家族史上最悪の大晦日を今迎えています

今は大晦日午前5時過ぎ、2023年の大晦日が始まりました。
今日はブログも書かないし見ないで、行く年を惜しみながら過ごそうかと思っていたのですが、予定外のエントリーです。

さて、私はネガティブな事はあえて(ブログを含めて)ネットに書かない主義の古い35年以上のネットワーカーです。

海外に住むと異文化適応能力が低い方は、どうしても「○○は駄目だ、○○は最悪だ、○○は不味い、あれが悪いこれがいけない・・・」なんてなりがちです。そうした事が全くないわけではありませんが、そうした時はネットに書かないだけです。

ネガティブなタイトルや内容が世間の注目を集めがちなので、アクセスをただ増やしたい輩がやる方法の一つだとネットの中ではよく知られています。それは過激化する幼稚で下品なユーチューバーが増えている事に触れるまでもないでしょう。

だからネガティブな事をネットで書かない。タイトルもアクセスを増やしたい方が大袈裟にする傾向が強く見られますので、そうならないように自分で注意する。

自分自身の度量が狭い事を棚に上げて、何もネガティブな事をまき散らす必要はないと思っています。大袈裟なタイトルは見るのも恥ずかしい(笑)

自分自身の体調の悪さもある意味ネガティブの範囲に含めるような感が私はするので、長く苦しんでいて、定年制が無いアメリカの企業を辞めたのも、一人タイでロングステイをしたのも、5年前に日本へ帰ったのも・・・頚椎の持病と相談しながらの事でしたが、それも詳しくはネットに書いていません。

今回、自分史上どころか家族史上最悪と書いたのは、ネガティブな事に入るのかもと思いながら書いています。嫌いな大袈裟過ぎるタイトルかとも思っています。まぁ、読者の皆さんが何かの参考になればと・・・考えての事ですので、ご勘弁ください。

家族全員、今まさにインフルエンザと闘っています。ねっ、大袈裟でしょう(苦笑)

気管支が弱く喘息に要注意の娘が最初でした。東京の外資系企業で営業職、毎日人と会うのが仕事のようなものなので、どこぞでもらってきたのでしょう。39℃以上の高熱続きに激しい咳き込みが数日続いて限界のようなので、考えられる薬や口に出来そうなもの、そしてインフルエンザとコロナの検査キットを持って28日に家内と駆け付けました。

検査キットの結果はインフルエンザA型。その結果をもって年末に開業している医者に連れて行きました。処方薬など手に入れて一安心したのですが29日にSOS。駆け付けると眠るとか熱以上に呼吸がきつそうです。

この段階で肺炎になる前にと外来可能な病院を探したのですが、なかなか見つからず「救急安心センター事業(#7119)」へ電話し相談。結果は「救急車を呼んで下さい」との事でした。娘は激しく救急車を呼ぶことに抵抗したのですが、家内と私が押し切りました。

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ネットワーカーの性なのか常に何でも写真を撮る癖が・・・まぁ、娘があとから「送ってね」と言っていたので家族内の反感は無かったようです。

もちろん!救急車を気軽に呼ぶべきでないのは百も承知。熟考しその上であらかじめ電話で救急安心センター事業に相談した結果ですが、娘も家内もそして70年の経験で私も初めて経験でした。

そして昨日30日の朝、今度は家内が娘と同じ症状です。家内は娘より気管支が弱く喘息持ちに心臓も不安を抱えています。娘の経験からインフルエンザに間違いはないのですが、年末年始もあって様子見なんか出来ない状況です。

病院も近所の医者も閉じている所ばかりですし、緊急外来で家内にストレスをかけるよりマシと思い、往診を選びました。

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ここが良かったです。昨日の朝一番でネット申込し、色々書き込んで当日夕方に来てくれるとの事。それだけで安心したのですが、お医者さんも看護師さんも丁寧に診てくれて、その場でパルスオキシメーター検査とコロナとインフルエンザの検査、そして何よりも助かったのがタミフルなどの薬もその場で処方してくれた事です。

若干費用など心配ですし、家の前でものものしく防護服やシールドを着けはじめたのが驚きましたが、一斉に休みが始まる年末に突然の病気、そんな時でもお医者さんが来てくれて薬もその場で出るなんて、本当に助かりました。

往診をネットで頼めるなんて、救急車を呼ぶか散々迷い悩んだのに、この方が(インフルエンザなどある程度自分で病気が推測できて症状が重篤でなければ)お医者さんとの接点を得るのにハードルが下がって助かります。もちろん! 家内も私の70年の経験でも往診は初めての事でした。

子供たちが家に来ての恒例の新年会を家内は楽しみに色々用意していましたが・・・全て中止です。煮込むものなど今日するつもりだったのか冷蔵庫はパンパン状態。手のかかるおせち料理は今日中に届くそうで、それらばかり気にしている家内です。

そして私・・・昨日から喉が痛く咳が出始めました。微熱っぽいし・・・間違いなくインフルエンザでしょう。毎朝5時起きなのですが、外は雨で庭仕事も散歩も出来ないので、家でじっと我慢の大晦日に正月になりそうです。

まぁ、私は整形系の持病を除けば身体は丈夫で、海外でお腹を壊した事は一度もないし(関係ないか・・・)風邪も3~4年に一回かかるかないか程度。長く海外で雑菌をいっぱい身体に入れて耐性を高めているので(苦笑)これ以上悪くはならないかと・・・

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でも家族全員が倒れるわけにはいかないので、とりあえず常備している薬を飲んで、高熱が出た時用の薬も準備し乗り切るつもりです。

いやぁ~ 明日、元旦から数日間は飲み続けるはずだったのですが、どうなるのか? 次のエントリーで生存報告が出来ればよいのですが・・・

PS
このエントリーを正月早々に読まれた方には、ちょっとごめんなさい。何か縁起でもないと言うか・・・一応、年の瀬で厄(?)落としをしたと言う事で(笑)

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2023.12.31 | コメント(4) | 日本生活

大好きなタイの人々、画像放出!一年の感謝を込めて

2023年もとうとう残り二日です。今年9月末に思いがけない事がきっかけで5年間も更新できなかったブログを再開して3ヶ月が経った事になります。

そのきっかけとなったのも、再開を後押しして頂いたのも、全て読者の方たちのおかげです。5年間も更新していないブログを訪れ続けていた方々がいる事を知り、私は大変驚きましたし、心から感謝すると同時に再開を決心しました。

そして、タイでブログを書いていた時の後半はランキング参加も止めていたので、辛抱強くアクセスして頂いた方々を除けばブログ再開をお知らせする手段が無く、(ためらいながらも)ブログランキングに6年ぶりに再参加して2ヶ月半が経ちました。これもランキングを通して再開を知ったとコメント頂き、大変嬉しく思いました。

さて、そんな今年を閉めるエントリーをどうしようか考えたのですが、ブログを訪れていただいたすべての皆さんへ、心からの感謝を現したく思います。

それは・・・ここを訪れて頂いた方々に共通するのは唯一、タイが好きな事でしょう。70歳にもなって何か恥ずかしいようにも思える言葉ですが、私も好きなタイです。タイの街角、路地裏、歴史に文化・・・それら全ての中にいるタイの人々が大好きなのです。

そんなタイの人々を撮った画像の中で、私自身が気に入っているものです。街歩きの中でほんの短い間触れ合った人々、これらの画像で皆さんそれぞれのタイを思い出したり、更にタイが好きになったりして頂けたら幸いです。

トンブリーのグディ・カオ地区の路地奥で出会ったオジサン。足が不自由で松葉づえを装着した3輪バイクで路地奥まで走ります(笑)若い時はさぞ飛ばしたのでしょう。

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よく行ったカキ氷屋さん。ウドムスックからソンテウでアパートへ帰る時に途中下車して食べたものです。写真を撮ると言ったらすごく照れる寡黙な店主です。

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ここもウドムスックの貸本屋の店主。BTSの駅すぐ近くで市場を通る抜け道に店はあります。日本人はよく見かけるけど店には入らないねぇ~と言ってました。それにしても本に囲まれて幸せそうです。

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チャオプラヤー川を渡し舟で行くパパデーンのモタサイ女性運転手。格好良くVサインを決めてくれました。運転は荒くしがみつきたかった・・・

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マタバ売りの親子。古い家並みが残るバーンラックの路地奥で迷い込んだ回教寺院の近く。クレープのようなマタバが珍しく、私にしては長く話し込みました。

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チャオプラヤー・エクスプレスで出会った行商のお二人。ノンタブリーまでずっと話し込み、最後は電話番号を書いた紙まで渡されました。どんな商売なのか興味はあったのですが、連絡は差し控えました。

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買い物でよく行くバーンカピのたこ焼き売り。一度買ったら日本人だと顔を覚えられ、前を通るたびに声をかけられるのですが、実は買いたくないのです。

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ウドンタニのコーヒーショップ、この画像唯一のお年頃の女子ですね。店が暇でこの歳の女子ですからやかましいほど三人からたくさん聞かれて疲れました。

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ニューロードで馴染みの古くからあるレストランHarmonique。オーナー一族のお婆さんは店の中でいつも集会。中国語(北京語ではないので潮州語?)で話しています。

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地元民が朝晩だけ利用するチャオプラヤー川の渡し舟を探して迷い込んだ港湾労働者が多く住み着いた迷宮路地、道を聞いたお母さんに命じられ私を案内してくれた女の子。裸足でカモシカの様に路地とも言えない家々の間を縫うように案内してくれて、写真を撮ると言ったらこのドヤ顔です。

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王宮にも近いラッターナコシンは歴史的保存地区の路地奥、ジュースを買って市場の由来を聞いたのですが、ごめんなさい90%は解りませんでした。

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チャオプラヤー川西側下流にあるワット・チェーンロン境内でお会いした人達。町内会の世話人的な感じで、境内でご飯を食べながら打ち合わせをしていました。境内で写真を撮っていた私をご飯に招き(ご馳走様でした)、「今度の日曜は祭りだから来なさい」と誘われました。帰りにはお菓子と水も渡されました。いやぁ~日本の田舎でありそうな経験です。

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スクムビットで一番美味しいと思っていたクイティアオ屋さんの母娘。お母さんはお店の中でも朝8時の国歌では直立不動です。

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バンプリーのソンテウで二人だけになり話し込んだお婆さん。亡くなった母に少し似ていて写真を撮りたいと言うと、少しおすましされていました。母を思い出させてくれた私の誕生日の出来事でした。

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いかがでしょうか? 少しは気になった画像、何かを思い出す画像、気に入った画像があったでしょうか・・・

大好きなタイの人たちです。皆一生懸命働いて、エネルギッシュに生きていますね。快く写真を撮るのを許してくれてありがとう。そして、どうかお元気で新しい年を迎えて欲しいものです。他人ばかり出してないで最後に私ですが、この画像と同じ時に撮った在住時の自分です(笑)

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いつまで続くか分りませんが、5年間のブランクの後に再開したからには愚直にコツコツとこのブログを続けるつもりでいます。

老いた男が一人、ネットなどあふれる情報とは距離を置き、自らが思うままに街を歩き、見て、感じ、思い、味わい、喜び、悲しみ、驚く・・・そんな自分自身がタイで過ごした日々を自分の言葉・文字と画像で綴ります。

来年もよろしくお願いします。
最後になりましたが、このブログを訪れて頂いた全ての皆さんに、新年がさらに良い年になる事を心から願っています。

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2023.12.29 | コメント(8) | その他

あの話はどうなった? (4) タクシン橋の謎

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? シリーズの4回目は前回の続きでBTSサパーンタクシン駅があるタクシン橋についてです。

このシリーズの2回目で書いたのですがタクシン橋の「タクシン」はトンブリー王朝のタークシン王の事で、タクシン・チナワット首相ではありません。タイ語の発音が違うようなのですが、Google翻訳に発音させると私には両方とも「タクシーン」と聞こえます(苦笑)

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いずれにしても、このブログは地名、寺院名、通り名、駅名・・・などの固有名詞が多く出てくるのですが、カタカナ表記するのにいつも迷ってしまいます。私は在住時を通じてずっとタイ語をネイティブに話す知人が全くいなかったので、毎回カタカナ表記では冷や汗もので書いています。タイ語の読み書きが出来る方からすると、きっと毎回失笑されている事でしょう。ごめんなさい

さて、まずはこのシリーズ今までのエントリーです。
あの話はどうなった? (1) ニュースな私 & BRT
あの話はどうなった? (2) どうするBRT & BTSのあれ
あの話はどうなった? (3) どうするBTS サパーンタクシン駅

BTSサパーンタクシン駅は単線部分に造られ一つしかプラットホームがない。その為に拡張を続けるバンコク首都圏の高速都市鉄道網のボトルネックになっている。そして、そうなった理由はチャオプラヤー川に架かるタクシン橋にある・・・これが今までのストーリーです。

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まるで悪いのはタクシン橋だと言っているようなものですが、この橋は悪いどころか非常に賢い橋なのです・・・

1974年に3億円、1977年に57億円の円借款が使われましたが、外務省資料では日本の企業名がなくてイタリアンタイなどの施工企業名が見られます。着工が1979年で1982年5月が開通だそうです。『チャオプラヤー名橋奇覧(5) タクシン橋』で詳しく書いています。

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タクシン橋は自動車用が上下で2本。そしてその中央に鉄道専用橋梁があるので3本の橋が並んでいます。この中央の橋梁に複線を敷設するには問題が無いのですが、そのスペースに駅まで造ったのが単線になった理由です。

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ここで大きな疑問が生じます。BTSが最初に開業したのは1999年です。その20年前にタクシン橋は着工されています。将来、中央に鉄道専用橋梁を架けて3本平行した橋となる事を想定して・・・

なんでこんな所に駅を造ったのか?

BTSシーロム線1999年初期営業区間で西端がチャオプラヤー川だったのはよく理解できます。誰でもとりあえずここまで開通させて営業しようと考えるでしょう。それでは終着駅をサトーン通り上のどこにするか?

今思えば、何もここだけを単線にして狭い所が好きな猫のように、1982年に開通していたタクシン橋の上下線分離道路の間にギュッと押し込める必要は無かったのに・・・と思うのですが、構造的には不適切ながら営業的には最適の場所だったのでしょう。

チャオプラヤー川とは反対側でチャルンクルン通り側の駅入り口
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タイで最初の舗装道路でニューロードと言われ100年以上前に路面電車も走ったチャルンクルン通りに接し、地元民と観光客両方に重要なチャオプラヤー・エクスプレスとの接続、周辺の憧れの高級ホテルやビジネス客の利用・・・この辺りを語ったらキリがありません。

画像下は2015年撮影でチャオプラヤー・エクスプレス船着場が橋の下の右で、左が渡し舟の船着場です。タクシン橋を歩いて渡るより、渡し船を使って対岸と行き来する人が多いです。

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チャオプラヤー・エクスプレスに関しての一番新しい(5年前ですが)エントリーは『激変のチャオプラヤー・エクスプレス最新事情』で、ここの渡し船に関しては『チャオプラヤー渡し百景3』で書いています。

こんなに便利な駅ですので、駅廃止は受け入れがたいのは理解できます。それでは複線を維持して今の所に一番近く駅を造るとしたらどこになるのでしょう? チャオプラヤー川沿いを離れてサトーン通りを東に行っても、タクシン橋への取付道路(橋へのアプローチ道)が高速道路下まであるので、結局スラサック駅の少し西側ぐらいか駅のスペースがありません。

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結局、今の所に強引に駅を造ったのも理解できます。それは当時終着駅だったから仕方なしに当面は良しとしたのでしょうが、それも2013年バーンワー駅開業まで通じた事で、今となっては一刻も早い対策が必要です。

それでは、次の謎です。

BTSを造るずっと前になぜ3本平行する橋を造ったのか?

この場合「橋を架けた」を意識して「橋を造った」としていますが、外側2本が自動車用橋梁で中央が鉄道用橋梁のように3本平行する橋をなぜ造ったのか?です。 正確に言えば、設計上3本平行して架ける事を想定して、最初は中央部を空けて両側2本の橋を最初に架けたのでしょう。

実は、チャオプラヤー川に架かる橋で3本平行しているのはタクシン橋以外にもすぐ近くにあって(画像下)、その中央部は床版のまま未舗装(あるいは未敷設)で放置されています。それが何か?長く私の頭の中で解決できない疑問となっていました・・・

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バンコクで最初のBTSが開業した1999年の20年前、1979年になぜ3本平行する事を想定した橋を着工したのでしょう? この答えを探してバンコク都庁、バンコク大量輸送システム社(BTSC)などで公開されている資料を何日も探しまくりました。

ここでちょっと休憩して別な話を・・・

ところで、バンコクのような既存の大都市の中に鉄道を新たに走らせる場合、地下鉄でなければBTS(あるいはMRT)のような高架型鉄道を幹線街路の中央に走らせる事になります(画像下)。そこで問題の一つとなるのがチャオプラヤー川のような大きな川を渡る方法です。

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幹線街路の上に高架を建設したように車両走行用橋梁の上に鉄道を通すのはまず無理ですので、すぐ近くに鉄道専用橋を造れれば良いのですが・・・すでに開発された都心部だと幹線街路沿いのビルなどの構造物が障害となってかなり厄介な事なのです。

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シーロム線のようにサトーン通りの中央を通り、画像上の様にそのまままっすぐタクシン橋の真ん中でチャオプラヤー川を渡りクルントンブリー通りの中央を通る・・・なんて、まず無いケースかと思います。

それではバンコク首都圏の都市型高架鉄道でチャオプラヤー川を渡る他の路線はどうなっているのでしょうか? 

まずMRTブルーラインはチャオプラヤー川があるバンポー駅とバンオー駅間は幹線街路を離れて鉄道専用橋でチャオプラヤー川を渡ります。都心部を離れているので、幹線街路上を離れても十分なスペースを取れたわけです。

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上も下も2018年撮影です
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もう一本MRTパープルラインもノンタブリー県でチャオプラヤー川を渡りますが、十分すぎるスペースがあるので、一般橋梁のプラナンクラオ橋のすぐ横に鉄道専用橋を架けています。『MRTパープル徹底検証7 全路線全駅紹介(4)

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他にもタイ国鉄の橋がチャオプラヤー川を渡っていますが、当然全て鉄道専用橋ですので今回の都市型高架鉄道とは異なります。一応『チャオプラヤー名橋奇覧(11) ラマ7世橋』で触れています。

2016年に撮ったタイ国鉄ライトレッドラインとその奥が在来線です
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このように都市型高架鉄道を通した幹線道路のすぐ横に十分なスペースがあって鉄道専用橋を架けられれば良いのですが、BTSシーロム線のようにサトーン通り上からチャオプラヤー川を渡りクルントンブリー通り上に至るに、あらたに鉄道専用橋を架けるにはすでに開発された地区なのでスペースが全く無かったのです。

「あらたに鉄道専用橋を架ける」スペースは無かったのに、サトーン通りがチャオプラヤー川に接するところにはすでに3本平行して架ける事を想定したタクシン橋があって、しかも中央部がやがて来るだろう都市型鉄道を通すかのように空いていたのです。BTSが開業する20年以上前に着工されたタクシン橋に・・・

長くなったので次回に続きますが、いよいよタクシン橋、いやバンコク首都圏の都市型鉄道建設の核心に迫ります。そこには日本人も関係しています。 

しかし、橋にバスから鉄道と写真をどんだけたくさん撮った事か・・・(笑)

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2023.12.27 | コメント(0) | バンコク街歩き

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(9)ナイトバザール

チャオプラヤー川が始まるナコーンサワン 、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市カンペーンペットを歩く旅です。画像下はナイトバザールすぐ近くを流れるピン川です。

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タイトルを書きながらナイトバザールなのかナイトマーケットなのか悩んでしまいました(まぁ、いつもの事ですが・・・)。使い分ける意味があるのかと言えば、全くありません(苦笑)。

バザールbazaarはペルシャ、アラブ、トルコなど中東由来を感じ、雑多な自由市場的なイメージがあります。由来が中東のバザールのように思える英語のバザーbazaarと言えば慈善目的のフリーマーケットでしょうか。マーケットMarketはそのまま市場と端的に言えるかと思います。

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結局、何も明確な区別がないのですが、私的な区分けで言えばここは「ナイトマーケット」です(キッパリ)。タイトルをナイトバザールとしたのは現地の案内板(下の画像)とGoogle Mapがそうなっていたからです(笑)なぜかなぁ~?

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ちなみに、このブログで過去エントリーしたナイトマーケット(あるいはナイトバザール)は以下の通りです。5年前の事ですし、夜市は比較的メジャーな所なので観光ガイドに旅行者や在住者のブログでもよく書かれているかと思います。もし、知らない所があれば一度ご覧ください。

なお、カンペーンペットのナイトバザールに似た感じなのは一番下のスワンナプーム・ナイトマーケットで、よくある観光用とは異なって100%地元の方々用で庶民の生活に密着した夜市でした。私的にはアパートから遠くなく雰囲気も好きな所でした・・・って書いて、念のためストリートビューを先ほど見たら「Suvarnabhumi Flea Market」とあり今でもあるようです。でも蚤の市かなぁ・・・? まぁ、何でもアリの雑多な所なのは間違いないです。

 「若者達と行った都心部のナイトマーケット・ネオン
 「ナイトマーケット 私的ランキング
 「タラート・ロットファイ4
 「タラート・ロットファイ・ラチャダーとミニ・ナイト・マーケット
 「JJグリーン
 「ラムカムヘン大学前
 「タラート・ロットファイ・シーナカリン
 「スアンルム・ナイトバザール
 「サイアム・ジプシー・ジャンクション
 「ファムム・カセートナワミン・ナイトマーケット
 「リアブドゥアン(高速道路沿い)・ナイトマーケット
 「スワンナプーム・ナイトマーケット

本題に戻りましょう(汗)
さて、チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。

そして、この旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(1) 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(2) バンコク~カンペーンペット
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(4) 歴史公園(城壁内)
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(5) ワット・プラケオ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(6) クメール王朝支配
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(7) スコータイ歴史公園
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(8) シーサッチャナーライ歴史公園

さて、前回と前々回で世界遺産スコータイを構成する「スコータイ歴史公園」と「シーサッチャナーライ歴史公園」を紹介しました。その旅自体は私の第一次タイ在住時なのでかなり古いのですが、遺跡自体に古さは関係ないのでご勘弁ください。

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現在のアクセスを確認できないのですが、上記エントリーで書いたようにスコータイ~シーサッチャナーライ間は地方路線バス(本数少ない)で行き来出来ます。スコータイ~カンペーンペットはかなり本数が多くスコータイのバスターミナルの画像上の右上ように30分毎にソンテウが出ており、歴史公園前の道を通っていました。このルートは利用客も多いので現在でも運行していると思います。所要時間1時間程度だと思います。

さて、カンペーンペットに話を戻しましょう。
夕暮れ迫る歴史公園(城壁内)を急いで出て時計台のロータリーに向かいました。観光案内所はとっくに閉まってしまいましたが、明日の朝は観光用バスを私一人の貸し切り使う事になっています。5年前にエントリーした内容なので『(3) カンペーンペットの町』をご覧ください。

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時計台のロータリーからまっすぐピン川に向かいました。川沿いに出たら夕暮れの風が川面を渡り驚くほど心地良かったです。きっとこの気持ち良い風で涼を求めてナイトバザールに多くの人が集まるのでしょう。

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ロータリーから30分は歩いたでしょうか、やっとナイトバザールに着きました。バンコクのどのナイトマーケットより生き生きとした市場だと思いました。それは私をなぜかワクワクさせて来たのです。何か変わった物があるわけではないのですが・・・

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私をワクワクさせたのはそこが観光とか人集めで作られたのではなく、地方都市なので当たり前でしょうが生活密着で必要とされている市場だからでしょう。

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私もホテルに戻って部屋で食べる為に夕飯を買いました。これにホテル前のコンビニでビールを買えば完璧です。

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中をぶらぶら見ている内にどんどん人が増えてきました。一台のバイクに一家全員が乗って夕飯に来たように思えます。バイクもすごい数になっています。そろそろ帰りましょう。

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タイの人たちが家族そろって夕飯を食べに夜市へ、子供たちは嬉しくて走り回ってり、若いカップルが肩を寄せ合い歩く中、私一人おかずが入ったビニール袋をぶら下げながら、地方都市の夕暮れの中、ホテルへと向かいました。

こうした時がほんの少し好きで、もう少し嫌いです。旅の中で寂しさ、懐かしさ、日本への想い・・・がますます強まる時間です。

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明日は早朝の賑わう市場を見て元気をもらいましょう・・・次回に続きます。

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2023.12.25 | コメント(0) | タイ・トラベル

ドイツ・アメリカ・タイでクリスマスを過ごして

今年も残り少なくなってきました。日本ではクリスマスから正月へと年末年始に突入ですね。子どもの頃はこの12月が大好きでした。じっとしている事が嫌いで、いつも動き回っている自分にはぴったりの月だからでしょう(笑)

我家では12月に入ればすぐクリスマスの準備です。クリスマスに集まる子供達ですが準備の力仕事は家に来ない子供たちなので、二階のロフトですから三階から大きな収納ボックスをいくつも一階に降ろすのは私の役目です(汗)

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実はこのツリーは二代目で、ドイツから船便で持って来た初代は早々に引退させました。ドイツのツリーは枝ぶりが豪華だったのですが、ドイツの家ならともかく日本の家には大き過ぎて(笑)しかし、飾りはほとんどドイツから20年以上前に持ち帰ったものです。

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そのドイツで買ったのは日本でも有名かと思うのですが、ローテンブルグにあるヨーロッパで最初にクリスマス用品専門店で通年営業している「ケーテ・ウォルファルト」本店です。

下は2016年3月に撮ったものですが、店内はいつでもクリスマスです
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この店ほどではありませんが家の中は至る所にクリスマスが出現します(笑)そうなると嫌でも7年暮らしたデンマークに近い北ドイツの田舎町を思い出さずにはいられないのです・・・

まずはクリスマスの四週間前になると家々で一斉に飾りつけが始まり、小さな村や町でも街角に臨時のモミの木売りが出現します。そしてモミの木を乗用車の屋根に縛り付けて持ち帰るのです。そんな風景がこの時期の定番でした。

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それはアメリカでも20~30年前はよく見かけましたが、現在はドイツもアメリカも環境面で生木を使う人は少なくなったと思います。我が家も生木を使ったのは最初の2~3年で、その後は鉄とプラスチックで組み立てるツリーでした。

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さて、12月も中旬過ぎになると、ドイツでは大きな都市から小さな村までWeihnachtsmarkt(ヴァイナハツ・マルクト)と言うクリスマス市が開かれ大変賑わいます。私が住んだ田舎町でもこの時ばかりは華やぐ冬の夜になります(画像下2枚)。マイナス10℃以下が当たり前なのですけどねぇ~

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画像下は有名なニュルンベルクのクリスマス・マルクトです。たぶん一番大きなマルクトだったでしょうか・・・ホット・ワインが懐かしいです。

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クリスマス・マルクトを除けばヨーロッパのクリスマスは基本非常に静かで厳粛な日だったと記憶しています。

ドイツ在住時のあるクリスマス休暇、家内と長男を連れてスコットランドへ車で旅行した事があります。目的はネス湖でネッシーを見るのと、本場のスコッチを味わいたかったのですが、両方とも叶いませんでした(笑)

Scotland

ちょうどエジンバラ市内のホテルで迎えたクリスマスイブの夜。ホテルを含めて町中のレストランが閉まってしまいました。困った我々は車で市外へ出てガソリンスタンドで飢えをしのぐ食べものをやっと入手した思い出があります。それぐらいクリスマスは家族と静かに家で過ごすものなのです。

さて、アメリカでも実はクリスマスそのものは大騒ぎする事なく、家族と静かに過ごす日でした(私は一人暮らしでしたが・・・)。少なくても南部の田舎町ではの話で、都会では違うと思いますが・・・

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私のボスの家でもこんな感じで、驚くような御馳走があるわけでもなく(どの家も同じかは疑問ですが)、静かなクリスマスです。

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小さな町の中心部にクリスマスツリーが飾られますが、その周辺でお祭りや催しがあるわけでなく、小さなモールが少し輝くだけでした。そうそう、町のファイアーファイター達がこの時期に募金で町を回るのも風物詩でした。

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さて・・・タイでは常夏の国で雰囲気は今一つながら、バンコク都心部では商業的な集客イベントで大きなツリーも飾られていますねぇ~ 画像下は2017年だったか?(苦笑)

20171105 Xmas 1

私のアパートがあったバンコクの隅っこではスーパーの店員さんが赤い帽子を被っているぐらいなのですが、近くのシーコンスクエアではイベント「City of Gifts 2018」でそんなドイツのような街を再現していました。 ドイツの画像をたっぷり載せた後にこれじゃぁタイが可哀想なのですが(苦笑)

20171224 Xmas 11

2015年のバーンカピのモール内フードコート。店員は皆さん赤いキャップを被られていました。この時期夜の飲み屋街も同じではないでしょうか。でも、モスリムの方まで被らせるのは・・・彼女だけでなく、他のモスリムの店員全員同じでした。

BangKapi

私は無理にそうさせているなら気の毒と思いましたが、まぁ、ご本人が気にしなくて、楽しければ良いのですが・・・タイでのクリスマスって、所詮そんなものかも知れません。

最後に20年前(2003年)のバンコクはエンポリアムでのクリスマス・グッズの特設売り場です。私の第一次タイ在住時に撮ったものです。やはり何か古い感じですねぇ~

20231220xmas12.jpg

ドイツ、アメリカ、タイと私自身が経験したクリスマスを紹介しました。こう考えると、クリスマスは世界で一番広く祝われている(まぁ、ある意味イベント的に)共通する日なのかも知れません。祝い方は異なっていても、そんな日が一年に一日ぐらいあっても良いと思います。

読者の皆さんも、どうか楽しいクリスマスをお過ごしください。

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2023.12.22 | コメント(0) | その他

あの話はどうなった? (3) どうするBTS サパーンタクシン駅

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? 新シリーズの3回目は前回の続きで「BTSサパーンタクシン駅問題」です。

このブログにとってはBTS(くどいのですが、韓国人気グループではなくBangkok Mass Transit System)は守備範囲外で、バンコク首都圏での移動はどこに行くにも路線バスだった私ですが、シーロム線バーンワー駅開業後はバンコク西部・ナコーンパトム県・サムットサコーン県に行くのに欠かせないBTSになりました。バーンワー駅から路線バスや運河ボートでさらに西へ行くのです。

これはバンコク西部(チャオプラヤー川右岸)に広がる広大な人口密集地帯に住む方たちが都心部((チャオプラヤー川左岸)へ出るにも同じ事が言えます(私は都心部を通り越した東の隅っこでした)。そこで問題となるのが今回のテーマ、サパーンタクシン駅とそこの単線区間です。

2017年撮影クルントンブリー駅(サパーンタクシン駅の西隣駅)
20231211bts2.jpg

まずはこのシリーズ今までのエントリーです。
あの話はどうなった? (1) ニュースな私 & BRT
あの話はどうなった? (2) どうするBRT & BTSのあれ

このブログでBTSが守備外だったのは、バンコク都心部の交通機関なのでいくらでも観光ガイド的サイトがあるでしょうから、個人のブログでわざわざ取り上げる必要はないと思っていたからです。しかし、BRTでもBTSでも疑問を感じる事は多かったです。街歩きをしていると常にしょうもない事が気になって気になって仕方ない、そんな厄介な性格なのです(苦笑)

BTS サパーンタクシン駅問題

さて、前回の続きです。拡張し続けるバンコク首都圏の都市型高架鉄道網の真ん中、ここだけ単線にして空いたスペースに一つのプラットホームを設けて両方向の電車が使う駅。それがサパーンタクシン駅です。

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開業が1999年で2009年にウォンウィエンヤイ駅まで延伸されるまでシーロム線の終着駅で、単線で一つのプラットホームでも問題はありませんでした。ちなみに同時期のスクムビット線はモーチット駅~オンヌット駅間の営業で、私の一次在住時(2000~2003年)の印象は「BTSはいつ乗ってもガラガラで冷房がきつくて寒い電車」でした。

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当時のタイ庶民の目線でも「高いし行先が限られているので不便」で、BTS周辺を走る路線バスが大混雑でもBTSはガラガラだったのです。その為にBTS駅に直結する無料バスを走らせるなど、BTS利用促進策があった事もありました。

2017年撮影バーンワー駅
20231212bangwa.jpg

シーロム線は2009年ウォンウィエンヤイ駅開業後も2013年末にはバーンワー駅まで延伸され、スクムビット線も両端でものすごい勢いで延伸されています。2018年以降私はこの目で見る事は出来ないのですが、新線も続々と開業しているようです。

20180420 BTS 1

なお、このブログでは営業中のBTSやMRTは守備外でしたが、新線工事及び延伸工事を2018年まで全て歩いて追いかけ(笑)工事状況をエントリーしていました。そのエントリー数は大変な量なので『バンコク都市型鉄道(電車)2018年最新事情』でまとめています。

20180420 BTS 5

このように拡張を続ける都市型高架鉄道網にとって、サパーンタクシン駅が大きなボトルネックであるのは明らかで、トンブリー地区などチャオプラヤー川右岸(西側)の人口密集地帯が現行営業区間と繋がりさらにに利用客が増えると・・・もう待ったなしの危険レベルになります。

考えてみてください、単線にして空けたスペースに設置した狭い駅プラットホーム、そこへ両方向から電車が来る。電車を待つ人たち、乗り降りを急ぐ人たち、慣れない観光客が多い駅なのもここの特徴です。ラッシュ時に入場制限しているのか分かりませんが、いつ悲劇的な事故が起きてもおかしくないと思います。

最初からチャオプラヤー川の西側への延伸計画など誰も考えなかったのか? そんなバカなことはないでしょうが、駅自体がタクシン橋への取付道路(アプローチ道)で挟まれている事もあって、現状のままで複線化は駅を残したままでは出来ないのは間違いないです。

20180420 BTS 8

対策と現状

バンコク都庁は2012年にサパーンタクシン駅廃止の方針を打ち出しましたが、周辺住民や大型ホテルの反対と観光客の利便性を考慮しすぐ撤回しました。続いて隣のスラサック駅からを動く歩道でサパーンタクシン駅(跡地?)と結ぶ案なども出ましたが、これもすぐ撤回しました。右往左往感たっぷりですねぇ~

現在は鉄道架橋の両側にある車両用のタクシン橋二本をそれぞれ外側にずらし、それで空いた中央のスペースでBTSを複線化しサパーンタクシン駅ホームも2面2線化するのが最終案だと思います。2017年に打ち出され2020年工事開始だったと記憶しています。

20231208plan.jpg

それではその工事、どうなっているのでしょうか? 現地に行けないのが本当に残念ですが・・公式サイトとストリートビューで見る限りサパーンタクシン駅もタクシン橋も工事の様子は全く見えません(画像下)。まぁ、計画通りに始まるとはだれも思ってないでしょうが・・・

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上下ともストリートビューのキャプターです。
20231213ST3.jpg

私はこの対策案?をブログで書き始めた時、相当大変な工事になると思いながらも「日本に良いお手本があるじゃないか」と思ったのです。しかも今年2023年に行われた2か所の工事です。

一つは2023年6月に首都高速の多摩川を渡る橋を架け替えてしまった「高速大師橋横取り一括架設」です。この橋を完全に架け替えるのに、たった2週間の通行止めで済むなんて信じられません。

画像下は首都高速(株)公式サイトからです
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そしてもう一つは「JR渋谷駅改良工事」です。すでに何年か段階的に行われていますが、ホーム移設に(鉄道敷設に使う言葉か?)線路の横取りも縦取りもしてホームの1面2線化までもする難工事です。今年2023年も一部区間運休が二日間程度ありましたが、繁華街の中であの狭いエリアを電車も人も車も通行させながら工事するなんて・・・これも信じられません。

画像下は鹿島建設(株)公式サイトからです
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まさに大きな川に架かる橋の工事と、狭い所に駅ホームを移設・増設する工事じゃないですか! しかも、現在の通行を出来る限り妨げないで工事を短期間で済ませる。こうした工事は日本だからこそ出来たのだと確信しています。

ところで、タクシン橋は円借款が使われたものの、外務省資料では日本の企業名がなくてイタリアンタイなどの施工企業名が見られます。「BTSサパーンタクシン駅改良工事」はどこの会社がどんな工法で工事するのでしょうか?そしてどれぐらい工事期間がかかるのっでしょう? BTSの電車運行とタクシン橋の車両通行は工事期間中にどのようになるのでしょう? 

素人の私が安易に書いてはいけないのですが、素人なりにこのタクシン橋とサパーンタクシン駅をどう改修するのか大変興味があるのです。タクシン橋は主桁と橋脚を一体化したラーメン橋に見えるので、余計に厄介かなぁ・・・なんて楽しみで、工事が本格化したらタイへ見に行きたいものです(笑)

さて、ここで「サパーンタクシン駅はまだ単線のままです」で終わったら、どこにでもあるブログと一緒です。もう少し深堀してみましょう。

なぜ3本平行する橋の真ん中に押し込むように駅を造ったのか?

そもそもBTSが走るずっと前になぜ3本平行する橋を造ったのか?

謎は深まるばかりです。疑問がまた次の疑問を呼び起こす・・・私的にはすごく面白いのですが、読者には全くつまらない話かも知れませんね。それに毎回長くなってしまい、すいません。次回に続きます。

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2023.12.20 | コメント(0) | バンコク街歩き

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(10) ナクルア

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第10回目です。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ
  第7回「シラチャ
  第8回「謎のコーカイ路線
  第9回「 シラチャ~ナクルア

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631」15バーツ 47分
シラチャ~ナクルア       1631番系統「1631」25バーツ 50分

20180426 Map4

前回はシラチャからナクルアまで一気に移動しました。ここまでくればもうパタヤに着いたようなものと安心して「ナクルア魚市場 Naklua Fish Market」(Google Mapだとラーンポー ナークルア市場となっています)へ向かいたいのですが、まずはソンテウの観察です。

20231129Songthew9.jpg

ところで私はナクルアは初めての地です。何の知識も情報もないまま(ソンテウ任せで)来てしまったので、こうした時は30分ぐらい通りで観察するのがベストです。幸いおおよその地図と方向は自然と分かるので、(今回の場合は)ソンテウの種類や走る方向を見定め、最後は人に聞きます。しかも複数の人に(笑)

20231215songthew1.jpg

ナクルア魚市場前のパタヤ・ナクルア通りを見ていると、パタヤがある南から来た紺色ソンテウ(画像上)はここが終点で、シラチャからのソンテウを降りたY字路を利用してUターン、南へ向かいます。これがパタヤへ行くようです。

他にナクルア魚市場前で見たソンテウは(乗ってきた)シラチャへ行く白地に青線の1631番を除くと、薄めの青の6085番もY字路を利用してUターンしていました。

画像下の左のソンテウ、右の白地はシラチャ行の1631番
20231215_6085-3.jpg

このソンテウはどこへ行くのでしょう? 後を追うとパタヤ・ナクルア通りで客待ちしてから南に向かいました。

20231215_6085-2.jpg

私が撮った2枚の画像だと行先が読み取れません。そこで得意のGoogleストリートビューにまたお世話になりました。パタヤ・ナクルア通りをナクルア魚市場から南(正確には南西)に200m弱ほど行き、東に向かうサワンファー通りに入り新ナクルア市場近くです。そこで見つけた6085番から行先が読み取れました。

20231215_6085-1.jpg

นาเกลือ – ชากแง้ว」とありますので・・・をGoogle翻訳で発音させると「チャクゲーオ」と聞き取れます。どこでしょう? 今度はGoogleMapで探したら・・・パタヤのかなり南、そして海辺を離れて少し東へ、ナクルアからだと25㎞以上はあるでしょうか「チーンチャークゲーオ100年市場 ตลาดจีนชากแง้ว」と呼ばれる所がありました。

ストリートビューから
20231216oldmarket.jpg

何年か前の古市場ブームで観光用に再生させた百年市場かと思います。GoogleMap表記の「チーン」は中国の意味でしょうし、「チャークゲーオ ชากแง้ว」はソンテウの行先表記と一致していました。実際に乗ったわけでないので推測の話ですが(汗)

これでナクルア魚市場前から出るソンテウで分かったのは以下の通りです。もっとあるかも知れませんけど(汗)
 ナクルア~シラチャ間の1631番(白地に青線))
 ナクルア~チャクゲーオ間の6085番(薄めの青)
 パタヤ~ナクルア間の番号なし紺色(一応ルートはあるが無意味かも)

そして前々回書いたスクムビット・パタヤ・ソイ14/1内から出るサッタヒープ สัตหีบ - ナクルアนาเกลือ 間の1631番(白地に青線)もあります。読者bw55さんのコメントによると(ありがとうございます)、スクムビット側パクソイから出て、ワットサタヒップの東側の市場周辺までだそうです。

いずれにしてもナクルアからパタヤにソンテウで行くのは全く問題ないようです。この「バンコクからパタヤへソンテウで行く旅」では一番簡単で本数もたくさんあるようです。ちょっとナクルア魚市場 (ラーンポー ナークルア市場)を見てみる事にしました。

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私は魚介類を選ぶのはアパートからアクセスが良いサムットプラカーン県はチャオプラヤー河口の市場パークナムへ行くのですが、そことは規模を比べる事は出来ないものの、魚介そのものは良いように思えました。

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外国人観光客が多く、高級からリーズナブルまで多彩ホテルが多く建ち、富裕層が多く住むエリアも多いでしょう。高級レストランから食堂まで数えきれないほど・・・何よりもパタヤでシーフードを食する事を楽しみに来る人が多いはず。それらの一部をこの市場が支えているのだと感じました。

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そう言えば、私が初めてパタヤに来た時、シーフードを食べる気満々で頼み過ぎた事を思い出しました。もう20年以上前の事ですが(笑)

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そんな昔を思い出しながら、市場を抜けて海辺に出てみました。整備された公園のようになっており、遠く北にはレムチャバン港の施設が見えます。

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そして南にはサンクチュアリー・オブ・トゥルースの塔が少し見えます。行った事も行く気も無いのですが、あの向こうがパタヤです。

20231216sea2.jpg

そろそろ最後の目的地に行くことにしましょう。次回に続きます。

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2023.12.18 | コメント(4) | タイ・トラベル

あの話はどうなった? (2) どうするBRT & BTSのあれ

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか?新シリーズの2回目はBRTの続き、そしてこれも廃止案が出たBTSのあの駅の話です。

BRT(Bus Rapid Transit)廃止

前回『あの話はどうなった? (1) ニュースな私 & BRT』ではバンコクでBRT(バス高速輸送システム)が2010年に導入され、2017年には廃止ニュースが報じられた事、そして今でも廃止されず運行を続けている事を書きました。

20180117 TP 11

ではなぜ廃止と決めたこの路線が現在も存続しているのでしょう? 当初から利用客数が伸びず、その対策として政策的運賃を長く維持していました。2017年で最高15THBと在来路線バスと比べても大きな差はありませんでした。

その時の運賃でいきなり廃止を打ち出したら、住民の反対は当然でしょう。改札もプラットフォームもエスカレーターもある駅を道路上に造ったら、簡単に廃止できず費用も大変な額になると思います。

2017年に撮った画像です
20231204BRT1.jpg

チャオプラヤー川沿いのラマ3世通りは昔から運送業の会社や大型倉庫が多く、それらの跡地に高層マンションが多く建てられるようになりました。このエリアの住民は増加傾向であると思えます。一方、乗車ピーク時は渋滞ピーク時とも重なり、定時運行は出来なくなり、現在の車両だと車内も駅も相当混雑すると思われます。

画像下のような専用レーンを全く無視する車の対策、交差点での対策、そしてラチャプルック側の専用レーンがないエリアの対策を考え、定時運行を可能とするなら混雑時のバス増便も可能となり、BRTの利便性が見直されるなら運賃も自ずから改定できると思うのですが・・・結局は全線専用レーンに出来なかったツケがBRTになりきれない結果となるでしょうか。

2017年に撮った画像です
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そこで私の無責任で勝手な提案は・・・BRTをチャオプラヤー川右岸(西側)に行かせない。ラマ3橋駅以西は専用レーンが無いから在来バスと同じ事。ラマ3世通りからラチャプルックへ行きたい人は在来バスを使う事にして、極端に言えばBRTはラマ3世通りと(BTSに直結する)サトーンを結ぶ高速バスにして、専用レーンを速度を上げて回転を良くする。そうする事で運用バス台数を絞れるし輸送能力と定時性を保てるので、全線廃止よりマシかと(笑)

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2017年、渋滞が多いラチャプルック近くです
20231207BRT.jpg

最後に、BRTを使ってのお勧めショートトリップの紹介です。このブログでは珍しく観光の方や都心部お住まいの方も楽ちんの簡単アクセス、しかもちょっとディープなバンコクを楽しめます。一応、ストリートビューで現在も使えるルートなのは確認しています。

2017年に撮った画像です
20231207boat1.jpg

2017年に撮った画像です
日本人が使いやすいBTSのチョンノンシー駅からBRTサトーン駅までは直結(ちょっと歩くけど)、BRTでワット・パリワート駅Wat Pariwatへ行き、駅から15分歩けばプミポン1橋下の船着場です。ここの渡し舟で対岸に行けば、チャオプラヤー川の眺めを楽しんだり美しく整備されたラットポー公園Lat Phoで休めます。

2017年に撮った画像です
20231207boat2.jpg

大変美しいプミポン1橋とプミポン2橋は1997年度約148億円の円借款で作られ、開通は2006年9月で建設には大成建設、西松建設、NKKにSino-Thaiなどがかかわった日本縁の橋です。

2017年に撮った画像です
20231207bridge.jpg

1橋と2橋が交錯する下には人気は無いものの美しく整備された公園と、なかなか見ごたえある所です。そのまま足を延ばせばバンコクとはがらっと雰囲気が異なるプラプラデーンを楽しめます。

20170224 Map

好きな橋に渡し舟、そしてプラプラデーンなので過去に多く書いています。関連エントリーは以下の通りです。なお、BRTの西端ラチャプルックはトンブリー王朝縁の地タラート・プルーのすぐ近く、『トンブリー王朝の面影を探し(14)タラート・プルー』でBRTを含めて書いています。

チャオプラヤー名橋奇覧(2) プミポン橋1&2
チャオプラヤー渡し百景6 見過ごしていた渡し船
渡し船で行くサムットプラカーン(2) プラプラデーン(前)

BTSサパーンタクシン駅問題

さぁ、非常に興味深い話になって来ました。『チャオプラヤー名橋奇覧(5) タクシン橋』や『ゴールドライン、アイコンサイアム、バンコク展望タワー』に『バンコク都市型鉄道(電車)2018年最新事情』などで古くから問題視して指摘していたBTSサパーンタクシン駅問題です。

2017年に撮ったサパーンタクシン駅で、一つのホームで両方向から電車が来ます
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サパーン・タクシン駅・・・「サパーン」はタイ語で橋で「タクシン」とはあの最近帰国した元首相ではなく、トンブリー王朝一代限りのタークシン王の事ですね。だったらブログ内だけでもサパーンタークシン駅とすべきなのですが、何となくこうなっちゃいました。そんな事を言ったらBTSもあの韓国の防弾少年団ではなく、Bangkok Mass Transit Systemだと真剣に説明しなければならない時代かも(笑)

話を戻しましょう。

BTSシーロム線にラッシュアワーの乗った方は「もっと本数を増やせばいいのに」「チャオプラヤー川を渡るのに途中で止まったり、もったりしている」と思った方がいると思います。もっと言えばサパーンタクシン駅でホームが非常に混雑していたり、行くべき方向じゃない電車に乗ったりした経験をした観光の方もいると思います。

2017年に撮った画像です
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それはここだけが単線で、両方向の電車が一つのプラットホームを使う駅であるからです。それでラッシュ時にこれ以上本数を増やせない。このサパーンタクシン駅がバンコク首都圏でどんどん伸びる都市型高架鉄道網の大きなボトルネックであるのは誰もが思う事でしょう。

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なぜこんな事になっちゃったのでしょう?・・・その対策はころころ変わりましたが、今の状況は?・・・そもそも、なぜこんな駅を造った?・・・もっと分からないのは、BTSを造るずっと前になぜ中途半端な間隔で3本平行する橋を造った?

この駅の不便さに気付いた皆さんは、きっとこの不思議に頭を悩ませた事でしょう。私は在タイ時にずっと考え続け、街歩きしながら色々と調べ続けました(笑) そして、今回あらためて調べ直して自分なりに答えを得ました。

それは・・・今回も長くなりました。このサパーンタクシン駅問題は次回に続きます。

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2023.12.16 | コメント(0) | バンコク街歩き

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(8) シーサッチャナーライ歴史公園

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅、その8回目です。

メジャーな観光地を扱わないブログですが、なぜそこに行き、そこで何を感じ、何を思ったのかを綴りたいと思います。「王朝と宗教の変遷」「クメールの影響」「スコータイの特徴」が本来のテーマです。

シーサッチャナーライ歴史公園のワット・マハタートです(2001年の撮影です)。手前のトゥクトゥクで回りました。
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さて、タイでのロングステイ時(2015~2018年)の旅は大きなテーマをいくつか持っていました。その一つがチャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る事です。そのタイ王朝の簡単な推移と関係する本ブログのエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝 1238~1448年 スコータイ王朝カンペーンペット(本シリーズ)
   
アユタヤ王朝  1351~1767年 ソンテウを使いこなしてアユタヤ自由自在(予定)
               チャオプラヤー元流を歩く(エントリー中)
トンブリー王朝 1768~1782年 トンブリー王朝の面影を探し 全27回
   
チャクリー王朝 1782年~    チャックリー王朝首都防衛城壁を歩く 全8回
                 チャックリー王朝首都防衛要塞を行く 全5回

チャオプラヤー川が上流でピン川に繋がりカンペーンペットがあります。さらにピン川を遡るとラーンナー王朝(1292年 - 1775年)の首都となったチェンマイに繋がります。まさしくタイの歴史はチャオプラヤー川を遡る事で繋がるのです(自説です)。

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そんなこの旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。そしてこのシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(1) 序章&北バスターミナルへ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(2) バンコク~カンペーンペット
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(3) カンペーンペットの町
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(4) 歴史公園(城壁内)
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(5) ワット・プラケオ
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(6) クメール王朝支配
スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(7) スコータイ歴史公園

さて、今回の旅のテーマ「スコータイ王朝」の領地はスコータイ、ピサヌローク、カンペーンペット、ナコーンサワンなどタイ北部の南側から、最盛期のラムカムヘン大王(ラームカムヘーンとも)在位でも中部の一部を含む程度の規模だったとされます。

その中でスコータイ、シーサッチャナーライ、カンペーンペットの三つの歴史公園が世界遺産として登録されています。今日はその中でもシーサッチャナーライ歴史公園の話です。

なお、スコータイ歴史公園とシーサッチャナーライ歴史公園の画像と記録などは2001年のものを使っていますので情報は当時のものです。ただ、歴史や遺跡は変わらないので、スコータイ王朝全体の話を構成するのに使っています。

その2001年の旅はタイ赴任後初の年末の事でした。仕事納め後「どこへ行かなくては」と夜の北バスターミナルへ、切符売り場できょろきょろしてたら声をかけてきた客引きのオジサン、何となくスコータイと言ったらバスに連れていかれました。後で考えたら年末の帰郷者用の(もぐり?)バスだったと思います。300バーツで無事着いたので問題なかったですが・・・(正規料金は256BTHですね)

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20時過ぎに出発しスコータイで降ろされたのは午前2時半でした。全く予備知識ない中で動けずにいたら、バスから降りた客目当てのサムローのオジサンが声をかけてきました。「近くのホテルに」と言うと「40BTH」の返事、安いなぁ~さすが地方だ・・・なんて喜んで乗ったら3分ぐらいで着いたすぐ近くのホテルでした。

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ロビーのソファーで寝ていた従業員を起こせば、一晩(と言ってももう明け方近い)350バーツとの事。長旅で疲れていたし自分がどこに居るのか分からないので、そのままチェックインしましたが、年末のパーティーなのか煩くてあまり眠れませんでした。明るくなってすぐチェックアウトし、近くの市場まで歩きお粥を食べて別なホテルを自分で探しました・・・

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22年前の年末、こうしてタイで初めての旅が始まりました。少しの不安、そして仕事と日常から離れて旅するワクワク感、この時のこの無計画な旅が無かったなら、きっとその後の旅も14年後にタイでロングステイする事も無かったでしょう。

シーサッチャナーライ歴史公園 Si Satchanalai Historical Park

シーサッチャナーライに行ったのは22年前ですが、ホテルで色々と聞きこんでスコータイ二日目の朝にバスターミナルから地方路線バスで行きました。発券所の時刻表では6:40 9:00 10:30 11:30の一日4本しかなく38THB。

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バスの本数が少ないので帰りが心配ですが、何とかなるだろうと乗ってしまいました。行き先もすべてタイ語だから何度も人に聞き確認をして、バスの中で車掌さんに歴史公園近くで降ろしてと頼むし、全く情けなかったしかなり不安で行きました。

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車掌さんの合図で慌てて降りたのは私一人で二軒のお店がある前です。遺跡公園とはまったく違う雰囲気でさっぱり分かりません。よく見ると何でも屋さんの店先にレンタル自転車があったので、そこで遺跡公園への行き方を聞きました。

とにかく戻りのバスが何時か分からないし、地図も全くないので時間を節約したい。お店のおじさんにサムローかトゥクトゥクがないか?と聞くと・・・何か荷物運搬用のトゥクトゥクを出してきて、これで行けと言う(笑)そこで交渉して2時間程度の時間で遺跡を回ってもらう事にしました。 100THB! クッションもないし荷物入れに大きくまたいで乗るのですが、安いですねぇ~

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トゥクトゥクに乗り込んですぐにヨム川の渓谷ですが、まさか!と思った吊り橋を何のためらいもなく渡り始めます(汗) 橋を渡る恐怖で下を見ないようにしたら、川向こうに遺跡の仏塔が見えて来ました・・・こうしてシーサッチャナーライ歴史公園を見始めたのです。

スコータイ歴史公園の北60㎞にあるシーサッチャナーライ Si Satchanalai は13世紀から14世紀にかけてスコータイ王朝の副王居住地とされたようです。スコータイに次ぐ第二の都市だったのでしょうが、(この時は)スコータイ歴史公園と比べて整備が遅れているように思えました。

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画像下は「ワット・プラ・シー・ラタナー・マハータート Wat Phra Sri Rattana Mahathat」です。アユタヤ様式に見える塔堂は初期のクメール様式から改修されたのでしょうし、周囲にはスコータイ様式の仏像が置かれています。

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それでも私には少しアンコールトムのバイヨン寺院を思い起こさせます。クメール支配下でジャヤーヴァルマン7世統治下の創建だからそう思うのか知れません。

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「ワット・チャーン・ローム Wat Chang Lom」はその名(チャーン・ローム)の通りで象が大変印象的で、大きなスリランカ様式の仏塔がある基壇を象の半身像39頭が基壇を支えるように囲んでいます。

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この象が支える基壇とスコータイ様式の仏塔はスコータイ(歴史公園城壁外の東)とカンペーンペット歴史公園でも見られますが、ここが規模が大きく保存状態も良いと思います。また、象が支える基壇はチェンマイやアユタヤにもあり、スリランカでも見られます。私的にはスリランカから伝わった様式に思えますが・・・いずれにしてもクメール支配以後に造られた寺院かと思います。

画像下ワット・チェーディーチェットテーオWat Chedi Chet Thaeoは様式が異なる大小多くの仏塔が寺院内に配されています。それらの仏塔はスコータイ様式だけでなくラーンナー様式もあって、こうした寺院はスコータイ王朝の中でもここしか私は知りません。時代的にはスコータイ王朝遺跡群の中でも比較的新しく思えます。

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戻りのバスが気になってしまい、これ以上遺跡内を回ることが出来ず限られた遺跡だけしか見ていません。(当時)ほとんど整備されてない印象が強く、私以外の見学者は遺跡で遊ぶ近所の子供達より少なかったです。しかし、ここ独特の様式で建てられた寺院もあり、行く価値は間違いなくあったと思います。

冒頭に書いた通り、このスコータイとシーサッチャナーライは2001年の旅です。2000年からバンコクで働き始め、初めてまとまった休みが取れた22年前の年末の事でした。どこかへ行こう・・・と思い立って北バスターミナルへ向かったのは仕事納めの後で夜の始まりの頃でした。

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準備なしの無計画旅行、夜行バスで見知らぬ町に着いたのが午前2時過ぎ。宿からどこへ行くにもサムローかトゥクトゥクと料金交渉から始めなければなりません。どこへ行きたいのかも自分で分からないのに・・・

海外での旅に慣れていたとは言えタイ語の読み書きも話すのも出来ない頃(今でもですが)、内心ではドキドキし、緊張し、騙されないぞ・・・なんて肩に力が入っていたと思います。それがこの町で何度も何度もタイの人たち尋ね、助けられながらもタイの人々に生活そして歴史や文化に触れ、いつの間にか肩の力を抜いて楽しむようになっていました。

そんなこの旅が無かったら・・・今こうしてブログを書く事も無かったのかも知れません。さぁ、次は22年前ではなく5年前のカンペーンペットに戻りましょう。

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2023.12.14 | コメント(4) | タイ・トラベル

アメリカでの生活とメジャーリーグ野球、西地区

一昨日の大谷選手ドジャース移籍決定ニュースに反応し、基本的にニュースネタに扱わないと何度も書きながら・・・嬉しさのあまりやってしまった昨日のエントリー『アメリカでの生活とメジャーリーグ野球、東地区』の続きで、今回は西海岸での生活とMLB西地区で話題となった球場です。

まぁ、ニュースを紹介するだけの内容にならないようにするのでご勘弁を。また、連日のエントリーはよほど中身が薄い等の特別な事が無い限りしないのですが、今回は私的に初の二日連続エントリーです。

ロサンゼルス地元紙電子版一面で、大喜びの内容です。
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トロント地元紙のスポーツ面の一部で、どうするブルージェイズ?的な内容です。
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冒頭で私自身がこのニュースを嬉しく思ったと書きましたが、その理由は大谷選手にとって一番良い選択だと信じているのと、私も米国西海岸の試合だと中継が観やすい時間だからです。実際は観るのじゃなくて、昼前後は庭仕事をしながらBSの音声だけをスマホで聞いているのですが・・・

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私が住んでいたジョージア州はアトランタにデルタ航空本社があるぐらいで、国内外の飛行機移動は楽なものでした。また米国内の移動はレンタカーのシステムが優れていて、目的地に着いて手続きなしに掲示された場所で車をピックアップ出来るので、自宅を出て目的地のホテルに着くまで全て対面の手続きは不要でした。

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LAでは10年間いつも同じモーテルだったので、フロントで預けっぱなしになっている荷物(スリッパや洗面道具にソムリエナイフなど日用品)をピックアップして部屋前に車を移動するだけでした。

ところで少し仕事の話になりますが・・・アメリカで私が担当していた部門はLAで日系企業を専門に担当するオフィスを持っていました。それで頻繁に大陸横断をしていたのですが、ある年は急に辞めた人や仕事の立て直しで隔週でLA勤務とジョージア勤務を一年間繰り返した事があります。

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レンタカーでモーテル暮らしが長く続きましたが、飛行機だけでなくレンタカーも自動的にアップグレードされる事が多かったものの・・・赤のムスタングじゃお客さんの所へ行くにはちょっと(汗)

そのLA、実はアナハイムのエンゼル・スタジアムに行った事がありません(涙) LAでは平日に仕事をして週末はジョージアに戻る事の繰り返だし、家族が来た時は同じアナハイムでもフリーウェイ5号の反対側にあるディズニーランドやLAエリアには選択肢が多いのです。

ユニバーサルはロサンゼルス郡だったような…分かりません(汗) 娘の横にいるおっさんは私じゃありません。念の為・・・ 
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LA、ロサンゼルス・・・って簡単に言いますが、本当はかなり厄介なのですよねぇ~ 私はロサンゼルス市は数回しか行った事がありません。ロサンゼルス郡はもう少多いです。ほとんどがグレーターロサンゼルスと呼ばれる周辺の群や市を含んだエリアで活動しています。エンゼルスはアナハイムですが、ドジャースはロサンゼルス市だと思います(たぶん)。まぁ、よそ者の私はそれらを全部含んでLAと私は言いますが(苦笑)

そのLAで仕事をするのに良い事もあります。オフィスがダウンタウンではなくビーチに近く、ちょっと移動してビーチに行けば昼飯でも夕食でも気軽に食べられる店が多くあるのです。

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ここは最も気に入った店で、レストランと言うよりカフェテリアやフードコートに近いと思います。顔見知りですしワインはプラスチックコップに並々注いでくれますから、ここで1時間以上サボってオフィスに戻るなんてよくあったかも(忘れました)。

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他にもLAには素晴らしいワインショップがあり、ビバリーヒルズに近いこの店は私が知る限りアメリカでは最高の店でした。ここもいつの間にか顔なじみでしたが、まぁ週一で一年は通ったので(笑)

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以上の店などはこのブログ内に詳細がありますが、あまりにこのエントリーと関係ないのでリンクは貼りません(苦笑) まぁ、本当にLAで仕事していたの?って話でしょうねぇ~

えっと、話を戻してドジャースですね。ドジャー・スタジアムはなんと1998年ですから25年前から行っていますね。エンゼルスとは違ってダウンタウン近くで小高い丘の上を掘り下げたような形のボールパークです。今は分かりませんが、球場内に吉野家があって必ず食べてました(笑)

ドイツ勤務を終えた直後でMAX太っていますね。恥ずかしいぐらいです。
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ドジャー・スタジアムもエンゼル・スタジアムもフリーウェイ5号線沿いにあります。もっと言えば、ずっと北に行きシアトル・マリナーズのT-モバイル・パーク(旧セーフコ・フィールド)も5号線近くです。

2011年にイチロー選手だけを見る為に息子と行きました。
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でもこれって当たり前で、アメリカのインターステート(州間高速道路・フリーウェイ)の番号付けは法則があって、南北に走るのが西から5,15,25・・・95と並びます。だから西海岸の大都市は5号線沿いになり、ワシントンDCやニューヨークなど東海岸の都市は95号線沿いなのです。そして東西に走るのが南から10,20・・・90となります。

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他にも細かな事が決まっているのですが、こうした法則を覚えると広いアメリカを走っても迷う事はありません(人によりますが)。私はナビなど無い時代にアメリカ横断も縦断もしています。いつかそんな話がブログに残せれば良いのですが・・・

今日も長々とすいません。読者が少しでもアメリカ気分になれば良いのですが・・・

最後にこの目で見たシアトルのイチロー選手です。見ていて、すべての動作が無駄なくかっこよいのです。凛々しくも孤高の戦士のようで目が離せない稀有な選手でした。

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そして、いつの日かもう一人の偉大な選手を目に焼き付けたいものです。二刀流と言われた不世出の大谷翔平選手を・・・

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2023.12.12 | コメント(2) | アメリカ生活

アメリカでの生活とメジャーリーグ野球、東地区

昨朝からの矢継ぎ早ニュースに反応して、大谷選手ドジャース入りのニュースはネット中を駆け回っている事でしょう。その中で基本的にニュースネタに扱わないと何度も書きながら・・・(苦笑) まぁ、ニュースを紹介して、ちゃちゃっとエントリーするだけじゃないのでご勘弁を。アメリカ在住時のメジャーリーグMLBに関してのエントリーです。

ATLANTA,Turner Field,2007年撮影
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アメリカに住んだのは2005年から2014年の10年間です。南東部のジョージア州(フロリダ州の北隣)の州都アトランタからフリーウエイで1時間以上離れた田舎町に住んでいました。

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町自体がいくつかのゴルフ場の中に造られたイメージで、緑と水が豊かで今まで住んだ国と町の中で最も自然に囲まれた地でした。町の全ての家がゴルフカート道で繋がっているのがこの町のウリで、全米でも有名と聞いた事があります。

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しかし、ゴルフを全くしない私の週末はもっぱらカートパスを自転車で走る事でした。ざっと一周したら40㎞以上ですから良い運動です。その後に夏ならプールで一眠りが最高でした(アパートには2か所もプールがありました)。そしてテレビでMLBを観ながらビールが定番です。最も秋から冬はアメフトばかり観るのですが・・・

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そんな私がアメリカでファンだったのはアトランタ・ブレーブスでした。ナショナルリーグ東地区で残念ながら在住時は弱かったのですが、近年はかなり強くなって報道によると今回の大谷選手のFA先候補の一つだったと思います。

画像下はターナーフィールドですが、この後本拠地を2度変えています。
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ただ私的にはブレーブスはないと最初から思っていました。なんて言うか・・・日本人選手に縁が無いのです。私が知る限りでは中日から来た川上憲伸選手が初めての日本人選手でしたが、残念ですが失敗例だったと思います。次の日本人はレッドソックスから移籍の斎藤隆選手ですが、中継ぎ等で頑張ったものの華々しい活躍とは言えない結果でした。

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同じリーグなのでニューヨークメッツの松井稼頭央選手(現西武ライオンズ監督)はよくアトランタに来ていて、ブレーブスファンの中で応援したものです。

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この時期はよく球場に行きました。当日チケットで安ければ(変動制です)10ドルなんて時もありました。駐車場も広いですし、気軽に行ってホットドック食べながら気分転換するには絶好の場所でした。まぁ、レギュラーシーズンなら満員になる事はまずないですから(笑)

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日本でもプロ野球を観に球場(後楽園球場時代から東京ドーム、神宮、横浜スタジアム)によく行きましたがその雰囲気は大違いで、NPBファンには申し訳ないのですが太鼓叩いて声を合わせてはちょっと・・・

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特に球場に鳴り響くトランペット応援はテレビを観ていても聞くのを強制されている様で苦手です。それらが無ければまた球場に行きたいのですが・・・まぁ、人それぞれでそれが良いと思う方もおられるでしょう。

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なんて言うか、応援するぞ!じゃなくて、老若男女皆で自由に楽しむぞ!みたいな雰囲気がボールパーク内に満ちます。私はその雰囲気が好きでした。

さて、同じ東海岸でも北はカナダ・トロントでロジャーズ・センターにも行っています。ここをホームにしているトロント・ブルージェイズは大谷選手のFA先候補で最後までロサンゼルス・ドジャースと争ったティームです(報道によるとですが)。

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外野の一部がホテルになっていて、その部屋から観戦している人が球場からも見えたのが印象的でした。また、トロントのシンボルCNタワーがすぐ横にあります。このタワーは高さ553mでかつては世界一の自立式電波塔だったのですが、東京スカイツリーと広州塔に抜かれて今は世界三位です。

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さて、もっと東地区のボールパークを紹介したいのですが、そろそろ西地区へ行きましょう。ちなみに住んでいた近くのジョージア州アトランタは西海岸のロサンゼルスとは対極の地で、時差が3時間あって飛行機で5時間ちょっとかかります。

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ちなみに日本からロサンゼルス行直行だと10時間ぐらいでしょうか。日本からアトランタ行だとデルタ直行便で13時間ぐらい、その逆で日本行は14時間以上かかります。これらの便に何十回乗った事か・・・

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なんだか今日は全くタイに触れずにアメリカの思いで話ばかり、内容が無い上に読者には面白くないエントリーになったと思います。すいません。来年は大谷選手がドジャースで活躍する事を願っての事とご勘弁ください。

明日はいよいよ西地区です。続きます。

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2023.12.11 | コメント(0) | アメリカ生活

チャオプラヤー元流を歩く(8) これまでのあらすじ 2

シリーズ再開が5年ぶりなのでこれまでのあらすじを書いていますが、何しろ興味深い所が多いので一回だけで終わらず前回の続きです。

まずは、今までのエントリーは以下の通りですが、これらのエピソードをまとめたいのですが・・・この「あらすじ」で面白そうな所があったら、過去のエピソードで詳しく読むような使い方をして下さい。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・ガオと9寺巡り1
第7回「チャオプラヤー元流を歩く(7) これまでのあらすじ 1

そのチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。その湾曲部にショートカットが作られる以前のチャオプラヤー川の元々の流れを追う旅がこのシリーズです。

20180428 Map 1

青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

さて、前回は1542年以前までチャオプラヤーの本流だった現在のバンコクヤイ運河の下流側始点まで来ました。ここにはウィチャイプラシット砦がありますが海軍施設内で立ち入り出来ないのが残念です。

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この大きく湾曲するバンコクヤイ運河の内側(東側)がトンブリー王朝ゆかりの地で、「トンブリー王朝の面影を探し」で非常に詳しく書いています。何しろ全27回のエントリーでしたから(汗)

バンコクヤイ運河は途中からバンクンシー運河、そしてチャックプラ運河と名を変えて、最後はバンコクノイ運河で現在の本流に繋がります。そこがシリラート病院の北側でピンクラオ橋の下流側になります。

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従って、今の本流でピンクラオ橋下流からラマ7世橋上流でバンクルアイ運河の閘門(画像下)までの間が昔も本流でした。

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バンコクノイ運河からバンクルアイ運河の間で左岸(東側)にはカトリック教会歴史地区があり、路地歩きも歴史的にも面白い所です。『チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区』で詳しく書いています。

さらに上流に向かうと1927年開通のチャオプラヤー川に最初に架かったラマ6世橋(画像下)は現在鉄道専用橋ですが、現在は鉄道専用橋で旧ラマ6世橋となり、すぐ隣にラマ7世橋が架けられています。『チャオプラヤー名橋奇覧』(リンク先はそれぞれの最新エピソード)で詳しく書いています。そのラマ7世橋のすぐ上流にバンクルアイ運河の閘門があって、チャオプラヤーの元流はここから大きく西へと流れを変えます。

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バンクルアイ運河は「ここが本当にチャオプラヤー川元流?」と思わずにはいられない細い流れです。捷水路で一番古く1538年にバンコクノイ運河が出来たので、この部分が最も早く本流ではなくなったからだと思われます。

20180514 KBK 1

バンクルアイ運河(西端)とオームノン運河(東端)にバンコクノイ運河(北端)が丁字状で交わる合流点周辺もおおしろいエリアです。(たぶん)タイで一番大きな舟形のお堂があるワット・チャロー、運河に接した集落も興味深く奥深くまで歩きました。

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ここからはオームノン運河を上流に向かいますが、ここからはこのシリーズで最も情緒があり、古い時代はこうだったのだろうと思わせるエリアになり大好きな所です。

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オームノン運河ではありませんがワット・タキアン水上マーケットも近くにあります。

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オームノン運河沿いのお寺もそれぞれが趣が異なって大変興味深く、時を忘れて歩きました。朝早い托鉢も間違いなく舟でも行われているでしょう。

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20180101 Wat 4

運河沿いを歩くと物売りの舟が次から次へと現れます。ほとんど観光用になってしまった各地の水上マーケットよりよほど面白いです。車の通りが無く静かな中、物売りの舟がラッパの合図を鳴らしながら通って行きます。

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他にも定番のクイッティアオ舟、アイスクリーム舟、おかず売りなどが次々と現れては静かに広がる波を残して去って行きます。

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人でいっぱいの水上マーケットより、私的にはこちらの方がよほど良いです。この辺りは顔を背けたくなるような汚れもなく、ゴミが流れて来るのも(幸い)なくて、川面を眺めているだけでも癒されるような気がします。

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さて・・・大きく湾曲するオームノン運河の西端あたりまで来ました。ここから先は新規エントリーで続きます。

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2023.12.09 | コメント(0) | タイ・トラベル

あの話はどうなった? (1) ニュースな私 & BRT

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか?新シリーズの開始です。1回目はニュース好きな自分、そしてBRT(バス高速輸送システム)です。

ニュースなネタでブログを書かない
10年以上前から「ニュースなネタ」と「○○へ行って××食べた」的な事は基本的にブログで書かないと決め何度かそれを書いています。もちろんそうした内容の可否を言っているのではなく、それらを書く方も好む方も多いと言うか、ブログやSNSの大半がそうした内容で世界中溢れているのではないかと思います。

SNSとブログの違い
上手く言えませんが…(ネット上で消えていく)フロー型のSNSなら「○○行った、楽しかった」「○○食べた、美味しかった」「こんなニュースがある」でも良いでしょうが、(ネット上に情報資産として残る)ストック型のブログならその内容が情報に値するか、そしてネットでちょっと調べてコピペではなく、実体験に基づき自身の思いも書くのが必要ではないかと思うのです。個人のブログですので情報精度と言うより実体験と自身の考えで書くのが大切の意味です。

ブログと情報資産
5年以上更新出来なかったブログをネット上に残したのは、読者のリクエストも多くありましたが、そんなブログと情報資産の考えがあったからです。5年間ずっとコメントでご意見や質問を受けながら、まだ少しはお役に立っているのかなぁ・・・と思いながら。

そして今回再開したのは、そんな情報を求めて5年以上たった今でもアクセスされる方が少なくない事を知り、そうした読者の後押しも少なからずあったからです。

ではなぜブログで扱わない?
残念ですが、タイではニュースと食いしん坊的話題を上記のように意識した私がブログに書くと、多くがネガティブになりそうで(苦笑)基本的に扱わないとしたのです。 

それにニュースは本来出来るだけネタ元で知るべきです。可能な限りフィルターを避けないと「伝言ゲーム」のように中身が変わります。受け身ではなく能動的に情報を取らないと間違ったり偏った理解になります。そんな考えがあるから、たかがブログですが、わざわざニュースを扱って書くことはないなぁ・・・って。

ブログに値するか? ネガティブ(批判的・否定的・攻撃的)になってないか? アクセスを気にするあまり内容がないエントリーになっていないか? そんな事ばかり気にするのは、私が化石のように古いネットワーカーだからでしょう(苦笑)

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書かなくても実は大好きなニュースと食いしん坊ネタ
さて、そんなブログでは基本扱わないニュースも食べる事も、私は大好きと言うか人生で重要な要素です。40年以上の長い月日を過ごした中で自分自身の一部を成していたと言えるほど、日々意識して時間も費用も今でも割いています。そこまで言い切れるのは・・・

食いしん坊な事は別な機会で書くとして・・・ニュースに関しては40年以上前からから海外で暮らし働いていたので、情報をどう得るかがとても重要でした。現在のように誰もが世界中で容易にインターネットを経由して情報を得られる時代ではありません。

70~80年代のニュース
仕事上で国際的な通信手段はテレックス(長い電報のようなもの)がメインでした。基本英文で短縮した単語(例えばandをYとする)を多く使うので、慣れないと英語が分かっても解読できない事になります。オフィスで稀に国際電話は使っても、プライベートで日本へ電話したい時は交換手に申し込んで、いったん電話を切って繋がるのを待った時代です。

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20代に開発途上国で仕事をした時は現地での言葉が分からないので、短波ラジオを持って行ったものです。雑音の中からかすかな日本語を探し出すのに苦労する、そんな自らが必死に情報を取らないと島流し的存在になる時代を生きた経験が長すぎたのでしょう・・・

90年代以降のニュース
やがて数日遅れの日本語新聞が海外でも入手できるようになり、1990年代前半には画像下のようにドイツでも衛星放送JSTV(Japan Satellite TV)を大きなパラボラアンテナを設置して観られるようになりました(ニュースはNHKワールドのみ)。この頃は現地の英字新聞も合わせて読むのが習慣になり、それはタイでも継続しました。

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日本に戻った今もNHK BSの(たいていは政府系メディア(タイはMCOT)なのが残念ですが)世界のニュースを毎日2時間以上はチェックします。同時にアメリカを含めて新聞も電子版で見出しだけでもチェックしています。もちろん日本のニュースもほぼ全チャンネルでチェックし、BSで一つのテーマを深堀する番組も多く観ます。一日5時間ぐらいはニュース漬けなので、ちょっとやり過ぎかも(笑)

私がニュースで気を付けているのは、可能な限り幅広くアクセスする事で、同じニュースでも複数媒体でチェックしています。偏らず色々な角度から読み解きたいのです。センシティブ過ぎると思うのですが、ニュース自体も容易に信じないのです。

そんなわけでニュースは昔からかなり意識しているのですが・・・タイでは官から発せられるニュースの信憑性に疑問を感じる事が多いのが私の認識です。出来もしない事を勢い余って言っちゃったのかなぁ~って、まぁどこの国でもある事ですが。

年寄りの悪い癖で前置き話が長くなりました。すいません。
今日は以前(珍しく)このブログで扱った『ニュースなネタでブログを書かないのですが』などで、5年以上前に書いた内容が現在どうなっているかを検証します。出来るだけネガティブな内容にならないように(笑)

BRT(Bus Rapid Transit)廃止

バンコク都心部交通システムなのでネットに多く乗り方ガイドや路線紹介があるでしょうから、このブログでは対象外でした。それで少し説明を・・・BRTとはバスを都市型電車のように使うバス高速輸送システムで、専用レーンと改札やプラットフォームを備えた駅を有するものから、専用レーンだけが主体のものなど色々あるかと思います。

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BRTは都市型鉄道に比べ導入コストと工事期間がメリットかと思いますが、現行道路上に専用レーンと駅を設置する場合では十分な道路幅が必要で、交差点が多いとBRTのみならず周辺渋滞の原因にもなりBRT自身の輸送能力と定時性をも失うことになります。要は設置は容易だが、どこに導入するかが問題だと考えます。

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南米がかなり早く導入したと思います。アジアではジャカルタ(画像上)が2004年と一番?早かったと思います。もちろん私はその2004年にジャカルタで乗りましたが(笑)、渋滞に苦しむ都市が(地下鉄やモノレールとは異なり)早く設置出来てコスト的にも有利だが、現行道路状況からアジアでは設置できる都市・道路が難しいなぁ~と思いました。

バンコクは2010年導入(画像下)ですが、ジャカルタとほぼ同じシステムで専用レーンに駅を有しています。しかし、西側部分(ラチャプルック側)は専用レーンを確保できず(全長の30%ぐらいかなぁ)、BRTの利点を完全に活かせない中途半端なものになっています。

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バンコクではサトーン~ラチャプルック間で試験走行が始まったのが2010年ですが、2017年早々には乗客数減少と経済損失の為2017年4月廃止のニュースがバンコク都庁から流れました。そのニュースは単発ではなく何度か繰り返されたので本気度を感じながらも、2018年でも廃止されず私は帰国しました。

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当初計画は5路線だったのが、サトーン~ラチャプルック間の1路線になったのはなぜか?私の推測はBRT設置に適した道路がそこしか無かったのだと思います。この唯一のBRT路線の70%近くがナラティワート・ラチャナカリン通りとラマ3世通りを走ります。

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(画像上)ナラティワート・ラチャナカリン通りは道路中央部に運河があり片側4車線ある道路です。中央部の運河の為にこの道路と交差する道路が少なく、中央部にBRT専用レーンを造りやすかったはずです。

(画像下)ラマ3世通りはチャオプラヤー川に沿った道路なので、この道路と交差する大きな道路は元々ありませんでした。プミポン1橋ラマ9世橋が交差していますが、下流の橋なので大型船を通すために桁下高が高く、ラマ3世通りのはるか上に取付道路があります。

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さて、そんな2017年4月廃止が打ち出されたBRTは現在どうなっているでしょうか? 日本にいて自分の目で確認する事が出来ないのと、ネット検索を公式サイト以外しない主義なのでBRT運行会社「Bangkok Mass Transit System Public Company Limited」などのサイトと、画像下の2枚の画像のようにGoogleストリートビューで確認しました。結果、何事も無かったように営業している様です。

サトーン駅近く
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ラチャプルック駅近く
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BRT運行管理会社のサイトでは廃止やその取りやめには触れておらず、更新もしていない様子です。計画時の資料(24ページ)が保存公開されていたので中身を見たら、私が知っていた「当初計画が5路線」どころか14路線あった事を初めて知りました(笑)画像下でBRT1が現行路線です。

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しかしバンコクで14路線も専用レーンがあるBRTを走らせたらどうなっていたでしょう(笑)渋滞はさらに悪化し、BRT自体も無意味になった事でしょう。

BRTの話をただ「廃止されていない」と書くだけではこのブログではありません。もう少し考えてみたいのですが、長くなりましたので次回に続きます。
次回は前置話を短くして、BRT以外のネタも書かなければなりませんね(汗)

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2023.12.07 | コメント(6) | バンコク街歩き

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(9) シラチャ~ナクルア

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第9回目です。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ
  第7回「シラチャ
  第8回「謎のコーカイ路線

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631ด」15バーツ 47分

20180426 Map4

前回はシラチャの時計台近くでナクルア行きのソンテウに乗るところでした。3台待機していてその先頭にはすでに先客が出発を待って乗り込んでいました。一応、運転手にナクルア行ですか?と確認してから乗り込みました。

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ところで、私はすべてのソンテウ乗車でソンテウの後方にあるステップに立ち乗りです。安全面では良くないのですが、脛骨に持病があるので振動(がつんと来る揺れ)を膝で吸収する事が必要だからです。

(関係ないソンテウですが、ステップ立ち乗りの説明用)
20231129Songthew1.jpg

さて、ソンテウは時計台近くの待機場所から出発し、「Queen Savang Vadhana 記念病院」前を通って道なりでスクムビット通りへ出ていったん左折してからUターンします。

20231129Songthew2.jpg

20231129Songthew3.jpg

20231201Smap.jpg

この後はスクムビット通りをひたすら南下し、途中レムチャバンを通りました。大昔ですがレムチャバン港の保税ヤードで数日仕事をした事がありましたので、そんな事を思い出しました。

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やがてスクムビット・パタヤ・ソイ14/1で右折し、スクムビット通りを離れて海側へと向かいます。

20231129map1.jpg

画像下のように、このソイのスクムビット側パクソイに白地に青のラインのソンテウが見えるので、もしかしたら(前回のエントリーで書いた)サッタヒープ行きの1631番かも知れません。いずれにしてもこのソイの中では「シラチャ~ナクルア」と「サッタヒープ~ナクルア」の1631番が同じところを走っていると思われます。

20231129Songthew5.jpg

ソンテウはこのソイの海側パクソイ手前のY字路が終点の様です。乗客の皆さんが降りたので私もここで降りました。シラチャからナクルアまでで25THB、時間は50分弱だったと思います。

20231129Songthew6.jpg

20231129map2.jpg

このソンテウを降りたY字路で反対側車線を見ればシラチャへ戻る1631番が数台停まっていました。実際に乗ったわけではないので未確認ですが、ここからシラチャへ戻れそうです(私はパタヤへと向かいますが)。

20231129Songthew7.jpg

さて、ソンテウを降りて海側へ歩けばすぐに海岸と並行するパタヤ・ナクルア通りです。この通りを南に行けばすぐにパタヤですし、ソンテウをたくさん見かけたので急いでパタヤへ向かうことはないようです。

20231129Songthew9.jpg

目の前に見えた「ナクルア魚市場 Naklua Fish Market」(Google Mapだとラーンポー ナークルア市場となっています)へと通りを渡りました。

20231129Songthew10.jpg

長くなりました。毎回ながら、最後までお読みいただく読者には心から感謝します。いよいよ目的地が近づきましたが、次回に続きます。

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2023.12.05 | コメント(6) | タイ・トラベル

人をだます悪意に触れた時

生まれ育った地を離れ、生活文化、人種や宗教も異なった様々な地に長く住むと、おのずからリスクに対して敏感になり、未然防止を含めて対処対応が身にしみ込んでいると思っていました。

海外に住むだけで通算28年超、訪れた国や地を数える気は失せて長く、海外で運転した年間走行距離は毎年3万キロ以上、毎週のように乗ったアメリカ在住時の飛行機に、タイ・ロングステイ時に使った多種で数えきれない交通機関・・・大きな怪我した事も無く、お金や所有物を失った事もなく無事過ごせました。

しかし長く海外にいると身近でトラブルが全く無かったわけではなく、なぜか私がそれらのトラブル対応をしてきました。出張者が置き引きに遭う、スリに遭ってパスポートと財布を失くす、ホテルや駐車中の車からパソコンを盗まれる・・・これらは珍しくないトラブルでした。速度無制限のアウトバーンで交通事故に遭いドイツで入院、タイのホテルで出張者が亡くなって発見され警察や大使館にご遺族対応とご遺体移送対応をする・・・など稀なケースすら経験してきました。

なぜか行動を共にしても出張者や旅行者が被害に遭っています。いくら色々注意しても服装、歩き方から挙動が海外では浮いてしまう存在の人たちが多かったです。ご自身に過失や油断がなくてもリスクが高くなるのが海外なのだと思います。

それは私自身にも言える事ですが、いつの間にかどこでも自然と目立たず、街と人々に溶け込むようにしていたと思います。ましてリタイアした後のロングステイ中は老いた身体もあって十二分に安全と健康には注意していました。

それが、そんな私が・・・日本に戻ってからの5年、人をだまそうとする悪意の行為に頻繁に触れるようになっています。

それは海外のどこでもある事(あるいはあり得る事)だとは思うのですが、些細な事が日本だと気になり目につき過敏になってしまう自分なのかも知れません。

そんな日本で触れる人をだますような悪意は後で書くとして、3年半のタイでのロングステイ時に限れば、一度だけ「引ったくり」に遇っています。

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画像上の日本語が変なのはともかく、折角バンコク警察が注意喚起してくれているのに、ソンテウを降りて助手席の窓から運賃を払っている間の出来事でした。街歩きの時はスマホ(元々持っていない)や財布も持ち歩きしない手ぶら主義なので、奪われたのはロングステイ3年半の間で一回だけ伊勢丹で買った夕飯のおかずでした。『引ったくりに遭う』で詳細をエントリー済みです。

タイでのロングステイは毎日(先進国と比べたら)ルール軽視の町中に身を置き、安全軽視の乗り物ばかりをたくさん使う毎日でしたから、相当安全に気を使っていました。

バスを乗り降りする時はバスが完全停止しないのは普通で、バス停に寄せないのも普通ですから、伊勢丹の袋を持ってなくても車やバイクに要注意です。
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さらに左だけでなく右から来る逆走バイクへも十分注意です。
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乗り降りだけでなく、バスの走行中に車内(エンジン上部)に煙が噴き出すこともあります。この時は車掌さんが水をぶっかけていましたが、実際に営業中の車両火災も多かったです。
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モタサイ(画像左)の利用を出来る限り避けていたのは、アクシデント(画像右奥)に遇った時のダメージが大きいからです。
20231127BKK4.jpg

ただ歩道を歩くだけでも要注意です。外国人が多い都心部を除けばこんな歩道は普通です。暑いのですがサンダルで街歩きをした事はありません。
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歩道を歩くのに下ばかり見ているのも危険です。前から後ろからもバイクが普通に歩道を走行します。
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歩いている時は強烈な日差しも大敵です。たとえ電線の束の影でも利用しましょう。私はタイで毎日街歩きをして熱中症は未経験でした。
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しかし電線は時として凶器にもなります。歩く時は上にも注意です。
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そして街歩きの大敵「野良犬」です。都市部を離れれば離れるほどこの大敵は多く現れます。何度引き返したり大回りした事か・・・また日が暮れると大敵が元気になるので危険性が増します。
20231127BKK10.jpg

あーーー、本当に怪我することも無く無事日本に戻れたものです。

さて、日本です。
5年前に日本に戻ってからは歩道を怯えながら歩く事も、信号が青で横断歩道上でも周囲の車やバイクに目を配る事も亡くなりました。野良犬は5年間一度も見た事もないです。バスでは停車前に席を立つと「危険です」と運転手さんに注意されます。

こうして街歩きのリスクに対する注意力は激減したものの、人を騙そうとする行為に触れる機会は増大したように私は感じるのです。直接的な被害は全く無いのですが、悪意に接する事がストレスを感じそのストレスが蓄積されているように思えるのです。

うんざりするぐらい多いフィッシング詐欺メール

私は90年代から使っているメールアドレスがあります。30年以上ネットで使っているので世に出回っているアドレスです。その為にかなり多いスパムメールのゴミ箱的存在になっているのですが、ネットの古い友人との連絡もあるのでアドレスを変えずにそのまま使っています。

自動振り分け等でかなり選別されますが、間違って選別されるメールがあったり、選別されなかったりするので一応チェックはするのですが・・・多いのですねぇ~フィッシング詐欺メール、しかもかなり巧妙で「これなら危ないなぁ」と思ってしまいます。

昨日一日で受信(迷惑フォルダー)したのは以下の通りです。

タイトル:「三井住友カードの異常通知
内容:お客様のカード口座にいくつかの異常が見つかりました・・・・今すぐ三井住友銀行にログインしていただくようお願いいたします・・・それでURL

タイトル:「【重要】三菱UFJ銀行本人確認のお知らせ
内容:口座の資金安全を確保するために三菱UFJ銀行の口座が一時利用停止・・・下記のURLを再開手続きの設定してださい。

タイトル:「【NHKプラス】アップグレードサービスお知らせ
内容:NHKがNHKプラスにアップグレードされました・・・以下のURLをクリックし、必要な項目の入力をお願いいたします

タイトル:「Amazonからのお知らせ」(これが一日2回でした)
内容:ご利用のアカウントで異常なアクセスが検出されたため、アカウントを一時保留・・・サインインして画面の指示に従ってください・・・それでURL

慣れている方々には笑っちゃうぐらい見慣れたものでしょうが、このような膨大なメールがインターネット上を飛び交っているかと思うと、カードも銀行もネット通販も全て止めて、現金で対面商売のみの昔に戻りたくなります。ちなみに、私は三井住友カードは持っていなく、三菱UFJ銀行に口座はありません(笑)

「屋根の板金がめくれていますよ」詐欺

そして最後が、先月だけで2回、それ以前を含めると4回も私が経験した詐欺的行為です。一週間ほど前に何気なく耳にしたテレビで全く同じ手口を紹介していたので増えているのでしょう。台風シーズンが終わった11月に多いそうです。

マニュアルがあるのでしょう。ほぼ同じ手口です。職人風の若いお兄ちゃんが突然訪ねて来て「お宅の屋根の板金がめくれているのが見える」と始まります。「偶然見つけた」と「親切心で伝える」が話のミソです。これを真に受けた人が検査の為と屋根に上がらせると故意に壊され、工事なんかさせたら粗悪工事で高額請求と進みます。

このお兄ちゃん(画像下)は「近所で屋根工事するので工事車両を停めます」で話を始めました。そのお宅や工事内容などこちらが聞いたら様子が変なので適当にあしらいましたが、その後すぐお隣に行きました。ちなみにお隣は数カ月前に屋根を含めて外装工事を終えたばかりで、それすら気づかず手あたり次第訪ねているのでしょう(笑)

20231128view1.jpg

このお兄ちゃん(画像下)は「近所で工事中だがお宅の屋根が見えたので」で話し始めました。この手口は3回目ですので最初から相手にしなかったのですが、夜に訪ねて来るのはノルマを消化出来ないのでしょうか(笑)

20231128view2.jpg

この手の詐欺は直接悪意を持った人に接してしまうので、人を騙そうとする行為に触れ毒をまかれたような気持になります。後味が悪いまま自分へのダメージは大きいですし、蓄積されます。反対に街でちょっとした善意や親切を見ただけでも心がほっとするような感じで、浄化された気持ちにもなりますが・・・

そんな自分の性格なので「ネガティブな事はブログに書かない」主義なのですが、注意喚起的な意味でエントリーします。もちろんこのブログを読む方々は電話やネットを介しての詐欺も十分承知の行為でしょうが、ご家族やご友人に被害が生じないことを心から願っています。狙われるのは高齢者だけに限らず、誰もが接してしまう可能性があります。

何かと慌ただしい12月です。日本でもタイでも世界のどこでも、詐欺にも安全にも健康ににも十分にご留意ください。

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2023.12.02 | コメント(4) | その他

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ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 東京深川出身。アジア・ヨーロッパ・アメリカなど海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後タイでロングステイし2018年帰国。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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