こだわりのブログでありたい 若き旅人との出会い 夜市・水上市

あと数日で71歳になりますが、長い月日を海外で過ごしてきました。住所を移しそこで働き給料を得た国は5カ国になります。その5カ国でもアメリカは2回、タイも2回在住しましたので7回の海外在住で通算28年以上、住んだ国以外に訪れた国は数えた事がありません。

飛行機である国へ行き数日観光して戻る・・・そんな日本人にとって普通の旅行をした記憶はあまりありません。あったかなぁ・・・あると思うけど思い出せません。海外旅行とは住んでいる所から自動車か鉄道で陸路を移動するのがほとんどで、飛行機の移動は仕事のイメージです。

5年前に日本へ戻り、やっと海外での一人暮らしを終えた時、これからは家内と旅行でも・・・と思っていたらコロナの騒ぎに突入。今は体調とか色々あって国内旅行すら考える事もなくなりました。

若い時、(ちょっと大袈裟ですが)世界中を飛び回っていたのに・・・もうそれは記憶の中だけの事になったようです。

20180402 NM 1

55歳で早期定年退職しリーマンショックで失業者が溢れるアメリカへ行き現地採用。そうやって働き始めてからずっと仕事もプライベートも海外で一人で動き回れていたのが、定年制が無いアメリカですが体調が悪い日が多くなり老いを感じ始め、世界で最もビジネス環境が厳しいアメリカでこれ以上働けないとリタイヤ。

気持ちとは裏腹に思うようにいかない身体、複雑な気持ちを抱えて中途半端なままタイでロングステイと言う休みを取っていた時、羨ましいほど輝く若者と出会った事が2回ありました。

若者たちはそれぞれの理由があってタイへの旅に身を置き、それぞれの思いで日本とは違うタイをアジアを海外を楽しみ感じていたのでしょう。

長い長い海外での生活をタイで最後にしようとしている年寄りが、羨ましいほど若い人達と出会いほんの数時間だけ一緒に短い旅をした思い出です・・・

Wat Arun

最初は一人で旅をしていたお嬢さんです。

チャオプラヤー・エクスプレスを待つ桟橋での事で、適切な案内もなく混沌とした列の中、不安そうな周囲の外国人たちと話している流れでそばにいた女性に英語で話しかけたら・・・思いもよらなかった日本の方でした。

ボートを待ちながらたわいもない話をして、自然とボートでも隣り合わせで座りました。その日遅くのフライトで日本へ戻るそうで旅の最後を特に計画もなく過ごされているようでしたので、私が数週間後に娘がタイへ遊びに来る下調べをしていたのでお願いしご一緒してもらいました。 以下のようにエントリーしています。

父と娘の旅の下調べが・・・出会い
父と娘の旅の下調べが・・・二人旅
父と娘の旅の下調べが・・・別れ

K

一人旅の女性に距離を保ちながらの数時間。勝手知ったる王宮やカオサン周辺で動くのにトゥクトゥクに路線バスそして運河ボートを使ったので、それまでのタイの旅とは「ガラッと変わった」と最後に楽しそう話されていました。

次はアユタヤからの戻りのロットゥーで出会った二人です(冒頭画像)。一言で表すなら元気たっぷりで爽やかな若いカップルです。 以下の様にエントリー済みです。

さわやかな若者達と出会ったアユタヤ
若者達と行った都心部のナイトマーケット・ネオン

20180410 Neon 8

この時もロットゥーの狭い車内で話すうちに、流れでその日遅くまでご一緒する事になりました。その若者たちと一緒に行ったのがナイトマーケットです。

バンコクではその時その場で路線バスなど最適な方法で移動し、狭い路地の近道を通り町中の食堂で食べる・・・そんな普通の行動が若者たちには楽しかったようです。一方、私にとっては苦手な夕暮れ以降の外出になるナイトマーケット、珍しく観光用こてこての内容で、それも楽しいひと時でした。

たった2回だけですが、見知らぬ若者とほんの短い間共有した旅は、年老いた人付き合いが苦手な私にとっては忘れ得ない時になったようです。

さて、過去の1500を超えるエントリーの中から私的に拘って書いたシリーズを紹介する「こだわりあるブログでありたい」は今まで以下の3回をエントリー済みです。

こだわりのブログでありたい 交通系 (1)
こだわりのブログでありたい 街に刻まれた歴史
こだわりのブログでありたい 奇跡的な出会い 交通系 (2)

そして今回は、タイに観光で来られた方々が行きたいだろうナイトマーケットと水上マーケットです。こうしてまとめてみると・・・出かけていますねぇ~ 観光用もありますが地元の庶民密着型も多いです。

特に水上マーケットは聞いた事もないのに街歩きで偶然見つけた所も多く、(タイ語以外の)ネットでは初登場もあったかと思います。もちろん全て公共交通機関でのアクセスが書いてあります。

今となっては無い所も多いでしょう。2018年ぐらいまではこんな感じだったと参考になれば幸いです。

ナイトマーケット シリーズ

暗くなって出かける事が苦手なのでナイトマーケットは少ないしアパート近くが多いです。まぁ、バンコクだと観光用に作られた所が多くなってしまいます。

また、広い空き地があればとりあえず期間を限ってナイトマーケットを開こう・・・なんてケースも多く見られので、現在もあるかはかなり疑問です。

20240225NM2.jpg

画像上のJJGreenは都内のナイトマーケットにしては観光客向けと言うよりセンスの良い若者向けの感がして好印象でしたが、私がタイを離れてすぐに閉じたと聞きました。

20240225NM1.jpg

私が一番好きだったのはスワンナプーム・ナイトマーケットで(画像上)、よくある観光用とは異なって100%地元の方々用で庶民の生活に密着した夜市でした。私的にはアパートから遠くなく雰囲気も好きな所でした・・・って書いて、念のためストリートビューを先ほど見たら「Suvarnabhumi Flea Market」とあり今でもあるようです。

それでは今までエントリーしたナイトマーケットです。

 「若者達と行った都心部のナイトマーケット・ネオン
 「ナイトマーケット 私的ランキング
 「タラート・ロットファイ4
 「タラート・ロットファイ・ラチャダーとミニ・ナイト・マーケット
 「JJグリーン
 「ラムカムヘン大学前
 「タラート・ロットファイ・シーナカリン
 「スアンルム・ナイトバザール
 「サイアム・ジプシー・ジャンクション
 「ファムム・カセートナワミン・ナイトマーケット
 「リアブドゥアン(高速道路沿い)・ナイトマーケット
 「スワンナプーム・ナイトマーケット

水上マーケット シリーズ

ガイドブックにあるようなメジャーな所と百年市場などの古市場は入れていませんが、タリンチャンは途中で逃げ出した私的苦手系のサンプルで登場です(笑)

私のお勧めは画像下の「クローン・ラット・マヨム水上マーケット」です。バンコク中心部にお住いの方々には少し遠いですが、都内です。

20240225NM3.jpg

タリンチャンやアンパワーは外国人観光客でいっぱいですが、ここに書いた水上マーケットはタイの方々がちょっと遊びに行く所で、外国人がいたとしても目立たない存在でした。きっと今は中国人ツアーなどが目立つのかも知れませんね。

ノンタブリー県最後の水上マーケット ワット・タノー
バーンルアン水上マーケット
パーシーチャルーン運河水上マーケット
スアンブア水上マーケット
ワット・モーリー水上マーケット
ワット・ヤイ・サワーン・アーロム水辺マーケット
サイノーイ水上マーケット
サンペーン2水上マーケット
ノンパォン水上マーケット
ワット・バン・フアスア・水上マーケット
ランシット水上マーケット
ワット・サーンチャオ水辺マーケット
無料クレット島一周船 ワット・ケーノック水上マーケット発
ワット・ケーノック・水上マーケット
ワット・セーンスィリタム水上マーケット
水上マーケット私的ランキングベスト編2016
水上マーケット私的ランキングがっかり編2016
ワット・タキアン水上マーケット
ワット・サイ水上マーケット
クローン・ラット・マヨム水上マーケット
ドーンワーイ水上市場
フアタケー水上マーケット
タリンチャン水上マーケット
クワン・リアム水上マーケット
バーンナムプン水上マーケット
サパーンスーン水上マーケット

これだけ多くの水上マーケットを紹介しているのですが、観光でメジャーな所として成功している以外では二つのタイプに分かれるように思えます。画像下はメジャーなアンパワー水上マーケットです。

20180206 Amphawa

一つは集客目当てで強引に水上マーケットを造ったものの、客が集まらずお店も逃げ出して実態が無くなっている所、そしてもう一つは地元の方々でそこそこ賑わいながら続いている所です。画像下は地元の方々で賑わうワット・タキアン水上マーケットです。

20180206 Takhian

さて最後に、ブログでは有名観光地なので書いていないのですが、アンパワー水上マーケットで泊まった事がありました。目当てはホタル観賞ボートツアーです。

20240225NM4.jpg

ホタル観賞自体はまぁまぁだったのですが、夜の帳が下りて徐々に観光客がいなくなっていく夜の水上マーケット、早朝の静かな川面を糸を引くように小舟が通り、托鉢僧と話し込む老いた人など思いで深い光景に出会えました。

20240225NM6.jpg

20240225NM5.jpg

この「こだわりのブログでありたい」シリーズはまだ続きます。2018年当時、まだ(少なくても日本語の)ネットでは紹介されていないだろう事を多く書いています。

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2024.03.03 | コメント(0) | その他

こだわりあるブログでありたい 奇跡的な出会い

前回までは、私が1980年代後半にネットに関わるようになって以来、米国と日本でのパソコン通信、自身のホームページ運用、そしてそりが合わなかったSNSとは距離を置いて、今はブログを書いている事を記しました。

やがて消えていくフロー型(流れる)のSNSならたわいもない「どこ行った」や「何を食べた」を仲間内で見せ合うのはよいでしょうが、ネット上に情報資産として残るストック型のブログなら何か意味あるものを残したいものです。まして70歳になり人生の最終段階に入った私には・・・

さて、今までこだわりのエントリーを紹介してきましたが、こんな変わり者ですから私はいつも一人でした。30年近く海外を転々とし最後はアメリカで現地採用、そしてリタイヤ。人に頼らず一人で切り開く生き方はタイでロングステイを始めても同じで、ずっと一人が心地よいと思っていました。

リタイヤしてからは余計に人と親しくなることを避けていたようにも思えます。ですからブログ読者とお会いした事はありません。

偶然で奇跡的にお会いしたただ一人を方を除いて・・・

偶然とは言え奇跡的な出会い」は2017年7月にエントリーした内容で、以下は要略です。

ある時BTSモーチット駅下バス停であるバスを待っていました。「バンコク不完全バスガイド」を書くために、数区間だけでも確認したい路線があったからです。

20170720 Mochit

バス停のベンチに座ってやって来るバスを見ようとしたら・・・お隣の男性が書類ファイルを広げてきちんと綴じられた書類を見ています。かなりの厚みでインデックスも貼られて探しやすいようにされています。

なぜそこまで見てしまったかと言えば・・・その書類に書かれていたのが日本語だったのです。そして・・・何か見覚えある多くの画像がカラー印刷で目に飛び込んできました。(画像下は関係ないバス停です)

Bus Stop 2017July 2

あまり自信が無かったのですが、私から日本語でお声をかけました。
「どこかへバスで向かわれますか?」そんな内容です。
「ええ、○○○○へ」

それなら何番と何番ですねぇ~ でも何番は渋滞が多い通りを通るから止めた方が良いです・・・そんな話になると、その男性が書類を見られて別な番号も言われました。

「あーー、それは高速経由なのでここは通りません」と言いながら・・・「その書類にはバンコクの路線バスが書かれているのですか?」と見させていただいたら・・・

私のブログを印刷されたものでした。かなり分厚いファイルになっていました。

しかも「バンコク不完全バスガイド」の(たぶん)全路線をカラーでハードコピーされたものです。小見出しを貼られて、実にきちんと整理されています。(画像下はイメージです)

20170710 Note

そして・・・もちろん名乗りました。
「あっ、私がこのブログを書いているALSTERです」って(笑)

そうしたら・・・その男性も名乗りました。
「私・・・○○○○です」って。頻繁ではありませんが、コメントを頂きスレッドを交わした事がある方なのがすぐ分かりました。

それからそのバス停で怒涛の話に入ってしまいました。全て一般的な日本人ならお一人でバスなどを使って行かないような・・・観光地や都心部でもない・・・要は私が街歩きをしている所を歩かれています。

聞きますと英語もタイ語も話されないとの事。私と同じように好奇心がお強いのだと思います。そして私より(たぶん)年配の男性です。年に数回、日本からやって来て、私のブログで興味を覚えた所を回られる・・・本当にすごいです!

書いている私が言うのですから間違いありません。普通なら行かないような所だし、行っても面白くないかも知れません。言葉が分からなくても臆せずに挑戦されています。

よく分かります。結果的に目的地へ行けなくても、間違っても、苦労しても、そうした事をする過程が楽しいのでしょう。私がそうですから(笑)

しばらく話して・・・目的のバスが来たので、急いでバスに向かわれて行きました。今まで長くブログをやっていますが、最初で最後の実際に会ったブログ読者です。

モーチットは私の生活圏から1時間半以上離れていて、観光客も多いのであまり好んで行く所ではありません。そんな所で・・・偶然と言うより、奇跡に近い出会いです。

その時、読者がこのブログを活用されているのを目にした事が、すごく光栄と言うか、嬉しいし、今までブログを書いて良かったと強く思ったのです。

そして、読者がブログのハードコピーをどっさり持って行きたいと思うような、旅行でも役立つようなブログでありたいと思ったのです。 そんな読者がいたら、ちゃちゃっと適当に書いて、とにかくエントリーを毎日続けるなんて出来ないとも思いました。

さて、前々回が「交通系 (1)」で前回は「街に刻まれた歴史」でした。今回は「交通系 (2)」です。

マハーチャイ線を歩く シリーズ

タイ国鉄マハーチャイ線をご存じでしょうか? チャオプラヤー川西岸のウォンウィエン・ヤイ駅からターチン川河口の町マハーチャイ(サムットサコーン市)までの全区間単線の路線です。営ターチーン鉄道として開業したのは1905年ですから日本では明治38年の事です。

Sep27 Mahachai 5

マハーチャイ線の一駅一駅に拘り、全線を歩いて周辺の人々とその暮らしぶりを丁寧に書きました。バンコク都からサムットサコーン県へとロングステイ中に一番歩いた旅でしょう。鉄道に乗るのではなく、その周辺を歩く旅です。

Jun30 Chom Thong 1

第1回「幻の始発駅クロンサンと線路跡
第2回「現在の始発駅ウォンウィエンヤイ駅とその周辺
第3回「トンブリー王朝縁の地タラート・プルー駅
第4回「緑のトンネル、クロン・トンサイ停車場
第5回「鉄橋上のチョムトン無人停車場
第6回「水上マーケットの賑わいの跡、ワット・サイ駅
第7回「立派なお寺と運河が交差する ワット・シン駅
第8回「沿線途中で最も賑わう地 バーンボーン駅
第9回「古い新興住宅地 カーンケーハー駅と謎のランサケー停車場
第10回「駅の中央を道路が貫くランポー駅
第11回「探すのに最も苦労したサムイェーク駅
第12回「保線トロッコに遭遇したプロムデーン駅
第13回「簡素な無人駅トゥンシトーン駅と鉄橋が入口のバーンナームジュード駅
第14回「駅中の古い売店が懐かしいコークワイ駅
第15回「駅中に通りがあるバンコーム駅とクローンチャク停車場
第16回「マハーチャイへの道、運河と線路
第17回「ついに終点マハーチャイ駅

メークロン線に乗る シリーズ

マハーチャイ線の西端終点マハーチャイはターチン川のすぐ近くに駅があり、渡し舟で対岸へ渡るとバーンレーム駅から「線上市場」とか「折り畳み市場」で有名なメークロン駅まで繋がります。

May03 Mae Klong

思いがけずにハマーチャイ 1
ぶらりマハーチャイ 2
補修を終えたメークロン線に乗る 3
メークロン線と線上折り畳み市場 4

MRTパープル徹底検証 シリーズ

2016年8月MRTパープルラインの営業開始日の乗車から始まり、全ての駅で周辺を歩きました。結局パープルライン全線を歩いたように思えます。「開業直後の乗車!繋がったMRTブルーとパープル」が一番新しいエントリーで全路線全駅紹介の全てにたどれます。

Aug12 MRTP Train

MRT延伸部を歩く シリーズ

バンコク初の地下鉄は私がタイを離れた2018年ではタオプーン駅~ファランポーン駅間の営業でした。しかし両端で延伸工事が真っ盛りで、その工事区間の全てを歩きました。

May26 Tha Phra 1

当時はバンスー駅~タオプーン駅間も工事中だったので、その区間を含んでの延伸部です。

MRTブルーライン延伸部を歩く 5」チャラン・サニットウォン13駅~タープラ駅
MRTブルーライン延伸部を歩く 4」バンイーカン駅~イエークファイチャイ駅
MRTブルーライン延伸部を歩く 3」バンオー駅~バンイーカン駅
MRTブルーライン延伸部を歩く 2」タオプーン~バンオー駅
MRTブルーライン延伸部を歩く 1」バンスー~タオプーン駅

そして以下は反対側ファランポーン駅からの延伸部です(チャオプラヤー川を地下トンネルで渡ります)。

Mar20 Wat Mangkon2

MRT高架延長部下を歩く 2
MRT高架延長部下を歩く 1
MRT地下延長部上を歩く

BTS延長部を歩く シリーズ

BTSスクムビット線は私がタイを離れた2018年ではサムロン駅~モーチット駅間の営業でした。ただベーリング駅~サムロン駅は開通したばかりで、さらに両端で延伸工事が進んでいました。もちろんここもその工事区間の全てを歩きました。

20170627 BTS 9

モーチット駅以北です
第1回「モーチット駅先延伸部を歩く1 北へも延びるBTS
第2回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く2 工事も本格化
第3回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く3 北へ向かう工事
第4回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く3 突き進む工事
第5回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く5 庶民の街に近づく工事
第6回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く6 庶民の街を貫く
第7回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く7 空軍の町へ延びる
第8回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く8 最終工事区間へ
第9回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く9 工事最北端 (後編)

APR20 Samut Prakan 2

サムロン駅以南です
全て見せますBTS延長部と新駅4
全て見せますBTS延長部と新駅3
全て見せますBTS延長部と新駅2
全て見せますBTS延長部と新駅1

タイ国鉄新線ダークレッドラインを歩く シリーズ

BTS,MRTに新型モノレールと都市型高速鉄道が賑やかなバンコク首都圏ですが、タイ国鉄も黙っていません(笑) 2018年に私がタイを離れた時はまだ工事中でしたが、これが開通するとタイ国鉄の首都圏部が大きく変わるはず。いったい現在はどうなっているのか・・・

20161124 Rangsit 2

タイ国鉄新線!ダークレッドライン 全て見せます(1)
新線ダークレッドライン 全て見せます(2) 全ての鍵と謎のバンスー駅
ダークレッドライン 全て見せます(3) チャットチャック駅はあるのか?
ダークレッドライン 全て見せます(4) ワット・サミアンナーリー駅
ダークレッドライン 全て見せます(5) バンケーン駅
ダークレッドライン全て見せます(6) トゥンソンホン駅・ラックシー駅
ダークレッドライン全て見せます(7) カンケーハー駅
ダークレッドライン全て見せます(8) ドンムアン駅
ダークレッドライン全て見せます(9) ラックホック駅
ダークレッドライン全て見せます(10) 最終回 ランシット駅

タイ国鉄新線ライトレッドラインを歩く シリーズ

ライトレッドラインはナコーンパトム県のサーラーヤーから、バンコク都はフアマークまでが承認されている新線で、タリンチャン駅からバーンソン駅までは試験運転も済んでいますが、問題はバンスー駅ですごい事になっていました。

Sep05 Bang Sue 7

新線ライトレッドライン(4) タリンチャン駅
国鉄新線ライトレッドライン(3) バーンバムル駅
ライトレッドライン 全て見せます(2) バーンソン駅
ライトレッドライン 全て見せます(1)

全ての新線は工事中で私は2018年以降にどうなっているのかを知りません。知りたいような、知りたくないような・・・いずれにしても、これらの記事全てが現在は全く役立たずのはずです。せめて工事中がどうだったかの資料になれば良いのですが(苦笑)

さて、路線バスでも、水上バスでも、それが鉄道でも、乗る事も好きですが、その路線が通る町とそこに住む人たちの生活が興味の対象です。それで一駅一駅全部歩かないと気が済まない・・・そんな厄介な性格だからこそ書けたシリーズです。

まだまだご紹介したい「こだわりシリーズ」がたくさんありますが、次回に続きます。

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2024.01.14 | コメント(0) | その他

コメント出来ない不具合 サービス側回答

通常外のエントリーですので、心当たりがない方は無視して下さい。

悩んでいるこのブログへの「コメントが出来ない不具合」の続報です。

今までこの不具合のご経験をされたとご連絡を頂いた方々は5人です。きっとコメント出来ないと不満を抱えながら諦めたり、そのままこのブログから遠ざかった方々も少なくないと思っています。

仲間内のSNSと同レベルの内容を避け、ブログ内で広告をしないようにしたり、読者がブログ上で何らかのクリックをされるストレスを感じて欲しくない(ランキングに再参加した事を今でも悩んでいます)と思いながらも、結果的に大きなストレスを与えてしまって、本当に申し訳ないと思っています。

折角書かれたコメントを送信しようとしたら・・・送信出来ない。そんな事が続いたら私なら二度とコメントしないかも。

コメントを最も大切にしているつもりなのに、結果がその逆であることを、とても心苦しく思っています。

ご連絡を頂いた方々は可能な限り詳しく状況を教えていただきました。それらの結果をまとめて不具合をブログサービス側(FC2)に連絡、対処方法などを問合せしました。

こうした問い合わせで満足する結果が得られないのが私のほぼほとんどの経験です。ただ何もしないわけにはいかないので・・・

その回答が昨夜届きました。
結論から言えば・・・『そりゃぁ、そうだろうけど、困っている側はそんな事言われてもねぇ』でした。

回答をそのままコピーしたいのでですが、「無断転載・転用を禁じます」だそうです。内容をまとめるとこんな感じです。

1,FC2側で現象の詳細について調査した結果、問題なくコメント投稿が行われ、同様の症状は再現されなかったそうです。

そりゃぁ、そうだろうと思いました。
私もコメンテーターの不具合を再現しようと自宅から離れてFree Wi-Fiに接続したりなど通信環境を変えて色々試しました。中にはやっと送られてきたコメント全文をコピーして自分宛てにコメントしたり・・・でも再現は出来ていません。

2,コメント送信者がどのような環境で操作を行われているのかなど詳細を判断できかねます。

そりゃぁ、そうだろうと思いました。
コメントを送ろうとした方の人数分違う通信環境が存在しているはず。端末やOSにプロバイダーとか誰でも分かる事はもちろん、有線でも無線でもその時その時で通信状況は刻々と変わっているので、コメント送信者の環境を推測し詳細を判断なんて元々出来るわけないのです。

3,そして最後に・・・コメント送信者に「下記項目について当サポートまでご連絡くださいますようお伝えいただけますと幸いです。」って。
 ・ご利用の端末名
 ・ご利用のブラウザ
 ・送信先の記事のタイトル
 ・送信先の記事のURL
 ・コメントを送信された日時
 ・送信されましたコメント内容
 ・送信されました操作手順

アホかと思いました。
コメントすること自体が手間をかけさせている上に送信できないストレスをおかけしてしまい、その上で根掘り葉掘り調べさせて、ブログサービス側へ送信して下さいなんて・・・・出来るわけない。

仮に、そんな不具合発生時の状況を100%正しく連絡できたとしたら、それで確実に不具合に対処できて送信者が満足するでしょうか? 結局は送信者に余計なストレスと負担もかけることになります。私が一番避けたいことです。

結果、ブログサービスFC2の言いたい結論は・・・
「ブログサービスおよびブログ自体に問題はなく、コメント送信者側の通信環境に要因があると思われる」と私は推測できます。

それに対して私が現在考えているのは・・・

結局、FC2のブログだと色々多種多様な通信環境下に対応してコメントを正常に受信処理する事が出来ない造りだと推測できます。コメントを送信して頂いた際のブログサービス側の処理が適切に終えられず、それでコメントが受理できない旨の通知になる。


結論を言えば・・・

私からはこれ以上、手が打てません。大変申し訳ないと思います。
この先、ずっとブログを続けるなら、間違いなくブログサービスを変える事が選択肢の一番になりますが、あまり先まで考える歳ではなく、いつまた更新を止めるのか・・・しばらくは頑張るつもりですが、最後の更新をする日はそんなに遠くないと思っています。

またコメント送信できない不具合が発生したら・・・

申し訳ないのですが、しばらく時間を置いて、出来たら通信環境を変えて、再トライしてください。それで「こんな厄介なブログなんか、もう読むものか!」と怒ってください。

迷惑ばかりかけてしまい、ごめんなさい。

ALSTER
 ↓ この拍手はイイネではなく、コメントも書けるので

2024.01.09 | コメント(1) | その他

こだわりあるブログでありたい 街に刻まれた歴史

前回はブログを始める前は自分のホームページに旅行記などを書いていた事、そしてSNSは自分には合わなかった事を書きました。

SNSは知合い間の繋がりを保つツールとしてはアリなんでしょうが、友人も仲間もいなくて海外を一人で転々としていた私には「どこどこ行った」「○○食べた」で仲間内でイイネしあうのが・・・ムニャムニャ(笑) まぁ、ブログでも多くありそうな内容ですね。

ホームページ運用の前はパソコン通信でした。1980年代後半に海外通信術を学ぶためにアメリカのCompuServe(コンピュサーブ・後にAOL)に入ったのが最初で、後にニフティNiftyと提携して日本でのパソコン通信サービスを提供していました。

それで私は1990年からこのNiftyのパソコン通信をしていました。旅行関係のフォーラム内にドイツ部屋があって、ドイツからアクセスしていて世話役みたい事をしていました。アジア関係のフォーラムでタイの部屋もあったかと思います。

公衆電話から通信

この時代は電話回線を利用したダイヤルアップでネットに繋いだので、色々大変でした。通信回線を利用する費用も高いし、そもそもネット回線に限りがあってそれを利用する人は大切に使っていた感がしていました。

だから、くだらない書き込みや、どこにでもあるような内容なら、多くの人から堂々と文句を言われたものです。「ネットにゴミをまくな!」「ネット資源を無駄遣いするな!」と言わんばかりに(笑)

20180621 Tel

パソコン通信では旅行関係以外に旅先通信部屋もあって、そこでパソコン改造からソフトをいじったり、海外アクセス術の情報交換もしていました。それが後にソフトバンク社から旅先通信本を仲間と出版する事になるのです。

まぁ、趣味の事でここまで行けたら満足です。それに世界中どこからでも繋げる技術は仕事にも大いに役立ちました。もっとも今の様に誰でもネットに繋げられる時代だと意味ない事ですが(苦笑)

Book

ネットにどう繋げるかの時代はとっくに終わり、ネットをどう使いこなし、さらに何を発信するかの時代なのかも知れません。限りなく流れ消えていくネットから何を選ぶかのスキルもますます重要になるでしょう。

20年以上前のホームページを覚えておられた方、5年以上前のブログのお礼をコメントされる方、そんな読む方の記憶に残るエントリーがこれからも出来れば良いと思います。

さて、前回が「交通系 (1)」だったので「交通系 (2)」で今回を書くべきでしょうが、同じような事が続くので今日は「街が持つ歴史」で、特に街から読み取れる歴史です。

このシリーズでは各博物館や図書館で得られた古地図、模型、写真、絵画などが大いに参考になっています。ブログ内でも出来るだけ多くそれらの画像を取り入れています。

20180105 Canal

20171123 Map 4

Road 1

トンブリー王朝の面影を探し シリーズ

トンブリー王朝の面影を探して街歩きは中心部であった旧王宮エリアと城壁跡、そしてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いまで広がりました。

20171213 BY 1

バンコクの中でも無機質な高層ビルが建ち並ぶエリアや、観光客が列をなす所とも異なり、歴史を感じながら歩き触れる下町風情は(お江戸深川育ちの)私には心地よいものでした。それで路地一つ一つを徹底的に歩く事になりました。

20171130 Thonburi 1

27回もの長編になりましたが、最終回「トンブリー王朝の面影を探し27 」からたどれます。

首都防衛城壁を歩く シリーズ

トンブリー王朝の後にチャオプラヤー川東に遷都しチャクリー王朝を興したラマ1世以降、代々の王は首都ラッターナコシン(バンコクの以前)の守りを固めました。そこには徹底的に破壊されたアユタヤの記憶がまだ新しかったのでしょう。

20170606 Canal 3

バンコクの中心部なので保存状態が良くないって言うか・・・多くが取り壊され新たな町造りの基礎となりました。部分的に残った城壁、その跡を求めての街歩きです。

20170621 Wall 3

全8回のシリーズで「首都防衛城壁を歩く(8)」からたどれます。

首都防衛要塞を行く シリーズ

タイ湾への河口から王宮近くまでのチャオプラヤー川沿いには要塞が造られました。西洋列強の脅威を感じ始めたラマ5世統治下に海から攻めて来る敵から守る為に整備し造った要塞です。

20170313 PPD 14

タイの各王朝はビルマなど陸路で攻めてくる敵に備えていたのが、19世紀の半ばになると西洋列強による東南アジアの植民地が進み、タイは警戒を強めていくわけです。実際にパークナム事件などが起きています。

20170509 Fort 11

日本製の元練習艦メークロン号も中まで見られます。
20170519 Fort 4

街に残る痕跡を追う シリーズ

現在の国鉄マハーチャイ線(メークロン線東線)の終点(始発)ウォンウィエンヤイ駅は中途半端な所にあると思った事はありませんか? そのウォンウィエンヤイ駅から真っすぐに東に延びてチャオプラヤー川沿いのクロンサン・プラザまで延びている道に違和感を感じた事はないですか? 「マハーチャイ線を歩く1 クロンサン」ではその謎を解きます。

Jun04 CharoenRat 2

バンコクで最初に出来た本格的な道路、ニューロードことチャルンクルン通りで偶然気付いたこの痕跡! これがきっかけで今はないバンコクの路面電車を追いました。

Rail 1

消えた線路を追う」と「消えた路面電車を追う」で書いています。

Tram 1

他にも「古い映像で観たシーンが追う」、「一枚の古い写真を追う」、「消えた運河ボート」などもあります。

ネットは公式サイト以外は決して見ない主義ですので、古い写真や地図も含めて色々な資料は図書館と博物館で得たものです。歴史と全く関係ない所も含んでこのブログで紹介している図書館と博物館を記します。

本がある空間 シリーズ

子供の時から本が好きでした。すごく貧しかったので学校の図書室、地域の図書館の本を全て読む勢いで読んだものです。その為か本に囲まれると落ち着き、知識が増えるように思えるのです。バンコクは国際都市なので探すとそんな本に囲まれた極上空間に出会えます。

シティー・ライブラリー(後)
本との極上空間、スクムビット
本に恋して、極上空間の英国式図書館
本を友に。タイの貸本屋と国立図書館
本で夢見た時。日本文化センター図書館

博物館 シリーズ

博物館好きです。海外で見知らぬ地へ行くと真っ先にその地の博物館を探します。バンコクには多くの博物館がありますが、その多くはうまく運営されていなくて残念な結果を見る事が少なくはないのですが、展示や保存がどうであれ興味深い事には変わりはありません。

バンコクノイ博物館
グディ・ジーン博物館
バンランプー博物館

20170216 Plane 4

(乗り物博物館 続) 野犬が守るYS-11国産旅客機
ジェッサダ・テクニック・ミュージアム(乗り物博物館)
ナショナル・メモリアル
バンコク水族館
花文化博物館
蓮ミュージアム
海軍博物館

Air Museum 3

タイ空軍博物館と航空公園
空軍博物館1
科学教育センター
王室御座船国立博物館
サイアム・ミュージアム
ラッタナーコシン博物館
国立博物館(ナショナル・ミュージアム)
バンコク・フォーク・ミュージアム
カムティエン・ハウス博物館
切手博物館

まだまだご紹介したい「こだわりシリーズ」がたくさんありますが、次回に続きます。

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2024.01.08 | コメント(0) | その他

コメントできない不具合について

通常外のエントリーですので、心当たりがない方は無視して下さい。

このブログは昨年2023年9月末に5年ぶりに更新を再開したのですが、そのきっかけは私のメールアドレスをご存じの常連の方から「ブログ上からコメントできない」旨のメールを頂いた事でした。

5年間も更新できなかったのですが、その間はコメント対応だけは続けていました。それが読者の方々に迷惑をかけてしまっていると知ると、何とかしなければと強く思ったのですが、その不具合確認が私の環境下では出来なく困っていました。

その対処で(やむを得ず)新規エントリーしたのですが、たった一日で複数の方からコメントを頂き、それなら更新を再開するしかない・・・・になったわけです。

コメント機能が全く動作しないわけではないと分かったものの、不具合解決に至らず現在に至っています。

それがまた、増えてきたように思えます。ここ急に増えてきたような・・・

読者からのレスポンスは私にとって最も大切な事。それが不具合で反映されないなんて・・・


私の方でコメント機能に以下の様に制限を加えた事はないので、ブログ運営サービス(FC2)側の不具合かと思っています。

・文字制限はしていません
・オートリンクで本文中URL/メアドをそのまま表示
・非公開コメントを受け付ける
・非公開コメントを表示しない
・コメンテーターの名前が空欄でもそのまま受け付ける
・コメンテーターの情報をクッキーに記憶しない
・英数字フィルタは本文の100%以上が英数字のスパムと判定(100%設定なので判定していない)
・本文にURLが含まれているものをスパムと判定しない
・おまかせ禁止ワードフィルターを利用しない

この設定を見て禁止ワードいっぱいでコメントされても困りますが(笑)


さて対処方法ですが、調べたのとコメンテーターから教えていただいた方法は以下の通りです。

1,スマホならWi-Fiを切って4Gあるいは5Gで通信する。あるいはその逆。

2,(設定上はしていませんが)スパムと判断されそうな英数字を多くしない。って言われてもこまるでしょうが・・・

3,誤ってコメント送信を二度押しすると受付無い時がある。しばらく時間を置いてから再送信する。

4,コメンテーターがFC2を使っている場合、ブログ管理画面からいったんログアウトして再度ログインする。この方法は解決事例が多いのですが、FC2をしていないと無意味ですね。


折角コメントを書いていただいたのに、それが送信できないなんて頭に来ますよね。文句のひとつも言いたくなるのが当たり前です。

その最悪の場合ですが・・・

そのコメントを(したくはないでしょうが)ブログ本文一番下の「拍手」を押して頂くとコメントを書く欄が出てきますので、そこへ思いっきり文句と一緒に貼り付けてください。コメントできない!だけでも結構です。私には間違いなく伝わります。


もっと調べますが、あまりに続くようだと・・・何か対処方法を考えます。

折角の読者のレスポンスを・・・本当に、ごめんなさい。

ALSTER

2024.01.07 | コメント(2) | その他

こだわりあるブログでありたい 交通系 (1)

なかなか体調が戻らず、家族皆が同じなので気持ちも塞いでしまいます。大晦日から二日まで寝込み、正月三日の午後におせちが心配で食べ始め、調子に乗ってお酒も数杯飲んだら、絶対的自信を持っていた胃の調子も最悪になってしまいました(笑)

恐るべきインフルエンザです・・・て言うか体力が無いのか歳のせいか、一週間程度じゃ完全回復は難しいようです。その為に(前回エントリーでも説明したよう)少し楽をさせてもらい画像処理など昔アップしたままで使わせて頂きます。
(ここまでは本文に関係ないので、後日削除します)

先月ぐらいから徐々に「更新を再開したのですね」的なコメントが増えてきました。再開して3ヶ月が経ったのと、時期的に冬のホリデーシーズン前にタイ関係の調べものなどされて昔の読者が知ったのだと思います。

それらの中に「昔、バス路線の関係で助かりました・・・」的な内容は共通して多くありました。今では全くお役に立たないでしょうが、たとえ昔でもお役に立ったと知ると本当にブログを書いた甲斐があります。

20240103trang.jpg

そして、そんな嬉しいコメントの中に「(先日アップした画像で)私の顔に見覚えがある、かなり昔にハイ島(トラン諸島で画像上)へ行った記事を書いていますか?」と聞かれたのです。確かに・・・20年以上前の事でブログを始める前に自身のホムページを運用していて、そこに旅行記をアップしてたのです(このブログでは触れていません)。

1990年代半ばから文字だけのやり取りのパソコン通信が徐々に下火にり、私は自身のホームページを作成していました。作成支援ソフトがまだ広まっていない時代にドイツで独学でスタートし、プログラム言語はHTMLとCSSぐらいまでは良かったのですが、JavaScriptあたりになって苦しくなって止めてしまいました。

トラン諸島ハイ島へ出発の列車です
ALSTER

ただ、そのホームページにはタイ関係だけでも多くの秘島を巡った旅、陸路でアンコールワットへ行った旅などが収められていました。データーは私のPC内だけにしてサーバーも閉じたので、そんな昔の事を知っている方が今もおられるのに驚きました。

50歳過ぎまでは秘島巡りやハードな旅を好んでしていました。首を痛めて60歳を過ぎてからは街歩き専門になりましたけど(笑)

Tao

「旅先通信」本の出版や雑誌等の取材もあったので、ネットで顔出しするのはずっと気にしておらず、タイでの生活に何もやましさはないので、ホームページでもブログでも意識して顔を隠す事はしていません。それでお分かりになるとは・・・

さて、ホームページを閉じた後、色々なネットワークサービスを試しましたが、SNSの全てが私には合いませんでした。なぜ「今○○にいる」「○○食べた」なんてつぶやかなくてはならないのだ! 一生懸命見栄えする画像を撮って「いいね」をもらうのに夢中な人たち、人の「○○食べた」「どこどこ行った」を見せられ続けて・・・それらは親しい友人間ならともかく、私には全く興味ない事でした。

そう感じたのは私には親しい友人がいないからでしょう。海外を長く転々としたので友人はあえて作らないと言うか、一人の方が気楽で自然とそうなりました。海外で日本人同士ばかりでつるむのはどうかとも思っていました。まぁ、ゴルフもカラオケも嫌いだし日本食に拘る事も無かったです。そんなオッサンに仲間内で褒め合いっこのSNSは不要です。

それで始めたのがブログです。最初は好きなワインの記録としてアメリカ在住時に始めました。やがてタイでロングステイするようになりタイトルも中身も大きく変わり現在に至っています。

タイでのロングステイの日々の多くが街歩きで、ネットとは距離を置き下調べも無くスマホも持たず(そもそも持っていない)バンコク首都圏を歩き尽くした感がするまで徹底しました。その自分自身が経験した事を愚直に綴ったブログでもあります。

20年以上前のホームページを覚えておられた方、5年以上前のブログのお礼をコメントされる方、そんな読む方の記憶に残るエントリーがこれからも出来れば良いのですが、何しろ70歳になって新しい旅はもう出来るかどうか・・・

地道にこだわりを持ってブログを書こうかと思っています。それで、まずは過去にエントリーしたものから、特にこだわりが強いシリーズを紹介しようと思います。

バンコク首都圏路線バス シリーズ

すごくこだわりを持って約260の路線すべてを実際に乗る事だけで2年以上かけて調べ、ルートだけでなくその沿線の町を書いた内容なので、結果的に私自身がバンコク首都圏をしらみつぶしに歩いたことになりました。それだけこだわったエントリーでした。

20171125 Bus 1

エントリー数が262ですので全てを紹介できませんが、どれだけ複雑な路線バスかを知る事が出来るエントリーが以下です。今のバス事情は全く分かりませんが、「元に戻せ!」と強く叫びたいです。

トリビア的バンコク路線バス(1)
トリビア的バンコク路線バス(2)

渡し舟 シリーズ

水の都(言い過ぎです)であるバンコク首都圏には多くの渡し舟が活躍しています。少しでも歩く距離を縮めたい住民たちには貴重な移動手段。しかし、その人を渡す方法はタイらしく色々です。

Samrong 1

今現在もこれらの渡し舟を見る事が出来るのか分かりませんが、もし今でも動いていたなら是非挑戦してください。

Bang Phli 2

都会の思わぬ所に渡し舟
珍景!渡し舟私的ランキング

Bus 6-1

もっとも渡し舟が活躍するのはチャオプラヤー川でしょう。全12回で首都圏の渡し舟をすべて紹介していますが、その主役は渡し舟が結ぶ町です。以下の最終回から全回にたどれます。
チャオプラヤー渡し百景12

チャオプラヤー名橋 シリーズ

バンコク首都圏に架かる20の橋を紹介しています。最下流のカンチャナピセーク橋からパトゥムターニ橋までで、その多くがにほんのODAが使われているので、外務省の資料で概要を正しく知る事が出来ます。

20170115 Rama 8-7

プミポン橋1&2を除けば、すべて設計が異なっているので姿を見るだけでも面白いです。また歴史的にも興味深い橋が多いのは、チャオプラヤー川がタイの歴史に大きな役割を果たしたからでしょう。

20161209 OLD

シリーズ最終回の「チャオプラヤー名橋奇覧ついに最終回(18)パトゥムターニ橋」から全てのエントリーにたどれます。

水上バス シリーズ

昔は多くの水上バスが活躍していたバンコク首都圏です。私はドンムアン空港裏から都心部に行けた水上バスを知っていますし、センセープ運河ボートも昔はミンブリが終点でした。

SAEN Boat 8

CPE

非常に変化が激しいのでエントリーがごちゃごちゃしていますが、以下のエントリーから多くたどれます。まぁ、画像を楽しむとか、現在との違いを知る役には立つかと(苦笑)
センセープ運河ボート最新事情
激変のチャオプラヤー・エクスプレス最新事情

かなり省略しましたが、まだまだたくさんあります(苦笑) 次回に続きます。

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2024.01.06 | コメント(2) | その他

大好きなタイの人々、画像放出!一年の感謝を込めて

2023年もとうとう残り二日です。今年9月末に思いがけない事がきっかけで5年間も更新できなかったブログを再開して3ヶ月が経った事になります。

そのきっかけとなったのも、再開を後押しして頂いたのも、全て読者の方たちのおかげです。5年間も更新していないブログを訪れ続けていた方々がいる事を知り、私は大変驚きましたし、心から感謝すると同時に再開を決心しました。

そして、タイでブログを書いていた時の後半はランキング参加も止めていたので、辛抱強くアクセスして頂いた方々を除けばブログ再開をお知らせする手段が無く、(ためらいながらも)ブログランキングに6年ぶりに再参加して2ヶ月半が経ちました。これもランキングを通して再開を知ったとコメント頂き、大変嬉しく思いました。

さて、そんな今年を閉めるエントリーをどうしようか考えたのですが、ブログを訪れていただいたすべての皆さんへ、心からの感謝を現したく思います。

それは・・・ここを訪れて頂いた方々に共通するのは唯一、タイが好きな事でしょう。70歳にもなって何か恥ずかしいようにも思える言葉ですが、私も好きなタイです。タイの街角、路地裏、歴史に文化・・・それら全ての中にいるタイの人々が大好きなのです。

そんなタイの人々を撮った画像の中で、私自身が気に入っているものです。街歩きの中でほんの短い間触れ合った人々、これらの画像で皆さんそれぞれのタイを思い出したり、更にタイが好きになったりして頂けたら幸いです。

トンブリーのグディ・カオ地区の路地奥で出会ったオジサン。足が不自由で松葉づえを装着した3輪バイクで路地奥まで走ります(笑)若い時はさぞ飛ばしたのでしょう。

20171230 People 8

よく行ったカキ氷屋さん。ウドムスックからソンテウでアパートへ帰る時に途中下車して食べたものです。写真を撮ると言ったらすごく照れる寡黙な店主です。

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ここもウドムスックの貸本屋の店主。BTSの駅すぐ近くで市場を通る抜け道に店はあります。日本人はよく見かけるけど店には入らないねぇ~と言ってました。それにしても本に囲まれて幸せそうです。

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チャオプラヤー川を渡し舟で行くパパデーンのモタサイ女性運転手。格好良くVサインを決めてくれました。運転は荒くしがみつきたかった・・・

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マタバ売りの親子。古い家並みが残るバーンラックの路地奥で迷い込んだ回教寺院の近く。クレープのようなマタバが珍しく、私にしては長く話し込みました。

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チャオプラヤー・エクスプレスで出会った行商のお二人。ノンタブリーまでずっと話し込み、最後は電話番号を書いた紙まで渡されました。どんな商売なのか興味はあったのですが、連絡は差し控えました。

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買い物でよく行くバーンカピのたこ焼き売り。一度買ったら日本人だと顔を覚えられ、前を通るたびに声をかけられるのですが、実は買いたくないのです。

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ウドンタニのコーヒーショップ、この画像唯一のお年頃の女子ですね。店が暇でこの歳の女子ですからやかましいほど三人からたくさん聞かれて疲れました。

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ニューロードで馴染みの古くからあるレストランHarmonique。オーナー一族のお婆さんは店の中でいつも集会。中国語(北京語ではないので潮州語?)で話しています。

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地元民が朝晩だけ利用するチャオプラヤー川の渡し舟を探して迷い込んだ港湾労働者が多く住み着いた迷宮路地、道を聞いたお母さんに命じられ私を案内してくれた女の子。裸足でカモシカの様に路地とも言えない家々の間を縫うように案内してくれて、写真を撮ると言ったらこのドヤ顔です。

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王宮にも近いラッターナコシンは歴史的保存地区の路地奥、ジュースを買って市場の由来を聞いたのですが、ごめんなさい90%は解りませんでした。

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チャオプラヤー川西側下流にあるワット・チェーンロン境内でお会いした人達。町内会の世話人的な感じで、境内でご飯を食べながら打ち合わせをしていました。境内で写真を撮っていた私をご飯に招き(ご馳走様でした)、「今度の日曜は祭りだから来なさい」と誘われました。帰りにはお菓子と水も渡されました。いやぁ~日本の田舎でありそうな経験です。

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スクムビットで一番美味しいと思っていたクイティアオ屋さんの母娘。お母さんはお店の中でも朝8時の国歌では直立不動です。

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バンプリーのソンテウで二人だけになり話し込んだお婆さん。亡くなった母に少し似ていて写真を撮りたいと言うと、少しおすましされていました。母を思い出させてくれた私の誕生日の出来事でした。

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いかがでしょうか? 少しは気になった画像、何かを思い出す画像、気に入った画像があったでしょうか・・・

大好きなタイの人たちです。皆一生懸命働いて、エネルギッシュに生きていますね。快く写真を撮るのを許してくれてありがとう。そして、どうかお元気で新しい年を迎えて欲しいものです。他人ばかり出してないで最後に私ですが、この画像と同じ時に撮った在住時の自分です(笑)

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いつまで続くか分りませんが、5年間のブランクの後に再開したからには愚直にコツコツとこのブログを続けるつもりでいます。

老いた男が一人、ネットなどあふれる情報とは距離を置き、自らが思うままに街を歩き、見て、感じ、思い、味わい、喜び、悲しみ、驚く・・・そんな自分自身がタイで過ごした日々を自分の言葉・文字と画像で綴ります。

来年もよろしくお願いします。
最後になりましたが、このブログを訪れて頂いた全ての皆さんに、新年がさらに良い年になる事を心から願っています。

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2023.12.29 | コメント(8) | その他

ドイツ・アメリカ・タイでクリスマスを過ごして

今年も残り少なくなってきました。日本ではクリスマスから正月へと年末年始に突入ですね。子どもの頃はこの12月が大好きでした。じっとしている事が嫌いで、いつも動き回っている自分にはぴったりの月だからでしょう(笑)

我家では12月に入ればすぐクリスマスの準備です。クリスマスに集まる子供達ですが準備の力仕事は家に来ない子供たちなので、二階のロフトですから三階から大きな収納ボックスをいくつも一階に降ろすのは私の役目です(汗)

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実はこのツリーは二代目で、ドイツから船便で持って来た初代は早々に引退させました。ドイツのツリーは枝ぶりが豪華だったのですが、ドイツの家ならともかく日本の家には大き過ぎて(笑)しかし、飾りはほとんどドイツから20年以上前に持ち帰ったものです。

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そのドイツで買ったのは日本でも有名かと思うのですが、ローテンブルグにあるヨーロッパで最初にクリスマス用品専門店で通年営業している「ケーテ・ウォルファルト」本店です。

下は2016年3月に撮ったものですが、店内はいつでもクリスマスです
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この店ほどではありませんが家の中は至る所にクリスマスが出現します(笑)そうなると嫌でも7年暮らしたデンマークに近い北ドイツの田舎町を思い出さずにはいられないのです・・・

まずはクリスマスの四週間前になると家々で一斉に飾りつけが始まり、小さな村や町でも街角に臨時のモミの木売りが出現します。そしてモミの木を乗用車の屋根に縛り付けて持ち帰るのです。そんな風景がこの時期の定番でした。

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それはアメリカでも20~30年前はよく見かけましたが、現在はドイツもアメリカも環境面で生木を使う人は少なくなったと思います。我が家も生木を使ったのは最初の2~3年で、その後は鉄とプラスチックで組み立てるツリーでした。

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さて、12月も中旬過ぎになると、ドイツでは大きな都市から小さな村までWeihnachtsmarkt(ヴァイナハツ・マルクト)と言うクリスマス市が開かれ大変賑わいます。私が住んだ田舎町でもこの時ばかりは華やぐ冬の夜になります(画像下2枚)。マイナス10℃以下が当たり前なのですけどねぇ~

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画像下は有名なニュルンベルクのクリスマス・マルクトです。たぶん一番大きなマルクトだったでしょうか・・・ホット・ワインが懐かしいです。

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クリスマス・マルクトを除けばヨーロッパのクリスマスは基本非常に静かで厳粛な日だったと記憶しています。

ドイツ在住時のあるクリスマス休暇、家内と長男を連れてスコットランドへ車で旅行した事があります。目的はネス湖でネッシーを見るのと、本場のスコッチを味わいたかったのですが、両方とも叶いませんでした(笑)

Scotland

ちょうどエジンバラ市内のホテルで迎えたクリスマスイブの夜。ホテルを含めて町中のレストランが閉まってしまいました。困った我々は車で市外へ出てガソリンスタンドで飢えをしのぐ食べものをやっと入手した思い出があります。それぐらいクリスマスは家族と静かに家で過ごすものなのです。

さて、アメリカでも実はクリスマスそのものは大騒ぎする事なく、家族と静かに過ごす日でした(私は一人暮らしでしたが・・・)。少なくても南部の田舎町ではの話で、都会では違うと思いますが・・・

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私のボスの家でもこんな感じで、驚くような御馳走があるわけでもなく(どの家も同じかは疑問ですが)、静かなクリスマスです。

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小さな町の中心部にクリスマスツリーが飾られますが、その周辺でお祭りや催しがあるわけでなく、小さなモールが少し輝くだけでした。そうそう、町のファイアーファイター達がこの時期に募金で町を回るのも風物詩でした。

20171224 Xmas 3

さて・・・タイでは常夏の国で雰囲気は今一つながら、バンコク都心部では商業的な集客イベントで大きなツリーも飾られていますねぇ~ 画像下は2017年だったか?(苦笑)

20171105 Xmas 1

私のアパートがあったバンコクの隅っこではスーパーの店員さんが赤い帽子を被っているぐらいなのですが、近くのシーコンスクエアではイベント「City of Gifts 2018」でそんなドイツのような街を再現していました。 ドイツの画像をたっぷり載せた後にこれじゃぁタイが可哀想なのですが(苦笑)

20171224 Xmas 11

2015年のバーンカピのモール内フードコート。店員は皆さん赤いキャップを被られていました。この時期夜の飲み屋街も同じではないでしょうか。でも、モスリムの方まで被らせるのは・・・彼女だけでなく、他のモスリムの店員全員同じでした。

BangKapi

私は無理にそうさせているなら気の毒と思いましたが、まぁ、ご本人が気にしなくて、楽しければ良いのですが・・・タイでのクリスマスって、所詮そんなものかも知れません。

最後に20年前(2003年)のバンコクはエンポリアムでのクリスマス・グッズの特設売り場です。私の第一次タイ在住時に撮ったものです。やはり何か古い感じですねぇ~

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ドイツ、アメリカ、タイと私自身が経験したクリスマスを紹介しました。こう考えると、クリスマスは世界で一番広く祝われている(まぁ、ある意味イベント的に)共通する日なのかも知れません。祝い方は異なっていても、そんな日が一年に一日ぐらいあっても良いと思います。

読者の皆さんも、どうか楽しいクリスマスをお過ごしください。

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2023.12.22 | コメント(0) | その他

人をだます悪意に触れた時

生まれ育った地を離れ、生活文化、人種や宗教も異なった様々な地に長く住むと、おのずからリスクに対して敏感になり、未然防止を含めて対処対応が身にしみ込んでいると思っていました。

海外に住むだけで通算28年超、訪れた国や地を数える気は失せて長く、海外で運転した年間走行距離は毎年3万キロ以上、毎週のように乗ったアメリカ在住時の飛行機に、タイ・ロングステイ時に使った多種で数えきれない交通機関・・・大きな怪我した事も無く、お金や所有物を失った事もなく無事過ごせました。

しかし長く海外にいると身近でトラブルが全く無かったわけではなく、なぜか私がそれらのトラブル対応をしてきました。出張者が置き引きに遭う、スリに遭ってパスポートと財布を失くす、ホテルや駐車中の車からパソコンを盗まれる・・・これらは珍しくないトラブルでした。速度無制限のアウトバーンで交通事故に遭いドイツで入院、タイのホテルで出張者が亡くなって発見され警察や大使館にご遺族対応とご遺体移送対応をする・・・など稀なケースすら経験してきました。

なぜか行動を共にしても出張者や旅行者が被害に遭っています。いくら色々注意しても服装、歩き方から挙動が海外では浮いてしまう存在の人たちが多かったです。ご自身に過失や油断がなくてもリスクが高くなるのが海外なのだと思います。

それは私自身にも言える事ですが、いつの間にかどこでも自然と目立たず、街と人々に溶け込むようにしていたと思います。ましてリタイアした後のロングステイ中は老いた身体もあって十二分に安全と健康には注意していました。

それが、そんな私が・・・日本に戻ってからの5年、人をだまそうとする悪意の行為に頻繁に触れるようになっています。

それは海外のどこでもある事(あるいはあり得る事)だとは思うのですが、些細な事が日本だと気になり目につき過敏になってしまう自分なのかも知れません。

そんな日本で触れる人をだますような悪意は後で書くとして、3年半のタイでのロングステイ時に限れば、一度だけ「引ったくり」に遇っています。

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画像上の日本語が変なのはともかく、折角バンコク警察が注意喚起してくれているのに、ソンテウを降りて助手席の窓から運賃を払っている間の出来事でした。街歩きの時はスマホ(元々持っていない)や財布も持ち歩きしない手ぶら主義なので、奪われたのはロングステイ3年半の間で一回だけ伊勢丹で買った夕飯のおかずでした。『引ったくりに遭う』で詳細をエントリー済みです。

タイでのロングステイは毎日(先進国と比べたら)ルール軽視の町中に身を置き、安全軽視の乗り物ばかりをたくさん使う毎日でしたから、相当安全に気を使っていました。

バスを乗り降りする時はバスが完全停止しないのは普通で、バス停に寄せないのも普通ですから、伊勢丹の袋を持ってなくても車やバイクに要注意です。
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さらに左だけでなく右から来る逆走バイクへも十分注意です。
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乗り降りだけでなく、バスの走行中に車内(エンジン上部)に煙が噴き出すこともあります。この時は車掌さんが水をぶっかけていましたが、実際に営業中の車両火災も多かったです。
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モタサイ(画像左)の利用を出来る限り避けていたのは、アクシデント(画像右奥)に遇った時のダメージが大きいからです。
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ただ歩道を歩くだけでも要注意です。外国人が多い都心部を除けばこんな歩道は普通です。暑いのですがサンダルで街歩きをした事はありません。
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歩道を歩くのに下ばかり見ているのも危険です。前から後ろからもバイクが普通に歩道を走行します。
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歩いている時は強烈な日差しも大敵です。たとえ電線の束の影でも利用しましょう。私はタイで毎日街歩きをして熱中症は未経験でした。
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しかし電線は時として凶器にもなります。歩く時は上にも注意です。
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そして街歩きの大敵「野良犬」です。都市部を離れれば離れるほどこの大敵は多く現れます。何度引き返したり大回りした事か・・・また日が暮れると大敵が元気になるので危険性が増します。
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あーーー、本当に怪我することも無く無事日本に戻れたものです。

さて、日本です。
5年前に日本に戻ってからは歩道を怯えながら歩く事も、信号が青で横断歩道上でも周囲の車やバイクに目を配る事も亡くなりました。野良犬は5年間一度も見た事もないです。バスでは停車前に席を立つと「危険です」と運転手さんに注意されます。

こうして街歩きのリスクに対する注意力は激減したものの、人を騙そうとする行為に触れる機会は増大したように私は感じるのです。直接的な被害は全く無いのですが、悪意に接する事がストレスを感じそのストレスが蓄積されているように思えるのです。

うんざりするぐらい多いフィッシング詐欺メール

私は90年代から使っているメールアドレスがあります。30年以上ネットで使っているので世に出回っているアドレスです。その為にかなり多いスパムメールのゴミ箱的存在になっているのですが、ネットの古い友人との連絡もあるのでアドレスを変えずにそのまま使っています。

自動振り分け等でかなり選別されますが、間違って選別されるメールがあったり、選別されなかったりするので一応チェックはするのですが・・・多いのですねぇ~フィッシング詐欺メール、しかもかなり巧妙で「これなら危ないなぁ」と思ってしまいます。

昨日一日で受信(迷惑フォルダー)したのは以下の通りです。

タイトル:「三井住友カードの異常通知
内容:お客様のカード口座にいくつかの異常が見つかりました・・・・今すぐ三井住友銀行にログインしていただくようお願いいたします・・・それでURL

タイトル:「【重要】三菱UFJ銀行本人確認のお知らせ
内容:口座の資金安全を確保するために三菱UFJ銀行の口座が一時利用停止・・・下記のURLを再開手続きの設定してださい。

タイトル:「【NHKプラス】アップグレードサービスお知らせ
内容:NHKがNHKプラスにアップグレードされました・・・以下のURLをクリックし、必要な項目の入力をお願いいたします

タイトル:「Amazonからのお知らせ」(これが一日2回でした)
内容:ご利用のアカウントで異常なアクセスが検出されたため、アカウントを一時保留・・・サインインして画面の指示に従ってください・・・それでURL

慣れている方々には笑っちゃうぐらい見慣れたものでしょうが、このような膨大なメールがインターネット上を飛び交っているかと思うと、カードも銀行もネット通販も全て止めて、現金で対面商売のみの昔に戻りたくなります。ちなみに、私は三井住友カードは持っていなく、三菱UFJ銀行に口座はありません(笑)

「屋根の板金がめくれていますよ」詐欺

そして最後が、先月だけで2回、それ以前を含めると4回も私が経験した詐欺的行為です。一週間ほど前に何気なく耳にしたテレビで全く同じ手口を紹介していたので増えているのでしょう。台風シーズンが終わった11月に多いそうです。

マニュアルがあるのでしょう。ほぼ同じ手口です。職人風の若いお兄ちゃんが突然訪ねて来て「お宅の屋根の板金がめくれているのが見える」と始まります。「偶然見つけた」と「親切心で伝える」が話のミソです。これを真に受けた人が検査の為と屋根に上がらせると故意に壊され、工事なんかさせたら粗悪工事で高額請求と進みます。

このお兄ちゃん(画像下)は「近所で屋根工事するので工事車両を停めます」で話を始めました。そのお宅や工事内容などこちらが聞いたら様子が変なので適当にあしらいましたが、その後すぐお隣に行きました。ちなみにお隣は数カ月前に屋根を含めて外装工事を終えたばかりで、それすら気づかず手あたり次第訪ねているのでしょう(笑)

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このお兄ちゃん(画像下)は「近所で工事中だがお宅の屋根が見えたので」で話し始めました。この手口は3回目ですので最初から相手にしなかったのですが、夜に訪ねて来るのはノルマを消化出来ないのでしょうか(笑)

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この手の詐欺は直接悪意を持った人に接してしまうので、人を騙そうとする行為に触れ毒をまかれたような気持になります。後味が悪いまま自分へのダメージは大きいですし、蓄積されます。反対に街でちょっとした善意や親切を見ただけでも心がほっとするような感じで、浄化された気持ちにもなりますが・・・

そんな自分の性格なので「ネガティブな事はブログに書かない」主義なのですが、注意喚起的な意味でエントリーします。もちろんこのブログを読む方々は電話やネットを介しての詐欺も十分承知の行為でしょうが、ご家族やご友人に被害が生じないことを心から願っています。狙われるのは高齢者だけに限らず、誰もが接してしまう可能性があります。

何かと慌ただしい12月です。日本でもタイでも世界のどこでも、詐欺にも安全にも健康ににも十分にご留意ください。

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2023.12.02 | コメント(4) | その他

感謝祭からブラックフライデーそしてロイクラトンへ

読者の中には日本以外の国とも親しい方が多いかと思います。それがただその国が好きなだけでも日本とその国の両方が気になる・・・ニュースでも、音楽や映画でも、食生活や日常習慣でも、常に日本以外にもその国を考えてしまう・・・そんな意味です。

日本以外の国が一か国なら話は簡単なのですが、それが数か国なら厄介な事になります。厄介と言っても楽しい厄介ですが(笑) 例えばオリンピックで日本とタイの両方を応援するな簡単ですが、私の場合は最低でも日本、ドイツ、アメリカ、タイ・・・と一年以上住んだ国だけでも6つの国ですから(笑)今日はそんなお話です。

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さて、11月に入りそんな頃かと思い調べたら、今年のロイクラトンは11月27日だそうです。「陰暦12月の満月の日」ですので、毎年同じ日とは限らず厄介ですが、欧米で祝われるイースターの「春分後の最初の満月の後に来る日曜日」より少しマシかも(笑)

そうなると私的にはこれからずらっとイベントが並びます。

 感謝祭 11月第4木曜日で今年は11/23日
  ↓
 ブラック・フライデー 感謝祭翌日で11/24日
  ↓
 ロイクラトン 陰暦12月満月の日で今年は11/27日
  ↓
 クリスマス飾り ドイツの習慣でクリスマス4週間前で11/27日

別にアメリカとドイツにタイの習慣を日本の我が家に持ち込む事はないのですが(汗) それに加えてこの期間に結婚記念日があります(笑)

と言うことで、明日11月23日が感謝祭Thanksgiving Dayです。

ドイツ在住時には関係なかった祭日で、アメリカ在住時に経験しています。宗教色よりも家族のイベント的な祭日です。由来はアメリカに移民で渡って来た人々が収穫を祝ったとか、先住民族インディアンの助けて生き延びた事への感謝とか言われています。

そのThanksgiving Dayのイメージと言えば、離れて暮らす家族もこの日だけは集まって七面鳥を囲って食事をする・・・アメリカでは誰もがそう思うのではないでしょうか。

(七面鳥なんか料理した事がないので、ローカル新聞のサイトからの画像です)
Turkey

この様に家族が集う日としてクリスマスに次いで重要な祭日。また家族の元に行く人達が多いので、休暇を取る人が多く、飛行機も混むホリデーシーズンです。

また感謝祭の翌日はBlack Fridayブラックフライデーと呼ばれ、この日だけは特別に木曜深夜から金曜朝早くにも多くの店が営業します。それでThanksgiving Dayの深夜からセールを求める人々が並んだり、店の中での狂乱が毎年の様に報道されます。

私もアメリカではThanksgiving Dayの深夜から出かけ、セールがどんなかを見たものです。ワイン以外に買う物もないので、関係ないのですが・・・大晦日のカウントダウンのような騒ぎでした。

(これもローカル新聞のサイトからの画像です)
Black Friday

このブラックフライデーは以下のような図式です(笑)

 感謝祭で家族が集う
  ↓
 感謝祭が終わり、クリスマス・プレゼントの準備を開始する
  ↓
 感謝祭の翌日の金曜日にショッピングに出かける
  ↓
 店はその日にセールをして客集めをする
  ↓
 店は感謝祭の翌日金曜日一日で黒字になる
  ↓
 だから感謝祭の翌日をブラックフライデーと呼ぶ

この話は続きがあって、近年ではネットショッピングが盛んな為に、感謝祭休み明けの月曜日に注文が殺到するそうでサイバーマンデーと言うそうです。

このブラックフライデーをタイでは見たり聞いたりした事はありません。私がバンコク都会部とは離れた地に住んでいた為かも知れませんし、ショッピングそのものに関心がなかったからかも(笑)

さてそしてロイクラトンです。

ソンクランの水掛騒ぎとは異なりその優雅さはタイのお祭りの中でも特筆すべきものがあるようです。お祭りの意味は色々な解釈があるようですが、農耕から発した水の精霊への感謝の祭りから、日々の感謝、悪いことを水に流す・・・そんな意味も含まれているようです。

最初のタイ在住時からほぼ毎年このお祭りを楽しみにしていますが、それはソンクランが(バンコクや多くの若者には)馬鹿騒ぎな祭りなのが、ロイカートンは何かタイの人々の生活や心を感じるからです。

一番最初に参加?したのは・・・観光ショーのようだったと今なら思える2001年でした。バンコク中心を流れるチャオプラヤー川に面したタイレストラン「スパトラリバーハウス」をローカルスタッフが予約してくれたものです。

スパトラリバーハウスはタイ映画・演劇界では有名なスターのお店で、チャオプラヤー川に面しながらも都心部とは反対の西側。その為東側から専用渡し舟があるのですが、王宮を川越しに見る夜景は確かに素晴らしいものです。

Loy Krathong River

そしてロイカートンのショーがあったり、食事時後に専属船でチャオプラヤー川に繰り出し灯篭を流したり・・・実は灯篭はチャオプラヤーの荒波ですぐ沈んでしまいました(涙)。

翌年からは人ごみと渋滞を恐れ、スクムビット・プロンポンのアパートから歩いて(普段は)5分のベンチャシリ公園に行ったのですが、そこは大晦日の浅草寺状態で、公園内の池にたどり着くまで1時間かかりました(汗)

Loy Krathong Park

最初はロイカートンはそんなものかと思っていました・・・
でも、でもですよ・・・そんなのはテレビのニュースで多く放映される王族のロイカートンだったり人が一番集まるバンコクの一部分だったのです。観光客が宣伝文句に誘われて行くようなロイカートンだったのです。

それからは渋滞も人ごみもない少し郊外へ行ってロイカートンを地元の人達と楽しむことが多くなりました。

一番好きな所はバンコク郊外にある高級住宅街サマゴーン(サマコーンとも)地区のレストラン「Krua Tee Song」。都心部から遠いし、ラムカーヘン大通りから離れた所で日本人も知る人が少ないのですが、大きな邸宅が並び大きな池など自然環境も整備されているエリアです。

池の周辺にはお金持ち向けの雰囲気が良い一軒家のレストランが点在しているのですが、在住時からバンコクでトップクラスの美味しさだと思っているのがKrua Tee Song。レストランが池にせり出しているので、食事をしながら灯篭流しが出来ます。

Krua Tee Songでロイカートンをするご家族。中央のお嬢さんは7歳だそうです。
Loy Krathong KTS

またこの辺りではバンコク都心部では難しいコームローイ(コムファイ)と言う灯篭?を空に飛ばすことが出来ました。夜空に舞い上がるコムファイは本当に美しいものです。

Loy Krathong Sammkon

バンコクを少し離れるともっと情緒豊かになります。下の画像はバンコク都の東隣サムットプラカーン県バンプリーにあるお寺Wat Bang Phli Yai Klangです。

お寺に面したサムロン運河はロイカートンの準備万端ですね
Loy Krathong Wat

このバンプリーは最初のタイ在住時からよく知るエリアでこのブログに再三登場しています。このお寺の横には150年以上続くバンプリー古市場もあり、舟を繋いだ橋で運河を渡ったり市場で庶民の生活に触れることが出来ます。

ここはまず観光に行くような所ではないのですが、大好きな場所です。『ソンテウで行くサムットプラカーン(7) サムロンからバンプリー百年市場へ』などで書いています。

Bang Phli 2

最後がドイツ在住時に経験した事で、クリスマスの四週間前になると、家々で一斉に飾りつけが始まるのです。それはアメリカのように電飾で家全体を飾るのとは違い、静かで厳かな感じなので、出窓にローソク(の形をした電灯)を置き外からも見えるようにするぐらいでした。画像下は日本の我が家なので厳かではないのですが・・・

20171224 Xmas 6

印象に残っているのは4本のキャンドルを中心に置いたリースのような飾りを作り、それがどこの家庭でも中心に置かれています(壁やドアにかけるのではなく、テーブルの上など)。そしてクリスマスまで一週間に一本だけキャンドルに火をともしてクリスマスが来るのを指折り楽しみに待つのです。

Germany

なんて忙しい、でも楽しい日々がやって来ます。それでいよいよ年末にお正月と・・・お酒を飲む機会が増えそうですねぇ~

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2023.11.22 | コメント(0) | その他

各国の秋をお届けします

昨日の横浜は朝から秋雨の寒い一日でした。数日前まで半ズボンと半袖で庭いじりをしていたのに、たった数日で秋が深まったようです。慌てて出したセーターを着ながらも、我が家では暖房を使い始めた週末でした。

外歩きや庭にもでも出られない日、熱いコーヒーを淹れてパソコン内の写真整理で過ごしました。ブログ再開をして一ヶ月ちょっと、ブログを書くより5年以上前に撮った画像を探す方が大変だからです。

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そんなPCを整理をする中で奥深くから出てきた画像、今日は秋っぽい画像をまとめて紹介です。いつもは文章が中心のブログですが、今回は画像中心でいつかはやってみたかったスタイルですが・・・それでも長くなりそうです(苦笑)

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一番上の画像はアメリカ・ジョージア州北部でアパラチア山脈の南端を11月に撮りました。この辺りはドイツからの移民の方々が多く住んだ地区で、ドイツの南部を思い起こさせるような秋です(画像上)。

10年住んだジョージア州の10月は『本当のハロウィーンって・・・』で紹介済みですが、11月になると私が住んでいた町にも紅葉がやってきます。

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日本の紅葉が世界一美しいのは揺るがないのですが、カナダでは赤いカエデを国旗にするぐらいなので、この国では誰もが紅葉を自慢にしています。以下は10月中旬のカナダ東部トロントの画像です。

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トロントでの仕事は週末をはさんだのでナイアガラへ向かいました。カナダ最大のワイン産地で、特にこの地のアイスワイン(寒冷地で凍結したブドウで造る)は秀逸で私もファンの一人です。ここにはどこへ行くのか悩むぐらい多くのワイナリーがあります。

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ついでにナイアガラの滝に寄りましたが、ドイツ在住時から何度も行ったことがあります。滝周辺の街が秋色に染まっていますねぇ~ この時期に行ったのは初めてでした。

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7年住んだ北ドイツの秋は『異郷で心に染みる秋、そして一枚の葉書』でエントリー済みですので、他の画像があまりありません。何しろスマホはなくデジタルカメラはやっと市場に出始めた90年代前半の事です。私が住んでいたのは緯度で言えば樺太北端と同じ寒冷地、この画像は10月だったと思います。

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他に住んだ国はタイを含めて紅葉とは縁がない国ばかり。それで最後は日本ですが、この国では私も観光客の皆さんと同じでメジャーな観光地ばかり行っています。まぁ、それでわざわざブログに載せる事もないのですが・・・

国営ひたち海浜公園のコキアで10月中旬過ぎです。かなり混みますが四季ごとに行く価値がある所だと思います。
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会津・大内宿の10月下旬です。近くにお気に入りの温泉があるのでここも四季を通じて行っています。
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載せるのが恥ずかしいように思える大観光地の日光・竜頭の滝で昨年10月中旬過ぎです。宿の部屋が中禅寺湖に面しているので、この時期特有の「けあらし」から日が差すまで部屋で楽しめました。
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北海道の紅葉はなぜかアメリカ北東部やヨーロッパ北部と似た感じがします。2019年10月中旬過ぎの千歳近くですが、赤く染まる小型のモミジの木が山には少ないのかも(自説です)。
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昨年の姫路城です。昨年11月中旬で紅葉には遅かったと思います。関西で遊んでいた時に急にお城を見たくなり行きました。
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まだ少し時期的に早いのですが、横浜・山下公園前と東京・神宮外苑のイチョウ並木です。画像はいずれも今年のものではありません。都会の中で黄色で輝くイチョウ、かなり素敵です。
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最後が自宅から近い鎌倉ですが、人混みが怖いのでメジャーな所は避けて・・・扇ガ谷の奥にある海蔵寺です。(静けさを破る)結婚式の前撮りが多いのが難点ですが・・・
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いかがでしょうか? 私は画像をペタペタ貼って、ちょっと説明文を付けたら簡単にブログが書けると思ったのですが・・・やはり時間がかかってしまいました(苦笑) 当たり前ですが自前画像しか使わないブログですので、ブログを再開して急ぎPC内の写真を整理しました。これからは探すのが少し楽になるかも(笑)

冒頭に書いた通り、横浜は昨日(11月11日)から急に冷え込んで、すでに冬のように思えます。すぐに「各国の冬をお届けします」を書くかも知れませんねぇ~ 
いつも長いブログを最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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2023.11.13 | コメント(1) | その他

なぜブログを書くのか? 少し設定変更

ブログ更新を5年ぶりに再開して一ヶ月が経ち、ランキングに6年半ぶりに再参加して三週間が過ぎました。この一ヶ月の間に急に秋めいたように思えたのは、慣れないことを始めて草花や木々の変化に目が行かなかったからかも知れませんね。

日々の散歩で通る小路のイチョウで、先週末の撮影です。
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この一ヶ月でブログを書くと言うことにやっと慣れたと・・・いや、思い出したように思えます。これも読者の後押しがあったからです。ありがとうございます。しかし長いブランクでした。再開しなくては・・・と思いながらも、どこかで諦めていた部分もあったのですが、まさか70歳になってまた再スタートするとは思ってもいませんでした。

ブログ再開に踏ん切りがついたが9月下旬でした。その理由は何度か書いていますが、日本へ帰国したとは言え途中で投げ出したような・・・いつか再開しますと書いたもののダラダラと5年経っても始められなかった・・・それを後押ししてくれたのは間違いなく読者の皆さんでした。それから一ヶ月経って完全に季節は変わってしまいました。

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そして、この一ヶ月間でかなりブログ設定を変えています。先日のエントリー「電話嫌いの初めてのスマホ」と「ブログランキングに再参加」以外にもいくつかの変更をしています。

今日はその説明ですが、ふと思ったのです。何か自分の流儀に対して逆行していないか?と・・・

このブログの当初は広告以外(広告は最初から嫌でした)は一般的に推奨されるまま、アクセスカウンターやブログランキングなど色々ペタペタと貼っていました。それがある日、嫌になってしまい全て外してすっぽんぽんのブログにしたのは、6~7年前の事です。

理由は色々あったのですが、いつも長文ですので読者が読みやすくシンプルにしたい、読者に何らかのクリックを誘いストレスを与えたくない・・・そんな気持ちと、自分自身がアクセス数とかランキング順位を気にしてしまうのもすごく嫌でした。

もちろんアクセスいただき、ランキング等で評価いただくのは大変ありがたかったのですが、数や順位を自分が気にしてしまい、それらを上げるために無理して多くエントリーしたくもないし、内容も薄っぺらにしたくない、

ニュースネタをネットで拾ったり、どこにでもある観光ガイドや食べログ的記事に海外生活指南的記事などをチャチャっと書きたくない・・・ 自分自身が経験して自分の感性と言葉と写真で、自身が納得するエントリーにしたい。

そう思って余計で邪魔なバナーなどはもちろんアクセスカウンターも外してしまったのです。6年以上前の事ですが(笑) あるとどうしても見ちゃうし気になっちゃう弱い性格なのです(笑)

それが再開した今・・・ベタベタとバナーを貼るし(実はランキング参加がバナー必須とは知りませんでした)、アクセスカウンターやいいね的「拍手」まで設置してしまい、ブログを最初に始めた時に逆行してしまった事に気付きました。

媒体がブログであってもホームページでも(昔は)パソコン通信でも、伝えたい事があればどんな環境下でも必死に書いていた・・・今になってそんな自分を思い出しつつあるのかも知れません。

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じゃぁ、なぜ自分はブログを書いているのでしょう。ブログ(Web Log)の原点通りにウェブWeb上にログLog(履歴とか記録)を残す。海外に長く暮らし世界の多くの人々や生活、文化や歴史、そして街を知り日本とは異なる経験を多くしたからこそ、それを自分の記憶だけでなくWeb上の記録として残したいと思ったのです。

私の場合は自然とそうなったように思えます。
1980年代後半にパソコンに親しみ → 海外アクセスを学ぶのにアメリカのCompuServe(コンピュサーブ)に入り → それがきっかけで(日本の提携先の)Niftyでパソコン通信を始め → 90年代後半に自分のホームページを運営し → 運営が厄介なホームページを閉じて代わりに簡単なブログへ

ブログはアメリカ在住時にワインの記録で始め、タイではビザ取得や生活設営の忘備録の意味が大きい記録、そして路線バスや水上バスなどに関しては完全に記録ですね。街歩きや旅も記録する意味もあって書きました。

でも・・・タイ在住を終えて日本に帰り5年、もう記録の意味は薄れているはず。なんで自分は書いているのか? 自分がタイや日本を含んで色々な国で生活し旅をしそれらをつぶさに記録し感じた事を綴り、それらで読者が少しでも役立ったり共感や何かを思っていただいたら良いなぁ~って。その結果がアクセス数やランキング順位に現れたら意味があると思うのです。

もちろん、70歳になった今でも文章を考え画像を選び、それらをパソコンで作業するのは楽しいし、記憶を遡るのは年寄りの特権です。なにしろ長く深い記憶がたっぷりありますから(笑) そして、何よりも読者から何らかのレスポンスがあるのが励みです。

前置きが長くなりました。このブログでは毎回の事ですが、懐かしいフレーズですね(苦笑)

さて、最近変更したブログの設定です。全て読者の方々がアクセスしやすく、また見やすいようにする為の変更です。

実は、この5年間はコメント対応だけだったので、管理画面からコメントに返信させていただくだけで済みました。私自身が自分のブログを見る必要は無かったのです。って言うか・・・長く放置されたブログは見っともないとも思え、見たくありませんでした。

それが今回、私自身が5年ぶりに自分のブログを見るようになりましたので、些細なことですが気になる事が出てきたのです。結果、ぐずぐずと設定や環境整備ばかりして、新規(タイ関係の)エントリーがなかなか進まずにいます。ご勘弁ください。

元々、このブログはアフィリエイト(クリックされる事で成果報酬を得る広告)は全く設置していませんし、アクセスいただいたこのブログ以外へ誘導するリンク(ランキング以外)も貼っていません。何しろ毎回、タイトルやテーマから脱線しながらの長文ブログなので、せめて表示だけはシンプルで読みやすくしたいと考えての事です。

前述のようにまだ迷いがあります。今回の設定変更で多少表示に余計なものが増えていますが、読者には(私にも)使いやすくなったと思います。では、以下が変更点です。

1,ブログ内検索機能の追加
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上の画像のように、ブログ表示左サイドバーの一番上(赤線で囲った部分)にブログ内検索バーを付けました。ブランクの入力部に私のブログ内だけで検索したい文字を入力し、その下側の「検索」釦を押して下さい。

試していますが、なかなか便利です(笑) 何しろ一つの記事が長文で内容も右往左往していますし、エントリー数は1400以上です。読者がこのブログ内で何か検索するには大変面倒だったと思います。

頻繁に更新していた5年以上前はGoogle等の一般的な検索エンジンで『60代のロングステイ ○○○○』と入力すると、私のブログに絞り込んだ上で○○○○の部分がかなり確実にヒットしていたと思います。その方法が更新しなかった5年間でかなりヒット率が悪くなっている事でしょうから、その対策です。

しかし、なぜ今までなぜ対応しなかったのでしょうねぇ~ ブログの設定等よく調べてなかった私のミスです。

一点だけ・・・スマホ表示では表示も機能もしていません。ごめんなさい。上記の一般検索エンジンで『60代のロングステイ ○○○○』の方法をお試しください。

2,アクセスカウンターの設置
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上の画像のように、ブログ表示左の欄で「最新コメント」の下(赤線で囲った部分)にアクセスカウンターを設置しました。

少し前のエントリーブログ更新を再開しますに「何年も新規更新がないブログなのでアクセスして気づかれる方は一年で数人いるか? 」と書いた通り、今でも数人の方が日々アクセスされているとは知りませんでした。そしてそれを知ったのがブログ更新を再開する大きな理由となりました。今後、こうした誤解を私がしないようにアクセスカウンターを設置したわけです。

実はアクセスカウンターをゼロにして設置しようと思ったのですが、設置した時点で自動的に「482185」が現れました。以前、アクセスカウンターを設置していたのを外したのは冒頭に書いた通りです。ブログサービス側で表示はしなかったものの、カウンターとしては機能していたようです。

それは・・・2017年3月31日のエントリー「今後は不定期更新へ ブログ2周年アクセスお礼 ブログの掟」で『数日前にアクセスカウンターが30万を超えました。2年間で25万のアクセスが多いのか少ないのかよく分かりませんが・・・』と記しています。その2017年から5年は経っていますので、現在は48万以上のアクセスなのは妥当だと判断しました。

なお、スマホ表示では見えないようです。スマホでもPC表示にすることは可能なようですが、この点はOS依存や機種依存があるのか理解していません。

3,「ブログ拍手」の設置
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上の画像のように、ブログ表示本文欄で本文の下(赤線で囲った部分)に「拍手」を設置しました。

この拍手はFacebookの「いいね!」的なものと理解しています。ただポチっとされるだけで読者がこのブログを楽しんだことを作者(私)に知らせる事が出来ます。

私がこの仕様を今一つ分かっていないものの、PC表示では「拍手」をポチっとされると別画面が立ち上がり、そこからもコメントを書くことも出来ますし(スマホのPC表示だと不可だと思います)、ポチだけで何も書かなくても構いません。この拍手機能でコメントを書かれた場合、それに対して私が返信する事も可能です。

実は、この拍手も以前設置していたのをシンプルにするために外していました。今回の設定変更で管理画面をよく見たら・・・5年以上前ですがこの拍手からコメントされている方がたくさんおられました。それに今まで長く気付かず、お礼を書くことが出来ませんでした。拍手機能でコメントされた方には深くお詫びします。

また、これも少し前のエントリーブログ更新を再開しますで『常連の方から「ブログ上からコメントできない」旨のメールを頂いた』のが更新再開のきっかけと書いたように、コメント機能の不具合でお困りの方が私へ連絡する方法ともなります。それで設置を決めました。不具合で拍手するのは抵抗があるでしょうが・・・

4,ブログタイトルの変更
大した事ではないのですが・・・今年70歳になりました。今は、タイにロングステイ中でもないし、60代でもないのです(苦笑) あえて言うなら70代の(日本での)ロングステイ中だと真剣に思っているのですが・・・

そこで「60代のロングステイ」から「(60代のロングステイ)ALSTERの海外在住記」と変えました。かっこで60代のロングステイと書いたのが何か寂しいのですが・・・(笑)

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2023.11.06 | コメント(2) | その他

更新予定 その4

更新予定は3回目で最終回と前回書いたばかりなのですが、今日はその続きの更新内容です。いやぁ~本当にごめんなさい。こんな古い画像がたくさん出てくるかも・・・

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下記の予告編3回までがタイでのロングステイ中の出来事で、ブログに書き始めたものの最後まで行きなかったか、書き始められなかった内容です。そして、これらがあったからブログを閉じなかったし、いつかは再開したいと思い続けた理由です。ブログ更新を再開したからには何としても書き終えたいと思っている内容でもあります。

再開に際し&更新予定 その1 
再開に際し&更新予定 その2
再開に際し&更新予定 その3

それに対して以下は・・・余裕が出来たら書きたい内容です。

(1)『最初のタイ在住時(2000~2003年)』(仮称)
私が2012年にブログを始めた時、ブログとは別に1998年から2013年の間、自分のホームページ(画像下)を運用していました。

ホームページ作成ソフトなどなかった(知らなかった)時でHTMLやjavascriptなどの言語を直接打ち込んで作成した幼稚なもので、アメリカ在住時は非常に忙しかった事もあって閉じてしまいました。元々、ホームページを閉じる事を想定してブログを始めたとも言えます。

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このホームページの中に最初のタイ在住時の生活や旅を多く記録していました。もうネット上には存在しませんが、PC内にログが少し残っているので、それらの中から今でも興味深い記事を掘り起こしてブログに載せようかと考えています。

バンコクからアンコールワットへ陸路で行きました。オンボロバスで未舗装道路を何時間も揺られ、何度もパンクするし、道路から一歩外れれば『地雷』がどこにあるのか分からないと言われるし、それはきつい旅でした。
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鉄道も北へ南へとよく使いました。何度も乗った寝台列車での移動は忘れられない旅です。

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その存在があまり知られてなく、当時(今も?)アクセスが難しいアンダマン海の秘島探しは完全に手探りの冒険旅行のようなものでした。

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Wi-Fiが一般的でなかった時代、どんな旅でも、どんなに不便な所からでも、あらゆる方法でネットに繋げて旅先通信をしていました。

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こうやって思い出すと・・・20年前のタイ在住時も、5年前のロングステイ中とあまり変わらない旅をしていますねぇ~(笑) 

ただ、20年前は働いていたので、(お金がかかっても)多くのレストランへ毎週のように行っていました。そこで気に入り、通いつめ、お店の人たちと親しくなり、そこから別のレストランを紹介してもらったり、開拓したり・・・それで私自身が納得した店のみ紹介していました。

これは5年前のロングステイの時と大違いですねぇ~(笑) まぁ、そんな事が出来なかったのでこのブログでは「どこどこ行って、何々食べた」を書かないのです。決して外で何も食べなかったわけではないのです(笑)

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ゴルフもカラオケも大嫌いですし、意識して在タイの日本人の方々とは距離を置いていたのは20年前も5年前も同じです。古い話になるので恐縮ですし、情報精度として今となっては全く使えないでしょう。自分自身の為に記録を残そうかと思っての事ですが、今現在のタイと比べても面白いかも知れません。

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(2)『憧れの日本の旅』(仮称)
海外の色々な国で暮らしたのが合計28年以上かと思います。海外在住も国が変わる間は基本最低1年は日本勤務があったのですが、その間も年の半分以上は出張レベルで海外で働いていました。そんなわけで日本国内で旅行をした記憶がほとんどありませんでした。

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2018年日本に戻っていよいよ・・・温泉やお城など憧れた日本の旅を満喫するはずだったのですが・・・帰国以来今日までの5年間、その内3年半はコロナ禍でした(涙) まぁ、それでも色々と気を付けながら日本での旅行を楽しんでいます。

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古いタイの事も、今の日本の事も、読者には興味ない話だと思います。今から謝っておきます。ごめんなさい。

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2023.10.30 | コメント(0) | その他

再開に際し&更新予定 その3

とうとう・・・今後の更新予定も3回目になってしまいました。これが予告編の(たぶん)最終回です。いやぁ~ 予告だけで長くなりました。ごめんなさい。
再開に際し&更新予定 その1 
再開に際し&更新予定 その2

ブログポリシー 3
私は街歩きや旅で気になった事をネットに頼らず現地で見聞きし、旅の後には図書館や博物館で調べ、そして最後はブログに書いていました。そうした過程を楽しんでいたのです。

路線バスやソンテウにロットゥーの路線も謎解きを楽しむように実際に何度も乗って調べた結果です。これも全ての過程を楽しんでいました。

Thailand Creative & Design Center

上の画像はそんな調査を楽しんだバンコクにあるThailand Creative & Design Center、そして下の画像がCity Library とさらに下がNelson Libraryです。私はタイ語の読み書きが出来ないので英書が多くある所です。 

City Library

Nelson Library

このブログはタイに暮らし、ネットにも誰にも頼らず一人街歩きと旅を楽しみながら、気になった事を謎解きをする過程を楽しんだ日々を綴ったものなのです。

日本に戻った今は・・・そうした現地での調査どころか、どこにどうやって行ったのか?? 画像以外はメモも残ってないので薄れるばかりの記憶で5年以上前の事をブログに書くしかありません。

ですから・・・最初に謝っておきますが、私が嫌いな薄っぺらいブログになりそうですし、情報精度は時の経過以上に怪しげな中身になる事は必定です。

今後の更新予定 3
長く言い訳ばかりになりました。これから書きたいブログの内容で、前回エントリーの続きで5年前に中途半端なまま書き終えなかった旅の続きです。すでにエントリー済みのタイトルとそのリンクを貼っておきます。

7、『ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在』(仮)
始められなかったシリーズです。日本へ戻る直前の2018年3月から5月にかけて毎週アユタヤへ通いました。その多くは観光客が溢れるアユタヤ中央部(島部)ではなく、周辺部を多く歩きましたが、そこには私が知らなかったアユタヤがありました。

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画像上と下はアユタヤ島外北部のアクセスが厄介(と言っても超有名観光地アユタヤですからご心配なく)なエリアの遺跡で、上が「時の扉」のワット・プラガームで、下が訪れる人はなく草をはむ牛ばかりだったワット・チョンクロムです。

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それは遺跡だけが目的ではなく、バンコク~アユタヤ間のアクセスを徹底的に調べたかったのと、アユタヤを走る多くの地方バスやソンテウが”謎解き”の宝箱に見えてしまったからです(笑)

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画像上と下はアユタヤ島外西部のワット・マへーヨンで現役の僧院もあり、仏塔などはスコータイ様式を少し感じる遺跡で、私的には最も気に入っている所の一つです。ここもアクセスが少し厄介ですが訪れるべき所だと思っています。

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バンコクでも同様だったように、アユタヤでも地方バスやソンテウに事前調査はなく闇雲に乗り、全く知らない地を走り、その沿線で気になった所を街歩きして楽しみました。画像下はアユタヤ島外東部のワット・ウォラチェートです。

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アユタヤ島外南部にはテレビドラマの影響でタイの人々に人気のワット・チャイ ワッタナーラーム、ワット・プッタイサワン(画像下)などがあり、チャオプラヤー川の両岸にはオランダ人村跡、ポルトガル人村跡、そして日本人村跡などがある外国人の住んでいたエリアです。

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予告なのに長くなりました。それだけご紹介したい所があるのがアユタヤだからなのでしょう。遺跡や博物館等は何とかなるかと思いますが、肝心のソンテウや地方バスの路線を思い出せるか自信がありません。これだけは記憶に頼るしか方法がないので、今になっては・・・

8、『なんとなく猿と遺跡のロッブリーへ』
目的地を決めずに手ぶらで鉄道起点ファランポーン駅へ行き、一番早い列車が通る所から目的地をロッブリーにしました。

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昔、訪れた事があるの町です。例によって地方バスにソンテウの概略を調べながら、ここのプラ・ナラーイラチャニウェート国立博物館と遺跡をじっくりと見ようと思っていたのですが、猿が多くておちおちバスやソンテウを見ていられないし博物館は休館で、結果は残念な旅でした・・・まぁ、そんな旅もあるものです。

20180508lopburi2.jpg

以上がタイでのロングステイ中に経験しブログに書いていたか書こうとしていた内容で、これらを済ませる為にブログ更新を再開したわけです。

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2023.10.24 | コメント(0) | その他

ブログランキングに再参加

現時点で本ブログにアクセスされた読者には全く関係ない事で恐縮ですが、どうしようか迷っていたブログランキングに再参加します。

5年ぶりのブログ更新再開に続き、6年半ぶりのブログランキング再参加ですね。

実は、ブログ更新再開後の読者コメントで現在のタイ関係ブログランキングの状況を教えていただきました。コメントされた方は以前私がブログランキングに参加していた事、そしてある時退会した事をご存じだったようです。それでどうしようかと今日まで迷っていました。

私が以前、2017年だったか・・・頻繁にブログ更新をしていたのにランキングを退会したわけは色々あったのですが、簡単に言うとランキングに違和感を感じ、自分の居場所ではない・・・と思ったからでしょうか(苦笑) それを再参加する理由はただ一つです。以前アクセスして頂いた方々へ更新再開した事をお知らせする方法がこれしか思いつかなかったのです。

ブログランキングを通してブログ更新を再開した事をどの程度お知らせ出来るか分かりませんが、何もしないよりマシかと思っての事です。

2018年に帰国し、書きかけの内容だけでも最後まで更新したい、そんな思いをブログでも書いていたのですが、なかなか更新再開できないで5年も放置してしまいました。大げさに言えばアクセスし続けていただいた方々へ不義理したと今でも思っているのです。

再参加したのは「人気ブログランキング」と「にほんブログ村」の二つですが、ブログランキング側の仕様で以下のようなバナー設置が必須だそうです。二つのランキングでそれぞれ二つのカテゴリーですので、四つのバナーを記事の下に下図の赤枠のように設置しました。これをポチっとして頂くとランキングが上がると言うことです。

20231019view1.jpg

10/19 追記
ブログランキングの仕様でバナーだけでなくブログパーツ(上図で緑枠)を貼るのが必須らしいです。知らなかった・・・。サイドバーだけでも良いかと思いますが、スマホ仕様を考えて記事本文下にも別なものを貼りました。自分の意図とは別に表示がうるさくなってしまいましたが、これで少しでもブログ再開を知っていただけたら幸いです。


バーナーを出来る限り小さいものにして、表示も目立たないようにしていますが(笑) 読者がブログ内で何かをクリックするストレスを感じて欲しくないし、(何しろ長文の)ブログ内をすっきりしたい私にとっては抵抗があるのですが・・・ごめんなさい。なお、これらをポチっとされると、ブログ更新再開をお知らせ出来る機会が増えるかと思いますので、よろしくお願いします。

さて、10年以上前ですがブログを始めた時、何も考えずにブログランキングは参加するものだと思いアメリカ関係で登録しました。その後2015年にタイでロングステイを始めタイ関係の複数のブログランキングに入り、運営が異なる3つのランキング全てで5位内には入っていました。

その頃の私は・・・まずタイでの生活設営を日々書いていました。全て一人でもちろん自力です。アパート探しはがむしゃらに歩いて何となく気に入ったアパートで直接交渉で、それを何日も繰り返す。とにかく安く、清潔、静か、それでどんどん郊外へ・・・。これが一番辛かった日々かも知れません。PC表示だと左の別欄でカテゴリー「アパート」から関係エントリーを見られます。

Room before

次にビザ関係ですが、もちろんこれも全て一人で自力取得、しかもタイ政府イミグレーションのサイト(画像下)にある手順のみを忠実に実行して取得しました。これもカテゴリー「ビザ」から関係エントリーを見られます。

Immigration WEB

そして複雑怪奇に思えたバンコク路線バスの謎解きにはまり、毎日何時間も乗り続けて全路線制覇しその内容を書きました。これもカテゴリー「バンコク路線バス」から関係エントリーを見られます。

(丸っこい顔になっていますが、バスと並走してた車のガラスが曲面だからです!?)
ALSTER Bus

そう言えば、毎月の生活費を公開していましたねぇ~(笑) PC表示だと表示一番上左端にブログ内検索があるので「ロングステイの生活費 全て見せます」と入力すると、私の生活全てが分かります(笑) 冷蔵庫の中身までも公開してましたねぇ~

Refrigerator 2

バンコク首都圏で都心部と有名観光地を除き、くまなく街歩きしたように思えます。そこで出会ったタイの人々、暮らし、市場、路地、運河・・・そんな事も書いています。カテゴリー「バンコク街歩き」から関係エントリーを見られます。

20171120 Thonburi 3

そんな事を書いていたら・・・多いのか少ないのか分かりませんが、当時一日平均450ぐらいのアクセスがあったと記憶しています。そしてブログランキング参加から2年半後の2017年には全て退会しました。

この2年半の間にブログランキングを通して私のブログを知り、アクセス頂いた方が多かったと思います。その意味では感謝しているのですが、私はランキングの内容に違和感を感じていました。

その違和感ですが、ランキング表示でそれまで知らなかった多くのブログを目にしたからです。なんて言うか、アクセス数を伸ばすって、こう言う事か・・・ちらっと見えた中身も自分とは違っているなぁ~って(苦笑)

まぁ、ネットから画像や記事をコピペなどは当然駄目ですが(それも多くありましたけど)、そもそもネットマナーさえ守ればどんなブログも個人の自由、そしてランキングそのものも私にとってはどうでもよい事だと思っていました。

そんな違和感に続いて感じたのは、ブログランキングって自分がいる土俵じゃないなぁ~って思い始めました。それにもう他のブログを見る事は全く無かったし、それで止めちゃったのです。

それで一気にアクセスは半減したと思いますが、私自身は日々訪れていただいている方々には申し訳なく思いながらも、毎日更新ではなくマイペースで書くようになりました。急くようにブログを書くよりも、ゆっくりと街歩きを更にディープに楽しんだように思えます。

さて、いつかは止める時が来る個人が自分の好き勝手で書いているブログですが、長く5年も中断しての再開ですから、しばらくは・・・まぁ、書きたい事がある限り、身体が許す限りは書きたいと思っています。

そんなブログで良かったら・・・時々見に来ていただけたら幸いです。

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2023.10.18 | コメント(4) | その他

再開に際し&更新予定 その2

日本では、タイより暑いと感じた2023年の夏が終わりやっと秋になった感がしています。9月になっても暑さはまったく衰えず、10月も上旬過ぎになってやっと秋風を感じました。バンコク辺りは来月ぐらいから雨期が明けて最も過ごし易い時期に入る頃でしょうか・・・
さて、前回の「再開に際し&更新予定 その1」の続きです。

ブログポリシー 2
さて・・・このブログを5年以上からご存じの方々はよくご承知かと思いますが、ここには有名な観光地はほとんど出てきません。そして観光ガイドにあるようなグルメもショッピングも関係ありません。「どこどこ行って、何々食べた」それでテーブル上の画像をペタペタ貼る記事はないのです。って言うか書けないのです。

20180510 LP 2

有名観光地も縁遠いのですが、高層ビルが立ち並ぶバンコク都心部もこのブログでは主役ではありません。まぁ、博物館や図書館に公園などが都心部で登場しましたが・・・

そして移動手段は自家用車(持っていないし)や高架鉄道も地下鉄も縁遠く、基本タクシーも使わないでタイの庶民が使う路線バス、ソンテウ、そしてロットゥーになります。ブログを書く対象のほとんどがそうした公的(?)移動手段に乗りながら、気になったところで降りて街歩きした内容です。

20171228 Canal


私自身が実際に見て触れて感じたタイの歴史、タイの文化、タイの人々と生活・・・そんな事を綴ったブログです。

そしてその全ては・・・話せるタイ語は幼稚レベルで読み書きは全く出来ない60代の私が一人でしたものです。

今後の更新予定 2
それでは前回エントリーの続きで、以下が5年前に中途半端なまま書き終えなかった旅の続きです。すでにエントリー済みのタイトルとそのリンクを貼っておきます。

4、『チャオプラヤー元流を歩く』
第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・カオ9寺巡り1

タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット(捷水路)が多くの湾曲部に造られ、今の姿は昔と異なります。画像下で青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それらが今の本流になっています。

20180428 Map 1

そんなチャオプラヤー元流を歩く事は、左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。タイの過ぎ去った歴史と原風景を色濃く感じながら、そこに住む人々の生活を身近に接する旅でもありました。

20180619 Om Nong 7

これからが面白い所を歩くのですが・・・記憶がどうも怪しくて、少し気が重く感じます(苦笑)

5、『スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット』
第1回 「序章&北バスターミナルへ
第2回 「バンコク~カンペーンペット
第3回 「カンペーンペットの町
第4回 「歴史公園(城壁内)

チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。

Kamphaeng Phet HP

タイ北西部のカンペーンペットはスコータイ王朝の要塞都市でした。町の郊外にある歴史公園はスコータイなどとともに、ユネスコの世界遺産に登録されています。昔、スコータイとシーサッチャナーライは行きましたが、カンペーンペットは初めてです。

20180601 Pin

6,『チャオプラヤー川が始まるナコーンサワン』
チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅でカンペーンペットに続きナコーンサワンを訪れました。ラーンナー王朝の首都だったタイ北部のチェンマイを流れるピン川はナコーンサワンからチャオプラヤーと名を変えます。画像下はナコーンサワンの昭披耶河源(チャオプラヤー源流)碑です。

20180526 NS 1

このシリーズはまだ始まっていませんが、なかなか手ごわい地方都市の公共交通(鉄道・バス・ソンテウ)で苦労しました。画像下が上流側のピン川(画面奥左側)のとナーン川(画面奥右側)が合流してチャオプラヤー川(画像手前で右に向かう)となる所です。

20180517river1.jpg

結局、どうしてもチャオプラヤーをさかのぼる旅がしたかったのですねぇ・・・その3に続きます(たぶん3で予告編は終わるかと・・・)

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2023.10.13 | コメント(0) | その他

電話嫌いの初めてのスマホ

更新予告編が一回で終わらずまだ継続中ですが、また別ネタになりました。コアなタイファンの方々には申し訳ないです・・・

さて、今や誰もが片時も手放せないのがスマートフォンでしょう。そのスマホや携帯電話は私が最も嫌いなの物の一つです。電話そのものが好きなじゃないのに、わざわざそれを持ち歩く必要は考えられません(キッパリ)。

理由は色々あります。28年超の海外在住時は仕事でも私事でも電話は言語や時差の違いもあって常に厄介事を招く物でした。それが電話に対しての私のイメージです。ただ、2000年以前は仕事上で携帯電話を持たされる事は無かったです。当時世の中に出たばかりの携帯電話は肩から吊り下げる重たい物ですからねぇ~ 

東西ドイツが統一された1990年にドイツに赴任しましたが、ヨーロッパは言語や通貨だけでなく生活環境の全てが国毎に異なっていました。もちろん電話機器も回線もバラバラでしたが、そんな環境下でも移動先・旅先での通信は電話やファックスに頼らずネット接続にこだわっていました。

20231007coupler.jpg

1990年代ではWi-Fiなど無線LANが一般的ではなくダイヤルアップで電話回線を経由してのネット接続です。しかし公衆エリアはもちろん高級ホテルでもデーターポートなどない時代、私はPCを電話回線に直接か音響カプラーも使い繋げていました。上の画像はHDD換装・クロックアップと改造した小型PCで音響カプラーを使っています。

PC自作や改造、電話回線との物理的接続方法、海外アクセスポイント毎に異なるモデムとの通信を成立させるスクリプト自作・・・などをBBSに書き、世界各国の仲間と情報交換していたらソフトバンク出版から話があって、ネットの友人たちと一緒に「旅先通信」を三冊出版しました。

Book

また集英社のビジネス雑誌などに特集・紹介されたりもしました。画像下は雑誌をキャプチャーしたもので小さくて恐縮ですが、雑誌中右上の画像は私の機材で、タイトル下の文『パスポートなくすより通信できないほうがコワイ』は私の言葉です(笑) 私は前列右ですねぇ~

Magazine

年寄りの昔話は自慢話になりがちなもの。うざいと嫌われるのに、それで長文になるのはこのブログのダメな所の一つです。ごめんなさい。まぁ、そんなのんびりしていた時代でした(笑)

さて、日本でスマホが登場したのは2008~2009年だそうです。その頃私はアメリカ在住時でビジネスの世界では携帯電話からブラックベリー(物理キーボード搭載の携帯電話)へと移る頃、スマホは一般的ではありませんでした。

このアメリカ在住時に私の「携帯電話が嫌い」は「電話恐怖症」に思えるほど悪くなりました。昼夜関係なく仕事の電話で追われ、電話が鳴っていないのに呼び出し音が聞こえる錯覚を何度もするほどでした。

メール一本で済むくだらない内容でも真夜中に電話してくる日本の人が多く、そんなヤツほど仕事が出来ない人で、電話したことで自分の仕事が終わった(要は他人に振った)と安心する輩です。電話先相手の時差や状況を無視した日本からの電話は暴力的とも思えるほどでした。

10年働いたアメリカでリタイアした時、すぐに携帯電話とお別れしました(笑)

ですから私は携帯電話を持たずにタイに住み始めたのですが、日本の家族の要望やタイでの色々な手続きに電話番号が必要なので、早々に屋台のような路上店で中古のガラケー(SIMは別な所)を買いました。

Cell Phone

ただ・・・タイでの3年半そのガラケーを持ち歩くことは全く無く、ロングステイを終えて日本に帰国する当日にSIMカードを外して空港で捨てました(笑)

日本に戻っても2年間はスマホも携帯も持たずにいました。電話は家電で十分!スマホばかり見ながらの旅は最低!!だと今でも思っていますが、「旅や家の外でウロウロするなら電話を持て」と家族から強く言われ・・・初めてスマホを手にしたのは2020年9月です。

全てネット上だけの手続きで格安SIMを入手し、端末も格安で入手しました。色々キャンペーンを使い初期費用等で1万円ちょっとだったと思います。今ではスマホを持って街歩きや旅をするようになりましたが、家の外に出たら(タイ同様に)ネットに接続して何かを観たり調べる事はしないので毎月額の使用料は千円以下です(笑)

数日前、そんなスマホで自分のブログを初めて見たのですが、自分が意図したものではありませんでした。PC表示とスマホ表示の仕様が異なるのは当然でしょうが、知りませんでした・・・

見慣れたPC表示
20231007PCView.jpg

初めて見たスマホ表示
20231007smartphone1.jpg

スマホだと自動的に簡略化された表示になるのはブログサービス側の仕様です。タイトル画像とブログ内検索は無視されプロフィール・最新記事・カテゴリ・月別アーカイブはブログタイトル左のプルダウン(三本線)でサブメニュー化されていますねぇ・・・これもブログを始めて11年間、全く知りませんでした。

ここで初めて、スマホ表示だとプルダウンメニューにあるのにプロフィール画像とプロフィールが表示されていない事に気づきましたが、ブログサービスの仕様見直しやヘルプを見ても直らず困ってました。それが昨日になって、スマホ用プラグインのHTMLソースを直接編集出来る事が分かり対策できました。1990年代後半に自分のホームページを作るためにHTMLやjavascriptなどの言語を勉強したのですが、ほとんど忘れていましたねぇ~ 

スマホはともかく、ブログの再開は年老いた私の頭の体操に確実になっているようです。

最後に・・・仕事や旅のスタイルが昔と今では違う事も多くありますし、人それぞれの理由でスマホが重要ツールになっている方も多いかと思います。人それぞれが便利に使いこなせば良いだけの道具です。私自身も電話はもちろんSNSやネット検索に移動用便利アプリは使わないものの、いつも持ち歩いていた財布、カメラ、文庫本はスマホに変わり手放せませんし、移動やイベント等も電子チケット化でスマホ必須です。家内は電話やLINEを私にしても無視されると怒っていますが・・・(笑)

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2023.10.08 | コメント(0) | その他

再開に際し&更新予定 その1

タイでのロングステイを終えて日本に戻り今まで更新できなかった5年間、まったく更新を諦めていたわけではありませんでした。

コメント対応だけでブログ閉鎖しなかったのは「いつかは書かなくては」そんな思いを持っていたからで、それはタイ在住時の旅の記録に最後まで行かなかった中途半端なエントリーがあったからです。それが気になって気になって・・・月日が経っても忘れることが出来ませんでした。

そんな5年間も更新できなくても閉鎖できなかった理由の中途半端なままになっている旅のシリーズ、以下にエントリー済みのタイトルを記しリンクを貼っていきます。

その前に・・・5年も書かなかったブログですので、また書き始めるのに際し私的な流儀と言うかブログポリシーを記しておきます。内容は以前からずっと同じなのですが、読む方も久しぶりでしょうから記します。

ブログポリシー 1
私は30年以上の古いネットワーカーだからかネットに対して思うところがあって、ネット検索は公的サイトのみ。もちろん他のブログやネット記事からコピペして書くことはしませんし、参考にすることもありません。画像も同じで基本全て自身が撮った画像で、どうしてもやむを得ない場合のみ公的サイトのみ使用し、引用先等を記します。

ネットに頼らず自分自身が実際に経験したことを、自身の文章と画像で綴るブログです。すっごく当たり前ですね・・・

元々、ブログをチャチャっと書くことが出来ない性格ですので、ひとつのエントリーにすごく時間がかかるのです。おまけに一つのエントリーが全て長文です(笑) ささっと読みたい方は避けるべきブログかと思います。

と言うことで再開したら相当時間を取りそうなので、それも簡単に再開しなかった理由の一つなのですが・・・

今後の更新予定 1
それでは以下が中途半端なままになっている旅のシリーズで、まずはこの続きから再開するつもりです。

1,『タイのクメール遺跡を巡る』
  (1))  序章
  (2)  バンコク~コラート
  (3)  コラート~ピーマイ 
  (4)  ピーマイ遺跡 

バンコクを離れタイ東北部(イーサン地方)の玄関となるナコーン・ラチャシマ(コラート)を訪れ、特にタイ東部に色濃く残るクメール遺跡を巡った旅です。

20180602 Phanom Rung

このシリーズでまだエントリー出来ていませんが、ブリーラム県の「パノムルン遺跡」(画像上)と「ムアンタム遺跡」(画像下)は遺跡好きな私にとっては圧巻の地でした。タイ観光の本やネットでどの程度紹介されているのか知りませんが、私は事前にアクセス方法が分からないままの手探りの旅、苦労してたどり着いた地は驚きの素晴らしい遺跡でした。

20180602 Muang Tam

2,『旧泰緬鉄道で行くクメール遺跡』
初回のエントリーすら出来ていませんが、上記『タイのクメール遺跡を巡る』がきっかけとなって行った珍しくタイ西部はカンチャナブリーにあるクメール遺跡「ムアン・シン歴史公園」への旅です。

Muang Sing 01

第二次世界大戦中に日本軍が敷設した泰緬鉄道、それが舞台となった映画「戦場に架ける橋」に思い馳せながら鉄道で行った旅です。画像下がクウェー・ヤイ川に架けられたクウェー橋です。

KhwaeBr01

3,『バンコクからソンテウだけで行くパタヤ』
  (1)  都心~パークナム 
  (2)  パークナム~チョンブリー 
  (3)  チョンブリー行き方戻り方 
  (4)  チョンブリー~ノンモン市場
  (5)  ノンモン市場とバンセンビーチ
  (6)  ノンモン市場~シラチャ

タイ在住3年半を費やし、複雑怪奇なバンコクの路線バス全てを基点から終点、行き帰り、枝線に直営と委託の会社別・・・とただ実直に乗る事だけで完全踏破し、その全ての路線や沿線の街をブログで紹介し終えた時、私の興味は地方路線バス、ソンテウ(画像下のように改造ピックアップトラック)、そしてロットゥー(ミニバン)へと移っていました。

20180502 Songthew 5

バンコクの路線バスだけでもものすごく苦労したのに、更に魔界へと誘われてしまったのです。そんな私が挑戦したのは「ソンテウだけを乗り継いでバンコクからパタヤへ行こう」です。たぶん行けるだろう・・・それを信じ、ただソンテウに乗る事を何度も繰り返して路線を調べながら乗り継いでいきました。以下のルートで全長約150㎞でソンテウは7路線でしょうか・・・

20180426 Map4

ただ乗るだけではなく丁寧に路線沿線の町を紹介しています。さぁ、実際にソンテウだけを乗り継いでバンコクからパタヤまで行けたのでしょうか・・・

いつもの私の悪い癖、今回も長くなりました。今後の更新予定は次回「その2」に続きます・・・ って、どんだけ中途半端で放置していたんだ!って怒られそうですねぇ~

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2023.10.06 | コメント(6) | その他

ブログ更新を再開します

「更新」と書くのは違うように思えるほど長く新規に書くことが出来ませんでした。タイでのロングステイを終え2018年夏に日本に戻ってから5年間、新規のエントリーが出来なかったのです。

この5年の間に本ブログにアクセスいただいた方々には心から申し訳ないと思っていました。特にブログ内の情報に関しては、変化の激しいタイでの事ですから今では古すぎてお役に立たないだけではなく、誤った情報となりご迷惑をおかけしているのではと大変気にもなっていました。

そんな思いから、いっそブログを閉じて、どなたもアクセス出来ないようにする方が良いかとも迷い続けていました。

一方、5年も更新しなかったブログですが、時折いろいろな方々からコメントを頂いていましたので、それらのコメントには遅延なく丁重に対応してきたつもりです。それらのコメントがあったからブログを閉じていなかったとも言えます。

そして、今回そのコメントが更新を再開するきっかけになりました・・・

すぐ前のエントリー「コメント機能について」で書いたように、私のメールアドレスをご存じの常連の方から「ブログ上からコメントできない」旨のメールを頂いたのですが、その不具合確認が私の環境下では出来なく困っていました。

その対処で(やむを得ず)新規エントリーしたのですが、たった一日で複数の方からコメントを頂きました。コメントされた方々には大変感謝しています(公開しないと本文に書いていながら、未公開設定以外は公開してしまいました。すいません)。その結果、ブログサービスのコメント機能の問題ではなく、個別の条件で発生した不具合と判断して今は考えています。

このように思いがけず新規にエントリーすることになったのですが、私は何年も新規更新がないブログなのでアクセスして気づかれる方は一年で数人いるか?? 気づかれても手間暇かけてコメントする方はいないかと思っていたのです。それがたった一日で複数の方からコメントを頂き、大変驚きました。

実は、ある時からブログ内広告もアクセスカウンターも外し、ブログランキングなどにも載せない仕様にしたので、私はどれくらいアクセスしていただいているのかを全く知らなかったのです。

アクセスする方は一年に数人ぐらいと勝手に思っていたのが、どうも違っていたようです。早く再開したい・・・から5年も経てばもう再開できないだろう・・・と思っていたのが、今回の件で変わりました。

もちろん、タイの事で新しい内容を書けるはずはなく、中途半端のまま放置した旅のシリーズを完結させる事を優先させたく思っています。それで力尽きるかも・・・

更新間隔は長くなると思います。旅の記録やメモもなく記憶も薄れるばかりでPCに残った画像だけが頼りです。中身が薄い大嫌いなブログになって自らギブアップするかも知れません。もしアクセスされたのなら、数週間は空けて様子見して下さい。

さて・・・以上なのですが、何も画像なしだと寂しいので・・・昨年の「善光寺前立本尊御開帳」で長野へ行った時のものです。日本に戻って何キロ太ったことか・・・もう別人のように自分でも思えます(笑)

ALSTER

こんな情けないブログにもかかわらず、前回エントリーにコメント頂いた方々、そして今回アクセスいただきこの新規エントリーを読まれた方に深い感謝を申し上げます。

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2023.09.21 | コメント(10) | その他

コメント機能について

ALSTERです。

大変ご無沙汰してしまい、このブログを訪れていただいた方々には本当に申し訳ないと思っています。

タイでのロングステイを終えて日本に戻り、もう年々経ったでしょうか・・・ 当初、ブログで中途半端なままだった事などをゆっくりでも書きたかったのですが、年々気力が薄れるばかりで放置したままでした。

しかし、その放置したままの間でもコメントをしていただける方々もおられ、ブログを閉鎖することも無く、コメントに対してだけは同じように対応していました。

それが・・・私のメールアドレスをご存じの常連の方から「ブログ上からコメントできない」旨のご連絡を昨日頂きました。私の方で色々調べたのですが、今現在原因と対策が出来ていませんし、私の環境下では不具合の再現が出来ていません。もちろんコメント機能に対して何一つ制限を設定しているわけではありません。

もしかしたら長い間、コメントしようとされた方々に迷惑をかけていたのかも知れないと思い、コメントを使い文句の一つも書きたかったでしょうに・・・本当に申し訳ない気持ちでいます。

まだあきらめたわけではないのですが、こうした事情をお伝えして、しばらくお時間を頂きたく思っています。

もしこのエントリーをご覧になった方がおられれば(もう年に数人かも)、「テスト」とか意味ない内容でよいので、コメントしていただけたら幸いです。そのコメントは私が確認に使うだけで公開はしません。

数年間もエントリーしていないのに、こんな内容ですし、そもそもこれをアップできるか分からないので・・・全く情けないです。

以上、よろしくお願いします。

2023.09.17 | コメント(9) | その他

お詫び。なんとか再開したいのですが・・・

まだパソコンに向かう事が出来ずに苦しんでいます。

コメントの対応など短時間は問題ないのですが・・・

長く更新がないと強制的に(私が全く関与しないし嫌いな)広告表示がされるので、お詫びかたがたのアップです。

2018.10.07 | コメント(81) | その他

ゆっくりですが再開します

長くパソコンに向かう事が出来ませんでした。

この間にアクセスして頂いた方々には本当の申し訳ありません。

書きたい事は山ほどあるのですが・・・忘れないか、賞味期限切れの古い内容にならないかと気になってなりませんでした。

一日にパソコンに向かえる時間は限られていますので、ゆっくりですが再開して行きます。

2018.09.06 | コメント(9) | その他

ロングステイを終えて帰国しました。

一昨日の夜、日本へ帰国しました。

2015年1月8日深夜、スーツケース一つでスワンナプーム空港に着いてから3年6カ月と10日。来た時と同じようにスーツケース一つでタイを離れてロングステイを終えました。

20180621 Airport

『帰国』と書く事に違和感を感じてならないのは、長く海外に住んでいたので常に日本は行く所だったからでしょう。正直・・・戻ったと言う感じがはありませんでしたが・・・

ロングステイを始めた時に成田で家内と息子が見送ってくれたように、夜10時過ぎの小雨降る横浜で二人が駅まで迎えに来てくれていました。夜遅い時間なのに家内が用意してくれた料理、娘とは深夜過ぎまで話が弾みました。

20180621 Japan 2

こうして、これからは家族との時間、日本に戻った・・・そんな実感は日本に着いた時ではなく、じわじわと実感して行くのでしょう。

昨日は区役所に海外からの転入届に行きました。何て言うのか・・・日本に住民票があるのは13年以上なかった事です。この30年でもトータル4年も日本に住民票が無かったと思います(苦笑)

20180621 Japan 1

海外からの転入、保険年金・・・の手続きをしました。これで数週間後にマイナンバーも届くそうです。やっと日本国民の一員になった気がします(笑)

その海外からの転入手続きでちょっと気になる事がありました。

海外から帰国した事はパスポートの出入国スタンプが押されたページで役所側が確認をするのが一般的ですが、いつからなのか成田空港の入国審査は「顔認証ゲート」になっていて(私が入国した時は全ゲート)入国スタンプが押されません(画像下は法務省サイトから拝借です)。そこで待機している係員に頼んでスタンプを押してもらう必要があると思います。

20180621 Japan 5

私自身ですが、パスポートはビザや各国入出国スタンプですぐにページがいっぱいになり、過去30年近くずっと増刷(ページを発行期限内に増やす)していました。指紋認証が一部導入された10年ぐらい前も入出国スタンプを押されたくないので、導入すぐに登録を試みましたが、30年以上のキーボード作業でか指紋が10本の指で認証不可でした。関係ない話ですが、私の指紋問題はアメリカでも同じで毎回入国時に読み取り不可で別室送りを経験していましたし、タイのアパートですら入館セキュリティーで指紋が取れずに特別なカードを使っていました(苦笑)

今回の成田の入国審査顔認証ゲートは指紋を必要としないので、助かりましたが・・・全く見た事もないゲートで驚いてスタンプを押してもらうのを忘れて家に帰ってしまいました(汗) 

それで役所で転入手続きをした時・・・パスポート以外にも搭乗券など(いつもはすぐに捨てるのですが)を持って行ったので、それで確認をしていただきました。もし、日本へ今後帰国する予定がある方は、日本入国時にスタンプをわざわざ押してもらうのがベストかと思います。

さて・・・今日は息子と娘も時間が取れたので、横浜・馬車道近くの馴染みのイタリアンへ家族全員で食事に行き、さきほど戻ったばかりです。もう3年近くご無沙汰だったシェフやソムリエにも歓迎され、美味しい食事にスプマンテ、ワイン赤白、グラッパ、レモンチェロ・・・と楽しみ特別な一日になりました。

20180621 Japan 3

20180621 Japan 6

この後もまだ帰国手続きがありますが、同時に日本での日常が始まります。

まず最初にこのブログの読者の皆さんが一番気になる事を書きますが、しばらくブログは継続します。少なくても数か月は継続すると思います。ただ、気ままな一人の生活でなくなるので更新頻度は落ちるかと思います。

書きかけのシリーズ、エントリー予定の新シリーズ、データーベース的な路線バス関係の更新、多くのショートトリップやシリーズ化したエントリーのインデックス(目次)作成・・・などやり残した事がたくさんあります。

そして1400以上のエントリーは少なくても1年は誰もがアクセス出来るように現状を維持します。ブログランキング参加を止めた時はランキング内の全てのデーターを消去し、私自身の全てのエントリーのひとつひとつを修正しバーナーを外しましたが、今回そうした変化はありません。ただ更新出来なくなったら、放置したままにするのではなく何か考えたいと思います。

お読みになる方からすれば、私がタイに居ないだけで何も変わらないかと思います。ブログ・タイトルは内容との遊離が大きくなるまでは、このままとします。

20180109 Airport 2

さて、こうして日本へ戻り家族と暮らし始めた今、ロングステイを始めた時の事をどうしても思い出してなりません。

55歳で日本の企業を早期定年退職し海外を転々とする生活は終わったものの、結局はアメリカで現地採用されて全米中を行き来し、時にはヨーロッパや日本を含めたアジアにも出張する仕事は変わりがありませんでした。

無理に無理を重ねて持病を悪化させてそうした仕事がキツク感じ始めた時、それは同時に競争の激しいビジネス社会のアメリカでもう働き続けられないとも思い始めた時でした。定年がない国だけに解雇前に「終わり」を自分で判断しなければなりません。

10年暮らしたアメリカでリタイアする事は、私にとってそこで暮らし続ける事も出来ないので、仕事に生活環境・・・何から何まで激変する事になりました。

取りあえず日本に戻ったものの、そうした激変した環境に馴染めない自分がいました。何よりも稼ぎが無くなったまま日本に戻った自分が情けなく思う日々でした。20年以上一緒に暮らした事が無い私が老いて働けなくなって戻っても、家族も気を使い大変だったでしょう。何しろ子供たちなど私と一緒に暮らした記憶などないのですし・・・

暖かな(暑いとも言えますが)国で身体と気持ちを立て直そうと、また海外での一人暮らしを始めたのが・・・たまたまタイでした。それがロングステイの始まりです。

20180109 Airport 3

いずれにしても、旅行者よりも少し長く居させていただく『ロングステイ』です。ロングステイを始めた時、すでにアジア、ヨーロッパ、アメリカでの通算25年の海外在住経験があったので大それた『移住』なんて微塵も思わず、最初は1年ぐらい、長くても2年程度だと思っていたのですが、思いがけずに長くなりました。

3年半前、タイに行くのに(おそらくそれが別な国でも)そこに住む事は全く不安はありませんでした。健康への不安が常にあっただけです。

そんなタイに行った時に比べたら今度は日本でうまくやって行けるか、そんな不安が少しありますし、日本に戻る事を決めた理由が健康上にあるので、上手に持病と付き合いながら家族と一緒に乗り切れるでしょう。

ロングステイを始めた理由も止める理由も全くの個人事情ですから、ブログでこれ以上細々書く事はしません。詮索好きなコメントもご勘弁ください。

20171201 Room

さて・・・タイでのロングステイ中に働けなくなった自分を見つめる時間はたっぷりあったので、折り合いをつける事が出来たと信じたいです。自分の事なのに・・・自分自身の事がよく分からないのです。まぁ、受け入れないとならない・・・人生、何番目かの再スタートです。

そして、今まで日本で長く苦労させてしまった家内を大切にしたいと強く思っています。もう一人旅はなくなり家内と二人の旅行になり、バスも家内と一緒に乗る事になるでしょう。

まだこのブログを終えたわけではないのですが、この機会に長くアクセス頂いている方々へ心からお礼申し上げます。

押しつけがましく、饒舌で話がなかなか進まず、読む側からすれば厄介で面倒くさいブログだと思います。情報だけを得たい方には、ちゃちゃっとした内容の方が良い事でしょう。

それが分かるだけに、ある時からタイトルだけ見てアクセスされる方や、検索で情報を求めてその時だけ来られる方が少なくなるような造りのブログにして行きました。自分自身が公式サイト以外はネットとの距離を置くようにしていたからもあるでしょう。それまで長く続けてお読みいただいている方々に見て頂けたら良いような・・・

個人がパソコンを持つ事は珍しく、インターネットという言葉も一般的でなかった80年代末からネットに関わっていました。日本がパソコン通信のお手本としたアメリカの「コンピュサーブ CompuServe」(後にAOLに買収される)の会員になり、世界中のアクセスポイント(と言ってもただの現地の電話番号)に改造パソコンでダイアルアップで繋ぎ、現地からネットに発信していました。

まだ電話機もモジュラージャックがなく壁から直接電話機に繋がっていたり、もちろんデーターポートも無い時代。中国やカンボジア奥地では屋台のような電話屋さんで、受話器に音響カプラーを付けて非常に遅い通信速度で繋げたものです。

20180621 Tel

そんなハード的なパソコン改造や電話機と接続、そしてソフト的に世界から日本へ繋げるスクリプトを作成し仲間とオンでもオフでも交流していていました。それで創設当時のソフトバンク出版部から声がかかり、仲間と一緒に『旅先通信』の出版に関わりました。

当時は(言葉は悪いのですが)女子供が関わるようなネットではなく、オタクと呼ばれる強い趣味の方、メーカーのエンジニアなど専門職、そして海外在などでそうしたスキルを必要とした私のような人達がネットにいました。

不特定多数を対象とするSNSなんか無い時代ですので、個人間や会員間のコミュニケーションでもネットマナーを強く要求された時代です。内容の間違いはもちろん、どこからか引用コピペなどしたら容赦なく叩かれた・・・怖い世界でもありました。何しろ文字を一行ダウンロードするだけで何円かかったなんて思っていた時代です。

そんな時代からネットに関わった化石のような自分です。それだけに、今のように誰もが検証されないまま好き勝手に何でもネットに書けて、多くの人がそれを見てしまう事に強い懸念を覚えてならないです。

それで意識してネットやメディアとは距離を置き、自分自身が実際に経験した事だけを書くブログを書いて来たつもりです。それにネットにいくらでもあるような事は書かないようにも心がけていました。

昔話も多く長くなりました。本当に悪い癖です(汗)

30年近く、色々な媒体を通して、世界中から繋げた私の「旅先通信」は、このブログも含めて私自身の海外在住生活そのものだったと思います。

心は若い時のままで自由に旅が出来ますが、実際は身体が無理出来なくなりました。画像下のように世界中を自由に旅し、そこから伝えた旅先通信はもう出来ないのかも知れませんね・・・

20180621 Train

ありがとうございます。

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2018.06.21 | コメント(34) | その他

今年もよろしくお願いします

明けましておめでとうございます。

読者の皆様におかれましては輝かしい新年をお迎えのこととお喜び申し上げます。
また、旧年中は、このブログに訪れていただき、大変ありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

つい数分前ですが、2018年になった午前0時に多くの花火が打ち上げられました。私が住むアパートからだとメガ・バンナーから打ち上げられた花火が一番大きく良く見えました。

20180101 FW

さて、皆さんの年末はいかがだったのでしょうか? 私は2ヵ月近く運河や川沿いをずっと歩いていました。もう、こうなると異常な拘りかもしれません(苦笑)

20180101 Boat 2

考えてみると・・・私の故郷は江戸(東京とも言います)深川で堀に囲まれた地でした。借家は隅田川に架かる永代橋のすぐ横にあり、隅田川の花火も勝鬨橋の跳ね橋が上がったのも、(当時はあまりきれいではなかった)川面越しに見た記憶があります。

今はその多くの堀が埋め立てられ高速道路にもなっていますが、家から学校に通うのに幾つもの堀を渡った記憶が鮮明にあります。

20180101 Boat 1

下町で堀(運河)が多い・・・それはトンブリーと同じじゃないですか! そして年末はトンブリーからその流れを遡りノンタブリー県をずっと歩いていました。そこにはバンコクではもう見られなくなった水辺の生活がたくさん残っています。

20180101 Boat 3

一番上の画像はクイッティアオ売りでしょうか、その下は何でしょうねぇ~お粥かスープ系でしょうか、このすぐ上はアイス売りです。そしてすぐ下の2枚は野菜や卵などが見えます。

20180101 Boat 4

20180101 Boat 5

この下は完全にクイッティアオ売りですね。麺を茹でる寸胴から湯気まで見えるような気がして、橋の上から頼んで食べたくなりました。見ていると・・・水辺の家からオジサンが出て来てクイッティアオを受け取っているし・・・(笑)

20180101 Boat 6

20180101 Boat 7

水辺の家々、そこに暮らし働く人々、そして集落の中心となるお寺・・・それしか無いのですが、離れがたく心に残るのはなぜなのでしょう。

外国人が多く喧騒の観光地でもなく、コマーシャルを流し続ける大型ディスプレイがビルの影で眩しいぐらいの大都会でもなく、スマホを見ながら周囲への関心を示さないまま多くの人がすれ違う都会の道でもなく、洒落たカフェやレストランに入るのが当たり前顔の在住外国人やタイの金持ちの若者達が行き交う町でもなく・・・

長く暮らしたヨーロッパやアメリカでもなく、他のアジアの国々では出合えない・・・バンコクとその周辺で、離れがたく心に残る地と出来る限り多く出合いたいものです。

それを、タイの庶民の方達と同じ目線でブログに書く事が出来たらと思います。
それを、ネットに頼って人の後を追うのではなく、苦労して自分の足と勘で歩きたいものです。
それを、一生懸命自身の文章と画像で綴るブログでありたいと思います。
そして、タイの人々と同じように公共交通機関を利用して移動したい方々を一生懸命応援するブログでもありたいです。

と言う事で・・・新年一番で訪れて頂いた皆さんへ感謝を込めて、2018年これからのエントリー予定を簡単に紹介しておきます。(たぶん)ネットで初の紹介になる所だけを記します。

1、トンブリー王朝の面影を探す旅

昨年からの続きでだいぶ長編になってしまいました。すでに予告編をした部分もありますが、ネットでは初になるだろう所がこれからも登場します。

珍しい仰向けの涅槃仏・ワット・ラーチャクル・ウォーラウィハーン
20171213 BY 4

非常に珍しく美しい28体の仏像・ワット・アブソンサワン
20171213 BY 5

水の上に建つ美しい仏教建築は・・・
20171213 BY 6

バンコクヤイ運河で遊ぶ子供たち
20171213 BY 7

モン運河が行く着く所は・・・
20171213 BY 8

トンブリーの古い現役薬局
20171203 Thonburi 1

2、新シリーズでチャオプラヤー川元流を歩く旅


湾曲部にショートカットが作られる以前、チャオプラヤー川の元々の流れを追う旅です。地方バスとソンテウが移動の中心になりますが、バンコク周辺にこんな地がまだ残っていたと驚くばかりです。

20171228 Canal

私が見た中では最大の船の寺院
20171218 Wat 1

坐像や立像ではなく珍しい椅子に坐っている倚像
20180101 Wat 1

アユタヤはともかくバンコク周辺では珍しい仏塔
20180101 Wat 2

首都圏では3番目に大きい涅槃仏(たぶん)
20171218 Wat 2

本堂の外壁が非常に強い印象を与えるお寺
20180101 Wat 3

高床式僧房の下から托鉢用の小舟が直接水路に出られるお寺
20180101 Wat 4

水辺に建てられた家と、印象的なお寺がある運河
20180101 Wat 5

3、新シリーズ、ラッターナコシン島の最初の堀

チャクリー王朝時に造られたと思っていたラッターナコシン島で最も内側の堀、これはトンブリー王朝時に掘られた運河でした。

20180101 Canal

4、なかなかエントリー出来ないナイトマーケット

街歩きの中で知った(たぶん)ネットには載っていないだろうナイトマーケット。水上マーケットは首都圏周辺で22カ所も紹介しているのに、ナイトマーケットは夕方以降は体力が持たずに、なかなか再訪出来ずに4カ所も未紹介のままです(今もあるか心配ですが)。

20180101 Market

5、バンコク不完全バスガイドの地方バス版をいよいよ・・・

底なしのようで避けていたのですが・・・バンコク首都圏だけでも地方バスの路線をエントリーしようかと思っています。起点から終点に乗る事はまずないし、路線上は何も書く事がないし、全て中途半端になるかと思いますが・・・情報が極端に少ない地方バスかと思います。何もないより中途半端でも書こうかと・・・

20180101 Bus

他にも書きたい事はたくさんあるのですが・・・だんだんパソコンに向かって書くのが辛くもなっています。歳なのか持病なのか・・・街歩きの好奇心は尽きる事がないのですが、これを整理してブログにするのが時間的、肉体的、気持ち的にモチベーションを維持するのが辛くなっているのも本音です。

新年一番から長くなりました。のんびりマイペースで、いつかは止める時が来るブログですが、その時はご勘弁ください。

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2018.01.01 | コメント(9) | その他

2017年総決算 一年を振り返る

昨日、一昨日と終日曇り空で小雨も降ったバンコク(の隅っこ)です。例年なら乾季の中でも一番気持ちよく過ごせる12月ですが、今年は雨が降ったり寒くなったり(って言ってもタイでの話ですが)で少し例年と異なる気がします。

この数日の天気の崩れは台風Tembinテンビン(日本だと27号?)の影響だったのかも知れませんね。今年はラニーニャ現象で日本では寒さが厳しいようですが、この現象はフィリッピンなど東南アジア付近では海水温が平年より高くなり、より活発に積乱雲が発生する・・・と聞いた事があります。そんな世界的な気象現象なのかも知れません。

さて、2017年も今日を入れて残り四日となりました。いやぁ~本当に早いものですねぇ~ 歳を取ると時が速く流れるものとは思っていました、それ以上です。また、リタイアしたら時を持て余すかと思っていましたが、そんな事はなくあっと言う間の一年でした。

そんな一年を振り返り、私的重大ニュースでも・・・なんて思っていましたが、まったくニュースなんてありません(笑) そこで『一年を振り返って』と言う事で2017年のこのブログをまとめてみましょう。

20171107 SL 1

本題に入る前に・・・「一年を振り返って」とは違いますが一番喜びたいのは、今年も無事で一年を過ごせた事です。

定年がないアメリカでまだまだ働ける環境なのに仕事を辞めたきっかけは、持病でもう無理出来ない事を自分で認めたからです。これ以上無理すると仕事にも周囲にも迷惑をかけるし、ビジネス環境では冷酷なほど厳しいアメリカで追われるようになりたくないと、自ら退く事を決めました。

その持病の痛みはタイで今も止むことがありませんが、働いていた時よりずっとマシで全く身動き出来ない日はほとんどありませんでした。何しろ辛かったら何もせずじっとしていれば良いのですから・・・2017年で言えば実はこの数か月が体調が悪く、週に数日はじっと部屋で耐えています。

20171228 Dog

一番怖いのは街歩きの中で怪我する事です。何しろ日本人はもちろんタイの人も知り合いが全く居ない(作らない)一人暮らしです。持病対応で1~2週間は籠城できる備蓄を怠った事はないのですが、携帯電話も持たず小銭だけの外出先で動けなくなったら・・・

20171228 Bike

歩道上を逆走するバイクは当たり前だし、横断歩道や信号は歩行者に何の意味があるのか? 一時停止の概念すらない中で着色ガラスで運転手が見えない車の前後を歩くのは本当に怖いです。都心部を離れたら野犬は群れで昼でもよそ者警戒中だし、バスやボートは停留所で止る事無く乗り降りするのが普通、歩道があってもなくても歩く人の安全を考えてもいない道路・・・

20171228 Bus

1年間で約千回のバス乗車、バンコク都と周辺県をほぼ毎日の街歩き・・・よく無事に過ごせたものです。

さて、前置き話はこれぐらいで、本題に入り2017年を振り返りましょうか・・・

前国王火葬の儀とその施設

昨年2016年10月13日に前国王が崩御されて以来、本ブログではずっと王宮エリアを見続けて来ました。2017年は特に王宮広場に建てられた火葬の儀施設を何も無かった時から見続けました。

前国王崩御以前
20171108 SL 1

2017年年初
20171108 SL 6

2017年7月
20171108 SL 7

2017年9月(間に合うかと心配に)
20171108 SL 8

2017年10月27日(葬儀当日公式サイトの画像から)
20171109 SL 7

2017年10月31日(ボランティアの人に頼んでカメラだけ施設内に)
20171031 SL 1

そして本エントリー冒頭の画像は一般公開直後に撮ったものです。その火葬の儀施設も後数日で立ち入りが出来なくなり、来年早々には撤去されるはずです。

このブログではネットで拾った内容やニュースの記事や画像を一切使いませんが、ずっと王宮エリアに足を運びそこに集う人々を見続けて来たエントリーが以下の通りです。

第20回目「今、絶対に行くべき火葬の儀施設と特別展②
第19回目「今、絶対に行くべき前国王火葬の儀施設①
第18回目「前国王葬儀 直後2日 王宮周辺と王宮広場内火葬施設
第17回目「前国王崩御後374日 リハーサルに近づく事も出来ない
第16回目「前国王崩御後 一年 火葬の儀 内容・日程・注意
第15回目「前国王崩御後360日 一般弔問終了後の王宮周辺
第14回目「前国王崩御後11か月 弔問残り一週間の王宮周辺
第13回目「前国王崩御後9か月 今の王宮周辺は
第12回目「前国王崩御100日以後の王宮周辺
第11回目「崩御後8週間後のバンコク② 王宮周辺エリアの現状
第10回目「崩御後8週間後のバンコク① 今の王宮エリアは
第9回目「崩御後5週間後のバンコク、今の王宮エリアと交通事情
第8回目「崩御後4週間のバンコク、三大衣料品市場を回る
第7回目「崩御後3週間のバンコク、今の王宮エリアは?
第6回目「崩御後2週間のバンコク、観光地の今は?
第5回目「国王崩御後11日間のバンコク、変わる黒服と上京する人々
第4回目「国王崩御後210時間のバンコク、すごい事になった10月22日の王宮前
第3回目「国王崩御後117時間のバンコク②、王宮に集まる人々
第2回目「国王崩御後117時間のバンコク①、王宮エリアは?街は?
第1回目「国王崩御後53時間のバンコク、交通機関、街、市場、夜市は?

バンコク路線バス全路線全区間制覇

30年近くネットワーカーですので、所詮個人のブログなんか他人様のお役に立つ事はほとんど無いと分かっています。そんなブログですが少しでもお役立てば良いと思い始めたのが、バンコクの複雑怪奇な路線バス全路線を紹介する事でした。

20171125 Bus 1

BMTA管轄路線バスで現在運行されているのは私が数えただけで205系統ありますが、同じ番号でも短区間運転や枝線もあり、直営と委託会社、高速経由か一般道か、バスの種類、行きと帰りルートが異なるのは普通です。しかも全く同じ番号でも行先表示板だけでルートが全く変わる場合も多く、同一番号で5つの違う行先の例すらあります。これら全てを数えたら300以上の路線があると私は思っています。

20171125 Bus 3

そんな状況なので、BMTA公式ホームページは半分信じられるかでしょう。他に有料の本から個人のサイトにも路線バスを記したものがあるでしょうが、書類だけで実際に乗る事無く書かれたものは間違いが非常に多いのです。それで私は全路線全区間の往復で直営委託と車種別でただ乗るだけを繰り返しました。その路線を解るまで最低でも5~6回は乗ります。それを300以上の異なる路線で繰り返す・・・

20171125 Bus 4

それで全路線全区間制覇するのに年間約千回の乗車で2年半かかりました。ただ・・・乗るのは簡単ですが、それをブログに全て書くのが正直大変でした。大変ですが、同時にこのブログを続けるモチベーションの一つでした。終わった今も見直しと更新作業をしていますが(笑)

下の地図で赤い数字が東西南北で最端の路線番号(複数の時は若い番号のみ)を示し、青い番号は東西南北以外の最端の番号です。

20171125 Map 1

結果的にですが路線バス全路線全区間に乗る事が、今までネットに書かれる事が無かった多くの所へ行く事になりました。それこそ上の地図にある首都圏はバスに乗るだけでなくほんとど歩いています。

ブログ・ランキング脱会

ロングステイを始めた2ヵ月後にタイ関係のブログランキングに入り、3つのランキング全てで5位内には入っていたのですが、2年半後の今年になって全て脱会しました。

当初、タイ関係のランキングに移って来た時・・・メディアやネットで拾った事でチャチャっと書かれるブログの多さに大変驚きました。中には平気で画像も記事もコピペするブログもあったので、最初から違和感は強く感じていました。

古いネットワーカーなのでそうして事は受け入れないまま、違和感をずっと感じたまま同じ土俵でランキングに参加していたのは広く知って頂くツールとしてでした。それもタイに関係ないヘイトブログやネットやメディアの拾いネタコピペブログに、相変わらずのフリーペーパー的ブログ・・・それらのタイトルを目にする機会を無くしたくて結局止めてしまいました。

ランキング参加を止めて一日平均450ぐらいのアクセスが、250ぐらいになったと思います。私自身も日々訪れていただいている方々には申し訳なく思いながらも、毎日更新ではなくマイペースで書くようになっています。

特に本ブログは自分の店や商売(そんなものは全くないのですが)などのビジネスに関係ないし、広告・アフェリエイトも全くありません。ありがちな中身がないのに思わせぶりなタイトルや意味深な書き方でアクセスを稼ぐ必要は全くありません。読者がブログ内で何かをクリックするストレスを感じて欲しくないので、そんな仕様は全て避けてもいます。

いつかは止める時が来る個人が自分の好き勝手で書いているブログです。書きたい事がある限り、身体が許す限りはまだ続けますが、そんなブログで良かったら・・・時々見に来ていただけたら幸いです。

更にディープでマニアックになって行くかも(笑)

私はガイドブックに載るような所は全く興味ありません。まぁ、昔住んでいた事もあるし、海外に長く住んでいたからかも知れません。そしてどこぞの日本人が多い店で何かを食べてあれこれ書くのも興味がありません。

20171215 Park 3

「ローカルな・・・へ」「郊外の・・・へ」と言った都会目線の書き方は好きではありません。これだけバンコク都と周辺県のあらゆる所で街歩きしているのに、BTSに最後に乗ったのは8カ月前だったか・・・もちろんタクシーはもちろんモタサイも使いません。日系スーパーはもちろんコンビニでも買い物しません。そして日本食はもちろんタイレストランでも食事をする事はありません。

20171123 Thonburi 1

バンコクにお住まいの日本人の多くの方々が日常的に接しているだろう・・・そうした所や事がこのブログに登場する事はないのです。そう言った意味では、多くのバンコク在住者には無関係でお役に立つようなブログではないと思います。

20171104 Hua Takhe 2

毎回長いし、昔話に年寄りの自慢話、押しつけがましい面倒くさいブログです。「どこどこ行った、珍しかった、楽しかった」「何々食べた、素敵だった、美味しかった」的なありがちでタイ関係では特に多いブログではなく・・・何らかのテーマ性を持ち、ストーリーがある内容でありたいと思っています。

20171228 Kid

自分自身のロングステイの日々を何も隠さず飾らずありのままに。そして、バンコク都とその周辺県でタイの人々と暮らしに触れる街歩き。そこにストーリーも、文章も、画像も、自分なりのオリジナリティーが表現できれば良いのですが・・・

20171228 Canal

こんなブログでよろしかったら、引き続き来年もよろしくお願いします。

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2017.12.28 | コメント(10) | その他

よろしくお願いします

ALSTERです・・・って違ったら大変ですが(笑)今日はわざわざアクセス頂き、本当にありがとうございます。

今回からブログ・ランキング参加を止めたので、新着情報(更新情報)がない中でアクセス頂いた方がほとんどだと思います。

きっと今まで何度かご覧いただいていると思うのですが、折角アクセス頂いても空振りになるかも知れません。週に一度ぐらいでお暇な時に「どうなっているかのか?」と思い出された時にでもアクセス頂いたら幸いです。

私自身ものんびりと更新するつもりでいます。

時間だけはたっぷりある暇な年寄りなので、書き出したらキリがないのが今までの率直な自分でした。ネットはもちろんキーボードもパソコンも30年以上ですから、生活の一部なっているのですよねぇ~ 

それが急に変わるとは思っていませんが(苦笑)今は意識して更新間隔を空けるつもりでいます。今まで通りだとストレスが無くなった分だけ書いてしまいそうですから(笑)

リラックスしてロングステイの日々、そして街歩きや好奇心の対象をゆっくりと書いて行こうと思います。

さて、今日(11月3日)はタイの灯篭流しことロイクラトンでした。タイ正月ことソンクランに次いで有名なタイ全土でのお祭りかと思います。日が暮れてからがメインの祭りなので、残念ながら今は見る事が出来ないのですが、今年はどうだったのでしょう・・・

数年前ですがラムカムヘンはサマコーンでコムローイを上げた事があります。一個数百バーツで買って願い事を書きましたが・・・家内安全、身体健全、病気平癒、交通安全、旅行安全と書いたので、欲張り過ぎたかもしれません(汗) バンコク都では禁止との噂を聞いた事がありますが、今はどうなんでしょうねぇ~

20171104 Khom Loi

そんなロイクラトンの今日は好きな市場へ行ったら、お店の軒先では灯篭作りで皆さん忙しそうにしていました。可愛いでしょう(笑) これはフアタケー市場で撮ったのですが、フアタケーとはワニの頭の意味です。私のアパートに近いのですが、スワンナプーム空港の北側にあります。

20171104 Hua Takhe 1

実は・・・このフアタケーが次回のエントリー予定です。ブログ・ランキング脱会記念で特別公開(大袈裟!)になります。観光ガイドブックでは絶対に載ってないだろうし、個人のブログでも書かれた事はないでしょう。私のブログでは「触り」をだいぶ前から書いていましたが、この2年半で知った大好きな所で初公開です。

路地奥・運河沿い・百年市場・古い家並み、内緒にしたい秘密の場所・・・などがお好きな方は絶対的なお勧めの所です。このブログに直接アクセス頂いた方だけに、とっておきの所を紹介します。

20171104 Hua Takhe 2

そして今回ですが、今日はあらためて・・・少し踏み込んだ自己紹介をさせて頂きます。

ハンドル名(こうした言い方は古い?)はALSTER(半角で全て大文字英字です)と書いてアルスターと読みます。

1990年(もう27年前ですね)日本のネット(パソコン通信)にドイツからデビューして以来、一貫してこのハンドル名です。パソコン通信でお世話役をしたり、ソフトバンク社からの出版や大手雑誌に載った事もあるので、古いネットワーカーにはご存知の方がいるかも知れません。

20171104 HH

ネット自体はその前にアメリカのCompuServe(コンピュサーブ、後のアメリカオンラインAOL)に入っており、CompuServeと提携したNifty(ニフティー)が日本でパソコン通信の大手になったり、AOLは後に世界的インターネット接続の大手になりました。

ネットの歴史のような時代を歩いていましたが、携帯電話が嫌いでスマホは触った事もありません。(正直、女子供がやるものと馬鹿にしていた)ブログを始めたのが5年前で、他のSNSは無縁で化石のようなネットワーカーだと思います。

そんな昔から同じハンドル名ですが、由来は北ドイツ・ハンブルグにある湖の名です。ハンブルグからアウトバーンで1時間半も離れた田舎に住んでいましたが、名前のイニシャルと同じなのと、北ドイツだけにある「Alsterwasser(アルスターヴァッサー)」直訳すると「アルスター湖の水」と言うビールとレモネードを混ぜた飲み物にも由来しています。

20171104 ALSTER 1

外国に籍を移して現地でサラリーを得たのはフィリッピン、台湾、ドイツ、タイ、アメリカですが、日本勤務時も年の半分は海外出張の連続でした。またアメリカは途中で日本企業を早期定年退職して数日後にはアメリカで現地採用になっていますし、タイはリタイア後に二度目の在住になったのはご存知の通りかと思います。

一番長く住んだのはアメリカで10年、続いてドイツが7年で次がタイで通算6年になります。考えてみると、働くようになってからずっと海外関係の仕事をしています。国と仕事は違えど、全て海外に関係していました。40年以上ですねぇ・・・訪れた国と都市は数えた事はありません。

ドイツ赴任直前に結婚し、軽井沢で式を挙げてそのまま近くの万座温泉に新婚旅行、先に私はドイツに渡り家内を湾岸戦争の真っ最中にガラガラの飛行機で一人で来させたひどい男です。家内はさぞ心細かったでしょう・・・

20171104 Cell

北ドイツの片田舎で二人の子に恵まれましたが、出産直後に長男は手術、長女は帝王切開と海外での出産・子育てでものすごい苦労を家内にかけてしまった事は何度かブログで書いています。それがトラウマでその後私は単身赴任で家族と離れ、一人海外に暮らすようになって現在まで続いています。

家族4人で撮った一番新しい画像が3年前に築地で寿司屋に行った時でした。もう子供たちも親と一緒に出掛けなくなっていますしねぇ~ 一昨年に娘がタイに来て、昨年は息子とヨーロッパでしたが、家内はいつもお留守番役で申し訳ないです。

20171104 Family

子供たちから見れば父親はずっと海外で働き、時々日本に戻った時にレストランなど連れて行ってくれる存在だったと思います。あるいは父親は海外に遊びに行く理由でもあったと思います。

あまりに長く別々に暮らした事は私自身のトラウマになり、アメリカでリタイアして日本へ戻ったものの「稼ぎがない口うるさい父親」である自分の居場所が見つからないと一人勝手に思い込んでしまい、そんな自分に嫌気がしてまたしばらく離れる事を選んでしまいました。

皮肉なものです。家族の為だと思い一人海外で暮らし働く事を選択した結果が・・・一人自分だけが家族の外にあって、戻る所が無い様な・・・家族の想いとは別に働けなくなった自分自身が情けなくて仕方ありませんでした。10年以上のあまりにも長すぎた別々な暮らし、そんな後に働けなくなって戻った自分・・・そんな自分が嫌でした。

家族に全く問題は無く、完全に私自身の心の問題です。

今もそれが一番の大きな悩みですが・・・同時に、もし子供たちが無事巣立ってくれれば、また家内と二人で旅行したり食事に行ったりするのが楽しみでもあるのです。少しは家事も手伝えると言うか、分担出来るでしょうし・・・

自分自身の問題は身体にもあります。長く持病で苦しんで、それが定年の無いアメリカでリタイアした最大唯一の理由です。世界やアメリカ中を飛び回るような仕事で無理が効かない自分に嫌気がしてしまい・・・

この持病が根治する事はこのままではないですが、リタイアしてからは痛みで全く動けなくなるような事はありません。タイに来たばかりの頃はバスに乗っても急な衝撃が怖くて座っていてもいつでも中腰になれる姿勢で緊張していましたが、今では居眠りもしています。

自分の事ばかりで、しかも今まで何度か断片的にブログの中で書いて来たばかりの事です。まぁ、一人気ままにタイで過ごしているのも事実だし、一人で苦しんだり悩みながらの日々であるのも事実です。

20171104 ALSTER 2

今日はちょっとネガティブっぽい事も書きましたが、普段はブログ通りで好奇心のままに街歩きしています。大自然とかには興味が薄く、人間が関わった全てに好奇心があります。遺跡でも現在の街並みも同じです。路地裏から古い家並み、交通機関、市場、運河に道に橋、建物や工事・・・そしてそこに暮らす人々です。

それらがブログの対象になりますが、同時にありのままの自分を書くブログでありたいとも思っています。自分自身が何を見て聞いて思ったのかをブログに書けたら良いと・・・

ただ、それらは今までも同じなのですが、すでにだいぶ書いているので、もうタイであまりお役立ちのブログにはならないのかも知れません。まぁ、のんびりと書いて行きます。

と言う事で、今後もゆっくりとよろしくお願いします。

広告を排除しているブログですが、皆さんに知っていただく為と自身の励みになるので以下のブログランキングに参加しました。コメントもして頂けたら幸いです。
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2017.11.04 | コメント(17) | その他

ありがとうございます 2年半のまとめ

すでにお知らせ済みですが、今回のエントリー後にブログ・ランキングへの参加を止める事になります。

ブログ自体は同じURLで続けます。相変わらずですが、メディアやネットで拾った記事や画像でブログを書かず、観光ガイドや日本語フリーペパー的にありがちな食べ歩きや日本人が多いメジャーな所は扱わず、他のサイトの後追いにならないようにネットと距離を置き、自分自身の経験した事だけで綴ります。

そして今まで同様にブログ内に広告など一切無い上に、今後は全くクリックなどをお願いしないブログになります。また不特定多数の方がタイトルだけ見てアクセスされる事がなくなるので、今まで以上にお気軽にコメントやご質問を頂けたら幸いです。

今回がブログ・ランキングに反映される最後のエントリーです。

そこで・・・タイ海外生活のカテゴリーにブログを変えてから2年半。この間の主なエントリーをまとめました。『このブログで得する人損する人』ですね(笑) もし仮に、お役に立つようなエントリーがあれば、そのURLをどこかに残すと再アクセスする時に早いかと思います。

私自身はネットとは距離を置き他人のブログを読む事はないし、他の人の後を追うような旅や街歩きはしたくないのに、他人に読まれる事を前提の話でおかしいですね(笑)

このブログで損する人

生真面目で饒舌、面倒くさいし押しつけがましいでしょう。くだけた書き方は出来ませんので、それらが鼻につく方はご覧にならない方が良いかと思います。

面白い話や簡単な「○○の仕方」をちゃちゃっと読みたい方はご縁がなくて申し訳ないです。時々、そうした書き方が出来れば・・・と思う事もあるのです(苦笑)

1、毎回長いです

毎回かなり長いので、よほど暇な人じゃないと読む時間がもったいないかと思います。その上にタイに関係した本題前に(今回を除き)毎回長い前置き話があります。

私的にはこのブログの主役は「ロングステイの日々」でタイでもバンコクでもなく、私自身の日々の生活から、思い出話、世界各地の生活や旅行の話、若い時の自慢話までしています(汗)

しかし話題がタイに全く関係ないまま続く事はありません。まぁ、強引にタイに関係づける事はあるかと思いますが(笑)

2、ニュースネタは扱いません

ニュースなネタでブログを書かないのですが・・・」で書いた通りなのですが(汗)

個人のブログを通してメディアニュースを知りたいと思っている方が居るとは私的には考え難いのですが、メディアを通して流されたニュースをブログに載せる事はありません。

ニュースに注意深い事は良い事ですが、全く知らない個人の主観で選ばれたニュースのある部分だけを読むべきではありません。出来る限るニュースの元で(自分の主観でさせ影響させず)幅広くニュースを知るべきです。出来れば、タイ、日本、そして世界のいくつかがどう報じているかを知るのが広く海外で生きて行く術になります。

特にタイでは独立性に疑問があり「権力の監視機能」に至ってはその反対の位置にある場合が多く、交通事故の悲惨な写真や悪人を逮捕したのを誇るような警察写真以外はプレスリリースそのままが多いです(そうしないとならないのでしょう)。

どうせなら、タイ首相府、バンコク都庁、国土交通省、観光庁・・・などの公式サイトを見ているだけで、ニュースに載る前にほとんどを知る事が出来ます。それらを載せたタイや英字ニュースから(多くの企業御用達内容や宣伝を含んで)日本人に向けて選んだ記事を日本語で流すニュースは更にその後に一部が報じられるだけで、それを見てまたアクセス稼ぎになる内容だけをブログに書く方が居るのは悲し過ぎます・・・

3、食べ歩きネタは扱いません

食べ歩きでブログを書かないのですが・・・」に書いた通りなのですが(汗) 食と酒は人生最大で最長の趣味で世界中を食べ歩いていますが、タイでは本当に納得して書きたい所が今はありません。

ランチだけなら毎日外食ですが、素材、調理、店内、サービス、衛生面、サービスなど「不安定」なのが唯一の特徴に思えます。特にバックヤードを見ると、決して読者にお勧めなんて書けないと思うのが正直な感想です。もっともブログで「ここは美味しい・・・」と書く側も、それを読んで行く側も・・・そんな事まで気にしていないだろうし、食の旨さが本当に分かっているのか?

市井の食堂で気づいた事に「またか・・・」「ここもか・・・」と思いながらも、普通に美味しく食べている日々です。それをブログで多くの人に語るようなものではありません。

4、観光メジャーな所や日本人が多く住む都会は出て来ません

観光ガイドから個人のブログでも多く書かれている所を書く必要は無いでしょう。私自身がもう何十年も前からガイドブックや他人様のブログを見て、その後を追うような旅や街歩きはしていない事もあります。

お洒落した若い人たちが闊歩している都会は田舎者の私には眩し過ぎます。そしてバンコクの高層ビルが建ち並ぶエリアとそこを行き来する人々は、なぜか私には薄っぺらい感じも同時にしています。この都会を歩くなら東京、ニューヨークにパリの方がよほど面白いと・・・

ただ、ビルの谷間で路地奥にさ迷いこんだ時、道に染込んだにおい、熱く身体にまとわりつくような風がソイに流れた時だけは、この街特有に姿を現すかのように思えます。

5、バンコク都とその周辺しか出て来ません

以前はタイ中を旅しましたが、今はもう・・・(苦笑) 持病を抱えた今は、バンコク周辺県で精一杯です。バンコク都心部が無くて、首都圏以外も無い・・・まるでドーナツですね。偏ったブログです。


このブログで得する人


全て自分自身が経験した事しか書きません。それも何度か繰り返して自分が納得した事だけです。ネットなどで読んだだけでサクッと書くような事が出来ないのです。元々、ネットに30年以上接しているので信じていない部分も大きいと思います。

ブログ内には広告・アフェリエイトなど全くありません。アクセス解析等も埋め込んでいません。お店の宣伝も兼ねてのブログではありませんし(もっとも何の商売もしていませんが)、何のビジネスにも関係ないブログです。「拍手」「いいね」系も無くして出来る限り読者にクリックを求めない作りのブログでしたが、明日からはブログ・ランキングも参加しないので一切のクリックをお願いしない・・・求めないブログになります。

「お得!」「○○情報!」「激旨!」「最高!」なんて恥ずかしくなるような大袈裟なタイトルはもちろん、エントリー内でもそうした言葉は使った事がないはずです。「得する」を使った今回は初のグレーですね(汗)

ブログを読まれた方が少しでも「得」「役立った」と思っていただけたら良いのですが・・・以下は関連の中での最新(代表)エントリーで、そこからそれぞれのエントリーにリンクされています。

素直に言って、全てお勧めです。有料の本や資料にサービス、観光や営業ブログにもない充実度が多くあると思います。何しろ自分が全て白紙から何度か経験しながら書いて更新もしているのですから。要は暇な物好きなのです(笑)


1、公共交通機関利用にお役立ち

BMTA路線バス 全路線と周辺 
センセープ運河ボート 全船着場と周辺 
チャオプラヤー・エクスプレス・ボート 全船着場と周辺 
パーシーチャルン運河ボート 全船着場と周辺 
プラカノン運河ボート 
パドゥン・クルンカセーム運河ボート 全船着場と周辺 
チャオプラヤー川渡し船 1都2県の渡し船全て 

国鉄マハーチャイ線 全線全駅と周辺
 
MRTパープルライン 全線全駅と周辺 

BTSスクムビット線サムローン駅先延伸部全駅全区間 
BTSスクムビット線モーチット駅先延伸部全駅全区間 
MRTブルーラン・ファランポーン駅延伸部全駅全区間 
MRTブルーライン・タオプーン駅先延伸部全駅全区間 
国鉄ダークレッドライン工事全区間に全駅全駅全区間 
国鉄ライトレッドライン工事全区間に全駅 

新線オレンジ・ピンク・イエロー・ゴールド 

バスターミナル 
ロットゥー(戦勝記念塔) 
ドンムアン空港アクセス 
スワンナプーム空港アクセス 


2、タイ王国ビザ自力取得へお役立ち

リタイアメントビザ 
その他ビザ関係 


3、多くの図書館と博物館を紹介

18カ所の博物館 
5カ所の図書館 


4、ほとんどの水上マーケットとナイトマーケットを紹介

22カ所の水上マーケット 
10カ所のナイトマーケット 


5、多くのショッピングモールと特徴ある市場

27カ所のショッピングモール 
面白すぎる!パタヴィコーン市場 
東南アジア最大級卸売市場タラートタイ 
モーチットとは違うチャトゥチャック 2
王宮広場2と呼ばれるサナームルアン2 


6、他にはない特徴ある街歩きシリーズ

都心部公園を結ぶ空中回廊 
ぶらりノンタブリーSeason2 
首都防衛城壁を歩くSeason2 
首都防衛要塞を行くSeason1 
ソンテウで行くサムットプラカーン 
路線バスで行くナコーンパトム 
ぶらり散策ノンタブリーSeason1 
ぶらりマハーチャイからメークロン 
トンブリー王朝を歩く 
いにしえの島を歩く 
気になるスポット 


7、2年以上続く毎月の生活費公開

ロングステイの生活費(毎月1日か2日)


8、1年以上現場で変化を見続けた

前国王崩御に関する18回のシリーズ 

個々のエントリーを挙げたらキリがないので、この辺で・・・
何かのお役に立てば幸いです。

ブログ・ランキングを通じてアクセスされていた方々には、今後お目にかかる事が無くなるかと思いますが、本当にありがとうございました。

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2017.11.03 | コメント(3) | その他

ブログ・ランキング参加を止めます

前国王火葬の儀が明日まで執り行われています。タイ全土が亡くなられた敬愛する前国王に思いを馳せ悲しみの中にあるように思えますが、街はすでに日常を取り戻しつつあるようにも見えます。

献花用に首都圏9カ所と全県76カ所に設けられた「火葬の儀の施設レプリカ」ですが、今朝のバンナーBITECではもう訪れる人はほぼいないようでした。

2017102801

いずれにしても愛すべきこの国と人々の幸せを願ってなりません。

さて、私自身のロングステイの日々を綴りながら、このようにタイとタイの人々を見つめて来たこのブログですが、前回エントリーに書いたような事情で今後どうするかを考えています。

エントリーしなかったこの二日間も書きたい事、やり残した事の作業をしていました。このように前回のエントリーでも書きましたが、ネット上で発信する事は止められないと思います。

色々とコメントを頂いていますが、私自身は「この土俵にはいたくない」と思う気持ちが強くなるばかりなので、その土俵であるブログ・ランキングへの参加を止める事にしました。

ここではもう書きませんが、一つだけでなく多くの理由があります。誰もが好き勝手に安易にネットに発信出来る時代の中で、私自身が古くて合わなかっただけでしょう。

自分自身の問題で、ブログ・ランキング自体は多くの方々がこのブログを目にする機会になったのは事実で感謝しています。また今までの多くの方々にランキングを経由してアクセスして頂き、本当にありがとうございました。

後数回ですが、中途半端な事があるので、このままの形でエントリーした後にブログバーナーを外します。出来れば過去のエントリー全てで外したいのですが、あまりに面倒なのでそのままにします。

本ブログのURLは変わりません。アドレス自体は変わりません。

ランキング参加だけを止めるわけですが、皆さまのお目に触れる機会は激減するかと思います。まぁ、個人が好きで書いているブログなので、そうして消えていくのが常かとも思います。

もし、もしまだ時々は知りたい事があってアクセスしたり、暇なときに思い出されて読みたいと思う方がおられたなら・・・ブックマート登録やお気に入り登録して直接このブログにアクセスされるか、「60代のロングステイ」や「ALSTER ブログ」などで検索されてもヒットするかと思います。

ブログはゆっくりですが書き続けます。週や月に一度とか、お時間があった時にでもご覧ください。

しばらくまだタイに住むかと思うのですが、「移住」じゃなくて「ロングステイ」なのでいつ別な国へ行くのか分かりません。私はアメリカで多くの移住した人達と親しかったので、「移住」と言い切る人は本当にすごい覚悟だと驚いています。

もう28年近くになる海外在住生活・・・それもいつかは終わる時が来るでしょう。

後数回のこのままのエントリー後になりますが、やりたい事、書きたい事がたくさんあって、すでに一部は書き始めています。今後のエントリー予定ですが・・・

1、バンコク路線バス不完全ガイドはまた最初に戻って更新の最中ですが、走行ルートをGoogle Mapsのまま表示させる埋め込みを検討中です。出来るのですが、メリットもデメリットもあるので・・・

2、同じくバンコク路線バス不完全ガイドで行先別のインデックス作成。猛烈な作業量になるので体力勝負かと・・・

3、公共交通機関は常時見続けて(まぁ毎日乗っているので)更新をし続けます。特に路線バスは王宮周辺の規制が解かれた後は、元に戻らずかなり変わるでしょう。

4、地方バスの旅はすでに終えているサムットサコーン県、ナコーンパトム県、パトゥムターニ県は早くブログ化しないと忘れそうです。

5、王宮周辺の変化を火葬の儀後も見続けたいです。11月に一般公開される王宮広場内の火葬の儀の施設も訪れたいものです。

6、誰も書かないような街並み、路地奥をもっと探求したいものです。すでにいくつかのリストはあるのですが、今までは路線バス踏破を優先させてしまったようで・・・

元々、広告やアフェリエイトが最初から無い上に「拍手」や「いいね」もないし、これからはブログを訪れて頂いた方がクリックするような事は全く無いブログになります。

よろしかったら、お気軽に何でもコメントの形で残していただいたら幸いです。またどんなご質問にも真摯に答えているつもりですが、何か分からなかったり気になった事があればお書き下さい。

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2017.10.28 | コメント(10) | その他

ずっとブログを止めようか迷っています

ずいぶん前からですが、ブログを止めたいと思っています。正確に言うとブログ・ランキングを止めたいのが最初にあります。

半年ぐらい前にそれが一度ピークになって、その時にフェードアウトしようかと思ったのですが、ブログ上に中途半端でやり残した事があってダラダラしていました。

そのやり残した事がやっと一段落したので、また「ブログを止めたい」気持ちが強くなっています。

20171026 03

ここも正確に言うと、私自身は30年以上のネットワーカーなのでブログを書くのを止めないと思うのです。その公開方法と言うか、ブログランキング先を考えるか、私自身が今のままでブログランキングを無視するか・・・ちょっとまだ決めかねています。

20171026 01

私のブログは何のビジネスにも関係なく、またアフィリエイト広告も一切置いていません。アクセス数を稼ぎたくてブログランキングを上げる必要もなく、それは同時にランキングを上げる為に無理してアクセスを得るようなブログにする必要もないと言えます。

20171026 02

ブログランキングで順位を含めて何か競っているつもりはなく、ブログランキングを通して多くの方に知っていただけたら良いと思っています。

そして私のロングステイの日々をありのままに綴る事が、どなたかに少しでもお役に立てば良いと思っています。ただ、それだけです。

20171026 04

こんな風に書くと、斜に構える人達からは「格好つけて・・・」ときっと思われるでしょう。そんな見方しか出来ない人が少なくない事を人生で学んでいます。

まぁ、どう思われて構わないのです・・・

20171026 05

貧しい職人の家に生まれ、苦労して学び働き、長い間色々な世界と社会の中で多くの人種、宗教、文化の中に身を置いて家族と自分の為に一生懸命働き、リタイアして人生の終盤に入った今、他人からどう思われるかは大して気にもならず、自分が納得するかどうかが大切だと思っています。

20171026 06

もちろん、順位はランキングを開いて1ページ目にあれば大変ありがたいと思うし、アクセス数、コメント、そしてランキング順位が客観的にご評価を頂いた結果だと思っています。

面倒くさく、読みにくく、生真面目で面白くもないブログです。タイに知り合いも全く居ないですし、日本人同士の濃い付き合いも苦手です。28年近い長い海外生活で一人で居る方が気軽に思える付き合い下手です。そんな見知らぬオッサンのブログをお読みいただき、ありがとうございます。そして、どんな内容でもアクセス頂き多くのクリックをされるようなブログではないのに、本当にありがたい事です。

自分自身が納得するブログが書けて、それが結果的にランキングに反映されて、そのおかげで読んで下さる人も多くなる・・・それってブログの喜びって言うか、そうした事に意味があるのでしょう。唯一私が今まで書き続けている理由の一つです。

20171026 07

それがブログ・ランキングが嫌になる・・・なぜでしょうか。

「海外生活」関連で「タイ」に関するブログランキングに入った当初から、この土俵に居たくないと思う事が多かったです。それがずっと続いていています。他に適切な土俵、公開する場がなくて仕方なしに続けています。

ある町や村に住んでいて、隣近所にやたらゴミをまき散らす家があったら住み難いですよねぇ~ この町には関係なくそれも声も届かない遠い所の町と人々の事を毎日何回も口汚くののしっている人がいたら気持ち悪いですよねぇ~ その遠い町の中で好きにやって欲しいものです。

自分の不平不満を言葉汚く落書きのように書いている人がいたら避けたいですよねぇ~ 意味深で夜遊びの男性目線だったり反対に媚びるような感じの人がいたら嫌ですよねぇ~ 他所から拾った物がいっぱいの人がいたらちょっと・・・

20171026 08

メディアやネットで拾った事でしか書けないようなブログ、まるで日本語フリーペパーのようなスクムビットの飲食店ばかりのブログ・・・今は分別ない子供でもネットで好きなように発信出来る時代です。人それぞれで、きっとブログなんて自己満足で好き勝手に己が満足すればよいのでしょう。

他人ががどうあれ、私は自分自身が決めたルールで己のブログを書けばよいだけの話です。私は何度か「ブログの掟」をエントリーしています。

「自分自身が見聞きし経験した事だけを書く」「ネットにネガティブな事は書かないか書き方を考える」「表面的な事、一過性な事を書かない」「他の文章・画像の使用はもちろん引用・転用を避ける」

20171026 24

これら以外にネットでの自分のルールで「安易にネット検索をしない。使わない」「誰もが書くメジャーな所や事は避ける」「ステレオタイプにならない(タイの○○は▽△みたいな決めつけてありがちな記事)」などにも気を付けています。もちろん(真偽が定かでないので)ニュースネタは扱わないから、(安定性に欠けるので)タイでは食べログ的な事を書かないまで(笑)

こうした事を自分で意識して書き続ければ良いだけの話です。他人は関係ない。

20171026 09

他のブログを読む事はないので、ブログランキングも他のタイトルは見なければ良いのですが、参加している限りは一日に一度は更新情報など確認するのでアクセスします。そうなると見たくもない他のタイトルが目に入る。目にするだけでも嫌なヘイト的タイトルに嫌悪感を感じ、タイは○○ですの決めつけに驚き、どこから拾ったのかすぐ分かるニュースネタ・・・今日も在タイなら誰もが知る前国王葬儀の日程から模様、そしてお店が休みなんて多くが書かれているでしょう。

他人のブログなんてタイトルだけでも気にしなければ良いのに、それらを意識して目を塞いで2年半です・・・ もう、それもそろそろ止めようかと・・・

20171026 22

キーボードを日常扱うようになって40年以上(昔はタイプライターでしたが)、ネットに関わるようになって30年以上、個人がパソコンを持つのが珍しい時代からネットに発信を続け・・・何かを書いたり発信する事は日々の生活になっています。

長い文を毎日でも全く苦にならないって言うか、生活の一部のようなものです。買物や料理など生活の全て、街を歩けば全てが好奇心の対象で書くのに困る事は全くありません。

「ロングステイの日々」なので主役は自分自身の日々で、タイやバンコクではありません。それで(まぁ、年寄りだからですが)毎回世界各国で暮らしたり訪れた昔話をしていますが、主題がタイ関係である事からブレた事はありません。好きなのですこの国と人々が・・・

20171013 SL 9

元々、ブログを書くようになったのは遅かったです。その前は個人のホームページを運用していましたから。その前は出版したり、雑誌に載ったりした事も・・・ネットのスタートはパソコン通信でしたねぇ~(笑)

ブログはアメリカでワインと料理に関して始めました。厳しい仕事環境での激務、休みの時に気晴らしでたまに書くぐらいしか出来ませんでした。

そしてスーツケース一つで一人タイに来て、数週間足を棒にして全て飛び込みでのアパート探し、何行も断れながら粘り強く交渉(私は日本に住所もないし日本の免許証もなかったので)しての銀行口座開設、日本から生活資金送金、全て自力でのビザ取得・・・こうした経過をメモ書き代わりに記していました。

20171026 23

30年近く唯一のハンドル名をずっと使って本や雑誌に載っているので顔出しし本名のようなものです。生活費を全て公表し、アパートも出来る限り具体的に書いています。タイで一人で暮らす事に何かを隠す必要はなく何のやましさが無いからです。

特にビザはなかなか興味深く、在アメリカ・タイ大使館サイトで調べた事から始まり、各国大使館での要求事項が異なっているが面白く、最終的にはタイ王国イミグレーションの公式サイトだけを見てリタイアメントビザを取得するのが一番安く簡単と判断、その通りに取得しています。

20171026 20

路線バスも生活の手段で使ううちに・・・どこからどこへ行くのか、どこを通り、そんな街を走るのか、同じ番号でもなぜバスの種類が違って料金やルートも変わるのか・・・もう2年半も楽しませてくれました。

バンコク端っこの古い建物のアパートですから、12回戦もあったエアコントラブル、蟻さんとの闘い、隣人たちの生活騒音から・・・街歩きでのランチを除いて朝夕は100%自炊で、日々の買い物や料理に食事も全てありのままに書いています。

20171026 22

このように何でもブログに書く事が出来ます。路線バスの路線毎だったり、運河や道一本でも書けます。橋や街もそれぞれの面白さがあります。路地裏の人々だったり、電車新線の工事だったり・・・一つの公園やショッピングモールだけで何回も書けます。

20171026 12

今までブログに書いたのは、それら書きたいと思った半分も行ってないでしょう。

数え切れないソンテウ路線、難解な地方バス、市場やお寺に関して書き始めたら何十年かかるか、自ら禁じている(タイのカテゴリーではうじゃうじゃある)食べ歩きをブログで書いたら更に何十年(笑)周辺県の事もまだ2県が済んだだけで、たくさん残っています。何でもない街並みや路地裏が妙に好きだったりもします。

だからきっとブログか他の手段か分かりませんが、好奇心の対象をきっと書き続けると思います。自分自身が見聞き経験した事だけを自分の文章と自分が撮った画像を使ってです。

20171026 10

ただ悩ましいのがブログランキング(笑)

止めるのは簡単ですが、今までのエントリー全てのランキングバーナーを削除するはかなり厄介ですし、何より私の場合は一日250からのアクセスがランキングからあるのも事実です。そこをいきなり閉ざすのは・・・

それで、どうしようかとずっと迷っています。

20171026 11

まぁ、今すぐ何かを変えたいのではなく、出来るだけ私自身がブログランキングを見ないようにして(笑)、少し時間を置いて、ゆっくり考えたいと思います。

読者リクエストでまだ応えていないものも残っていますし、前国王葬儀後の王宮エリアも自身の目で見守り続けたい。路線バスの変革と委託バスとの駆け引きの結果がどうなるかも好奇心いっぱいだし、街歩きはずっと続くでしょう。

20171026 30

そうそう、エントリー済みの「バンコク路線バス不完全ガイド」は全て見直して更新するつもりでいます。これを昔のエントリーに上書きするか、新たにエントリーするかが悩みですが・・・

まぁ、まだたくさん書きたい事があるので何らかの方法で続けますが、かなりエントリー頻度や更新方法、そしてブログランキングへの対応をどうするか・・・何かが変わると思っています。

20171026 13

ありがちな現地情報発信ブログなんて私がとても出来る事ではなく、単に一人のオッサンのロングステイの日々をありのままに書いて、そしてこの国と人々が好きであるのが伝わるような文章と画像のブログでありたいだけです。

何も決まってないのですが、何かを変えたい気持ちは強くなるばかりなのです。

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2017.10.26 | コメント(18) | その他

アパートでパワーを増す隣人たち

私は昭和のど真ん中、そして東京の下町深川で育ちました。歳が離れた父と兄が職人で足が不自由だった母、そして早くから働いて私の学校まで面倒見てくれた姉の5人が狭いアパートに暮らしていました。(画像下は杉並区郷土博物館から拝借しました)

20170803 Room 1

生まれた時は借家だったか持ち家だったか分かりませんが、一軒家で土間もあった記憶があります。そこから大八車で狭いアパートに引っ越したのは小学生の時で、今から思えば貧しさのどん底でした。

母は外に働きに出る事は出来ませんでしたが、ずっと内職や近所の赤ん坊を預かって家計の足しにしていました。父は寡黙でいつも不機嫌でちゃぶ台返しをよくしていました。

今になって思えば、まるで昭和のドラマですが本当にそんな生活で、そんな貧しさは特に珍しくもない時代でした。

20170803 Room 2

貧しさの中で勉強など特に親から何か言われた事はなかったのですが、唯一「他人様に迷惑をかけるような人間になるな」といつも言われていました。

今の若者達は分かりませんが、私と同じ年代(それより若い年代でも)の日本人なら誰もがそんな風に『人に迷惑をかけてはいけない』と厳しく育てられたのではないでしょうか。

誰もが貧しく一生懸命働き学んでいた時、何よりも公共性や協調性と言った『和』を大切にする教育を受けて来た時代は、狭い国土内の単一民族の社会での暮らしにおいて最も必要とされた時代だったのかも知れません。

人生の半分近くが海外暮らしになりつつある私にとって、『個』を大切にして「主張」を恐れずに争うように生きて行く他国や多民族との違いが際立つのが、日本と日本人でもあるのです。

さて・・・そんな貧しさと窮屈な生活から逃げ出したかったのか、早くから働いていた姉は家を出て目黒区のアパートに住んでいました。私も働き出すとすぐに姉のアパートに転がり込んで以来・・・ずっと東京や神奈川のアパート暮らしでしたが、そのほとんどが安いアパートでした。

連続する海外赴任と結婚で生活環境は激変しましたが、最後の勤務地アメリカと現在のタイで合計13年近くはまたアパート暮らしです(笑)

20170803 USA

貧しさやアパート暮らしには慣れていますが、『人に迷惑をかけてはいけない』と厳しく育てられた日本人である私が海外でアパート暮らしになると・・・ストレスが溜まる事が多いには皆さんのご想像通りかと思います(苦笑)

アメリカでは南部の田舎町だったのと働いていたので、広い敷地の木々の中に3~4階建ての棟が点在し、敷地内にプールが2カ所とテニスコートにフィットネスジムがあったアパートに住んでいました。

Fire 2

暖炉まであった家賃千ドル以上の部屋から、最後は700ドル程度のワンベッドルームに住みましたが、時折の生活騒音(犬の鳴声とギターの練習)とゴミ出しルールを守らない(指定容器と時間)程度のごく小さな問題があっただけで、(家賃以外は)ほとんどストレスを感じる事はなかったです。

タイでは・・・やはりストレスをかなり感じていますが、それは部屋代にあまり費用をかけられないので、中途半端な場所の中途半端なアパートにしたのが一番大きな原因でしょう。

前在住時(2000~2003年)はプロンポン駅近くスクムビットSoi33の新築コンドミニアムに賃貸で住んでいました。バンコクの一等地の一つです。住んでいたのは日本人にヨーロッパやアメリカの人達に、いかにもお金持ちのタイ人が住んでいて、建物やそこに住む人々からは何のストレスも感じませんでした。

July29 Aparatment Soi33

今のアパート(実際はコンドミニアムの部屋を賃貸)は建物自体も築後かなり経っているし安普請なのを感じます。都心部から離れたバンコクの隅っこ、場所も建物もローカルになり切れない中途半端なのです。そしてそうした場所と器に住む人々も(私を含んで)それなりの人達です。

住んでいる方達はタイ人が6割~7割でしょうか。車を持たれている方が多くバンコクでは中間層なのかも知れません。外国人は日本人の方もおられますが、韓国語か朝鮮語を話される人々、シンガポールやインドなどの訛りがきつい英語を話す方々、北京語を話される人達、そして南スラブの言語と人種と思われる人々、アジア系の顔つきながら言語が私の知らない方々・・・など多種多様です。

こんなアパートに2年半住んでのトラブルは大小たくさんありました。

20170426 Aircon 2

最初が部屋のにおい。排水溝からのにおいがきつく最初は頭が痛くなるほどでした。管理者いわく長い間居住者が居なかったからで、しばらくしたら自然に良くなるとの事でしたが・・・

自分でもパイプ内の洗浄剤を使ったり、消臭剤を使ったり、排水溝をふさいだりしていましたが、確かに一ヶ月ぐらいから気にならなくなりました。

ただ、当初排水溝のにおいが気になった事もあって、部屋は徹底的に掃除しました。入居して一週間毎日床や壁、天井まで拭き掃除しました。クローゼットやキッチンの棚もばらして掃除。冷蔵庫は中はもちろん裏側のモーター周りも掃除しました。

今でも毎日気を付けているのは・・・高層階ですが外の埃っぽさが気になり窓は普段から開けませんが、扇風機で部屋の空気を常に動かす事と、特にシャワールーム兼トイレは常に掃除し乾燥させています。

Room After

そしてエアコン水漏れと隣人の生活音にはかなり長い間悩まされました。

エアコンは「エアコン・トラブル12回戦」を終えて、やっとオーナーが新品に交換してくれたのが3か月前。電気代が下がるおまけ付きで今の所ストレスがなくなりました。

20170426 Aircon 3

そして今は・・・隣人たちの生活騒音が悪化するばかりです。隣人たちのパワーがアップしているかのように思えます。

2年半前、右隣には中年女性と少し若い女性が住まわれていて、毎日夕方にお勤めに出てご帰宅が深夜の1時から2時の間でした。ご帰宅後に私的に大嫌いな甲高い大きな声で話されるので困り果てました。幼稚なタイ語レベルの私ですら、その話の中身がほぼ分かるぐらい大声でお話しになっていました。午前1時から3時や4時まで毎日・・・

コンドミニアムの管理室に相談と言うかクレームしたら、後日「煩いのはお前だと」倍返しのクレームがあって、タイでタイ人相手にタイ人を通して何かをクレームする事の虚しさ無意味さを思い知りました。

ちなみに私は一人暮らしでテレビもほとんど観ないので、部屋で話すとしたら家族との定期連絡のビデオ通話ぐらいです。『人に迷惑をかけてはいけない』と厳しく育てられた老いた一人暮らしの日本人が他人様に迷惑をかけるとしたら孤独死ぐらいでしょう(笑)

幸い、その右隣の女性達は2~3か月で引っ越しされて行きました。それ以来右隣は空き室のままです。今でも私はお寺に行く度に、この部屋がいつまでも空き部屋であるように祈り続けています(笑)

Apartment outside

ただ・・・左隣の部屋がずっと静かだったのですが、2年ぐらい前にお子様を出産されたようです。その部屋の住人は・・・どうも同じ階の離れた所にいくつかの部屋でタイ人ご家族全員が住まわれているようなのです。

日中から深夜24時まではほとんど生活音もなくドアの開け閉めの音がしません。24時頃からほぼ毎日何人かが何回も廊下をペタペタと歩き大きな音を立ててドアを開け閉めしています。

まるで左隣の部屋を家族全員の倉庫とか共通の部屋に使っているようなイメージです。入ってはすぐ出て・・・それを何人かが繰り返しているのです。しかも深夜24時から26時の間だけ。

その隣人のお子様がこの半年ぐらいから活発になって、左隣の部屋でお過ごしになる時は深夜2時位までお元気にされています。何で小さな子供が深夜過ぎまで元気なのか理解出来ませんが、ご家族の商売なのか決まってアパート内で動き出すのが深夜過ぎなのが不思議だし、まったく理解できません。

ワンルームなのでベッドとドアがすぐ近くです。アパートの構造から通路を挟んで両側にいくつもの部屋が並んでいます。ちょうど刑務所のような造りなのです。画像下(笑)の刑務所で言えば通路の幅はこの半分以下ですが、イメージはそっくりです。そして少しの音でも響き渡ります。

20170803 Door

そこをサンダルをペタペタ響かせて歩き、大声で話しながら歩き、時にはキャリーバックやスーパーのカートを引きずり、ドアの開け閉めは最後まで手を添えてなくてスイングさせるように閉めるので・・・通路で増幅された音は爆発音のようなものすごい音が響き渡るのです。

一度、左隣の深夜の音に反応してしまい部屋の中で「煩せぇ!!」と思わず怒鳴った事がありましたが、それでどうも迷惑をかけていると知ったのか、それ以来何となく少しはドアの開閉に気を使っているようにも思えます。

それでも基本的に深夜過ぎに何度も人が行き来しているのは変わらず、お子様がどんどん成長するに従って、歌ったり、泣いたり、おもちゃで遊んだりも徐々に大きくなって行きます。『深夜だから静かにしましょうね』なんて事は考えもしないのでしょう。学校に通う歳になられたら、少しは生活習慣が変わるかと思うのですが・・・

昨日今朝は午前1時にお元気に歌いながらお婆ちゃんらしき人に連れられてお部屋にお戻りになり、それからお母さんにバトンタッチでしょうか、その後1時間ぐらい泣きわめいておられました・・・こんなのが毎日です。

何度かクレームしようか・・・と思いましたが、タイ人相手に生活騒音をクレームしても無意味だろうし、大家族で部屋をいくつか所有している相手に根に持たれるだけでしょう。下手すると私が悪者になるだけです。深夜過ぎに何度も行き来し、ドアを開け閉めし、子供を遊ばせても、他人に迷惑をかけているとは考えもしない人達です。

そして通路の反対側に住む隣人です。

ブログに一度書いた事があるのですが、今年最初の頃だったか・・・南スラブ系と思われる方が入居され、部屋を一生懸命整えていました。

その後、大きなスーツケースを抱えた人たちが行き来するようになりました。長くても一週間と同じ人が住んでいません。まるで民泊のような部屋だなぁ・・・と思っていたのです。

厄介だなぁ~ もう引っ越し時かとも思っていました。部屋でタバコをたくさん吸っているのか通路までタバコ臭いし、ある時は数人で深夜過ぎまでパーティーのように騒いでいました。この時は翌日に通路ですれ違ったので、英語で「昨夜はパーティーかい?」と直接柔らかくクレームしました。かれらには直接クレームしても問題をこじらせる事はないからです。

その後2~3か月でこの部屋は使われなくなりました。きっと客が少なくやり繰りが出来なくなったのか、正式なクレームがあったのかも知れません。実はこんな張り紙もアパート内で見ていました。

20170803 Notice

内容は・・・ここは「ホテルでないので日貸しや週貸しは許されていないし、違法です」の意味です。でも、私の部屋の前ではありませんが、慣れない様子でスーツケースを持って出入りしている人をまだ多く見かけているし、貼紙もそのままなのできっと違法民泊させている部屋が多いのでしょう。

ところで、その空き部屋となった通路反対側の部屋ですが、数週間前に北京語を話すご家族が入居されて来ました。ドアを開けたまま大きな声で言い争い会話されていたので気付きました。お子様はまだかなり小さいです。

そして同じ頃に同じ階の離れた部屋にやはり北京語を話すご家族が入って来ました。それで・・・これはかなり厄介だと感じていました。特に離れた部屋に入られたご家族の男性ですが、ドアが親の仇のように憎んでいるのか、毎回アパート中に響かせるようにドアを叩きつけて閉めて行かれます。

たぶん部屋の窓を開けているので風圧で加速がついて閉まるのか、旧式のオートロックなので勢いよく閉めないと完全にドアが閉まらないの事もあるのでしょうが、手を添えたままゆっくりと閉めれば良いのですが・・・それを知らないのか、やはりドアに憎しみがあるのでしょう。

かなり心配して、他のアパートを探そうかと思っていました。それが中国系の両家族ですが、大きな声での会話やドアの開け閉めは煩いながらも、夜はしっかり静かにお休みなっています。きっと会社勤めなのでしょう。

昼ならいくら生活騒音があっても我慢できます。夜でも構いません。深夜だけは勘弁して欲しいのです。寝た後に生活騒音で起こされると・・・その後全く眠れなくくなるし、深夜の部屋で隣人たちの騒音に耐えるのは懲り懲りです。

働いていない身なので何とか我慢していますが、私がもし働いているか何か学んでいるなら、こう頻繁に深夜過ぎに騒音で起こされるなら、間違いなくアパートを変えるでしょう。

例え、アパートを変えても、似たようなレベルの所なら、きっとこうした隣人たちからの生活騒音は同じなのだと思います。どうしても静かに眠りたかったら、それなりの費用を払って静かな環境を買うしかないでしょう。

これからももっとパワーを増す隣人たちを覚悟すべきなのでしょう。

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2017.08.04 | コメント(7) | その他

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 東京深川出身。アジア・ヨーロッパ・アメリカなど海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後タイでロングステイし2018年帰国。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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