渋谷今昔物語

日本での休暇中の楽しみのひとつに渋谷に行く事がありました。
東京には新宿、池袋、上野など多くの人が集まるターミナル駅と、銀座、赤坂、六本木、浅草などのターミナル駅ではないものの人が多く集まる繁華街がありますが、渋谷には子供の時からの深い思い入れがあるのです。

お江戸・深川でも佐賀町と言う隅田川沿いの町が地元だった私、都電が無くなった時から一番近い駅は深川の中心的な地下鉄・門前仲町駅ではなく、実は中央区の茅場町駅でした。
家から歩いて数歩の永大橋で隅田川を渡れば茅場町は徒歩15分。人形町や日本橋も徒歩圏で日本橋のデパート屋上は遊び場のひとつでした。少し距離はあったけど銀座や有楽町から新橋ぐらいまではそんな地元意識があるエリアです。

そんな地元意識があるエリアからかなり離れた渋谷。そこに思い入れがあるのは、天文少年だったことから、渋谷の東急文化会館内にあった五島プラネタリウムに通っていたからです。

今はない渋谷文化会館
Shibuya

はっきりと記憶があるのは中学一年の頃。都電を乗り継いで深川から渋谷に行っていました。どのくらい時間がかかったのでしょうか?片道一時間以上二時間ぐらいでしょうか・・・どこで乗り換えたか忘れましたが、日本橋か東京駅か新橋あたりから渋谷へ向かう都電がありました。溜池から六本木の坂を上がり青山を通り渋谷に向かう路線で、夢中で外を眺めていたものです。都電に乗るお金が無い時は歩いても行きました。片道3時間ぐらいでしょうか?

天文少年時代の大きな思い出の一つがアポロ11号の月面着陸。その瞬間も五島プラネタリウムで迎えました。当時入会していた上野国立博物館の天文同好会のメンバーが招待されて、五島プラネタリウムで真夜中に中継された映像を観ながら過ごしたのです。NHKのテレビ放送で月面着陸までの合間の中継も入り、人生初めてのテレビに(瞬間ですが)写ったそうです。

やがて天文少年から映画少年になっても渋谷でよく映画を観ました。慣れた東急文化会館内に映画館が複数あったからでしょう。渋谷パンテオン、渋谷東急でのロードショー。そして東急名画座もあって、数々の映画を観ました。スピルバーグの「E.T」は東急文化会館の外まで伸びた列に並んだ記憶があります。

働き出してからは大井町や綱島などが勤め先であったり、学芸大学や新丸子、溝口などにも住んだことがありました。だから自由が丘や渋谷が遊びの中心で、結婚するまで常に東急線を日常的に利用していたのです。

結婚して横浜に移り、仕事で海外に行くようになってからは渋谷を含めて東京は無縁になりました。今では両親とも他界したので、初詣の時に深川へ行くぐらいでしょうか・・・
そんな縁遠くなった渋谷に行きたいと思ったのは、東急文化会館が渋谷ヒカリエになり、東急渋谷駅も地下化されたことをアメリカで知り、大きく変わろうととしている渋谷を見たいと思ったからです。

今の渋谷は若者が集まる所、流行の発信地のイメージがあるのですが、田舎者のオヤジ一人が渋谷を歩くのは眩しすぎて、ショッピングに付き合う口実で娘と一緒に行く事にしました。

超田舎者の私が渋谷に行って最初に見たかったのは「忠犬ハチ公像」(笑)

記憶にあるハチ公像と微妙に場所も向きも変わったように思えます・・・
Shibuya Hachi

JRの改札を出てよく知っているはずのハチ公を探してしまいました。人が多くて見つからなかったのではなく、記憶にある場所から微妙に違う場所にありました。そしてハチ公が見てる方向も記憶ではスクランブル交差点に向かっていたのですが、今では駅の方を見ています。間違いなく場所と向きを変えたように思います。何か理由があるのでしょうか?そんな風に思うのは年寄りだけなのかも知れませんねぇ・・・

Sibuya Scramble

その後有名なスクランブル交差点を渡り、センター街の小さな店からFoever21なるアメリカ発の店を回るまでは娘と一緒出来たのですが、109に入ったらとってもオヤジには一緒できず、遠目で娘を見守るだけになりました。109って売るものは違いますがアメ横と似た雰囲気がありますねぇ~ 小さな店が狭い場所に集中し、売り子さんが台の上でメガホン持って煽っています。

109内で目当てのものが買えて満足な娘です
Shibuya 109

ヒカエリは想像とは違ってスペースが狭く感じられました。元の場所がそう広くなかったから当たり前ですが、その分上に伸びているのでしょう。

渋谷は元々その名の通り谷底にある町で、狭いエリアにごちゃごちゃと詰め込まれた感じが昔からあります。あまり大きなスペースでビルが建つのは難しいでしょうから、ヒカエリのように上に伸びるか、東急渋谷駅のように地下に広がって行くのでしょう。

狭いエリアに詰め込まれた街だからこそのエネルギーも感じます。そして不思議とヨーロッパ、アジア、アメリカでも似た町がないように私には思えます。
これからもどんどん変わって行くのでしょうが、私はきっといつまでも50年近く前の渋谷と重ね合わせてこの町を見ていくことでしょう・・・

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2013.07.15 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅先通信

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 深川生まれの江戸っ子。アジア・ヨーロッパ・アメリカなどで海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後3年半タイでロングステイ。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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