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プラプラデーンのソンクラン

いやぁ、暑いですねぇ~ この時期のタイは暑季真っ盛り。公表される最高気温はバンコクで35~37℃ぐらいだと思うのですが、湿度もかなりあるので慣れていてもこの時期はキツク感じます。せめて「赤城しぐれ」があれば良いのですが・・・

私自身の街歩きは日中のまさに最高気温の時に外にいる事になり、日陰の無い幹線道路沿いなんか歩いていると、体感40℃以上を感じます。日々の街歩きで慣れているとは言え、この時期は出かける時に冷房を効かせた部屋で過ごす誘惑を毎回感じます。

そんな誘惑を断ち切って昨日(2018年4月22日)暑い中を行ったのが、サムットプラカーン県は「プラプラデーン Phra Pradaeng(タイの方達はパパデーンと呼びます)」のソンクランです。

20180424 PPD 1

「えっ、ソンクランならもっと前に思わっているじゃないか!」とタイ在住者なら思われるでしょう。その通りで、タイ正月のソンクランですがタイ全国としては4月13日~15日で、今年2018年は(タイ政府が決めた)12日~16日が休みでした。もちろん地域によって数日程度は異なっているかと思います。

そしてプラプラデーンでは毎年一週間遅れて行われるのです。それで20日~22日でした。それでも、もう終わった事に変わりはないのですが(汗)来年以降の参考になればと思ってエントリーします。

20180424 PPD 3

今年なら、バンコク都心部で14、15日と楽しんで、その後パタヤ方面に移動して行くと毎日違う日に違う所で楽しめ、最後に戻ってプラプラデーンでおしまい・・・なんて事も可能になります。

もっとも私自身は『ソンクラン=水掛祭り』みたいになったのがあまり好きではなくなりました。一回だけカオサンを見たらそれで十分で、若い時はソンクラン休暇を利用して南の島へ行くのが常で、今は外出を避けるようになっています。

20180418 Songkran 2

それは若者がはめを外して誰構わず水を掛け、酒を飲み、音量マックス(で歪だらけ)で単調にリズムを刻む音楽に踊り、大騒ぎしているのが危険と言うか嫌になったのです。水ならまだ良いけど、白い粉を溶いたものをまき散らすようになってからさらに嫌いになりました。

20180418 Songkran 7

そんな私が昨日プラプラデーンに行ったのは・・・ここはモン族縁の地でモン族の伝統的なスタイルでソンクランを祝う事で知られているからで、多少は水掛の馬鹿騒ぎとは違うのかと期待してです。

その期待は見事に裏切られましたが・・・

20180424 PPD 4

画像下はソンクラン最後の日(昨日)に行われるパレードが出発する区役所前ですが、この文字ってモン文字ですよねぇ~ ビルマ文字に似ているって言うか、ビルマ文字の原点だったと思います。今でもプラプラデーンではお寺などでよく見かけます。

20180424 PPD 2

この郡役所前の祭り本部みたいな所でパレードの時間やコースを聞いたのですが、私のタイ語が伝わらず英語も駄目で、結局なぜか・・・氏名住所に電話番号を記帳した上で立派なパンフレットを頂きました(笑)

20180424 PPD 5

このパンフレットにプラプラデーンとモン族の歴史から、ソンクランのスケジュールやコースに、モン族スタイルのソンクランの過ごし方が英語でも書いてありました。

そのパンフレットによると・・・ラマ2世によってモン族300家族がパトゥムターニからプラプラデーンに移住させられたそうです。その目的は首都防衛の要塞をチャオプラヤー川沿いに造る為です。この話は「首都防衛要塞を行く」シーリーズで詳しく書いています。

20180424 PPD 6

モン族って・・・東南アジアを歩き歴史を振り返ると色々な所で登場します。現在でもモン族を名乗る方々は800万人とか・・・国で言えばスイスやオーストリアと同じぐらいかと思いますが、それはラオスよりも多い人口になります。

非常に乱暴に言えば東南アジア、特にミャンマーとタイの国境周辺で国を持たない民族・・・って言うか、その多くが同化した民族ではないでしょうか。一時は独自の王朝を持ちながらもはるかに巨大だったミャンマー(ビルマ)とタイ(シャム)の各王朝によって翻弄され、各地に根付いた・・・そんなイメージが私にはあります。

話をプラプラデーンのソンクランに戻しましょう(汗)

そんなプラプラデーンに移り住んだモン族の子孫達は伝統的にソンクランを祝っているそうです。それは(現在では)4月13、14、15日の三日間から始まり、伝統的なお菓子やゲームなどが続きます。

20180424 PPD 7

そして最後の七日目に各村から選出された若者達が伝統衣装で鳥かごと魚が入ったボールを持って、お寺でそれらを放つ(タンブンかな)儀式が行われます。その七日目のパレードがメインとなるのです。(上下の画像はサムットプラカーン県観光サイトからの拝借です)

20180424 PPD 8

このパレードを見るために行ったのですが、パンフレットによると午後4時から始まるそうです。私は(何となく)正午にスタートするだろうと思っていたので午前10時過ぎに到着し、午後1時過ぎまでパレードコースを歩きながら町を見るだけに終わりました(苦笑)

そのパレードのコースの前にプラプラデーンってどこよ?が多くの人の疑問かも知れません。バンコクを流れるチャオプラヤー川の下流(南)でタイ湾に注ぐ前に大きく湾曲する辺りです。

20170219 Map 1

サムットプラカーン県の6つの郡の一つで、チャオプラヤー川両岸がプラプラデーン郡です。湾曲部内は開発規制があるのかジャングルと言うか緑多い所で、右岸(西側)が古くからある中心部、左岸(東側)は工場やコンテナヤードなどが多いエリアです。

その中でパレードそのものは右岸の住宅が密集し船着場を中心に市場や商店が並ぶ所で行われます。スタートは船着場前の郡役所で、タンブン(鳥と魚を逃がす)が行われる「ワット・プロケッチェタラームWat Protket Chettharam」までです。

20180424 Map PPD

スタートが郡役所広場で船着場前にあります。パレード自体は見られなかったのですが、式典(読経なども)などが行われていましたし、舞台もありました。

20180424 PPD 9

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そして船着場前が激戦区で、午前中からずっと水掛をしていたのと、昼からは舞台上でソンクランには関係無さそうな演奏が続いていました。しかし、ここをバスやソンテウが通るのですが・・・

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船着場からスクサワット通りまでのバス通りでもある「ナコンカンカーン通りNakhon Kuan Kan」の両側は普段無い露天商が並んでいます。ちなみにナコンカンカーンとはプラプラデーンの別名です。

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私は水を掛けられないように注意して歩くのですが、子供たちはそんなの無関係に攻撃して来ます。参ったなぁ~ 全く濡れる準備もなくてカメラも心配だし・・・

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通りの子供たちにも注意ですが、車からの水攻撃もあるし・・・念のためですが、画像下の水鉄砲は私ではなく、隣にいた人のものです。

20180424 PPD 17

ナコンカンカーン通り沿いにある「ワット・クランWat Klang」の境内もお祭り仕様で、子供たちが遊んでいます。

20180424 PPD 18

ワットクランを過ぎるとナコンカンカーン通りから右に入り、住宅街の中をワット・プロケッチェタラーム(画像下の下)へ向かいます。

20180424 PPD 19

20180424 PPD 20

さて、プラプラデーンへの行き方ですが・・・

昨日は日曜だった事もあってアパートから地方バス365番でサムロンへ8バーツ、サムロンからプラプラデーンまではソンテウ1144番で8バーツ、そして渡し船がチャオプラヤー川では格安の2バーツ。片道1時間弱で18バーツで行けました。

Map Songthew 1144

20180424 PPD 15

ただ、サムロンの裏側を通る「ターン・ロッファイ・サーイガオ通りThang Rotfai Sai Kao」や「プーチャオ・サミンブライ通りPhuchao Saming Phray」からすでに水掛が始まっていました。その為にソンテウでだいぶ水被害に遭ってしまいました。画像下はサムロン市場裏です。

20180424 PPD 21

そう言えば、水タンクと戦士たちを積んだピックアップトラックを満載したフェリーがプラプラデーンの両岸を行き来していました。

20180424PPD30

プラプラデーンとサムロン間のソンテウ1144番に関しては、「ソンテウで行くサムットプラカーン⑤」で詳しく書いています。

20170319 Map

20180424 PPD 14

多くの日本人にとってはこのBTSサムロン駅からソンテウと渡し船を使うのが一番早いはずですが、他にラマ3世通りで第1プミポン橋下から渡し船(対岸で15~20分は歩きますが)を使うルートもあります。この渡し船は「チャオプラヤー渡し百景6」で書いています。

20180424 PPD 23

路線バスは6番(プラプラデーン~バンランプー)、82番(プラプラデーン~王宮広場)、138番(枝線でプラプラデーン~北バスターミナル))がプラプラデーン船着場にアクセスします。ただ、パレードが近い時間はかなり交通規制の影響があるかと思いますし、その前でも窓を全開したノンエアコンバスには乗りたくないものです。

20180424 PPD 22

バンコク都心部のシーロムやカオサン、そしてパタヤと派手で馬鹿騒ぎが多いソンクランですが、バンコク近郊のプラプラデーンには独特のスタイルが見られるソンクランが残っています。来年は午後少し遅めに出かけたいものです。

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2018.04.24 | コメント(6) | タイ生活

コメント

ソンクラーンについて

はじめまして。ときどきタイ旅行の参考にさせていただいております。
本で読んだのですが、ソンクラーンสงกรานต์は「水を掛け合うお祭り」のように思われているようですが、タイの新年を迎えるこの日には、タイ人は料理を作ってお坊さんに渡したり(タクバーツตักบาต)、砂のチェーディーを作るために砂をお寺に持って行ったり、年長者の手のひらに水を注ぎ、年長者は手のひらの香り水で子供たちの頭をなでて祝福したり(ロットナームダムフアรดน้ำดำหัว)、鳥や魚を放したり(放生会、プローイノック・プローイプラーปล่อยนกปล่อยปลา)など、いろいろな儀式を行って徳を積む(タムブンทำบุญ)のだそうです。放生会は仏教の殺生戒の思想に基づいて行われる鳥獣や魚を放つ行事で、日本でも昔から寺や神社で行われ、今でも石清水八幡宮などで行事として行われているそうです。私もタイやカンボジアで鳥を売っているのを見たことがあります。年に一回旅行に行く程度で、いまだソンクラーンを経験したことはありませんが、たぶん本来メインの行事であるこういったソンクラーンを見てみたいと思っております。

2018-04-26 木 21:59:24 | URL | いなこ #- [ 編集 ]

Re: ソンクラーンについて

いなこさん

コメントありがとうございます。

『ソンクラン=水掛祭り』ではないのは私自身も十分に承知していますが、今のタイでは表面上は残念ながらが水掛け祭りがメイン行事に思えます。

とは言え、ソンクランが始まった4月14日の別エントリーにも書いたように、家族そろってお寺に行き、僧の説法を聞き徳を積む姿はどこのお寺でも見られ事かと思います。

それ以上はおっしゃっているような事は知っていますが、自身が実際に見聞きした実経験がないのでブログでは触れる事はありませんが・・・

2018-04-26 木 22:34:45 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

ソンクラーンについて

はじめまして。ときどきタイ旅行の参考にさせていただいております。
本で読んだのですが、ソンクラーンสงกรานต์は「水を掛け合うお祭り」のように思われているようですが、タイの新年を迎えるこの日には、タイ人は料理を作ってお坊さんに渡したり(タクバーツตักบาต)、砂のチェーディーを作るために砂をお寺に持って行ったり、年長者の手のひらに水を注ぎ、年長者は手のひらの香り水で子供たちの頭をなでて祝福したり(ロットナームダムフアรดน้ำดำหัว)、鳥や魚を放したり(放生会、プローイノック・プローイプラーปล่อยนกปล่อยปลา)など、いろいろな儀式を行って徳を積む(タムブンทำบุญ)のだそうです。放生会は仏教の殺生戒の思想に基づいて行われる鳥獣や魚を放つ行事で、日本でも昔から寺や神社で行われ、今でも石清水八幡宮などで行事として行われているそうです。私もタイやカンボジアで鳥を売っているのを見たことがあります。年に一回旅行に行く程度で、いまだソンクラーンを経験したことはありませんが、たぶん本来メインの行事であるこういったソンクラーンを見てみたいと思っております。

2018-04-27 金 08:06:15 | URL | いなこ #- [ 編集 ]

Re: ソンクラーンについて

いなこさん

どうしましょう?
同じ内容のコメントが続きましたが、何かの間違いかと思います。

削除してよろしいですか?

2018-04-27 金 15:49:52 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

モン族の方、そんなに多いんですね

こんにちわ!モン族文字があると知ったのは最近です。一度気づくと博物館の展示書物やお寺などで意外とそれらしき文字を見かけるようになりました。それまではミャンマー語だと思っていたんです。
 バスの車内で他人様のスマホをちら見すると、言語がタイ語だったり、日本語だったり、英語だったりしますが、以前に通勤帰りのOLさんのスマホの文字がクルンクルンしていて「ミャンマー人なの?」と驚いた事がありましたが、もしかしたらモン族のタイ人だったのかも!(スマホのモン族文字の設定があるかどうかはわかりませんし、ミャンマー人なのかもしれませんけど)。
とてもモン族に興味がわきました。
パパデーン、ずいぶんと遠いので躊躇していますが、一度行ってみたいと思います。ありがとうございました。

2018-04-28 土 10:13:42 | URL | masa0407 #- [ 編集 ]

Re: モン族の方、そんなに多いんですね

masa0407さん

コメントありがとうございます。

モン族って・・・タイの歴史を追うと必ず登場するのですよねぇ~ バンコクやアユタヤの中央部ではなくて北へ行っても、モン族の王朝がタイの前にあった地が多くあります。

文化レベルは独自の文字を持っていたぐらいで高いはずですが、戦闘力が無かったのか民族意識が薄いのか、同化する事に拘っていなかったのか、ビルマとタイの間で転々としてさらに薄まったように思えます。

もっとも私が目にするのはタイ側の視点で書かれたモン族で、モン族の視点で歴史を見たいものです。

ビルマ文字はモンの文字が元だったは知っていますが、どの程度の差があるのか?機会があれば調べてみましょう。ところで、モンの文字はプラプラデーンやクレット島にパトゥムターニのお寺で今も目にしますが、ナコーンパトムの路線バスの表示がモンの文字なのは驚きました。

バンコクでもチャルンクルン通りに昔からある店に行くと、90歳以上と思われるおじいさん・おばあさんがタイ語ではなく潮州語で話されています。

タイの歴史はそれほど遡る事無く、今も垣間見ることが出来るのかも知れませんねぇ・・・

2018-04-28 土 12:17:58 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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