スコータイ王朝要塞都市カンペーンペット(10) 一人貸切観光バス

チャオプラヤー川が始まる「ナコーンサワン Nakhon Sawan」、そのチャオプラヤー川に繋がるピン川が流れるスコータイ王朝の要塞都市「カンペーンペット Kamphaeng Phet」を歩く旅、その10回目です。

画像下は今回の主役?の一人で貸し切ったトラム型観光バスです。これに一人で乗ってカンペーンペットの町を走った時は本当に恥ずかしかったです(笑)

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かなり時が経ったので遡ってこの観光バスを貸切る事になった経緯を書きましょう。

バンコクから、カンペーンペットに着いた日です。交通の中心となるロータリーのすぐ北東側にツーリスト・インフォメーション・センターがあり、その前に停めてあった観光用のバスも気になって入りました。

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中に入ってまず地図を入手。英語は通じず私の幼稚なタイ語でこの後の移動の為にソンテウの事も聞きましたが要領を得ませんでした。それでも英語の掲示物で観光バスの記載があったので尋ねました。

午前と午後の2回、ご利益あるお寺巡りと市街地巡りが(この掲示物を作った時は)4人以上のグループでFREE!だったのがその時はもう終了したそうです。

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そこで交渉して翌日朝8時半から遺跡の北側を回り、私が望む所で降ろしてくれて待ってくれる事、そして町も一周する事で350バーツで貸切る事になったのです。ソンテウでの移動手段が今一つ分からないので、これで町から少し離れた北側の歴史公園の様子も知る事が出来ます。

そんな経緯で一人で貸し切ったピンクのトラム型観光バスに乗るのですが・・・その前にいつもの前置きとお断りです。

チャオプラヤー川を遡りながらも歴史と王朝をも遡る旅は、本ブログの大きなテーマの一つです。そんなテーマの中、チャオプラヤー川に繋がるピン川沿いのカンペーンペット、そしてピン川がチャオプラヤー川となるナコーンサワンへの旅をしました。

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この旅は2018年5月に行ったもので、同年5月20日からブログ・エントリーし始めたものの完結せずに今に至っています。その為、情報等は全て当時のものです。このシリーズの過去のエントリーは以下の通りです。

(1) 序章&北バスターミナルへ
(2) バンコク~カンペーンペット
(3) カンペーンペットの町
(4) 歴史公園(城壁内)
(5) ワット・プラケオ
(6) クメール王朝支配
(7) スコータイ歴史公園
(8) シーサッチャナーライ歴史公園
(9) ナイトバザール

さて前回までは、カンペーンペットの町に近い城壁内の歴史公園を散策し、夕暮れ迫るピン川沿いを歩いてナイトバザールを見てからホテルに戻った所までです。

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バンコクからのバス移動、そして徒歩で町中と歴史公園散策とかなり歩いて疲れました。その為かぐっすり眠り朝早く起きてホテルの朝食です。全く変わり映えしない朝食ですが、普段よりたっぷりと頂きました。

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ホテルの周囲に市場があるのを地図で知っていたので、まずは早朝の市場チェックです。ホテルから南へ5分も歩けばンペーンペット中央市場、そして反対の北へ5分でムアンカムペーンペット市場です。

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中央市場はこの地の食卓を支えているかのうようにかなり賑わいがあります。ムアンカムペーンペット市場は雑貨や服の小売りが多い感じでした。

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朝の市場や動き出した町を見ながらロータリーまで歩きツーリスト・インフォメーション・センターへ。どうやら昨日居た二人も着いたばかりのようですが・・・私が挨拶すると二人も一緒に行くようです。

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この日の午前中はインフォメーション・センターを閉めて、運転手とガイドになるようです。ガイドはタイ語だけなので、話はどこへ行きたい?ここで待つ、みたいな簡単な話だけで折角のガイドさんがもったいないです(苦笑)

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いやぁ~、バスが動き出すとまだ朝の風が通り気持ち良いのですが、とにかく町中は恥ずかしいです(汗) 数人で乗るならともかく、あきらかに外から丸見えで乗客は私一人ですからねぇ~

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やがてバスは北側の城壁で囲まれていない歴史公園に入り、入口近くのインフォメーション・センターで停まりました。中は資料室のようなイメージですが、タイ語と英語併記のパネル資料が多く、時間があればゆっくり見たい所でした。

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なにしろ私は運転手にガイド付きで来た一人のオジサン。中で勉強中の学生さんの注目を集めてしまいました(笑)

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この時点で分かったのですが、運転手さんとガイドさんが一緒だと居心地が良くない(笑)移動は何も考えず景色を見ているだけ。ガイドさんがいつも行っている所を効率よく回ってくれるて、興味ある所はバスから降りて歩いて見られるのですが・・・

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運転手さんとガイドさんは行儀よくバスで私を待っています。一人だと遺跡って興味あると所は何時間でも見ていられるから、誰かが待っていると思うと気になって見ていられない。要はいつも一人だから慣れていないのです(笑)

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そこで歴史公園内の主要な所を回ってもらい、気になった所は後で自転車で見に来ることにして、いちいちバスから降りないようにしました。気になった数か所だけ待ってもらい、さくっと歩いて見て回っただけです。 (画像下はインフォメーション・センターでもらったマップです)

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上のマップで分かるように昨日行った城壁内の歴史公園に車両は入れませんが、北側の歴史公園は車両で回れます。それで一通り遺跡を巡ってもう十分って事で早めに町に戻りました。

それでも2時間はバスに乗ったでしょう。最後は安くて美味しいと評判の食堂を教えてもらい、予定よりかなり早く親切な二人に別れを告げました。

次回はレンタル自転車で北側の歴史公園に戻り、じっくりと遺跡を巡ります。

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2024.01.29 | コメント(0) | タイ・トラベル

あの話はどうなった? (7) BTS 謎の駅の正体1

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? そのニュース等から疑問や謎に迫ります。シリーズの7回目の今回もBTSの謎の駅に関係した話です。

前回「 BTS 謎の駅で不正料金」をエントリー直後にアクセス数が急に増えました。BTSに乗られた経験がある方で、不正に高く運賃を払っていた事にお気づきの方も多いのではないでしょうか? 

私もそうです(笑) 思わず在住時の手製家計簿を見てしまいました。乗り物の種類に限らず「どこからどこまででいくら」が全て書いてあります(笑) 基本バス派の私でも、戦勝記念塔駅~モーチット駅、サパーンタクシン駅~サイアム駅なんて乗っちゃうのですよねぇ~

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BTSは乗った距離に関係なく駅の数で料金が変わる料金体系。実体のない駅が路線図や料金表に記載されている。だから不当に料金が高くなる場合がある。それが私の指摘です。

料金が駅の数で決まると知っていれば、三つ先の駅に行くのになぜ四つ先の料金になるのだ!と誰もが実体のない駅を知り疑問に思うはずです。 少なくても私はずっとそう思ってBTSを(路線バスから)見ていました(笑)

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ところで、前回エントリーに『特に日本人が書いた場合は「運賃は距離によって変わる」みたいな記載が間違いなく多いはずです。間違いです(キッパリ)』と勢いで書いてしまいました。

心配になったので普段は避けている検索をしました。「バンコク BTS 料金」で検索したら、上位5つのサイト中3つのサイトが「料金は距離によって変わる」の記載がありました。そうですよねぇ~ 普通そう思っちゃう。でも、間違いです(キッパリ)

それらの記事のタイトルは「バンコクBTS完全ガイド!・・・」とか「バンコクのBTS利用ガイド・・・徹底解説」で、中にはセーナールアム駅があるかのように書いていたサイトもありました。こうしたサイトが多いと私が日ごろ思っていた通りでした。

それにタイトルが大袈裟なのもネットによくある手かと思います。完全○○、徹底○○、驚愕の○○、驚きの○○、大○○・・・などです。私は注意しているつもりですが、使っちゃっているかなぁ(汗)

ちなみに私が2018年までバンコクの路線バス全路線を往復・枝線・直営・委託別に全て実際に乗って書いた、このブログのメインだったシリーズは『バンコク路線バス不完全ガイド』でした(笑)

まぁ、大したことじゃないし悪意がないのは十分承知ですが、誰もがネットに自由に書ける時代です。読む側の知識や判断力が問われる時代なのかも知れません。

そうした力がない私はネットで調べるのは公式サイトだけ、ネット検索自体も出来る限り避けると決めて20年以上ですねぇ~ 

さて、まずはこのシリーズ今までのエントリーです。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金

前回はBTSの料金面から実体のない謎の駅について書きました。今回はBTSの謎の駅はなぜ生じたのか? なぜシーロム線セントルイス駅だけ実体化したのか? セーナールアム駅は今後どうなるのか?など深堀をしてみましょう。

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画像上は私がタイでがんがんに街歩きを始めた2015年の路線図です。現在の路線図とは違いずいぶんと寂しいものかと思います。今回はシーロム線スックサー・ウィッタヤー駅改めセントルイス駅を深堀しましょう。

謎の駅S4の駅名変更

スックサー・ウィッタヤーは超高層ビルのマハナコンタワー近くのソイ名だったと思います。それに関して学校などもあったかと思います。それが分かり難いので新駅近くのセントルイス病院から駅名を変えたのは理解できます。

セントルイス病院(ストリートビューから)
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セントルイス病院はカトリック系病院で、ホームページによると1898年9月15日の創立だそうです。もう126年前で日本だと明治31年ですねぇ~

セントルイスって・・・アメリカ中西部はミシシッピ川とミズーリ川の合流点に位置する大きな都市で、私はアメリカ在住時からよく知っているので最初は「アメリカに由来する病院か~」なんて何も考えずに思っていたのですが、たぶんこれは間違っていると思っています。

西部へ向かう開拓者の出発点を記念してのゲートウェイアーチです
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ニューオーリンズなんか有名ですがミシシッピ川周辺はアメリカ開拓時代からフランスの植民地支配下にあり、セントルイスも同様です。その都市名はルイ9世に因んでサン・ルイ(英語だとセント・ルイス)と命名されたそうです。

バンコクのセントルイス病院(とお隣のセントルイス教会)はアメリカの地名からではなく、シャルトル聖パウロ修道女会に関係する由来かと(私が勝手に)思っています。フランス発祥のこの修道女会は18世紀にフランス政府の要請で五大陸への宣教に旅立ち、タイでは1898年が宣教の始まりなので、セントルイス病院の歴史そのものになるかと・・・

セントルイス病院のホームページを見て私が勝手に推測しているだけで、それ以外の知識は全く無いので間違っているかも知れません。結局、なぜセントルイスと名付けたのか分からないのですが(汗)

(セントルイス病院ホームページから)
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いつもですが話が脱線しました(汗) 話をBTSのセントルイス駅に戻しましょう。

謎の駅の実体化

BTSのセントルイス駅は2021年2月8日に開業したそうです。私はタイにいた2018年まで何十回もこの辺りを通りましたが、全く工事の気配すらなかったです。

それもそのはずで工事開始は2019年の5月だそうです。きっと基礎は将来に駅が出来る事を想定していたのでしょうが、それにしても(タイにしては)早いです。

この状態が2020年5月だそうです
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何度も計画を変えたあげく工事ができないで、にっちもさっちも行かないサパーンタクシン駅に比べたら・・・

元々、予定していたぐらいですから工事開始からあっという間に完成した感があります。電車運行を続けながらの工事だと思いますが、資料に記載がなくて分かりませんでした。

画像下2枚はストリートビューからですが、(ちょっと苦労して)工事前と工事後を同じ所でキャプチャーしました。

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気のせいか駅部分の橋脚が駅でない区間に比べ大きいように思えます。当時は意識して見ていなかったので気付かなかったです。今となってはよく分かりませんねぇ~

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同じ所で駅が造られた後の画像です。「同じ所」と強調したのは、画像の左側(歩道側)に「AIA」の看板が見えるはずで、ここがAIAサトーンタワーです。AIAタイランドはタイ最大手の生命保険会社で本社は香港だったと思います。

セントルイス駅建設に際し、このAIAタイランドが大きく関与している事が分かっていますので、駅とAIAサトーンタワーの両方が写る画像を準備しました。

なぜ開業後20年経って駅建設?

さて、私が最初に不思議に思ったのは、BTS開業時からS4駅として予定しながら長く駅を造らずにいた理由と、それが約20年後にバタバタと急に駅を造った理由が分からないからです。

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そこで調べたBTSCの資料には、BTS建設時にここに駅を造る計画があったものの、建設期間中に駅周辺の環境(要は利用客数か)が見直された結果、駅建設には至らなかったともっともらしい事が書いてありました。

それが20年後に駅建設となったのは周辺環境(利用客)の変化もあるでしょうが、駅建設資金の半分をAIAグループから受けたのも大きな理由かと思います(個人の勝手な推測です)。

BTSグループとAIAグループ間で駅建設費用(9億バーツ)を50:50で負担する事が報じられていました。当然、AIAグループはAIAサトーンタワービルと駅を接続する権利も有し、設計コンセプト時から直結されています。

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新駅がまるでAIAサトーンタワーありきで設計されたように見えるは私だけでしょうか。

都市型高架鉄道の駅と商業施設のアクセス道なら解りますが、駅自体の建設費用半分を鉄道業でない民間企業が負担するのが一般的だとは私には思えないのですが、この辺りの報道はいくら探しても見つかりませんでした。

一方、駅開業時の報道に多く見られた「セントルイス病院へのアクセスが便利になった」は確かにそうですが、直結されているわけでなく、それまでの最寄り駅スラサック駅に比べて170m短くなっただけです。

結論はよく分かりませんが、AIAの出資がBTS開業後20年経っての駅建設に大きな影響を与えたのは間違いないです。

文字ばかりでつまらないエントリーになりました。次回はこのサトーン地区の歴史や暮らし、そして街歩きも紹介したいと思います。それとスクムビット線の謎の駅ですね。

次回に続きます。

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2024.01.26 | コメント(0) | バンコク街歩き

あの話はどうなった? (6) BTS 謎の駅で不正料金

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? そのニュース等から疑問や謎に迫ります。シリーズの6回目は少し前に戻ってBTSに関係した話です。

BTSサパーンタクシン駅の話がどんどん膨らみ、チャオプラヤー川に架かるタクシン橋からプラ・ポックラオ橋、そして45年前に作成されたバンコク大量輸送マスタープランへと話が広がってしまいました。それで話を戻してBTSに関してです。

それでは今回のお題の「BTS 謎の駅で不正料金」ですが・・・本ブログは毎回長く、今回の内容は特に分かり難いので、最初に結論を書きます。

BTSは開業以来長く実体のない駅を料金体系に入れて、不当に高い料金を搾取している』 いやぁ~、書いちゃいました(汗) 今更書いても遅いのですが、あくまでも個人の意見です(笑)

この問題を理解するにはBTSの料金体系が距離制ではなく基本的に区間制である事を知る必要があります。

行先までの距離ではなく、何駅あるかで運賃が決まり、それを基本に上限や新延伸区間の特別料金があります。

私は公式サイト以外ネットは見ない主義を長く守っていますが、ネットには観光客向けの「バンコクBTS徹底ガイド」的なサイトが多くあるかと思います。

特に日本人が書いた場合は「運賃は距離によって変わる」みたいな記載が間違いなく多いはずです。間違いです(キッパリ)

日本人にとって鉄道の運賃は均一制でない限り対キロ制か対キロ区間制がほとんどだからです。こうした記事は実際に自分の目で確認していない人が適当に検索してチャチャっと書いた記事です。

さて、まずはこのシリーズ今までのエントリーです。
あの話はどうなった? (1) ニュースな私 & BRT
あの話はどうなった? (2) どうするBRT & BTSのあれ
あの話はどうなった? (3) どうするBTS サパーンタクシン駅
あの話はどうなった? (4) タクシン橋の謎
あの話はどうなった? (5) 45年前のマスタープラン


BTSシーロム線の謎だったスックサー・ウィッタヤー駅

前のエントリー『あの話はどうなった? (2) どうするBRT & BTSのあれ』にBTSシーロム線の路線図を載せましたが、その時初めて気付いたのです。

「スラサック駅S5」と「チョンノンシー駅S3」の間に「セントルイス駅S4」があるじゃないですか!「なんだ!?この駅は知らんぞ!って」

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実は、このBTSシーロム線でスラサック駅S5とチョンノンシー駅S3の間にある駅S4は「スックサー・ウィッタヤー駅 Suksa Witthaya」として表記されながらも実体のない駅でした。

それがセントルイス駅 Saint Louis と名を変え2021年2月8日に開業したようです。このS4駅に関しては、面白い話がたくさんありますので、この駅について深堀します。

BTS公式サイトから
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長く実体が無かった謎の駅S4

実は、このBTSシーロム線でスラサック駅S5とチョンノンシー駅S3の間は私の在住時から怪しかったのです(笑) その事をセントルイス駅開業を知った事で思い出しました。

2021年以前の路線図は画像下の様にS4をさりげなく飛ばすか、実線ではなく点線で書くなど実際は駅が無い事を伝えていました。

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BTSにほとんど乗らなかった私でさえ知っていたので、在住者や旅行者でもバンコクを中心に動かれている皆さんは当然お気付きだったと思います。

BTS開業1999年の時からS4として「スックサー・ウィッタヤー駅」が予定駅としてキープされていたのですが、その実体は全く見られず、路線図上はS4を飛ばしてS3の次がS5なのを私はいつも不思議に思っていました。

2017年のバンナー駅の料金表です
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路線図上はS4駅を無視しながらも、料金表にはスックサー・ウィッタヤー駅がS4として予定されていました。

私が知る限るもっと以前から全ての駅でこんな感じの表示がされていました。消しているような薄く残しているような中途半端な表示をよく覚えています。

なぜか料金表に駅番号と駅名まで記していながら、路線図上はS4を無視し、20年間もその駅は存在しなかったのがS4のスックサー・ウィッタヤー駅でした。

謎の料金

なぜ路線図上はS4を無視し、料金表では無視しなかったのか? これも気になってなりませんでした。

ここで重要なのが、BTSの運賃は対キロ制(距離制)ではなく、基本的に駅の数で決める区間制である事です。

BTSの区間制料金とは基本お隣の駅までが1区間、その次が2区間として7区間まであり、8区間以上はそれ以上上がらなかったと記憶しています。新しく延伸した区間は全て一律15バーツでした。

複雑ですいません。私の在住時に値上げした直後の2017年10月アソーク駅料金表の画像が手元にあるので、それで説明します(画像を横にして見難くてすいません)

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アソーク駅からナナ駅が1区間で16バーツ、プルンチット駅が2区間で23バーツ、チットロム駅が3区間で26バーツ、サイアム駅が4区間で30バーツ、ラチャテウィー駅が5区間で33バーツ、パヤータイ駅が6区間で37バーツ、ビクトリーモニュメント駅が7区間で40バーツ、その先は(新延伸区間でなければ)どこまでも44バーツです。アソーク駅から南下した場合は同じように数えてオンヌット駅が5区間で33バーツ、そしてバーンチャーク駅からその先全駅が延伸区間になり33+15で48バーツです。

アソーク駅からシーロム線に乗り換えても同じ理屈ですが、7区間のチョンノンシー駅が40バーツでその先は8区間以上になりウォンウィエンヤイ駅まで44バーツ。ウォンウィエンヤイ駅から先は新延伸区間で15バーツがプラスされその先全駅59バーツです。

駅間距離は様々で、基本的にその距離に関係なく上記法則が全ての駅に当てはまります。もちろん度々値上げされていますし、新路線に延伸区間は何らかの特別料金が適用される事が多くあります。

いやぁ~ 本当に説明が下手で申し訳ないです。

なぜこんな厄介な料金体系を説明したかと言えば、路線図上は無視したS4駅が料金表ではしっかりと1区間としてカウントされているからです。

画像下は2017年10月の値上げ以前のスラサック駅の料金表です。この時はS4のスックサー・ウィッタヤー駅が実在しないのに、料金表ではスラサック駅からお隣のチョンノンシー駅まで1区間で15バーツのはずが22バーツと2区間分の料金になっています。

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S4のスックサー・ウィッタヤー駅が薄く書いてあるのが、やましい感たっぷりです。

これで怒らない人がいるでしょうか? 例えば、私がサパーンタクシン駅からチョンノンシー駅まで乗って3区間料金25バーツなら、怒って2区間分22バーツだろう!と文句を言います。それが理由でBTSにほとんど乗らなかったわけではないのですが(笑)

BTSスクムビット線にもある謎の駅

実は、開業時から今現在もシーロム線のS4のスックサー・ウィッタヤー駅と同じ謎の駅がスクムビット(スクムウィットとかスクンビットとも)線にもあるのです。

スクムビット線で実体のない駅は「N6セーナールアム(セナールアム)駅 Sena Ruam」でN5アリ駅とN7サパーンクワイ駅の間に(薄く)あります。

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画像上は1区間料金が15バーツだった時のサイアム駅の料金表です。サイアム駅から6区間(6駅目)のサパーンクワイ駅N7まで37バーツと書いてあります。本来は6区間で34バーツのはずですが、実体のないセーナールアム駅の為に7区間とされています。

画像下はモーチット駅の料金表で1区間16バーツの時の画像です。例えばモーチット駅から戦勝記念塔まで乗ったら4駅目なので4区間30バーツのはずですが、(自信がないのか薄く書かれて)実体のないセーナールアム駅の為に5区間とされ33バーツになっていて3バーツの搾取です(あくまでも個人の意見です)。

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まぁ、モーチット駅から日本人が多いサイアム駅からオンヌット駅までは上限44バーツなので関係ないって言ったらそうなのですが・・・ちなみにオンヌットから先は延伸区間とされ44+15バーツでどこまで行っても59バーツです。

こんな料金体系の仕組みを複雑にしているのが、私には余計に怪しく思えるのです(笑)

くどいのですが距離制ではありません。アリ駅とサパーンクワイ駅は少し駅間が長くて1.65㎞。シーロム線のチョンノンシー駅とスラサック駅間が1.17kmですが、これらより長い区間は他にもあります。

って言うか・・・シーロム線のセントルイス駅は1.17kmと狭い駅間に強引に駅を造った感が強くします。 

まぁ、結果的にはセントルイス駅が出来た事でシーロム線の実体のないスックサー・ウィッタヤー駅で不当に料金を搾取していた問題は無くなりましたが、この駅で20年間も搾取していた事実は残っています。また、スクムビット線の実体のないセーナールアム駅での不当料金はまだ続いています。

現在の料金制度がどうなっているか?

今までの説明は私がタイ在住時の画像で説明する為に料金そのものが古く分かり難かったと思います。それに料金は今現在とは異なると思われます。そこで私が実際に見る事は出来ないのですが、BTS公式サイトで検証してみました。

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2023年1月から適用の運賃体系が画像上です。赤色表が駅数(No. of Stations)と運賃です。どうやら運賃は少し上がりましたが、1区間から8区間に分ける制度は同じようです。ここにはハッキリと駅数(No. of Stations)と書いてあります。くどいのですが距離制ではありません。

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そこで画像上のBTS公式サイトから運賃計算をしてみました。サパーンクワイ駅からお隣のモーチット駅の料金を調べると1区間の17バーツと出ました。ではサパーンクワイ駅から反対方向お隣のアリ駅を調べると(幻の駅を入れて)2区間の25バーツと出ます。 

検証結果は・・・やはり現在でも実体のないセーナールアム駅を料金体系に入れています。

路線図や料金表上では完全に無視できず「実体のない幻の駅」を薄く書いてでも残している理由です。そしてBTS利用者はその不当な料金を払い続けているのです。20年以上も・・・

長くなりました(いつもごめんなさい)、BTSの謎の駅はなぜ生じたのか?なぜシーロム線セントルイス駅だけ実体化したのか?セーナールアム駅は今後どうなるのか?・・・この問題の深堀はまだまだ続きます。

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2024.01.23 | コメント(0) | バンコク街歩き

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(12) ついに完結

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第12回目で最終回です。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ
  第7回「シラチャ
  第8回「謎のコーカイ路線
  第9回「シラチャ~ナクルア
  第10回「ナクルア
  第11回「ナクルア~パタヤ

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631?」15バーツ 47分
シラチャ~ナクルア       1631番系統「1631?」25バーツ 50分
ナクルア~パタヤ(ビーチロード)           10バーツ 20分
パタヤ内(ビーチロード)              10バーツ
パタヤ内(セカンドロード)             10バーツ
パタヤ内(ドルフィン・サークル~バスターミナル前) 10バーツ

20180426 Map4

前回はナクルアからパタヤに入りビーチロードでソンテウを降りた所までです。まずはパタヤを実感したくてすぐ横のビーチに出てみました。

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タイの観光地にあるビーチの多くは同じなのですが外国人ばかりです。わんさかいるのが中国からのツアー客で、ちらほらと高齢の欧米系の方々がおられました。

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実はパタヤはこの時が3回目です。一次在住時(2000~2003年)に2度ほど。最初は有名観光地なので何も知らず来ました。二度目はハードロックホテルがアジアで最初か2番目でオープンした時に様子見です。いずれにしても、アンダマン海側の秘島巡りをしていた私にはビーチはちょっと・・・それにどこも賑やか過ぎて人も多すぎました。

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そんなわけでパタヤはよく知りませんが、目的はパタヤの町ではなくソンテウ(笑) それでビーチを後にしてビーチロードを南下、ウォーキングストリートちセカンドロードの交差点、ちょっとソイブッカオを見てすぐセカンドロードで北上・・・要はソンテウが走る主要道路を観測したわけです。写真を撮るのもソンテウだけ(笑)

しかし(ソンテウを見る限り)不思議な町です。これだけ人が多く出入りが激しい大きな町なのにソンテウは紺色の一種類だけ。その紺色ソンテウが決まったルートを走っているような、いないような・・・。

しかもその紺色ソンテウでパタヤの外に出られないで(まぁナクルアとジョムティエンもパタヤとしてますが)、いったんナクルアまで行ってから他社(たぶん他の組合)のソンテウでシラチャやサッタヒープへ行く。ナクルアをパタヤと他の町の玄関にしているのです(個人の意見です)。

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ソンテウの色だけでなく、会社?(たぶん組合)も一つで全てのソンテウにこのマークが印刷されていました。「PATAYA BUS-CO-OPERATIVE LIMITED」直訳だと少し変なので、たぶん「パタヤバス協同組合」が良いかと(個人の意見です)

言いたいのは・・・パタヤの町を支配する強力な一つのソンテウ組合が利権を持っているのでしょう(強く個人の意見です)。

それで他社?(たぶん他の組合)がパタヤ内に入り込む事を避けているのでしょう。その代わりパタヤ外へのルートは持っていない。それでソンテウでパタヤの外に出ようとするとナクルアまで行かないとならない(勝手な個人の意見です)。

さて、パタヤ内のソンテウの動きですが、私がナクルアとパタヤで数時間観察しただけで解るはずがありません(キッパリ)。観光客も日本人も多い大観光地パタヤですからネット上には多くの関連記事があるかと思いますので、詳しく(そしてたぶん)正しい情報はそうしたサイトをご覧下さい。

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そこでいつものルート解析は止めて、大雑把な動きだけを簡単に箇条書きで記します。その前に重要な事はルート番号と行先を記しているソンテウが多いが、ほぼ意味がない。要は行きたい方向へ走るソンテウに乗る。行きたい場所の手前で止まったり曲がったりしたら乗り直す。これが私のパタヤでソンテウに乗る結論です(汗)

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1,基本は上図の赤線で反時計回りで循環になっているルートです。南方向へ一方通行のビーチロード → ウオーキングストリートで東に → 北方向へ一歩通行のセカンドロードで北上 → ドルフィンサークルでビーチロードへ。

南方向へ一方通行のビーチロード
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このルートを通るソンテウは頻繁に来ますが、途中のセントラルロードで曲がったり、ナクルア行だと思ったらドルフィンサークルでビーチロードへ入り戻ったり、よく分かりません。そんな時はそこで降りるしかないのですが・・・

北方向へ一歩通行のセカンドロード
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2,北のナクルアへは(図の上)青線でドルフィンサークルの北側で乗るか、セカンドロードからそのままナクルアへ行くソンテウもあります。その時運賃はどうなるか? 私は反対にナクルアからビーチロードまで乗りましたが10バーツでした(それが正しいのか?)。

3,南のジョムティエンへは(図の下)黄線でウオーキングストリートとセカンドロードの交差点南東側から出発していました。ビーチロード等から直接行けるか不明。

4,ソイブッカオをちょっと見ましたが、このソイの中で行き来しているソンテウがありますが、ソイブッカオを(南側でも北側でも)出たらどこへ行くのかは不明です。

5,図の黒線でノースロード、セントラルロード、サウスロードを走るソンテウもありますが、そう頻繁ではなくどこからどこへは不明です。

と言う事で「不明」ばかりで情けないです(汗)紺色のソンテウばかりを数時間見続け疲れてしまいました(笑)パタヤ内のソンテウは手ごわすぎます。行先表示やルート番号を気にしなければ、乗りたい方向に行くソンテウに乗るだけでシンプルなんですが・・・

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バンコクへ戻る為にバスターミナルへ向かう事にしました。セカンドロードでソンテウに乗りドルフィンサークルで降りてすぐ、ノースロード沿いの「ベストスーパーマーケット」前にノースロードで東へ向かうソンテウが待機していました(画像上)。ちなみに行先表示は「ノースパタヤ~ジョムティエン」です(笑)

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乗っている人の多くがバスターミナルに行くようで、自動的にバスターミナルの手前で停まりほとんど人が降りました。実は私はここに来たのは初めてなので助かりました。13:50のエカマイ行きのチケットが一番早いようです。108バーツでした。

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待合所のベンチに座り前を見ると一本前の13:10発のエカマイ行きが出る直前のようです。お客さんは皆乗り込んでいますが、スタッフが何か大声で言っています。どうやら一人来てないようで席が空いている様です。キャンセル待ちで乗れそうなので、そのスタッフにチケットを見せて荷物は無いと言うと「乗れ」との事。ラッキーです。

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それで乗客がイライラしながら出発を待っているバスに乗る時、調子に乗って「センタン・バンナで降ろしてくれる?」と運転手に聞きました。その時点で私が手ぶらだと分かっているので「いいよ」とのご返事です。ラッキーが続きました。

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それで降ろされたのが「セントラル・バンナー」前のバンナートラート通りですが(画像上)、4車線と4車線の間の分離帯に降ろされてしまいました(汗)まぁ、わざわざ歩道に寄せてくれるはずはなく、そうでしょうが・・・どの車線の車も容赦ない速度で飛ばしています(涙) この分離帯から脱出した時が2018年で一番怖かった瞬間でした。

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最後が怖かったのを除けば、キャンセル待ちで一本早いバスに乗れた上に、エカマイまで行かずにアパート近くで降りられたので、合計2時間以上得した事になりました。この旅の最後がラッキー続きで疲れも半減です(笑)

さて、バンコクにソンテウは無いと思っている方が在タイでも少なくないかと思います。しかし実際はバンコク都内でも多く走っています。私が常時使うのは都内だけでも20路線ぐらいで、乗った経験があるのは都内だけでも50路線ぐらいでしょうか。

バンコク都周辺エリアはもちろんBTSやMRTに路線バスもあるのに都心部も走っています。イメージで言えばチャオプラヤー川東側で王宮周辺とその北側の政府庁舎が多い所がソンテウ空白エリア、それ以外は都心部でもソンテウはがんがんに頑張っています。

高層ビルに高級ホテルや大使館も多いサトーン地区やルンピニー、日本人が多いオンヌットやウドムスックはもちろん、チャオプラヤー川西側になるともう数えきれないぐらい多いです。

(ストリートビューから)
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万が一の時の安全性から慣れていない旅行者に安易にお勧めする事はありませんが、ルートを知ると案外便利なものです。基本どこでも乗り降り自由なので、私のような街歩きをする者にはルートを知らなくても利用するようになります。

その数えきれないぐらいの路線の多さと、ルートが(住宅街の中も走るので)複雑過ぎて、私はソンテウをブログ上でメインコンテンツとして扱う前にタイを離れました。路線バスのように「バンコク・ソンテウ不完全ガイド」を書いたなら・・・あと2年はロングステイを延ばした事でしょう(笑)

また、今回の旅でバンコク中心部からパタヤの南サッタヒープまでソンテウが繋がっている事が証明出来ました。実はタイを離れた今も、頭の中でこのルートを逆に西へ延ばす事を検討しています(笑)

チョンブリー県の最南端サッタヒープを出発し、バンコク都に入ったら一度サムットプラカーン県のサムロンへ向かい、そこからプラプラデーンでチャオプラヤー川を西側に渡ればソンテウ路線が多くなり、サムットサコーン県に入れるのは間違いないと思っています。サムットサコーン県から更に西へどこまで行けるか・・・

夢のような話ですがワクワクします(笑)私がタイにいれば挑戦した事でしょう。

さて、2018年に始まったバンコク中心部からパタヤへソンテウだけで行く旅、その旅がブログを完結出来た事で2024年の今やっと終わりました。

毎回の長文ブログ、最後までお読みいただき、ありがとうございます。 ここまで読まれた方は、私と一緒に旅をしましたね! 本当にお疲れさまです。またご一緒しましょう!!

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2024.01.20 | コメント(10) | タイ・トラベル

あの話はどうなった(5) 大量輸送1979マスタープラン

タイで以前報じられた疑しげニュースが現在どうなっているか? シリーズの5回目で前回に続いてタクシン橋に関係した話です。

ここまでのあらすじ

拡張を続けるバンコク首都圏都市高速鉄道網の中央部にあるBTSシーロム線のサパーンタクシン駅、唯一単線区間に造った狭い片側ホーム駅が電車本数を今以上に増やせないボトルネックとなっている。それどころか悲劇的な事故がいつ起きてもおかしくない状況でしょう。

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そこで、なぜあんな狭い所に強引に駅を造ったのかを考えてきました。タイで最初の舗装道路のチャルンクルン通りに接し、地元民と観光客両方に重要なチャオプラヤー・エクスプレスとの接続、周辺の憧れの高級ホテルやビジネス客の利用・・・

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場所的には今の所が誰が考えてもベストです。BTSの終点がサパーンタクシン駅だった時までは大きな問題にはなっていなかったのです。それが延伸され、新線が接続され、いつの間にか高速鉄道網の真ん中でポツンと単線区間が存在し、おまけにそこに狭い片側ホームの駅が残ってしまったわけです。

ここで不思議なのはサパーンタクシン駅があるタクシン橋は外側2本が自動車用橋梁で、中央が鉄道用橋梁の3本平行する橋である事です。

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不思議でしょう・・・BTSの最初の着工は1994年で開業は1999年です。その20年前の1979年にタクシン橋は着工され1982年5月の開通です。将来、中央に鉄道専用橋梁を架けて3本平行した橋となる事を想定して・・・

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すでに大都会となっていたバンコク中央部、そのビル街に鉄道を通すのに幅がある幹線道路上に高架鉄道を通すのは道理です。サトーン通りの中央を通り、画像上の様にそのまままっすぐタクシン橋の真ん中でチャオプラヤー川を渡りクルントンブリー通りの中央を通る・・・

そんな事が出来たのはタクシン橋の中央部が鉄道用橋梁として空いていたからです。そのまま複線で線路だけ通せば良かったのですが、ついついその狭い所に駅まで造ってしまった。

それでは今回のお題「BTSを造るずっと前になぜ3本平行する橋を造ったのか?」です。

実は、3本平行している橋はタクシン橋だけではなく、チャオプラヤー川上流側にある「プラ・ポックラオ橋 Phra Pok Klao Bridge」も3本平行しているのです。

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チャオプラヤー名橋奇覧(6) プラ・ポックラオ橋」に詳しく書いてありますが、ラマ7世(ラーマ7世)の通称が「ポッククラオ」その名を冠した橋です。

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画像上で右側の橋がメモリアル橋(ラマ1世橋)で、その渋滞緩和策ですぐ横に架けられ開通が1984年12月です。前述のタクシン橋が1982年の開通ですから同時期に造られた橋です。

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私が初めてプラ・ポックラオ橋を見た時は驚きました。三本平行した橋で真ん中の橋が主桁のままで床版部が未完成なのです。これって、タクシン橋と同じですよねぇ~、ただタクシン橋はBTSを真ん中に通す事になり、プラ・ポックラオ橋はそれが成らなかった・・・

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ちなみに私がタイを離れて5年も経っているので、今の状況をGoogleストリートビューで見たら驚くべき変化をしていました。なんとコンクリートと鉄筋むき出しの床版上に公園を造ってしまいました。私がタイにいたなら真っ先に見に行ったでしょう(笑)

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いずれにしても、バンコクで初めての都市型鉄道BTSが動き出したその20年も前、鉄道がチャオプラヤー川を渡る事を想定してタクシン橋とプラ・ポックラオ橋を架けたわけです。

なぜでしょう?

私がまだタイ在住なら一週間は国立図書館通いで書士の方にお願いして資料だらけになったでしょう。今は日本なのでバンコク都庁、バンコク大量輸送システム社(BTSC)などで公開されている資料を何日も探しまくりました。

結果、出てきたのが「THE 1979 BANGKOK MASS TRANSIT MASTERPLAN」です。1979年バンコク大量輸送マスタープランは日本人の顧問によってまとめられたとあります。私が探し当てたのは英語の資料英語ですが、お役所仕事の非常に厄介な資料で読むだけでは何を言いたいのか解りません(汗)

1970年のサイアムスクエア、奥がスクムビット通りの始まり
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このマスタープランの詳細はまた別に書く機会があればと思いますが、話は1970年代前半にタイ政府が高速道路と都市鉄道の整備案を外国の力を借りて始めた事からスタートします。都市型鉄道の整備案としては紆余曲折を経てカナダのラヴァリンLavalin社のスカイトレインが(一時的に)採用され、この「スカイトレイン」はBTSを指すのに今でも使われているかと思います。

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1979年マスタープランで今回の謎解きに関係するのはラヴァリン・プロジェクトをベースとした第1段階の都市公共交通機関です。その内容は以下の三つの都市型鉄道を敷設する計画です。(路線名や路線は諸説色々でした)

1、ラマ4世線: モーチットから西へ向かいチャオプラヤー川手前で南下、ファランポーンからはラマ4世通りでオンヌットまで。現在のBTSスクムビット線とMRTブルーラインを混ぜたようなルートですね。

2,サトーン線: タラート・プルーから東に向かいタクシン橋を渡りサトーン通り、ラチャダピセーク通りで北上しラットプラオあたりまで。タクシン橋前後は現在のBTSシーロム線と同じですね。

3,メモリアル線: ダオカノン(ラマ2世通り東端あたり)からウォンウィエンヤイを経由しプラ・ポックラオ橋でチャオプラヤー川を渡りホイクワンあたりまで行きます。

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画像上は資料中比較的分かりやすい地図で、赤線が上記1のラマ4世線、緑線が上記2のサトーン線、そして黒線が上記3のメモリアル線です。点線は拡張予定です。

と言う事で、タクシン橋とプラ・ポックラオ橋が着工される1970年代後半には、すでにバンコク大量輸送マスタープランが存在し、まさしくこれから変えようとするバンコクの大量輸送システムの中に二つの橋が組み込まれ、都市型鉄道を通す事を前提とした造りになったわけです。

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画像上は1985年のタクシン橋です。手前がサトーン通り側で奥がトンブリーですが、どうも最初から3本平行で造ったわけではないようです。後から鉄道専用橋梁を真ん中に架けたのですね。

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さて、BTSサパーンタクシン駅の謎からタクシン橋とプラ・ポックラオ橋へと謎が広がり、1970年代作成のバンコク大量輸送マスタープランへと謎解きが続きました。このマスタープランはなかなか面白く、橋梁以外にもバンコクの街の中に多くの謎解きの鍵を残したように思えます。

在住時にこのマスタープランを知っていれば・・・もっと街歩きを面白くしたことでしょう。 そして、もう少し深堀してから・・・またタイに行きたくなりました(笑)

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2024.01.17 | コメント(2) | バンコク街歩き

こだわりあるブログでありたい 奇跡的な出会い

前回までは、私が1980年代後半にネットに関わるようになって以来、米国と日本でのパソコン通信、自身のホームページ運用、そしてそりが合わなかったSNSとは距離を置いて、今はブログを書いている事を記しました。

やがて消えていくフロー型(流れる)のSNSならたわいもない「どこ行った」や「何を食べた」を仲間内で見せ合うのはよいでしょうが、ネット上に情報資産として残るストック型のブログなら何か意味あるものを残したいものです。まして70歳になり人生の最終段階に入った私には・・・

さて、今までこだわりのエントリーを紹介してきましたが、こんな変わり者ですから私はいつも一人でした。30年近く海外を転々とし最後はアメリカで現地採用、そしてリタイヤ。人に頼らず一人で切り開く生き方はタイでロングステイを始めても同じで、ずっと一人が心地よいと思っていました。

リタイヤしてからは余計に人と親しくなることを避けていたようにも思えます。ですからブログ読者とお会いした事はありません。

偶然で奇跡的にお会いしたただ一人を方を除いて・・・

偶然とは言え奇跡的な出会い」は2017年7月にエントリーした内容で、以下は要略です。

ある時BTSモーチット駅下バス停であるバスを待っていました。「バンコク不完全バスガイド」を書くために、数区間だけでも確認したい路線があったからです。

20170720 Mochit

バス停のベンチに座ってやって来るバスを見ようとしたら・・・お隣の男性が書類ファイルを広げてきちんと綴じられた書類を見ています。かなりの厚みでインデックスも貼られて探しやすいようにされています。

なぜそこまで見てしまったかと言えば・・・その書類に書かれていたのが日本語だったのです。そして・・・何か見覚えある多くの画像がカラー印刷で目に飛び込んできました。(画像下は関係ないバス停です)

Bus Stop 2017July 2

あまり自信が無かったのですが、私から日本語でお声をかけました。
「どこかへバスで向かわれますか?」そんな内容です。
「ええ、○○○○へ」

それなら何番と何番ですねぇ~ でも何番は渋滞が多い通りを通るから止めた方が良いです・・・そんな話になると、その男性が書類を見られて別な番号も言われました。

「あーー、それは高速経由なのでここは通りません」と言いながら・・・「その書類にはバンコクの路線バスが書かれているのですか?」と見させていただいたら・・・

私のブログを印刷されたものでした。かなり分厚いファイルになっていました。

しかも「バンコク不完全バスガイド」の(たぶん)全路線をカラーでハードコピーされたものです。小見出しを貼られて、実にきちんと整理されています。(画像下はイメージです)

20170710 Note

そして・・・もちろん名乗りました。
「あっ、私がこのブログを書いているALSTERです」って(笑)

そうしたら・・・その男性も名乗りました。
「私・・・○○○○です」って。頻繁ではありませんが、コメントを頂きスレッドを交わした事がある方なのがすぐ分かりました。

それからそのバス停で怒涛の話に入ってしまいました。全て一般的な日本人ならお一人でバスなどを使って行かないような・・・観光地や都心部でもない・・・要は私が街歩きをしている所を歩かれています。

聞きますと英語もタイ語も話されないとの事。私と同じように好奇心がお強いのだと思います。そして私より(たぶん)年配の男性です。年に数回、日本からやって来て、私のブログで興味を覚えた所を回られる・・・本当にすごいです!

書いている私が言うのですから間違いありません。普通なら行かないような所だし、行っても面白くないかも知れません。言葉が分からなくても臆せずに挑戦されています。

よく分かります。結果的に目的地へ行けなくても、間違っても、苦労しても、そうした事をする過程が楽しいのでしょう。私がそうですから(笑)

しばらく話して・・・目的のバスが来たので、急いでバスに向かわれて行きました。今まで長くブログをやっていますが、最初で最後の実際に会ったブログ読者です。

モーチットは私の生活圏から1時間半以上離れていて、観光客も多いのであまり好んで行く所ではありません。そんな所で・・・偶然と言うより、奇跡に近い出会いです。

その時、読者がこのブログを活用されているのを目にした事が、すごく光栄と言うか、嬉しいし、今までブログを書いて良かったと強く思ったのです。

そして、読者がブログのハードコピーをどっさり持って行きたいと思うような、旅行でも役立つようなブログでありたいと思ったのです。 そんな読者がいたら、ちゃちゃっと適当に書いて、とにかくエントリーを毎日続けるなんて出来ないとも思いました。

さて、前々回が「交通系 (1)」で前回は「街に刻まれた歴史」でした。今回は「交通系 (2)」です。

マハーチャイ線を歩く シリーズ

タイ国鉄マハーチャイ線をご存じでしょうか? チャオプラヤー川西岸のウォンウィエン・ヤイ駅からターチン川河口の町マハーチャイ(サムットサコーン市)までの全区間単線の路線です。営ターチーン鉄道として開業したのは1905年ですから日本では明治38年の事です。

Sep27 Mahachai 5

マハーチャイ線の一駅一駅に拘り、全線を歩いて周辺の人々とその暮らしぶりを丁寧に書きました。バンコク都からサムットサコーン県へとロングステイ中に一番歩いた旅でしょう。鉄道に乗るのではなく、その周辺を歩く旅です。

Jun30 Chom Thong 1

第1回「幻の始発駅クロンサンと線路跡
第2回「現在の始発駅ウォンウィエンヤイ駅とその周辺
第3回「トンブリー王朝縁の地タラート・プルー駅
第4回「緑のトンネル、クロン・トンサイ停車場
第5回「鉄橋上のチョムトン無人停車場
第6回「水上マーケットの賑わいの跡、ワット・サイ駅
第7回「立派なお寺と運河が交差する ワット・シン駅
第8回「沿線途中で最も賑わう地 バーンボーン駅
第9回「古い新興住宅地 カーンケーハー駅と謎のランサケー停車場
第10回「駅の中央を道路が貫くランポー駅
第11回「探すのに最も苦労したサムイェーク駅
第12回「保線トロッコに遭遇したプロムデーン駅
第13回「簡素な無人駅トゥンシトーン駅と鉄橋が入口のバーンナームジュード駅
第14回「駅中の古い売店が懐かしいコークワイ駅
第15回「駅中に通りがあるバンコーム駅とクローンチャク停車場
第16回「マハーチャイへの道、運河と線路
第17回「ついに終点マハーチャイ駅

メークロン線に乗る シリーズ

マハーチャイ線の西端終点マハーチャイはターチン川のすぐ近くに駅があり、渡し舟で対岸へ渡るとバーンレーム駅から「線上市場」とか「折り畳み市場」で有名なメークロン駅まで繋がります。

May03 Mae Klong

思いがけずにハマーチャイ 1
ぶらりマハーチャイ 2
補修を終えたメークロン線に乗る 3
メークロン線と線上折り畳み市場 4

MRTパープル徹底検証 シリーズ

2016年8月MRTパープルラインの営業開始日の乗車から始まり、全ての駅で周辺を歩きました。結局パープルライン全線を歩いたように思えます。「開業直後の乗車!繋がったMRTブルーとパープル」が一番新しいエントリーで全路線全駅紹介の全てにたどれます。

Aug12 MRTP Train

MRT延伸部を歩く シリーズ

バンコク初の地下鉄は私がタイを離れた2018年ではタオプーン駅~ファランポーン駅間の営業でした。しかし両端で延伸工事が真っ盛りで、その工事区間の全てを歩きました。

May26 Tha Phra 1

当時はバンスー駅~タオプーン駅間も工事中だったので、その区間を含んでの延伸部です。

MRTブルーライン延伸部を歩く 5」チャラン・サニットウォン13駅~タープラ駅
MRTブルーライン延伸部を歩く 4」バンイーカン駅~イエークファイチャイ駅
MRTブルーライン延伸部を歩く 3」バンオー駅~バンイーカン駅
MRTブルーライン延伸部を歩く 2」タオプーン~バンオー駅
MRTブルーライン延伸部を歩く 1」バンスー~タオプーン駅

そして以下は反対側ファランポーン駅からの延伸部です(チャオプラヤー川を地下トンネルで渡ります)。

Mar20 Wat Mangkon2

MRT高架延長部下を歩く 2
MRT高架延長部下を歩く 1
MRT地下延長部上を歩く

BTS延長部を歩く シリーズ

BTSスクムビット線は私がタイを離れた2018年ではサムロン駅~モーチット駅間の営業でした。ただベーリング駅~サムロン駅は開通したばかりで、さらに両端で延伸工事が進んでいました。もちろんここもその工事区間の全てを歩きました。

20170627 BTS 9

モーチット駅以北です
第1回「モーチット駅先延伸部を歩く1 北へも延びるBTS
第2回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く2 工事も本格化
第3回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く3 北へ向かう工事
第4回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く3 突き進む工事
第5回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く5 庶民の街に近づく工事
第6回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く6 庶民の街を貫く
第7回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く7 空軍の町へ延びる
第8回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く8 最終工事区間へ
第9回「BTSモーチット駅先延伸部を歩く9 工事最北端 (後編)

APR20 Samut Prakan 2

サムロン駅以南です
全て見せますBTS延長部と新駅4
全て見せますBTS延長部と新駅3
全て見せますBTS延長部と新駅2
全て見せますBTS延長部と新駅1

タイ国鉄新線ダークレッドラインを歩く シリーズ

BTS,MRTに新型モノレールと都市型高速鉄道が賑やかなバンコク首都圏ですが、タイ国鉄も黙っていません(笑) 2018年に私がタイを離れた時はまだ工事中でしたが、これが開通するとタイ国鉄の首都圏部が大きく変わるはず。いったい現在はどうなっているのか・・・

20161124 Rangsit 2

タイ国鉄新線!ダークレッドライン 全て見せます(1)
新線ダークレッドライン 全て見せます(2) 全ての鍵と謎のバンスー駅
ダークレッドライン 全て見せます(3) チャットチャック駅はあるのか?
ダークレッドライン 全て見せます(4) ワット・サミアンナーリー駅
ダークレッドライン 全て見せます(5) バンケーン駅
ダークレッドライン全て見せます(6) トゥンソンホン駅・ラックシー駅
ダークレッドライン全て見せます(7) カンケーハー駅
ダークレッドライン全て見せます(8) ドンムアン駅
ダークレッドライン全て見せます(9) ラックホック駅
ダークレッドライン全て見せます(10) 最終回 ランシット駅

タイ国鉄新線ライトレッドラインを歩く シリーズ

ライトレッドラインはナコーンパトム県のサーラーヤーから、バンコク都はフアマークまでが承認されている新線で、タリンチャン駅からバーンソン駅までは試験運転も済んでいますが、問題はバンスー駅ですごい事になっていました。

Sep05 Bang Sue 7

新線ライトレッドライン(4) タリンチャン駅
国鉄新線ライトレッドライン(3) バーンバムル駅
ライトレッドライン 全て見せます(2) バーンソン駅
ライトレッドライン 全て見せます(1)

全ての新線は工事中で私は2018年以降にどうなっているのかを知りません。知りたいような、知りたくないような・・・いずれにしても、これらの記事全てが現在は全く役立たずのはずです。せめて工事中がどうだったかの資料になれば良いのですが(苦笑)

さて、路線バスでも、水上バスでも、それが鉄道でも、乗る事も好きですが、その路線が通る町とそこに住む人たちの生活が興味の対象です。それで一駅一駅全部歩かないと気が済まない・・・そんな厄介な性格だからこそ書けたシリーズです。

まだまだご紹介したい「こだわりシリーズ」がたくさんありますが、次回に続きます。

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2024.01.14 | コメント(0) | その他

バンコクからソンテウだけで行くパタヤ(11) ナクルア~パタヤ

バンコク都心部からソンテウだけを乗り継いでパタヤまで行く・・・ソンテウを乗り継ぐ途中の町が主役の「ソンテウで行くパタヤ」シリーズの第11回目です。

まずはこのシリーズでの今までのエントリーと、スタートしてからのソンテウ記録です。なお、この旅は2018年3月にしたもので、現在(2023年11月)では交通事情等かなり異なっているかと思います。ご勘弁ください。

  第1回「都心~パークナム
  第2回「パークナム~チョンブリー
  第3回「チョンブリー行き方戻り方
  第4回「チョンブリー~ノンモン市場
  第5回「 ノンモン市場とバンセンビーチ
  第6回「ノンモン市場~シラチャ
  第7回「シラチャ
  第8回「謎のコーカイ路線
  第9回「 シラチャ~ナクルア
  第10回「ナクルア

オンヌット~シーコンスクエア  1013番系統4番 8バーツ  50分
シーコンスクエア~パークナム  1096番系統    8バーツ 80分
パークナム~クローンダン     1140番系統   25バーツ 80分
クローンダン~チョンブリー    343番系統   25バーツ 70分
チョンブリー~ノンモン市場   6088番系統   15バーツ 60分
ノンモン市場~バンセンビーチ  6088番系統(往復)20バーツ 50分
ノンモン市場~シラチャ     1631番系統「1631」15バーツ 47分
シラチャ~ナクルア       1631番系統「1631」25バーツ 50分
ナクルア~パタヤ(ビーチロード)         10バーツ 20分

20180426 Map4

前回はナクルアでのソンテウの動きや行先を調べ(ただ見ていただけですが)、ナクルア魚市場を通り海辺に出てたっぷりと潮風を浴びたところまでです。

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さぁ、いよいよこの旅の最終目的地パタヤへ向かいます。市場前のパタヤ・ナクルア通りに出て、南から来た紺色ソンテウがY字路でUターンし終えた少し南側で待ちました。

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このソンテウは全面運転席上部に行先表示があって、親切にも英語表記まであります。比較的多くのソンテウが同じような表記をしていますが、かすれて消えたり、運転席上部は何も表記がないなど色々です。側面にも同じような表記がありますが、タイ語のみで運転席上部とは微妙に英語とは異なるようです。ほとんど場合文字が読み取れず解析出来ませんでした。

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英語で「South Pattayaサウスパタヤ Nakluaナクルア」とあり、タイ語だと「สาย6 ライン6 ปากทางพัทยาใต้サウスパタヤ入口  นาเกลือナクルア」です。フロントガラスの「452」は車体別番号で側面には(お客には意味ないのに)大きく書いてあります。

もちろんタイ語を話すのは幼稚で読み書きは全く出来ない私ですので、旅の最中にどしても知りたい時は人に聞くしかないです。たいていは後から写真を見て画像下のようにGoogle翻訳に打ち込んで意味や発音を調べる厄介な過程を経て知るのですが(汗)

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いずれにせよソンテウのステップに乗りながら、後日解析する為に行き違うソンテウを撮り続けました。画像下は「ライン6 サウスパタヤ ナクルア」で乗っているソンテウと同じです。

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画像下は「ライン5 ナクルア ジョムティエン」と書いてあります。

しかし・・・結論を先に書いちゃいますが、この後パタヤでずいぶんソンテウの動きを観察したのですが、このライン番号(たぶんルート別の番号)や行先表示は意味ないと思うようになりました。もしくは車体に印刷してある表示以外の何かがあるのかも知れませんが、私にはさっぱり分かりませんでした。

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そんな事に夢中になっていたら、急にソンテウがパタヤ・ナクルア通り上で右折して細い路地に入り海に向かいました。路地の奥で左折を繰り返して出た所がイルカと噴水のラウンドアバウトに出ました。ここはGoogleMapだと「Dolphin Circle วงเวียนโลมา」 ドルフィン・サークルと言うそうで、そこからビーチロードを南下し始めました。

20231217Nak6.jpg

20231217Nak7.jpg

パタヤ・ナクルア通りをまっすぐ南下してビーチロードに入るのかと思っていたのですが、わざわざ遠回りです。後から分かったのですがドルフィン・サークルを制限して回転できないようにしているので、南下してサークルに入ると東にしか出られないのです。後から分かったのですが、この場所はパタヤのソンテウで一つの重要な所だと思います。

20231217Nak8.jpg

20231217map3.jpg

ドルフィン・サークルを過ぎてソンテウは南に向かって一歩通行のビーチロードに入り、やがて右手に海とビーチが見えて来ました。そろそろソンテウを降りようと考え始めた時、他の客が降車ボタンを押したのでそのタイミングで降りました。ナクルアから20分で10バーツでした。

20231218pattaya1.jpg

20231218pattaya2.jpg

ソンテウだけを乗り継いでバンコクからパタヤへの旅、やっと目的地に到着です。やったー!って感じで一人で小さくガッツポーズ(笑) 

ただ、パタヤに行くこと自体は目的ではなく、旅を通して一般的なタイの人々にとって最も親しい公共交通機関であるソンテウを知るのが旅の目的です。その意味では最も厄介な地であるパタヤ・・・次回、最終回に続きます。

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2024.01.11 | コメント(0) | タイ・トラベル

コメント出来ない不具合 サービス側回答

通常外のエントリーですので、心当たりがない方は無視して下さい。

悩んでいるこのブログへの「コメントが出来ない不具合」の続報です。

今までこの不具合のご経験をされたとご連絡を頂いた方々は5人です。きっとコメント出来ないと不満を抱えながら諦めたり、そのままこのブログから遠ざかった方々も少なくないと思っています。

仲間内のSNSと同レベルの内容を避け、ブログ内で広告をしないようにしたり、読者がブログ上で何らかのクリックをされるストレスを感じて欲しくない(ランキングに再参加した事を今でも悩んでいます)と思いながらも、結果的に大きなストレスを与えてしまって、本当に申し訳ないと思っています。

折角書かれたコメントを送信しようとしたら・・・送信出来ない。そんな事が続いたら私なら二度とコメントしないかも。

コメントを最も大切にしているつもりなのに、結果がその逆であることを、とても心苦しく思っています。

ご連絡を頂いた方々は可能な限り詳しく状況を教えていただきました。それらの結果をまとめて不具合をブログサービス側(FC2)に連絡、対処方法などを問合せしました。

こうした問い合わせで満足する結果が得られないのが私のほぼほとんどの経験です。ただ何もしないわけにはいかないので・・・

その回答が昨夜届きました。
結論から言えば・・・『そりゃぁ、そうだろうけど、困っている側はそんな事言われてもねぇ』でした。

回答をそのままコピーしたいのでですが、「無断転載・転用を禁じます」だそうです。内容をまとめるとこんな感じです。

1,FC2側で現象の詳細について調査した結果、問題なくコメント投稿が行われ、同様の症状は再現されなかったそうです。

そりゃぁ、そうだろうと思いました。
私もコメンテーターの不具合を再現しようと自宅から離れてFree Wi-Fiに接続したりなど通信環境を変えて色々試しました。中にはやっと送られてきたコメント全文をコピーして自分宛てにコメントしたり・・・でも再現は出来ていません。

2,コメント送信者がどのような環境で操作を行われているのかなど詳細を判断できかねます。

そりゃぁ、そうだろうと思いました。
コメントを送ろうとした方の人数分違う通信環境が存在しているはず。端末やOSにプロバイダーとか誰でも分かる事はもちろん、有線でも無線でもその時その時で通信状況は刻々と変わっているので、コメント送信者の環境を推測し詳細を判断なんて元々出来るわけないのです。

3,そして最後に・・・コメント送信者に「下記項目について当サポートまでご連絡くださいますようお伝えいただけますと幸いです。」って。
 ・ご利用の端末名
 ・ご利用のブラウザ
 ・送信先の記事のタイトル
 ・送信先の記事のURL
 ・コメントを送信された日時
 ・送信されましたコメント内容
 ・送信されました操作手順

アホかと思いました。
コメントすること自体が手間をかけさせている上に送信できないストレスをおかけしてしまい、その上で根掘り葉掘り調べさせて、ブログサービス側へ送信して下さいなんて・・・・出来るわけない。

仮に、そんな不具合発生時の状況を100%正しく連絡できたとしたら、それで確実に不具合に対処できて送信者が満足するでしょうか? 結局は送信者に余計なストレスと負担もかけることになります。私が一番避けたいことです。

結果、ブログサービスFC2の言いたい結論は・・・
「ブログサービスおよびブログ自体に問題はなく、コメント送信者側の通信環境に要因があると思われる」と私は推測できます。

それに対して私が現在考えているのは・・・

結局、FC2のブログだと色々多種多様な通信環境下に対応してコメントを正常に受信処理する事が出来ない造りだと推測できます。コメントを送信して頂いた際のブログサービス側の処理が適切に終えられず、それでコメントが受理できない旨の通知になる。


結論を言えば・・・

私からはこれ以上、手が打てません。大変申し訳ないと思います。
この先、ずっとブログを続けるなら、間違いなくブログサービスを変える事が選択肢の一番になりますが、あまり先まで考える歳ではなく、いつまた更新を止めるのか・・・しばらくは頑張るつもりですが、最後の更新をする日はそんなに遠くないと思っています。

またコメント送信できない不具合が発生したら・・・

申し訳ないのですが、しばらく時間を置いて、出来たら通信環境を変えて、再トライしてください。それで「こんな厄介なブログなんか、もう読むものか!」と怒ってください。

迷惑ばかりかけてしまい、ごめんなさい。

ALSTER
 ↓ この拍手はイイネではなく、コメントも書けるので

2024.01.09 | コメント(1) | その他

こだわりあるブログでありたい 街に刻まれた歴史

前回はブログを始める前は自分のホームページに旅行記などを書いていた事、そしてSNSは自分には合わなかった事を書きました。

SNSは知合い間の繋がりを保つツールとしてはアリなんでしょうが、友人も仲間もいなくて海外を一人で転々としていた私には「どこどこ行った」「○○食べた」で仲間内でイイネしあうのが・・・ムニャムニャ(笑) まぁ、ブログでも多くありそうな内容ですね。

ホームページ運用の前はパソコン通信でした。1980年代後半に海外通信術を学ぶためにアメリカのCompuServe(コンピュサーブ・後にAOL)に入ったのが最初で、後にニフティNiftyと提携して日本でのパソコン通信サービスを提供していました。

それで私は1990年からこのNiftyのパソコン通信をしていました。旅行関係のフォーラム内にドイツ部屋があって、ドイツからアクセスしていて世話役みたい事をしていました。アジア関係のフォーラムでタイの部屋もあったかと思います。

公衆電話から通信

この時代は電話回線を利用したダイヤルアップでネットに繋いだので、色々大変でした。通信回線を利用する費用も高いし、そもそもネット回線に限りがあってそれを利用する人は大切に使っていた感がしていました。

だから、くだらない書き込みや、どこにでもあるような内容なら、多くの人から堂々と文句を言われたものです。「ネットにゴミをまくな!」「ネット資源を無駄遣いするな!」と言わんばかりに(笑)

20180621 Tel

パソコン通信では旅行関係以外に旅先通信部屋もあって、そこでパソコン改造からソフトをいじったり、海外アクセス術の情報交換もしていました。それが後にソフトバンク社から旅先通信本を仲間と出版する事になるのです。

まぁ、趣味の事でここまで行けたら満足です。それに世界中どこからでも繋げる技術は仕事にも大いに役立ちました。もっとも今の様に誰でもネットに繋げられる時代だと意味ない事ですが(苦笑)

Book

ネットにどう繋げるかの時代はとっくに終わり、ネットをどう使いこなし、さらに何を発信するかの時代なのかも知れません。限りなく流れ消えていくネットから何を選ぶかのスキルもますます重要になるでしょう。

20年以上前のホームページを覚えておられた方、5年以上前のブログのお礼をコメントされる方、そんな読む方の記憶に残るエントリーがこれからも出来れば良いと思います。

さて、前回が「交通系 (1)」だったので「交通系 (2)」で今回を書くべきでしょうが、同じような事が続くので今日は「街が持つ歴史」で、特に街から読み取れる歴史です。

このシリーズでは各博物館や図書館で得られた古地図、模型、写真、絵画などが大いに参考になっています。ブログ内でも出来るだけ多くそれらの画像を取り入れています。

20180105 Canal

20171123 Map 4

Road 1

トンブリー王朝の面影を探し シリーズ

トンブリー王朝の面影を探して街歩きは中心部であった旧王宮エリアと城壁跡、そしてバンコクヤイ運河とバンコクノイ運河沿いまで広がりました。

20171213 BY 1

バンコクの中でも無機質な高層ビルが建ち並ぶエリアや、観光客が列をなす所とも異なり、歴史を感じながら歩き触れる下町風情は(お江戸深川育ちの)私には心地よいものでした。それで路地一つ一つを徹底的に歩く事になりました。

20171130 Thonburi 1

27回もの長編になりましたが、最終回「トンブリー王朝の面影を探し27 」からたどれます。

首都防衛城壁を歩く シリーズ

トンブリー王朝の後にチャオプラヤー川東に遷都しチャクリー王朝を興したラマ1世以降、代々の王は首都ラッターナコシン(バンコクの以前)の守りを固めました。そこには徹底的に破壊されたアユタヤの記憶がまだ新しかったのでしょう。

20170606 Canal 3

バンコクの中心部なので保存状態が良くないって言うか・・・多くが取り壊され新たな町造りの基礎となりました。部分的に残った城壁、その跡を求めての街歩きです。

20170621 Wall 3

全8回のシリーズで「首都防衛城壁を歩く(8)」からたどれます。

首都防衛要塞を行く シリーズ

タイ湾への河口から王宮近くまでのチャオプラヤー川沿いには要塞が造られました。西洋列強の脅威を感じ始めたラマ5世統治下に海から攻めて来る敵から守る為に整備し造った要塞です。

20170313 PPD 14

タイの各王朝はビルマなど陸路で攻めてくる敵に備えていたのが、19世紀の半ばになると西洋列強による東南アジアの植民地が進み、タイは警戒を強めていくわけです。実際にパークナム事件などが起きています。

20170509 Fort 11

日本製の元練習艦メークロン号も中まで見られます。
20170519 Fort 4

街に残る痕跡を追う シリーズ

現在の国鉄マハーチャイ線(メークロン線東線)の終点(始発)ウォンウィエンヤイ駅は中途半端な所にあると思った事はありませんか? そのウォンウィエンヤイ駅から真っすぐに東に延びてチャオプラヤー川沿いのクロンサン・プラザまで延びている道に違和感を感じた事はないですか? 「マハーチャイ線を歩く1 クロンサン」ではその謎を解きます。

Jun04 CharoenRat 2

バンコクで最初に出来た本格的な道路、ニューロードことチャルンクルン通りで偶然気付いたこの痕跡! これがきっかけで今はないバンコクの路面電車を追いました。

Rail 1

消えた線路を追う」と「消えた路面電車を追う」で書いています。

Tram 1

他にも「古い映像で観たシーンが追う」、「一枚の古い写真を追う」、「消えた運河ボート」などもあります。

ネットは公式サイト以外は決して見ない主義ですので、古い写真や地図も含めて色々な資料は図書館と博物館で得たものです。歴史と全く関係ない所も含んでこのブログで紹介している図書館と博物館を記します。

本がある空間 シリーズ

子供の時から本が好きでした。すごく貧しかったので学校の図書室、地域の図書館の本を全て読む勢いで読んだものです。その為か本に囲まれると落ち着き、知識が増えるように思えるのです。バンコクは国際都市なので探すとそんな本に囲まれた極上空間に出会えます。

シティー・ライブラリー(後)
本との極上空間、スクムビット
本に恋して、極上空間の英国式図書館
本を友に。タイの貸本屋と国立図書館
本で夢見た時。日本文化センター図書館

博物館 シリーズ

博物館好きです。海外で見知らぬ地へ行くと真っ先にその地の博物館を探します。バンコクには多くの博物館がありますが、その多くはうまく運営されていなくて残念な結果を見る事が少なくはないのですが、展示や保存がどうであれ興味深い事には変わりはありません。

バンコクノイ博物館
グディ・ジーン博物館
バンランプー博物館

20170216 Plane 4

(乗り物博物館 続) 野犬が守るYS-11国産旅客機
ジェッサダ・テクニック・ミュージアム(乗り物博物館)
ナショナル・メモリアル
バンコク水族館
花文化博物館
蓮ミュージアム
海軍博物館

Air Museum 3

タイ空軍博物館と航空公園
空軍博物館1
科学教育センター
王室御座船国立博物館
サイアム・ミュージアム
ラッタナーコシン博物館
国立博物館(ナショナル・ミュージアム)
バンコク・フォーク・ミュージアム
カムティエン・ハウス博物館
切手博物館

まだまだご紹介したい「こだわりシリーズ」がたくさんありますが、次回に続きます。

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2024.01.08 | コメント(0) | その他

コメントできない不具合について

通常外のエントリーですので、心当たりがない方は無視して下さい。

このブログは昨年2023年9月末に5年ぶりに更新を再開したのですが、そのきっかけは私のメールアドレスをご存じの常連の方から「ブログ上からコメントできない」旨のメールを頂いた事でした。

5年間も更新できなかったのですが、その間はコメント対応だけは続けていました。それが読者の方々に迷惑をかけてしまっていると知ると、何とかしなければと強く思ったのですが、その不具合確認が私の環境下では出来なく困っていました。

その対処で(やむを得ず)新規エントリーしたのですが、たった一日で複数の方からコメントを頂き、それなら更新を再開するしかない・・・・になったわけです。

コメント機能が全く動作しないわけではないと分かったものの、不具合解決に至らず現在に至っています。

それがまた、増えてきたように思えます。ここ急に増えてきたような・・・

読者からのレスポンスは私にとって最も大切な事。それが不具合で反映されないなんて・・・


私の方でコメント機能に以下の様に制限を加えた事はないので、ブログ運営サービス(FC2)側の不具合かと思っています。

・文字制限はしていません
・オートリンクで本文中URL/メアドをそのまま表示
・非公開コメントを受け付ける
・非公開コメントを表示しない
・コメンテーターの名前が空欄でもそのまま受け付ける
・コメンテーターの情報をクッキーに記憶しない
・英数字フィルタは本文の100%以上が英数字のスパムと判定(100%設定なので判定していない)
・本文にURLが含まれているものをスパムと判定しない
・おまかせ禁止ワードフィルターを利用しない

この設定を見て禁止ワードいっぱいでコメントされても困りますが(笑)


さて対処方法ですが、調べたのとコメンテーターから教えていただいた方法は以下の通りです。

1,スマホならWi-Fiを切って4Gあるいは5Gで通信する。あるいはその逆。

2,(設定上はしていませんが)スパムと判断されそうな英数字を多くしない。って言われてもこまるでしょうが・・・

3,誤ってコメント送信を二度押しすると受付無い時がある。しばらく時間を置いてから再送信する。

4,コメンテーターがFC2を使っている場合、ブログ管理画面からいったんログアウトして再度ログインする。この方法は解決事例が多いのですが、FC2をしていないと無意味ですね。


折角コメントを書いていただいたのに、それが送信できないなんて頭に来ますよね。文句のひとつも言いたくなるのが当たり前です。

その最悪の場合ですが・・・

そのコメントを(したくはないでしょうが)ブログ本文一番下の「拍手」を押して頂くとコメントを書く欄が出てきますので、そこへ思いっきり文句と一緒に貼り付けてください。コメントできない!だけでも結構です。私には間違いなく伝わります。


もっと調べますが、あまりに続くようだと・・・何か対処方法を考えます。

折角の読者のレスポンスを・・・本当に、ごめんなさい。

ALSTER

2024.01.07 | コメント(2) | その他

こだわりあるブログでありたい 交通系 (1)

なかなか体調が戻らず、家族皆が同じなので気持ちも塞いでしまいます。大晦日から二日まで寝込み、正月三日の午後におせちが心配で食べ始め、調子に乗ってお酒も数杯飲んだら、絶対的自信を持っていた胃の調子も最悪になってしまいました(笑)

恐るべきインフルエンザです・・・て言うか体力が無いのか歳のせいか、一週間程度じゃ完全回復は難しいようです。その為に(前回エントリーでも説明したよう)少し楽をさせてもらい画像処理など昔アップしたままで使わせて頂きます。
(ここまでは本文に関係ないので、後日削除します)

先月ぐらいから徐々に「更新を再開したのですね」的なコメントが増えてきました。再開して3ヶ月が経ったのと、時期的に冬のホリデーシーズン前にタイ関係の調べものなどされて昔の読者が知ったのだと思います。

それらの中に「昔、バス路線の関係で助かりました・・・」的な内容は共通して多くありました。今では全くお役に立たないでしょうが、たとえ昔でもお役に立ったと知ると本当にブログを書いた甲斐があります。

20240103trang.jpg

そして、そんな嬉しいコメントの中に「(先日アップした画像で)私の顔に見覚えがある、かなり昔にハイ島(トラン諸島で画像上)へ行った記事を書いていますか?」と聞かれたのです。確かに・・・20年以上前の事でブログを始める前に自身のホムページを運用していて、そこに旅行記をアップしてたのです(このブログでは触れていません)。

1990年代半ばから文字だけのやり取りのパソコン通信が徐々に下火にり、私は自身のホームページを作成していました。作成支援ソフトがまだ広まっていない時代にドイツで独学でスタートし、プログラム言語はHTMLとCSSぐらいまでは良かったのですが、JavaScriptあたりになって苦しくなって止めてしまいました。

トラン諸島ハイ島へ出発の列車です
ALSTER

ただ、そのホームページにはタイ関係だけでも多くの秘島を巡った旅、陸路でアンコールワットへ行った旅などが収められていました。データーは私のPC内だけにしてサーバーも閉じたので、そんな昔の事を知っている方が今もおられるのに驚きました。

50歳過ぎまでは秘島巡りやハードな旅を好んでしていました。首を痛めて60歳を過ぎてからは街歩き専門になりましたけど(笑)

Tao

「旅先通信」本の出版や雑誌等の取材もあったので、ネットで顔出しするのはずっと気にしておらず、タイでの生活に何もやましさはないので、ホームページでもブログでも意識して顔を隠す事はしていません。それでお分かりになるとは・・・

さて、ホームページを閉じた後、色々なネットワークサービスを試しましたが、SNSの全てが私には合いませんでした。なぜ「今○○にいる」「○○食べた」なんてつぶやかなくてはならないのだ! 一生懸命見栄えする画像を撮って「いいね」をもらうのに夢中な人たち、人の「○○食べた」「どこどこ行った」を見せられ続けて・・・それらは親しい友人間ならともかく、私には全く興味ない事でした。

そう感じたのは私には親しい友人がいないからでしょう。海外を長く転々としたので友人はあえて作らないと言うか、一人の方が気楽で自然とそうなりました。海外で日本人同士ばかりでつるむのはどうかとも思っていました。まぁ、ゴルフもカラオケも嫌いだし日本食に拘る事も無かったです。そんなオッサンに仲間内で褒め合いっこのSNSは不要です。

それで始めたのがブログです。最初は好きなワインの記録としてアメリカ在住時に始めました。やがてタイでロングステイするようになりタイトルも中身も大きく変わり現在に至っています。

タイでのロングステイの日々の多くが街歩きで、ネットとは距離を置き下調べも無くスマホも持たず(そもそも持っていない)バンコク首都圏を歩き尽くした感がするまで徹底しました。その自分自身が経験した事を愚直に綴ったブログでもあります。

20年以上前のホームページを覚えておられた方、5年以上前のブログのお礼をコメントされる方、そんな読む方の記憶に残るエントリーがこれからも出来れば良いのですが、何しろ70歳になって新しい旅はもう出来るかどうか・・・

地道にこだわりを持ってブログを書こうかと思っています。それで、まずは過去にエントリーしたものから、特にこだわりが強いシリーズを紹介しようと思います。

バンコク首都圏路線バス シリーズ

すごくこだわりを持って約260の路線すべてを実際に乗る事だけで2年以上かけて調べ、ルートだけでなくその沿線の町を書いた内容なので、結果的に私自身がバンコク首都圏をしらみつぶしに歩いたことになりました。それだけこだわったエントリーでした。

20171125 Bus 1

エントリー数が262ですので全てを紹介できませんが、どれだけ複雑な路線バスかを知る事が出来るエントリーが以下です。今のバス事情は全く分かりませんが、「元に戻せ!」と強く叫びたいです。

トリビア的バンコク路線バス(1)
トリビア的バンコク路線バス(2)

渡し舟 シリーズ

水の都(言い過ぎです)であるバンコク首都圏には多くの渡し舟が活躍しています。少しでも歩く距離を縮めたい住民たちには貴重な移動手段。しかし、その人を渡す方法はタイらしく色々です。

Samrong 1

今現在もこれらの渡し舟を見る事が出来るのか分かりませんが、もし今でも動いていたなら是非挑戦してください。

Bang Phli 2

都会の思わぬ所に渡し舟
珍景!渡し舟私的ランキング

Bus 6-1

もっとも渡し舟が活躍するのはチャオプラヤー川でしょう。全12回で首都圏の渡し舟をすべて紹介していますが、その主役は渡し舟が結ぶ町です。以下の最終回から全回にたどれます。
チャオプラヤー渡し百景12

チャオプラヤー名橋 シリーズ

バンコク首都圏に架かる20の橋を紹介しています。最下流のカンチャナピセーク橋からパトゥムターニ橋までで、その多くがにほんのODAが使われているので、外務省の資料で概要を正しく知る事が出来ます。

20170115 Rama 8-7

プミポン橋1&2を除けば、すべて設計が異なっているので姿を見るだけでも面白いです。また歴史的にも興味深い橋が多いのは、チャオプラヤー川がタイの歴史に大きな役割を果たしたからでしょう。

20161209 OLD

シリーズ最終回の「チャオプラヤー名橋奇覧ついに最終回(18)パトゥムターニ橋」から全てのエントリーにたどれます。

水上バス シリーズ

昔は多くの水上バスが活躍していたバンコク首都圏です。私はドンムアン空港裏から都心部に行けた水上バスを知っていますし、センセープ運河ボートも昔はミンブリが終点でした。

SAEN Boat 8

CPE

非常に変化が激しいのでエントリーがごちゃごちゃしていますが、以下のエントリーから多くたどれます。まぁ、画像を楽しむとか、現在との違いを知る役には立つかと(苦笑)
センセープ運河ボート最新事情
激変のチャオプラヤー・エクスプレス最新事情

かなり省略しましたが、まだまだたくさんあります(苦笑) 次回に続きます。

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2024.01.06 | コメント(2) | その他

タイでのおせち料理奮闘記

まずは一昨日(2024年1月1日)に起きた石川・輪島等での地震及び津波で被害があった方々はもちろん、ご家族、ご友人等、そして昨日の羽田空港航空機事故も含めて時期的に交通への影響が少なからずあるかと思います。そんな被害・影響があった方々へ心からのお見舞いを申し上げます。

そんな状況下にそぐわない感が強くしますが、新年最初のエントリーですので読者の皆さんにご挨拶申し上げます。

20240101car1.jpg

これも今日のエントリーに書くのが若干抵抗があるの事で家族が感染したインフルエンザですが、最後に発症した私が発熱後三日間を過ぎ、咳と喉の痛みだけになりました。

家族全員同じですが、高熱と咳がひどくあまり眠れませんでした。娘は39℃~40℃の発熱で、高齢者だとそこまでならないように思えます。年寄りは抵抗力が弱いからか??

年末で医療へのアクセスが難しい中、救急車、往診、そしてリモート診断で薬が配達され、私だけが熱や咳への対処療法で市販薬のみ服用しました。なお、全員今季のワクチンは打っていませんでした。家内と私に限っては毎年打っていたのに・・・

新年会に集まるはずだった身内6人の内4人がインフルエンザで全員ダウン、年末に接点が無かった息子だけはセーフ、それで正月は実家に毎年来るはずが近づこうともしません(笑)

まぁ、私も家内も働いていないので寝てればよいのですが、とにかく新年会用の大量の料理や食材がどうなるのか? 家内だけなく私も心配です。子供たちに届けても食べないだろうし・・・

20240101food.jpg

家内に撮ってもらいました。冷凍で届いた六段重のうち四段だけを解凍したそうで、冷蔵庫を開けると他にもハム、角煮、蒲鉾に伊達巻、タコにイクラ・・・生もののイクラだけは私が発熱直前に無理して食べました(笑) 大晦日用の(普段買ったことがない)すき焼き用の高級牛肉を冷凍したり・・・

ああああーーー、いつになったら食べられるのか(涙)

体調がまだ悪いのですが、新年の挨拶だけの数行でちょちょっと画像を貼るだけでは身内か仲間内のSNSで十分。

ネット上で消えていくフロー型のSNSとネット上に情報資産として残るストック型のブログの違いを意識するこのブログでは、そうした中身が無いエントリーは出来ません。

そこでおせち料理に関してのタイでの話をエントリーします(笑)本当に冷蔵庫の中をどうするのか気になっているのですよねぇ~

なお、いつもは以前アップロードした画像を使う場合でもオリジナルから画像処理するのですが、今回は余裕が無いのでそのまま使います。横幅が350pixcelとPC表示で少し小さい画像です。

画像の処理と言っても通信環境が悪い方が困らないようにファイルサイズを下げ、不要部分をカットするぐらいで、プロのホームページ等で見かける再利用を避けたくてサインを入れるなどの事ではありません。

私の画像はサインが必要なほどたいそうな画像ではなく、ましてプロが撮影した画像でもありませんので、ホームページ運用時代から「どうぞお使いください」でした。ましてファイルサイズを下げたSNSやブログの画像なら全く気にしませんし、私自身は公的サイトのみ画像を使わせていただく事が稀にありますが、その時は使用元が分かるようにしています。

それでは(当時)60歳過ぎの男一人がタイで迎える新年のおせち料理で苦労したお話です(笑)

普段から買い物は日系スーパーは遠いし高いのでキッパリ諦めていました。それで歩いて行ける近所のバンナーとシーナカリンでの買い物でした。

20170101 Central 1

もちろん、おせち料理って言っても食材事情、キッチン事情、スキル不足、お財布事情(笑)で手間のかかる事は出来ません。リタイアしたオッサンの一人暮らし、雰囲気が出れば十分だと思っていました。

結局、毎年大晦日に作ったのは野菜煮物、(伊達巻代わりの)厚焼き玉子、サーモンのムニエル、(角煮のつもりだった)チャーシュー、お雑煮のトライアル・・・etcです。

お雑煮は家内が作ってくれるのが好きで、レシピをメールで聞いて作ってみました。器は60バーツ均一のDaisoで買ったものです(笑) 薄すぎたお餅と小松菜がないのが残念でしたが、美味しく出来ました。

20161231 Zooni

さて、大晦日前に済ませる買い物ですが、セントラル・バンナーの地下食品売り場で「タイ製?切り餅」40バーツ(上記の通り薄くて失敗でした)「丹波の黒豆」187バーツ、「蒲鉾」忘れましたが50バーツ台?、ぐらいそれに海老にサーモンとハムを買いました。

20170101 Central 2

20170101 Central 3

セントラルバンナーは在住中に改装なって、地下にあった普通のスーパーTopsはお洒落な食品売り場になりました。高いのでいつもは見るだけですが、今回はハムやサーモンに海老を買いました。チーズはメガバンナー内のBigCで買っていました。

20170101 Central 4

20170101 Central 5

20161231 Salmon

煮物用の野菜と肉はスーパーBigCで、シーナカリンのヴィラマーケットVilla Marketで期待以上のレンコンにタケノコが入手です。そんな買い物を済ませて、煮物をしたりお雑煮を試したりで、毎年昼食後から夕方までキッチンに立ちっぱなしでしたねぇ~。

基本的にアパートのキッチンに熱源がなく、自分で買ったIHヒーターが一つだし、鍋釜もそれぞれひとつ、食器類は一種類だけで、毎回同じ皿で使いまわし。野菜の煮物と雑煮もダイソー60バーツのひとつの器でやりくりでした(笑) 

20161231 Kitcheon

結果は、煮物と夕飯の肴にしたのは・・・一応こんな感じになりました。これ以外に伊達巻的厚焼き玉子、チャーシューなのか角煮なのか迷う豚肉(の塊)にチーズ2種類です。好きな刺身や酢物がないのが残念ですが、まぁお金をかけないで近所で入手できる食材だけでの挑戦なので・・・

20161231 Osechi2

これで三が日は済ませるつもりです。緑の葉物がないし、盛り付けが下手すぎるし、お皿は一個しかないものを使い回しだし・・・今になって本当に恥ずかしい限りです(汗)

20161231 Nimono

20161231Osechi

最後に、「年越しそば」です。いつどこで買ったのか忘れましたが、とっくに賞味期限切れの「どん兵衛」。今は海外でも賞味期限を気にする人が多くなりましたが、昔は海外の日本食品(特にインスタント食品)は賞味期限切れが結構普通に売られていました(笑)

伊達巻代わりの厚焼き玉子は大きくて丸いフライパンしかなくて成型に失敗しました・・・そばより大きい感じですが(笑) まぁ美味しいのでヨシとしょうましょう。これも器がお雑煮や煮物と一緒のダイソー60バーツであるのは内緒です(笑)

20161231Soba

さて肝心のお酒です。ワインと焼酎はシーナカリンのヴィラマーケットVilla Marketで買いました。ワインは一本299バーツの安物。焼酎も一番安かった麦焼酎800バーツ台で我慢です。その代わりいつもは缶のチャンビヤですが、お正月はハイネケンの大瓶。ちょっと贅沢です(笑)

20161231 Wines

いかがでしょうか、私には贅沢な料理に酒ですが、皆さんにとっては笑っちゃうようなものでしょう。南国タイにいてもお正月が普段しない贅沢をさせたようです。

上の画像に比べたら・・・インフルエンザでまだ飲めていませんが2023年年末から2024年年始用に用意したお酒は(ここで酒の話をしたら止まらなくなるので詳細はカットです)・・・日本酒は静岡県の磯自慢を中心にして、新潟のお酒三種で楽しむ事としていました。

20240102drink1.jpg

日本酒は好きな銘柄の中から毎年趣向を変えて選ぶのですが、焼酎は毎年同じで麦の中々と芋の富乃宝山です。ワインやリキュールは正月にやりませんが、唯一スパークリングを飲むので今回選んだのはCAVAのロジャーグラート・ロゼです。

20240102drink2.jpg

おせちと同じでこれらのお酒もいつ飲めるのか・・・唯一、冷蔵庫に入れなくても良いし、冬の間にちびちびと楽しむ事が出来ますから心配なしです。

さて・・・どんなに美味しい料理や酒でも、一人で過ごす正月には味気ないものでしょう。それでも何とか雰囲気だけでも味わえて、ちょっとは南国で正月気分を味わったタイでのおせち料理でした。

家族全員が楽しむ気、食べる気、(私だけ)飲む気満々だったのですが、インフルエンザで台無しになりました。それでも、いつでもリベンジできる程度の事、健康一番で今年を過ごしたいものです。

読者の皆様には、楽しいお正月をお過ごしかと思います。
皆様にとって、本年も健康で良い年でありますように、心から願っています。

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2024.01.03 | コメント(9) | タイ生活

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ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 東京深川出身。アジア・ヨーロッパ・アメリカなど海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後タイでロングステイし2018年帰国。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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