番外編 6 チャン通り (1) ミシュランに載る食堂

このブログでは守備範囲外として長く書いたことが無かった食べ物屋さんを主に紹介する番外編で、そのスピンオフも6回目です。

「あの話はどうなった」シリーズでBTS幻のスックサー・ウィッタヤー駅がセントルイス駅として誕生した事から、駅があるサトーン地区の歴史・成り立ちを書きましたが、このエリアの現在も書くべきと始まったスピンオフ。

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「セントルイスかぁ~高層ビル街が並ぶサトーン通りも一歩裏通りに行けば古くからの食堂も多いし洒落たカフェも多かったなぁ~」って、それがきっかけでスピンオフを書き始めましたが止まらなくなり、本編を書かないで番外編ばかり更新しています。

クイジャップ ミスタージョー
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番外編1は表サトーンことサトーン通り沿いのレストラン4店を書きました。
番外編2は裏サトーンを走るソンテウ路線の概要とバンコクの礎を築いた潮州人が眠るワット・ドンを紹介しました。
番外編3はCafeやスイーツ店が多いセントルイス Soi 3を紹介しました。
番外編4は町食堂への思いとソンテウ1256番の路線を詳しく書きました。
番外編5はチャン通りSoi 18/7の朝市と老舗食堂5店を紹介しました。

番外編を含んだ「あの話はどうなった」シリーズのエントリー済みは以下の通りです。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金
(7) BTS 謎の駅の正体1
(8) BTS 謎の駅の正体 2 サトーン地区
番外編 1 サトーンで行くべき店
番外編 2 ソンテウで行く裏サトーン
番外編 3 Cafe巡りのセントルイス Soi 3 
番外編 4 町食堂とセントルイス3・チャン18/7 
番外編 5 朝市と老舗食堂が並ぶ チャンSoi 18/7 

ミシュランガイド、レストラン評価(それだけではないのですが)で最も知られている媒体だと思いますが、2000年代以降は対象地域も評価方法もずいぶん変わったと思っています。媒体で利益を得る事が目的の拡大路線が続いているように私には思えるのです。

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1990年代、パリでも三ツ星レストランはほんの数店しかない時代がありました。ミシュランは非常に権威あるもので、私自身はパリで初めて星付き(二つ星)レストラン「ミシェル・ロスタン」で食事をした時の内容を今でも思い出せます。画像下はそのミシェル・ロスタンでパリ在住の友人とですが、我ながら若かったですねぇ~

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東京版は2007年だったか、タイ版は私のロングステイ時(2015-2018)に始まったと思いますが、この辺りから世界中で始まり、評価も単純な星の数3段階だけからビブグルマンとかプレートなんても増やしてきました。この頃から大判振る舞いで多くの店を掲載する事でガイドの売り上げを伸ばし、ミシュラン自身の経営に貢献するかに重心が移ったように思えてなりませんでした(あくまでも個人的見解です)。

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一方、お店にとってミシュランの評価を得る事は死活問題なのは十分に理解できます。大昔にこのブログで「若き二人が挑戦する神谷町のイタリアン」(画像上)と紹介した彼らを20年以上前(画像下)から知っていましたが、ものすごい努力をしてビブグルマンから今は一つ星レストランです。

Harashina-san 2009

画像下は1990年代にパリで三つ星を長く保持した超有名レストラン「ラ・トゥール・ダルジャン」で、シェフ・キャビストを当時されていた林氏のパリご自宅に招かれた時のもので、三つ星レストランのご苦労などもお聞きしました。

Hayashi-san 1

このように店側のミシュランへの思い入れを知ると安易に言えませんが・・・ミシュランと言っても星付き以外は少し疑問に思う事もあります。。

私が星付き以外で少し疑問を感じるのは掲載店の拡大路線により評価方法がコロコロ変わっているからで、歴史と権威を誇るミシュランらしくないと思うからです。

以前はフォークとスプーン印で5段階なんてありましたし、プレートなんてもありましたが今はセレクテッドレストランに変わったようで、最近ではグリーンスターなんて始めました。

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そんな星以外の評価にビブグルマンがありますが、その定義は「価格以上の満足感が得られる料理」だそうですが、私なんか「だったら安くて旨い店が多いタイなんかビブグルマンだらけだ」と思うのですが、「価格帯は国ごとに設定され、価格だけではなく、良質な料理であることが必須」だそうです。なんだかものすごく曖昧ですねぇ~

と言う事で、ミシュランと名乗る店はバンコクでも多くあります。2023年のタイ版では星付きは35店(三つ星なし、二つ星7店、一つ星28店)、ビブグルマンは196店、セレクテッドレストランが215店で、バンコク以外の増加が目立ちます。

いずれにしても星付き以外のミシュラン掲載店はすごく多いし、毎年変化するので現在の全体像はよく分からないのですが、私が知っている限りでサトーン地区のチャン通りにあるミシュラン掲載の店を紹介します。

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そうです。今回はサトーン地区のチャン通りが主役です。画像上のようにタイで初めて舗装道路となったチャルンクルン通りと(これも食堂が多いスアンプルー通りに繋がる)ナンリンチー通りを結んでいる通りで、この通りも(陳腐な言葉ですが)安くて美味しい食堂が多くあります。

クイジャップ ミスタージョー Kuayjup Mr.Joem ก๋วยจั๊บมิสเตอร์โจ

私の24年前の在住時から人気の古くからの食堂ですが、長くミシュランビブグルマンを得ています。店名に付くクイジャップとはくるっと巻いた米の麺とモツなどの具材をスープの中に入れた料理名です。ミシュラン掲載やデリバリーサービスの普及でさらに混むようになりました。特に店頭でテイクアウトを待つ人が目立ちます。

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チャン通りに面したお店(画像冒頭)は間口が狭く奥が長いどこにでもあるような決して大きくはない食堂で客が絶えないのですが、スタッフがてきぱきとテイクアウトとイートインのサービスをしている姿は見事で、これもミシュラン掲載の一つの理由かと思います。

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クイジャップ以外に飲茶もありますが、圧倒的にクイジャップとムーグローブ(カリカリに揚げた豚肉)を頼む方が多いです。そのクイジャップの特徴は胡椒(と何かのスパイスも)が効いたまろやかで風味豊かなスープです。煮込まれたやわらかい豚肉に小さくしたカリカリのムーグローブ、少し大きめのホルモンは臭みがなく柔らかい中にも噛み応えがあります。

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美味しいスープにカリカリにじゅわっとした対照的な食感・・・思い出すだけで食べたくなります。なお、モツ系が苦手な方も除いて頼めますし、スープとムーグローブだけでも十分に美味しいです。

決してお洒落でもない普通の食堂ですが、飽きが来ない美味しい料理とてきぱきとしたサービスが地元で長く愛されている理由なのでしょう。ビブグルマンとしては納得ですが、そんな事に関係なく長くこのままでいて欲しいものです。

場所はチャン通りの西端チャルンクルン通りの交差点近くでチャンSoi42と44の間で、チャルンクルン通りSoi69から出発するソンテウ1279番が前を通りますが、乗ってすぐなので意味ないかも。それからこの店は早朝(朝7時台)から夕方(午後4時台)の営業で夜は営業していませんでした。

ヒアワンカオトムプラー Hia Wan Khao Tom Pla เฮียหวาน ข้าวต้มปลา

この店もミシュランビブグルマン常連店です。もう何年でしょうか・・・私がロングステイを終えた2018年も受賞していますし、先ほど調べたミシュラン2023年版にもリストに入っていました。

画像はお店のFBより
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私の一次在住時(2000-2003年)はなかったと思うので、それ以降のお店かと思います。しかしバンコクで新鮮な魚介を種類多く安定仕入れ出来て、魚粥のベースとなるお粥の味(魚骨か魚頭の出汁?)にも歴史を感じるので、きっと他店で長く修行されたか移転なのでしょう。

店名ヒアワーン・カオトムプラーの漢字店名もあって「兄旺魚粥」とあります。兄旺なので王兄弟のカオトム(お粥)プラー(魚)だと思います。

タイの方々が明確に区別しているか分かりませんが、生米から炊いたのがお粥(カオトム)で炊かれた米と具材を出し汁に入れて煮込むのが雑炊(ジョーク)ですので、店名通り(雑炊とは言わずに)お粥に色々な魚介を入れたカオトムプラーは身体に優しい美味しさいっぱいです。

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そしてこのお店の特徴は魚粥以外にも新鮮な魚介類が美味しいのはもちろん、色々なメニューがある事です。イカを焼いてもいいし、トムヤンクンもなかなかの出来です。

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場所はチャン通りに面して高速道路出入口近くのチャンSoi32/2横です。ソンテウは前述1279番か、ルートシン病院から出る1271番にBTSサパーンタクシン駅下のチャルンクルン通りから乗ると便利です。営業は夜だけで、祭日は休みの可能性が高いのでお店のFB等で確認して下さい。

タン・ジャイヤン Tang Jai Yang ตั้งใจย่าง

実はこの店を知らなかったです。今回のエントリーでミシュラン2023年タイ版を見ていてチャン通りに新しいビブグルマン店があるのに気づきました。ここは食堂ではなく洒落た小さな広東料理レストランでムーデーン(赤い焼き豚)がスペシャリティーのようです。タイにいればすぐにでも行きたいです。(画像下はミシュランHPから)

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場所はチャン通りとチャルンクルン通りの交差点すぐそばでモスクの反対側です。営業は夜だけのようです。実際に食べてない店を書くのは辛いものですね。いずれにしても、ミシュランのおかげで行きたい店が増えました。

さて、結局ミシュランでも、それこそ食べログ的なSNSでも、そんな評価なんかに関係なく、自分自身が味、サービス、雰囲気、価格、店の場所などで気に入る店と巡り合える・・・それが食いしん坊にとって一番幸せな事だと思うのです。巡り合う為にそんな他人様の評価を参考にするのはありだとも思います。

チャン通りの(ミシュラン店ではないけど)美味しい食堂は次回に続きます。

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2024.03.25 | コメント(4) | バンコク街歩き

番外編 5 朝市と老舗食堂が並ぶ チャンSoi 18/7

スピンオフも5回目ですが、ずっと「今日何食べた」的な内容をずっと書かなかったこのブログにとって、今回のエントリーをする為にスピンオフを始めたように思えます。

「セントルイスかぁ・・・あのソイは旨い店が多かったなぁ~」って。それがBTS幻のスックサー・ウィッタヤー駅がセントルイス駅として誕生したニュースに接した時の最初の思いでした。

番外編1は表サトーンことサトーン通り沿いのレストラン4店を書きました。
番外編2は裏サトーンを走るソンテウ路線の概要とバンコクの礎を築いた潮州人が眠るワット・ドンを紹介しました。
番外編3はCafeやスイーツ店が多いセントルイス Soi 3を紹介しました。
番外編4は町食堂への思いとソンテウ1256番の路線を詳しく書きました。

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番外編を含んだ「あの話はどうなった」シリーズのエントリー済みは以下の通りです。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金
(7) BTS 謎の駅の正体1
(8) BTS 謎の駅の正体 2 サトーン地区
番外編 1 サトーンで行くべき店
番外編 2 ソンテウで行く裏サトーン
番外編 3 Cafe巡りのセントルイス Soi 3 
番外編 4 町食堂とセントルイス3・チャン18/7 

高層ビルが建ち並びスーツ姿のビジネスマンが速足で歩くバンコク屈指のオフィス街サトーン通り(ちょっと大袈裟)・・・
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そこからお洒落なCafeも多いセントルイスSoi3を通り抜け・・・
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小さなクランクを経てチャン通りSoi18/7へ入ると・・・そこは舞台の場面転換のように下町の賑やかなソイへと変わります。
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それを最も強く感じるのが朝6時から9時ぐらいの間で、チャンSoi18/7 Yaek12辺りの朝市辺り。このソイの圧倒的な活力を感じる時間です。

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さて、そんな朝市ではなく(笑) 今回のテーマは老舗食堂。
それでは食に関しての平均値レベルが高く選択肢が豊富な「チャン Soi 18/7」に入りますが、知っている店を全て書くわけにはいかず4店だけです。

古くからこの地で商いしている店で、たいていは混んでいる店。すなわち人気の老舗食堂です。それでタイトルが「老舗食堂が並ぶ」ですが、書きながら老舗の本来の意味とはかなり違うなぁ~って思っています。短く分かりやすくそうしたのでゴメンナサイ。

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なお、店舗名を知らなかった(苦笑)ので、今回あたらめてGoogleMapで場所を追って店名を見つけました。それが実際あっているのかは分からないのですが・・・

さて、これだけ飲食店が並ぶ通りは他にあったかな・・・と思い出そうとしているのですが、他に出てきません(歳を取っただけかも)。市場周辺など特定の所に密集している所はたくさんありますが、600mほどのソイで両側に食堂やらレストランにテイクアウト店が多く並ぶ・・・他にもありそうですが、そう多くはないかと思います。

そんな「チャン Soi 18/7」のお店はお客は多く集まるでしょうが、競争も厳しい事でしょう。そんな中で30年、40年と長く商売をしていつも混んでいる普通に美味しい店を書きます。

いつも通りの長い前置き話はこのへんで止めて、お店です。

カオカームールンロッドセントルイス ข้าวขาหมูเลิศรส จส.100

カオはご飯でカーは足、そしてムーは豚なんてこのブログの読者には説明不要ですね。このエリアには他にもカオカームーのお店がありますが、ここが一番人気のように思えます。ある意味有名店で、このソイを知る人の多くがこの店で食べた事があるかと思います。

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店頭から遠くまで届く長く煮込んだ甘い中にも八角やシナモンで印象付けた香り、トロトロになった豚足や皮にトッピングのゆで卵に青菜に漬物・・・思い出すだけで食べたくなります。

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クンオップウンセン59 กุ้งอบวุ้นเส้น 59

店名通りに「海老と春雨蒸し」が代表的な料理で、店頭でこの料理お馴染みの鉄鍋が熱せられてます。店名に付く「59」は何でしょう? 59バーツからの料理だったと聞いた事がありますが、2018年時点で確かに59バーツでザルガイがあったような・・・要は美味しさは当たり前で安さもウリにしている店です。

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クンオップウンセンとムール貝とザルガイも食べている方が多かったですが、私は貝はちょっと・・・それで蟹チャーハンが一緒が好みでした。

クンオップウンセンは専門店もありますし、多くの中華系タイ料理店で扱う料理です。海老が新鮮である事、春雨に絡むタレ(オイスターベースかな)が旨い事が絶対条件ですが、コテコテの味付けでないのでなかなか満足する店には当たりません。

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超有名店がここからだとチャオプラヤー川を渡ったウォンウェンヤイにありますが、そこまで行ってもかなり待たされます。そこまで行かなくても十分満足する店かと思います。場所はSoi18/7に面してYaek8ののそばです。

ブンエク店 Boon Aek Restaurant ร้านบุญเอก

グースとダック、どっちが良い? まるで羽布団のようですが、どっちの煮込みもあります。ついでにポークも(笑)

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分かる人は店頭でぶら下げられているお姿でグースかダックかは分かるのでしょうが、私はあまり凝視しないようにしているので(汗)

今回、店名を調べるのにタイ語翻訳に上の画像でショーケース上の赤い看板ห่านพะโล้รสเด็ดを訳したら「おいしいガチョウの煮込み」でした。ガチョウのインパクト大ですが、タイ中華の肉全般を楽しむ店に思えます。

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ちなみに私は血の塊は食べられるけど出来たら無い方が良いので、(幼稚なタイ語で苦労して)ルアットは要らないと頼むのですが、デフォルトは付きだと思います(頼み方をよく知らない)その看板料理のガチョウの煮込みは皮が薄く、脂身がなくて柔らかい食感の濃厚な煮込みです。

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ただ、一番頼むのがパクブンファイデーン(空心菜炒め)カリカリポーク添えです(画像上)。他の客もたいていは注文しています。ガチョウやアヒルはそうたくさん頻繁に食べるものではなく、空心菜炒めがちょうど良いのです。内緒ですがここはこれかカリカリポークだけがお勧め(笑)

場所はSoi18/7に面してYaek1とYaek3の間です。

カオモッガイパードゥアン ข้าวหมกไก่เซนต์หลุยส์ - หมกไก่อดทน

チキンビリヤニのお店です。ところで私は炊き込みご飯が大好きです。ドイツに住んでいた時は二週間の夏休みを使ってスペイン各地方で特徴的なパエリアを食べ歩いた事があるぐらい(この話は長くなるので止めましょう)。そのパエリアとルーツは同じ?と言う人もいるインドの炊き込みご飯ビリヤニのお店です。

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場所が非常に分かり難いのですが、北からのセントルイスSoi3と南からのチャンSoi18/7が繋がる小さなクランク近く。GoogleMapを見るとチャンSoi18/7Aaek28とありましたが、それだと分かるか? バイク一台通れる細い路地で画像下の黄色い看板「ข้าวหมกไก่(チキンビリヤニ)」が目印です。

ちなみにカオモックガイ(ข้าวหมกไก)とは複数のスパイスを使ってご飯を炊いた、タイのチキンビリヤニの事です。

そのGoogleMapの店名をタイ語翻訳に入力したら「ドゥアンおばさんのチキンビリヤニ、イスラムチキンライス」ですって。ちょっと変ですが確かにこの店の料理を語っています。

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イートインのスペースが極端に狭いので、いつもテイクアウトのお客が多く細い路地に数人が並んでいます。並んでなければ大釜のカオモックガイが無くなった可能性が高いです。

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最後に番外編の番外で、おまけです。

前回に写真だけ載せた可愛らしい屋台。何も特別な事はなく書くこともない・・・と思っていたのですが、人気老舗店を書いた後でなぜか無性に食べたくなってしまいました。こも長く続くお粥屋さんで、店前に置いたこの屋台(荷車?)でお粥を出してくれます(調理のほとんどは後ろの店内で)。

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食べる人の気持ちまで優しくさせるような豚挽き肉が入ったきめ細かいお粥。チャンSoi18/7 Yaek10に入ってすぐ左。営業は朝6時過ぎから10時前でしょうか。

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長くなりましたが今回紹介した店の地図を作りました。

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さて、ネットに溢れている「どこどこ行って、何々食べた」はSNSで十分。このブログではエントリーしない・・・といつも書いているので、こんなにお店と料理の画像を載せたのは初めてです。

ただのお店や料理の紹介ではなく、まして自分が食したランチを書くのではなく、この町、このソイ、ここに住み営む方達の魅力を書きたくてエントリーした記事です。

いつも長いので気を付けているのですが、今回は特にもっと書きたかったのを無理に止めました(笑) いかがだったでしょうか? 食べに行きたくなりますねぇ~

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2024.02.25 | コメント(6) | バンコク街歩き

番外編 4 町食堂とセントルイス3・チャン18/7

「あの話はどうなった」シリーズで「名だけの実体が無かった謎の駅が20年ぶりに実体化した」と紹介したBTSセントルイス駅、その駅があるサトーン地区の歴史・成り立ちを書きましたが、このエリアの現在も書くべきと始まったスピンオフの4回目です。

番外編1は表サトーンことサトーン通り沿いのレストラン4店を書きました。
番外編2は裏サトーンを走るソンテウ路線の概要とバンコクの礎を築いた潮州人が眠るワット・ドンを紹介しました。
番外編3はCafeやスイーツ店が多いセントルイス Soi 3を紹介しました。

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番外編を含んだ「あの話はどうなった」シリーズのエントリー済みは以下の通りです。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金
(7) BTS 謎の駅の正体1
(8) BTS 謎の駅の正体 2 サトーン地区
番外編 1 サトーンで行くべき店
番外編 2 ソンテウで行く裏サトーン
番外編 3 Cafe巡りのセントルイス Soi 3 

さて、いよいよ裏サトーンの主役の一つ、チャン通り Soi 18/7 にはいります。前回書いたセントルイス Soi 3(サトーン Soi 11)の奥に800mほど入りクランクを抜けるとチャン Soi 18/7 になります。BTSセントルイス駅からだと1㎞ぐらいになります。

セントルイス3ぐらいならサトーン通り側から歩けますが、チャン18/7になるとこのソイを走るソンテウかチャン通りを走る路線バスを利用するのが一般的です。詳しくはこのエントリーで後程書きます。

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その「チャン Soi 18/7」に入るとかなり雰囲気が下町っぽくなります。タイ都市部でよく見かける通り沿いの低層ビル一階にある商業スペース、大袈裟に言えばそのほとんどが飲食店に思えるほどです。

流行りのテイクアウトのコーヒー店やスイーツ店からピザ店も見かけますし、もちろん屋台もありますが、古くから商いしているだろう食堂が多くあります。

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今回はその古くからこの町で商売しているだろう食堂、勝手な呼称で「裏サトーンの町食堂」を紹介します。

でもその前に・・・厄介で面倒くさいブログですので、こうしたお店への一般的な思いを書きます。

まず、主に東南アジアで多く言える事ですが、屋台、食堂、フードコートの多くがMSG・化学調味料を使っていてうま味の輪郭をハッキリさせています。簡単に誰が食べても分かりやすい美味しさにする感じです。別に全否定するわけではないのですが、中にはかなり多く使う店もあり、私の場合は喉が渇いて半日ぐらい大変です。

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調理師免許制や衛生管理等の制度・法的規制がまったく異なるタイで、食材の扱いや調理方法もある程度は食べる側の許容範囲を広げないと、敏感だったり神経質な方には辛いと思います。街中の屋台や食堂では火が通ったものがほとんどで、味も濃いものが多く食材の鮮度をそう気にする事もありませんが、食べて・・・これは止めておこうと思う事も少なくないです。

バンコク首都圏の市場は全て回りましたが、観光用に造られたかのようなオートーコー市場を除き、市井の市場の中には目を覆いたくなるシーンが必ずあるものです。こうした所が料理を提供してくれる店の上流にあります。

20171006 Market 2

20171008 Meat

また、この手の店では、おかずを皿の上でご飯と混ぜながら食べる料理が多くなりがちですが、米を研いだり炊く水、そしてお米も気になる方は覚悟が必要です。

私はほぼ100%夕食は自炊でしたがお米と水には苦労しました。(私には高級な)スーパーで密封性が高く少量の2㎏の米を買ってきて、まずは虫のチェックをしながらタッパーに移して冷蔵庫で保管でした。大量に買って数日置くとコクゾウムシが湧くのが普通だからです。それが市井の食堂だったら・・・屋台なら・・・フードコートでも・・・

ロングステイの食卓 白いご飯に味噌汁」に詳しく書いています。

Aug23 Rice 3

水は水道水で野菜を洗ったり米を研ぐのに使いましたが、煮炊きになると濾過処理水を使いました。浄水場を出た後すぐの水ならともかく、古いアパートや町自体が古いと水道管がだいぶ傷んでいるので注意が必要です。これも市井のお店なら・・・

20170913 Water 7

ちなみにタイではミネラルウォーターは一般的ではなくて『売られている水=ミネラルウォーター』と勘違いしている方が少なくないと思いますが、ミネラルウォーターはボルヴィックやエビアンなどの輸入品かと思います。もちろん私は高いので飲みません(笑)

世界の水道に飲用水、タイでの水と費用は?」に詳しく書いています。

他にも色々気になる事があるのですが、それらを解ったうえで食する分にはタイは非常に安価で多彩な外食が楽しめる国であるのは間違いないです。一皿100バーツしないで客を満足させて、店も商いを続けるのは大変な事でしょう。

ところで私は長い海外生活でお腹を壊した事はほぼありません。インドで都市部を離れた内陸部でも食を楽しんでいました。まぁ、口に入れたヤバイと思ったら躊躇せずに吐き出すようにしてましたけど。日本で大好きな刺身とか生ガキを食べる方が今でもドキドキします(笑) 

こんなの見たら並びたくなります
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ネガティブな事ばかり書きましたが、「下町の路地奥にある古い食堂、○○食べたら旨かった! 絶品!!」なんて安易で幼稚な記事を書くには歳を取り過ぎたのでしょう。

美味しい時もあるし、今日は失敗したのかなぁ~と思う時もある。バラツキ幅が大きいのもこうした店でよくある事。調理や食事に店と人の管理(あるのか?)などで気になれば止めれば良いだけの「当たり前の」自己責任です。

最後に、私は外食した後、声に出さなくても「いただきます」と「ごちそうさま」は欠かさず、お店で働く人たちに感謝していました。海外で自炊をして20年弱、色々と苦労していましたから(笑)

いつも通りの長い前置き話ですが、食に関しての平均値レベルが高く選択肢が豊富なのが「チャン Soi 18/7(あるいは区別なくセントルイスSoi3と呼ばれる方が多い)」かと思います。

それではお店に・・・

でもその前に必要になるのがこのソイを走るソンテウ1256番ですので、今回はまずそのソンテウを詳しく書きましょう。

このブログではソンテウの入門編として以下のエントリーがあります。一般的な話としてまずは安全性の確認、そして使いこなすのに少しはお役に立つかも知れません。

ソンテウの乗り方(1) 乗り物の種類と使い分け」と「ソンテウの乗り方(2)

それではソンテウ1256番です。

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路線は以下の通りです。

シャロンファン橋53 Chaloem Phan 53 สะพานเฉลิมพันธ์53
     ↓↑
ワット・チョーンロム Wat Chong Lom วัดช่องลม


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観光の方、在住の方でも、BTSサパーンタクシン駅をチャルンクルン通り側に出て、ずらっと並んでいる赤いソンテウを見た事がある方が多いかと思います。このソンテウが1256番です。

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ソンテウに書かれている起点名「シャロンファン橋53」とはチャルンクルン通りがサトーン運河を渡る橋です。BTSサパーンタクシン駅とした方が分かりやすいはずですが、このBTS駅が開業した1999年以前からソンテウはあるわけで、そんな古い言い方をそのまま使っているのです。ソンテウはそんな事が少なくないです。画像を見ると数字の「5」じゃない気がします(苦笑)もう少し調べないとなりませんね。

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1256番はBTSサパーンタクシン駅を出ると、そのままサトーン通りを西に向かいます。そして新しく出来たBTSセントルイス駅を過ぎた所でUターンし、AIAサトーンタワー横にあるセントルイス Soi 3(サトーン Soi 11)に入ります(画像下)。

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セントルイス Soi 3は800mほど行くと短いクランクがあってチャン通り Soi 18/7に入ります。

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この後1256番はチャン通りを東に進み、BRTが走るナラティワート・ラチャナカリン通りを過ぎてナンリンチ―通りからラマ3世通りに向かいます。

クロントーイからのラマ3世通り高架下には車両基地みたいに1256番がたくさん並んでいる所があって、私はここを通る度にこのソンテウに興味を抱いていました。

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終点はラマ3世沿いのワット・チョーンロム(画像下)ですが、実際にここまで運行されているのか実際に終点まで乗った事がないので分かりません。ナンリンチ―通りからラマ3世通りに入った所で降ろされそうな気もします。

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料金は2015年で7バーツでした。全路線を通して乗った事がないので定かではありませんが一律料金のように思えます。少なくても今回の主要テーマのセントルイス Soi 3とチャン通り Soi 18/7内は現在(2024年)でも10バーツ以下じゃないかと思います。なお、ソンテウの画像の一部はストリートビューからです。

最後は路線バスですが、ソイの中には入りませんがチャン通りは走っていますので、ソイ18/7近くで降りれば十分にアクセス可能です。ただ・・・そのバスが分かりません(涙) 本当に情けないです。

私のロングステイは毎日路線バスに乗ってルートを解明する日々でした。205あった系統路線で往復、直営と委託、本線と枝線・・・などをただ乗るだけで調べて「バンコク路線バス不完全ガイド」を2018年に書き終えたのに・・・

きっと私がタイを離れたのを見ていたのでしょう。その後ガチャをされたので今は全く分からないのです。正直、調べる気にもなりません。

昔なら、何も見ないで即答できたでしょう。チャン通りを走る路線バスなら「62番 戦勝記念塔Victory Momument ~サトゥプラディト船着場Sathu Pradit Pier」と「35番 新南バスターミナルSouthern Bus Terminal(Sai Tai Mai) ~プラプラデーンPhara Pradaeng(スクサワット通りSuk Sawat)も通るけど、これは厄介な路線です」ですと。

Bus062 VM

たぶん、これらのルートを引き継いだバスが走っているかと思うのですが、今は何も言えません。

さて、次回はやっとお店紹介です(苦笑)

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2024.02.17 | コメント(0) | バンコク街歩き

番外編 3 Cafe巡りのセントルイス Soi 3

「あの話はどうなった」シリーズで「名だけの実体が無かった謎の駅が20年ぶりに実体化した」と紹介したBTSセントルイス駅、その駅があるサトーン地区の歴史・成り立ちを書きましたが、このエリアの現在も書くべきと始まったスピンオフの3回目です。

番外編1回目はサトーン通り沿いのレストラン4店を書きました。もちろん普段のランチ(朝夕食は自炊)は屋台や食堂にフードコートで食べる日々でしたが、こうした店を知っておくのも食の引き出しを増やし人生も豊かにするひとつの方法かと思います。

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それにしても料理の画像がほとんど無い。食事をするのにサーブされた皿を撮る習慣が無いのですよねぇ~ 

スマホは3年前に持つようになりましたが、それまでは普通のカメラですから食事の時に構えてバシャバシャと撮るなんて、(良い店ほど)店や他の客に対してマナー違反ぎりぎりの行為でした。今や店側がどんどん撮ってSNSで広めて欲しいのでしょうが・・・

まぁ、今回は裏サトーンの庶民的な店ばかりですから、昔のレストランマナーを気にする必要は全くありませんし、料理以外に撮るものもない(笑)

番外編2回目は裏サトーンを移動するのに便利なサトーン区を走るソンテウ路線、そしてバンコクの礎を築いた多くの潮州人が眠るワット・ドンを紹介しました。

バンコク都心のサトーンですが、ソンテウは私が知る限り以下の5系統6路線です。

 1256番 BTSサパーンタクシン駅 ~ ワット チョーンロム
 1240番(小) ルンピニー公園 ~ ラマ3世通り
 1240番(大) ルンピニー公園 ~ チャン通り
 1271番 ルートシン病院 ~ 広東墓地
 1279番 チャルンクルンSoi69 ~ ワット・ドークマイ
 1273番 タノン・トック ~ クローン プーム

この中でサトーン中心部を走るのは1256番と1240番で、今回紹介するのは1256番が通るセントルイス Soi 3です。

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番外編を含んだ「あの話はどうなった」シリーズのエントリー済みは以下の通りです。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金
(7) BTS 謎の駅の正体1
(8) BTS 謎の駅の正体 2 サトーン地区
番外編 1 サトーンで行くべき店
番外編 2 ソンテウで行く裏サトーン

さて、今回の主役はセントルイス・ソイ3ですがサトーン・ソイ11でもあります。画像下、パクソイの標識にはサトーン11(セントルイス3)とあります。

そしてサトーン通りへのパクソイは例のBTSセントルイス駅建設費用半分を出したAIAサトーンタワーの横です。この画像にも契約条件の一つだった駅直結連絡通路が写っています。

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それではソイの中に入りましょう。

なお、気になったけど入れなかったお店、今はもうない店(たぶん)、伝手で改装や新規にオープンしたのを知った店もあります。ソイの雰囲気を伝えるのが主旨ですので、ご勘弁を。

この路地(ソイ)はサトーン通りパクソイ(路地の入り口)から800mほどまっすぐで、しゃれたカフェやテイクアウト専門のコーヒー屋にスイーツ店などが並んでいます。近くのオフィスにお勤めの方、裏通りの小さなホテルの客が主な客層にも思えます。

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ベーグル屋さんクロワッサン屋さんもありますが、このエリアにはチョンノンシーの交差点近くに「Kenn’s Coffee & Croissant」があるので、クロワッサンは厳しいかも。

ベーグル屋さんは以前自宅?前で土日だけコーヒーとベーグルの朝食を提供していたのが洒落たお店になったようです。

Nocafe.justcoffeeandbreakfast

主張を込めた長い名の路地奥店です。セントルイス・ソイ3に入り600mほどで学校の出入り口が右側にありますが、その門の反対側のソイ・ピチャイ2に入りすぐ右側です。

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わざわざ足を運ぶ店とは違う気がしますが、通りがかればちょっと寄りたい店かも。長居する雰囲気ではないもののイートインもあります。(画像は店インスタから)

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Ground Coffee

私的にはこのエリアで行くべき店なのですが、まだ叶っていません。なぜかと言えば、少し長くなりますが同じサトーン内の事なので書きましょう。

もう20年以上前の事ですが、サトーン東端で5分も歩けばクロントーイと少し荒れた所に緑で囲まれたレストランがありました。ポツンと一軒家の画像下「Le Cafe Siam」で大好きでした。一階はレストランで二階が応接室みたいな雰囲気、その二階で夜遅くワインを飲むのに通いました。

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その後タイを離れて再訪したのが2015年です。ただ店は変わってタイ版料理の鉄人でも活躍したイアン・キットチャイがプロデュースの画像下「ISSAYA Siamese Club」になっていました。

その後何度か通いマネージャーと親しくなり普段使わない懐かしい二階を見せてもらったりしました。「極上空間と鉄人シェフ」で詳細を書いています。

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それで同じサトーンで近くスタイリッシュな店と紹介してもらったのが画像下「AKART Bistro & Bar」です。イェンアカート通り沿いの古民家を改装したイタリアンとタイ料理のフュージョンでしょうか。

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「ISSAYA Siamese Club」と「AKART Bistro & Bar」は現在もあります。サトーン区でも東側で、サトーン通りよりラマ3世通りよりの住宅街の中に高級レストランがポツンとあるようなエリアです。ちょっと東に行けばクロントーイなんですけどねぇ~ そして残念ですが路線バスもソンテウも走ってなくて、タクシーで行くにも相当厄介なエリアです。

この「AKART Bistro & Bar」のオーナーが次にプロデュースしたのが「Ground Coffee」がある「Hidden Yard」と呼ばれるエリアでセントルイス Soi 3のパクソイから100mぐらいです。それで行きたかったのですが、オープンが2019年前半ぐらいだと思います。(画像は店インスタから)

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ここも古民家を改装した店なのは間違いなくオーナーの好みですね。特徴はこだわりのコーヒーと終日ブレックファーストを提供している事ですが、インスタを見る限りスイーツも充実しているようです。

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ちなみにアメリカでは「豆を挽く」はgrindという動詞を使いますが、「挽いた豆」のことはground beansと厄介な使い分けをします。たぶんその意味でのGround Coffeeだと思いますので、相当拘りあるコーヒーが飲めるのでしょう。

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さて、セントルイス Soi 3はパクソイから800mほどでクランクしてチャン Soi 18/7と繋がります。このソイになると中華色が強まり古くからの食堂が多くなります。

このまま続けたいのですが、今回も長くなりました。

この番外編を書き始めた時は前編で表サトーン、後編で裏サトーンと2回で書くつもりだったのですが、すでに3回目でセントルイス Soi 3も終えられません。しかもこのソイを走るソンテウ情報も書けていません。

いやぁ~ 長くて本当にすいません。次回に続きます。

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2024.02.14 | コメント(0) | バンコク街歩き

番外編 2 ソンテウで行く裏サトーン

「あの話はどうなった」シリーズで「名だけの実体が無かった謎の駅が20年ぶりに実体化した」と紹介したBTSセントルイス駅、その駅があるサトーン地区の歴史・成り立ちも書きました。

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「あの話はどうなった」シリーズは以下の通りです。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金
(7) BTS 謎の駅の正体1
(8) BTS 謎の駅の正体 2 サトーン地区
番外編 1 サトーンで行くべき店

そしてこのエリアの現在も書くべきと始まったスピンオフ、それはこのブログでは守備範囲外として長く書いたことが無かった食べ物屋さんを主に紹介する番外編です。

その番外編1回目はサトーン通り沿い(私的表現で表サトーン)のレストラン4店を書きました。自分のいつものスタンスからは書いて恥ずかしくなるぐらいの有名店ばかりで、中身も「こんなネット記事ならいくらでもあるなぁ」と今でも後悔気味です(笑)

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それに一回のエントリーで4店も書いたので中身が薄い。4回に別けてエントリーしても(普通のブログなら)十分でしょうし、メニューとか料理など載せたら一回に一店で中身がだいぶ整うでしょうが、このブログの主旨と違っちゃう。

まぁ、お店の歴史や成り立ちをメインに書いて自分を納得させた前回でした。画像下は年代不詳のサトーン通りですが、写っている車から1930年代かなぁ~ 百年ちょっと前ですね。

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さてサトーン地区、一般的にはサトーン通りを中心にBTSチョンノンシー駅周辺も含むような感じがしますが、実はサトーン区としてはサトーン通りが北端で道路の南側はバーンラック区です。東に向けて撮った画像下で言えば右がサトーン区で左がバーンラック区のサラデーンです。

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ですからサトーンと言うとサトーン通りの南側、西端がチャオプラヤー川で東端はラマ4世通り、南端はデコボコですが基本はチャン通りです。

サトーン通りだけを見れば近代的なオフィス街なのですが、通りを一歩離れ日本のはやりで言えば「裏サトーン」(私的呼称です)と呼べる下町風情が色濃く残る地で、バンコクっ子にとってはノスタルジックな雰囲気を感じるのではないでしょうか。

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私はバンコクっ子どころか江戸っ子の年寄りでかなり感覚は異なるのでしょうが、裏サトーンで好きな所はチャン通り、セントルイス・ソイ3、そしてスアンプルー通りで、それはまさに下町風情を感じるからです。

20年以上前ですが初めてチャン通り周辺を歩いた時、「ゆるい中華街みたい」と思いました。ヤワラーだとこれぞ中華街と言わんばかりにギラギラ主張してくるのですが、そんな事はなく昔からの華人が多く住む庶民の町だと感じたのです。

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セントルイス・ソイ3とスアンプルー通りはおいおい別途詳しく食べ物屋さんを書くつもりでいますが、この二つの通りで面白いのはサトーン通りから離れるにしたがってグラデーションのようにお店の雰囲気が変わる事です。

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サトーン通りに近いとオープンして数年のセンスの良さを感じるカフェやレストランが多く、ソイの奥に行くと長くこの地で営業している庶民的な食堂が多くなる。

さて、そんな裏サトーンを移動するにはソンテウを乗りこなすのが一番安くて便利です(キッパリ)。 それで今回のメインテーマはサトーン地区のソンテウです。

まずこの2つのソンテウ路線は別途詳しく書く予定ですが、バンコク在住や観光の方々も一度は見た事があるのではないでしょうか。
 1256番 BTSサパーンタクシン駅 ~ ワット チョーンロム
 1240番(小) ルンピニー公園 ~ ラマ3世通り
 1240番(大) ルンピニー公園 ~ チャン通り

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1256番はBTSサパーンタクシン駅をチャルンクルン通り側に出ると、ずらっと並んでいる赤いソンテウです。正式には「チャロイ・リンパット橋53」が起点ですが、この橋はチャルンクルン通りがサトーン運河を渡る橋です。

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BTSサパーンタクシン駅~サトーン通り~BTSセントルイス駅~セントルイス・ソイ3(サトーン・ソイ11)~チャン通り~ラマ3世通り~ワット チョーンロムがルートです。

1240番はルンピニー公園のラマ4世通り側を起点とする赤いソンテウです。ソンテウの大きさで行先が異なります(途中まで同じ)。

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ルンピニー公園~サトーン通り~スアンプルー通り~ナンリンチー通り。ここまでは共通で小型のピックアップトラックはラマ3世通りで出た所。中型ソンテウはチャン通りに入りチャン・ソイ31あたりまで。

上記の2つのソンテウは次回かその次で詳しく書くので、別なエリアとソンテウを書きましょう。

私自身はそんな裏サトーンでも歴史を強く感じる「潮州墓地」(ワット・ドン墓地)周辺が面白いのですが、場所が場所だけに・・・これもまた別に書ける時が来るのかも知れません。

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でも、サトーン通り(運河)に関係する事だけを少し紹介(笑)

バンコクにある最大の中国人墓地ですが、さすがに都心部には・・・と言う事で改修がかなりされて今はほぼ公園です。しかし公園内をくまなく歩くと、墓地を移す事を嫌う華人の血が濃い人達も多くいる事も分かります。

このシリーズで何度も登場したタクシン橋とサパーンタクシン駅の「タクシン」はトンブリー王朝のタークシン王の事ですが、王の父親は潮州人です。アユタヤ王朝の血を引いていない潮州人の王朝は潮州を中心に多くの華人をタイに呼び込んだそうです。

東南アジアに多い華人の出身地は広東と福建ですが、タイだけは潮州人が過半数を超えると言われています。まぁ私なんか広東省東部の潮州も広東じゃないかと思ってしまうのですが、きっと明確な違いが華人の中ではあるのでしょう。

墓地を必要としないタイ人とは違い、中国人にとっては埋葬の地が必要です。しかも生まれ育った地を離れて外国で埋葬されるので自然と同郷人が集まったのではないかと思います。それで潮州墓地。このエリアにはサトーン区でないもののの広東墓地もあります。

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また話が長くなりました。

潮州墓地が出来たのは1899年。まさに初期のサトーン運河が完成し賑わい始めた頃です。前回書いた中国人実業家ルアン・サトーン・ラジャユットは多くの中国人労働者を呼び寄せて運河を掘ったそうです。

1906年には4,267名を超える人々が埋葬されており、その大半が男性だったそうです。多くの若い潮州人が重労働に耐えながら働きバンコクで亡くなった・・・ラマ5世統治下に大きな変貌を遂げたバンコク。その礎になった方々がビルの谷間に眠っています。

潮州墓地(ワット・ドン墓地)へ行くには西側のゲートから入る必要があり(周囲が塀で囲まれている)、ソンテウ1271番が近くまで行きます。それでも徒歩10分以上歩くのでチャルンクルン通りから歩いても似たようなものですが(苦笑)

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1271番はバーンラック区のルートシン病院(シーロム通りの西端)からチャルンクルン通りとチャン通りを走り、広東墓地(画像上で潮州墓ではないです)まで行きます。ルートなどまた別な機会に書きます。

他にサトーン区を走るソンテウは1279番。チャルンクルン・ソイ69からチャン通りを経てラマ3世通り沿いのワット・ドークマイまで行きます。これも別な機会に書きます。

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なお、ソンテウの写真は手持ちが少なく、一部ストリートビューからの画像です。
やはり長くなってしまいました。ごめんなさい。次回はセントルイス・ソイ3だけを書きましょうか(出来るかな?)

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2024.02.09 | コメント(0) | バンコク街歩き

番外編 1 サトーンで行くべき店

このブログのエントリー数(記事数や投稿数とかPOST数)は今日まで1503回ですが、今回は初めて書く内容と言うかスタイルです。

2012年にこのブログを初めてからずっと「日本人や観光の方々が多い都会」と「どこどこで何々食べた」のような内容を書く事はありませんでした。また、自分の実体験や見識ではなく、見聞きしたニュースをそのままネタにして薄っぺらい事を書くのもありませんでした。

若い人の仲間内のSNSはそれらで溢れている事でしょう。それはそれで楽しければいいと思いますが、35年以上の化石ネットワーカーの私にはちょっと....ましてブログなら、それで書かなかった。詳しくはずいぶん昔にエントリーしています。
 「食べ歩きでブログを書かないのですが・・・
 「ニュースなネタでブログを書かないのですが・・・

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一方、タイで働いていた時は食のプロと一緒に評判の店を巡るの趣味の一つでしたし、ロングステイ中は毎日街歩きですからランチは全て外食でした。バンコク50区全てのあらゆる所の食堂、屋台、フードコートで食べています。

「旅と食にワイン」は人生を通じて最大の趣味ですから、率直に言ってタイでの食と店を楽しんでいましたが、それらがこのブログのテーマになった事はなかったのです。

サトーン西端チャルンクルン通りのお粥屋さん
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それが今回は書かなくてはいけないような気になっています。以下の「あの話はどうなった」シリーズで駅名だけの実体が無かった謎の駅が20年ぶりに実体化したと紹介した、BTSセントルイス駅があるサトーン地区の事です。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金
(7) BTS 謎の駅の正体1
(8) BTS 謎の駅の正体 2 サトーン地区
セントルイス駅と駅があるサトーン通りの歴史・成り立ちはたっぷり書きましたが、このエリアの現在も書くべきだと思ったのです。

ただ、サトーン地区でお勧め店を書くと大変な量になります。なにしろバンコク有数のオフィス街で大使館や高級ホテルからリーズナブルなホテルまでたくさんあるエリアです。

そこでサトーン通り沿いを表サトーンとし前編で、通りを一歩離れ日本のはやりで言えば「裏サトーン」と呼べる下町風情が色濃く残る地を後編で紹介します。そんな両方の雰囲気だけでも伝われば良いのですが・・・

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かなり観光ガイド的な内容になるのがすごく気になるので、おまけにこの地区を巡るのに便利なソンテウのルートマップを後編で付けますが、これは観光サイトにはないでしょう(笑)

最初は表サトーン(私的表現です)の4店です。都心部の有名店なので駐在者の奥様方のSNSにありがちな所と言えばお分かりになるかと思いますが、書いて恥ずかしくなるぐらいの有名店ばかり。私的には絶対に書かない所だったのですが、視点を変え歴史を踏まえて書くことで自分を納得させています(笑)

ザ・ハウス・オン・サートン The House on Sathorn

いきなり敷居が高い所ですが、目の前のサトーン運河と通りに名を遺した中国人実業家に敬意を表して外すわけにはいかないです。後に王室から称号を授与された「ルアン・サトーン・ラジャユット」の邸宅だった所です。彼からサトーンが始まった事は前回書いた通りです。(下2枚の画像は公式サイトより)

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最初に建てられたのが1889年って言いますから、まさにサトーン運河完成後すぐですね。前回載せた古地図が1887年のサトーンでザ・オリエンタル・ホテルも同じ年に開業です。タイに多くの外国人が押し寄せ、時はまさにアジアの貿易拡大と植民地化が激しい時です。

インド(1887年)旧ビルマ(1886年)インドネシア(1904年)マレーシア(1895年)ベトナム(1885年)カンボジア(1863年)ラオス(1893年)フィリピン(1898年)と植民地化ラッシュの19世紀後半につい想いを馳せてしまうコロニアル様式(植民地様式)の建物です。後にロシア大使館になり現在は隣のWバンコクホテルに属しています

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内部はメインダイニングにバーなどいくつかのスペースがあり、基本はシーフード料理です。料理を食べるだけなら強いてここを選ぶ理由はなくて、私は一択で中庭(画像上)でのアフタヌーンティー(14:30~17:30)です。これはかなりお得感があり行く価値があったと記憶してます。

ティースタンドはもちろん3段です
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画像下のように私の在住時に1セット(2人でシェア可)1,150THB+7%+10%でしたが、先ほど公式サイトを見たら1,690THBでした。公式サイトの画像だと少し豪華に見えるので、内容も変わったかも。歴史好きの私には全ての雰囲気を含めて価値があると思いましたが・・・

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ブルーエレファント Blue Elephant

タイ人女性がベルギーで1980年に最初の店をオープンしロンドンとパリにも進出。私のドイツ在住時(1990-1997)には評判を聞いていましたが、なかなか予約出来ない内に私はタイへ。

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そのタイ在住時の2001年にバンコクにも進出してくれましたので、すぐ行きました。それ以来何度か行きブルーエレファント流のタイ料理を楽しみました。建物はここもコロニアル様式で100年以上前のものらしいです。移築したのかは分かりません。

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お店側はRoyal Thai Cuisineと言っていますが、私は(よく言われる)タイ宮廷料理でもなく、ヨーロッパで洗練されたタイ料理と私は感じていました。今はどうなんでしょう・・・ 画像は全てオープン直ぐの時なので、これも今とは違うと思います。

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私は料理をアラカルトで組み立てていました。セットメニューが当時あったか記憶がありませんが、先ほど公式サイトを見たら高いセットメニューがありました。私はこの店ならアラカルト一択です。

セラドン Celadon

1991年開業The Sukhothai Bangkokの蓮池の中に建つレストランで、香港系不動産会社とインドネシアの経営者、そしてオーストラリアとアメリカ人の建築家によって造られたホテルがタイ人最初の王国スコータイを名乗る不思議さを感じますが・・・

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現在は高層ホテルが多い中で小ぶりにも思えるホテルですが、サトーン通りからエントランスまでの木々のアプローチで別世界に入る気持ちにさせるなど全てに品の良さを感じる良いホテルです。

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私的には王道のタイ料理と思っているセラドンは食する人の好み気にせずお誘い出来るので、仕事上の食事を多くしていました。仕事中?の画像はブログ初かも(苦笑)

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食事を邪魔しない伝統的音楽もタイを訪れた方々に喜ばれていました。中には会食には向かないホテルレストランもあるものです(オリエンタルのサラリムナームとは言っていません)。

バーン カニータ アンド ギャラリー Baan Kanitha & Gallery

いつ行っても日本人が多いバーンカニータだと思いますが、実は・・・私はこの店に行った事がありません(前は何度も通るのですが)。いやぁ~申し訳ないです。

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もちろんスクムビットSoi23奥の「バーン カニータ」は日本から家族や友人が来た時に使う店の一つでした。今は支店扱いだと思うのですが、ここが1993年にカニータ・アカラニティクル女史が最初のオープンした店だと思っています。

ただし、同じスクムビットSoi23でも今の場所ではないと思います(自信なし)。このエントリーをする為にストリートビューを見たのですが、私の記憶と違う所と建物なのでかなり混乱しました(画像下は2001年に私のHPに載せた写真です)

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そして「バーン カニータ アンド ギャラリー」も今のサトーンではなく、BTSプルンチット駅からすぐのSoiルアムルディー奥でした(自分のメモだと2005年サトーンに移転とあります)が、こちらの方は日本人客も少なく何度か行っています(画像下)。

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さて、今回書いたサトーン通り沿いの店はどこも当たり前に外国人客が大半の店です。それで食べる方々の味覚も経験もまちまちで、それそれの感想があるかと思いますが、このバーン カニータ アンド ギャラリーも含めて間違いなくどこも美味しいです(そんな子供っぽい感想を書くまでもない)。

今のバーン カニータは昔と同じ料理と味なのでしょうか? ミヤンカムはまだ出していますか?野菜は相変わらず上質ですか? 私にとっては鮮明に記憶に残る懐かしい味です。

意識したわけではなかったのですがコロニアル様式の建物が多く登場しました。植民地化ラッシュの19世紀後半に造られたサトーン通りの歴史がそうさせているのでしょう。

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さぁ、次回は裏サトーンです。ソイの奥に入るのでソンテウを利用できるとかなり便利です。バンコク都心のサトーンですが、ソンテウは私が知る限り5系統6路線でしょうか。便利な路線はルートマップ付きで紹介予定です。

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2024.02.06 | コメント(0) | バンコク街歩き

あの話はどうなった (8)BTS 謎の駅の正体 2 サトーン地区

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? そのニュース等から疑問や謎に迫ります。シリーズの8回目は前回「BTS 謎の駅の正体1」の続きです。

さて、このところタイトルに「BTS ○×△・・・」が多くなっていますが、タイトルを大げさにしたり、勘違いさせたり、思わせぶりに書くことで、アクセスさせるありがちな(悪質)ブログのようで気になっています(笑)

今の時代はBTSではなく「スカイトレインBTS」の方が良いのかも知れないと思いながらも、私は「スカイトレイン」を使った事はありません。スカイトレイは前回書いたカナダのラヴァリンLavalin社から来ています。

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正式名称は英語だと「Elevated Train in Commemoration of H.M the King's 6th Cycle Birthday」 でちゃんと画像上の様に記されています(5年前のモーチット駅の終端なので今は無いかも)。

和訳すると「国王陛下生誕72歳記念高架鉄道」でしょうか。英語の6th Cycleは干支の六回りの事で72歳ですね。ただ最初から誰もそう呼ばない・・・

もちろんBTSとはBangkok Mass Transit System Public Company Limitedの事で、私はBTSを運営管理会社と思っています。このシリーズ1回目に登場したBRTもBTSが運航管理しています。

また、5年前のタイ在住時ですが、タイの方々はMRTでもBTSと呼ぶぐらいで、バスやソンテウで「MRTの駅を通りますか?」と聞いても「何それ?」って感じで、「BTSです」と言うと通じたものです。今はどうなっているのでしょうか?

話を戻してBTS・・・Bangtan Sonyeondanと勘違いしてアクセスされた方がいれば、本当にごめんなさい。私は70歳になりましたが、BTSもソロの曲もよく聴きますし、世界での活躍を大したものだと感心をもしています。最近はNewJeansの方が好みですが・・・

さて、まずはこのシリーズ今までのエントリーです。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金
(7) BTS 謎の駅の正体1

なぜ開業後20年経ってセントルイス駅建設?

前回からの続きです。シーロム線スックサー・ウィッタヤー駅(駅番号S4)はBTS開業1999年以来22年間、路線図上や料金表に記されただけの実体のない駅でした。

それが2021年に駅名を改めセントルイス駅(S4)として開業。そこには駅直結になったのAIAサトーンタワーを持つAIAグループの費用半分負担契約が駅建設の推進力となった事でしょう。

AIAサイトから。駅直結ではなくAIA入口が駅構内にあるようです。
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AIAサトーンタワー周辺はセントルイス病院、聖霊礼拝堂、セントルイス教会、外資系企業の様々なオフィスビルがあり、この地区がビジネス地区として可能性が高いのは間違いなく、多くのプロジェクトも存在しています。バンコクの中でも経済が活性化している地域でもあると思います。

AIAサイトから。まだ駅が出来てないですねぇ~
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BTSはこの駅の建設により、1日当たりの利用者数は約9,500~12,000人増加し、その結果、年間約9,400万バーツの追加運賃収入を得ることになるとしています。

私はセントルイス駅を造ったから新しく利用者が増えるのではなく、500mと近い両隣駅チョンノンシー駅とスラサック駅の利用者がその分減るのが当面かと思いますが、そんな事にBTSは触れていません。

BTSの乗客数が(私がよく参考にする)Open Government Data of Thailand にあるのですが、2022年で約60万人/日でした。コロナ渦で微妙ですが、後に1日の乗車数が100万人を超えたニュースを記憶しているので、そんなものかと思います。

2022年のBTS駅数は60駅前後だったと思うので、単純計算で一駅1万人。そんな計算で出されたこの駅の利用者予測値に私は思えます。(現在は全く違う数字でしょうが)

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ちなみに渋谷・横浜間を走る東急電鉄の東横線2022年利用者数が1日100万人(1,024,382人)で、この年で言えばBTS全体と東横線がほぼ同じ利用客。そして東横線で利用客が一番少ない駅が多摩川駅で1日1万人ですので、セントルイス駅の目論見と同じになります。多摩川駅、昔は多摩川園駅で駅前に遊園地があり、長い滑り台やお化け屋敷があって・・・話を戻しましょう(汗)

うーん、ハッキリ言えよ!と怒られそうですが・・・セントルイス駅を造る理由が本当にあったのか疑問を感じてならないと言う事です。そして、AIAグループの建設費用半分負担は本当に渡りに船だったと思います。

この見方はBTS側に関してですが、都市計画としては将来性はたっぷりだし、セントルイス駅すぐ隣で動き出したチョンノンシー運河公園開発プロジェクト(画像下)も無関係とは言えないでしょう。このプロジェクトは別に書くつもりなので、これ以上話が脱線するのを止めましょう(笑)

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BTS側には20年間「謎の駅」だったS4を実体化する大きな理由は無かったものの、都心部サトーン地区の将来性から両隣駅(特にチョンノンシー駅)と合わせて利用者増をかなり見込んでいるのでしょう。

そこにAIAグループからの費用負担でとんとん拍子で駅が出来た・・・そんな話に私には思えます。 AIAグループもこの地区に投資する価値が大いにあると見込んだはずです。

それでは、1999年開業時には駅を造る計画はあったものの20年間も造らず、今になってセントルイス駅を造り500m間隔で3つの駅を並べるサトーン地区はどんな所なのでしょう? このブログらしく歴史から深堀します。

サトーン通りと運河

話がどんどん広がるのを注意して書きますが、都心部でビジネスの中心の一つとして大きな存在のサトーン地区は大変興味深いエリアでもあるのです。

20年近く前に東西に走るサトーン通りを初めて見た時、私はなぜ道路中央に運河(小さなどぶ川に見えましたが)があるのか?と興味を覚えました。

2015年チョンノンシーの交差点から東側を撮りました
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チョンノンシーの交差点から西側はチャオプラヤー川に繋がりますが、運河上はBTSが走っています。BTS建設時はこの運河がサトーン通りの中央にあったので、さぞ工事がしやすかった地区かと想像できます。

画像下はまだBTSがない(しかしタクシン橋は完成していた)時のサトーン通りで、サトーン運河がチャオプラヤー川に繋がっているのが見えます。

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このサトーン運河がなぜ道路中央にあるのか調べた事があるのですが、起源はラマ5世(在位1868年 - 1910年)統治下に当時盛んだった米貿易の物流ルートとしてチャオプラヤー川とファランポーン運河(今のラマ4世通り)を結ぶ為にこの運河を掘ったそうです。

ファランポーン運河って今もクロントーイ市場からプラカノン運河まで繋がる「バンコクで一番臭い運河」(個人の意見です)ですが、ここを通るたびに私はなぜファランポーンなのか?って不思議に思ったものです(画像下はストリートビューから)。だってワット・ファランポーンは西に5kmぐらい離れていますから。

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調べて地図を見たらすぐ解りました。プラカノン運河から西に伸びて今のファランポーン駅近くでパドゥン・クルンカセーム運河に繋がっていたのがファランポーン運河で、現在のラマ4世通りはその運河の大部分を埋めて造られたのです。

19世紀半ばに貿易が盛んになるとチャオプラヤー川を貿易船が遡るのが大変だったので、今のバンコク港あたりに荷揚し、そこからファランポーン運河を使ってバンコク中心部へ荷を運んだそうです。

また話が脱線しました(汗) 話をサトーン運河に戻しましょう。

東端でファランポーン運河に接したサトーン運河は西端でチャオプラヤー川に繋がるとどの資料にも書いてあるのですが、画像下の様に当初はチャオプラヤー川とは繋げてなかったようで、バンコクで最初に西洋人が住みだしたチャルンクルン通りと接して終わっています。

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上の地図は1887年(推定)とされているのですが、ちょうど旧称ザ・オリエンタル・バンコクが初の西洋ホテルとしてオープンした年です。残念ながらチャオプラヤー川は範囲外なのですが、地図の左上隅あたりで、この周辺は各国大使館や貿易商が集中していた時代かと思います。

ここで注目したいのはチャルンクルン通りを離れて東に向かうと、農地が広がる中でサトーン運河(道路)沿いにぼちぼちと広い土地が確保されだしているように私には見えます。

要は、サトーン運河はファランポーン運河と繋がる事で当時のビジネス(貿易)に密接に関係し、またチャルンクルン通り沿いとは違い広い土地も提供できたのです。昔も今も(特に西洋人の)ビジネスに大きなチャンスを与えた土地に思えます。

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画像上は1946年とされています。日本だと第二次世界大戦終戦翌年です。サトーン運河(あるいはサトーン通り)の両側には将来の発展を予想するに十分な土地(農地も多くあるようです)がまだ広がっています。

さて、話を戻して・・・運河を掘った土を使って運河の両側に道路を作ったので、本来は北側がサートン・ヌアで南側がサートン・タイと別な道路名を持ちます。

やがてサトーン通りが例のタクシン橋でトンブリー側と繋がり交通量が増すと、道路を広げる為に運河を狭くしたので私の様に道路の中央にどぶ川があると見えてしまうわけです(笑)

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今は高層ビルが並び欧米系企業と大使館も多くあるサトーン通り、その上を高架鉄道が走り至近距離で駅も並ぶバンコクでも有数のビジネス街。それは140年以上前、ここに運河が掘られた時から時代に合わせて変わり続けた結果なのでしょう。

そんな変化を絶やさない地が、謎の駅をセントルイス駅として開業させたのだと思います。

最後に、このシリーズを書き始めた時に戻ると、BRTの起点駅が(セントルイス駅すぐ横の)チョンノンシーの交差点です。そして都心に残った単線区間のBTSサパーンタクシン駅、その理由となった3本平行したタクシン橋・・・と全てがこの(今はどぶ川に見える)サトーン運河に繋がる事に気付きました。

街歩きって本当に面白いですね。次回はもう一つのBTS謎の駅に関してです。

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2024.02.02 | コメント(0) | バンコク街歩き

あの話はどうなった? (7) BTS 謎の駅の正体1

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? そのニュース等から疑問や謎に迫ります。シリーズの7回目の今回もBTSの謎の駅に関係した話です。

前回「 BTS 謎の駅で不正料金」をエントリー直後にアクセス数が急に増えました。BTSに乗られた経験がある方で、不正に高く運賃を払っていた事にお気づきの方も多いのではないでしょうか? 

私もそうです(笑) 思わず在住時の手製家計簿を見てしまいました。乗り物の種類に限らず「どこからどこまででいくら」が全て書いてあります(笑) 基本バス派の私でも、戦勝記念塔駅~モーチット駅、サパーンタクシン駅~サイアム駅なんて乗っちゃうのですよねぇ~

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BTSは乗った距離に関係なく駅の数で料金が変わる料金体系。実体のない駅が路線図や料金表に記載されている。だから不当に料金が高くなる場合がある。それが私の指摘です。

料金が駅の数で決まると知っていれば、三つ先の駅に行くのになぜ四つ先の料金になるのだ!と誰もが実体のない駅を知り疑問に思うはずです。 少なくても私はずっとそう思ってBTSを(路線バスから)見ていました(笑)

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ところで、前回エントリーに『特に日本人が書いた場合は「運賃は距離によって変わる」みたいな記載が間違いなく多いはずです。間違いです(キッパリ)』と勢いで書いてしまいました。

心配になったので普段は避けている検索をしました。「バンコク BTS 料金」で検索したら、上位5つのサイト中3つのサイトが「料金は距離によって変わる」の記載がありました。そうですよねぇ~ 普通そう思っちゃう。でも、間違いです(キッパリ)

それらの記事のタイトルは「バンコクBTS完全ガイド!・・・」とか「バンコクのBTS利用ガイド・・・徹底解説」で、中にはセーナールアム駅があるかのように書いていたサイトもありました。こうしたサイトが多いと私が日ごろ思っていた通りでした。

それにタイトルが大袈裟なのもネットによくある手かと思います。完全○○、徹底○○、驚愕の○○、驚きの○○、大○○・・・などです。私は注意しているつもりですが、使っちゃっているかなぁ(汗)

ちなみに私が2018年までバンコクの路線バス全路線を往復・枝線・直営・委託別に全て実際に乗って書いた、このブログのメインだったシリーズは『バンコク路線バス不完全ガイド』でした(笑)

まぁ、大したことじゃないし悪意がないのは十分承知ですが、誰もがネットに自由に書ける時代です。読む側の知識や判断力が問われる時代なのかも知れません。

そうした力がない私はネットで調べるのは公式サイトだけ、ネット検索自体も出来る限り避けると決めて20年以上ですねぇ~ 

さて、まずはこのシリーズ今までのエントリーです。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金

前回はBTSの料金面から実体のない謎の駅について書きました。今回はBTSの謎の駅はなぜ生じたのか? なぜシーロム線セントルイス駅だけ実体化したのか? セーナールアム駅は今後どうなるのか?など深堀をしてみましょう。

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画像上は私がタイでがんがんに街歩きを始めた2015年の路線図です。現在の路線図とは違いずいぶんと寂しいものかと思います。今回はシーロム線スックサー・ウィッタヤー駅改めセントルイス駅を深堀しましょう。

謎の駅S4の駅名変更

スックサー・ウィッタヤーは超高層ビルのマハナコンタワー近くのソイ名だったと思います。それに関して学校などもあったかと思います。それが分かり難いので新駅近くのセントルイス病院から駅名を変えたのは理解できます。

セントルイス病院(ストリートビューから)
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セントルイス病院はカトリック系病院で、ホームページによると1898年9月15日の創立だそうです。もう126年前で日本だと明治31年ですねぇ~

セントルイスって・・・アメリカ中西部はミシシッピ川とミズーリ川の合流点に位置する大きな都市で、私はアメリカ在住時からよく知っているので最初は「アメリカに由来する病院か~」なんて何も考えずに思っていたのですが、たぶんこれは間違っていると思っています。

西部へ向かう開拓者の出発点を記念してのゲートウェイアーチです
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ニューオーリンズなんか有名ですがミシシッピ川周辺はアメリカ開拓時代からフランスの植民地支配下にあり、セントルイスも同様です。その都市名はルイ9世に因んでサン・ルイ(英語だとセント・ルイス)と命名されたそうです。

バンコクのセントルイス病院(とお隣のセントルイス教会)はアメリカの地名からではなく、シャルトル聖パウロ修道女会に関係する由来かと(私が勝手に)思っています。フランス発祥のこの修道女会は18世紀にフランス政府の要請で五大陸への宣教に旅立ち、タイでは1898年が宣教の始まりなので、セントルイス病院の歴史そのものになるかと・・・

セントルイス病院のホームページを見て私が勝手に推測しているだけで、それ以外の知識は全く無いので間違っているかも知れません。結局、なぜセントルイスと名付けたのか分からないのですが(汗)

(セントルイス病院ホームページから)
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いつもですが話が脱線しました(汗) 話をBTSのセントルイス駅に戻しましょう。

謎の駅の実体化

BTSのセントルイス駅は2021年2月8日に開業したそうです。私はタイにいた2018年まで何十回もこの辺りを通りましたが、全く工事の気配すらなかったです。

それもそのはずで工事開始は2019年の5月だそうです。きっと基礎は将来に駅が出来る事を想定していたのでしょうが、それにしても(タイにしては)早いです。

この状態が2020年5月だそうです
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何度も計画を変えたあげく工事ができないで、にっちもさっちも行かないサパーンタクシン駅に比べたら・・・

元々、予定していたぐらいですから工事開始からあっという間に完成した感があります。電車運行を続けながらの工事だと思いますが、資料に記載がなくて分かりませんでした。

画像下2枚はストリートビューからですが、(ちょっと苦労して)工事前と工事後を同じ所でキャプチャーしました。

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気のせいか駅部分の橋脚が駅でない区間に比べ大きいように思えます。当時は意識して見ていなかったので気付かなかったです。今となってはよく分かりませんねぇ~

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同じ所で駅が造られた後の画像です。「同じ所」と強調したのは、画像の左側(歩道側)に「AIA」の看板が見えるはずで、ここがAIAサトーンタワーです。AIAタイランドはタイ最大手の生命保険会社で本社は香港だったと思います。

セントルイス駅建設に際し、このAIAタイランドが大きく関与している事が分かっていますので、駅とAIAサトーンタワーの両方が写る画像を準備しました。

なぜ開業後20年経って駅建設?

さて、私が最初に不思議に思ったのは、BTS開業時からS4駅として予定しながら長く駅を造らずにいた理由と、それが約20年後にバタバタと急に駅を造った理由が分からないからです。

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そこで調べたBTSCの資料には、BTS建設時にここに駅を造る計画があったものの、建設期間中に駅周辺の環境(要は利用客数か)が見直された結果、駅建設には至らなかったともっともらしい事が書いてありました。

それが20年後に駅建設となったのは周辺環境(利用客)の変化もあるでしょうが、駅建設資金の半分をAIAグループから受けたのも大きな理由かと思います(個人の勝手な推測です)。

BTSグループとAIAグループ間で駅建設費用(9億バーツ)を50:50で負担する事が報じられていました。当然、AIAグループはAIAサトーンタワービルと駅を接続する権利も有し、設計コンセプト時から直結されています。

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新駅がまるでAIAサトーンタワーありきで設計されたように見えるは私だけでしょうか。

都市型高架鉄道の駅と商業施設のアクセス道なら解りますが、駅自体の建設費用半分を鉄道業でない民間企業が負担するのが一般的だとは私には思えないのですが、この辺りの報道はいくら探しても見つかりませんでした。

一方、駅開業時の報道に多く見られた「セントルイス病院へのアクセスが便利になった」は確かにそうですが、直結されているわけでなく、それまでの最寄り駅スラサック駅に比べて170m短くなっただけです。

結論はよく分かりませんが、AIAの出資がBTS開業後20年経っての駅建設に大きな影響を与えたのは間違いないです。

文字ばかりでつまらないエントリーになりました。次回はこのサトーン地区の歴史や暮らし、そして街歩きも紹介したいと思います。それとスクムビット線の謎の駅ですね。

次回に続きます。

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2024.01.26 | コメント(0) | バンコク街歩き

あの話はどうなった? (6) BTS 謎の駅で不正料金

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? そのニュース等から疑問や謎に迫ります。シリーズの6回目は少し前に戻ってBTSに関係した話です。

BTSサパーンタクシン駅の話がどんどん膨らみ、チャオプラヤー川に架かるタクシン橋からプラ・ポックラオ橋、そして45年前に作成されたバンコク大量輸送マスタープランへと話が広がってしまいました。それで話を戻してBTSに関してです。

それでは今回のお題の「BTS 謎の駅で不正料金」ですが・・・本ブログは毎回長く、今回の内容は特に分かり難いので、最初に結論を書きます。

BTSは開業以来長く実体のない駅を料金体系に入れて、不当に高い料金を搾取している』 いやぁ~、書いちゃいました(汗) 今更書いても遅いのですが、あくまでも個人の意見です(笑)

この問題を理解するにはBTSの料金体系が距離制ではなく基本的に区間制である事を知る必要があります。

行先までの距離ではなく、何駅あるかで運賃が決まり、それを基本に上限や新延伸区間の特別料金があります。

私は公式サイト以外ネットは見ない主義を長く守っていますが、ネットには観光客向けの「バンコクBTS徹底ガイド」的なサイトが多くあるかと思います。

特に日本人が書いた場合は「運賃は距離によって変わる」みたいな記載が間違いなく多いはずです。間違いです(キッパリ)

日本人にとって鉄道の運賃は均一制でない限り対キロ制か対キロ区間制がほとんどだからです。こうした記事は実際に自分の目で確認していない人が適当に検索してチャチャっと書いた記事です。

さて、まずはこのシリーズ今までのエントリーです。
あの話はどうなった? (1) ニュースな私 & BRT
あの話はどうなった? (2) どうするBRT & BTSのあれ
あの話はどうなった? (3) どうするBTS サパーンタクシン駅
あの話はどうなった? (4) タクシン橋の謎
あの話はどうなった? (5) 45年前のマスタープラン


BTSシーロム線の謎だったスックサー・ウィッタヤー駅

前のエントリー『あの話はどうなった? (2) どうするBRT & BTSのあれ』にBTSシーロム線の路線図を載せましたが、その時初めて気付いたのです。

「スラサック駅S5」と「チョンノンシー駅S3」の間に「セントルイス駅S4」があるじゃないですか!「なんだ!?この駅は知らんぞ!って」

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実は、このBTSシーロム線でスラサック駅S5とチョンノンシー駅S3の間にある駅S4は「スックサー・ウィッタヤー駅 Suksa Witthaya」として表記されながらも実体のない駅でした。

それがセントルイス駅 Saint Louis と名を変え2021年2月8日に開業したようです。このS4駅に関しては、面白い話がたくさんありますので、この駅について深堀します。

BTS公式サイトから
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長く実体が無かった謎の駅S4

実は、このBTSシーロム線でスラサック駅S5とチョンノンシー駅S3の間は私の在住時から怪しかったのです(笑) その事をセントルイス駅開業を知った事で思い出しました。

2021年以前の路線図は画像下の様にS4をさりげなく飛ばすか、実線ではなく点線で書くなど実際は駅が無い事を伝えていました。

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BTSにほとんど乗らなかった私でさえ知っていたので、在住者や旅行者でもバンコクを中心に動かれている皆さんは当然お気付きだったと思います。

BTS開業1999年の時からS4として「スックサー・ウィッタヤー駅」が予定駅としてキープされていたのですが、その実体は全く見られず、路線図上はS4を飛ばしてS3の次がS5なのを私はいつも不思議に思っていました。

2017年のバンナー駅の料金表です
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路線図上はS4駅を無視しながらも、料金表にはスックサー・ウィッタヤー駅がS4として予定されていました。

私が知る限るもっと以前から全ての駅でこんな感じの表示がされていました。消しているような薄く残しているような中途半端な表示をよく覚えています。

なぜか料金表に駅番号と駅名まで記していながら、路線図上はS4を無視し、20年間もその駅は存在しなかったのがS4のスックサー・ウィッタヤー駅でした。

謎の料金

なぜ路線図上はS4を無視し、料金表では無視しなかったのか? これも気になってなりませんでした。

ここで重要なのが、BTSの運賃は対キロ制(距離制)ではなく、基本的に駅の数で決める区間制である事です。

BTSの区間制料金とは基本お隣の駅までが1区間、その次が2区間として7区間まであり、8区間以上はそれ以上上がらなかったと記憶しています。新しく延伸した区間は全て一律15バーツでした。

複雑ですいません。私の在住時に値上げした直後の2017年10月アソーク駅料金表の画像が手元にあるので、それで説明します(画像を横にして見難くてすいません)

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アソーク駅からナナ駅が1区間で16バーツ、プルンチット駅が2区間で23バーツ、チットロム駅が3区間で26バーツ、サイアム駅が4区間で30バーツ、ラチャテウィー駅が5区間で33バーツ、パヤータイ駅が6区間で37バーツ、ビクトリーモニュメント駅が7区間で40バーツ、その先は(新延伸区間でなければ)どこまでも44バーツです。アソーク駅から南下した場合は同じように数えてオンヌット駅が5区間で33バーツ、そしてバーンチャーク駅からその先全駅が延伸区間になり33+15で48バーツです。

アソーク駅からシーロム線に乗り換えても同じ理屈ですが、7区間のチョンノンシー駅が40バーツでその先は8区間以上になりウォンウィエンヤイ駅まで44バーツ。ウォンウィエンヤイ駅から先は新延伸区間で15バーツがプラスされその先全駅59バーツです。

駅間距離は様々で、基本的にその距離に関係なく上記法則が全ての駅に当てはまります。もちろん度々値上げされていますし、新路線に延伸区間は何らかの特別料金が適用される事が多くあります。

いやぁ~ 本当に説明が下手で申し訳ないです。

なぜこんな厄介な料金体系を説明したかと言えば、路線図上は無視したS4駅が料金表ではしっかりと1区間としてカウントされているからです。

画像下は2017年10月の値上げ以前のスラサック駅の料金表です。この時はS4のスックサー・ウィッタヤー駅が実在しないのに、料金表ではスラサック駅からお隣のチョンノンシー駅まで1区間で15バーツのはずが22バーツと2区間分の料金になっています。

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S4のスックサー・ウィッタヤー駅が薄く書いてあるのが、やましい感たっぷりです。

これで怒らない人がいるでしょうか? 例えば、私がサパーンタクシン駅からチョンノンシー駅まで乗って3区間料金25バーツなら、怒って2区間分22バーツだろう!と文句を言います。それが理由でBTSにほとんど乗らなかったわけではないのですが(笑)

BTSスクムビット線にもある謎の駅

実は、開業時から今現在もシーロム線のS4のスックサー・ウィッタヤー駅と同じ謎の駅がスクムビット(スクムウィットとかスクンビットとも)線にもあるのです。

スクムビット線で実体のない駅は「N6セーナールアム(セナールアム)駅 Sena Ruam」でN5アリ駅とN7サパーンクワイ駅の間に(薄く)あります。

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画像上は1区間料金が15バーツだった時のサイアム駅の料金表です。サイアム駅から6区間(6駅目)のサパーンクワイ駅N7まで37バーツと書いてあります。本来は6区間で34バーツのはずですが、実体のないセーナールアム駅の為に7区間とされています。

画像下はモーチット駅の料金表で1区間16バーツの時の画像です。例えばモーチット駅から戦勝記念塔まで乗ったら4駅目なので4区間30バーツのはずですが、(自信がないのか薄く書かれて)実体のないセーナールアム駅の為に5区間とされ33バーツになっていて3バーツの搾取です(あくまでも個人の意見です)。

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まぁ、モーチット駅から日本人が多いサイアム駅からオンヌット駅までは上限44バーツなので関係ないって言ったらそうなのですが・・・ちなみにオンヌットから先は延伸区間とされ44+15バーツでどこまで行っても59バーツです。

こんな料金体系の仕組みを複雑にしているのが、私には余計に怪しく思えるのです(笑)

くどいのですが距離制ではありません。アリ駅とサパーンクワイ駅は少し駅間が長くて1.65㎞。シーロム線のチョンノンシー駅とスラサック駅間が1.17kmですが、これらより長い区間は他にもあります。

って言うか・・・シーロム線のセントルイス駅は1.17kmと狭い駅間に強引に駅を造った感が強くします。 

まぁ、結果的にはセントルイス駅が出来た事でシーロム線の実体のないスックサー・ウィッタヤー駅で不当に料金を搾取していた問題は無くなりましたが、この駅で20年間も搾取していた事実は残っています。また、スクムビット線の実体のないセーナールアム駅での不当料金はまだ続いています。

現在の料金制度がどうなっているか?

今までの説明は私がタイ在住時の画像で説明する為に料金そのものが古く分かり難かったと思います。それに料金は今現在とは異なると思われます。そこで私が実際に見る事は出来ないのですが、BTS公式サイトで検証してみました。

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2023年1月から適用の運賃体系が画像上です。赤色表が駅数(No. of Stations)と運賃です。どうやら運賃は少し上がりましたが、1区間から8区間に分ける制度は同じようです。ここにはハッキリと駅数(No. of Stations)と書いてあります。くどいのですが距離制ではありません。

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そこで画像上のBTS公式サイトから運賃計算をしてみました。サパーンクワイ駅からお隣のモーチット駅の料金を調べると1区間の17バーツと出ました。ではサパーンクワイ駅から反対方向お隣のアリ駅を調べると(幻の駅を入れて)2区間の25バーツと出ます。 

検証結果は・・・やはり現在でも実体のないセーナールアム駅を料金体系に入れています。

路線図や料金表上では完全に無視できず「実体のない幻の駅」を薄く書いてでも残している理由です。そしてBTS利用者はその不当な料金を払い続けているのです。20年以上も・・・

長くなりました(いつもごめんなさい)、BTSの謎の駅はなぜ生じたのか?なぜシーロム線セントルイス駅だけ実体化したのか?セーナールアム駅は今後どうなるのか?・・・この問題の深堀はまだまだ続きます。

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2024.01.23 | コメント(0) | バンコク街歩き

あの話はどうなった(5) 大量輸送1979マスタープラン

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? シリーズの5回目で前回に続いてタクシン橋に関係した話です。

ここまでのあらすじ

拡張を続けるバンコク首都圏都市高速鉄道網の中央部にあるBTSシーロム線のサパーンタクシン駅、唯一単線区間に造った狭い片側ホーム駅が電車本数を今以上に増やせないボトルネックとなっている。それどころか悲劇的な事故がいつ起きてもおかしくない状況でしょう。

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そこで、なぜあんな狭い所に強引に駅を造ったのかを考えてきました。タイで最初の舗装道路のチャルンクルン通りに接し、地元民と観光客両方に重要なチャオプラヤー・エクスプレスとの接続、周辺の憧れの高級ホテルやビジネス客の利用・・・

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場所的には今の所が誰が考えてもベストです。BTSの終点がサパーンタクシン駅だった時までは大きな問題にはなっていなかったのです。それが延伸され、新線が接続され、いつの間にか高速鉄道網の真ん中でポツンと単線区間が存在し、おまけにそこに狭い片側ホームの駅が残ってしまったわけです。

ここで不思議なのはサパーンタクシン駅があるタクシン橋は外側2本が自動車用橋梁で、中央が鉄道用橋梁の3本平行する橋である事です。

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不思議でしょう・・・BTSの最初の着工は1994年で開業は1999年です。その20年前の1979年にタクシン橋は着工され1982年5月の開通です。将来、中央に鉄道専用橋梁を架けて3本平行した橋となる事を想定して・・・

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すでに大都会となっていたバンコク中央部、そのビル街に鉄道を通すのに幅がある幹線道路上に高架鉄道を通すのは道理です。サトーン通りの中央を通り、画像上の様にそのまままっすぐタクシン橋の真ん中でチャオプラヤー川を渡りクルントンブリー通りの中央を通る・・・

そんな事が出来たのはタクシン橋の中央部が鉄道用橋梁として空いていたからです。そのまま複線で線路だけ通せば良かったのですが、ついついその狭い所に駅まで造ってしまった。

それでは今回のお題「BTSを造るずっと前になぜ3本平行する橋を造ったのか?」です。

実は、3本平行している橋はタクシン橋だけではなく、チャオプラヤー川上流側にある「プラ・ポックラオ橋 Phra Pok Klao Bridge」も3本平行しているのです。

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チャオプラヤー名橋奇覧(6) プラ・ポックラオ橋」に詳しく書いてありますが、ラマ7世(ラーマ7世)の通称が「ポッククラオ」その名を冠した橋です。

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画像上で右側の橋がメモリアル橋(ラマ1世橋)で、その渋滞緩和策ですぐ横に架けられ開通が1984年12月です。前述のタクシン橋が1982年の開通ですから同時期に造られた橋です。

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私が初めてプラ・ポックラオ橋を見た時は驚きました。三本平行した橋で真ん中の橋が主桁のままで床版部が未完成なのです。これって、タクシン橋と同じですよねぇ~、ただタクシン橋はBTSを真ん中に通す事になり、プラ・ポックラオ橋はそれが成らなかった・・・

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ちなみに私がタイを離れて5年も経っているので、今の状況をGoogleストリートビューで見たら驚くべき変化をしていました。なんとコンクリートと鉄筋むき出しの床版上に公園を造ってしまいました。私がタイにいたなら真っ先に見に行ったでしょう(笑)

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いずれにしても、バンコクで初めての都市型鉄道BTSが動き出したその20年も前、鉄道がチャオプラヤー川を渡る事を想定してタクシン橋とプラ・ポックラオ橋を架けたわけです。

なぜでしょう?

私がまだタイ在住なら一週間は国立図書館通いで書士の方にお願いして資料だらけになったでしょう。今は日本なのでバンコク都庁、バンコク大量輸送システム社(BTSC)などで公開されている資料を何日も探しまくりました。

結果、出てきたのが「THE 1979 BANGKOK MASS TRANSIT MASTERPLAN」です。1979年バンコク大量輸送マスタープランは日本人の顧問によってまとめられたとあります。私が探し当てたのは英語の資料英語ですが、お役所仕事の非常に厄介な資料で読むだけでは何を言いたいのか解りません(汗)

1970年のサイアムスクエア、奥がスクムビット通りの始まり
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このマスタープランの詳細はまた別に書く機会があればと思いますが、話は1970年代前半にタイ政府が高速道路と都市鉄道の整備案を外国の力を借りて始めた事からスタートします。都市型鉄道の整備案としては紆余曲折を経てカナダのラヴァリンLavalin社のスカイトレインが(一時的に)採用され、この「スカイトレイン」はBTSを指すのに今でも使われているかと思います。

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1979年マスタープランで今回の謎解きに関係するのはラヴァリン・プロジェクトをベースとした第1段階の都市公共交通機関です。その内容は以下の三つの都市型鉄道を敷設する計画です。(路線名や路線は諸説色々でした)

1、ラマ4世線: モーチットから西へ向かいチャオプラヤー川手前で南下、ファランポーンからはラマ4世通りでオンヌットまで。現在のBTSスクムビット線とMRTブルーラインを混ぜたようなルートですね。

2,サトーン線: タラート・プルーから東に向かいタクシン橋を渡りサトーン通り、ラチャダピセーク通りで北上しラットプラオあたりまで。タクシン橋前後は現在のBTSシーロム線と同じですね。

3,メモリアル線: ダオカノン(ラマ2世通り東端あたり)からウォンウィエンヤイを経由しプラ・ポックラオ橋でチャオプラヤー川を渡りホイクワンあたりまで行きます。

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画像上は資料中比較的分かりやすい地図で、赤線が上記1のラマ4世線、緑線が上記2のサトーン線、そして黒線が上記3のメモリアル線です。点線は拡張予定です。

と言う事で、タクシン橋とプラ・ポックラオ橋が着工される1970年代後半には、すでにバンコク大量輸送マスタープランが存在し、まさしくこれから変えようとするバンコクの大量輸送システムの中に二つの橋が組み込まれ、都市型鉄道を通す事を前提とした造りになったわけです。

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画像上は1985年のタクシン橋です。手前がサトーン通り側で奥がトンブリーですが、どうも最初から3本平行で造ったわけではないようです。後から鉄道専用橋梁を真ん中に架けたのですね。

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さて、BTSサパーンタクシン駅の謎からタクシン橋とプラ・ポックラオ橋へと謎が広がり、1970年代作成のバンコク大量輸送マスタープランへと謎解きが続きました。このマスタープランはなかなか面白く、橋梁以外にもバンコクの街の中に多くの謎解きの鍵を残したように思えます。

在住時にこのマスタープランを知っていれば・・・もっと街歩きを面白くしたことでしょう。 そして、もう少し深堀してから・・・またタイに行きたくなりました(笑)

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2024.01.17 | コメント(2) | バンコク街歩き

あの話はどうなった? (4) タクシン橋の謎

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? シリーズの4回目は前回の続きでBTSサパーンタクシン駅があるタクシン橋についてです。

このシリーズの2回目で書いたのですがタクシン橋の「タクシン」はトンブリー王朝のタークシン王の事で、タクシン・チナワット首相ではありません。タイ語の発音が違うようなのですが、Google翻訳に発音させると私には両方とも「タクシーン」と聞こえます(苦笑)

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いずれにしても、このブログは地名、寺院名、通り名、駅名・・・などの固有名詞が多く出てくるのですが、カタカナ表記するのにいつも迷ってしまいます。私は在住時を通じてずっとタイ語をネイティブに話す知人が全くいなかったので、毎回カタカナ表記では冷や汗もので書いています。タイ語の読み書きが出来る方からすると、きっと毎回失笑されている事でしょう。ごめんなさい

さて、まずはこのシリーズ今までのエントリーです。
あの話はどうなった? (1) ニュースな私 & BRT
あの話はどうなった? (2) どうするBRT & BTSのあれ
あの話はどうなった? (3) どうするBTS サパーンタクシン駅

BTSサパーンタクシン駅は単線部分に造られ一つしかプラットホームがない。その為に拡張を続けるバンコク首都圏の高速都市鉄道網のボトルネックになっている。そして、そうなった理由はチャオプラヤー川に架かるタクシン橋にある・・・これが今までのストーリーです。

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まるで悪いのはタクシン橋だと言っているようなものですが、この橋は悪いどころか非常に賢い橋なのです・・・

1974年に3億円、1977年に57億円の円借款が使われましたが、外務省資料では日本の企業名がなくてイタリアンタイなどの施工企業名が見られます。着工が1979年で1982年5月が開通だそうです。『チャオプラヤー名橋奇覧(5) タクシン橋』で詳しく書いています。

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タクシン橋は自動車用が上下で2本。そしてその中央に鉄道専用橋梁があるので3本の橋が並んでいます。この中央の橋梁に複線を敷設するには問題が無いのですが、そのスペースに駅まで造ったのが単線になった理由です。

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ここで大きな疑問が生じます。BTSが最初に開業したのは1999年です。その20年前にタクシン橋は着工されています。将来、中央に鉄道専用橋梁を架けて3本平行した橋となる事を想定して・・・

なんでこんな所に駅を造ったのか?

BTSシーロム線1999年初期営業区間で西端がチャオプラヤー川だったのはよく理解できます。誰でもとりあえずここまで開通させて営業しようと考えるでしょう。それでは終着駅をサトーン通り上のどこにするか?

今思えば、何もここだけを単線にして狭い所が好きな猫のように、1982年に開通していたタクシン橋の上下線分離道路の間にギュッと押し込める必要は無かったのに・・・と思うのですが、構造的には不適切ながら営業的には最適の場所だったのでしょう。

チャオプラヤー川とは反対側でチャルンクルン通り側の駅入り口
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タイで最初の舗装道路でニューロードと言われ100年以上前に路面電車も走ったチャルンクルン通りに接し、地元民と観光客両方に重要なチャオプラヤー・エクスプレスとの接続、周辺の憧れの高級ホテルやビジネス客の利用・・・この辺りを語ったらキリがありません。

画像下は2015年撮影でチャオプラヤー・エクスプレス船着場が橋の下の右で、左が渡し舟の船着場です。タクシン橋を歩いて渡るより、渡し船を使って対岸と行き来する人が多いです。

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チャオプラヤー・エクスプレスに関しての一番新しい(5年前ですが)エントリーは『激変のチャオプラヤー・エクスプレス最新事情』で、ここの渡し船に関しては『チャオプラヤー渡し百景3』で書いています。

こんなに便利な駅ですので、駅廃止は受け入れがたいのは理解できます。それでは複線を維持して今の所に一番近く駅を造るとしたらどこになるのでしょう? チャオプラヤー川沿いを離れてサトーン通りを東に行っても、タクシン橋への取付道路(橋へのアプローチ道)が高速道路下まであるので、結局スラサック駅の少し西側ぐらいか駅のスペースがありません。

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結局、今の所に強引に駅を造ったのも理解できます。それは当時終着駅だったから仕方なしに当面は良しとしたのでしょうが、それも2013年バーンワー駅開業まで通じた事で、今となっては一刻も早い対策が必要です。

それでは、次の謎です。

BTSを造るずっと前になぜ3本平行する橋を造ったのか?

この場合「橋を架けた」を意識して「橋を造った」としていますが、外側2本が自動車用橋梁で中央が鉄道用橋梁のように3本平行する橋をなぜ造ったのか?です。 正確に言えば、設計上3本平行して架ける事を想定して、最初は中央部を空けて両側2本の橋を最初に架けたのでしょう。

実は、チャオプラヤー川に架かる橋で3本平行しているのはタクシン橋以外にもすぐ近くにあって(画像下)、その中央部は床版のまま未舗装(あるいは未敷設)で放置されています。それが何か?長く私の頭の中で解決できない疑問となっていました・・・

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バンコクで最初のBTSが開業した1999年の20年前、1979年になぜ3本平行する事を想定した橋を着工したのでしょう? この答えを探してバンコク都庁、バンコク大量輸送システム社(BTSC)などで公開されている資料を何日も探しまくりました。

ここでちょっと休憩して別な話を・・・

ところで、バンコクのような既存の大都市の中に鉄道を新たに走らせる場合、地下鉄でなければBTS(あるいはMRT)のような高架型鉄道を幹線街路の中央に走らせる事になります(画像下)。そこで問題の一つとなるのがチャオプラヤー川のような大きな川を渡る方法です。

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幹線街路の上に高架を建設したように車両走行用橋梁の上に鉄道を通すのはまず無理ですので、すぐ近くに鉄道専用橋を造れれば良いのですが・・・すでに開発された都心部だと幹線街路沿いのビルなどの構造物が障害となってかなり厄介な事なのです。

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シーロム線のようにサトーン通りの中央を通り、画像上の様にそのまままっすぐタクシン橋の真ん中でチャオプラヤー川を渡りクルントンブリー通りの中央を通る・・・なんて、まず無いケースかと思います。

それではバンコク首都圏の都市型高架鉄道でチャオプラヤー川を渡る他の路線はどうなっているのでしょうか? 

まずMRTブルーラインはチャオプラヤー川があるバンポー駅とバンオー駅間は幹線街路を離れて鉄道専用橋でチャオプラヤー川を渡ります。都心部を離れているので、幹線街路上を離れても十分なスペースを取れたわけです。

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上も下も2018年撮影です
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もう一本MRTパープルラインもノンタブリー県でチャオプラヤー川を渡りますが、十分すぎるスペースがあるので、一般橋梁のプラナンクラオ橋のすぐ横に鉄道専用橋を架けています。『MRTパープル徹底検証7 全路線全駅紹介(4)

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他にもタイ国鉄の橋がチャオプラヤー川を渡っていますが、当然全て鉄道専用橋ですので今回の都市型高架鉄道とは異なります。一応『チャオプラヤー名橋奇覧(11) ラマ7世橋』で触れています。

2016年に撮ったタイ国鉄ライトレッドラインとその奥が在来線です
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このように都市型高架鉄道を通した幹線道路のすぐ横に十分なスペースがあって鉄道専用橋を架けられれば良いのですが、BTSシーロム線のようにサトーン通り上からチャオプラヤー川を渡りクルントンブリー通り上に至るに、あらたに鉄道専用橋を架けるにはすでに開発された地区なのでスペースが全く無かったのです。

「あらたに鉄道専用橋を架ける」スペースは無かったのに、サトーン通りがチャオプラヤー川に接するところにはすでに3本平行して架ける事を想定したタクシン橋があって、しかも中央部がやがて来るだろう都市型鉄道を通すかのように空いていたのです。BTSが開業する20年以上前に着工されたタクシン橋に・・・

長くなったので次回に続きますが、いよいよタクシン橋、いやバンコク首都圏の都市型鉄道建設の核心に迫ります。そこには日本人も関係しています。 

しかし、橋にバスから鉄道と写真をどんだけたくさん撮った事か・・・(笑)

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2023.12.27 | コメント(0) | バンコク街歩き

あの話はどうなった? (3) どうするBTS サパーンタクシン駅

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? 新シリーズの3回目は前回の続きで「BTSサパーンタクシン駅問題」です。

このブログにとってはBTS(くどいのですが、韓国人気グループではなくBangkok Mass Transit System)は守備範囲外で、バンコク首都圏での移動はどこに行くにも路線バスだった私ですが、シーロム線バーンワー駅開業後はバンコク西部・ナコーンパトム県・サムットサコーン県に行くのに欠かせないBTSになりました。バーンワー駅から路線バスや運河ボートでさらに西へ行くのです。

これはバンコク西部(チャオプラヤー川右岸)に広がる広大な人口密集地帯に住む方たちが都心部((チャオプラヤー川左岸)へ出るにも同じ事が言えます(私は都心部を通り越した東の隅っこでした)。そこで問題となるのが今回のテーマ、サパーンタクシン駅とそこの単線区間です。

2017年撮影クルントンブリー駅(サパーンタクシン駅の西隣駅)
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まずはこのシリーズ今までのエントリーです。
あの話はどうなった? (1) ニュースな私 & BRT
あの話はどうなった? (2) どうするBRT & BTSのあれ

このブログでBTSが守備外だったのは、バンコク都心部の交通機関なのでいくらでも観光ガイド的サイトがあるでしょうから、個人のブログでわざわざ取り上げる必要はないと思っていたからです。しかし、BRTでもBTSでも疑問を感じる事は多かったです。街歩きをしていると常にしょうもない事が気になって気になって仕方ない、そんな厄介な性格なのです(苦笑)

BTS サパーンタクシン駅問題

さて、前回の続きです。拡張し続けるバンコク首都圏の都市型高架鉄道網の真ん中、ここだけ単線にして空いたスペースに一つのプラットホームを設けて両方向の電車が使う駅。それがサパーンタクシン駅です。

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開業が1999年で2009年にウォンウィエンヤイ駅まで延伸されるまでシーロム線の終着駅で、単線で一つのプラットホームでも問題はありませんでした。ちなみに同時期のスクムビット線はモーチット駅~オンヌット駅間の営業で、私の一次在住時(2000~2003年)の印象は「BTSはいつ乗ってもガラガラで冷房がきつくて寒い電車」でした。

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当時のタイ庶民の目線でも「高いし行先が限られているので不便」で、BTS周辺を走る路線バスが大混雑でもBTSはガラガラだったのです。その為にBTS駅に直結する無料バスを走らせるなど、BTS利用促進策があった事もありました。

2017年撮影バーンワー駅
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シーロム線は2009年ウォンウィエンヤイ駅開業後も2013年末にはバーンワー駅まで延伸され、スクムビット線も両端でものすごい勢いで延伸されています。2018年以降私はこの目で見る事は出来ないのですが、新線も続々と開業しているようです。

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なお、このブログでは営業中のBTSやMRTは守備外でしたが、新線工事及び延伸工事を2018年まで全て歩いて追いかけ(笑)工事状況をエントリーしていました。そのエントリー数は大変な量なので『バンコク都市型鉄道(電車)2018年最新事情』でまとめています。

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このように拡張を続ける都市型高架鉄道網にとって、サパーンタクシン駅が大きなボトルネックであるのは明らかで、トンブリー地区などチャオプラヤー川右岸(西側)の人口密集地帯が現行営業区間と繋がりさらにに利用客が増えると・・・もう待ったなしの危険レベルになります。

考えてみてください、単線にして空けたスペースに設置した狭い駅プラットホーム、そこへ両方向から電車が来る。電車を待つ人たち、乗り降りを急ぐ人たち、慣れない観光客が多い駅なのもここの特徴です。ラッシュ時に入場制限しているのか分かりませんが、いつ悲劇的な事故が起きてもおかしくないと思います。

最初からチャオプラヤー川の西側への延伸計画など誰も考えなかったのか? そんなバカなことはないでしょうが、駅自体がタクシン橋への取付道路(アプローチ道)で挟まれている事もあって、現状のままで複線化は駅を残したままでは出来ないのは間違いないです。

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対策と現状

バンコク都庁は2012年にサパーンタクシン駅廃止の方針を打ち出しましたが、周辺住民や大型ホテルの反対と観光客の利便性を考慮しすぐ撤回しました。続いて隣のスラサック駅からを動く歩道でサパーンタクシン駅(跡地?)と結ぶ案なども出ましたが、これもすぐ撤回しました。右往左往感たっぷりですねぇ~

現在は鉄道架橋の両側にある車両用のタクシン橋二本をそれぞれ外側にずらし、それで空いた中央のスペースでBTSを複線化しサパーンタクシン駅ホームも2面2線化するのが最終案だと思います。2017年に打ち出され2020年工事開始だったと記憶しています。

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それではその工事、どうなっているのでしょうか? 現地に行けないのが本当に残念ですが・・公式サイトとストリートビューで見る限りサパーンタクシン駅もタクシン橋も工事の様子は全く見えません(画像下)。まぁ、計画通りに始まるとはだれも思ってないでしょうが・・・

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上下ともストリートビューのキャプターです。
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私はこの対策案?をブログで書き始めた時、相当大変な工事になると思いながらも「日本に良いお手本があるじゃないか」と思ったのです。しかも今年2023年に行われた2か所の工事です。

一つは2023年6月に首都高速の多摩川を渡る橋を架け替えてしまった「高速大師橋横取り一括架設」です。この橋を完全に架け替えるのに、たった2週間の通行止めで済むなんて信じられません。

画像下は首都高速(株)公式サイトからです
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そしてもう一つは「JR渋谷駅改良工事」です。すでに何年か段階的に行われていますが、ホーム移設に(鉄道敷設に使う言葉か?)線路の横取りも縦取りもしてホームの1面2線化までもする難工事です。今年2023年も一部区間運休が二日間程度ありましたが、繁華街の中であの狭いエリアを電車も人も車も通行させながら工事するなんて・・・これも信じられません。

画像下は鹿島建設(株)公式サイトからです
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まさに大きな川に架かる橋の工事と、狭い所に駅ホームを移設・増設する工事じゃないですか! しかも、現在の通行を出来る限り妨げないで工事を短期間で済ませる。こうした工事は日本だからこそ出来たのだと確信しています。

ところで、タクシン橋は円借款が使われたものの、外務省資料では日本の企業名がなくてイタリアンタイなどの施工企業名が見られます。「BTSサパーンタクシン駅改良工事」はどこの会社がどんな工法で工事するのでしょうか?そしてどれぐらい工事期間がかかるのっでしょう? BTSの電車運行とタクシン橋の車両通行は工事期間中にどのようになるのでしょう? 

素人の私が安易に書いてはいけないのですが、素人なりにこのタクシン橋とサパーンタクシン駅をどう改修するのか大変興味があるのです。タクシン橋は主桁と橋脚を一体化したラーメン橋に見えるので、余計に厄介かなぁ・・・なんて楽しみで、工事が本格化したらタイへ見に行きたいものです(笑)

さて、ここで「サパーンタクシン駅はまだ単線のままです」で終わったら、どこにでもあるブログと一緒です。もう少し深堀してみましょう。

なぜ3本平行する橋の真ん中に押し込むように駅を造ったのか?

そもそもBTSが走るずっと前になぜ3本平行する橋を造ったのか?

謎は深まるばかりです。疑問がまた次の疑問を呼び起こす・・・私的にはすごく面白いのですが、読者には全くつまらない話かも知れませんね。それに毎回長くなってしまい、すいません。次回に続きます。

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2023.12.20 | コメント(0) | バンコク街歩き

あの話はどうなった? (2) どうするBRT & BTSのあれ

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか?新シリーズの2回目はBRTの続き、そしてこれも廃止案が出たBTSのあの駅の話です。

BRT(Bus Rapid Transit)廃止

前回『あの話はどうなった? (1) ニュースな私 & BRT』ではバンコクでBRT(バス高速輸送システム)が2010年に導入され、2017年には廃止ニュースが報じられた事、そして今でも廃止されず運行を続けている事を書きました。

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ではなぜ廃止と決めたこの路線が現在も存続しているのでしょう? 当初から利用客数が伸びず、その対策として政策的運賃を長く維持していました。2017年で最高15THBと在来路線バスと比べても大きな差はありませんでした。

その時の運賃でいきなり廃止を打ち出したら、住民の反対は当然でしょう。改札もプラットフォームもエスカレーターもある駅を道路上に造ったら、簡単に廃止できず費用も大変な額になると思います。

2017年に撮った画像です
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チャオプラヤー川沿いのラマ3世通りは昔から運送業の会社や大型倉庫が多く、それらの跡地に高層マンションが多く建てられるようになりました。このエリアの住民は増加傾向であると思えます。一方、乗車ピーク時は渋滞ピーク時とも重なり、定時運行は出来なくなり、現在の車両だと車内も駅も相当混雑すると思われます。

画像下のような専用レーンを全く無視する車の対策、交差点での対策、そしてラチャプルック側の専用レーンがないエリアの対策を考え、定時運行を可能とするなら混雑時のバス増便も可能となり、BRTの利便性が見直されるなら運賃も自ずから改定できると思うのですが・・・結局は全線専用レーンに出来なかったツケがBRTになりきれない結果となるでしょうか。

2017年に撮った画像です
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そこで私の無責任で勝手な提案は・・・BRTをチャオプラヤー川右岸(西側)に行かせない。ラマ3橋駅以西は専用レーンが無いから在来バスと同じ事。ラマ3世通りからラチャプルックへ行きたい人は在来バスを使う事にして、極端に言えばBRTはラマ3世通りと(BTSに直結する)サトーンを結ぶ高速バスにして、専用レーンを速度を上げて回転を良くする。そうする事で運用バス台数を絞れるし輸送能力と定時性を保てるので、全線廃止よりマシかと(笑)

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2017年、渋滞が多いラチャプルック近くです
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最後に、BRTを使ってのお勧めショートトリップの紹介です。このブログでは珍しく観光の方や都心部お住まいの方も楽ちんの簡単アクセス、しかもちょっとディープなバンコクを楽しめます。一応、ストリートビューで現在も使えるルートなのは確認しています。

2017年に撮った画像です
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2017年に撮った画像です
日本人が使いやすいBTSのチョンノンシー駅からBRTサトーン駅までは直結(ちょっと歩くけど)、BRTでワット・パリワート駅Wat Pariwatへ行き、駅から15分歩けばプミポン1橋下の船着場です。ここの渡し舟で対岸に行けば、チャオプラヤー川の眺めを楽しんだり美しく整備されたラットポー公園Lat Phoで休めます。

2017年に撮った画像です
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大変美しいプミポン1橋とプミポン2橋は1997年度約148億円の円借款で作られ、開通は2006年9月で建設には大成建設、西松建設、NKKにSino-Thaiなどがかかわった日本縁の橋です。

2017年に撮った画像です
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1橋と2橋が交錯する下には人気は無いものの美しく整備された公園と、なかなか見ごたえある所です。そのまま足を延ばせばバンコクとはがらっと雰囲気が異なるプラプラデーンを楽しめます。

20170224 Map

好きな橋に渡し舟、そしてプラプラデーンなので過去に多く書いています。関連エントリーは以下の通りです。なお、BRTの西端ラチャプルックはトンブリー王朝縁の地タラート・プルーのすぐ近く、『トンブリー王朝の面影を探し(14)タラート・プルー』でBRTを含めて書いています。

チャオプラヤー名橋奇覧(2) プミポン橋1&2
チャオプラヤー渡し百景6 見過ごしていた渡し船
渡し船で行くサムットプラカーン(2) プラプラデーン(前)

BTSサパーンタクシン駅問題

さぁ、非常に興味深い話になって来ました。『チャオプラヤー名橋奇覧(5) タクシン橋』や『ゴールドライン、アイコンサイアム、バンコク展望タワー』に『バンコク都市型鉄道(電車)2018年最新事情』などで古くから問題視して指摘していたBTSサパーンタクシン駅問題です。

2017年に撮ったサパーンタクシン駅で、一つのホームで両方向から電車が来ます
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サパーン・タクシン駅・・・「サパーン」はタイ語で橋で「タクシン」とはあの最近帰国した元首相ではなく、トンブリー王朝一代限りのタークシン王の事ですね。だったらブログ内だけでもサパーンタークシン駅とすべきなのですが、何となくこうなっちゃいました。そんな事を言ったらBTSもあの韓国の防弾少年団ではなく、Bangkok Mass Transit Systemだと真剣に説明しなければならない時代かも(笑)

話を戻しましょう。

BTSシーロム線にラッシュアワーの乗った方は「もっと本数を増やせばいいのに」「チャオプラヤー川を渡るのに途中で止まったり、もったりしている」と思った方がいると思います。もっと言えばサパーンタクシン駅でホームが非常に混雑していたり、行くべき方向じゃない電車に乗ったりした経験をした観光の方もいると思います。

2017年に撮った画像です
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それはここだけが単線で、両方向の電車が一つのプラットホームを使う駅であるからです。それでラッシュ時にこれ以上本数を増やせない。このサパーンタクシン駅がバンコク首都圏でどんどん伸びる都市型高架鉄道網の大きなボトルネックであるのは誰もが思う事でしょう。

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なぜこんな事になっちゃったのでしょう?・・・その対策はころころ変わりましたが、今の状況は?・・・そもそも、なぜこんな駅を造った?・・・もっと分からないのは、BTSを造るずっと前になぜ中途半端な間隔で3本平行する橋を造った?

この駅の不便さに気付いた皆さんは、きっとこの不思議に頭を悩ませた事でしょう。私は在タイ時にずっと考え続け、街歩きしながら色々と調べ続けました(笑) そして、今回あらためて調べ直して自分なりに答えを得ました。

それは・・・今回も長くなりました。このサパーンタクシン駅問題は次回に続きます。

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2023.12.16 | コメント(0) | バンコク街歩き

あの話はどうなった? (1) ニュースな私 & BRT

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか?新シリーズの開始です。1回目はニュース好きな自分、そしてBRT(バス高速輸送システム)です。

ニュースなネタでブログを書かない
10年以上前から「ニュースなネタ」と「○○へ行って××食べた」的な事は基本的にブログで書かないと決め何度かそれを書いています。もちろんそうした内容の可否を言っているのではなく、それらを書く方も好む方も多いと言うか、ブログやSNSの大半がそうした内容で世界中溢れているのではないかと思います。

SNSとブログの違い
上手く言えませんが…(ネット上で消えていく)フロー型のSNSなら「○○行った、楽しかった」「○○食べた、美味しかった」「こんなニュースがある」でも良いでしょうが、(ネット上に情報資産として残る)ストック型のブログならその内容が情報に値するか、そしてネットでちょっと調べてコピペではなく、実体験に基づき自身の思いも書くのが必要ではないかと思うのです。個人のブログですので情報精度と言うより実体験と自身の考えで書くのが大切の意味です。

ブログと情報資産
5年以上更新出来なかったブログをネット上に残したのは、読者のリクエストも多くありましたが、そんなブログと情報資産の考えがあったからです。5年間ずっとコメントでご意見や質問を受けながら、まだ少しはお役に立っているのかなぁ・・・と思いながら。

そして今回再開したのは、そんな情報を求めて5年以上たった今でもアクセスされる方が少なくない事を知り、そうした読者の後押しも少なからずあったからです。

ではなぜブログで扱わない?
残念ですが、タイではニュースと食いしん坊的話題を上記のように意識した私がブログに書くと、多くがネガティブになりそうで(苦笑)基本的に扱わないとしたのです。 

それにニュースは本来出来るだけネタ元で知るべきです。可能な限りフィルターを避けないと「伝言ゲーム」のように中身が変わります。受け身ではなく能動的に情報を取らないと間違ったり偏った理解になります。そんな考えがあるから、たかがブログですが、わざわざニュースを扱って書くことはないなぁ・・・って。

ブログに値するか? ネガティブ(批判的・否定的・攻撃的)になってないか? アクセスを気にするあまり内容がないエントリーになっていないか? そんな事ばかり気にするのは、私が化石のように古いネットワーカーだからでしょう(苦笑)

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書かなくても実は大好きなニュースと食いしん坊ネタ
さて、そんなブログでは基本扱わないニュースも食べる事も、私は大好きと言うか人生で重要な要素です。40年以上の長い月日を過ごした中で自分自身の一部を成していたと言えるほど、日々意識して時間も費用も今でも割いています。そこまで言い切れるのは・・・

食いしん坊な事は別な機会で書くとして・・・ニュースに関しては40年以上前からから海外で暮らし働いていたので、情報をどう得るかがとても重要でした。現在のように誰もが世界中で容易にインターネットを経由して情報を得られる時代ではありません。

70~80年代のニュース
仕事上で国際的な通信手段はテレックス(長い電報のようなもの)がメインでした。基本英文で短縮した単語(例えばandをYとする)を多く使うので、慣れないと英語が分かっても解読できない事になります。オフィスで稀に国際電話は使っても、プライベートで日本へ電話したい時は交換手に申し込んで、いったん電話を切って繋がるのを待った時代です。

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20代に開発途上国で仕事をした時は現地での言葉が分からないので、短波ラジオを持って行ったものです。雑音の中からかすかな日本語を探し出すのに苦労する、そんな自らが必死に情報を取らないと島流し的存在になる時代を生きた経験が長すぎたのでしょう・・・

90年代以降のニュース
やがて数日遅れの日本語新聞が海外でも入手できるようになり、1990年代前半には画像下のようにドイツでも衛星放送JSTV(Japan Satellite TV)を大きなパラボラアンテナを設置して観られるようになりました(ニュースはNHKワールドのみ)。この頃は現地の英字新聞も合わせて読むのが習慣になり、それはタイでも継続しました。

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日本に戻った今もNHK BSの(たいていは政府系メディア(タイはMCOT)なのが残念ですが)世界のニュースを毎日2時間以上はチェックします。同時にアメリカを含めて新聞も電子版で見出しだけでもチェックしています。もちろん日本のニュースもほぼ全チャンネルでチェックし、BSで一つのテーマを深堀する番組も多く観ます。一日5時間ぐらいはニュース漬けなので、ちょっとやり過ぎかも(笑)

私がニュースで気を付けているのは、可能な限り幅広くアクセスする事で、同じニュースでも複数媒体でチェックしています。偏らず色々な角度から読み解きたいのです。センシティブ過ぎると思うのですが、ニュース自体も容易に信じないのです。

そんなわけでニュースは昔からかなり意識しているのですが・・・タイでは官から発せられるニュースの信憑性に疑問を感じる事が多いのが私の認識です。出来もしない事を勢い余って言っちゃったのかなぁ~って、まぁどこの国でもある事ですが。

年寄りの悪い癖で前置き話が長くなりました。すいません。
今日は以前(珍しく)このブログで扱った『ニュースなネタでブログを書かないのですが』などで、5年以上前に書いた内容が現在どうなっているかを検証します。出来るだけネガティブな内容にならないように(笑)

BRT(Bus Rapid Transit)廃止

バンコク都心部交通システムなのでネットに多く乗り方ガイドや路線紹介があるでしょうから、このブログでは対象外でした。それで少し説明を・・・BRTとはバスを都市型電車のように使うバス高速輸送システムで、専用レーンと改札やプラットフォームを備えた駅を有するものから、専用レーンだけが主体のものなど色々あるかと思います。

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BRTは都市型鉄道に比べ導入コストと工事期間がメリットかと思いますが、現行道路上に専用レーンと駅を設置する場合では十分な道路幅が必要で、交差点が多いとBRTのみならず周辺渋滞の原因にもなりBRT自身の輸送能力と定時性をも失うことになります。要は設置は容易だが、どこに導入するかが問題だと考えます。

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南米がかなり早く導入したと思います。アジアではジャカルタ(画像上)が2004年と一番?早かったと思います。もちろん私はその2004年にジャカルタで乗りましたが(笑)、渋滞に苦しむ都市が(地下鉄やモノレールとは異なり)早く設置出来てコスト的にも有利だが、現行道路状況からアジアでは設置できる都市・道路が難しいなぁ~と思いました。

バンコクは2010年導入(画像下)ですが、ジャカルタとほぼ同じシステムで専用レーンに駅を有しています。しかし、西側部分(ラチャプルック側)は専用レーンを確保できず(全長の30%ぐらいかなぁ)、BRTの利点を完全に活かせない中途半端なものになっています。

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バンコクではサトーン~ラチャプルック間で試験走行が始まったのが2010年ですが、2017年早々には乗客数減少と経済損失の為2017年4月廃止のニュースがバンコク都庁から流れました。そのニュースは単発ではなく何度か繰り返されたので本気度を感じながらも、2018年でも廃止されず私は帰国しました。

20231204map.jpg

当初計画は5路線だったのが、サトーン~ラチャプルック間の1路線になったのはなぜか?私の推測はBRT設置に適した道路がそこしか無かったのだと思います。この唯一のBRT路線の70%近くがナラティワート・ラチャナカリン通りとラマ3世通りを走ります。

20231203BRT2.jpg

(画像上)ナラティワート・ラチャナカリン通りは道路中央部に運河があり片側4車線ある道路です。中央部の運河の為にこの道路と交差する道路が少なく、中央部にBRT専用レーンを造りやすかったはずです。

(画像下)ラマ3世通りはチャオプラヤー川に沿った道路なので、この道路と交差する大きな道路は元々ありませんでした。プミポン1橋ラマ9世橋が交差していますが、下流の橋なので大型船を通すために桁下高が高く、ラマ3世通りのはるか上に取付道路があります。

20231203BRT3.jpg

さて、そんな2017年4月廃止が打ち出されたBRTは現在どうなっているでしょうか? 日本にいて自分の目で確認する事が出来ないのと、ネット検索を公式サイト以外しない主義なのでBRT運行会社「Bangkok Mass Transit System Public Company Limited」などのサイトと、画像下の2枚の画像のようにGoogleストリートビューで確認しました。結果、何事も無かったように営業している様です。

サトーン駅近く
20231201brt1.jpg

ラチャプルック駅近く
20231201brt2.jpg

BRT運行管理会社のサイトでは廃止やその取りやめには触れておらず、更新もしていない様子です。計画時の資料(24ページ)が保存公開されていたので中身を見たら、私が知っていた「当初計画が5路線」どころか14路線あった事を初めて知りました(笑)画像下でBRT1が現行路線です。

20231204map2.jpg

しかしバンコクで14路線も専用レーンがあるBRTを走らせたらどうなっていたでしょう(笑)渋滞はさらに悪化し、BRT自体も無意味になった事でしょう。

BRTの話をただ「廃止されていない」と書くだけではこのブログではありません。もう少し考えてみたいのですが、長くなりましたので次回に続きます。
次回は前置話を短くして、BRT以外のネタも書かなければなりませんね(汗)

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2023.12.07 | コメント(6) | バンコク街歩き

タイの花々と公園に思いを馳せて (1)

季節の変化を木々、草花、旬の魚や野菜に果物などの変化で知ることが多いかと思いますが、今年の日本は酷暑の夏を11月になっても思い出させるような日が続いています。今のところ、山々から始まった紅葉便りだけが秋の深まりを教えてくれます。

横浜自宅近くの散歩道で2021年11月に撮影したものです。
20211127leaves.jpg

今、タイ中部では雨期が終わり、時折ふと感じるからっとした爽やかな風に驚き、湿気たっぷりで重たくも思えた空気から解放された事を知る頃ではないでしょうか。私はちょうど今頃、雨期明けで乾季前の間に空気が澄んで部屋からチョンブリの山の方まで見通せるの好きでした。

Sep04 Weather

雨期に乾季に暑季、そんな単純なタイの季節感を思い込んでいたのですが、6年半も暮らせば季節ごとに街を彩る木々や草花が記憶に刻み込まれます。今こうして画像を選んでいるだけで香りさえ思い起こせるのです。ただ・・・こうした花々は多くは11月とは真逆の乾季の終わりごろから雨期の間に咲きますけどね(苦笑)

20150321Rama9.jpg

画像上はアパート近くのラマ9世公園で2015年3月に撮ったものです。花を愛でるにはバンコクで最高の公園でしょう。『バンコクで一番広い公園』 『バンコクで一番美しく広く静かな公園』 『ラマ9世公園の朝市』 などで紹介しています。

高い木に黄色の花を多く咲かせるラーチャプルックはタイで最も季節の変化を感じる花(木)だと思います。外国人にとってはゴールデンシャワーと印象的で覚えやすいですね。

画像下はアユタヤのワット・マへーヨンで2018年4月に撮りました。茶褐色の遺跡がゴールデンシャワーで包まれ、すごく華やいでいました。『ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在』(仮)で今後エントリー予定です。

20180423WatMaheyong.jpg

白く大きな花に気品を感じるプルメリアはタイに限らず熱帯地方でよく見かけます。あまり季節性を感じないのですが、タイでは毎年6月ぐらいが咲き始でかなり長く続いたように覚えています。画像下もラマ9世公園で2017年6月に撮ったものです。

20170616plumeria.jpg

ラマ9世公園、いいですねぇ~ アパートから歩いて行けたし(私は30~40分ぐらいなら徒歩圏です)、路線バスにソンテウと選択肢がたくさん。中は入場料(当時10バーツ)を取るのでしっかり管理されています。

20171215 Park 17

20171215 Park 1

そう言えば、ラマ9世公園で散歩していた時に大変驚いた事があります・・・なんとミミズクに遭遇したのです。大変広い公園なので野鳥も多くそれらをカメラで追っていた時の事でした。『これってバンコクにいるのですねぇ~』でエントリー済みです。

20171215 Park 9

そしてこのラマ9世公園のすぐ横が鉄道ナイトマーケット『タラート・ロットファイ・シーナカリン』です。アパートから歩いて行けるナイトマーケットって、なかなか良いものです。

20231107market2.jpg

そしてラマ9世公園に接したすぐ裏が私的ベスト3に入る公園の「ノンボン貯水池」です。ラマ9世公園裏と言っても入り口はアクセスが難しい所で、超知る人ぞ知る的公園だと思います。ネットは見ない主義なので、もちろん街歩きの中で偶然見つけた大好きな公園です。

20231107park1.jpg

私はこの公園内でカヤック、ウィンドサーフィン、ボートセーリングに貸自転車が使えるウォータースポーツセンターの会員になっていました。エピソード4までありますが『アパート近くにこんな所があれば(4)ウォータースポーツセンター』からたどれます。

20231107park2.jpg

ラマ9世公園の話が長くなりました。バンコク首都圏の街歩きは混沌の中を歩くようなもので精神的に疲れる事もありました。そんな時の息抜きの場がアパート近くのこんな素敵な公園でしたので、忘れがたい記憶の映像なのです。

いつもの事ですが気持ちが先走ってしまい、今日も長くなりました。次回に続きます。

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2023.11.09 | コメント(0) | 博物館・パーク等

サーナムルアン2(王宮広場2)マーケット

バンコク首都圏にはオートコー市場3、チャットチャック・マーケット2、タラート・ロットファイ・ナイトマーケット4、サンペーン2などの二番煎じや三番煎じのガイドブック等では触れられそうもないマーケットがあります。

サーナムルアン2はそんな柳の下のどじょう的なネーミングですが、それがなかなかの規模でしかも面白いのです。実は、2017年に本ブログで紹介済みなのですが、それをそのまま再エントリーするのは訳があります・・・・

その訳はつい先日、古くからの読者が「サーナムルアン2」を検索(たぶんGoogle)したらこのブログがヒットし、それで久しぶりに私のブログにアクセスして更新再開を知った・・・とコメントを頂きました。ありがたい事です。

そのコメントを読んで、どんな事を自分が書いたのかと私も検索したら(笑)過去の記事ですがつまらない事が気になり、今更ですが修正してアップロードしたのですが・・・ブログ管理画面でミスって消去してしまいました(涙)

実は・・・ブログ再開を決めてから数週間、ブログ設定やPC環境整備でバタバタしています。何しろ5年ぶりの作業ですから(苦笑)

幸い、過去ログをテキストベースで持っていたので、新規エントリーとしてアップロードは出来ます。今更・・・2017年にエントリーしたものと全く同じで新規記事とするのはいかがなものか? と迷ったのですが、なかなか面白い所なのであえて全く同じ内容のままエントリーさせていただきます。

さて、サーナムルアン2はバンコク都西端でナコーンパトム県との境にある大きなマーケットで、なんて言うか・・・プロ用市場とチャットチャックの両方のイメージを併せ持つと感じました。また、その規模と多様性は一日中楽しめる場所でした。

観光の方やBKK都心部に住まわれている方には多少アクセスが難しく思われるかも知れませんが、しょせんバンコク都内で、BMTA路線バスもソンテウも(たぶん)あるし、ペットカセーム通りは2017年と違ってMRTも開通している?でしょう。このブログ上ではアクセスの問題は全くない所となります。

それでは、以下が2017年のエントリーです。

バンコクとその周辺県には「2」や「3」と番号が付けられたマーケットが多くあります。

ざっくりウィークエンドマーケットとも呼ばれるモーチットのチャットチャックChatuchak Market、ミンブリーには「チャットチャック2」があり詳細をエントリー済みです。

Jatu Jak 2

モーチットのチャットチャックの近年は観光地のように思えるぐらいで、観光客が多く混雑しているので私は苦手な所の一つになってしまいました。チャットチャック2はフリーマーケットの雰囲気を色濃く残し、雑多なマーケットはこの町全体が市場のようなミンブリーに良く似合っています。

Market 1

同じくモーチットのオートコー市場Or Tor Kor Marketは観光用に造られた市場の感じが強く、実際に観光の方も多いので市井の市場とは大きく異なっています。その為に私は行く事がないのですが、ノンタブリーには「オートコー3」があります。

Ortorkor Market 1

オートコー3の以前の姿は知らないのですが、現在では終わった感に包まれています(実際に終わっている?)。「3」があるなら「2」もあるはずと、だいぶ探したのですが今まで手がかりすら掴めていません(汗)

20170920 OTK3

ナイトマーケットの「タラート・ロットファイTalad Rot Fai」はシーナカリンが1でラチャダーピセークが2、そしてマハーチャイには「タラート・ロットファイ4」があると紹介したばかりです。

20170910 Night Market 1

そう言えばバンコクの中華街事ヤワラー地区にあるサンペーン市場(あるいはサンペーン通り)ですが、ここもバンコク西部に「サンペーン2 Sampheng 2」がありここも詳細をエントリー済みです。ただ、ここは建物が新しいゴーストタウンのように私には見えますが・・・

20170730 Sampheng2-1

まぁ、ガイドブックには当然書かれる事はなく、在住者のブログでもこうした「2」や「3」の番号が付けられたマーケットが登場する事は稀でしょう。それはこうしたマーケットの全てが、都会にお住まいの方々が『ローカルな・・・』と必ず付ける”都会目線的形容詞”が必須な所にあるからです。

と言う事で(笑)サイアムやスクムビットなど都会、そしてメジャーな観光地を扱わない(実は行かないし知らない)このブログの出番になるわけです(笑)

まぁ、場所だけでなく・・・一つ成功すると次を求めてしまうのはどの国でもありがちな事ですが、どこもコンセプトが全く同じだと二番煎じに思えるのも仕方ない事でしょう。そして二番目が必ずしも成功するものではないし、かえって難しいと思うのですが・・・

さて、今日の前置き話はこのぐらいにして・・・(汗)

今日のお題は「サナームルアン2 Sanam Luang 2」ですが、サナームルアンとは王宮広場の意味です。今は前国王崩御に伴う一般弔問者の受付と順番待ちに使われているので、観光など他の目的では立ち入ることが出来ません。画像下は崩御以前の王宮広場です。

Grand Place

そのサナームルアン・・・王宮広場2と呼ばれるマーケットがバンコク都西端にあります。サナームルアン2ともタラート・トンブリー、トンブリー・マーケット・プラザ2Thonburi Market Plaza 2とも呼ばれているようです。

Sanam Luang 2017Jun 1

なぜ王宮広場サナームルアンとしたのでしょうか? 本当の事は分かりませんが、昔は王宮広場にフリーマーケットがあったそうですので、それが由来かも知れません。崩御以前にあったサナームルアン・ナイトマーケットではありません。

さてサナームルアン2、このマーケットは市井の生鮮市場とは異なっていて、広い敷地で解放感があって・・・どちらかと言えばチャットチャックに似た感じがします。

Sanam Luang 2017Jun 2

20170920 SL2 1

20170920 SL2 5

正面の入口に思えるタウィワッタナ通り側から入って北側が半円状に広がったスペースで、ここがチャットチャックと似たようなマーケットです。

20170920 SL2 2

20170920 SL2 3

20170920 SL2 4

商品カテゴリー別にゾーン別けされていて、特徴は園芸関係の店が多い事です。そればかりではないのですが・・・

Sanam Luang 2017Jun 3

20170920 SL2 6

私はタイでは庭いじりが出来ないのが残念なのですが、庭があったり小さなベランダでもあれば、きっとここは夢中になる所でしょう。

20170920 SL2 7

チャットチャックとは異なって、この商品別にエリアが別れているのが選ぶ側からすれば見やすいです。雑貨小物を扱う店も多いですし、カーテン屋さんも並んでいます。

20170920 SL2 8

20170920 SL2 9

ペットのスペースも広いですねぇ~ ペットフードを大量に買われていく方も多くおられます。

20170920 SL2 10

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私は平日に行っているのでそう混雑していませんが、週末に行ったら混雑までは行かないものの多くの人がおられる事でしょう。プロの仕入れもあるように思えます。

20170920 SL2 12

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敷地は大変広く、上記の半円状のスペース以外に大きな体育館のような中にOTOP CENTER(一村一品)もあって、何でも売られているように思えます。

20170920 SL2 14

また西側にも大きなスペースがあって、家具なども売られています。ここはまだまだスペースが余っている感じがどうしてもするのですが・・・私は関係ありませんが大変広い駐車場もあります。

20170920 SL2 15

もちろん食堂スペースも多く、フードコートスタイルの所や食堂やカフェも点在しています。ただ、食べものの充実度はチャットチャックの方が上ですが・・・

20170920 SL2 16

さてアクセスですが、91n番(バンコクヤイ~サナームルアン2)がマーケット内まで運行しています。

Bus91n Sanam Luang 2

日本人の皆さんがお好きな(私が乗車拒否中の)BTSだとシーロム線の終点バンワー駅で4番出口を下りて、工事中のMRTバンワー駅下のペットカセーム通りで乗る事が出来ます(画像下)。ただ・・・本数があまり多くないです。

Bus91n Bang Wa

アクセスの良いバックアップ案がないのですが、ペットカセーム通りを他のバスでタウィワッタナ通りまで行けば、赤いソンテウ(確か1303番だったか?)かタクシーでも一本道でそう遠くありません。

20170920 Map

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2023.10.21 | コメント(2) | マーケット

最高のお気に入り、ルアンペーン百年市場④時が流れるまま

観光地や日本人が多い所にメディアやネットで書かれているだろう事とは距離を置き、街を歩くだけで多くのお気に入りの地を紹介して来ましたが、その中でも最も気に入っている「ルアンペーン百年市場 Luang Phaeng Market 108Years」です。

20180619 LP 1

バンコク都内(東の端っこですが)ながらネットでは書かれた事がないでしょう。その雰囲気は独特で『賑わっていた時が去ったのを受け入れている』と私は思うのですが、寂れているのとは異なります。ただ、寂れていると感じる人が大半でしょうし、そう思う方はここは面白くないはずです。

20180619 LP 9

それでは、そんな寂れた所が私には面白いのでしょう? それを書く前に今までのこのシリーズのエントリーは以下の通りです。

第1回「最高のお気に入り、ルアンペーン百年市場①
第2回「最高のお気に入り、ルアンペーン百年市場② アクセス術
第3回「最高のお気に入り、ルアンペーン百年市場③ここに暮らす人々

前回はこの市場の半分まで歩き、そこに暮らす人達と触れ合いながら運河の反対側へ危なげな木橋で渡った所まで書きました。

20180605 LP 10

橋を渡り終えると・・・そこはこの市場全体で唯一賑わっている?所で、私が苦手なカラオケを昼から楽しまれていました。その真ん中に飛び込んでしまいましたねぇ~

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橋を渡った所は集会所なのか、ただの食堂なのか、いずれにしてもこのルアンペーン市場で唯一賑わいある所です。早々にカラオケに誘われましたが、丁重にお断りしながらも立ち去りがたくクイッティアオを食べながら話には加わりました。

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お菓子やつまみはあるのですが、昼食となるのはクイッティアオぐらいしかないのが残念でしたが、普通に美味しく頂きました。

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ここで初めて若い方にお会いしました(笑) なぜなのか、どこへ行っても皆さん話しかけて来ます。きっと皆さんがそうして毎日暇をつぶされているからなのでしょう。この市場のゆったりした感じがそうさせるのかも知れませんねぇ~

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クイッティアオを食べ終えて周囲を見回しました。画像下で看板の真ん中のタイ語「クローン คลอง(運河)」とタイ数字の「百八年 ๑๐๘ ปี」はパターン認識済みなので、おそらく『ルアンペーン運河百八年』でしょう。上のタイ語は認識してないので分かりません(汗) 

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こうした所は無理に古い物を集めて飾っている感がするのですが、ここは本当にほったらかしのまま時が過ぎて行ったような感じがします。賑わいがあった時の写真だけは、今見るとちょっと寂しく・・・

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画像下のような全て木で出来ている仕組みがありました。自転車のチェーンで動力を伝えるような仕組みなのですが、何をするのか?? 何人かに聞いたのですが、私のタイ語レベルではまったく理解不能でした。

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さて、また危なげな木橋を渡り反対側に行って、今度は東側に向かいました。大きめのモスクが建っているので、それを見たかったのです。木橋の上から撮った画像下で左上のモスクです。

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橋を渡り終えて東に向かうと、とっても素通り出来ない薬局がありました。店の前は運河上の船から直接荷揚げが出来て仕分け作業など出来るようになっていて、店外で作業保存する漢方もあるのですかねぇ~

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店内もすごく良い雰囲気です。もちろん現役の薬局屋さんで、お断りをして写真を撮らせて頂きました。

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今までここでお会いしたタイの人々とは違って・・・シャキッとされていますねぇ~ 店や仕事に誇りがあるのでしょう。でも店の隅々を案内してくれて、実際の作業も見せてくれて、すごく優しい人でした。

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画像上は漢方薬の原料を細粉にする『薬研』と言う道具ですが、私だと(何の映像だったか)徳川家康が晩年これで漢方を押し砕いてのが思い出します。若い人なら「千と千尋の神隠し」の「釜爺」を思い浮かべるのかも知れませんね。そう言えばこの作業場も釜爺の部屋に似ているような・・・

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漢方の匂いが染みついたようなお店で、至る所に漢字が書かれている道具があります。ざるにさえ・・・。それは飾りでなく今も使われているように私に思えます。いったいどんなストーリーがこの薬局屋さんにあるのでしょうか。

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百年市場と呼ばれる所は多くあります。バンコク周辺だけで言えば、そこは観光用であって観光客が入ってお金を落とす店なのですが、ここは今でもそこに住む人達が日常の生活で使い、時を過ごす店ばかりです。

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ふと運河を見ると、モスリムのご老人が舟で寄って来ました。舫うのと舟から上がるのに手を貸してから話し始めました。

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タイ語が分かりませんでしたが、何かを買いに来たようです。どこへ行くにも舟を使うとの事、しばらく話してから雑貨屋さんに消えて、戻って来た時には小さなビニール袋が下げられ、その中には赤牛の栄養剤が見えました(笑)

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ルアンペーン市場の東端はかなり荒れています。注意深く板の上を歩いてモスクに通じる橋の近くまで行きました。橋はきっとモスクからお金が出ているのでしょう。立派なもので、そこまでの市場の朽ちようと対照的です。

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橋の上にあがりモスクを見ると・・・祈りの時間なのかモスリムの人達が集まっていました。好奇心だけでそれ以上先へ行くのは良くないように思え、ここで引き返す事にしました。

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何やら声が聞こえたので市場の方をよく見ると・・・途中で話したオバサンが「橋の向こうに行けるよ!」と言っているようです(そう思えた)。きっと橋を渡ってモスクに行けるか私が聞いたからでしょう。橋の上で引き返した理由が分からず、声をかけた・・・そう思えます。

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そう言えば、「本当にこの中に入っていいのだろうか?」と心配になりながらも、アウエー感いっぱいの中に足を踏み入れてからずっと・・・誰かに見られていたように思えます。車もバイクも通らない静けさの中だけにそうした感覚も強くなるのかも知れません。

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帰りは運河沿いを歩き西へ向かうと・・・またきっと話しかけられるでしょう(笑)嫌ではないものの今日はもうたくさん人と触れ合ったので、これ以上は重たい気がしたのはあまりにも長い一人暮らしだからでしょうか。

東端にあった中華祠(画像下の赤と緑の建物)の裏へ出て戻る事にしました。ここが車でアクセスする場合の限界のようですねぇ~ そしてバンコク都の都標がありました。そう言えば、さっき見たモスクはチャチェンサオ県で、これから向かうソンテウが通るトゥータイ市場の裏はサムットプラカーン県です。

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都境と県境を見に来たのが最初の目的でしたねぇ・・・そんな事を思い出しながらソンテウを降りた交差点まで歩き、来た時と同じようにソンテウとバスでアパートへ戻りました。

20180518 Map

さて、これが本シリーズの最終回です。

ブログランキングも参加せず、検索にも出来る限りかからないような工夫をしているブログです。これを読まれて・・・(普通の人が見たら)こんな寂しい所へ行かれる事はいないかと思いますが、もし行かれるならお上品な恰好でタクシーか車で物見遊山気分で踏み込んで欲しくないって言うか・・・間違ってもそれで「日本人の知らないローカルな古市場へタクシーで」なんてネットに書かないで欲しくないような・・・いけないかも知れませんが、私はそう思います。

そして、このルアンペーン百年市場や近くのフアタケー古市場が大好きだった年寄りの日本人がいて、何を思い感じながら歩いたのかを思い出して頂けたら幸いです。

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2018.06.19 | コメント(0) | マーケット

最高のお気に入り、ルアンペーン百年市場(3) ここに暮らす人々

観光地や日本人が多い所にメディアやネットで書かれているだろう事とは距離を置き、街を歩くだけで多くのお気に入りの地を紹介して来ましたが、その中でも最も気に入っている「ルアンペーン百年市場 Luang Phaeng Market 108Years」です。

20180605 LP 1

バンコク都内(東の端っこですが)ながらネットでは書かれた事がないでしょう。その雰囲気は独特で『賑わっていた時が去ったのを受け入れている』と私は思うのですが、寂れているのとは異なります。ただ、寂れていると感じる人が大半でしょうし、そう思う方はここは面白くないはずです。

20180605 LP 2

それでは、そんな寂れた所が私には面白いのでしょう? それを書く前に今までのこのシリーズのエントリーは以下の通りです。

第1回「最高のお気に入り、ルアンペーン百年市場(1)
第2回「最高のお気に入り、ルアンペーン百年市場(2) アクセス術

前回はここへのアクセス術を詳しく書きました。バンコク都であり私が住む地区の近くなのですが(苦笑)一般的には日本人にもバンコクっ子にも縁がない所でしょう。タクシーや自家用車を使うような方々が行くような所でもないので、ソンテウに乗る必要があります。

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ラートクラバン通りからソンテウ1013番系統222番に乗って終点「ワット・ラチャコーサー Wat Ratchakosa」まで行き、お寺の境内を抜けて「プラウェートブリーロム運河 Prawet Burirom」沿いを歩いたら百年市場の入口です。

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20180518 Map

そして運河両側に並ぶ集落に入るにはためらいがありました。板を張っただけの足元が心配だったのもありますが、ご老人たちが、何をするわけでもなくこの板張りの運河沿いで時間をつぶしておられます。そんな中へ物珍しさに入って良いのか? そんな思いがしたのです。

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場違いな所へ迷い込んだような気持ちのまま、何かをしゃべらずに通れない気がして、下手なタイ語で「こんにちは、暑いですねぇ・・・」なんて声をかけながら奥に入って行きました。挨拶が返らないまま歩いて行くと・・・やがて声がおじいさんやおぼあさんからかけられて来るようになりました。

20180605 LP 3

そしてお茶に呼ばれたのが画像上の方達です。挨拶をして通り過ぎようとしたら、何か声をかけられました。「遊びに来たの?」そんな言葉です。それを機会にベンチに一緒に座り話し始めました。茶葉がたくさん浮いている中国で出させるようなお茶も頂きました。

「日本人です」「働いていないでバンコクに住んでいます」「ここにはソンテウで来ました」・・・そんな他愛無い話ですが、私の下手なタイ語も相手が三人だと誰かが分かり「この人、こう言っているのじゃないか・・・」と三人で確認しながらの会話です(笑)

20180605 LP 4

目の前が日用雑貨などの店で、この三人の中で誰かが店番だと思うのですが店はほったらかしです(笑) 中を見せてもらいましたが、売っている物はともかく昭和のど真ん中で下町育ちの私には・・・どこか懐かしさを覚える店です。

しばらく話して「向こうを見て来ます」と席を立ったのですが、私がオジサン達と話していたは、この板張り通路で暇つぶしをされている方々にとって絶好の好奇心の対象だったようです。

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最初は「中へ物珍しさで入って良いのか?」と思ったほどのアウエー感いっぱいだったのですが、今度は皆さんが待ち構えているように見えます(笑) 笑顔で私が通るのを待たれているようにも思えます。

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歩く先々で話しかけられるので、なかなか先に進めません。やがてここが「ルアンペーン」と呼ばれる事を知りました。昔は賑わったそうですが、それはどれほどだったのかを知れるほどタイ語が話せないのが残念です。

20180605 LP 6

こうした運河沿いに残る市場の特徴は、運河に並ぶ家々の前には運河に沿って板張りの通路があって、そこには船が舫えて人も通路を行き来出来る事です。

20180605 LP 7

20180605 LP 8

こうした構造の多くが運河の片側にあるのですが、ルアンペーンは両側がそうした構造なのが特徴的です。そして中央に両側を行き来出来る(かなり危なげな)橋が架けられています。

20180510 LP 1

20180605 LP 9

橋の対岸には何の船なのか大きめの船が舫われています。そしてこのルアンペーン市場に入った時から何やら音楽が聞こえていたのですが、その発生元が橋の向こう側のようです。

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20180605 LP 13

そこで、その橋を渡り対岸に向かう事にしましたが少し怖いです(汗)ここが賑わっていた時はきっとこの橋がアピールポイントだったのでしょう。中央にベンチまでありますが、「LOVE」とある飾りは無い方が・・・

20180605 LP 10

20180605 LP 11

そして橋を渡り終えると・・・そこはこの市場全体で唯一賑わっている?所で、私が苦手なカラオケを昼から楽しまれていました。その真ん中に飛び込んでしまいましたが、いったいどうなるやら・・・次回に続きます。

20180605 LP 14

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2018.06.07 | コメント(2) | マーケット

最高のお気に入り、ルアンペーン百年市場(2) アクセス術

観光地や日本人が多い所にメディアやネットで書かれているだろう事とは距離を置くブログですが、ただ街を歩くだけで多くのお気に入りの出合いこのブログで紹介して来ました。

その中でも最も気に入っている所で、間違いなくネットでは書かれた事がないと思います。それがバンコク都の東の端っこで「ルアンペーン百年市場 Luang Phaeng Market 108Years」です。正確には百八年市場ですが、それがいつから言われているのか謎です(笑)

20180518 LP 1

ここには独特の雰囲気があるので好きなのですが、それは何て表現するのか・・・・『賑わっていた時が去ったのを受け入れている』と私は思うのですが、寂れているのとは異なります。ただ、寂れていると感じる人は多いでしょうし、そう思う方はここは面白くないはずです。

20180510 LP 2

前回の第1回目はこの市場が出来た頃の時代背景を主に書きましたが、第2回目の今回はアクセスから始めましょう。ご安心ください!『簡単』です・・・って私が書くと余計に不安になるでしょうが(笑)

日本人ブログやフリーペーパーにありがちだろう都会目線の(タイの庶民が暮らす所を)『ローカルな…』と何でも付けるのが大嫌いで、『タクシーでローカルな○○へ』なんて絶対に書かないブログなのを読者はよくご存じかと思います。

そのアクセスは公共交通機関の路線バス、タイ国鉄、エアポートリンク、運河ボート、ソンテウなどで行けますが、最後は画像下のソンテウに乗る必要があります。

20180518 LP 2

色々な行き方を書くと読者を惑わせる事になるので、最も簡単は方法は・・・私からすれば行き交う人々まで眩しく思える大都会の「オンヌットOn Nut」から70~80分でしょうか。バスに乗って一回だけソンテウに乗り換えるだけです。

しかも初心者用内容は避けるブログですが、バスの初歩の初歩から路線も詳しくこのブログで書いていますし、ソンテウの乗り方まで書く破格のサービスです(笑)
  路線バスの乗り方
  路線バス1013番
  ソンテウの乗り方

まず画像下のオンヌットのBigC前から地方バス1013番に乗ります。このバスは区間運転や枝線もなくて簡単です(帰りはシーコンスクエアへの枝線がありますが)。行先を言う必要がありますが「フアタケー Hua Takhe」と何度か言うと通じるかと思います。

Bus1013 Onnut 2

このバスはオンヌット通りから「ラートクラバン通りLat Krabang」と真っすぐ西へ向かうだけの簡単な路線です(シーナカリン通りとの交差点で変な動きをしますが)。ラートクラバン通りSoi20のショッピングモール「ザ・パセオ・モールThe Paseo Mall」過ぎから、フアタケーを過ぎて終点になるまでの間の好きな所で降ります。

まぁ、バスの方が乗り心地が良いのでフアタケーぐらいまで乗った方が良いでしょう。ザ・パセオ・モールは「パセオ・ショッピングモール三都物語」で、フアタケーは「フアタケー古市場④」で詳しく書いています。

Bus1013 Paseo 1

20171106 Hua Ta Khe 1

そして最後に乗るのがラートクラバン通りでのソンテウで、西端はザ・パセオ・モールあたり(ナームチャイ市場 ตลาดน้ำชัย )からずっとラートクラバン通りを東に向かい、フアタケー、「サイアム・サーペンタリウム Siam Serpentarium」前を通り終点が「ワット・ラチャコーサー Wat Ratchakosa วัดราชโกษา 」までの路線です。(画像下はフアタケーでこのソンテウに乗った時のものです)

20180518 LP 3

実はこのソンテウも1013番系統です。オンヌット通りで日本人の方々が多く住むエリアでは親切に前面に1、2、3、4・・・のように番号が書いてあるソンテウと同じ系統ですが、オンヌット通りも東に行くと番号は書かずに行先表示になります。ちなみにこのソンテウは1013番系統の222番です(笑) 驚く事はないです。この地区には777番も888番もありますから(大笑)

行先表示の一番下がワット・ラチャコーサー(上はナームチャイ市場)ですが、同じようなデザインで走って来るソンテウの行先表示なんて私にはとっても読めません。って言うか、最初からタイ語は読めずにパーターン認識しているだけですが(汗) ご安心ください。ラッキーな事にこのソンテウだけは「ザ・パセオ・モール」英語のロゴマークが前面にあるのです。ちなみにこのラートクラバン通りは色々なソンテウがうじゃうじゃ走っています。

20180518 LP 4

1013番系統222は本数が普通で10~15分に1本程度ですが、バンアップ案でもう一つだけソンテウ路線があります。赤いソンテウで1270番がワット・ラチャコーサーの少し先(東)の免税商品(倉庫か研修所)の「キングパワーKing Power คิงเพาเวอร์ 」(前面行先表示一番下)まで行くソンテウですが、これはかなり分かり難いです。

20180518 LP 5

本当は・・・BMTA路線バス517番がワット・ラチャコーサー近くの「トゥータイ市場Therdthai Market」と北バスターミナル間で運転しているはずですが、日中は1時間経ってもあるかないかで、たまに乗ってもラートクラバンかフアタケーで降ろされてしまいトゥータイ市場まで行けた事がありません。(現在の日中では)実質的にただのUターン場所か休憩所だと思うので無視です。

情報が多すぎて・・・やはり難しく感じさせてしまいますね(汗) 住んでいるアパートの隣の区(ラートクラバン区)なので、地元情報ばかりでご勘弁を(笑)

20180510 Map

要はオンヌットから地方バス1013番に乗って、フアタケー(乗客のほとんどが降りるので終点のようなもの。別に終点まで行っても良いし)で降りて、降りた場所から動かないでパセオマークがあるソンテウに乗って終点まで行けば良いだけです(苦笑)

ついでに書いてしまうと・・・上記ソンテウで途中に通るサイアム・サーペンタリウムですが、サーペンタリウムとは英語で「ヘビ園」の事です。ソンテウのステップから撮ったので変な画像ですが・・・

20180518 LP 6

「何でこんな所に・・・」と思わずにはいられないのですが、実はスワンナプーム周辺の幹線道路沿いは何だか分からない大型施設やレストランが多く、周囲は漢字だらけで大型観光バスがよく駐車しています。中国人団体ツアーの抱え込み施設に思えますが、ここもそれっぽい感じになっています。

20180518 LP 8

まぁ、入場券(大人)が550バーツと異常に高いので無縁ですが(笑) 公式サイトの画像だとショーなどもあるようです。ヘビ好きな方は是非このソンテウに乗って遊びに行って下さい。ちなみに私のアパートでも緑のきれいなヘビが見られます(笑)

20180518 LP 7

ラートクラバン通りはサイアム・サーペンタリウムの西でルアンペーン通りと名を変えます。

さて、ソンテウの終点ですがですが画像下(2枚合成で変ですが)がルアンペーン通りを東向きに撮ったもので、交差点の右のテントがトゥータイ市場で左角にあるセブン・イレブンがありますが、多くの1013(222)番はこの交差点角のセブン前が終点です。

20180518 LP 9

セブンの角を左折するとすぐにワット・ラチャコーサー前でそこまで乗れる場合もありますし、この交差点でUターンするソンテウもあります。

20180518 LP 10

上記交差点を左折(北方向)して300mぐらいで「プラウェートブリーロム運河 Prawet Burirom」を渡る橋です。その手前左(西側)がワット・ラチャコーサーです。

20180518 LP 11

このお寺自体はどこにでもあるようなお寺ですが、学校があるのか送り迎えの車が行き来していますし、人もそこそこいるお寺です。その境内を通り運河に出ます。運河の東側に見える橋は歩いて来たルアンペーン通りの交差点に通じる道です。

20180518 LP 12

その橋のこの運河沿いに人が歩ける小道があるので、東に向かいます。橋の下を通ると・・・さらに先に運河沿いに赤茶けたトタン屋根が並んだ集落が見えて、そこまで行けそうです。そして運河沿いの小道を人が歩いています。慌ててその人を後を追いました(笑)

20180510 LP 8

実は・・・最初にここを知ったのは全くの偶然です。事前に何か知っていたわけでもなく、街歩きで看板を見たわけでもありません。Google Mapsでバンコク都とチャチェンサオ県にサムットプラカーン県と1都2県が接する所があるので、そこを見ようかと・・・行っても何もない所だと思っていました。

それがこうして偶然にもルアンペーン百年市場に行き着いたわけです(笑)

そして運河両側に並ぶ集落に入ると・・・「なんだこれは!」と思いましたよ。あまりの寂れようではありませんか! ちょっと集落の中に入るのをためらいました。板を張っただけの足元が心配だったのもありますが、物珍しさに入って良いのか? そんな思いがしたのです。

20180518 LP 13

最初は人の気配すら感じなかったのですが、壊れそうな板張りの上を歩いて行くと・・・(私が言うのもおかしい気がしますが)ご老人たちが、何をするわけでもなくこの板張りの運河沿いで時間をつぶしておられます。

20180510 LP 9

過ぎ行く時を静かに見つめて齢を重ねる、ここに住む老人たちが「観光客なんて要らない」と言わんばかりに、ここに入り込んだ私を見つめています。

20180510 LP 6

何かをしゃべらずに通れない気がして、下手なタイ語で「こんにちは、暑いですねぇ・・・」なんて声をかけながら奥に入って行きました。いやぁ~色々な町や路地裏を歩きましたが、この感じは・・・場違いな所へ迷い込んだようで、最近の言葉で言えばアウエー感いっぱいです(汗)

20180518 LP 14

挨拶が返らないまま歩いて行くと・・・やがて声がおじいさんやおぼあさんからかけられて来るようになりました。きっと私の事を見ていたのでしょう。あるいは、私が持った事もないスマホであっと言う間に皆さんの間で「タイ語が変なアジア人の年寄りが来るぞ」と情報が飛び交ったのかも知れません。あれって、LINEって言うのですよねぇ・・・

さて、この先・・・いったいどうなるのでしょう。次回に続きます。

20180518 Map

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2018.05.22 | コメント(2) | マーケット

最高のお気に入り、ルアンペーン百年市場①

私は観光地や日本人が多い所は全く興味なしですし、メディアやネットで書かれているだろう事をこのブログに書く事もありません。

もっとも、30年以上かなり深入りしたネットワーカーだった反動なのか、リタイアした今は意識してネットと距離を置き必要最小限の公式サイトしか見ません。それで本当にネットにすでに書かれたのかは確かめようがないのが本音です(汗)

それに加えて、私は社会に出てから人生の大半を海外で暮らし、その上に旅や仕事で数えた事がないぐらい色々な国へ行っているので、私の興味を抱く事や所・・・ある意味『お気に入り』が他人様から見たら面白いのか・・・さっぱり分かりませんし、はなはだ疑問です。

過去3年半でそんな私的お気に入りをたくさん書いて来ましたが、今回がその中でも最も気に入っている所で、間違いなくネットでは書かれた事がないと思います。

20180510 LP 1

変わり者の私が最高に面白く、気に入っているので・・・それは一般の読者からすれば、最高につまらないのかも知れません。今回は特にそんな気がしてならないのです(汗)そんな「つまらない所」だと思われる方々が多いでしょうから、今までは書くつもりは無く、ある意味超内緒に所でした。

まぁ、内緒にしなくても、ここに行きたいと思われる方はかなり少ないでしょうが(汗)

20180510 LP 3

また、ランキングを止めて半年以上、今の読者はランキングや検索を通してアクセスされた方は少なく、毎回お読みなっていただいている方々で、十分にこのブログをご理解されていると思います。それでの思い切ってのエントリーです。

しかし・・・ここにはバンコクでありながらバンコクとは全く異なる時間と空気が流れる所で、賑わっていた時が去ったのを受け入れているかのような所でもあります。

20180510 LP 2

そんな私的に『内緒にしたい最高のお気に入り』は・・・「ルアンペーン百年市場 Luang Phaeng Market 108Years」です。

10年以上前ですがバンコク周辺でブームとなった百年市場ですが、なぜか正直に『108年市場』と称しています。そう書いたのも今ではなくてブームの頃かと思うのですが(笑)

ブームがあった時の108年前ですから、1900年かその少し前の時代です。日本では明治後期で日露戦争が1904-5年です。インドシナ諸国はフランスやイギリスの植民地時代で、タイでは偉大なラマ5世統治下後期、ラマ5世が西洋列強の脅威に対してチャオプラヤー川沿いに要塞を築いたのは「首都防衛要塞を行く」で詳しく書いています。

Phra Samut Chedi 2

これらの(役立たずだった)要塞の砲撃をかいくぐりフランス砲艦がチャオプラヤー川を遡り、タイに圧力をかけたのが『パークナム事件』1893年でその事もブログで詳しく書いています。結果、タイはメコン川東岸全域をフランスへ割譲する事になったタイ王国屈辱の頃でもあります。

そんな国内外が激しく動く中でも近代化を急いだタイ、タイで初の鉄道が開業したのが偶然にもパークナム事件と同じ1893年で、場所もパークナムからファランポーン近くまで走った外国資本の民間鉄道でした。またタイ初の路面電車がタイ初の舗装道路チャルンクルン通りに走ったのが翌年の1894年でもあります(画像下)。

20180510 BKK 1

バンコクの街歩きで最も好奇心を抱いた一つがこの1890年代で、最初の舗装道路チャルンクルン通り、廃線通りことターン・ロッファイ・サーイガオ通り消えた路面電車消えた線路を追ったエントリーなど多くあります

20180510 BKK 2

それはトンブリー王朝を廃して1782年に始まった現チャクリー王朝(バンコク王朝やラッターナコシン王朝とも)が100年経って、タイを近代化したラマ5世統治下(1868年 - 1910年)の時代でもあります。

ラマ5世はタイで最も尊敬されている国王のお一人です。前国王ラマ9世崩御以前は、タイで庶民の食堂や店に行くと必ずと言っても良いほどラマ5世の写真が飾られていました。

20170209 Rama5

タイの陸上交通が未発達だった時代、河川・運河など水上交通が主体と言うか、非常に進んでいたと私的には考えています。何しろ日本では戦国時代から関ケ原の戦い(1600年)をしていた頃にはチャオプラヤー川の流れを変えているのですから。これも別シリーズ「チャオプラヤー元流を歩く」で詳しく書き始めています。

20171228 Canal

そんなタイ国内外とも激動の時、タイの庶民はどう暮らしていたのでしょうか?

今も各地に残る「タラート・ロイピー百年市場」は百年以上続く古い市場の意味です。その時代に何も無かった所に急に出来たと言うのは違うのですが、なぜ百年市場が多いのでしょ?

バンコクとその周辺で言えば、主要運河の多くが1870年代に出来ています。センセープ運河は1873年、パーシーチャルン運河は1866年、ラップラオ運河が1872年・・・そしてルアンペーン古市場がある「プラウェートブリーロム運河 Prawet Burirom」は1878年 - 1880年に掘られています。

20180510 LP 4

運河が多く出来て、網の目のように繋がり、水上交通と稲作が盛んになり人が集まり集落が出来る。穀物などの全ての生産物資から、あらゆる生活物資が河川・運河を通して運ばれたでしょう。そして水上交通の要所に人も集まり市場が出来た事は言うまでもありません。

それで1890年代前後に市場が各地に出来たのではないかと推測しています。

20171106 Old Bangkok

水上交通がもっとも発達したラマ5世統治下、それは同時に皮肉にも鉄道や陸上交通の必要性が急速に高まり、水上交通は衰退して行く直前のピークだったように思えます。現に、河川と運河に面した市場の多くが今は賑わいを無くし廃墟のようになってしまった所が多くあります。

そんな滅び行く市場にスポットライトが当てられたのが10年以上前の2005年ぐらいだったか・・・村(町)おこし的に古い家屋が水辺に並び人々が集った市場を整備し、往年の賑わいを思い起こさせるようにして観光客を集めました。

それは、レトロと簡単に言い切れない・・・日本人で言えば多くの方々が「手入れされた田畑のある農村に小川が流れ茅葺屋根の民家が建っている」そんな原風景が、タイの人々にとっては「水辺沿い立つ市場に小舟がたくさん行き交う」そんなノスタルジックな風景なのではないでしょうか。

いい加減に小難しく長い前置き話を止めましょう(汗)

百年市場の定義はあいまいで、水上マーケットと区別があまりないのが実態かと思いますが、今まで水上マーケットではなく百年市場や古市場として紹介したのは以下の通りです。

フアタケー古市場
バンプリー古市場
ターナー百年市場
カーオホン百年市場
サーム・チュック百年市場
バーンマイ百年市場

最近紹介したフアタケー古市場(画像下)では『私のアパートがある区のお隣ですから、何度も行っていますが「大好きでネットには秘密にしたかったとっておきの」所なのです。』と書いています。

20171104 Hua Takhe 2

このフアタケー古市場に頂いたコメントを見る限り評判が良いのですが、今回はそれ以上の『内緒にしたい最高のお気に入り』ですからねぇ~(笑)

フアタケー古市場以外にこれも好きなバンプリー古市場もある意味同じなのですが、サーム・チュック百年市場にバーンマイ百年市場のようにギラギラとした観光客用目当ての感じがしないのです。フアタケーなんか(ネットに書いた私が言うのも変ですが)今のままで残って欲しいと思うのです。

さて、ルアンペーン百年市場はフアタケー古市場と同じでプラウェートブリーロム運河に面しています。プラウェートブリーロム運河は西端でプラカノン運河に、東端でバンパコン川に接する東西の運河で、そこに南北で60本以上の運河が繋がります。バンコク都東側でサムロン運河やセンセープ運河と同じ様な幹線運河です。

20180510 Map

上の地図のようにルアンペーン百年市場はフアタケー古市場とクローンスアン百年市場と中間にあります。ただ・・・クローンスアン百年市場は私的には有名観光地でネットで多く書かれているでしょうから、このブログでは対象外です。

またクローンスアン百年市場は同じ百年市場でもフアタケー古市場やルアンペーン百年市場と違って、趣が観光的に寄っているのであまり・・・(笑)

さてさて、やっと本題のルアンペーン百年市場ですが、独特の雰囲気があるので好きなのですが、それは何て表現するのか・・・・『賑わっていた時が去ったのを受け入れている』と私は思うのですが、寂れているのとは異なります。そう感じる人は多いでしょうが・・・

20180510 LP 5

過ぎ行く時を静かに見つめて齢を重ねる、ここに住む老人たちが「観光客なんて要らない」と言わんばかりに、ここに入り込んだ私を見つめています。

20180510 LP 6

それがなぜ最高のお気に入りになったのでしょうか・・・次回に続きます。

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2018.05.10 | コメント(4) | マーケット

トンブリー王朝の面影を探し27 バンコクノイ散策④

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

このエントリーを書いているのは4月17日です。一代限りで15年間だけのトンブリー王朝を興したタークシン王は1734年4月17日生まれで、284年前の今日にアユタヤで生まれました。そんな日にトンブリー王朝の面影を探す旅の最終回を書くのは偶然と言い切れるのか・・・

と言う事で今回がこの長いシリーズの最終回になりますが、前回はバーンブ地域の迷路のような路地を抜けたトンブリー機関車整備場に行き、蒸気機関車の話をしました。

20180408 BN 3

トンブリー機関車整備場を後にしてバンコクノイ運河沿いにチャオプラヤー川に向かって歩きます。すぐに「アルンアマリン通り Arun Amarin」がバンコクノイを渡る橋になるので、対岸(北側)に行きました。

橋の上から歩いて来た西側を見ると、機関車整備場の給水塔、バーンブ・パビリオン、ワット・スワンナラムまで見渡せます。

20171207Thonburi 18

反対の東側は右(南)にバンコクノイ駅跡に建てられたシリラート病院、その反対側(北)が「王室御座船博物館 Royal Barge National Museum」が見えて、奥がバンコクノイ運河とチャオプラヤー川の合流点です。

20171207 Thonburi 4

橋を渡り終えるとアルンアマリン通りの東側には王室御座船博物館へ通じる細い路地の入口があります。分かり難いって言うか・・・入るのがためらわれるような路地なのですが、一応アルンアマリン通りに説明板と矢印看板があります。

20180416 BN 3

アルンアマリン通りは以下の路線バスが走っているので、この王室御座船博物館へ行くには少し北へ行ったバス停を使います。

 91 アサンプション大学トンブリー校~BTSバンワー駅~民主記念塔
146 新南バスターミナルからの循環路線
149 プッタモントンサーイ2~ウォンウィエンヤイ~エカマイ
157 オームヤイ~バンワー駅~戦勝記念塔~北バスターミナル
177 バンブアトン~新南バスターミナル~戦勝記念塔の循環路線
710 BRTラチャプルック駅発のチャオプラヤー川西側循環路線

通って来たトンブリー駅やトンブリー機関車整備場へ行くには、橋を渡った先のシリラート病院前のバス停になりますが、いずれにしても橋の上にはバス停がないのでどちらも少し距離があります。

さて、何回来ても「本当にこの道が正しいの?」と思わずにはいられない細い路地を数分歩くと王室御座船博物館です。

20180416 BN 1

さて、王室御座船博物館は3年前(2015年)に行って良い印象が全くなかった残念な博物館です。博物館好きな私が「バンコク三大がっかり国立・王立施設」としたぐらいで、お勧めではなく今回も街歩きの中で通り過ぎただけです(笑)

20180416 BN 4

博物館自体は屋根付きドックです。8隻の王室御座船が展示と言うか置かれているだけ。申し訳程度に壁に御座船パレードの様子と漕手の服が展示されているが・・・メインの御座船は当然パレード時の飾りが全て無い状態なので、想像とはかなり違います。

20171207 Thonburi 20

それに入場料もあり得ない設定。大人100バーツですが、展示品をカメラで撮ると200バーツ。ビデオで撮影すると更に100バーツプラス。なぜでしょう? 撮影すると減るのでしょうか? 美術品等で撮影禁止があるのは分かりますが・・・

王室御座船博物館からさらに細い路地を進むと「アンソンリ・スンナァ・モスク Ansorris Sunnah Mosque」前に出ます。中に入るとバンコクノイ運河沿いのこの地区では珍しく広い敷地である事に驚きます。

20180416 BN 2

20180416 BN 6

現地での説明板に寄ると・・・トンブリー駅(おそらく旧バンコクノイ駅)建設で立ち退きされたモスリムの人達への代償として、ラマ5世によってこの地が与えられ建設されたモスクだそうです。運河を挟んでシリラート病院(旧バンコクノイ駅跡地)と向かい合っています。

20180416 BN 7

モスクのすぐ近くにこのエリアには似合わないホテルが出来ていました。デザイナーズホテルとかブティックホテルと呼ばれるタイプかと思いますが、車でアクセス出来ずに路地を歩くしかないのですが・・・

20180416 BN 8

ホテル名は「CHANN」、中を少し見せてもらいましたが、木を活かした造りは好感が持てて、周囲に車が走る道路が全く無いので静けさは非常に印象的です。

20180416 BN 9

ホテルからまた迷路のような路地を歩き数分、やっと車が入れるぐらいの通りに出られます。夜になってこうした迷路のような路地を歩かないとたどり着けないホテル・・・面白い趣向かとは思うのですが・・・

20180416 BN 5

さて、狭い路地を抜けた所がこのシリーズ最後のお寺「ワット・ドゥシダーラーム・ウォラウィハーン Wat Dusidaram Worawihan」で、敷地内に古代造船所跡地があります。説明が無かったので詳細不明なのが非常に残念ですが・・・

20171207 Thonburi 19

このお寺はアユタヤ時代からあったそうですが、その回廊が非常に印象的でバンコクノイ博物館の中にも画像下のようにパネル展示されていました。

20180416 BN 10

ただ・・・私が訪ねた207年末と2018年1月は回廊内に入る事も出来ませんでした。数年前に入った記憶があるのですが、その時の画像が見つかりません(汗) 本当に残念です。

ワット・ドゥシダーラーム・ウォラウィハーンから徒歩数分でピンクラオ通りに出る事が出来ます。ここは数え切れないほどの多くの路線バスが走っていますし、チャオプラヤー・エクスプレスの「N12 右岸 プラ・ピンクラオ船着場 Phra Pin Klao Bridge」も近くです。

20180416 Map

さて・・・一回のエントリー自体が長い本ブログですが、結局このシリーズは27回と非常に長くなりました。

バンコクの中でも無機質な高層ビルが建ち並ぶエリアや、観光客が列をなす所とも異なり、歴史を感じながら歩き触れる下町風情は(お江戸深川育ちの)私には心地よいものでした。それで路地一つ一つを徹底的に歩く結果になり長々と書く事になりました。

ただ・・・このブログに書けたのはほんの一部です。実際に歩いた所のほとんどが紹介しない何でもない路地や家々、そして昔から続く庶民の暮らしぶりが色濃く残る地はたくさんありました。

20180222 Map 1

最後までお付き合い頂いた読者の方々には心からお礼申し上げます。

また、「トンブリー王朝の面影を探す街歩き」はこれで終えますが、新シリーズで「チャオプラヤー川元流を歩く旅」そして「地方バスとソンテウで行くアユタヤ」と、チャオプラヤー川を遡ると同時に時代をも遡る旅に続きます。

なお、「トンブリー王朝の面影を探し」シーリーズの今までのエントリーは次の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し1 その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し2 城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し3 城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し4 城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し5 城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し6 城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し7 次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し8 傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し9 ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し10 モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し11 モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し12 タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し13 王を支えた猛将が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し14 タラート・プルー
トンブリー王朝の面影を探し15 非常に印象的な二寺
トンブリー王朝の面影を探し16 ワット・パクナム
トンブリー王朝の面影を探し17 バーンルアン水上マーケット
トンブリー王朝の面影を探し18 バーン・シンラピン
トンブリー王朝の面影を探し19 路地歩きが楽しいエリア
トンブリー王朝の面影を探し20 バンコクヤイ運河の終端
トンブリー王朝の面影を探し21 チャックプラ運河
トンブリー王朝の面影を探し22 バンコクノイ博物館
トンブリー王朝の面影を探し23 ワット・スワンナラム
トンブリー王朝の面影を探し24 バンコクノイ散策①
トンブリー王朝の面影を探し25 バンコクノイ散策②
トンブリー王朝の面影を探し26 バンコクノイ散策③

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2018.04.18 | コメント(1) | バンコク街歩き

若者達と行った都心部のナイトマーケット・ネオン

アユタヤから帰りのロットゥーで出会った若者たちとの話で、前回「さわやかな若者達と出会ったアユタヤ」の続きです

20180410 Ayutthaya

私は持病があるのと、夕食が100%自炊で夕方からキッチンに立つので、夜に出歩く事はほとんどありません。ロングステイの3年半で娘が遊びに来た時以外は5日もないでしょう。

だから、本ブログではダムヌンサドゥアックやアンパワーのような有名観光地は無視して23カ所の水上マーケットを紹介していながらも、ナイトマーケットは10カ所しか紹介していません。今も気になるナイトマーケットが5カ所もあるのですが・・・

それはバンコクって言うか、多くのアジアの国は夜になって人が集まればそこが全てナイトマーケットのように思え、別にナイトマーケットとされてなくても・・・と言った思いもありました。画像下はバンコクと周辺ではもっとも市井のナイトマーケットの姿が残るスワンナプーム・ナイトマーケットです。

20180410 Night Market

今日はそんな・・・あまり行かないナイトマーケットの話です。

アユタヤからのロットゥーをモーチット駅で降りました。そこで車中で聞いたナイトマーケット2カ所にその後の高級マッサージ店に行くのに・・・どう動くかを私のアイデアをご説明しました。

ナイトマーケット「ネオンTALAD Neon Night Market」までよかったらご一緒して、そこからの移動方法もネオンがあるプラトゥナームで説明するとしました。その方法が(ちょっと心配な)お二人にとって一番動きやすいと判断したのです。

そしてモーチットからプラトゥナームへ行く77番の路線バスに乗り込んだのです。アユタヤからロットゥーはBTSの駐車場(Park and Ride)で降りられるので、バス停は目の前です。

20180410 Mochit

バスの中でお話を聞くと・・・タイ到着時にスワンナプーム空港からホテルまでのタクシーを正規の場所でなく、(ネットに安く乗る方法と書いてあった)出発階まで上がってタクシーに乗ったらメーターではなく高額を払った事、アユタヤではトゥクトゥクに声をかけられて言うままに遺跡を巡った事、タイでは香辛料が苦手なのとお腹を壊すのが怖くてKFCとマックなどで食べた・・・など、聞けば聞くほど心配になってしまいました。

20180410Bus77

ネットなんて誰でも検証されないまま好き勝手な事を書けるので、間違いが多いし危なっかしい事もあるのは常日頃このブログで書いてある通りです。私は公式サイト以外は見ないしネット検索も避けて、自らの気ままな街歩きをブログを書いている変人ですが・・・

なんて話をしていたらプラトゥナームです。幸い路線バスの中でタイ庶民の生活の一部に触れた事も楽しまれたようです。

20180410 Pratnam 1

プラトゥナームでは「インドラスクエアー Indra Square」前でバスを降りました。道路反対側のバス停でタラート・ロットファイへ行ける73番73n番も)と514番に乗る事が出来ることをその場で説明したかったのです。

商業複合ビルの「パラディウム Palladium」でトイレに行っておきます。この先はナイトマーケットになりますから(苦笑)

ネオンに向かって歩きながら途中に・・・カオマンガイ店ガイトーンに入りました。ちょっと小腹が空く夕方で軽く食べるのにはちょうど良いでしょう。『町中の食堂だ!』と驚かれていましたが、まずお腹を壊すようなものではなく、観光客に人気なのも旅行者には良いものです。私自身は3年前に娘と入ったのが最後でしたが(笑)

20180410 Kai Thong

本ブログは「ワインと食」が前身ですが、タイでは『ランチを○○で食べた。美味しかった』のような陳腐なブログが多いので、食べログ的エントリーをしないようになりました。その中でも珍しく「極上カオマンガイは?」をエントリーしています。

最初は恐々と食べられていましたが美味しかったようで完食されました。そしてネオンに行く前に両替をしたいとの事なので、「両替はどこで?」で書いた通り、幸いタイで両替に最も適した地がすぐ近くです。時間が遅くてオレンジと緑のスーパーリッチは閉まっていましたが、青のスーパーリッチが開いていました。

20180410 Super Ritch

両替の行き帰りにセンセープ運河を渡りますが、日没直前で一日の労働を終えた方々が帰宅の足で運河ボートを使われています。船着場が山手線のラッシュアワーのホームのように混雑しているのが分るでしょうか? 若者達は驚かれていましたが、(旅行者には非推薦ながら)私が日常的に使う足でもあります(笑)

20180410 Pratnam 2

さてやっとナイトマーケットのネオンです。場所はペッブリー通りに面してパラディウムの東です。私的にはバンナー方面から高速経由の路線バスが一般道に出てすぐ通るので、週に一度は必ず目の前を通りますが・・・夜はまず出歩かないので一度も入った事はありません。それも若者たちにお節介して付き合った理由の一つです。

20180410 Neon 1

2016年末頃のオープンだったと思います。それまでは空き地を駐車場としてまとまりなく露天商が出ていた記憶があります。都心部の場所柄から観光客目当ての庶民のナイトマーケットではないのは明らかなので、私が好きなマーケットではないのですが、とにかく一度は入りたかったので良い機会でした。

20180410 Neon 2

ネオンに行くまで何軒かの屋台の前を通り、マンゴーなど果物に反応されていました。食べたかったのですが、怖くて今まで食べられなかったようです。タイに来て豊富な果物を食べないと帰るのは罪です(キッパリ) 早々にネオンで食べる事にしました。

20180410 Neon 3

マンゴーはこの時ちょうど旬で安いとキロ30バーツ台後半から買えます。今はちょっと上がって帰路45バーツ以下は無理かも、私は今も毎日マンゴー1個を食べています。

実は・・・ここまでの色々な話をしてちょっと若者たちが心配になっていました。十分に楽しまれていますが、もっと楽しいタイなのに・・・そんな思いがして、少しだけ背中を押してあげたかったのです。もちろん無理強いせずに私が一緒に居る事で挑戦しやすいように考えたのです。

20180402 NM 1

色々な話をしましたが・・・詮索するような事は意識して避け、名前など個人的を一切聞きませんでした。ただハッキリ言えるのは、この若い二人に好感を抱いた事です。タイで一緒の時ぐらい応援したいような・・・

そこでネオンの後にタラート・ロットファイまでお連れするので、時間と場所を決めてしばらくしたらまた会う事を提案しました。ナイトマーケットの中までオッサンが一緒するのは気の毒ですしね。

20180402 NM 2

さてネオンですが、一般的には木曜(あるいは金曜)から日曜までの営業が多い中、水曜日も営業しているのは間違えありません。実体験で試したわけではないのですが、月曜は休みで火曜日はちょっと分かりません。オープン時間は意味なく日暮れから真夜中ぐらいでしょう。よく時間を書いているネットがあるかと思いますが、明るいうちに行っても閉まっている店が多いと思います。

20180410 Neon 5

特徴は都心部にある事、その為に観光客が多くざっと見てタイの方々と半々ぐらいでしょうか。

20180410 Neon 4

ナイトマーケットの構成はペッブリー通りから見て右側(東)が飲食店で、左(西)が衣料雑貨の店です。そして奥(北)にBarのように飲む所があります。

20180410 Neon 6

20180410 Neon 7

ナイトマーケット・ネオン・・・庶民が一日の終わりに食べたり店を冷やかす市井のナイトマーケットではないものの、観光用ナイトマーケットだけの感じでもなく、当たり前ながら半々の感じ。都心部に滞在の方々が夜にあまり近郊まで出かけたくない場合は選択肢の一つに十分になるでしょう。

20180410 Neon 8

さて、ネオンで無事合流し次に向かう事にします。三人なのと私が一緒なのでタクシーで向かう事にします。プラトゥナームからラチャダーまで普通なら60バーツ前後でしょうから、(私はどこへ行くにもバスですが)人数があれば路線バスを使う必要がありません。この日は渋滞していて90バーツちょっとでしたが・・・

ラチャダピセーク通りの「エスプラネード Esplanade」前でタクシーを降りて、エスプラネードの1階を通って近道です。「タラート・ロットファイ・ラチャダーRot Fai Night Market Ratchada」・・・来た事がありますが3年ぐらい前の事です。私は本店とも言えるタラート・ロットファイ・シーナカリンがアパートから歩いて行けるので、あまり来る事はないのです。

20180410 Rotfai 1

いやぁ、混んでいますねぇ~ 本店(くどい?)のシーナカリンが木曜~日曜のオープンなので少し不安でしたが、ここも水曜日に開いていました。そして都心部で地下鉄から徒歩数分ですので、タイの方々、在住の外国人、観光客と客層も広く賑わっています。

シーナカリンが遠くて不便だとラチャダーにも出来た直後はスカスカだったのですが、以前に比べて出店の密集度がかなり上がっていました。

20180410 Rotfai 2

ここなら若者たちも時間がいくらあっても足りないぐらい楽しめるでしょう。そして、タラート・ロットファイからは地下鉄が目の前なのでお二人だけでも移動は簡単でしょう。私も安心して別れられます。

夜に出歩く事が全くない自分、タイでは人付き合いを意識して避けている自分・・・そんな私にとって、偶然出会った若者と数時間過ごしたバンコクは、熱帯の夜には珍しく爽やかな風が流れたと感じていました。

見ず知らずの娘や息子のような・・・いや、孫でもおかしくない若者たちですが、その後もしばらく楽しまれているのか、お腹を壊していないか、無事に日本へ戻ったのか・・・そんな事を気にしてばかりいました。

20180410 Map

最後に今までエントリーしたナイトマーケットは以下の通りです。

タラート・ロットファイ 4
スワンナプーム・ナイトマーケット
リアブドゥアン(高速道路沿い)・ナイトマーケット
カセートナワミン・ナイトマーケット
サイアム・ジプシー・ジャンクション
スアンルム・ナイトバザール
タラート・ロットファイ・シーナカリン
ラムカムヘン大学前・ナイトマーケット
ナイトマーケット JJグリーン
タラート・ロットファイ・ラチャダー

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2018.04.10 | コメント(7) | マーケット

トンブリー王朝の面影を探し26 バンコクノイ散策③

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

前回はバーンブ地域の迷路のような路地を歩き、この地区にアユタヤから移り住んだカンノンヒーンと呼ばれるブロンズ製器の職人集団の痕跡を見ました。

20180327 BB 6

実はこの小さな旅は昨年末にしていますが、最近の旅でアユタヤを歩いた時があって、その時にアユタヤ時代のブロンズ器を「チャンタラカセーム国立博物館 Chantharakasem National Museum」で見ました。

20180408 Museum 1

説明文が「アユタヤ時代の銅器」としかないので、博物館の係員に色々聞いたのですが、まさかのゼロ回答でした。英語もほとんど通じないしアルバイトかな?(苦笑)この博物館の性質とアユタヤの特徴から、王室関係者の所持品で海外から持ち込まれた物かも知れませんねぇ~

さて、話を現在のトンブリーに戻して・・・

空も狭く見える細い路地を抜けて「トンブリー機関車整備場Thonburi Locomotive Garage」に出ました。

20171120 Thonburi 13

現地の説明板によると、南本線の起点駅だった今は無い「バンコクノイ駅 Bangkok Noi St.」と一緒に造られたそうです。この駅は度々本ブログで登場していますが、トンブリー駅から800mほど離れたバンコクノイ運河とチャオプラヤー川が合流する角にあった終着駅でした。

20171207 Thonburi 10

上の古い写真を見ると左上の角にトンブリー機関車整備場が写っています。別な(バンコクノイ博物館で撮った)写真を見ると・・・トンブリー機関車整備場には転車台があったのですねぇ~

20180408 BN 1

画像上では上部にバンコクノイ運河、そして今も見える給水塔も写っています。1903年の開業(バンコクノイ駅~ペッチャブリー駅間)の後はドイツ製蒸気機関車が走っていたのではないかと思いますが、第2次世界大戦をきっかけに日本製蒸気機関車が主流となりました。画像下はJesada Technik Museumのドイツ製蒸気機関車です。

SLC 184

ここでは特にバンコクノイ駅を起点とした泰緬鉄道を思わずにはいられません。ビルマ戦線への物資輸送の為に戦時中の1942年に建設開始し、戦局悪化の中での難工事に連合国捕虜も含めて人海戦術で強引に建設され1943年の完成です。しかし、完成後も何度も爆撃を受け多くの人と蒸気機関車も犠牲となりました。映画「線上に架ける橋」は有名ですね。画像下はアユタヤのバーン・オランダで撮った写真です。

20180408 Museum 2

またバンコクノイ駅はタイ映画やドラマの『クーカム』(メナムの残照)の重要な舞台になっており、連合軍により爆撃されるシーンも出て来ます。そんなビルマ戦線の時代さえ思い起こさせる地でもあります。

20180408 BN 2

これも現地説明板によるとタイ最後の5両の蒸気機関車(the last five stem locomotives in Thailand)が整備されているそうです。全て日本製でC56型がタイ国鉄での番号で713と715番、パシフィック型が824と850番(画像下)、ミカド型が953番で5両です。

20180408 BN 3

私は人(なかでも日本人)が多く集まる華やいだ所が苦手なので見に行った事はありませんが、記念日などにタイ国鉄が蒸気機関車を走らせていて、ファランポーン~アユタヤ間はパシフィック型だと思います。カンチャナブリー方面はC56と思っています。画像下は713番(C56 15)で、その後方もC56だと思います。

SLC56 183

このC56型に関しては最近別なエントリーでも買いたいのですが、1941年末に軍事供出されて90両 (C56 1~90) がタイとビルマに送られ、あの有名な上記の泰緬鉄道の主力機関車として使われました。トンブリー機関車整備場では動態保存ですが、タイ各地で静態保存のC56を見る事が出来ます。

画像下はタイ映画博物館の「C56 47(738)」でその下はファランポーン駅の「C56 16(714)」です。

20180331 Film Museum 6

SLC56 182

そして、戦火を越えた2両のC56が日本へ戻されました。「C56 31」は靖国神社の遊就館で出征帰還の機関車として静態保存されています。「C56 44」は大井川鐵道で「きかんしゃジェームス号」として動態保存されています。

SLC56 181

ミカド型の950番は今は無いタイ国鉄南本線の終着駅だったバンコクノイ駅跡に静態保存されています。目の前がチャオプラヤー・エクスプレスの船着場で「N11 右岸 ロットファイThonburi Railway」英語表記を訳すと「トンブリー・鉄道駅桟橋」ですねぇ~

20171207 Thonburi 7

さて、この機関車整備場は2回ほど行って最初は野犬に追われて近づけませんでした。2回目はそのトラウマで遠くから見ただけなのが残念です。整備場が特に立ち入りを禁止しているようには見えないので、作業の方に頼めばかなり近くで見られるように思うのですが・・・

その機関車整備場から延びる線路の一つは広く荒れた地に消えていきます。終端線路の先に建つのが大きなシリラート病院のビルで、バンコクノイ駅跡に建てられました。

20171207 Thonburi 3

さて・・・なかなか終わらない本シリーズですが、次回は本当に最終回です(たぶん・・・)。バンコクノイ運河をアルンマリン橋で渡り、運河の北側からピンクラオ橋に向かいます。

20171207 Thonburi 5

20180327 Map

「トンブリー王朝の面影を探し」シーリーズの今までのエントリーは次の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し1 その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し2 城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し3 城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し4 城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し5 城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し6 城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し7 次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し8 傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し9 ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し10 モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し11 モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し12 タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し13 王を支えた猛将が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し14 タラート・プルー
トンブリー王朝の面影を探し15 非常に印象的な二寺
トンブリー王朝の面影を探し16 ワット・パクナム
トンブリー王朝の面影を探し17 バーンルアン水上マーケット
トンブリー王朝の面影を探し18 バーン・シンラピン
トンブリー王朝の面影を探し19 路地歩きが楽しいエリア
トンブリー王朝の面影を探し20 バンコクヤイ運河の終端
トンブリー王朝の面影を探し21 チャックプラ運河
トンブリー王朝の面影を探し22 バンコクノイ博物館
トンブリー王朝の面影を探し23 ワット・スワンナラム
トンブリー王朝の面影を探し24 バンコクノイ散策①
トンブリー王朝の面影を探し25 バンコクノイ散策②

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2018.04.08 | コメント(2) | バンコク街歩き

こんな所に日本製蒸気機関車が@映画博物館

数日前(2018年3月28日)ですが、BMTA(バンコク大量輸送公社)管轄路線バスにおいて新型車両が実運行に投入された事を確認しました。

Bu138New Mochit

現在は以下の7路線への投入ですが、投入台数が一番多いのは138番でほとんど切り換えたように思えます。一方、141番は10台と車両の一部が切り換えられた印象です。

 20 ターディンデーン~プラサムットヂェーディ 15台
 21 ワット・クサーン~チュラロンコーン大学 15台
 76 サメーダム~ルンピニー公園 10台
105 マハーチャイ・ムアンマイ市場~ウォンウィエンヤイ 25台
138 プラプラデーン~北バスターミナル 30台
140 サメーダム~ラマ2世通り~戦勝記念塔 25台
141 サメーダム~サイアム(MBK) 10台

「上海申龍客車(通称;申龍)」製の車両で、一年以上前ですが489台中第一回納入87台と第2回納入99台がアセアン製(マレーシア)とならずに差し押さえられた過去を持つ車両と同型です。その時は長く荷揚げされた車両はレムチャバンなどで野ざらしになっていましたが、その後どうなったのか?

その差し押さえされた車両か別車両なのか?までは分かりませんが、同型車両は本年2018年1月にBMTA管轄ではない新たな民営化路線としてR26E番ですでに使われています。

Bus R26E Outside

すでに何度もこの車両に乗っていますが、私的には好きな車両ではないのでこの車両が増えるのはちょっと・・・

嫌いな理由はサスペンションが硬過ぎるのと座席数が少なく、またその座席も全て位置が良くない事です。バリアフリー(それ自体は当然良い事ですが)を意識し過ぎての変な造りなったのだと思います。

この民営化新路線は2018年1月にR26E番と同時にY70E番もスタートする予定だったのですが、その時に車両が1台しかなくて営業開始出来ませんでした。1ヶ月以上経った2018年3月になってやっと通常運航になり、前回その全容をエントリーしたばかりです。

BusY70E Mochit

このY70E番の車両は私的には気に入っているのですが、ミニバスで21席がぎっしりと設置されているので立ち席が出るとどうなるのか? いずれにしても新型車両が多く投入されるのは歓迎です。

さて、前置き話はこれぐらいで本題に入りましょう。

この民営化新路線であるY70E番に何度か乗ったので、久しぶりにバンコク都西のナコーンパトム県サーラーヤーに行く事になりました。

その時に、今まで全く気付かなかった事に出合ったのです。それが今回のお題の「映画博物館Thai Film Museum」です。

20180331 Film Museum 1

ここは前もって情報を得て意識して行かないと・・・なかなか気付かないですねぇ~ 2016年にすぐ前を何度か歩いてはいるのですが(汗) 近くのラーチャモンコン工科大学関係者か私のようにバスの終点まで乗りたい人以外には用はないし、周囲は殺風景な郊外の幹線道路沿いそのものですから。

20180331 Film Museum 2

画像上の白く曲線が特徴のビルがある敷地が「ラーチャモンコン工科大学ラッターナコシン校サーラーヤー・キャンパスRajamangala University of Technology」で、ここが路線バスY70E番515番サーラーヤー~戦勝記念塔)の起点(終点)になります。この大学入口の北300mが映画博物館入口です。

20180331 Film Museum 3

画像上のように見て分かるような施設の入り口がなく、あらためて見ても何かのお店の駐車場みたいな感じがします。ただ・・・よく見れば、絶対に私が素通り出来ないアレが見えていますねぇ~(笑)

20180331 Film Museum 4

そのアレとは・・・日本製蒸気機関車C56の「C56 47」が映画のセットのように置かれているのです。C56は戦前の1935~1939年に日本で160両生産された小型軽量の蒸気機関車です。

Film Museum 182

1941年末に軍事供出されて90両 (C56 1~90) がタイとビルマに送られ、あの有名な「泰緬鉄道Thai-Burma Railway」の主力機関車として使われました。運転台横には738と番号が記されていますが、46両がタイ国鉄700形 (701 - 746) として登録されています。

20180331 Film Museum 6

映画「線上に架ける橋」で有名になりカンチャナブリーへご旅行される日本人も多いかと思うのですが、泰緬鉄道はビルマ戦線への物資輸送の為に戦時中の1942年に建設開始した多くの不幸な話がある鉄道です。

20180331 Film Museum 5

戦局悪化の中での難工事に連合国捕虜も含めて人海戦術で強引に建設され1943年の完成です。しかし、完成後も何度も爆撃を受け私的にはこの鉄路とそこを走った蒸気機関車には悲しい思いがどうしてもしてしまいます。ここでは映画博物館らしくシネマ駅の設定で駅舎もセットになっていますねぇ~

20180331 Film Museum 7

C56に関して興味深い話があります。タイに送られ無事戦後を迎えたC56の中で2両が日本へ戻されました。C56 31は靖国神社の遊就館で静態保存されていますが、出征帰還の機関車ですね。そしてC56 44は大井川鐵道で動態保存されていますが・・・「きかんしゃジェームス号」になっちゃいました(汗) (画像下は大井川鐵道サイトから拝借です)

SLC56 181

タイではここ以外にバンコク中央駅ことファランポーン駅にも静態保存されています。中央駅を出た列車で進行方向左を見ているとホームを離れてすぐ見えるはずです。12番線の先で歩いても見に行けます。これはC56 16(タイでは714)ですねぇ~

SLC56 182

また泰緬鉄道の起点駅だったバンコクノイ駅(今はありません)近くのトンブリー機関車整備所には2両が動態保存されています。画像下は他の機関車の後方なので見難いですが、C56 15(713)です。煙(たぶん蒸気かな)が出ている気がしますが・・・

SLC56 183

まだまだタイの蒸気機関車に関しては裏話があって、映画博物館にあるC56 47は以前エカマイの科学教育センター敷地内に放置されていた蒸気機関車に思えるのです(未確認)。「科学教育センター」にも書いていますが、3年前に行ってその時無かったので館内事務所で尋ねたのですが、『数年前に列車関係はナコーンパトムへ移動した。詳細は知らない』と言われていました。

C56でも日本製でもありませんが、このサーラーヤーからソンテウで行ける乗物博物館ことJesada Technik Museumにも古い蒸気機関車が放置されています。日本製蒸気機関車がタイで使われる以前はドイツ製が主だったようですが、ドイツ・ハノーファーの蒸気機関の会社Hanomag製です。「ナコーンパトム⑥野犬が守るYS-11国産旅客機」からたどれます。

SLC 184

乗物好きな方はこうした古い蒸気機関車を訪ねてナコーンパトムへ行くのも良いかも知れません。

さて話を映画博物館に戻しましょう(汗)

敷地内は映画撮影のセットのようになっています。また街角に映画に関係した人々をモチーフとした像があります。映画通なら(私は映画を観るのが好きなだけ)きっと謂れがお分かりでしょう。

Filum Museum 181

20180331 Film Museum 8

中の説明を読むと「タイ王国文化省芸術局The Fine Arts Department」の下部組織として「フイルム・アーカイブFilm Archive」は1984年に設立されたそうです。組織名から想像するにタイ映画の保存活用が目的だったのでしょう。それがサーラーヤーに移されたのが1990年だそうです。

20180331 Film Museum 9

20180331 Film Museum 10

サーラーヤーに移された後に「タイ・フイルム・ミュージアムThai Film Museum」となったようですが、今の姿になったのはそれほど昔の事ではないでしょう。

20180331 Film Museum 12

敷地内には平日も入れますが、中の施設は土日祝以外は入れない部分もあります。私は平日に行きましたが、敷地内で結婚式もあって建物内部にはほとんど入れませんでした。また、実際に観客を入れて映写される映画もあるようです。きっとそれを楽しみな方もおられるのでしょう。

20180331 Film Museum 11

さて行き方ですが、以下の路線バスでアクセス可能です。お勧めは本数が多い515番で余計な所を通らず、ルート上の渋滞発生も戦勝記念塔周辺だけなので70~90分で戦勝記念塔から行けるでしょう。23バーツです。

モーチット駅から民営化新路線Y70Eは本数が若干少ないですが高速経由なので乗車時間は最短でこれもお勧めです。45バーツです。

エアコン車は行先を告げますが『サーラーヤー』と何度か言えば通じるはずです。

 84n サーラーヤー~BTSバンワー駅~ウォンウィエンヤイ
124 サーラーヤー~新南バスターミナル~王宮広場
388 サーラーヤー~パークレット
515 サーラーヤー~新南バスターミナル~戦勝記念塔
547 サーラーヤー~ペッカセーム通り~ラマ3世橋~ルンピニー公園
Y70E サーラーヤー~新南バスターミナル~高速経由~モーチット駅

20180331 Map 2

20180331 Map 1

さて、バンコク都とその周辺県の多くの博物館を訪れていますが、過去の博物館だけのエントリーは以下の通りです。

バンコクノイ博物館
グディ・ジーン博物館
バンランプー博物館
ジェッサダ・テクニック・ミュージアム(乗り物博物館)
ナショナル・メモリアル
バンコク水族館
花文化博物館
蓮ミュージアム
海軍博物館
タイ空軍博物館と航空公園
空軍博物館1
科学教育センター
王室御座船国立博物館
サイアム・ミュージアム
ラッタナーコシン博物館
国立博物館(ナショナル・ミュージアム)
バンコク・フォーク・ミュージアム
カムティエン・ハウス博物館
切手博物館

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2018.03.31 | コメント(4) | 博物館・パーク等

トンブリー王朝の面影を探し25 バンコクノイ散策②

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

前回はトンブリー駅からバーンブ地域と呼ばれるエリアを訪ね、古い薬局や梁が無い特徴的な造りのワット・トン市場(ライカーン市場)にも行って、この地域の特徴について書きました。

20180321 BN 11

20171203 Thonburi 1

20180321 BN 6

興味深い所が多いトンブリー地区でも、このバンコクノイ運河沿いの「バーンブ地域Ban Bu Community」は特に好奇心を刺激してくれます。

それは、地域の特徴が最も現れている「カンノンヒーンKhan Long Hin(Stone Polished Bronze BowlsとかStone Finished Bowls)」と呼ばれるブロンズ製(青銅)の職人集団が住んでいた事でしょう。

20171120 Thonburi 8

現地の説明板に寄ると、アユタヤから移り住んだカンノンヒーンの職人集団はバーンブ地域でその仕事を再開したそうです。当時このエリアのほとんどの家々にブロンズを作る仕事場(工場)があったと記されています。

20180327 BB 1

それが現在は一か所だけ残っていて、ブロンズ工房の「Jiam Saeng Sajja Bronze Factory」がまだ活動を続けています。そこへ向かいましょう。

まずバーンブ地域の中心となっているワット・トン市場から運河に沿うように細い路地を東に向かいます。

20171120 Thonburi 4

非常に狭いエリアなので1~2分も歩くとブロンズ工房に着きます。まるで迷路のような路地奥ですので、意識して歩かないと通り過ぎてしまいます。

20180327 BB 2

実はこのエリアは2006年1月に火事で35軒が焼けています。この工場も完全に焼け落ちたと聞いたのですが、火災後に活動を再開したようです。ただ、私が訪れた時は工場の作業自体は行われていませんでした。

20180327 BB 3

20171120 Thonburi 9

たまたまお休みだったのか、ブロンズを作る工程がここでは行われていないのかは分かりません。ただ、行程の説明は現場のパネル板にあったので興味深く学ばせていただきました。

20180327 BB 4

全て手作業で作られるブロンズですが、現場でのパネル説明を簡単にまとめると次のような工程になります。日本語訳は私が勝手に推測した内容も含むので専門家が見ればおかしいのかも知れませんが、ご勘弁を。

1、Heating and knocking(加熱と叩き)
2、Shaping up(整形)
3、Lathe(旋盤)
4、Filingh(やすり仕上げ)
5、Polishing(磨き)
6、Final Shine(光沢だし)

いずれにしても暑いタイで熱を使っての作業をするには、過酷過ぎる環境ですねぇ~ 実際に作業が行われていたとしても、とても私には見続けられなかったでしょう(汗)

20180327 BB 5

工場内に冷房が効いた事務所があってブロンズ製品が展示されていました。中に入って見せて頂いていたのですが、ガイドに連れられたドイツ人ご婦人方が来訪されました。こうしたブロンズにご興味があるのか、いくつか買いそうな雰囲気です。上客の対応に忙しくなったので私は退散しましたが、出来れば価格を聞きたかったものです・・・

20180327 BB 6

さて、路地に戻って・・・さらに路地を東に向かいます。後でGoogleMapsを見ましたが、地図になっていない路地です。私は知らない地で方向感覚と脳内地図を頼りに手ぶらで歩く日々なので、(野犬とどんな所でも走るバイク以外は)不安はありませんが、スマホや地図が無いと歩けない方は要注意です。

20180327 BB 8

路地の中で今度は「バーンブ・コレクション・ステンレスBan Bu Collection Stainless」なる建物がありました。閉まっていたのでコレクションを展示しているのか、工房なのかは分かりません。

20180327 BB 7

例によって説明板を読むと・・・ここも以前はカンノンヒーンの工場だったそうです。それが第2次世界大戦後にカンノンヒーンの技術を使い、材料をブロンズからステンレスにして製品を作ったそうです。日本語だと何と言うのか?「打ち出し」でしょうか?ハンマーで叩きながら製品を作り出す手法のようです。

さらに路地をチャオプラヤー川がある東に向かってあるくと、今度はこの路地の似合わない近代的?な建物が現れました。「バーンブ・パビリオンBan Bu Pavilion」です。パビリオンとは仮設建築物の意味があり、展示館などにも使われるのですが、ここは外から見る限り(この地区ではお洒落な)集合住宅のようです。

20180327 BB 9

ここの説明板は何度読んでも具体的な事が書いていないので、中身がないのですが・・・バンコクでは大富豪がこうしたパビリオンを建てて貧しい人達を住まわせる事がよくあるそうです。お寺に関してとか、財産の価値を上げる等の説明がありますが、私には理解できませんでした。こうしたパビリオンがこのバーンブ地区には多く、ここもその一つのようです。

読解力がなくて、うまく説明できずに、すいません。

20180327 BB 10

路地の中を歩けば1分毎に色々現れる狭いエリアですが、さらに東に向かい歩きます。路地の中では狭い空ですが、少し開けた所でトンブリー機関車整備所の給水塔が見えました。そろそろ路地を抜けそうですねぇ~

20180327 BB 11

路地を抜けた所が「トンブリー機関車整備場Thonburi Locomotive Garage」でした。路地側から行くと突然目の前に現れる感じです。画像下で右が路地の入口です。

20180327 BB 12

20171120 Thonburi 13

長くなったので、また次回に続きます。次回はトンブリー機関車整備所から始めますが・・・いよいよこのシリーズも終わりに近づいてきました。

20180327 Map

最後に、「トンブリー王朝の面影を探し」シーリーズの今までのエントリーは次の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し1 その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し2 城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し3 城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し4 城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し5 城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し6 城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し7 次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し8 傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し9 ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し10 モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し11 モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し12 タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し13 王を支えた猛将が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し14 タラート・プルー
トンブリー王朝の面影を探し15 非常に印象的な二寺
トンブリー王朝の面影を探し16 ワット・パクナム
トンブリー王朝の面影を探し17 バーンルアン水上マーケット
トンブリー王朝の面影を探し18 バーン・シンラピン
トンブリー王朝の面影を探し19 路地歩きが楽しいエリア
トンブリー王朝の面影を探し20 バンコクヤイ運河の終端
トンブリー王朝の面影を探し21 チャックプラ運河
トンブリー王朝の面影を探し22 バンコクノイ博物館
トンブリー王朝の面影を探し23 ワット・スワンナラム
トンブリー王朝の面影を探し24 バンコクノイ散策①

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2018.03.27 | コメント(0) | バンコク街歩き

トンブリー王朝の面影を探し24 バンコクノイ散策①

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

前回はワット・スワンナラムを訪れました。アユタヤ時代に建立されトンブリー王朝時代にはビルマ兵の捕虜収容所や処刑場に使われましたが、現チャックリー王朝になってからは何度か修復され、その壁画など見るべきものが多いお寺です。

20171209 Thonburi 1

ワット・スワンナラムを後にして、古い木造家屋が並ぶ路地を歩き運河とは反対方向になる南に向かって歩きました。

20180321 BN 1

人がやっと歩けるような細い路地を行くと・・・いきなり線路に出ます。タイ国鉄南本線で起点であるトンブリー駅を出たばかりの線路です。

20180321 BN 2

住宅が密集するバンコクでは線路と人の生活エリアが密接しています。正しくは密接と言うよりかぶっている所も多くあります。マハーチャイ線はほぼ全線で、南本線ではトンブリー駅からタリンチャン駅までがこうした感じです。

20180321 BN 3

ちょうどトンブリー駅を出た列車をやり過ごしてから、線路沿いを歩いて「トンブリー駅Tohonburi St」に向かいました。

20171207 Thonburi 1

タイ国鉄南本線は1927年開通のチャオプラヤー川上流に最初に架かったラマ6世橋の開通で、チャオプラヤー川左岸(東側)に渡り多くの列車がファランポーン駅発になりました。ただ、正式にはまだトンブリー駅が南本線が起点となっています。

20171207 Thonburi 11

タイ国鉄の距離表を見るとトンブリー駅は起点駅から0.87kmとなっており「Distance measured from defunct Bangkok Noi (old Thon Buri) Station」とあるので、まだ「バンコクノイ駅Bangkok Noi St.」は国鉄距離表の中に生きているのですねぇ・・・

20180321 BN 11

バンコクノイ駅はバンコクノイ運河がチャオプラヤー川と合流する所にありました。2003年だったか?敷地をシリラート病院に明け渡し現在のトンブリー駅へ移ったのです。15年ほど前の事なので読者の中にはバンコクノイ駅を知る人も多いかと思います。

20171207 Thonburi 10

さてトンブリー駅の先にある「トンブリー機関車整備場Thonburi Locomotive Garage」はこの後で行くので、駅の西側でまたバンコクノイ運河に向かって路地に入ります。2~3分も歩けば古い薬局にたどり着きます。

20180321 BN 4

今でも現役で営業中の薬局「Sanguan-Osot」です。こうした薬局を見ると中に入って「写真を撮らせて下さい」と頼まずにはいられません(苦笑)

20171203 Thonburi 1

前回エントリーのバンボーでも古い薬草・漢方店を見つけ、写真を撮らせてもらいましたが、その店は漢字が残っていました。トンブリーのこの店はタイ語だけですねぇ~

Bang Bo 181

実は、まだエントリーしてないのですが、長い間バンコク都と周辺県であらゆる所を街歩きをして最も気に入っている所があります。日本や英語でのネットでは間違いなく書かれた事がないでしょうし、タイ人でも知る人は非常に少ないでしょう。そろそろ書いても良いかと思い始めているのですが・・・そこにも古い薬屋さん(画像下)があって、中での作業まで見せてもらっています。

20180321 LP 1

話をトンブリーに戻しましょう(汗)

この古い薬局があるのが「ワット・トン市場Wat Thong Market(ライカーン市場Rai-Kan Market)」です。前回に書きましたがワット・トンとはワット・スワンナラムの以前の寺名で、地元の方々はタラート・ライカーンと呼ぶそうです。

20180321 BN 5

タラートが市場の意味なのは本ブログ読者なら誰もが知る事でしょう。「ライカーンไร้คาน」は英語にすると「ビームBeam」です。ビームって、ウルトラマンが腕を縦と横に交差させて出すビーム(光線)の意味もあるのですが(笑) 建設構造上では「梁(はり、りょう)」を意味します。

20180321 BN 6

(旗が邪魔ですが)画像の屋根の部分が非常に特徴的なのがお分かりになるでしょうか?地面から垂直に立てた柱と柱の間を横に繋げて強度を保つ「梁」が無いと言うか・・・屋根の形に合わせたようなカーブした梁で屋根を支えています。これを梁と呼ぶのか分かりませんが・・・

20180321 BN 7

いずれにしても、この特徴的な屋根の構造で天井が解放された市場の空間を造っています。いつからこの市場が利用されたのか定かではないようですが、現地での説明板では80年以上の歴史はあるようです。

20180321 BN 8

この市場の南側はバンコクノイ運河に面していますが、他の三方は車もアクセス出来ないような狭い路地ばかりです。その為か水運中心から陸運中心となった現在では市場としての機能は少ないようです。それでもここが今も残っているのは・・・きっとこの地域が持つ歴史と人々が必要としているからでしょう。

20180321 BN 9

その地域と人々は「バーンブ地域Ban Bu Community」と呼ばれています。現地説明板に寄ると・・・トンブリー王朝後のチャックリー王朝はラッターナコシンをアユタヤを真似るように街造りをしたそうです。

20180321 BN 10

アユタヤが川で囲われた地であった事から、王宮などがあった中心部を堀とチャオプラヤー川で囲い「ラッターナコシン島」と呼んだ事はよく知られていますね。職人など専門職が集まった地域を造り、そこをアユタヤ時代と同じ名を付けたそうです。日本でも同じような地名がありますよねぇ~ 鍛冶屋町みたいなイメージだと思います。

20171120 Thonburi 4

今はそうした地域が少なくなりましたが、このエリアにはそうした特徴がまだ一部残っているそうです。だからこそ市場の機能は薄れてもタラート・ライカーンは大切に残されているのでしょう。

20171120 Thonburi 8

バンコクノイ運河のワット・スワンナラム側でタラート・ライカーンを中心としたバーンブには、「カンノンヒーン ขันลงหิน Khan Long Hin(Stone Polished Bronze BowlsとかStone Finished Bowls)」と呼ばれるブロンズの器を作る人達のコミュニティーがあり、今でも一か所だけですがその工場を見る事が出来ます。

さて・・・どんどん深みにハマるようにトンブリー地区を街歩きして長く経ちますが、次回はブロンズ工房とトンブリー機関車整備場へと向かいます。

20180321 Map

最後に、「トンブリー王朝の面影を探し」シーリーズの今までのエントリーは次の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し1 その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し2 城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し3 城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し4 城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し5 城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し6 城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し7 次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し8 傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し9 ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し10 モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し11 モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し12 タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し13 王を支えた猛将が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し14 タラート・プルー
トンブリー王朝の面影を探し15 非常に印象的な二寺
トンブリー王朝の面影を探し16 ワット・パクナム
トンブリー王朝の面影を探し17 バーンルアン水上マーケット
トンブリー王朝の面影を探し18 バーン・シンラピン
トンブリー王朝の面影を探し19 路地歩きが楽しいエリア
トンブリー王朝の面影を探し20 バンコクヤイ運河の終端
トンブリー王朝の面影を探し21 チャックプラ運河
トンブリー王朝の面影を探し22 バンコクノイ博物館
トンブリー王朝の面影を探し23 ワット・スワンナラム

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2018.03.21 | コメント(2) | バンコク街歩き

トンブリー王朝の面影を探し23 ワット・スワンナラム

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

前回はスワンナラム高校内にある教室の一室を使ったような「バンコクノイ博物館Bangkok Noi Museum」を紹介しました。博物館と書いていますが実態は郷土資料館で、管理人も居ない時が多くなかなか入れません(笑)

20180307 BN 8

ここからバンコクノイ運河沿いにチャオプラヤー川に向かって歩きますが、実は街歩きをする中で画像下のような「バンコクノイ散策道」(勝手に名付けました)の案内図を見かけました。

20180315 Map 1

実は、今回のトンブリー地区の街歩きの中で多くのこうした散策案内図を以下の様に見かけました。タイの人々にとっても街歩き、路地歩きをするのに面白い所なのでしょう。

グディ・ジーン
20180315 KC

グディ・カオ
20180315 KK

タラート・プルー
20180117 TP 4

バーンルアン
20180210 BL 13

これらはほとんどがタイ語のみで小さな画像では読み取れないでしょうが、ご安心ください。こうした案内図に書いてある所は全て本ブログで書いていますし、それ以上を紹介していますから(苦笑)

多くの散策道があるトンブリー地区ですが、結論から言えばここまでこのブログを通して読まれている方なら是非訪れたい地であると言えます。そこは今までのように歴史的な意味合い、運河沿いの風情、庶民の暮らし・・・と言った意味ではなく、変化に富んでいるからです。

20180307 Map

さて、バンコクノイ博物館がある高校のすぐ裏、バンコクノイ運河よりが「ワット・スワンナラムWat Suwannaram」です。

20180307 BN 11

私がこの寺を知ったのはトンブリー王朝の面影探しの街歩きをするずっと前の事で、バンコクの図書館で読んだタイ文化の英語の本でした。

20180315 Suwannaram 1

その本にはこの寺の壁画の価値について述べられていました。それが最初に訪れたきっかけとなり、トンブリーの街歩きに中でも数回訪れています。

20180315 Suwannaram 2

本堂はいつ訪れてもお参りの方が数人いるかいないかなので静けさの中でゆっくり出来ます。本堂仏像の背面と両側は一般的によく見られる壁画内容で仏陀の一生などを描いたものと思われます。

20180307 Suwannaram 4

興味深いのは入口がある壁に描かれている内容です。モチーフは仏陀と煩悩の化身マーラとの闘いだと思うのですが(たぶん)、それが時代を反映してか、何かを表現したかったのか、西洋人と思われる顔つきに様相、そして人々の生々しい暮らしすらも見えて来るのです。

20171209 Thonburi 1

壁画は傷みもあるし上の方は角度も悪く見難いのですが、不思議な事にじっくりと何度も見ていると・・・物語まで見えて来るのです。

20180307 Suwannaram 3

ワット・スワンナラムはアユタヤ時代に建立され当初は「ワット・トンWat Thong」だったそうです。この「トンทอง」はタイ語で黄金の意味になり、地名にも使われる事があるのでパターン認識しています(汗)。ワット・トンはワット・スワンナラムのすぐ横を流れる小さな運河の名となって今も残っています。

20171120 Thonburi 1

トンブリー王朝時代はビルマ軍捕虜の収容所だったとか、処刑場だったと言われています(バンコクノイ博物館の係員説明)。今までトンブリー王朝の面影を探しながら街歩きをして来ましたが、旧王宮エリアを囲った城壁の外側で位置的にもそれが頷けます。

20180307 Suwannaram 6

そしてワット・スワンナラム前にはバンコクノイ運河が流れ、タークシン王廟がここにもありました。このバンコクノイ運河はチャオプラヤー川の元流でしたが、この寺が建立された時にすでにショートカットが掘られていたのではないかと思われます。

20180307 Suwannaram 5

現チャックリー王朝になってからワット・スワンナラムと名が変わり、何度か改修もあったそうです。ここお寺で見るべき三階建ての鐘楼は中国式と現地説明にあるのですが、ちょおとその意味が私的には不明です。ラマ3世の私的好みでこんな形になったようです。

20180307 Suwannaram 7

さて、次回からは冒頭に書いたバンコクノイ散策道に従っての路地歩きになります。

20171120 Thonburi 3

最後に、「トンブリー王朝の面影を探し」シーリーズの今までのエントリーは次の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し1 その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し2 城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し3 城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し4 城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し5 城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し6 城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し7 次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し8 傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し9 ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し10 モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し11 モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し12 タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し13 王を支えた猛将が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し14 タラート・プルー
トンブリー王朝の面影を探し15 非常に印象的な二寺
トンブリー王朝の面影を探し16 ワット・パクナム
トンブリー王朝の面影を探し17 バーンルアン水上マーケット
トンブリー王朝の面影を探し18 バーン・シンラピン
トンブリー王朝の面影を探し19 路地歩きが楽しいエリア
トンブリー王朝の面影を探し20 バンコクヤイ運河の終端
トンブリー王朝の面影を探し21 チャックプラ運河
トンブリー王朝の面影を探し22 バンコクノイ博物館

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2018.03.15 | コメント(0) | バンコク街歩き

トンブリー王朝の面影を探し22 バンコクノイ博物館

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

前回まではチャックプラ運河とバンコクノイ運河が合流する所まで書きました。長かったトンブリー王朝の面影を探しながらの街歩き、それもやっと最終章に近づいてきました。

20180222 Map 1

今回からはバンコクノイ運河沿いを歩き、この旅の始めに歩いた旧王宮エリアの北端に向かいます。

最初に地図ばかりになって恐縮ですが、今回街歩きする所は以下の地図の通りです。このルートの半分はGoogle Mapsをいくら拡大しても現れない路地です。

好きなトンブリーの路地なので、最後に行き着くまで何回のエントリーが必要か分かりません。それで最初に全体像を地図で示すのです。

20180307 Map

バンコクノイ運河の北側は別シリーズとして「チャオプラヤー川元流を歩く(仮)」で書くつもりでいます。今までエントリーをして来たバンコクヤイ運河からチャックプラ運河、そしてバンコクノイ運河もチャオプラヤー川元流なので、結局は続いて長々と書く事になるのですが(汗)

今回の街歩きのスタートはジャラン・サニットウォン通りがバンコクノイ運河を渡る橋の上からです。川幅は広く護岸されており住宅が密集しています。画像下は北側(上流)です。

20180307 BN 1

画像下は南側(下流)を撮ったもので、奥に見えるビル群がシリラート病院で、その白いビル群を背景に真っ黒なトンブリー機関車整備場の給水塔が見えています。画像で運河の右にあるお寺は「ワット・スワンナラムWat Suwannaram Ratchaworawihan」です。

20180307 BN 2

そして橋がある「ジャラン・サニットウォン通りCharan Sanitwong」上はMRTブルーラインのタオプーン駅からの延伸高架が走っています。このMRT延伸工事に関しては「MRTブルーライン延伸部を歩く 5 最終回」で詳しく書いていますが、橋のすぐ南西側には「バンクーンノーン駅 Bang Khun Non」が出来つつあります。

20180307 BN 3

このバンクーンノーン駅下のバス停で降りて歩きだします。ここを通る路線バスは以下の通りです。私自身は戦勝記念塔発の108番が本数が多く、単純なルートなので渋滞箇所が少なくよく使います。

 40 ラムカムヘン~スクムビット~ヤワラー~旧南バスターミナル
 42 サオ・チン・チャー~ジャラン・サニットウォン~ピンクラオの循環
 57 チャオプラヤー側西側で南北の楕円状になる循環路線
 68 サメーダム~タープラ~ピンクラオ~バンランプー
 80 ペットカセームSoi81~BTSバンワー駅~王宮広場
108 タープラ~クルントン橋~戦勝記念塔
171 ナッギラー・レムトーン~ラムカムヘン~ケーハー・トンブ
175 ノンタブリー船着場~ラマ7世橋~タラートプルー
509 プッタモントン・サーイ2~戦勝記念塔~北バスターミナル

ここのバス停は現在(2018年3月)MRT新駅の工事のど真ん中にあって、場所が頻繁に変わります。タイでは普通なのですが、歩行者への安全対策が無い所でバスを降りて歩くので十分に注意して下さい。まぁ、将来はMRT新駅が出来てこの辺りも大きく変わるって事ですねぇ~

20180307 BN 4

バス停からすぐのジャラン・サニットウォンSoi32へ入ります。パクソイから200mも歩けば「バンコクノイ博物館Bangkok Noi Local Museum」がある「スワンナラム高校Suwannaram High School」です。

20180307 BN 5

博物館と言っても高校内の一室のある郷土資料館と理解した方が良いです。そして私自身はトンブリー王朝の面影がどこかにないか?と思って訪ねましたが、普通は行く価値があるかは疑問でしょう。高校の門から入り校舎一階の(画像下で言えば)左側です。

20180307 BN 6

高校内なので門番のオジサン(画像下)に一言かけて入ります。そこまでは良いのですが、肝心の博物館へは二回訪ねて誰も居なくて入れず、三回目に入れました。小さな郷土資料館なので訪ねる人も少ないのでしょう。管理人も外出している事が多いのが実態です。

20180307 BN 7

三回も行ったのは最初に行った時にガラス越しに城壁(の模型)を見たからで、トンブリー王朝を囲った城壁の資料を見たかったのです。

20171203 Thonburi 2

くどいのですが郷土資料館なので驚くような展示はないのですが、バンコクノイ地区に絞っての資料なのでここで多くの事を知り、古い画像も多く今ままで本ブログで使っています。

20180307 BN 8

20180307 BN 9

そしてワット・プラヤタム(画像下)はここで知ってあらためて見に行ったし、この後に登場する(以前から気になっていた)「ワット・ドゥシダーラーム・ウォラウィハーンWat Dusidaram Worawihan」も再訪させる気にさせました。チャオプラヤー川のショートカットの説明もありました。

20171205 Thonburi 8

20171213 Map 4

資料がタイ語ばかりなので外国人が来る事を考えもしなかったのでしょう。管理の人が一生懸命英語で説明してくれましたが、その大半が分からなかったのが残念です。

20180307 BN 10

バンコクノイ博物館がある学校がスワンナラム高校なのですが、この学校はこの後に行くワット・スワンナラムに付属するような高校かと思います。いずれにしてもこの学校の裏がワット・スワンナラムです。

20180307 BN 11

壁画や鐘楼、そしてトンブリー王朝時代はビルマ兵の捕虜収容所(一説には処刑場とか)だったと言われるワット・スワンナラムは次回にさせて頂きますが、この「トンブリー王朝の面影を探し」シーリーズの今までのエントリーは次の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し1 その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し2 城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し3 城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し4 城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し5 城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し6 城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し7 次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し8 傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し9 ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し10 モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し11 モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し12 タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し13 王を支えた猛将が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し14 タラート・プルー
トンブリー王朝の面影を探し15 非常に印象的な二寺
トンブリー王朝の面影を探し16 ワット・パクナム
トンブリー王朝の面影を探し17 バーンルアン水上マーケット
トンブリー王朝の面影を探し18 バーン・シンラピン
トンブリー王朝の面影を探し19 路地歩きが楽しいエリア
トンブリー王朝の面影を探し20 バンコクヤイ運河の終端
トンブリー王朝の面影を探し21 チャックプラ運河

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2018.03.09 | コメント(2) | バンコク街歩き

トンブリー王朝の面影を探し21 チャックプラ運河

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

前回はバンコクヤイ運河の終端でトンブリー王朝旧王宮エリアからは最も離れた、地図にも載らないような細い路地と運河が交差する所をエントリーしました。

20180222BCN 24

そこはバンコクの路地歩きの中で最も好きなエリアでもありました。細い路地が蜘蛛の巣の様に広がっている中を複数の運河が交差する地の中心にあったのは、小さく古いお寺ワット・コーでした。

車が通らない静かな地にそこに突然現れた観光客の皆さん、聞くとタリンチャン水上マーケット発の運河ツアーボートだと知りました。

20180222BCN 22

そして後日談ですが、この予期せぬ多くの観光客を見た日にアパートに戻って昔の画像を調べたら・・・3年前に遊びに来た娘を連れて行った事があるのが分かりました。実はその時、ツアーボート内のスピーカーから絶え間なく流される大声のタイ語の説明に耳が痛くなって途中離脱した所だったのです(笑)

それ以来苦手なタリンチャン水上マーケットですが、その時の画像でバンコクヤイ運河の終端から「バンクンシーBang khung Si」運河に「チャックプラChak Phra」運河、そしてタリンチャン水上マーケットと運河上から周囲を見てみましょう。この辺りは運河沿いに歩けないのでちょうど良いです(汗)

201802218 Canal 1

画像上がバンコクヤイ、バンクンシー、バンチュックナン、そしてモン運河が十字で交差する所です。画像上、左側になるバンクンシー運河に向かいます。ここからは今までと異なって運河沿いに歩く事が出来ません。運河沿いに護岸がなく杭を打ち込んでの浮き家が運河上にせり出しています。

201802218 Canal 2

チャオプラヤー川の元流だったバンコクヤイ運河はバンクンシー運河、そして地図上「バンプロムBang Phrom」運河と合流点(画像下)からチャックプラ運河と名を変えます。ちなみにバンプロム運河は西に流れ「クローン・ラット・マヨム水上マーケット」の200mほど南を流れます。

201802218 Canal 3

バンコクヤイ運河のワット・パクナムあたりからずっと、その流れはチャオプラヤー川の元流だったとは思えない細さです。元流でなくなってから500年近く経ち、都市部を流れるのでその様相は大きく変わったのでしょう。

201802218 Canal 4

チャックプラ運河は弧を描くように向きを北から東に変えます。そしてタイ国鉄南本線のトンブリー駅からの線路下を流れます。

201802218 Canal 5

この鉄道橋は(タイではどこも同じですが)生活道ともなっていて、橋のすぐ近くに「タリンチャン水上マーケットTaling Chan Floating Market」があります。

201802218 Canal 6

タイのガイドブックにはほとんど載る観光地なので本ブログでは対象外ですが、外国人観光客も多くそうした人々目当ての商売の地で私的にはちょっと苦手な所です。いずれにしても今まで見て来たタイの人々の生活がある地とは異なる賑わいある所です。

201802218 Canal 7

やがてチャックプラ運河はバンコクノイ運河と合流しますが、その手前の「バンクンノン通りBang Khun Non」の橋からは閘門があり、チャオプラヤー川と直接(閘門や水門がない)繋がるバンコクノイ運河と水位を調整しています。

201802218 Canal 8

そう言えばバンコクヤイ運河がスタートしたチャオプラヤー川との合流点にも閘門がありました(画像下)。そしてトンブリー王朝旧王宮エリアの中央を流れるモン運河とチャオプラヤー川合流点にも閘門がありました(画像下の下で閘門の中で船が水位調整が終わるのを待っていますね)。

20171214 KC 6

201802218 Canal 9

なぜ構造が水門より複雑な閘門を造ってまでトンブリー地区を(ボートを通しながらも)チャオプラヤー川の水位と隔離するのか分かりませんが、この後にエントリーするバンコクノイは水門も閘門もないので興味深いです。

20180222 Map 1

さて、チャックプラ運河とバンクンノン通りが交差する近くには1799年にタークシン王によって建てられたと言われる「ワット・チャオアムWat Chao Am」があります。この辺りになると、また多くのお寺に境内にはタークシン王廟が見られます。

20180228 Wat Chao Am 1

20180228 Wat Chao Am 2

さて、チャックプラ運河とバンコクノイ運河が合流する所はバンコクノイ運河の東側の「ワット・スワン・キーリーWat Suwan Keree(現地説明板ではWat Suwan Khiri)」へ行けばよく見えます。画像下で正面奥がチャックプラ運河で横がバンコクノイ運河です。

201802218 Canal 10

ワット・スワン・キーリーはトンブリー王朝以前のアユタヤ時代に建てられ、ナーラーイ王の時代にワット・スワン・キーリーと名付けられたと現地説明板にはあります。キーリーとはこの地に多くあった木の名だそうです。どんな木なのは分かりませんが(汗)

Wat Suwan Khiri 1

画像上は本堂ではなく鐘堂か礼拝堂かと思うのですが、あまり見ない形が印象的です。また境内(裏になるのか?)少し大きめの祠があって立像三体が祀られています。かなり古そうなのですが、野犬が番をしていたので近づけなかったです(涙)

Wat Suwan Khiri 2

謂れが現地説明板にあるものの、今一つ英語文が何を言いたいのか分からないのですが(汗)、3本の運河が交差する所に祀られていた・・・そんな内容でした。このシリーズ主旨から言えば興味が尽きないのですが、今後機会があったら調べたいものです。

Wat Suwan Khiri 3

そしてこの寺にもタークシン王の祠がありました。トンブリー地区においてすでにお馴染みなのですが、現王朝前の一代限りの王が現在でもこれほど人々に崇めたてられている事に驚くしかありません・・・

Wat Suwan Khiri 4

今回歩いたバンクンノン通りは以下の路線バスが走っています。特に79番はタリンチャン水上マーケットへの唯一のアクセスバスです。

 57 チャオプラヤー側西側で南北の楕円状になる循環路線
 79 プッタモントン・サーイ2~タリンチャン水上マーケット~サイアム

ワット・スワン・キーリーは旧南バスターミナル裏になり、セントラル・ピンクラオなども近くです。ボロムラチャチョナニー通りやピンクラオ通りを走る路線バスは非常に多いのですが、本数が多くルートも使いやすいのが戦勝記念塔からの28番かと思います。

20180228 Map

さて、次回はバンコクノイ運河になります。トンブリー王朝の面影を探す旅もやっと大きな円を描くようにバンコクヤイ運河からバンコクノイ運河となり、旧王宮エリアに戻ります。そろそろこのシリーズも終わりが近づいています。そして、本シリーズの過去のエントリーは次の通りです。

トンブリー王朝の面影を探し1 その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し2 城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し3 城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し4 城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し5 城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し6 城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し7 次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し8 傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し9 ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し10 モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し11 モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し12 タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し13 王を支えた猛将が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し14 タラート・プルー
トンブリー王朝の面影を探し15 非常に印象的な二寺
トンブリー王朝の面影を探し16 ワット・パクナム
トンブリー王朝の面影を探し17 バーンルアン水上マーケット
トンブリー王朝の面影を探し18 バーン・シンラピン
トンブリー王朝の面影を探し19 路地歩きが楽しいエリア
トンブリー王朝の面影を探し20 バンコクヤイ運河の終端

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2018.03.01 | コメント(5) | バンコク街歩き

トンブリー王朝の面影を探し⑳バンコクヤイ運河の終端

トンブリー王朝の面影を探しての街歩き、中心部であった旧王宮エリアと城壁跡を離れてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いを歩いています。

前回はトンブリー王朝旧王宮エリアからは最も離れたバンコクヤイ運河沿いを歩きました。そこはもっともトンブリーらしい庶民の暮らしが営まれている地で、私が好きな路地歩きの所でもあります。

20180216 BY 6

今回も最も路地歩きが好きな所の続きで、長く歩いて来たバンコクヤイ運河の終端になります。この辺りは3年以上前から何度も来ている所でもあります。

チャオプラヤー川の元流だったバンコクヤイ運河はこの先「バンクンシーBang khung Si」運河、そして「チャックプラChak Phra」運河と名を変えて「バンコクノイBangkok Noi」運河と接します。

20180222 Map 1

それはバンコクヤイ運河の終端で、バンクンシー運河の始まり、そして東からの「モン運河Khlong Mon」、西への「バンチュックナン運河Bang Chueak Nang」と名前は四つですが、南北と東西に流れる運河が交差する所です。

画像下が運河が交差する所です。近づけないので分かり難いですが、右がバンコクヤイ、左がバンクンシー、手前がバンチュックナンで、右奥へ向かうのがモン運河です。

20180222BCN 1

東から流れて来る「モン運河Khlong Mon」はチャオプラヤー川沿いのトンブリー王朝旧王宮エリアに通じる運河(画像下)で、このエリアにモン族入植地があったからモン運河と呼ばれ、「バーンサオトーン運河Khlong Bang Saothong」と呼ばれた事もありました。重要な水路の為に途中で輸送や行き交う人々のチェックポイントが設けられ、モン族がそこで働いていたそうです。

20171205 Thonburi 2

さて、前回紹介のソンテウ1438番が通る「ジャラン・サニットウォン通りソイ13 Charan Sanitwong Soi13」がバンコクヤイ運河を渡る橋の上、その上からバンコクヤイ運河の終端部が見えそうで見えないかなぁ・・・バンコクで橋の脇は電線の束がすごいので普通写真は撮らないのですが(苦笑)

20180222BCN 2

その橋の西側で最初の路地「バンウェーク通りBang Waek」(ジャラン・サニットウォン通りSoi13の西側)のソイ2(画像下)に入ります。ここがバンコクで最も好きな路地歩きの一つの入口です。この路地自体は何でもないのですが(汗)

20180222BCN 3

ソイの中を5分も歩けばバンチュックナン運河に突き当たります。突き当りは画像下のような小さな橋で対岸へ渡れます。

20180222BCN 4

その橋の手前西側は「ワット・パクナム・ファンタイWat Pak Nam Fang Tai」(画像下)で、バンチュックナン運河に接しています。寺名にパクナム(河口)が付くのがバンコクヤイ運河(とバンクンシー運河)がチャオプラヤー川元流だった事を思わせます。

20180222BCN 5

20180222BCN 6

橋の上からバンチュックナン運河を撮ると、西側が画像上(ワット・パクナム・ファンタイ側)で東側(バンコクヤイ運河との交差側)が画像下です。

20180222BCN 7

橋を渡ると学校の敷地裏のような所で、そこに接する路地を抜けるとバンチュックナン運河に面した食堂に出ます。この食堂、タイ語しか書かれていないのですが、FaceBookのアドレスだと「korkafair」。私は店員さんから聞いたイメージで(笑)「コー・カフェ・ソン(2)」と思っています。

20180222BCN 8

20180222BCN 9

実は・・・タイでは食べログ的ブログになるのを避けていますし、食べるお店の事もほとんど書かないブログなのですが、この辺りを路地歩きして必ず立ち寄るのが「コー・カフェ・ソン」です。

20180222BCN 10

私的には市井の食堂ですが、タイ的には運河沿いのカフェなのでしょう。カフェとは言え小洒落た感じでないのも好きなのですが(笑)確かに食堂の定番料理以外にカフェメニューも豊富です。しかもすぐ横に2年前には無かった「アイスクリーム・ファクトリー」まで造り、美味しそうです(笑)

20180222BCN 11

味は主旨をまげて自分のブログに書くほどでもない普通です(笑)って言うか、普通に美味しいです。中にクッキングスクールの写真がたくさんあったので、そうしたお店なのかも知れません。また、上記にモン運河の謂れを書きましたが、この店にもモン族コミュニティーの事が書いてあるので、何か関係あるのかも知れません。

20180222BCN 12

いずれにしても、この店のロケーションと、ここでのんびり運河を眺めながらビールを飲むのが楽しみなのです。料金も都心部や観光地のお店とは比べようもありませんが、ソムタム・タイが80バーツと市井の食堂と同じかちょっと高いぐらい(要は普通)。

20180222BCN 14

ここで運河を見ながらのんびりするのが・・・本当に好きなのです。平日の昼なら何時間居てもお客はちらほらですしね(笑) 運河には近所の家々を回るクイッティアオ舟、そして観光客を乗せた運河ツアーのボートも通ります。

20180222BCN 15

食堂の話はこれぐらいで・・・コー・カフェ・ソンの横にある小さな橋でバンチュックナン運河の南側に行くと、そこは湿地帯に杭を打ち込んで家と生活道を造ったGooglMapsにも現れない迷路のような細い路地が続くエリアです。

20180222BCN 16

最初に書いておきますが、このエリアは家々の間を縫うように通る細い路地が入り組んでいます。100%住民の生活道でスマホ片手の観光客が入り込む地ではありません。私のような見すぼらしいオッサン一人が(さぞ慣れた道だと言わんばかりに)さっさと歩くのは目立ちませんが(笑)

20180222 BCN 17

また、画像下の町内図のように行き止まりが多く、家の軒先どころか家の中に入り込むように事態になります(汗)まぁ、道を知らない人が迷い込むのは仕方ないのですが・・・

20180222BCN 18

20180222BCN 19

そんな迷路みたいな地を最初に通った時は行き止まりで何度も戻ったものです。そうまでして行きたかった所は・・・バンチュックナン運河が二股に別れる所で、その岬のような先っぽに古い寺があるのです。

20171213 BY 8

20180222BCN 20

「ワット・コーWat Kor」タイ語を見ると(分かっているわけではありません)、コー・サムイ(サムイ島)のような「島」のコーです。確かに島のように三方を運河に囲まれているのです。だからこそ風情があって好きなのですが・・・

20180222BCN 21

ある時、土曜日だったかここに行ったら多くの観光の方が突然現れたようにここにいました。どうも観光用ロングテール船で来られたようです。暇を持て余しているような西洋人の方に「どこから乗ったの?」と聞いたら、タリンチャン水上マーケットからですって(笑) 知らなかったですねぇ~ ここがあのツアー・ボートのコースに入っているなんて・・・15分もしない内に皆さん姿を消されましたが(笑)

20180222BCN 22

また静けさを取り戻したお寺になりました。周囲も含めて車が通る事のないこのエリア、やはりこの寺は静けさが一番です。運河の流れを楽しんでいると、境内にいた子供たちが寄って来ます。しばらくカメラで撮った画像を見せて遊んだ後にさよならです。

20180222BCN 23

帰りは少し遠回りしてソンテウが通るバンウェーク通りに戻りましたが、車が通らないので子供たちが伸び伸びしているように思うのは、私自身が歩いていて車やバイクからの危険を感じないからかも知れません。ここだとバイクが来ても遠くから音で分かりますしね。

20180222BCN 24

20180222 Map 2

最後に、本シリーズの過去のエントリーは次の通りです。今回でバンコクヤイ運河を離れ、次回はバンコクノイ運河に向かいます。

トンブリー王朝の面影を探し①その中核と歴史
トンブリー王朝の面影を探し②城壁跡を歩く 南側
トンブリー王朝の面影を探し③城壁跡を歩く 中央部
トンブリー王朝の面影を探し④城壁跡を歩く 北側-1
トンブリー王朝の面影を探し⑤城壁跡を歩く 北側-2
トンブリー王朝の面影を探し⑥城壁跡内
トンブリー王朝の面影を探し⑦次回予告と新たな気付き
トンブリー王朝の面影を探し⑧傭兵達に与えた地グディ・ジーン
トンブリー王朝の面影を探し⑨ポルトガル縁の地
トンブリー王朝の面影を探し⑩モスリム地区-1
トンブリー王朝の面影を探し⑪モスリム地区-2
トンブリー王朝の面影を探し⑫タークシン王が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し⑬王を支えた猛将が眠る寺
トンブリー王朝の面影を探し⑭タラート・プルー
トンブリー王朝の面影を探し⑮非常に印象的な二寺
トンブリー王朝の面影を探し⑯ワット・パクナム
トンブリー王朝の面影を探し⑰バーンルアン水上マーケット
トンブリー王朝の面影を探し⑱バーン・シンラピン
トンブリー王朝の面影を探し⑲路地歩きが楽しいエリア

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2018.02.22 | コメント(2) | バンコク街歩き

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ALSTER(アルスター) 東京深川出身。アジア・ヨーロッパ・アメリカなど海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後タイでロングステイし2018年帰国。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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