謎多い四姿勢仏像 カンペーンペット(12)

チャオプラヤー川が始まるナコーンサワン、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市カンペーンペットを歩く旅、その12回目です。

カンペーンペットでの大きな楽しみの一つは層塔の四面に坐像、立像、臥像、遊行像の四つの姿を浮き上がらせた仏像(仮に四姿勢仏像と勝手に呼びます)が残るワット・プラシーイリヤボットを見る事でした。それはスコータイとカンペーンペットでしか見られない独自の様式なのです。

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さて、タイでのロングステイ時(2015~2018年)の旅は大きなテーマをいくつか持っていました。その一つがチャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る事です。そのタイ王朝の簡単な推移と関係する本ブログのエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝 1238~1448年 スコータイ王朝カンペーンペット(本シリーズ)
   
アユタヤ王朝  1351~1767年 ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在(予定)
               チャオプラヤー元流を歩く(エントリー中)
トンブリー王朝 1768~1782年 トンブリー王朝の面影を探し 全27回
   
チャクリー王朝 1782年~    チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
                 チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

チャオプラヤー川が上流でピン川に繋がりカンペーンペットがあります。さらにピン川を遡るとラーンナー王朝(1292年 - 1775年)の首都となったチェンマイに繋がります。まさしくタイの歴史はチャオプラヤー川を遡る事で繋がるのです(自説です)。

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そんなこの旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。

さて、レンタル自転車で巡っていたカンペーンペット歴史公園に話を戻しましょう。

ワット・プラシーイリヤボット Wat Phra Si Iriyabot วัดพระพระอิริยาบถ

ワットวัดがお寺で、プラพระが仏、シーอิが四なので、四体の仏の寺。他の遺跡内寺院名と同じで建立時からの寺院名とは思えないのですが、とにかく分かりやすいです。

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歴史公園での遺跡見学の最後にこのワット・プラシーイリヤボットを選んだのは、カンペーンペットに行く前から楽しみにしていたのです。正直言うとこの遺跡を見たいので歴史公園内を回ったとも言えます。

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なぜ楽しみにしていたのか・・・それはカンペーンペットに行った2018年からさらに17年遡った2001年です。初めて行ったスコータイ歴史公園で見た不思議な仏像の構造が他の国や地で見た事がなく、スコータイ独特の様式であると強く認識したからです。

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そのスコータイ歴史公園で見た四姿勢仏像はワット・チェトゥポン(画像上)とワット・プラ・パーイ・ルアンですが保存状態が良くありません。なんだかよく分からないなぁ~って思っていたのが、同じ様式の遺跡がカンペーンペットにもあると知ったのです。しかも保存状態は比較的良いようだと・・・

それではワット・プラシーイリヤボットの四姿勢仏像を見てみましょう。どこが正面なのか分からないのですが、一番保存状態の良い立像を仮に正面とします。

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そして反時計回りで見ていくと、次が坐像のように思えるのですが分かりません。何となく足を組んでいるように見えるのですが・・・

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そしてさらに反時計回りに見ると正面の立像の真裏になりますが、これは遊行像です。この角度だと坐像の腰から足の部分が何となく見える気がします。

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さらに反時計回りに見ていくと・・・残ったのは臥像のはずですが、これが原形すら分からず残念です。実は、四姿勢像の中で臥像が最も見たかったのです。

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立像、遊行像、坐像は三体は縦方向が長くなる仏像ですが、臥像は涅槃仏ですから横方向に長くなる。これを一つの層塔で四面に構成すると、どうしても臥像のみ仏像全体を小さくする必要が出てくる。それじゃぁ、誰が見ても納得しないデザインになってしまうので、先人たちがこの問題をどう解決したのか知りたかったのです。

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それが臥像だけが全く原形が分からない。崩れたラテライトをじっと見ても姿が浮かばない。裏側にある坐像と考えた像もよく分からないので、何度も反対側行っては戻って見比べたり・・・最後は疲れて不明のまま諦めました。その後も気になって色々調べたのですが、分からない事だらけです。

なぜスコータとカンペーンペットの三寺院しか四姿勢像はないのか?
どこからどのように伝わり、どう変化して四姿勢像の様式になったのか?
臥像はどのような仏像だったのか?

旅の後に少し調べた事がありましたが、四姿勢像の由来は二説ありました。一つはビルマからの説でバガンにあるアーナンダ寺院を例にしていました。ここには確かに東西南北に向いた仏像が四面に配置された構造なのですが、全て立像なので私的には疑問に感じています。

画像が無いのでTourism Myanmarより
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もう一つはタイ王立美術局の資料にあったのですが、スリランカの影響を受けている説です。これはスコータイ王朝がスリランカから仏教を受入れたと広く知られているのでうなずけます。

画像下はスリランカで12世紀(スコータイ王朝以前)の建立と言われるガル・ヴィハーラ寺院です。坐像、立像、涅槃像が花崗岩に彫られています。こうした仏像をスコータイで再現したかった、しかし花崗岩がなくてレンガにラテライトとスタッコを使ったものの劣化が激しく崩れた・・・こんなストーリーを勝手に考えてしまいます。興味深いですねぇ~

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カンペーンペット歴史公園内の遺跡ではもっとも見たかったワット・プラシーイリヤボットですが、さらに謎が深まってしまいました。まぁ、だからこそ歴史のロマンと言うか、楽しいのですが・・・

ワット・プラノーン Wat Phra Non วัดพระนอน 

歴史公園内の最後に寄りました。南側の公園出入口のすぐ近くで比較的大きな寺院であった事は一目でわかります。

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ワットวัดはお寺で、プラพระは仏、ノーンนอนは寝るなので涅槃仏の寺院だったはずです。今までご紹介したようにこの歴史公園内の遺跡の多くが(タイ語の読み書きが出来ない私でも)すぐ想像できる寺院名なので、おそらく発掘後に付けられた寺院名だと(勝手に)推測しています。

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遺跡として残っているのはウボソットとウィハーンかと思われるラテライト製の二つ建屋の基礎部と柱です。それと大きめの仏塔(画像上で整備の人が中段にいるので大きさが分かります)ですが、少しは涅槃仏の形跡が残っているかと思ったのですが、私には分かりませんでした。

ワット・プラシーイリヤボットの涅槃仏、そしてワット・プラノーンと両方とも涅槃仏が原形すら分からなかったのが残念でしたが、これで歴史公園内の遺跡見学を終えました。

次回はカンペーンペットの最後になりますが、楽しみにしていた城壁を見て回りました。次回に続きます。

なお、このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。
(1) 序章&北バスターミナルへ
(2) バンコク~カンペーンペット
(3) カンペーンペットの町
(4) 歴史公園(城壁内)
(5) ワット・プラケオ
(6) クメール王朝支配
(7) スコータイ歴史公園
(8) シーサッチャナーライ歴史公園
(9) ナイトバザール
(10) 一人貸切観光バス
(11) 自転車で歴史公園

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2024.04.13 | コメント(0) | タイ・トラベル

郷愁を誘う物売り舟が行き交う風情 チャオプラヤー元流を歩く(11)

今回はいつもと異なり画像中心でエントリーします。ノスタルジーな気持ちにさせた川面の風情、それに自身の子供の頃の話を加えてです。

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さて、前回はタイの人々にとっての「古き良きタイ」を考えてみました。運河沿いを歩き異郷の風情に私自身が昔を懐かしみノスタルジーな気持ちになったからでしょう。

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チャオプラヤーの元の流れを追うのが都市部から周辺部に移ると、水辺に建つ家々と人々の密度も薄まり、同時に時の流れも変わり川面ですらゆったりと流れるように思えます。

(下の画像2枚が都市部のバンコクヤイ運河で、他の画像は全てバンヤイ・ガオ周辺の画像です)
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それと同時に、私の関心はいつの間にか歴史や地理に構造物から、水辺に住む人たちやそこでの暮らしに移っていました。

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そしてバンヤイ・ガオ周辺の運河沿いになると、のどかな風情に郷愁に近いものが呼び起こされたように思えたのです。田舎とか故郷と言った郷愁を抱く地を持たない東京生まれなのですが・・・

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そう、バンコクのような都市部でも不思議な事に、日本で生まれ育った私が世界を旅する中で最も多く昔を懐かしむような気持ちにさせるのはタイです。それが郷愁に似た思いまでするなんて・・・

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日本とタイ、何か共通して同じ風景、生活、暮らしなどがあるからではありません。四季など全く異なる対極にあるし、同じ仏教の影響が強いと言っても宗教観はかなり異なっています。強いて共通するものを探すのが困難なぐらいです。

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しかしタイに少し暮らして多くの地を訪れてみると、昔を懐かしむ気持ちによくなります。それは人々が寄り添って生きる姿から感じているように思えるのです・・・

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もう70年近く前の事です。私が生まれ育ったのは東京の下町で昭和のど真ん中、職人の父と、戦争の爆撃で子供の時から足が不自由になった母、家族五人が六畳一間のアパートに暮らすとても貧しい生活でした。

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そんな生活がみじめとか苦しいと感じなかったのは、その時代の下町の人々は多くが似たような暮らしだったからでしょう。そして人と人との距離が近く貧しさすら共有していたと思います。

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職人が多く住み、堀が多かった下町の深川、隅田川と縦横の堀を使い原木が運ばれた木場には小さな製材所が並び、いつも木を切る音と香りが満ちていました。

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冬なら焼き芋、夏なら金魚売、夜ならチャルメラ、朝なら豆腐売り、昼なら何でも修理するいかけ屋さん・・・いろいろな売り声や合図の音が町に響いていました。

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町にはどこも子供が多く、どぶ板路地を駆け回りかくれんぼや鬼ごっこにベーゴマ、紙芝居を楽しみに待つ原っぱ、何も買えなくても毎日行く駄菓子屋、塾と言えば算盤か習字ぐらいでそれも私は全く無縁、学校から戻れば日が暮れるまで遊んでいました。そして職人達で混みだす前に銭湯に行く・・・そんな毎日でした。

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そんな町で育ち、そこから社会に出て、さらに日本すら飛び出て海外を転々とする中で、他人に頼らず一人で生きぬくような気持ちが強くなり、面倒な人間関係を避け、人との距離を置く方が心地よく思えるようにすらなりました。

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そんな厄介な性格の自分。「古き良き○○」なんて人生の先が見えてきた年寄りが自身が若かった時を懐かしむ言葉だと思っていたのに・・・すっかりその年寄りになり「古き良き○○」と懐かしむ事が多くなりました。

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実際は古くても良い事なんかあまり無かったのですが、昔に今はない良さを感じ、昔を懐かしむように思えるのは、長い月日が記憶を美化し記憶の上に積み重ねてしまったのでしょう。

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さて、話をタイ、そしてバンヤイ・ガオに戻して・・・水辺の人々の暮らしを垣間見ると、懐かしさの中に少し切なさまで感じるのです。それを田舎や故郷を持たない私が郷愁と表現したのは、自分が子供の頃に経験した家族の姿が見えたからかも知れません。

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川面を渡って来た風は涼しく、水辺の家々と水上に架けられた板の路地を柔らかく通り抜けていきます。軒先でくつろぎ、風に吹かれればエアコンはもちろん扇風機も必要ないでしょう。もしかしたらホタルが飛び交うのを見られるかもしれません。

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そこへ物売りの舟がラッパを鳴らして次から次へとやって来る。 小腹がすいたらクイッティアオ舟、しっかり食べたいなら惣菜売りの舟、デザートはアイスクリーム売りで、来ないのはビール売りの舟でしょか・・・

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いかがでしょうか、残念ながら私はタイの血を引いていませんが、それでも古き良きタイはきっとこんな感じだろうと思ってしまった風景です。そして異郷の風情に自分が子供だった昔を懐かしみ、ノスタルジーな気持と少しの切なさを感じさせた風景でもあります。

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400年前のチャオプラヤー川に思いを馳せる旅は次回に続きます。そろそろバンヤイ・ガオの九寺巡り、それにバスやソンテウでのアクセス方法も書かなくては・・・

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タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。

この「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズは今回が第11回で、今までのエントリーは以下の通りです。また、本シリーズの前章となったのが「トンブリー王朝の面影を探し」で全27回です。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・ガオと9寺巡り1
第7回「チャオプラヤー元流を歩く(7) これまでのあらすじ 1
第8回「チャオプラヤー元流を歩く(8) これまでのあらすじ 2
第9回「チャオプラヤー元流を歩く(9)原風景残るバンヤイ・ガオ
第10回「チャオプラヤー元流を歩く(10) 古き良きタイに思いを馳せる

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青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

最後に、今回の画像(上にある都市部の運河2枚を除き)は下の地図にあるバンヤイ・ガオ周辺で撮ったものです。

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2024.04.09 | コメント(0) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く(10) 古き良きタイに思いを馳せる

バンコク周辺において「原風景」や「古き良きタイ」と言うと、どんな風情をタイの人々は思い浮かべるんだろう・・・チャオプラヤー元流を追い運河沿いを歩きながら、私は常にそんな事を考えていました。

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画像上と下はチャオプラヤー元流の一つバンコク・ヤイ運河沿いの「バーン・シンラピンBaan Silapin」ですが、意外と若者達もノスタルジックに造り上げた運河沿いの建屋が心惹かれるものがあるのだと思いました。バーン・シンラピンに関しては「トンブリー王朝の面影を探し(18)バーン・シンラピン」で詳しく書いています。

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若者がそうなら、年配のタイの方々(特にバンコク周辺の)にとって水辺の生活は「原風景」や「古き良きタイ」の一つでしょう。

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水上交通がもっとも発達したラマ5世統治下(1858 - 1910年)、それは同時に皮肉にも鉄道や陸上交通の必要性が急速に高まり、水上交通は衰退して行く直前のピークだったように思えます。

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外国人貿易商がチャオプラヤー川沿いに住み、馬や馬車を使う彼らの為にタイ最初の本格的な道路チャルンクルン通り(画像下)が出来たのが1864年です。

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19世紀から20世紀に入ると陸上交通が盛んになり、首都バンコクでは多くの運河が埋め立てられ道路と姿を変え、画像下は20世紀半ばのサトーン通りです。

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河川と運河に面し水運で栄えた町や市場の多くは賑わいを無くし、その痕跡が見られる所はバンコクとその周辺に多くあります。画像下は私が最も好きなルアンペーンで、「ルアンペーン百年市場(4) 時が流れるまま」で詳しく書いていますが、運河沿いに造られ賑わっただろう長い板張りの通路も今は老人たちの憩いの場のようです。

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さて、話をバンヤイ・ガオの2018年に戻しましょう。

オームノン運河沿いを歩き、偶然出会った町がバンヤイ・ガオでした。周辺に広がる水上生活者の家々と豪華なお寺の光景に強烈な印象と好奇心を覚え、この辺りを夢中で歩きました。

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町の中心部には車が渡れる橋があり、ちょうどこの地点でオームノン運河とバンヤイ運河が丁字路のように繋がっていました。

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東西に流れるバンヤイ運河の東端がオームノン運河に繋がるのです、バンヤイ運河の西端はターチン川です。と言う事はバンヤイ運河はチャオプラヤー川とターチン川を結ぶ重要な運河だったのです。

画像下が丁字で運河が交わる所で、バンヤイガオの中心地で、バンヤイ運河に架かる橋から東方向を撮ったものです。画像奥を左右に流れるのがチャオプラヤー川元流のオームノン運河で、手前に流れてくるのがバンヤイ運河です。

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画像下は同じ地点(中心部)から西方向(ターチン川方向)に流れるバンヤイ運河を撮ったものです。

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バンヤイ運河がいつ掘られたのかを調べた事がありますが分かりませんでした。チャクリー王朝(現王朝1782年~)初期の記録に王宮からバンヤイ運河とターチン川を通りスパンブリーまで行き来した記録があるそうなので、アユタヤ時代後期かも知れません。

ターチン川もその名(中国人の桟橋)から好奇心をずいぶん刺激してくれた川です。バンコク都の西隣のサムットサーコーン県でタイ湾に注ぎますが、その河口の町がマハーチャイ(サムットサーコーン)で私はバンコクからタイ国鉄マハーチャイ線沿いを全て歩きましたから(笑)

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画像上はターチン川の遊覧船?に乗った時のものです。このようにターチン川に関した本ブログのエントリーも数多いのですが、本題から離れるのでいい加減このへんで止めておきましょう(苦笑) いずれにしても、私はバンヤイ運河はターチン川と結ぶ為に造られたのか・・・と思うだけで、何かワクワクしたのです。

さて、バンヤイ・ガオこの町の街灯は物売り舟をモチーフとしたもので、それが町の中心地に並んでいます。それだけこの辺りには物売り舟が多く、人々の生活に密接にかかわりあっていたのでしょう。

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もちろん、ここまでオームノン運河沿いを歩き物売り舟が多い事に気付いていましたし、観光用に造られた水上マーケットや物売り舟ではなく、実際にここに商売をしている舟とそれらを必要とする水辺の家々と人々である事が分かっていました。

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どうやらバンヤイ運河沿いの方がもっと水辺で生活されている人が多く、物売り舟も多いようです。そこでオームノン運河を少し離れてバンヤイ運河沿いを歩きました。

このまま画像をたくさん貼りたいのですが、今回も長くなりましたので、次回に続きます。

タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。

この「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズは今回が第10回で、今までのエントリーは以下の通りです。また、本シリーズの前章となったのが「トンブリー王朝の面影を探し」で全27回です。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・ガオと9寺巡り1
第7回「チャオプラヤー元流を歩く(7) これまでのあらすじ 1
第8回「チャオプラヤー元流を歩く(8) これまでのあらすじ 2
第9回「チャオプラヤー元流を歩く(9)原風景残るバンヤイ・ガオ

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青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

今回歩いているオームノン運河の多くの部分が1636年以前はチャオプラヤー川本流であったわけです。時はアユタヤ時代で山田長政没後6年で、日本なら徳川家康没後20年経った江戸時代初期の事です。

400年前のチャオプラヤー川に思いを馳せる旅は次回に続きます。

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2024.04.01 | コメント(0) | タイ・トラベル

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(11) 自転車で歴史公園

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅、その11回目です。

画像下はこの日の午後に活躍してくれた貸自転車です。一人気ままに動き回れる自転車が(暑さを除けば)快適でした。

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この自転車で歴史公園内(北側)の遺跡を見て回るのですが・・・その前にいつもの前置きとお断りです。

チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。

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この旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

(1) 序章&北バスターミナルへ
(2) バンコク~カンペーンペット
(3) カンペーンペットの町
(4) 歴史公園(城壁内)
(5) ワット・プラケオ
(6) クメール王朝支配
(7) スコータイ歴史公園
(8) シーサッチャナーライ歴史公園
(9) ナイトバザール
(10) 一人貸切観光バス

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さて前回までは、ピンクのトラム型観光バスを一人で貸切って、礼儀正しい運転手さんとガイドさん付きで北側の歴史公園で主要な所を回ってもらいました。

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一人で貸切ったとは言え居心地があまり良くなかったので、予定よりかなり早く親切な二人に別れを告げて、近くで安くて美味しいと教えてもらった食堂で昼食です。

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昼食を終え歴史公園(城壁内)入口の管理事務所まで歩きレンタル自転車を借りました。サドルを高くする調整が出来ませんでしたが、ガンガンに自転車で走るのではないので構いません。自転車が30THB/Hで歴史公園共通(城壁内と外)入場料150THBです。

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自転車を借りた南側の歴史公園(城壁内)から北側の歴史公園までは2㎞程度なので、自転車だとすぐ着きます。北側の歴史公園内は木々の間に遺跡が点々としているので、自転車での見学が最適です。北側の入り口にも貸自転車がありました。

午前中にピンクの観光トラムバスでざっと見ているので、午後はゆっくり見たい遺跡を4つに絞っていました。ちなみにカタカナ表記はいつものようにタイ観光局なければGoogleMapと合わせています。

ワット・チャーンローブ Wat Chang Rob วัดช้างรอบ
ワット・シン Wat Singha วัดสิงห์
ワット・プラシーイリヤボット Wat Phra Si Iriyabot วัดพระสี่อิริยาบถ
ワット・プラノーン Wat Phra Non วัดพระนอน

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ですが・・・この寺院名って、タイ語の読み書きは全く出来ない私ですが、分かりやす過ぎてなんか後から付けた寺院名に思えてなりませんでした。後から調べても全くそんな記載がないので、個人的な感想です。

それでは訪れた遺跡ですが・・・有名観光地なのでネットに情報が溢れている事でしょう。そんな内容を繰り返してもブログが長くなるばかりなので、私が感じた事のみを記します。

ワット・チャーンローブ Wat Chang Rob วัดช้างรอบ

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象が仏塔基壇を支える構造から最初は同じスコータイ王朝のシーサッチャナーライにあるワット・チャーン・ローム(画像下)と同じ寺院名だと感じ違いしました。シーサッチャナーライはまさしく「象ช้างが周囲ล้อม」ですが、どうもこちらはロームล้อมじゃなくてローブรอบ。ローブรอบはGoogle翻訳だと時間と出て謎が深まりました(笑) いずれにしても象ช้างが寺院名に付いています。

ワット・チャンローム・シーサッチャナーライ วัดช้างล้อมศรีสัชนาลัย
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保存状態はシーサッチャナーライ(画像上)の方が良いのですが、崩れた主仏塔もおそらく同じベル型のスリランカ様式の様に思えます。その仏塔を支える正方形の基壇には68頭の象が囲っていますが、シーサッチャナーライの方は39頭でした。

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その68体の象はこの寺院にとって象徴的な存在だと思いますが、漆喰が少し残っている(修復か)部分があって、そこには象を飾る装飾が施されていました。基壇を囲っている象はチェンマイ、アユタヤ、シーサッチャナーライ、そしてカンペーンペット(城壁内)にもあるのですが、私の記憶と写真にはここまでの装飾は見られませんでした。

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この規模の基壇と崩れて残った仏塔の周囲から推測するとかなり大きな(高い)仏塔だったように思えます。美しく飾られた象も見事だったことでしょう。そんな建設時の姿に思いを馳せながら次の遺跡に向かいました。

ワット・シン วัดสิงห์

(タイ語の読み書きが出来なくても <--自分 )ビール好きなら何となく覚えてしまうタイ語の獅子สิงห์が寺院名です。そう言えば、この上に書いたワット・チャーンローブもタイのビール好きなら象ช้างも覚えてしまうタイ語ですね。

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残念ですが遺跡に中でそんな獅子の像を見る事は無かったです。日本の神社で目にする狛犬のような獅子の像があるだろうと寺院名だけで想像した自分が浅はかでした。

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比較的小さな遺跡で、漆喰が落ち構造上の基礎となっているむラテライトのブロックむき出しの坐像と柱が残るウボソット(布薩堂)、そして正方形の礼拝堂(?)があります(画像下)。この礼拝堂のような建物の上にはベル型仏塔があったようですが、下から見る限りその痕跡は見られませんでした。

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さて、ワットシンのすぐ近くには次の遺跡ワット・プラシーイリヤボットとワット・プラノーンがあるのですが、ここで歴史公園の北側を一回りする事にしました。

ワット・アーワートヤイ Wat Avasa Yai วัดอาวาสใหญ่

歴史公園の一番北側にある(たぶん)その名の通り一番大きい遺跡かと思います。その中でも非常に高い八角形で20の角を持つ基壇が目立ちますが、こうした様式が他にあったかなぁ? ここにあっただろう仏塔の姿は? 色々謎が残ったままで先を急いだ事を後悔しています。

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ワット・タベククー Wat Tabaek Ku วัดตะแบกคู่

自転車で通る時に何かが気になって降りて見ました。小さな遺跡で整備も発掘調査もまだなように思えます。きっとこの歴史公園が整備される前はどの遺跡(寺院)も同じように木々に覆われていたのでしょう。

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見学用の通路も確保されず雑草だらけでの周囲を慎重に近づきました。人の手が入らないとあっという間に自然に飲み込まれる・・・アンコールワットを思い出させてくれた遺跡です。画像下の木が遠くから見ても違和感を与えたのですねぇ~

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日差しが最もきつくなる昼過ぎ、訪れる人もなく朽ちていく寺院、猛烈に暑いはずが少し涼しくも感じたのは、手入れされていない木々の影が覆う遺跡の嘆きなのか・・・物悲しいような不思議な感覚でこの遺跡を後にしました。

さて、次回はカンペーンペット歴史公園で一番見たかったワット・プラシーイリヤボット、そして最後の遺跡ワット・プラノーンへと向かいます。

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2024.03.15 | コメント(0) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く(9)原風景残るバンヤイ・ガオ

チャオプラヤー元流を追いながらオームノン運河に架かる橋を歩いた時、周辺に広がる水上生活者の家々と豪華なお寺の光景に強烈な印象と好奇心を覚えました。

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しばらく夢中でシャッターを切った後、喉の渇きを覚え水を求めて入った店でこの地区の名を聞いたら「バンヤイ・ガオ」。その時は「ガオ」が数字の「九」か、時の経過の「古い」か、あるいは色の「白」なのか分かりませんでした。それが古いのガオเก่าらしいと知ったのはずいぶん時が経ってからです。

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土地や運河に刻まれた歴史、そこに住む人々の生活、古のタイを感じながらの街歩きが好きな私にとって、こんなに面白い所がバンコクのすぐ近くにあったとは全く知らず、ひたすらにチャオプラヤーの元流を追って出会った地がバンヤイ・ガオです。

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タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。

この「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズは今回が第9回で、今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・ガオと9寺巡り1
第7回「チャオプラヤー元流を歩く(7) これまでのあらすじ 1
第8回「チャオプラヤー元流を歩く(8) これまでのあらすじ 2

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青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

今回歩いているオームノン運河の多くの部分が1636年以前はチャオプラヤー川本流であったわけです。時はアユタヤ時代で山田長政没後6年で、日本なら徳川家康没後20年経った江戸時代初期の事です。

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さて、前回は首都圏では珍しいクメール様式の塔があるワット・プラーンルアン(画像上)、そして境内まで引き込まれた水路に托鉢用の小舟が舫われるワット・アンパワン(画像下)を訪れました。

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さぁ、それでは先に進みましょう。
ワット・アンパワンからオームノン運河沿いを上流(北)へ歩く事はかなり厄介です。ワット・アンパワン横を流れる小さな運河を小橋で渡り、人家もまばらな草木に覆われた小路に入りました。

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小路を行っては行き止まりか違うようなので戻って違う小路を探す・・・そんな事の繰り返しで(スマホも地図も持たない私は)方向感覚だけが頼りでした。小路の外側は何か潜んでいそうだし、(けっこう多い)野犬に遭遇したら完全にアウトです。

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そんな苦労をしてやっと運河沿いに出たら視界が広がり、家々が運河沿いに並ぶ風情豊かな所でした。

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こうした水上の家々が並ぶコミュニティーはこのシリーズで運河沿いを歩いて何度も見てきましたが、ここは何かが異なります。古い家もありますが手入れがきちんとされている家も多いです。

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私が勝手に感じ取っているだけで、実際のこうした生活は苦労も多いだろうし、中には抜け出したい方もいるでしょうが・・・何かこの生活を楽しんでいるような、そんな感じがしたのです。

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運河沿いを先へ進むとお寺が点在する中に住宅が密集し、この辺りでは賑やかな所に出ました。ここではお寺や市場はもちろん銀行まで運河からアクセス出来るようです。

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そして運河の遠くを見れば小型車が渡れる橋が架かっています。どうやらそこがこの町の中心地らしいので、運河沿いを歩き向かいました。

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橋の近くまで行くと街灯の上が物売り舟をモチーフとした飾りになっていました。昔、この地で生活するには欠かせない舟だったのでしょう。

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そして冒頭に書いたように橋の上から見えたのが、水上生活者の家々越しに覗ける仏塔群を持つお寺です。後で調べて分かったワット・ラットプラコーンタムでバンヤイ9寺巡りの一つです。

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今回歩いた所、そしてバンヤイガオの場所を地図にしました。日本人にとって普通は馴染みが無い所ですので、(見にくいのですが)大きめの地図で位置が分かるようにしました。

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地図の左上隅がMRTパープルラインの「PP02 バンヤイ・マーケット駅 Talad Bang Yai」で、その周辺にセントラル・プラザ・ウエストやIKEAバンヤイなど大型商業施設があるバンヤイです。

昔、鉄道どころか道路もない頃、バンヤイと言えばチャオプラヤー元流のオームノン運河とバンヤイ運河が交わった地の事だったでしょう。それが今は賑わいが他の地に移った古い町になりバンヤイ・ガオ。

バンヤイ・ガオとこの地の名を聞いた時、地図を見てもそんな地名はここになく、ガオは何だろう・・・と分からなかった自分を今また思い出しました。

次回は話の上から見えたワット・ラットプラコーンタムに向かいます。

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2024.03.09 | コメント(0) | タイ・トラベル

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(10) 一人貸切観光バス

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅、その10回目です。

画像下は今回の主役?の一人で貸し切ったトラム型観光バスです。これに一人で乗ってカンペーンペットの町を走った時は本当に恥ずかしかったです(笑)

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かなり時が経ったので遡ってこの観光バスを貸切る事になった経緯を書きましょう。

バンコクから、カンペーンペットに着いた日です。交通の中心となるロータリーのすぐ北東側にツーリスト・インフォメーション・センターがあり、その前に停めてあった観光用のバスも気になって入りました。

20180617 KPP 9

中に入ってまず地図を入手。英語は通じず私の幼稚なタイ語でこの後の移動の為にソンテウの事も聞きましたが要領を得ませんでした。それでも英語の掲示物で観光バスの記載があったので尋ねました。

午前と午後の2回、ご利益あるお寺巡りと市街地巡りが(この掲示物を作った時は)4人以上のグループでFREE!だったのがその時はもう終了したそうです。

20180617 KPP 11

そこで交渉して翌日朝8時半から遺跡の北側を回り、私が望む所で降ろしてくれて待ってくれる事、そして町も一周する事で350バーツで貸切る事になったのです。ソンテウでの移動手段が今一つ分からないので、これで町から少し離れた北側の歴史公園の様子も知る事が出来ます。

そんな経緯で一人で貸し切ったピンクのトラム型観光バスに乗るのですが・・・その前にいつもの前置きとお断りです。

チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。

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この旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

(1) 序章&北バスターミナルへ
(2) バンコク~カンペーンペット
(3) カンペーンペットの町
(4) 歴史公園(城壁内)
(5) ワット・プラケオ
(6) クメール王朝支配
(7) スコータイ歴史公園
(8) シーサッチャナーライ歴史公園
(9) ナイトバザール

さて前回までは、カンペーンペットの町に近い城壁内の歴史公園を散策し、夕暮れ迫るピン川沿いを歩いてナイトバザールを見てからホテルに戻った所までです。

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バンコクからのバス移動、そして徒歩で町中と歴史公園散策とかなり歩いて疲れました。その為かぐっすり眠り朝早く起きてホテルの朝食です。全く変わり映えしない朝食ですが、普段よりたっぷりと頂きました。

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ホテルの周囲に市場があるのを地図で知っていたので、まずは早朝の市場チェックです。ホテルから南へ5分も歩けばンペーンペット中央市場、そして反対の北へ5分でムアンカムペーンペット市場です。

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中央市場はこの地の食卓を支えているかのうようにかなり賑わいがあります。ムアンカムペーンペット市場は雑貨や服の小売りが多い感じでした。

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朝の市場や動き出した町を見ながらロータリーまで歩きツーリスト・インフォメーション・センターへ。どうやら昨日居た二人も着いたばかりのようですが・・・私が挨拶すると二人も一緒に行くようです。

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この日の午前中はインフォメーション・センターを閉めて、運転手とガイドになるようです。ガイドはタイ語だけなので、話はどこへ行きたい?ここで待つ、みたいな簡単な話だけで折角のガイドさんがもったいないです(苦笑)

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いやぁ~、バスが動き出すとまだ朝の風が通り気持ち良いのですが、とにかく町中は恥ずかしいです(汗) 数人で乗るならともかく、あきらかに外から丸見えで乗客は私一人ですからねぇ~

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やがてバスは北側の城壁で囲まれていない歴史公園に入り、入口近くのインフォメーション・センターで停まりました。中は資料室のようなイメージですが、タイ語と英語併記のパネル資料が多く、時間があればゆっくり見たい所でした。

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なにしろ私は運転手にガイド付きで来た一人のオジサン。中で勉強中の学生さんの注目を集めてしまいました(笑)

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この時点で分かったのですが、運転手さんとガイドさんが一緒だと居心地が良くない(笑)移動は何も考えず景色を見ているだけ。ガイドさんがいつも行っている所を効率よく回ってくれるて、興味ある所はバスから降りて歩いて見られるのですが・・・

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運転手さんとガイドさんは行儀よくバスで私を待っています。一人だと遺跡って興味あると所は何時間でも見ていられるから、誰かが待っていると思うと気になって見ていられない。要はいつも一人だから慣れていないのです(笑)

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そこで歴史公園内の主要な所を回ってもらい、気になった所は後で自転車で見に来ることにして、いちいちバスから降りないようにしました。気になった数か所だけ待ってもらい、さくっと歩いて見て回っただけです。 (画像下はインフォメーション・センターでもらったマップです)

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上のマップで分かるように昨日行った城壁内の歴史公園に車両は入れませんが、北側の歴史公園は車両で回れます。それで一通り遺跡を巡ってもう十分って事で早めに町に戻りました。

それでも2時間はバスに乗ったでしょう。最後は安くて美味しいと評判の食堂を教えてもらい、予定よりかなり早く親切な二人に別れを告げました。

次回はレンタル自転車で北側の歴史公園に戻り、じっくりと遺跡を巡ります。

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2024.01.29 | コメント(0) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(12) ついに完結

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第12回目で最終回です。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ
  第7回「シラチャ
  第8回「謎のコーカイ路線
  第9回「シラチャ~ナクルア
  第10回「ナクルア
  第11回「ナクルア~パタヤ

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631?」15バーツ 47分
シラチャ~ナクルア       1631番系統「1631?」25バーツ 50分
ナクルア~パタヤ(ビーチロード)           10バーツ 20分
パタヤ内(ビーチロード)              10バーツ
パタヤ内(セカンドロード)             10バーツ
パタヤ内(ドルフィン・サークル~バスターミナル前) 10バーツ

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前回はナクルアからパタヤに入りビーチロードでソンテウを降りた所までです。まずはパタヤを実感したくてすぐ横のビーチに出てみました。

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タイの観光地にあるビーチの多くは同じなのですが外国人ばかりです。わんさかいるのが中国からのツアー客で、ちらほらと高齢の欧米系の方々がおられました。

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実はパタヤはこの時が3回目です。一次在住時(2000~2003年)に2度ほど。最初は有名観光地なので何も知らず来ました。二度目はハードロックホテルがアジアで最初か2番目でオープンした時に様子見です。いずれにしても、アンダマン海側の秘島巡りをしていた私にはビーチはちょっと・・・それにどこも賑やか過ぎて人も多すぎました。

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そんなわけでパタヤはよく知りませんが、目的はパタヤの町ではなくソンテウ(笑) それでビーチを後にしてビーチロードを南下、ウォーキングストリートちセカンドロードの交差点、ちょっとソイブッカオを見てすぐセカンドロードで北上・・・要はソンテウが走る主要道路を観測したわけです。写真を撮るのもソンテウだけ(笑)

しかし(ソンテウを見る限り)不思議な町です。これだけ人が多く出入りが激しい大きな町なのにソンテウは紺色の一種類だけ。その紺色ソンテウが決まったルートを走っているような、いないような・・・。

しかもその紺色ソンテウでパタヤの外に出られないで(まぁナクルアとジョムティエンもパタヤとしてますが)、いったんナクルアまで行ってから他社(たぶん他の組合)のソンテウでシラチャやサッタヒープへ行く。ナクルアをパタヤと他の町の玄関にしているのです(個人の意見です)。

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ソンテウの色だけでなく、会社?(たぶん組合)も一つで全てのソンテウにこのマークが印刷されていました。「PATAYA BUS-CO-OPERATIVE LIMITED」直訳だと少し変なので、たぶん「パタヤバス協同組合」が良いかと(個人の意見です)

言いたいのは・・・パタヤの町を支配する強力な一つのソンテウ組合が利権を持っているのでしょう(強く個人の意見です)。

それで他社?(たぶん他の組合)がパタヤ内に入り込む事を避けているのでしょう。その代わりパタヤ外へのルートは持っていない。それでソンテウでパタヤの外に出ようとするとナクルアまで行かないとならない(勝手な個人の意見です)。

さて、パタヤ内のソンテウの動きですが、私がナクルアとパタヤで数時間観察しただけで解るはずがありません(キッパリ)。観光客も日本人も多い大観光地パタヤですからネット上には多くの関連記事があるかと思いますので、詳しく(そしてたぶん)正しい情報はそうしたサイトをご覧下さい。

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そこでいつものルート解析は止めて、大雑把な動きだけを簡単に箇条書きで記します。その前に重要な事はルート番号と行先を記しているソンテウが多いが、ほぼ意味がない。要は行きたい方向へ走るソンテウに乗る。行きたい場所の手前で止まったり曲がったりしたら乗り直す。これが私のパタヤでソンテウに乗る結論です(汗)

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1,基本は上図の赤線で反時計回りで循環になっているルートです。南方向へ一方通行のビーチロード → ウオーキングストリートで東に → 北方向へ一歩通行のセカンドロードで北上 → ドルフィンサークルでビーチロードへ。

南方向へ一方通行のビーチロード
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このルートを通るソンテウは頻繁に来ますが、途中のセントラルロードで曲がったり、ナクルア行だと思ったらドルフィンサークルでビーチロードへ入り戻ったり、よく分かりません。そんな時はそこで降りるしかないのですが・・・

北方向へ一歩通行のセカンドロード
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2,北のナクルアへは(図の上)青線でドルフィンサークルの北側で乗るか、セカンドロードからそのままナクルアへ行くソンテウもあります。その時運賃はどうなるか? 私は反対にナクルアからビーチロードまで乗りましたが10バーツでした(それが正しいのか?)。

3,南のジョムティエンへは(図の下)黄線でウオーキングストリートとセカンドロードの交差点南東側から出発していました。ビーチロード等から直接行けるか不明。

4,ソイブッカオをちょっと見ましたが、このソイの中で行き来しているソンテウがありますが、ソイブッカオを(南側でも北側でも)出たらどこへ行くのかは不明です。

5,図の黒線でノースロード、セントラルロード、サウスロードを走るソンテウもありますが、そう頻繁ではなくどこからどこへは不明です。

と言う事で「不明」ばかりで情けないです(汗)紺色のソンテウばかりを数時間見続け疲れてしまいました(笑)パタヤ内のソンテウは手ごわすぎます。行先表示やルート番号を気にしなければ、乗りたい方向に行くソンテウに乗るだけでシンプルなんですが・・・

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バンコクへ戻る為にバスターミナルへ向かう事にしました。セカンドロードでソンテウに乗りドルフィンサークルで降りてすぐ、ノースロード沿いの「ベストスーパーマーケット」前にノースロードで東へ向かうソンテウが待機していました(画像上)。ちなみに行先表示は「ノースパタヤ~ジョムティエン」です(笑)

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乗っている人の多くがバスターミナルに行くようで、自動的にバスターミナルの手前で停まりほとんど人が降りました。実は私はここに来たのは初めてなので助かりました。13:50のエカマイ行きのチケットが一番早いようです。108バーツでした。

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待合所のベンチに座り前を見ると一本前の13:10発のエカマイ行きが出る直前のようです。お客さんは皆乗り込んでいますが、スタッフが何か大声で言っています。どうやら一人来てないようで席が空いている様です。キャンセル待ちで乗れそうなので、そのスタッフにチケットを見せて荷物は無いと言うと「乗れ」との事。ラッキーです。

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それで乗客がイライラしながら出発を待っているバスに乗る時、調子に乗って「センタン・バンナで降ろしてくれる?」と運転手に聞きました。その時点で私が手ぶらだと分かっているので「いいよ」とのご返事です。ラッキーが続きました。

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それで降ろされたのが「セントラル・バンナー」前のバンナートラート通りですが(画像上)、4車線と4車線の間の分離帯に降ろされてしまいました(汗)まぁ、わざわざ歩道に寄せてくれるはずはなく、そうでしょうが・・・どの車線の車も容赦ない速度で飛ばしています(涙) この分離帯から脱出した時が2018年で一番怖かった瞬間でした。

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最後が怖かったのを除けば、キャンセル待ちで一本早いバスに乗れた上に、エカマイまで行かずにアパート近くで降りられたので、合計2時間以上得した事になりました。この旅の最後がラッキー続きで疲れも半減です(笑)

さて、バンコクにソンテウは無いと思っている方が在タイでも少なくないかと思います。しかし実際はバンコク都内でも多く走っています。私が常時使うのは都内だけでも20路線ぐらいで、乗った経験があるのは都内だけでも50路線ぐらいでしょうか。

バンコク都周辺エリアはもちろんBTSやMRTに路線バスもあるのに都心部も走っています。イメージで言えばチャオプラヤー川東側で王宮周辺とその北側の政府庁舎が多い所がソンテウ空白エリア、それ以外は都心部でもソンテウはがんがんに頑張っています。

高層ビルに高級ホテルや大使館も多いサトーン地区やルンピニー、日本人が多いオンヌットやウドムスックはもちろん、チャオプラヤー川西側になるともう数えきれないぐらい多いです。

(ストリートビューから)
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万が一の時の安全性から慣れていない旅行者に安易にお勧めする事はありませんが、ルートを知ると案外便利なものです。基本どこでも乗り降り自由なので、私のような街歩きをする者にはルートを知らなくても利用するようになります。

その数えきれないぐらいの路線の多さと、ルートが(住宅街の中も走るので)複雑過ぎて、私はソンテウをブログ上でメインコンテンツとして扱う前にタイを離れました。路線バスのように「バンコク・ソンテウ不完全ガイド」を書いたなら・・・あと2年はロングステイを延ばした事でしょう(笑)

また、今回の旅でバンコク中心部からパタヤの南サッタヒープまでソンテウが繋がっている事が証明出来ました。実はタイを離れた今も、頭の中でこのルートを逆に西へ延ばす事を検討しています(笑)

チョンブリー県の最南端サッタヒープを出発し、バンコク都に入ったら一度サムットプラカーン県のサムロンへ向かい、そこからプラプラデーンでチャオプラヤー川を西側に渡ればソンテウ路線が多くなり、サムットサコーン県に入れるのは間違いないと思っています。サムットサコーン県から更に西へどこまで行けるか・・・

夢のような話ですがワクワクします(笑)私がタイにいれば挑戦した事でしょう。

さて、2018年に始まったバンコク中心部からパタヤへソンテウだけで行く旅、その旅がブログを完結出来た事で2024年の今やっと終わりました。

毎回の長文ブログ、最後までお読みいただき、ありがとうございます。 ここまで読まれた方は、私と一緒に旅をしましたね! 本当にお疲れさまです。またご一緒しましょう!!

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2024.01.20 | コメント(10) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(11) ナクルア~パタヤ

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第11回目です。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ
  第7回「シラチャ
  第8回「謎のコーカイ路線
  第9回「 シラチャ~ナクルア
  第10回「ナクルア

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631」15バーツ 47分
シラチャ~ナクルア       1631番系統「1631」25バーツ 50分
ナクルア~パタヤ(ビーチロード)         10バーツ 20分

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前回はナクルアでのソンテウの動きや行先を調べ(ただ見ていただけですが)、ナクルア魚市場を通り海辺に出てたっぷりと潮風を浴びたところまでです。

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さぁ、いよいよこの旅の最終目的地パタヤへ向かいます。市場前のパタヤ・ナクルア通りに出て、南から来た紺色ソンテウがY字路でUターンし終えた少し南側で待ちました。

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このソンテウは全面運転席上部に行先表示があって、親切にも英語表記まであります。比較的多くのソンテウが同じような表記をしていますが、かすれて消えたり、運転席上部は何も表記がないなど色々です。側面にも同じような表記がありますが、タイ語のみで運転席上部とは微妙に英語とは異なるようです。ほとんど場合文字が読み取れず解析出来ませんでした。

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英語で「South Pattayaサウスパタヤ Nakluaナクルア」とあり、タイ語だと「สาย6 ライン6 ปากทางพัทยาใต้サウスパタヤ入口  นาเกลือナクルア」です。フロントガラスの「452」は車体別番号で側面には(お客には意味ないのに)大きく書いてあります。

もちろんタイ語を話すのは幼稚で読み書きは全く出来ない私ですので、旅の最中にどしても知りたい時は人に聞くしかないです。たいていは後から写真を見て画像下のようにGoogle翻訳に打ち込んで意味や発音を調べる厄介な過程を経て知るのですが(汗)

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いずれにせよソンテウのステップに乗りながら、後日解析する為に行き違うソンテウを撮り続けました。画像下は「ライン6 サウスパタヤ ナクルア」で乗っているソンテウと同じです。

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画像下は「ライン5 ナクルア ジョムティエン」と書いてあります。

しかし・・・結論を先に書いちゃいますが、この後パタヤでずいぶんソンテウの動きを観察したのですが、このライン番号(たぶんルート別の番号)や行先表示は意味ないと思うようになりました。もしくは車体に印刷してある表示以外の何かがあるのかも知れませんが、私にはさっぱり分かりませんでした。

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そんな事に夢中になっていたら、急にソンテウがパタヤ・ナクルア通り上で右折して細い路地に入り海に向かいました。路地の奥で左折を繰り返して出た所がイルカと噴水のラウンドアバウトに出ました。ここはGoogleMapだと「Dolphin Circle วงเวียนโลมา」 ドルフィン・サークルと言うそうで、そこからビーチロードを南下し始めました。

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パタヤ・ナクルア通りをまっすぐ南下してビーチロードに入るのかと思っていたのですが、わざわざ遠回りです。後から分かったのですがドルフィン・サークルを制限して回転できないようにしているので、南下してサークルに入ると東にしか出られないのです。後から分かったのですが、この場所はパタヤのソンテウで一つの重要な所だと思います。

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ドルフィン・サークルを過ぎてソンテウは南に向かって一歩通行のビーチロードに入り、やがて右手に海とビーチが見えて来ました。そろそろソンテウを降りようと考え始めた時、他の客が降車ボタンを押したのでそのタイミングで降りました。ナクルアから20分で10バーツでした。

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ソンテウだけを乗り継いでバンコクからパタヤへの旅、やっと目的地に到着です。やったー!って感じで一人で小さくガッツポーズ(笑) 

ただ、パタヤに行くこと自体は目的ではなく、旅を通して一般的なタイの人々にとって最も親しい公共交通機関であるソンテウを知るのが旅の目的です。その意味では最も厄介な地であるパタヤ・・・次回、最終回に続きます。

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2024.01.11 | コメント(0) | タイ・トラベル

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(9)ナイトバザール

チャオプラヤー川が始まるナコーンサワン 、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市カンペーンペットを歩く旅です。画像下はナイトバザールすぐ近くを流れるピン川です。

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タイトルを書きながらナイトバザールなのかナイトマーケットなのか悩んでしまいました(まぁ、いつもの事ですが・・・)。使い分ける意味があるのかと言えば、全くありません(苦笑)。

バザールbazaarはペルシャ、アラブ、トルコなど中東由来を感じ、雑多な自由市場的なイメージがあります。由来が中東のバザールのように思える英語のバザーbazaarと言えば慈善目的のフリーマーケットでしょうか。マーケットMarketはそのまま市場と端的に言えるかと思います。

20180617 KPP 1

結局、何も明確な区別がないのですが、私的な区分けで言えばここは「ナイトマーケット」です(キッパリ)。タイトルをナイトバザールとしたのは現地の案内板(下の画像)とGoogle Mapがそうなっていたからです(笑)なぜかなぁ~?

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ちなみに、このブログで過去エントリーしたナイトマーケット(あるいはナイトバザール)は以下の通りです。5年前の事ですし、夜市は比較的メジャーな所なので観光ガイドに旅行者や在住者のブログでもよく書かれているかと思います。もし、知らない所があれば一度ご覧ください。

なお、カンペーンペットのナイトバザールに似た感じなのは一番下のスワンナプーム・ナイトマーケットで、よくある観光用とは異なって100%地元の方々用で庶民の生活に密着した夜市でした。私的にはアパートから遠くなく雰囲気も好きな所でした・・・って書いて、念のためストリートビューを先ほど見たら「Suvarnabhumi Flea Market」とあり今でもあるようです。でも蚤の市かなぁ・・・? まぁ、何でもアリの雑多な所なのは間違いないです。

 「若者達と行った都心部のナイトマーケット・ネオン
 「ナイトマーケット 私的ランキング
 「タラート・ロットファイ4
 「タラート・ロットファイ・ラチャダーとミニ・ナイト・マーケット
 「JJグリーン
 「ラムカムヘン大学前
 「タラート・ロットファイ・シーナカリン
 「スアンルム・ナイトバザール
 「サイアム・ジプシー・ジャンクション
 「ファムム・カセートナワミン・ナイトマーケット
 「リアブドゥアン(高速道路沿い)・ナイトマーケット
 「スワンナプーム・ナイトマーケット

本題に戻りましょう(汗)
さて、チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。

そして、この旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(1) 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(2) バンコク~カンペーンペット
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(4) 歴史公園(城壁内)
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(5) ワット・プラケオ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(6) クメール王朝支配
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(7) スコータイ歴史公園
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(8) シーサッチャナーライ歴史公園

さて、前回と前々回で世界遺産スコータイを構成する「スコータイ歴史公園」と「シーサッチャナーライ歴史公園」を紹介しました。その旅自体は私の第一次タイ在住時なのでかなり古いのですが、遺跡自体に古さは関係ないのでご勘弁ください。

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現在のアクセスを確認できないのですが、上記エントリーで書いたようにスコータイ~シーサッチャナーライ間は地方路線バス(本数少ない)で行き来出来ます。スコータイ~カンペーンペットはかなり本数が多くスコータイのバスターミナルの画像上の右上ように30分毎にソンテウが出ており、歴史公園前の道を通っていました。このルートは利用客も多いので現在でも運行していると思います。所要時間1時間程度だと思います。

さて、カンペーンペットに話を戻しましょう。
夕暮れ迫る歴史公園(城壁内)を急いで出て時計台のロータリーに向かいました。観光案内所はとっくに閉まってしまいましたが、明日の朝は観光用バスを私一人の貸し切り使う事になっています。5年前にエントリーした内容なので『(3) カンペーンペットの町』をご覧ください。

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時計台のロータリーからまっすぐピン川に向かいました。川沿いに出たら夕暮れの風が川面を渡り驚くほど心地良かったです。きっとこの気持ち良い風で涼を求めてナイトバザールに多くの人が集まるのでしょう。

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ロータリーから30分は歩いたでしょうか、やっとナイトバザールに着きました。バンコクのどのナイトマーケットより生き生きとした市場だと思いました。それは私をなぜかワクワクさせて来たのです。何か変わった物があるわけではないのですが・・・

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私をワクワクさせたのはそこが観光とか人集めで作られたのではなく、地方都市なので当たり前でしょうが生活密着で必要とされている市場だからでしょう。

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私もホテルに戻って部屋で食べる為に夕飯を買いました。これにホテル前のコンビニでビールを買えば完璧です。

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中をぶらぶら見ている内にどんどん人が増えてきました。一台のバイクに一家全員が乗って夕飯に来たように思えます。バイクもすごい数になっています。そろそろ帰りましょう。

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タイの人たちが家族そろって夕飯を食べに夜市へ、子供たちは嬉しくて走り回ってり、若いカップルが肩を寄せ合い歩く中、私一人おかずが入ったビニール袋をぶら下げながら、地方都市の夕暮れの中、ホテルへと向かいました。

こうした時がほんの少し好きで、もう少し嫌いです。旅の中で寂しさ、懐かしさ、日本への想い・・・がますます強まる時間です。

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明日は早朝の賑わう市場を見て元気をもらいましょう・・・次回に続きます。

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2023.12.25 | コメント(0) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(10) ナクルア

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第10回目です。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ
  第7回「シラチャ
  第8回「謎のコーカイ路線
  第9回「 シラチャ~ナクルア

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631」15バーツ 47分
シラチャ~ナクルア       1631番系統「1631」25バーツ 50分

20180426 Map4

前回はシラチャからナクルアまで一気に移動しました。ここまでくればもうパタヤに着いたようなものと安心して「ナクルア魚市場 Naklua Fish Market」(Google Mapだとラーンポー ナークルア市場となっています)へ向かいたいのですが、まずはソンテウの観察です。

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ところで私はナクルアは初めての地です。何の知識も情報もないまま(ソンテウ任せで)来てしまったので、こうした時は30分ぐらい通りで観察するのがベストです。幸いおおよその地図と方向は自然と分かるので、(今回の場合は)ソンテウの種類や走る方向を見定め、最後は人に聞きます。しかも複数の人に(笑)

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ナクルア魚市場前のパタヤ・ナクルア通りを見ていると、パタヤがある南から来た紺色ソンテウ(画像上)はここが終点で、シラチャからのソンテウを降りたY字路を利用してUターン、南へ向かいます。これがパタヤへ行くようです。

他にナクルア魚市場前で見たソンテウは(乗ってきた)シラチャへ行く白地に青線の1631番を除くと、薄めの青の6085番もY字路を利用してUターンしていました。

画像下の左のソンテウ、右の白地はシラチャ行の1631番
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このソンテウはどこへ行くのでしょう? 後を追うとパタヤ・ナクルア通りで客待ちしてから南に向かいました。

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私が撮った2枚の画像だと行先が読み取れません。そこで得意のGoogleストリートビューにまたお世話になりました。パタヤ・ナクルア通りをナクルア魚市場から南(正確には南西)に200m弱ほど行き、東に向かうサワンファー通りに入り新ナクルア市場近くです。そこで見つけた6085番から行先が読み取れました。

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นาเกลือ – ชากแง้ว」とありますので・・・をGoogle翻訳で発音させると「チャクゲーオ」と聞き取れます。どこでしょう? 今度はGoogleMapで探したら・・・パタヤのかなり南、そして海辺を離れて少し東へ、ナクルアからだと25㎞以上はあるでしょうか「チーンチャークゲーオ100年市場 ตลาดจีนชากแง้ว」と呼ばれる所がありました。

ストリートビューから
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何年か前の古市場ブームで観光用に再生させた百年市場かと思います。GoogleMap表記の「チーン」は中国の意味でしょうし、「チャークゲーオ ชากแง้ว」はソンテウの行先表記と一致していました。実際に乗ったわけでないので推測の話ですが(汗)

これでナクルア魚市場前から出るソンテウで分かったのは以下の通りです。もっとあるかも知れませんけど(汗)
 ナクルア~シラチャ間の1631番(白地に青線))
 ナクルア~チャクゲーオ間の6085番(薄めの青)
 パタヤ~ナクルア間の番号なし紺色(一応ルートはあるが無意味かも)

そして前々回書いたスクムビット・パタヤ・ソイ14/1内から出るサッタヒープ สัตหีบ - ナクルアนาเกลือ 間の1631番(白地に青線)もあります。読者bw55さんのコメントによると(ありがとうございます)、スクムビット側パクソイから出て、ワットサタヒップの東側の市場周辺までだそうです。

いずれにしてもナクルアからパタヤにソンテウで行くのは全く問題ないようです。この「バンコクからパタヤへソンテウで行く旅」では一番簡単で本数もたくさんあるようです。ちょっとナクルア魚市場 (ラーンポー ナークルア市場)を見てみる事にしました。

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私は魚介類を選ぶのはアパートからアクセスが良いサムットプラカーン県はチャオプラヤー河口の市場パークナムへ行くのですが、そことは規模を比べる事は出来ないものの、魚介そのものは良いように思えました。

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外国人観光客が多く、高級からリーズナブルまで多彩ホテルが多く建ち、富裕層が多く住むエリアも多いでしょう。高級レストランから食堂まで数えきれないほど・・・何よりもパタヤでシーフードを食する事を楽しみに来る人が多いはず。それらの一部をこの市場が支えているのだと感じました。

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そう言えば、私が初めてパタヤに来た時、シーフードを食べる気満々で頼み過ぎた事を思い出しました。もう20年以上前の事ですが(笑)

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そんな昔を思い出しながら、市場を抜けて海辺に出てみました。整備された公園のようになっており、遠く北にはレムチャバン港の施設が見えます。

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そして南にはサンクチュアリー・オブ・トゥルースの塔が少し見えます。行った事も行く気も無いのですが、あの向こうがパタヤです。

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そろそろ最後の目的地に行くことにしましょう。次回に続きます。

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2023.12.18 | コメント(4) | タイ・トラベル

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(8) シーサッチャナーライ歴史公園

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅、その8回目です。

メジャーな観光地を扱わないブログですが、なぜそこに行き、そこで何を感じ、何を思ったのかを綴りたいと思います。「王朝と宗教の変遷」「クメールの影響」「スコータイの特徴」が本来のテーマです。

シーサッチャナーライ歴史公園のワット・マハタートです(2001年の撮影です)。手前のトゥクトゥクで回りました。
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さて、タイでのロングステイ時(2015~2018年)の旅は大きなテーマをいくつか持っていました。その一つがチャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る事です。そのタイ王朝の簡単な推移と関係する本ブログのエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝 1238~1448年 スコータイ王朝カンペーンペット(本シリーズ)
   
アユタヤ王朝  1351~1767年 ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在(予定)
               チャオプラヤー元流を歩く(エントリー中)
トンブリー王朝 1768~1782年 トンブリー王朝の面影を探し 全27回
   
チャクリー王朝 1782年~    チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
                 チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

チャオプラヤー川が上流でピン川に繋がりカンペーンペットがあります。さらにピン川を遡るとラーンナー王朝(1292年 - 1775年)の首都となったチェンマイに繋がります。まさしくタイの歴史はチャオプラヤー川を遡る事で繋がるのです(自説です)。

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そんなこの旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。そしてこのシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(1) 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(2) バンコク~カンペーンペット
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(4) 歴史公園(城壁内)
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(5) ワット・プラケオ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(6) クメール王朝支配
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(7) スコータイ歴史公園

さて、今回の旅のテーマ「スコータイ王朝」の領地はスコータイ、ピサヌローク、カンペーンペット、ナコーンサワンなどタイ北部の南側から、最盛期のラムカムヘン大王(ラームカムヘーンとも)在位でも中部の一部を含む程度の規模だったとされます。

その中でスコータイ、シーサッチャナーライ、カンペーンペットの三つの歴史公園が世界遺産として登録されています。今日はその中でもシーサッチャナーライ歴史公園の話です。

なお、スコータイ歴史公園とシーサッチャナーライ歴史公園の画像と記録などは2001年のものを使っていますので情報は当時のものです。ただ、歴史や遺跡は変わらないので、スコータイ王朝全体の話を構成するのに使っています。

その2001年の旅はタイ赴任後初の年末の事でした。仕事納め後「どこへ行かなくては」と夜の北バスターミナルへ、切符売り場できょろきょろしてたら声をかけてきた客引きのオジサン、何となくスコータイと言ったらバスに連れていかれました。後で考えたら年末の帰郷者用の(もぐり?)バスだったと思います。300バーツで無事着いたので問題なかったですが・・・(正規料金は256BTHですね)

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20時過ぎに出発しスコータイで降ろされたのは午前2時半でした。全く予備知識ない中で動けずにいたら、バスから降りた客目当てのサムローのオジサンが声をかけてきました。「近くのホテルに」と言うと「40BTH」の返事、安いなぁ~さすが地方だ・・・なんて喜んで乗ったら3分ぐらいで着いたすぐ近くのホテルでした。

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ロビーのソファーで寝ていた従業員を起こせば、一晩(と言ってももう明け方近い)350バーツとの事。長旅で疲れていたし自分がどこに居るのか分からないので、そのままチェックインしましたが、年末のパーティーなのか煩くてあまり眠れませんでした。明るくなってすぐチェックアウトし、近くの市場まで歩きお粥を食べて別なホテルを自分で探しました・・・

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22年前の年末、こうしてタイで初めての旅が始まりました。少しの不安、そして仕事と日常から離れて旅するワクワク感、この時のこの無計画な旅が無かったなら、きっとその後の旅も14年後にタイでロングステイする事も無かったでしょう。

シーサッチャナーライ歴史公園 Si Satchanalai Historical Park

シーサッチャナーライに行ったのは22年前ですが、ホテルで色々と聞きこんでスコータイ二日目の朝にバスターミナルから地方路線バスで行きました。発券所の時刻表では6:40 9:00 10:30 11:30の一日4本しかなく38THB。

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バスの本数が少ないので帰りが心配ですが、何とかなるだろうと乗ってしまいました。行き先もすべてタイ語だから何度も人に聞き確認をして、バスの中で車掌さんに歴史公園近くで降ろしてと頼むし、全く情けなかったしかなり不安で行きました。

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車掌さんの合図で慌てて降りたのは私一人で二軒のお店がある前です。遺跡公園とはまったく違う雰囲気でさっぱり分かりません。よく見ると何でも屋さんの店先にレンタル自転車があったので、そこで遺跡公園への行き方を聞きました。

とにかく戻りのバスが何時か分からないし、地図も全くないので時間を節約したい。お店のおじさんにサムローかトゥクトゥクがないか?と聞くと・・・何か荷物運搬用のトゥクトゥクを出してきて、これで行けと言う(笑)そこで交渉して2時間程度の時間で遺跡を回ってもらう事にしました。 100THB! クッションもないし荷物入れに大きくまたいで乗るのですが、安いですねぇ~

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トゥクトゥクに乗り込んですぐにヨム川の渓谷ですが、まさか!と思った吊り橋を何のためらいもなく渡り始めます(汗) 橋を渡る恐怖で下を見ないようにしたら、川向こうに遺跡の仏塔が見えて来ました・・・こうしてシーサッチャナーライ歴史公園を見始めたのです。

スコータイ歴史公園の北60㎞にあるシーサッチャナーライ Si Satchanalai は13世紀から14世紀にかけてスコータイ王朝の副王居住地とされたようです。スコータイに次ぐ第二の都市だったのでしょうが、(この時は)スコータイ歴史公園と比べて整備が遅れているように思えました。

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画像下は「ワット・プラ・シー・ラタナー・マハータート Wat Phra Sri Rattana Mahathat」です。アユタヤ様式に見える塔堂は初期のクメール様式から改修されたのでしょうし、周囲にはスコータイ様式の仏像が置かれています。

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それでも私には少しアンコールトムのバイヨン寺院を思い起こさせます。クメール支配下でジャヤーヴァルマン7世統治下の創建だからそう思うのか知れません。

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「ワット・チャーン・ローム Wat Chang Lom」はその名(チャーン・ローム)の通りで象が大変印象的で、大きなスリランカ様式の仏塔がある基壇を象の半身像39頭が基壇を支えるように囲んでいます。

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この象が支える基壇とスコータイ様式の仏塔はスコータイ(歴史公園城壁外の東)とカンペーンペット歴史公園でも見られますが、ここが規模が大きく保存状態も良いと思います。また、象が支える基壇はチェンマイやアユタヤにもあり、スリランカでも見られます。私的にはスリランカから伝わった様式に思えますが・・・いずれにしてもクメール支配以後に造られた寺院かと思います。

画像下ワット・チェーディーチェットテーオWat Chedi Chet Thaeoは様式が異なる大小多くの仏塔が寺院内に配されています。それらの仏塔はスコータイ様式だけでなくラーンナー様式もあって、こうした寺院はスコータイ王朝の中でもここしか私は知りません。時代的にはスコータイ王朝遺跡群の中でも比較的新しく思えます。

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戻りのバスが気になってしまい、これ以上遺跡内を回ることが出来ず限られた遺跡だけしか見ていません。(当時)ほとんど整備されてない印象が強く、私以外の見学者は遺跡で遊ぶ近所の子供達より少なかったです。しかし、ここ独特の様式で建てられた寺院もあり、行く価値は間違いなくあったと思います。

冒頭に書いた通り、このスコータイとシーサッチャナーライは2001年の旅です。2000年からバンコクで働き始め、初めてまとまった休みが取れた22年前の年末の事でした。どこかへ行こう・・・と思い立って北バスターミナルへ向かったのは仕事納めの後で夜の始まりの頃でした。

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準備なしの無計画旅行、夜行バスで見知らぬ町に着いたのが午前2時過ぎ。宿からどこへ行くにもサムローかトゥクトゥクと料金交渉から始めなければなりません。どこへ行きたいのかも自分で分からないのに・・・

海外での旅に慣れていたとは言えタイ語の読み書きも話すのも出来ない頃(今でもですが)、内心ではドキドキし、緊張し、騙されないぞ・・・なんて肩に力が入っていたと思います。それがこの町で何度も何度もタイの人たち尋ね、助けられながらもタイの人々に生活そして歴史や文化に触れ、いつの間にか肩の力を抜いて楽しむようになっていました。

そんなこの旅が無かったら・・・今こうしてブログを書く事も無かったのかも知れません。さぁ、次は22年前ではなく5年前のカンペーンペットに戻りましょう。

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2023.12.14 | コメント(4) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く(8) これまでのあらすじ 2

シリーズ再開が5年ぶりなのでこれまでのあらすじを書いていますが、何しろ興味深い所が多いので一回だけで終わらず前回の続きです。

まずは、今までのエントリーは以下の通りですが、これらのエピソードをまとめたいのですが・・・この「あらすじ」で面白そうな所があったら、過去のエピソードで詳しく読むような使い方をして下さい。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・ガオと9寺巡り1
第7回「チャオプラヤー元流を歩く(7) これまでのあらすじ 1

そのチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。その湾曲部にショートカットが作られる以前のチャオプラヤー川の元々の流れを追う旅がこのシリーズです。

20180428 Map 1

青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

さて、前回は1542年以前までチャオプラヤーの本流だった現在のバンコクヤイ運河の下流側始点まで来ました。ここにはウィチャイプラシット砦がありますが海軍施設内で立ち入り出来ないのが残念です。

20180428 Thonburi

この大きく湾曲するバンコクヤイ運河の内側(東側)がトンブリー王朝ゆかりの地で、「トンブリー王朝の面影を探し」で非常に詳しく書いています。何しろ全27回のエントリーでしたから(汗)

バンコクヤイ運河は途中からバンクンシー運河、そしてチャックプラ運河と名を変えて、最後はバンコクノイ運河で現在の本流に繋がります。そこがシリラート病院の北側でピンクラオ橋の下流側になります。

20171207 Thonburi 12

従って、今の本流でピンクラオ橋下流からラマ7世橋上流でバンクルアイ運河の閘門(画像下)までの間が昔も本流でした。

20180514 BK 1

バンコクノイ運河からバンクルアイ運河の間で左岸(東側)にはカトリック教会歴史地区があり、路地歩きも歴史的にも面白い所です。『チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区』で詳しく書いています。

さらに上流に向かうと1927年開通のチャオプラヤー川に最初に架かったラマ6世橋(画像下)は現在鉄道専用橋ですが、現在は鉄道専用橋で旧ラマ6世橋となり、すぐ隣にラマ7世橋が架けられています。『チャオプラヤー名橋奇覧』(リンク先はそれぞれの最新エピソード)で詳しく書いています。そのラマ7世橋のすぐ上流にバンクルアイ運河の閘門があって、チャオプラヤーの元流はここから大きく西へと流れを変えます。

20171207 Rama 6 Br

バンクルアイ運河は「ここが本当にチャオプラヤー川元流?」と思わずにはいられない細い流れです。捷水路で一番古く1538年にバンコクノイ運河が出来たので、この部分が最も早く本流ではなくなったからだと思われます。

20180514 KBK 1

バンクルアイ運河(西端)とオームノン運河(東端)にバンコクノイ運河(北端)が丁字状で交わる合流点周辺もおおしろいエリアです。(たぶん)タイで一番大きな舟形のお堂があるワット・チャロー、運河に接した集落も興味深く奥深くまで歩きました。

20171218 Wat 1

20180528 Wat Chalo 6

ここからはオームノン運河を上流に向かいますが、ここからはこのシリーズで最も情緒があり、古い時代はこうだったのだろうと思わせるエリアになり大好きな所です。

20180603 Map 6

オームノン運河ではありませんがワット・タキアン水上マーケットも近くにあります。

20180609 Om Non 16

オームノン運河沿いのお寺もそれぞれが趣が異なって大変興味深く、時を忘れて歩きました。朝早い托鉢も間違いなく舟でも行われているでしょう。

20180619 Om Nong 4

20180712 PL 2

20180101 Wat 4

運河沿いを歩くと物売りの舟が次から次へと現れます。ほとんど観光用になってしまった各地の水上マーケットよりよほど面白いです。車の通りが無く静かな中、物売りの舟がラッパの合図を鳴らしながら通って行きます。

20180619 Om Nong 6

他にも定番のクイッティアオ舟、アイスクリーム舟、おかず売りなどが次々と現れては静かに広がる波を残して去って行きます。

20180619 Om Nong 7

20180619 Om Nong 8

人でいっぱいの水上マーケットより、私的にはこちらの方がよほど良いです。この辺りは顔を背けたくなるような汚れもなく、ゴミが流れて来るのも(幸い)なくて、川面を眺めているだけでも癒されるような気がします。

20180619 Om Nong 9

さて・・・大きく湾曲するオームノン運河の西端あたりまで来ました。ここから先は新規エントリーで続きます。

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2023.12.09 | コメント(0) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(9) シラチャ~ナクルア

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第9回目です。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ
  第7回「シラチャ
  第8回「謎のコーカイ路線

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631ด」15バーツ 47分

20180426 Map4

前回はシラチャの時計台近くでナクルア行きのソンテウに乗るところでした。3台待機していてその先頭にはすでに先客が出発を待って乗り込んでいました。一応、運転手にナクルア行ですか?と確認してから乗り込みました。

20231110sriacha3.jpg

ところで、私はすべてのソンテウ乗車でソンテウの後方にあるステップに立ち乗りです。安全面では良くないのですが、脛骨に持病があるので振動(がつんと来る揺れ)を膝で吸収する事が必要だからです。

(関係ないソンテウですが、ステップ立ち乗りの説明用)
20231129Songthew1.jpg

さて、ソンテウは時計台近くの待機場所から出発し、「Queen Savang Vadhana 記念病院」前を通って道なりでスクムビット通りへ出ていったん左折してからUターンします。

20231129Songthew2.jpg

20231129Songthew3.jpg

20231201Smap.jpg

この後はスクムビット通りをひたすら南下し、途中レムチャバンを通りました。大昔ですがレムチャバン港の保税ヤードで数日仕事をした事がありましたので、そんな事を思い出しました。

20231129Songthew4.jpg

やがてスクムビット・パタヤ・ソイ14/1で右折し、スクムビット通りを離れて海側へと向かいます。

20231129map1.jpg

画像下のように、このソイのスクムビット側パクソイに白地に青のラインのソンテウが見えるので、もしかしたら(前回のエントリーで書いた)サッタヒープ行きの1631番かも知れません。いずれにしてもこのソイの中では「シラチャ~ナクルア」と「サッタヒープ~ナクルア」の1631番が同じところを走っていると思われます。

20231129Songthew5.jpg

ソンテウはこのソイの海側パクソイ手前のY字路が終点の様です。乗客の皆さんが降りたので私もここで降りました。シラチャからナクルアまでで25THB、時間は50分弱だったと思います。

20231129Songthew6.jpg

20231129map2.jpg

このソンテウを降りたY字路で反対側車線を見ればシラチャへ戻る1631番が数台停まっていました。実際に乗ったわけではないので未確認ですが、ここからシラチャへ戻れそうです(私はパタヤへと向かいますが)。

20231129Songthew7.jpg

さて、ソンテウを降りて海側へ歩けばすぐに海岸と並行するパタヤ・ナクルア通りです。この通りを南に行けばすぐにパタヤですし、ソンテウをたくさん見かけたので急いでパタヤへ向かうことはないようです。

20231129Songthew9.jpg

目の前に見えた「ナクルア魚市場 Naklua Fish Market」(Google Mapだとラーンポー ナークルア市場となっています)へと通りを渡りました。

20231129Songthew10.jpg

長くなりました。毎回ながら、最後までお読みいただく読者には心から感謝します。いよいよ目的地が近づきましたが、次回に続きます。

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2023.12.05 | コメント(6) | タイ・トラベル

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(7) スコータイ歴史公園

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅、その7回目です。

「メジャーな観光地を扱わないブログ」「どこどこ行って何々見た的な観光ガイドのブログにしない」・・・そうした流儀に反するようなお題が今回になってしまいますねぇ~(汗) このシリーズを書きながらどのエピソードもそれが気になっていますが、今回はいくらでもネットにあるだろう大観光遺跡「スコータイ歴史公園」が出てくるので余計に気になっています(苦笑)

スコータイが観光地であるのは歪めないのですが、なぜそこに行き、そこで何を感じ、何を思ったのかを綴りたいと思います。前回も書きましたが「王朝と宗教の変遷」「クメールの影響」「スコータイの特徴」が本来のテーマです。

スコータイ歴史公園のワット・マハタートです(2001年の撮影です)
20231114sukhothai1.jpg

タイでのロングステイ時(2015~2018年)の旅は大きなテーマをいくつか持っていました。その一つがチャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る事です。そのタイ王朝の簡単な推移と関係する本ブログのエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝 1238~1448年 スコータイ王朝カンペーンペット(本シリーズ)
   
アユタヤ王朝  1351~1767年 ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在(予定)
               チャオプラヤー元流を歩く(エントリー中)
トンブリー王朝 1768~1782年 トンブリー王朝の面影を探し 全27回
   
チャクリー王朝 1782年~    チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
                 チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

チャオプラヤー川が上流でピン川に繋がりカンペーンペットがあります。さらにピン川を遡るとラーンナー王朝(1292年 - 1775年)の首都となったチェンマイに繋がります。まさしくタイの歴史はチャオプラヤー川を遡る事で繋がるのです(自説です)。

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そんなこの旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。そしてこのシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(1) 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(2) バンコク~カンペーンペット
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(4) 歴史公園(城壁内)
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(5) ワット・プラケオ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(6) クメール王朝支配

さて、今回の旅のテーマ「スコータイ王朝」の領地はスコータイ、ピサヌローク、カンペーンペット、ナコーンサワンなどタイ北部の南側から、最盛期のラムカムヘン大王(ラームカムヘーンとも)在位でも中部の一部を含む程度の規模だったとされます。

その中でスコータイ、シーサッチャナーライ、カンペーンペットの三つの歴史公園が世界遺産として登録されています。今日はその中でもスコータイ歴史公園の話です。

なお、画像と記録などは2001年のものを使っていますので情報は当時のものです。ただ、歴史や遺跡は変わらないので、スコータイ王朝全体の話を構成するのに使っています。

スコータイ歴史公園 Sukhothai Historical Park

カンペーンペットの北東80㎞にスコータイ歴史公園はあり、スコータイ王朝の王都になる前はクメール王朝の一地方都市だったと思われます。

歴史公園城壁内にある3連のクメール様式プラ―ンが残る「ワット・シーサワーイ Wat Sri Sawai」は、スコータイ王朝以前の12世紀末から13世紀初頭にかけて建てられたヒンドゥー寺院でした。スコータイ王朝以前はこの様な寺院(あるいは神殿)ばかりだったでしょう。

20231111sukhothai2.jpg

やがて王朝第3代のラムカムヘーン大王の時代でスリランカから仏教を導入し保護した結果、クメール様式の寺院が仏教寺院に改修されたり、新たにスリランカの影響が大きいスコータイ様式の寺院も建てられたのでしょう。現在のスコータイ歴史公園ではこの二つのタイプの寺院が見られます。

冒頭の画像ワット・マハタートは13世紀の建立と言いますから、まさに1238年のスコータイ王朝成立後に王都の中心寺院として建てられた寺院なのでしょうが、元々あったクメール寺院を改修したように私には見えます。画像下もワット・マハタートでスコータイ様式の仏像です。

20231030sukhothai.jpg

ワット・マハタートのアッタロット仏像です。スコータイで多く見かけます。仏立像あるいは遊行仏もスコータイ様式の特徴の一つであるように思えます。

20231111sukhothai3.jpg

画像下もスコータイ歴史公園の大変印象的な「ワット・シーチュム Wat Sri Chum」で、仏教寺院そのものであるのはご覧の通りです。諸説あるようですが、ラムカムヘーン大王(在位1279~1299)以降の時代に建立されたと私は思います。

20231111sukhothai1.jpg

歴史公園城壁内の主要遺跡は貸自転車で回ったのでへとへとに疲れてしまいましたが、城壁外の南にどうしても見たい遺跡がありました。22年前はタイ語がほとんど話せなかったのですが地図を見せてオジサンに連れて行ってもらいました(これを彼はトゥクトゥクと言っていましたねぇ~)。

20231114sukhothai2.jpg

「ワット・チェトゥポン Wat Chetuphon」は保存状態が良くなく劣化が進んでいる中を近所の子供たちが遊んでいました。そんな子供たちにカメラを渡してシャッターを押させたのは私ですが(笑) この頃のスコータイは観光客は少なく、城壁外になると誰もいなく朽ちるまま時が過ぎていくような地でした。

20231114sukhothai3.jpg

この遺跡に行きたかったのは、スコータイ王朝以外では見る事がない層塔の四面に坐像、立像、臥像、遊行像の四つの姿を浮き上がらせた仏像です。城壁北の「ワット・プラ・パーイ・ルアン Wat Pra Pai Luang」にも同様の構造物がありますが、他では見たことがないですねぇ~

今は頭部を失った遊行像の一部が残っているだけですが、生々しい足が今にも動きそうに見えたのは周囲に何もない草原の中に突然現れたお姿だからでしょうか。そして・・・17年後に行ったカンペーンペット歴史公園でここを鮮明に思い出すことになりました。そのお話はまだ先なのですが・・・

画像下はスリランカで12世紀(スコータイ王朝以前)の建立と言われるガル・ヴィハーラ寺院です。坐像、立像、涅槃像が花崗岩に彫られています。こうした仏像をスコータイで再現したかった、しかし花崗岩がなくてレンガにラテライトとスタッコを使ったものの劣化が激しく頭部から崩れた・・・こんなストーリーを勝手に考えてしまいます。興味深いですねぇ~

20231115GalVihara.jpg

スコータイ歴史公園はさすが王都だっただけにシーサッチャナーライやカンペーンペットに比べ広大です。そして他の歴史公園内の遺跡と比べると・・・スリランカからタイへ持ち込んだ仏教、それが強く影響し作り上げたスコータイの文化を王朝成立以前からあったクメール文化に上書き、インストールしてスコータイ様式となる文化を造り上げた・・・そんな王朝が遺跡から強く読み取れるのです(自説です)。

スリランカのダンブッラ黄金寺院です
20180701 Dambulla

このようにスコータイ王朝(の遺跡)へのクメールとスリランカの影響、ヒンドゥー教と仏教の影響などが興味深く思え、王朝と宗教の変遷が遺跡にどう現れるのか・・・そんな思いで遺跡を歩いたのです。

今回も長くなりました。最後までお読みいただき、ありがとうございます。次回に続きます。

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2023.11.30 | コメント(1) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く(7) これまでのあらすじ 1

シリーズ「チャオプラヤー元流を歩く」が5年ぶりの再開です。なにしろ5年も中断してしまったシリーズなので、「チャオプラヤーの元流」って何?と思われる方が大半かと思います。たぶん「元流」と言う言葉は国語的には正しくないと思うのですが、「元々の流れ」と言う意味で使っています。

さて、今までのエントリーは以下の通りですが、このエピソードではこれらを簡単?にをまとめてみたいと思います。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・ガオと9寺巡り1

チャオプラヤー川はピン川とナーン川が合流するナコーンサワンから始まり、サムットプラカーン県のパークナムでタイ湾に注ぐ全360㎞のタイ中央部を南北に流れる川です。

20180428 Map3

ナコーンサワンの昭披耶河源(チャオプラヤー源流)碑(最上流)
20180526 NS 1

チャオプラヤー河口にあるプラ・チュラチョームクラオ要塞公園(最下流)
Phra Chulachom klao Fort 2

そのチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。その湾曲部にショートカットが作られる以前のチャオプラヤー川の元々の流れを追う旅がこのシリーズです。

20180428 Map 1

青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、チャオプラヤー川左岸(東側)の現チャクリー王朝、そしてアユタヤ王朝、さらにチャオプラヤーからピン川と名を変えながら、スコータイ王朝にラーンナー王朝にも繋がる事にもなります。

20180428 Ayutthaya

スコータイ王朝に関しては『スコータイ王朝要塞都市』、そしてタイ各王朝に多大なる影響を与えたクメール王朝に関しては『タイのクメール遺跡を巡る』でエントリー中で(リンク先はそれぞれの最新エピソード)、アユタヤに関しても近くシリーズ開始します。

興味深いですねぇ~ 大いなる川が土地を豊かにし人々が暮らし国となる。やがて他国との争いや交易で内陸から海へと近づく。その全てにタイの場合はチャオプラヤー川が大きく関わってきたのです。

さて、このシリーズはチャオプラヤーがタイ湾に繋がる河口から始めています。その河口には『プラ・チュラチョームクラオ要塞Phra Chulachomklao Fort』があります。

20231123river1.jpg

ラマ5世(1868~1910年)が海から攻めて来る敵から守る為、チャオプラヤー河口から王宮近くまで川沿いに整備し造った要塞で、日本製の元練習艦メークロン号(画像上)も保存されています。 この河口から王宮までチャオプラヤー川沿いに造られた要塞全てを『首都防衛要塞を行く』(シリーズ中最新エピソード)で紹介しています

次は河口の町でサムットプラカーン県の県庁所在地のパークナムです。ウィブーンシー市場は魚介類の豊富な事ではバンコク周辺の中でもぴか一でしょう。市場奥にはチャオプラヤー川で一番下流の渡し船があります。

Pak Nam Market 2

なお、本ブログではこのシリーズとは別に、チャオプラヤー川首都圏エリア全ての渡し舟と橋を詳しく紹介しています。『チャオプラヤー渡し百景』と『チャオプラヤー名橋奇覧』です(リンク先はそれぞれの最新エピソード)。しかし、我ながらよく歩き、調べたものです。今考えると、とても出来ないなぁ・・・

パークナム対岸には「ピースアサムット要塞Phi Seur Samut Fort」があります。『首都防衛要塞を行く(2)プラサムットチェーディー』で詳しく書いています。

Phra Samut Chedi 2

やがてチャオプラヤーは「プラプラデーンPhra Pradaeng」(現地の方達はパパデーンと呼びます)の大きく川が湾曲する最初の所を流れます。この湾曲内側が大きな島のようになっていて、渡し船が4カ所、第1と第2プミポン橋、要塞跡に湾曲部中央にある『バーンナムプン水上マーケット』や大変広い『シーナコンクエンカン公園』がり、モン族独特のスタイルを残す『プラプラデーンのソンクラン』も見所となります。

20180424 PPD 7

このプラプラデーンの湾曲した根元にショートカットのように見える運河が造られています。こうしたショートカットを「捷水路(しょうすいろ)」と呼びますが、その目的は曲がりくねった川の流れを真っ直ぐにして洪水を防ぎ、土地の有効活用をする事です。しかし、ここは目的がよく分かりません(汗) 

普段は水門が閉じられていますし、運河自体がかなり狭くこの辺りを航行する大型船はとっても通れません。そもそもここが掘られたのは1874年と時代はかなり新しくラマ5世統治下です。

20180428 CPR 7

うーん、なかなか先に進みませんねぇ(汗)面白い所がたくさんありますが、それらはこの「あらすじ」ではなく過去のエピソードを見ていただく事にして、省略して急ぎましょう。

省略してどんどん上流に向かい、メモリアル橋(ラマ1世橋)のすぐ上流側に花市場ことパーククロン市場があって、その反対側の右岸(西側)にバンコクヤイ運河の入口があります。このメモリアル橋はその名も、歴史的にも、ドラマ的にも、構造的にもとても面白いのですが説明できなくて残念です。是非『チャオプラヤー名橋奇覧(7) メモリアル橋』をご覧ください。

20180428 CPR 3

さて、チャオプラヤー元流はバンコクヤイ運河へと大きく西へ向かいます。このバンコクヤイ運河が最初の元流になります。『トンブリー王朝の面影を探し』シリーズでバンコクヤイ運河に関して詳しく書いています。

20180210 BL 7

って事は・・・バンコクを訪れた人なら誰もが目にするだろう、ワット・ポーや王宮、そして対岸のワット・アルンがある辺りのチャオプラヤー川は1542年以前は無かったのです。たぶん湿地だったのでしょう。日本なら戦国時代で関ケ原の戦いの58年前の事です。

20180428 CPR 9

実は、私はこの事を長く知りませんでした。まさか王匡前のチャオプラヤー川が昔は無かったなんて・・・それを知った事がこの旅のきっかけの一つでもあるのです。面白いですねぇ~

「あらすじ」を一回で済ませるつもりだったのですが、所詮私には出来ない事のようです(汗) すごく長くなったので「あらすじ」は次回に続きます。

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2023.11.26 | コメント(0) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(8) 謎のコーカイ路線

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第8回目です。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ
  第7回「シラチャ

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631ด」15バーツ 47分

20180426 Map4

前回はシラチャのロビンソンから街を見ながら時計台まで来ました。ノンモン市場からシラチャに来た時にナクルア行きのソンテウを時計台近くで偶然見つけたからです(画像下)。

20180718 Siracha 1

このナクルア行きソンテウを見た時、ある事に気づきました。私的には拘りが強い大きな疑問です。タイ語さえ上手に話せれば運転手などに聞きまくって『謎』は解けるのでしょうが、幼稚なタイ語と読み書きは全くダメな私です(涙)

ちなみにタイ語の読み書きが出来ないのに、ソンテウ等のタイ語行先を知るコツを『ソンテウの乗り方(2)』で書いています。

さて、もう5年前の事なので変化の激しいバンコクの路線バスを語る事は出来ないのですが、当時2年以上毎日路線バスを乗り続けて全路線のルートなど運行状況を調べる馬鹿々々しい事をしていました。

そんなの簡単じゃん!思われる方は当時の路線バスを知らない人です。行き帰りで、都営と委託で同じ番号でも路線が変わる、枝線もあったり、何やら表示板出して別ルートもあるし、手ごわかったし調べるのが楽しかったですし、何よりもバンコク首都圏をくまなく行って歩いて見ました。まぁ、ブログに書けばバスに乗りたい方々のお役に立つかも・・・と思ったこともあります。

BMTA公式サイトはありましたが古いし大雑把だしメンテしてないので使えず、個人的拘りでネット検索はしない主義なのでとにかく乗ってみるしかない・・・それでロングステイ3年半の2年はつぶしたような(笑)その全ての記録がブログサブメニューのカテゴリーから「バンコク路線バス」で見られます。

Bus26n ARL R

その200以上のバス路線調査の中で一番手ごわかったのが26番(画像上)でした。私的に「コーカイ路線」と呼んだ数字の後にタイ文字กが入る路線で、26番はコーカイを入れて全く異なる路線が5つもありました。『26ก番 バンコク不完全バスガイド』で書いています。

どうしても脱線してしまうブログです。バスの話は別な機会にして、話をソンテウに戻しましょう(汗)
さて、シラチャで気づいたのは・・・どうもソンテウでもコーカイ路線があるらしいと気づいてしまったのです。

ノンモン市場หนองมนからシラチャศรีราชาに来た時のオレンジ色のソンテウは1631ด番でした。コーカイが付いているのは気が付いていましたが、ノンモン市場でよく探せば1631番(コーカイなし)などがあるかと自然と考えていました。

20231116_1631A.jpg

そしてシラチャで乗ろうとしたシラチャศรีราชาからナクルアนาเกลือ行の白地に青のラインが入ったソンテウも1631番だったので、よく見たらタイ文字「」が付いています。何でしょうかねぇ~ 後でコーカイ表を見たら「皿の」に見えますが、よく分かりません。

20231116_1631B.jpg

いずれにしても1631番で全く異なる路線です。ソンテウの色が全く異なるので運行会社(あるいは組合、親方)が異なっているかと思います。根拠のない推論ですがノンモンからパタヤのような長い区間で1631番と認可を受けて、実際の運用はコーカイを付けて区切って営業しているのではないかと・・・

それでナクルアから先も1631番があるのではないかと思い、22年前まで遡ってナクルアからパタヤ周辺の画像をPC奥深くから出して探しました。結果、時間だけ費やし見つかりませんでした。仕方なしにGoogle Street Viewでパタヤ周辺でソンテウが走っていいそうな所を片っ端から探しました。3時間ぐらいパソコンの画像を見たような(笑)

ランポ―ナクルア市場前(5年前の自前画像です)
20231117naklua1.jpg

結果、あるものですねぇ~ パタヤの南、ジョムティエン・ビーチの南でスクムビット通りのコロンビアピクチャーズ・アクアバース Columbia Pictures Aquaverse 前を走っていました。ナクルアから20㎞以上南でした。

Google Street Viewをキャプチャーしました
20231116_1631C.jpg

このソンテウ、シラチャ~ナクルア間のソンテウと同じ白地に青のラインです。何か青のラインの色調が異なるように見えますが、個体差でそう見えるのか?分かりませんが、ぱっと見同じだと思います。番号の後ろに付くタイ文字は・・・う~ん、何でしょうねぇ~ タイ文字が全て同じに見える私には判別不能でした。って言うことは、同じ車体塗装で同じ番号に見えるってことですね。

しかし、なぜ「鶏のゴー」、そして「卵のコー」とコーカイ表の順番ではないのでしょうか? もしかしたら、○○○○番のA、そして次がB・・・とABCD順にサフィックスに付けて区別する、そんな役割をコーカイ表で行っている・・・と考えた私が間違っているのかも。会社のイニシャル? 分かりません。謎のままです(涙)

いずれにしても、行先表示だけがハッキリと異なり(当たり前ですけど)「サッタヒープ สัตหีบ - ナクルアนาเกลือ 」とあります。サッタヒープ(サタヒップ?、サッタヒップ?)がバンコク湾の東部最南端で海軍基地の町なのは以前から知っていましたが、行ったことはありません。ソンテウがサッタヒープのどこに行くのかも見たのですが、この町の広大なエリアがストリートビュー対象外で分かりませんでした。海軍の基地だからでしょう。

20231117map.jpg

ソンテウだけを乗り継いでバンコクからサッタヒープまで行けるのですねぇ~ 在住時にこの事を知っていたら・・・すぐにもナクルアへ行って、サッタヒープまで行くソンテウをに乗った事でしょう。うーーっ、残念です。どこへ行っても路線バスやソンテウを気にする私がナクルアで気づかなかったのは、最初からパタヤが終点で、それを目の前にして焦ってしまったからです。

ちなみにこのナクルア~サッタヒープのソンテウが走るだろうスクムビット通りのパタヤ以南ですが、ストリートビューを何時間も見た結果、(観光の方々にとって)面白そうな所が多くありました。前述のコロンビアピクチャーズ・アクアバースにアンダーウォーター・ワールド・パタヤ、パタヤ水上マーケット(怪しげですねえぇ~)、テパシットナイトマーケット(ちょっとねぇ~)・・・と観光用に作られた施設がたくさん地図上でありました。私は全て行ったことがないので、内容に関してはご勘弁を。

さてソンテウのコーカイ路線と言えば、このシリーズの最初のエピソード『バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(1) 都心~パークナム』でオンヌットのソンテウ1013番はルート別の番号が付けられている事に触れています。これは路線バスで言えば枝線的な違いで、誰もが見てすぐわかる違いでした。外国人が多くいるエリアなので助かりますね(私には縁がない地ですが)。

20180504 Songtew 2

そう言えば、私が(仕方なしに)BTSに乗る時に使ったウドムスック通りの1014番。番号やコーカイの表示もなくスクムビット側から乗る時は停車位置だけで行先が異なっていました。最初よく間違えたのに慣れたら何も気にせず乗っていました(笑)

20231119udom.jpg

いずれにしても、このエピソードで伝えたかったのは・・・ソンテウは系統番号や車体塗装だけでなく、コーカイ路線とか枝線的な番号があるので(そして全く番号の違いがなくても)、十分に行先を確認して欲しい。「○○色の○×△◇番のソンテウに乗る」なんてネットにいくらでも書かれているでしょうが、気を付けてください。

特にナクルアからシラチャへ向かうのに1631番のソンテウを使う方は十分に注意です(キッパリ)。残念ながらナクル出発の場所が同じか確認できていませんが、会社が同じだと思うので、まず一緒でしょう(スクムビット・パタヤ・ソイ14/1内に駐車している1631番が何台かストリートビューで見えます)。 シラチャへ行きたい方が慌てて乗ったらスクムビット通りを反対の南に向かうことになります。

パタヤもシラチャも日本人が多いエリアかと思いますので、きっと現地の方々には常識なのでしょう。ネットで調べたらそんな情報がいっぱいあるのかも知れません。今の私には知りようもありませんが・・・ソンテウの番号+タイ文字は解明したい謎です(苦笑)

さて・・・そろそろナクルア行のソンテウに乗りましょう。続きます。

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2023.11.20 | コメント(0) | タイ・トラベル

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(6) クメール王朝支配

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅、その6回目です。

スコータイ歴史公園のワット・マハタートです(2001年の撮影です)
20180526 Sukhothai

タイでのロングステイ時(2015~2018年)の旅は大きなテーマをいくつか持っていました。その一つがチャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る事です。そのタイ王朝の簡単な推移と関係するこのブログのエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝 1238~1448年 スコータイ王朝カンペーンペット(本シリーズ)
   
アユタヤ王朝  1351~1767年 ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在(予定)
               チャオプラヤー元流を歩く(エントリー中)
トンブリー王朝 1768~1782年 トンブリー王朝の面影を探し 全27回
   
チャクリー王朝 1782年~    チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
                 チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

チャオプラヤー川が上流でピン川に繋がりカンペーンペットがあります。さらにピン川を遡るとラーンナー王朝(1292年 - 1775年)の首都となったチェンマイに繋がります。まさしくタイの歴史はチャオプラヤー川を遡る事で繋がるのです(自説です)。

20231027map1.jpg

そんなこの旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。そしてこのシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(1) 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(2) バンコク~カンペーンペット
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(4) 歴史公園(城壁内)
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(5) ワット・プラケオ

さて、今回の旅のテーマ「スコータイ王朝 Sukhothai Kingdom」の領地はスコータイ、ピサヌローク、カンペーンペット、ナコーンサワンなどタイ北部の南側から、最盛期のラムカムヘーン大王(ラームカムヘーンとも)在位中でも中部の一部を含む程度の規模だったとされます。

クメール王朝支配

スコータイ王朝(1238~1448年)はタイ族最初の王朝と言われますが、それ以前のこの地はクメール王朝(アンコール王朝)の支配下でした。タイやカンボジアのクメール遺跡を訪ねると、その領土の広さと「王朝と宗教の変遷」を強く感じてなりません。今日はそんなお話です・・・

アンコールワットは2002年にタイから陸路で訪れています
20180602 Angkor 1

ヒンドゥー教を中心としたクメール王朝(802~1431年))ですが、その最盛期は仏教徒だったと言われるジャヤヴァルマン7世(在位1181~1218年)の時代だそうです。そのジャヤヴァルマン7世が建てたのがアンコールトムのバイヨン寺院(画像下)で、ヒンドゥー教と仏教が入り混じった寺院です。

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ここまでは調べたり知っていたのですが、ここからは自説です(苦笑)。
スコータイ王朝の領土はクメール王朝の(王都アンコールワットから見て)北西辺境部になりますので、おそらく最盛期の王でしかも仏教徒であったジャヤヴァルマン7世の時代が最もこの地に影響が強かったと思います。

1203年のクメール王朝支配地域です。地図上チェンマイあたりのHariphunchai Kingdomとはモン族のハリプンチャイ王国で、後述するラーンナー王朝の創始者マンラーイ王に滅ぼされます。
20231113Khmer.jpg

それでクメール様式の中でも仏教色が入った寺院がスコータイにも影響したのでしょう。さらにスコータイ王朝ラムカムヘーン大王(在位1279~1299)以降の時代だと、クメール様式の寺院も仏教寺院に建て直されるか、あらたにスコータイ様式の寺院が建立されたのではないでしょうか。

なお、スコータイ全域ではクメールの影響が薄く思えますが、カンボジアに近いタイ東北部には多くのクメールの痕跡を見る事が出来ます。『タイのクメール遺跡を巡る』がシリーズエントリー中の(現時点で)最後のエピソードです。

スコータイ王朝成立

画像下、スコータイ歴史公園の「ワット・シーサワーイ Wat Sri Sawai」は12世紀末から13世紀初頭にかけて建てられたそうです。、スコータイ王朝以前のヒンドゥー寺院(クメール様式)です。スコータイ王朝以前はこの様な寺院ばかりだったでしょう。

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そして、スコータイ王朝が開かれたのは1238年だそうです。上記のジャヤヴァルマン7世が世を去った20年後でクメール王朝の支配力はすでに衰えていたのでしょう。

この1238年は大変興味深い年でチェンマイに開かれたラーンナー王朝の創始者マンラーイ王誕生が1238年です。それでラーンナー王朝はスコータイ王朝に54年遅れて成立しています。このラーンナー王朝とスコータイ王朝は約150年共存しています。

画像下はチェンマイの「ワット・チェーディールワン Wat Chedi Luang」ですが、着工が1391年で完成が1441年なのでスコータイ王朝滅亡7年前の事です。

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ヨーロッパでは・・・イスラム王朝が(今のスペインの)グラナダを都(グラナダ王国)としたのが1238年です。この時代はイベリア半島でキリスト教勢力とバチバチに争っていた時代です。グラナダのアルハンブラ宮殿には1997年に訪れていますが、ドイツ7年の在住でMAX太っていますねぇ~ 

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この時のアメリカは・・・前述のイベリア半島のイスラム支配が終えたのが1492年。そしてイベリア半島の大国スペインの支援を受けたコロンブスがアメリカ大陸をたどり着いたのが1493年ですから、先住民の世界ですね。

そして日本の1238年は・・・鎌倉時代でNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で坂口健太郎が演じた第三代執権・北条泰時の晩年です。そして鎌倉大仏(木製)の建立が始まったのが1238年です。(画像下で我家の女王様と大仏様が一緒で恐縮です)

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さて、スコータイ王朝が始まった1238年が、我が家からも近い鎌倉で感じ取れる時代と同じ頃かと思うと・・・何か遺跡で感じ取るほど昔でないような気がしてきました。

そして、こうして自分自身の頭を整理すると、タイの仏教は案外そう古くからこの地に根付いたわけではないと気づいたのです。『タイは仏教国』と大文字に色かけアンダーバーで書かれているイメージがありますが、その実はそう古くはないように考え直したのです。

もちろん。東南アジアの地理的条件から、そしてクメール王朝でも仏教色が強かった時代など、古くからこの地で広めようとする動きはあったと思うのですが、初のタイ人の国として仏教(出家し修行することで自身の解脱を目指す上座部仏教)を保護し広めようとしたのは王朝第3代のラムカムヘーン大王以降ですので、庶民レベルで広まったのは13世紀後半から14世紀でしょう。

スコータイ歴史公園内のラムカムヘーン大王像です
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それは日本だと鎌倉時代後半から室町時代初期です。6世紀の仏教伝来や最澄や空海の密教は別にしても、庶民仏教となる浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、曹洞宗、臨済宗などはすでに鎌倉時代に誕生していたと思います。まぁ、仏教と一言でまとめて考えると怒られそうですが・・・

なお、スコータイ王朝第三代のラムカムヘーン大王はその時代に拡大した領土、タイ文字を造った事、そして仏教を信仰し保護したことでタイに仏教を広めた事などから、タイで最も偉大な王だったと言われます。

そんな事を考えながらカンペーンペットの遺跡の中を歩いていたのですが、話が脱線・・・いや、暴走しました(汗) ごめんなさい。 
話を戻したいのですが、暴走から立ち直るために次回とします。次回はスコータイ王朝の三都市物語です。

毎回の長い話で本当に申し訳ないです。最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

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2023.11.15 | コメント(0) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(7) シラチャ

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第7回目です。

さて、このシリーズのエントリーは5年4カ月ぶりになるので(苦笑)、旅の内容前に少しソンテウとタイでの公共交通機関について書いておこうと思います。

まずは「ソンテウ」なる乗り物ですが、このブログを読む方なら皆さんご承知の事かと思います。念の為の記載ですのでご勘弁ください。

そのソンテウ・・・タイ語の『2(ソン)สอง』と『列(テウ)แถว』をくっ付けたので2列を意味するのはご存知かと思います。現実にピックアップトラックや軽トラックの荷台を改造して長椅子が2列で向かい合っています。

20180502 Songthew 2

多くの路線バスが町中を走るのはバンコクぐらいで、地方都市では路線バスは都市間を移動するもので、都市の中ではソンテウが中心となります。タイでは他にロットゥー、トゥクトゥク、シーロー、サムロー、モタサイと乗り物が多いのですが、その風貌や運行スタイルはバラバラで観光ガイドブックのように簡単に言い切る事は私には出来ません。

20231110bus2.jpg

ソンテウ、そして路線バスはもちろん水上バスや運河ボートを含んでタイで公共?(とは言い切れないけど)交通機関を利用する方は、是非以下のエントリーを読んで下さい。

ソンテウの乗り方(1) 乗り物の種類と使い分け
ソンテウの乗り方(2)

観光や(都心部在住の)多くの日本人にとって、都市型鉄道のBTSやMRT以外の上記タイ公共交通は、不快で危険でもあり色々な意味で一定性もない事を十分に知って欲しいのです。

20180502 Bus 1

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特にソンテウとモタサイはその車両と乗車形態から、万が一事故に遭遇した場合はかなり危険です。また誰でも働けそうな?運転手の技量と性格も大きなバラツキがあります。路線バスも含めてですが「危ない運転手」に当たった事は数回どころの話ではないです。

そう言えばソンテウ(を降りた直後)でひったくりにあった事があります。『引ったくりに遭う』でエントリーしています。

5年前と少しは変わったのかも知れませんが、安全軽視の根っこは同じはず。数回の経験でこうしたタイっぽい乗り物を面白おかしく紹介する動画系やブログがあるのではないでしょうか。アクセス数を上げる為に物珍しさでされているのでしょが、安易にネットでお勧めする内容にはどうか気を付けてください。

画像下は分かりにくいのですが、センセープ運河ボートの乗り降りです。ほぼ毎回こんな感じで、実際に在住時に落ちて亡くなった方がいました。身体ごとや手荷物を香しい運河にプレゼントする方もいますし、運行中しぶきを被るのは毎回です
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いずれにしてもこのブログではこうした乗り物が多く登場し私自身はたっぷり楽しんでいます・・・って言うか、バスなら年に千回以上、ソンテウでも年に百回以上、渡し船から水上バス類も年に百回以上利用した経験で書いています。また、『タイ公共交通機関利用のリスク』は別に書くつもりです。

下の画像はツッコミどころがいっぱいですね、まぁこれでもマシな方です
20231110bus1.jpg

前置きが長くなりました。そろそろ本題に入りましょう。

前回の第6回目はノンモン市場からシラチャまで(もちろんソンテウで)移動し、町を散策しましたが、好きな海がすぐ近くにあるからなのか町全体が明るく感じました。

また、ソンテウだけで移動なんて馬鹿げた事をしなければ、シラチャ~バンコク間はロットゥーも大型バスもあるので便利な所でした。この日は時刻も遅くなったのでいったん大型バスでバンコクに戻り、後日シラチャから再開する事にしました。

20180718 Siracha 6

なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。
  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631ด」15バーツ 47分

20180426 Map4

さて、シラチャから戻りソンテウを乗り続けた疲れが取れたのが三日後です(笑) 前回の続きと言うことで、まずはアパートからエカマイのバスセンターまで行ってからシラチャまでバスで行きました。

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アパートから都会のエカマイまで行くのに1時間弱でしょうか、アパートから数分歩いてバンナートラート通りに出れば、バンナー交差点かキンケーオ市場前からロットゥーで1時間ちょっとで行けるはずですが、ロットゥーが大の苦手なので遠回りでもバスを選択です。

20231110sriacha1.jpg

シラチャではスクムビット通りロビンソン前でバスを降りました。ここからは前回すでに調査済みで分かっている時計台のロータリーまで行けば、パタヤ北側にあるナクルア行のソンテウの乗れます。時計台まで行くソンテウも分かっていましたが、ゆっくりと町を散策するように歩いて行きました。画像下はノンモン市場~シラチャ間のソンテウ1631番のシラチャ内ルートですが、このルート沿いで歩きました。

20180718 Map 4

下の画像が時計台ですが北側から撮っています。この画像で左が市場で奥は公園です。画像上右に道なりに30~40m進むとソンテウの待機場所です。

20231110sriacha2.jpg

白地に青のラインが入ったソンテウで1631番、「シラチャศรีราชา」「ナクルアนาเกลือ」と書いてあって、前回ノンモン市場からの偵察時に見つけたソンテウです。数台待機していたので先頭車両に乗って出発を待ちました。

20231110sriacha3.jpg

さあ、いよいよパタヤに向かって出発ですが・・・・長くなったので次回に続きます。

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2023.11.11 | コメント(2) | タイ・トラベル

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(5) ワット・プラケオ

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅の5回目です。

画像下はワット・プラケオの印象的な仏像です。
Kamphaeng Phet HP

なお、この旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(1) 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(2) バンコク~カンペーンペット
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(4) 歴史公園(城壁内)

さて、前回は「カンペーンペット歴史公園 Kamphaengphet Historical Park」(南側・城壁内)に午後5時の閉園直前に入り、慌ててワット・プラタートを見てすぐ隣の王宮寺院「ワット・プラケオ Wat Phra Kaeo」に行った事まで書きました。下の地図で右下(南東)の入り口から左上(北西)へ向かって歩いています。

20180701 Map 1

現在はバンコクの王宮寺院ワット・プラケオに国で最も重要な仏像「エメラルド仏 Emerald Buddha」が安置されていますが、そのエメラルド仏がたどった数奇な過去は諸説ある中で一部を前回で書いています。

20180701 Emerald

伝承?ではカンペーンペットのワット・プラケオに安置された時期があった・・・とありますが、私的にはビルマとの国境近くで城壁で囲むほど侵略を恐れていたこの地に安置したとは思えないなぁ~と私は現地で薄々感じていました。規模的にもそう大きくないですし・・・ まぁ、それでもエメラルド仏が安置された地だと信じましょう。

20180701 KPP 9

さて、ワット・プラケオはラテライト(主に基底部)とレンガ(建物の構造部や仏塔)で作られた基壇がいくつか残っていて、東側基壇(画像上)には一体の坐像(画像下)と上部が崩れた仏塔基壇が見られます。

20231030KPP1.jpg

ここの仏像だけではないのですが、多くの仏像が修復されているのでしょうがスコッタ(化粧漆喰)が完全に失われいるので、時代など全く分かりませんでした。

20231031KPP5.jpg

次の基壇には建物を支えた石柱の一部、そしてスコータイ様式の仏塔(画像下の下)があります。どこの遺跡も同じでしょうが、建物の屋根や壁が残っていないのは木造だったからでしょう。

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このスコータイ様式の仏塔の東側が画像下の案内板にあった主仏堂ではないでしょうか? よく分かりませんが、ここにエメラルド仏が安置されていたのではないかと・・・

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20180701 KPP 6

次の(さらに西側)基壇には一体の坐像、そしてさらに西側には印象的な三体の仏像が置かれています。

(この辺りからかなり日が傾いて来たので、写真が撮りにくくなりました。その為翌日に撮り直した画像が含まれます)

20231030KPP3.jpg

奥の一体の涅槃仏と二体の坐像ですが、この三体にはスコッタが残っているので表情が分かります。その為かこの三体だけはスコータイ様式からは少し違うように思えてなりませんでした。後の時代に作られたのでしょうか・・・

20231031KPP4.jpg

20231030KPP4.jpg

下の画像がスコータイ様式の仏像で、スコータイ歴史公園ワット・マハタートの仏像です。(頭の上の)炎の形をした髷、卵形の顔に弓状の眉毛・・・全体的には女性的と表現されることが多いようです。

20231030sukhothai.jpg

スコータイ様式の仏像の話になると、さらに長くなるので先を急ぎましょう(苦笑)

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印象的な三体の仏像を後方に置き、さらに西へ向かうと上部構造物が何か分からない基壇がいくつかと、多くの小さな仏像が並んでいます。

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やがて大きな仏塔の基壇が現れます。残念ですが仏塔上部は壊れているものの、基壇部の象の状態は良いものがいくつかあります。

20231031KPP1.jpg

ここがワット・プラケオの一部なのか、あるいは別な寺院跡なのか今一つはっきりしていませんが、ここが公園の西端です。もうとっくに閉園時間は過ぎているのでずっと園内は私一人です。

20231031KPP2.jpg

私以外誰もいない歴史公園、緑の木々に浮き出た赤茶けた遺跡、夕方の風が灼熱の一日が変わる頃を告げはじめ・・・少し物悲しく思える夕暮れが帰路を急がせました。

20180617 KPP 15

次回に続きます。

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2023.10.31 | コメント(0) | タイ・トラベル

タイのクメール遺跡を巡る(4) ピーマイ遺跡

現チャックリー王朝(1782年 - 現在)からトンブリー王朝(1767年 - 1782年)、そしてアユタヤ王朝(1351年 - 1767年)にスコータイ王朝(1240年頃 - 1438年)へと、チャオプラヤーからピン川へと流れを遡ると共に歴史に思いを馳せる旅をずっと続けています。

現在まで以下のようなタイの王朝に関連したシリーズがあります。

「アユタヤへの道、アユタヤの歩き方(仮称・エントリー予定)」
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(アップ中で最新エントリー)
チャオプラヤー元流を歩く(アップ中で現時点最新エントリー)
トンブリー王朝の面影を探し 全27回
チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

そんな旅の中で13世紀以前になると、現在のカンボジアを中心に栄えたクメール王朝の影響をタイ各地で強く感じていました。画像下はムアンタム遺跡です。

20180602 Muang Tam

クメール遺跡はカンボジアのアンコールワットが有名で昔に苦労して行った事がありますが、タイの各地にも点在しています。特にカンボジア国境に近いイーサンと呼ばれるタイ東北部に多く、大きな寺院だけでなく森林や田畑に埋もれるような遺跡も入れたら、おそらく何百もあると思います。

その中で今回はタイにあるクメール遺跡の中ではベーシックな所を巡りました。いつも「ガイドブックやネットに書かれているような所は避ける」と言いながらも、バンコク周辺を離れたら・・・情けないです(汗)

20180721 Phimai 1

本シリーズの今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「タイのクメール遺跡を巡る(1) 序章
第2回「タイのクメール遺跡を巡る(2) バンコク~コラート
第3回「タイのクメール遺跡を巡る(3) コラート~ピーマイ

さて、前回はコラートから「ピーマイ遺跡(プラサート・ピーマイ) Prasat Phimai」がある「ピーマイ歴史公園 Phimai Histrical Park」まで路線バスで移動して来ました。バスを降りた時計台から徒歩2~3分で歴史公園入口で、時刻は午後3時を過ぎたばかりです。

20180721 Phimai 2

外国人入場料100バーツを支払って中へ入ります。現地の説明板や頂いた資料には記載がありませんでしたが、南南東を正面に(南北の軸から)少し傾いた(私的推測で)200m×300mの長方形をしています。

20180721 Phimai 3

この方向いた軸を真っすぐ南南東に伸ばすと・・・多少ズレがありますが、アンコールワットがあるカンボジア・シェムリアップに繋がるように思えます。寺院はそこに向けられて建てられた事は想像に容易い事です。

20180721 Map

この後に行くパノムルン遺跡も上の地図のようにこのライン上にありますねぇ~ 意図したものなのか分かりませんが、きっと何らかの意味を持つのでしょう。まぁ、こうした事は旅の後でブログを書くのに地図など整理して気が付いた事ですが・・・

20180721 Phimai 6

20180721 Phimai 4

規模はアンコールワットと比べようもありませんが、その基本的な構造は同じように思えます。他のクメール遺跡と比べての事ですが、タイでは最もアンコールワットに似ているのではないかと思いました。

20180721 Phimai 5

20180721 Phimai 7

現地説明板によると遺跡の大部分が11世紀~12世紀にかけて建てられたそうです。日本だと平安時代から鎌倉時代へと変わる頃で、「いいくにつくろう鎌倉幕府」と覚えた1192年にはピーマイ遺跡の完成形が見られたのではないでしょうか。

20180629 Phimai 1

20180629 Phimai 2

また、アンコールワットが着工したのが12世紀前半で完成が12世紀末と言われていますので、ピーマイで寺院を設計し建てた人々が完成を前にアンコールワットへ移り、そこであの巨大寺院を建てた説にも頷けます。

20180721 Phimai 8

そんな事を思いながら遺跡の中を歩きました。そしてさらに思ったのは「なぜ今までここに来なかったのか」と言う事です。もっと早く何度も来られたはずですが、バンコクからだと遠いような不便なような気がしたし、行っても(すでにアンコールワットを見ているのだから)大した事はないだろう・・・そう思っていたのです。

20180721 Phimai 10

20180721 Phimai 11

この時もバンコクの北バスターミナルを朝8時15分発で出発し、途中コラートでホテルに寄ってから地方路線バスで午後3時着でしたので、そのままコラートの第2バスターミナルで素直に乗り換えれば午後2時着は十分に可能だったはず。地方路線バスはピーマイで降りたらすぐに歴史公園ですから、午後4時か5時まで遺跡を見てもバンコク北バスターミナルには午後10時か11時には帰れるでしょう。

20180721 Phimai 12

20180721 Phimai 13

コラートでの乗り換えは同じバスターミナル内、ピーマイ現地での移動も徒歩数分と簡単で迷いようが無いので、ちょっと朝早く起きて夜遅くの帰りならバンコクからの日帰りで十分に楽しめる所だったのですねぇ~ それも全て快適にバスの公共交通機関利用だけです。

20180721 Phimai 14

そんな風に初めて行った地で今まで来なかった事を後悔するぐらい見応えがありました。少しでも遺跡やタイの歴史に興味があれば行くべき地でしょう。そしてアンコールワットにすでに行ったか行く予定の人にとっても興味深いはずです。

20180721 Phimai 15

有名観光地なので遺跡内を事細かく書くのは本ブログでは避ける事にしますが、1時間半ほどゆっくり中を見て、ずいぶん以前に行ったアンコールワットを思い出しながら十分に楽しみました。

20180721 Phimai 9

次回はコラートに戻り、少しコラート市内を歩きます。

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2018.07.29 | コメント(5) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(6)ノンモン市場~シラチャ

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第6回目です。

前回の第5回目はちょっと寄り道してノンモン市場からバンセンビーチに行きました。そこは首都圏に住むタイの人々にとって、ビーチに行くとなったら誰もが真っ先に考える所です。

20180627 Bangsen 10

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。
  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分

20180426 Map4

「ノンモン市場 Nong Mon Market」にバンセンビーチから戻り、スクムビット通りを歩道橋渡ったすぐ下の所で待機しているソンテウに乗ります。

20180627 Nongmon 4

シラチャ行のソンテウはオレンジ色で1631番系統ですが「1631ด」とタイ文字が付くコーカイ路線のようで、「シラチャศรีราชา」「ノンモン หนองมน 」とあります。

20180718 Map 2

出発待ちしている歩道橋下のソンテウの奥には広場があって多くのソンテウが待機していました。これではあまり待つことなく出発しそうです。乗り込んで待つ事数分でスクムビット通りを南下して行きました。

20180718 Songthew 1

20180718 Songthew 2

ソンテウは快調にスクムビット通りを走っています。左手に国鉄の線路が見え始めた頃、右手は時々海が遠くに見えて来ました。海岸線を走りながらもいつの間にか高度を上げたようです。

20180718 Map 1

ステップ立ち乗りで40分ちょっと、ほとんど知らない地を走ったのでシラチャまであっという間でした。警察署に役所など公的機関の前を走りましたが、日本語表記がある事から日本との関係の強さを感じました。

20180718 Songthew 3

ソンテウはシラチャの中心部に入りスクムビット通りを離れ海に向かいます。中心部で降りようかと思いながらも、終点までのルートを知りたく乗り続けました。

20180718 Map 4

ソンテウは海に近い市場と時計台を通り、「Queen Savang Vadhana 記念病院」前が終点でした。全区間の所要時間が47分で15バーツでした。この後、ソンテウは病院内でUターンして復路へと入ります。

20180718 Songthew 4

海を見たくてソンテウで来た道をしばらく歩きました。海とスクムビット通りの間に広がる中心部は歩くのにちょうど良い広さで、初めての地ですが迷いようもありません。時計台手前の公園前で偶然、ナクルア行きのソンテウを見つけました。

20180718 Siracha 1

白地に青のラインが入ったソンテウで1631番、「シラチャศรีราชา」「ナクルアนาเกลือ」とあります。ナクルアはパタヤのすぐ北側なので、そこまで行けばパタヤへのソンテウはすぐ見つかるでしょう。

20180718 Songthew 5

意図せずに次に乗るソンテウがすぐ分かったのですが、そのままナクルアへ行かずにシラチャの町を見る事にしました。18年前からシラチャに日本人が多い事は知っていましたが、全く無縁の町でした。今回が初めてのシラチャです。

20180718 Siracha 2

時計台近くで海に出てみました。何度か細い路地に入っては引き返し、やっと桟橋に出ました。海側から見る街並みは小高い丘と海外線の間の狭いエリアにビルが立ち並び、町が豊かな感じが強くします。

20180426 Si Racha

海沿いを歩くとここが昔は中規模の漁村だった事が分かります。たぶん漁業が町の主な産業だったのでしょう。それが周辺に工業地帯を整備し、いち早く進出した日系企業によってタイの人々に豊富な労働選択肢を提供し、さらに日本人が多く住む町へと変わっていったのだと思います。

20180718 Siracha 3

20180718 Siracha 4

実は、前在住時(2000年 - 2003年)への私的なイメージはあまり良く無かったです。単身赴任者の日本人が多い事は知っていて、日本人向けのカラオケがずらっと並んでいると聞いていたからです。海外で日本人が集まる所やカラオケが昔から苦手でしたから・・・

20180718 Siracha 5

そんな印象が変わりました。まぁ、カラオケ街はありましたが、夜に私がここを歩く事はないし、町全体が明るく感じたのは好きな海がすぐ近くにあるからかも知れません。

20180718 Siracha 6

さて夕方前には帰りたいので今回もショートトリップをここで中断する事にしました。この町で一番賑やかそうなロビンソン・デパート周辺でエカマイ行きのバスを尋ねました。

20180718 Siracha 7

ロットゥーは近くで見かけましたが、苦手なので大型のバスにしたいのです。何人かに聞いて「ツクコム Tukcom」と言う所?から出ている事を知りました。言われるままにスクムビット通りをパタヤ方面に向かって歩き20分ぐらいでしょうか、中型の商業ビルがツクコムのようです(画像上)。

20180718 Bus 1

ツクコムの中でバス発着所を聞いたらすぐ横の雑居ビル1階を教えてくれました。切符を買ってこの待合所でバスが来るまで待つようです。バスはレムチャバンからシラチャ、ノンモン、(チョンブリー)を経由してエカマイ行きです。

20180718 Bus 2

20180718 Bus 3

私は渋滞の中をエカマイまで行かずにオンヌットで降りて路線バスで戻るように帰りましたが、シラチャ~エカマイが86バーツでした。

次回はシラチャから最終目的地のパタヤに向かいます。

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2018.07.18 | コメント(6) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く(6)バンヤイ・ガオと9寺巡り1

タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。

20180101 Wat 2

画像上はバンヤイ九寺のひとつ「ワット・プラーンルアン Wat Prang Luang」ですが、首都圏では珍しいクメール様式のトウモロコシ型の塔(プラーン)があります。

この「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズは今回が第6回で、今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1)序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2)カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4)オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5)水上マーケットと運河沿いの時計台

前回は運河沿いに時計台があるワット・ボートボンとその周辺を紹介し、水上マーケットで賑わうワット・タキアンを通り帰りました。

20180609 Om Non 19

そして別な日に出直したわけですが、その出直しを始めたのがワット・プラーンルアンです。アウターリングことカンチャナピセーク通りの「ワット・プラーンルアン通り」(Google MapsだとWatsangwornpimonpaiboonとなっていますが、現地での表示はWat Prang Luang Rd.です)のパクソイから徒歩12分で、バス停がパクソイ近くにあるのでこのシリーズでは交通便利な所と言えます。

20180712Map 2

20180712 PL 1

多くの方にとって一番簡単なアクセス方法は、MRTパープルライン「タラート・バンヤイ駅 Talat Bang Yai」で降りて「セントラルプラザ・ウエストゲート Central Plaza WestGate」前のバス停から路線バス127番177番388番516番に乗る事です。

20180712 PL 2

大幹線道路カンチャナピセーク通りからワット・プラーンルアン通りに入り、真っすぐ東に行った突き当りがワット・プラーンルアンです。

20180712 PL 4

現地説明板によると建立がアユタヤ王朝を興したウートン王の時代だそうです。昔はワット・ルアンと呼ばれていたそうですが、(ここからは私の想像ですが)このエリアでは大変存在感があるトウモロコシ型の塔(プラーン)からワット・プラーンルアンになったのではと・・・

20180712 PL 5

そのプラーンの前にある仏堂の基壇が古そうですが、かなり修復したものと見えます。昔はこの上が本堂だったと思われますが、今はオームノン運河沿いに新しい本堂が建っています。

20180712 PL 3

ウートン王(在位1351年 - 1369年)だと14世紀半ばなので、当時チャオプラヤー川本流沿いに建てられたお寺になります。

20180712 PL 6

そのチャオプラヤー川元流であるオームノン運河を上流に向かって数分歩けば「ワット・アンパワン Wat Ampawan」で、ここもバンヤイ九寺のひとつです。

20180712 Ampawan 1

現地での説明板が英語だけ藪の中で謂れが分かりません。仏塔や周辺事情からアユタヤ後期の建立と思われ17世紀半ばから18世紀前半の間でしょうか。

20180712 Ampawan 2

そうなると現在の本流でノンタブリー船着場前の捷水路が掘られたのが1636年なので、このお寺が建てられた時代が目の前を流れるチャオプラヤーが本流から元流へと変わった頃となります。

20180712 Ampawan 3

ワット・アンパワンで見られる大きな特徴が高床式書院です。この書院の建物は美しく隣接すると小さな僧房(あるいは倉庫)の下に水路が引かれています。

20180712 Ampawan 4

書院の下はネズミ避けから知れませんが、直接この水路でオームノン運河と行き来出来るようになっています。私が見た時は托鉢用の小舟が舫われていました。

20180712 Ampawan 5

20180101 Wat 4

ところでタイでは一日で9カ所のお寺をお参りする「九寺巡り」の習慣があり、BMTA路線バスの中でもその日帰りツアーの広告をよく見かけています。日本だと七福神巡りのような感覚でご利益と庶民のちょっとしたレジャーを兼ねるようなイメージです。

20180712 Ampawan 6

普通は9カ所のお寺が決まっているわけでないのですが、バンヤイガオでは画像上のように「九寺巡り」として以下のお寺を決めています(上の画像と同じ順番で記しました)。

ワット・ピクングーン Wat Pikul Ngoen วัดพิกุลเงิน
ワット・コンカー Wat Kongkha วัดคงคา
ワット・プラーンルアン Wat Prang Luang วัดปรางค์หลวง
ワット・アンパワン Wat Ampawan วัดอัมพวัน
ワット・ラットプラコーンタムWat Rat Prakhong Tham วัดราษฎร์ประคองธรรม
ワット・サオトンヒン Wat Sao Thong Hin วัดเสาธงหิน
ワット・イン Wat In วัดอินทร์
ワット・サケー Wat Sakae วัดสะแก
ワット・スワンケーオ Wat Suan Kaew วัดสวนแก้ว

長くなりました。次回に続きます。

20180712Map 1

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2018.07.12 | コメント(0) | タイ・トラベル

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(4) 歴史公園(城壁内)

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅です。画像下はワット・プラケオです。

20180526 KPP 1

チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(1) 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(2) バンコク~カンペーンペット
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町

さて、前回は思いがけずにツーリスト・インフォメーション・センターで翌日のトラム型観光バスを一人で貸し切る事になり、その後に「カンペーンペット歴史公園 Kamphaengphet Historical Park」(南側・城壁内)入口まで歩いた所まで書きました。

20180617 KPP 12

ユネスコ世界遺産のマークが目立つ歴史公園に入ったのが午後5時少し前、誰もいない公園内は緑の芝に西日を受けて木々の長い影が伸びていました。その中をレンガで出来た小道を急ぎます。

20180701 KPP 1

最初に出合った遺跡が「ワット・プラタート Wat Phra That」でした。東側の入口を挟むように仏塔が2基あって、北側は半分崩れていますが南側は形を残しています。そして中央奥の大きな仏塔もしっかりと残っているので、独自の形がよく分かります。

20180701 KPP 2

タイでの遺跡巡りで遠くからでもぱっと見で特徴が分かり易いのが仏塔ですが、ワット・プラタートの中でも主塔と前塔のシェープが異なっているように見えます。正方形の塔基壇の上に四角から八角形などいくつかの段が重ねられ、その上がベル型(あるいは釣鐘型)の塔で最上部に工事現場にあるロードコーンを置いた形、これがスコータイ様式と呼ばれているかと思うのですが・・・(画像下はスコータイのワット・サシーです)

20180701 SaSi

私はスコータイ様式の仏塔を「蓮のつぼみの形」と昔何かで読み、それがさっぱり分からなかった記憶があります。蓮のつぼみって・・・合掌のように手を合わせて中央を少し膨らませた形、分かり易く言えば水の「しずくの形」だと思うのですが、スコータイやシーサッチャナーライで見た仏塔はどれもそう見えなかったのです。(画像下はシーサッチャナーライのワット・チャーンロームです)

20180701 Chang Lom

同様にスコータイ様式の仏塔は「スリランカ様式の影響を受けている」とも読んだことがありますが、私の記憶にあるスリランカの仏塔は丸いお椀を伏せて頂上にロードコーンを置いたように見えるのです。例えは良くないでしょうが、雪見だいふくの上に小さな楊枝を差したような(笑) 画像下は石窟寺院なので少し異なりますが、スリランカのダンブッラ黄金寺院です。

20180701 Dambulla

この後で城壁外(北側)の遺跡公園にも行きましたが、カンペーンペットの遺跡で見られる一つの特徴が仏塔にあると思います。それは仏塔で原形をとどめているのがワット・プラタートぐらいなのと、その独自なスコータイ様式。そしてカンペーンペットではクメール様式の影響を受けた仏塔が全くない事です。(画像下はカンペーンペットのワット・プラタートです)

20180701 KPP 3

もっともクメール寺院(神殿)でのトウモロコシ型の塔(プラーン)をクメール様式の『仏塔』とするのも論議があるのかも知れません。もっと言えば『仏塔 チェディ Chedi』自体も仏舎利を収めてあるかないかで本来は異なる言い方があるのかとも思っています。

画像下はアユタヤのワット・チャイワッタナーラームで、中央がクメール様式のプラーンで周囲はスコータイ様式(スリランカ様式?)の仏塔が囲んでいます。まぁ、今のワット・チャイワッタナーラームはそんな仏塔を気にする人はいなくて、テレビ・ドラマの影響で自撮りの聖地と化していますが(笑)

20180701 ChaiW

仏塔を見ながらそんな事を考えていたのですが、まぁ、専門家にすれば何かしっかりした理由があるのでしょうし、私自身も全ての仏塔を見ているわけでないので、この話はこの辺で止めておきましょう(汗)

いずれにしても何が本当のスコータイ様式なのか? 何がスリランカ様式なのか? あるいはクメール様式って何? どうした経過で影響を受けたのか・・・何も分かっていない自分に気付き(ネットに書いてある事を鵜呑みにせずに距離を置き)そんな事をこの旅をきっかけとして学んでいる最中です。 

仏塔だけでも、本当に面白いものですねぇ~

遺跡の最初で思わず長話しをしてしまいました。悪い癖です。「ワット・○○へ行った。スコータイ様式の仏塔です」なんて知りもしない事をちゃちゃっと書けないのですよねぇ~ でも、先を急ぎましょう(汗)

20180701 KPP 4

最初に出合った遺跡ワット・プラタートですが、ここで困った事に気付きました。いつもは現地にある説明板(の英語)をよく読むのですが・・・カンペーンペットの遺跡全てについて言えるのですが、その説明板がほとんどありません。正確に言えばQRコードがあるだけなのです。私のようにスマホを持たない人はその時その場での説明は得られないのです(涙)唯一、非常に簡単な復元予想図だけが現地で見られました。

20180701 KPP 5

次の日にツーリスト・インフォメーション・センターで出来る限り説明が書いてあるパンフレットを集めましたが、ネットに頼らない街歩きのいつものスタイルが崩されたようで、がっかりでした。

と言う事で謂れが分からないまま、この時はワット・プラタートを後にしました。すぐ西側が「ワット・プラケオ Wat Phra Kaeo」です。ここはカンペーンペットを象徴する遺跡だと思います。

20180701 KPP 7

ところで、現在のバンコクに最も重要な王宮寺院ワット・プラケオがあってエメラルド仏が安置されていますが、エメラルド仏がたどった数奇な過去も本ブログの主題であるチャオプラヤー川と同様にタイの歴史そのもののように思えます。

20180701 Emerald

どこまでが真実で何が伝承なのかは別にしても、はっきりしている現在から遡ると・・・現チャクリー王朝始祖ラマ1世がまだトンブリー王朝のタークシン王に仕えていた時の1779年にヴィエンチャンからトンブリーに持ち帰り(略奪とも言いますが)、トンブリー王朝の王宮寺院ワット・アルンを経由して1784年から現在のワット・プラケオに安置されています。

ヴィエンチャンの前はラオスの古都ルアンパバーンに16世紀から18世紀にかけて置かれていて、その前になるとチェンマイ、ラムパーン、そしてチェンライのワット・プラケーオで1434年に落雷に寄って発見される・・・(画像下はバンコクのワット・プラケーオです)

20180701 BKK

この辺りから『物語』っぽくなるのですが、戦火を避けるためにチェンライでエメラルド仏を密かに隠したのはラーンナー王朝で、カムペーンペットからエメラルド仏を持ち去ったとの説があるそうです。その前になるとアユタヤ、スリランカ、古代インド・・・とほとんど伝承の世界ですが、いずれにしても折角カムペーンペットに行ったのでこのワット・プラケオにエメラルド仏があったと信じる事にしましょう(笑)

・・・と言う事で話しをカムペーンペットのワット・プラケーオに話を戻して(汗)

20180701 KPP 8

エメラルド仏がここに安置された過去があるかないかは別に、いずれにしてもここが王宮寺院として最も需要な寺院であったのは間違いないはずです。

現在のバンコクのワット・プラケオのように僧がいなかったかどうかは分かりませんが、東西(実際は東南東・西北西に傾いている)に長い敷地で出入口は東西にあるように思えます。仏像がお顔を向けている東側から、主仏堂(本堂)の基壇、主仏塔、(涅槃仏と二体の坐仏像がある)仏堂と並び、北側に蔵庫らしい跡、そして西側にも出入口が見られます。

20180701 KPP 6

エメラルド仏が安置されていたとするなら、主仏堂かと想像できます。時代的にもチェンライのワット・プラケーオで発見された15世紀以前なので、スコータイ王朝の13世紀から14世紀に合致します。

そんな事を考えながら主仏堂で残った基壇周囲を歩きました。その間にもどんどん日が傾いて行きます。

20180701 KPP 9

主仏堂の基壇上には一体の坐仏像が西日を背に輝いていました。仏像自体は本物かレプリカか分かりませんが、すっかり傷んでいるのでお顔が分かりません。

20180617 KPP 15

スコータイ、シーサッチャナーライ、そしてカムペーンペットには仏塔と同じで「スコータイ様式 Sukhothai Art」と呼ばれる独特の仏像が見られるのですが、その特徴は・・・長くなったので次回に続きます。

20180701 Map 1

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2018.07.09 | コメント(2) | タイ・トラベル

タイのクメール遺跡を巡る(3) コラート~ピーマイ

現チャックリー王朝(1782年 - 現在)からトンブリー王朝(1767年 - 1782年)、そしてアユタヤ王朝(1351年 - 1767年)にスコータイ王朝(1240年頃 - 1438年)へと、チャオプラヤーからピン川へと流れを遡ると共に歴史に思いを馳せる旅をずっと続けています。

現在まで以下のようなタイの王朝に関連したシリーズがあります。

「アユタヤへの道、アユタヤの歩き方(仮称・エントリー予定)」
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(アップ中で最新エントリー)
チャオプラヤー元流を歩く(アップ中で現時点最新エントリー)
トンブリー王朝の面影を探し 全27回
チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

そんな旅の中で13世紀以前になると、現在のカンボジアを中心に栄えたクメール王朝の影響をタイ各地で強く感じていました。画像下はピーマイ遺跡です。

20180629 Phimai 1

クメール遺跡はカンボジアのアンコールワットが有名で昔に苦労して行った事がありますが、タイの各地にも点在しています。特にカンボジア国境に近いイーサンと呼ばれるタイ東北部に多く、大きな寺院だけでなく森林や田畑に埋もれるような遺跡も入れたら、おそらく何百もあると思います。

その中で今回はタイにあるクメール遺跡の中ではベーシックな所を巡りました。いつも「ガイドブックやネットに書かれているような所は避ける」と言いながらも、バンコク周辺を離れたら・・・情けないです(汗)

20180629 Phimai 2

本シリーズの今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「タイのクメール遺跡を巡る(1) 序章
第2回「タイのクメール遺跡を巡る(2) バンコク~コラート

さて、前回は朝8時15分発のバスでナコーン・ラチャシマ(コラート)の第1バスターミナルに着き、徒歩10分程離れたホテルに正午過ぎにチェックインしました。午前中の移動が全くストレスなく早く着いたので、その日のうちにピーマイ遺跡に行く事にしました。

部屋に荷物を置いてすぐにフロントでピーマイへの行き方を聞きました。よく聞かれるのか「第2ターミナルからバスが出ているが、番号は知らない」との返事がすぐありました。第2ターミナルへはターオ スラナーリー像(ヤーモー)前から7番が行くそうです。

20180615 Map

バンコクを離れても相変わらずネットは公式サイト以外は見ない(今回はそれを少し後悔しました)のでタイ観光庁サイト(英語版)だけですが、そこにも「From Nakhon Ratchasima, visitors can take a bus from Bus Terminal 2 in the city.」とあったので間違いないでしょう(苦笑)

ホテルからはヤーモー像へも徒歩10分以内で行けます。ホテル前の道を真っすぐ西へ向かったら、偶然7番のソンテウがヤーモー像前へ向かうのを見ました。慌てて追いかけたのですが、幸いヤーモー像手前で待機していました。

20180629 Korat 1

ソンテウはヤーモー像とメー・キム・ヘーン市場の間で少し客待ちし、その後は2号線に入りターミナル21を通って第2ターミナル前を通りました。バスターミナルの中に入るかと思っていたので慌ててブザーを押し、2号線沿いで降りました。待った時間を除けば20分強で10バーツでした。

20180629 Songthew7

ソンテウ7番はこの後も乗ったので分る範囲だけですが、画像上のルート図を作成しました。第2バースターミナルから北は乗ってないのでバスから見た範囲だけで、南東側も市街地を囲う堀で降りたのでその先は街歩きで見て想像したルートです。いずれにしても(私が泊まったホテルから)第2バスターミナルへ行くにはベストな選択ではありませんが、本数はそこそこ多く10~15分待てば乗れるイメージでした。

20180615 Korat 2

第2バスターミナルの規模は大きく敷地内にいくつかの建物があります。県外も含めて都市間を結ぶ長距離バスに路線バス、ロットゥー、一部のソンテウ、そしてバンコクとナコーン・ラチャシマ間の長距離バスも使っています。

この中をじっくり見たいのですが、まずはピーマイへ行くバスを見つけなくてなりません。バスターミナルでは暇そうにしているソンテウやバスの運転手か車掌さん、あるいはモタサイに聞くのが一番早いです。すぐに「41番だ」(画像上)と教えて頂きました。広いのでバス乗り場の番号で言われたようですねぇ~

20180629 BusT 1

いやぁ~広いバスターミナルですが、すぐに分かりました。しかもバスが停まっていました。バスは1305番で行先は予め調べてパターン認識した「ピーマイ พิมาย」に(後で調べて分かった)「チュムプアン ชุมพวง」とあります。チュムプアンはピーマイより40㎞ほどさらに北東に行った町です。いずれにしてもピーマイが終点ではないのですねぇ~

念の為にバスの中にいた運転手さんと車掌さんに確認しました。ピーマイ行きを確認し発車時刻も午後1時半と教えてくれました。なかなか愉快な二人で写真を撮らせてもらったら「運転席に座らないか?」と誘ってくれましたが、丁寧に辞退させていただきました(笑)

20180629 BusT 2

出発まで20分以上時間があるので、バスターミナル内を見る事にしました。第2バスターミナル内へアクセスするソンテウは10番、17番を見ました(画像下で左)。たぶん他にもあるかと思いますが、時間させあればこの町のソンテウは番号化、色別化、行先表示など明確なのでルートを調べるのはそう難しくないように思えます。

20180629 BusT 3

ソンテウが集まる所もありました。この町に数か月滞在して全てのソンテウと地方バスにロットゥーのルートを調べたら、さぞ楽しい滞在になるでしょう(苦笑)

20180629 BusT 4

第2ターミナルからバンコクへ行くバスが多くて数社あるように見えます。便利そうですねぇ~ ここから地方各都市へ行くバスも多く、行先を見ているだけでワクワクします。そのほとんどが(パターン認識していないタイ語なので)分からないのですが、チョンブリーなんて見つけると・・・どんなルートを通るのか思わず考えてしまいます(笑)

20180629 BusT 5

さて、時間が来たのでピーマイ行きの1305番のバスに戻りました。バスは大型で無用に背が高いように思えます。(あまり効かない)エアコンに埃だらけの扇風機もあります。乗客が6~7人で出発したのはほぼ定刻の13時33分でした。

20180629 Bus 1

20180629 Bus 2

バスはターミナルを出て2号線を北上するかと思ったら・・・反対のコラート市内に向かい、四角く堀で囲まれた旧市街の北西角(ヤーモー像の真北)の224号線で歩道橋手前で停まりました。画像下はそこでバスから城門と堀の方を撮ったものですが、ちょうど復路の1305番のバスも写っています。

20180629 Bus 3

ここでどっとお客さんが乗って来て、私の横にもオバサンが座られました。そして何人かの物売りも乗られてバス内で商売を始めています。懐かしいですねぇ・・・昔、タイ南部で海岸沿いを地方路線バスで移動していた時によく遭遇したのを思い出しました。

20180629 Bus 4

20180629 Bus 5

ここでバスは一気に満席になりました。バスは物売りの商売が終わるまで数分待ってからの発車です。列車では動きながら駅と駅の間で物売りが良く来ますが、このバスでは停車中だけの商売でした。

地元の方々は第2ターミナルまでわざわざ行かないでここで乗られるのですねぇ~ 私もここならホテルから歩いても20分以内でした。その後224号線から205号線に北上を始め数カ所停まった後に2号線に入りました。画像下は路線バス1305番のコラート市内ルート図です。

20180629 Bus1305 Map 1

バスが上記の城門近くを出てから車掌さんが回って来ました。ピーマイまで50バーツ。周囲の乗客を見るとコラート近郊までの方が多く20バーツ台の方が多かったです。ピーマイまでは60㎞ほどなのとエアコン地方路線バスなので少し安く感じます。

20180629 Bus 6

コラート近郊を出ると田園風景が続く中をバスは北東に向かいます。2号線を外れ206号線に入ればピーマイ近くです。コラートの第2バスターミナルからピーマイまでは途中停車などあったので1時間半かかりました。

20180629 Bus 7

2号線に入ってからは速度を上げたので、かなり遠くまで来たような乗りでありました。画像下はバス1305番のコラート~ピーマイ間だけですが往復乗ったルートです。

20180629 Bus1305 Map 2

バスはピーマイが終点でないので寝ている間に通り過ぎないように注意です(笑)「車掌さんに着いたら教えてもらうように頼む」なんてネットに書いてありがちかと思いますが、絶対に信用して任せっきりはいけません(キッパリ)バンコク周辺の路線バスでタイ人同士でも車掌さんが忘れて通り過ぎた客を何度も見ています。

親切に前もって教えてくれる車掌さんもいれば、すっかり忘れる車掌さんも多いし、それもタイ人気質にこうした中距離バスだと無理ないです。ちなみに私は旅をするのに地図もスマホも持たないし(最初から持っていない)、下車する所を他人任せにした事もありません。ちなみにどうしても人に道を聞く必要がある時は何度か別な人にも聞きます(笑)

20180629 Bus1305 Map 3

ピーマイの町中に入り川を渡り(進行方向)左で国立博物館を過ぎたら、右に遺跡が見えたら降車する時計台がある信号十字路で間違えようがありません。この時計台前で多くの乗客も降りるはずです。そう言えばこのバスの中で降車ボタンを見た記憶もないですねぇ~

20180629 Phimai 3

降りた時に車掌さんにコラートに戻るバス停を確認しました。こうした道が狭い町中は往路と復路が異なる事が多いからです。答えは「反対側」でしたので、ここでは変則ではないようです。時計台前で道路の反対側で待てば良いわけです。

20180629 Phimai 4

ちなみにバンコク都周辺県も同じですが、バス停と呼ばれるような目印がないのもよくある事です。地方の通り沿いは日陰を作る東屋がバス停代わりですし、こうした町中では時計台があればまず中心部なのでその周辺で人に聞くかバスやソンテウの動きを観察します。まぁ、バス停に関係なく合図すれば停まってくれる事が多いのですが、何もない所でフルスピードのバスに急に合図しても停まらないでしょうが・・・

えっと・・・まるで本ブログ別シリーズの「路線バス不完全ガイド」か「ソンテウの旅」のようになってしまいました(苦笑)私の旅は移動の過程がすごく楽しいですし、どうしてもルートも気になってしまいます(汗)

20180629 Phimai 5

さて、時刻は午後3時を過ぎたばかりです。遺跡がある歴史公園はバスを降りた時計台から徒歩2~3分の近さです。時間はたっぷりで目の前の古い仏塔が気になったので登ってみました。

20180629 Phimai 6

「メル・プロマタット Meru Brahmathat」は現地説明板を読むとアユタヤ時代後期の18世紀に建てられたそうなので、クメール遺跡とは関係なさそうです。造りも異なっていますねぇ~

さぁ、ピーマイ遺跡こと「プラサート・ピーマイ Prasat Phimai」に行きましょう。次回に続きます。

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2018.07.03 | コメント(3) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(5) ノンモン市場とバンセンビーチ

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第5回目です。

前回の第4回目はチョンブリー県の県庁所在地「チョンブリー Chon Buri」の町を歩き、行先表示板の種類が多くて厄介そうなソンテウに乗りスクムビット通り沿いのノンモン市場まで来ました。

20180611 Chonburi 14

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。
  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分

20180426 Map4

「ノンモン市場 Nong Mon Market」はスクムビット通りの主に西側(海側)に面し、チョンブリー市とシラチャ市の中間にある賑わいある所です。大きな中華門がある中に市場のスペースがありますが、賑わいの中心はスクムビット通り沿いにあります。

20180627 Nongmon 1

その特徴は市井の生鮮市場のような魚、野菜、肉などを扱う店よりも圧倒的に乾物など加工海産物、それもスナック化した海産物が多いように思えます。乾燥エビにイカ、魚醤、発酵調味料であるカピ、それにスィーツなどです。

20180627 Nongmon 2

それらはスクムビット通りを南北あるいは東西に移動する人々にとってちょうど良い土産物なのか、多くの車が立ち寄っています。日本でもありますよねぇ~ 街道沿いの市場で名産を売る露天商が道沿いに並んでいる・・・そんなイメージです。

20180627 Nongmon 3

そんなノンモン市場でチョンブリーから乗って来た赤色ソンテウ6088番系統は、市場北端の裏道で終点。画像上のようにその終点直後にスクムビット通りへ出て北へ向きを変えて、チョンブリーに戻るか、途中で向きを東に変えてバンセン・ビーチへ向かうようです。

20180611 Map 4

チョンブリーで聞いた限りではこのノンモン市場にシラチャへ行くソンテウがあるようです。市場を見ながら気にしていたのですがスクムビット通り西側には無さそうなので、一番可能性が高い東側を見てみました。通りの東側は南に下る車線側なので、パクソイのどこかにソンテウが待機しているはずです。

20180627 Nongmon 4

見つけました!パクソイではなくちょっとした広場の中で待機しているみたいで、その出口で出発待ちしていました。オレンジ色で1631番系統ですが「1631」とタイ文字が付くコーカイ路線のようで(BMTA路線バスでもあります)、「シラチャศรีราชา」「ノンモン หนองมน 」とあります。

20180627 Nongmon 5

このソンテウも運転席の上に大きく行先が書いていなくて、横に簡略フォントで小さく書いてあるだけ。走って来るソンテウを正面から見ても絶対に分からないのですねぇ~ まぁ、ソンテウはその地域に住む人達が利用するのが基本なので、そんなものかも(汗)

しかしこのシラチャ行きオレンジ色ソンテウが出発待機している所ですが、スクムビット通り反対側を見たら乗って来た赤色ソンテウがチョンブリーへ出発する所でした。ただ通りの反対側だったのです。しかも立派な歩道橋で結ばれています。市場が気になって全く気が付きませんでした(汗)

20180627 Nongmon 6

まだ時間が早かったのでそのままシラチャに向かわず、「バンセンビーチ Bangsan Beach หาดบางแสน」に行ってみたいと思います。

バンセンビーチは首都圏に住むタイの人々にとって、ビーチに行くとなったら誰もが真っ先に考える所でしょう。外国人ばかりで何もかも高くギラギラしたイメージのパタヤは一般的なタイの人々にとって候補にも挙がらないはずです。

20180627 Bangsen 1

歩道橋を渡ってスクムビット通り東側で赤色ソンテウが出発する所でしばらく観察しました。やはり分かりません(汗)そのままスクムビット通りを北へ向かいチョンブリーに戻るのか、途中から西へ向かいビーチに行くのか・・・全て同じ6088番系統ですが、色は違うものの書いてある行き先が違うとは思えません(苦笑)

いかにも海へ行くようにバッグを持った若者が乗り込んだソンテウがあったので運転手に聞きました。「バンセンビーチに行きますか?」また黙って頷かれてしまいました。行先表示板は青色でした(笑)

20180627 Bangsen 2

20180627 Bangsen 14

ソンテウはすぐに出発してスクムビット通りを北上し、すぐに3137号線へ左折し西へ向かいます。すれ違うソンテウを見ていましたが、やはり行先表示板の色が色々です(笑)

20180627 Bangsen 3

ソンテウがビーチに出た所の小さなロータリーで降りました。30分も乗らなかったと思います、10バーツでした。

20180426 Bang Sen

20180627 Bangsen 4

記憶に無いのでここに来たの初めてかと思います。もしかしたらソンテウを降りた所から遠い所を通った事ぐらいあるかも知れません。私的にはそれほど関心がなかった所ですが、ビーチの雰囲気が確かにしますねぇ~

ビーチ前のソンテウも通る通りです。

20180627 Bangsen 5

ビーチ前で椰子の木々の中にある歩行者通りで、露天商が並んでいます。

20180627 Bangsen 6

ビーチを前にして見渡す限りデッキチェアが並んでいます。

20180627 Bangsen 7

よく知られた話かと思いますが、タイ南部の島々とは異なり白浜に透明度が高い海ではありません。荒めの砂に波も荒く浜にはゴミも目立ちますが、水辺で遊ぶには十分でしょう。

20180627 Bangsen 8

20180627 Bangsen 9

この日は3月中旬の平日でしたが、混雑ほどではないものの多くの人が楽しまれていました。一般的にタイの人々のビーチでの楽しみ方は、友人同士、家族などグループで来て、海風にあたりながら日陰のデッキチェアで飲み食べ話す・・・その間に子供や若者が水遊びでしょうか。

20180627 Bangsen 10

いやぁ~海に入って泳がなければなかなか良い所ではないでしょうか。実際にデッキチェアやすぐ後ろに並ぶ屋台の料理を食べたわけではないので、価格など分かりませんが間違いなく手軽に家族などで楽しめる所です。

20180627 Bangsen 11

一人のオッサンが長居する所でもないので、ソンテウを降りたロータリーまで戻りました。待つことなくビーチ沿いを走って来たソンテウに乗りましたが、例の赤い6088番系統で今度は行先表示板は黄地で赤文字、そして書いてあるのは全く同じ「ノンモン หนองมน 」「バンセン บางแสน 」です。

20180627 Bangsen 12

もうこのソンテウは笑うしかないのですが、今度は運転手に何も聞かずに乗りました。ノンモン市場に行かなくても構わないと思いながら・・・そうしたら、ちゃんとノンモン市場の横に戻りました(画像下)。10バーツでした。全て結果オーライですが、さっぱり分からないままです(笑)

20180627 Bangsen 13

さぁ、寄り道しましたが目的のソンテウの旅を続けましょう。バンセンビーチに行く前にチェックしていたシラチャ行きのソンテウに乗り換えるので、歩道橋を渡りました。ノンモン市場とバンセンビーチ間の赤色6088番系統ソンテウの動きは、以下ルート図の通りです。

20180627 Map

そうそう、バンコクから直接バンセンビーチに行きたい方は、エカマイの東バスターミナルからシラチャやレムチャバン行きのバスに乗ってノンモン市場で降りて、私のようにソンテウで行くのが一般的かと思います。このバスに関しては後日使いましたので別エントリーで詳しく書きます。

20180617 Bus

次回に続きます。

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2018.06.27 | コメント(4) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台

前回エントリーでご報告したように日本へ帰国しており、そのご報告を除けば最初の日本からのエントリーです。

ところで、私はスマホも携帯電話も大嫌いで、リタイア後は緊急時と各種手続きで(電話が)必要なのでやむを得ず携帯電話を入手しましたが全く携帯した事はありません。もちろんスマホは持った事も触った事もありません(笑)

今回、日本の自宅で更新作業を終えてブログを時に家内に見せたら、家内が「スマホの画面と違う!」と言うじゃないですか。驚いて初めて私のブログをスマホで見せてもらったら、全く関知しない広告があるじゃないですか!驚きました。

スマホは画面が小さいのでその広告がかなり目立ちます。正直醜いし見難くもあるブログで大変がっかりしました。こんなブログを作っているつもりはありませんでした。パソコンで表示すると画像下のように上から下まで全く広告がないのですが・・・

20180623 PC

調べると無料から有料にすると広告表示は消せるようですが、安くてもそこまでお金をかけるつもりはありません。

もう少し調べてみますが、スマホでご覧になっている方々に申し訳なく思っています。一度機会があったらパソコンで本来の表示をご確認下さい。またその時にまだ広告が表示される場合は別なサイトでクッキーを拾った事が原因と考えられます。対処方法はお使いのブラウザの設定で「クッキーや閲覧履歴を削除」ですが、PCが(勝手に)記憶したパスワードなども消えます(私は消したいので定期的に削除していますが)。

いずれにしても、表示等で不具合がある場合は非表示設定でも構いませんので、コメントでお知らせください。スマホは分かりませんがパソコンなら対処方法をご連絡させて頂きます。

さて・・・タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。(画像下は運河沿いに時計台を持つワット・ボートボンです)

20180609 Om Non 22

そんな「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズの第5回です。今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河

前回はオームノン運河東端(下流)付近を歩き、狭い路地をウロウロしながらも周辺のお寺を楽しみました。そして船の形のお寺ワット・チャローまで戻り、バンクルアイ・サイ・ノイ通りからソンテウに乗ってナコーンイン通りまで移動して来ました。画像下は小さいながらも気品ある姿が印象的だったワット・ポーバンオーです。

20180609 Om Non 11

さて、ナコーンイン通りでかなり待ったソンテウはオレンジ色に白いライン(番号が書いてなく分かりません)の「ワット・ボートボン Wat Botbon」行きです。ノンタブリー船着場(東側)からラマ5世橋を渡り、水上マーケットで賑やかな「ワット・タキアン Wat Ta Khian」を経由してオームノン運河沿いのワット・ボートボンまで行くソンテウです。

行先表示は上段に「ワット・タキアン วัดตะเคียน」「ワット・ボートボン วัดโบสถ์」とあり、中段の「サーイ4 สาย4」は分かりませんが下段が「ターノムノン(ノンタブリー船着場) ท่าน้ำนนท์ 」です。

20180609 Om Non 15

ワット・タキアン水上マーケットに行く時使った事がありますが、本数はあまり多くなく30~40分待っても仕方ないかと・・・この区間はバスが無いので、このルートだとバックアップ案はタクシーなどになります。

20180609 Om Non 16

目的であり終点のワット・ボートボンとワット・タキアンは徒歩12分程度と近いので、ワット・タキアンでソンテウを降りて水上マーケットを見てみました。もう何度目なのか・・・「バーン・クー・ウィエン運河 Bang Khu Wiang」周辺が水辺の原風景が残っているようで街歩きで何度か来ています。「バンコクの原風景に出会う」で詳しく書いています。

20180619 Ta Khian 1

ワット・タキアン水上マーケットは外国人観光客が行くような所ではないものの、本当にいつも賑わっています。上記のようにチャオプラヤー川元流であるオームノイ運河に繋がるバーン・クー・ウィエン運河沿いにあります。

20180609 Om Non 17

ソンテウでそのまま乗ってもワット・タキアンを過ぎて数分でワット・ボートボンです。ソンテウは境内まで入ります。お寺境内への入口の門に三体の仏立像があるのはこのお寺の特徴です。また、このお寺はオームノイ運河に面していますが、運河沿いに時計台があるのも珍しいですねぇ~

20180609 Om Non 18

20180619 Om Nong 2

時計台は町の中央にはよくあるのですが、ここはお寺境内の広場で運河に面した所にあります。運河以外に人が乗り物が行き交う所ではりません・・・考えてみれば陸上交通よりも水運の方が盛んで、生活に密着していたでしょうから、時計台も行き交い人々にさぞ役立った事でしょう。

20180609 Om Non 19

建立はアユタヤ時代の1757年で、タークシン王がトンブリー王朝を興す(1767年)10年前です。この部分の捷水路となるノンタブリー船着場前が1636年には掘られていますので、建立時からすでにチャオプラヤー川本流ではなかった事になります。

20180619 Om Nong 1

現在の本堂は大変大きく(背が高い)オームノン運河の離れている所からもよく見えます。

20180619 Om Nong 3

20180619 Om Nong 4

階上の高い位置にある本堂は風の通りも良くて、壁画を拝見しながら少し休ませて頂きました。

20180619 Om Nong 11

そして、ここにも水上マーケットがあります。「ワット・ボートボン水上マーケット Wat Wat Botbon Floating Market」ですが・・・すぐ近くに賑わうワット・タキアン水上マーケットがあるので、お店も来ないし当然お客もまばらです。

20180619 Om Nong 5

ただ、この辺りのオームノン運河は観光客集めで強引に作った水上マーケットなんか無くてもかなり良い雰囲気です。車の通りが無く静かな中、物売りの舟がラッパの合図を鳴らしながら通って行きます。

20180619 Om Nong 6

他にも定番のクイッティアオ舟、アイスクリーム舟、おかず売りなどが次々と現れては静かに広がる波を残して去って行きます。

20180619 Om Nong 7

20180619 Om Nong 8

人でいっぱいの水上マーケットより、私的にはこちらの方がよほど良いです。この辺りは顔を背けたくなるような汚れもなく、ゴミが流れて来るのも(幸い)なくて、川面を眺めているだけでも癒されるような気がします。

20180619 Om Nong 9

20180619 Om Nong 10

東から西へとオームノン運河を遡って来ましたが、この辺りで流れは北へと大きく弧を描くように変わります。午後もだいぶ時間が経って来たので、アパートに戻る事にしました。

20180603 Map 5

ワット・ボートボンからまたワット・タキアン経由でバーン・クー・ウィエン運河沿いを歩いて40分。カンチャナピセーク通りに出てバスでMRTピンクラインの「タラートバンヤイ駅」まで行き、そこからMRTとバスで帰りました。

20180603 Map 6

次回はバンヤイ・ガオでの『九寺巡り』です。

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2018.06.23 | コメント(3) | タイ・トラベル

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅です。画像下はカンペーンペットのナイトマーケットです。

20180617 KPP 1

チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット① 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット② バンコク~カンペーンペット

さて、前回は初めての地でバスターミナルからホテルがある市街地までの移動に少しだけ苦労しましたが、無事ホテルに着いた所まで書きました。

20180617 KPP 2

若い時の旅は家族と一緒でない限り無計画で泊まるのもゲストハウスで十分でした。リタイア後で持病を抱えながらの初めての泊まる旅なのと、触った事もないスマホはもちろん携帯電話も持たないので、家族に大よその予定と宿泊先だけでも伝えておく必要があったのでホテルだけは予約していました。Phet Hotelです。

20180617 KPP 3

画像で見ると立派に見えますが、中身は古いと言うか一時代前のホテルがそのまま今になっている感じがします。それが安かった理由かと思いますが、朝食付きで一泊650バーツぽっきりでした。バスタッブはありますが、熱くならずにぬるいままのお湯を溜めたら茶色でした。ただ、昔によく経験した濃い茶色より薄くてあまり気になりませんでした(笑)

20180617 KPP 4

市街地のほぼ中央で市場やピン川へのアクセスも問題なく、街歩きや遺跡歩きで疲れては戻りシャワーを浴びて疲れを取ってまた出動が出来ました。またホテル前がコンビニのセブンで、その2軒隣がスーパーのTESCO Lotusでした。ビールや菓子などを買うのに便利過ぎるほどで、ついつい通ってしまいました(笑)

20180617 Map 1

カンペーンペットの町は私的に中途半端に感じる大きさでした。全てを歩くには辛い広さ(でも歩いたけど)ですが、市街地を路線バスやソンテウが縦横に走る広さはありません。

画像下の地図にある範囲内に多くのホテルやゲストハウスがあると思われます。市街中心部と市外を結ぶ交通の中心は画像下の地図で言えば左上の時計台があるロータリーで、遺跡公園はその更に上の地図外になります。遺跡公園に近い所の宿泊施設は少ないながらもあるかと思いますが、そこだと今度は市中心部から遠くなります。

20180617 Map 2

ホテルにチェックインして荷物を部屋に置き夕暮れ前の市内を散策しました。午後4時頃ですが、本当に暑い日でした。ホテルから北へ向かいながらソンテウの動きを観察していたのですが、この時間は学生さん達ばかり乗せた色々なソンテウが市内を動きまわっています。

20180617 KPP 5

それが・・・滞在中ずっとソンテウの動きを気にしていたのですが、赤、青、茶、黄、緑色別のソンテウを見たのですが、日中はぴたっと動きが止まりルート解析が出来ませんでした。朝晩だけルート上を走り、後は自由なのか・・・分かりません。

情けないけどさっぱり分からず、結局滞在中の市内中心部と遺跡公園(南側)は徒歩で移動し、後日にホテルからバスターミナルまで行ったのはサムロー(エンジン付き)を頼みました。

20180617 KPP 6

ホテルから市街地と遺跡公園の南北を別け、そしてピン川に架かる橋でバスターミナルや国道1号線がある西側と市街地がある東側を結ぶカンペーンペットの交通の要所が・・・画像上の時計台があるロータリーです。ホテルからここまで真っすぐ向かえば徒歩25分ぐらいだと思います。

20180617 KPP 8

ここはソンテウや地方バスが多く通るので立ち止まってしばらく見ていました。結果、後で分かったのですが、紺色で2531番のソンテウがバスターミナル(画像下)とこのロータリー(画像上)間を走っていました。ただ、その前後のルートも本数も分からないので意味ないですが(汗)

20180617 KPP 7

ここで完全にこの町でのソンテウ利用を諦めて遺跡公園(南側)に向かって歩き出したのですが、ロータリーのすぐ北東側に「ツーリスト・インフォメーション・センター Tourist Information Center」がありました。道路上のプレハブ造りなのですが、前に停めてあった観光用のバスも気になりました。

20180617 KPP 9

午後4時半までの営業なのでもう戸締りを始めた所でしたが、中に入ってまず地図を入手。ソンテウの事も聞きましたが要領を得ませんでした。ちなみに英語はほとんど通じなく、私の幼稚なタイ語での会話です。

小さな事務所で気が付いたのが画像下の観光バスの説明です。概略は・・・『午前は9時から2時間コースでご利益あるお寺などを回る。午後は4時から45分で市街地を回る。そして条件は4人以上のグループである事ですが、(この掲示物を作った時は)FREE!』だそうです。

20180617 KPP 10

FREE!に引かれて「これって明日もありますか?一人でも参加出来ますか?」と聞きました。FREEはもう終了したそうで、明日私一人のようです。どこかに電話して相談していましたが・・・結論は「350バーツならいいですよ」でした。

350バーツは迷いましたが、それまでこの町でソンテウなど公共交通機関が理解できなかった事が決めてとなって、お願いしました。条件は遺跡の北側を回り、私が望む所で降ろしてくれて待ってくれる事、そして町も一周する事です。

20180617 KPP 11

要は大きなピンクのトラム型観光バスを一人で貸し切った事になりますねぇ~ もう午後4時半を過ぎて帰りたかったでしょうが、オッサンの厄介な要求に応えてこれました。明日の朝8時半にこの事務所前の約束をしてお別れました。

さて・・・もう時刻は午後4時45分ですが、もしかしたら遺跡公園(南側)に入れるかも知れません。徒歩で10分もかからないはずです、行ってみる事にしました。

20180617 KPP 12

午後5時少し前に公園入口に着きました。ユネスコ世界遺産のマークが目立っていますねぇ~ 実はタイ観光庁のサイトだとAM8:00(あるいはAM9:00)~PM5:00になっているのですが、何だかよく分からないのですよねぇ~ とにかく中に無事入れるようです。

入口の横に貸自転車があったので、明日来るかも知れないけどこの自転車で北側の遺跡公園に行っても良いかと聞きました。南と北は繋がってなくて、途中一般道を通る必要があるからです。それに城壁も一周したかったし。答えは大丈夫との事です。

20180617 KPP 13

外国人入場料100バーツを払いながら「後1時間ぐらい見られますか?」と聞いたら、これも「大丈夫、門が閉まっていても鍵はかけないから」そんな事を言っているように思えました。最悪は公園内に閉じ込められるかもと考えましたが、柵を越えれば脱出可能でしょう。

管理人のお一人が息子さんが迎えに来ていて、ご帰宅のようです。きっともうお一人も私が中に入ったらご帰宅されるのでしょう。

20180617 KPP 14

明日、午前中にバスでざくっと見たら、午後は自転車で細かな所を見て回ろう・・・そんな事を考えながら、ちょうど西に傾いた太陽に向かうように公園内の遺跡に急ぎました。次回に続きます。

20180617 KPP 15

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2018.06.17 | コメント(2) | タイ・トラベル

タイのクメール遺跡を巡る② バンコク~コラート

雨季に入り、街歩きに出かけるのに躊躇する日が多くなりました。この時期のバンコク周辺の天気予報は「曇り、所によっては雷雨、時々晴れ間も・・・」が判で押したように毎日続きます。確かにそうなのですが、果たして予報として役立つのか・・・

20180615 Rainbow

毎日、予報ではなく空を見て街歩きや買い物に出るのかを決めますが、数日前に部屋から外を見たら虹が出ていました。アパートがある所は雨の気配が全く無かったのですが、きっと少し離れた所では雨が降ったのでしょう。見る機会が多そうで意外と少ない虹でした。

そんな雨季の中で出かけたイーサン(タイ東北地方)でのクメール遺跡巡りでしたが、毎日雨に降られたものの移動中やホテルに居た時だけで、遺跡では青空すら広がっていました。きっと日頃の行いが・・・(笑)(画像下はピーマイ遺跡です)

20180615 Phi Mai 1

さて、今日は前回の「タイのクメール遺跡を巡る①序章」に続く第2回目ですが、バンコクからクメール遺跡巡りの基地としたコラートこと「ナコーン・ラチャシマ Nakhon Ratchasima」までの移動を中心に書きます。(画像下はコラートのシンボルであるターオ スラナーリー像(ヤーモー)です)

20180615 Yamo

ちなみによく知られている事ですが、イーサン地方への玄関口となるナコーン・ラチャシマは通常「コラート Korat โคราช」と呼ばれます。私自身、コラートとは異なる地名があるとは長く知りませんでした(汗) 

地図など公的には「ナコーン・ラチャシマ นครราชสีมา 」ですが、厄介なのはバスなど(特に地方路線バス)では「ラチャシマ ราชสีมา」の表記が多くある事です。(画像下はコラート~ピーマイ間の地方バス1305番です)

20180615 Bus1305

さて、タイの歴史を遡る旅を続ける中で、タイ族最初の王朝と言われるスコータイ王朝(1240年頃 - 1438年)以前になるとクメール王朝の影響を強く感じる事になります。スコータイ王朝の城壁都市であったカンペーンペットへの旅から戻って、クメール遺跡に行きたい気持ちが満ちていました(笑)

カンペーンペットの旅から戻った翌週に今年10回以上行っているアユタヤで調べものをして、その翌週にはコラートに向かいました。出かける3日前に決めてホテルだけ予約し、後は全て現地で考えるいつもと同じスタイルの旅です。

20180526 Mochit 1

5月最後の月曜早朝にアパートを出ました。いつものようにBMTA路線バス145番(パークナム~北バスターミナル)の1本で「北バスターミナル(モーチット2とかモーチット・マイとも言います)」へ行けるので、都内の移動は時間がかかるものの全く楽で(6.5バーツと安く)助かります。

北バスターミナルへのアクセスに関しては本ブログでも多くのエントリーがありますが、一番新しいのは「初めての一人旅① 序章&北バスターミナルへ」で詳しく書いています。

20180615 Mochit 1

その北バスターミナルでコラートがあるタイ東北部へのチケットカウンターは3階にあります。いつからか思い出せないぐらい以前から動かないエスカレーターを見ながら階段を上がります。

20180615 Mochit 2

3階に着いたと同時に朝8時でした。最近ではバンコクの町中では緩くなったように思うのですが、ここでは皆さん直立不動で国歌斉唱をされていました。ちょっと気付かず私はカウンターの方へ歩こうとしてしまいましたが、慌てて立ち止まりました。

タイのバスターミナルはどこも同じですが、特にバンコクの各バスターミナルはチケットカウンターが多すぎて慣れない旅行者は大変かと思います。私もですが(汗)

20180615 Mochit 3

ナコーン・ラチャシマへ長距離バスで行くのは、初めてタイに来た方がパタヤへバスで行くのと同じで簡単です。そして、おそらくバスの本数や運行時間帯は最多最長ではないでしょうか。私のイメージは少なくても30分に1本はあるし、間隔は空くものの24時間通して乗れる気がします。

また、ナコーン・ラチャシマはタイ東北地方の玄関となる都市でもあるので、経由地とするバスも多くあります。

20180615 Mochit 4

何でも良かったのですが、ずらっと並ぶカウンターをざくっと見ながらナコーン・ラチャシマだけが目的地として書いてあったカウンター(画像上)で聞きました。「コラートではバスターミナル1ですか?2ですか?」答えは「両方行きますよ」だったので、このバスにしました。ボーコーソー・ガオ(旧バスターミナル・第1バスターミナル)へ行きたかったのです。

ナコーン・ラチャシマは大きな都市なので二つのバスターミナルがあります。第1バスターミナル(旧バスターミナルとも言います)は市内中心部にあって、第2バスターミナル(新バスターミナル)は国道2号線沿いで少し中心部から離れた所にあります。

20180615 Map

第1バスターミナルは市内と近郊への路線バス、ソンテウ、そしてバンコクとナコーン・ラチャシマ間の長距離バスの一部が使っています。大きさは地方都市によくあるバスターミナルで大きくはありません(建物に囲まれた小さなターミナルです)。

20180615 Korat 1

第2バスターミナルは大変大きなバスターミナルで、県外も含めて都市間を結ぶ長距離バスに路線バス、ロットゥー、一部のソンテウ、そしてバンコクとナコーン・ラチャシマ間の長距離バスの一部が使っています。バンコク発で東北各都市へ向かう長距離バスはここを経由する場合が多いです。

20180615 Korat 2

私は街歩きも前提にあったので、市街地中心部にあるホテルを予約していました。第1バスターミナルからは徒歩10分程度で、ソンテウが集中する「メー・キム・ヘーン新市場 Mae Kim Heng New Market」と「ターオ スラナーリー像(ヤー モー)」へも徒歩10分以内で行ける所です。

第1バスターミナルと第2バスターミナルをソンテウで移動する事は可能ですが、実際はターミナル内アクセスではなく近くを通るソンテウでの移動になるので荷物がある時などは少し不便です。これはこの後のエントリーで詳しく書きます。

さてバンコクの北バスターミナルに戻って・・・(汗)

チケットカウンターでは「クラス1 Class Ⅰ」となっています。初めての2等以上のバスです(笑)価格は191バーツで8時15分発です。後7分とあまり時間がないですねぇ~

20180615 Mochit 5

20180615 Mochit 6

コンビニにも寄らず連絡通路(画像上)を使って最短でバスが出る所まで行きました。バスに着いて切符を見せると荷物を受け取って、飛行機のCAさんのような姿の方が席まで案内してくれました。

20180615 Bus 1

いつものように窓際で車窓を楽しむのですが(まるで子供)幸いお隣はいなくて、どの席も同じような状態でガラガラでした。でも最後尾から3番目。いつもチケットを買ってギリギリでバスに乗るからですかねぇ~ 

20180615 Bus 2

ブランケットもあるし、つい最近混雑する2等バスでの旅を終えたばかりなので、何だかお金持ちになった気分です。座席横のボタンを押したらなんだか座席がブルブルするし(笑)

20180615 Bus 3

バス会社は「ナコンチャイ・トゥエンティーワン(21)Nakhonchai Twentu-one」でした。ナコンチャイエアーを意識しているのでしょうか・・・バスは定刻の8時15分に出発です。そんなに頑張って大丈夫でしょうか(笑)

20180615 Bus 4

出発してすぐにスナック箱(お菓子2種類)とペットボトルの水が配られました。コンビニに寄れなかったので助かります。

20180615 Bus 6

(たまたまこの時だけなのか分かりませんが)バスはソンストップで1号線を北上し、「サラブリー Saraburi」から2号線に入り方角を東北東に変えます。同時に峠越えをして高度も上げたように思えます。

20180615 Bus 5

コラートでは最初に第2ターミナルに着いて乗客を降ろし、その後に第1ターミナルへ入りました。数人間違って第2で降りて慌てて戻られましたが、初めての方はなかなか分からないですよねぇ~ 終点の第1ターミナルには3時間50分かかって12時過ぎの到着でした。

20180615 Bus 7

画像下はバスのルートです。

20180615 Map 5

さて、第1バスターミナルからホテルに向かいました。前日にアパートでGoogle Mapsで地図を頭にインプットしていたので、細い路地を歩きながら10分で迷わずホテルに着きました。サービスアパートメントの要素を持った「Romyen Garden Place」と言うホテルです。

ネット予約した時に今までしていたように現地でキャッシュで払いたかったのですが、それが受け付けられないで日本のクレジットカード(タイでは持っていません)を使っていました。それで金額を覚えていませんが、800バーツ前後だったような気がします。

20180615 Hotel 1

部屋はきれいでバスタッブはないものの(アパートにももちろん無いけど)、ヘアードライヤーにスリッパやアメニティーまであって、ホテルっぽいです(笑)バスもホテルも私には贅沢過ぎます。

20180615 Hotel 2

さてコラート・・・現在の事情は変わっているかと思いますが、タイではバンコク都を離れるほど労働コスト以外にも有利になるように設定されているので、ゾーン3だったか?ナコーン・ラチャシマ周辺は私の前在住時から多くの労働集約型日系企業が多く進出していました。それで旅行者以外にも多くの日本人がこの長距離バスやホテルを利用されているかと思います。

地方都市の中でも大きく便利な町かと思います。バンコク都でも端っこに住んでいる私にとってはここの方が都会のように思えます(苦笑) バンコクでは行く事もないアソークの観光客がいっぱいで何もかも高いターミナル21もバスの中から目にしましたし、ホテルの部屋からもタワーの上の部分が輝いていました。

20180615 Korat 3

もっともそうした所に行くためにコラートに来たのではないので、滞在中は「へぇ~すごいなぁ・・・」と何度も見ながら前を通り過ぎただけですが・・・

正午過ぎにホテルにチェックインして荷物を置けたので、午後は早々に出かける事にしました。次回に続きます。

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2018.06.15 | コメント(3) | タイ・トラベル

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(4) チョンブリー~ノンモン市場

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第4回目です。

前回の第3回目はソンテウに限らず、チョンブリー県の県庁所在地「チョンブリー Chon Buri」とバンコクを行き来する方法を記しました。

20180530 Bus 1

まず、このシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。
  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分

20180426 Map4

さぁ、今日は前置き話は止めて、どんどん先へ進めましょう。

1日目はバンコク都からチョンブリー市内までソンテウを乗り継いで行きましたが、時間切れで夕暮れを前にソンテウと地方路線バスでいったんアパートに戻りました。いやぁ~戻る時が簡単な事って言ったら・・・(笑)

別な日にチョンブリー市まで行って、目的の『ソンテウだけでパタヤまで行く』旅への挑戦を続けなくてはなりませんが、行きだけはこれも一番簡単で早い方法を選択し、アパートそばのバンナートラート通りを走るチョンブリー行ロットゥー38番を使いました。

20180611 Van 1

このロットゥーの行先表示は「クルンテープ(バンコク)กรุงเทพฯ - バンナー บางนา -チョンブリー ชลบุรี 」となっています。バンコク側はエカマイの東バスターミナルですが、バンナー交差点発もあるように思えます。

本数も多く、バンナートラート通りのバス停でバス待ちしていると軽くクラクションを鳴らし「乗らないかい?」と言わんばかりにバス停に寄って来ます。乗る側もキンケーオやその先の工場に学校と短距離利用の人が乗り降りを繰り返します。

ロットゥーは比較的長距離で2点間を結ぶ場合は乗客が集まらないと出発しないタイプもありますが、それだけのように書いているネット情報は間違いです。

20180611 Van 2

バンコク近郊ではこうした途中乗り降りが多い路線バスの補完的ロットゥーが多くあります。私の生活圏で多く利用してのは38番以外に95番(ラムカムヘン大学~ランシット)、1145番(サムロン~テーパーラック通り~バンボー)、53番(バンナー~バンナートラート通り~バンボー)、916番(パークナム~シーナカリン通り~シーコンスクエア)、1140番(サムロン~スクムビット~クローンダン)、17番(ミンブリー~ノンヂョーク)・・・と枚挙にいとまがありません。

路線バス以外に本シリーズの主役であるソンテウ、そしてロットゥーと路線や運行状況を知ると・・・それは自由自在に首都圏から周辺県を移動できます。

話をチョンブリーに戻しましょう。結局は前置き話をしてしまったような・・・(汗)

バンナートラート通りで5分と待たずに38番のロットゥーに乗れました。途中乗り降りが多いのでチョンブリーまでは1時間ちょっとかかり、60バーツでした。チョンブリーではスクムビット通りとポトン通りの交差点(画像下)で降りました。

20180516 Songthew 3

「ポトン通りPo Thong」へ渡る為に歩道橋でスクムビット通りの反対側に行きましたが、この先もずっと南へソンテウで向かわなくてはなりません。画像下はその歩道橋上から撮ったスクムビット通り南行きです。

20180611 Po Thong 1

しばらくソンテウの動きを観察していましたが、南から歩道橋がある交差点まで来てポトン通りへ入るソンテウばかりで、反対にポトン通りからスクムビット通りを南に向かうソンテウは見られません。きっと町中を通ってずっと南でスクムビット通りへ入るのでしょう。ポトン通りでまだ観察が必要です(笑)

ポトン通りに入ってすぐ(デパート横)に赤い色のソンテウが3~4台路駐で出発待機をしています。赤色は全て6088番みたいですが、普通行き先が大きく書いてあるフロント運転席上には表示がないソンテウが多いし、ウインドシールド内側(運転席)に置く小さな行先表示板で区別しているみたいです。

20180611 Po Thong 2

その行先表示板は分かっただけで黄地、白地、赤地、青地とあります。字は小さいしフォントが簡略してあるもので、私には理解不能。ジロジロと見てカメラでそれぞれを撮っていると運転手さんが怪訝そうに私を見ています。居づらくなったので、その場を去って考える事にしました(笑)

しかし、ポトン通りはデパート前から「ワット・ノックWat Nok」前あたりがソンテウと地方バスが集中しています。お寺の中がソンテウの起点になっていたり、この通りで多くの見慣れないソンテウと地方バスを見ていると、この先の目的を忘れるぐらい楽しいです。

20180611 Po Thong 3

20180611 Po Thong 4

赤色以外のソンテウで暇そうにしている運転手さんがいたので、スクムビット通りでシラチャ方面に行けないか?と聞いてみました。答えは「シーデン(赤色)でノンモン市場まで行って乗り換え」との事です。やはり難関の赤色ソンテウのようです(苦笑)

事前にGoogle MapsとStreet Viewで見ていたスクムビット通りもチョンブリーの南へ向かうのは赤色ソンテウでした。ただ、行先表示までは見えなかったのですよねぇ~ 「まぁ、いいか。しばらくしたら赤色ソンテウの所に戻ってノンモン市場へ行くか?」聞いてみよう、それまで少しの間、街歩きです(苦笑)

20180516 Songthew 2

ポトン通りを海に向かって歩き、ワット・ノック入口前で二股に別れる所(画像上)で右の道を選ぶと、周囲は服の生地を扱っている店が増えて来ます。大昔ですが、何かで読んだか聞いた事があるチョンブリーの「布タラート Fabric Market」のようです。

20180611 Chonburi 1

「布タラート」は正式名ではなくて通称でしょうが、18年前の前在住時からここは生地や手芸用品の種類が多いと聞いていました。まぁ、私には関係ないのですが、コスプレイヤーには嬉しい地でしょう(笑)

20180611 Chonburi 2

この布タラートは市井の市場のように大きな屋根の下に店が集まっているのではなく、狭く入り組んだ路地の中に店が並んでいるイメージで、その奥は広場となって生鮮品を扱う普通の市場があります。恐らくこの市井の市場周辺に布関係を扱う店が増えて行ったのでしょう。

20180611 Chonburi 3

バンコク都だとウォンウィエンヤイに布など服飾関係の店が集中している所があり、そこは一見してプロ相手の問屋のような店に見えます。バンコク都でこのような服飾関係の店が多いエリアは他に出合った事がありませんが、私が知る限りですがウォンウィエンヤイに次ぐのがチョンブリーのように思えます。なぜでしょうねぇ・・・

布関係の店を見ていても面白く無いので、海に向かいました。チョンブリー中心街はGoogle Mapsで見るとスクムビット通りの海側(西側)で縦に南北で走る道が二本だけで、海に向かって東西に走る路地はたくさんあります。どの路地を歩いても海に出るような感じです。

20180611 Chonburi 4

そしてGoogle Maps上で「土曜夜シーフードマーケット Saturday Evening Seafood Market」とあったのが気になっていました。土曜日でも夜でもありませんが、海を見るついでにどんな所かを見たかったのです。

20180611 Map 1

歩く事15分ぐらいで海に出ましたが、海沿いを走る交通量が多い道の手前が地図上ではシーフードマーケットが開かれる所のようです。朝早い漁から帰ったのだろう漁船、そして網の手入れをされている方達だけがいましたが、土曜の夜はかなり賑わうだろう事が想像できます。

20180611 Chonburi 5

20180611 Chonburi 6

道路を渡り海を見ますが、まったく波がなくかなり遠浅のようです。何なのか分かりませんが、見渡す限り柵のように竹の棒が刺さっています。

20180611 Chonburi 7

20180611 Chonburi 8

海沿いから町の方を振り返ると、漁師たちの仕事と生活の場の向こうに小高い丘が見えています。こうした海沿いに広がる町とそのすぐ近くにある丘や山の風景は、バンコク都やサムットプラカーン県ではなく、このチョンブリーから始まります。

20180611 Chonburi 9

さて、ポトン通りへ戻りソンテウの旅を続けましょう。今度は待機している数台の赤色ソンテウをジロジロと見たり写真を撮らずに、「ノンモンへ行きますか?」と一番手前の待機中の運転手に聞きました。黙って頷かれただけですが、それがたまたま行先表示板白地で赤と青文字で「ノンモン หนองมน 」「バンセン บางแสน 」とありました。

20180611 Chonburi 10

後で別な色の行先表示板の画像をチェックしましたが、どれも同じようにノンモンやバンセンと書いてある気がします。いったい何か違うのか? ルートが異なるのでしょうが、時間さえあれば全て乗って確かめたかったです(笑)

チョンブリー発ノンモン市場行き赤色ソンテウ6088番の行先表示白板のルートは以下の通りでした(ノンモン行きの往路だけで復路は分かりません)。結果的に余計な所へ寄らない最短ルートかと思います。

20180611 Map 2

ソンテウは起点となるポトン通りを出てしばらくチョンブリー市の中心地を走り、市の南側でスクムビット通りへ入ります。

20180611 Chonburi 11

20180611 Map 3

スクムビット通りでは何カ所かで同じ赤色ソンテウ6088番が待機している所を見ました。数台待機しているとそれぞれ行先表示板の色が異なっています。短区間運転のソンテウでしょうか?今回のシリーズで最後まで全容が分からなかったソンテウです(笑)

20180611 Chonburi 12

20180611 Chonburi 13

ノンモン市場の手前で右折して「バンセンビーチ Bang Saen Beach」へ通じる3137号線に入ります。一瞬、バンセンビーチに寄ってからノンモン市場へ行くのかと思ったら、すぐ左折してノンモン市場の横で終点(画像下)でした。

20180611 Chonburi 14

結局大きくUターンした事になり、ここでスクムビット通りに出れば復路の起点となります。チョンブリーからノンモン市場まで約1時間かかり15バーツでした。

20180611 Map 4

さて・・・この赤色ソンテウは行先表示板の使い方が分からずストレスが溜まりましたが、折角ですからノンモン市場から首都圏や周辺県にお住まいのタイの人々に大人気のバンセンビーチに行く事にしました。それも同じ赤色ソンテウを使うのですが(笑)

20180426 Bang Sen

次回に続きます。

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2018.06.11 | コメント(1) | タイ・トラベル

チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河

タイ中央部を南北に流れるチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川左岸(東側)ラッターナコシン島の現チャクリー王朝、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、そしてアユタヤ王朝へと時代をも遡る事になります。(画像下はオームノン運河です)

20180609 Om Non 1

そんな「チャオプラヤー元流を歩く』シリーズの第4回です。今までのエントリーは以下の通りです。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺

前回はバンクルアイ運河が一番古い捷水路であるバンコクノイ運河、そして元流であるオームノン運河と丁字状に交わる所まで来ました。そこには船の形をしたお寺ワット・チャローがありました。

20171218 Wat 1

ワット・チャローが面しているバンコクノイ運河の対岸には風情ある家々が並んでいます。運河沿いによくある乱雑に建てられたバラックとは異なります。人とバイクが渡れる橋があったので向かいました。

20180609 Om Non 2

20180609 Om Non 14

狭い路地を方向感覚だけで進みます。家々は水辺の中に柱を立ててその上に家を建て、その間に道を造っているのですねぇ~ それは路地の奥に進んでも湿地帯で路地からそれる事は出来ません。

20180609 Om Non 4

細い路地が続きますが車が通らないので静かですし、時たまバイクが来ても遠くから音で分かります。湿地の上に渡したコンクリート板すら外さなければ安心です。

都市部では歩道を歩いていても道はデコボコで穴があったり、下ばかり見ていると至る所で上から垂れ下がる電線で首を吊る事になります。しかも人が歩く事を完全に無視するように段差や歩行を防ぐ看板もあります。絶え間ない騒音の中で歩道上を前からも後ろからもバイクが真横を通るので気が抜けません。

20180609 Om Non 5

ここでの路地歩きの大敵は・・・アレです。日本語も英語も私のタイ語もまったく通じないし、年寄りに敬意を払わないお犬様です。バンコク都心部はもちろん住宅密集地の野良犬はそう怖くはないのですが、周辺部で野原が多い所の野良犬は縄張り意識が強く本当に怖いです。どんなに可愛く見える犬も同じで、画像下のような場合は引き返して別な道を探すしかありません。

20180609 Om Non 6

ウロウロしていたら湿地帯を抜けてオームノン運河沿いのお寺「ワット・タノー Wat Tanod」に出ました。小さなベル型の仏塔が並んでいるお寺の裏のような所です。都心部を離れたお寺ではよく目にしますが、故人の写真や名を記したものもあってお墓のように見えますが、タイの人々は墓を持たないし中華系の墓とも異なっています。お寺への寄贈なのか?分かりません。

20180609 Om Non 7

この辺りは民家が少なく荒れた林が多いのですが、この寺のものなのか、お隣のお寺なのか・・・かなり古そうな仏塔もありました。気になりますが、謂れを知る術がなく残念です。

20180609 Om Non 8

隣にもお寺があるのでそちらへ向かう途中、まるで発掘されたような木をくり抜いて作った舟が祀られていました。謂れがあったのですが、全てタイ語なのでこれも理解できないのが残念です。目の前がチャオプラヤー川元流ですし、近くには一番古い捷水路なので何か関係ありそうですが・・・

20180609 Om Non 10

20180609 Om Non 9

オームノン運河沿いを上流に向かうように林の中の小道を歩くと、ワット・タノーのお隣の「ワット・ポー・バンオー Wat Pho Bang O」に出ました。小さなお寺ですが何か気品があって、(後で分かりましたが)タイ観光庁のサイト(英語版)にも書いてありました。

20180609 Om Non 11

そのタイ観光庁によるとアユタヤ時代に建立されたお寺だそうで、(専門用語を知りませんが日本だと)切妻屋根の「人」形の間に施された彫刻、本堂入口のフレームの彫刻にも見るべきものがあるそうです。残念ながら訪問後に知りましたし、本堂は扉が閉まったままで入れませんでした。

20180609 Om Non 12

地図で見るとオームノン運河沿いにまだお寺があるようですが、運河に近づける道が無いように思えます。チャオプラヤー川元流であるオームノン運河は川幅も広く、この辺りから運河沿いに続く風景も魅力的なのですが、いったん戻ってソンテウに乗る事にしました。

20180609 Om Non 13

20180609 Map 2

ワット・チャロー前からソンテウでバンクルアイ・サイ・ノイ通りを北上し、終点のナコーンイン通りでソンテウを乗り換えて西に向かう事で、再度オームノン運河に近づく作戦です。

20180609 Map

ワット・チャロー前からバンクルアイ・サイ・ノイ通りを北へ向かうには何番のソンテウでも良いのですが、幸いすぐに1010番(前回のエントリーでルート図を書いています)が来ました。このソンテウはちょうどナコーンイン通りとの交差点が終点です。

20180809 Om Non 21

次はバンクルアイ・サイ・ノイ通りとナコーンイン通りの交差点でソンテウを待ちますが、これがなかなか来ません。画像下がその交差点ですが、画像奥がラマ5世橋で来るソンテウは右折したり左折してしまいます。

20180609 Om Non 20

待ったソンテウはオレンジ色に白いライン(番号が書いてなく分かりません)の「ワット・ボートボン Wat Botbon」行きです。ノンタブリー船着場(東側)からラマ5世橋を渡り、水上マーケットで賑やかな「ワット・タキアン Wat Ta Khian」を経由してオームノン運河沿いのワット・ボートボンまで行くソンテウで、ワット・タキアン(画像下)やノンタブリーから何度か乗った事があるのですが・・・

20180609 Om Non 15

まぁ、路線バスやソンテウを使う限り、なかなか来ないのはよくある事で仕方ないです(汗) 次回に続きます。

20180428 Map 1

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2018.06.09 | コメント(0) | タイ・トラベル

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ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 東京深川出身。アジア・ヨーロッパ・アメリカなど海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後タイでロングステイし2018年帰国。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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