スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(7) スコータイ歴史公園

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅、その7回目です。

「メジャーな観光地を扱わないブログ」「どこどこ行って何々見た的な観光ガイドのブログにしない」・・・そうした流儀に反するようなお題が今回になってしまいますねぇ~(汗) このシリーズを書きながらどのエピソードもそれが気になっていますが、今回はいくらでもネットにあるだろう大観光遺跡「スコータイ歴史公園」が出てくるので余計に気になっています(苦笑)

スコータイが観光地であるのは歪めないのですが、なぜそこに行き、そこで何を感じ、何を思ったのかを綴りたいと思います。前回も書きましたが「王朝と宗教の変遷」「クメールの影響」「スコータイの特徴」が本来のテーマです。

スコータイ歴史公園のワット・マハタートです(2001年の撮影です)
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タイでのロングステイ時(2015~2018年)の旅は大きなテーマをいくつか持っていました。その一つがチャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る事です。そのタイ王朝の簡単な推移と関係する本ブログのエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝 1238~1448年 スコータイ王朝カンペーンペット(本シリーズ)
   
アユタヤ王朝  1351~1767年 ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在(予定)
               チャオプラヤー元流を歩く(エントリー中)
トンブリー王朝 1768~1782年 トンブリー王朝の面影を探し 全27回
   
チャクリー王朝 1782年~    チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
                 チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

チャオプラヤー川が上流でピン川に繋がりカンペーンペットがあります。さらにピン川を遡るとラーンナー王朝(1292年 - 1775年)の首都となったチェンマイに繋がります。まさしくタイの歴史はチャオプラヤー川を遡る事で繋がるのです(自説です)。

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そんなこの旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。そしてこのシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(1) 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(2) バンコク~カンペーンペット
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(4) 歴史公園(城壁内)
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(5) ワット・プラケオ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(6) クメール王朝支配

さて、今回の旅のテーマ「スコータイ王朝」の領地はスコータイ、ピサヌローク、カンペーンペット、ナコーンサワンなどタイ北部の南側から、最盛期のラムカムヘン大王(ラームカムヘーンとも)在位でも中部の一部を含む程度の規模だったとされます。

その中でスコータイ、シーサッチャナーライ、カンペーンペットの三つの歴史公園が世界遺産として登録されています。今日はその中でもスコータイ歴史公園の話です。

なお、画像と記録などは2001年のものを使っていますので情報は当時のものです。ただ、歴史や遺跡は変わらないので、スコータイ王朝全体の話を構成するのに使っています。

スコータイ歴史公園 Sukhothai Historical Park

カンペーンペットの北東80㎞にスコータイ歴史公園はあり、スコータイ王朝の王都になる前はクメール王朝の一地方都市だったと思われます。

歴史公園城壁内にある3連のクメール様式プラ―ンが残る「ワット・シーサワーイ Wat Sri Sawai」は、スコータイ王朝以前の12世紀末から13世紀初頭にかけて建てられたヒンドゥー寺院でした。スコータイ王朝以前はこの様な寺院(あるいは神殿)ばかりだったでしょう。

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やがて王朝第3代のラムカムヘーン大王の時代でスリランカから仏教を導入し保護した結果、クメール様式の寺院が仏教寺院に改修されたり、新たにスリランカの影響が大きいスコータイ様式の寺院も建てられたのでしょう。現在のスコータイ歴史公園ではこの二つのタイプの寺院が見られます。

冒頭の画像ワット・マハタートは13世紀の建立と言いますから、まさに1238年のスコータイ王朝成立後に王都の中心寺院として建てられた寺院なのでしょうが、元々あったクメール寺院を改修したように私には見えます。画像下もワット・マハタートでスコータイ様式の仏像です。

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ワット・マハタートのアッタロット仏像です。スコータイで多く見かけます。仏立像あるいは遊行仏もスコータイ様式の特徴の一つであるように思えます。

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画像下もスコータイ歴史公園の大変印象的な「ワット・シーチュム Wat Sri Chum」で、仏教寺院そのものであるのはご覧の通りです。諸説あるようですが、ラムカムヘーン大王(在位1279~1299)以降の時代に建立されたと私は思います。

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歴史公園城壁内の主要遺跡は貸自転車で回ったのでへとへとに疲れてしまいましたが、城壁外の南にどうしても見たい遺跡がありました。22年前はタイ語がほとんど話せなかったのですが地図を見せてオジサンに連れて行ってもらいました(これを彼はトゥクトゥクと言っていましたねぇ~)。

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「ワット・チェトゥポン Wat Chetuphon」は保存状態が良くなく劣化が進んでいる中を近所の子供たちが遊んでいました。そんな子供たちにカメラを渡してシャッターを押させたのは私ですが(笑) この頃のスコータイは観光客は少なく、城壁外になると誰もいなく朽ちるまま時が過ぎていくような地でした。

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この遺跡に行きたかったのは、スコータイ王朝以外では見る事がない層塔の四面に坐像、立像、臥像、遊行像の四つの姿を浮き上がらせた仏像です。城壁北の「ワット・プラ・パーイ・ルアン Wat Pra Pai Luang」にも同様の構造物がありますが、他では見たことがないですねぇ~

今は頭部を失った遊行像の一部が残っているだけですが、生々しい足が今にも動きそうに見えたのは周囲に何もない草原の中に突然現れたお姿だからでしょうか。そして・・・17年後に行ったカンペーンペット歴史公園でここを鮮明に思い出すことになりました。そのお話はまだ先なのですが・・・

画像下はスリランカで12世紀(スコータイ王朝以前)の建立と言われるガル・ヴィハーラ寺院です。坐像、立像、涅槃像が花崗岩に彫られています。こうした仏像をスコータイで再現したかった、しかし花崗岩がなくてレンガにラテライトとスタッコを使ったものの劣化が激しく頭部から崩れた・・・こんなストーリーを勝手に考えてしまいます。興味深いですねぇ~

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スコータイ歴史公園はさすが王都だっただけにシーサッチャナーライやカンペーンペットに比べ広大です。そして他の歴史公園内の遺跡と比べると・・・スリランカからタイへ持ち込んだ仏教、それが強く影響し作り上げたスコータイの文化を王朝成立以前からあったクメール文化に上書き、インストールしてスコータイ様式となる文化を造り上げた・・・そんな王朝が遺跡から強く読み取れるのです(自説です)。

スリランカのダンブッラ黄金寺院です
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このようにスコータイ王朝(の遺跡)へのクメールとスリランカの影響、ヒンドゥー教と仏教の影響などが興味深く思え、王朝と宗教の変遷が遺跡にどう現れるのか・・・そんな思いで遺跡を歩いたのです。

今回も長くなりました。最後までお読みいただき、ありがとうございます。次回に続きます。

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2023.11.30 | コメント(1) | タイ・トラベル

タイの花に思いを馳せて (3) 区別がつかない!

先ほど見上げた満月は、本当に兎が餅つきしているような見事な月でした。今宵タイにいられる方はロイクラトンを楽しまれた事かと思います。羨ましいなぁ~

さて、横浜は平らな所が少なく坂が多いのですが、少し高い所へ行けば遠くに富士、近くに大山がよく見える所が多くあります。江戸時代には大山参りが盛んで相模の国(神奈川)には(各地から参拝する為の)多くの大山道が整備され自宅近くにもあります。

11月中旬過ぎは大山阿夫利(あふり)神社の紅葉が見頃になり、名物の豆腐料理と合わせてこの時期の楽しみです。大山の紅葉が終わる11月下旬から12月上旬は鎌倉で見頃になります。

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画像上は阿夫利神社からの撮影ですが、ちょうど中央、木の間に遠く自宅が見えるはずですが・・・見えた事はないですねぇ~。この時期(2023年は11/18~26)ライトアップもされます。私には夜景撮影の技術がないので伊勢原市観光協会公式サイトから画像を拝借です(画像下)。あっ、この期間ケーブルカーも営業時間延長ですが・・・もう11月26日を過ぎてしまいましたねぇ~

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さて、タイの花の話は今日が最終回ですが、シリーズのエントリーは以下の通りです。
タイの花々と公園に思いを馳せて (1)
各国の秋をお届けします
タイの花々に思いを馳せて (2) 一枚の写真が導く王女と花

こんなに花に関してのエントリーが多いのはこのブログに似合わない!と思われている方が多いと思います。それには訳があって・・・実は私の現在の第一の趣味が園芸なのです(大笑)

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5年前の日本帰国以前は海外を転々としていたので全く縁遠い趣味でした。ドイツに7年住んでいた時は庭が広い一軒家だったので、近所からクレームが来ない程度に頑張りましたが・・・趣味と言うより家事とか日課的なものでした。

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それが日本に戻って1年半後にコロナ禍です。旅行や外食どころか外出も自粛するような風潮でした。その頃から花を育てる事で時間をつぶすようになりました。庭が小さく日当たりの時間が限られているので、動かせる鉢植えで楽しんでいます。

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今では雨が降らない限り日中は庭で過ごしています。花の手入れ以外にも色々やることがあるのですよねぇ~

さて、タイの花に話を戻しましょう。

今までゴールデンシャワーことラーチャプルック、シリントーン王女が名付けたリーラーワディーことプルメリア、花飾りプアンマーライのジャスミンを紹介しました。タイには他にもブーゲンビリアやランを多く一年中見かけましたが、これらの花は艶や過ぎて・・・特に好きなわけではありません(苦笑) 

画像下、大好きなラマ9世公園でも好きではない花(木)を撮る時は、何か手を抜いているように思えますねぇ~

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派手な花と言えば、赤い花が印象的な鳳凰木(ホウボウボク)も火炎樹(あるいは火炎木)と同じなのか違うなら何かはさっぱり分かりません。赤い花ですがブーゲンビリアやランとは違い、艶やか(色がごちゃごちゃしている)ではなく小気味よい花に思えます。画像下はアユタヤのワット・ロカヤスタです。

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区別がつかないと言えば、私は正直言って蓮(ハス)と睡蓮(スイレン)も区別出来るか全く自身がありません。何となくですが・・・睡蓮の花びらは蓮より細くて多いように思えるし、葉も違うと思うのですが、実際に公園などで見たら区別がつかないと思います(汗)画像下もラマ9世公園で、私的には睡蓮と思うのですが、全く自信なしです。

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有名なウドーンターニー県の「紅い睡蓮の海」ですが、睡蓮と言っているぐらいなので睡蓮なのでしょう。私は行った事がないので画像はタイ観光庁サイトから拝借です。

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画像下2枚は「蓮ミュージアム Lotus Museum」で撮ったものなので、間違いなく蓮だと思っていたのですが、今見ると睡蓮に思えます(笑) 『失敗がっかりも多い博物館巡り、蓮ミュージアム』でエントリーしていますが、ここへ行く日本人はまずいないかと(笑)

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さて、なかなか登場しない蓮(ハス)ですが、ジャスミンと同じで仏教との結びつきもあってタイではポピュラーと言うか・・・とても大切な花かと思います。画像下は22年前のパーククローン花市場で、ジャスミンと並びかなりのスペースで蓮が売られています。

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これらの蓮はお寺でのお供え用かと思いますが、ちょっと分からない事があります。文字で説明するのが難しいのでPC内の画像を何百枚も見て探しました。

画像下は2002年の黄金の丘ことワット・サケットでの一枚ですが、こうして蓮のつぼみを手に持ちお参りするのはよく見かける光景かと思います。

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画像下は「クワン・リアム水上マーケット」での一枚で、お参りしている方を拡大しました。左の方がお持ちの蓮のつぼみが半分ほど剥かれているです。画像が分かり難いので恐縮ですが、何か意味があるのか?

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そう言えば・・・タイの事ではないのですが「蓮酒」をこのブログで書いたことがあります。日本のお寺で蓮の葉に酒を注ぎ茎を通して飲む象鼻杯(ぞうびはい)と言う儀式?の事です。酒好きの私は是非味わいたいものです。

APR27 Koumyouji

いやぁ~、睡蓮や蓮の事だけでもキリがありません。最後は旅の中で撮った2枚です。最初がスコータイ歴史公園、そして次がフアヒンのホテルでです。

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蓮か睡蓮か分からないのですけど、これだけ画像が残っているって・・・やはりこの花が好きなのでしょう。色鮮やかで目立つ花が多い南国で、何かすがすがしく凛とした姿が印象に残っています。

今回も長いブログを最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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2023.11.28 | コメント(2) | タイ生活

チャオプラヤー元流を歩く(7) これまでのあらすじ 1

シリーズ「チャオプラヤー元流を歩く」が5年ぶりの再開です。なにしろ5年も中断してしまったシリーズなので、「チャオプラヤーの元流」って何?と思われる方が大半かと思います。たぶん「元流」と言う言葉は国語的には正しくないと思うのですが、「元々の流れ」と言う意味で使っています。

さて、今までのエントリーは以下の通りですが、このエピソードではこれらを簡単?にをまとめてみたいと思います。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・ガオと9寺巡り1

チャオプラヤー川はピン川とナーン川が合流するナコーンサワンから始まり、サムットプラカーン県のパークナムでタイ湾に注ぐ全360㎞のタイ中央部を南北に流れる川です。

20180428 Map3

ナコーンサワンの昭披耶河源(チャオプラヤー源流)碑(最上流)
20180526 NS 1

チャオプラヤー河口にあるプラ・チュラチョームクラオ要塞公園(最下流)
Phra Chulachom klao Fort 2

そのチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。その湾曲部にショートカットが作られる以前のチャオプラヤー川の元々の流れを追う旅がこのシリーズです。

20180428 Map 1

青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、チャオプラヤー川左岸(東側)の現チャクリー王朝、そしてアユタヤ王朝、さらにチャオプラヤーからピン川と名を変えながら、スコータイ王朝にラーンナー王朝にも繋がる事にもなります。

20180428 Ayutthaya

スコータイ王朝に関しては『スコータイ王朝要塞都市』、そしてタイ各王朝に多大なる影響を与えたクメール王朝に関しては『タイのクメール遺跡を巡る』でエントリー中で(リンク先はそれぞれの最新エピソード)、アユタヤに関しても近くシリーズ開始します。

興味深いですねぇ~ 大いなる川が土地を豊かにし人々が暮らし国となる。やがて他国との争いや交易で内陸から海へと近づく。その全てにタイの場合はチャオプラヤー川が大きく関わってきたのです。

さて、このシリーズはチャオプラヤーがタイ湾に繋がる河口から始めています。その河口には『プラ・チュラチョームクラオ要塞Phra Chulachomklao Fort』があります。

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ラマ5世(1868~1910年)が海から攻めて来る敵から守る為、チャオプラヤー河口から王宮近くまで川沿いに整備し造った要塞で、日本製の元練習艦メークロン号(画像上)も保存されています。 この河口から王宮までチャオプラヤー川沿いに造られた要塞全てを『首都防衛要塞を行く』(シリーズ中最新エピソード)で紹介しています

次は河口の町でサムットプラカーン県の県庁所在地のパークナムです。ウィブーンシー市場は魚介類の豊富な事ではバンコク周辺の中でもぴか一でしょう。市場奥にはチャオプラヤー川で一番下流の渡し船があります。

Pak Nam Market 2

なお、本ブログではこのシリーズとは別に、チャオプラヤー川首都圏エリア全ての渡し舟と橋を詳しく紹介しています。『チャオプラヤー渡し百景』と『チャオプラヤー名橋奇覧』です(リンク先はそれぞれの最新エピソード)。しかし、我ながらよく歩き、調べたものです。今考えると、とても出来ないなぁ・・・

パークナム対岸には「ピースアサムット要塞Phi Seur Samut Fort」があります。『首都防衛要塞を行く(2)プラサムットチェーディー』で詳しく書いています。

Phra Samut Chedi 2

やがてチャオプラヤーは「プラプラデーンPhra Pradaeng」(現地の方達はパパデーンと呼びます)の大きく川が湾曲する最初の所を流れます。この湾曲内側が大きな島のようになっていて、渡し船が4カ所、第1と第2プミポン橋、要塞跡に湾曲部中央にある『バーンナムプン水上マーケット』や大変広い『シーナコンクエンカン公園』がり、モン族独特のスタイルを残す『プラプラデーンのソンクラン』も見所となります。

20180424 PPD 7

このプラプラデーンの湾曲した根元にショートカットのように見える運河が造られています。こうしたショートカットを「捷水路(しょうすいろ)」と呼びますが、その目的は曲がりくねった川の流れを真っ直ぐにして洪水を防ぎ、土地の有効活用をする事です。しかし、ここは目的がよく分かりません(汗) 

普段は水門が閉じられていますし、運河自体がかなり狭くこの辺りを航行する大型船はとっても通れません。そもそもここが掘られたのは1874年と時代はかなり新しくラマ5世統治下です。

20180428 CPR 7

うーん、なかなか先に進みませんねぇ(汗)面白い所がたくさんありますが、それらはこの「あらすじ」ではなく過去のエピソードを見ていただく事にして、省略して急ぎましょう。

省略してどんどん上流に向かい、メモリアル橋(ラマ1世橋)のすぐ上流側に花市場ことパーククロン市場があって、その反対側の右岸(西側)にバンコクヤイ運河の入口があります。このメモリアル橋はその名も、歴史的にも、ドラマ的にも、構造的にもとても面白いのですが説明できなくて残念です。是非『チャオプラヤー名橋奇覧(7) メモリアル橋』をご覧ください。

20180428 CPR 3

さて、チャオプラヤー元流はバンコクヤイ運河へと大きく西へ向かいます。このバンコクヤイ運河が最初の元流になります。『トンブリー王朝の面影を探し』シリーズでバンコクヤイ運河に関して詳しく書いています。

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って事は・・・バンコクを訪れた人なら誰もが目にするだろう、ワット・ポーや王宮、そして対岸のワット・アルンがある辺りのチャオプラヤー川は1542年以前は無かったのです。たぶん湿地だったのでしょう。日本なら戦国時代で関ケ原の戦いの58年前の事です。

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実は、私はこの事を長く知りませんでした。まさか王匡前のチャオプラヤー川が昔は無かったなんて・・・それを知った事がこの旅のきっかけの一つでもあるのです。面白いですねぇ~

「あらすじ」を一回で済ませるつもりだったのですが、所詮私には出来ない事のようです(汗) すごく長くなったので「あらすじ」は次回に続きます。

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2023.11.26 | コメント(0) | タイ・トラベル

タイの花々に思いを馳せて (2) 一枚の写真が導く王女と花

横浜では立冬(11月8日)が過ぎたら急に冬になったようです。最低気温が10℃を下回ると紅葉の色づきが良くなるようですが、そろそろ関東の南でもモミジが楽しめそうです。イチョウは見ごろを少し過ぎたように思います。

画像下は東京・立川市の国営昭和記念公園で2021年11月に撮影したものです。イチョウの黄葉が敷き詰められた小路を歩くのは・・・風情がありますが銀杏に注意です。

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さて、前回『タイの花々と公園に思いを馳せて (1)』で白く大きな花のプルメリアはあまり季節感を感じない・・・と書きました。

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プルメリアを一年中見かけたような記憶があるのは、ホテルやレストランの花手水で使われるからかも知れませんね。働いていた頃はお気に入りのホテルがタイ各地にいくつかありましたが、懐かしいですねぇ~

画像下がサムイ島BURI RASA VILLAGEです
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その下の3枚はホアヒンANANTARA RESORTでそれぞれ違う季節に行っていますが・・・まぁ、同じですね(苦笑)
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前回のエントリーで書いたラーチャプルック、そしてプルメリアがタイでの最もお気に入りの花(木)ですが、木が育ち花が咲きそして散る・・・そんなありのままの植物の姿とは違って、加工した姿とその香りで好きだったのがマリ(ジャスミン)です。

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画像上は22年前(笑)の深夜から早朝にかけて賑わうパーククローン花市場です。バンコク都心部にあるし観光ガイドブック等にいくらでも書いてあるでしょうから、このブログでは守備範囲外になります。とは言え水上バスと多くの路線バスが繋がる所なので、私的にはかなり行っています。でも写真はほとんど撮ってないですねぇ~(笑)

マリの花飾りプアンマーライは花市場に限らずどこの市場でも売っているし、赤信号で止まった車列を縫うように動くプアンマーライ売りは多くの人が見ているでしょう。タクシーやバスの中でも頻繁に見かけます。

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上の画像ではプアンマーライよりその下にあるペット用ゲージに目が行くかと思いますが、さてどんなペットなのか?『路線バス おもしろ画像』に書いてあります。

話を戻しましょう(笑)

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さてプアンマーライですが、お供え物の意味以外にも魔除け(依て交通安全)的な意味もあるのかと私的に考えていました。あるいはその逆で幸運を呼ぶお守り的な・・・そう考えたのは自動車の中だけではなく、お寺でもよく見かけていたのです。

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それを確認したくて行ったのが「花文化博物館 The Museum of Floral Culture」です。バンコク都心部ながらサムセン通りオンカラック6とかなり分かりにくい所で、昔の王宮護衛官に与えられた土地だそうです。

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ここはガイドツアー参加が中を見る条件で英語ツアーもありました。その英語ツアーの参加は私一人で、ツアー後に庭の東屋でプアンマーライの作り方を個人教授してもらいました。『小さな極上空間 花文化博物館』でエントリー済みです。

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私の不器用にあきれながらも教えてくれたので、なんとかこんなのを作れたのですが・・・肝心のプアンマーライの意味を聞くのを忘れました(笑)

Jun10 Museum 12

さて、冒頭に書いた木の上で白く咲く花プルメリア、ラオスでは「チャンパー」と呼び国花です。また、「プルメリア」はタイ語ではありません。タイでは「リーラーワディー」と今では言います。「今では」と書いたのは・・・以前は忌み嫌われる名だったそうですが、ある王女がそれでは可哀想と名を変えたそうです。

その王女は私の第2期タイ在住時に崩御されたラーマ9世のご息女シリントーン王女です。タイ全国民が(私も含めて)敬愛する方でしょう。

そのリーラーワディーとは優美に歩く女性の姿を意味するそうです。私は旅先で見たこんな姿が浮かびます・・・スコールの中を急ぎながらも優雅に歩く姿に思わずシャッターを切りました。凛々しく働く姿に優雅さを感じさせたのは激しい雨の中だったからも知れません。今その写真を見て、プルメリアの木の横を歩かれているのに気づきました・・・

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人それぞれでプルメリアで思い起こす人がいるのかも知れません。タイトルの「思いを馳せる」の通り・・・今日はここで止めて、次回に続きます。

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2023.11.24 | コメント(2) | タイ生活

感謝祭からブラックフライデーそしてロイクラトンへ

読者の中には日本以外の国とも親しい方が多いかと思います。それがただその国が好きなだけでも日本とその国の両方が気になる・・・ニュースでも、音楽や映画でも、食生活や日常習慣でも、常に日本以外にもその国を考えてしまう・・・そんな意味です。

日本以外の国が一か国なら話は簡単なのですが、それが数か国なら厄介な事になります。厄介と言っても楽しい厄介ですが(笑) 例えばオリンピックで日本とタイの両方を応援するな簡単ですが、私の場合は最低でも日本、ドイツ、アメリカ、タイ・・・と一年以上住んだ国だけでも6つの国ですから(笑)今日はそんなお話です。

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さて、11月に入りそんな頃かと思い調べたら、今年のロイクラトンは11月27日だそうです。「陰暦12月の満月の日」ですので、毎年同じ日とは限らず厄介ですが、欧米で祝われるイースターの「春分後の最初の満月の後に来る日曜日」より少しマシかも(笑)

そうなると私的にはこれからずらっとイベントが並びます。

 感謝祭 11月第4木曜日で今年は11/23日
  ↓
 ブラック・フライデー 感謝祭翌日で11/24日
  ↓
 ロイクラトン 陰暦12月満月の日で今年は11/27日
  ↓
 クリスマス飾り ドイツの習慣でクリスマス4週間前で11/27日

別にアメリカとドイツにタイの習慣を日本の我が家に持ち込む事はないのですが(汗) それに加えてこの期間に結婚記念日があります(笑)

と言うことで、明日11月23日が感謝祭Thanksgiving Dayです。

ドイツ在住時には関係なかった祭日で、アメリカ在住時に経験しています。宗教色よりも家族のイベント的な祭日です。由来はアメリカに移民で渡って来た人々が収穫を祝ったとか、先住民族インディアンの助けて生き延びた事への感謝とか言われています。

そのThanksgiving Dayのイメージと言えば、離れて暮らす家族もこの日だけは集まって七面鳥を囲って食事をする・・・アメリカでは誰もがそう思うのではないでしょうか。

(七面鳥なんか料理した事がないので、ローカル新聞のサイトからの画像です)
Turkey

この様に家族が集う日としてクリスマスに次いで重要な祭日。また家族の元に行く人達が多いので、休暇を取る人が多く、飛行機も混むホリデーシーズンです。

また感謝祭の翌日はBlack Fridayブラックフライデーと呼ばれ、この日だけは特別に木曜深夜から金曜朝早くにも多くの店が営業します。それでThanksgiving Dayの深夜からセールを求める人々が並んだり、店の中での狂乱が毎年の様に報道されます。

私もアメリカではThanksgiving Dayの深夜から出かけ、セールがどんなかを見たものです。ワイン以外に買う物もないので、関係ないのですが・・・大晦日のカウントダウンのような騒ぎでした。

(これもローカル新聞のサイトからの画像です)
Black Friday

このブラックフライデーは以下のような図式です(笑)

 感謝祭で家族が集う
  ↓
 感謝祭が終わり、クリスマス・プレゼントの準備を開始する
  ↓
 感謝祭の翌日の金曜日にショッピングに出かける
  ↓
 店はその日にセールをして客集めをする
  ↓
 店は感謝祭の翌日金曜日一日で黒字になる
  ↓
 だから感謝祭の翌日をブラックフライデーと呼ぶ

この話は続きがあって、近年ではネットショッピングが盛んな為に、感謝祭休み明けの月曜日に注文が殺到するそうでサイバーマンデーと言うそうです。

このブラックフライデーをタイでは見たり聞いたりした事はありません。私がバンコク都会部とは離れた地に住んでいた為かも知れませんし、ショッピングそのものに関心がなかったからかも(笑)

さてそしてロイクラトンです。

ソンクランの水掛騒ぎとは異なりその優雅さはタイのお祭りの中でも特筆すべきものがあるようです。お祭りの意味は色々な解釈があるようですが、農耕から発した水の精霊への感謝の祭りから、日々の感謝、悪いことを水に流す・・・そんな意味も含まれているようです。

最初のタイ在住時からほぼ毎年このお祭りを楽しみにしていますが、それはソンクランが(バンコクや多くの若者には)馬鹿騒ぎな祭りなのが、ロイカートンは何かタイの人々の生活や心を感じるからです。

一番最初に参加?したのは・・・観光ショーのようだったと今なら思える2001年でした。バンコク中心を流れるチャオプラヤー川に面したタイレストラン「スパトラリバーハウス」をローカルスタッフが予約してくれたものです。

スパトラリバーハウスはタイ映画・演劇界では有名なスターのお店で、チャオプラヤー川に面しながらも都心部とは反対の西側。その為東側から専用渡し舟があるのですが、王宮を川越しに見る夜景は確かに素晴らしいものです。

Loy Krathong River

そしてロイカートンのショーがあったり、食事時後に専属船でチャオプラヤー川に繰り出し灯篭を流したり・・・実は灯篭はチャオプラヤーの荒波ですぐ沈んでしまいました(涙)。

翌年からは人ごみと渋滞を恐れ、スクムビット・プロンポンのアパートから歩いて(普段は)5分のベンチャシリ公園に行ったのですが、そこは大晦日の浅草寺状態で、公園内の池にたどり着くまで1時間かかりました(汗)

Loy Krathong Park

最初はロイカートンはそんなものかと思っていました・・・
でも、でもですよ・・・そんなのはテレビのニュースで多く放映される王族のロイカートンだったり人が一番集まるバンコクの一部分だったのです。観光客が宣伝文句に誘われて行くようなロイカートンだったのです。

それからは渋滞も人ごみもない少し郊外へ行ってロイカートンを地元の人達と楽しむことが多くなりました。

一番好きな所はバンコク郊外にある高級住宅街サマゴーン(サマコーンとも)地区のレストラン「Krua Tee Song」。都心部から遠いし、ラムカーヘン大通りから離れた所で日本人も知る人が少ないのですが、大きな邸宅が並び大きな池など自然環境も整備されているエリアです。

池の周辺にはお金持ち向けの雰囲気が良い一軒家のレストランが点在しているのですが、在住時からバンコクでトップクラスの美味しさだと思っているのがKrua Tee Song。レストランが池にせり出しているので、食事をしながら灯篭流しが出来ます。

Krua Tee Songでロイカートンをするご家族。中央のお嬢さんは7歳だそうです。
Loy Krathong KTS

またこの辺りではバンコク都心部では難しいコームローイ(コムファイ)と言う灯篭?を空に飛ばすことが出来ました。夜空に舞い上がるコムファイは本当に美しいものです。

Loy Krathong Sammkon

バンコクを少し離れるともっと情緒豊かになります。下の画像はバンコク都の東隣サムットプラカーン県バンプリーにあるお寺Wat Bang Phli Yai Klangです。

お寺に面したサムロン運河はロイカートンの準備万端ですね
Loy Krathong Wat

このバンプリーは最初のタイ在住時からよく知るエリアでこのブログに再三登場しています。このお寺の横には150年以上続くバンプリー古市場もあり、舟を繋いだ橋で運河を渡ったり市場で庶民の生活に触れることが出来ます。

ここはまず観光に行くような所ではないのですが、大好きな場所です。『ソンテウで行くサムットプラカーン(7) サムロンからバンプリー百年市場へ』などで書いています。

Bang Phli 2

最後がドイツ在住時に経験した事で、クリスマスの四週間前になると、家々で一斉に飾りつけが始まるのです。それはアメリカのように電飾で家全体を飾るのとは違い、静かで厳かな感じなので、出窓にローソク(の形をした電灯)を置き外からも見えるようにするぐらいでした。画像下は日本の我が家なので厳かではないのですが・・・

20171224 Xmas 6

印象に残っているのは4本のキャンドルを中心に置いたリースのような飾りを作り、それがどこの家庭でも中心に置かれています(壁やドアにかけるのではなく、テーブルの上など)。そしてクリスマスまで一週間に一本だけキャンドルに火をともしてクリスマスが来るのを指折り楽しみに待つのです。

Germany

なんて忙しい、でも楽しい日々がやって来ます。それでいよいよ年末にお正月と・・・お酒を飲む機会が増えそうですねぇ~

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2023.11.22 | コメント(0) | その他

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(8) 謎のコーカイ路線

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第8回目です。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ
  第7回「シラチャ

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631ด」15バーツ 47分

20180426 Map4

前回はシラチャのロビンソンから街を見ながら時計台まで来ました。ノンモン市場からシラチャに来た時にナクルア行きのソンテウを時計台近くで偶然見つけたからです(画像下)。

20180718 Siracha 1

このナクルア行きソンテウを見た時、ある事に気づきました。私的には拘りが強い大きな疑問です。タイ語さえ上手に話せれば運転手などに聞きまくって『謎』は解けるのでしょうが、幼稚なタイ語と読み書きは全くダメな私です(涙)

ちなみにタイ語の読み書きが出来ないのに、ソンテウ等のタイ語行先を知るコツを『ソンテウの乗り方(2)』で書いています。

さて、もう5年前の事なので変化の激しいバンコクの路線バスを語る事は出来ないのですが、当時2年以上毎日路線バスを乗り続けて全路線のルートなど運行状況を調べる馬鹿々々しい事をしていました。

そんなの簡単じゃん!思われる方は当時の路線バスを知らない人です。行き帰りで、都営と委託で同じ番号でも路線が変わる、枝線もあったり、何やら表示板出して別ルートもあるし、手ごわかったし調べるのが楽しかったですし、何よりもバンコク首都圏をくまなく行って歩いて見ました。まぁ、ブログに書けばバスに乗りたい方々のお役に立つかも・・・と思ったこともあります。

BMTA公式サイトはありましたが古いし大雑把だしメンテしてないので使えず、個人的拘りでネット検索はしない主義なのでとにかく乗ってみるしかない・・・それでロングステイ3年半の2年はつぶしたような(笑)その全ての記録がブログサブメニューのカテゴリーから「バンコク路線バス」で見られます。

Bus26n ARL R

その200以上のバス路線調査の中で一番手ごわかったのが26番(画像上)でした。私的に「コーカイ路線」と呼んだ数字の後にタイ文字กが入る路線で、26番はコーカイを入れて全く異なる路線が5つもありました。『26ก番 バンコク不完全バスガイド』で書いています。

どうしても脱線してしまうブログです。バスの話は別な機会にして、話をソンテウに戻しましょう(汗)
さて、シラチャで気づいたのは・・・どうもソンテウでもコーカイ路線があるらしいと気づいてしまったのです。

ノンモン市場หนองมนからシラチャศรีราชาに来た時のオレンジ色のソンテウは1631ด番でした。コーカイが付いているのは気が付いていましたが、ノンモン市場でよく探せば1631番(コーカイなし)などがあるかと自然と考えていました。

20231116_1631A.jpg

そしてシラチャで乗ろうとしたシラチャศรีราชาからナクルアนาเกลือ行の白地に青のラインが入ったソンテウも1631番だったので、よく見たらタイ文字「」が付いています。何でしょうかねぇ~ 後でコーカイ表を見たら「皿の」に見えますが、よく分かりません。

20231116_1631B.jpg

いずれにしても1631番で全く異なる路線です。ソンテウの色が全く異なるので運行会社(あるいは組合、親方)が異なっているかと思います。根拠のない推論ですがノンモンからパタヤのような長い区間で1631番と認可を受けて、実際の運用はコーカイを付けて区切って営業しているのではないかと・・・

それでナクルアから先も1631番があるのではないかと思い、22年前まで遡ってナクルアからパタヤ周辺の画像をPC奥深くから出して探しました。結果、時間だけ費やし見つかりませんでした。仕方なしにGoogle Street Viewでパタヤ周辺でソンテウが走っていいそうな所を片っ端から探しました。3時間ぐらいパソコンの画像を見たような(笑)

ランポ―ナクルア市場前(5年前の自前画像です)
20231117naklua1.jpg

結果、あるものですねぇ~ パタヤの南、ジョムティエン・ビーチの南でスクムビット通りのコロンビアピクチャーズ・アクアバース Columbia Pictures Aquaverse 前を走っていました。ナクルアから20㎞以上南でした。

Google Street Viewをキャプチャーしました
20231116_1631C.jpg

このソンテウ、シラチャ~ナクルア間のソンテウと同じ白地に青のラインです。何か青のラインの色調が異なるように見えますが、個体差でそう見えるのか?分かりませんが、ぱっと見同じだと思います。番号の後ろに付くタイ文字は・・・う~ん、何でしょうねぇ~ タイ文字が全て同じに見える私には判別不能でした。って言うことは、同じ車体塗装で同じ番号に見えるってことですね。

しかし、なぜ「鶏のゴー」、そして「卵のコー」とコーカイ表の順番ではないのでしょうか? もしかしたら、○○○○番のA、そして次がB・・・とABCD順にサフィックスに付けて区別する、そんな役割をコーカイ表で行っている・・・と考えた私が間違っているのかも。会社のイニシャル? 分かりません。謎のままです(涙)

いずれにしても、行先表示だけがハッキリと異なり(当たり前ですけど)「サッタヒープ สัตหีบ - ナクルアนาเกลือ 」とあります。サッタヒープ(サタヒップ?、サッタヒップ?)がバンコク湾の東部最南端で海軍基地の町なのは以前から知っていましたが、行ったことはありません。ソンテウがサッタヒープのどこに行くのかも見たのですが、この町の広大なエリアがストリートビュー対象外で分かりませんでした。海軍の基地だからでしょう。

20231117map.jpg

ソンテウだけを乗り継いでバンコクからサッタヒープまで行けるのですねぇ~ 在住時にこの事を知っていたら・・・すぐにもナクルアへ行って、サッタヒープまで行くソンテウをに乗った事でしょう。うーーっ、残念です。どこへ行っても路線バスやソンテウを気にする私がナクルアで気づかなかったのは、最初からパタヤが終点で、それを目の前にして焦ってしまったからです。

ちなみにこのナクルア~サッタヒープのソンテウが走るだろうスクムビット通りのパタヤ以南ですが、ストリートビューを何時間も見た結果、(観光の方々にとって)面白そうな所が多くありました。前述のコロンビアピクチャーズ・アクアバースにアンダーウォーター・ワールド・パタヤ、パタヤ水上マーケット(怪しげですねえぇ~)、テパシットナイトマーケット(ちょっとねぇ~)・・・と観光用に作られた施設がたくさん地図上でありました。私は全て行ったことがないので、内容に関してはご勘弁を。

さてソンテウのコーカイ路線と言えば、このシリーズの最初のエピソード『バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(1) 都心~パークナム』でオンヌットのソンテウ1013番はルート別の番号が付けられている事に触れています。これは路線バスで言えば枝線的な違いで、誰もが見てすぐわかる違いでした。外国人が多くいるエリアなので助かりますね(私には縁がない地ですが)。

20180504 Songtew 2

そう言えば、私が(仕方なしに)BTSに乗る時に使ったウドムスック通りの1014番。番号やコーカイの表示もなくスクムビット側から乗る時は停車位置だけで行先が異なっていました。最初よく間違えたのに慣れたら何も気にせず乗っていました(笑)

20231119udom.jpg

いずれにしても、このエピソードで伝えたかったのは・・・ソンテウは系統番号や車体塗装だけでなく、コーカイ路線とか枝線的な番号があるので(そして全く番号の違いがなくても)、十分に行先を確認して欲しい。「○○色の○×△◇番のソンテウに乗る」なんてネットにいくらでも書かれているでしょうが、気を付けてください。

特にナクルアからシラチャへ向かうのに1631番のソンテウを使う方は十分に注意です(キッパリ)。残念ながらナクル出発の場所が同じか確認できていませんが、会社が同じだと思うので、まず一緒でしょう(スクムビット・パタヤ・ソイ14/1内に駐車している1631番が何台かストリートビューで見えます)。 シラチャへ行きたい方が慌てて乗ったらスクムビット通りを反対の南に向かうことになります。

パタヤもシラチャも日本人が多いエリアかと思いますので、きっと現地の方々には常識なのでしょう。ネットで調べたらそんな情報がいっぱいあるのかも知れません。今の私には知りようもありませんが・・・ソンテウの番号+タイ文字は解明したい謎です(苦笑)

さて・・・そろそろナクルア行のソンテウに乗りましょう。続きます。

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2023.11.20 | コメント(0) | タイ・トラベル

やっと環境が整いました

横浜では、一週間ぐらい前から急に冷え込むようになりました。タイでは気候が一番良い頃かと思います。ブログを書くために5年前まで住んでいたタイを思い出す機会が急増したので、この寒さが余計に辛く思える日々です。

鉢で育てていた夏の花、この寒さで小さくすっかり弱ってしまい家の中へ。すでに終わりかけていますが今日一日、テーブルの上で見てあげましょう。
20231118flower.jpg

さて、一ヶ月半前にブログを再開する事を決めて以来、今後の更新予定を4回の予告編で書いたのは自分をもう逃げられない状態に追い込むのと、何をこれから書くのかを整理しながらもブログ作成手順を思い出していました。何しろ5年間も更新しなかったブログですから(苦笑)

更新予定 その1」 
更新予定 その2
更新予定 その3
更新予定 その4

その予告編を書く中で、5年前と事情が変わったりしたのでブログ設定を少し変更しました。

電話嫌いの初めてのスマホ」スマホ表示での不具合対応
ブログランキングの再参加」ランキングのバナー設置
なぜブログを書くのか?少し設定変更」ブログ内検索、アクセスカウンター設置等

このようにブログを再開してパソコン作業が格段に増えましたが、日本の自宅でのパソコン環境に慣れてないので作業に手間取りました。何しろブログ再開前は、家計簿入力、年賀状作成、ネットでの各種手続き・・・それにNetflix視聴ぐらいでしたから、作業環境を気にするほどではなかったのです。

実はパソコンは大きな趣味の一つで、当時は一般的ではなかった1980年代後半から遊んでいました。1990年ドイツ赴任時は初めてのノートパソコンMacintoshのPB150(画像下)が一緒でした。そう言えば、当時は「Macintosh」(マッキントッシュ)で「Mac」(マック)なんて言ってませんでしたねぇ~ 私はその後Windows PCばかりでしたが・・・

MAC PB-150
1980年代は呪文のようなDOSコマンドと格闘していたのが、1990年代のMacやWindowsの登場でグラフィカルな操作が可能になり、パソコンは一気に一般化されました。その時代変化の中にいたので、今でもパソコンの自作・改造でDOSを使ったりします(笑)

PC Modification

話を戻しましょう(苦笑)

ブログ再開してパソコン環境を変える必要を感じ、この一ヶ月はパソコン改造と周辺機器の強化をしていました。今日はそのお話です。

キーボードとマウスの交換
私はアメリカではプライベートも仕事もラップトップPC(日本ではノートパソコンですね)をずっと使っていました。その携帯性でアパートの部屋用でToshiba Satelite、オフィス専用でDELL laptop、そして移動用のPanasonic Let's noteと使い分けていましたが、日本から持って行ったPanasonic(JIS配列)以外はキーボードがUS(英字)配列でした。

Olympic

タイにはアメリカで使っていた個人使用のToshiba SateliteとPanasonic Let's noteを持って行きました。キーボードの配列が2台で異なるのは完全に慣れていたし、10年超のパソコンですが両方ともHDD換装など改造を繰り返し十分に使えました。

20171201 Room

タイから日本へ帰国した時、持ち帰ったPanasonicは改造を繰り返した為か、世界中を一緒に巡ったからか、15年以上の酷使でボロボロなので引退させました。残ったのがノートPCのToshibaと日本の家族用に2015年に設置したデスクトップ機DELL inspironで、この2機が日本でのパソコンです。

ノートPCがOSやキーボードがUS仕様で15年、デスクトップ機が8年使用ですが両機ともHDD換装済みで、デスクトップ機はメモリー、グラボ、USBなど増設済みで今でも十分使えます。

ただ・・・メインで使うのがデスクトップPCになったので、その付属キーボードだと、キーストロークやキーピッチがノートPCとかなり異なってしまい、ミスタッチが多く困っていました。

それで新しく買ったのがキーピッチが狭いキーボードなのですが、今まで使った事がないBluetooth接続にしました。その理由は狭いデスクでキーボードを2台も並べられないので、1台のキーボードで接続先を切り替えられるBluetoothにしたのです。

20231016keyb.jpg

次にマウスもBluetooth接続にして、これもマウス上のスイッチで接続先を切り替えられるようにしました。結果は・・・タッチ感など満足で、キーボード(あるいはマウス)操作で一瞬切替です。

20231016mouse.jpg

マウスが再起動時に認識しないトラブルがありました。これはWindowsの「コンピューターの管理」→「Bluetoothサポートサービス」→「スタートアップの種類」で設定を「手動」から「自動」にして対応出来ました。

20231016pc1.jpg

まぁ、便利になったけどBluetooth接続機器だとOS起動前のBIOS設定等で有線が必要かと思うし、ノートPCのWindowsが英語版のままなのと、そのUS配列キーボードをJIS配列キーボードで扱う厄介は残ったままです(苦笑)

話が長くなり、どんどんブログテーマから外れてきました。ごめんなさい。先を急ぎましょう・・・・

アメリカで買ったノートPCの強化
Bluetoothが内蔵されていない15年前のパソコンです。キーボードとマウスを使うためにUSB接続のBluetoothアダプタを購入し、ついでに内蔵無線LANが壊れたままで有線接続だったのでこれもUSB接続のWi-Fi子機を買いました。

20231016wifi.jpg

いやぁ~、タイだとちょっとパソコンをいじりたいとパンティッププラザへ行っていましたが、直に触りたかったキーボードを除き、全てネットでポチっとして買いました。便利すぎるぐらいでもう全くストレスなしです。

Pantip Plaz

そのタイのパンティッププラザですがプラトゥーナムは私には都会過ぎて、人混みだし、お兄さんが変な声をかけてくるので好きではありませんでした。私の生活圏内のバーンカピのパンティッププラザがPCパーツは結構幅広く売られてましたし、値段も相対的に安かったです。「バンコク最大の下町繁華街」で書いています。

Pantip Plaz inside

もっとも5年以上前の話で、バーンカピは(私からすると)大変便利な所なのできっと今は激変したと思います。

やっとタイの話題に触れましたが、話を戻しましょう。

デスクトップPCの改造
5年以上前の一時帰国の際にHDD換装、メモリー、グラボ、USBなどの増設とデスクトップ機ならではの簡単な改造をしていました。今回、久しぶりにパソコン作業を頻繁にすると起動が遅いのが気になりました。

20231016pc2.jpg

そこで起動ディスクをハードディスクHDDからソリッド・ステート・ドライブSSDに換装しました。WindowsなどOSが入っている起動ドライブを丸ごと変えるのは厄介かと思いますし、引越し専用ソフトもあるようですが、私はDOSコマンドだけで50回以上換装して失敗なしです。

20231016pc3.jpg

狭い部屋ですが、やっとパソコン作業の環境が整いました。15年前にアメリカで買ったノートPCが怪しげで酷使は出来ませんが、予備機として十分です。10年と15年以上の2台のPCですが、まだまだ働いてくれそうです。

70歳になってから、こんなに面倒くさい事に取り組み、頭を使ったのは何年ぶりか・・・。それに旅もしたくなったし、これもブログを再開したからですねぇ~ 再開の後押しをしてくれた読者の皆さん、日々ブログを見て下さる方々にも感謝です。

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2023.11.18 | コメント(2) | 日本生活

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(6) クメール王朝支配

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅、その6回目です。

スコータイ歴史公園のワット・マハタートです(2001年の撮影です)
20180526 Sukhothai

タイでのロングステイ時(2015~2018年)の旅は大きなテーマをいくつか持っていました。その一つがチャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る事です。そのタイ王朝の簡単な推移と関係するこのブログのエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝 1238~1448年 スコータイ王朝カンペーンペット(本シリーズ)
   
アユタヤ王朝  1351~1767年 ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在(予定)
               チャオプラヤー元流を歩く(エントリー中)
トンブリー王朝 1768~1782年 トンブリー王朝の面影を探し 全27回
   
チャクリー王朝 1782年~    チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
                 チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

チャオプラヤー川が上流でピン川に繋がりカンペーンペットがあります。さらにピン川を遡るとラーンナー王朝(1292年 - 1775年)の首都となったチェンマイに繋がります。まさしくタイの歴史はチャオプラヤー川を遡る事で繋がるのです(自説です)。

20231027map1.jpg

そんなこの旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。そしてこのシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(1) 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(2) バンコク~カンペーンペット
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(4) 歴史公園(城壁内)
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(5) ワット・プラケオ

さて、今回の旅のテーマ「スコータイ王朝 Sukhothai Kingdom」の領地はスコータイ、ピサヌローク、カンペーンペット、ナコーンサワンなどタイ北部の南側から、最盛期のラムカムヘーン大王(ラームカムヘーンとも)在位中でも中部の一部を含む程度の規模だったとされます。

クメール王朝支配

スコータイ王朝(1238~1448年)はタイ族最初の王朝と言われますが、それ以前のこの地はクメール王朝(アンコール王朝)の支配下でした。タイやカンボジアのクメール遺跡を訪ねると、その領土の広さと「王朝と宗教の変遷」を強く感じてなりません。今日はそんなお話です・・・

アンコールワットは2002年にタイから陸路で訪れています
20180602 Angkor 1

ヒンドゥー教を中心としたクメール王朝(802~1431年))ですが、その最盛期は仏教徒だったと言われるジャヤヴァルマン7世(在位1181~1218年)の時代だそうです。そのジャヤヴァルマン7世が建てたのがアンコールトムのバイヨン寺院(画像下)で、ヒンドゥー教と仏教が入り混じった寺院です。

20231111angkor1.jpg

20231111angkor2jpg.jpg

ここまでは調べたり知っていたのですが、ここからは自説です(苦笑)。
スコータイ王朝の領土はクメール王朝の(王都アンコールワットから見て)北西辺境部になりますので、おそらく最盛期の王でしかも仏教徒であったジャヤヴァルマン7世の時代が最もこの地に影響が強かったと思います。

1203年のクメール王朝支配地域です。地図上チェンマイあたりのHariphunchai Kingdomとはモン族のハリプンチャイ王国で、後述するラーンナー王朝の創始者マンラーイ王に滅ぼされます。
20231113Khmer.jpg

それでクメール様式の中でも仏教色が入った寺院がスコータイにも影響したのでしょう。さらにスコータイ王朝ラムカムヘーン大王(在位1279~1299)以降の時代だと、クメール様式の寺院も仏教寺院に建て直されるか、あらたにスコータイ様式の寺院が建立されたのではないでしょうか。

なお、スコータイ全域ではクメールの影響が薄く思えますが、カンボジアに近いタイ東北部には多くのクメールの痕跡を見る事が出来ます。『タイのクメール遺跡を巡る』がシリーズエントリー中の(現時点で)最後のエピソードです。

スコータイ王朝成立

画像下、スコータイ歴史公園の「ワット・シーサワーイ Wat Sri Sawai」は12世紀末から13世紀初頭にかけて建てられたそうです。、スコータイ王朝以前のヒンドゥー寺院(クメール様式)です。スコータイ王朝以前はこの様な寺院ばかりだったでしょう。

20231111sukhothai2.jpg

そして、スコータイ王朝が開かれたのは1238年だそうです。上記のジャヤヴァルマン7世が世を去った20年後でクメール王朝の支配力はすでに衰えていたのでしょう。

この1238年は大変興味深い年でチェンマイに開かれたラーンナー王朝の創始者マンラーイ王誕生が1238年です。それでラーンナー王朝はスコータイ王朝に54年遅れて成立しています。このラーンナー王朝とスコータイ王朝は約150年共存しています。

画像下はチェンマイの「ワット・チェーディールワン Wat Chedi Luang」ですが、着工が1391年で完成が1441年なのでスコータイ王朝滅亡7年前の事です。

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ヨーロッパでは・・・イスラム王朝が(今のスペインの)グラナダを都(グラナダ王国)としたのが1238年です。この時代はイベリア半島でキリスト教勢力とバチバチに争っていた時代です。グラナダのアルハンブラ宮殿には1997年に訪れていますが、ドイツ7年の在住でMAX太っていますねぇ~ 

20231111Alhambra.jpg

この時のアメリカは・・・前述のイベリア半島のイスラム支配が終えたのが1492年。そしてイベリア半島の大国スペインの支援を受けたコロンブスがアメリカ大陸をたどり着いたのが1493年ですから、先住民の世界ですね。

そして日本の1238年は・・・鎌倉時代でNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で坂口健太郎が演じた第三代執権・北条泰時の晩年です。そして鎌倉大仏(木製)の建立が始まったのが1238年です。(画像下で我家の女王様と大仏様が一緒で恐縮です)

20231111kamakura.jpg

さて、スコータイ王朝が始まった1238年が、我が家からも近い鎌倉で感じ取れる時代と同じ頃かと思うと・・・何か遺跡で感じ取るほど昔でないような気がしてきました。

そして、こうして自分自身の頭を整理すると、タイの仏教は案外そう古くからこの地に根付いたわけではないと気づいたのです。『タイは仏教国』と大文字に色かけアンダーバーで書かれているイメージがありますが、その実はそう古くはないように考え直したのです。

もちろん。東南アジアの地理的条件から、そしてクメール王朝でも仏教色が強かった時代など、古くからこの地で広めようとする動きはあったと思うのですが、初のタイ人の国として仏教(出家し修行することで自身の解脱を目指す上座部仏教)を保護し広めようとしたのは王朝第3代のラムカムヘーン大王以降ですので、庶民レベルで広まったのは13世紀後半から14世紀でしょう。

スコータイ歴史公園内のラムカムヘーン大王像です
20231111sukhothai5.jpg

それは日本だと鎌倉時代後半から室町時代初期です。6世紀の仏教伝来や最澄や空海の密教は別にしても、庶民仏教となる浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、曹洞宗、臨済宗などはすでに鎌倉時代に誕生していたと思います。まぁ、仏教と一言でまとめて考えると怒られそうですが・・・

なお、スコータイ王朝第三代のラムカムヘーン大王はその時代に拡大した領土、タイ文字を造った事、そして仏教を信仰し保護したことでタイに仏教を広めた事などから、タイで最も偉大な王だったと言われます。

そんな事を考えながらカンペーンペットの遺跡の中を歩いていたのですが、話が脱線・・・いや、暴走しました(汗) ごめんなさい。 
話を戻したいのですが、暴走から立ち直るために次回とします。次回はスコータイ王朝の三都市物語です。

毎回の長い話で本当に申し訳ないです。最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

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2023.11.15 | コメント(0) | タイ・トラベル

各国の秋をお届けします

昨日の横浜は朝から秋雨の寒い一日でした。数日前まで半ズボンと半袖で庭いじりをしていたのに、たった数日で秋が深まったようです。慌てて出したセーターを着ながらも、我が家では暖房を使い始めた週末でした。

外歩きや庭にもでも出られない日、熱いコーヒーを淹れてパソコン内の写真整理で過ごしました。ブログ再開をして一ヶ月ちょっと、ブログを書くより5年以上前に撮った画像を探す方が大変だからです。

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そんなPCを整理をする中で奥深くから出てきた画像、今日は秋っぽい画像をまとめて紹介です。いつもは文章が中心のブログですが、今回は画像中心でいつかはやってみたかったスタイルですが・・・それでも長くなりそうです(苦笑)

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一番上の画像はアメリカ・ジョージア州北部でアパラチア山脈の南端を11月に撮りました。この辺りはドイツからの移民の方々が多く住んだ地区で、ドイツの南部を思い起こさせるような秋です(画像上)。

10年住んだジョージア州の10月は『本当のハロウィーンって・・・』で紹介済みですが、11月になると私が住んでいた町にも紅葉がやってきます。

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日本の紅葉が世界一美しいのは揺るがないのですが、カナダでは赤いカエデを国旗にするぐらいなので、この国では誰もが紅葉を自慢にしています。以下は10月中旬のカナダ東部トロントの画像です。

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トロントでの仕事は週末をはさんだのでナイアガラへ向かいました。カナダ最大のワイン産地で、特にこの地のアイスワイン(寒冷地で凍結したブドウで造る)は秀逸で私もファンの一人です。ここにはどこへ行くのか悩むぐらい多くのワイナリーがあります。

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ついでにナイアガラの滝に寄りましたが、ドイツ在住時から何度も行ったことがあります。滝周辺の街が秋色に染まっていますねぇ~ この時期に行ったのは初めてでした。

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7年住んだ北ドイツの秋は『異郷で心に染みる秋、そして一枚の葉書』でエントリー済みですので、他の画像があまりありません。何しろスマホはなくデジタルカメラはやっと市場に出始めた90年代前半の事です。私が住んでいたのは緯度で言えば樺太北端と同じ寒冷地、この画像は10月だったと思います。

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他に住んだ国はタイを含めて紅葉とは縁がない国ばかり。それで最後は日本ですが、この国では私も観光客の皆さんと同じでメジャーな観光地ばかり行っています。まぁ、それでわざわざブログに載せる事もないのですが・・・

国営ひたち海浜公園のコキアで10月中旬過ぎです。かなり混みますが四季ごとに行く価値がある所だと思います。
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会津・大内宿の10月下旬です。近くにお気に入りの温泉があるのでここも四季を通じて行っています。
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載せるのが恥ずかしいように思える大観光地の日光・竜頭の滝で昨年10月中旬過ぎです。宿の部屋が中禅寺湖に面しているので、この時期特有の「けあらし」から日が差すまで部屋で楽しめました。
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北海道の紅葉はなぜかアメリカ北東部やヨーロッパ北部と似た感じがします。2019年10月中旬過ぎの千歳近くですが、赤く染まる小型のモミジの木が山には少ないのかも(自説です)。
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昨年の姫路城です。昨年11月中旬で紅葉には遅かったと思います。関西で遊んでいた時に急にお城を見たくなり行きました。
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まだ少し時期的に早いのですが、横浜・山下公園前と東京・神宮外苑のイチョウ並木です。画像はいずれも今年のものではありません。都会の中で黄色で輝くイチョウ、かなり素敵です。
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最後が自宅から近い鎌倉ですが、人混みが怖いのでメジャーな所は避けて・・・扇ガ谷の奥にある海蔵寺です。(静けさを破る)結婚式の前撮りが多いのが難点ですが・・・
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いかがでしょうか? 私は画像をペタペタ貼って、ちょっと説明文を付けたら簡単にブログが書けると思ったのですが・・・やはり時間がかかってしまいました(苦笑) 当たり前ですが自前画像しか使わないブログですので、ブログを再開して急ぎPC内の写真を整理しました。これからは探すのが少し楽になるかも(笑)

冒頭に書いた通り、横浜は昨日(11月11日)から急に冷え込んで、すでに冬のように思えます。すぐに「各国の冬をお届けします」を書くかも知れませんねぇ~ 
いつも長いブログを最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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2023.11.13 | コメント(1) | その他

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(7) シラチャ

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第7回目です。

さて、このシリーズのエントリーは5年4カ月ぶりになるので(苦笑)、旅の内容前に少しソンテウとタイでの公共交通機関について書いておこうと思います。

まずは「ソンテウ」なる乗り物ですが、このブログを読む方なら皆さんご承知の事かと思います。念の為の記載ですのでご勘弁ください。

そのソンテウ・・・タイ語の『2(ソン)สอง』と『列(テウ)แถว』をくっ付けたので2列を意味するのはご存知かと思います。現実にピックアップトラックや軽トラックの荷台を改造して長椅子が2列で向かい合っています。

20180502 Songthew 2

多くの路線バスが町中を走るのはバンコクぐらいで、地方都市では路線バスは都市間を移動するもので、都市の中ではソンテウが中心となります。タイでは他にロットゥー、トゥクトゥク、シーロー、サムロー、モタサイと乗り物が多いのですが、その風貌や運行スタイルはバラバラで観光ガイドブックのように簡単に言い切る事は私には出来ません。

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ソンテウ、そして路線バスはもちろん水上バスや運河ボートを含んでタイで公共?(とは言い切れないけど)交通機関を利用する方は、是非以下のエントリーを読んで下さい。

ソンテウの乗り方(1) 乗り物の種類と使い分け
ソンテウの乗り方(2)

観光や(都心部在住の)多くの日本人にとって、都市型鉄道のBTSやMRT以外の上記タイ公共交通は、不快で危険でもあり色々な意味で一定性もない事を十分に知って欲しいのです。

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特にソンテウとモタサイはその車両と乗車形態から、万が一事故に遭遇した場合はかなり危険です。また誰でも働けそうな?運転手の技量と性格も大きなバラツキがあります。路線バスも含めてですが「危ない運転手」に当たった事は数回どころの話ではないです。

そう言えばソンテウ(を降りた直後)でひったくりにあった事があります。『引ったくりに遭う』でエントリーしています。

5年前と少しは変わったのかも知れませんが、安全軽視の根っこは同じはず。数回の経験でこうしたタイっぽい乗り物を面白おかしく紹介する動画系やブログがあるのではないでしょうか。アクセス数を上げる為に物珍しさでされているのでしょが、安易にネットでお勧めする内容にはどうか気を付けてください。

画像下は分かりにくいのですが、センセープ運河ボートの乗り降りです。ほぼ毎回こんな感じで、実際に在住時に落ちて亡くなった方がいました。身体ごとや手荷物を香しい運河にプレゼントする方もいますし、運行中しぶきを被るのは毎回です
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いずれにしてもこのブログではこうした乗り物が多く登場し私自身はたっぷり楽しんでいます・・・って言うか、バスなら年に千回以上、ソンテウでも年に百回以上、渡し船から水上バス類も年に百回以上利用した経験で書いています。また、『タイ公共交通機関利用のリスク』は別に書くつもりです。

下の画像はツッコミどころがいっぱいですね、まぁこれでもマシな方です
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前置きが長くなりました。そろそろ本題に入りましょう。

前回の第6回目はノンモン市場からシラチャまで(もちろんソンテウで)移動し、町を散策しましたが、好きな海がすぐ近くにあるからなのか町全体が明るく感じました。

また、ソンテウだけで移動なんて馬鹿げた事をしなければ、シラチャ~バンコク間はロットゥーも大型バスもあるので便利な所でした。この日は時刻も遅くなったのでいったん大型バスでバンコクに戻り、後日シラチャから再開する事にしました。

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なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。
  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631ด」15バーツ 47分

20180426 Map4

さて、シラチャから戻りソンテウを乗り続けた疲れが取れたのが三日後です(笑) 前回の続きと言うことで、まずはアパートからエカマイのバスセンターまで行ってからシラチャまでバスで行きました。

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アパートから都会のエカマイまで行くのに1時間弱でしょうか、アパートから数分歩いてバンナートラート通りに出れば、バンナー交差点かキンケーオ市場前からロットゥーで1時間ちょっとで行けるはずですが、ロットゥーが大の苦手なので遠回りでもバスを選択です。

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シラチャではスクムビット通りロビンソン前でバスを降りました。ここからは前回すでに調査済みで分かっている時計台のロータリーまで行けば、パタヤ北側にあるナクルア行のソンテウの乗れます。時計台まで行くソンテウも分かっていましたが、ゆっくりと町を散策するように歩いて行きました。画像下はノンモン市場~シラチャ間のソンテウ1631番のシラチャ内ルートですが、このルート沿いで歩きました。

20180718 Map 4

下の画像が時計台ですが北側から撮っています。この画像で左が市場で奥は公園です。画像上右に道なりに30~40m進むとソンテウの待機場所です。

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白地に青のラインが入ったソンテウで1631番、「シラチャศรีราชา」「ナクルアนาเกลือ」と書いてあって、前回ノンモン市場からの偵察時に見つけたソンテウです。数台待機していたので先頭車両に乗って出発を待ちました。

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さあ、いよいよパタヤに向かって出発ですが・・・・長くなったので次回に続きます。

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2023.11.11 | コメント(2) | タイ・トラベル

タイの花々と公園に思いを馳せて (1)

季節の変化を木々、草花、旬の魚や野菜に果物などの変化で知ることが多いかと思いますが、今年の日本は酷暑の夏を11月になっても思い出させるような日が続いています。今のところ、山々から始まった紅葉便りだけが秋の深まりを教えてくれます。

横浜自宅近くの散歩道で2021年11月に撮影したものです。
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今、タイ中部では雨期が終わり、時折ふと感じるからっとした爽やかな風に驚き、湿気たっぷりで重たくも思えた空気から解放された事を知る頃ではないでしょうか。私はちょうど今頃、雨期明けで乾季前の間に空気が澄んで部屋からチョンブリの山の方まで見通せるの好きでした。

Sep04 Weather

雨期に乾季に暑季、そんな単純なタイの季節感を思い込んでいたのですが、6年半も暮らせば季節ごとに街を彩る木々や草花が記憶に刻み込まれます。今こうして画像を選んでいるだけで香りさえ思い起こせるのです。ただ・・・こうした花々は多くは11月とは真逆の乾季の終わりごろから雨期の間に咲きますけどね(苦笑)

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画像上はアパート近くのラマ9世公園で2015年3月に撮ったものです。花を愛でるにはバンコクで最高の公園でしょう。『バンコクで一番広い公園』 『バンコクで一番美しく広く静かな公園』 『ラマ9世公園の朝市』 などで紹介しています。

高い木に黄色の花を多く咲かせるラーチャプルックはタイで最も季節の変化を感じる花(木)だと思います。外国人にとってはゴールデンシャワーと印象的で覚えやすいですね。

画像下はアユタヤのワット・マへーヨンで2018年4月に撮りました。茶褐色の遺跡がゴールデンシャワーで包まれ、すごく華やいでいました。『ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在』(仮)で今後エントリー予定です。

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白く大きな花に気品を感じるプルメリアはタイに限らず熱帯地方でよく見かけます。あまり季節性を感じないのですが、タイでは毎年6月ぐらいが咲き始でかなり長く続いたように覚えています。画像下もラマ9世公園で2017年6月に撮ったものです。

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ラマ9世公園、いいですねぇ~ アパートから歩いて行けたし(私は30~40分ぐらいなら徒歩圏です)、路線バスにソンテウと選択肢がたくさん。中は入場料(当時10バーツ)を取るのでしっかり管理されています。

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20171215 Park 1

そう言えば、ラマ9世公園で散歩していた時に大変驚いた事があります・・・なんとミミズクに遭遇したのです。大変広い公園なので野鳥も多くそれらをカメラで追っていた時の事でした。『これってバンコクにいるのですねぇ~』でエントリー済みです。

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そしてこのラマ9世公園のすぐ横が鉄道ナイトマーケット『タラート・ロットファイ・シーナカリン』です。アパートから歩いて行けるナイトマーケットって、なかなか良いものです。

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そしてラマ9世公園に接したすぐ裏が私的ベスト3に入る公園の「ノンボン貯水池」です。ラマ9世公園裏と言っても入り口はアクセスが難しい所で、超知る人ぞ知る的公園だと思います。ネットは見ない主義なので、もちろん街歩きの中で偶然見つけた大好きな公園です。

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私はこの公園内でカヤック、ウィンドサーフィン、ボートセーリングに貸自転車が使えるウォータースポーツセンターの会員になっていました。エピソード4までありますが『アパート近くにこんな所があれば(4)ウォータースポーツセンター』からたどれます。

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ラマ9世公園の話が長くなりました。バンコク首都圏の街歩きは混沌の中を歩くようなもので精神的に疲れる事もありました。そんな時の息抜きの場がアパート近くのこんな素敵な公園でしたので、忘れがたい記憶の映像なのです。

いつもの事ですが気持ちが先走ってしまい、今日も長くなりました。次回に続きます。

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2023.11.09 | コメント(0) | 博物館・パーク等

なぜブログを書くのか? 少し設定変更

ブログ更新を5年ぶりに再開して一ヶ月が経ち、ランキングに6年半ぶりに再参加して三週間が過ぎました。この一ヶ月の間に急に秋めいたように思えたのは、慣れないことを始めて草花や木々の変化に目が行かなかったからかも知れませんね。

日々の散歩で通る小路のイチョウで、先週末の撮影です。
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この一ヶ月でブログを書くと言うことにやっと慣れたと・・・いや、思い出したように思えます。これも読者の後押しがあったからです。ありがとうございます。しかし長いブランクでした。再開しなくては・・・と思いながらも、どこかで諦めていた部分もあったのですが、まさか70歳になってまた再スタートするとは思ってもいませんでした。

ブログ再開に踏ん切りがついたが9月下旬でした。その理由は何度か書いていますが、日本へ帰国したとは言え途中で投げ出したような・・・いつか再開しますと書いたもののダラダラと5年経っても始められなかった・・・それを後押ししてくれたのは間違いなく読者の皆さんでした。それから一ヶ月経って完全に季節は変わってしまいました。

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そして、この一ヶ月間でかなりブログ設定を変えています。先日のエントリー「電話嫌いの初めてのスマホ」と「ブログランキングに再参加」以外にもいくつかの変更をしています。

今日はその説明ですが、ふと思ったのです。何か自分の流儀に対して逆行していないか?と・・・

このブログの当初は広告以外(広告は最初から嫌でした)は一般的に推奨されるまま、アクセスカウンターやブログランキングなど色々ペタペタと貼っていました。それがある日、嫌になってしまい全て外してすっぽんぽんのブログにしたのは、6~7年前の事です。

理由は色々あったのですが、いつも長文ですので読者が読みやすくシンプルにしたい、読者に何らかのクリックを誘いストレスを与えたくない・・・そんな気持ちと、自分自身がアクセス数とかランキング順位を気にしてしまうのもすごく嫌でした。

もちろんアクセスいただき、ランキング等で評価いただくのは大変ありがたかったのですが、数や順位を自分が気にしてしまい、それらを上げるために無理して多くエントリーしたくもないし、内容も薄っぺらにしたくない、

ニュースネタをネットで拾ったり、どこにでもある観光ガイドや食べログ的記事に海外生活指南的記事などをチャチャっと書きたくない・・・ 自分自身が経験して自分の感性と言葉と写真で、自身が納得するエントリーにしたい。

そう思って余計で邪魔なバナーなどはもちろんアクセスカウンターも外してしまったのです。6年以上前の事ですが(笑) あるとどうしても見ちゃうし気になっちゃう弱い性格なのです(笑)

それが再開した今・・・ベタベタとバナーを貼るし(実はランキング参加がバナー必須とは知りませんでした)、アクセスカウンターやいいね的「拍手」まで設置してしまい、ブログを最初に始めた時に逆行してしまった事に気付きました。

媒体がブログであってもホームページでも(昔は)パソコン通信でも、伝えたい事があればどんな環境下でも必死に書いていた・・・今になってそんな自分を思い出しつつあるのかも知れません。

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じゃぁ、なぜ自分はブログを書いているのでしょう。ブログ(Web Log)の原点通りにウェブWeb上にログLog(履歴とか記録)を残す。海外に長く暮らし世界の多くの人々や生活、文化や歴史、そして街を知り日本とは異なる経験を多くしたからこそ、それを自分の記憶だけでなくWeb上の記録として残したいと思ったのです。

私の場合は自然とそうなったように思えます。
1980年代後半にパソコンに親しみ → 海外アクセスを学ぶのにアメリカのCompuServe(コンピュサーブ)に入り → それがきっかけで(日本の提携先の)Niftyでパソコン通信を始め → 90年代後半に自分のホームページを運営し → 運営が厄介なホームページを閉じて代わりに簡単なブログへ

ブログはアメリカ在住時にワインの記録で始め、タイではビザ取得や生活設営の忘備録の意味が大きい記録、そして路線バスや水上バスなどに関しては完全に記録ですね。街歩きや旅も記録する意味もあって書きました。

でも・・・タイ在住を終えて日本に帰り5年、もう記録の意味は薄れているはず。なんで自分は書いているのか? 自分がタイや日本を含んで色々な国で生活し旅をしそれらをつぶさに記録し感じた事を綴り、それらで読者が少しでも役立ったり共感や何かを思っていただいたら良いなぁ~って。その結果がアクセス数やランキング順位に現れたら意味があると思うのです。

もちろん、70歳になった今でも文章を考え画像を選び、それらをパソコンで作業するのは楽しいし、記憶を遡るのは年寄りの特権です。なにしろ長く深い記憶がたっぷりありますから(笑) そして、何よりも読者から何らかのレスポンスがあるのが励みです。

前置きが長くなりました。このブログでは毎回の事ですが、懐かしいフレーズですね(苦笑)

さて、最近変更したブログの設定です。全て読者の方々がアクセスしやすく、また見やすいようにする為の変更です。

実は、この5年間はコメント対応だけだったので、管理画面からコメントに返信させていただくだけで済みました。私自身が自分のブログを見る必要は無かったのです。って言うか・・・長く放置されたブログは見っともないとも思え、見たくありませんでした。

それが今回、私自身が5年ぶりに自分のブログを見るようになりましたので、些細なことですが気になる事が出てきたのです。結果、ぐずぐずと設定や環境整備ばかりして、新規(タイ関係の)エントリーがなかなか進まずにいます。ご勘弁ください。

元々、このブログはアフィリエイト(クリックされる事で成果報酬を得る広告)は全く設置していませんし、アクセスいただいたこのブログ以外へ誘導するリンク(ランキング以外)も貼っていません。何しろ毎回、タイトルやテーマから脱線しながらの長文ブログなので、せめて表示だけはシンプルで読みやすくしたいと考えての事です。

前述のようにまだ迷いがあります。今回の設定変更で多少表示に余計なものが増えていますが、読者には(私にも)使いやすくなったと思います。では、以下が変更点です。

1,ブログ内検索機能の追加
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上の画像のように、ブログ表示左サイドバーの一番上(赤線で囲った部分)にブログ内検索バーを付けました。ブランクの入力部に私のブログ内だけで検索したい文字を入力し、その下側の「検索」釦を押して下さい。

試していますが、なかなか便利です(笑) 何しろ一つの記事が長文で内容も右往左往していますし、エントリー数は1400以上です。読者がこのブログ内で何か検索するには大変面倒だったと思います。

頻繁に更新していた5年以上前はGoogle等の一般的な検索エンジンで『60代のロングステイ ○○○○』と入力すると、私のブログに絞り込んだ上で○○○○の部分がかなり確実にヒットしていたと思います。その方法が更新しなかった5年間でかなりヒット率が悪くなっている事でしょうから、その対策です。

しかし、なぜ今までなぜ対応しなかったのでしょうねぇ~ ブログの設定等よく調べてなかった私のミスです。

一点だけ・・・スマホ表示では表示も機能もしていません。ごめんなさい。上記の一般検索エンジンで『60代のロングステイ ○○○○』の方法をお試しください。

2,アクセスカウンターの設置
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上の画像のように、ブログ表示左の欄で「最新コメント」の下(赤線で囲った部分)にアクセスカウンターを設置しました。

少し前のエントリーブログ更新を再開しますに「何年も新規更新がないブログなのでアクセスして気づかれる方は一年で数人いるか? 」と書いた通り、今でも数人の方が日々アクセスされているとは知りませんでした。そしてそれを知ったのがブログ更新を再開する大きな理由となりました。今後、こうした誤解を私がしないようにアクセスカウンターを設置したわけです。

実はアクセスカウンターをゼロにして設置しようと思ったのですが、設置した時点で自動的に「482185」が現れました。以前、アクセスカウンターを設置していたのを外したのは冒頭に書いた通りです。ブログサービス側で表示はしなかったものの、カウンターとしては機能していたようです。

それは・・・2017年3月31日のエントリー「今後は不定期更新へ ブログ2周年アクセスお礼 ブログの掟」で『数日前にアクセスカウンターが30万を超えました。2年間で25万のアクセスが多いのか少ないのかよく分かりませんが・・・』と記しています。その2017年から5年は経っていますので、現在は48万以上のアクセスなのは妥当だと判断しました。

なお、スマホ表示では見えないようです。スマホでもPC表示にすることは可能なようですが、この点はOS依存や機種依存があるのか理解していません。

3,「ブログ拍手」の設置
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上の画像のように、ブログ表示本文欄で本文の下(赤線で囲った部分)に「拍手」を設置しました。

この拍手はFacebookの「いいね!」的なものと理解しています。ただポチっとされるだけで読者がこのブログを楽しんだことを作者(私)に知らせる事が出来ます。

私がこの仕様を今一つ分かっていないものの、PC表示では「拍手」をポチっとされると別画面が立ち上がり、そこからもコメントを書くことも出来ますし(スマホのPC表示だと不可だと思います)、ポチだけで何も書かなくても構いません。この拍手機能でコメントを書かれた場合、それに対して私が返信する事も可能です。

実は、この拍手も以前設置していたのをシンプルにするために外していました。今回の設定変更で管理画面をよく見たら・・・5年以上前ですがこの拍手からコメントされている方がたくさんおられました。それに今まで長く気付かず、お礼を書くことが出来ませんでした。拍手機能でコメントされた方には深くお詫びします。

また、これも少し前のエントリーブログ更新を再開しますで『常連の方から「ブログ上からコメントできない」旨のメールを頂いた』のが更新再開のきっかけと書いたように、コメント機能の不具合でお困りの方が私へ連絡する方法ともなります。それで設置を決めました。不具合で拍手するのは抵抗があるでしょうが・・・

4,ブログタイトルの変更
大した事ではないのですが・・・今年70歳になりました。今は、タイにロングステイ中でもないし、60代でもないのです(苦笑) あえて言うなら70代の(日本での)ロングステイ中だと真剣に思っているのですが・・・

そこで「60代のロングステイ」から「(60代のロングステイ)ALSTERの海外在住記」と変えました。かっこで60代のロングステイと書いたのが何か寂しいのですが・・・(笑)

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2023.11.06 | コメント(2) | その他

異郷で心に染みる秋、そして一枚の葉書

10月が我家に忘れ残したランタンを片付けたら一気に秋が深まります。山々からの紅葉便りは耳にしますが、横浜では銀杏がそろそろ、モミジはまだでしょうか・・・。

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日本の紅葉は世界で一番美しいと確信していますが、それだからこそ長く海外で暮らしながら『異郷にて故郷を思い起こす』きっかけとなった異国の秋があります。

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1990年から1997年まで暮らした北ドイツの小さな田舎町、秋の訪れを8月には感じ始め、11月から翌年3月までは晴れる事がほとんどなくなります。

どんよりと曇った寒い日が続き、高緯度で日中の時間も極端に短くなる・・・そんな日々に息苦しさを感じた時、気晴らしで出かけたのは古い街並みが美しい同じ北ドイツの町でした。

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バルト海に近いリューベック(画像上)は「ハンザの女王」と呼ばれた中世に栄えたハンザ同盟の自由都市でした。家から遠くない事もあって何度も行った町ですが、赴任したばかりの時ですから30年以上前の事です・・・

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リューベックのとても寒いある日、人通りが少ない歩道を落ち葉の上を楽しむように歩いていたら、自転車に乗った女性が自転車でさっそうと私の横を通り過ぎたのです。歩道の落ち葉が少し舞いました。そしてその時、味気ないモノトーンの街が急に彩り豊かに変わったのです。その瞬間に雲の合間から日が差したのか知れません・・・

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輝くような金髪を無造作にポニーテール、赤い大きいマフラーで顔まで覆い、黒っぽいヤッケ、後ろ姿ですが若い女性であるのは見間違えようもありません。その彼女が少し先の黄色い郵便ポストによりかかるように自転車を止めたのです。

そしてグレーの手袋を脱ぎ、ポケットから一枚の葉書を取り出して、郵便ポストの上で何やら書き出したのです。時折手を止め考えながらも2~3分でしょうか、最後に葉書を見つめてから意を決したように投函したのです。そして先を急ぐように自転車に乗り消えていきました。

きっと旅に出た女性がリューベックの絵葉書を買い、その足で葉書を出したのでしょう。旅先で感じたそのままの想いを綴り・・・。当時は観光地でよくあったはずの光景です。でも、私はその数分の出来事がとても印象に残ったのです。

誰に出したのだろう、どんな想いを綴ったのだろう、一人晩秋の北ドイツを旅するのはなぜだろう・・・そんな思いもあったし、携帯電話も、パソコンも一般的でない時代から、私がずっと拘っている『旅先通信』の本来の姿を垣間見たような思いで、忘れられない記憶となったのです。(画像下は2016年に再訪した時のものです)

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さて、今の時代は時候の挨拶以外に手書きされた葉書を目にすることは稀でしょう。観光地の土産物屋に絵葉書があっても、それは葉書としてではなく風景写真の代わりで買われているように思えます。

時代が変わったのは間違いないのですが、実は・・・そんな古い時代の葉書や手紙は(まったく知らない人のものですが)簡単に目にする事が出来ます。目にするどころか買うことも出来ます。(5年以上前の話で現在は分かりませんが)

post Office

画像上はバンコクのチャルン・クルン通りにある中央郵便局です。ここで定期か不定期かは分からないのですが、切手博のような催しが行われます。多くは切手収集家が来ている感じでしたが、私のような古い時代に興味を持つ者にも興味深いものでした。

THAPEX 2

収集用切手、古切手、古いコインや紙幣もありましたが、使われた封筒や絵葉書は欧米とアジアを行き来したもので英文も多くありました。特に絵葉書は文面まで読めますので、私は時を忘れて展示品をあさってしまいました。

THAPEX 4

スイスからバンコクのご主人を案じて出された葉書もありました。ドイツ語で概略しか分からなかった内容よりも、どんな経緯で葉書がここに出されたのか気になってなりませんでした。

この中央郵便局は2015年のエントリー「美人バス運転手で行く中央郵便局 (切手博?)」で書いていますが、「美人バス運転手」の方が目立ってしまったのかも知れません(苦笑)

それはそうと・・・このエントリーで次のように書いています。
『昔・・・パソコンはもちろん電話すら無かった時代。外界との一般的な連絡方法が手紙だった頃、文面に気持ちを託し、送った側も受け取る側も首を長くして手紙が届くのを待った事でしょう。そんな時代に思いを巡らす時を楽しみました。』

私自身が海外を転々としながらも、何とかして日本の家族や世界の仲間たちと繋がりたいと思い、「旅先通信」を実践した原点がここにあるように思えます。

さて、強引に話題をタイへと持って行きましたが、最後にまた北ドイツへと戻りましょう・・・・

冒頭のリューベック、2016年3月に息子と一緒に再訪しています。『息子が生まれた地にいつか連れていく』そんな約束を守った旅での事です。ヨーロッパの古い町はどこも一緒ですが街並みが昔のままで、いっきに昔の記憶が蘇りました。

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上の画像はその時に撮ったものです。季節は違うし落ち葉もない、郵便ポストもないのですが、こんな感じの所だったなぁ~と思いシャッターを切りました。「約束の旅6 ハンザ都市」で書いています。

この旅のエントリーは、まさに旅をしながら旅先で感じたままを「その時その場から」の「旅先通信」を実践した記録です。海外アクセスは昔と違って簡単になりましたが、毎日100㎞以上運転し毎晩(お酒も飲んだ後)夜遅くまで書いてエントリーしていました。60代半ばで出来ても、今では出来ませんねぇ~ 以下のエントリーがこの旅の全エントリーです。お楽しみ下さい。

約束の旅1ドイツへ 
約束の旅2 ワイン街道 
約束の旅3 観光街道 
約束の旅4 仏・アルザスの美しい村 
約束の旅5 北ドイツへ
約束の旅6 ハンザ都市
約束の旅7 帰路へ
約束の旅8 旅の終わりに

このブログを書いていたら・・・また旅に出たくなりました(笑)

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2023.11.03 | コメント(0) | 旅先通信

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プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 東京深川出身。アジア・ヨーロッパ・アメリカなど海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後タイでロングステイし2018年帰国。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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