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トンブリー王朝の面影を探し⑬王を支えた猛将が眠る寺

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

前回は、現在のトンブリー地区の中心とも言える「ウォンウィエンヤイWongwainyai」からタークシン王が眠る「ワット・インターラーム・ウォーラウィハーンWat Intharam Worawiharn」(画像下)までを歩きました。

20180105 Wat 4

今回はワット・インターラーム境内にある鄭皇廟からバンコク・ヤイ運河沿いに西へ向かって歩きます。相変わらずの路地歩きですが、お寺が続く中に市場がありその周辺を古い木造家屋の商店が囲むような、民家の軒先を歩くのとは少し異なります。

20180113 map 1

ワット・インターラームの西側に小さな門があってそこを通ると狭い路地が続いています。今まで見て来たトンブリー地区の路地はどこも民家の軒下に鉢植えの植物が置かれ、どこか故郷である東京の下町を思い出させるものがありましたが、どうもここは雰囲気が違います。

20180113 TP 1

小さなどぶ川運河を渡る時に横を見るとバンコクヤイ運河が流れていました。この小さな運河はほぼ南に流れアジアンティークの対岸近くでチャオプラヤー川に合流します。

20180113 TP 2

そして運河を渡ると市井の生鮮市場「タラート・ワット・クラーンWat Klang Food Market」です。バンコクヤイ運河沿いにたくさんありそうな市場、実はここしか私は気付きませんでした。

20180113 TP 3

この市場は「ワット・チャンターラーム・ウォーラウィハーンWat Chantharam Worawihan」とバンコクヤイ運河に挟まれた細長い所にあって、正面入り口のように見える所は運河側にあります。陸路より水運が盛んだった頃の名残でしょうか・・・

20180113 TP 4

市場の対岸では子供たちが運河で水遊びをしていましたが、本当にタイの子供たちは大人になる前にしっかり身体の抗菌性を鍛えています(笑)日本の何でも滅菌、殺菌、除菌・・・で育ったお子様たちの将来が心配なのは私だけでしょうか・・・

20180113 TP 6

さて、運河と市場を挟んでいるのがワット・チャンターラーム・ウォーラウィハーンで、現地説明板によるとアユタヤ時代に建てられたお寺で以前の名が「ワット・クランWat Klang」だそうです。それで市場がタラート・ワット・クラーンなんですねぇ~

20180113 TP 5

ところでタイ語の「クラーン」って真ん中って意味ですよね・・・きっと前回紹介のワット・インターラーム、そしてこの後に紹介するワット・ラーチャクル・ウォーラウィハーンに挟まれているからでしょう。

と言う事で・・・次は市場の西にある「ワット・ラーチャクル・ウォーラウィハーンWat Ratchakhue Worawithan」です。これも現地説明板に寄るとトンブリー王朝以前に一人のモン族の男によって建てられたお寺で、多くのモン族の僧侶が住んでいたそうです。それで地元の人達は「ワット・モンWat Mon」と呼んでいたそうです。

20180113 TP 7

このお寺をトゥートタイ通りから見るとゴツゴツの岩で人工的に作られた岩山が目立ちます。形こそ違いますがまるで日本の富士塚のようですが、プーカオ・モーと呼ぶそうですが「プーカオ」はタイ語で山の意味で岩は海から取って来るそうですが、仏教的な意味などは説明板にはありませんでした。

20180113 TP 8

そして、ワット・ラーチャクルにはタークシン王に仕えた武将「プラヤー・ピチャイ・ダープハックPhraya Phichai Daphak」(1741年~1782年)が祀られています。二刀使いの猛将だったようで刀が折れても闘い続けた事が語り継がれています。

20180113 TP 9

画像上で刀が折れているのが分るでしょうか? タイ語でダープは刀でハッ(ク)は折れるで「ダープハックDaphak」です。ちなみに「ピチャイPhichai」は彼が生まれた「ウッタラディットUttaraditのピチャイPhichai」(タイ北部、スコータイの北です)で、「プラヤーPhraya」はチャオプラヤーの下の官位名かと思います。

ウッタラディット県の英雄で、ナン川が流れるウッタラディット市(県?)庁舎前にはプラヤー・ピチャイ・ダープハックの像が立ち、遠い下流でチャオプラヤー川になるナン川を見つめています。

20180113 TP 10

幼名チャイChaiは幼い時から格闘技ムエタイを愛し、家を出て本格的に修行し強くなり名をトンディThong Diとします。彼が20歳の時にタークで行われたムエタイの大会で当時ターク国主であったシン(それでタークシン)の目に留まり、護衛として仕える事になります。

やがてビルマ相手に闘ったタークシンの元で頭角を現し将軍となりました。後にラマ1世となるソムデット・チャオプラヤー・マハーカサット・スックと共にタークシン王を支えた左右の将軍だったそうです。画像下で中央はタークシン王で左がダープハックですが、右は誰なのでしょう? もしかしたら・・・

20180113 TP 11

ラマ1世はタークシン王を処刑した時に、ダープハックにラマ1世に仕えるように求めたそうです。ダープハックはそれを断り、タークシン王の死を大変悲しみながらも自らの命でトンブリー王朝とタークシン王の後を追いました。彼が41歳の1782年、トンブリー王朝が幕を閉じて今に繋がるチャクリー王朝が始まった年です。

話が講談のようになってしまいました(汗) こんな話を思い起こすのもトンブリーの街がそうさせるのでしょう。

以前(2015年)にワット・ラーチャクルでダープハック像を撮った時、彼が中央だったのですが、今は画像上のように変わっていますねぇ~ なぜだ誰が変えたのでしょか・・・ タークシン王を支えた忠実な猛将は中央では似合わないのでしょう。

20180113 TP 12

献花が絶えないプラヤー・ピチャイ・ダープハックの像に別れを告げてトゥートタイ通り側の門へ行くと・・・この寺の境内には珍しい仰向けの涅槃仏があるのです。そう大きな涅槃仏ではなく、見過ごしてしまいがちですが・・・

20171213 BY 4

私自身は他で見た事がないですねぇ~ 考えてみると仰向けの方が自然ではあるのですが・・・その謂れは分かりませんでした。

20180113 TP 13

さて、このワット・ラーチャクルでもプラヤー・ピチャイ・ダープハック像はバンコクヤイ運河を見つめています。それはまるでこの運河を遡り、ナン川を経て生まれ故郷のウッタラディットに行きたいと思っているかのように・・・

20180113 TP 14

そしてここでも、運河は外国人を乗せたツアーボートがエンジン音を響かせて行き来しています。

20180113 TP 15

最後に、本シリーズの今までのエントリーは以下の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し②城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し③城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し④城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し⑤城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し⑥城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し⑦次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し⑧傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し⑨ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し⑩モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し⑪モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し⑫タークシン王が眠る寺

次回はタラート・プルーからワット・パクナムへ向かいます。

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2018.01.13 | コメント(8) | バンコク街歩き

コメント

いつも、楽しみにしています。
 2年ほど前、ワット・インターラーム・ウォーラウィハーンからトゥートタイ通り(?)をワット・ラーチャクルまで、歩いたことがあるのですが、「仰向けの涅槃仏」には全く気づきませんでした。こんど行くことがあれば、見てみたいです。このワット・ラーチャクルの涅槃仏の写真をみて、数年前に貰った本を慌てて探しました。見つからなかったのですが、その本には確か、高野山(?)にある「涅槃図」が紹介されていました。絵画ですが、両手をまっすぐ伸ばして寝ていて、右手で頭部を支えてはいません。仰向けのように見えたと記憶しています。「変わっているなあ~」と思いました。記憶違いなら、ごめんなさい。

2018-01-13 土 12:38:41 | URL | dai福 #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

dai福さん

コメントありがとうございます。

高野山金剛峯寺の涅槃仏図を拝見しました。確かに仰向けになっています。トンブリーで見た通りです。うーん、かなり好奇心が刺激されています。

そう言えば・・・タイの涅槃仏は頭が北向、そしてお顔が西向きに拘っていないように思えます。お寺(本堂)の向き自体も拘りがないと思っています。ただ・・・どの(横向きの)涅槃仏も右手で頭を支えていた気がします。

これからはそうした事も気にするようになるでしょう。ありがとうございます。

2018-01-13 土 15:45:31 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

楽しく拝見しています。

こんばんは(^^)/
そうですか、次回はワット・パクナム方面ですか。
実はALSTERさんのブログを見て、パーシーチャルーン運河ボート(BTSバーンワン駅から)でワット・パクナムに行こうと思っていたのですが昼中は土日のみの運行のようなので11月の訪タイではあきらめましたが、できれば5月頃に予定を考えているので楽しみです。!(^^)!

2018-01-14 日 01:26:12 | URL | matu #- [ 編集 ]

Re: 楽しく拝見しています。

matuさん

コメントありがとうございます。

パーシーチャルーン運河ボートは確かに日中運行は土日だけですね。
遠いのでその為だけに行くには考えものですが、何かついでがあれば乗る価値があるかと思う運河ボートです。

その「ついで」が見つかるようなエントリーが出来ればと思っています。

2018-01-14 日 10:24:21 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

ALSTER様
ALSTER様と同時期にタイに赴任となり、3年経ち昨年末に日本に帰国致しました。タイに赴任当時は右も左もわからずALSTER様の毎日のブログが楽しみにしていたのが昨日のように思います。3年長かったようで帰ってみるとあっという間のようです。日本はめちゃくちゃ寒いです。私が住んでいる愛知県でさえ最低気温はマイナスです。タイの暑さが夢のようです。
ALSTER様、お身体に気をつけてタイを満喫ください。
遠く日本から応援しています。

2018-01-14 日 14:28:22 | URL | リテツ #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

リテツさん

コメントありがとうございます。

タイでのご勤務、大変お疲れさまでした。
業界大手の進出が早くからあったので、愛知県の方が当地で勤務される機会は多いのかも知れませんね。

在住時はきっとお勤めで自由になる時間が限られていたかと思います。そんな時に毎日ブラブラするだけのブログをお読みいただき、申し訳ないような・・・ありがとうございました。

日本ではまだまだ寒い日が続くかと思いますが、健康に留意されてお元気にお過ごしください。
そして・・・たまにはタイに来られると良いですね!

2018-01-14 日 15:23:45 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

今日の写真も良いですね

今日の記事は、タイらしい新しい写真がいっぱいで、とても良かったです。

2018-01-14 日 16:24:04 | URL | arasho #- [ 編集 ]

Re: 今日の写真も良いですね

arashoさん

コメントありがとうございます。

言われてからあらためて見ると・・・確かに「タイらしい」画像が多いですね。

それって・・・トンブリー地区自体が”タイらしい”からですね。チャオプラヤー東側、特にサイアムやスクムビットなど都心部を撮ってもビルばかりですからねぇ~ もっとも私には関係ない所なので、まずブログには登場しませんが(笑)

2018-01-14 日 17:12:35 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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