(前編)娘への想いと日本のテレビ

私には娘がいます。

ドイツで二番目の子として生まれましたが、その前の息子が生まれた直後から具合が悪くて北ドイツの田舎町で大変な苦労を家内にかけてしまいました。

House

町中の医師から病院、そして日本の病院と連絡を取り合うなど四苦八苦した結果、生後数か月でドイツで手術。その後も田舎町からハンブルグ大学病院へ長く通う事になりました。

長男が落ち着いて来た頃に授かった娘ですが、娘もドイツの田舎町で予定にはなかった急な帝王切開での誕生でした。

20170609 NMS

息子をボスの家に預け、手術後で動けない家内とは別な新生児病棟に毎日通い、保育器に入った小さな命を見守っては家内にその様子を話していました。短い時間に保育器から出してもらい、家内より先に娘を抱いたのもしばらくは定番の自慢でした。

そんな海外での息子と娘の誕生と子育ては、大きな苦労と不安を家内に与えてしまい、二人のトラウマになってしまいました。その結果、ドイツ勤務の後半から単身赴任を選ぶ事になり、それが私の長い海外での一人暮らしでの始まりです。

Celle

今から思えば単身赴任は取るべきではなかった選択肢に思えてなりませんが、過去を今更悔いても仕方ない事です。

とにかく家内には海外での苦労をもうさせられないと強く思っていましたし、子供たちには日本で伸び伸びと育って欲しかったのです。その為なら一人で海外で働く事に迷いはありませんでした。(画像下は前タイ在住時で家族が遊びに来た時です)

Island

ただ・・・娘だけは海外、特にアメリカで育てれば良かったと今でも家内と話すのです。

私が単身赴任の所へ娘だけ呼んでも・・・アメリカで中学、高校、大学を出させてあげたら、それが娘の将来にどんなに良かったかと後悔してならないのです。

そう思うぐらい海外向きな性格ですし、どうも本人もそんな事を時々つぶやくそうです。

実は、私のアメリカ勤務時にもそんな事を考えなかったわけでは無いのです。ただ、やはり子育てを海外でする事へのトラウマがあって、そこまで踏み切れなかったです。娘には・・・大きな機会を逃させてしまったようで悔いが残っています。

20170606 ATL

毎年家族そろってアメリカに遊びに来ていた娘でしたが、中学を卒業する頃には友達と、そして一人でアメリカに遊びに来るようになりました。(画像下は西海岸へ遊びに行った時にサンタモニカで自転車です)

20170605 LA

私は東海岸が本拠地でしたが、西海岸でも顧客やスタッフを抱えていたので行ったり来たり。ロサンゼルスは日本にも近くて呼びやすいので息子と娘が交互に遊びに来ていました。

今思えば、父親がアメリカを飛び回って仕事をしていた時の姿を少しは見ていたのかも知れません。(画像下は休暇で娘とラスベガスへ行った時です)

Venetian Otto

息子とも昨年にヨーロッパを車で巡ったように仲が良いつもりですし、アメリカにも息子一人で遊びに来てくれていました。息子は海外で運転するのが大好きなので、いつもワイナリー巡りをするのに運転手をしてくれます。

20170605 APTL

ただ娘には・・・正直特別な思いがあります。父が娘に抱く愛情も強く感じていましたし、歳行ってから出来た末っ子の娘が可愛くてなりませんでした。

しかし一緒に暮らした記憶はお互いにほとんどありません。私が日本へ一時的に戻った時だけの父と娘。娘の運動会や学芸会に授業参観は行けた事がありません。部活の陸上の大会も全く行けませんでした。ピアノの発表会に一度だけだったか・・・

娘が小さな時は、たまに戻った私に甘え甘やかしで良かったのですが・・・年頃になると私も口うるさくなるし、少しずつ娘との距離が開いていったように思えます。

たまに日本に戻り、買い物のおねだりで(少女たちに人気の店が多い)渋谷に行った事もありますが、どうしてもよそよそしくなってしまうのは・・・それが普通なのかも知れませんが、一緒に暮らした事がない娘も私も少しの戸惑いがあったのでしょう。

20170606 Shibuya

娘は大学に入ってからフィリッピンやカンボジアでストリートチルドレンへのボランティア活動をしていました。何か海外への気持ちを抑えきれないものがあったのでしょう。きっといつかは海外で活躍したい・・・そんな想いを抱いているのかも知れません。

そんな娘はどこか私にも似ているのかも知れないですね。

ただ、自由で奔放な性格の娘に家での態度を心配して文句ばかり。外交的であるのは良いのですが、内向きな事は私から見て心配が増えるばかりでした。お互いの距離感が掴めないままでしたが、それも別々に暮らしていれば仕方なかったのかも・・・

一緒に暮らした事がないのに、文句ばかりの父に見えるでしょう。難しい子育てだけでなく、私と家内の両方の母を見送る事まで家内一人に任せてしまった私は、家族からすれば一人海外で自由で好きなように暮らしていたと見えてもおかしくないでしょう。本当に苦しい部分を話すこともなかった私が勝手にそう思い込んでいた部分もあると思います。

働けていた時はそれでも良かったのですが・・・私は持病と戦いながら働き続ける事に疲れてしまい、アメリカでリタイアを決めました。家族の為にもっと働き続けたかったのですが、身体も心も、もう頑張れないと思った自分に疲れてしまったのです。それは家族の為に長い間自分がして来られた唯一の事を失ったとも思えました。自分自身にがっかりしていましたねぇ・・・

20170609 ATL2

アメリカで最後の勤めを終えた日、アパートに戻った私を待っていてくれたのは娘でした。家具など片付けて何もないアパートに(遊びに)来てくれていました。

一人だとウジウジしていたかも知れないし、さっさと日本に戻っていたかも知れませんが、リタイア後の休日を娘とニューヨークで過ごした記憶は私の宝物です。

20170605 NY 2

娘にはアメリカ国内での移動で航空会社ラウンジやファーストクラスを楽しんでもらい、ニューヨークで気になる店を毎日訪ねていました。(画像上はニューヨークのソーホーのある店です)

今のロングステイを始めた年にもタイに一人で来てくれました。シーズンオフで雨のプーケットはあまり楽しめなかったのが残念でしたが、バンコクで普通の観光を楽しみました。

Mango Tango

娘とは海外で時々会うだけの仲がちょうど良いのかも知れませんねぇ・・・

娘とはどんどん距離が開いているように思えますが、全て私の度量の狭さが招いた事です。まぁ、娘が幸せになってくれれば、健康でいてくれれば、それだけで十分です。何も娘に望む事はありません。

さて・・・そんな娘が小学生後半から中学生になった頃でしょうか、日本へ一時国した時に娘が居間で観ていたテレビがバラエティ番組でした。当時、私は苦手ジャンルです(笑)

海外ではあまりテレビを観る事はなかったのですが、それは働いていたので時間が無かった事と、観たい番組があまり無かったからです。

ドイツでは家に帰ってまでドイツ語は聞きたくなかったし(笑)、タイでは全くテレビに関心が無かったです。アメリカでも最初は英語をプライベートな時間に聞きたくなかった! まぁ、アメリカでは10年も住んだのでネーティブな英語に慣れましたけどねぇ~

そんな時たまに日本へ戻り家でくつろいだ時にテレビを観るのは・・・いつもニュース番組、クイズ番組、スポーツ番組などで、朝時間があればCNNにBBCも(笑)当然、バラエティは大の苦手でした。

「くだらない」「何で字幕が出るのだ」「テレビに映らない観客の笑い声がわざとらしい」・・・と文句ばかり言っていました。

20170609TV

家内や息子は遠慮してか私が居る時はそうしたバラエティにチャンネルを合わせる事は無かったのですが、末っ子で空気を読まない娘は小学校か中学校で流行っているバラエティです(笑)

私も日本へ戻ると普段一緒に暮らす事がない家族にも気を遣うし、娘が大好きだから黙ってそのテレビに付き合って観ていました。もちろんもうずいぶん前の事で、今日本に戻っても息子や娘が家に居るのか居ないのか分からないぐらいですが(苦笑)

そうやって娘に合わせて観ていたバラエティ番組の一つが「世界の果てまでイッテQ」です。日曜日のゴールデンタイムと呼ばれる時間帯だったと思います。

娘はたまたまその時に面白そうだった番組にしただけなのでしょうが、私はそれが「娘が好きな番組」だとすっかり思い込んでしまい、赴任地に戻っても(苦手だった)バラエティ番組の「世界の果てまでイッテQ」を意識して観るようにしていました。

一年に一度か二度程度、たまにしか会えない娘との距離を縮めたかったのです。こんな事を書いたら、笑われますねぇ~ 

その娘は今年大学4年生、すでに就職先を決めたようです。外国に本社がある企業を選んだのも、将来海外で活躍したい気持ちがあるのだと思います。社会人となると親が援助する事もなくなるでしょうし、私との距離も広がるばかりでしょう。それで良いのだと思います。早く自立して社会で活躍するのも、家庭を持つのも、何をしても・・・健康で幸せでいてくれれば、それだけで十分です。

話を戻して・・・

そんな風に観始めた「世界の果てまでイッテQ」って、芸人さんが世界の色々な所へ行って笑いを取る・・・紀行番組や冒険番組ではなくてお笑い番組だと思うのですが、タイがよく出て来る事を知りました。

20170414 Bus 4

ある時は「ムエタレーMuay Talay(海のボクシング)」をこの番組で観た事があります。これって私が大好きで1980年代半ばから知っていて、地元と(勝手に)言っているバンプリーでの祭りの一つですよねぇ~

他にもロケット祭り(先月でしたねぇ~)とか、色々タイが出て来ますねぇ・・・

と言う事で、大変長い前置き話からやっとタイの話になりましたが、この続きは次回へ(笑)

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2017.06.17 | コメント(5) | その他

コメント

Re: 後悔

非表示設定でコメントを頂いています。ありがとうございます。

私は毎日「後悔」ばかりしています。
あのバスに乗っておけばよかった・・・あそこで牛乳を買ったら2バーツ安かった・・・4杯目の焼酎を止めておけばよかった・・・そんな日々です。人間が出来ていないのです。

ただ、単身赴任を選んだ事は大きな悔いが残ったままです。家族、特に家内に対して苦労をかけ過ぎました。
しかし、何が正解かは分かりません。死ぬ時に、これで良かった・・・と思えれば良いのですが。

2017-06-17 土 16:07:16 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

ほっこり

いつも楽しく読ませてもらっています。
娘さんとのお話、心がほっこりしました。
私も父が海外に赴任していたのですが、訪ねた事はなく苦笑、何だかalsterさんと娘さんとのつかず離れずな関係がとっても素敵だなと思いました。続き楽しみにしてます!

2017-06-17 土 16:49:29 | URL | ゆげゆうこ #- [ 編集 ]

Re: ほっこり

ゆげゆうこさん

コメントありがとうございます。

欠点や我儘ばかりが目につくのですが、きっと他人から見れば、もっと評価すべき所があるのでしょうねぇ~
就活もあっと言う間に希望の道を切り拓いてしまった娘ですから、親とは異なる目で見れば・・・とは思うものの・・・(苦笑)

とにかく、自らの人生を幸せに送ってくれれば、何も言う事はありません。これからはそれを見守るだけです。

2017-06-17 土 18:09:50 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

娘さんへの思いを素直に語る文章がいいです。娘さんとの距離感というのに幾分もどかしさも感じました。でも日本人のお父さんはこういうちょっと不器用さゆえに日本男児なのではないでしょうか。あまりベタベタサービスするとアメリカ人の親父みたいになってしまいます。いま大学4年生ということはAlster様が40過ぎてがらできたお子さんでしょうか。可愛くて仕方ないでしょうね。

2017-06-17 土 21:04:46 | URL | サイアム #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

サイアムさん

コメントありがとうございます。

人の数だけ、家族の数だけ、その姿は異なり、また何が良い悪いなんて誰も言えない事ではないかと存じます。
私自身も何が正解かはまったく分からず、家族を大切にしたいと思うだけで、日々を生きて行く最中です。

2017-06-18 日 08:57:53 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住27年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用。2014年末に退職し、現在タイでロングステイ中。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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