スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告

トンブリー王朝の面影を探し③城壁跡を歩く 中央部

街歩きの楽しさの一つは、その街が持つ歴史に想いを馳せる事ではないでしょうか。

現在のバンコク都とその周辺でそんな歴史を感じ取れるのは・・・現チャクリー王朝の王宮が置かれバンコクの基礎となったラッターナコシン島、そしてその前王朝であるトンブリー王朝が置かれたチャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリーです。

20171203 Thonburi 1

そのトンブリーで、たった一代15年間のトンブリー王朝の面影を探しながら、地図にも載らないような路地を歩き回り、またバンコクの魅力を再認識した・・・そんな小さな小さな旅です。

トンブリー、私自身は17年前の前在住時から知っているつもりだったのですが、結局何も知らなかった・・・いえ、何もまだ分かっていないのです。

本シリーズの今までのエントリーは以下の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し②城壁跡を歩く 南側

まずはトンブリー王朝の王宮があった宮殿周辺、そして旧王宮エリアを囲んだろう城壁跡を探して街歩きをスタートしましたが、この城壁跡は現在あるのでしょうか?

20171203 Thonburi 2

結論から言えば・・・徹底的にトンブリー側(チャオプラヤー右岸)とラッターナコシン川(左岸)をローラー作戦で歩きましたが、まったくありません。画像上は「バンコクノイ博物館Bangkok Noi Museum」の展示ですが、私的には盛り過ぎかと思っています。

前回はトンブリー王朝の旧王宮エリアを囲う城壁や堀の跡を追い、南端の「バンコクヤイ運河Khlong Bangkok Yai」から「バンモ運河Ban Mo」沿いを歩き、ワット・アルン裏で「ワット・アルン運河Khlong Wat Arun」に交差する所まで歩きました。

20171130 Thonburi 10

今回はワット・アルンWat Arun(ワット・アルンラーチャワラーラームWat Arun Ratchawararam Ratchawaramahawihan)の裏からのスタートになりますが、ワット・アルン自体を本ブログで書く必要はないでしょう(汗)それこタイに初めての方が持つガイドブックからネットにもうじゃうじゃと書いてあるかと思います。

20171114 Arn

創建に関しては定かに分かっていないそうですが、ナーラーイ王(1656~1688年)時代にフランス人によって描かれ地図には存在するそうです。そのトンブリー王朝以前からあった寺をタークシン王が整備し「ワット・ジェーンWat Chaeng」と名付け王宮寺院としました。現在ワット・プラケオにあるエメラルド仏もワット・アルンに一時は安置されていました。

20171123 Thonburi 14

さて・・・街歩きのスタートですが、運河名がたくさん出て来ますので、一度整理をしましょう。

トンブリー王朝の旧王宮エリアを理解するのは必要なので、古い地図の画像がたくさん出て来ますが、ご勘弁下さい。上の地図はバンコクノイ博物館にあったトンブリー王朝の地図で、左が北なので注意して見て下さい。

20171203 Map 1

地図上に私が勝手に日本語を入れましたが、運河名は現在の名で、お寺は当時のままとしています。「ワット・ジェーン」とはワット・アルンの事で、「ワット・バンワーヤイ」とはワット・ラカンの事、東側の「ワット・サラク」はタマサート大学南隣のワット・マハータートユワラートランサリットの事です。訳を新旧混ぜてすいません。

現在の王宮やトンブリー時代の旧王宮が面していた今のチャオプラヤー川のショートカットを掘り始めたのが1542年だと本シーズ1回目で記していますが、アユタヤ王朝時代でトンブリー王朝の226年前の事です。

20171123 Thonburi 13

チャオプラヤー川が現在の流れになってからトンブリー王朝が興されるまでの226年間の間、そのどこかでトンブリー王朝の街造りで欠かせない運河が掘られた事になります。

上のトンブリー王朝の地図ではチャオプラヤー川を入口として西へ延びる東西の運河が3本あります。南からワット・アルン運河、モン運河、そして一番北のワット・ラカン運河で、この3本の運河を南北で縦に貫きバンコクヤイとバンコクノイを結んだのが「ワット・ヴィセカーン運河Khlong Wat Wisetkam」です。

ワット・アルン運河
20171203 Arun

モン運河
20171203 Mon

ワット・ラカン運河
20171203 Rakhang

この3本の運河を貫くワット・ヴィセカーン運河は現在のバーンカミン運河とバンモ運河と思われ、バンコクノイ博物館の展示によるとタークシン王がトンブリーを都とした時にすでに掘られていたとあります。モン運河もアユタヤ時代に造られたの記載を現地で読みました。

私が勘違いしていたのですが、タークシン王がアユタヤを捨ててこの地に来た時、ここは決して何も無かった水辺の小さな漁村が点在しただけの所ではなかったのです。

すでに200年以上前にショートカットが造られチャオプラヤー川の流れは変わり、その源流だったバンコクヤイとチャオプラヤーが合流する所の両岸にはフランスが造った砦があって、西側にはワット・アルンやワット・ラカンの前身のお寺が立ち、多くの運河が掘られていた事からここに暮らす人々も多かったと思われます。

20171203 Thonburi 3

その人々が暮らす家々の多くは唯一の交通手段だった水路に面して建てられた事でしょう。そうした所では地盤が悪く高床式で杭を打ち込んだ上に浮き家式居住区間を作ったと思われます。

アユタヤを捨てそんな地に移ったタークシン王が、この地トンブリーに王朝を建てた時の最初の仕事が都の中心となる王宮の境界線を造る事だったのではないでしょうか。

それが南はバンコクヤイ運河、北はバンコクノイ運河、そして西側はワット・ヴィセカーン運河の内側に城壁を造ったのではないでしょうか。

20171203 Ban Khamin

さて・・・歴史に想いを馳せるのはこのぐらいにして、前回のバンモ運河沿いを歩きワット・アルン運河に行き着いた後を書きましょう。

トンブリー王朝の旧王宮エリア全体に言える事ですが、その多くがタイ王国海軍施設になっているので入れないのがもどかしくてなりません。

20171203 Thonburi 4

これは現チャクリー王朝ラマ5世が近代化を急ぎ、王宮水軍レベルから近代海軍への転換の中でトンブリー王朝から続いた王族、貴族、宮殿などを地を海軍施設にしたらからです。

話を戻しましょう(汗)

20171203 Map 2

ワット・アルン運河からバンモ運河沿いに北に向かうと運河はアルンアマリン通りの下を通り反対側(西側)へ流れます。アルンアマリン通りに出ると、すぐ東西に流れるモン運河手前に「ワット・クルアワンWat Khrua Wan」があります。

20171203 Thonburi 5

数年前から何度か境内を見た事がありますが、真っ白な仏塔が印象的ながら特に歴史や由来は分かりませんでした。お寺のホームページではラマ3世治世下で建てられたようだとあるので、トンブリー王朝時代には関係ないのかも知れません。

ここでアルンアマリン通りを渡り、細い路地に入りバンモ運河を探します。ソイ・ワット・ナッククランに入ると・・・画像中央で路地が盛り上がっている所の下が運河です。

20171203 Thonburi 6

20171203 Thonburi 7

こんな細い路地が迷路のように続くのがこのエリアの特徴の一つでもあるのです。この路地の突き当りが「ワット・ナッククランWat Nak Klang」です。

20171203 Thonburi 8

20171203 Thonburi 9

このお寺は路地奥の小さなお寺で、周囲の家々や木々に埋もれそうなお寺ですが・・・トンブリーのお寺に多く見られるタークシン王像が置かれたお寺ながら、その多さとコテコテ度はかなりのものです。

20171203 Thonburi 10

20171203 Thonburi 11

残念ながらこのお寺の由来など書かれた説明を見ませんでした。お参りする方も見かけず鶏が元気に境内で歩き回っている静かなお寺で、周囲の古い家並みに溶け込んでいるかのようにも思えます。

20171203 Thonburi 12

20171203 Thonburi 13

周囲の細い路地は緑に溢れ、伸びた軒先と日よけの傘も日陰を多くつくり出しています。そんな路地奥にはモン運河が流れ、そこには特別な時の流れがあるかのように思えます。

20171203 Thonburi 14

20171203 Thonburi 15

バンモ運河はワット・ナッククランの横でモン運河に行き着きます。そしてモン運河と交差するように更に北へ運河(堀)は延びますが、名をバーンカミン運河と変えます。

20171203 Thonburi 16

次回はモン運河から北へ向かいます。

広告等一切なく、ブログ・ランキングも参加していないブログです。このすぐ右下の「コメント」をクリックしてお気軽にコメントやご質問をして頂けたら幸いです。コメント欄にあるメールアドレス・URL・パスワードの記入なしでも送信出来ます。

2017.12.03 | コメント(2) | バンコク街歩き

コメント

楽しく拝見しています。

こんばんは(^^)/
ALSTERさん体調はどうですか?
本当に街歩きがお好きですね(^^♪
モン運河の北側のブログも楽しみにしています!(^^)!

2017-12-03 日 21:29:54 | URL | matu #- [ 編集 ]

Re: 楽しく拝見しています。

matuさん

コメントありがとうございます。

街歩きが好きなのは、ただの暇なオッサンだからでしょう。

2017-12-04 月 12:26:48 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

FC2Ad

プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

FCカウンター

QRコード

QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。