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トンブリー王朝の面影を探し⑧傭兵達に与えた地グディ・ジーン

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、今回からは旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩きます。

さて、もう何年も他人様のブログを読む事はなく、他人様のブログ・タイトルを見るだけでも嫌になってランキング参加を止めてしまった私ですが、今回登場する「ワット・カンラヤナミットWat Kalayanamit」や「サンタクルーズ教会Church of Santa Cruz」は個人のブログで多く書かれている事でしょう。

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メジャーな観光地はもちろん、誰もが簡単にブログで書かれるような所も出来る限り書かない主義なので、今までここに何度か行っていながらも一度も本ブログでは触れた事がありませんでした。

そんな私的には本ブログで書くのが恥ずかしい気がする所ですが、トンブリー王朝の面影を探す街歩きでは欠かせない所でもあるのです。場所はチャオプラヤー川右岸(西側)でワット・アルンの下流です。

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チャオプラヤー川でこんなお寺や教会をご覧になった方も多いでしょう。この辺りは「グディ・ジーンKudi ChinあるいはKudeejeen」と呼ばれ、アユタヤ王朝滅亡時にタークシン王に従ってビルマと闘い、トンブリーに来た華人(潮州人)やポルトガル傭兵にタクシン王が与えた地です。

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まずはこのエリアに行くにはバスの便が悪いので、花市場のパーククロン(アサダン船着場)から渡し船を使い、 対岸のワット・カンラヤナミットへ行きましょう。「チャオプラヤー渡し百景4」でここを書いた時は3バーツだったのですが、今は5バーツです。(画像下はワット・カンラヤナミット船着場です)

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対岸(西側)へ行くと目の前が「ワット・カンラヤナミットWat Kalayanamit」です。バンコク最大と言われる仏像があるので有名です。私的には仏像の頭の大きさが少し気になるのですが・・・しかしそうした事は観光用のサイトやブログなどに任せて、歴史を現地の説明板で調べましょう。

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トンブリー王朝滅亡後43年のラマ3世治世下の1825年に建てられたお寺です。Chao Phraya Nikorn Bodin(Toh Kanlayanamitトー・カラヤナミット)が政府要職(Director General of Phra Suratsawadee Klang)に就いた時に、自らの家と土地、そして周囲のグディ・ジーンの土地も買って寄贈したそうです。詳しい事は分らないのですが、チャオプラヤーの称号を持ち政府要職に就いた事から貴族だったと思われます。

バンコクヤイ運河を挟んで対岸はウィチャイプラシット砦でその裏はワンダーン宮殿です。ワンダーン宮殿にはチャクリー王朝(ラマ5世まで)になってからも王族が住んでいた事を前回書いていますが、この周囲にも貴族の屋敷があったのでしょう。

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そんな事に想いを馳せながらバンコクヤイ運河(以前はバンルアン運河Bang Luangと呼ばれていました)に向かって路地を歩きました。路地はバンコクヤイ運河と並行してアルンマリン通りへと繋がっていて、周囲は近年移り住んだような雑多な家々が並んでいます。

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無理やり家々の間の猫道を抜けて運河に出てみると、バンコクヤイの閘門のチャオプラヤー側に出ました。下の画像で閘門の向こう側は「ワット・モリ・ロカヤラムWat Moli Lokayaram Ratcha Worawihan」で、(見えないけど)右はすぐバンコクヤイ運河とチャオプラヤー川の合流点です。

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これも今回の街歩きで感じた不思議の一つなのですが、バンコクヤイ運河は閘門で水位をチャオプラヤー川と合わせていないのです。一方、北のバンコクノイ運河は閘門も水門もなく同じ水位です。いつかこの辺りも詳しくエントリーしたいと思っています。画像下はアルンマリン通りから撮ったもので、奥がチャオプラヤー川です。船を閘門内に入れて水位を上げ下げしています。

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話を元に戻すので、閘門の必要性への疑問はさておき(汗)

グディ・ジーンの路地に戻ります。近年移り住んだ雑多な家々の中に、昔は屋敷だったと思われる家もありました。まぁ行っても百年経ってないでしょうし、商家だったのかも知れません。

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さて、チャオプラヤー川沿いに戻って、川沿いを下流側に向かって歩きます。ちょうど堤防上に遊歩道が整備?されています。

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チャオプラヤー川上には「メモリアル橋Memorial Bridge」です。ラマ1世橋King Rama I Bridgeと呼ぶ方もいますが、タイの人々がバスの行先などで言うには「サパーン・プット Saphan Phut」(プット橋)と言います。ラマ1世の名プッタヨートファーチュラーロークから来ています。

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詳しくは「チャオプラヤー名橋奇覧⑦メモリアル橋」でエントリー済みですが、開通が1932年の跳ね橋です。本シリーズのバンコクノイ駅やトンブリ駅で登場した旧ラマ6世橋(現在は鉄道専用橋)の開通が1927年なので、メモリアル橋はチャオプラヤー川に架かった2番目の大橋となります(これはよくネットで間違えられているかと思います)。

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いやぁ~ 美しいし歴史的にも楽しい話ですが、話を戻してグディ・ジーン地区ですね(汗)

堤防沿いを歩くとすぐに中国廟の「建安宮Kuan An keng Shrine」です。ワット・カンラヤナミットも建安宮も、そしてこの後に登場するサンタクルーズ教会もチャオプラヤー川を正面として建てられています。

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タイ寺院、中華廟、カソリック教会が並んでチャオプラヤー川に向かって建っている・・・これは陸上交通が発達する以前で水上交通が主だったタイの都市、特にトンブリー地区で強く言える事以外にもこの地区が持つ歴史的な意味を現しているように思えます。

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ここも現地の説明板に寄ると・・・タークシン王に従った華人達によってトンブリー王朝時代に建てられたそうです。元々は二つの廟(Cho Sue Kong ShrineとKuan-U Shrine)だったのがラマ3世時代に一つになったようです。

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この事からこの地に多くの華人が住み着いた事が分かります。これがこの地区が「グディ・ジーンKudi ChinあるいはKudeejeen」と呼ばれる理由です。ジーンとは中国を意味し、グディは・・・この街歩きの最中に何人か地元の方に尋ねましたが、私のタイ語では解かりませんでした。どうも寺より小さな意味で仏教に関係した建物(僧院)のように思えます。

アユタヤを捨てトンブリーに王宮を建て、城壁と堀で王宮エリアを囲ったタークシン王は・・・城壁の南側にあるバンコクヤイの対岸に(まだワット・カンラヤナミットが無い時代)この地まで付き従った華人たち、そしてポルトガル傭兵たちを住まわせたのです。

そしてここはタイ人、華人、ポルトガル人傭兵・・・彼らとその子孫が中華廟や教会の宗教施設を中心として住むグディ・ジーンになったのです。

次回はサンタクルーズ教会に向かいます。

最後に、本シリーズの今までのエントリーは以下の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し②城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し③城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し④城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し⑤城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し⑥城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し⑦次回予告と新たな気付き

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2017.12.14 | コメント(2) | バンコク街歩き

コメント

雑感

楽しく 見させていただきました 私のいとこがスクビット ソイ3で 居酒屋をやっていたことがあって DARUMA そこに2週間ほどステイしたことが・・・
その頃 バスNOの入った 英文のマップで移動していました 
トクトクも良く乗りましたが 話が通じずとんでもない所へってな事も 当時はバックパッカー全盛時で マレーシアホテル 楽球旅社 なんてのが・・・グーグルで スクビット ソイ3を見てみると 唖然としますね 街のど真ん中に 当時のスクビットは一歩 入れば 静かな住宅地が・・・

2018-06-19 火 15:28:06 | URL | 宗和賢潔 #Pklf8i9w [ 編集 ]

Re: 雑感

宗和賢潔さん

コメントありがとうございます。

私にとっては日本の人々が多く住むスクムビットは縁遠く、前在住時でもソイ33に住んでいましたが、その時でもナナ辺りは意識して行かない所でした。よく知らないので申し訳ありません。

また過去のブログ本文でマレーシアホテルと周辺、楽宮旅社も触れていますが「楽球旅社」は存じません。

知らない事ばかりで、本当に申し訳ないです。

2018-06-19 火 21:36:14 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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