渡し船で行くサムットプラカーン(4) チャオプラヤー川を渡る

世界には多くの大河と呼ばれる大きな川が流れています。それは時には国境となり、時には文化を分ける境にもなっています。

それだけ昔は川を渡るのが大変だったのでしょう。しかしさらに古の世界に思いを馳せれば、大河が今に続く文明を誕生させたのは、メソポタミア、エジプト、インダス、中国の4つの文明が証明するところでしょう。

それはきっと大河が土地を肥沃にさせ、人に欠かせない水を与え、移動の手段も与えてくれたからではないでしょうか。

ちょうど1年前、2016年の3月に息子と一緒にヨーロッパ各国を巡りましたが、その時の旅の前半はライン川に沿ったドイツ、フランス、スイスを行ったり来たりの旅でした。川を渡れば国が異なり言葉も変わる・・・そんな事を実感しながらの旅でもありました。(画像下はライン川の上流、スイスはベーゼル)

20170313 Swiss

東南アジアで大河と言えば間違いなくメコン川でしょう。メコンはタイ北東部で国境となっていますが、その歴史と文化を考えると・・・河口から源流に遡る旅をしたいとずっと思っています。(画像下はラオスの古都ルアンパバーンでのメコン)

20170313 Laos

残念ながらもうそんな旅が出来る歳ではなく、ベトナム、カンボジア、ラオスの各地で見た大河を思い出すだけで我慢しましょう。(画像下はベトナムのメコンデルタ)

20170313 Vietnam

タイ国内での大河はチャオプラヤー川でしょう。本ブログの別なシリーズですがチャオプラヤーに架かる橋と渡し船を、河口から上流に向けて一つ一つ丁寧に見ながら行き来しています。

そんな私が自信を持って「チャオプラヤー川の渡し船で一番景色が良い」と言えるのが・・・今回エントリーのプラプラデーンの渡し船です。

20170313 PPD 1

そしてここはチャオプラヤー川の右岸と左岸で全く町の景色が異なる所でもあるのです。今までエントリーして来た右岸(西側)は庶民の家々が建ち並び、その暮らしぶりが垣間見える街ですが、川を渡って左岸(東側)に行けば・・・そこは大きな工場が並ぶ殺風景な工業地帯です。

20170313 PPD 2

渡し船から見る景色は一番ですが、チャオプラヤーが町の様子を分けているのもここが一番大きいのです。

ぶらり散策シリーズの「渡し船とソンテウで行くサムットプラカーン県の旅」の第4回目は、そんな渡し船で対岸へ渡ります・・・

それでは今までのエントリーです。

第1回目「渡し船とソンテウで行くサムットプラカーン(1) プミポン橋
第2回目「渡し船で行くサムットプラカーン(2) プラプラデーン(前)
第3回目「渡し船で行くサムットプラカーン(3) プラプラデーン(後)

前回まではラマ3世通りから渡し船でプラプラデーン側に渡り、大きな湾曲部にある運河と美しいプミポン橋の下にある公園を見ながら歩き町中へ。町中でモン族縁の地の痕跡を探した後にプレーン・ファイファー要塞を訪れました。

チャオプラヤー川に沿ってたくさん作られた要塞は、タイが西洋諸国の圧力を強く感じていた時代に思いを馳せさせました。

20170305 PPD 8

要塞を一周してチャオプラヤー川で出れば、そこは対岸への渡し船の船着場、それもチャオプラヤー川では珍しい(私はここだけしか知りません)車が乗れる渡し船です。その船着場の前にもなぜか大砲が置いてあります(笑)

20170313 PPD 3

ここプラプラデーン船着場(西側)は人用と車用(バイクも)の2種類の渡し船が隣り合って運航されているのです。

20170313 PPD 4

プレーン・ファイファー要塞に近い所が車両用のフェリーです。プミポン橋が第1第2ともバイクが通れないのでバイクが多いのは分かりますが、車なら第2プミポン橋(第1しか通た事はありませんが無料だと思います)を使えば良いと思うのですが・・・

20170313 PPD 5

人用の渡し船はほんの少し上流側に船着場があります。この船着場の前の通りではBMTA(バンコク都)路線バス82番6番が出発を待って路駐しています。それぞれのルートは異なりますが、チャオプラヤー川西側を北上して両方とも王宮近くまで行けます。

20170313 PPD 6

人用の渡し船も利用者が多く、常に2隻以上で頻繁に行き来しています。渡し賃はチャオプラヤーの渡し船で最安値(私的調査結果です)の2バーツ。いやぁ、美しいですねぇ~

20170313 PPD 7

非常に美しい斜張橋のプミポン橋のすぐ下、ここを航行する大きな貨物船も多く、小さな渡し船が際立って印象的に見えます。

20170116 PhraPhraDaeng

対岸に渡ると町の様相は一気に変わり、コンテナ基地、大きなトラック、大きな工場が多く、砂埃がいつも舞っているように思えます。対岸は賑やかな庶民のごちゃごちゃした町で多くの人が行き交っていたのですが・・・東側はただの通過点のように思えます。

20170313 PPD 8

画像上の通り船着場正面の「プーチャオ・サミンブライ通りPhuchao Saming Phray」がそのままフェリー乗り場に繋がっています。人用渡し船の船着場は川に向かって右側の建物の奥(画像下)にあります。

20170313 PPD 9

さて、ここからはソンテウに乗るのですが・・・その前に見ておきたい所があります。少し歩きますが、寄り道をしましょう。船着場のすぐそばのプーチャオ・サミンブライSoi23の奥ですが、ここぐらいでしょうか東側の船着場周辺で生活感がする路地は・・・そしてこの路地内は10台近くのサムローが活躍しています。

20170313 PPD 10

路地を7~8分歩くと・・・城壁跡が見えて来ます。残っているのはここだけなのですが、プレーン・ファイファー要塞の対岸にも要塞があって、ここを通る船を砲撃して食い止める作戦だったのでしょう(結果は役に立たなかったわけですが・・・)。

20170313 PPD 11

20170313 PPD 12

この要塞跡に今は病院が建っています。「Rat Pracha Samasai Institute」とあるので何かの研究か福祉の公的機関かと思います。

そしてその施設内を奥に進むとチャオプラヤー川に突き当り、そこには多くの大砲が置かれています。実際にここで使われた物かは分かりませんが(疑問ですね)、城壁跡とこの大砲だけが昔ここに要塞があった事を示しています。

20170313 PPD 13

20170313 PPD 14

さて、今回はここまでです。次回は船着場に戻りソンテウでサムットプラカーン県の別な場所に向かいます。

20170313 Map

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2017.03.13 | コメント(0) | タイ・トラベル

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ALSTER(アルスター) 東京深川出身。アジア・ヨーロッパ・アメリカなど海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後タイでロングステイし2018年帰国。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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