チャオプラヤー元流を歩く(7) これまでのあらすじ 1

シリーズ「チャオプラヤー元流を歩く」が5年ぶりの再開です。なにしろ5年も中断してしまったシリーズなので、「チャオプラヤーの元流」って何?と思われる方が大半かと思います。たぶん「元流」と言う言葉は国語的には正しくないと思うのですが、「元々の流れ」と言う意味で使っています。

さて、今までのエントリーは以下の通りですが、このエピソードではこれらを簡単?にをまとめてみたいと思います。

第1回「チャオプラヤー元流を歩く(1) 序章
第2回「チャオプラヤー元流を歩く(2) カトリック教会歴史地区
第3回「チャオプラヤー元流を歩く(3) バンクルアイと船形の寺
第4回「チャオプラヤー元流を歩く(4) オームノン運河
第5回「チャオプラヤー元流を歩く(5) 水上マーケットと運河沿いの時計台
第6回「チャオプラヤー元流を歩く(6) バンヤイ・カオ9寺巡り1

チャオプラヤー川はピン川とナーン川が合流するナコーンサワンから始まり、サムットプラカーン県のパークナムでタイ湾に注ぐ全360㎞のタイ中央部を南北に流れる川です。

20180428 Map3

ナコーンサワンの昭披耶河源(チャオプラヤー源流)碑(最上流)
20180526 NS 1

チャオプラヤー河口にあるプラ・チュラチョームクラオ要塞公園(最下流)
Phra Chulachom klao Fort 2

そのチャオプラヤー川はタイの歴史、経済、文化、庶民の暮らしまで大きく影響を与えながらも、その流れを変えるショートカット「捷水路(しょうすいろ)」が多くの湾曲部に造られて今の姿は昔と異なります。その湾曲部にショートカットが作られる以前のチャオプラヤー川の元々の流れを追う旅がこのシリーズです。

20180428 Map 1

青色のラインが昔の流れ(元流)で、赤がショットカットで掘られた運河ですが、それが今の本流になっています。

そのチャオプラヤー川の元の流れを追う事は、チャオプラヤー川右岸(西側)のトンブリー王朝、チャオプラヤー川左岸(東側)の現チャクリー王朝、そしてアユタヤ王朝、さらにチャオプラヤーからピン川と名を変えながら、スコータイ王朝にラーンナー王朝にも繋がる事にもなります。

20180428 Ayutthaya

スコータイ王朝に関しては『スコータイ王朝要塞都市』、そしてタイ各王朝に多大なる影響を与えたクメール王朝に関しては『タイのクメール遺跡を巡る』でエントリー中で(リンク先はそれぞれの最新エピソード)、アユタヤに関しても近くシリーズ開始します。

興味深いですねぇ~ 大いなる川が土地を豊かにし人々が暮らし国となる。やがて他国との争いや交易で内陸から海へと近づく。その全てにタイの場合はチャオプラヤー川が大きく関わってきたのです。

さて、このシリーズはチャオプラヤーがタイ湾に繋がる河口から始めています。その河口には『プラ・チュラチョームクラオ要塞Phra Chulachomklao Fort』があります。

20231123river1.jpg

ラマ5世(1868~1910年)が海から攻めて来る敵から守る為、チャオプラヤー河口から王宮近くまで川沿いに整備し造った要塞で、日本製の元練習艦メークロン号(画像上)も保存されています。 この河口から王宮までチャオプラヤー川沿いに造られた要塞全てを『首都防衛要塞を行く』(シリーズ中最新エピソード)で紹介しています

次は河口の町でサムットプラカーン県の県庁所在地のパークナムです。ウィブーンシー市場は魚介類の豊富な事ではバンコク周辺の中でもぴか一でしょう。市場奥にはチャオプラヤー川で一番下流の渡し船があります。

Pak Nam Market 2

なお、本ブログではこのシリーズとは別に、チャオプラヤー川首都圏エリア全ての渡し舟と橋を詳しく紹介しています。『チャオプラヤー渡し百景』と『チャオプラヤー名橋奇覧』です(リンク先はそれぞれの最新エピソード)。しかし、我ながらよく歩き、調べたものです。今考えると、とても出来ないなぁ・・・

パークナム対岸には「ピースアサムット要塞Phi Seur Samut Fort」があります。『首都防衛要塞を行く(2)プラサムットチェーディー』で詳しく書いています。

Phra Samut Chedi 2

やがてチャオプラヤーは「プラプラデーンPhra Pradaeng」(現地の方達はパパデーンと呼びます)の大きく川が湾曲する最初の所を流れます。この湾曲内側が大きな島のようになっていて、渡し船が4カ所、第1と第2プミポン橋、要塞跡に湾曲部中央にある『バーンナムプン水上マーケット』や大変広い『シーナコンクエンカン公園』がり、モン族独特のスタイルを残す『プラプラデーンのソンクラン』も見所となります。

20180424 PPD 7

このプラプラデーンの湾曲した根元にショートカットのように見える運河が造られています。こうしたショートカットを「捷水路(しょうすいろ)」と呼びますが、その目的は曲がりくねった川の流れを真っ直ぐにして洪水を防ぎ、土地の有効活用をする事です。しかし、ここは目的がよく分かりません(汗) 

普段は水門が閉じられていますし、運河自体がかなり狭くこの辺りを航行する大型船はとっても通れません。そもそもここが掘られたのは1874年と時代はかなり新しくラマ5世統治下です。

20180428 CPR 7

うーん、なかなか先に進みませんねぇ(汗)面白い所がたくさんありますが、それらはこの「あらすじ」ではなく過去のエピソードを見ていただく事にして、省略して急ぎましょう。

省略してどんどん上流に向かい、メモリアル橋(ラマ1世橋)のすぐ上流側に花市場ことパーククロン市場があって、その反対側の右岸(西側)にバンコクヤイ運河の入口があります。このメモリアル橋はその名も、歴史的にも、ドラマ的にも、構造的にもとても面白いのですが説明できなくて残念です。是非『チャオプラヤー名橋奇覧(7) メモリアル橋』をご覧ください。

20180428 CPR 3

さて、チャオプラヤー元流はバンコクヤイ運河へと大きく西へ向かいます。このバンコクヤイ運河が最初の元流になります。『トンブリー王朝の面影を探し』シリーズでバンコクヤイ運河に関して詳しく書いています。

20180210 BL 7

って事は・・・バンコクを訪れた人なら誰もが目にするだろう、ワット・ポーや王宮、そして対岸のワット・アルンがある辺りのチャオプラヤー川は1542年以前は無かったのです。たぶん湿地だったのでしょう。日本なら戦国時代で関ケ原の戦いの58年前の事です。

20180428 CPR 9

実は、私はこの事を長く知りませんでした。まさか王匡前のチャオプラヤー川が昔は無かったなんて・・・それを知った事がこの旅のきっかけの一つでもあるのです。面白いですねぇ~

「あらすじ」を一回で済ませるつもりだったのですが、所詮私には出来ない事のようです(汗) すごく長くなったので「あらすじ」は次回に続きます。

広告を排除しているブログですが、皆さんに知っていただく為と自身の励みになるので以下のブログランキングに参加しました。コメントもして頂けたら幸いです。
にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へにほんブログ村     タイ(海外生活・情報)ランキング
PVアクセスランキング にほんブログ村

2023.11.26 | コメント(0) | タイ・トラベル

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

ブログ内検索

プロフィール

ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 東京深川出身。アジア・ヨーロッパ・アメリカなど海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後タイでロングステイし2018年帰国。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

最新記事

アクセスカウンター

ブログQRコード

QR

このブログのフォロー

(60代のロングステイ)ALSTERの海外在住記 - にほんブログ村

ブログランキング