スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告

拡張なったメガバンナー 最新アクセス術付

毎日自炊の日々なので、週に何日かは買い物に出なければなりません。

市場がすぐ近くにあるわけではないのですが、歩いて20分以内にスーパー「ヴィラマーケットVilla Market」が2店、「トップスマーケットTops Market」が1店、20分ちょっと歩くと大きなチェーン・スーパーの「ビッグシーBigC」と「テスコロータスTESC Lotus」にトップスがもう1店舗あります。

20180131 Tops

どこへ行っても値下げ品で値札が黄色になっている物しか買わない主義ですし、3年以上毎週スーパー巡りをしているので普段買う物は全て価格が頭に入っています。ここが値下がりしていなければ、違う店に行こう・・・こんな感じです。

お金は無いけど時間はたっぷりあるので、1バーツでも安い物を買うのに時間をかけます。お金に心配ない方からすれば馬鹿みたいでしょう(苦笑) そして近所に全くコンビニがないので、高いコンビニで安易に買う事もありません。

20180121 Lotus

日々の買い物に行くのに20~30分歩くのはちょうど良い運動だと思っています。荷物がある帰りはバスを使えば良いし、重たい荷物は腕の筋力維持にも役立っているでしょう(笑)

その歩いて行けるセントラル・バンナー(隣のBigCと地下の食品売り場)とシーコンスクエア(中のTESCO Lotus)、そしてバスでドアtoドアの「メガ・バンナーMEGA Bangna」は私的に『買い物3本柱』と呼んでローテンションを組んでいます。

20180131 Map

メガバンナーは歩いては行けないのですが、複数の路線バスでメガバンナー施設内から乗ってアパート前で降りられるので、雨が降りそうな時はメガに行く事にしています。激しいスコールでもほとんど濡れないですむのは傘を一本も持ってない身には助かるのです。

20180131 MEGA 2

20180131 MEGA 1

メガバンナーと言っても実際に買い物するのはスーパーのBigCとTopsにパン屋さんのYamazakiぐらいですが、都心部を離れた近郊の超大型ショッピング内は雨が降りそうな時は散歩代わりに良いのです。

20180131 BigC 1

20180131 BigC 2

特にメガバンナーには家具の「イケアIKEA」があるので、雨の日には絶好の暇つぶし運動場気晴らしになります。「雨の日はIKEAでしょう!」で詳細を書いています。

MEGA 182

このように雨季にはよく行くのですが、乾季にはなかなか行く機会がなくて・・・久しぶりに先週行ったのですが、拡張部の工事が終わって大きく変わっていました。

2017年5月。基礎工事段階です
20180131 MEGA 3

2017年9月。ビルの骨格が見えて来ました。
20180131 MEGA 4

画像上のように昨年2017年はずっと工事でどうなるかと楽しみだったのですが、昨年末にオープンしていたようです。それを知らずに先週末まで行けなかったのです。

20180131 MEGA 5

新しく拡張された部分は「フード・ウオークFoodWalk」と言う事で、多くの飲食店が中心になっています。以前からあった部分にも(バンコクでは誰でも知るだろう)フードチェーン店のほとんどがあったのですが、フード・ウオークには新しく人気?の店が多いようです。

20180131 MEGA 6

20180131 MEGA 7

大型モールには(先まで見えない、歩く楽しみを感じる)曲線が使われるのが最近の傾向ですが、ここはそれもあるのですが・・・坂を取り入れています。フロアー全体が緩い傾斜を造っているように私には思えます。

20180131 MEGA 8

20180131 MEGA 9

他には解放感ある造りでありながら、影をうまく作り出しています。まだそれほどでもありませんが、緑や水の流れも意識しているようです。

20180131 MEGA 10

20180131 MEGA 11

「どこどこで何々食べた」のブログを書かない主義なのは、食レポ的な内容はネガティブな事が多く目につき自分の不満をネットにぶつけるように書いてしまう可能性があるので、最初から書かない!としているのですが、今回は例外で書きましょう。

博多ラーメンの「一風堂 IPPUDO」に入りました。昨年末に上記のセントラル・バンナーにも出店していたので気になっていましたが、高いので見るだけを何週間も過ごしていました。

20180131 MEGA 12

今回このフード・ウオークで新しい店を見続けて、自分がちょっと舞い上がったのか高いけど入ってしまいました。店員さんは多いのですが入った瞬間から覇気がない感じでがして嫌な予感がしたのですが・・・

白丸スペシャル280バーツを注文してしばらく・・・12時15分前に他の店員さんと色が違うユニフォーム(青ではなく黒っぽいTシャツ)を着た方が入って来て、厨房で何やら自分の準備をしながらチェックしています。日本人なのかタイの人なのか分かりませんが、偉そうに今頃出勤かよと見ていました。まぁ、きっと理由があるのでしょうが・・・

20180131 MEGA 13

その後に卵を抱えた業者の方がお客さんと同じように入って来て納入。そしてレジで何かの処理をしています。まぁ、これも日本じゃないし、普通にある事ですが、卵の仕入れは正午なのですねぇ~ きっと足りない事に気付いたのでしょうが。

20180131 MEGA 14

そして出て来たラーメンのスープがぬるくて、タイではありがちな市井のクイッティアオよりかなりぬるいです。自分的には許せないレベルでもう嫌気がしてなりませんでした。

日本で一風堂に入った事が何度かあるのですが、こんなにぬるかったかなぁ?と思いながらも目の前にある生ニンニクを絞ろうと思ったら、あの「ニンニク絞り器」が無いのです。出し忘れたのか、店員に頼みましたが、それがなかなか伝わらないし・・・タイの一風堂ではニンニク丸ごと塊りでラーメンに入れさせるの?

20180131 MEGA 15

最後にとどめを刺されました。料金280バーツを払おうとしたら、サービス料10%、VAT7%が加えられて合計330バーツです。ホテル内レストランや高級レストランでもないのにダブルの外税!いやぁ~普段食べている所ではそんなのないのですが油断していました(笑)

何もスペシャルを感じないラーメンで330バーツ日本円なら1,140円でしょうか。何も日本円で考えなくても私の普通のランチ50バーツ前後でほぼ一週間分。ラーメンに300バーツ以上使ってしまい、そんな自分にショックで三日間ぐらい思い出しては泣いていました。

え??お味ですか・・・普通(キッパリ)スープがぬるいので評価に値せずでしょうか。味の好みは人それぞれですが、エラワンに新しく出来た「麺屋一燈」の濃厚魚介ラーメン239バーツとどうしても比べてしまいます。

20180113 ITTO 1

20180113 ITTO 2

「麺屋一燈」は私からすれば滅多に行かない都心部なのですが、思い出すと食べたくなるので食べるだけでまた行くでしょう。近所の買物3本柱の2カ所にある一風堂は・・・もう行きません。

まぁ、食べものの好みは人それぞれですから、一風堂をお好きな方はいるのでしょうが、これでタイでやっていけるのでしょうか・?少なくてもセントラル・バンナー店は週に1~2回は必ず昼前後に見ますが、いつもあまり客が・・・

さて、禁断の食べログ的ブログになってしまいました。普段書かないのにネガティブもポジティブも両方。ごめんなさい。話を戻しましょう。いずれにしても一度は入りたい店がたくさん出ています。

そして、このフード・ウオークにスーパーTopsが移って来ていました。以前は地下で目立たない所で売り場も狭かったのですが、ここでは売り場面積もたっぷりで伸び伸びしています。ただ・・・メガバンナーにショッピングに来て、お食事をして、このスーパーで買い物して帰る人達が多いのか? ちょっとイメージ出来ないのですが・・・

20180131 Tops 2

さて、最後にアクセスですが・・・高いBTSでウドムスック駅までやって来て無料シャトルバスを待っている多くの人を見かけますが、都心部からメガバンナーに行かれる方々なのか・・・高いBTSと無料シャトルバスが少しちぐはぐに私には見えます。まぁ、行き方をそれしか知らないだけでしょうが・・・

私自身はもちろんドアtoドアの路線バスなのですが、以前書いた「メガバンナー最新アクセス術」から最近では少し変わっています。

Sep25 MEGA Map

1、直接メガ内へアクセス出来る。帰路は直接メガ内で乗れる。地図上赤の線

20180131 MEGA Bus23

2番枝線ノンエアコン・赤バス(行先表示板白板) ウドムスック駅~バンナートラート通り~メガバンナー。20~30分に一本ぐらいの間隔で一律6.5バーツ。途中セントラル・バンナー前を通ります。要は無料シャトルバスと全く同じルートです。

23番枝線ノンエアコン・赤バス(行先表示板白板) テウェス~プラトゥナーム~ペッブリー通り~エカマイ通り~スクムビット通り~ウドムスック駅~バンナートラート通り~メガバンナー。 30分に一本ぐらいの間隔で一律6.5バーツ。途中セントラル・バンナー前を通ります。これも要は無料シャトルバスと全く同じ区間を含みます。

145番枝線ノンエアコン・赤バス(行先表示板白板) 北バスターミナル~ラップラオ通り~バーンカピ~シーナカリン通り~バンナートラート通り~メガバンナー。20~30分に一本ぐらいの間隔で一律6.5バーツ。途中シーコンスクエアを通ります。

2、メガバンナー前のバンナートラート通り上のバス停。地図上濃茶の線

20180131 MEGA Bus133

132番委託ノンエアコンバス オンヌット~スクムビット通り~ウドムスック駅~バンナートラート通り~メガバンナー。9バーツですが、メガより東は別料金なので切符を買う時に行き先を聞かれる場合あり。

133番委託ノンエアコンバス エカマイ~プラカノン通り~ペッブリー通り~シーナカリン通り~バンナートラート通り~メガバンナー。9バーツですが、メガより東は別料金なので切符を買う時に行き先を聞かれる場合あり。

558番委託エアコンバス ラマ2世通り~(高速経由)~バンナー交差点~バンナートラート通り~メガバンナー。 20分に一本ぐらいの間隔。途中セントラル・バンナー前を通ります。「行き先をメガ~」と告げます。復路だとスワンナプーム空港バスターミナルから乗って行けます。

R26E番 2018年1月にスタートした新民営化路線エアコン高速経由バス。戦勝記念塔~高速経由~シーナカリン通り~バンナートラート通り~メガバンナー~バンプリー。40~50分に一本のイメージです。途中シーコンスクエア前を通ります。

地方バス365番エノンエアコンバス パークナム~スクムビット通り~サムロン~バンナー駅~バンナートラート通り~メガバンナー~バンパコン。本数5分~10分と多いです。途中セントラル・バンナー前を通ります。行き先を言う必要があります。

3、TescoLotusで乗り換えるか、歩く(バス停一個分徒歩15分) 地図上紫の線

20180131 MEGA Bus207

ラムカムヘン大学2が行先なので、バンナートラート通りでメガバンナー手前で左折します。左折した直後がTescoLotusの横で、そこから反対側に向かう207番ラムカムヘン大学1行(地図上緑の線)に乗ると、次のバス停がメガバンナー内です。歩く場合はTescoLotus内を通ると近道です。207番はラムカムヘン2発で1行きのみ(都心部行)がメガ内に入ります(画像上)。

38番委託ノンエアコン・エアコンバス 戦勝記念塔~プラトゥナーム~ペッブリー通り~アソーク通り~スクムビット通り~ウドムスック駅~バンナートラート通り~メガバンナー。15分に一本ぐらいの間隔。途中セントラル・バンナー前を通ります

46番委託ノンエアコン・エアコンバス ラマ4世通り~プラカノン~スクムビット通り~ウドムスック駅~バンナートラート通り~メガバンナー。15分に一本ぐらいの間隔。途中セントラル・バンナー前を通ります。

48番委託ノンエアコン・エアコンバス ワット・ポー~サイアム~スクムビット通り~ウドムスック駅~バンナートラート通り~メガバンナー。15分に一本ぐらいの間隔。途中セントラル・バンナー前を通ります。

139番委託エアコンアバス。 戦勝記念塔~プラトゥナーム~(高速経由)~ウドムスック駅~バンナートラート通り~メガバンナー。20分に一本ぐらいの間隔。途中セントラル・バンナー前を通ります。

207番直営赤バス・委託ノンエアコンバス (207番でもハッピーランド~ワット・シィーヤムの黄色エアコンとミニバスは行きません) ラムカムヘン大学1~シーナカリン通り~シーコン・スクエア~バンナートラート通り~ラムカムヘン大学2 10~15分に一本の間隔。 往路から復路へと変則乗換になります(切符は新しく買います)。

180番ノンエアコン・赤バス(全車高速経由の為に行き先表示板黄板) セントラル・ラマ3~ラマ3世通り~クロントゥーイ~(高速経由)~ウドムスック駅~バンナートラート通り~メガバンナー。以前は直接メガバンナーに入りましたが、今はカンチャナピセーク通りからラムカムヘン大学2を経由して(遠回りして)メガバンナーへ入ります。15~20分に一本ぐらいの間隔で6.5バーツか高速区間を使うと8.5バーツ。途中セントラル・バンナー前を通ります。

さて・・・ご旅行の方々がわざわざ行くような所ではないと思うのですが、在住者なら買い物でも気晴らしでも行ってみる価値はあるのではないでしょうか。お車があっても、BTSと無料シャトルばすでも、そして路線バス利用でも。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントを頂けたら幸いです。なお、ご質問は大歓迎で一生懸命お答えしますが、それが役に立ったのか?立たなかったのか?など後でご一報下さい。

スポンサーサイト

2018.01.31 | コメント(7) | ショッピング

トンブリー王朝の面影を探し⑯ワット・パクナム

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

何年も前から知っていたと思っていたトンブリーでの街歩き。新たな気付きがたくさんあったのですが、今回と次回はトンブリーの中でも知られた所になるかと思います。

有名な所は他の観光ブログにお任せして、在住者のブログが書く事もないと思っているのですが、これだけ丁寧にトンブリーを紹小さな発見がありました・・・

20171213 BY 5

前回はワット・クンチャンから小さな橋を渡りワット・アブソンサワン(画像上)に行きました。そのワット・アブソンサワンから北へ続く細い路地に向かえば、木造の古い家が並んでいます。

20180129 PN 1

路地が交差する所ではワット・クンチャンの仏像が見えますねぇ~ そのままワット・パクナムへ続く路地を行きます。奥にワット・パクナムが見えますが、この路地には露天商も出ていて僧侶達の憩いの場でもあるようです。

20180129 PN 2

20180129 PN 3

路地を抜けた所がワット・パクナムのランドマークにもなっている大きく真っ白い仏塔への入口です。

20180129 PN 4

この仏塔は中にエレベーターまであって5階まで上がる事が出来ます。それは展望用ではなく仏塔内に仏教感を表現する部屋(5階)や高僧の像、礼拝室などがあるからです。

20180129 PN 5

1階と3階にはミュージアムもあるのですが、その実態は主旨が分からないコレクションの展示に私には思えます。トンブリー地区の歴史的な展示でもあれば大喜びなのですが・・・

20180129 PN 6

20180129 PN 7

このワット・パクナムはアユタヤ時代に建てられたようですが、ラマ3世治世下(1824年~1851年)で最初の改修が行われたとありますので、トンブリー王朝時にはお寺があったと思われますが、今とは全く異なったものでしょう。

20180129 PN 8

20180129 PN 12

日本(千葉・成田)にも別院がある事や、高僧、お寺の造りなど多くの事が他のネットで書かれているかと思いますのでお任せしますが、参拝者が絶えず、境内はいつ行っても賑やかです。

20180129 PN 9

お寺の三方が運河によって囲われています。バンコクヤイ運河が正面(北側)で画像上、ダン運河が東側で画像下、パーシーチャルン運河が西側で画像下の下です。

20180129 PN 10

20180129 PN 11

パーシーチャルーン運河はここからターチン川ドン・カイ・ディー近くまで一直線で28㎞の運河です。ラマ4世がアヘン税徴収官に命じて運河を掘らせたそうで、中国人工夫への支払いもアヘンが使われたそうです。そして工事費が回収されるまでは運河を利用する船から税金を徴収したそうです。それで「税金(パーシー)で繁栄(チャルーン)」でしょうか。

20180129 PN 13

運河の完成はラマ5世統治下の1872年ですからトンブリー王朝の百年後になります。ワット・パクナムすぐ横に画像上のように水門(プラトゥナーム)があって、近くに「パーシーチャルン水門船着場 Pashi Charoen Dam」があって運河ボートが運航されています。「全て見せますパーシーチャルン運河ボート②」からが詳細エントリーになります。

20180129 PN 14

さて、ワット・パクナムを離れてパーシーチャルン運河を渡り、バンコクヤイ運河に向かう為に長屋と長屋の間に入るとバンコクヤイ運河を渡る小さな橋があります。

20180129 PN 15

ワット・クンチャンからだとダン運河、パーシーチャルン運河、そしてバンコクヤイ運河と3回小さな橋を渡った事になります。

20180129 Map

橋を渡った先は「ワット・プラドゥー・チムプリWat Pradu Chim Phli」。残念ながらここには現地説明板がなくて謂れが分からないのですが、久しぶりにタークシン王廟がこの境内にあります。

20180129 PN 16

20180129 PN 17

近く有名なワット・パクナムそして強烈な印象のワット・クンチャンがあるので、このお寺もワット・アブソンサワンと同じで何度か来ていながら気づかなかったのですが・・・珍しい涅槃仏があります。

20180129 PN 18

そうです。体の左側を下にしている涅槃仏です。多くの涅槃仏を見ていますが、私的にはここ以外で見た事がないように思えます。きっと気にして探せばもっと仰向けの涅槃仏よりはあるかと思いますが・・・ワット・ラーチャクル・ウォーラウィハーンでは仰向けの涅槃仏(画像下)を紹介しました。

20180113 TP 13

これだけ丁寧に何度も同じ所を訪れて街歩きをすると、その度に新たな気付きがある事に驚きます。そんなネットではまず書かれた事が無いだろう新発見が多いこのシリーズ、今回が第16回目のエントリーですが、過去のエントリーは次の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し②城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し③城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し④城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し⑤城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し⑥城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し⑦次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し⑧傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し⑨ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し⑩モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し⑪モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し⑫タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し⑬王を支えた猛将が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し⑭タラート・プルー
トンブリー王朝の面影を探し⑮非常に印象的な二寺

さて、ワット・パクナムへのアクセスですが、今まで歩いて来たルート上のトゥートタイ通りを走る以下の路線バス、特に4番は終点でUターンする先がワット・パクナムです。また土日ですとBTSバンワー駅から直接乗るパーシーチャルン運河が便利です。

4番(クロントゥーイ~タラート・プルー駅~ワット・パクナム)
9番(カンラプルック通り~ウォンウィエンヤイ~ 国鉄サムセン駅)
111番(トンブリー地区の短い循環路線)

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントを頂けたら幸いです。なお、ご質問は大歓迎で一生懸命お答えしますが、それが役に立ったのか?立たなかったのか?など後でご一報下さい。

2018.01.29 | コメント(0) | バンコク街歩き

R26E番 バンコク不完全バスガイド

2018年1月27日、最終更新2018年3月23日

これはバンコク路線バスについてのエントリーです。主旨は「バンコク不完全バスガイド序章」に書いてありますが、路線案内だけではなく、周辺の見所などを書いています。バンコクっ子と同じ目線で街を行くショートトリップ、路線バスの旅です。

バンコク路線バスは同じ番号でも短区間運転や枝線もあり、直営と委託会社、バスの種類別、行きと帰りルートが異なるのは普通です。また変更も多く交通事情や運転手の気分でも変わります。私自身も早朝深夜など全ての時間帯での運行を知る事は出来ません。ですからこれはいつまで経っても不完全バスガイド、路線の概略ぐらいにお考えください。

しかしエントリーするのは私自身が終点から始発まで、行き帰りを全て実際に乗った記録です。実際に乗っていない路線はエントリーしません。

路線番号順のインデックスを作っています。このブログ画面左にある「カテゴリー」から「バンコク路線バス・番号別インデックス」を選ぶと、目次のように番号順表示されます。

また、入門編「路線バスの初歩」、そして「ご質問専用室」も作ってあります。どこで質問してよいか分からない時、バスでの行き方、バスに限らバンコクの公共交通機関に関するなら何でも構いません。ご利用下さい。ブログ画面左にある「カテゴリー」からアクセス出来ます。


基本情報

チャクリ・ナルボディン医療研究所Chakri Naruebodindra Medical Institute ~ カーンケーハ・バンブリーKan Kheah bang Phli ~ バンブリー通りBang Phli ~ キンケーオ交差点King Kaeo ~ メガ・バンナーMEGA Bangna ~ バンナー・トラート通りBangna Trat ~ シーコン・スクエアSeacon Square ~ シーナカリン通りSrinakarin ~ ラマ9世通りRama 9 ~ 高速道路Express Way ~ 戦勝記念塔Victory Monument ~ ラマティボディ病院Ramathibodhi Hospital

Bus R26E Map 1

2018年1月16日にスタートした新路線です。初の民営化路線でBMTA管轄ではありません。また昨年2017年8月に発表になった新路線番号付与方法での初の路線番号です。(BMTA直営バス試験走行を除きますが、BMTA試験走行に関しては「路線バス再編成が目指すのは?全試験路線踏破で考える」で書いています)

新路線番号付与方法は「バンコク路線バスが大きく変わる?路線も番号も(対比表付)」で詳細をエントリー済みです。ちなみに『R26E』・・・1ケタ目の『R』は管轄が南東部の意味で、次の『26』はBMTA直営536番がR25Eになる予定なので次の番号。そして最後の『E』は高速使用路線の意味です。

2018年3月23日追記
本ブログ上では復路になるラマティボディ病院発(戦勝記念塔側)は高速道路を使わなくなりました、元々復路は高速区間が短い路線でしたが、節約でしょうか? 3月に入って4本続けて同じだったので、運転手の気まぐれではないようです。

サムットプラカーン県バンプリーの南、タイ湾に近い所から戦勝記念塔に向かい、戦勝記念塔では大きくUターンするようにシーアユタヤ通りを経由して復路に戻る路線です。

運行台数が少なく路線が長いので、本数は少なく感じます。平日日中で30~45分に一本のイメージです。待つと1時間以上空くかも知れません。


特記事項

初の民営化路線ですが、既存路線の民営化ではなく全くの新規路線です。そして民営化と言ってもサービスが良くなったり、安全運転に徹しているわけではありません。(急ブレーキ、急加速、急ハンドル等)荒っぽい運転に、運転中のおしゃべりにスマホ作業と(営業運転中に車掌が買い出しに行っての)飲食、客席に足を投げ出す車掌・・・すでに10j回以上乗車していますが、ほぼ全車同じ状況で何も変わっていません。

Bus R26E Inside

ちなみに運転手の後ろはお友達のようでした(笑)唯一、車両ドアーが開くまで時間がかかるので、必然的に乗降時に完全停止に近いです(笑) 利用乗客が少ないからか、会社が自由過ぎるからか、本当にいつ乗ってもお友達か家族を乗せての運行をしています。

何を目的にしての民営化だったのか? メディアはプレスリリースのまま「サービス向上の為の民営化」と報じていますが、やはりBMTAとは立ち位置が異なる管轄行政との利権争いでの結果にしか私には思えません。


バス車種

民営エアコンバス・青色 

Bus R26E Outside

新型車両のようですが私的にはがっかりレベルでした。それは車両を変えても運転手や車掌さんの質は全く変わらない事もあるかと思います。(日本人視点で)車両自体も目に見える所だけでも品質はかなり荒いもので、日本ならラインアウト出来ないレベルでした。

20180120 Bus 2


ルート周辺

明日の出発はサムットプラカーン県南東部ムアンマイ・バンプリーの南10㎞ぐらいにある「チャクリ・ナルボディン医療研究所」敷地内からです。

20180120 Bus 4

チャクリ・ナルボディン医療研究所は現在建設中で敷地内は工事車両と建設関係者だけが目立っています。その為にこの施設に入る時に閉ざされた門が開いてバスが入ります。周囲は未開発のままで、ぽつんとこの施設が造られています。

20180120 Bus 10

バスの待機所はこことムアンマイ・バンプリーの中間ぐらいにあるので、復路でここへ来てもバスはすぐに去ってしまいます。また往路の出発は待機所から来て施設内でUターンして出発です。バスが医療研究所を出ると南下して人家も無い寂しい道を海に向かいます。

20180120 Bus 12

突き当りでスクムビット通りへ出てからバスは西へ向かいます。日本人の多くの方々のお馴染みのスクムビット通りですが、都心部からは40~50㎞は離れていて、タイ湾の海が時々見えます。

Bus R26E Sukmvit

Sukmvit See 1

スクムビット通りから1006号線に入り北上し、途中バンプリー工業団地(画像下)とテーパーラック通りを横切ります。サムロンからバンプリーを経てバンボーまでのテーパーラック通りは初期に進出した日系企業が多い所です。

Bang Phli Industrial

テーパーラック通りとの交差点を直進しますが、交差点からソンテウに乗りテーパーラック通りを西に行くと、バンプリーBigC裏にはバンプリー古市場があります。「珍景!渡し舟私的ランキング」で2位になった渡し船(橋?)もここにあります。

20171106 Bang Phli

見どころたっぷりなバンプリー古市場周辺ですが、タイ最大級の涅槃仏があるワット・バンプリー・ヤイ・クランも近くです。私的に大好きな所なのでエントリーが多いのですが、「ソンテウで行くサムットプラカーン⑧」が最新です。

Wat bangPhli Yai 181

1006号線を北上したバスはバンナートラート通りで西へ向かいます。復路でここへ来たバスはバンナートラート通りから直接1006号線に右折出来ないので、数㎞先まで行ってUターンして左折します。

Bus R26E Bangna Trat 1

バンナートラート通りを西へ向かえばキンケーオ交差点です。キンケーオ通りは「スワンナプーム空港Suvarnabhumi Airport」のすぐ横西側の通りです。この交差点手前がキンケーオ市場前で、そのすぐ横が会員制スーパーmakroに道路反対側が「マーケット・ビレッジ・スワンナプームMarket Village Suvarnabhumi」と賑わいがある所です。

King Kaeo 181

King Kaeo 182

バンナートラート通りでキンケーオを過ぎるとアウターリングとの大きなジャンクション角には「メガバンナーMEGA Bangna」があります。往路のバスは目の前のバス停に停まります。復路では反対側への歩道橋すぐそばがバス停です。

MEGA 181

メガ・バンナー内には北欧家具のIKEAがあり、モデルルームのような中を歩くのも楽しいですし、レストランやカフェスタンドは重宝しています。「IKEA 活用術」で詳細を書いています。またメガバンナーも「メガ・バンナー 活用術」でエントリー済みです。

MEGA 182

メガバンナーを過ぎてバンナートラート通りとシーナカリン通りのジャンクション「ワット・シーアムWat Sri Iam」でバスはシーナカリン通りへ入ります。バスは通りませんが、この交差点を1㎞西へ行くと「セントラル・バンナーCentralPlaza Bangna」があります。

Central Bangna 181

シーナカリン通りに入るとすぐウドムスックとの交差点を直進します。この交差点からソンテウに乗り換えて「チャルームプラキアット・ラマ9世通りChaloem Phrakiat Ratchakan Thai 9」を東へ行くと、私もメンバーになった「ウォーター・スポーツ・センターWater Sports Center」がある「ノンボン貯水池Nong Bon Retention Pond」やバンコクで一番広く美しい「ラマ9世公園Rama9 Park」へ行けます。

20171215 Park 3

20171215 Park 1

次にバスはシーナカリン通りで大型ショッピングモール東急も入っている「パラダイスParadise Park」「HaHa」そして「シーコンスクエアSeacon Square」前を通ります。

Seacon 181

Paradais 181

シーコンスクエアの裏にはナイトマーケットの「タラート・ロットファイ・シーナカリン」もあり、週末はかなり混雑します。
Night Market Srinakarin

Bus R26E Paradais

シーコンスクエアを過ぎたら次はオンヌット通りとの交差点「スアン・ルアンSuan Luang」で、角に「イアムソンバット市場Iam Sombat Market」があるので、普通はここを「タラート・イアム」と言います。売る側も買う側もモスリムの方々が多いのが特徴の市場で、市場周辺の食堂も豚肉が無い料理が普通です。

Bus1013 Iam 2

イアムソンバッド市場前のバス停から地方バス1013番に乗り換えてラートクラバン通りをスワンナプーム空港北側へ行くと、これも私的に大好きな「フアタケー古市場Hua Ta Khe Old Market」へ行けて、ネットで(たぶん)初紹介だろう「古いだけでない・フアタケー古市場④」等でエントリーしています。

20171106 Hua Ta Khe 1

20171104 Hua Takhe 2

また、洒落たナイトマーケットが多い中で原点を思い出すようで私的に大好きな「スワンナプーム・ナイトマーケットSuvarnnabhumi Night Market」もあります。

Bus1013 NM 2

イアムソンバッド市場前のバス停に戻って・・・このバス停からシーナカリン通りをプラカノン運河陸橋下に歩くと、プラカノン運河ボートの起点船着場です。この運河ボートも私的には最も大好きで何度か紹介していますが、「プラカノン運河ボート最新事情」が最新です。

Phra Kanong Boat 1

バスはさらにシーナカリン通りを北に向かい、ペッブリー通りとの交差点を過ぎるとタイ国鉄東線とエアポートリンクの「フアマーク駅Hua Mak St.」の間で踏切を渡ります。

Hua Mark SRT 181

Hua Mark APL 181

踏切を渡るとシーナカリン通りを離れてラマ9世通りへと入ります。往路と復路で高速区間がかなり違い、復路では戦勝記念塔からディンデーン通り、ラマ9世通りと一般道をかなり走って高速に入り、降りてすぐシーナカリン通りです。一方、往路ではラマ9世通りをかなり走ってから高速に入りますが、戦勝記念塔すぐ北で降ります。

Bus R26E Map 2

往路のみですが、ラマ9世通りで大型ショッピングモールの「ザ・ナインThe Nine」前を走ります。「ザ・ナイン 近道マップ付き」で詳細を書いています。

The Nine 181

ザ・ナインを過ぎて高速道路へ入り、高速を降りるのは戦勝記念塔すぐ北の出口です。その為に戦勝記念塔のロータリーを北のパホンヨーティン通りから入り、ロータリー内を四分の三周して西側のバス停に停まります。

Bus R26E Express

戦勝記念塔は大きなロータリーで大きなバス停が4カ所ありますが、基本ルールでバスがロータリーを出る直前のバス停に停まるので、往路と復路でバス停が異なります。画像下は復路で戦勝記念塔バス停です。

Bus R26E VM

戦勝記念塔はタイ語で「アヌサーワリーチャイサモーラプーム」ですが、バスではただ「アヌサワリー」と言うと通じます。1941年にタイ・フランス(インドシナ)紛争で亡くなったタイ王国兵士を慰霊するために建てられました。

Victory monument 181

この戦勝記念塔ではバス以外にもロットゥーの発着基地でもありますが、2016年10月に300㎞以内の各地に出ていたロットゥーが北・南・東バスターミナルへ移動しました。その代わりに現在は近距離のロットゥーが戦勝記念塔のロータリーに沿って発着しています。「戦勝記念塔発着ロットゥー調査②全路線紹介」と「戦勝記念塔発着ロットゥー調査③全路線紹介」で詳細エントリー済みです。

Victory Monument 182

バスは戦勝記念塔をラチャウィティ通りで西へ向かい、すぐ高速道路下のラマ6世通りへと左折します。左折し終えたら終点で道路反対側はラマティボディ病院です。バスはここでひと休憩した後に、シーアユタヤ通りからパヤタイ通りを経由して戦勝記念塔に入ります。復路ではディンデーン通りを走りラマ9世通りから高速道路に入ります。 上記していますが、2018年3月に入って復路(戦勝記念塔側からサムットプラカーン県に向かう)のみ高速利用を止めています。

Bus R26E Map 3

戦勝記念塔周辺以外は全て私の生活圏に思えるルートです。それもアパート前を走るのと、私の大好きな所の近くを通るからでしょう。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントを頂けたら幸いです。なお、ご質問は大歓迎で一生懸命お答えしますが、それが役に立ったのか?立たなかったのか?など後でご一報下さい。

2018.01.27 | コメント(2) | バンコク路線バス

ロングステイの食卓 餃子を作ろう!

今日は朝からどんよりと曇りいつも以上に湿気に包まれた一日でした。南国の熱気と湿気で身にまとわりつくような空気、今日はさらにべっとりと重たく感じてなりませんでした。

そんな日に午前中から都心部シーロムにある銀行本店に行っていました。野暮用を終えてランチタイムでビルから吐き出された人々を掻き分けてラマ4世通りまで歩き、アパート近くまで一本で帰れる路線バス46番に乗り込んだ直後に・・・激しい雨です。

20180125 Weather

突然の雨で道路はいつも以上に渋滞、バスはなかなか動きません。都心部を早く離れようとランチのタイミングを逃してバスに乗ってしまいましたが、ボンカイからクロントゥーイあたりまでのラマ4世通り。渋滞で車窓から雨の向こうに次々見える食堂を見てはお腹がさらに空いてなりませんでした・・・

激しい雨で窓を閉めたノンエアコンバス。少しでも動けば良いのですが、まったく動かない車内は湿気と暑さが充満し、乾季の中で久しぶりのこの拷問、空腹もあって気が遠くなって行きます・・・


あれは・・・確か90年代後半頃だったので今から20年ぐらい前の事なのですが、ラマ4世通りのテスコ・ロータスの裏、路地と言うよりビルの谷間の駐車場みたいな「ソイ・マノロムMano Rom」に『老山東』という小さな中華料理店がありました。

20180125 Gyouza 30

20180125 Gyouza 31

その頃プロンポンに住んでいたのでかなり通った記憶がありますが、仕事帰りに夕飯に寄るラーメン屋さんのような存在でした。この店はその後成功して本店をスクムビットSoi26のホテル内に移し、支店もかなり出していたはずです。当時の価格は「猪肉白菜餃」が10個で40バーツでした。

20180125 Gyouza 2

当時はまだバンコクで本物の餃子を出す店が少ない頃で、ヤワラーでも華南や潮州系の華人が多く中国北部の料理は期待できず、北部出身者がヤワラーと距離を置き店を出し始めたのは90年代半ばを過ぎてからだったと思います。

20180125 Gyouza 7

スクムビット・エカマイ近くに大連飯店(こちらは数回行っただけで通いませんでした)があり、90年代半ばにはシーロムに遼寧餃子店が出来ていた頃でしょうか・・・どの店も繁盛して今は店も増やしていますが、私は今でも小さな店のままのラマ4世通りから少し路地に入ったマレーシアホテル近くの「日月楼餃子」が好きです(笑)

20180125 Gyouza 6

その老山東に通っていた頃(仕事帰りにただ夕飯を一人で食べていただけ)、山東省縁の店と聞いた事がありますが、それで私には口にあったのでしょう。山東半島は黄海を挟んで遼東半島と向き合い、日本人にお馴染みの大連がある遼寧省に私は通算すると1年以上滞在しています。

20180125 Gyouza 3

遼寧省を起点に極寒の黒竜江省へ何度も過酷な旅をしていますが、広い中国の中でも粉物食文化が盛んな地なので、小さな汚い店で気に入れば厨房に入って「粉」を操る技を見せてもらったものです。

20180125 Gyouza 4

20180125 Gyouza 5

そう言えば、アパート近くに遼寧餃子店シーナカリン店があって、2015年に娘が遊びに来た時に行きましたが、羽根つき餃子10個が120バーツでした。まぁ、普通に美味しく食べた記憶があります。

20180125 Gyouza 8

「どこどこで○○食べた。安くて美味しかった」のような誰も書く食べログ的ブログをしない主義なので、この辺で止めておきましょう(笑)

昨年末に気合を入れて作ったおせち料理で正月を一週間近く食べ繋いだ後です。もう煮物やお雑煮にワインのつまみで買ったチーズやハムも飽きてしまい、なぜか餃子が食べたくなりました。

20180103 Food 5

100%朝夕食は自炊ですが、タイで餃子を今まで作った事がありません。餃子の皮が無いし、キャベツも硬い物なので考えもしなかったのです。もちろんFUJIスーパーなど日系スーパーに行けば皮はあるのでしょうが、遠くて高いのでロングステイの3年間で行ったのはたった2回だけです(それも買わずに帰ったし)。

20180125 Gyouza 9

食べたくなって気にすると・・・近所のスーパーでも餃子の皮が売っている事に気付きました。売り場が中華系漬物みたいなコーナーなのですが(笑)画像上がバーンカピのザ・モール1階の食品売り場「HOME FRESH MART」で、なぜか19枚入りで16バーツです。これは小さめで皮も薄くて私には使い難いものでした。

画像下はセントラル・バンナー地下の食品売り場で見つけた別なもので、23枚入りだったか?で33バーツでした。これは皮が少し厚めで使いやすいものでした。私にはこっちが正解です。

20180125 Gyouza 10

上記の皮を買っておいた所で、次はキャベツとニラです。キャベツは硬すぎて使えないと思い、家内と定例連絡(笑)の時に相談して白菜を使う事を考えていました。ニラはそれっぽいものがあるし、ニラ饅頭なんかも屋台の店でよく売られているので、何とかなると思っていました(笑)

20180125 Gyouza 11

野菜炒めや焼きそばなど使いやすいのでキャベツは欠かさないようにいつも買っているのですが、季節的なものなのかたまたま買ったキャベツが柔らかく、今回はこのキャベツを使いました。

20180125 Gyouza 12

次にニラですが、これも今までの料理で使った事はありません。BigCなどのスーパーでパクチーなどの香菜売り場には無かったように思えます。セントラル・バンナー地下食品売り場で見つけたのが画像下で、これがニラだと思うのですが高いので別な所で探しました。

20180125 Gyouza 13

まぁ、時間だけはたっぷりある身ですし、散歩ついでに歩いて行けるスーパーがたくさんあるので焦らずにじっくり(お金をかけないように)探していました。

そこで見つけたのがパラダイス1階(半地下)の「ヴィラマーケットVilla Market」で、日本だと二束ぐらいの量でしょうか、20バーツでした。画像下中央です。

20180125 Gyouza 14

肉はスーパーの「テスコ・ロータスTESC Lotus」で300g52バーツの豚挽肉を2パック買いました。

20180125 Gyouza 15

キャベツ小玉とニラ半分(一束ぐらいで、残りは味噌汁へ)そしてニンニク1個をみじん切りして、挽肉とよくこねます。大きなボールがないので鍋の中でこねました(苦笑)。塩が少しにチューブの生ショウガ、そして隠し味で味噌とごま油を入れました。

20180125 Gyouza 16

20180125 Gyouza 17

そして今度は餃子を包む作業です。タイでは初めてですが、日本へ一時帰国した時に家内の代わりに夕食を用意する事がよくあったので、ここまでは慣れた作業ですが・・・

毎回ここまでで問題となるのが餡の量と皮の枚数です。皮が足りなくなったり、餡が足りなくなったりで・・・日本だと作業中に皮を買いに行ったものです(笑)

20180125 Gyouza 18

餡と皮をあらかじめ四等分して、最後に調整しないように途中途中でチェックポイントを設ける作戦です(笑) 合計61個も作ってしまいました(笑)

20180125 Gyouza 19

20180125 Gyouza 20

実はここまでは日本でよくやっていた作業です。餃子を焼く作業はいつも家内にお願いしていました。自分ではうまく焼けないのですよねぇ~

20180125 Gyouza 21

自分の理想形は外側がある程度はパリッと焼けて欲しいのですが、皮が薄すぎるし熱や油に水(お湯)を投入するタイミングなどがあって・・・要は焼きと蒸しのコツが掴めてないのです。それにフライパンに皮が張り付くのが怖くて・・・

20180125 Gyouza 22

まぁ、餃子だけはたくさん作ったので、何度か違った方法で試しました。最初はやはり焼き色が着かずに焼き餃子としては失敗。どちらかと言えば蒸し餃子のような・・・でも美味しく食べましたけどね。

20180125 Gyouza 23

当然、次の日も餃子(笑)結局四日間毎晩餃子を焼きました。ビール、焼酎、白ワインと全て安い飲み物を合わせましたが、どれも美味しく食べられるのが餃子の良い所です(笑)最後は少しは焼けるようになりましたけど、当分、餃子はもういいような(汗)

20180125 Gyouza 24

結局、調味料を除いた材料費としては以下の通りです。

豚挽肉  600g    104バーツ
キャベツ 小玉    11バーツ
ニラ   一束    10バーツ
餃子の皮 61枚     65バーツ
ニンニク  1個     2バーツ

合計:192バーツ。これで餃子が61個作れました。12個なら38バーツです。

単純比較は出来ないけど、タイで「8番らーめん」なら12個が128バーツ。「大阪王将」なら12個で179バーツです。

値段は別にしても、味は自分が作った方が美味しいような(笑)問題はオッサン一人なので、いくら飲みながらでも四日間続けて食べるのは、どうかと思います。

四日間も食べた餃子・・・おっと、久しぶりにバスの中で気を失ってその時の夢を見てしまったようです。

乾季の中で珍しい突然の雨、渋滞のラマ4世通りでバスの中、夢から覚めても頭の中はまだ「餃子」に埋め尽くされました。四日間連続で餃子は幻覚作用があるのか? あるいは中毒性があるのか・・・

動かないバスは運転手が嫌気をさしたのか、ドアを開け放ち少しでも風を入れようとしていました。バスの外には小さな雨避けにバイクが逃げ込んでいましたが、彼らも食べ物を夢見て雨が上がるのを待っているのでしょうか・・・

20180125 Weather 2

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントを頂けたら幸いです。なお、ご質問は大歓迎で一生懸命お答えしますが、それが役に立ったのか?立たなかったのか?など後でご一報下さい。質問だけの為に来られ、答えを得たらそれまで・・・の方が多く、正直そんな無作法に参っています。

2018.01.25 | コメント(11) | タイ生活

59番 バンコク不完全バスガイド

2016年2月25日、更新2018年1月24日(この路線だけ上書き更新ではなく再アップ)

これはバンコク路線バスについてのエントリーです。主旨は「バンコク不完全バスガイド序章」に書いてありますが、路線案内だけではなく、周辺の見所などを書いています。バンコクっ子と同じ目線で街を行くショートトリップ、路線バスの旅です。

バンコク路線バスは同じ番号でも短区間運転や枝線もあり、直営と委託会社、バスの種類別、行きと帰りルートが異なるのは普通です。また変更も多く交通事情や運転手の気分でも変わります。私自身も早朝深夜など全ての時間帯での運行を知る事は出来ません。ですからこれはいつまで経っても不完全バスガイド、路線の概略ぐらいにお考えください。

しかしエントリーするのは私自身が終点から始発まで、行き帰りを全て実際に乗った記録です。実際に乗っていない路線はエントリーしません。

路線番号順のインデックスを作っています。このブログ画面左にある「カテゴリー」から「バンコク路線バス・番号別インデックス」を選ぶと、目次のように番号順表示されます。

また、入門編「路線バスの初歩」、そして「ご質問専用室」も作ってあります。どこで質問してよいか分からない時、バスでの行き方、バスに限らバンコクの公共交通機関に関するなら何でも構いません。ご利用下さい。ブログ画面左にある「カテゴリー」からアクセス出来ます。


基本情報

ランシットRangsit ~ フューチャー・パークFuture Park ~ ウィパワディーランシット通りVibhavadi Rangsit ~ ドンムアン空港Don Muang ~ チェーン・ワッタナ通りChaeng Wattana ~ パホンヨーティン通りPhahon Yothin ~ バンケーンBang Khen ~ BTSモーチット駅Mochit ~ 戦勝記念塔Victory Monument ~ ベッブリー通りPhetchaburi ~ ランルアン通りLan Luang ~ ラチャダムヌンクラン通りRatchadamnoen Klang ~ 民主記念塔Democracy Momument ~ 王宮広場Sanam Luang

Bus059-Map

バンコク北部パトゥムターニ県ランシットからドンムアン空港前を通り、パホンヨーティン通りを経由し、王宮広場まで行く路線です。

昔はドンムアン空港からカオサン地区へ行くバックパッカーに知られた路線でしたが、現在はパホンヨーティン通りは渋滞が多く、ドンムアン空港への行き来で使うにはお勧めではありません。

本数は普通か少し少ない程度(20分に1本)ですが、路線が長く渋滞が多い所も通るので、待つと30分以上来ない時もあります。


バス車種

赤バス

Bus 59 Red 3

オレンジ・エアコンバス

Bus 59 Air 3


ルート周辺

ランシット車庫はタイ国鉄ランシット駅近く(すぐそばじゃないです)。BMTAのバス車庫ではパトゥムターニ県でかなり北にあります。車庫内に乗り場があるのですが、そのすぐ後ろが休憩所で運転手も車掌さんもリラックスされています。

Bus059 Rangsit

ランシット車庫を出てすぐにタイ国鉄ランシット駅近くの陸橋をくぐります。その後は終点まで全て幹線道路を走ります。ランシットではフューチャー・パーク前を通ります。関連エントリー「フューチャー・パークへ 最大級ショッピングモール」です。

Bus59 Future Park 4

この辺りは往路と復路でルートが異なるの注意です。

Future Park Map

フューチャー・パークを過ぎれば高速道路下を南下し、パホンヨーティン通りとの交差点過ぎにあるのが「ナショナル・メモリアル Nation Memorial」です。目の前にバス停があります。下の画像にはドンムアン空港へ着陸する飛行機が写っていますねぇ~ 機上から見た事がある人もおられるのでは?

Natinal Memorial 2016 Jun

ナショナル・メモリアルを日本語訳すると戦没者記念塔(館)あるいは戦没者慰霊塔(館)が良いように思えます。外に置かれた兵器は別にして、二つの建物内の展示はタイの歴史を知る上で価値があると思っています。画像は広島原爆投下と日本の敗戦についての説明です。

Natinal Memorial Inside 2016 Jun

ナショナル・メモリアルを過ぎれば高速道路下を南下し、ドンムアン空港まであっと言う間です。現在はエアアジアなどLCCの起点となる空港です。

Airport 3

59番が通る戦勝記念塔へ行く(空港~戦勝記念塔を結ぶ)A2との違いはA2が空港ターミナル前で乗れるのに対し、59番はいったん空港ターミナルを出てウィパワディー・ランシット通りのバス停で乗る事でしょうか。国際線ターミナルT1ならおよそ5分ほど歩かなくてはなりません。下の画像は空港前バス停のへアクセスする歩道です。

Bridge at Airport

上記バス停の道路反対側はタイ国鉄ドンムアン駅です。以前は駅近くにバス停がありましたが、現在は少し北側に移動してバス停が駅から離れてしまいました。

Bus059 Dom Mueang

ドンムアン空港はスワンナプーム開港前の思い出がたくさんある方も多いと思います。そんな古い空港ですが、2015年12月末には第2ターミナル(画像下)が国内線専用として再稼動されました。「再編成後のドンムアン空港1(第1ターミナル)」や「再編成後のドンムアン空港2(第2ターミナル)」でT2開業後の空港をエントリーしています。

Airport Terminal2

ドンムアン空港からは建設中のタイ国鉄新線ダークレッドラインと並行して走ります。ダークレッドラインに関しては「ダークレッドライン全て見せます⑩ 最終回 ランシット駅」から全てのエントリーにたどれます。

20161004 Bang Khen 2

このバス路線の特徴のひとつですが、ドンムアン空港を過ぎてチェーン・ワッタナ通り(先はラムイントラ通り)へ左折し、Wat Prasri Mahadhat Worawihanの真っ白な仏塔が印象的なロータリーを回りパホンヨーティン通りに入ります。

Wat Prasri Mahadhat Worawihan

ここからのパホンヨーティン通りではBTSモーチット駅まで見飽きるほどBTS延伸工事が続いています。近い将来BTSが延びるとバス運行も大きな変化が起きるでしょう。

BTSモーチット駅から先の延伸工事に関しては全ての区間と駅を歩いて詳しく書いています。「BTSモーチット駅先延伸部を歩く9 工事最北端 (後編)」からたどれます。

Bang Khen 2017Jun

アクセスが不便な所に多いバス車庫ですが、バンケーンバス車庫はパホンヨーティン通りに面しています。バスのその車庫の目の前を通ります。

Bang Khen Bus Garage

バス車庫の南700mぐらいのパホンヨーティン通り沿いには、2017年にオープンしたばかりの「バーン・バンケーンBann bang Khen」があります。ここは町中に古市場(百年市場)風に造った店が集まる所です。

20170609 Baan 2

バーンバンケーンの中は二つに分けられていて、道路沿いが上記の様に食堂などが並ぶ建物。そして奥は有料部分になっていてチケット(20バーツ)を買って画像下のゲートから入り、百年市場にありそうなお店を再現していて、昔の学校の教室、薬屋、電気屋、駄菓子屋などが見られます。

20170609 Baan 6

パホンヨーティン通りのこの辺りは軍関係の施設が続きます。そんな中でスィーパトゥム大学バーンケン・キャンパス前を通ります。画像下の59番は復路です。

Sripatum University

Bus59 Bang Khen 182

上の画像で見難いのですが、大学ロゴがピンク色の蓮の花になっています。なぜかこの辺りはピンク色が多く、大学裏にあるバンブア運河(ラップラオ運河の北)沿いのワット・バンブアはど派手なピンク色に染まったお寺です。

Jun17 BangBua 1

カセート交差点の手前、北西角にあるのが「バンコク・アクアリウム(水族館)Bangkok Aquarium」。淡水魚に関しての貴重な研究が行われているようです。

Jun23 Aquarium 4

このバンコク・アクアリウムがあるエリアはカセサート大学バンケーンキャンパスです。チュラロンコン、タマサートに次いで3番目に歴史のある国立大学だそうです。

Kasetsart University

カセート交差点、そして次のラチャヨーティーン交差点はBTS延伸工事で交差点内が頻繁に規制されています。2017年中はカセート交差点が直進出来ずにいったん東へかなり行ってからUターンして交差点に戻っていました。

Bus59 Phahonyothin 181

カセート交差点を過ぎると軍隊や国の機関が少なくなり、ラチャヨーティ交差点までは下町的雰囲気を色濃く残しています。通りから一歩離れると住宅街になり細い路地が入り組んでいます。その中で庶民の暮らしを支えている市場がバンケーン市場です。

Bang Khen Market 1

パホンヨーティン通りとラチャダピセーク通りの交差点の手前にあるのが「メジャー・シネプレックス・ラチャヨーティンMajor Cineplex Ratchayothin」です。メジャーはこの辺りでは人気の商業施設です。まぁ、今となってはちょっと古い感じがするのですが・・・

July03 Major 1

July03 Major 2

バスはラチャヨーティンの交差点を直進しますが、BTSを通すためにこの交差点上の陸橋を撤去する作業が2017年中行われていて、長く交差点を直進出来ませんでした。画像下の陸橋はいまはもうありません。また、この交差点近くには象の形をした印象的なエレファント・タワーがあります。

Bus 59 Phaphonyothin 182

Elephant

やがてバスはハーイェーク(五差路)と呼ばれる交差点に近づきます。パホンヨーティン通りとウィパワディーランシット通りが英語のエックス「X」状に交差する所、そこへ東から来たラップラーオ通りが突き当たり五差路です。

Bus 59 Central Lat Phrao 181

この五差路には巨大なショッピングモール「セントラル・プラザ・ラップラオCentral Plaza Radprao」がランドマークになっています。

Jun26 Central Lat Phrao

バスはBTS高架が走るパホンヨーティン通りに入りBTSモーチット駅とMRTチャトゥチャク公園駅の前を通ります。チャトゥチャク公園を入った所では週末の夜に「JJグリーン・ナイトマーケットJJ Green Night Market」が開かれます。

JJ Green Night Market

またモーチット駅北側には「チャトゥチャック公園」やロットファイ(鉄道)公園こと「ワチラベンチャタット公園Wachirabenchatat Park」と大きな公園が広がり、ワチラベンチャタット公園では貸自転車もあって多くの人が自転車を楽しんでいます。

Rot Fai Park

バスはBTSモーチット駅すぐ下を走ります。モーチットは有名なチャトゥチャック・ウィークエンド・マーケットがあります。

JatuJak Weekend market

Bus059 Mochit

BTSサパーンクワイ駅周辺は何かと面白い所です。関連エントリー「切手博物館」の前を走りますし、週末はタイのお守り「プラクルアン市」の前も走ります。

Post

Market 4

やがてバスは戦勝記念塔のロータリーに入ります。戦勝記念塔はバンコクで一番多く路線バスとロットゥーが集まる所で、ここで多くの人がバスを乗り継ぎます。戦勝記念塔はタイ語で「アヌサーワリーチャイサモーラプーム」ですが、バスではただ「アヌサワリー」と言うと通じます。画像下は復路の59番です。

Bus 59 VM 181

この塔は1941年にタイ・フランス(インドシナ)紛争で亡くなったタイ王国兵士を慰霊するために建てられました。この紛争停止調停には日本が大きく関与し、1941年5月9日に東京で調印された事が空軍博物館などで説明されています(画像は空軍博物館からです)。

Victory Monument 1941

この戦勝記念塔ではバス以外にもロットゥーの発着基地でもありますが、2016年10月に300㎞以内の各地に出ていたロットゥーが北・南・東バスターミナルへ移動しました。その代わりに現在は近距離のロットゥーが戦勝記念塔のロータリーに沿って発着しています。「戦勝記念塔発着ロットゥー調査②全路線紹介」と「戦勝記念塔発着ロットゥー調査③全路線紹介」で詳細エントリー済みです。

VM Mini Van 2017Apr

また戦勝記念塔にはロータリーを囲うように4カ所にバス停がありますが、59番は下の画像で言えば、画像奥からロータリーに入り、手前に抜けます。往路のバス停は手前右側になり、復路のバス停は奥の左側です。

Bus059 VM

戦勝記念塔を過ぎたバスはパヤタイ通りをベッブリー通りへと右折し、ランルアン通りからラチャダムヌンクラン通りを走り一気に旧市街地に入ります。民主記念塔前では、ワット・ラチャナダとラッターナコシン博物館前を通ります。バンコク以前のラッターナコシン島です。この辺りの散策はいにしえにバンコクを歩く歴史の道でもあります。関連エントリーは「ラッターナコシン、いにしえの島を歩く」や「ラッターナコシン博物館」などがあります。

Ratcha Natdaram 3

民主記念塔を過ぎたら王宮広場です。バスは王宮広場を周回することなく手前で国立博物館に向かい、小さくUターンして終点です。ここの運行管理所は旧市街地を周回する53番の反時計回りの起点でもあります。

Bus059 Grand Place

都心部の詳細図

Bus059-MapDetailed

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2018.01.24 | コメント(4) | バンコク路線バス

トンブリー王朝の面影を探し⑮非常に印象的な二寺

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

ブログ・エントリーとは別に実際に街歩きをしたのは昨年11月から2ヵ月以上かけてです。トンブリー地区は何年も前から歩き尽した感があったのですが、今回はローラー作戦のように路地一つ一つを歩き、気が付いた事を書いています。

時を置き何度か歩けば、同じ所で知っていたつもりでも新たに気づく事がたくさんあります。前回(タラート・プルー)そして今回と歩き尽して何度もブログに書いているのですが・・・それでも今回新たに知った事がありました。

20171213 BY 5

そんなお馴染みの所の街歩きの今回はワット・パクナム周辺です。

もう何年も公式サイト以外はネットを見ない主義に徹しているので、気になった事は現地の説明板になければ博物館や図書館で調べる事をしています。それで時間がかかってしまい、なかなかこのシリーズが進まなく今回が第15回目のエントリーです。

トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し②城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し③城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し④城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し⑤城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し⑥城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し⑦次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し⑧傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し⑨ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し⑩モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し⑪モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し⑫タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し⑬王を支えた猛将が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し⑭タラート・プルー

それでは本題に入りましょう・・・

前回はタラート・プルーからバンコクヤイ運河に沿ってトゥートタイ通りSoi28の入口まで来ました。この路地に入ると奥にお寺があります。そのお寺が・・・なんて言うのかぁ~ 私の感覚からは全てが特徴的で印象的なのです。

20180117 TP 15

いつも真っ先に読む現地の案内板ですがここだけはあまり内容が頭に入りません。お寺の名が「WAT WARAMATHAYAPHANTHASRARAM」と長すぎて発音出来ないし、ラマ1世と2世に仕えた長い名のタイの高級官吏が、ラマ3世から50文字近いさらに長い名を与えられ・・・そんな事が長々と書いてあります。字が汚れか崩れてしまっているのもあって読み難いし、読む気すら薄れます(苦笑)

20180121 KC 1

結局はその高級官吏が善行としてこのお寺を建てたのが1827年ですから、ラマ3世治世下の事でトンブリー王朝後ずいぶん経ってからです。その時の寺の名が「ワット・クンチャンWAT KHUN CHAN」で、その後寺名が変わったようです。誰が貼ったのか・・・この説明板にはでかでかとワット・クンチャンとあるし、GoogleMapsもWat Khun Chanです(笑)

読み難い説明板と難解な寺名であっても、きっと誰もがワット・クンチャンと呼んでいるのでしょう。境内もWat Khun Chanとあるし・・・いずれにしても一度訪れたら忘れる事がない強烈な印象を与えるお寺です。

20180121 KC 2

まず大きく目立つのが大仏ですが、何年も前ですがこの大仏を遠く離れてBTS車内から見た事があります。正面から見ると・・・トンブリー地区で目立つワット・パクナムの白く大きな仏塔、その仏塔を背にしたお姿を見て、てっきりワット・パクナムの大仏様だと思ったのですが・・・行って見たら運河を挟んで違うお寺だったのです。

20180121 KC 3

それにしても(失礼ながら)平べったい仏像で、横から見ると何とも言いようがないのです。チャオプラヤー左岸(東側)テウェス近くに同じ平べったい仏像(立像)がある「ワット・イントラウィハーンWat Intharawihan」(画像下)を思い出してなりません。

Wat Intharawihan

比べるとワット・クンチャンはありがたみを感じないと言うか・・・それはワット・クンチャン全体がてんこ盛りの何でもありで、そのシュールな感じがチープさまで感じさせるように思えます。

20180121 KC 4

20180121 KC 5

もっともこうした感覚は私が老いた日本人だからで、タイの人々は全くそう感じないのかも知れません。このお寺ではそれが顕著に現れますが、多くのタイのお寺で同じようにお寺や仏教に関しての感覚の違いを痛感します。

20180121 KC 7

境内には異なる涅槃仏が二体ありますが、一体はそもそも仏様なのか・・・やけに生々しく上半身を起こされています。

20180121 KC 6

20180121 KC 9

何だか分からないまま、大きな(平べったい)仏像の横にある細い路地に入るとすぐにダン運河を渡る小さな橋です。

20180121 KC 8

橋の上から北側を見ると「ワット・パクナムWat Paknam」の大きな仏塔がそびえています。その向こう側でダン運河がバンコクヤイ運河と繋がります。

20180121 KC 10

ダン運河(そもそも本当にそう呼ばれているのか若干疑問ですが)はチャオプラヤー川元流であるバンコクヤイ運河から南に向かい、「バーンクンティアン運河Bang Khun Thian」と名を変えて「バンモ地区Bang Mo」や「バーンクンティアン地区」を流れますが、直線ではなくクネクネと曲がりながら流れる部分が多いので、昔からある川が源流だったように思えます。バンコク周辺では直線的な運河が多い中で珍しいのですが、その歴史を調べた事はありません。

20180121 KC 11

さて、橋を渡った先には古そうな木造の建物が並んでいて、いい感じです。商店になっていますが、特に観光客相手ではないようですし、観光客が通るような路地でもありません。橋を渡って右(北)へ向かえばワット・パクナム、そして左はすぐに「ワット・アブソンサワンWat Absornsawan」です。

20180121 Wat A 1

このお寺は養豚で成功したユー氏が信仰心から養豚場の土地を提供しお寺を建てたそうです。当初は豚もペットのように飼われていたとか・・・それで「ワット・ムーゥWat Moo」と呼ばれていたそうです。

20171213 BY 6

建立の年代は分らないようですが、ラマ3世治世下で大きな改修がされたそうです。画像上と下の建物は水の上に建てられているので、ネズミ避けの書庫か仏倉庫なのでしょうか? 勉強不足で分かりませんが、タイのお寺で時々見かけますが、ここまで美しい建物は見た事がないです。

20180121 Wat A 3

非常に大きく有名で日本にも分院があるワット・パクナム、そして上記のように非常に印象的なワット・クンチャンに隣り合うようで目立たないのか訪れる人は少ないです。しかし何と言っても非常に印象的なのが28体の黄金の仏像です。

20180121 Wat A 2

この28体の仏像は・・・仏教的によく言われる煩悩とか記憶や業のように、きっと意味がある28の数だと思うのですが、これも勉強不足な故に全く分かりません。

20180121 Wat A 4

訪れる人がなく、しかし非常に美しい28の仏像の前では時を忘れて見入ってしまいます。

直接トンブリー王朝に関係した地ではないようですが、冒頭に書いたように何度も訪れ本ブログでも何度か紹介済みの地でありながらも、それでもまた行きたくなるような情緒ある下町です。

ガイドブックもスマホも地図も見ずに(元々持っていないけど)、一つ一つの路地を丁寧に見て歩いた事への褒美にも思えるワット・アブソンサワンでした。ここも恐らくネットでは書かれた事がないだろう小さなお寺です。

ネットに頼って人が歩いた跡を追うような街歩きでは出合う事が無かったでしょう。もちろん短期間のご旅行の方々にはそうするしかないのでしょうが、少なくても在タイでいる限りはネットに書かれているような所、日本人が多い所に行く気はないですし、それを他人の跡を追うよにネットに書く事もありません。

さて・・・次はワット・パクナムへ向かいます。

20180121 map

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントを頂けたら幸いです。なお、ご質問は大歓迎で一生懸命お答えしますが、それが役に立ったのか?立たなかったのか?など後でご一報下さい。質問だけの為に来られ、答えを得たらそれまで・・・の方が多く、正直そんな無作法に参っています。

2018.01.23 | コメント(10) | バンコク街歩き

バンコク新民営化路線バスで突発車上オフ会?

四日前の1月16日にバンコク首都圏で民営路線バスの新路線の運行が開始されました。そして本日(1月20日)までが無料運行でした。

新しいバスで新しい路線、そして新しい路線番号でBMTA(バンコク大量輸送公社)直営でも委託でもない民営バスです。その民営化最初の路線「R26E」に本日乗って来ました。

20180120 Bus 1

バンコク都とその周辺県に走っている路線バスはそのほとんどがBMTA管轄で、直営と委託合わせて(私的な経験で)205の系統で300以上の路線があります。そして、その全てに乗って解析して「バンコク路線バス不完全ガイド」シリーズで詳細を書いているのは皆さんご承知の通りです。

BMTA管轄の路線バスが大半ですが、バンコク都をかすめるように周辺県を中心に地方路線バスも少しだけあります。現在、本ブログの「首都圏地方バス不完全ガイド」でそれもエントリーを始めた所です。

ところが「BMTAだけにバンコク路線バスを任せられない」と民営化が進められる事になり、今回がその最初のわけです。民営化と言うものの既存路線がBMTAから民営になったわけではなく、新規路線を民営にしたわけです。画像下はR26Eの車内です。

20180120 Bus 2

一方、BMTAはBMTAでこの2年間で矢継ぎ早にオンボロバスに最新電子機器を設置し始め、路線と番号の再編成で醜いペイント(画像下)をしてまで委託会社に圧力をかけ、車掌廃止も打ち出している事は本ブログでも詳しく書いています。「何をそんなに急いでいるのか!?」が正直な私の感想でした。

バンコク路線バスが大きく変わる?路線も番号も(対比表付)
路線バス再編成が目指すのは?全試験路線踏破で考える

20180120 Bus 3

BMTAが改革?を急いでいるわけが・・・今回の民営化路線バスではないでしょうか。ただその中身と裏側は・・・行政管轄の違いで利権絡みの綱引きが盛んに行われているのが実際ではないかと私的には思っています。

ただ、今回急に新民営化路線が登場したわけでなく、昨年2017年8月11日のエントリー「試験路線内容 バンコク路線バス大変革②」に書いたように、今回の新民営化路線は昨年8月2日のタイ国土交通省のサイトで入札中?の資料でオープンになっている内容です。今回は画像下で左の新路線でした。

20170809 DLT

私はニュースネタをブログでは書きませんが、ニュースを見ないわけでは無く、それより偏らないように日本の各新聞、各放送にCNN、BBCとタイでの英字新聞電子版を毎日チェックしています。

そして私はネット検索もしない主義ですが、公式サイトだけはこまめに見るのが習慣です。タイ首相府やバンコク都そして国土交通省もチェックしているので、バンコク路線バス新編成のプレスリリース前に、画像上の「R26E」と「Y70E」を変な番号だなぁ~って不思議に思っていたのです。

20180120 Bus 4

そして今日乗ったのが「R26E」です。BMTA管轄バスなら「R(Red)」の赤色のバスになった事でしょうが・・・見事に裏切って青色です(笑)もう一つ路線「Y70E」は現在バスが1台しか無くて来月スタートだそうですが、どうなるやら・・・

新路線「R26E」の詳細は別途「バンコク路線バス不完全ガイド」で書くとして・・・この路線はバンナートラート通りとシーナカリン通りも走るのです。要は私のアパートそばを走るので、四日前の開業日から見ていました。

シーコンスクエア近くで道路反対側
20180120 Bus 5

シーナカリン通りとウドムスック交差点
20180120 Bus 6

目の前を通るのに道路反対側や、買い物帰りで見かけてビニール袋をぶら下げたまま走って(他人からはそう見えないでしょうが)バス停目の前で間に合わなかったりで残念が続いていました。

今日は朝からアパートそばのバス停で30分は辛抱するつもりで待っていたのですが、30分過ぎても来ませんでした。諦めて違う方向へ歩き出したら・・・遠くから近づくバスに気付きました。慌ててバス停に戻りカメラを構える時間もありませんでした。

そのバスは都心方向行きで、戦勝記念塔まで高速道路経由で行きます。私にとっては非常に有効な武器が増えた感じです(笑) 

ほとんどの人がこのバスを見た事もないので乗って来ませんが、戦勝記念塔で二人の若者が乗って来ました。乗る前からカメラでバスを撮り、車内でも撮っています。

私と同じ匂いがします(笑)

バスは終点のラマ6世通り「がんセンター」前で一休み。その間に新型(でも造りは荒い)バスの展示会です(笑)まぁ、大した機能はなくて、車椅子用のスロープが手動で出せるぐらいですが・・・

20180120 Bus 7

ここで私から同好の士と思われた若者に声をかけました。彼らも新型バス、新路線を追って乗ったバス好きでした(笑) なかなかバス好きらしい良い面構えです。そして復路では終点まで一緒に乗ったのですが、車内は突発オフ会になってしまいました。途中からもう一人メンバーが乗って来るし・・・

20180120 Bus 9

そこからはずっとバンコク路線バスをどこまで知っているかの自慢話(大笑)。これって同好の士が集まるオフ会では当たり前なのですが、いやぁ~懐かしかったです。お一人がそこそこ英語が話せたので、英語7のタイ語3で楽しめました。彼らも私を撮っていたので彼らのサイトに今頃は載っているかも知れませんね。

そして彼らは「Bangkok Bus Club」のメンバーでした。何年か前に画像下のステッカーを見て、何だろう? 面白そうだなぁ~って思ったのですが・・・今まで失念していました。登録会員2千名以上のようですが(汗)

20180120 Bus 8

タイ語を読めない外国人がバンコクの全ての路線に乗って、しかも路線詳細を書いている事に大変驚かれていました。まぁ、彼らと違って私にはリタイアして時間だけはたっぷりありますからねぇ~

ネットとは距離を置いているのと、人付き合いが深くなるのが苦手なので、今回限りの交流でしたが・・・久しぶりに楽しい会話で時を忘れました。

そうそう、このバスの終点はサムットプラカーン県のバンプリーのもっと海側で・・・周囲は全く何もない野原に現在進行形で建設中の大きな大学医学部のようです。工事車両と関係者しかいないようだし・・・

20180120 Bus 10

バスは終点で(マニアックな我々用の撮影会を終えたら)ここに少しでも長く居たくないように走り去ってしまいました。彼らに聞くと1時間もしたら来るのじゃないか・・・との事。確かに本数が少ないので1時間は覚悟です。

20180120 Bus 11

私はバスを待つのが嫌で(同じ道をバスで帰るのも嫌だし)彼らに別れを告げて、何もない野原に伸びる田舎道を歩き、海側を走るスクムビット通りへ向かいました。30分ちょっと歩けばスクムビット通りです。もっとも都会のスクムビットとは大違いですが(笑)

20180120 Map

20180120 Bus 12

スクムビット通りに出れば、ソンテウやロットゥーが走っているし、どこへ行くにも何とかなりますから・・・
続きがあるかも。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントを頂けたら幸いです。なお、ご質問は大歓迎で一生懸命お答えしますが、それが役に立ったのか?立たなかったのか?など後でご一報下さい。質問だけの為に来られ、答えを得たらそれまで・・・の方が多く、正直そんな無作法に参っています。

2018.01.21 | コメント(2) | バンコク路線バス

1196番 バンコク首都圏地方バス不完全ガイド

2018年1月19日

これはバンコク首都圏でのBMTA(バンコク大量輸送局)管轄以外の路線バス(以下、地方バス)についてのエントリーです。路線案内だけではなく、周辺の見所などを書いています。バンコクっ子と同じ目線で街を行くショートトリップ、路線バスの旅です。

バンコク首都圏の路線バスは非常に複雑です。BMTA管轄路線バスは直営と委託があって(私の経験で)205の系統番号があります。同じ番号でも短区間運転や枝線もあり、直営と委託会社、バスの種類別、行きと帰りルートが異なるのは普通です。全く同じ番号で行先が5カ所と全く異なるケースすらあって、それらを数えたら300以上の路線があると私は思っています。

何の資料も見る事無く、その路線全てを全区間・行き帰り・会社別・ルート別で全て乗って、それをブログで全て書くのに2年半かかりました。複雑で変化が激しいタイの路線バスだからこそ自らが実際に全ての区間に乗って経験する事に拘りました。

BMTA管轄路線バス以外に、首都圏には地方バスもあります。

ネットで調べるのを避けている私にとって地方バスは暗闇で手探り状態です。BMTA管轄路線バス以上に自由ですし、地方バス故になかなか乗ること自体が難しく、乗ったら何もない田舎の野原に着いた・・・なんて事もあって、「分からない」「乗れない」「つまらない」の三重苦でブログに書かないつもりだったのですが・・・

地方バス全ての路線を書けません。全区間・往復乗らない路線もあります。中途半端になるのは分かっていますが、私の経験をブログと言う形で記録に残せたら・・・もしかしたら他人様の何かのお役に少しはなるかも知れないと思うようになりました。

地方バスは特にですが、変更も多く交通事情や運転手の気分でも変わります。時間帯による運行の違いもあるかと思います。ですからこれはいつまで経っても不完全バスガイド、路線の概略ぐらいにお考えください。

路線番号順のインデックスを作っています。このブログ画面左にある「カテゴリー」から「バンコク路線バス・番号別インデックス」を選ぶと、目次のように番号順表示されます。地方バスはBMTA管轄路線バスの下にあります。

また、入門編「路線バスの初歩」、そして「ご質問専用室」も作ってあります。どこで質問してよいか分からない時、バスでの行き方、バスに限らバンコクの公共交通機関に関するなら何でも構いません。ご利用下さい。ブログ画面左にある「カテゴリー」からアクセス出来ます。


基本情報

行先表示:
パークナム ปากน้ำ ~ シーイアム ศรีเอี่ยม

ルート:
パークナムPak Nam ~ スクムビット通りSukhmvit ~ シーナカリン通りSrinakarin ~ ワット・シーアムWat Sri Iam(シーナカリン通りとバンナー・トラート通りのジャンクション)

Bus1196 Map 1

サムットプラカーン県の県庁所在地パークナムからシーナカリン通りを走り、バンナー・トラート通りとの交差点(終点だけがバンコク都)までの短い路線です。

BMTA管轄直営バス145番のルートの一部(パークナム~ワット・シーアム間)とほぼ同じルートを走ります。またソンテウとロットゥーの1196番もほぼ同じルートを走り、全車ではありませんが少し先のシーコン・スクエアまで行きます。

料金は一律8バーツで行先を言う必要はありません。本数は地方バスでは普通か少し多い方で平日昼でも20~30分に一本はバスがあります。ソンテウと合わせると10分に一本はあるように思えます。


バス車種

ノンエアコン中型バス

Bus1196 Outside

Bus1196 Inside

参考までに1196番のソンテウとロットゥーです。

Van 1196

Songtew 1196


ルート周辺

バスが出発するパークナムはチャオプラヤー川の河口の町です。サムットプラカーン県の県庁所在地でもあって、サムロンと並んで県下で最も賑わいのある町です。

Bus1196 PN 1

その中でバスの起点(終点)は建設中の「パークナム展望タワーPaknam Observation Tower」のすぐ横で、「ワット・ピチャイ・ソンクラームWat Phichai Songkhram」の横でもあります。

Bus1196 PN 2

このパークナム・タワーは179.55メーターだそうですが、後45センチは何とかならなかったのでしょうか(笑)そして展望台とレストランが出来るそうですが、チャオプラヤー川がタイ湾に出合う所なので、さぞ見晴らしは素晴らしい事でしょう。

Pak Nam Tower 1

私がロングステイを始めた2015年末の開業予定でした。昨年クレーンが撤去されたので、今年2018年末ぐらいには・・・BTS延伸部開業待ちかも。

Pak Nam Tower 2

そしてこのタワーは画像の通り刑務所跡地に作られていて、目の前にBTSサムローン駅先延伸部の高架がスクムビット通り上を通っています。BTSやMRTの新線・延伸に関しては全駅全区間を紹介していますが、この区間に関しては「全て見せますBTS延長部と新駅3」でエントリー済みです。

Pak Nam Tower 3

パークナム・タワー横を出発したバスは大きくタワーを回るようにしてスクムビット通りへ入ります。ちょうどその交差点が画像上です。ところで起点で出発待ちしているバスやソンテウに乗る事も出来ますが、どれが先に出るのか分かりません。そこで普通は画像下のバス停で待ちます。この先のスクムビットとの交差点近くのバス停はすぐ右折するので停まらない事が多いです。

Bus1196 PN 3

Bus1196 Map 2

このバス停のすぐ近くがパークナム市場こと「ウィブーンシー市場Vibun Si」です。当たり前過ぎますが、魚介類の豊富な事ではバンコク周辺の中でもぴか一でしょう。イカに海老や貝類専門店もあるのと乾物を扱う店も多いです。

Pak Nam Market 1

Pak Nam Market 2

Pak Nam Market 3

この市場奥にはチャオプラヤー川で一番下流の渡し船があり、対岸の「プラ・サムット・チェーディー船着場Phra Samut Chedi」を結びます。船は渡し船の中では大きな方ですが、実際にお客が乗る所は平底でなく横に渡された板の上に腰掛けるスタイル。2018年1月時点で5.5バーツです。

Pak Nam Boat

Phra Samut Chedi 1

プラ・サムット・チェーディーの仏塔はサムットプラカーン県の県章にもなっています。またピースアサムット島へ吊り橋で渡ると「ピースアサムット要塞Phi Seur Samut Fort」があります。「首都防衛要塞を行く②プラサムットチェーディー」で詳しく書いています。

Phra Samut Chedi 2

プラ・サムット・チェーディーから大型ソンテウに乗ると、チャオプラヤー川河口に造られた「プラ・チュラチョームクラオ要塞Phra Chulachomklao Fort」へ行けます。ここには元練習艦メークロン号が置かれています。

Phra Chulachom klao Fort 1

前記のピースアサムット要塞を含め、西洋列強の脅威を感じ始めたラマ5世(1868~1910年)統治下に海から攻めて来る敵から守る為、チャオプラヤー河口から王宮近くまでのチャオプラヤー川沿いに整備し造った要塞で、「首都防衛要塞を行く⑤プレーン・ファイファー要塞 Season1最終回」から詳細エントリーにたどれます。

Phra Chulachom klao Fort 2

さてパークナムのバスに戻って・・・バスはパークナム中心部を離れサムット・プラーカーン県庁前(下の画像で時計台がある建物)の交差点でスクムビット通りに入り、再度BTSスクムビット線延伸工事高架下を走ります。

Pak Nam City 1

県庁はチャオプラヤー川にも面しており、時折大きな船が川を行き来するのが見えます。またこの辺りの川沿いはきれいに整備されており、川面を渡る風が心地よい所です。

Pak Nam City 2

今度はパークナムタワー北側を通りすぐシーナカリン通りへ入ります。アウターリングの高速道路を過ぎてテーパーラック通り手前、西側には大型ショッピングモールの「プラス・モール」と隣接した「THE OUTDOOR」があります。TescoLotusが基本で、よくある郊外の大型ショッピングモールですが・・・

Bus1196 Mall 2

Bus1196 Mall 1

天井が高くスペースが広く取ってあり、ゆったり感があります。テナント店などは全てのスペースが埋まっていて、「終わった感」がありませんし、平日なのに賑やかです。しかしこの先にあるシーコンスクエアとは違って混雑感がしないのです。全体的にごちゃごちゃした感じがしないのです。

Bus1196 Mall 3

続いてテーパーラック通りとの交差点を直進しますが、シーナカリン通りとの交差点からソンテウに乗りテーパーラック通りを東に行くと、バンプリーBigC裏にはバンプリー古市場があります。「珍景!渡し舟私的ランキング」で2位になった渡し船(橋?)もここにあります。

20171106 Bang Phli

バスがテーパーラック通りを過ぎると、2016年11月末にオープンしたばかりの複合商業施設「ジャス・アーバン・シーナカリンJAS URBAN Srinakarin」前を通ります。

Bus1196 Mall 4

Bus1196 Mall 5

やがて終点のワット・シーアムです。大幹線道路のバンナートラート通りとシーナカリン通りのジャンクションの一部が終点です。大きなジャンクションなので復路で道路反対側に行くのに複雑な動きと時間がかかります。

Bus1196 Map3

この為にバス停はないのですが、このジャンクション内で合図すればどこでも乗せてくれます。って言うか・・・地方バスの場合はどこでもバス停以外で停まってくれる場合が多いです。

画像下は終点(起点)のワット・シーアム(ジャンクション内)です。往路でここへ来たバスは道路上でUターンして、画像のように並んで出発を待ちます。後方の黄色いバスはBMTA管轄207番でここが起点でバーンカピまでの路線です。

Bus1196 Sri Iam

全線がBMTA管轄145番とほぼ同じルートを走るのですが、実は違いがここの起点にあります。145番はシーナカリン通りを陸橋で直進する為にバンナートラート通りとの乗り換えが非常に遠いのです(バス停1~2個離れている)。その点1196番は接続が楽で、バンナートラート通り上のメガ・バンナーやセントラル・バンナーへ行くバスに乗り換えできます。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントを頂けたら幸いです。なお、ご質問は大歓迎で一生懸命お答えしますが、それが役に立ったのか?立たなかったのか?など後でご一報下さい。質問だけの為に来られ、答えを得たらそれまで・・・の方が多く、正直そんな無作法に参っています。

2018.01.19 | コメント(0) | 首都圏地方路線バス

トンブリー王朝の面影を探し⑭タラート・プルー

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

前回はバンコク・ヤイ運河沿いにあるお寺を巡り、タークシン王を支えた二刀使いの猛将が眠り、珍しい仰向けの涅槃仏もあるワット・ラーチャクル・ウォーラウィハーンを紹介しました。

20180113 TP 9

20180113 map 1

今回はさらに西へ向かって歩き、ウォンウィエンヤイに次いでトンブリーの商業的中心となっているタラート・プルー周辺を歩きます。

まずこの地区を指す「タラート・プルーTalat Phlu」ですが、これも現地説明板の内容をご紹介しましょう。

20180117 TP 1

タイ語の「タラート」は皆さんご承知のように「市場」の事で、「プルー」とは英語でBETEL、日本語だとキンマだそうです。キンマ自体はコショウ科の植物(画像下)ですが、刻んだビンロウジ(檳榔子、ヤシ科の植物の種子)と石灰をキンマの葉で包んで嗜好品として噛む習慣が東南アジアを中心にあったようです。

日本でのキンマはこのキンマの葉、そして嗜好品として噛む習慣自体、それにビンロウジに石灰をキンマの葉を乗せる漆器の器自体がキンマと呼ばれているかと思います。キンマの「キン」はタイ語の食べるに由来しているとも・・・

20180117 TP 2

タバコのように依存性があり、口の中で噛んで吐き出すような使い方だったそうですが、歯の変色(赤色)が激しく後に嫌われるようになったそうです。確かタイでは西洋との交流が増えてから文化的でないと禁止された事があったと記憶しています。

ラッターナコシン時代(チャクリー王朝初期)にタイ華人によりキンマがこの地区で広大に栽培されていて、今までのエントリーで紹介したワット・インターラームからワット・ラーチャクルの間で売られていたそうです。それでタラート・プルーです。

20180117 TP 3

ここからは現地説明板に無い私的推測ですが・・・キンマを大々的に栽培した華人はタークシン王に付き従った潮州人の子孫ではないでしょうか。トンブリー王朝からチャクリー王朝になってチャオプラヤーの東側に都が移り、徐々に商業の中心もヤワラーやサンペンに移り華人色が薄まりましたが、バンコク全体から見れば今でも中国を色濃く感じる街です。

20180117 TP 4

そんな時代の賑わいの名残なのか商家と思われる古い木造家屋(画像上)があったり、タイ語だけですがタラートプルーの街歩きマップもあったりします(ご安心下さい。これに書いてある以上の紹介をしていますから)。

20180117 TP 9

そしてこのタラートプルー地区の中心がタイ国鉄マハーチャイ線「タラートプルー駅Talat Phlu St.」です。1905年に民営ターチーン鉄道として開業しています。それにしても線路がぐにゃぐにゃですね。実際に列車に乗ると不安なぐらい横揺れします(笑)日本製の台車でないと脱線するとも聞いた事がありま。

トンブリー王朝が終わって123年後なので、ワット・インターラームで静かに眠っていたタークシン王も、ワット・ラーチャクルの武将ダープハックもさぞ驚いた事でしょう。

20180117 TP 6

このタイ国鉄マハーチャイ線は全線全駅を歩いて踏破し「マハーチャイ線を歩く17 ついに終点マハーチャイ駅」で詳しく書いています。

現在はウォンウィエンヤイが起点駅ですが、56年前(1961年)はチャオプラヤー川西岸に接していたクロンサン駅(現在のクロンサン・プラザ)が起点でした。その後、陸上交通の発達で線路は道路(ジャルンラット通りChroen Rat)となったものの、しばらくは線路が残されたままだったそうです。その名残が今でも見られます(私的想像過多)。

20180117 TP 7

元々、民営鉄道だった事から他のタイ国鉄との接続が全く無い路線ですが、2年後の1907年に民営メークローン鉄道としてバーンレーム駅~メークローン駅が開業し、バーンレーム駅とマハーチャイ駅がターチン川を挟んで向き合っています。本来は鉄道橋でターチン川を渡り繋がるはずだったのですが、実現せずに一時は鉄道発着と合わせて連絡船(渡し船)もありました。「補修を終えたメークロン線に乗る 3」でエントリー済みです。

20180117 Maekhlong 1

その為にマハーチャイ線をメークロン東線、バーンレーム~メークロンまでを西線と呼ぶ方もいます。実はメークロン駅から先も延伸計画が存在してタイ国鉄南線に繋がるはずでしたが、それも実現しませんでした。ちなみにメークロン駅は「線路上市場」とか「(傘)折り畳み市場」で有名です。「メークロン線と線上折り畳み市場 4」で詳しく書いています。

20180117 Maekhlong 2

話をタラートプルーに戻しましょう(汗)

国鉄タラートプルー駅周辺は線路際、そしてラチャダーピセーク通り下と屋台が特に密集しているエリアです。線路のすぐ横は別にしても(笑)、どの食堂もそこそこ美味しくお客が絶える事はありません。ラマ5世も食べたと言う店もありますが有名なので多く書かれている事でしょう。

20180117 TP 8


このタイ国鉄タラートプルー駅西端と駅屋台密集の上にあるのがラチャダーピセーク通りの陸橋(画像下で列車の上)で、鉄道線路とバンコクヤイ運河を越えます。ラチャダーピセーク通りって多くの日本人にとってアソークからホイクワンへ向かう大通りで知られているかと思いますが、途中色々通り名が変わりますが内環状道路なのです。

20180117 TP

このラチャダーピセーク通りに沿って南に700mほど行くとラチャプルック通りRatchaphruekとの交差点で、この交差点の西側がBTSシーロム線「タラートプルー駅」で、東側はBRTの起点「ラチャプルック駅」です。

20180117 TP 10

BRTはバンコクの新しい(とはもう言えないか)交通システムBRT(Bus Rapid Transit)ですが、2017年早々に2017年4月廃止のニュースが流れました。私的には「バンコク都無電柱化」や「バンコク屋台廃止」と同じレベルのニュースと相手にしていませんが、現在(2018年月)時点で変化はありません(笑)

しかしBRTがサトーン(BTSチョンノンシー駅)からラチャプルック(BTSタラートプルー駅)間で開業したが2010年5月で、2013年2月にはBTSがタラートプルー駅まで延伸されています。正直言って・・・ラマ3世通り沿いに住む方々以外はあまり意味ない路線となったBRTです。そんな事は計画時点で分かっていた事でしょうが・・・

20180117 TP 11

同じBTSの運営なのに駅をちょっと離して別な駅名を付けて・・・ちぐはぐな事が多いです。まぁ、政治的(利権的?)にかなり強引にBRTを作ってしまい、今はどうしようもないのでしょう。BRTはバスを使いますが、改札もプラットフォームもエスカレーターもある駅を道路上に造ったら、簡単に廃止できないのは分かっていたと思うのですが・・・

20180117 Map 2

さて、タラートプルーはこの辺で止めてバンコクヤイ運河に戻りましょう。

バンコクヤイ運河でラチャダーピセーク通り陸橋下からトゥートタイ通りSoi20を西へ向かいます。ラチャダーピセーク通りの反対側(東側)はお寺に市場、そして商店が多いのですが、西側は住宅が続きます。

20180117 TP 12

道なりに歩くとトゥートタイ通りに出るのですが、そこには木造家屋の市場があります。タラート・マリトーンですが今は市場として使われていないのか、中は食堂のような感じになっています。

20180117 TP 13

20180117 TP 14

この近くに非常に印象的な「ワット・クンチャンWAT Khun Chan」の入口があります。正式に今の寺名は「ワット・ワラーマート・パンタサーラーラームWAT WARAMATHAYAPHANTHASRARAM」だそうですが・・・

20180117 TP 15

これからがまた興味深い所なのですが、次回に続きます。

最後に、本シリーズの今までのエントリーは以下の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し②城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し③城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し④城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し⑤城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し⑥城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し⑦次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し⑧傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し⑨ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し⑩モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し⑪モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し⑫タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し⑬王を支えた猛将が眠る寺

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントを頂けたら幸いです。なお、ご質問は大歓迎で一生懸命お答えしますが、それが役に立ったのか?立たなかったのか?など後でご一報下さい。質問だけの為に来られ、答えを得たらそれまで・・・の方が多く、正直そんな無作法に参っています。

2018.01.17 | コメント(2) | バンコク街歩き

1013番 首都圏地方バス不完全ガイド

2018年1月14日

これはバンコク首都圏でのBMTA(バンコク大量輸送局)管轄以外の路線バス(以下、地方バス)についてのエントリーです。路線案内だけではなく、周辺の見所などを書いています。バンコクっ子と同じ目線で街を行くショートトリップ、路線バスの旅です。

バンコク首都圏の路線バスは非常に複雑です。BMTA管轄路線バスは直営と委託があって(私の経験で)205の系統番号があります。同じ番号でも短区間運転や枝線もあり、直営と委託会社、バスの種類別、行きと帰りルートが異なるのは普通です。全く同じ番号で行先が5カ所と全く異なるケースすらあって、それらを数えたら300以上の路線があると私は思っています。

何の資料も見る事無く、その路線全てを全区間・行き帰り・会社別・ルート別で全て乗って、それをブログで全て書くのに2年半かかりました。複雑で変化が激しいタイの路線バスだからこそ自らが実際に全ての区間に乗って経験する事に拘りました。

BMTA管轄路線バス以外に、首都圏には地方バスもあります。

ネットで調べるのを避けている私にとって地方バスは暗闇で手探り状態です。BMTA管轄路線バス以上に自由ですし、地方バス故になかなか乗ること自体が難しく、乗ったら何もない田舎の野原に着いた・・・なんて事もあって、「分からない」「乗れない」「つまらない」の三重苦でブログに書かないつもりだったのですが・・・

地方バス全ての路線を書けません。全区間・往復乗らない路線もあります。中途半端になるのは分かっていますが、私の経験をブログと言う形で記録に残せたら・・・もしかしたら他人様の何かのお役に少しはなるかも知れないと思うようになりました。

地方バスは特にですが、変更も多く交通事情や運転手の気分でも変わります。時間帯による運行の違いもあるかと思います。ですからこれはいつまで経っても不完全バスガイド、路線の概略ぐらいにお考えください。

路線番号順のインデックスを作っています。このブログ画面左にある「カテゴリー」から「バンコク路線バス・番号別インデックス」を選ぶと、目次のように番号順表示されます。地方バスはBMTA管轄路線バスの下にあります。

また、入門編「路線バスの初歩」、そして「ご質問専用室」も作ってあります。どこで質問してよいか分からない時、バスでの行き方、バスに限らバンコクの公共交通機関に関するなら何でも構いません。ご利用下さい。ブログ画面左にある「カテゴリー」からアクセス出来ます。


基本情報

本線

行先表示:
プラカノン พระโขนง ~ フアタケー หัวตะเข้

ルート:
フアタケーHua Takhe ~ ラートクラバン通りLat Krabang ~ オンヌット通りOn Nut ~ イアムソンバット市場Iam Sombat Market ~ オンヌットOn Nut(行先表示板はプラカノンPhra Khanongですが)

枝線

行先表示:
シーコン ซีคอน ~ フアタケー หัวตะเข้

ルート:
フアタケーHua Takhe ~ ラートクラバン通りLat Krabang ~ オンヌット通りOn Nut ~ イアムソンバット市場Iam Sombat Market ~ シーナカリン通りSrinakarin ~ シーコン・スクエア ~ パラダイスParadise Park (行先表示板はシーコンです)

Bus1013 Map 1

オンヌット通りとその先のラートクラバン通りを走る地方バスですが全線バンコク都を走ります。地方バスにはソンテウとのハイブリッド路線が多いのですが、ソンテウ1013番系統は20以上の別ルートを走っています。

フアタケーから本線はオンヌット、枝線はシーコン・スクエアの近くパラダイスまでの運行です。主に大型バスがオンヌット行き、ミニバスがパラダイス行きに使われますが、行先表示板か車掌さんに確認する必要があります。

車内で切符を買う時に行先を告げる必要があります。現在はエアコン車最長区間でも18バーツです。ミニバスには車掌さんが乗車していない場合もあって、その時は乗車した所を運転手に告げます。カタカタ発音で「フアタケー」「タラート・イアム」「オンヌット」「シーコン」等で比較的通じやすいです。

本数は地方バスの中では多いです。平日日中でも本線と枝線両方が走る区間は15分に1本程度。それ以外の区間でも20~30分に1本はあるかと思います。


バス車種

大型エアコンバス・ノンエアコンバス。主に本線に使われます(枝線利用もある)。画像下でバスの前面上の1013番表示右の赤文字、そしてそのすぐ下のフロントガラス上白文字では左が「プラカノン」です。フロントガラス内側左に置かれた行先表示板が「フアタケー」です。

bus1013 Big

Bus1013 Big-In

エアコン・ミニバス。ほとんど枝線に使われます。画像下でバス前面上の緑ライン中で左が「シーコン」です。フロントガラス内側左に置かれた行先表示板は「フアタケー」です。このミニバスが結構混むので大変です。

Bus1013 Mini

Bus1013 mini-In


ルート周辺

バスの出発はラートクラバン通りでフアタケーを東へ2㎞ほど行ったガススタンド「NGV」です。ガススタンド内にバス停のようにベンチがあってそこで乗れます。バスはこのガススタンド奥の路地が駐車場です。

Bus1013 Hua Takhe 1

Bus1013 Hua Takhe 2

バスが出発してすぐチョラケー運河の手前は廃墟のようになってしまった「マハーナコーン水上マーケット」があります。スワンナプーム空港開港時に客寄せで強引に造ったのでしょうねぇ~

Bus1013 Hua Takhe 3

チョラケー運河を渡ったすぐのラートクラバンSoi17の奥が私的に大好きで通っている「フアタケー古市場Hua Ta Khe Old Market」です。ネットで(たぶん)初紹介だろう「古いだけでない・フアタケー古市場④」等でエントリーしています。

20171106 Hua Ta Khe 1

20171104 Hua Takhe 2

フアタケーはスワンナプーム空港すぐ北にある町で、町の中心部はどこにでもあるような地方都市の古くからある中心部的な通りです。古くはチョラケー運河とプラウェートブリーロム運河(東でプラカノン運河と名を変えます)が交差した水運で発達した町だったと思われます。

Bus1013 Hua Takhe 4

20171106 Hua Ta Khe 3

それが現在は周辺に空港関係の輸送業、観光業等のビジネス施設が点在しています。同時にタイ国鉄東本線「Hua Takhe St.」周辺にはキングモンクット工科大学ラートクラバン・キャンパス(KMITL)などのキャンパスも多くあります。

20171113 Hua Takhe 4

20171113 Hua Takhe 5

ラートクラバン通りSoi48と50の間にはここも私的に大好きな「スワンナプーム・ナイトマーケットSuvarnnabhumi Night Market」があります。

Bus1013 NM 1

Bus1013 NM 2

バンコク都とその周辺のナイトマーケットはどこも観光的な部分も多いのですが、ここは完全に王道と言うか、地方都市にあるナイトマーケットそのものなのです。エリアは大きく分けて三つ。お惣菜(おかず)、衣料と日用品、それに食堂で、都会のナイトマーケットのようにお洒落なBarや骨董を売るような店はありません。

Bus1013 NM 3

Bus1013 NM4

ラートクラバン通りがミンブリーに繋がるロムクラオ通りLom Klaoと交差する近くには、エアポートリンクAirport Linkの「ラートクラバン駅Lat Krabang St.」があって、国鉄の駅もすぐ下にあります。またここは多くのソンテウの起点になっています。

Airport Link Lat Krabang

ラートクラバン通りSoi20にはショッピングモール「ザ・パセオ・モールThe Paseo Mall」があります。ラムカムヘン通りに「The Paseo Town」、バンコク西部のカンチャナピセーク通りにも「The Paseo Park」があって、「パセオ・ショッピングモール三都物語」でエントリー済みです。

Bus1013 Paseo 1

トヨタの販売会社現地パートナーTBNが運営しているショッピングモールで、屋外の解放感を活かした造りが共通する特徴です。ここに行く場合は「パシオ(語尾を上げる)」と言うと分かり易いです。

Bus1013 Paseo 3

ラートクラバン通りがアウターリングことカンチャナピセーク通りとのジャンクションを越えると、通り名がオンヌット通りと名を変えます。ここからはソイ名もオンヌットSoi○○になります(笑)そのオンヌットSoi88の奥にはバンコク都プラウェート区Prawetの区役所があります。何でそんな事を書くかと言えば・・・私の住む区です(笑)しかし、最初に区役所に行った時に「オンヌット」とソイ名を見て驚いたような笑っちゃいました。

Bus1013 Prawet 1

この区役所近くでオンヌットSoi88/1と88/2の間の大通りは「チャルームプラキアット・ラマ9世通りChaloem Phrakiat Ratchakan Thai 9」で、ソンテウ1014番ウドムスック行きに乗ると、私もメンバーになった「ウォーター・スポーツ・センターWater Sports Center」がある「ノンボン貯水池Nong Bon Retention Pond」やバンコクで一番広く美しい「ラマ9世公園Rama9 Park」へ行けます。

20171215 Park 3

20171215 Park 1

もっともラートクラバン通りとの交差点でバスは陸橋上を走ってしまうので、乗り換えが大変です。反対側のウドムスックかシーコンスクエア、あるいはラムカムヘン大学2(バンナー・キャンパス)から行くのが普通です(汗)

Bus1013 Prawet 2

次にバスがシーナカリン通りとの交差点「スアン・ルアンSuan Luang」を通ると、ここで本線のオンヌット行きは真っすぐ陸橋で交差点を越えます。枝線のシーコン行きは側道から交差点に入りシーナカリン通りへと左折して入ります。

Bus1013 Map 2

この交差点角に「イアムソンバット市場Iam Sombat Market」があるので、普通はここを「タラート・イアム」と言います。そして本ブログとは逆方向になりますが、フアタケー行は本線も枝線も交差点を少し過ぎて市場前の同じバス停(画像下)を通ります。それでここから乗ると待つ時間が単純に言って半分になります。

Bus1013 Iam 1

イアムソンバッド市場は普通の市井の生鮮市場ですが、その特徴はモスリムの方々が売る側にも買う側にも多い事です。市場周辺の食堂もモスリムの方が多いので豚肉など無いのが普通です。

Bus1013 Iam 2

このイアムソンバッド前のバス停からシーナカリン通りをプラカノン運河陸橋下に歩くと、プラカノン運河ボートの起点船着場です。この運河ボートも私的には最も大好きで何度か紹介していますが、「プラカノン運河ボート最新事情」が最新です。

Phra Kanong Boat 1

さてバスに戻って・・・陸橋でシーナカリン通りを越えたバスはオンヌット通りでマンションなどが建つ都心部を通ります。オンヌット自体が日本人が住むのに人気の所なので、ここからは私の街歩きには縁遠いエリアなのですが・・・

Wat Yang 1

そんな私があまり知らないエリアですが、オンヌットSoi23の奥にあるワット・ヤーンWat Yang前のプラカノン運河には小さな手漕ぎの渡し舟がありました。今もあるのか・・・

Wat Yang 2

オンヌットSoi7に入ると占いの店が軒を連ねています。ソイの奥にあるアユタヤ時代1762年建立の「ワット・マハーブットWat Mahabut」へ参拝する女性が多いのでどの店も賑わっています。

Wat Mahabut 1

ワット・マハーブットは有名な幽霊ナークを祀った廟のあるお寺で、本当に女性の参拝者が絶えません。ナークの話は怪談なので省略するとして(汗)タイでは何度も映画になっているので、最も有名な幽霊でしょう。

Wat Mahabut 2

バスは終点のオンヌット交差点に近づきます。多くの乗客はスーパーのBigCで降りますが、この後バスは突き当りの交差点で右折してスクムビット通りに入り、プラカノン運河を渡る陸橋下でUターンか、その陸橋下から高速道路下の待機所に入ります。

Bus1013 Onnut 1

Bus1013 Map 3

ここの高速道路下から歩行者用橋でプラカノン運河を渡ると、プラカノン運河ボートの起点船着場です。1013番はプラカノン運河ボートとほぼ平行に走っているのです。

Phra Kanong Boat 2

オンヌットからこのバスに乗る場合はスクムビット通りの陸橋下か待機所から出発するバスに乗れますが、普通はBigC前から乗る人が多いようです。ここにバス停は無いのですがソンテウ1013番系統の起点となる所(画像下)で普通に乗れます。

Bus1013 Onnut 2

以下は枝線(シーコン行き)です

フアタケーからオンヌット通りとシーナカリン通りとの交差点スアン・ルアン(イアムソンバット市場)までは本線と同じです。交差点で左折しシーナカリン通りを南に向かいます。

バスは大型ショッピングモール「シーコンスクエアSeacon Square」「HaHa」を通り、東急も入っている「パラダイスParadise Park」前で一応終点です。ただし、ミニバスは非常に混雑するので往路の終点近くシーコンから乗り込んで復路まで乗る方も多いです。

Bus1013 Seacon

シーコンスクエアの裏にはナイトマーケットの「タラート・ロットファイ・シーナカリン」もあり、週末はかなり混雑します。

Night Market Srinakarin

この後バスはシーナカリン通りとウドムスック通りの交差点でUターンし、そのまま復路へと入ります。画像下で奥の陸橋がウドムスック通りです。

Bus1013 Udomsuk

いやぁ~長くなりました。
フアタケー古市場、スワンナプーム・ナイトマーケット、ザ・パセオ・モール、プラカノン運河ボート、シーコンスクエア、タラート・ロットファイ・・・と私的に好きな所を多く通るからでしょうか。って言うか、そんな好きな所に囲まれて住んでいる私なのですが(笑)

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントを頂けたら幸いです。なお、ご質問は大歓迎で一生懸命お答えしますが、それが役に立ったのか?立たなかったのか?など後でご一報下さい。質問だけの為に来られ、答えを得たらそれまで・・・の方が多く、正直そんな無作法に参っています。

2018.01.15 | コメント(2) | 首都圏地方路線バス

トンブリー王朝の面影を探し⑬王を支えた猛将が眠る寺

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

前回は、現在のトンブリー地区の中心とも言える「ウォンウィエンヤイWongwainyai」からタークシン王が眠る「ワット・インターラーム・ウォーラウィハーンWat Intharam Worawiharn」(画像下)までを歩きました。

20180105 Wat 4

今回はワット・インターラーム境内にある鄭皇廟からバンコク・ヤイ運河沿いに西へ向かって歩きます。相変わらずの路地歩きですが、お寺が続く中に市場がありその周辺を古い木造家屋の商店が囲むような、民家の軒先を歩くのとは少し異なります。

20180113 map 1

ワット・インターラームの西側に小さな門があってそこを通ると狭い路地が続いています。今まで見て来たトンブリー地区の路地はどこも民家の軒下に鉢植えの植物が置かれ、どこか故郷である東京の下町を思い出させるものがありましたが、どうもここは雰囲気が違います。

20180113 TP 1

小さなどぶ川運河を渡る時に横を見るとバンコクヤイ運河が流れていました。この小さな運河はほぼ南に流れアジアンティークの対岸近くでチャオプラヤー川に合流します。

20180113 TP 2

そして運河を渡ると市井の生鮮市場「タラート・ワット・クラーンWat Klang Food Market」です。バンコクヤイ運河沿いにたくさんありそうな市場、実はここしか私は気付きませんでした。

20180113 TP 3

この市場は「ワット・チャンターラーム・ウォーラウィハーンWat Chantharam Worawihan」とバンコクヤイ運河に挟まれた細長い所にあって、正面入り口のように見える所は運河側にあります。陸路より水運が盛んだった頃の名残でしょうか・・・

20180113 TP 4

市場の対岸では子供たちが運河で水遊びをしていましたが、本当にタイの子供たちは大人になる前にしっかり身体の抗菌性を鍛えています(笑)日本の何でも滅菌、殺菌、除菌・・・で育ったお子様たちの将来が心配なのは私だけでしょうか・・・

20180113 TP 6

さて、運河と市場を挟んでいるのがワット・チャンターラーム・ウォーラウィハーンで、現地説明板によるとアユタヤ時代に建てられたお寺で以前の名が「ワット・クランWat Klang」だそうです。それで市場がタラート・ワット・クラーンなんですねぇ~

20180113 TP 5

ところでタイ語の「クラーン」って真ん中って意味ですよね・・・きっと前回紹介のワット・インターラーム、そしてこの後に紹介するワット・ラーチャクル・ウォーラウィハーンに挟まれているからでしょう。

と言う事で・・・次は市場の西にある「ワット・ラーチャクル・ウォーラウィハーンWat Ratchakhue Worawithan」です。これも現地説明板に寄るとトンブリー王朝以前に一人のモン族の男によって建てられたお寺で、多くのモン族の僧侶が住んでいたそうです。それで地元の人達は「ワット・モンWat Mon」と呼んでいたそうです。

20180113 TP 7

このお寺をトゥートタイ通りから見るとゴツゴツの岩で人工的に作られた岩山が目立ちます。形こそ違いますがまるで日本の富士塚のようですが、プーカオ・モーと呼ぶそうですが「プーカオ」はタイ語で山の意味で岩は海から取って来るそうですが、仏教的な意味などは説明板にはありませんでした。

20180113 TP 8

そして、ワット・ラーチャクルにはタークシン王に仕えた武将「プラヤー・ピチャイ・ダープハックPhraya Phichai Daphak」(1741年~1782年)が祀られています。二刀使いの猛将だったようで刀が折れても闘い続けた事が語り継がれています。

20180113 TP 9

画像上で刀が折れているのが分るでしょうか? タイ語でダープは刀でハッ(ク)は折れるで「ダープハックDaphak」です。ちなみに「ピチャイPhichai」は彼が生まれた「ウッタラディットUttaraditのピチャイPhichai」(タイ北部、スコータイの北です)で、「プラヤーPhraya」はチャオプラヤーの下の官位名かと思います。

ウッタラディット県の英雄で、ナン川が流れるウッタラディット市(県?)庁舎前にはプラヤー・ピチャイ・ダープハックの像が立ち、遠い下流でチャオプラヤー川になるナン川を見つめています。

20180113 TP 10

幼名チャイChaiは幼い時から格闘技ムエタイを愛し、家を出て本格的に修行し強くなり名をトンディThong Diとします。彼が20歳の時にタークで行われたムエタイの大会で当時ターク国主であったシン(それでタークシン)の目に留まり、護衛として仕える事になります。

やがてビルマ相手に闘ったタークシンの元で頭角を現し将軍となりました。後にラマ1世となるソムデット・チャオプラヤー・マハーカサット・スックと共にタークシン王を支えた左右の将軍だったそうです。画像下で中央はタークシン王で左がダープハックですが、右は誰なのでしょう? もしかしたら・・・

20180113 TP 11

ラマ1世はタークシン王を処刑した時に、ダープハックにラマ1世に仕えるように求めたそうです。ダープハックはそれを断り、タークシン王の死を大変悲しみながらも自らの命でトンブリー王朝とタークシン王の後を追いました。彼が41歳の1782年、トンブリー王朝が幕を閉じて今に繋がるチャクリー王朝が始まった年です。

話が講談のようになってしまいました(汗) こんな話を思い起こすのもトンブリーの街がそうさせるのでしょう。

以前(2015年)にワット・ラーチャクルでダープハック像を撮った時、彼が中央だったのですが、今は画像上のように変わっていますねぇ~ なぜだ誰が変えたのでしょか・・・ タークシン王を支えた忠実な猛将は中央では似合わないのでしょう。

20180113 TP 12

献花が絶えないプラヤー・ピチャイ・ダープハックの像に別れを告げてトゥートタイ通り側の門へ行くと・・・この寺の境内には珍しい仰向けの涅槃仏があるのです。そう大きな涅槃仏ではなく、見過ごしてしまいがちですが・・・

20171213 BY 4

私自身は他で見た事がないですねぇ~ 考えてみると仰向けの方が自然ではあるのですが・・・その謂れは分かりませんでした。

20180113 TP 13

さて、このワット・ラーチャクルでもプラヤー・ピチャイ・ダープハック像はバンコクヤイ運河を見つめています。それはまるでこの運河を遡り、ナン川を経て生まれ故郷のウッタラディットに行きたいと思っているかのように・・・

20180113 TP 14

そしてここでも、運河は外国人を乗せたツアーボートがエンジン音を響かせて行き来しています。

20180113 TP 15

最後に、本シリーズの今までのエントリーは以下の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し②城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し③城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し④城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し⑤城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し⑥城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し⑦次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し⑧傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し⑨ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し⑩モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し⑪モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し⑫タークシン王が眠る寺

次回はタラート・プルーからワット・パクナムへ向かいます。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントを頂けたら幸いです。なお、ご質問は大歓迎で一生懸命お答えしますが、それが役に立ったのか?立たなかったのか?など後でご一報下さい。質問だけの為に来られ、答えを得たらそれまで・・・の方が多く、正直そんな無作法に参っています。

2018.01.13 | コメント(8) | バンコク街歩き

前国王崩御後454日 今の王宮周辺は

今日は夜明け前に地響きまで感じるような雷で目が覚めました。ベッドの中でこの時期珍しいと思いながらも寝てしまったのですが、朝日が差し込んで起きる時間のはずなのに部屋の中がいつまでも暗いまま。起き上がって時計を見たら朝8時を回っていました。そして窓の外を見たら・・・

20180111 Weather

今日はイミグレーションに90日レポートに行くので楽しみにしていたのですが、止めました(笑)期限が過ぎますが、来週にしましょう。イミグレ公式サイトでは『within 15 days before or after 7 days』(期日前15日前~期日後7日以内)で別に急ぐ必要もありません。

それより、各国の人間観察の絶好の機会、新たな公共交通のチェック、複数の銀行でポロモーションを聞いたり、安くて美味しい(普通です)種類が多いキャンティーンもあるし、読書の時間も取れるので前の晩から楽しみだったのですが・・・残念です。

いつの間にか・・・雨が降っていたら当たり前のように外出する事がなくなりました。これもリタイアした生活の一部なのかも知れません。

考えてみれば・・・もう何十年も傘を差し、しとしと降る雨の中を歩いた事がありません。アメリカでもドイツでも車社会のドアツードアの生活で傘を持つ事すらありませんでした。以前のタイ在住時では運転手付きの車を持ち、雨の中を歩く必要がありませんでした。これも長い海外生活の一部なのでしょう。

唯一、今のロングステイ中に何度も雨に打たれたのが王宮広場でした・・・

20180111 Rain

さて、プミポン前国王が崩御された2016年10月13日から年が変わる事二回、2018年になってもこの大きな出来事をタイの人々は忘れる事がないでしょう。

このブログではそんなタイの人々と王宮エリアを見続けています。過去のエントリーは次の通りですが、画像下は崩御五日後の王宮前で取りあえず駆け付けた人たちが祈っていました。この時はまだ服装要求に組織的弔問や規制にボランティアは全く無かった頃です。

20180111 SL 1

第21回目「今日の王宮広場、雨に打たれて
第20回目「今、絶対に行くべき火葬の儀施設と特別展②
第19回目「今、絶対に行くべき前国王火葬の儀施設①
第18回目「前国王葬儀 直後2日 王宮周辺と王宮広場内火葬施設
第17回目「前国王崩御後374日 リハーサルに近づく事も出来ない
第16回目「前国王崩御後 一年 火葬の儀 内容・日程・注意
第15回目「前国王崩御後360日 一般弔問終了後の王宮周辺
第14回目「前国王崩御後11か月 弔問残り一週間の王宮周辺
第13回目「前国王崩御後9か月 今の王宮周辺は
第12回目「前国王崩御100日以後の王宮周辺
第11回目「崩御後8週間後のバンコク② 王宮周辺エリアの現状
第10回目「崩御後8週間後のバンコク① 今の王宮エリアは
第9回目「崩御後5週間後のバンコク、今の王宮エリアと交通事情
第8回目「崩御後4週間のバンコク、三大衣料品市場を回る
第7回目「崩御後3週間のバンコク、今の王宮エリアは?
第6回目「崩御後2週間のバンコク、観光地の今は?
第5回目「国王崩御後11日間のバンコク、変わる黒服と上京する人々
第4回目「国王崩御後210時間のバンコク、すごい事になった10月22日の王宮前
第3回目「国王崩御後117時間のバンコク②、王宮に集まる人々
第2回目「国王崩御後117時間のバンコク①、王宮エリアは?街は?
第1回目「国王崩御後53時間のバンコク、交通機関、街、市場、夜市は?

そんな一年以上見続けていた王宮エリアですが、王宮広場に建てられた火葬の儀施設の一般公開が昨年12月31日に終わりました。まだ二週間も経っていません。

20171107 SL 1

火葬の儀の施設は緑の芝だけだった王宮広場に1年で建てられた、プミポン前国王お一人の為だけの火葬施設です。火葬後は施設すべてが取り壊されて元の緑の広場になる事が決まっています。画像下は崩御1年前の王宮広場です。

20171108 SL 1

火葬の儀施設を実際に行かれて見られた方はもちろん火葬の儀を映像でご覧になった方も、この施設の立派な事に驚かれたと同時に取り壊されるのが・・・なんとも惜しいと思われているのはないでしょうか。

20180111 SL 4

私も強くそう感じていました。ただこの施設内で歴代の王たちの葬儀のパネル説明(画像上)を目にし、その後文献等で調べてみると・・・王の葬儀はアユタヤ時代から続く伝統に厳密に基づいて行われ、ラマ4世の葬儀(画像下)まではその規模が大きくなるばかりだったようです。

20180111 SL 2

その後、ラマ5世が莫大な労力と費用に嫌悪感を示して簡素化がされたようです。規模が縮小されたものの、一回だけの火葬に使われる施設である伝統は受け継がれているのです。

ちなみに画像下はプミポン前国王以前に行われた火葬の儀です。2012、2008年は国王ではなく規模は異なりますが、王宮広場が火葬の施設に使われいます。

2012年、ペッチャラッタナラー王女Bejaratanaは男子がいなかったラマ6世唯一のお子で、ラマ6世が亡くなられる二日前に生まれています。
20180111 SL 5

2008年、ガラヤニー・ワッタナー王女Galyani Vadhanaはラマ8世とラマ9世のお姉さんで、ラマ6世と7世の姪っ子になり、ラマ5世のお孫さんです。
20180111 SL 6

1926年、ラマ6世。 ちなみにイギリスで亡くなられ8年後に遺骨でタイに戻られたラマ7世、そして自身の寝室で銃弾により20歳で亡くなられたラマ8世の葬儀は分りませんでした。実はタイでは絶大な人気で偉大なラマ5世の後、6世、7世、8世とタイでは非常にセンシティブな事情があって調べるのも書くのもこれ以上は・・・そんな後のラマ9世ことプミポン前国王でした。
20180111 SL 7

こうして古い写真を見て行くと・・・王宮広場で繰り返されて来た儀式がよく解ります。ちなみにこの王宮広場は「サナームルアンSanam Luang」と呼ばれますが、以前はThung Phra Menと呼ばれていたそうです。その意味は「王室火葬広場」だそうで、要は王家の火葬の為だけの広場なのです。

ラマ9世、プミポン前国王の火葬の儀に戻り・・・

タイ王室の火葬に関しては施設も儀式もアユタヤ時代から続く伝統に基づくものである事を記しましたが、仏教だけでなくヒンドゥー教などの影響も私は強く感じました。

20180111 SL 8

プミポン前国王の火葬の儀は朝からずっとテレビ(英語)とインターネットの両方で観ていたのですが(画像上)、ワット・プラケオにある回廊の壁画(画像下)を思い出した人も多かったのではないでしょうか。ラーマキエンに登場する絵巻の世界が現実となったように思えた火葬の儀でした。

20180111 SL 3

さて、タイ王室の火葬の儀や王宮広場の役割など長々と前置き話をしてしまいました。本題の今の王宮広場に関して書きましょう。

一般公開を終えた火葬の儀施設はすでに工事に取り掛かっているのでしょうか? 立ち入りが厳しく規制されていた王宮エリアはどうでしょうか? 数日前の1月7日に周辺を歩いてみました。

まず王宮広場はまだ柵で囲われていて入る事が出来ません。そして王宮広場内北側にあった一般公開を待つ人々が列をなしていたテントは全て撤去され、がらんとしていました。

BEFORE
20171108 SL 17

AFTER
20180111 SL 9

20180111 SL 10

そして火葬の儀施設は・・・ぱっと見でまだ工事にかかっていませんでした。柵の外から見た限り(立ち入り出来ません)では外観上の装飾の数々もそのままのようでしたが、きっと保存する物など慎重に取り外されているのでしょう。

2018年1月11日午後追記
メディアニュースをブログで扱う事を非常に嫌っているのですが、本ブログを昨夜エントリーした後の本日午後のニュースリリースは無視出来ないので記します。

1月11日付けBangkok Post紙によると、本日(11日)午後から解体が始まり60日かかるそうです。そして、一部の鉄骨構造物等はアユタヤの歴史公園に移され、彫刻の一部がパトゥム・ターニ県の王室火葬博物館(この存在を私は知りませんでした)とナコーン・パトム県の伝統芸術庁(ここも私は知りませんが、Sanam Chandra Palace内かな?)に展示される事が報道されています。

また、過去の葬儀施設の一部が展示される事があるのは今回プミポン国王火葬の儀施設内展示であった通りで、これらの展示も国立系博物館、王室関係博物館等で展示されるかと思います。

外見からは分りませんでしたが、やはり保存する物など慎重に取り外していたのでしょう。ただ・・・このブログ主旨は火葬の儀施設の撤去であり、それがどこかに移転される事はないと考えています。


20180111 SL 11

20180111 SL 12

さて、王宮エリア周辺の交通規制ですが・・・ほとんどが解除されていました。ほんの短い区間ですが、ワット・プラケオへの外国人入口の真正面の道(国立競技場やタマサート大学前の道)が通行止めだっただけです(画像下)。

20180111 SL 13

まぁ、この辺りで影響があるのは中国人団体ツアーの大型バスぐらいでしょう。国王崩御以前はちょうどこの通りに大型バスが路駐して中国人の方達を乗り降りさせていましたから。今は以前に比べてかなりスッキリしていると見えます。ツアーの方々は歩くのが少し大変でしょうけど・・・

20180111 SL 14

実は、王宮エリアを走る路線バスは路線数が非常に多くて、20から30近くの路線が走っています。それが崩御後に全てルート変更になったのですが、1年以上経った今回見てみると・・・崩御前の元に戻った路線、規制中で変更したままの路線、元に戻らず新たなルートになった路線・・・とマチマチでした。

20180111 SL 15

路線バスに関してはどうなるかを早く見極めて、このブログ「バンコク路線バス不完全ガイド」の内容を更新したいのですが・・・まだ落ち着くまで時間がかかるようです。

20180111 SL 16

しかし、1年以上交通規制で全く車両が通れなかった道路を走るバスを見ていると・・・なんだかバスが気持ちよく走っているように見えるのです(笑) そして、バスの中から王宮を見るのも・・・実に久しぶりでした。

20180111 SL 17

前国王が崩御された直後に駆けつけた人たちが祈った王宮の白い壁(画像このページの上から3番目)、今は観光客が強い日差しを避け、壁に寄りかかって疲れた体を休めていました。その壁の反対側では途絶える事がない中国人団体ツアーの列とその人達を囲む物売り達が喧騒を作り出していました。

20180111 SL 18

あまり見たくない、遭遇したくない、こんな姿がまた当たり前のように戻ったようです。正直今は・・・好きなエリアではないのですが、まだまだ王宮エリアには行かなくてはならないようですねぇ・・・

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2018.01.11 | コメント(4) | バンコク街歩き

ロングステイを始めた日

2015年1月9日午前0時を回った時ですから、まさしく今日です。私は深夜でも活気あるスワンナプーム空港に降り立ち、タイでのロングステイを始めました・・・・

タイでのロングステイもこれで3年を越えます。働いていた時にも在住経験があるのでタイは合計6年を越えます。アメリカ10年、ドイツ7年に次いで三番目に長く暮らした海外になります。短いながらも住所を移した他の国々を入れると海外在住が28年近くになっています。

住んだ国やそこに住んだ年月を数えた事はありますが、訪れた国や都市は多すぎて数えた事はありません。

私の海外は・・・都市と都市を飛行機で移動する点と点ではなく、その移動のほとんどが国境を越えるのも車などで移動していた線であり、そこに住んで面とした地も多い事でしょう。それが今の街歩きに繋がっているのかも知れません。バンコク首都圏で言えば点や線でなく面として知っているように思えます。

そんなつもりは無かったのですが、人生の多く・・・少なくても働くようになってからの大半は海外に居た事になります。

もう、それも・・・そろそろピリオドを打つ頃なのかも知れませんね。「移住」なんて大変な事を言い切る自信も勇気もなく、ただだらだら居るだけの「ロングステイ」なのですから・・・

そんな人生なので自宅と成田空港は働いていた最後の10年だけでも大げさではなく百回以上行き来しています。結婚してからなら二百回なのか三百回なのか、もう数え切れません。

家内はそのほとんどで近くの駅まで車で見送ってくれていました。駅前に停めた車の窓越しに・・
 「じゃぁ、行ってくるよ」
 「気をつけて」
 「子ども達を頼む」
そんな判を押したような短い会話で別れをしていました。

それが3年前の1月8日。
なぜか、初めて家内と息子が車で空港まで送ってくれました。
62歳直前でのまた新しい船出、家族も心配だったのでしょうか・・・

20180109 Airport 2

2015年1月8日成田空港、冬の早い夕暮れが迫る中の第一ターミナル。セキュリティーを通り出国手続きに降りるエスカレーター。ふと見上げたら家内と息子が最後まで見送ってくれていました。エスカレーターの速度がいつに無く速かったのか、こらえきれずに溢れた涙が邪魔したのか、家族の姿はあっと言う間に見えなくなってしまいました。

でも・・・その時の家内と息子の姿は心の中に焼きついています。いつか一緒に暮らすようになるまで、それが消える事はないでしょう。その姿があるからタイで一人で頑張れているのです。家族に恥じるような暮らしは絶対に出来ません。

20180109 Airport 4

その日に乗ったのはデルタ航空バンコク行き成田PM5:55発のフライトで、家族との別れの後に私は第一ターミナルに駐機されたデルタの747を見ていました。

ジャンボの愛称で呼ばれたあの堂々とした特徴あるフォルムは見間違えようがありません。多くの航空会社の主力機種で、日本の空はもちろん、アジアでもよく見た機材でしたが、今はすっかり見ることも少なくなりました。

delta747

その747をデルタ航空はアトランタ~成田便の機材として長く使っていました。アトランタは私が10年住んだジョージア州の州都で、デルタ航空の本社があって世界一の発着数を誇るハーツフィールド・ジャクソン空港がありました。住んでいたのはアトランタから遠い田舎町ですが・・・

デルタの中でも、いや・・・世界中を旅してJALでもANAでも、ルフトでも数え切れないぐらい乗った機材です。

「この機材はアトランタから成田に飛んできて、今また成田からバンコクへ向かうのかも・・・。それはまるで自分のようだなぁ・・・」とジャンボを見ていたのが3年前です。

20180109 Airport 1

成田第一ターミナルから見たデルタの747、私は胸が締め付けられるような懐かしさ、深いため息と共に駆け巡る思い出、そんな止めようの無い複雑な気持ちの中で私は立ち止まりジャンボを見ていたのです。

思出せないぐらい長い勤め、あまりに長い海外生活、そして長すぎた一人暮らし・・・それら全てを終えて日本へ戻り家族と一緒に暮らし始めたばかりなのに、数か月もしないで全てをまたリセットしてゼロから別な海外で暮し始めようとする自分、あまりにも重たい出発だったのを昨日の事のように覚えています。

その時日本を去った理由はあまりにも私的な事ですし一言で語れるものではありません。今まで詮索好きな方からの興味本位な質問を受け、自分なりにきちんと書いて来ましたが、もうそんな私的な事への詮索も勘弁です。「もう少し海外に居よう・・・」それが家族にも自分にもベストだと信じての旅立ちでした。

さて、他人から見ればただのセンチメンタルなオッサンでしょうが、複雑な気持ちで乗り込んだDL584便のバンコク着は同日23:35が定刻です。実は出発までの複雑な気持ちとは別に機内では到着が遅れる事を願っていました・・・

そんな日に限って定刻通りの到着。駐機して飛行機のドアーが開いたのが午後11時45分でした。いつもは他人より一歩でも先に機外に出たいのですが、この日だけはぐずぐずして最後のほうで機外に。これもいつもは早足で入国審査に向かうのですが、この日だけはターミナル内でトイレに寄ったり時間稼ぎ(笑)

20180109 Airport 5

実はこの時にタイでロングステイをするか迷いがかなりありました。取りあえず日本を出て土地勘があるバンコクでロングステイの可能性を見極めようかと・・・何も調べずビザもなしでチケットだけ持って飛び出た感じです。

皆さんご承知のように、タイは30日以内の観光ならビザは不要で入国できます。私はそれを勝手に一ヶ月と思い込んでいたのです。正直大して気にもしていませんでした。

そしてインターネットで買ったチケットは1月8日成田発で同日バンコク着、そして帰国フライトは2月7日バンコク発のDL585便。1月8日着で2月7日発、立派に一ヶ月以内と思っていたのですが、31日間の滞在です(汗)

20180109 Airport 3

やがて入国審査待ちの列に並んだのは日付も変わった0時10分頃だったでしょうか・・・しかしタイの係員がブースの中で時報と同時にスタンプの日付を変えるとは思えません。「大丈夫かな?」とこの時の頭の中は入国スタンプの日付だけ(笑)

そんな自分の頭の中とは全く関係なく無言で入力する係員。何事も無かったようにスタンプをポンと押してパスポートが返されました。

結果・・・無事翌日の1月9日の入国になっていました。

前々から温めていた計画ではなく、ほとんど衝動的に日本を出てしまい、全く心構えも事前準備も無いままでバンコクに来てしまいました。出発数日前にしたのはフライトと数日間のホテルをインターネットで済ませただけでした。

ホテルはオンヌットから徐々に都心部を離れるようにサムロンまで数日ごとに変えていました。昔の話ですが、BTSが無かった時はエカマイから先は日本人が住むような地ではなく、BTSが通ってもオンヌット止りでした。そんな私の昔のイメージから土地勘がありながらも日本人が少ないエリアで住める所があるか探ろうとしたのです。

今から思えば愚の骨頂です。リタイアメントで働く予定もないしお金もないのに、BTS沿線上に何となくアパートを見つけようとしていたのです。どこかに通う必要など全くないのにです(苦笑) BTS(MRTでも良いのですが)を毎日使う必要性が無いのに沿線に住みたがる日本人病にかかりそうになっていたのですね・・・

Cell Phone

さて、話を3年前の到着日に戻して・・・

到着日にはオンヌットで中古の携帯電話を買って使えるようにし、数行の銀行を回った結果バンコク銀行の本店に向かい、口座開設をしましたがかなりトラブルました。何しろ私が持っていたのはパスポートとアメリカの免許証だけで、日本に住所も移してなかったのです。(銀行にかなり無理を言いました。普通はかなり難しいと思います)

ここまでがタイ入国当日の事で、ちょうど3年前の出来事です(笑)

この後はホテルを変えながら(最後のホテルは2千台です)アパート探しでしたが、これが辛かったのですねぇ・・・

スクムビットのソイ番号を徐々に増やしながら、そのソイに入っては周辺の環境と外見上気になったコンドミニアムやアパートに片っ端から飛び込みです。

20180109 Soi

アパートの一階にはたいてい事務所か管理人部屋があるので、そこで「部屋を探しているけど、空き部屋はありますか」と聞きます。そう珍しいことではなく海外では一般的かと思います。大きなコンドミニアムではセキュリティーが厳重ですぐ中まで入れませんが、管理事務所にすぐコンタクトしてくれます。

すぐに話が出来なかったり、部屋を見られずアポを取って後日行ったケースもあります。

空いていれば価格を聞き、価格が希望にあえば部屋を見せてもらいます。小さなアパートほど管理人がすぐ鍵をじゃらじゃら鳴らしながら部屋を見せてくれましたが、私のタイ語ではなかなか思うようにコミュニケーションできませんでした。

大きなコンドミニアムは管理事務所などで英語が通じましたが、ほぼ全部が希望価格で駄目でした。

20180109 Room

自分ではどんな所でも住めると思っていたのですが・・・アパートの廊下にサンダルが乱雑に置かれ、どの部屋も風を通すのでドアを開けたままでテレビの音が響いています。キッチンはほとんどなくて、小さなベランダで煮炊きが申し訳程度に出来るぐらい。

そんなアパートを何日も尋ねていると・・・結果が出ない疲れに、住めないと思う自分にも嫌気がして来ます。それで予算以上だったのですが、スクムビットを離れてソンテウでソイ奥を見ていた時に今の所に決めてしまいました。

満足しての結果ではなく、疲れ切って中途半端に決めた結果です。

残ったホテルの予約をキャンセルして、スーツケース一つでアパートに入ってからは無我夢中で帰国前日まで掃除の日々でした。天井から壁まで・・・(笑)

築後かなり経っている部屋で前住者は女性だったようですが、部屋を掃除した事があるのか・・・通常のタイの人々は隅々まで磨くように掃除される事はまず無いかと思います。部屋を綺麗に保つ意識と言うかその気概は無いように思えます。

嫌なんですよねぇ・・・年寄りのオッサンが一人で暮らす部屋が汚れているのが。お金は無いし身なりも気にしませんが、部屋はいつも散らかさず汚さずで保ちたいのです。

20171201 Room

こうして一か月があっと言う間に過ぎていったん日本へ戻りました。家内に「何とか生活できる環境を整えて来た」と話し、在日タイ大使館で観光ビザを取ってからタイに戻ったのは2週間後の事です。

そうして今になりますが・・・全てゼロからの構築でした。しかも偏屈オヤジですのでネットで何か調べてから行うのは避けて、全て一人で手探りでした。

準備も下調べもなく飛び込み的に海外に住んでしまうのは、海外在住経験だけは各国で豊富ですので、当たり前と言うか何の不安もありませんでした。厄介ごとが多いぐらいに考えていたのです。その厄介ごとも仕事をするわけでないので、煩雑な事を楽しむぐらいの気持ちはありました。

ありていに言えば、海外に住むことは、私にとっては抵抗が全く無かったし、何十年もそうし続けてきた延長だったのです。

海外に住むと言っても、基本は住む所を決めて電話を含んだライフラインを確保し、銀行口座を持つのが最初のステップ。私はそれで一ヶ月かかっていったん日本へ帰国。日本ではタイ大使館で観光ビザを取りながらも同時にロングステイ・ビザ取得の方法を調べ、慎重を期して本国イミグレや各国タイ大使館の要求事項なども比較研究しました(笑)

今思えば・・・そうした事をしていた時が一番楽しかったように思えます。そして一段落したので、一人でゼロから始めるアパート探しやビザ取得などブログに書き始めたのです。そんな日々を思い出しますねぇ~

長くなりました。全ての詳細はブログに書いています。ご興味がある方は、いつも長文で無駄話が多いのが申し訳ないですが、過去のログをお読みください。

この3年間の日々、包み隠さず、飾らず、ありのままを書いていますが・・・それがどなたかのお役に少しはなったのでしょうか。時々、思うのです・・・もうネットとは距離を置き、友人もなく海外で一人で居るのが気楽な自分が、なんでブログを書いているのかと・・・

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2018.01.09 | コメント(13) | タイ生活

トンブリー王朝の面影を探し⑫タークシン王が眠る寺

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

今回からバンコクヤイ運河沿いも旧王宮エリアがあるチャオプラヤー川を離れ上流に向かいますが、少しバンコクヤイ運河からも離れて現在のトンブリー地区の中心とも言える「ウォンウィエンヤイWongwainyai」に触れましょう。

20180105 WWY 1

中央にタークシン王騎馬像があある大きな(ヤイ)ロータリー(ウォンウィエン)で、北から時計回りで「プラチャティポック通りPrajadhipok」 「ラートヤー通りLat Ya」「ソムデットプラチャオタクシン通りSomdet Phra Chao Taksin」「ペットカセームPhetkasem」の環状交差点です。

20180105 WWY 2

プラチャティポック通りを北に向かうとチャオプラヤー川に架けられた2番目の大橋「メモリアル橋Memorial Bridge」に繋がります。この橋をタイの方々は「サパーン・プット Saphan Phut」(プット橋)と呼びます。プッタヨートファー橋(Saphan Phra Phuttayotfa)の略で、ラマ1世の名プッタヨートファーチュラーロークから来ています。 

20171214 KC 10

開通の1932年はラマ1世がトンブリー王朝タークシン王を廃し、チャオプラヤー川左岸(東側)に遷都してから現在に繋がるチャクリー王朝150年を記念してラマ7世により架けられた橋です。

こんな話をなぜするのかと言えば・・・この橋の開通がトンブリー地区を水運中心から陸上交通に大きく変わるきっかけとなったと考えています。1932年に橋が架けられると同時にトンブリー側に主要道路が整備され、ウォンウィエンヤイも出来ました。

そしてその中央にタークシン王像が建てられたのは21年後の1953年。日本ではテレビ放送が始まった年で、何を隠そう私も日本で誕生しています(笑)

また、1905年には民営ターチーン鉄道(現在の国鉄マハーチャイ線)がクロンサン駅~マハーチャイ駅間が開業しており、この地区がトンブリーの商業的な中心となって現在に至っています。

20180105 WWY 3

さて、ウォンウィエンヤイを離れてにバンコクヤイ運河に向かいましょう。運河と並行して走るような「トゥートタイ通りThoet Thai」を「タラート・プルーTalat Phlu」に向かいます。

トゥートタイ通りを歩くと次々とお寺が現れますが、その中で一番大きなお寺が「ワット・インターラーム・ウォーラウィハーンWat Intharam Worawiharn」です。入口の門の上にウォンウィエンヤイにもあったタークシン王騎馬像が彫られているのが分るでしょうか?

20180105 Wat 1

トンブリー地区のお寺のほとんどはタークシン王像があったり祀っています。今シリーズの中でもすでにモスリム地区のタークシン王廟を紹介しています。しかしお寺の門にまでタークシン王があるのはここだけかと思います。

20180105 Wat 2

現地の説明板に寄ると、ワット・インターラーム・ウォーラウィハーンは何度も寺名が変わっています(それ自体は普通です)が、アユタヤ時代(1351年~1767年)に建てられたそうです。年代まで分からないのですが、もしかしたらこのお寺の前に流れるバンコクヤイ運河がチャオプラヤー本流だった時代(1542年以前)なのかも知れません。

20180105 Wat 6

そしてタークシン王はこのお寺を最も好み、何度も来ては夜通し瞑想したと記されています。それを誰もが知る事だったのか・・・タークシン王が(後の)ラマ1世により処刑された1782年に彼の火葬場がこの寺に建てられました。

20180105 Wat 8

20180105 Wat 9

前国王ラマ9世の火葬の儀(2017年10月)を観たばかりなので興味深いのですが、遠いアユタヤを離れて初めての王の火葬です。精神に異常をきたし処刑された(と処刑した側で後のチャクリー王朝にされているので、その歴史的真実に興味を覚えながらも)王なので、伝統的な王の火葬の儀は行われなかったでしょうが、タークシン王の火葬の儀がどのように行われたのか資料が見つかりませんでした。

20180105 Wat 4

いずれにしても、ここで火葬が行われ遺灰が安置されたのは事実だと思われます。そしてその遺灰を収めただろう仏塔、その隣には彼の母が眠られていると言われる仏塔が並んでいます。その二つの仏塔前に「鄭皇廟King Taksin Shrine」があります。鄭とはタークシン王の中国名の一つです。

20180105 Wat 5

これも現地の説明板によると、各地に4カ所ある最も大きなタークシン王廟の一つだそうです。その鄭皇廟内は多くの仏像がありますが、奥にタークシン王の像が祀られています。そして他のタークシン王を祀ってある所も同じですが、多くの刀が捧げられています。

20180105 Wat 10

ワット・インターラーム・ウォーラウィハーン境内にある鄭皇廟、騎馬像、座位像、仏塔など多くのタークシン王縁の目の前にはバンコクヤイ運河が流れ、外国人を乗せた多くのツアーボートがエンジン音を響かせここを見る事無く通り過ぎて行きます。

20180105 Wat 7

この鄭皇廟には春節時期の週末、そして毎年12月28日には多くの参拝者が訪れる事が知られています。私は年末にタイにいて以前からその事を知っていながら・・・正月準備の慌ただしさで失念してしまいました(汗)

その12月28日は1767年にタークシンが王となった即位の日です。

ところで・・・今までの本シリーズの中でも、このエントリーでも、トンブリー地区には多くのタークシン王廟があり、多くのお寺にもタークシン王像がある事を記しています。

トンブリーにタークシン王を敬愛する人々が多いのは何となく分かるのですが、トンブリーに限らずタークシン王は現在も多くのタイの人々に親しまれているようです。タークシン王を廃し処刑までしたその後のチャクリー王朝下でなぜなのでしょう? 230年以上前の一代限りの王がなぜ今も多くの人々に敬愛されているのでしょう?

私はその疑問を感じながら、ずっとトンブリー旧王宮エリア、そしてバンコクヤイ運河沿いを歩いていました。

その答えが鄭皇廟にある説明板にありました。

20180105 Wat 11

タークシン王はタイの人々(特にトンブリーに住む人達)にとっては勇敢な戦士であり、軍を率いてビルマ軍と戦った解放者として敬愛され、「国の英雄(Natinal hero)勇気の象徴(Symbol of bravery)自己犠牲に寄って国土を回復した男(Man of self-sacrifice who redeemed the countory)」と褒めちぎっています。

画像下はモスリム地区にあるタークシン王廟前にあるトンブリー王朝の最大領土を示した地図です。現在のカンボジアやラオスを含んでの広大な領土です。

20171123 Thonburi 4

400年以上続いた栄光のアユタヤ王朝がビルマにボコボコにされた後、軍と多くの人々を率いてトンブリーに都を移した後も闘い続け、多くの領土を回復しながらも最後は精神に異常をきたし処刑された一代だけの王。

現チャクリー王朝が都をチャオプラヤー川対岸に移したものの、タークシン王が現在のバンコク、そしてチャクリー王朝の礎を築いた事を前回までのシリーズの中で書いています。画像下はWat Chao Amにあったタークシン王の若い頃の肖像画です。

20180105 Wat 12

それだからこそ、現在のトンブリー地区の中心ウォンウィエンヤイに彼の騎馬像を置き、チャクリー王朝歴代のラマ王の名と並んでタークシン王の名を冠した橋がチャオプラヤー川に架かっているのでしょう。

さて・・・冒頭にメモリアル橋(プット橋あるいはラマ1世橋)が架けられたのが1932年で、同時にウォンウィエンヤイに繋がる道路なども整備さ、トンブリー側でも水運から陸上交通網へと変わる年だったと記しています。

20180105 Map 2

その1932年とされる古い写真があります(画像上)。一番下にかろうじてメモリアル橋が写り、画像で右下の角の陸地がワット・ポーや王宮エリアになります。その対岸がトンブリーの旧王宮エリアで、そのすぐ西は緑豊かな地(果樹園や未開地)のままです。

この写真が撮られた1932年の150年前がトンブリー王朝(1768年~1782年)です。タークシン王が住まいがあった王宮からワット・インターラーム・ウォーラウィハーンへ行くには・・・間違いなくバンコクヤイ運河を舟で行った事でしょう。

画像下はバンコクヤイ運河(以前はバンルアン運河と呼ばれています)で私が知る一番古い写真です。タークシン王が無くなって110年後、1892年のバンルアン運河です。ニューヨークのコダック社がカメラの大衆化を目指して創立された1888年の4年後の写真ですねぇ~

20180105 Canal

この写真の100年以上前・・・夜なら真っ暗でホタルが飛びかう中を月明りだけが頼り、粘りつくような光沢を放つ水面を静かに切るように漕がれる進む舟、そうしてタークシン王が王宮と寺を行き来した光景が目に浮かぶようです・・・

次回はタークシン王を支えた二刀使いの猛将が眠る寺やタラートプルーを歩きます。

さて・・・ウォンウィエンヤイからトゥートタイ通りを走る路線バスは以下の通りです。
4番(クロントゥーイ~タラート・プルー駅~ワット・パクナム)
9番(カンラプルック通り~ウォンウィエンヤイ~ 国鉄サムセン駅)
111番(トンブリー地区の短い循環路線)

4番と111番は本数が普通(10~20分に一本)ですが、9番は少なく30分以上待つ事も多いです。ウォンウィエンヤイを通らない175番(ノンタブリー船着場~ラマ7世橋~タラートプルー)もありますが、もっと本数は少なくなかなか見ないです。

20180105 Map 1

最後に、本シリーズの今までのエントリーは以下の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し②城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し③城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し④城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し⑤城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し⑥城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し⑦次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し⑧傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し⑨ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し⑩モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し⑪モスリム地区-2

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2018.01.07 | コメント(4) | バンコク街歩き

ロングステイの生活費 全て見せます

毎月一回、同じテーマで書いていますが正月編成で遅れました(笑) もう3年近く生活費の中身を全て包み隠さず(笑)公開しています。

数か月前のブログランキング参加中は、この時だけこのタイトルを読まれてアクセスする方が多かったのが事実です。今はエントリー内容(タイトル)に関係なく日々、あるいは定期的にアクセス頂いている方々だけが読まれているので、毎回繰り返す主旨の説明も不要かと思います。

またロングステイの生活費を公開するのも2018年はもう必要ないかとも思っています。元々、生活費なんて公開するものではないと思っていました。生活費の内容はあまりにも私事過ぎるし、微妙な部分もあるからです。

ただ、ロングステイに関心がある方にとって、生活費を考えない人はいないでしょう。その意味で今まで三年近く思い切って公開して来ました。

ブログ全体の主旨である『リタイアしたオッサンが誰の力も借りず、ネットの情報とは距離を置き頼らず、一人でタイで始めたロングステイの日々をありのままに綴る』のに、生活費は避けて通れないと思っています。

また、金銭的なことを書くと、どうしても安易な比較をしがちですが、人の数だけ異なるライフスタイルがあるのは当然で、それぞれが無理をせずに満足する時を過ごせれば良いのだと思います。本内容が何かの参考になれば幸いです。

それでは12月の生活費です。

--収入--

相変わらず収入は完全にゼロです。全くありません。わずかな年金や退職金は日本にいる家族が使うようにしています。収入が全く無いので自然と毎月節約志向が強まりますし、不安がないわけではありません。


--支出--

--アパート部屋代 8,500バーツ/月
賃貸料はすでに3年同じです。アパート(本当はコンドミニアムと呼ぶべきなのかも)はバンコク近郊シーナカリン通りの高層階です。大きなプールもジムもありますが、築後かなり経っていると思います。37㎡スタジオタイプでキッチンが独立してあるのが決め手でした。

20171201 Pool

荷物を増やさず、清潔を心がけています。悩みは・・・隣人たちの深夜過ぎの生活騒音は相変わらずです。蟻さんは油断すると出て来ますが、それより嫌な虫は部屋で見た事が無いです。

--電気代 828バーツ/月
トラブル続きだったエアコンをオーナーが交換してくれて半年以上、700バーツ台が続きましたが、12月は部屋に居る日も多かったのと冬至前後は日が当たるので電気代が毎年上がります。

20171201 Room

エアコン以外の電気の使用ですが、昼食を除き100%自炊なので熱源として電気はかなり使う方だと思います。電気式のシャワー、冷蔵庫、扇風機、照明、テレビ、パソコンぐらいでしょうか。

過去最高は1,117バーツで、最低は706バーツですが、この時は旅行などで不在が多い時で参考程度でした。電力会社からの直接請求で支払っています(オーナー経由ではありません)。

--水道代 72バーツ/月 
アパート管理事務所から請求書が来ますが、なぜか時々来ません(笑)昨年は一年間請求がありませんでした。毎月50~70バーツ台だと思います。

--通信代 681バーツ/月
3BBのルーター・無線を部屋に設置して631バーツ/月。
スマホ・携帯電話が嫌いなので、プリペイドを毎月50バーツして受信専用のガラケーを維持しているだけです(笑)

--交通費 1,593バーツ/月
普段は1,500~2,000バーツなので普通より少な目です。今の街歩きはトンブリーやノンタブリーと遠いのですが、12月は体調が悪く外出自体が少なかったです。BTSは高いので半年以上乗っていなくて路線バス主体ですが、MRTはシニア割引があるのでノンタブリーで使います。

20171218 PL 1

--食費 12,240バーツ/月
食事の内容は朝夜は完全自炊でランチは外が多いです。12月は通常月より2千バーツ以上多い支出ですが、理由は正月用の食材やアルコールとハッキリしています。

20180103 Wine

--日用品 150バーツ/月
スーパーで食品と日用品を買っても詳細まで区別しないので適当な区分です。12月は目薬が家計簿に書いてあっただけです(笑)

--洗濯代 200バーツ/月
コインランドリーでの洗濯です。最近一回25バーツのランドリーを週に2回使っています。

--遊興費 140バーツ/月
映画代と散髪代です。スターウォーズがシニア割引で60バーツ。マッサージは持病があるので出来ません。タイでは街歩きが主な趣味になるので、交通費=遊興費でしょう。

20171221 SW 1

合計 24,404バーツ/月

これが衣食住全ての生活費。これ以外にはまったくありません。もう数か月2万バーツ前後で推移していますが、先月は正月準備で普段買わない食品や酒で贅沢をしてしまいました。

収入が無いので節約する傾向が強まり贅沢はしていないものの、自分なりの毎日を過ごしています。

そんな日々を毎日のブログに綴っていますが、このブログがほんの少しでもどなたかのお役に立てたなら幸いです。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2018.01.05 | コメント(6) | タイ生活

ロングステイの食卓 おせち

2018年、お正月をいかがお過ごしでしょうか。

この時期は特に日本で家族と一緒に過ごせればと思うのですが、今年も一人常夏の国で正月を迎えてしまいました。これが人生で最後の一人の正月にしたいものです。

元旦の朝、バンコクの隅っこのアパートからスワンナプーム空港へ着陸しようとする飛行機を見ながら日の出を待ちました。6時45分頃でしょうか、昨年以上に素晴らしい初日の出でした。

20180101 Sun Rise 1

20180101 SR 5

さて、今年の干支は『戌』(いぬ)ですが、恥ずかしながら成人後も長く私はこの漢字を読めませんでした。12年に一度は必ず嫌というほど目にするかと思うのですが、普段は全く使う事がない漢字ですよねぇ~

考えてみれば、十二支で悩まず読めるのは「卯(うさぎ)」ぐらいかも知れません。これも「たまご」と間違えるかも知れないし、「午(うま)」なんかもぱっと見は「丑(うし)」だし(笑) 海外に長く住み過ぎたのかも知れません(汗)

その犬ですが、戌を使うわけがきっとあるのでしょうが、タイで街歩きをするにはかなり大きな障害で、ほぼ毎日悩まされます。特に都心部を出るとバイクと野犬は街歩きの大敵になります。ハッキリ言ってタイが好きな真面目な日本人の年寄りを威嚇する犬は大嫌いです。

20180103 Dog 1

バンコク都だと野犬がいても日中なら立体敷物になっていたりむやみに人を敵視する事は少ないのですが、周辺県の緑多い住宅地になるとお住まいの方々が住み着いている野犬に餌を与え、その代わり見知らぬ人を追い払う契約が成り立っているようで、ものすごく怖いです。ノンタブリーでかなり路地奥を歩いている今は、一日に何度も命の危険を感じています(本当です)。写真を撮りたいのに引き下がった事も何度もあります。

20180103 Dog 2

街歩きで怖かった野犬を撮った画像はキリがないのですが、心底怖かった時はカメラを向ける事も出来ないですね・・・

犬の話はこれぐらいで、本題に入りましょう。

日本ではお節料理は買うのが普通になって来たのではないでしょうか。そもそも若い人が多い家ではお節そのものが好かれないのかも知れません。

私はタイでロングステイを始めて毎年近くで手に入る材料でお節を作っています。食材もキッチンも腕も足りないので、お雑煮に酒のつまみの盛り合わせぐらいです。

20180103 Cook 1

それでも昨年末は気合を入れて用意したのは・・・その前年3年前にロングステイを始めた最初の正月用に遠いFUJIスーパーまで買い出しに行って、あまりの高さに何も買わずに帰った惨めな思い出があったからです(笑)その反省で近所のスーパーで買える物だけで何とかしています。

20180103 Food 1

20180103 Food 2

昨年の正月は、上の画像以外に煮物と雑煮を作りました。さて、今年のおせちです・・・

日本では家内に手間をかけさせたくないので買ったものでも良いのですが、手作りで毎年楽しみにしていたのが家内の母が造ってくれた煮豆と、料理をしないお袋が毎年これだけは作ってくれた煮物(筑前煮に近い)を思い出す家内の煮物です。お義母さんの煮豆がもう食べられないのが残念です。

その煮物を昨年同様に年末にたくさん作りました。ただ、酒のつまみはもうあまり飲めなくなったので、去年の半分ぐらいにしました。全てバンコクの隅っこである近所のバンナーBigCとセントラルの地下で入手した材料だけです。醤油やみりんなどの調味料もも苦労せずに入手出来ます。味噌や醤油でものすごく苦労した20年以上前で他の国に比べたら・・・(笑)

20180101 Food 1

一番高かったのでは日本製の「丹波の黒豆」187バーツでしょうか、サーモンは小さな切り身を一枚だけ買い、生は危ないのでごま油とニンニクで焼きました。イクラを買いたかったのですが、小さな容器にほんの少し入って300バーツ弱だったので諦めました(涙)

20180103 Food 4

煮物は筑前煮で今回高いゴボウを入れたので、あの若木っぽい根っこ味がごま油とよく合って締まりました(笑)タイ製さつま揚げが今一つなので今年は諦め、また里芋が無いので(煮崩れするので)別に茹でて味付けしたジャガイモや豆腐も作りました。だし巻き卵は完全に失敗作でちょっと固まったスクランブルエッグです(汗) 

今年は去年に比べて寂しいですねぇ~ 盛り付けは一枚しかない大皿に詰め込んだだけで全く分からないので笑って下さい。

20180103 Food 5

お雑煮は大晦日に家内に聞いて作りました。一年に一度なので覚えられず毎年聞いているように思えます(汗) 鶏ももを筑前煮で使ってしまい、鶏胸肉なので出汁が難しかったです。小松菜や三つ葉がないので青梗菜です。パクチーより良いかと(笑) 結果、今年作った中では一番美味しく出来ました・・・って、お雑煮が大好きで、これが無いと正月ではないです。

20180102 Zouni

昨年よりだいぶ節約ヴァージョンになりましたが、これで三が日は朝からチビチビと飲んではウトウト・・・お腹が空いたらお雑煮です。そしてタイ製のあんこの缶詰も買っておいてので、甘い物が欲しくなったら「ぜんざい」です。私は酒好きで甘党でもあるのです(笑)タイ・ダイソーで60バーツで買った器が一個しかないのが悲しいですが(汗)

20180103 Food 3

ワインは一本199バーツと最安値の赤白、焼酎はベトナム製2リットルが1,100バーツちょっと(FUJIより20バーツちょっと安いです)、日本酒は紙パック1.8リットル600バーツ弱の最安を買いました。

こうした酒は旨い不味いを語るものではありません。日々のランチでもそれをブログで語らないのと同じです。タイで・・・近所で・・・手に入るのは、食べられるのは・・・他の海外やタイでも地方を思えば天国ですし、本物をそれぞれふさわしい地でふさわしいものを頂き、納得して満足すれば語るかも知れませんが。こうした食材が入手できて食べられたり飲めるのを満足するだけの事です。

20180103 Wine

いつも一人で作って一人で食べる食事、普段は節約した質素な食卓ですが・・・正月ぐらい、ほんの少し贅沢な食卓になります。問題は・・・これが一週間は続く事ですね。まぁ、生ものはないし、手間を省けるので構いませんけど。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2018.01.03 | コメント(10) | タイ生活

今年もよろしくお願いします

明けましておめでとうございます。

読者の皆様におかれましては輝かしい新年をお迎えのこととお喜び申し上げます。
また、旧年中は、このブログに訪れていただき、大変ありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

つい数分前ですが、2018年になった午前0時に多くの花火が打ち上げられました。私が住むアパートからだとメガ・バンナーから打ち上げられた花火が一番大きく良く見えました。

20180101 FW

さて、皆さんの年末はいかがだったのでしょうか? 私は2ヵ月近く運河や川沿いをずっと歩いていました。もう、こうなると異常な拘りかもしれません(苦笑)

20180101 Boat 2

考えてみると・・・私の故郷は江戸(東京とも言います)深川で堀に囲まれた地でした。借家は隅田川に架かる永代橋のすぐ横にあり、隅田川の花火も勝鬨橋の跳ね橋が上がったのも、(当時はあまりきれいではなかった)川面越しに見た記憶があります。

今はその多くの堀が埋め立てられ高速道路にもなっていますが、家から学校に通うのに幾つもの堀を渡った記憶が鮮明にあります。

20180101 Boat 1

下町で堀(運河)が多い・・・それはトンブリーと同じじゃないですか! そして年末はトンブリーからその流れを遡りノンタブリー県をずっと歩いていました。そこにはバンコクではもう見られなくなった水辺の生活がたくさん残っています。

20180101 Boat 3

一番上の画像はクイッティアオ売りでしょうか、その下は何でしょうねぇ~お粥かスープ系でしょうか、このすぐ上はアイス売りです。そしてすぐ下の2枚は野菜や卵などが見えます。

20180101 Boat 4

20180101 Boat 5

この下は完全にクイッティアオ売りですね。麺を茹でる寸胴から湯気まで見えるような気がして、橋の上から頼んで食べたくなりました。見ていると・・・水辺の家からオジサンが出て来てクイッティアオを受け取っているし・・・(笑)

20180101 Boat 6

20180101 Boat 7

水辺の家々、そこに暮らし働く人々、そして集落の中心となるお寺・・・それしか無いのですが、離れがたく心に残るのはなぜなのでしょう。

外国人が多く喧騒の観光地でもなく、コマーシャルを流し続ける大型ディスプレイがビルの影で眩しいぐらいの大都会でもなく、スマホを見ながら周囲への関心を示さないまま多くの人がすれ違う都会の道でもなく、洒落たカフェやレストランに入るのが当たり前顔の在住外国人やタイの金持ちの若者達が行き交う町でもなく・・・

長く暮らしたヨーロッパやアメリカでもなく、他のアジアの国々では出合えない・・・バンコクとその周辺で、離れがたく心に残る地と出来る限り多く出合いたいものです。

それを、タイの庶民の方達と同じ目線でブログに書く事が出来たらと思います。
それを、ネットに頼って人の後を追うのではなく、苦労して自分の足と勘で歩きたいものです。
それを、一生懸命自身の文章と画像で綴るブログでありたいと思います。
そして、タイの人々と同じように公共交通機関を利用して移動したい方々を一生懸命応援するブログでもありたいです。

と言う事で・・・新年一番で訪れて頂いた皆さんへ感謝を込めて、2018年これからのエントリー予定を簡単に紹介しておきます。(たぶん)ネットで初の紹介になる所だけを記します。

1、トンブリー王朝の面影を探す旅

昨年からの続きでだいぶ長編になってしまいました。すでに予告編をした部分もありますが、ネットでは初になるだろう所がこれからも登場します。

珍しい仰向けの涅槃仏・ワット・ラーチャクル・ウォーラウィハーン
20171213 BY 4

非常に珍しく美しい28体の仏像・ワット・アブソンサワン
20171213 BY 5

水の上に建つ美しい仏教建築は・・・
20171213 BY 6

バンコクヤイ運河で遊ぶ子供たち
20171213 BY 7

モン運河が行く着く所は・・・
20171213 BY 8

トンブリーの古い現役薬局
20171203 Thonburi 1

2、新シリーズでチャオプラヤー川元流を歩く旅


湾曲部にショートカットが作られる以前、チャオプラヤー川の元々の流れを追う旅です。地方バスとソンテウが移動の中心になりますが、バンコク周辺にこんな地がまだ残っていたと驚くばかりです。

20171228 Canal

私が見た中では最大の船の寺院
20171218 Wat 1

坐像や立像ではなく珍しい椅子に坐っている倚像
20180101 Wat 1

アユタヤはともかくバンコク周辺では珍しい仏塔
20180101 Wat 2

首都圏では3番目に大きい涅槃仏(たぶん)
20171218 Wat 2

本堂の外壁が非常に強い印象を与えるお寺
20180101 Wat 3

高床式僧房の下から托鉢用の小舟が直接水路に出られるお寺
20180101 Wat 4

水辺に建てられた家と、印象的なお寺がある運河
20180101 Wat 5

3、新シリーズ、ラッターナコシン島の最初の堀

チャクリー王朝時に造られたと思っていたラッターナコシン島で最も内側の堀、これはトンブリー王朝時に掘られた運河でした。

20180101 Canal

4、なかなかエントリー出来ないナイトマーケット

街歩きの中で知った(たぶん)ネットには載っていないだろうナイトマーケット。水上マーケットは首都圏周辺で22カ所も紹介しているのに、ナイトマーケットは夕方以降は体力が持たずに、なかなか再訪出来ずに4カ所も未紹介のままです(今もあるか心配ですが)。

20180101 Market

5、バンコク不完全バスガイドの地方バス版をいよいよ・・・

底なしのようで避けていたのですが・・・バンコク首都圏だけでも地方バスの路線をエントリーしようかと思っています。起点から終点に乗る事はまずないし、路線上は何も書く事がないし、全て中途半端になるかと思いますが・・・情報が極端に少ない地方バスかと思います。何もないより中途半端でも書こうかと・・・

20180101 Bus

他にも書きたい事はたくさんあるのですが・・・だんだんパソコンに向かって書くのが辛くもなっています。歳なのか持病なのか・・・街歩きの好奇心は尽きる事がないのですが、これを整理してブログにするのが時間的、肉体的、気持ち的にモチベーションを維持するのが辛くなっているのも本音です。

新年一番から長くなりました。のんびりマイペースで、いつかは止める時が来るブログですが、その時はご勘弁ください。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2018.01.01 | コメント(9) | その他

«  | ホーム |  »

FC2Ad

プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

FCカウンター

QRコード

QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。