首都防衛城壁を歩く Season 2 ① プラスメン砦

私は世界遺産ファンです(笑)大きな趣味としては「旅行と食」なのですが、旅先は美味しい物と世界遺産が目当ての事が多くあります。

同じ遺産でも自然遺産は興味がなくて、人が関わった記念物、建造物群、遺跡、文化的景観などの文化遺産が好奇心の対象なのです。その中でも遺跡を訪れるのは歴史を含めて大変面白く思っています。日本に戻ったならゆっくりと家内と一緒に各地の遺跡を見て回りたいものです。もっとも家内には温泉旅行としなくてはなりませんねぇ~

タイでの世界文化遺産となると次の三カ所でしょうか。私は意外と少ないと思うのですが、保存とか文化的背景など色々あるし多ければ良いってものじゃないですしね。

・古都アユタヤ
・スコータイの歴史上の町と関連の歴史上の町
・バーンチエン遺跡

スコータイ歴史公園とシーサッチャナーライ歴史公園は前在住時に行きましたが、すごく良かったです。スコータイ歴史公園は自転車で回りましたが暑くて参りました。夜にトゥクトゥクでライトアップされた遺跡を見に行きましたが、その時は寒さで参りました(笑)

20170606 Sukhothai 1

シーサッチャナーライ歴史公園は路線バスを降りた所が何も無くて心細かった記憶があります。困り果てて少し離れた所にあった売店にたまたま居たオジサンに頼んでバイクの荷台に乗せてもらいましたが、この頃はタイ語は全く駄目だったのによく行ったものです(苦笑)

20170606 Sukhothai 2

アユタヤも前在住時に自分の車で何度か行きましたが、出張者とのお付き合いなどで一人でゆっくり見た事はありません。雨季が終わればゆっくりと回りたいものです。

20170606 Ayutthaya

アユタヤでの印象は、戦争とは言え街全体を破壊した憎悪までも遺跡に染み込んでいるかのように感じました。

そんなアユタヤの街を見てからは、その後タイの人々がどんなに隣国の侵入を恐れたかがよく解ります。一代限りのトンブリー王朝の後にチャオプラヤー川東に遷都しチャクリー王朝を興したラマ1世以降、代々の王は首都ラッターナコシン(バンコクの以前)の守りを固めました。

Map

最初のラッターナコシン(島)は西側がチャオプラヤー川、東は(現在の)内務省前のアサダン運河(実は正確に名を知りません。アサダン通り沿いの運河)と思われます。正確には運河ではなく王宮を守る堀だったのでしょう。画像上はラッタナーコシン歴史展示館の展示物です。

隣国との戦争が繰り返された時代の記憶は薄れる事が無かったのでしょう。第二の運河(堀)を外側に造り、さらにラッターナコシンを城壁で囲みました。ちょっと見難いのですが、当時を説明したビデオがバンランプー博物館にあり、それを撮った画像です。

20170606 Canal 1

街は大きくなるに従ってさらに外側に三番目の運河(堀)造られました。それがパドゥン・クルンカセーム運河で、「パドゥン・クルンカセーム運河ボート」で9回にわたったエントリーをたどれます。

20170606 Canal 2

三番目の運河はこのように全て歩いてエントリー済みなので、今回は二番目の運河とその運河に沿って造られた城壁跡をたどります。もちろん何度も歩いています(笑)

と言う事で「首都防衛城壁を歩くSeason2」の1回目はプラスメン砦ですが、Season1の「首都防衛要塞を行く」は以下の5回のエントリーでした。

第1回目「首都防衛要塞を行く①パークナムからピースアサムット要塞へ
第2回目「首都防衛要塞を行く②プラサムットチェーディー
第3回目「首都防衛要塞を行く③河口のプラ・チュラチョームクラオ要塞へ
第4回目「首都防衛要塞を行く④軍艦メークローン号と要塞跡
第5回目「首都防衛要塞を行く⑤プレーン・ファイファー要塞

さて、やっと本題ですが、第1回目は「プラスメン砦Phra Sumen Fort」です。ラッターナコシン島を造り出す第二の運河バンランプー運河がチャオプラヤー川と接する重要な所に造られました。

20170606 Canal 3

この城壁には14の砦が造られましたが、画像上でも14の砦が数えられます。ただ、残念な事に首都の拡大に伴い城壁も砦も壊されてしまい、現在見る事が出来るのは今回のプラスメン砦と、やっとバンコク都が整備する事を決めたマハーカーン砦だけです。

20170606 Fort 1

プラスメン砦はカオサン地区に近く、多くの観光ガイドブックやメジャーな観光地を書いているブログによく登場しているかと思います。サンティチャイプラカーン公園Santi Chai Prakan Public Parkと隣り合っているので、公園でくつろぎながら見る方が多いでしょう。公園の木陰から見るチャオプラヤー川とラマ8世橋はなかなかのものだと思います。

20170606 Park 1

この公園は以前は砂糖工場の倉庫跡地を整備したもので、比較的新しく1999年の完成でラマ9世がサンティチャイプラカーン公園と名付けたそうです。現在はこの公園の一部にプラスメン砦があります。画像下は2015年に撮ったものですが、修復中で汚れも目立っていますねぇ~

20170606 Park 2

プラスメン砦が造られたのはラマ1世の時代で、初期の完成は1783年ですからチャクリー王朝を興した直後です。まぁ、守りを固めてラッターナコシン島と王宮を整備して行ったのでしょうから当然でしょうか。今のような形になったのはラマ5世から7世の時代だったようです。

20170606 Fort 2

中央は(たぶん)七角形だと思うのですが、珍しいですねぇ~ 砦の中には残念ながら入れませんが、武器庫など38の部屋があるそうです。誰が設計したのか、中の構造も興味があるのですが・・・

20170606 Fort 3

砦の北側はバンランプー運河がチャオプラヤー川に接する所で水門があります。水門で閉ざされた所にゴミが溜まるので、あまり見たくない状態にいつもなっているのが残念です。

20170606 Canal 4

この水門で運河の反対側には「ブラックコーラル・バーBlackcoral Bar」があって、ソファーなどで横になれるので、ファランと呼ばれる西洋人の方達がくつろがれています。

20170606 Bar

プラスメン砦の東側がプラスメン通りですが南側はプラ・アーチット通りで、すぐ近くにはチャオプラヤー・エクスプレスの「プラ・アーチット(バンランプー)船着場」もあり、カオサン地区への入口にもなっています。

Pom Pra Sumen 2016OCT

CPE

プラスメン砦の前は多くの路線バスが通っていますが、往復とも砦の前を走るバスは多くありません。53番は往復とも砦の前を走っていましたが、前プミポン国王崩御後に王宮広場の規制で色々変化が激しく、今現在は定かでありません。

Bus053 Phra Arthit

さて、このプラスメン砦をスタートして城壁と砦の痕跡を求め、バンランプー運河沿いを歩く事になりますが、次回に続きます。

20170606 Map

以下ランキングへ参加中です。読者のご声援が継続への力となります。
コメントはこの下右側のコメントをクリックです。お気軽に何でも構いません。URL・メールアドレス・パスワードは無くても可能です。お待ちしています。
にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ
にほんブログ村

タイ人気ブログランキング
タイ・ブログランキング

2017.06.05 | コメント(2) | バンコク街歩き

コメント

ALSTER様
こんばんわー
80年にアユタヤ、ピマーイ、パノムルンの遺跡を訪れたときはどこも草ぼうぼうで建造物もがらーんと崩れていたり風情がありました。当時のパノムルンなんか岩石が崩れて重なっているだけのようにに見えました。趣味の問題ですが私は綺麗に修復された歴史公園のような遺跡はあまり好きではありません。すこし崩れているくらいのほうが「遺跡!」って感じで興味があります。
プラスメン砦って初めて知りました。あの辺は道もよく知らないのでほとんど行ったことがありません。カオサンにも行ったことがない私です。ALSTER様のブログは本当に勉強になります。

2017-06-05 月 22:06:42 | URL | サイアム #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

サイアムさん

タイに長くお住まいでも、観光地とくに都心部は行かないものかと思います。私は暇な年寄りなので、ただ街歩きをしながら歴史などを思うのが好きなだけですが、何かのお役に立てれば幸いです。

2017-06-06 火 09:56:10 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

FC2Ad

プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住27年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用。2014年末に退職し、現在タイでロングステイ中。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

FCカウンター

フリーエリア

フリーエリア

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR