめ

すでにお知らせ済みですが、今回のエントリー後にブログ・ランキングへの参加を止める事になります。

ブログ自体は同じURLで続けます。相変わらずですが、メディアやネットで拾った記事や画像でブログを書かず、観光ガイドや日本語フリーペパー的にありがちな食べ歩きや日本人が多いメジャーな所は扱わず、他のサイトの後追いにならないようにネットと距離を置き、自分自身の経験した事だけで綴ります。

そして今まで同様にブログ内に広告など一切無い上に、今後は全くクリックなどをお願いしないブログになります。また不特定多数の方がタイトルだけ見てアクセスされる事がなくなるので、今まで以上にお気軽にコメントやご質問を頂けたら幸いです。

今回がブログ・ランキングに反映される最後のエントリーです。

そこで・・・タイ海外生活のカテゴリーにブログを変えてから2年半。この間の主なエントリーをまとめました。『このブログで得する人損する人』ですね(笑) もし仮に、お役に立つようなエントリーがあれば、そのURLをどこかに残すと再アクセスする時に早いかと思います。

私自身はネットとは距離を置き他人のブログを読む事はないし、他の人の後を追うような旅や街歩きはしたくないのに、他人に読まれる事を前提の話でおかしいですね(笑)

このブログで損する人

生真面目で饒舌、面倒くさいし押しつけがましいでしょう。くだけた書き方は出来ませんので、それらが鼻につく方はご覧にならない方が良いかと思います。

面白い話や簡単な「○○の仕方」をちゃちゃっと読みたい方はご縁がなくて申し訳ないです。時々、そうした書き方が出来れば・・・と思う事もあるのです(苦笑)

1、毎回長いです

毎回かなり長いので、よほど暇な人じゃないと読む時間がもったいないかと思います。その上にタイに関係した本題前に(今回を除き)毎回長い前置き話があります。

私的にはこのブログの主役は「ロングステイの日々」でタイでもバンコクでもなく、私自身の日々の生活から、思い出話、世界各地の生活や旅行の話、若い時の自慢話までしています(汗)

しかし話題がタイに全く関係ないまま続く事はありません。まぁ、強引にタイに関係づける事はあるかと思いますが(笑)

2、ニュースネタは扱いません

ニュースなネタでブログを書かないのですが・・・」で書いた通りなのですが(汗)

個人のブログを通してメディアニュースを知りたいと思っている方が居るとは私的には考え難いのですが、メディアを通して流されたニュースをブログに載せる事はありません。

ニュースに注意深い事は良い事ですが、全く知らない個人の主観で選ばれたニュースのある部分だけを読むべきではありません。出来る限るニュースの元で(自分の主観でさせ影響させず)幅広くニュースを知るべきです。出来れば、タイ、日本、そして世界のいくつかがどう報じているかを知るのが広く海外で生きて行く術になります。

特にタイでは独立性に疑問があり「権力の監視機能」に至ってはその反対の位置にある場合が多く、交通事故の悲惨な写真や悪人を逮捕したのを誇るような警察写真以外はプレスリリースそのままが多いです(そうしないとならないのでしょう)。

どうせなら、タイ首相府、バンコク都庁、国土交通省、観光庁・・・などの公式サイトを見ているだけで、ニュースに載る前にほとんどを知る事が出来ます。それらを載せたタイや英字ニュースから(多くの企業御用達内容や宣伝を含んで)日本人に向けて選んだ記事を日本語で流すニュースは更にその後に一部が報じられるだけで、それを見てまたアクセス稼ぎになる内容だけをブログに書く方が居るのは悲し過ぎます・・・

3、食べ歩きネタは扱いません

食べ歩きでブログを書かないのですが・・・」に書いた通りなのですが(汗) 食と酒は人生最大で最長の趣味で世界中を食べ歩いていますが、タイでは本当に納得して書きたい所が今はありません。

ランチだけなら毎日外食ですが、素材、調理、店内、サービス、衛生面、サービスなど「不安定」なのが唯一の特徴に思えます。特にバックヤードを見ると、決して読者にお勧めなんて書けないと思うのが正直な感想です。もっともブログで「ここは美味しい・・・」と書く側も、それを読んで行く側も・・・そんな事まで気にしていないだろうし、食の旨さが本当に分かっているのか?

市井の食堂で気づいた事に「またか・・・」「ここもか・・・」と思いながらも、普通に美味しく食べている日々です。それをブログで多くの人に語るようなものではありません。

4、観光メジャーな所や日本人が多く住む都会は出て来ません

観光ガイドから個人のブログでも多く書かれている所を書く必要は無いでしょう。私自身がもう何十年も前からガイドブックや他人様のブログを見て、その後を追うような旅や街歩きはしていない事もあります。

お洒落した若い人たちが闊歩している都会は田舎者の私には眩し過ぎます。そしてバンコクの高層ビルが建ち並ぶエリアとそこを行き来する人々は、なぜか私には薄っぺらい感じも同時にしています。この都会を歩くなら東京、ニューヨークにパリの方がよほど面白いと・・・

ただ、ビルの谷間で路地奥にさ迷いこんだ時、道に染込んだにおい、熱く身体にまとわりつくような風がソイに流れた時だけは、この街特有に姿を現すかのように思えます。

5、バンコク都とその周辺しか出て来ません

以前はタイ中を旅しましたが、今はもう・・・(苦笑) 持病を抱えた今は、バンコク周辺県で精一杯です。バンコク都心部が無くて、首都圏以外も無い・・・まるでドーナツですね。偏ったブログです。


このブログで得する人


全て自分自身が経験した事しか書きません。それも何度か繰り返して自分が納得した事だけです。ネットなどで読んだだけでサクッと書くような事が出来ないのです。元々、ネットに30年以上接しているので信じていない部分も大きいと思います。

ブログ内には広告・アフェリエイトなど全くありません。アクセス解析等も埋め込んでいません。お店の宣伝も兼ねてのブログではありませんし(もっとも何の商売もしていませんが)、何のビジネスにも関係ないブログです。「拍手」「いいね」系も無くして出来る限り読者にクリックを求めない作りのブログでしたが、明日からはブログ・ランキングも参加しないので一切のクリックをお願いしない・・・求めないブログになります。

「お得!」「○○情報!」「激旨!」「最高!」なんて恥ずかしくなるような大袈裟なタイトルはもちろん、エントリー内でもそうした言葉は使った事がないはずです。「得する」を使った今回は初のグレーですね(汗)

ブログを読まれた方が少しでも「得」「役立った」と思っていただけたら良いのですが・・・以下は関連の中での最新(代表)エントリーで、そこからそれぞれのエントリーにリンクされています。

素直に言って、全てお勧めです。有料の本や資料にサービス、観光や営業ブログにもない充実度が多くあると思います。何しろ自分が全て白紙から何度か経験しながら書いて更新もしているのですから。要は暇な物好きなのです(笑)


1、公共交通機関利用にお役立ち

BMTA路線バス 全路線と周辺 
センセープ運河ボート 全船着場と周辺 
チャオプラヤー・エクスプレス・ボート 全船着場と周辺 
パーシーチャルン運河ボート 全船着場と周辺 
プラカノン運河ボート 
パドゥン・クルンカセーム運河ボート 全船着場と周辺 
チャオプラヤー川渡し船 1都2県の渡し船全て 

国鉄マハーチャイ線 全線全駅と周辺
 
MRTパープルライン 全線全駅と周辺 

BTSスクムビット線サムローン駅先延伸部全駅全区間 
BTSスクムビット線モーチット駅先延伸部全駅全区間 
MRTブルーラン・ファランポーン駅延伸部全駅全区間 
MRTブルーライン・タオプーン駅先延伸部全駅全区間 
国鉄ダークレッドライン工事全区間に全駅全駅全区間 
国鉄ライトレッドライン工事全区間に全駅 

新線オレンジ・ピンク・イエロー・ゴールド 

バスターミナル 
ロットゥー(戦勝記念塔) 
ドンムアン空港アクセス 
スワンナプーム空港アクセス 


2、タイ王国ビザ自力取得へお役立ち

リタイアメントビザ 
その他ビザ関係 


3、多くの図書館と博物館を紹介

18カ所の博物館 
5カ所の図書館 


4、ほとんどの水上マーケットとナイトマーケットを紹介

22カ所の水上マーケット 
10カ所のナイトマーケット 


5、多くのショッピングモールと特徴ある市場

27カ所のショッピングモール 
面白すぎる!パタヴィコーン市場 
東南アジア最大級卸売市場タラートタイ 
モーチットとは違うチャトゥチャック 2
王宮広場2と呼ばれるサナームルアン2 


6、他にはない特徴ある街歩きシリーズ

都心部公園を結ぶ空中回廊 
ぶらりノンタブリーSeason2 
首都防衛城壁を歩くSeason2 
首都防衛要塞を行くSeason1 
ソンテウで行くサムットプラカーン 
路線バスで行くナコーンパトム 
ぶらり散策ノンタブリーSeason1 
ぶらりマハーチャイからメークロン 
トンブリー王朝を歩く 
いにしえの島を歩く 
気になるスポット 


7、2年以上続く毎月の生活費公開

ロングステイの生活費(毎月1日か2日)


8、1年以上現場で変化を見続けた

前国王崩御に関する18回のシリーズ 

個々のエントリーを挙げたらキリがないので、この辺で・・・
何かのお役に立てば幸いです。

ブログ・ランキングを通じてアクセスされていた方々には、今後お目にかかる事が無くなるかと思いますが、本当にありがとうございました。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2017.11.03 | コメント(3) | その他

ロングステイの生活費 最後の公開

お知らせ済みですが、明日の別エントリー後にブログ・ランキングへの参加を止める事になります。

ブログ自体は同じURLで続けますが、相変わらずネットやメディアで拾った内容を使わない自分自身の経験した事だけで綴ります。そして今まで同様にブログ内に広告など一切無い上に、今後は全くクリックなどをお願いしないブログになります。

将来は退会してランキング上の全てのデーターを削除する予定でいますが、今すぐパッと消えると過去で必要な情報があるURLが分からないなどお困りの方もいると思います。しばらくはデーターを残したままにします。

さて、今日は毎月一回の同じテーマの日で10月の生活費です。もう2年半以上、生活費の中身を全て包み隠さず(笑)公開していますが、今回が最後の公開になります。

本来、生活費なんて他人に公開するものではないかも知れません。
このブログの主旨である『リタイアしたオッサンが誰の力も借りず、ネットの情報とは距離を置き頼らず、一人でタイで始めたロングステイの日々をありのままに綴る』のに、生活費は避けて通れないと思っています。

いつも思うのですが、生活費の内容はあまりにも私事過ぎるし、微妙な部分もあるのですが、ロングステイに関心がある方にとって、生活費を考えない人はいないでしょう。その意味で思い切って公開しています。少しは何かのご参考になれば良いのですが。

また、金銭的なことを書くと、どうしても『高いか安いといった安易な比較をしがち』ですが、人の数だけ異なるライフスタイルがあるのは当然で、それぞれが無理をせずに満足する時を過ごせれば良いのだと思います。

アパートなら私の半額以下でも多く見つかります。反対に私の全ての生活費でも部屋代にもならない所も多くあります。外食ばかりの方もいるでしょう。ゴルフや遊ぶ為にタイに住む方も居るかも知れません。賑やかに人と接するのが好きな方もいるでしょう。都会ではなく地方が好きな方も居るでしょう。

比較するのはご自由ですし、本内容が何かの参考になれば幸いです。こうした主旨が伝われば良いのですが・・・

また、毎日のブログには、顔出し、本名も書いて、アパートの事や日々の行動もありのままに書いています。

それは書いていることへの責任と、何ひとつタイでの日々にやましい事がないのもありますが、何かを隠しながらでは本当の『「リタイアしてのタイのロングステイの日々』を書けないと思うからです。30年近いネットワーカーとしての想いも強くあります。

生活費に限らず、飾らず、隠さず、偽らず、ありのままをお伝えできたらと思っています。こんな私の実経験だけを書くブログがアクセスいただいた方の何かの参考になれば幸いです。

さて、ブログの中で私はいつも書くのですが、それを最後にまた繰り返させていただきます。

人はそれぞれ。アレが良い、コレが悪いではなく、異なる人、文化、生活、考え方などを謙虚に認め合いたいものです。海外に住む身ならなおさら異なる人たちや考え方を受け入れないとならない・・・間違っても他の国と人々を見下すような考えは間違っているし、そう思う人自身の品位が著しく低いのだと思います。私は常にそう思っています。

そしてこれが私がブログ・ランキング参加を止めた理由の一つです。見るに耐えないタイトルが並ぶランキングに自分のブログを置く事が嫌でなりませんでした。

それでは10月の生活費です。

--収入--

相変わらず収入は完全にゼロです。全くありません。わずかな年金や退職金は日本にいる家族が使うようにしています。収入が全く無いので自然と毎月節約志向が強まりますし、不安がないわけではありません。


--支出--

--アパート部屋代 8,500バーツ/月
賃貸料はすでに2年半以上同じです。アパート(本当はコンドミニアムと呼ぶべきなのかも)はバンコク近郊シーナカリン通りの高層階です。

Room

大きなプールもジムもありますが、築後かなり経っていると思います。37㎡スタジオタイプでキッチンが独立してあるのが決め手でした。

20170620 Gym

Kitchen

荷物を増やさず、清潔を心がけています。悩みは・・・隣人たちの深夜過ぎの生活騒音は相変わらずです。蟻さんは油断すると出て来ますが、それより嫌な虫は部屋で見た事が無いです。

Room After

--電気代 789バーツ/月
エアコン・トラブル12回戦」経てオーナーが新品に交換してくれて半年。電気代が100バーツ以上下がりました。その前のエアコンが古すぎた事もありますが、エアコンを新品に変えた電気代削減効果に驚いています。

20170426 Aircon 8

エアコン以外の電気の使用ですが、昼食を除き100%自炊なので熱源として電気はかなり使う方だと思います。電気式のシャワー、冷蔵庫、扇風機、照明、テレビ、パソコンぐらいでしょうか。

過去最高は1,117バーツで、最低は706バーツですが、この時は旅行などで不在が多い時で参考程度でした。電力会社からの直接請求で支払っています(オーナー経由ではありません)。

--水道代 72バーツ/月 
アパート管理事務所から請求書が来ますが、なぜか時々来ません(笑)昨年は一年間請求がありませんでした。毎月50~70バーツ台だと思います。

--通信代 682バーツ/月
3BBのルーター・無線を部屋に設置して632バーツ/月。
スマホ・携帯電話が嫌いなので、プリペイドを毎月50バーツして受信専用のガラケーを維持しているだけです(笑)

Router

--交通費 1,654バーツ/月
普段は1,500~2,000バーツなので少ない月でした。BTSは2017年4月から一回も乗っていませんが、シニア割引があるMRTは時々乗ります。路線バスは月平均だと80~100回は乗りますが、先月にやっと全路線全区間往復を踏破したので今は落ち着いてるのと、先月後半は体調を崩していたので出歩く回数が減りました。

20170505 VM

--食費 7,368バーツ/月
食事の内容は夜は完全自炊です。大したものは作れないけど、料理は好きなので近所で買える普通の野菜に肉で工夫して作ります。

Spagthetti

10月は明らかに平均より少ないです。後半は体調を崩してしまい、値上げを見越して9月に買い込んだお酒があるのに、普段よりずっと飲めなかったです。

--日用品 0バーツ/月
スーパーで食品と日用品を買っても詳細まで区別しないので適当な区分です。洗剤等は安売りに買ったものがまだあるので、何も買っていないような・・・

--洗濯代 200バーツ/月
コインランドリーでの洗濯です。最近一回25バーツのランドリーを使っています。

--遊興費 80バーツ/月
映画代です。シニア割引で火曜日は80バーツになります。マッサージは持病があるので出来ません。タイでは街歩きが主な趣味になるので、交通費=遊興費でしょう。

Inside

合計 19,345バーツ/月

これが衣食住全ての生活費。これ以外にはまったくありません。もう数か月2万バーツ前後で推移しているので、先月は普通の月でした。

私自身は贅沢はしていないものの、自分なりの毎日を過ごしています。
そんな日々を毎日のブログに綴っていますが、このブログがほんの少しでもどなたかのお役に立てたなら幸いです。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2017.11.02 | コメント(5) | タイ生活

前国王葬儀 直後2日 王宮周辺と王宮広場内火葬施設

お知らせ済みですが、後2回のエントリー後にブログ・ランキングへの参加を止める事にしました。当面は新エントリーからランキング・バーナーを貼らず、更新記事を各ブログランキングへ反映させるPing送信を止めるぐらいで、ブログ自体は同じURLで続けます。

相変わらずですが、ネットやメディアで拾った内容を使わない自分自身の経験した事だけで綴ります。そして今まで同様にブログ内に広告など一切無い上に、今後は全くクリックなどをお願いしないブログになります。

将来は退会してランキング上の全てのデーターを削除する予定でいますが、今すぐパッと消えると過去で必要な情報があるURLが分からないなどお困りの方もいると思います。しばらくはデーターを残したままにします。

さて、今日は予定に無かったエントリーで、本日(10月31日)に前国王の遺灰が納められた「ワット・ボヴォニベートWat Bowonniwet Wihan Ratchaworawihan」と王宮周辺へ行き、まだ関係者のみの王宮広場内の火葬の儀施設に(カメラだけ)入れたのでそのご報告です。

20171031 SL 1

ブログ・ランキング参加を止める直前ですが、今までランキング経由でご覧いただいた方々へのお礼代わりで取り急ぎのエントリをさせて頂きます。

本ブログはネットやメディアで拾った記事と画像は使いませんが、前国王火葬の儀の国葬が10月26日から29日まで行われた事は皆さんご存知かと思います。私はリハーサルでもチェックポイント内に入れなかった経験から、最初から諦めてテレビ(英語)とインターネット(タイ語)の両方をずっと観ていました。英語での放送があったのは意外でしたが、アナウンサーの音声が強くて他の音声が拾えてないのでタイ語も合わせて観ていたのです。

20171031 SL 10

いずれにしても印象深い儀式中継で、特に26日朝一番の祭壇から棺を降ろ所から始まったのは、ここから映すのかと私自身は思うほどでした。特に行進は(不適切かも知れませんが)見応えあるものでした。

その火葬の儀の中心となったのは王宮広場に1年で建てられた火葬施設ですが、11月2日から30日まで特別展示で一般公開されるそうです。本日(10月31日)時点では王宮広場内に入る事は出来ません(画像下で緑の柵内は入れません)。

20171031 SL 3

一般公開されたら、出来るだけ早い機会に観て来たいと思っていますが、そのエントリーはもうブログ・ランキング参加を止めているはずなので、タイトル・新着情報などランキングには反映されないと思います。

さて、今日もいつものようにバーンカピからセンセープ運河ボートでパンファー橋まで行きました。バーンカピからだと空いていますが、すぐに激混みになります。

20171031 Boat 1

運河ボートを降りてパンファー橋を渡りラチャダムヌン・クラン通りも反対側に渡りましたが、まだ黄色い花が多く飾られたままです。

20171031 Klang 1

20171031 Klang 2

最初にワット・ボヴォニベートへ向かいました。「ワット・ラーチャボピットWat Ratchabopit Sathit Mahasimaram」と同じで前国王の遺灰が29日に納められたお寺で、前国王が出家修行されたお寺です。ちなみにここは私自身がバンコクで好きなお寺ベスト5に入ります。

20171031 Wat 1

本堂には前国王の胸像が置かれていて、いつもよりかなり参拝者は多いですねぇ~。驚いたのは本堂を囲むように人の列が出来ていて、何かと思ったのですが・・・皆さんが前国王とこのお寺縁の写真を持たれていたので、(たぶん)無料配布があったのだと思います。

20171031 Wat 2

20171031 Wat 3

ワット・ボヴォニベート横のバンランプーからカオサンを通り王宮広場に向かいました。カオサン通りはまだ午前中ですが、いつもの喧騒が戻っているようです。って言うか、ここはいつも同じでしたねぇ~

20171031 Khaosan

王宮広場に北側から入ろうとしましたが、車両規制はまだ続いていて基本的には火葬の儀の前と同じです。画像下で赤が完全規制で黄茶ラインが一方通行です。北のチェックポイント(画像上)「C1」から入ろうとしたのですが・・・

20171031 Map 4

半ズボンは駄目だと入れませんでした。火葬の儀ならともかく、もう1年以上通っているのでそんなはずはないと思いながらも別なチェックポイント「C2」に向かいました。そこが駄目でもワット・ラーチャボピットに寄れるからです。

北側チェックポイントC1(実際は画像左にセキュリティーチェックがある)

20171031 Check 1

東側チェックポイントC2(バムルンムアン通り西端)

20171031 Check 2

西側チェックポイントC3(ター・チャン(船着場)前)

20171031 Check 3

チェックポイント「C2」に行くと・・・すんなり通れました。パスポートのコピーを見て日本人だと解ると「こんにちは」と言われてしまいました(笑)私も「半ズボンで大丈夫?」と聞くと「OKです」との事でした。もっとも2日からの火葬施設一般公開では駄目だと思います。

20171031 SL 4

防衛省(画像上で右)横を通り王宮前に向かいましたが、正面が王宮でその前を横切っているのがサナームチャイ通りです。火葬の儀で行進が行われた光景が思い浮かびますが、そんな事は全く関係ないように中国人ツアーが次々と行進して行かれます。

20171031 SL 5

20171031 SL 6

火葬施設が建てられた王宮広場に向かいます。一般公開は2日からですが、ボランティアの方々や警備されていた警察や軍人さん達には公開されているようです。

20171031 SL 7

20171031 SL 8

しばらく柵の外から火葬施設を見ていたのですが、何も無かった時から1年間通して建設を見ていたものの、あらためて立派な事に驚きます。しかし柵やテントが邪魔してよく見えません。

20171031 SL 9

こうなるとどうしても見たくなります。うーん何とかならないか・・・と柵の周りを歩いていると、柵の中でブルーの帽子を被ったボランティアの人が目の前を通り過ぎようとしています。

思わず『すいません、ちょっとカメラで撮って頂けないでしょうか?』と頼んでしまいました。『ダイ・カー』(少し年配の女性でした)と快諾されたので、柵越しにカメラを渡すと・・・そのままカメラを持って私の視界から消えてしまいました。

ボランティアをされるぐらいの人なので大丈夫だろうと思うものの、10分経っても戻られません。かなり心配し始めた頃に遠くから笑顔を見せながら戻って来ました。

20171031 SL 2

20171031 SL 11

いやぁ~ わざわざ正面に回って写真を撮って下さったようです。本当ありがとうございます! それが冒頭の2枚ですが、他にもたくさん撮っていただきました。他人の頭が写り込んだり、斜めの写真は意識してか?分かりませんが、全く私の感覚と異なるのも面白いです(臨場感が増しています)。いやぁ~全て良い仕事をされて、感謝感謝です。

20171031 SL 12

帰りに王宮に入る観光客が通るゲート内を見てみましたが、すでに多くの観光客(半分以上は中国人団体ツアーですが)が王宮に向かっていました。昨日(10月30日)からオープンだったと思います。

20171031 SL 13

チェックポイント「C3」で出てター・チャン(船着場)からチャオプラヤー・エクスプレスで帰りましたが、王宮エリアからター・チャン、そしてチャオプラヤー川と観光客相手の商売が全開なのが印象的でした。

20171031 Boat 2

さて、このブログでは昨年2016年10月13日以来、ずっと王宮エリアとそこに集う人々を見続けて来ました。それが以下のエントリーです。

第17回目「前国王崩御後374日 リハーサルに近づく事も出来ない
第16回目「前国王崩御後 一年 火葬の儀 内容・日程・注意
第15回目「前国王崩御後360日 一般弔問終了後の王宮周辺
第14回目「前国王崩御後11か月 弔問残り一週間の王宮周辺
第13回目「前国王崩御後9か月 今の王宮周辺は
第12回目「前国王崩御100日以後の王宮周辺
第11回目「崩御後8週間後のバンコク② 王宮周辺エリアの現状
第10回目「崩御後8週間後のバンコク① 今の王宮エリアは
第9回目「崩御後5週間後のバンコク、今の王宮エリアと交通事情
第8回目「崩御後4週間のバンコク、三大衣料品市場を回る
第7回目「崩御後3週間のバンコク、今の王宮エリアは?
第6回目「崩御後2週間のバンコク、観光地の今は?
第5回目「国王崩御後11日間のバンコク、変わる黒服と上京する人々
第4回目「国王崩御後210時間のバンコク、すごい事になった10月22日の王宮前
第3回目「国王崩御後117時間のバンコク②、王宮に集まる人々
第2回目「国王崩御後117時間のバンコク①、王宮エリアは?街は?
第1回目「国王崩御後53時間のバンコク、交通機関、街、市場、夜市は?

メディアが流したニュースでブログを作る事はしませんが、自分自身が見たままをこれからもブログでお伝え出来ればと思っています。特に王宮エリアのこれからの変化も順次エントリーしたいと思っています。取りあえず次回は火葬施設一般公開ですね。

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2017.11.01 | コメント(0) | タイ生活

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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