巨大中華寺院 - サイノーイ水上マーケット ソンテウの旅

ソンテウの旅、今回はノンタブリー県を走る1003番です。タイ最大の中華寺院がある町バーンブアトーンを起点にサイノーイ水上マーケットまでと、ノンタブリー船着場まで行く2路線があります。今回はサイノーイ路線の紹介で、ノンタブリー船着場路線は次回です。

Tourism Authority of Thailandより
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これはバンコク首都圏のソンテウについてのエントリーです。主旨は「首都圏ソンテウ不完全ガイド 序章」に書いてありますが、私のロングステイ時に街歩きをする中で知ったソンテウを記録として残す事から始めました。

初めにお断りを書いて大変恐縮ですが、ここに書く内容は私がタイでロングステイをしていた2018年までの記録です。一応、出来る限り現時点での確認をしていますが、変化の激しいバンコクでの事ですから今現在の状況と異なる事もあるかと思います。

何か違う、今は変わった・・・などあれば、遠慮なくコメントでご教示下さい。出来る限り私の方で確認した上で、本文中で訂正や追記としてアップデートしたく思っています。

なお、ソンテウに慣れていない方は是非以下のエントリーをご覧ください。
ソンテウの乗り方(1) 乗り物の種類と使い分け
ソンテウの乗り方(2)

また、路線番号別地域別のインデックスを作っています。ソンテウの路線番号からがどこを走るか知りたい、地域からそこを走るソンテウを知りたい等にご利用ください。また、検索しやくする為にタイトルを後日少し変更します。

PC表示だとこのブログ画面左にある「カテゴリー」から「ソンテウ・ロットゥー」そして「番号別インデックス」か「エリア別」を選ぶと、目次のように番号別あるいは地域別に表示されます。

スマホ表示だとスマホ画面左上の「≡」ナビゲーションメニューから「カテゴリ」以下PC表示と同じです。

なお、「路線番号」としていますが、それが正しいのか疑問でいます。一つの番号で異なる走行ルートがいくつもあるのは普通ですし、番号を表示せず「ライン1」「ライン2」などとその地域内で別ルートを走る場合もあります。分かりやすく区別するのに路線番号としています。

なお、自前の画像が無い時にソンテウとその路線の通りをGoogleストリートビューからキャプチャーした場合があります。

基本情報

1003番は以下の二つの路線があり、今回はサイノーイ路線です。
バーンブアトーン Bang Bua Thong ~ サイノーイ Sai Noi
バーンブアトーン Bang Bua Thong ~ ノンタブリー船着場 Nonthaburi Pier

バーンブアトーンはノンタブリー県のほぼ中央に位置する町でタイで最大の中華寺院があります。サイノーイは地元の方々で賑わう人気の水上マーケットがあります。

料金は2018年で一律10THBでした。

主な走行ルート

バーンブアトーン Bang Bua Thong ~ バーンクルアイ・サイノーイ通り Bang Kruai-Sai Noi Rd. ~ サイノーイ Sai Noi

バーンブアトーン~サイノーイは青線(ノンタブリー路線は赤線)
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車種

青と白の小型ピックアップトラック

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行先表示は「バンブアトン บางบัวทอง」 「サイノーイ ไทรน้อย」です。ノンタブリー船着場行とは行先表示のみの違いですが、同じ起点のバンブアトンでは乗り場が異なるので、あまり行先表示を気にする事は無かったです。

ルート周辺

バーンブアトーンはMRTパープルラインの終点クローン・バンパイ駅の北側ですが、MRT駅からは距離があります。私は(2018年当時は)路線バス127番と177番の起点だったのでこの町に何度か行っていますが、路線バスは大きく変わったので現在のバス状況は分かりません。

仮に現在、私がバンコク方面から行くとしたら、MRTパープルライン「PP04バンプルー駅 Bang Phlu」の駅下のバーンクルアイ・サイノーイ通りからソンテウ1003番バーンブアトーン行き(次回詳しく書きます)に乗るでしょう。本数が多い路線ですし、一番早くて安く行く方法です。

20170717 BBT 3

バーンブアトーンの町の中心に立派?なタワーがあり、そこは賑わう大きなバーンブアトーン市場前です。

このタワー、何だかよく分かりません。タワーの途中にデジタル時計があるけど、上に登れるわけでなく、電波塔とも思えないし、何より見た目より小さいし・・・まぁ、バーンブアトーン市場前にあって、そこからBMTA路線バス、地方バス、ソンテウが忙しく発着するのでこの雰囲気はかなり好物です(笑)

20170717 BBT 4

バーンブアトーンはバーンブアトーン運河とプラピモン運河Phra Phimonが丁字状に接する所の町です。バーンブアトーン運河はチャオプラヤー川の中州のクレット島裏側から西に延びる運河で、プラピモン運河は真っすぐ北西に延びてターチン川と繋がります。昔は運河交通で要所だったと思われます。

20170717 BBT 9

画像上の緑のビル(病院)の手前がバーンブアトーン運河とプラピモン運河が接する所です。運河沿いに少し歩いてみると、古い木造家屋が運河に接するように建てられています。どの家も船と船着場があるので、水路を利用した商売でもされていたのかも知れません。

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運河を離れてバーンクルアイ・サイノーイ通りを南に向かうと、やがて通りの西側に大きな中国寺院の大きな屋根が見えて来ます。

20170717 BBT 1

タイで中国寺院と言えば特に珍しくもなく、各地の市場には中国色が濃い祠はつきものですし、町中には色鮮やかで龍が昇るモチーフが目立つ中国寺院も多くあります。しかしバーンブアトーンにある中国寺院はそれらとは異なって、落ち着きあるたたずまいです。

20170725 Wat 1

「ワット・ボロム・ラーチャ・カンチャナーピセーク・アヌソーン Wat Borom Raja Kanjanapisek」で境内の漢字表記は「普頌皇恩寺」とあります。

20170725 Wat 2

このお寺はタイで最大の中華寺院だそうです。まぁ、本当に最大なのかは分かりませんが、私の経験で言えば確かに一番大きいですし、何よりも大きさとそのたたずまいから風格すら感じますが、前プミポン国王在位50周年を記念しての1996年建立です。

20170725 Wat 4

20170725 Wat 5

多くのタイと中国の仏教徒からの寄付が集められ、12年かけて造られたお寺だそうですが、明から清にかけての様式で北京の紫禁城をモデルにしているとか・・・確かにそう感じる部分も少しありますが、疑問に思う部分もあります。まぁ、タイで近年に建立された寺院ですから。

20170725 Wat 6

高さ的には2段になっており、真っ平な所にかなり基礎を積んだのがよく分かります。奥行きもあってかなりの資金を集めた事を感じてしまいます。

20170725 Wat 7

日本のように御本尊がハッキリしていないので分からないのですが、それぞれのお堂で信仰対象となる像が多くあります。熱心にお参りされている方々も多く、きっと旧正月や中国縁の日にはもっと多くの人が参拝されるのでしょう。

20170725 Wat 8

20170725 Wat 9

新しいお寺なので失礼ながら仏像からありがたみを肌で感じるようなお寺ではないものの、こうした立派な中華寺を訪れるのも価値があるかと思います。

20170725 Wat 12

20170717 Map Detail

お寺を後にして町の中心部にあるバーンブアトーン市場前、タワー下の大通りへ行けばバスやソンテウの屋根付き停留場があります。ここから北方向へ向かうのが1003番サイノーイ行きで、道路の反対側から出るのが1003番ノンタブリー船着場行です。

20170803 Songthew 1

ソンテウはバーンブアトーンを出るとカンチャナピセーク通りを越えてバーンクルアイ・サイノーイ通りを北西に向かいます。この通りは地方の幹線道路そのもので、道路沿いこそ時折家や商店がありますが、緑多い通りです。

20170803 Songthew 3

タイと日本との歴史に興味ある方は先の大戦後、タイ(やビルマ)での日本兵の多くがタイの収容所で帰国を待った事をご存知でしょう。その中の一つの収容所がバーンブアトーンにあったと書かれた本がありますが・・・町中とは思えないので、きっとこんな国道沿い(当時は運河沿い)だったのでしょう。

20170803 Songthew 4

直線のバーンクルアイ・サイノーイ通りを14㎞ほど行って左折したら終点近くです。プラピモン運河の手前が終点のサイノーイです(画像上で奥が運河)。どうもサイノーイ郡役所前のようです。

20170803 Songthew 5

バーンブアトーンへ戻るソンテウの横(画像上)を通り運河に向かって歩き、プラピモン運河に沿って数分北西に歩けば「ワット・サイ・ヤーイWat Sai Yai」の水上マーケット「サイノーイ水上マーケットSai Noi Floating Market」です。

20170803 Sai Noi 4

私が行ったのは日曜日の午後だったので、一番混雑している時かも知れません。週末と祝日に開催されるようです。2018年時点で賑わっていたのでコロナ後もたぶん大丈夫でしょう。

20170811 Sai Noi 2

ワット・サイ・ヤーイの謂れが英語がなくて分からなかったのですが、境内で1867年に建てられた旨だけ理解できたので、この地ではかなり古く名刹なのでしょう。

20170811 Sai Noi 4

ワット・サイ・ヤーイはプラピモン運河Phra Phimonとタウィーワッタナー運河Thawi Watthanaが交差する角に建てられています。画像下で左がお寺です。

20170811 Sai Noi 6

タウィーワッタナー運河って、バンコク都の巨大仏教公園プッタモントンの東を斜めに横切り、巨大市場サナームルアン2前からペットカセームSoi69沿いを流れてパーシーチャルン運河に繋がります。ちょうどそこがパーシーチャルン運河ボートの終点なのですよねぇ~ 

運河が十字で交差する所には雰囲気ある吊り橋が架かっています。タイでは在るようで無い本格的な吊り橋です。

20170811 Sai Noi 8

さて、売られているのは地域で採れただろう果物や野菜から、定番のタイのお菓子などありますが、タイ語が読めない私には何が名物なのか分かりませんでした。

20170811 Sai Noi 11

もちろん、お約束のクイッティアオ舟や運河を眺めながらの食事も楽しめます。ここは両岸に食べるスペースがあるので、多くの人が楽しめます。

20170811 Sai Noi 12

20170811 Sai Noi 13

サイノーイ水上マーケットからはバンコク・ピンクラオのパタ・デパートPATAまで行くロットゥー(番号は8番)が出ていました。出発場所はソンテウを降りた場所と同じで、当時の料金が30THBで1時間ちょっとでした。

20170811 Sai Noi 14

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なお、バーンブアトーンとサイノーイに関しては以下のエントリーを過去にしています。
ぶらりノンタブリー(5) サイノーイ水上マーケット
ぶらりノンタブリー (4) ソンテウでサイノーイへ
ぶらりノンタブリー (3) 一番大きな中華寺
ぶらりノンタブリー (2) タワーがある町バーンブアトーン

いやぁ~ 長くなりました。次回は同じ1003番でノンタブリー船着場の路線を紹介します。

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2024.04.17 | コメント(0) | ソンテウ・ロットゥー

謎多い四姿勢仏像 カンペーンペット(12)

チャオプラヤー川が始まるナコーンサワン、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市カンペーンペットを歩く旅、その12回目です。

カンペーンペットでの大きな楽しみの一つは層塔の四面に坐像、立像、臥像、遊行像の四つの姿を浮き上がらせた仏像(仮に四姿勢仏像と勝手に呼びます)が残るワット・プラシーイリヤボットを見る事でした。それはスコータイとカンペーンペットでしか見られない独自の様式なのです。

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さて、タイでのロングステイ時(2015~2018年)の旅は大きなテーマをいくつか持っていました。その一つがチャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る事です。そのタイ王朝の簡単な推移と関係する本ブログのエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝 1238~1448年 スコータイ王朝カンペーンペット(本シリーズ)
   
アユタヤ王朝  1351~1767年 ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在(予定)
               チャオプラヤー元流を歩く(エントリー中)
トンブリー王朝 1768~1782年 トンブリー王朝の面影を探し 全27回
   
チャクリー王朝 1782年~    チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
                 チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

チャオプラヤー川が上流でピン川に繋がりカンペーンペットがあります。さらにピン川を遡るとラーンナー王朝(1292年 - 1775年)の首都となったチェンマイに繋がります。まさしくタイの歴史はチャオプラヤー川を遡る事で繋がるのです(自説です)。

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そんなこの旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。

さて、レンタル自転車で巡っていたカンペーンペット歴史公園に話を戻しましょう。

ワット・プラシーイリヤボット Wat Phra Si Iriyabot วัดพระพระอิริยาบถ

ワットวัดがお寺で、プラพระが仏、シーอิが四なので、四体の仏の寺。他の遺跡内寺院名と同じで建立時からの寺院名とは思えないのですが、とにかく分かりやすいです。

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歴史公園での遺跡見学の最後にこのワット・プラシーイリヤボットを選んだのは、カンペーンペットに行く前から楽しみにしていたのです。正直言うとこの遺跡を見たいので歴史公園内を回ったとも言えます。

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なぜ楽しみにしていたのか・・・それはカンペーンペットに行った2018年からさらに17年遡った2001年です。初めて行ったスコータイ歴史公園で見た不思議な仏像の構造が他の国や地で見た事がなく、スコータイ独特の様式であると強く認識したからです。

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そのスコータイ歴史公園で見た四姿勢仏像はワット・チェトゥポン(画像上)とワット・プラ・パーイ・ルアンですが保存状態が良くありません。なんだかよく分からないなぁ~って思っていたのが、同じ様式の遺跡がカンペーンペットにもあると知ったのです。しかも保存状態は比較的良いようだと・・・

それではワット・プラシーイリヤボットの四姿勢仏像を見てみましょう。どこが正面なのか分からないのですが、一番保存状態の良い立像を仮に正面とします。

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そして反時計回りで見ていくと、次が坐像のように思えるのですが分かりません。何となく足を組んでいるように見えるのですが・・・

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そしてさらに反時計回りに見ると正面の立像の真裏になりますが、これは遊行像です。この角度だと坐像の腰から足の部分が何となく見える気がします。

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さらに反時計回りに見ていくと・・・残ったのは臥像のはずですが、これが原形すら分からず残念です。実は、四姿勢像の中で臥像が最も見たかったのです。

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立像、遊行像、坐像は三体は縦方向が長くなる仏像ですが、臥像は涅槃仏ですから横方向に長くなる。これを一つの層塔で四面に構成すると、どうしても臥像のみ仏像全体を小さくする必要が出てくる。それじゃぁ、誰が見ても納得しないデザインになってしまうので、先人たちがこの問題をどう解決したのか知りたかったのです。

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それが臥像だけが全く原形が分からない。崩れたラテライトをじっと見ても姿が浮かばない。裏側にある坐像と考えた像もよく分からないので、何度も反対側行っては戻って見比べたり・・・最後は疲れて不明のまま諦めました。その後も気になって色々調べたのですが、分からない事だらけです。

なぜスコータとカンペーンペットの三寺院しか四姿勢像はないのか?
どこからどのように伝わり、どう変化して四姿勢像の様式になったのか?
臥像はどのような仏像だったのか?

旅の後に少し調べた事がありましたが、四姿勢像の由来は二説ありました。一つはビルマからの説でバガンにあるアーナンダ寺院を例にしていました。ここには確かに東西南北に向いた仏像が四面に配置された構造なのですが、全て立像なので私的には疑問に感じています。

画像が無いのでTourism Myanmarより
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もう一つはタイ王立美術局の資料にあったのですが、スリランカの影響を受けている説です。これはスコータイ王朝がスリランカから仏教を受入れたと広く知られているのでうなずけます。

画像下はスリランカで12世紀(スコータイ王朝以前)の建立と言われるガル・ヴィハーラ寺院です。坐像、立像、涅槃像が花崗岩に彫られています。こうした仏像をスコータイで再現したかった、しかし花崗岩がなくてレンガにラテライトとスタッコを使ったものの劣化が激しく崩れた・・・こんなストーリーを勝手に考えてしまいます。興味深いですねぇ~

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カンペーンペット歴史公園内の遺跡ではもっとも見たかったワット・プラシーイリヤボットですが、さらに謎が深まってしまいました。まぁ、だからこそ歴史のロマンと言うか、楽しいのですが・・・

ワット・プラノーン Wat Phra Non วัดพระนอน 

歴史公園内の最後に寄りました。南側の公園出入口のすぐ近くで比較的大きな寺院であった事は一目でわかります。

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ワットวัดはお寺で、プラพระは仏、ノーンนอนは寝るなので涅槃仏の寺院だったはずです。今までご紹介したようにこの歴史公園内の遺跡の多くが(タイ語の読み書きが出来ない私でも)すぐ想像できる寺院名なので、おそらく発掘後に付けられた寺院名だと(勝手に)推測しています。

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遺跡として残っているのはウボソットとウィハーンかと思われるラテライト製の二つ建屋の基礎部と柱です。それと大きめの仏塔(画像上で整備の人が中段にいるので大きさが分かります)ですが、少しは涅槃仏の形跡が残っているかと思ったのですが、私には分かりませんでした。

ワット・プラシーイリヤボットの涅槃仏、そしてワット・プラノーンと両方とも涅槃仏が原形すら分からなかったのが残念でしたが、これで歴史公園内の遺跡見学を終えました。

次回はカンペーンペットの最後になりますが、楽しみにしていた城壁を見て回りました。次回に続きます。

なお、このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。
(1) 序章&北バスターミナルへ
(2) バンコク~カンペーンペット
(3) カンペーンペットの町
(4) 歴史公園(城壁内)
(5) ワット・プラケオ
(6) クメール王朝支配
(7) スコータイ歴史公園
(8) シーサッチャナーライ歴史公園
(9) ナイトバザール
(10) 一人貸切観光バス
(11) 自転車で歴史公園

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2024.04.13 | コメント(0) | タイ・トラベル

郷愁を誘う物売り舟が行き交う風情 チャオプラヤー元流を歩く(11)

今回はいつもと異なり画像中心でエントリーします。ノスタルジーな気持ちにさせた川面の風情、それに自身の子供の頃の話を加えてです。

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さて、前回はタイの人々にとっての「古き良きタイ」を考えてみました。運河沿いを歩き異郷の風情に私自身が昔を懐かしみノスタルジーな気持ちになったからでしょう。

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チャオプラヤーの元の流れを追うのが都市部から周辺部に移ると、水辺に建つ家々と人々の密度も薄まり、同時に時の流れも変わり川面ですらゆったりと流れるように思えます。

(下の画像2枚が都市部のバンコクヤイ運河で、他の画像は全てバンヤイ・ガオ周辺の画像です)
20180113 TP 14

20171205 Thonburi 2

それと同時に、私の関心はいつの間にか歴史や地理に構造物から、水辺に住む人たちやそこでの暮らしに移っていました。

20180619 Om Nong 10

そしてバンヤイ・ガオ周辺の運河沿いになると、のどかな風情に郷愁に近いものが呼び起こされたように思えたのです。田舎とか故郷と言った郷愁を抱く地を持たない東京生まれなのですが・・・

20180619 Om Nong 7

そう、バンコクのような都市部でも不思議な事に、日本で生まれ育った私が世界を旅する中で最も多く昔を懐かしむような気持ちにさせるのはタイです。それが郷愁に似た思いまでするなんて・・・

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日本とタイ、何か共通して同じ風景、生活、暮らしなどがあるからではありません。四季など全く異なる対極にあるし、同じ仏教の影響が強いと言っても宗教観はかなり異なっています。強いて共通するものを探すのが困難なぐらいです。

20180619 Om Nong 9

しかしタイに少し暮らして多くの地を訪れてみると、昔を懐かしむ気持ちによくなります。それは人々が寄り添って生きる姿から感じているように思えるのです・・・

20180619 Om Nong 8

もう70年近く前の事です。私が生まれ育ったのは東京の下町で昭和のど真ん中、職人の父と、戦争の爆撃で子供の時から足が不自由になった母、家族五人が六畳一間のアパートに暮らすとても貧しい生活でした。

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そんな生活がみじめとか苦しいと感じなかったのは、その時代の下町の人々は多くが似たような暮らしだったからでしょう。そして人と人との距離が近く貧しさすら共有していたと思います。

20180619 Om Nong 6

職人が多く住み、堀が多かった下町の深川、隅田川と縦横の堀を使い原木が運ばれた木場には小さな製材所が並び、いつも木を切る音と香りが満ちていました。

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冬なら焼き芋、夏なら金魚売、夜ならチャルメラ、朝なら豆腐売り、昼なら何でも修理するいかけ屋さん・・・いろいろな売り声や合図の音が町に響いていました。

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町にはどこも子供が多く、どぶ板路地を駆け回りかくれんぼや鬼ごっこにベーゴマ、紙芝居を楽しみに待つ原っぱ、何も買えなくても毎日行く駄菓子屋、塾と言えば算盤か習字ぐらいでそれも私は全く無縁、学校から戻れば日が暮れるまで遊んでいました。そして職人達で混みだす前に銭湯に行く・・・そんな毎日でした。

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そんな町で育ち、そこから社会に出て、さらに日本すら飛び出て海外を転々とする中で、他人に頼らず一人で生きぬくような気持ちが強くなり、面倒な人間関係を避け、人との距離を置く方が心地よく思えるようにすらなりました。

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そんな厄介な性格の自分。「古き良き○○」なんて人生の先が見えてきた年寄りが自身が若かった時を懐かしむ言葉だと思っていたのに・・・すっかりその年寄りになり「古き良き○○」と懐かしむ事が多くなりました。

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実際は古くても良い事なんかあまり無かったのですが、昔に今はない良さを感じ、昔を懐かしむように思えるのは、長い月日が記憶を美化し記憶の上に積み重ねてしまったのでしょう。

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さて、話をタイ、そしてバンヤイ・ガオに戻して・・・水辺の人々の暮らしを垣間見ると、懐かしさの中に少し切なさまで感じるのです。それを田舎や故郷を持たない私が郷愁と表現したのは、自分が子供の頃に経験した家族の姿が見えたからかも知れません。

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川面を渡って来た風は涼しく、水辺の家々と水上に架けられた板の路地を柔らかく通り抜けていきます。軒先でくつろぎ、風に吹かれればエアコンはもちろん扇風機も必要ないでしょう。もしかしたらホタルが飛び交うのを見られるかもしれません。

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そこへ物売りの舟がラッパを鳴らして次から次へとやって来る。 小腹がすいたらクイッティアオ舟、しっかり食べたいなら惣菜売りの舟、デザートはアイスクリーム売りで、来ないのはビール売りの舟でしょか・・・

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いかがでしょうか、残念ながら私はタイの血を引いていませんが、それでも古き良きタイはきっとこんな感じだろうと思ってしまった風景です。そして異郷の風情に自分が子供だった昔を懐かしみ、ノスタルジーな気持と少しの切なさを感じさせた風景でもあります。

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400年前のチャオプラヤー川に思いを馳せる旅は次回に続きます。そろそろバンヤイ・ガオの九寺巡り、それにバスやソンテウでのアクセス方法も書かなくては・・・

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タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。

この「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズは今回が第11回で、今までのエントリーは以下の通りです。また、本シリーズの前章となったのが「トンブリー王朝の面影を探し」で全27回です。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・ガオと9寺巡り1
第7回「チャオプラヤー元流を歩く(7) これまでのあらすじ 1
第8回「チャオプラヤー元流を歩く(8) これまでのあらすじ 2
第9回「チャオプラヤー元流を歩く(9)原風景残るバンヤイ・ガオ
第10回「チャオプラヤー元流を歩く(10) 古き良きタイに思いを馳せる

20180428 Map 1

青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

最後に、今回の画像(上にある都市部の運河2枚を除き)は下の地図にあるバンヤイ・ガオ周辺で撮ったものです。

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2024.04.09 | コメント(0) | タイ・トラベル

1418番 首都圏ソンテウ不完全ガイド

これはバンコク首都圏のソンテウについてのエントリーです。主旨は「首都圏ソンテウ不完全ガイド 序章」に書いてありますが、私のロングステイ時に街歩きをする中で知ったソンテウを記録として残す事から始めました。

初めにお断りを書いて大変恐縮ですが、ここに書く内容は私がタイでロングステイをしていた2018年までの記録です。一応、出来る限り現時点での確認をしていますが、変化の激しいバンコクでの事ですから今現在の状況と異なる事もあるかと思います。

何か違う、今は変わった・・・などあれば、遠慮なくコメントでご教示下さい。出来る限り私の方で確認した上で、本文中で訂正や追記としてアップデートしたく思っています。

なお、ソンテウに慣れていない方は是非以下のエントリーをご覧ください。
ソンテウの乗り方(1) 乗り物の種類と使い分け
ソンテウの乗り方(2)

また、路線番号別地域別のインデックスを作っています。ソンテウの路線番号からがどこを走るか知りたい、地域からそこを走るソンテウを知りたい等にご利用ください。また、検索しやくする為にタイトルを後日少し変更します。

PC表示だとこのブログ画面左にある「カテゴリー」から「ソンテウ・ロットゥー」そして「番号別インデックス」か「エリア別」を選ぶと、目次のように番号別あるいは地域別に表示されます。

スマホ表示だとスマホ画面左上の「≡」ナビゲーションメニューから「カテゴリ」以下PC表示と同じです。

なお、「路線番号」としていますが、それが正しいのか疑問でいます。一つの番号で異なる走行ルートがいくつもあるのは普通ですし、番号を表示せず「ライン1」「ライン2」などとその地域内で別ルートを走る場合もあります。分かりやすく区別するのに路線番号としています。

なお、自前の画像が無い時にソンテウとその路線の通りをGoogleストリートビューからキャプチャーした場合があります。

基本情報

ジャラン・サニットウォン通りソイ3 Charan Sanitwong Soi3

バンコク都トンブリー地区のジャラン・サニットウォン通りソイ3の端から端まで、たった900mだけを走る路線です。私が知る限りタイで(世界で)一番短いソンテウ路線です。

本数は、待つぐらいなら歩いても良い距離なので言いようが無いのですが、長く待った記憶はありません。

料金は、2018年でどこまで乗っても(笑)一律5THBでした。

主な走行ルート

ジャラン・サニットウォン通りソイ3のジャラン・サニットウォン通り側パクソイ ~ ソイ内のバンコクヤイ運河の橋近く

20180210 Map

車種

赤色の小型ピックアップトラック

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行先表示が全く意味ない路線ですが、2種類見ています。
一つは分かりやすいソイ ジャラン・サニットウォン3 ซอย จรัญสนิทวงศ์ 3
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もう一つは意味は同じで異なる表し方をしています。
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チャルン 3 จริญ ฯ 3」の意味が分からなかったのですが、このソイの別名は道路上の看板だと「Soi Sak Charoan」なので、それを短くチャルンจริญと呼んでいるように思えます(あまり定かではない)。「」は長い名称を省略する際に使う記号だと最近知りました。

ルート周辺

ジャラン・サニットウォン通りは(チャラン・サニットウォンとも)チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー地区にあり、この道路は南側と北側でラチャダーピセーク通りに繋がりバンコク都中心部の環状道路にもなる幹線道路です。

ジャラン・サニットウォン通りの名の由来は運輸省次官ルアン・ジャランサニットウォンにあるそうですが、なぜ次官の名が付いたかは現地説明板では分かりませんでした。

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現在はこの通り上に高架鉄道MRTブルーラインが開通していますが、私がタイを離れた2018年はまだ工事中で大変な渋滞の中をバスで移動したものです。画像上で左側の白い看板がある所が今回のソンテウの起点になるソイ3入口で、その通りの反対側(画像右)のソイ入り口には立派なお寺の門があります。

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このソイ4に入るとすぐ立派なお寺「ワット・タープラ Wat Tha Phra วัดท่าพระ」があります。このお寺の名が近くにある大変大きな交差点名タープラとその交差点上にあるMRTタープラ駅の由来です。

最初、私はタープラท่าพระってなぜそう言うのか気になり調べた事がありました。(ターท่าは桟橋でプラพระは「僧侶、仏、高貴な人」みたいな意味で、タイ語の読み書きが全く出来ない私は街歩きをする中で両方ともイメージ暗記したタイ語です。

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ワット・タープラが地名タープラの由来とは分かるのですが、チャオプラヤー川からもバンコクヤイ運河からも離れたお寺がなぜ「仏の桟橋」寺なのか? 謎が深まるばかりで苦労して調べた事がありました。

ワット・タープラはアユタヤ時代に建立されたと考えられ、当時チャオプラヤー川とバンコクヤイ運河にモン運河に囲まれた湿地の中の島のようなお寺だったので「ワット・コーวัดเกาะ」と呼ばれていたそうです(コーเกาะは島)。その寺の前の桟橋に仏像が浮かんでいた(取り付けられていた?)のでワット・タープラになったそうです。

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画像上では分かり難いのですが、その仏像が納められている現在の仏堂は元のアユタヤ・スタイルの柱のない煉瓦造りの仏堂を覆うようにして建てられています。遺跡を新たな建物ですっぽり覆い保存しているようなイメージです。

May26 Tha Phra 5

流れ着いた仏像を供養する為にお寺を建立する、そんな似たような話が川崎大師平間寺や鎌倉長谷寺のように日本にもある事が思い出されました。いずれにしてもストーリー性があるお寺なので一見の価値ありかと思います。

MAY02 Consutruction 2

ワット・タープラは観光ガイドやネットにそう多くは登場しないと思いますが、私がここを知ったのは全くの偶然で、それは地下鉄が高架になる所とその工事現場を見たかったからで、ワット・タープラ東側を闇雲に歩き回っていたからです(笑)

MRTやBTSなどの新線に延伸部は全て歩いて観察(笑)していますが、このエリアに関するエントリーは以下の通りです。
MRT高架延長部下を歩く 1
地下鉄が高架になる所は・・・

さて、そろそろ今回のソンテウが走るジャラン・サニットウォン通りの反対側ソイ3に話を戻しましょう・・・って書いても全く普通のソイです。

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一応、対面通行の道路ですが、西端は行き止まりなので奥に行くにしたがって狭くなります。長く見積もっても全長950mでしょうか、その中でソンテウは端から端までが路線ですが、パクソイは待機出来ないので全長900mの路線。私が知る限りタイで一番短い路線です。と言う事は世界で一番短いソンテウ路線かも(笑)

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画像上はジャラン・サニットウォン通り側パクソイで待機しているソンテウです。出発すると一度も曲がらずパクソイの中だけ走り、もちろん一律料金ですのでソンテウ初心者でも全くの安心路線です。画像下はバンコクヤイ運河側の起点で待機しているソンテウです。

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なぜこんな路線が存在するのでしょうか? ソイの住民が利用すると言うより、バンコクヤイ運河を橋(画像下、車は通れません)で渡った運河西側の住民がジャラン・サニットウォン通りに出るのに使うソンテウだと私は思うのです。

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実は、住宅密集地を流れるバンコクヤイ運河はあまり橋が多く架かっていません。画像下はこのソイ3の橋から下流側(南)を街歩きした時の地図ですが、1㎞離れた所に幹線道路ペットカセーム通りの橋まで路地が続くだけで橋はありません。

20180204 Map

そしてソイ3の橋から上流側(北)も1.2㎞離れたジャラン・サニットウォン通りソイ13の橋とかなり遠くなります(画像下の地図)。このエリアは街歩きに飽きる事がない大好きな所で上下の地図にその代表的な街歩きコースを記しています。

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このように橋が少なく運河を渡るのに遠回りする方が多いでしょうが、さらに周辺は車も入れないような路地が入り組んでいます。それでそこに住む方達はソイ3近くの橋を渡りソンテウ1418番を使う事が生活の足となるのです。

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さて、そのバンコクヤイ運河ですが、チャオプラヤー川の湾曲部をショートカットして流れを変える捷水路(しょうすいろ)が1542年に今の王宮前に掘られる前まではチャオプラヤー川の本流でした。

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このチャオプラヤー川の元の流れをたどる旅は「トンブリー王朝の面影を探し」全27回と「チャオプラヤー元流を歩く」現在まで10回で合わせて37回のエントリーを終えまだ連載中です。

ジャラン・サニットウォンSoi3の西端に続く小さな橋でバンコクヤイ運河を渡れば、そこは「アーティスト・ハウスArtist House」こと「バーン・シンラピンBaan Silapin」です。運河沿いの古い家を改築してアーティストの活動の場としている観光地です。

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そしてそのお隣に「バーンルアン運河水上マーケットKhlong Bang Luang Floating Market」があります。バーンルアン運河とはバンコク・ヤイ運河の昔の名ですが、水上マーケットそのものは観光客目当てに新しく造られた店が(2016年当時は)2軒ぐらいのがっかり系観光地でした。

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まぁ、これらの観光地より、この運河周辺の路地歩きを楽しむのが一番良いと強く私的には思うのですが・・・詳しは過去のエントリーを是非ご覧下さい。
トンブリー王朝の面影を探し(17)バーンルアン水上マーケット
トンブリー王朝の面影を探し(18)バーン・シンラピン
トンブリー王朝の面影を探し(19) 路地歩きが楽しいエリア」

路地奥で画像下のように、ちょっと昔を懐かしむような風景に出会えるかも知れません。

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さて、たった900mの短いソンテウ路線ですが、ブログの方はいつも長文なのにさらに長いエントリーになってしまいました。それは日本のガイドブックやネットに書かれる事がないだろう地域ですが(もっとも最初からメジャーな所は書かない主義のブログですが)、この辺りが本当に面白く興味深い所だからです。それが少しでも伝われば良いのですが・・・

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2024.04.05 | コメント(2) | ソンテウ・ロットゥー

チャオプラヤー元流を歩く(10) 古き良きタイに思いを馳せる

バンコク周辺において「原風景」や「古き良きタイ」と言うと、どんな風情をタイの人々は思い浮かべるんだろう・・・チャオプラヤー元流を追い運河沿いを歩きながら、私は常にそんな事を考えていました。

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画像上と下はチャオプラヤー元流の一つバンコク・ヤイ運河沿いの「バーン・シンラピンBaan Silapin」ですが、意外と若者達もノスタルジックに造り上げた運河沿いの建屋が心惹かれるものがあるのだと思いました。バーン・シンラピンに関しては「トンブリー王朝の面影を探し(18)バーン・シンラピン」で詳しく書いています。

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若者がそうなら、年配のタイの方々(特にバンコク周辺の)にとって水辺の生活は「原風景」や「古き良きタイ」の一つでしょう。

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水上交通がもっとも発達したラマ5世統治下(1858 - 1910年)、それは同時に皮肉にも鉄道や陸上交通の必要性が急速に高まり、水上交通は衰退して行く直前のピークだったように思えます。

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外国人貿易商がチャオプラヤー川沿いに住み、馬や馬車を使う彼らの為にタイ最初の本格的な道路チャルンクルン通り(画像下)が出来たのが1864年です。

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19世紀から20世紀に入ると陸上交通が盛んになり、首都バンコクでは多くの運河が埋め立てられ道路と姿を変え、画像下は20世紀半ばのサトーン通りです。

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河川と運河に面し水運で栄えた町や市場の多くは賑わいを無くし、その痕跡が見られる所はバンコクとその周辺に多くあります。画像下は私が最も好きなルアンペーンで、「ルアンペーン百年市場(4) 時が流れるまま」で詳しく書いていますが、運河沿いに造られ賑わっただろう長い板張りの通路も今は老人たちの憩いの場のようです。

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さて、話をバンヤイ・ガオの2018年に戻しましょう。

オームノン運河沿いを歩き、偶然出会った町がバンヤイ・ガオでした。周辺に広がる水上生活者の家々と豪華なお寺の光景に強烈な印象と好奇心を覚え、この辺りを夢中で歩きました。

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町の中心部には車が渡れる橋があり、ちょうどこの地点でオームノン運河とバンヤイ運河が丁字路のように繋がっていました。

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東西に流れるバンヤイ運河の東端がオームノン運河に繋がるのです、バンヤイ運河の西端はターチン川です。と言う事はバンヤイ運河はチャオプラヤー川とターチン川を結ぶ重要な運河だったのです。

画像下が丁字で運河が交わる所で、バンヤイガオの中心地で、バンヤイ運河に架かる橋から東方向を撮ったものです。画像奥を左右に流れるのがチャオプラヤー川元流のオームノン運河で、手前に流れてくるのがバンヤイ運河です。

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画像下は同じ地点(中心部)から西方向(ターチン川方向)に流れるバンヤイ運河を撮ったものです。

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バンヤイ運河がいつ掘られたのかを調べた事がありますが分かりませんでした。チャクリー王朝(現王朝1782年~)初期の記録に王宮からバンヤイ運河とターチン川を通りスパンブリーまで行き来した記録があるそうなので、アユタヤ時代後期かも知れません。

ターチン川もその名(中国人の桟橋)から好奇心をずいぶん刺激してくれた川です。バンコク都の西隣のサムットサーコーン県でタイ湾に注ぎますが、その河口の町がマハーチャイ(サムットサーコーン)で私はバンコクからタイ国鉄マハーチャイ線沿いを全て歩きましたから(笑)

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画像上はターチン川の遊覧船?に乗った時のものです。このようにターチン川に関した本ブログのエントリーも数多いのですが、本題から離れるのでいい加減このへんで止めておきましょう(苦笑) いずれにしても、私はバンヤイ運河はターチン川と結ぶ為に造られたのか・・・と思うだけで、何かワクワクしたのです。

さて、バンヤイ・ガオこの町の街灯は物売り舟をモチーフとしたもので、それが町の中心地に並んでいます。それだけこの辺りには物売り舟が多く、人々の生活に密接にかかわりあっていたのでしょう。

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もちろん、ここまでオームノン運河沿いを歩き物売り舟が多い事に気付いていましたし、観光用に造られた水上マーケットや物売り舟ではなく、実際にここに商売をしている舟とそれらを必要とする水辺の家々と人々である事が分かっていました。

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20180619 Om Nong 7

どうやらバンヤイ運河沿いの方がもっと水辺で生活されている人が多く、物売り舟も多いようです。そこでオームノン運河を少し離れてバンヤイ運河沿いを歩きました。

このまま画像をたくさん貼りたいのですが、今回も長くなりましたので、次回に続きます。

タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。

この「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズは今回が第10回で、今までのエントリーは以下の通りです。また、本シリーズの前章となったのが「トンブリー王朝の面影を探し」で全27回です。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・ガオと9寺巡り1
第7回「チャオプラヤー元流を歩く(7) これまでのあらすじ 1
第8回「チャオプラヤー元流を歩く(8) これまでのあらすじ 2
第9回「チャオプラヤー元流を歩く(9)原風景残るバンヤイ・ガオ

20180428 Map 1

青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

今回歩いているオームノン運河の多くの部分が1636年以前はチャオプラヤー川本流であったわけです。時はアユタヤ時代で山田長政没後6年で、日本なら徳川家康没後20年経った江戸時代初期の事です。

400年前のチャオプラヤー川に思いを馳せる旅は次回に続きます。

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2024.04.01 | コメント(0) | タイ・トラベル

1279番 首都圏ソンテウ不完全ガイド

これはバンコク首都圏のソンテウについてのエントリーです。主旨は「首都圏ソンテウ不完全ガイド 序章」に書いてありますが、私のロングステイ時に街歩きをする中で知ったソンテウを記録として残す事から始めました。

初めにお断りを書いて大変恐縮ですが、ここに書く内容は私がタイでロングステイをしていた2018年までの記録です。一応、出来る限り現時点での確認をしていますが、変化の激しいバンコクでの事ですから今現在の状況と異なる事もあるかと思います。

何か違う、今は変わった・・・などあれば、遠慮なくコメントでご教示下さい。出来る限り私の方で確認した上で、本文中で訂正や追記としてアップデートしたく思っています。

なお、ソンテウに慣れていない方は是非以下のエントリーをご覧ください。
ソンテウの乗り方(1) 乗り物の種類と使い分け
ソンテウの乗り方(2)

また、路線番号別地域別のインデックスを作っています。ソンテウの路線番号からがどこを走るか知りたい、地域からそこを走るソンテウを知りたい等にご利用ください。また、検索しやくする為にタイトルを後日少し変更します。

PC表示だとこのブログ画面左にある「カテゴリー」から「ソンテウ・ロットゥー」そして「番号別インデックス」か「エリア別」を選ぶと、目次のように番号別あるいは地域別に表示されます。

スマホ表示だとスマホ画面左上の「≡」ナビゲーションメニューから「カテゴリ」以下PC表示と同じです。

なお、「路線番号」としていますが、それが正しいのか疑問でいます。一つの番号で異なる走行ルートがいくつもあるのは普通ですし、番号を表示せず「ライン1」「ライン2」などとその地域内で別ルートを走る場合もあります。分かりやすく区別するのに路線番号としています。

なお、自前の画像が無い時にソンテウとその路線の通りをGoogleストリートビューからキャプチャーした場合があります。

基本情報

チャルンクルンSoi69 Charoen Krung Soi69 ~ ワット・ドクマイ Wat Dokmai

バンコク都サトーン地区の南にあたるチャン通りの西半分とサトゥプラディト通りのほぼ全部を走る路線です。昔からの華人が多く住むエリアを走ります。

本数は多く、長くても10~15分も待てば乗れていました。

主な走行ルート

チャルンクルンSoi69 Charoen Krung Soi69 ~ チャン通り Chan Rd. ~ サトゥプラディト通り Sathu Pradit Rd. ~ ワット・ドクマイ Wat Dokmai

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車種

赤色の小型ピックアップトラック

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行先表示は統一されていないですし、消えかかっている車も多いのですが、前面上部に小さくワット・ドクマイ วัดดอกไม้ 1279 パクトロクチャン ปากตรอกจันทน์ (あるいはトロクチャン ตรอกจันทน)と書かれている車が多いです。表示の違いに意味なく、この路線は一つのルートを走ります。

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最初、私はトロクチャン ตรอกจันทน์ が分からずどこか?と考えたものです。パク ปาก は口でパクソイのように道路の出入り口的にも使うのは知っていました。辞書を引くとトロク ตรอก とは路地や裏通りに使うようで、チャン通り(タノンチャン ถนนจันทน์ )は昔くねくねした細い道だった頃にトロクチャンと呼ばれていたそうです。それを知ったのはつい最近の事です。

ルート周辺

チャルンクルン通りソイ69のパクソイからソンテウは出発します。ソイの中に複数台待機している場合が多く、その先頭車かパクソイ出てすぐ横のチャルンクルン通り上で待機しているソンテウに乗ります。

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チャルンクルン通りはバンコクで最初に出来た本格的な道路でニューロードとも呼ばれます。道路が完成した1864年はアメリカでは南北戦争、日本では幕末で池田屋事件と世界が大きく動いていた時代です。

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欧米諸国の植民地支配と貿易の拡大でタイに来た外国人、彼らが住み始めたのがバンコクはチャオプラヤー川沿いでした。その外国人が馬や馬車が使える道が欲しいとラマ4世に要請して出来たのがチャルンクルン通りです。

Rail 1

王宮からチャオプラヤー川左岸(東側)沿いにタノントックまでの8.5㎞の道で、後にタイ初の路面電車もこの道を通りました。この通りで偶然見つけた線路の痕跡を追って、私は結局この通りの全てを歩きました(笑)

Tram 1

消えた線路を追う」と「消えた路面電車を追う」で書いています。

さて、ソンテウ1279番はチャルンクルン通りを出発してすぐ左折してチャン通りへと入ります。経路の起点となる地をチャルンクルン通りソイ69としていますが、これは意味がなくチャン通りとチャルンクルン通りの交差点でUターン出来ないので、ソイ69を使って大きくUターンしてるのです。この交差点に冒頭に書いたトロクチャンの表示があります。

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チャン通りはチャルンクルン通りとナンリンチー通りを結ぶ道路です。この地域にはさまざまな国籍や文化を持つ人々が定住し、特に潮州人と広東人は港に近いことから、ヤワラーやバーンラックから移って来たと考えられます。

その為か、20年以上前ですが初めてチャン通り周辺を歩いた時、「ゆるい中華街みたい」と思いました。ヤワラーだとこれぞ中華街と言わんばかりにギラギラ主張してくるのですが、そんな事はなく昔からの華人が多く住む庶民の町だと感じたのです。

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中華系の古くからの住民が多い町には美味しい店が多くあります。古くからの食堂、中にはミシュラン掲載常連店もあり、本ブログでは「朝市と老舗食堂が並ぶ チャンSoi 18/7」と「ミシュランに載る食堂」で書いています。

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チャン通りを東に2㎞ほど行ったらサトゥプラディト通りとの丁字交差点で、そこを右折してサトゥプラディト通りへ入ります。サトゥプラディト通りはチャン通りとラマ3世通りを南北に結ぶ6㎞ほどの道路で1279番はそのほぼ全線を走ります。

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サトゥプラディト通りもチャン通りと同じような雰囲気があります。当然この地域も昔からの華人が多く住むからでしょう。そんな事を実感するのがサトゥプラディトSoi20の奥にある広い広東墓地です。この墓地前が別なソンテウ1271番(ルートシン病院~広東墓地)の起点になっています。

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このサトゥプラディトSoi20のパクソイ横にはサトゥプラディト通りの建設に尽力した地元の名士トゥアン・サトゥー氏の碑があります。現在の通り名の由来となった方です。

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サトゥプラディト通りの南端はラマ3世通りですが、ソンテウはその手前でサトゥプラディトSoi58へ右折し、しばらくしたら終点のワット・ドクマイです。お寺のすぐ横で多くのソンテウが待機しています。

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ワット・ドクマイはアユタヤ時代の1757年に建てられたと考えられています。私は寺院名(ドクマイは花の意味)が気になって訪ねた事がありますが、門や建物の壁などに花をモチーフとした飾りが多いと思うのですが、それ以外で花に関係したものは見当たらず、寺院名の由来を調べる事も出来ませんでした。

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ワット・ドクマイでは毎週水曜日に市場が開かれます。午後から夕暮れ後までのフリーマーケット的な市場で地元の方々で賑わっています。

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ワット・ドクマイはラマ3世通りにも面していて、近くにはBRT(Bus Rapid Transit)のワット・ドクマイ駅があります。

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さらにワット・ドクマイ駅からラマ3世通りを北西に15分ほど歩くとラマ9世橋です。この橋は高速道路の専用橋梁で、フォルムが非常に美しく、塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に繋ぎ支える構造の斜張橋Cable-stayed Bridgeだと思います。

20161031 Rama9-3

チャオプラヤーに架かる多くの橋と同様に日本の援助で作られました。1982年度約259億円の円借款で着工が1984年で開通が1987年です。建設には日立造船、東急建設、チョーカンチャン、神戸製鋼、日商岩井などがかかわったようです。

Rama9 Bridge 2016OCT

橋の下には公園「Public Park in Commemoration of H.M. the King’s 6th Cycle Birthday」があります(画像上)。日本語だと「ラマ9世橋公園」になると思います。ここからの眺めが素晴らしく多くの写真を撮りました。 「チャオプラヤー名橋奇覧(3) ラマ9世橋」で詳しく書いています。

さて、ソンテウ1279番は華人系タイの方々が多く古くからある住宅街の中、チャン通りとサトゥプラディト通りを走るソンテウです。丁寧にこのエリアを歩くと、ビジネスの中心街でもあるサトーンやシーロムに近いにも関わらずソンテウが活躍する理由が分かるように思えます。

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2024.03.29 | コメント(0) | ソンテウ・ロットゥー

番外編 6 チャン通り (1) ミシュランに載る食堂

このブログでは守備範囲外として長く書いたことが無かった食べ物屋さんを主に紹介する番外編で、そのスピンオフも6回目です。

「あの話はどうなった」シリーズでBTS幻のスックサー・ウィッタヤー駅がセントルイス駅として誕生した事から、駅があるサトーン地区の歴史・成り立ちを書きましたが、このエリアの現在も書くべきと始まったスピンオフ。

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「セントルイスかぁ~高層ビル街が並ぶサトーン通りも一歩裏通りに行けば古くからの食堂も多いし洒落たカフェも多かったなぁ~」って、それがきっかけでスピンオフを書き始めましたが止まらなくなり、本編を書かないで番外編ばかり更新しています。

クイジャップ ミスタージョー
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番外編1は表サトーンことサトーン通り沿いのレストラン4店を書きました。
番外編2は裏サトーンを走るソンテウ路線の概要とバンコクの礎を築いた潮州人が眠るワット・ドンを紹介しました。
番外編3はCafeやスイーツ店が多いセントルイス Soi 3を紹介しました。
番外編4は町食堂への思いとソンテウ1256番の路線を詳しく書きました。
番外編5はチャン通りSoi 18/7の朝市と老舗食堂5店を紹介しました。

番外編を含んだ「あの話はどうなった」シリーズのエントリー済みは以下の通りです。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金
(7) BTS 謎の駅の正体1
(8) BTS 謎の駅の正体 2 サトーン地区
番外編 1 サトーンで行くべき店
番外編 2 ソンテウで行く裏サトーン
番外編 3 Cafe巡りのセントルイス Soi 3 
番外編 4 町食堂とセントルイス3・チャン18/7 
番外編 5 朝市と老舗食堂が並ぶ チャンSoi 18/7 

ミシュランガイド、レストラン評価(それだけではないのですが)で最も知られている媒体だと思いますが、2000年代以降は対象地域も評価方法もずいぶん変わったと思っています。媒体で利益を得る事が目的の拡大路線が続いているように私には思えるのです。

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1990年代、パリでも三ツ星レストランはほんの数店しかない時代がありました。ミシュランは非常に権威あるもので、私自身はパリで初めて星付き(二つ星)レストラン「ミシェル・ロスタン」で食事をした時の内容を今でも思い出せます。画像下はそのミシェル・ロスタンでパリ在住の友人とですが、我ながら若かったですねぇ~

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東京版は2007年だったか、タイ版は私のロングステイ時(2015-2018)に始まったと思いますが、この辺りから世界中で始まり、評価も単純な星の数3段階だけからビブグルマンとかプレートなんても増やしてきました。この頃から大判振る舞いで多くの店を掲載する事でガイドの売り上げを伸ばし、ミシュラン自身の経営に貢献するかに重心が移ったように思えてなりませんでした(あくまでも個人的見解です)。

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一方、お店にとってミシュランの評価を得る事は死活問題なのは十分に理解できます。大昔にこのブログで「若き二人が挑戦する神谷町のイタリアン」(画像上)と紹介した彼らを20年以上前(画像下)から知っていましたが、ものすごい努力をしてビブグルマンから今は一つ星レストランです。

Harashina-san 2009

画像下は1990年代にパリで三つ星を長く保持した超有名レストラン「ラ・トゥール・ダルジャン」で、シェフ・キャビストを当時されていた林氏のパリご自宅に招かれた時のもので、三つ星レストランのご苦労などもお聞きしました。

Hayashi-san 1

このように店側のミシュランへの思い入れを知ると安易に言えませんが・・・ミシュランと言っても星付き以外は少し疑問に思う事もあります。。

私が星付き以外で少し疑問を感じるのは掲載店の拡大路線により評価方法がコロコロ変わっているからで、歴史と権威を誇るミシュランらしくないと思うからです。

以前はフォークとスプーン印で5段階なんてありましたし、プレートなんてもありましたが今はセレクテッドレストランに変わったようで、最近ではグリーンスターなんて始めました。

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そんな星以外の評価にビブグルマンがありますが、その定義は「価格以上の満足感が得られる料理」だそうですが、私なんか「だったら安くて旨い店が多いタイなんかビブグルマンだらけだ」と思うのですが、「価格帯は国ごとに設定され、価格だけではなく、良質な料理であることが必須」だそうです。なんだかものすごく曖昧ですねぇ~

と言う事で、ミシュランと名乗る店はバンコクでも多くあります。2023年のタイ版では星付きは35店(三つ星なし、二つ星7店、一つ星28店)、ビブグルマンは196店、セレクテッドレストランが215店で、バンコク以外の増加が目立ちます。

いずれにしても星付き以外のミシュラン掲載店はすごく多いし、毎年変化するので現在の全体像はよく分からないのですが、私が知っている限りでサトーン地区のチャン通りにあるミシュラン掲載の店を紹介します。

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そうです。今回はサトーン地区のチャン通りが主役です。画像上のようにタイで初めて舗装道路となったチャルンクルン通りと(これも食堂が多いスアンプルー通りに繋がる)ナンリンチー通りを結んでいる通りで、この通りも(陳腐な言葉ですが)安くて美味しい食堂が多くあります。

クイジャップ ミスタージョー Kuayjup Mr.Joem ก๋วยจั๊บมิสเตอร์โจ

私の24年前の在住時から人気の古くからの食堂ですが、長くミシュランビブグルマンを得ています。店名に付くクイジャップとはくるっと巻いた米の麺とモツなどの具材をスープの中に入れた料理名です。ミシュラン掲載やデリバリーサービスの普及でさらに混むようになりました。特に店頭でテイクアウトを待つ人が目立ちます。

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チャン通りに面したお店(画像冒頭)は間口が狭く奥が長いどこにでもあるような決して大きくはない食堂で客が絶えないのですが、スタッフがてきぱきとテイクアウトとイートインのサービスをしている姿は見事で、これもミシュラン掲載の一つの理由かと思います。

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クイジャップ以外に飲茶もありますが、圧倒的にクイジャップとムーグローブ(カリカリに揚げた豚肉)を頼む方が多いです。そのクイジャップの特徴は胡椒(と何かのスパイスも)が効いたまろやかで風味豊かなスープです。煮込まれたやわらかい豚肉に小さくしたカリカリのムーグローブ、少し大きめのホルモンは臭みがなく柔らかい中にも噛み応えがあります。

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美味しいスープにカリカリにじゅわっとした対照的な食感・・・思い出すだけで食べたくなります。なお、モツ系が苦手な方も除いて頼めますし、スープとムーグローブだけでも十分に美味しいです。

決してお洒落でもない普通の食堂ですが、飽きが来ない美味しい料理とてきぱきとしたサービスが地元で長く愛されている理由なのでしょう。ビブグルマンとしては納得ですが、そんな事に関係なく長くこのままでいて欲しいものです。

場所はチャン通りの西端チャルンクルン通りの交差点近くでチャンSoi42と44の間で、チャルンクルン通りSoi69から出発するソンテウ1279番が前を通りますが、乗ってすぐなので意味ないかも。それからこの店は早朝(朝7時台)から夕方(午後4時台)の営業で夜は営業していませんでした。

ヒアワンカオトムプラー Hia Wan Khao Tom Pla เฮียหวาน ข้าวต้มปลา

この店もミシュランビブグルマン常連店です。もう何年でしょうか・・・私がロングステイを終えた2018年も受賞していますし、先ほど調べたミシュラン2023年版にもリストに入っていました。

画像はお店のFBより
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私の一次在住時(2000-2003年)はなかったと思うので、それ以降のお店かと思います。しかしバンコクで新鮮な魚介を種類多く安定仕入れ出来て、魚粥のベースとなるお粥の味(魚骨か魚頭の出汁?)にも歴史を感じるので、きっと他店で長く修行されたか移転なのでしょう。

店名ヒアワーン・カオトムプラーの漢字店名もあって「兄旺魚粥」とあります。兄旺なので王兄弟のカオトム(お粥)プラー(魚)だと思います。

タイの方々が明確に区別しているか分かりませんが、生米から炊いたのがお粥(カオトム)で炊かれた米と具材を出し汁に入れて煮込むのが雑炊(ジョーク)ですので、店名通り(雑炊とは言わずに)お粥に色々な魚介を入れたカオトムプラーは身体に優しい美味しさいっぱいです。

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そしてこのお店の特徴は魚粥以外にも新鮮な魚介類が美味しいのはもちろん、色々なメニューがある事です。イカを焼いてもいいし、トムヤンクンもなかなかの出来です。

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場所はチャン通りに面して高速道路出入口近くのチャンSoi32/2横です。ソンテウは前述1279番か、ルートシン病院から出る1271番にBTSサパーンタクシン駅下のチャルンクルン通りから乗ると便利です。営業は夜だけで、祭日は休みの可能性が高いのでお店のFB等で確認して下さい。

タン・ジャイヤン Tang Jai Yang ตั้งใจย่าง

実はこの店を知らなかったです。今回のエントリーでミシュラン2023年タイ版を見ていてチャン通りに新しいビブグルマン店があるのに気づきました。ここは食堂ではなく洒落た小さな広東料理レストランでムーデーン(赤い焼き豚)がスペシャリティーのようです。タイにいればすぐにでも行きたいです。(画像下はミシュランHPから)

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場所はチャン通りとチャルンクルン通りの交差点すぐそばでモスクの反対側です。営業は夜だけのようです。実際に食べてない店を書くのは辛いものですね。いずれにしても、ミシュランのおかげで行きたい店が増えました。

さて、結局ミシュランでも、それこそ食べログ的なSNSでも、そんな評価なんかに関係なく、自分自身が味、サービス、雰囲気、価格、店の場所などで気に入る店と巡り合える・・・それが食いしん坊にとって一番幸せな事だと思うのです。巡り合う為にそんな他人様の評価を参考にするのはありだとも思います。

チャン通りの(ミシュラン店ではないけど)美味しい食堂は次回に続きます。

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2024.03.25 | コメント(4) | バンコク街歩き

343番 首都圏ソンテウ不完全ガイド

これはバンコク首都圏のソンテウについてのエントリーです。主旨は「首都圏ソンテウ不完全ガイド 序章」に書いてありますが、私のロングステイ時に街歩きをする中で知ったソンテウを記録として残す事から始めました。

初めにお断りを書いて大変恐縮ですが、ここに書く内容は私がタイでロングステイをしていた2018年までの記録です。一応、出来る限り現時点での確認をしていますが、変化の激しいバンコクでの事ですから今現在の状況と異なる事もあるかと思います。

何か違う、今は変わった・・・などあれば、遠慮なくコメントでご教示下さい。出来る限り私の方で確認した上で、本文中で訂正や追記としてアップデートしたく思っています。

なお、ソンテウに慣れていない方は是非以下のエントリーをご覧ください。
ソンテウの乗り方(1) 乗り物の種類と使い分け
ソンテウの乗り方(2)

また、路線番号別地域別のインデックスを作っています。ソンテウの路線番号からがどこを走るか知りたい、地域からそこを走るソンテウを知りたい等にご利用ください。

PC表示だとこのブログ画面左にある「カテゴリー」から「ソンテウ・ロットゥー」そして「番号別インデックス」か「エリア別」を選ぶと、目次のように番号別あるいは地域別に表示されます。

スマホ表示だとスマホ画面左上の「≡」ナビゲーションメニューから「カテゴリ」以下PC表示と同じです。

なお、「路線番号」としていますが、それが正しいのか疑問でいます。一つの番号で異なる走行ルートがいくつもあるのは普通ですし、番号を表示せず「ライン1」「ライン2」などとその地域内で別ルートを走る場合もあります。分かりやすく区別するのに路線番号としています。

基本情報

クローンダン Khlong Dan ~ チョンブリー Chon Buri

サムットプラカーン県クローンダンからチャチュンサオ県を通り、チョンブリー県チョンブリーまでの3県を走るタイ湾沿いの路線です。タイの方々に人気の観光地である「海の上のお寺ワット・ホントーン」近くを通る唯一の公共交通機関です。

343番は同じ番号で同じ路線を走るバスもあり(画像下)、バスは路線バスにしては乗り心地が良く、乗れたらラッキー!でした。

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ソンテウとバス両方を何度か利用していますが、路線が長いので料金支払い時に乗った所か行先を聞かれます。ソンテウを2018年に起点から終点まで70分乗って25THBでした。

主な走行ルート

クローンダン Khlong Dan ~ ワット・ホントーン Wat Hong Thong ~ バンパコン Bang Pakong ~チョンブリー Chon Buri

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車種

ライトブルー色に白線 小型ピックアップトラック型、数は少ないが大型バスもある

20180404 Songthew 1

行先表示は上段に「チョンブリー ชลบุรี」「バンパコン บางปะกง」とあり、下段が「クローンダン คลองด่าน」です。

ルート周辺

クローンダンはサムットプラカーン県庁があるパークナムに次ぐ漁港があるタイ湾沿いの町です。内陸部を東西に流れるサムロン運河と繋がるダン運河(クローンダン)がタイ湾に流れる所の町で、スクムビット通りが町の中央を通っています。

20180320 KD 1

パークナムからソンテウ(1140番 画像下)で1時間以上かかりますが、今はBTSがケーハ駅まで延伸しているので、駅下のスクムビット通りからクローンダン行のソンテウ1140番に乗ると40分ぐらいかと思います。ちなみに1140番は行先が色々あるので要注意です。

20180320 Songthew 4

クローンダンの「クローン คลอง」はタイ語でお馴染みの運河の事で「ダンDan ด่าน」は辞書を引くと「Check Point」と出て来ました。タイ湾に流れる運河を通る船の徴税拠点があった事が由来と思われます。

20180218 SP 5

スクムビット通りとダン運河が交差する所が町の中央で交通量が多いのもここだけなのですが、市場がスクムビット通りで橋の東側で北側だけに広がっています。漁港があるのですが、だからと言って魚介類が多いかと言うと・・・あるにはありますが、量的にも質的にも大した事はないのが素直な実感です。

20180320 KD 3

魚介類など特に鮮度を要するものは、漁港など荷揚げされる所ではなくその近くの多く消費される所にすぐ送られるでしょう。クローンダンでの消費がそう多いとは思えなく、この辺りならパークナムあたりになるでしょうか。

20180320 KD 4

市場から路地を北に向かうと印象的で力強い門が見えて来ます。「ワット・モンコン・コーターワーWat Mongkol Kothawas」で、かなり大きなお寺です。

20180320 KD 5

運河沿いに下流の海(タイ湾)に向かって歩くと・・・運河に多くの漁船が舫っていました。漁船の数はサムットプラカーン県では一番多いでしょう。クローンダンに関し詳しくは「サムットプラカーン東部を行く(6)クローンダン」でエントリー済みです。

20180320 KD 9

さて、ソンテウ343番は町の中央から東側スクムビット通り沿いから出発します。343番以外のこの町を起点とするソンテウの出発点も記しておきますが、343番はその場所を示す看板があります。

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クローンダンの町を出るとスクムビット通り沿いはずっと魚を干す作業をされています。そこで売っている所もありますが、量から言えばどこかへ出荷するのでしょう。

20180404 Hong Thong 2

やがてサムットプラカーン県を出てチャチュンサオ県西部に入ります。県境なのか道路上に両県の看板がかかっています。

20180404 Hong Thong 1

チャチュンサオ県に入ってすぐが、海の上のお寺「ワット・ホントーン Wat Hong Thong」への入口です。「サムットプラカーン東部を行く(7)海の上のお寺」で詳しく書いています。

20180218 SP 3

ソンテウはさらにスクムビット通りを東に向かいますが、周囲は養殖池が続く中で時々集落が現れて乗客が乗り降りします。やがてバンパコンの町外れをソンテウは通ります(町中には入りません)。町の入口にはバンパコン河口でよく見られると言われるイルカのモニュメントが出迎えてくれます。「サムットプラカーン東部を行く(8)バンパコン」で詳しく書いています。

20180412 BP 2

スクムビット通りはバンパコンの町外れで大幹線道路のバンナートラート通りと合流し、大変な交通量の中でソンテウはバンパコン川を渡り方向を南に変えます。

Bus365 Bang Pakong 1

ソンテウは速度を上げてバンナートラート通りを走りチャチュンサオ県からチョンブリー県へと入ります。このソンテウ343番はサムットプラカーン県を入れて3県を走る珍しいソンテウなのです。

やがてソンテウは「チョンブリー Chon Buri」の町に入り、画像下の中央で奥に向かう通り(Google Mapsだとポートン通りPo Thong)へとソンテウは入ります。この通りが多くのソンテウと地方バスが集まる起点となります。画像下で横がスクムビット通りで、右のビルが名前が分かりませんが大型複合商業ビルです。

20180516 Songthew 3

この通りに入って乗客全員が降りたので終点のようです。画像下で三又に別れている右側の先が「布タラート」として知られている市場です。

20180516 Songthew 2

ソンテウを降りて「布タラート Fabric Market」に向かうとすぐに周囲は服の生地を扱っている店が増えて来ます。「布タラート」は正式名ではなくて通称でしょうが、前在住時からここは生地や手芸用品の種類が多いと聞いていました

20180611 Chonburi 1

この布タラートは市井の市場のように大きな屋根の下に店が集まっているのではなく、狭く入り組んだ路地の中に店が並んでいるイメージで、その奥は広場となって生鮮品を扱う普通の市場があります。恐らくこの市井の市場周辺に布関係を扱う店が増えて行ったのでしょう。

20180611 Chonburi 3

チョンブリーに関しては「バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(4) チョンブリー~ノンモン市場」で詳しく書いています。

343番のチョンブリー側の起点(クローンダン行)は「クリスチャン教会Church of Christ」前で、画像下のようにソンテウに乗って出発を待ちます。

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いやぁ~、珍しい(他にあるかなぁ?)3県を走るソンテウで見所がたくさんでした。全部書くとすごく長くなるのでだいぶ省略しましたが、それでも長かったですねぇ~

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2024.03.21 | コメント(0) | ソンテウ・ロットゥー

ゴジラと同い年の自分 バンコク木造映画館や各国映画館

趣味は?と尋ねられた時、今ならワイン、旅行(歴史散策街歩き)、ガーデニングと答えますが、少し前ならワイン、旅行(世界遺産、秘島)、パソコン、自転車でしょうか。

そしてわざわざ趣味と書くほどではないけどずっと好きなのは読書、映画鑑賞で、読書は小学生からなので60年ぐらい、映画は高校生ぐらいからなので50年以上続ています。

しかし最近では歳のせいかどの趣味も没頭する事はなくなりました。ほどほどに好きな事をしている程度です。映画も映画館に行って観るのは年に3~4回でしょうか・・・コロナの影響も大きいですねぇ~

(ゴジラ画像は全て公式サイトからのものです)
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日本だと3月11日の朝だったでしょうか、「ゴジラ-1.0」のアカデミー賞・視覚効果賞の受賞を知りました。ノミネートされた事は報道で少し前から知っていましたが、映画を観た事はなく、正直言って興味を抱かなかった映画でした。

視覚効果賞ノミネート作品では「ナポレオン」を観ていましたが、歴史好きなので映画を楽しめたものの期待外れ感も多少あった中でのノミネート、そこにゴジラも同じノミネートなので気になり始めていました。

そこへ「ゴジラ-1.0」アカデミー賞受賞報道で映画館で観たくなりました。調べたら受賞後早々に再上映が決まったそうです。って、昨年の2023年11月に上映されていたのですねぇ~ 

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横浜駅直結の新しい映画館「T・ジョイ横浜」行ったのはまだ報道が続く3月14日でした。平日だしそんなに混んでいないだろうと思いながらも午前中の上映開始30分前に行ったら、残席が10席程度だったので満員だったと思います。

いつもは後方席から見下ろすように映画を観るので、スクリーン前3列目の端っこで見上げるように映画を観たのは本当に久しぶりの事で、ゴジラも迫力が増したようです(笑)

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映画そのものは・・・あれ?と思う部分が少しあったものの(多くの映画も同じ)ストーリーも狙いを感じられたし、話題のVFX以外でも十分に楽しめました。

さて、映画冒頭に「ゴジラ誕生70周年記念」みたいなオープニングタイトル?が現れましたが、その時「あっ、私とゴジラは同い年だ」と気づき、その後の本編は同い年のゴジラに気持ちが入ってしまいました(笑) なお、正確にはゴジラとではなく、ゴジラ映画と同い年です。

70年前の最初のゴジラ映画を観たわけではありませんし、そもそもゴジラを映画館で観た記憶があるのは「モスラ対ゴジラ」ぐらいです(笑)小学生高学年の頃でモスラを応援して意味が分からずザ・ピーナッツのモスラの歌を口ずさんだものです(大笑)

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私が子供の頃の映画館は封切り映画でも2本立てで併映映画があり、観たくもない映画をじっと耐えて目的の映画を観たものです。全席指定に入れ替え制なんてない時代で、人気のゴジラものは客席の周囲や通路まで人が入り立ち見なんて普通にありました。

それに座れても客席の傾斜がほとんどないので前席の方の頭が邪魔で見難かったものです。もちろんフィルム上映なので後方の上映室からは映写機を回す音や灯りが漏れて、映像にもノイズがあったり、フィルムも上映中に切れる事がありました。

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年寄りの昔話になりました。昔話ついでにバンコクに残る木造映画館について書きましょう。バンコク中心部で(多くの人に分かりやすく言えば)民主記念塔の東へ徒歩でも20~30分程度の所にナンルン地区と言う下町風情が色濃いエリアがあります。

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このエリアは百年以上前からあるナンルン市場(画像上)に古くからの食堂が多く、ここで食べたいと思う店も数軒あるので街歩きの中でよく行く所でした。バンコク中心部にありながら非常にゴチャゴチャした所でもあり、その路地奥にあったのが1918年に上映開始したナンルン・シネマです。

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残念ながら私の一次在住の6年前に営業を終了しているので内部に入った事はないのですが、座席は木製のベンチが並んでいたそうですから教会のようですねぇ~。場所など詳しい事は「クルンカセーム運河ボート(6)ナコンサワン(古い写真と木造映画館)」で書いています。

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ここでいったんタイを離れ、他の国での映画館事情など書きましょう。昔話やタイに関係なくても何かの時に話のネタになり、少しはお役に立つかも知れませんから。

90年代は誰もがインターネットにアクセスする時代ではなかったので、退屈なヨーロッパの暮らしの中で日本映画を観る機会は無かったものの、評判のハリウッド映画を観に映画館に行った事が何度もありました。

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そんな中、90年代の話になりますがドイツもフランスも吹き替えしかありませんでした。今なら少しは字幕版があるかも知れませんが、間違いなく今でも吹替版が主流のはずです。

英語なら何とかストーリーを追えますが、ドイツ語やフランス語ならギブアップで難しい映画は避けて画像で楽しむアクション映画が主となりました。

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フランスでは母国語を大切にする考えがあり、昔ですが「外国映画はすべて吹替なければならない」の法律があったと聞いた事があります。しかし、パリでバットマンを観た時は最後までフランス語を話すバットマンに違和感を感じてなりませんでした(笑)

ドイツではそんな法律を聞いた事がありませんが、字幕は無理だろうと思った事があります。それは私がドイツ在住時に辞書を引くのにずいぶん苦労した単語の長さです。

例えばスピード違反なら「Geschwindigkeitsüberschreitung」、最近ドイツのニュースでよく耳にするのが「Waffenstillstandsunterhandlungen」で停戦交渉です。これらは特別な例ではなく、もっともっと長いのが普通に多くあります。字幕版も一度ぐらい見たかったですねぇ~

2013年のアメリカ南部田舎町の映画館
Cinema ATL

次にアメリカですが、ある時期は毎週行っていました。田舎町だったので住んでいた町には映画館が無かったのですが、車で15分ぐらい行った所に広いモールに映画館(画像下)があって、入口の目の前に車を停めて数歩歩けば映画館内のアクセスの良さと、毎週火曜日が6ドルか8ドルで観られました(普段は10ドル・税込みで11.5ドル)。

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きれいな映画館ですが、いつもガラガラでした。土日に行くような事が無かったからかも知れません。画像下は息子がアメリカに遊びに来た時、一緒にロサンゼルスへ行ってチャイニーズシアターに行った時のものです。

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最後はタイの話でロングステイ時によく行った映画の話です。

アパートはバンコクの端っこでサムットプラカーン県境まで徒歩数分の所でしたが、シーコンスクエアとセントラルバンナーそれにメガバンナーが徒歩あるいはバスでアクセス出来る所だったので頻繁に行きました。

20171116 Theater 2

私はシニアメンバー(画像下)に登録していたので(色々条件はありますが)ほとんど60THB(当時約190円)で観ていました。安くて設備の良い映画館でしたので、月に一回、多い時は毎週、時には日に二本観ていました。

20161226 Card

そんなわけで映画館に関してのエントリーは過去多くあります。

映画館で観客は一人だけ!
火曜の夜は映画館へ
映画館に行こう
映画シニアメンバー 登録
割引で映画館に行こう
映画館で邦画、海街ダイアリー
メガ(MEGA)でスターウオーズな一日
セントラル・バンナーで初映画
映画が安い火曜日に2本連続
スターウオーズとパンダに動物園

最後に、タイでは(私が知る限り)どの映画館も冷房がきついので、かならず一枚羽織るものを持って行きました。今はどうなのでしょう・・・

毎回の古い話、すいませんでした。昔話として面白かったか、少しでも何かのお役に立てれば良いのですが・・・

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2024.03.18 | コメント(0) | その他

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(11) 自転車で歴史公園

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅、その11回目です。

画像下はこの日の午後に活躍してくれた貸自転車です。一人気ままに動き回れる自転車が(暑さを除けば)快適でした。

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この自転車で歴史公園内(北側)の遺跡を見て回るのですが・・・その前にいつもの前置きとお断りです。

チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。

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この旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

(1) 序章&北バスターミナルへ
(2) バンコク~カンペーンペット
(3) カンペーンペットの町
(4) 歴史公園(城壁内)
(5) ワット・プラケオ
(6) クメール王朝支配
(7) スコータイ歴史公園
(8) シーサッチャナーライ歴史公園
(9) ナイトバザール
(10) 一人貸切観光バス

20180617 Map 1

さて前回までは、ピンクのトラム型観光バスを一人で貸切って、礼儀正しい運転手さんとガイドさん付きで北側の歴史公園で主要な所を回ってもらいました。

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一人で貸切ったとは言え居心地があまり良くなかったので、予定よりかなり早く親切な二人に別れを告げて、近くで安くて美味しいと教えてもらった食堂で昼食です。

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昼食を終え歴史公園(城壁内)入口の管理事務所まで歩きレンタル自転車を借りました。サドルを高くする調整が出来ませんでしたが、ガンガンに自転車で走るのではないので構いません。自転車が30THB/Hで歴史公園共通(城壁内と外)入場料150THBです。

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自転車を借りた南側の歴史公園(城壁内)から北側の歴史公園までは2㎞程度なので、自転車だとすぐ着きます。北側の歴史公園内は木々の間に遺跡が点々としているので、自転車での見学が最適です。北側の入り口にも貸自転車がありました。

午前中にピンクの観光トラムバスでざっと見ているので、午後はゆっくり見たい遺跡を4つに絞っていました。ちなみにカタカナ表記はいつものようにタイ観光局なければGoogleMapと合わせています。

ワット・チャーンローブ Wat Chang Rob วัดช้างรอบ
ワット・シン Wat Singha วัดสิงห์
ワット・プラシーイリヤボット Wat Phra Si Iriyabot วัดพระสี่อิริยาบถ
ワット・プラノーン Wat Phra Non วัดพระนอน

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ですが・・・この寺院名って、タイ語の読み書きは全く出来ない私ですが、分かりやす過ぎてなんか後から付けた寺院名に思えてなりませんでした。後から調べても全くそんな記載がないので、個人的な感想です。

それでは訪れた遺跡ですが・・・有名観光地なのでネットに情報が溢れている事でしょう。そんな内容を繰り返してもブログが長くなるばかりなので、私が感じた事のみを記します。

ワット・チャーンローブ Wat Chang Rob วัดช้างรอบ

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象が仏塔基壇を支える構造から最初は同じスコータイ王朝のシーサッチャナーライにあるワット・チャーン・ローム(画像下)と同じ寺院名だと感じ違いしました。シーサッチャナーライはまさしく「象ช้างが周囲ล้อม」ですが、どうもこちらはロームล้อมじゃなくてローブรอบ。ローブรอบはGoogle翻訳だと時間と出て謎が深まりました(笑) いずれにしても象ช้างが寺院名に付いています。

ワット・チャンローム・シーサッチャナーライ วัดช้างล้อมศรีสัชนาลัย
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保存状態はシーサッチャナーライ(画像上)の方が良いのですが、崩れた主仏塔もおそらく同じベル型のスリランカ様式の様に思えます。その仏塔を支える正方形の基壇には68頭の象が囲っていますが、シーサッチャナーライの方は39頭でした。

20240308KPP6.jpg

その68体の象はこの寺院にとって象徴的な存在だと思いますが、漆喰が少し残っている(修復か)部分があって、そこには象を飾る装飾が施されていました。基壇を囲っている象はチェンマイ、アユタヤ、シーサッチャナーライ、そしてカンペーンペット(城壁内)にもあるのですが、私の記憶と写真にはここまでの装飾は見られませんでした。

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この規模の基壇と崩れて残った仏塔の周囲から推測するとかなり大きな(高い)仏塔だったように思えます。美しく飾られた象も見事だったことでしょう。そんな建設時の姿に思いを馳せながら次の遺跡に向かいました。

ワット・シン วัดสิงห์

(タイ語の読み書きが出来なくても <--自分 )ビール好きなら何となく覚えてしまうタイ語の獅子สิงห์が寺院名です。そう言えば、この上に書いたワット・チャーンローブもタイのビール好きなら象ช้างも覚えてしまうタイ語ですね。

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残念ですが遺跡に中でそんな獅子の像を見る事は無かったです。日本の神社で目にする狛犬のような獅子の像があるだろうと寺院名だけで想像した自分が浅はかでした。

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比較的小さな遺跡で、漆喰が落ち構造上の基礎となっているむラテライトのブロックむき出しの坐像と柱が残るウボソット(布薩堂)、そして正方形の礼拝堂(?)があります(画像下)。この礼拝堂のような建物の上にはベル型仏塔があったようですが、下から見る限りその痕跡は見られませんでした。

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さて、ワットシンのすぐ近くには次の遺跡ワット・プラシーイリヤボットとワット・プラノーンがあるのですが、ここで歴史公園の北側を一回りする事にしました。

ワット・アーワートヤイ Wat Avasa Yai วัดอาวาสใหญ่

歴史公園の一番北側にある(たぶん)その名の通り一番大きい遺跡かと思います。その中でも非常に高い八角形で20の角を持つ基壇が目立ちますが、こうした様式が他にあったかなぁ? ここにあっただろう仏塔の姿は? 色々謎が残ったままで先を急いだ事を後悔しています。

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ワット・タベククー Wat Tabaek Ku วัดตะแบกคู่

自転車で通る時に何かが気になって降りて見ました。小さな遺跡で整備も発掘調査もまだなように思えます。きっとこの歴史公園が整備される前はどの遺跡(寺院)も同じように木々に覆われていたのでしょう。

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見学用の通路も確保されず雑草だらけでの周囲を慎重に近づきました。人の手が入らないとあっという間に自然に飲み込まれる・・・アンコールワットを思い出させてくれた遺跡です。画像下の木が遠くから見ても違和感を与えたのですねぇ~

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日差しが最もきつくなる昼過ぎ、訪れる人もなく朽ちていく寺院、猛烈に暑いはずが少し涼しくも感じたのは、手入れされていない木々の影が覆う遺跡の嘆きなのか・・・物悲しいような不思議な感覚でこの遺跡を後にしました。

さて、次回はカンペーンペット歴史公園で一番見たかったワット・プラシーイリヤボット、そして最後の遺跡ワット・プラノーンへと向かいます。

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2024.03.15 | コメント(0) | タイ・トラベル

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ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 東京深川出身。アジア・ヨーロッパ・アメリカなど海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後タイでロングステイし2018年帰国。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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