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初めての一人旅④ 歴史公園(城壁内)

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅です。画像下はワット・プラケオです。

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チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

初めての一人旅① 序章&北バスターミナルへ
初めての一人旅② バンコク~カンペーンペット
「初めての一人旅③ カンペーンペットの町

さて、前回は思いがけずにツーリスト・インフォメーション・センターで翌日のトラム型観光バスを一人で貸し切る事になり、その後に「カンペーンペット歴史公園 Kamphaengphet Historical Park」(南側・城壁内)入口まで歩いた所まで書きました。

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ユネスコ世界遺産のマークが目立つ歴史公園に入ったのが午後5時少し前、誰もいない公園内は緑の芝に西日を受けて木々の長い影が伸びていました。その中をレンガで出来た小道を急ぎます。

20180701 KPP 1

最初に出合った遺跡が「ワット・プラタート Wat Phra That」でした。東側の入口を挟むように仏塔が2基あって、北側は半分崩れていますが南側は形を残しています。そして中央奥の大きな仏塔もしっかりと残っているので、独自の形がよく分かります。

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タイでの遺跡巡りで遠くからでもぱっと見で特徴が分かり易いのが仏塔ですが、ワット・プラタートの中でも主塔と前塔のシェープが異なっているように見えます。正方形の塔基壇の上に四角から八角形などいくつかの段が重ねられ、その上がベル型(あるいは釣鐘型)の塔で最上部に工事現場にあるロードコーンを置いた形、これがスコータイ様式と呼ばれているかと思うのですが・・・(画像下はスコータイのワット・サシーです)

20180701 SaSi

私はスコータイ様式の仏塔を「蓮のつぼみの形」と昔何かで読み、それがさっぱり分からなかった記憶があります。蓮のつぼみって・・・合掌のように手を合わせて中央を少し膨らませた形、分かり易く言えば水の「しずくの形」だと思うのですが、スコータイやシーサッチャナーライで見た仏塔はどれもそう見えなかったのです。(画像下はシーサッチャナーライのワット・チャーンロームです)

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同様にスコータイ様式の仏塔は「スリランカ様式の影響を受けている」とも読んだことがありますが、私の記憶にあるスリランカの仏塔は丸いお椀を伏せて頂上にロードコーンを置いたように見えるのです。例えは良くないでしょうが、雪見だいふくの上に小さな楊枝を差したような(笑) 画像下は石窟寺院なので少し異なりますが、スリランカのダンブッラ黄金寺院です。

20180701 Dambulla

この後で城壁外(北側)の遺跡公園にも行きましたが、カンペーンペットの遺跡で見られる一つの特徴が仏塔にあると思います。それは仏塔で原形をとどめているのがワット・プラタートぐらいなのと、その独自なスコータイ様式。そしてカンペーンペットではクメール様式の影響を受けた仏塔が全くない事です。(画像下はカンペーンペットのワット・プラタートです)

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もっともクメール寺院(神殿)でのトウモロコシ型の塔(プラーン)をクメール様式の『仏塔』とするのも論議があるのかも知れません。もっと言えば『仏塔 チェディ Chedi』自体も仏舎利を収めてあるかないかで本来は異なる言い方があるのかとも思っています。

画像下はアユタヤのワット・チャイワッタナーラームで、中央がクメール様式のプラーンで周囲はスコータイ様式(スリランカ様式?)の仏塔が囲んでいます。まぁ、今のワット・チャイワッタナーラームはそんな仏塔を気にする人はいなくて、テレビ・ドラマの影響で自撮りの聖地と化していますが(笑)

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仏塔を見ながらそんな事を考えていたのですが、まぁ、専門家にすれば何かしっかりした理由があるのでしょうし、私自身も全ての仏塔を見ているわけでないので、この話はこの辺で止めておきましょう(汗)

いずれにしても何が本当のスコータイ様式なのか? 何がスリランカ様式なのか? あるいはクメール様式って何? どうした経過で影響を受けたのか・・・何も分かっていない自分に気付き(ネットに書いてある事を鵜呑みにせずに距離を置き)そんな事をこの旅をきっかけとして学んでいる最中です。 

仏塔だけでも、本当に面白いものですねぇ~

遺跡の最初で思わず長話しをしてしまいました。悪い癖です。「ワット・○○へ行った。スコータイ様式の仏塔です」なんて知りもしない事をちゃちゃっと書けないのですよねぇ~ でも、先を急ぎましょう(汗)

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最初に出合った遺跡ワット・プラタートですが、ここで困った事に気付きました。いつもは現地にある説明板(の英語)をよく読むのですが・・・カンペーンペットの遺跡全てについて言えるのですが、その説明板がほとんどありません。正確に言えばQRコードがあるだけなのです。私のようにスマホを持たない人はその時その場での説明は得られないのです(涙)唯一、非常に簡単な復元予想図だけが現地で見られました。

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次の日にツーリスト・インフォメーション・センターで出来る限り説明が書いてあるパンフレットを集めましたが、ネットに頼らない街歩きのいつものスタイルが崩されたようで、がっかりでした。

と言う事で謂れが分からないまま、この時はワット・プラタートを後にしました。すぐ西側が「ワット・プラケオ Wat Phra Kaeo」です。ここはカンペーンペットを象徴する遺跡だと思います。

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ところで、現在のバンコクに最も重要な王宮寺院ワット・プラケオがあってエメラルド仏が安置されていますが、エメラルド仏がたどった数奇な過去も本ブログの主題であるチャオプラヤー川と同様にタイの歴史そのもののように思えます。

20180701 Emerald

どこまでが真実で何が伝承なのかは別にしても、はっきりしている現在から遡ると・・・現チャクリー王朝始祖ラマ1世がまだトンブリー王朝のタークシン王に仕えていた時の1779年にヴィエンチャンからトンブリーに持ち帰り(略奪とも言いますが)、トンブリー王朝の王宮寺院ワット・アルンを経由して1784年から現在のワット・プラケオに安置されています。

ヴィエンチャンの前はラオスの古都ルアンパバーンに16世紀から18世紀にかけて置かれていて、その前になるとチェンマイ、ラムパーン、そしてチェンライのワット・プラケーオで1434年に落雷に寄って発見される・・・(画像下はバンコクのワット・プラケーオです)

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この辺りから『物語』っぽくなるのですが、戦火を避けるためにチェンライでエメラルド仏を密かに隠したのはラーンナー王朝で、カムペーンペットからエメラルド仏を持ち去ったとの説があるそうです。その前になるとアユタヤ、スリランカ、古代インド・・・とほとんど伝承の世界ですが、いずれにしても折角カムペーンペットに行ったのでこのワット・プラケオにエメラルド仏があったと信じる事にしましょう(笑)

・・・と言う事で話しをカムペーンペットのワット・プラケーオに話を戻して(汗)

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エメラルド仏がここに安置された過去があるかないかは別に、いずれにしてもここが王宮寺院として最も需要な寺院であったのは間違いないはずです。

現在のバンコクのワット・プラケオのように僧がいなかったかどうかは分かりませんが、東西(実際は東南東・西北西に傾いている)に長い敷地で出入口は東西にあるように思えます。仏像がお顔を向けている東側から、主仏堂(本堂)の基壇、主仏塔、(涅槃仏と二体の坐仏像がある)仏堂と並び、北側に蔵庫らしい跡、そして西側にも出入口が見られます。

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エメラルド仏が安置されていたとするなら、主仏堂かと想像できます。時代的にもチェンライのワット・プラケーオで発見された15世紀以前なので、スコータイ王朝の13世紀から14世紀に合致します。

そんな事を考えながら主仏堂で残った基壇周囲を歩きました。その間にもどんどん日が傾いて行きます。

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主仏堂の基壇上には一体の坐仏像が西日を背に輝いていました。仏像自体は本物かレプリカか分かりませんが、すっかり傷んでいるのでお顔が分かりません。

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スコータイ、シーサッチャナーライ、そしてカムペーンペットには仏塔と同じで「スコータイ様式 Sukhothai Art」と呼ばれる独特の仏像が見られるのですが、その特徴は・・・長くなったので次回に続きます。

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2018.07.09 | コメント(2) | タイ・トラベル

コメント

7日にバンコクから戻りました。

00様式という言葉を良く耳にしますが、私には区別がつかないことの方が多いです。
今回も、バンコクでいろんなお寺に行きました。多分、創立年代も、創立の目的も異なるのでしょうが、私は、ただ「お参りの人が多いな!」「きれいな仏さんだなあ!」「子供も手をあわせるんだ!」と感心しているだけ、満足しています。
今回のバンコクでは、過去に3度、訪ねて、入ることが出来なかった「Wat Ratchapradit Sathitmahasimaram」
に入ることが出来ました。日曜日の朝、9時過ぎに行くと、若い僧侶3人がお堂から出てきたので、お願いするとお堂に入れてくれました。一人は、日本語を勉強していると、もう一人の僧侶が英語で教えてくれましたが、日本語での会話は有りませんでした。日本語を勉強している僧侶は別れる時、「じゃあー、またな」と言ったのがおかしかったです。
 今回は、ALSTERさんのブログで知った「花の博物館」や「ラタナコウシン博物館」(60才以上の私は、やはり無料でした)などもバスを利用して行きました。バスに乗り、行先を告げると、いつも切符売りの人が、降りる時が近づくと知らせてくれました。一度、目的の寺名しか分からず、その寺名をを告げると車掌は分からないようでした。すると乗客のオジサンが、「私は、知っている」と言い出したようで、車掌や運転手と話だし、バス停名とルート番号を書いた紙を、私達に渡しました。意味が、分からず戸惑っていると、オジサンは「私に任せておけ」という態度で、接してきます。訳が分からず、黙って乗っていましたが、私の脳内mapでは、目的地に着く時間になっても、オジサンは、知らん顔です。私が降りようとすると、「ここじゃない、私が合図するから、心配するな」という感じで引き止めます。結局、私の脳内mapの3倍程、進んだところで、「降りろ、道路の反対側から、この数字のバスに乗れ」という感じの合図がありました。車掌も、道路の反対側を指さしており、バスを降りました。
 どうするか、考えましたが、乗っていたバスと同じ数字の反対方向行きが来たので、それに乗り、戻りました。結局、目的の寺には行けましたし、後でオジサンが教えたルートは、同じような名前のお寺があることも分かりました。私たちの発音が悪かったのでしょうね。
 そして家内とは「なかなか体験できない、楽しい経験だった」笑いあうことが出来ました。
 今後も、いろんなバスに挑戦したいと思います。

2018-07-09 月 14:28:35 | URL | dai福 #- [ 編集 ]

Re: 7日にバンコクから戻りました。

dai福さん

コメントありがとうございます。

ご旅行を自由自在に楽しまれているようで何よりです。

ワット・ラチャプラディットは王宮近くの小さな寺院ですね。前国王崩御以来立ち入りが規制されているエリア内でした。私は崩御前に2度ほど行った事があって、悪い印象を持っていません。

路線バスでのご経験、ありがちな事かと・・・少しバンコクの事を思い出しました。もっとも私の場合は私がバス内のお節介オジサンの立場ですが(笑)

バンコクは・・・一般的な観光の旅をご経験の方々が、庶民レベルの街歩きをすると、また別な楽しみになるかと思います。その為には路線バスを使いこなすのが一番かと・・・少しでもこのブログがお役に立ったのなら幸いです。

2018-07-10 火 14:45:44 | URL | ALSTER #- [ 編集 ]

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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