番外編 2 ソンテウで行く裏サトーン

「あの話はどうなった」シリーズで「名だけの実体が無かった謎の駅が20年ぶりに実体化した」と紹介したBTSセントルイス駅、その駅があるサトーン地区の歴史・成り立ちも書きました。

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「あの話はどうなった」シリーズは以下の通りです。
(1) ニュースな私 & BRT
(2) どうするBRT & BTSのあれ
(3) どうするBTS サパーンタクシン駅
(4) タクシン橋の謎
(5) 45年前のマスタープラン
(6) BTS 謎の駅で不正料金
(7) BTS 謎の駅の正体1
(8) BTS 謎の駅の正体 2 サトーン地区
番外編 1 サトーンで行くべき店

そしてこのエリアの現在も書くべきと始まったスピンオフ、それはこのブログでは守備範囲外として長く書いたことが無かった食べ物屋さんを主に紹介する番外編です。

その番外編1回目はサトーン通り沿い(私的表現で表サトーン)のレストラン4店を書きました。自分のいつものスタンスからは書いて恥ずかしくなるぐらいの有名店ばかりで、中身も「こんなネット記事ならいくらでもあるなぁ」と今でも後悔気味です(笑)

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それに一回のエントリーで4店も書いたので中身が薄い。4回に別けてエントリーしても(普通のブログなら)十分でしょうし、メニューとか料理など載せたら一回に一店で中身がだいぶ整うでしょうが、このブログの主旨と違っちゃう。

まぁ、お店の歴史や成り立ちをメインに書いて自分を納得させた前回でした。画像下は年代不詳のサトーン通りですが、写っている車から1930年代かなぁ~ 百年ちょっと前ですね。

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さてサトーン地区、一般的にはサトーン通りを中心にBTSチョンノンシー駅周辺も含むような感じがしますが、実はサトーン区としてはサトーン通りが北端で道路の南側はバーンラック区です。東に向けて撮った画像下で言えば右がサトーン区で左がバーンラック区のサラデーンです。

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ですからサトーンと言うとサトーン通りの南側、西端がチャオプラヤー川で東端はラマ4世通り、南端はデコボコですが基本はチャン通りです。

サトーン通りだけを見れば近代的なオフィス街なのですが、通りを一歩離れ日本のはやりで言えば「裏サトーン」(私的呼称です)と呼べる下町風情が色濃く残る地で、バンコクっ子にとってはノスタルジックな雰囲気を感じるのではないでしょうか。

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私はバンコクっ子どころか江戸っ子の年寄りでかなり感覚は異なるのでしょうが、裏サトーンで好きな所はチャン通り、セントルイス・ソイ3、そしてスアンプルー通りで、それはまさに下町風情を感じるからです。

20年以上前ですが初めてチャン通り周辺を歩いた時、「ゆるい中華街みたい」と思いました。ヤワラーだとこれぞ中華街と言わんばかりにギラギラ主張してくるのですが、そんな事はなく昔からの華人が多く住む庶民の町だと感じたのです。

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セントルイス・ソイ3とスアンプルー通りはおいおい別途詳しく食べ物屋さんを書くつもりでいますが、この二つの通りで面白いのはサトーン通りから離れるにしたがってグラデーションのようにお店の雰囲気が変わる事です。

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サトーン通りに近いとオープンして数年のセンスの良さを感じるカフェやレストランが多く、ソイの奥に行くと長くこの地で営業している庶民的な食堂が多くなる。

さて、そんな裏サトーンを移動するにはソンテウを乗りこなすのが一番安くて便利です(キッパリ)。 それで今回のメインテーマはサトーン地区のソンテウです。

まずこの2つのソンテウ路線は別途詳しく書く予定ですが、バンコク在住や観光の方々も一度は見た事があるのではないでしょうか。
 1256番 BTSサパーンタクシン駅 ~ ワット チョーンロム
 1240番(小) ルンピニー公園 ~ ラマ3世通り
 1240番(大) ルンピニー公園 ~ チャン通り

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1256番はBTSサパーンタクシン駅をチャルンクルン通り側に出ると、ずらっと並んでいる赤いソンテウです。正式には「チャロイ・リンパット橋53」が起点ですが、この橋はチャルンクルン通りがサトーン運河を渡る橋です。

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BTSサパーンタクシン駅~サトーン通り~BTSセントルイス駅~セントルイス・ソイ3(サトーン・ソイ11)~チャン通り~ラマ3世通り~ワット チョーンロムがルートです。

1240番はルンピニー公園のラマ4世通り側を起点とする赤いソンテウです。ソンテウの大きさで行先が異なります(途中まで同じ)。

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ルンピニー公園~サトーン通り~スアンプルー通り~ナンリンチー通り。ここまでは共通で小型のピックアップトラックはラマ3世通りで出た所。中型ソンテウはチャン通りに入りチャン・ソイ31あたりまで。

上記の2つのソンテウは次回かその次で詳しく書くので、別なエリアとソンテウを書きましょう。

私自身はそんな裏サトーンでも歴史を強く感じる「潮州墓地」(ワット・ドン墓地)周辺が面白いのですが、場所が場所だけに・・・これもまた別に書ける時が来るのかも知れません。

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でも、サトーン通り(運河)に関係する事だけを少し紹介(笑)

バンコクにある最大の中国人墓地ですが、さすがに都心部には・・・と言う事で改修がかなりされて今はほぼ公園です。しかし公園内をくまなく歩くと、墓地を移す事を嫌う華人の血が濃い人達も多くいる事も分かります。

このシリーズで何度も登場したタクシン橋とサパーンタクシン駅の「タクシン」はトンブリー王朝のタークシン王の事ですが、王の父親は潮州人です。アユタヤ王朝の血を引いていない潮州人の王朝は潮州を中心に多くの華人をタイに呼び込んだそうです。

東南アジアに多い華人の出身地は広東と福建ですが、タイだけは潮州人が過半数を超えると言われています。まぁ私なんか広東省東部の潮州も広東じゃないかと思ってしまうのですが、きっと明確な違いが華人の中ではあるのでしょう。

墓地を必要としないタイ人とは違い、中国人にとっては埋葬の地が必要です。しかも生まれ育った地を離れて外国で埋葬されるので自然と同郷人が集まったのではないかと思います。それで潮州墓地。このエリアにはサトーン区でないもののの広東墓地もあります。

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また話が長くなりました。

潮州墓地が出来たのは1899年。まさに初期のサトーン運河が完成し賑わい始めた頃です。前回書いた中国人実業家ルアン・サトーン・ラジャユットは多くの中国人労働者を呼び寄せて運河を掘ったそうです。

1906年には4,267名を超える人々が埋葬されており、その大半が男性だったそうです。多くの若い潮州人が重労働に耐えながら働きバンコクで亡くなった・・・ラマ5世統治下に大きな変貌を遂げたバンコク。その礎になった方々がビルの谷間に眠っています。

潮州墓地(ワット・ドン墓地)へ行くには西側のゲートから入る必要があり(周囲が塀で囲まれている)、ソンテウ1271番が近くまで行きます。それでも徒歩10分以上歩くのでチャルンクルン通りから歩いても似たようなものですが(苦笑)

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1271番はバーンラック区のルートシン病院(シーロム通りの西端)からチャルンクルン通りとチャン通りを走り、広東墓地(画像上で潮州墓ではないです)まで行きます。ルートなどまた別な機会に書きます。

他にサトーン区を走るソンテウは1279番。チャルンクルン・ソイ69からチャン通りを経てラマ3世通り沿いのワット・ドークマイまで行きます。これも別な機会に書きます。

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なお、ソンテウの写真は手持ちが少なく、一部ストリートビューからの画像です。
やはり長くなってしまいました。ごめんなさい。次回はセントルイス・ソイ3だけを書きましょうか(出来るかな?)

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2024.02.09 | コメント(0) | バンコク街歩き

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ALSTER

Author:ALSTER
 
ALSTER(アルスター) 東京深川出身。アジア・ヨーロッパ・アメリカなど海外在住28年超。55歳で日本企業を早期定年退職後アメリカで現地採用され2014年末退職。その後タイでロングステイし2018年帰国。90年代前半からパソコン通信・PC改造・ホームページ運用を行い世界中からアクセス。そんな趣味から海外アクセス術、旅先通信本などの出版にも関わる。ヨーロッパ、北米、東南アジアの国々はほとんど訪れ、旅行にお酒・食べ歩き大好き人間です。

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