首都防衛要塞を行く⑤プレーン・ファイファー要塞 Season1最終回

私はお城ファンです(笑)大きな趣味としては「旅行と食」なのですが、旅先は美味しい物(旨い酒)とお城が目当ての事が多くあります。

日本のお城は多く訪れていませんが、世界の多くの城に行った事があります。今まで紹介して来たようにヨーロッパの多くの城は山や丘、そして岩山の上に城を築き町を見下ろす山城と、都市を堀と城壁で囲い町全体を要塞化した平山城か平城の二通りが多く見られます。

これって、日本と同じではないでしょうか。急峻な地形を利用して防御力を高める必要があったのはその時の情勢がよほど厳しかったのでしょう。利便性を犠牲にしても守りを固めたかった時代です。やがて時勢が落ち着き統治しやすい形の城となり町全体を包む形となった・・・また完全に私的で勝手な思い付きですが(汗)

そんな中で世界に二つとない稀有な城に行った事もあります。超メジャー級有名観光地なので若干恥ずかしいのですが、一つはフランス・モンサンミッシェルと中国・万里の長城です。「モンサンミッシェルは修道院だろう!」の声が聞こえて来そうですねぇ~

フランス・モンサンミッシェル
カルヴァドス(りんごが原材料の蒸留酒)を求めてノルマンディー地方をさ迷っていた時に寄りました。当時は画像下のように島のすぐ近くまで自家用車で行けて駐車場までありましたが、砂の堆積が進みその後堤防道路は取り壊されました。

修道院ですが、英仏の百年戦争時代は英仏海峡の重要な要塞でした。実際に島の中を歩くと要塞そのもので、そうした戦争の跡も多く見られます。

20170522 France

中国・万里の長城
この時は残念ながら美酒を求めての旅ではなく、北京での会議の合間を縫って半日雇ったタクシーで向かいました。中国語も日本語も「城」となりますが、英語だと「The Great Wall」で壁です。トランプ大統領が造りたい領土を守る壁です。実際に訪れた所は「長城」だと言うのを実感しますが、僻地だと朽ちている壁もあります。

北京から近い事にも驚きましたが、冬で雪が降ってしまいつるつるで急峻な坂や階段を「マジっか!」と思いながら歩いたのを思い出します。今はとっても出来ないですねぇ~

20170522 China

今日も前置き話が長くて脱線し過ぎで怒られそうですね。このまま「世界の城」を続けたい気もしますが、タイに関係ない事は前置き話だけにして本題に入りましょう

西洋列強の脅威を感じ始めたラマ5世(1868~1910年)統治下に海から攻めて来る敵から守る為、チャオプラヤー河口から王宮近くまでのチャオプラヤー川沿いに整備し造った要塞・・・その『首都防衛要塞跡』を訪ねる「ぶらり散策」の新シリーズ第5回目はプラ・チュラチョームクラオ要塞からソンテウと路線バスでプレーン・ファイファー要塞に向かいます。

えっと・・・前回はプラ・チュラチョームクラオ要塞内と元練習艦メークローン号を見て、プラサムットチェーディーへ戻るソンテウを待っていたところまでです。

そして、今までのエントリーは以下の通りです。

第1回目「首都防衛要塞を行く①パークナムからピースアサムット要塞へ
第2回目「首都防衛要塞を行く②プラサムットチェーディー
第3回目「首都防衛要塞を行く③河口のプラ・チュラチョームクラオ要塞へ
第4回目「首都防衛要塞を行く④軍艦メークローン号と要塞跡

プラ・チュラチョームクラオ要塞は暑すぎました。日陰が少なく海がすぐそばの公園です。一刻も早く脱出したかったのですが、ソンテウを30分も待ってしまいました。それでやっと来たソンテウは来た時(1267番)とは違う1290番です。

20170519 Songthew 1

一瞬躊躇しましたし運転手に聞こうかと考えましたが、まずはこの炎天下の要塞公園を逃げ出したくて乗り込みました。乗客は私一人、他は誰も居ません。不安です・・・

路線バスでもソンテウでも知らない路線に乗る時の「間違えたら戻れば良いだけ」の根拠がないけど何とかなった経験を信じました(笑)ソンテウの後方で小さくなって行くラマ5世像に別れを告げながらも、この時は「本当に大丈夫か・・・変な所へ曲がったらすぐ降りよう、それが炎天下でも」そんな決意を固め周囲をずっと見つめていました。

20170522 Songthew 1

結果・・・何とかなりました(笑)って言うか往路の1267番と全く同じルートでプラサムットチェーディーの町に戻りました。マングローブの林を抜けてチャオプラヤー川が見えた時はほっとしました。往路と復路でなぜ違う番号なのか・・・さっぱり分かりません。

20170522 Songthew 2

プラサムットチェーディーの船着場前でソンテウを降り、コンビニのセブンで休憩です。タイの隅々まで展開しているコンビニのおかげで、こうした都心を離れた所でも日本のアイスを食べられのが嬉しいです(かなり高いけど)。一息入れた後に近くで出発を待つ路線バス20番に乗り込みました。

20170522 Ice

20番はチャオプラヤー川西側をディンデーン船着場(中華街ヤワラーの対岸)まで行く路線です。このバスで慣れたプラプラデーン(パパデーンと言うのが普通)経由で帰るのですが、途中、一度ブログで紹介済みですがプレーン・ファイファー要塞Pom Phlaengにも寄るつもりです。

20170522 Bus20

20番のバスはチャオプラヤー川に沿ってスクサワット通りを北上しますがプラプラデーンの中心である船着場には入りません。その為に短い距離ですが82番に乗り換えますが、バス停はイミグレーション出張所があるメジャーの手前で降りて、道路の反対側で82番です。

82番を降りるのは終点の船着場の一つ手前で市場前。そして市場の中を真っすぐ抜けて裏に出ます。すると目の前がプレーン・ファイファー要塞の入口です。入口に市場の箱が置かれているのが現状や管理状態を現していますねぇ~

20170305 PPD 4

20170305 PPD 5

ラマ2世時代に命じられその後も何度か改修された要塞ですが、今まで見て来たプラ・チュラチョームクラオ要塞やピースアサムット要塞に比べて見劣りするのが本音です。あまり整備もされていなくて公園っぽいのですが、荒れたままなのが現状です。

20170305 PPD 9

20170305 PPD 10

置かれている大砲が実際に使われていた物とは違う気もしますが、これも今まで見て来たアームストロング砲に比べたら見劣りって言うか・・・時代が違ってパイレーツ オブ カリビアンみたいです(笑)

20170305 PPD 7

20170305 PPD 8

この要塞からもパークナム事件の時に遡って来たフランス艦を砲撃したのでしょうねぇ~役に立たなかったのが何となく納得してしまう要塞跡です。

まぁプラプラデーンの渡し船船着場のすぐ近くで、帰る途中に寄るのに都合が良いだけですが、もう少し整備すると良いのですが・・・

公園内から引き返し市場の中で今度は向きを川の方に帰るとすぐに船着場です。ここの渡し船はチャオプラヤー川で一番眺めが良い所です。大きな船も行き来していますし、いつ行っても飽きないです。

20170116 PhraPhraDaeng

対岸の船着場前で待機しているソンテウ1144番(一律8バーツ)に乗れば終点はサムロン病院前です。私はサムロンから地方バス365番でバンナートラート通りへ向かいますが、先月(2017年4月3日)BTSサムロン駅が開業したので都心部にお住まいの方はすぐですね。

20170319 Songthew 2

ちなみに、渡し船で渡ったチャオプラヤー川東側にも要塞があったのですが、今は病院が建っていて、その駐車場で昔は要塞跡だった事が分かります。

20170313 PPD 14

さて後半は本ブログで過去も登場した所なので急ぎましたが、これで「首都防衛要塞を行く」シリーズのSeason 1 最終回です。

20170522 Map

この後はSeason 2 として「首都防衛城壁を行く」でラッターナコシン島を守る城壁跡を歩きます。

Season 2 は久しぶりの都心部ですねぇ~ 

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2017.05.25 | コメント(3) | タイ・トラベル

コメント

もうひとつの要塞

こんばんわ
写真のプミポン橋I,IIは通勤で毎日走っています。つまり私は橋の上からの景色を毎日眺めています。プラプラデーンとプーチャオの渡し舟は以前はフェリーで私もこわごわクルマを載せて対岸に渡ったことが何度かありました。ここにも要塞跡があるのですね。私は本当に無知でAlster様のブログにはいろいろ勉強させられます。写真を見るとあまり整備されてないようですが、私は完璧に再現されて公園みたいになっている遺跡よりもガラっと崩れていて「つわものどもが夢のあと」の風情の遺跡のほうが好きです。80年に行ったことがあるアユタヤとかピマーイの遺跡なんか当時はまだぜんぜん整備されてなくて石が崩れていて草ぼうぼうで、私はそんな風情の遺跡が好きでした。

2017-05-25 木 21:05:25 | URL | サイアム #- [ 編集 ]

Re: もうひとつの要塞

サイアムさん

コメントありがとうございます。

あの美しい橋を通られての通勤なのですね。ちなみに渡し船は人用の少し下流に今でも車両用が平行して運航されています。その車両用フェリーが西岸に着く船着場の正面が要塞跡です。

2017-05-25 木 22:15:19 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

プラプラデーンとプーチャオの渡し

ALSTERさま
あの車両用フェリーは存続していたんですね。橋が完成してから無くなったと勝手に思い込んでいました。

2017-05-26 金 21:56:31 | URL | サイアム #- [ 編集 ]

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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